2008.11.11

11/11 死を理解できない子どもにやってはならないこと

子どもの保育園のことで憤慨している。
今日、自衛隊に遠足に連れて行くことになったそうで、朝、見送りに行った家族がそういう話を聞いてきてえらい憤慨して報告してきた。

自衛隊のことを子どもが知ることが悪いとは思わないが、しかし、人に危害を加えたり、ときには殺す覚悟をしている仕事である。たんに私たちを守っているというおとなの観念で美化されるだけの仕事ではないと思う。

そういう複雑な事情を、小学校にも入っていない子どもたちがどういうふうに理解するのか。国を守る英雄で理解が止まってしまっていいのか、と思う。戦争に行って心も体も傷ついて帰ってきた人たちを知ると、戦争の影の部分を理解できないで憧憬するような子どもにしてはならないと思う。

今春死んだ子どもの祖父のことを、子どもはまだきちんと理解できないでいる。また会えるものだと思っている。そのような人が死ぬことをどう考えていいのかわからない子どもに、人を殺める可能性のある仕事を安易に紹介していいものなのだろうか。

実は昨年も同じようなことがあった。カーキ色の世界を怖がって、泣いて帰ってきた。夢でもうなされていた。
子どもの預かってもらっている保育園は、保守的な体質をもつ、市内の革新政党系の保育運動に敵視されている保育園で、その人たちにいろいろ大変なめにあってきたらしい。そういう環境から保育園の経営者は、自衛隊に協力的な地域の人たちと仲良くせざるを得ない環境にいるのだろう、と当時は納得せさた。こういうことは今回限りにしてほしい、と言い、保育園から謝罪の言葉と二度としないという言葉で水に流した。

ところが今回またこれである。ほんとうにがっかりするし、そういう保育園しか選択肢のない中で、この地域に暮らさなくてはならないことの不幸をまた恨んで、生きていくことにならざるを得ないのだろうか。

たまたま生まれ月の運が悪くて、認可保育園はハードルの高いゼロ歳児保育をやっているこの街では、認可保育園に受け入れてもらえなかった。そこでやむにやまれず消去法的に選んだ保育園。それでもそこのプラスの部分を評価して関わってきたが、もう本当、最近はがっかりすることばかりである。それには保育園だけの努力では限界がある部分があるということを思い知らさせるし、しかしだからといって開き直ってしまってよいことか悪いことか考えなくてはならないこともあるだろうと思う。

そして、でも、しか、という理由でしか保育園に子どもを託せない環境しかないということに悲しくなってくる。
この街で生きていくということは、日に日に呪詛みたいな言葉が染みついていくように思う。払った税金が市職員の給料と市の貯金にばかり使われて、市民を力づけるようなことにほとんど使われていないから、保育園でも学校でも学童保育でも高齢者介護でも教育でもこんなことばかりである。それは先日の首都圏最低の教育費でもその一端が見えてくる。

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2008.10.12

10/12 ネタでしかない朝霞の市民派議員の保育所問題

少し前、朝霞市議会に議員を2人送っている市民ネットの会から広報が届く。朝霞市の支出事業の支出額上位の企業をランキングした表が載せられてあった。これ自体は単純な表なので、不公正も公正もないと思う。その中で、保育所が3園ランキングされていた。


それをもらったときには、こんなものだろうと思って放置していたが、昨日、用事があって市民ネットの田辺淳市議を訪問した。その前座の席で、補助金の調査結果から、保育園が補助金をもらいすぎだ、という批判の言葉があった。それからもう聞くに堪えない民間保育所への批判のオンパレード。

しかしそれが批判されるものなのだろうか。まず保育所の補助金は厚生労働省ならびに県、そして条例で定められている市の加配基準で厳密に算定され、公共事業のように談合水増しができる余地が全くない。私立学校のように傾斜配分などという行政の裁量もない。機械的に条例や要綱にしたがって計算され支払われるだけである。そういう意図があって、事業支出額上位の企業に、これら保育所を運営する社会福祉法人を入れたとするなら問題である。

1億円といっても、これらの保育園は90人規模の園である。常勤の保育士だけで10以上人はいるはずである。この他調理員、延長保育のパートや残業手当なんか考えると、実質14~20人ぐらいの人件費を負担しなくてはならない。それだけで1人450万円(国の積算根拠額)として、6300万円から9000万円が出ていく。この他にも、子どもの給食や教材費などに充当されるから、妥当な水準である。

市独自の家庭保育室が儲けているかどうかは経営監査が入らないので何とも言えないが、少なくとも県の監査が入る認可保育園はよほどの不正でもやらなければ儲かる事業という話にならない。そして、働く人にまともな賃金を払って儲からないのに、これが高コスト体質だというなら、この10年、医療や福祉、保育をガタガタにしてきた規制緩和委員会~規制改革会議の宮内義彦オリックスCEO・八代尚宏ICU教授コンビの言い分と同じである。

さらにその1億円の支出もあるが、市は保護者からその支出の30%~45%の保育料を受け取っている。保護者は保育料を市に払い、市に収入にいったん計上しから、補助金が支出として計上する。利用料負担がない他の公共事業と違って、補助金額がすべて公的財源からの支出ではない。

この議員の質問の意図は、保育所経営者のあら探しのような、別のところにあったようだが、本当にその無知さに驚くばかりである。
そして、私には私立保育園を選んで、という批判の意が込められていた。ほんとうに後ろめたい思いを浴びせかける言葉が続く。

しかもそれとは矛盾するような話で、市議は「保育所はすべて公営であるべき」という発言が出てきた。

しかし公営ということは市が職員数を増やす覚悟をしない限りやらないわけで、行革優等生だけが使命感である朝霞市がそんなことクビをタテに振るわけがない。民間で1億円で運営できている保育所が、公立なら2億はかかる(つまり民間保育所の補助金1億円でも、十分な保育士の待遇を保障できないのだ。最小限の職員数で全職員の平均賃金を450万円以下に抑えなくては経営できないのだ)。

朝霞市が期待もしていないところで無認可保育所が認可に転換していく過程で、朝霞市は最小限の待機児童問題を解消できた。民間が県にそそのかされてやったくれたからということである。
しかし、これを公立に拘っていたら、待機児童問題は深刻なままで、公的なかたちで質の担保をしていくことができない無認可保育所が増え続けていただろう。ただでさえ、朝霞は第一次マンションブームで適当なことをやって、家庭保育室という名の無認可保育所を20ヵ所以上も作らせてしまった。それを追認し続ければ保護者の経済的負担も大きかっただろう。

今回のやりとりで自覚のないうちのまちの「市民派」議員の就労と保育に対するとらえ方の問題点もよくわかったと思う。
勤務先に無理難題言われて、なんとかかんとか保育つないでいく苦労なんかしたことないから、保育所のことなんかネタでしかない。あら探しのネタでしかない。そのスタンスは規制改革会議と同じなのだ。
そういった有権者の関わり方は、保育所を利用している保護者にネガティブな感情ばかりを創り出すことしかない。

