2008.10.12

10/12 ネタでしかない朝霞の市民派議員の保育所問題

少し前、朝霞市議会に議員を2人送っている市民ネットの会から広報が届く。朝霞市の支出事業の支出額上位の企業をランキングした表が載せられてあった。これ自体は単純な表なので、不公正も公正もないと思う。その中で、保育所が3園ランキングされていた。


それをもらったときには、こんなものだろうと思って放置していたが、昨日、用事があって市民ネットの田辺淳市議を訪問した。その前座の席で、補助金の調査結果から、保育園が補助金をもらいすぎだ、という批判の言葉があった。それからもう聞くに堪えない民間保育所への批判のオンパレード。

しかしそれが批判されるものなのだろうか。まず保育所の補助金は厚生労働省ならびに県、そして条例で定められている市の加配基準で厳密に算定され、公共事業のように談合水増しができる余地が全くない。私立学校のように傾斜配分などという行政の裁量もない。機械的に条例や要綱にしたがって計算され支払われるだけである。そういう意図があって、事業支出額上位の企業に、これら保育所を運営する社会福祉法人を入れたとするなら問題である。

1億円といっても、これらの保育園は90人規模の園である。常勤の保育士だけで10以上人はいるはずである。この他調理員、延長保育のパートや残業手当なんか考えると、実質14~20人ぐらいの人件費を負担しなくてはならない。それだけで1人450万円(国の積算根拠額)として、6300万円から9000万円が出ていく。この他にも、子どもの給食や教材費などに充当されるから、妥当な水準である。

市独自の家庭保育室が儲けているかどうかは経営監査が入らないので何とも言えないが、少なくとも県の監査が入る認可保育園はよほどの不正でもやらなければ儲かる事業という話にならない。そして、働く人にまともな賃金を払って儲からないのに、これが高コスト体質だというなら、この10年、医療や福祉、保育をガタガタにしてきた規制緩和委員会~規制改革会議の宮内義彦オリックスCEO・八代尚宏ICU教授コンビの言い分と同じである。

さらにその1億円の支出もあるが、市は保護者からその支出の30%~45%の保育料を受け取っている。保護者は保育料を市に払い、市に収入にいったん計上しから、補助金が支出として計上する。利用料負担がない他の公共事業と違って、補助金額がすべて公的財源からの支出ではない。

この議員の質問の意図は、保育所経営者のあら探しのような、別のところにあったようだが、本当にその無知さに驚くばかりである。
そして、私には私立保育園を選んで、という批判の意が込められていた。ほんとうに後ろめたい思いを浴びせかける言葉が続く。

しかもそれとは矛盾するような話で、市議は「保育所はすべて公営であるべき」という発言が出てきた。

しかし公営ということは市が職員数を増やす覚悟をしない限りやらないわけで、行革優等生だけが使命感である朝霞市がそんなことクビをタテに振るわけがない。民間で1億円で運営できている保育所が、公立なら2億はかかる(つまり民間保育所の補助金1億円でも、十分な保育士の待遇を保障できないのだ。最小限の職員数で全職員の平均賃金を450万円以下に抑えなくては経営できないのだ)。

朝霞市が期待もしていないところで無認可保育所が認可に転換していく過程で、朝霞市は最小限の待機児童問題を解消できた。民間が県にそそのかされてやったくれたからということである。
しかし、これを公立に拘っていたら、待機児童問題は深刻なままで、公的なかたちで質の担保をしていくことができない無認可保育所が増え続けていただろう。ただでさえ、朝霞は第一次マンションブームで適当なことをやって、家庭保育室という名の無認可保育所を20ヵ所以上も作らせてしまった。それを追認し続ければ保護者の経済的負担も大きかっただろう。

今回のやりとりで自覚のないうちのまちの「市民派」議員の就労と保育に対するとらえ方の問題点もよくわかったと思う。
勤務先に無理難題言われて、なんとかかんとか保育つないでいく苦労なんかしたことないから、保育所のことなんかネタでしかない。あら探しのネタでしかない。そのスタンスは規制改革会議と同じなのだ。
そういった有権者の関わり方は、保育所を利用している保護者にネガティブな感情ばかりを創り出すことしかない。

市議が、保育所をネタに有権者をいじっているヒマがあるのか、と思うのだ。
仮にも質の悪い私立保育所という問題意識を設定をするなら、保育所をどうこうする規制を作るのは、市議の仕事で、そういうところを選ばざるをえない保護者の選択の主体性を問うてどうするんだ、と思う。そういう発想は、新自由主義者の態度そのもので、新自由主義を批判している田辺氏の態度としていかがなものかと思う。

朝霞の市議会で、保育所のことを、支持者の関係で取り組んでいる共産党と一部保守系市議に任せきりにしてきたことの問題を何も感じていないようだ。

あほらしくて、用事半分も片づけずに中座させてもらった。

他にもいろいろあって、朝霞の野党系政治勢力に絶望的な思いをしているのだ。市長も市長与党もどうしようもない政策選択をしている。通算28年住んでいるが、情けない思いだ。

●こんな状態の市町村に、保育所・学童保育の施設基準や監査権限を降ろすというのが規制改革会議の提言で、これに異を唱える声が少ないのが心配である。補助金が多いというだけで、あれこれ刈り込まれて、学童保育みたいになるのではないか。声も数も力の高齢者の福祉に分捕られるのではないか、そんな心配ばかりだ。

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2008.07.18

7/17 市民センターの建設だけはポンポンと追認されていく

16日の市議会の議会運営委員会のレポートが届く。議案は、臨時市議会を開くということと、その議案として、膝折市民センター建設と、議会改革のうち全員協議会を公的なものに位置づけ傍聴を認めるかどうか、というテーマ。

●膝折市民センターの建設は、市議会の委員会審議も経ずに、本会議だけでやるという。にもかかわらず質問制限回数付きということのようだ。

市民センター建設というととても公的な感じがするが、町内会館の建て替えに市がお金を出すというもの。その地域には切実な要求があるのかも知れないが、ほんとうに難民収容所化している学童保育や、介護難民を発生されている特別養護老人ホームに比べれば、切迫している必要性はない。にもかかわらず、市民センターの建設のために、臨時市議会まで開かれるというのだから、何が優先されているのか、よくわかるような話だ(学童の混乱状況に憤慨している人、家族の介護で苦労している人、ちゃんと選挙に行きましょう。可能なら今の市政を追認している県議・市長・市議候補者でない人を支持するよう表明しましょう)。実際、満員電車のような学童保育の施設改善は、市役所内から提案があったようだが、頼み方が悪いと、市長側近が握りつぶしたとかいう話も聞いた。にもかかわらず、貸館業みたいなことばかり、市役所は積極的に推進している。

公民館のロビーなどに少人数の打合せができるようなスペースがあったり、もっと積極的に自宅や飲食店で会合をもってもらうようにしていくことができないのか。その方が地域経済も活性化するだろうに。

いずれにしても、億単位の公共事業をやるなら、もっときちんと議論すべきなのに、市議会が行政に白紙委任していくのが許し難いと思う。市議会議員は選挙で選ばれている。市職員は市民に選ばれていない。行政の中立性の名のもとに試験と人事だけで選ばれている。多額の出費を要する事業の提案について、市議会はきちんと監督すべきである。

●後半の議題、全員協議会の傍聴について相変わらず認めないというのが笑えてくる。
原理から説明しなければならないのだろうか。
市議会議員は選挙で選ばれている。選挙で委任に近いかたちで採決等の判断を任されている市議会議員は、議会での行動、政治的な動きについて、有権者に情報公開をし、できるだけ説明責任を果たして、次の選挙で洗礼を受けるべきである。したがって、市議会内の会議ぐらいは、市民にもっともハードルが低いかたちで公開しておくべきである。秘密にして議論すべきことは、正規の手続きを取って秘密会とすべきである。これは現状の制度でもある。ただし、市役所の仕事に、秘密会まで開いて決する高度な政治判断を要する問題はあるのか、と言われると、めったにないと思う。国が戦争をやっているときに自分の市町村だけが敵国の軍門に下る、大規模災害の避難民を追い出す、というような世論にはむかうエグい判断をするときぐらいだろう。

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2008.07.13

7/13 朝霞市の子ども政策を検証する

午後、今後の朝霞市を考える会のシンポジウム。子ども政策というテーマで、①保育園、②5年かかる小学校の建て替え問題、③障害児の地域での暮らし、④遊び場の4テーマ。私は保育園のところで話させてもらった。

●保育園の話の内容は、待機児童問題と民間委託の問題について中心的に話した。保育料とかもっと卑近な話はあるが、そういうのは私でなくても発言する人はいると思って、大幅にカットした。
今でこそ沈静化した待機児童問題だが、共働きを基本とするような地域社会の生活がなくて、マンションの乱造を認め続ければ、またいつ暴発するかわからないという話でまとめた。この6年の朝霞市の取り組みなども説明した。待機児童問題を解決したのは、ベクトルが違うが関係者の働きかけで、市役所にとっては想定外のいくつかの幸運が重なっていると思う。
民間委託の問題は、ふじみ野市のプール事故事件を引き合いに、発注者責任としての監督を市がやらないで業者任せにしていると、事故が発生したときに、発注を決めた職員が禁固刑=失職になる危険性があるということと、保護者やできれば子どももまじえた当事者の意思決定があって、委託先企業が決まるべきこと、実際の保育を見て業者を選択すべきことを指摘した。朝霞市の民間委託のやり方は、都内の自治体に比べてかなり手荒で、透明性がなく、業者との癒着が起きる余地がある。保育園は誰のためのものか、というものをもう一度きちんと確認して仕事の組み立て直しをしてもらいたいと思うが、しばらく市立の新設園はないと思うので、どうでもいい問題として扱われるだろう。

