2025.09.19

9/19 自治体の決算審査ってなんだべ?

自治体議員がSNSで「決算審議」「決算審査」で忙殺されている姿ばっかりになるこの季節です。
政策活動も政務活動も棚上げで、なんだかわからない「決算審査」で忙しそう、というのが支持者である一般有権者の感覚だろうと思います。
一般の人向けに自治体の決算審査って何だろうか、ということを書いていきたいと思います。

まず「決算」なので、前年度の会計を確認して、承認するかしないか(「認定」するかしないかと正式にはいいます)を市民の代表として判断します。この点は、企業の決算や、NPOや町内会、労働組合などの総会での決算と変わりません。

少し色合いが違うのが、前述の社会の諸団体と違って、自治体の事業報告は議案として出てきません。したがって前年度取り組んだことの事業報告の確認も、決算審査のなかでやります。ですから会計的に合っているかどうかだけを審査してはダメで、地域経営の大局的な視点から、個々の事業の適正性や成果まで確認していく作業をします。行政が判断できる十分な資料を出してくるとは限らないので(2~3年前まで朝霞市役所もひどかった)、その場合はとにかく裏取り情報収集にあけくれます。市の全事業はできないので、会派や、同じ委員会の議員と、得意不得意の分野を暗黙の分担をしながらやっていたりします。
それで、自治体議員は、議案をもらって質疑、討論するまで、延々と資料と格闘し続けます。短い議会で1ヵ月、長い議会だと11月に委員会審査して、12月に採決しますので、3ヵ月にわたる作業になります。

企業やNPOの決算・事業報告のようにさらっと審議が終わらないのです。その理由として、
①自治体の運営が強制的に徴収している税金で成り立っていること、
②企業は事業と利益、NPOは理念と事業を共有している仲間によって運営されているので、予算が決まって正しく執行していれば異論が出ることは少なく、あっても内部で処理できますが、自治体の仕事の成果は、地域や政治的スタンス、年齢によって市民の期待や要望や受け止め方はまちまちで、いろいろな評価が可能であるし、終わってみていろいろな立場から評価して次年度以降の政策決定に反映すべきであること、
から、使ってしまった予算が正しく執行されているだけを判断していればよいか、ということではなくなっています。

決算で何をしているかというと
大局的には、
・自治体経営が経理的な正しさだけではなくて、地域全体の幸福度を上げているか、
・自治体経営が、持続可能な体質で行われているか、そのなかで課題解決や未来への変革のための冒険を正しいやり方と規模でやっているか、
・自治体経営に、経理面以外も含めた不正(手続きの飛ばし、人権侵害、合意形成の手抜き・トラブルの放置)が行われていないか、
・自治体経営が、長期的な目標や大きなアジェンダに向かっていっているか、
・そうしたことをきちんとやらせる仕組みが整っているか、
・優先順位を取り違えた仕事をしていないか
を確認し、詳細では
・個々の事業が、理念に沿った事業展開になっていたか、結果に近づいたか、
・個々の事業が、問題や副作用を起こしていないか、
・個々の事業の、目標と成果が説明できるようなものか、とくにアウトカムという効果に着目した成果が確認できているか、
・個々の事業がうまくいかないときに、その目詰まりとなっているものは何か、他のやり方があるのか、
を確認していく作業です。

経理的な正しさを二の次に書きましたが、基本的に経理面は、監査委員が詳細な確認をしているので、それを信頼するのがベースです。また監査委員は見つけたすべてではありませんが、目立つ問題点や構造的な問題がある経理的な問題点は報告書として議会に提出しています。ただし1943年以来、自治体の監査委員の任命は議会から市長に取り上げられている制度なので、市長に甘い委員を選ぶことは可能で、監査委員としての信頼性は日頃から見ておく必要があります。

議員は、市民の代表として決算を認定していくので、財政運営や市役所の経営に対する市民の納得性というのが基本的な視点です。市民から市役所の運営に不満の声があれば、それが合理的なものなのか、単なる願望なのか日頃から整理して、合理的な不満の声は、決算のときのチェックの視点にしています。