市議が、保育所をネタに有権者をいじっているヒマがあるのか、と思うのだ。
仮にも質の悪い私立保育所という問題意識を設定をするなら、保育所をどうこうする規制を作るのは、市議の仕事で、そういうところを選ばざるをえない保護者の選択の主体性を問うてどうするんだ、と思う。そういう発想は、新自由主義者の態度そのもので、新自由主義を批判している田辺氏の態度としていかがなものかと思う。

朝霞の市議会で、保育所のことを、支持者の関係で取り組んでいる共産党と一部保守系市議に任せきりにしてきたことの問題を何も感じていないようだ。

あほらしくて、用事半分も片づけずに中座させてもらった。

他にもいろいろあって、朝霞の野党系政治勢力に絶望的な思いをしているのだ。市長も市長与党もどうしようもない政策選択をしている。通算28年住んでいるが、情けない思いだ。

●こんな状態の市町村に、保育所・学童保育の施設基準や監査権限を降ろすというのが規制改革会議の提言で、これに異を唱える声が少ないのが心配である。補助金が多いというだけで、あれこれ刈り込まれて、学童保育みたいになるのではないか。声も数も力の高齢者の福祉に分捕られるのではないか、そんな心配ばかりだ。

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2008.07.18

7/17 市民センターの建設だけはポンポンと追認されていく

16日の市議会の議会運営委員会のレポートが届く。議案は、臨時市議会を開くということと、その議案として、膝折市民センター建設と、議会改革のうち全員協議会を公的なものに位置づけ傍聴を認めるかどうか、というテーマ。

●膝折市民センターの建設は、市議会の委員会審議も経ずに、本会議だけでやるという。にもかかわらず質問制限回数付きということのようだ。

市民センター建設というととても公的な感じがするが、町内会館の建て替えに市がお金を出すというもの。その地域には切実な要求があるのかも知れないが、ほんとうに難民収容所化している学童保育や、介護難民を発生されている特別養護老人ホームに比べれば、切迫している必要性はない。にもかかわらず、市民センターの建設のために、臨時市議会まで開かれるというのだから、何が優先されているのか、よくわかるような話だ(学童の混乱状況に憤慨している人、家族の介護で苦労している人、ちゃんと選挙に行きましょう。可能なら今の市政を追認している県議・市長・市議候補者でない人を支持するよう表明しましょう)。実際、満員電車のような学童保育の施設改善は、市役所内から提案があったようだが、頼み方が悪いと、市長側近が握りつぶしたとかいう話も聞いた。にもかかわらず、貸館業みたいなことばかり、市役所は積極的に推進している。

公民館のロビーなどに少人数の打合せができるようなスペースがあったり、もっと積極的に自宅や飲食店で会合をもってもらうようにしていくことができないのか。その方が地域経済も活性化するだろうに。

いずれにしても、億単位の公共事業をやるなら、もっときちんと議論すべきなのに、市議会が行政に白紙委任していくのが許し難いと思う。市議会議員は選挙で選ばれている。市職員は市民に選ばれていない。行政の中立性の名のもとに試験と人事だけで選ばれている。多額の出費を要する事業の提案について、市議会はきちんと監督すべきである。

●後半の議題、全員協議会の傍聴について相変わらず認めないというのが笑えてくる。
原理から説明しなければならないのだろうか。
市議会議員は選挙で選ばれている。選挙で委任に近いかたちで採決等の判断を任されている市議会議員は、議会での行動、政治的な動きについて、有権者に情報公開をし、できるだけ説明責任を果たして、次の選挙で洗礼を受けるべきである。したがって、市議会内の会議ぐらいは、市民にもっともハードルが低いかたちで公開しておくべきである。秘密にして議論すべきことは、正規の手続きを取って秘密会とすべきである。これは現状の制度でもある。ただし、市役所の仕事に、秘密会まで開いて決する高度な政治判断を要する問題はあるのか、と言われると、めったにないと思う。国が戦争をやっているときに自分の市町村だけが敵国の軍門に下る、大規模災害の避難民を追い出す、というような世論にはむかうエグい判断をするときぐらいだろう。

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2008.07.13

7/13 朝霞市の子ども政策を検証する

午後、今後の朝霞市を考える会のシンポジウム。子ども政策というテーマで、①保育園、②5年かかる小学校の建て替え問題、③障害児の地域での暮らし、④遊び場の4テーマ。私は保育園のところで話させてもらった。

●保育園の話の内容は、待機児童問題と民間委託の問題について中心的に話した。保育料とかもっと卑近な話はあるが、そういうのは私でなくても発言する人はいると思って、大幅にカットした。
今でこそ沈静化した待機児童問題だが、共働きを基本とするような地域社会の生活がなくて、マンションの乱造を認め続ければ、またいつ暴発するかわからないという話でまとめた。この6年の朝霞市の取り組みなども説明した。待機児童問題を解決したのは、ベクトルが違うが関係者の働きかけで、市役所にとっては想定外のいくつかの幸運が重なっていると思う。
民間委託の問題は、ふじみ野市のプール事故事件を引き合いに、発注者責任としての監督を市がやらないで業者任せにしていると、事故が発生したときに、発注を決めた職員が禁固刑=失職になる危険性があるということと、保護者やできれば子どももまじえた当事者の意思決定があって、委託先企業が決まるべきこと、実際の保育を見て業者を選択すべきことを指摘した。朝霞市の民間委託のやり方は、都内の自治体に比べてかなり手荒で、透明性がなく、業者との癒着が起きる余地がある。保育園は誰のためのものか、というものをもう一度きちんと確認して仕事の組み立て直しをしてもらいたいと思うが、しばらく市立の新設園はないと思うので、どうでもいい問題として扱われるだろう。

●第五小学校の建て替え問題は深刻である。早ければ今年の夏の入札で業者が決まれば、その秋から工事に入り、足かけ5年、子どもたちは工事と共存しながら勉強しなくてはならない。ちょっと工事ミスがあって工事が延びれば、ある学年は6年間、工事現場と隣り合わせで勉強し、体育の授業はバスでグラウンドに行く可能性もないわけではない。グラウンドがないからといって、サッカー部や野球部が解散させられてもいる。実際にサッカーや野球ができなくても、サッカーや野球の歴史や、名試合の検証なんかで活動のしようはあるはずで、何だかわけわからない。保護者グループが計画の見直しを求めてもびた一文譲らない市の教育委員会。21時からNHKスペシャルで中国の環境破壊が紹介されていたが、そこで出てきたダム建設を推進する地元政府と同じ態度である。

●自分たちで必要なものを自分たちで作って、自分たちで責任をもって運営する、障害児学童の報告はいつも頭が下がる。遊び場の課題では、プレーパークを作ろうと運動している方に話していただいたが、自然が多い朝霞の利点が全然生きていないこと、そういう中で何とかがんばって、たき火や公園利用の規制をくぐってやっているが、市職員が問題意識を共有してもらえていないため、担当者が変わるたびに振り出しに戻るので、苦労していると報告していただいた。