●第五小学校の建て替え問題は深刻である。早ければ今年の夏の入札で業者が決まれば、その秋から工事に入り、足かけ5年、子どもたちは工事と共存しながら勉強しなくてはならない。ちょっと工事ミスがあって工事が延びれば、ある学年は6年間、工事現場と隣り合わせで勉強し、体育の授業はバスでグラウンドに行く可能性もないわけではない。グラウンドがないからといって、サッカー部や野球部が解散させられてもいる。実際にサッカーや野球ができなくても、サッカーや野球の歴史や、名試合の検証なんかで活動のしようはあるはずで、何だかわけわからない。保護者グループが計画の見直しを求めてもびた一文譲らない市の教育委員会。21時からNHKスペシャルで中国の環境破壊が紹介されていたが、そこで出てきたダム建設を推進する地元政府と同じ態度である。

●自分たちで必要なものを自分たちで作って、自分たちで責任をもって運営する、障害児学童の報告はいつも頭が下がる。遊び場の課題では、プレーパークを作ろうと運動している方に話していただいたが、自然が多い朝霞の利点が全然生きていないこと、そういう中で何とかがんばって、たき火や公園利用の規制をくぐってやっているが、市職員が問題意識を共有してもらえていないため、担当者が変わるたびに振り出しに戻るので、苦労していると報告していただいた。

●今日、持っていき忘れた資料から。5歳以下の人口のうち、保育所に通所する子どもの割合は全国平均が31%、埼玉県が18%、朝霞市が16%。3歳未満児の入所している子どもの比率が、全国が17%、埼玉県が9%、朝霞市が12%。全国に比べて、埼玉県や朝霞市では、保育園に通う人たちがマイノリティーという結果が見える。埼玉県では3歳を境に保育園に通う人が倍になるが、朝霞市の場合低年齢から預ける人が多く、3歳未満児を中心に預かる家庭保育室の児童もあわせると、珍しく0歳から5歳までほとんど同じ数の子どもが預かられている寸胴型の年齢構成だと言える。保育園の保護者に3歳児神話はなくなったと言える。これは全国的にも珍しい状況である。保育園の定員は同規模自治体が1800人前後なのに対して、朝霞市は増やして1300人弱なのでまだまだ認可保育所は本当は足りない。ただ、専業主婦でおさまったり、他市に比べて手厚い補助が出る家庭保育室などに通園させているなどしてしのいでいるのだろう。

●しかし、その五小、セメントの粉塵とか舞い散る中で、喘息などの呼吸器系の慢性疾患を抱えた子どもにどのように対応していくのだろうか。まさか、そのようなことはないようにする、などという予定調和的な答弁をしているのではあるまいか。きれいになって開通した地下鉄副都心線も、駅や車内はセメントの粉臭くて、息苦しい。隣で取り壊しやセメントの流し込みをやっていて、粉っぽくならないはずがないと思うが、どうなのだろうか。そういうことを言うのはモンスターペアレンツなどと陰口を流して抑え込むつもりだろうか。

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2008.06.08

6/8 埼玉県子ども家庭課の保育所待機児童問題のとらえ方の歪みを糾す

埼玉県の待機児童問題がいっこうに解決されていない状況が報告されたという毎日新聞埼玉版の記事を読む。

記事中の埼玉県子ども家庭課の「整備すればするほど保育所需要が高まる」というコメントは問題であろう。子どもを預ける奴が悪いという悪意が感じられる。そういう県の児童福祉政策なのだろうか。違うというのなら反論してほしい。

埼玉県は神奈川、東京などと並んで専業主婦率が高く、これまで保育所を作らなくて済んできたと考えるべきであろう。作れば作るほど保育所需要が増えるというのは、他県に比べて、そもそも圧倒的に保育所が少なすぎて、みんな預けずに我慢している状況が続いてきたことである。それを担当課が、作るから問題が大きくなるのだ、という寝た子を起こすな論をするなどというのは論外である。

2000年には全国ワースト5を記録した朝霞市の待機児童問題。朝霞市児童福祉課も今回の県のようなことを言っていた時期があったが、根気よく解決に向けて取り組んで、現在では作れば保育所需要が増えるという状況から脱却しつつある(それでもまだ無認可保育所に依存する状況は変わっていない)。

毎日新聞の記事で指摘されているように、大規模な住宅開発、とりわけマンション業者に狙われた自治体が増加しているという分析が正しく、住宅開発業者を野放しにして規制が後回しになっている現状が、保育所需要を過度に掘り起こしていると考えるべきだろう。住宅価格が異様に高い首都圏で、借金を抱えてマイホームを購入した世代は、夫婦共働きから逃れられない。

したがって、保育所を作れば作るほど子どもが増えるなどと評論家みたいな皮肉を言うのではなく、公共サービスの整備に見合う人口増加抑制策を埼玉県は取るべきだろう。

実際、人口が増えてよかったよかったという話ばかりではない。開かれた、人のありように差別せず、住民が困っても十分支援が受けられる魅力的な地域づくりをしないと、子ども世代は成長とともに東京に人口流出する(私の小学校、中学校の同級生の大半は出ていってしまっている)。そうなってくると、高齢者だけが埼玉県に取り残される。田舎の高齢者と違い、埼玉県の高齢者はよるべの家族もいない。次にやってくるのは高齢者の福祉サービスの不足という問題が待っている。

人口増とマンションの増加、とりあえずの住民税の増加、そんなことで埼玉県は今のところ、住民の福祉なんかほとんど考えなくてもやっていける状況にある。しかし、埼玉県に住み幻滅し、その子ども世代の人口定着がなければ、何のための人口増加なのか、ということになる。その結果は不動産業者やマンション開発業者を儲けさせてやっておしまいという話だけだったということになる。

●それと加えて、基本保育以外の整備状況が悪いというのが今回の報告の内容である。九州、四国、中国、関西の人口20万人程度の自治体なら当たり前のように整備されている病後児保育なども、埼玉県は大きく立ち遅れている。病気になって預けることができず、職場に出なくてはならない板挟みの状況というのを理解せず、評論家みたいなこと言っている関係者も多く、前向きにやろうとする人たちを励ましたり、支援したりすることが無いことが問題だ。

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2008.01.15

1/15 都市部でも土の匂いを感じて政策を作ることはできる

わが選挙区の早川代議士のブログで、地方出身議員の生活密着感について語られている。私も同感だ。
国土交通部会の地域公共交通小委員会で、「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律の一部を改正する法律案」を審議したことについて、土の匂いのする政策だと評価している。
最後に、

土の匂いのする国会議員でなければ、なかなかこんな知恵は浮かばないだろう。少なくとも、私は、自分自身の切実な問題としてこんなことを考えたことが無い。だから知恵も浮かびようが無かった。
この法案の取り纏めに当たった関係議員や国土交通省に、今日のところは、脱帽だ。

とまとめている。非常にいい感性だと思う。

しかし、こうした感覚は都市部と言われる埼玉4区管内でも気づこうと思えば気づく。

私は、政府のCo2削減の方針に従っているかどうかわからないが、自動車も持たないので、15キロ近い子どもを担いで1.4キロ離れた保育園をほぼ毎朝毎夕通っている。幸い駅から遠くないところに住んでいるので、電車で1駅乗って通っている。

うちの近くには2時間に1本しか来ないバス路線がある。この路線は市役所以外の朝霞市の主要な生活関連の公共施設を沿線に持っている。駅は階段だらけだし、子どもを誘惑する商業施設でいっぱい。バスを使って送迎をすると本当に楽だし実は速い。家事をしたり、子どもと本を読んだりする時間が15分ぐらいだが余計に確保できる。

しかし、車庫の入出庫にあわせて運行しているので2時間に1本しか来ないし、朝の通勤時間帯には来ないので保育園の送りには使えない。もしこの路線の本数がもう少しあれば、市内の保育園の選択肢も大きく増える。私が子どもの頃はこのバス路線も、1時間に1本はあり、車庫に入らずともその手前の駅で折り返ししていたりして、もう少し便利だったように思う。そのバス会社のキャッシュフロー会計を改善するために、どんどん本数を削減されたように思う(最後はバス会社を分社化して運転手を転籍させ、給与カットをしたという)。

首都圏というだけで土地が高いので、保育園や老人ホームの用地取得が郊外になってしまう。そのため、公共交通しか交通手段を持たない人や、朝の保育園の送りにマイカーを使えない都内に通勤する保護者などは、ほんとうに苦労している。

一時預けた認可保育園で出会った保護者は、3人兄弟を同じ保育園に入園させるために、やむを得ず、自宅と正反対の方向の郊外の保育園を選ばざるを得ないと言って登園していた。
バスで朝霞駅まで出て、電車でひと駅乗って、そこからまた1時間に1本あるかないかのバスで保育園に通わせている。当然、保育園から出勤先に向かうにも、また1時間に1本のバスを寒風吹きすさぶ朝霞市の郊外のバス停で待たなくてはならない。川越に職場があるらしいが、自宅を出て、川越駅に着く頃には、保育園の送迎さえなけけば30分でできることを、2時間かかっていると言った。

公共交通が崩壊しているのは、都市部でも起きていることなのだ。

こうした地域固有の政策は国会議員が取り上げるべきことだとは思わないが、朝霞市議もこうした問題を腰を据えてやらない(自分の地域にバスを通せという利益誘導はやるけど全市的なバス網の整備を考えている議員など皆無に等しい。ほとんどがマイカー族だし)。市役所のお金を使ったコミュニティーバス路線の誘致が関の山で、それをやるから路線が長距離で複雑化して、使い物にならないコミュニティーバス路線ができあがる。