決算を議会が多数決で不認定にした場合ですが、市長は、議会に対して、改善案を示さなくてはならないことになっています。採決で反対するときには、反対理由が改善点が明確になるように整理していく作業があります。
また決算全体としては可としても、特定の部分に問題があるときには、附帯決議を付けることもあります。昨年、朝霞市議会では附帯決議が2案あって、1案が可決されて行政事務の見直しにつなげています(十分ではありませんが)。附帯決議を出すには、決算案の審議全体を見て、議員が文案を作成することになります。法律的な文言様式もある程度は整えて提出しなければなりません。何を指摘しているかも明確であった方がよいです。

そして決算審査のときに、賛成理由、反対理由を最後に議員が言いますが、それらが行政事務の改善になっているのが、次の予算案が出てきたときの視点となります。行政から率先して「ここ改善しました」と報告されることもありますが、多くはしれっと予算案に反映させているので、予算案の審議でも、決算でどの議員からどんなこと指摘されて直っているかな、と確認していくことが求められます。

そして議会なので、多人数の議論によって多面的に問題点を考えて、言葉にしていくことが必要なことです。監査委員や市長のような一人でやる場所ではないのです。

以上のようなことが13年市議会議員をゃってきての、自治体議会の決算審議の意味かなぁと、様々な文献を見たりしながら確認してきたことですが、①このようなことは誰も教えてくれないので、気づかない議員はただ終わったことにたるい議論をやっているなぁ、としか思えなかったりします。②自分自身が完璧にできているとは言えません。また議場では相手あっての話なので、相手が何の問題意識もなければ、議員と委員長と行政だけの議論になっていくのだと思います。
そして、(発言したかどうかは別として)決算議案ときちんと向き合った議員は、間違いなく、自治体の政策の全体像や、政策決定のバランス感覚が鍛えられていきます。それをしなかった議員は、企業の経営者や労働組合の経営分析でも担当したことでもなければ、首長になったりしたときに大変な苦労をするのではないかと思います。

●まだまだ気づいていないやるべきことがあるかも知れません。朝霞市という市役所の弱点を13年見て、それをチェックするために、地方自治の知見のある方々の書いたものや講演したものと触れながら見つけてきたものです。財政破綻寸前は経験しそのときの教訓が大きかったですが、一方で大々的な汚職には直面したことがないので、もっと見ておくべきものがあるのかも知れません。

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2017.04.20

4/18 衆議院の定数是正が複雑すぎて憲法第15条の目的が果たせません

昨日衆議院の選挙区の一票の不均衡を是正させる第三者機関が答申をまとめました。朝霞市の属する埼玉県第4区は変更はありませんでしたが、お隣のさいたま市に関係する選挙区はすべて細かい境界線変更が行われ、その市や区に住んでいる人はどっちの選挙区に属するかわからない結果となっています。

また、この検討会は、「市の分割は解消していく」という目標があったにもかかわらず、県内では、熊谷市、鴻巣市、春日部市、ふじみ野市などに見られる選挙区の分断は解消されませんでした。こんなに市町村が分断されている状態だと、どの有権者が誰に投票したらよいのか全くわからない制度となっています。選挙は憲法第15条の国民による公務員の任免権の一環として行われます。1票の平等のためだけに誰を任免しているのかわからない選挙制度が妥当なのか、考えなくてはならないことがあります(詳細は続きを読む以降に書きました)。

今回の定数是正は、「0増」と定数を減らすだけの前提から始まっているので、都市部は定数を増やさずに選挙区人口を一定の枠内に抑えなくてはならなかったことが、ちまちま境界線変更をやってなんとか数をおさめて、より複雑な選挙区制度になったと思われます。
国会の定数を減らせ減らせと神学のようになっていますが、衆参あわせて700を400ぐらいにする提案なら意味がありますが、5や10をちまちま減らしても、全然国会の効率性には影響しません。かえって選挙区がおかしくなって、有権者が混乱するようなことが起きるなら、「0増」にこだわらない定数是正をするべきではないかと思います。