●今日、持っていき忘れた資料から。5歳以下の人口のうち、保育所に通所する子どもの割合は全国平均が31%、埼玉県が18%、朝霞市が16%。3歳未満児の入所している子どもの比率が、全国が17%、埼玉県が9%、朝霞市が12%。全国に比べて、埼玉県や朝霞市では、保育園に通う人たちがマイノリティーという結果が見える。埼玉県では3歳を境に保育園に通う人が倍になるが、朝霞市の場合低年齢から預ける人が多く、3歳未満児を中心に預かる家庭保育室の児童もあわせると、珍しく0歳から5歳までほとんど同じ数の子どもが預かられている寸胴型の年齢構成だと言える。保育園の保護者に3歳児神話はなくなったと言える。これは全国的にも珍しい状況である。保育園の定員は同規模自治体が1800人前後なのに対して、朝霞市は増やして1300人弱なのでまだまだ認可保育所は本当は足りない。ただ、専業主婦でおさまったり、他市に比べて手厚い補助が出る家庭保育室などに通園させているなどしてしのいでいるのだろう。

●しかし、その五小、セメントの粉塵とか舞い散る中で、喘息などの呼吸器系の慢性疾患を抱えた子どもにどのように対応していくのだろうか。まさか、そのようなことはないようにする、などという予定調和的な答弁をしているのではあるまいか。きれいになって開通した地下鉄副都心線も、駅や車内はセメントの粉臭くて、息苦しい。隣で取り壊しやセメントの流し込みをやっていて、粉っぽくならないはずがないと思うが、どうなのだろうか。そういうことを言うのはモンスターペアレンツなどと陰口を流して抑え込むつもりだろうか。

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2008.06.08

6/8 埼玉県子ども家庭課の保育所待機児童問題のとらえ方の歪みを糾す

埼玉県の待機児童問題がいっこうに解決されていない状況が報告されたという毎日新聞埼玉版の記事を読む。

記事中の埼玉県子ども家庭課の「整備すればするほど保育所需要が高まる」というコメントは問題であろう。子どもを預ける奴が悪いという悪意が感じられる。そういう県の児童福祉政策なのだろうか。違うというのなら反論してほしい。

埼玉県は神奈川、東京などと並んで専業主婦率が高く、これまで保育所を作らなくて済んできたと考えるべきであろう。作れば作るほど保育所需要が増えるというのは、他県に比べて、そもそも圧倒的に保育所が少なすぎて、みんな預けずに我慢している状況が続いてきたことである。それを担当課が、作るから問題が大きくなるのだ、という寝た子を起こすな論をするなどというのは論外である。

2000年には全国ワースト5を記録した朝霞市の待機児童問題。朝霞市児童福祉課も今回の県のようなことを言っていた時期があったが、根気よく解決に向けて取り組んで、現在では作れば保育所需要が増えるという状況から脱却しつつある(それでもまだ無認可保育所に依存する状況は変わっていない)。

毎日新聞の記事で指摘されているように、大規模な住宅開発、とりわけマンション業者に狙われた自治体が増加しているという分析が正しく、住宅開発業者を野放しにして規制が後回しになっている現状が、保育所需要を過度に掘り起こしていると考えるべきだろう。住宅価格が異様に高い首都圏で、借金を抱えてマイホームを購入した世代は、夫婦共働きから逃れられない。

したがって、保育所を作れば作るほど子どもが増えるなどと評論家みたいな皮肉を言うのではなく、公共サービスの整備に見合う人口増加抑制策を埼玉県は取るべきだろう。

実際、人口が増えてよかったよかったという話ばかりではない。開かれた、人のありように差別せず、住民が困っても十分支援が受けられる魅力的な地域づくりをしないと、子ども世代は成長とともに東京に人口流出する(私の小学校、中学校の同級生の大半は出ていってしまっている)。そうなってくると、高齢者だけが埼玉県に取り残される。田舎の高齢者と違い、埼玉県の高齢者はよるべの家族もいない。次にやってくるのは高齢者の福祉サービスの不足という問題が待っている。

人口増とマンションの増加、とりあえずの住民税の増加、そんなことで埼玉県は今のところ、住民の福祉なんかほとんど考えなくてもやっていける状況にある。しかし、埼玉県に住み幻滅し、その子ども世代の人口定着がなければ、何のための人口増加なのか、ということになる。その結果は不動産業者やマンション開発業者を儲けさせてやっておしまいという話だけだったということになる。

●それと加えて、基本保育以外の整備状況が悪いというのが今回の報告の内容である。九州、四国、中国、関西の人口20万人程度の自治体なら当たり前のように整備されている病後児保育なども、埼玉県は大きく立ち遅れている。病気になって預けることができず、職場に出なくてはならない板挟みの状況というのを理解せず、評論家みたいなこと言っている関係者も多く、前向きにやろうとする人たちを励ましたり、支援したりすることが無いことが問題だ。

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2008.01.15

1/15 都市部でも土の匂いを感じて政策を作ることはできる

わが選挙区の早川代議士のブログで、地方出身議員の生活密着感について語られている。私も同感だ。
国土交通部会の地域公共交通小委員会で、「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律の一部を改正する法律案」を審議したことについて、土の匂いのする政策だと評価している。
最後に、

土の匂いのする国会議員でなければ、なかなかこんな知恵は浮かばないだろう。少なくとも、私は、自分自身の切実な問題としてこんなことを考えたことが無い。だから知恵も浮かびようが無かった。
この法案の取り纏めに当たった関係議員や国土交通省に、今日のところは、脱帽だ。

とまとめている。非常にいい感性だと思う。

しかし、こうした感覚は都市部と言われる埼玉4区管内でも気づこうと思えば気づく。

私は、政府のCo2削減の方針に従っているかどうかわからないが、自動車も持たないので、15キロ近い子どもを担いで1.4キロ離れた保育園をほぼ毎朝毎夕通っている。幸い駅から遠くないところに住んでいるので、電車で1駅乗って通っている。

うちの近くには2時間に1本しか来ないバス路線がある。この路線は市役所以外の朝霞市の主要な生活関連の公共施設を沿線に持っている。駅は階段だらけだし、子どもを誘惑する商業施設でいっぱい。バスを使って送迎をすると本当に楽だし実は速い。家事をしたり、子どもと本を読んだりする時間が15分ぐらいだが余計に確保できる。

しかし、車庫の入出庫にあわせて運行しているので2時間に1本しか来ないし、朝の通勤時間帯には来ないので保育園の送りには使えない。もしこの路線の本数がもう少しあれば、市内の保育園の選択肢も大きく増える。私が子どもの頃はこのバス路線も、1時間に1本はあり、車庫に入らずともその手前の駅で折り返ししていたりして、もう少し便利だったように思う。そのバス会社のキャッシュフロー会計を改善するために、どんどん本数を削減されたように思う(最後はバス会社を分社化して運転手を転籍させ、給与カットをしたという)。

首都圏というだけで土地が高いので、保育園や老人ホームの用地取得が郊外になってしまう。そのため、公共交通しか交通手段を持たない人や、朝の保育園の送りにマイカーを使えない都内に通勤する保護者などは、ほんとうに苦労している。