土の匂いを感じる課題というのは、都市部でもきちんとある。しかし都市部では、地域交通というと通勤電車の便利さか、道路建設しか政治家も有権者も目が向かない。それ以外の人は自転車やマイカーに乗ればいい、という感覚もある。そうした街づくりから取り残されるのは、交通弱者や、自転車の運転をできない子どもを抱えている人たちである。
政治家自身も首都に近く、新聞の地方欄も地域情報を大切にしないため、テレビに出られるイデオロギー先行の政策課題ばかりを政治家が語りたがるために、感覚として、地域交通のことなど後回しにされがちである。

●朝霞市の保育園が必要性の高い保護者ほど使えないようなかたちで入所決定がされるのは本当に謎である。でも16時台にマイカーでお迎えに来る保護者も結構いて、どうなってんのよ、と思うことばかりである。いろいろなことが考えられるが、議員に頼んだり、就労証明書を都合良く書いてもらっている人がいるという証言を聞いたことがある。そんな人の入所決定が横から割り込んで優先されているなら、必要性の高い保護者は使うことができない。入所審査では家庭訪問ぐらいやるべきだろう。身動きも取れない保護者にお金がかかっている保育園なのだと言い放つぐらいなら、市役所もそれくらいの手間を惜しむなと思う。

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2007.12.26

12/26 マンション業者が保育園を併設し始める(他市の事例)

待機児童対策に頭を痛めている自治体が多い。朝霞市もそうだった。

土地持ちとマンション業者に甘い市役所が、安全と構造以外はほとんど無審査に近い状態で建築許可を乱発し、急激に新婚・子持ち世帯が膨張してしまったからだ。

今、6~12歳ぐらいの子どもをもっているお母さんに、保育園事情で仕事を断念し、くやしい思いをしながらいる人がたくさんいる。95年からのマンションブームで朝霞に家を買い求めて住んだ人たちだ。

この問題を取り上げると、市職員も市議も、財政がねぇ、と口を濁す(たまに3億円もかかるんですよ、と血相を変えて反論する人もいる)。でもよくよく調べると、財源もさることながら自治体による土地取得については、地権者の打算がありすぎて、行政がどうしても必要だというと考えられないような価格をふっかけられるし、いらない土地があって現金が必要であれば、何だかんだと売りつけられる。悩ましい問題がある。結局、新しく建てたり、立て直したマンションは、住宅地から遠いところばかりで、マイカー通勤でなければ通うにたえないところばかりだ(余談だが、駅に近い都心部の保育園にマイカー送迎している保護者がいて、何とか入所の優先順位を変えてほしいと思う)。

保育園の難題は、財源もさることながら用地確保にあるようで、ここの部分は開発者利益というのか、マンション販売者に用地確保をさせるか、協力させることが重要なのではないかと思う。マンションが増えたら儲かるのが不動産屋で困るのが自治体である。

したがって、大規模なマンションやニュータウンを販売した場合、保育所税を課すか、保育所用地の提供を要求することが自治体として必要なのではないかと思ってきた。

ところがようやくマンション販売業者が自発的に保育所を用意して運営するようになってきた。2001年に神戸市で初めての試みだが、首都圏でも少しずつ始まったことは歓迎したい。

必死な思いをして住宅を買ってみたら、保育所は入れないわ、介護施設はないわ、病院は遠いわ、ということは珍しくない。マンション買った人が最初にぶちあたる壁が保育所不足である。

実は深刻な待機児童問題を経験した朝霞市の地域福祉計画にも、不動産業者の開発を行う場合、福祉施設を用意するよう行政が指導せよと書いているが、民間業者には何もしていない。昔ながら旧住宅公団の用地を高く間借りするかたちのものしかない。民間にやれと言って、自発的にやってくれるならこんなにいいことはない。業者も付加価値でマンションに保育園をつける動きが出てきた今がチャンスだと思う。

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2007.07.31

7/31 時間より早く登園したら門前で立たさせる保育園

近隣のまちに住むブログ友だちが公立保育園にひどいめにあわされたようだ。
「共同合宿所 腹の立つことばかり」
こんな公立保育園があるから、民営化した方がサービスが良くなるなどと言われてしまうのだ。

共同合宿所の筆者は、保育園の送迎ボランティアをつなぎながら、育児と仕事を両立しているが、そのボランティアが何かの手違いで送迎できなくなってしまい、また他の親がお迎えの時間に遅れたことを捕まえて、ボランティアグループや保護者に厳しい文書が送られてきたというのだ。なかには延長保育を認められていない保護者が8:30より早く保育園に到着しても、「門の外で待っていてください」などと世間常識にはまったくかなわないバカなことが書いてあるという。19時まであいている保育園で、18:45には子どもに帰り支度させて、真っ暗な保育所の玄関の外側で座り込ませて親を待たせる保育園もあると聞く。

くだらないことに力を注ぐものである。
いくら自治体直営サービスを守る私の立場でも、こんなことしている保育園がもし民営化提案されても守ることができない。えてして民営化の提案がされてからじたばた保護者の味方になったりするものであるが、手遅れなのだ。こんなしょうもないことばかりやっている話を聴くと、どんどん国鉄方式で民営化されてもどうしようもない。労働条件を守りたいなら、正面から増員要求をすべきで、子どもや保護者に腹いせしてどうするんだと思う。
首都圏の保護者会運動は国の保育政策を問題視することに主要敵を見いだして保育所側と共闘していて(それはそれでいいところもいっぱいあるが)、保護者に対するモラルハラスメントに対しては、保護者集団として守る側に立つよりも、保育所と一緒になって非難する側にまわるという話もよく聴く。

もちろん保育士が親に会いたがっている子どもの姿を見て「もう少し早くお迎えに来てあげることはできますか?」ぐらいの働きかけはやってもいいと思う。しかし、お迎えの途中にスーパーがあっても「買い物してからお迎えに来るな」とか定時に退社して微妙な電車の乗り継ぎをうまくやり過ごして迎えに来ている保護者にモラルハラスメントや嫌味を言うような保育所ではどうしようもない(こうしたモラルハラスメントは、東京通勤者やマイカーのない人に厳しく効いてくるからほんとうに腹が立つ。マイカーで送迎している親など、買い物に寄っても買い物袋をマイカーの見えないところに隠してしまう)。
保育園に預ける時間が少なければ少ないほど、子どもに愛情をかけているという思いこみこそが危険だと思う。子どもによっては保護者といるより、保育所で他の子どもたちと一緒にいる方がいいという子どもだっているはずである。極端な話では、児童虐待の第一次的な予防はそう考え、そう行動できるかが問われているんじゃないかと思う。

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2007.04.29

4/29 認可保育園、17時00分でガラガラの謎

この1ヵ月、子どもを念願の認可保育園に預けることができた。無認可保育園に比べ、人件費がきちんと払われ、人員配置も施設の広さも法律的に保障されていることがメリットだからだ。だが私の側の事情があって1ヵ月で退園して元に戻ることになった。

この1ヵ月ほんとうに不思議な体験だった。
ありがたいことに私は保育の送迎で勤務時間を一部減免してもらっている。それで迎えに行っても、私の子は居残ってる子どもの中では最後の方だった。もっと早くお迎えに行ったことが何回かあった。4時半~5時には子どもたちの大半がいなくなっていることがわかった。
5時にお迎えに行ける親って、どんな人たちなのだろうか。一部にそういう就労の人がいるということはわかるが、大半がそうだとすると、いったいこの人たちはどんな就労をしているのか?まったく不思議な光景だった。私の狭い人生経験の中でも、保育園のお迎えのために3時や4時に退社する人ってほとんどいなかった。

無認可保育所に預けていた頃は大半の保護者が18時半前後のお迎えだった。これぐらいが普通の働く保護者だろう(それでもサービス残業は全面的に返上して)と感じてきたし、どうしてこの人たちが施設・人員面で手厚い認可保育所に入れない、入らないのだろうとずっと疑問に感じてきた。19時まで認可保育園は開いているのに。

市の条例も市役所も、朝霞市は保育時間を16:30まで、と釘を指している。1981年以前のルールを強引に適用している。一応は19時まで開けるけど延長保育なんだから、という態度である(この延長保育の定義は厚生労働省の通知と異なり、朝霞市内勝手な決めである)。市立保育園の保護者会の人たちと意見交換したときには、18時45分には園の建物から追い出し縁側でリュックサックを背負わせて1人で待たせる園もあるという話もあった。そんなことだから、お迎え時間に不安がある保護者はこの時点でしりごみして申請を出さないのだろうか。

これまで私は福祉の利用料について議論を避けてきた(福祉サービスの利用料を値切る主張はわかりやすく政治問題化するので、結果として福祉サービスを充実できなくなったり、利用者が限定され役所の裁量で決まることになってきた)が、今回、認可保育所を体験して、保育料の高さも問題だと思った。
フルタイムで夫婦働けば所得税は夫婦で25~30万円程度になる。そのぐらいの水準ですでに朝霞市の保育料は最高ランクの保育料になってしまう。都内より保育料が1万~1万5千円高い。地方交付税無しやっていけない父の郷里の九州の某市(ということは朝霞市より格段に財政力が落ちる)と比較すると、フルタイム労働の夫婦なら九州の市の倍ぐらいの保育料になっている。ちなみにこの市は年間300万以上納税の高額納税者には、この市は保育コストの全額負担を求めている。いなかで年収2000万も所得がある人の保育に公費を使う必要がない、という考え方は一理ある。朝霞市は超金持ちもフルタイム夫婦と2000円程度しか違わない。