●私は、いくらやっても定数不均衡が是正されない現状と、国政選挙は多くの有権者が政党名を見て投票している現状と、政党内部の議員に対する教育・統制・合意形成の機能を強化するためには、政党別議席配分は比例代表制で行う選挙制度にすべきではないかと思います。
これまで、一番まともな議員が選ばれた選挙制度を振り返ると、1998年までの参議院比例代表制で、政党が一方的に決める名簿という非民主性はあるものの、アイヌ民族や、研究者からスカウトした人、帰化人など、日本の選挙文化のなかでは政治家にすることが難しい人を国会に送り込むことが難なくできました。
比例代表制はどの政党も簡単には過半数を獲得することが難しくいデメリットを強調されますが、しかし、選挙運動は、あれかこれかで敵対する関係のなかで行われなくなるので、政治家どうしの合意形成がしやすくなります。ここ30年ぐらいの政治で最も生産性が高かったのは、自社さ政権だったという説もあります。

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2016.08.22

8/22 選挙は人気投票ではなくて当選者を決めること

昨日、知人が議員をしている某市で市議選がありました。知人は幸い再選しましたが、その自治体の選挙管理委員会が公表した開票結果が、開票数が掲載されているだけで、定数も書かれておらず、誰が当選者かまったくわかりませんでした。
(ホームページに役に立ったかどうかのコメント記入欄があったのでそのことを申し上げたところ、今朝には改善されていました)

開票における選挙管理委員会の一番重要な仕事とは何か。それは当選者を確定させることです。だからこそ選挙管理委員長が、当選者にうやうやしく当選証書を授与するわけです。
票数も大事ですがもっと大事なのは誰が当選者となり議員となることができるのか、と決定することですから、開票結果は、誰が当選者か告知することにあるのだと思います。

日本の選挙は、個人名を選ぶことに偏りすぎて、誰に政治を担わせるかを選ぶ機会ではなく、立候補者の人格の肯定/否定の機会になってしまっているきらいがあります。票数だけを公表するのは、まさにそうした実態にさらに拍車をかけ、選挙を主宰する立場がこれは人気投票にすぎませんよ、と言ってしまっていることになりかねません。もっと大事なことは当選者を公表することなのです。

●朝霞市も2011年市議選までは、得票数しか公表していませんでしたが、2015年市議選から、当選者決定の選管委員会臨時会の終了後、当選者の情報が付加されるように改善されています。

●少なくない自治体で、得票数の公表しかしていない実態があります。かつて総務省や中央選管がそういう指導でもした歴史があるのでしょうか。

●得票数と当選者が別概念だと気づかされたのは、2000年のブッシュvsゴアの大統領選でした。接戦の州で複雑な投開票のために大統領選挙に投票する選挙人が確定できなくて苦労した事件がありました。小選挙区制をベースとする国では、1票差が問題になる接戦は稀で、精緻な開票をしなくても大勢はわかるというので、複雑な投開票の仕組みに何の問題意識を感じなかったということです。
実際に、労働組合でもマンション管理組合でも、役員選挙と選ばれた役員を役員として承認する手続きを二段階にしているところが多くあります。開票結果は原資料、当選人の決定はそれにもとづく判断、判断基準は公選法の当選人決定の規定ということになるのだと思います。

●細かい話ですみません。

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2015.07.11

7/11 政務活動費で購入した本をどうするか

少し古い話題ですが、自治体議員の政務活動費の使途に問題が多く発生しています。朝霞市議会も4月下旬に各会派・議員からの使途報告が締め切られ、そろそろ公開できる状況になっていると思います。