一時預けた認可保育園で出会った保護者は、3人兄弟を同じ保育園に入園させるために、やむを得ず、自宅と正反対の方向の郊外の保育園を選ばざるを得ないと言って登園していた。
バスで朝霞駅まで出て、電車でひと駅乗って、そこからまた1時間に1本あるかないかのバスで保育園に通わせている。当然、保育園から出勤先に向かうにも、また1時間に1本のバスを寒風吹きすさぶ朝霞市の郊外のバス停で待たなくてはならない。川越に職場があるらしいが、自宅を出て、川越駅に着く頃には、保育園の送迎さえなけけば30分でできることを、2時間かかっていると言った。

公共交通が崩壊しているのは、都市部でも起きていることなのだ。

こうした地域固有の政策は国会議員が取り上げるべきことだとは思わないが、朝霞市議もこうした問題を腰を据えてやらない(自分の地域にバスを通せという利益誘導はやるけど全市的なバス網の整備を考えている議員など皆無に等しい。ほとんどがマイカー族だし)。市役所のお金を使ったコミュニティーバス路線の誘致が関の山で、それをやるから路線が長距離で複雑化して、使い物にならないコミュニティーバス路線ができあがる。

土の匂いを感じる課題というのは、都市部でもきちんとある。しかし都市部では、地域交通というと通勤電車の便利さか、道路建設しか政治家も有権者も目が向かない。それ以外の人は自転車やマイカーに乗ればいい、という感覚もある。そうした街づくりから取り残されるのは、交通弱者や、自転車の運転をできない子どもを抱えている人たちである。
政治家自身も首都に近く、新聞の地方欄も地域情報を大切にしないため、テレビに出られるイデオロギー先行の政策課題ばかりを政治家が語りたがるために、感覚として、地域交通のことなど後回しにされがちである。

●朝霞市の保育園が必要性の高い保護者ほど使えないようなかたちで入所決定がされるのは本当に謎である。でも16時台にマイカーでお迎えに来る保護者も結構いて、どうなってんのよ、と思うことばかりである。いろいろなことが考えられるが、議員に頼んだり、就労証明書を都合良く書いてもらっている人がいるという証言を聞いたことがある。そんな人の入所決定が横から割り込んで優先されているなら、必要性の高い保護者は使うことができない。入所審査では家庭訪問ぐらいやるべきだろう。身動きも取れない保護者にお金がかかっている保育園なのだと言い放つぐらいなら、市役所もそれくらいの手間を惜しむなと思う。

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2007.12.26

12/26 マンション業者が保育園を併設し始める(他市の事例)

待機児童対策に頭を痛めている自治体が多い。朝霞市もそうだった。

土地持ちとマンション業者に甘い市役所が、安全と構造以外はほとんど無審査に近い状態で建築許可を乱発し、急激に新婚・子持ち世帯が膨張してしまったからだ。

今、6~12歳ぐらいの子どもをもっているお母さんに、保育園事情で仕事を断念し、くやしい思いをしながらいる人がたくさんいる。95年からのマンションブームで朝霞に家を買い求めて住んだ人たちだ。

この問題を取り上げると、市職員も市議も、財政がねぇ、と口を濁す(たまに3億円もかかるんですよ、と血相を変えて反論する人もいる)。でもよくよく調べると、財源もさることながら自治体による土地取得については、地権者の打算がありすぎて、行政がどうしても必要だというと考えられないような価格をふっかけられるし、いらない土地があって現金が必要であれば、何だかんだと売りつけられる。悩ましい問題がある。結局、新しく建てたり、立て直したマンションは、住宅地から遠いところばかりで、マイカー通勤でなければ通うにたえないところばかりだ(余談だが、駅に近い都心部の保育園にマイカー送迎している保護者がいて、何とか入所の優先順位を変えてほしいと思う)。

保育園の難題は、財源もさることながら用地確保にあるようで、ここの部分は開発者利益というのか、マンション販売者に用地確保をさせるか、協力させることが重要なのではないかと思う。マンションが増えたら儲かるのが不動産屋で困るのが自治体である。

したがって、大規模なマンションやニュータウンを販売した場合、保育所税を課すか、保育所用地の提供を要求することが自治体として必要なのではないかと思ってきた。

ところがようやくマンション販売業者が自発的に保育所を用意して運営するようになってきた。2001年に神戸市で初めての試みだが、首都圏でも少しずつ始まったことは歓迎したい。

必死な思いをして住宅を買ってみたら、保育所は入れないわ、介護施設はないわ、病院は遠いわ、ということは珍しくない。マンション買った人が最初にぶちあたる壁が保育所不足である。

実は深刻な待機児童問題を経験した朝霞市の地域福祉計画にも、不動産業者の開発を行う場合、福祉施設を用意するよう行政が指導せよと書いているが、民間業者には何もしていない。昔ながら旧住宅公団の用地を高く間借りするかたちのものしかない。民間にやれと言って、自発的にやってくれるならこんなにいいことはない。業者も付加価値でマンションに保育園をつける動きが出てきた今がチャンスだと思う。

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2007.07.31

7/31 時間より早く登園したら門前で立たさせる保育園

近隣のまちに住むブログ友だちが公立保育園にひどいめにあわされたようだ。
「共同合宿所 腹の立つことばかり」
こんな公立保育園があるから、民営化した方がサービスが良くなるなどと言われてしまうのだ。

共同合宿所の筆者は、保育園の送迎ボランティアをつなぎながら、育児と仕事を両立しているが、そのボランティアが何かの手違いで送迎できなくなってしまい、また他の親がお迎えの時間に遅れたことを捕まえて、ボランティアグループや保護者に厳しい文書が送られてきたというのだ。なかには延長保育を認められていない保護者が8:30より早く保育園に到着しても、「門の外で待っていてください」などと世間常識にはまったくかなわないバカなことが書いてあるという。19時まであいている保育園で、18:45には子どもに帰り支度させて、真っ暗な保育所の玄関の外側で座り込ませて親を待たせる保育園もあると聞く。

くだらないことに力を注ぐものである。
いくら自治体直営サービスを守る私の立場でも、こんなことしている保育園がもし民営化提案されても守ることができない。えてして民営化の提案がされてからじたばた保護者の味方になったりするものであるが、手遅れなのだ。こんなしょうもないことばかりやっている話を聴くと、どんどん国鉄方式で民営化されてもどうしようもない。労働条件を守りたいなら、正面から増員要求をすべきで、子どもや保護者に腹いせしてどうするんだと思う。
首都圏の保護者会運動は国の保育政策を問題視することに主要敵を見いだして保育所側と共闘していて(それはそれでいいところもいっぱいあるが)、保護者に対するモラルハラスメントに対しては、保護者集団として守る側に立つよりも、保育所と一緒になって非難する側にまわるという話もよく聴く。