話は戻って、保育料が高いと、働いて納税することより、働くことをセーブすることにインセンティブが働いてしまう。保育料に給料の半分持って行かれるぐらいなら働かない、ということである。保育料が低いと、働かないでいるより保育料払ってでも働くことにインセンティブが働く。
保育料には公費がつきまとう。この部分が財政の無駄だ、と言い切る人も多い(たぶん、妻を専業主婦にしてバリバリ働いて、退職後地域社会に入ってきて、財政の無駄ばかり気になるような人だと思う)。市役所の大半の職員も無駄とは言わないが、何かにつけて「税金を使ってやっている」んだという家父長制の響きがする言い方をする。
しかし日本のようにM字雇用で、結婚育児によって仕事を中断してしまうと年収ががたんと下がる社会では、保育にかける公費と、結婚または育児で仕事を中断して下がる税収とを比較して、税金が無駄かどうかを判断すべきだろうが、そのことについて「保育をやってやっているんだ派市職員」「保育は無駄派市民」がなにがしか証明した調査結果をまだ見たことがない。税金だけならそれでいいが、本人が就労や社会参加の意欲があるのにそれを断念させて、家庭内に人材が退蔵することまで計算に入れると、「保育は無駄派」は一面しか見ていないと思う。
また、共働き家庭が増えれば市民所得が上がるわけで、その稼いだお金を市内で使ってもらえば朝霞市の経済力もついてくる。地域に経済力がついてくれば市内に優良な雇用先ができてくるわけで、結果として市民全体では通勤時間も減り保育環境がよくなっていくことになる。

朝霞市の保育料の体系だと、夫がフルタイム&妻が10時~15時ぐらいのパートで働く層と、最高ランクの保育料を払っても痛くもかゆくもない超お金持ち夫婦(不動産業経営者で妻が経理事務か何かの名目で働いたことにして保育申請しているようなパターン)が一番保育環境が良くなることになる。
このことをどう受け止めるのかいろいろな考え方があるが、例の九州の市の保育料の体系と比べると、フルタイム共働き夫婦を冷遇していると感じざるを得ない。私が子どもの頃、町内会の寄り合いで健全育成の活動か何かを議論しているときだったと思う。共働き夫婦の子どもは必ず非行に走るといったような議論を幹部たちがしていたことを思い出す。

朝霞市の認可保育園にはフルタイム夫婦の子が割合として少なくなってしまっている。その見えている前提だけをもとに、市内の保育関係者は、「そんなに保育ニーズはない」と延長保育不要論を市の審議会などで強硬に主張している。市の職員もその意見に大きく頷いていたりする。しかし社会構造、もはや夫婦フルタイムで働く家庭はごく少数派ではなくなっている。その隙間をを「家庭保育室」という市独自の補助金を出す無認可保育所や池袋など繁華街にあるベビーホテル並の無認可保育所が受け皿になっている。そのことについては実質知らんぷりである。こんな偽善的な福祉があるだろうか。
社会構造として必ずいるのに、目につかない、市役所の申請に出てこないということでばっさり切り捨てているだけのこのまちの福祉の議論に疑問を感じている。この街は、働く人に住みかを提供して成り立つ街であるにもかかわらずに、だ。

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2007.03.14

3/14 東上線をいったりきたり

朝一番で確定申告。税理士に経費認定をしてもらう必要のある自営業者の窓口には長蛇の列。この時期の自営業者って連日睡眠削って作業しているんだろうなぁ、と感じた。私は給与所得者の補完的申告なので、書類を提出するだけで終わり。ところが届け出るべき源泉徴収票が一枚ない!昨秋、市内のNPO主催の講座でお話させていただいたときの謝礼分。なさけないことに紛失してしまったらしい。あとで源泉徴収票だけ提出することで話はまとまり、その足で、保育料の確定のための申告所得額の報告に児童福祉課に行く。
思ったよりあっさり終わったのでいったん帰宅。帰路、志木駅前のバチンコ店の電光掲示板の点滅が激しくて、目が痛い。こういう看板の規制について新座市に問い合わせ。

昼から地域福祉計画の推進委員会に出席。
前回、怒ることがあったので、それをめぐって尊敬する委員仲間から、うまくまとめるからあまり怒らなくていいと注射される。確かにそうだ。
厚生労働省の概算要求から地域福祉に役立ちそうな項目をピックアップして示す。今後半年ぐらいの間に県や市の事業になる可能性があるので、国の予算案はアンテナを張る価値がある。自己責任といえば自己責任とも言えるような年金、医療に予算の大半が取られ、偶発性の高い課題を受け止める介護、保育、障害者福祉など基本の福祉サービスが思ったより細くて桁が違う。
地域福祉のオンブズマン関連で、事務局(市)から提出された福祉窓口に対する苦情の調査結果が出る。その姿勢がよかった。そろそろスタートして1周年になるので、運営について小変化をさせることと、自分たちのふりかえりをした方がいいので委員長にそのやり方について検討を求めた。次回議論になるかな。

県議候補は保守系3人に共産党が1人だと思ったら、今さらという革新系の名前が候補になる噂を、委員会の終了後に聞く。ポスターも見ないし、ビラも配っていないし、支持する市議も1人しか考えられない中で、どうするつもりなんだろうか。革新陣営の自爆行為じゃないかと思う。が、実は前回、民主党推薦無所属の県議候補が落選し、半年後の市議選でトップ当選した。その過去があってか、今回、朝霞市議たちが次々と安易に市議をやめて県議選挙に出ているように感じる。党の決定が絶対の共産党候補以外、そう感じる。ダメならまた秋にある市議選に出ればいいやと。
県議の方が仕事が減る代わりに給与が上がるために、県議が格上という意識が強いのだろうか。県議になってもねぇ。県は問屋みたいなもので、商品開発力(国)もニーズを発見するエンドユーザー(基礎自治体)もなくて「調整」と「与信機能」しかないじゃない。知り合いの県議たちも、有権者にとってわかりやすい事業がないから、●●党の政治家という存在感しかない。したがって政党の仕事が中心で、国会議員の手足となって苦労し、複数の市議たちのご機嫌取りをして、本業じゃないところで大変そう。政治家にとってもっとも出番の少ない仕事じゃないかなぁ、なんて思う。

また帰宅し、荷物をいれかえ一息いれて夜は保育園の説明会。新年度を控えて忙しく段取りが徹底できなかったのか進行の手際がいまいちだったが、説明からは面白そうなことになりそうな予感。思わぬ知り合いと同窓になるみたいだ。
年間予定表を見るとちょっと力が入りすぎているかなと感じたが、挑戦した経験が今後の保育園のノウハウの蓄積になると思う。スタッフは大変だと思うけど、ダメなときも含めてうまく乗り越えていってほしい。保護者会のあり方をそもそも考え直したいという設立者の思いがあってか、保護者会という名前ではないが保護者会を作って運営に協力してもらいたい、という提案があった。制度要求の保護者会もいいけど、一緒に仕事をする保護者会も必要だろう。今時の親は一から自分たちで作るのは苦手で、このように親同士のささえあいとかかわりあいの輪を作るようきっかけをつくったことはいいことだと思う。

そんなんで、市内だけで東上線を三往復。めまぐるしい一日だった。

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2007.02.26

2/26 政府予算から我が町の福祉を考える

ここのところ凝っていること。政府予算の厚生労働省の概算要求から人口割や施設割にして朝霞市にどのくらいお金が降りてきそうか、それに見合う仕事を市役所がしているかどうか、検証する作業をしている。

作業の目的は実につまらなくて、(たいした福祉水準でもないのに)福祉にお金を使うと財政破綻をする、というどこかで聞いてきたようなことをオウム返しにしゃべる人たちに反論する材料をストックしておくため。
そういう俗論を言うひとには市の財政の中身についてよくよく調べてほしいと思っている。保育所や介護施設1つ作るお金を駅のひさしに散財してしまったり、保育所や介護施設を1つ運営できるお金をクルマを持っている人しかいけないような温泉施設(昨年から休止)の赤字補填に使われている。あるいは入札結果を見ると、びっくりするぐらい造園業者にお金が使われていることもわかる。

この概算要求からのひきなおし作業がまた自己目的化してきて、予算案から、1施設どのくらい補助金が出そうとしているのか、どのくらいの人を雇おうとしているのか、そんなことを考えながら、朝霞市の施設数や、利用者数、該当する市民の数なんかを計算していくことが面白い。

朝霞市の傾向として、総じて、国が出している水準より福祉水準が低い。私の得意分野は、保育所。朝霞市の人口に対する全国の人口の比率で割り返すと、保育園入所者数が1930人いないと平均的水準ではないが、来年の仲町保育園の開設してようやく保育所入所者数が1380人。450人程度少ない。地方交付税の児童福祉費は平均水準で計算されているので、450人分は浮いているお金と言える。ただし380人については家庭保育室に入っている人への利用料補助金が市独自で出していて、これが中低所得者に対しては他市より水準が高いので差し引くと、実質ピンハネは70人分となっていることがわかる。

公立保育園の延長保育の国庫支出金は地方交付税措置なので、朝霞市のような不交付団体にとっては、事業をやっても収入が増えない(ちなみに朝霞市立の保育所の延長保育は厚生労働省の定義する延長保育とは言わない)。だから公立園では延長保育が控えめにしか始まらないのに、民間認可園では積極的に始められることになる。延長保育について、親が親たれみたいな観念論を押しつけられ、罪悪感を植え付けられる。しかし、本質的には自治体がお金を出したくないのが本質の話なのだ。

こうした基幹的福祉サービスについて不足が目立つ中で、後発の福祉サービス、たとえば、子育て支援センターなどは平均より1.5倍ぐらい高い水準で整備されていることもわかる。遅れた基幹的福祉サービスを整備するために、抱き合わせで厚生労働省の新規事業に飛びついたためと見られる。