私は議員に交付される政務活動費(月2万円)を広報物の印刷に使わないことにしています。
広報物に使っていけないことではありませんが、もともとは政務調査費の本来の目的からすると、優先度が低いはずで、それより優先すべき支出に充当していると広報費までまわらない、ということです。
政務活動費の使うべきまず第一は、専門家にお話をお聴きしたり、研修や個人としての視察(現地に見学に行くというのが実際の感覚に近いです)に行ったり、本を買ったりする「政策調査」の経費だと思っています。
続いて、議員になったことにともなう「事務経費」、私で言えば、ファイルを買ったり、プリンターのトナーを買ったり、ペンやノートを買う費用に充当します。事務所家賃に使っておられる議員もいますが、朝霞市内で月2万でおさまる事務所などなく、それで全てになるので、調査にお金を使えなくなってしまいます。
さらに余れば市民との意見交換にかかる「広報経費」となるのだと思います。ここは選挙を意識した政治活動とは一線を引くことは難しいと思っているので、優先度は最後です。
朝霞市議会議員だと月2万円、年24万円ですから、「政策調査」「事務経費」でほぼ金額を超えてしまいます。「広報経費」に当てる余裕はありませんでした。この3年8ヵ月の議員活動のなかで、全てをこうした費用に使ってきました。

困っているのは、こうした政務活動費で購入した書籍の使用後です。公金で買った本ですから、まだ読めるし資料的価値があるのに捨てるものでもありません。細かい政策に関わる専門書は、高額です。
それらを市立図書館や議会図書室に寄贈しようと思うのですが、ここにあの悪名高い公職選挙法が立ちはだかります。国会議員が有権者にうちわを配って問題になりましたが、買収と間際らしい行為を防止する目的で、政治家は選挙区内には一切の寄附(プレゼント)をすることができません。したがって、図書館や議会図書室に寄贈することはできない、と解釈されます。
結局、自宅でうずたかく、役所の備品などの保存年限ぐらいまで保管しておくことになります。積極的に他の市議会議員と共用してほしいと思えば、自分の所有権を明示して、図書室に預けるという手もある、という案内も受けましたが、それより他にないかと思います。

公職選挙法の改正や、解釈の改正などによって、せっかく公金で買った資料を、市民(市立図書館)や市議会(議会図書室)で共有できる仕組みに道を開いてもらえたらと思います。

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2015.05.08

5/8 史上初の任期満了による英国総選挙

英国の総選挙の開票が進み、第三勢力の進出が話題になりましたが、結果としては保守党が勝利するようです。
地域主義を色濃く出した第三勢力の進出による不安定化、王室のおめでたいできごとなどが保守党を勝たせたようなところがあります。私は「女王陛下の労働党」びいきなので、結果だけは残念だとは思っています。

●今回の英国総選挙は、初めて任期が設定され、解散によらない任期満了で行われました。英国は王様が議会を持ち、解散する体裁になっているので、任期もなく、王から執行権を授権されている首相が解散を決定する、という体裁でした。しかし、首相がタイミングを選んで選挙することを、解散前の政権のパートナー自民党が問題視、首相の解散権を制約させることを要求し、保守・自民の連立政権のなかで法律として通っています。
首相が任意に解散できる議会は、先進国では、残るところ日本の衆議院だけになってきました。

●英国は、買収や脅迫、選挙妨害以外、選挙運動の方法に規制がほとんどありません。戸別訪問中心の選挙運動で、お金がかからなければ騒々しいこともないようです。逆説みたいな話ですが、そうなのだろうと思います。

●日本では、行進や卒業式などに使われる「威風堂々」という曲、作者ホルストエルガー(同じCDに入っていて誤解してしまいました。訂正します)は、保守党政権の英国を鼓舞する趣旨で作曲したので、労働党員には使わせるな、と言っていたらしくて、残念な話だなぁ、と私は思っています。

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2015.04.20

4/20 選挙ポスター用掲示板のムダをなくす法

Dscn6106いくつかの自治体議員選挙を手伝っていますが、選挙ポスターの公営掲示板から考えさせられることがいっぱいあります。あんなにたくさんの欄が必要なのかということです。必ずいくつも使われない欄があってムダなんです。