もちろん保育士が親に会いたがっている子どもの姿を見て「もう少し早くお迎えに来てあげることはできますか?」ぐらいの働きかけはやってもいいと思う。しかし、お迎えの途中にスーパーがあっても「買い物してからお迎えに来るな」とか定時に退社して微妙な電車の乗り継ぎをうまくやり過ごして迎えに来ている保護者にモラルハラスメントや嫌味を言うような保育所ではどうしようもない(こうしたモラルハラスメントは、東京通勤者やマイカーのない人に厳しく効いてくるからほんとうに腹が立つ。マイカーで送迎している親など、買い物に寄っても買い物袋をマイカーの見えないところに隠してしまう)。
保育園に預ける時間が少なければ少ないほど、子どもに愛情をかけているという思いこみこそが危険だと思う。子どもによっては保護者といるより、保育所で他の子どもたちと一緒にいる方がいいという子どもだっているはずである。極端な話では、児童虐待の第一次的な予防はそう考え、そう行動できるかが問われているんじゃないかと思う。

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2007.04.29

4/29 認可保育園、17時00分でガラガラの謎

この1ヵ月、子どもを念願の認可保育園に預けることができた。無認可保育園に比べ、人件費がきちんと払われ、人員配置も施設の広さも法律的に保障されていることがメリットだからだ。だが私の側の事情があって1ヵ月で退園して元に戻ることになった。

この1ヵ月ほんとうに不思議な体験だった。
ありがたいことに私は保育の送迎で勤務時間を一部減免してもらっている。それで迎えに行っても、私の子は居残ってる子どもの中では最後の方だった。もっと早くお迎えに行ったことが何回かあった。4時半~5時には子どもたちの大半がいなくなっていることがわかった。
5時にお迎えに行ける親って、どんな人たちなのだろうか。一部にそういう就労の人がいるということはわかるが、大半がそうだとすると、いったいこの人たちはどんな就労をしているのか?まったく不思議な光景だった。私の狭い人生経験の中でも、保育園のお迎えのために3時や4時に退社する人ってほとんどいなかった。

無認可保育所に預けていた頃は大半の保護者が18時半前後のお迎えだった。これぐらいが普通の働く保護者だろう(それでもサービス残業は全面的に返上して)と感じてきたし、どうしてこの人たちが施設・人員面で手厚い認可保育所に入れない、入らないのだろうとずっと疑問に感じてきた。19時まで認可保育園は開いているのに。

市の条例も市役所も、朝霞市は保育時間を16:30まで、と釘を指している。1981年以前のルールを強引に適用している。一応は19時まで開けるけど延長保育なんだから、という態度である(この延長保育の定義は厚生労働省の通知と異なり、朝霞市内勝手な決めである)。市立保育園の保護者会の人たちと意見交換したときには、18時45分には園の建物から追い出し縁側でリュックサックを背負わせて1人で待たせる園もあるという話もあった。そんなことだから、お迎え時間に不安がある保護者はこの時点でしりごみして申請を出さないのだろうか。

これまで私は福祉の利用料について議論を避けてきた(福祉サービスの利用料を値切る主張はわかりやすく政治問題化するので、結果として福祉サービスを充実できなくなったり、利用者が限定され役所の裁量で決まることになってきた)が、今回、認可保育所を体験して、保育料の高さも問題だと思った。
フルタイムで夫婦働けば所得税は夫婦で25~30万円程度になる。そのぐらいの水準ですでに朝霞市の保育料は最高ランクの保育料になってしまう。都内より保育料が1万~1万5千円高い。地方交付税無しやっていけない父の郷里の九州の某市(ということは朝霞市より格段に財政力が落ちる)と比較すると、フルタイム労働の夫婦なら九州の市の倍ぐらいの保育料になっている。ちなみにこの市は年間300万以上納税の高額納税者には、この市は保育コストの全額負担を求めている。いなかで年収2000万も所得がある人の保育に公費を使う必要がない、という考え方は一理ある。朝霞市は超金持ちもフルタイム夫婦と2000円程度しか違わない。

話は戻って、保育料が高いと、働いて納税することより、働くことをセーブすることにインセンティブが働いてしまう。保育料に給料の半分持って行かれるぐらいなら働かない、ということである。保育料が低いと、働かないでいるより保育料払ってでも働くことにインセンティブが働く。
保育料には公費がつきまとう。この部分が財政の無駄だ、と言い切る人も多い(たぶん、妻を専業主婦にしてバリバリ働いて、退職後地域社会に入ってきて、財政の無駄ばかり気になるような人だと思う)。市役所の大半の職員も無駄とは言わないが、何かにつけて「税金を使ってやっている」んだという家父長制の響きがする言い方をする。
しかし日本のようにM字雇用で、結婚育児によって仕事を中断してしまうと年収ががたんと下がる社会では、保育にかける公費と、結婚または育児で仕事を中断して下がる税収とを比較して、税金が無駄かどうかを判断すべきだろうが、そのことについて「保育をやってやっているんだ派市職員」「保育は無駄派市民」がなにがしか証明した調査結果をまだ見たことがない。税金だけならそれでいいが、本人が就労や社会参加の意欲があるのにそれを断念させて、家庭内に人材が退蔵することまで計算に入れると、「保育は無駄派」は一面しか見ていないと思う。
また、共働き家庭が増えれば市民所得が上がるわけで、その稼いだお金を市内で使ってもらえば朝霞市の経済力もついてくる。地域に経済力がついてくれば市内に優良な雇用先ができてくるわけで、結果として市民全体では通勤時間も減り保育環境がよくなっていくことになる。

朝霞市の保育料の体系だと、夫がフルタイム&妻が10時~15時ぐらいのパートで働く層と、最高ランクの保育料を払っても痛くもかゆくもない超お金持ち夫婦(不動産業経営者で妻が経理事務か何かの名目で働いたことにして保育申請しているようなパターン)が一番保育環境が良くなることになる。
このことをどう受け止めるのかいろいろな考え方があるが、例の九州の市の保育料の体系と比べると、フルタイム共働き夫婦を冷遇していると感じざるを得ない。私が子どもの頃、町内会の寄り合いで健全育成の活動か何かを議論しているときだったと思う。共働き夫婦の子どもは必ず非行に走るといったような議論を幹部たちがしていたことを思い出す。

朝霞市の認可保育園にはフルタイム夫婦の子が割合として少なくなってしまっている。その見えている前提だけをもとに、市内の保育関係者は、「そんなに保育ニーズはない」と延長保育不要論を市の審議会などで強硬に主張している。市の職員もその意見に大きく頷いていたりする。しかし社会構造、もはや夫婦フルタイムで働く家庭はごく少数派ではなくなっている。その隙間をを「家庭保育室」という市独自の補助金を出す無認可保育所や池袋など繁華街にあるベビーホテル並の無認可保育所が受け皿になっている。そのことについては実質知らんぷりである。こんな偽善的な福祉があるだろうか。
社会構造として必ずいるのに、目につかない、市役所の申請に出てこないということでばっさり切り捨てているだけのこのまちの福祉の議論に疑問を感じている。この街は、働く人に住みかを提供して成り立つ街であるにもかかわらずに、だ。