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2007.02.18

2/18 自分の思いをかたちにして保育園を作った園長さんの話を聴く

次世代計画の推進委員会のワーキンググループが始めた子ども子育て連続講座の2回目を行う。
きょうは、朝霞市で保育所としては30年ぶりに社会福祉法人立の保育所を始めた、朝霞たんぽぽ保育園の園長、大島美弥子さんの話を聴く。

今回大島さんの話を聴くことにしたのは、無認可保育所からハードルの高い認可保育所を設立した情熱やそのときの苦労話などを聞き、その情熱の背景にあるものに触れたいと思ったからだ。

私自身、労働組合で保育政策を担当していたときに、保育所の民間企業参入を始めとした、最初の一連の規制緩和の対策に追われた体験をした。そのときの攻防戦の読みでは、質にこだわる無認可保育所が、認可を取得して公的関与のもとに運営が行われるようにしていくことが規制緩和の落としどころだと考えて、必要な規制緩和、やむを得ない規制緩和、認めない規制緩和と整理して対応してきた。そんな思いから、朝霞で無認可保育所から認可を取得することが進んでいくことに期待をしていたなかで、それをやったたんぽぽ保育園にずっと注目していて、いつか園長さんと話を聞きたいと思ってきた。また、知人、友人がみんな大島先生がいい、と言うので、会って、聞いてみたかった。

Cimg0029大島さんは、香港日本人学校の幼稚園教諭や、駄菓子屋の経営、障害児保育の保育士などを経て、1999年に市内に認可外保育所を設立した。自分がやりたいと思うような保育を始めてみたが、定着する専門職としての職員の待遇を確保することがとっても大切と痛感して、さらに2005年に認可保育所、社会福祉法人「朝霞たんぽぽ保育園」を開設する。

民間認可保育園が1園以外すべて市立保育園しかなかった朝霞市で、保育の質を問い直したい気持ちもあって、ここまでがんばってきた。公立園ではなかなか経費に裁量権がなくて、絵本やおもちゃ、食事などに力を入れられない。そうしたことに民間認可園を開設することで一石を投じたい気持ちがあるという。

今の保育園では、保護者と保育所のコミュニケーションが目詰まり起こしている、ということに問題を感じておられた。参加者のなかにいた市立保育園に通わせている保護者から、今の市立保育園では、事故でもない限りお迎えのときにほとんど保育士と会話ができない、子どもへの怒り方に問題のある保育士がいる、など報告があって、子育てという連続性のあることを、共同でコミュニケーション取ってやらなければ意味がないじゃない、と大島さんはコメントしていた。待機児童問題が一定の解消段階に来た今、数字にも報告書にも出てこない、こうした中身を問い直すことがとても大事な段階に入ってると思う。

上尾の保育所の保護者会の役員さんも参加されて、一昨年の死亡事故のことなどの報告から、死亡事故を通して保育所のコミュニケーション不全になっている状態がわかってしまって、今でも心配で仕方がないと報告していただいた。大島さんは、保育所の事故防止は目配りは当たり前としても、チームワークが大事なんだと力説されていた。

終わったあと、仕事のほとんどにコンピューターが介在するこの時代に、保育って人間どうしの仕事はうらやましい、とお話したところ、人間どうしってトラブルも多いけど、誠意をもって関われば、何かが必ずうまれる。そんな仕事はいい仕事だ、と言われていたことが印象に残る。

次回は5月ごろ、そこから2ヵ月おきに。テーマは、10代、ファミリーサポートセンターの展開、子育て支援センターの本当のねらい、などが候補。

一般参加者のなかに、私のブログを読まれている方がおられて、どきっとした。

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2007.02.17

2/17 サラリーマン、地域の子育てについて議論を重ねてきた

先日、朝霞市の次世代育成支援行動計画の推進委員会の会合があった。2年間、公募委員として参加し、臨時会がなければ(事件でもない限りはありえない)これで最後の集まりとなる。「行政の審議会等ではよほどのことがない限り慎んだ態度でいるもんだ」という「もんだ」の論理と空気に押しつぶされそうになるが、今回は、最もフランクに議論が進められた回となり、思わぬ人たちが熱弁を振るってくれてとてもよかったと思う。

これまで私自身は、「もんだ」の論理でコミュニケーション不全になることは良くないと考えていて、言うべきことを公的な場で言う機会を得たのに言わず、後でぶすぶす不満を言うのは市民の責任としてどうかと思うこと、それから、日中開かれるこういう場に出て発言の機会を獲得できない、保育園の一般利用者の保護者、サラリーマン、とりわけ都内通勤者として、市側に煙たがれることを覚悟しながら、これまで「もんだ」の空気をうち破るようガンガン意見を言ってきた。
ガンガン意見を言ったのは、保育園利用者や都内通勤者に影響の大きい内容を議論するのに、そういう人がなかなか参加できない状況があったから。そして幸いなことに、私場合は、職場が応援しているなどと甘えたことは考えないが、少なくとも有給休暇の範囲内で許容してくれて参加できる立場にあって、イヤな言葉だけど「私が言わなければ誰が言うのよ」という気持ちがあったからだ。うるさい市民だと思われるだろうし、自分や自分の周囲の人の保育園の入所での口利きはもちろん、誤解を招くような入園判定の情報確認をも拒絶しなければならないが、自分に不利益になってもそうした裁量を拒絶した上で、正面から都内通勤者の気持ちを伝えることが、最低限私に課せられた役割だと思った。

【次回からは公募委員が新たに募集し直されます。子育ての当事者で保育園を使っているようなサラリーマン・サラリーウーマンの人に応募してもらいたいです。平日は年2~4回なので、その範囲で有給休暇を取れる人や、代休などで調整できる人はどんどん手を挙げてほしいと思います。サラリーマン層が意見をいわなければ、昼間市役所に出入りできる人と子どもを仕事にしている人だけで子育て政策が決められてしまいます。また、多くの団塊サラリーマンが退職後の地域の居場所づくりに苦労されていますが、こうした機会で早くから地域社会との接点をつくるのにもいい機会だと思います】

今回は、児童館の開設と子どもの地域社会での遊びのあり方、保育所の保育時間の延長、商店が子どもに関心を持ってもらうための施策、民間の子育て関連施設運営のときの家賃問題など議論された。

保育時間の延長について、関連業界の委員たちから「子どものためには」という大義名分での後ろ向きな発言が続いた(委員会に出ていた市の女性職員も大きくうなづいて、それってどうよ、と思った)が、私が「通勤時間は地域の人たちが想像するより長く、今の保育時間ではちょっとしたサービス残業もすべて返上してお迎えをしている。保護者を追いつめた状態で家庭に帰せばいいと言っても子どもにいいということにはならない」と意見をした。
古川孝順(東洋大学教授)委員長が「(子どもと保護者と保育所という)一面的な問題だけではなくて、保育のニーズは就労とか仕事のあり方とか社会のいろいろな状況が複雑にからみあっていますからねぇ、こうだと言い切るのもどんなものでしょうか。」といういなしで、関連業界の委員さんたちからは「必要かも知れませんが、全園一斉はどうかと思います」「補助要綱に合わせるための施設や職員の整備が大変なのでそこを何とか」という意見で、本音や妥当なところに議論が落ち着いたように思う。
確かに、事業者だけで何とかしようとすると、補助要綱が整備されないとできないということで終わってしまう話だ。しかし行政と施設運営者が補助金の有無について議論して、保護者にやれません、やります、と一方的に通告するような政策決定をする時代ではないと思う。まずは保護者のニーズを自治体が受け止めやる方向をきちんと打ち出し、実施にあたっての障害となる、補助金の制度やら、施設や職員の数についてどう考えたらいいのか、施設運営者と自治体と保護者や関係者で十分話し合って、補助を増やすにしても、みんなの合意で後押ししていくことが大事じゃないかと思う。

商工会から出てきた委員さんが、とってもいい視点での発言をされていたのがとてもよかった。

最後ということで、先週末に地域での市民活動をしているメンバーと公募委員でつくられたワーキンググループでまとめた「カウンターレポート」を提出し、行政とは違う立場で、委員としての一定の評価をし、委員会に報告した。古川先生からは「本来は委員会として評価をまとめた方がよかったけども(労力的に)無理だった。自分たちなりの評価をまとめて行政に出すことはいいことだ」とした上で、委員会全体として討議して承認するということはできないが、ワーキンググループの意見として受け取り、今後の市政の参考にしてもらう扱いとし「カウンターレポートというのは言葉がきついので、ワーキンググループからの報告程度にして再提出をすること」との宿題をもらった。

内容は以下のとおり。

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2007.02.11

2/10 逆ノーマライゼーション・子育て支援センター

午後、次世代育成支援行動計画の推進委員会ワーキンググループの打合せ。次回委員会本会議でメンバーが入れ替わるために、カウンターレポートを提出することにし、文案をまとめる。
その他、子ども学習会の講師選定に関して打合せをするが、少子化対策や児童虐待防止をネタに促成栽培で急拡大している子育て支援センター、児童館、ファミリーサポートセンターについてどうよ、という議論がわき起こり、今後、学習会のテーマにして、専門家や先進自治体の取り組みを学んでいくことにした。
子育て支援センターが、ほんとうに育児ノイローゼの保護者のよるべになっているのか、そうした相談をどうこなしているのか、専門職員が家庭訪問などしているのか、日進月歩の児童虐待やDVに関する専門知識の更新を怠りなくやっているのか、検証すべき材料が多い。
私も、同席した親たちも、子育て支援センターでは、市の情報を自分できちんと集められる、何の問題のない保護者ばかりが利用していて、むしろ情報力のあるきちんとした親たちのたまり場になってしまっているから、育児ノイローゼの人には来にくいし、自分を開きにくい場になっているんじゃないか、と言った。
障害児を抱える親御さんは、障害者にはバリアフリーっていって施設や障害者福祉から社会に移す施策をやっているのに、何の問題もない子育て中の母子を社会から施設に囲い込むような施策って、ほんとうにいいことあるの、という問いかけがされた。ほんとうにそうだと思う。ノイローゼのレベルまでいけばどうかと思うが、育児の負担感なんて、専門的な施設で解決するもんじゃないはずだ。