選挙の公示と、選挙の届出と、選挙運動の開始日がすべて一緒にしているからこんな馬鹿なことがおきるのです。当日、ふらりと選挙に出たいという人がいたときに公営掲示板が足りないことが許されないからです。それなら、届出を確認してから掲示板を作るように日程組んだらどうか、と思うのです。
そのためには立候補届出締切日と、選挙運動の開始日に間をあければいいんじゃないかと思うのです。いろいろな矛盾が解決します。

届出次第、選挙運動開始というから、届出が落ち着かない。実際には届出の前に事前審査をされて、それに通らなきゃ、選挙の準備もしていられないほど催促電話がかかってきます。実務では、事前審査が届出日のようなものです。掲示板も、立候補者説明会の出席陣営数、事前審査を通した陣営数を見て、掲示板を準備していくわけです。

有権者にアンケートを取ると投票に最も参考にしているはずの選挙公報が公示日に配布されていることはありません。自治体の選挙なら、投票日の前の水曜日~金曜日あたりに配布されています。期日前投票が何日も進んだところで配布されるのです(期日前投票をやたらに促す議論にはこういう点からも問題があります)。

●外国では選挙運動開始日という概念がない国も珍しくありません。届出も、1日限りではなくて、締切日という考え方を取っています。個人名で投票する選挙をやっている国は、そもそも届出の制度がない国もあります。
選挙に関しては合理化する余地がいっぱいあるのに、誰もゼロベースで考えられず、いつまでも1926年、治安維持法と抱き合わせで作られた議員選挙法のやり方のまんまで、機械化しろとか、電子化しろとか、そんな提案しか出てこないところに日本人の民主主義の水準があるのかなと思います。いずれ議会改革のように、そもそも論からの見直しが行われる時代が来るとは思いますが。

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2013.11.05

11/5 徳洲会選挙違反の報道は厳密に行うべき

徳田毅議員にも徳洲会にも今まで義理はないのですが、どうも選挙違反事件の報道が、有権者に誤解をまきちらすおそれがあるのではないか、と考えています。

徳洲会が徳田毅議員の選挙応援に全国動員かけたことがそもそもいけないかのような報道がされていますが、それがただちに選挙違反になるのでしょうか。こういう報道をすることは、団体が選挙をやってはいけない、という誤解になります。

今回の問題は、選挙運動に動員するために、徳洲会の従業員に旅費を渡したり、その間、休暇手続きを取らせず業務時間中にさせていたということになります。そのことが買収である、ということです。

そこをぼかして、そもそも団体が選挙運動に関わると選挙違反であるかのような報道の仕方は厳密性に欠けるのではないかと感じていることです。

今回は企業ぐるみ選挙の話で、従業員の自発性も合意形成もなさそうなので、法律的ではなくて道義的に問題だと言えますが、今回のような報道のされ方をすると、公害病患者の会とか、保育所問題を解決してほしい団体とか、道路建設を推進したり、あるいは反対したりするグループ、公益的に政治との関わってきた団体も選挙運動に参加することがいかん、という議論にもなりかねません。

実は選挙や政治家のしてよいこと、してはいけいなことに関する誤解はあまりにも強くて、何もかもしてはいけないと思い込んで合法的なことについてクレームをよくもらいます。そうした誤解があまりにも広いので、当たらず触らずを処世訓のようにしている政治家もいないことはありません。

選挙違反の取締は、政治的自由の抑圧になる可能性もあるので、その犯罪の立件した前提をもう少し正確に報道してほしいものです。

なお、団体が選挙に関与することの是非論はあるのかも知れませんが、いくつかの留保をして私は認めざるを得ないと思います。安易に団体の関与を否定する議論が大流行ですが、あんまりやりすぎると政治家の本当の出自がわからなくなります。むしろ応援した団体側が積極的に支援した政治家を公表して、政治に入るバイアスを透明化する方が重要です。