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2007.03.14

3/14 東上線をいったりきたり

朝一番で確定申告。税理士に経費認定をしてもらう必要のある自営業者の窓口には長蛇の列。この時期の自営業者って連日睡眠削って作業しているんだろうなぁ、と感じた。私は給与所得者の補完的申告なので、書類を提出するだけで終わり。ところが届け出るべき源泉徴収票が一枚ない!昨秋、市内のNPO主催の講座でお話させていただいたときの謝礼分。なさけないことに紛失してしまったらしい。あとで源泉徴収票だけ提出することで話はまとまり、その足で、保育料の確定のための申告所得額の報告に児童福祉課に行く。
思ったよりあっさり終わったのでいったん帰宅。帰路、志木駅前のバチンコ店の電光掲示板の点滅が激しくて、目が痛い。こういう看板の規制について新座市に問い合わせ。

昼から地域福祉計画の推進委員会に出席。
前回、怒ることがあったので、それをめぐって尊敬する委員仲間から、うまくまとめるからあまり怒らなくていいと注射される。確かにそうだ。
厚生労働省の概算要求から地域福祉に役立ちそうな項目をピックアップして示す。今後半年ぐらいの間に県や市の事業になる可能性があるので、国の予算案はアンテナを張る価値がある。自己責任といえば自己責任とも言えるような年金、医療に予算の大半が取られ、偶発性の高い課題を受け止める介護、保育、障害者福祉など基本の福祉サービスが思ったより細くて桁が違う。
地域福祉のオンブズマン関連で、事務局(市)から提出された福祉窓口に対する苦情の調査結果が出る。その姿勢がよかった。そろそろスタートして1周年になるので、運営について小変化をさせることと、自分たちのふりかえりをした方がいいので委員長にそのやり方について検討を求めた。次回議論になるかな。

県議候補は保守系3人に共産党が1人だと思ったら、今さらという革新系の名前が候補になる噂を、委員会の終了後に聞く。ポスターも見ないし、ビラも配っていないし、支持する市議も1人しか考えられない中で、どうするつもりなんだろうか。革新陣営の自爆行為じゃないかと思う。が、実は前回、民主党推薦無所属の県議候補が落選し、半年後の市議選でトップ当選した。その過去があってか、今回、朝霞市議たちが次々と安易に市議をやめて県議選挙に出ているように感じる。党の決定が絶対の共産党候補以外、そう感じる。ダメならまた秋にある市議選に出ればいいやと。
県議の方が仕事が減る代わりに給与が上がるために、県議が格上という意識が強いのだろうか。県議になってもねぇ。県は問屋みたいなもので、商品開発力(国)もニーズを発見するエンドユーザー(基礎自治体)もなくて「調整」と「与信機能」しかないじゃない。知り合いの県議たちも、有権者にとってわかりやすい事業がないから、●●党の政治家という存在感しかない。したがって政党の仕事が中心で、国会議員の手足となって苦労し、複数の市議たちのご機嫌取りをして、本業じゃないところで大変そう。政治家にとってもっとも出番の少ない仕事じゃないかなぁ、なんて思う。

また帰宅し、荷物をいれかえ一息いれて夜は保育園の説明会。新年度を控えて忙しく段取りが徹底できなかったのか進行の手際がいまいちだったが、説明からは面白そうなことになりそうな予感。思わぬ知り合いと同窓になるみたいだ。
年間予定表を見るとちょっと力が入りすぎているかなと感じたが、挑戦した経験が今後の保育園のノウハウの蓄積になると思う。スタッフは大変だと思うけど、ダメなときも含めてうまく乗り越えていってほしい。保護者会のあり方をそもそも考え直したいという設立者の思いがあってか、保護者会という名前ではないが保護者会を作って運営に協力してもらいたい、という提案があった。制度要求の保護者会もいいけど、一緒に仕事をする保護者会も必要だろう。今時の親は一から自分たちで作るのは苦手で、このように親同士のささえあいとかかわりあいの輪を作るようきっかけをつくったことはいいことだと思う。

そんなんで、市内だけで東上線を三往復。めまぐるしい一日だった。

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2007.02.26

2/26 政府予算から我が町の福祉を考える

ここのところ凝っていること。政府予算の厚生労働省の概算要求から人口割や施設割にして朝霞市にどのくらいお金が降りてきそうか、それに見合う仕事を市役所がしているかどうか、検証する作業をしている。

作業の目的は実につまらなくて、(たいした福祉水準でもないのに)福祉にお金を使うと財政破綻をする、というどこかで聞いてきたようなことをオウム返しにしゃべる人たちに反論する材料をストックしておくため。
そういう俗論を言うひとには市の財政の中身についてよくよく調べてほしいと思っている。保育所や介護施設1つ作るお金を駅のひさしに散財してしまったり、保育所や介護施設を1つ運営できるお金をクルマを持っている人しかいけないような温泉施設(昨年から休止)の赤字補填に使われている。あるいは入札結果を見ると、びっくりするぐらい造園業者にお金が使われていることもわかる。

この概算要求からのひきなおし作業がまた自己目的化してきて、予算案から、1施設どのくらい補助金が出そうとしているのか、どのくらいの人を雇おうとしているのか、そんなことを考えながら、朝霞市の施設数や、利用者数、該当する市民の数なんかを計算していくことが面白い。

朝霞市の傾向として、総じて、国が出している水準より福祉水準が低い。私の得意分野は、保育所。朝霞市の人口に対する全国の人口の比率で割り返すと、保育園入所者数が1930人いないと平均的水準ではないが、来年の仲町保育園の開設してようやく保育所入所者数が1380人。450人程度少ない。地方交付税の児童福祉費は平均水準で計算されているので、450人分は浮いているお金と言える。ただし380人については家庭保育室に入っている人への利用料補助金が市独自で出していて、これが中低所得者に対しては他市より水準が高いので差し引くと、実質ピンハネは70人分となっていることがわかる。

公立保育園の延長保育の国庫支出金は地方交付税措置なので、朝霞市のような不交付団体にとっては、事業をやっても収入が増えない(ちなみに朝霞市立の保育所の延長保育は厚生労働省の定義する延長保育とは言わない)。だから公立園では延長保育が控えめにしか始まらないのに、民間認可園では積極的に始められることになる。延長保育について、親が親たれみたいな観念論を押しつけられ、罪悪感を植え付けられる。しかし、本質的には自治体がお金を出したくないのが本質の話なのだ。

こうした基幹的福祉サービスについて不足が目立つ中で、後発の福祉サービス、たとえば、子育て支援センターなどは平均より1.5倍ぐらい高い水準で整備されていることもわかる。遅れた基幹的福祉サービスを整備するために、抱き合わせで厚生労働省の新規事業に飛びついたためと見られる。

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2007.02.18

2/18 自分の思いをかたちにして保育園を作った園長さんの話を聴く

次世代計画の推進委員会のワーキンググループが始めた子ども子育て連続講座の2回目を行う。
きょうは、朝霞市で保育所としては30年ぶりに社会福祉法人立の保育所を始めた、朝霞たんぽぽ保育園の園長、大島美弥子さんの話を聴く。