それでも子育て支援センターは必要だと思う。でも乱立する必要はあるのか、それからそこに来る保護者や子どもはいつかは施設から自立させるロードマップがないと、税金で運営している遊園地みたいな話になってしまうのではないかと思った。
保育所問題が片づかないし、障害者保育のハードルはめちゃめちゃ高いのに、子どもを預ける必要のない保護者のための施設ばっかりようけ作るよな、と私は思う。
世の改革系の政策研究者は、政策評価の問題だ、という答えになると思うが、現実には、育児に困っている家庭という分母が計測不可能で、さらにはどの状態で解決されたか、ということも計測不可能で、政策の優先順位で語るしかできない問題である。

夜、早く寝てしまって、真夜中に目覚める。梅原猛「隠された十字架」を読み始める。

●日教組の教研集会が始まる。昼のニュースで伝えられた森腰委員長のあいさつの中での、教育再生会議の教育改革に対する評価の言葉が良い。後日、どこかであいさつ文を入手して紹介したいと思う(その後、夕方以降のニュースではほとんど伝えられず)。
発言内容は、文化人の井戸端会議の思いつきの披露でまとめられた教育改革には、問題解決のための分析がされているとは思えない。そうした教育改革を推進することは教育学や教育学者がこの国にはいないということを高らかに宣言するようなものだ。自分たちは現場での検証や専門的な分析を積み上げて、無謀な教育改革に警鐘を鳴らし、対抗していかなくてはならない、といった内容。

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2007.01.25

1/24 朝霞市内・マイカー通勤を2割減を実現

●埼玉県が朝霞市を実験地域にして実施している「モビリティーマネジネント」によって、市内の事業所の協力でマイカー通勤者を公共交通にシフトしてもらう働きかけが行われてきたが、結果として対象事業所にマイカー通勤するうちの2割を減らすことに成功したという。今後は一般市民に働きかけを行っていくということで、マイカー乱用気味のこの地域の交通のあり方を少し変えることができることを期待したい。

カギはバスの強化だと思う。バス停2~3カ所程度の乗車の運賃を下げること、本数の確保(1時間に3~4本の訂間隔運行)、バス停の間隔を短くすること(国際興業はできている。意外と長いのがコミュニティーバス)など。朝霞市のコミュニティーバスは大改革の余地がありそうだ。バスの台数の割に本数が少なく(わくわくドーム前の車庫には複数台のバスがいつも休憩している)、福祉用施設送迎バスの域を出ない。東上線が急行準急だけで1時間に8本も運行して池袋に人を運んでいるのに、市内の移動が2時間に1本しかバスが来ないというのはどうか。採算とバス会社への委託費の関係が不明確で、三社(西武・東武・国際興業)に委託で委託費がたかられていないという検証がしようがない。コスト感覚も経営感覚もめちゃくちゃになっているとしか思えない感じがする。路線が重複して本数が集中する朝霞台駅とわくわくドームの間では、5分間隔で来る時間帯もあれば1時間以上も来ない時間もあったりして、チューニング不足気味のダイヤである。市役所が運行計画にまで手を突っ込んで管理しているとは思えないようなダイヤでもある。

以前、地域福祉計画でタクシー会社にヒアリングに行って、コミュニティーバスについてぼやかれたことがある。市が1億もバスの赤字を埋めるなら、思い切ってタクシー券を配れ、と。確かにコミュニティーバスは民業の圧迫で、市内のタクシー会社には客を奪われる迷惑事業かも知れない。私はコミュニティーバスを必要だと思うが、それだけにタクシー会社に迷惑かけて余りあるような効果がある運営をしないとまずいのではないか。効果も見えない無駄を放置してよいというのはコミュニティーバスが政治路線であることの証左にしかならない。(余談だが、市内タクシー事業者が交通弱者をほんとうに味方につけたいのなら、車内がたばこ臭いことなど、改善の余地があると思う。ぜんそく気味の家族は危なくて市内のタクシー会社は利用できないでいる)。

私の中でコミュニティーバスの改善として指摘できそうなことは、①膝折・溝沼線の路線が複雑かつ長大でわかりにくいし本数の減少原因になっているのではないか。本町地区内と、栄町地域と、溝沼地域と客層が重なるとは思えず、路線を切ってその分多頻度の運転ができるのではないか。第三中学前の公共施設を経由するようにすべきではないか。②バス停の間隔が長すぎるので縮める。③住宅が建て込んでる割に交通不便地域が多い宮戸線を大胆に増発すれば利用客が見込めるのではないか。④東洋大学、市立図書館、中央公民館、市民会館、溝沼保育園などの公共施設にバス路線がない。⑤一般バス路線も含めて、市役所に乗り入れるバスが少ない。根岸台地区から市役所への交通手段がない。⑥路線別に委託バス会社を1社に絞り、採算と委託費の関係を明確にすべきではないか。
バス利用者の極めて少ない地域は、無理して大赤字のバスを運行するより、思い切って地域住民にタクシー券を配ってもいいのではないかと思う。

●連日、有楽町線が止まっている。ダイヤが乱れたときに東上線との直通運転を切るのはやめてほしい。直通電車が和光市以北の各駅停車の本数を補っているから、直通運転をうち切ると、急行通過駅は日中で15分、夕方ラッシュ時間で12分も電車が来ないことになる。また建設目的に東上線の複々線として、迂回路としての意味もあったはずで、この地域を陸の孤島にしない意味でも、トラブル発生時に安易に有楽町線の直通電車の運転を切る選択をするのはやめてほしい。
昨日は有楽町線が全線運休していた。いくつかの駅に折り返し線があるのだから、それを活用して部分的に運転できないものだろうか。平和台、氷川台あたりの人たちは帰宅難民になるのではないだろうか。

●朝霞市の保育園の紹介ページ(といっても、保育園名と住所と電話番号が書いてあるだけだが)に以前は保育所の作成したホームページのリンクが貼ってあったが、いつの間にか削除されている。保育所の入所決定は、利用契約方式と措置制度の中間的な制度になって、一方的に市役所が入所園を決定するのではなく、ある程度保護者の選択権を尊重することになっている。保育園選びの情報があまりにもない中で、独自にホームページを持って紹介している保育園の情報をあえて紹介しないのは何か変だと思って、市役所にメールして問い合わせる。

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2007.01.17

1/17 「現場」を語る運動のミスリード

お迎えの束の間に書店に立ち寄るが、そこで発見した本を買う。

矢沢進「保育労働運動の探究」という本。出版社が萌文社だから、職場である労組と保育イデオロギーで対立してきた東京都の共産党系の公務員保育労働運動家の著書。敵の保育運動が社会情勢に対してどのような議論をしてきたのか、タテマエより踏み込んで知ることができると思い、古本にしては高かったが買った。

保育制度の議論をすると、東京に住む政府審議会の委員や、その友だちのフェミニスト資本家は、公立保育所や認可保育所の融通のきかなさをしきりに攻撃材料にして、保育の市場化(vs社会化)をどんどん進める。しかも、背後関係に労働組合が妨害しているからというような批判を重ねて、この防戦にずいぶん苦労した。労働組合が妨害していない、と証明することは、労力としてそもそも無駄だし、やっていないことを証明する証拠は、えん罪を証明するぐらい難しい。
今はだいぶよくなったが、私が保育政策に携わっている頃、地方都市の保育所が結構努力している中で、東京を中心に確かにサービスの立ち後れが目立っていたし、保育所が保護者に要求することも多く、それらが連合内部でも民間労組の女性活動家を中心に厳しく批判されてきた。

私が保育労働運動に関わって、確かに頭かちこちの現場職員もいるが、大多数の保育所の職員は職場をよりよくしたいし、子どもや保護者のために何とかしようという思いで働いている。特に、地方交付税で自治体を維持している地域の保育士たちは、自分たちの自治体の能力の限界というものもよく知っているし、保護者は地域の知り合いでもあるので、労働条件の話はそれはそれで、労働条件を盾にサービスを削るという発想はあまりなかった。だから首都圏の外の地域の方が休日保育や病後児保育の実施は進んでいる。

しかし、東京23区を中心にした同心円状に、組合の保育部会の幹部に延長保育をはじめ、土曜休日保育、病後児保育、障害児保育に後ろ向きな保育関係者の意見が根強い。お迎えの前に買い物に行ったら怒らるなど1分1秒でも余計に預けたとみなされると怒られるエピソードはよく聞く(赤ちゃんを抱えながら買い物することが子どものためなのだろうか。子どもを家に放置して買い物に行けというのだろうか)。延長保育の反対論も、子どものためと言うが、本当だろうか。そこで公立保育園や認可保育園が責任を放棄したら、ベビーホテルに流れていくだけだというのは歴史が証明していることだ。それが子どものためなのだろうか。労働条件は労働条件であって必要なら増員や予算要求をすべきであって、保育所が子どものためという言葉を楯にとって責任放棄する理屈を立てることはどうかと思ってきた。現に、地方都市ではできていることなのに。

どうして東京の保育労働運動はこんなに非現実的な主張が根強いのか、そしてそのことで、政府審議会に出入りするような人たちをはじめ、全国で最も要求水準が高い人たちがすんでいるのに、その人たちに揚げ足とられ、あちこちで喧伝されるような発言するのか、と正直不満だった。