●団体のすべてが選挙運動に関わってよいとか悪いとかあるのではなくて、法人格や事業の認可基準、補助金の受取の有無などによって変わってきます。

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2013.09.29

9/28 福島に行けず間の時間でドイツと日本の選挙規制の違いを学びました

Dscn3864昔の職場、自治労に加盟する民間労組の組合員が福島県新地町にボランティアに行くというので、昨朝は見送りに行きました(左写真)。在職中の信頼関係である加盟組合が総会に私を呼んでくださっているので、お誘いいただき、同行する予定でしたが、市内行事や会議の都合で行けなくなり、見送りとあいなりました。

2011年4月2日、交通機関がマヒして、かつ原発の放射能被害の全貌がまだ明らかになっていないこの時期に、福島県の沿岸部北側の相馬市、南相馬市、新地町に入るボランティアはまばらでした。そうしたなか自治労が災害対応の組合員ボランティアを派遣することになったのですが、その第一歩が新地町でした。その後どうなっているのか直に見たかったので今回の機会に行けず残念な思いです。

それで行けなくなって、ちょうどできた空き時間に自宅で作業していたところ、日向小平市議のツイッターで、生活クラブ組合員などで構成する地域政党「小平市民ネットワーク」主催の「公職選挙法のおかしさを知る~政治の情報を市民の手に~」が開かれるのを知り、急ぎ武蔵野線で訪ねていきました。

ドイツ総選挙から帰ってきたばかりの早稲田大学の坪郷教授から、日本の選挙規制はそもそも自由な選挙とはほど遠いのに、①選挙運動の自由は政治家や政党にしかなく市民どうしの選挙運動の自由はほとんどない、②ルールが難しく役所にうかがわないと違法になるかどうかわからない自由な社会の法律としてどうかという問題、③運動スタイルを規制するやり方が憲法や人権に反するのではないか、という問題提起をいただきながら、先週あったドイツの選挙運動のやり方を紹介していただきました。
日本では違反してはいけない約束としてマニフェストが位置づけられていますが、ドイツではむしろ連立政権協議や政党間合意をするにあたり修正するための、交渉の基礎資料として「選挙綱領」が詳細に書かれているという話には、重箱の隅をつついて相手の失点待ちを続ける日本と、異なる考え方の人たちと話し合って合意形成をめざすドイツの政治風土の違いを感じるものでした。

ドイツの総選挙は、全体の議席数を比例代表で決め、配分政党のうち誰を当選させるかを小選挙区制で決める制度になっています。選挙は主に比例代表をめぐってたたかわれ、政党が人の集まりそうなところに小さなブースを作り、パンフレットを配りながら市民の質問に対応したり議論をしたりしながら進め、時々党幹部クラスの街頭演説会がある、というスタイルで、日本のように個人名をガンガン押し込むようなことはしていないということです。
小選挙区の個人名選挙の運動はほとんど行われていないということで、個人的な知り合いを集めてミニ集会を少しやる程度だそうです。そこは個人名を覚えさせなきゃ何も始まらない日本の選挙との大きな違いを感じます。
選挙の判断基準として「政党より人」ということがもてはやされていますが、(私の支持者以外は)それじゃ日本の政治風土が属人的なものにとどまり、そこには政治家個人をめぐる嫉妬や定まらない評価をめぐって生産的な議論にならず、良くならないのかも知れない、と思いました。

先生が持ち帰ってきた配布文書を見せてくださいましたが、作成と配布の規制がないので、非常にセンスのある凝った印刷物が作成されている一方、候補者個人のものとしては名刺サイズの政党パンフレットに多少候補者名が書いてある程度のものしか作られていませんでした。

坪郷先生との意見交換では、細かすぎる日本の公職選挙法が、政治家のリクルートシステムとしては、マニアックな制度理解が好きな人を優位に立たせるシステムとしての問題があるんくじゃないか、ということもおっしゃっておられ、選挙事務所も市民が開かれた運営より、コンプライアンスを優先するあまり防衛的な運営になることが否めないなぁ、と感じました。