今回大島さんの話を聴くことにしたのは、無認可保育所からハードルの高い認可保育所を設立した情熱やそのときの苦労話などを聞き、その情熱の背景にあるものに触れたいと思ったからだ。

私自身、労働組合で保育政策を担当していたときに、保育所の民間企業参入を始めとした、最初の一連の規制緩和の対策に追われた体験をした。そのときの攻防戦の読みでは、質にこだわる無認可保育所が、認可を取得して公的関与のもとに運営が行われるようにしていくことが規制緩和の落としどころだと考えて、必要な規制緩和、やむを得ない規制緩和、認めない規制緩和と整理して対応してきた。そんな思いから、朝霞で無認可保育所から認可を取得することが進んでいくことに期待をしていたなかで、それをやったたんぽぽ保育園にずっと注目していて、いつか園長さんと話を聞きたいと思ってきた。また、知人、友人がみんな大島先生がいい、と言うので、会って、聞いてみたかった。

Cimg0029大島さんは、香港日本人学校の幼稚園教諭や、駄菓子屋の経営、障害児保育の保育士などを経て、1999年に市内に認可外保育所を設立した。自分がやりたいと思うような保育を始めてみたが、定着する専門職としての職員の待遇を確保することがとっても大切と痛感して、さらに2005年に認可保育所、社会福祉法人「朝霞たんぽぽ保育園」を開設する。

民間認可保育園が1園以外すべて市立保育園しかなかった朝霞市で、保育の質を問い直したい気持ちもあって、ここまでがんばってきた。公立園ではなかなか経費に裁量権がなくて、絵本やおもちゃ、食事などに力を入れられない。そうしたことに民間認可園を開設することで一石を投じたい気持ちがあるという。

今の保育園では、保護者と保育所のコミュニケーションが目詰まり起こしている、ということに問題を感じておられた。参加者のなかにいた市立保育園に通わせている保護者から、今の市立保育園では、事故でもない限りお迎えのときにほとんど保育士と会話ができない、子どもへの怒り方に問題のある保育士がいる、など報告があって、子育てという連続性のあることを、共同でコミュニケーション取ってやらなければ意味がないじゃない、と大島さんはコメントしていた。待機児童問題が一定の解消段階に来た今、数字にも報告書にも出てこない、こうした中身を問い直すことがとても大事な段階に入ってると思う。

上尾の保育所の保護者会の役員さんも参加されて、一昨年の死亡事故のことなどの報告から、死亡事故を通して保育所のコミュニケーション不全になっている状態がわかってしまって、今でも心配で仕方がないと報告していただいた。大島さんは、保育所の事故防止は目配りは当たり前としても、チームワークが大事なんだと力説されていた。

終わったあと、仕事のほとんどにコンピューターが介在するこの時代に、保育って人間どうしの仕事はうらやましい、とお話したところ、人間どうしってトラブルも多いけど、誠意をもって関われば、何かが必ずうまれる。そんな仕事はいい仕事だ、と言われていたことが印象に残る。

次回は5月ごろ、そこから2ヵ月おきに。テーマは、10代、ファミリーサポートセンターの展開、子育て支援センターの本当のねらい、などが候補。

一般参加者のなかに、私のブログを読まれている方がおられて、どきっとした。

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2007.02.17

2/17 サラリーマン、地域の子育てについて議論を重ねてきた

先日、朝霞市の次世代育成支援行動計画の推進委員会の会合があった。2年間、公募委員として参加し、臨時会がなければ(事件でもない限りはありえない)これで最後の集まりとなる。「行政の審議会等ではよほどのことがない限り慎んだ態度でいるもんだ」という「もんだ」の論理と空気に押しつぶされそうになるが、今回は、最もフランクに議論が進められた回となり、思わぬ人たちが熱弁を振るってくれてとてもよかったと思う。

これまで私自身は、「もんだ」の論理でコミュニケーション不全になることは良くないと考えていて、言うべきことを公的な場で言う機会を得たのに言わず、後でぶすぶす不満を言うのは市民の責任としてどうかと思うこと、それから、日中開かれるこういう場に出て発言の機会を獲得できない、保育園の一般利用者の保護者、サラリーマン、とりわけ都内通勤者として、市側に煙たがれることを覚悟しながら、これまで「もんだ」の空気をうち破るようガンガン意見を言ってきた。
ガンガン意見を言ったのは、保育園利用者や都内通勤者に影響の大きい内容を議論するのに、そういう人がなかなか参加できない状況があったから。そして幸いなことに、私場合は、職場が応援しているなどと甘えたことは考えないが、少なくとも有給休暇の範囲内で許容してくれて参加できる立場にあって、イヤな言葉だけど「私が言わなければ誰が言うのよ」という気持ちがあったからだ。うるさい市民だと思われるだろうし、自分や自分の周囲の人の保育園の入所での口利きはもちろん、誤解を招くような入園判定の情報確認をも拒絶しなければならないが、自分に不利益になってもそうした裁量を拒絶した上で、正面から都内通勤者の気持ちを伝えることが、最低限私に課せられた役割だと思った。

【次回からは公募委員が新たに募集し直されます。子育ての当事者で保育園を使っているようなサラリーマン・サラリーウーマンの人に応募してもらいたいです。平日は年2~4回なので、その範囲で有給休暇を取れる人や、代休などで調整できる人はどんどん手を挙げてほしいと思います。サラリーマン層が意見をいわなければ、昼間市役所に出入りできる人と子どもを仕事にしている人だけで子育て政策が決められてしまいます。また、多くの団塊サラリーマンが退職後の地域の居場所づくりに苦労されていますが、こうした機会で早くから地域社会との接点をつくるのにもいい機会だと思います】

今回は、児童館の開設と子どもの地域社会での遊びのあり方、保育所の保育時間の延長、商店が子どもに関心を持ってもらうための施策、民間の子育て関連施設運営のときの家賃問題など議論された。

保育時間の延長について、関連業界の委員たちから「子どものためには」という大義名分での後ろ向きな発言が続いた(委員会に出ていた市の女性職員も大きくうなづいて、それってどうよ、と思った)が、私が「通勤時間は地域の人たちが想像するより長く、今の保育時間ではちょっとしたサービス残業もすべて返上してお迎えをしている。保護者を追いつめた状態で家庭に帰せばいいと言っても子どもにいいということにはならない」と意見をした。
古川孝順(東洋大学教授)委員長が「(子どもと保護者と保育所という)一面的な問題だけではなくて、保育のニーズは就労とか仕事のあり方とか社会のいろいろな状況が複雑にからみあっていますからねぇ、こうだと言い切るのもどんなものでしょうか。」といういなしで、関連業界の委員さんたちからは「必要かも知れませんが、全園一斉はどうかと思います」「補助要綱に合わせるための施設や職員の整備が大変なのでそこを何とか」という意見で、本音や妥当なところに議論が落ち着いたように思う。
確かに、事業者だけで何とかしようとすると、補助要綱が整備されないとできないということで終わってしまう話だ。しかし行政と施設運営者が補助金の有無について議論して、保護者にやれません、やります、と一方的に通告するような政策決定をする時代ではないと思う。まずは保護者のニーズを自治体が受け止めやる方向をきちんと打ち出し、実施にあたっての障害となる、補助金の制度やら、施設や職員の数についてどう考えたらいいのか、施設運営者と自治体と保護者や関係者で十分話し合って、補助を増やすにしても、みんなの合意で後押ししていくことが大事じゃないかと思う。