この本は、敵側共産党系労組という場で、保育現場をミスリードした人物が自分史として書いたためよく状況がわかってきた。著者がやってきた運動は、「現場に」依拠すると言いながら、保育労働者は公務員じゃなければならないから公務員保育士しか仲間に入れないと、それこそ「階級的」な運動をしている。でもそれは間違いじゃないだろうか。労働者という観点では、公務員も民間もなく、同じ公共サービス従事者、同じ保育士だと思う。公務員であることで公的責任は負いやすいことは間違いないが、そもそも保育所というのは公的な場なのだし、私立であっても、児童福祉法で厳密に定義され公的管理されて税金を出している施設いるものなのだから、それを排除するというのはおかしな運動の建て方である。

また「土曜開庁原則論批判」で、延長保育や土日保育は保育所のコンビニ化だと断罪し、可能な限り土曜勤務はしないよう保護者に求めることが望ましいと言っており、一般労働者の生活状況を全く無視するような議論をしている。まさに「注文の多い料理店」で、結果として、今日の東京都内の公立保育所の「非効率性」への批判を挑発した議論だった。 1981年、ベビーホテルで乳児が相次いで死亡する事件を受けて、厚生省は認可保育所の最低の開所時間を、8時間から11時間にのばした。私の勤務先の労働組合に対して、過去の8時間開所の運動方針に自己批判もなく容認したと批判している。私はこの方針転換は正しかったと思う。自己批判がなぜ必要なのか全くわかない。当時の共産党ワールドの流儀に従えといっているだけである。

興味深かったのは、こうした豊かな東京の独特の保育運動が、どうも共産党の世界でも全国的な広がりを持ち得なかったことで、それは私の問題意識の表裏で重なりあう。著者の加入していた共産党系の自治労連の保育政策の方針が、延長保育容認や土曜開所容認論であることを批判し、容認論の自治労連保育部会長と公開質問状でやりとりしている。
共産党は、私の職場の組合である旧社会党系よりも保育問題ではずっと深く地域に入り込んでいる(旧社会党はこうしたことに深入りできなかったことを反省すべきだと思うし、今現在も保育問題で民主党は入れ込めないどころか浮き上がっている状況)。保育団体連絡協議会などを作り、地域の保護者活動などと密接に関わってきている。そうした保護者会運動の中で、東京の公務員保育士たちの独特の理屈を出せば、信頼感を獲得できないと計算したのだろうか。あるいは、そもそも東京以外の自治体ではそんなに財政的余裕もないことから、無茶な要求もできないということなのだろうか。

著者のような理屈がまきちらした問題の後始末を、規制緩和委員会、規制改革委員会などの圧力におされそうな厚生省相手に、だましすかしやってきた自分としては、いろいろ見えてくるものがある一冊だった。

労働運動のような仕事は「現場」の重みがある。たいした能力もないが私はいろいろな「現場」に行くことが大好きだ。私のような学校を満足に通っていないバカには、現場に行ってそこで何が起きているか見て聞いてかかわってくることが最も効果的な能力開発であり、組合員へのお返しである。
しかし、安易に口先だけ「現場」を語り、自分が全面的に現場の代弁者のように振る舞う間違いを、この著者に見た気がしている。理屈に理屈を重ねるような著者の指導で、ほとんうに現場は有意義な職場になっているのだろうか。社会福祉の高邁な理想を学んだ職員たちが能力を窒息させていないのか、それが気になってしまった。

●延長保育の話でも思い出したが、私は厚生省保育課と、延長保育とは、11時間を超えたところからなのか、延長保育の補助金を支給開始となる11時間30分なのか、さらにその時間を延ばすのか、ということで議論を重ねた。地方分権もあって微妙だが、補助金を通した法律的な考え方では、延長保育というのは、正確には11時間を超える保育のことを言う。
しかし、朝霞市の保育園のガイドを読むと、16時30分以後が延長という扱いになっている。これでは8時間保育の理屈のままである。ちなみに公立園では延長保育料は取らないから、保護者にその意味はあまり重くなく実損もないが、考え方としては16時30分以後は、子どもや保護者の保育を求める権利として実施するのではなく、サービスとしてやってやっているんだから、万難排して1分でも早く迎えに来い、という意味なのだろう。

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2006.12.29

12/28 わけのわからない理屈

今日は当番で強制有給取得日だったが、発送物が1件あって出勤。しかし、コンピューターから出てくるその発送物がない!怒らないでいたら、向いの席の人が「人間できていますねぇ」なんて言う。そんなことはないからいろいろなことを言ってしまうのであって、むかしやっていた仕事でそういうことに慣れきっているからだ。

午後、地域福祉の福祉オンブズマン・プロジェクトの集まり。市の担当課に庁内での作業状況について説明を受けてきた2人から報告を受ける。ゼロ回答どころか、とことん後ろ向きな話を聞いてきたみたいだった。担当課は計画策定のときには馬力があると思ってきたが、推進段階になった途端、何か他人事のようにしている。コンサルはいないのはいいにしても、担当職員すらまともに出てこない。私たちは勝手に議論させられているだけだ。
そして、話の中身については4月に機構改革・人事異動があるから、と話を先送りにされたと聞く。呆れる。以前も「市長選挙があるから」と話を先送りさせられたり、逆に一方的に尻を切られたりしたことがあった。市長選挙や機構改革の前、3ヵ月から半年は意思決定が滞る市役所ってどうなんだ!と思う。市民はその間も納税義務を免除されるわけではない。民間企業で機構改革や人事異動を口実に顧客サービスを低下させるところがどれほどあるだろうか。市職員が機構改革の人事談義を理由に仕事をさぼるなら、機構改革なんてやるべきではない。
そもそも新しい仕事をいっさいやらない状態が何ヶ月も続く機構改革なのに、何のためにどのような効果を狙ってどのように機構改革をやるのか、全く説明が見られない。日頃は行政の継続性だとか、立派なタテマエを言うのに、人事異動1つで行政の継続性が担保されないなら、そんなことは行革ポーズに過ぎない。
それから、地域福祉計画は、市役所がやりたがらないが福祉を利用する当事者たちのための諸施策を求めた見返りに、市民側の責任についてあれこれかぶった。しかし市の責任でやるべきことについては何をやっているのだろうか。報告すら上がってこない。

夕方、保育園の入園申請。言葉のニュアンスでは、また待機児童(うちの場合は保留児という言葉にすりかわる)になりそう。仕事でかかわりのあった朝霞の元住民が「(保育担当課に影響の強い)F市議に頼んだらすぐ決まったわよ」なんて話をしていたことを思い出す。入所決定には不透明感が漂う。でもこの人、すぐに都内に家買って引っ越したんだよね。市議にとって口利きする意味ってあったのだろうか。そんなふうに便利屋的に市議を使う住民にとって、地域社会はどう見えていたんだろうか。いろいろ考えてしまった。
先日の健康診断書の一件についてやりとりをした。説明に苦しそうだった。自治体は何のために福祉をやるのか、社会福祉基礎構造改革がなぜ当事者のためにやるのか、筋の通った共通理解ができていないから、福祉はやってあげている市民サービスという感覚が強いから、こういうことが起こるんだろうと思う。

●被害者である私の職場を、8年も前の犯罪者からのネタで書いてくれた月刊現代(というより元社会党系ライターの問題)だが、今回の2月号「飯島勲異能秘書官の虚像と実像」と「本間税調会長を売った財務省の魂胆」は、面白くてついつい読んでしまった。
後者の記事、本間税調会長の記事の方は、安倍内閣で好き勝手やりはじめたキャリア官僚たちのことを書いている。今回の一件は、便宜を図った官僚が省益のためにリークしたということらしい。
それよりその記事では、公務員制度改革をめぐる動きの方が興味深い。経済財正諮問会議の民間委員(あの八代先生もいるが・・・)が、①再就職(天下り)斡旋を禁止②警察・自衛隊員以外に公務員に労働基本権を付与③年功序列から能力実績主義賃金への移行をペーパーにまとめたものを、官僚出身の首相秘書官たちが「霞ヶ関は干上がる」と批判し、安倍首相の組閣でただ1つのサプライズだった官邸の人物は「机をバンバン叩いて」「公務員と民間サラリーマンを一緒くたにして、訳の分からないことを口走る始末だった」「『天下りは民間企業だってやっている。なぜ官だけがダメなのか。やるなら民間企業が退職者に再就職を紹介するのも禁止しろ!』」とやったそうだ。
経済財政諮問会議の民間委員ペーパーの③はそんな安直な話でいいのか、と思うが、それ以外は日本の公務員制度の歪みを是正する妥当な内容だ。
公共事業をぶら下げて民間企業に転職してくる天下りを禁止しようというのは、公共事業の自己膨脹が問題化された94年ぐらいからの課題で、もはや議論の余地がないと思う。「民間の厳しさ」を知らない退職公務員を、誰が好きこのんで監督官庁が押しつけるままに雇うのだろうか。共済年金が民間より高いのだから天下りを役所が斡旋することなどすべきではない(天下り規制と公務員年金の水準の問題はもっと議論されてよいと思う)。
②についても日本はたちおくれの弊害が大きい。公務員に労働基本権がなく聖職化しているから、普通の賃金労働としての常識、市民常識からズレがあるんじゃないかと思うことがある。公務員の労働基本権制約は「ストや団体交渉・団結権は制約されるぐらい公務員は偉いんだ」という効果になってしまっている。
キャリア官僚が自分たちの人生設計を守るためなら、変な抵抗の仕方をしないで、労働組合でも作って正面からやるべきじゃないだろうか、とも思う。