何より、市民が政治をつくっていくんだ、という前提になっている制度とシステムであり、日本のように政治が政党や政治家に独占され、しかも彼らとてうかつに市民に近づけないようにしている制度と大違いだということは、とても面白い学習でした。

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2013.07.18

7/18 投票所入場券で本人確認をすることを考える

選挙ネタばかり続いて申し訳ありません。今回はみなさんの投票の手続きについて、前から考えている疑問です。

朝霞市では選挙の投票上に入るための切符、投票所入場券を世帯単位で配布しています。自治体によっては有権者一人ひとりに郵送しています。昨今、DVが問題になったり、単身赴任や就学で住民票を移さない人たちの問題が話題になっていますが、そうした観点から、私は投票所入場券は個人配布にすべきではないか、と考えています。しかしそうするためには選挙にかかるコスト論が立ちふさがることでしょう。しかし民主主義の手続きの基礎的な部分においてコスト論で話をごまかしてしまっていいのか、と思っています。

そのようなことを言いましたら、政治学者の方から、そもそも投票所入場券で本人とみなしてしまうことの方が危険ではないか、きちんと本人証明できる書類を見せてもらうなど、他の手段で本人確認を取るべきではないか、とご指摘を受けました。

確かに、とくに統一自治体選挙などのたびに、投票所入場券でなりすまし投票をした、という事件が後をたちません。昔は入場券が売買されたなんて話もありました。入場券を持っている、ということで本人かどうか確かめる注意力が低下してしまう、ということは否定できないと思います。

そして今の選挙制度においても、投票所入場券がなくても本人確認できれば投票所では投票を拒まないということで、むしろそのことをきちんと広げていくことが必要なのではないかと思っています。

家父長が厳しすぎて自由に投票に行けない、DVで避難している(しかしまた住民票を残した自宅近傍をうろうろすることは危険かも知れませんが)という人も、入場券がないからと投票できないということはない、ということを覚えて、ぜひ大事な公民権を行使していただけたらと思っています。

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2013.07.10

7/10 ネット選挙が始まって

今回の参議院議員選挙からインターネットの選挙運動が解禁になりました。
以前は、インターネットに投票依頼をしたり、候補者の売名行為につながりかねない文言を入れると一律違反で、選挙運動期間なのに、インターネットに限らず何も政策を語り合えないという、変な選挙でした。そういう意味では、候補者やその政策について、限定はあるにしても、インターネットやソーシャルネットワークサービス上で自由に書けるようになったことはよかったのではないかと思います。

ネット選挙が解禁になって、いくつか反省点もあります。ここをきちんと是正していかないと、ネット選挙なんか情報の氾濫だからやめろ、とまた日本人的な規制がはじまりかねません。

①TwitterやSNSの掲示板のようなところで、選挙運動の報告をやるのはほどほどに。
  誰が演説していようと、何しようと、有権者には意味ありません。陣営内部の元気づけでしかない情報ですから、そういう事後報告的な記事は極力絞ってもらうか、blogやホームページなど読みに行きたい人だけが見るツールでの公開にした方がよいです。

②いつ演説会があるのか、何を手伝ってもらいたいのか、と有権者に働きかける情報が少ない
  広く市民参加が行われる選挙に向けては、インターネットで伝える情報に、有権者への行動提起が重要です。いつ演説会があるのか、手伝ってほしいのか、手伝ってもらう業務があるのか、公開していくことは重要です。いささか、追い風選挙になれきった陣営に、自己防衛的にそういう広がりの輪を作る情報公開に弱いところがあります。

③政策がない
  政策論争についてちょっとでも書いている記事が少ないです。紙媒体では禁止してできませんし、じっくり考えたい人にはふさわしいツールなのですから、もっとインターネットを活用してほしいものです。
  本来、そこをやりとりするのが大事なインターネット選挙だと思います。そうでなくて日本的なコミュニケーションの手段を義務的に一つ増やしただけとするなら、もったいないことです。

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