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2006.12.04

12/4 保育園の入園申請で「精神運動発達」の「正」「遅延」を届ける必要があるのか

保育園の入園申請用紙を入手する。取りに行った家族が怒っている。私も怒った。

昨年までなかった「入園希望乳児の健康診断書」が入っていて、病院に行って、診察料を払って、ハンコ押してもらわなければならないという。なぜこんなものが必要なのだろうか。保育所は生活を見るところのはずで、病院とは違うはずだ。身長・体重なら自分たちで調べられる。
児童福祉法は認可保育園の入所基準を「保育に欠ける子」としているはずで、保育に欠けるかということと関係のないこうした健康状態の情報を収集することの意味がわからない。
項目には「精神運動発達 正 遅延」などの項目もあり、その表現の差別性を感じるし、当事者の保護者からするととてつもなく傷つけられる思いがするんじゃないかと思った。日頃、市の仕事を受注する業者の問題を言っても、守秘義務だとか個人情報保護だとか言って何も対応しないのに、市民のデリケートな情報を、入園審査の段階で収集することは大問題だと思う。保育園の入園申請に臨む保護者は、書類の1つ1つ書くことが入園に不利に扱われないかどうか、心配しながら書いている。
また障害者の親や病弱な親たちの話を聴くと、長いこと「障害者の親なんだから」「病弱な子の親なんだから」という言葉に縛られて、どんな親であろうと認められる権利すら自ら返上し我慢するような状況だった。保育園に入れるということはそのもっとも束縛される最たるものだ。最近まで制度のうえでも障害児の保護者は就労を理由にしても保育園に入ることから排除されてきた。
そんなことを感じて見過ごせないと思い、児童福祉課に電話をする。

市役所の説明では、①乳児は健康状態がわからない②体の弱い子に適切な担当保育士をつけたい、という回答。①については健康状態なんていつどうなるかわからないのが乳児ではないだろうか(生まれて1年もしない子の健康診断なんてあまりあてにならない)。医師に書いてもらった書類1つでわかったことにしようとするのは間違いだと思う。②については理由としては成り立っているものの、最終的に全員の入所が決定するのは2月なのだから、それから考えれることもできる。職員の配置に3ヵ月以上もかけるのだろうか。それも疑問だ。

その他、入園申請用紙とそのガイドをもらって感じたこと。
7月開所といわれていた仲町保育園の開所もいつの間にか延期になっていた(2007年7月→10月)。繰り返される開所延期はどうかと思うが、思い切って10月にしたことは今年の秋生まれの赤ちゃんにはちょっと朗報かもしれない。しかしこの保育園の委託先の業者選定過程も、業者の選定基準も、どんな業者が応募しているのかも全く公開されていない。そうしたことを次世代育成支援行動計画の推進委員会でも報告されない。
子育てもしたことのない公権力が委託先業者を一方的に選ぶということが妥当なのか。先の民間委託園のように、保護者に笑顔だけを売って、中では何がどうなっているのかまったくわからない状態の業者に行ってしまわないことを願うばかりだ。

入園の選考方法について書かれたところを見てまたびっくり。今度追及したい。保育園の入所判定はいろいろな条件を点数化してその合計点で決めていくが、同点の子には、①家庭の状況、②母親の状況、③父親の状況、④児童の保育状況、⑤同居者の状況の順で裁量で決まる
しかし、この母親→父親という順は、子育ては母親がやるものだという価値判断による性差別だ。母親が養育しにくい場合より父親が養育できない場合の方が保育園入園に不利になるというのは、母親が家事と仕事、父親は家事をしなくて仕事、という固定観念から生まれている。同点の場合に判断すべきなのは、④の児童にとっての保育状況がどうか、その一点であるべきだし、厚生労働省も県庁も保護者という言葉を使っているのに母親、父親という言葉で「普通の家族」「そうでない家族」という線引きをつくるのは間違った行政である。大きな問題だと思う。

あと細かいことだが、市の保育園は使用済みのおむつは持ち帰らなくてはならない。そのためにビニル袋を100枚も買って用意しなくてはならない。クルマを持たない私のような人には、たまらないなんて思いながらも、それ自体、少し不満があるものの、まぁいいいとしよう。
使用済みのおむつが、ビニル袋にこまごまと包まれて家庭ごみとして出される方が、ごみ減量からみてどうなのだろうか、そんなことを考えてしまった。保育園っておむつのごみを処理できないのだろうか。大きな怒りからすればどうでもいいことだけど、考えなきゃいけないんじゃないか。

しかしどうして入れもしない保育園のことについてこんなに怒らなくてはならないのか。税金の払い甲斐のある自治体になってもらいたい。

●飯田泰之「ダメな議論」を読む。ダメな議論についての切り方が面白かった。75年生まれの著者は参議院で経済政策を担当していたため、バブル崩壊と構造改革についての議論をずっと見てきた。そこで様々な俗論とたたかいながらダメな議論の見ぬき方を学んだという。
小泉構造改革を批判する側に追い風が吹いているのにどうして論理力がないのか、と思っていたけど、そこにも明確な回答があった。結局、構造改革の基本的な理念を否定できてもないのに、「大きな政府派」だとレッテル貼られることを怖がっているから、小泉みたいな変人が珍奇なことやって許せない、という程度の批判だからだろう。「国民に冷たい」とか「暖かみのない」という飯田氏に言わせれば論証不可能な価値で議論をしているからだ。これは自民党の抵抗勢力はもとより、国民新党から共産党までのほとんどの政治家にいえることだ。

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2006.08.30

8/30 保育園・児童虐待・非行

次世代育成支援行動計画推進委員会の会議があった。議題は、計画の評価、ショートステイ事業の開始、児童虐待防止ネットワークを発展的にした要保護児童対策地域協議会の設置、市民のイベント提案。

計画の評価は事業着手件数で評価されていて、事業の成果や効果が全く計測されていないことが問題と私は指摘した。このまま公表するなら、市民からのフィードバックを受けるべきとも意見する。
なお市側から保育園の整備計画について説明がされ、前回2月の会議では否定されていた20時までの保育所開所がこれから漸次進められていくこと、認可保育所の定員が予定されていた公設民営園1園のほかに民間2園の参入があって計画を上回る水準で進むことが明らかになった。何とか量的なニーズをクリアしてきたので、保育所の質や後回しにされてきた保育、例えば障害児保育の推進が議論できるようになる。また保育所以外の子育て支援政策を考えられる段階に入れそうだ。別な委員さんからは、20時までの保育ニーズはそんなにあるのか、と疑義を呈せられた。量については考える余地があるが、是非については是で話を進めてほしい。東京ベッドタウンで通勤時間を入れたら19時までに迎えに行くなら、17時台には職場を離れなくてはならない。終業時間間際にトラブル電話がかかってきたりすると、お手上げというのが現状だ。20時ぐらいまでやっていないと話にならないだろう。お迎えの日は30分賃金カットで時短をしてもらっている。それでもそれを許してくれるだけ恵まれていると思う。早くても19時終業の小売業では働く人たちはどうしているのだろうか。

ショートステイの開始については評価しながらも、どこかの段階で軽度の児童虐待での一時的な親子分離などに対応できるような体制に組み替えてほしい、子ども自身の申請や児童委員などの代行申請も可能になるようにしてほしい、と私や他の何人かの委員さんが要望した。市から提示された要綱には、育児疲れ、育児不安などで身体、精神上の理由でも対象になるので、虐待の前兆現象のようなところでは可能な含みもある。また重度の虐待の場合は、保護者からの隔離という問題があるのでショートステイでは対応できない、という市側の説明もあった。

要保護児童対策地域協議会の設置については、児童虐待だけでなく非行も対象に入ることになった。地域の「おとな」が大好きな非行問題の議論に引きずられて児童虐待問題が後回しにされないようにということ、守秘義務が公務員だけではなくて協議会に参加する民間団体・民間人まで適用される。そのことが公権力に近い人だけの一方的な判断や決定とならないよう、とくに被虐児については子ども自身に対しての説明と同意をきちんと行うことを私は求めた。
子どものことを論じたがる人は、非行については必要以上に語られるし、決めつけ、先入観と俗論でとんでもない対策が行われがちだ。その議論に引きずられて児童虐待が語られると、親の自覚とか、虐待の連鎖みたいな議論にばかりいってしまいそうになって、現に行われている虐待に何の有効な対応が取られないのではないか、と心配を感じた。

市民ワーキンググループからは、子ども子育て連続講座をこの秋から自主的に開いていくこと、この1年ぐらいの間に1日設け、子どもと地域を考えるイベントを行うことを提案した。

●紙ごみをまき散らす被害が起きていて、茶髪の女性がやっているという目撃情報を得る。住人に茶髪の女子高生で元気に遊ぶ人がいて、先入観で疑われている。背格好からして違うと思うが、目立つ子どもは何から何まで疑われる。

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2006.08.01

8/1 市内の保育園の運営委託に関して

朝霞市の市報が届く。保育園・子どもに関する事業に関して5点突っ込みどころ満載。

①市議会で宮戸保育園の運営委託に関して質問が行われた
議員 1年目に15人、2年目にも10人の職員が退職しています。1年目には担任欠員により委託費返還が行われました。2年目も非常勤調理員が4ヵ月間1人欠員、今年度も幼児暮らすに配置されるべき非常勤保育士が欠員のままです。市は基本的なチェックさえもしていないのではないか。
健康福祉部長 宮戸保育園の運営状況につきましては、保護者とのふれあいを重視した懇談会を通じて、保育士の専門的観点から相談に応ずるならどの対応や、独自の保育教材や保育遊具を導入して、その目的や効果について保護者に説明を行うなど、公営とは視点を変えた保育を実施しているところです。平成17年度からの実施事業者における雇用形態の変更等により現在は特に問題がないものとかんがえております。なお、非常勤職員につきましては、契約・仕様書の中で配置人数を明記する正規職員とは異なり、暮らすの子どもの状況等に合わせて配置することとなり、欠員