商工会から出てきた委員さんが、とってもいい視点での発言をされていたのがとてもよかった。

最後ということで、先週末に地域での市民活動をしているメンバーと公募委員でつくられたワーキンググループでまとめた「カウンターレポート」を提出し、行政とは違う立場で、委員としての一定の評価をし、委員会に報告した。古川先生からは「本来は委員会として評価をまとめた方がよかったけども(労力的に)無理だった。自分たちなりの評価をまとめて行政に出すことはいいことだ」とした上で、委員会全体として討議して承認するということはできないが、ワーキンググループの意見として受け取り、今後の市政の参考にしてもらう扱いとし「カウンターレポートというのは言葉がきついので、ワーキンググループからの報告程度にして再提出をすること」との宿題をもらった。

内容は以下のとおり。

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2007.02.11

2/10 逆ノーマライゼーション・子育て支援センター

午後、次世代育成支援行動計画の推進委員会ワーキンググループの打合せ。次回委員会本会議でメンバーが入れ替わるために、カウンターレポートを提出することにし、文案をまとめる。
その他、子ども学習会の講師選定に関して打合せをするが、少子化対策や児童虐待防止をネタに促成栽培で急拡大している子育て支援センター、児童館、ファミリーサポートセンターについてどうよ、という議論がわき起こり、今後、学習会のテーマにして、専門家や先進自治体の取り組みを学んでいくことにした。
子育て支援センターが、ほんとうに育児ノイローゼの保護者のよるべになっているのか、そうした相談をどうこなしているのか、専門職員が家庭訪問などしているのか、日進月歩の児童虐待やDVに関する専門知識の更新を怠りなくやっているのか、検証すべき材料が多い。
私も、同席した親たちも、子育て支援センターでは、市の情報を自分できちんと集められる、何の問題のない保護者ばかりが利用していて、むしろ情報力のあるきちんとした親たちのたまり場になってしまっているから、育児ノイローゼの人には来にくいし、自分を開きにくい場になっているんじゃないか、と言った。
障害児を抱える親御さんは、障害者にはバリアフリーっていって施設や障害者福祉から社会に移す施策をやっているのに、何の問題もない子育て中の母子を社会から施設に囲い込むような施策って、ほんとうにいいことあるの、という問いかけがされた。ほんとうにそうだと思う。ノイローゼのレベルまでいけばどうかと思うが、育児の負担感なんて、専門的な施設で解決するもんじゃないはずだ。

それでも子育て支援センターは必要だと思う。でも乱立する必要はあるのか、それからそこに来る保護者や子どもはいつかは施設から自立させるロードマップがないと、税金で運営している遊園地みたいな話になってしまうのではないかと思った。
保育所問題が片づかないし、障害者保育のハードルはめちゃめちゃ高いのに、子どもを預ける必要のない保護者のための施設ばっかりようけ作るよな、と私は思う。
世の改革系の政策研究者は、政策評価の問題だ、という答えになると思うが、現実には、育児に困っている家庭という分母が計測不可能で、さらにはどの状態で解決されたか、ということも計測不可能で、政策の優先順位で語るしかできない問題である。

夜、早く寝てしまって、真夜中に目覚める。梅原猛「隠された十字架」を読み始める。

●日教組の教研集会が始まる。昼のニュースで伝えられた森腰委員長のあいさつの中での、教育再生会議の教育改革に対する評価の言葉が良い。後日、どこかであいさつ文を入手して紹介したいと思う(その後、夕方以降のニュースではほとんど伝えられず)。
発言内容は、文化人の井戸端会議の思いつきの披露でまとめられた教育改革には、問題解決のための分析がされているとは思えない。そうした教育改革を推進することは教育学や教育学者がこの国にはいないということを高らかに宣言するようなものだ。自分たちは現場での検証や専門的な分析を積み上げて、無謀な教育改革に警鐘を鳴らし、対抗していかなくてはならない、といった内容。

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2007.01.25

1/24 朝霞市内・マイカー通勤を2割減を実現

●埼玉県が朝霞市を実験地域にして実施している「モビリティーマネジネント」によって、市内の事業所の協力でマイカー通勤者を公共交通にシフトしてもらう働きかけが行われてきたが、結果として対象事業所にマイカー通勤するうちの2割を減らすことに成功したという。今後は一般市民に働きかけを行っていくということで、マイカー乱用気味のこの地域の交通のあり方を少し変えることができることを期待したい。

カギはバスの強化だと思う。バス停2~3カ所程度の乗車の運賃を下げること、本数の確保(1時間に3~4本の訂間隔運行)、バス停の間隔を短くすること(国際興業はできている。意外と長いのがコミュニティーバス)など。朝霞市のコミュニティーバスは大改革の余地がありそうだ。バスの台数の割に本数が少なく(わくわくドーム前の車庫には複数台のバスがいつも休憩している)、福祉用施設送迎バスの域を出ない。東上線が急行準急だけで1時間に8本も運行して池袋に人を運んでいるのに、市内の移動が2時間に1本しかバスが来ないというのはどうか。採算とバス会社への委託費の関係が不明確で、三社(西武・東武・国際興業)に委託で委託費がたかられていないという検証がしようがない。コスト感覚も経営感覚もめちゃくちゃになっているとしか思えない感じがする。路線が重複して本数が集中する朝霞台駅とわくわくドームの間では、5分間隔で来る時間帯もあれば1時間以上も来ない時間もあったりして、チューニング不足気味のダイヤである。市役所が運行計画にまで手を突っ込んで管理しているとは思えないようなダイヤでもある。

以前、地域福祉計画でタクシー会社にヒアリングに行って、コミュニティーバスについてぼやかれたことがある。市が1億もバスの赤字を埋めるなら、思い切ってタクシー券を配れ、と。確かにコミュニティーバスは民業の圧迫で、市内のタクシー会社には客を奪われる迷惑事業かも知れない。私はコミュニティーバスを必要だと思うが、それだけにタクシー会社に迷惑かけて余りあるような効果がある運営をしないとまずいのではないか。効果も見えない無駄を放置してよいというのはコミュニティーバスが政治路線であることの証左にしかならない。(余談だが、市内タクシー事業者が交通弱者をほんとうに味方につけたいのなら、車内がたばこ臭いことなど、改善の余地があると思う。ぜんそく気味の家族は危なくて市内のタクシー会社は利用できないでいる)。

私の中でコミュニティーバスの改善として指摘できそうなことは、①膝折・溝沼線の路線が複雑かつ長大でわかりにくいし本数の減少原因になっているのではないか。本町地区内と、栄町地域と、溝沼地域と客層が重なるとは思えず、路線を切ってその分多頻度の運転ができるのではないか。第三中学前の公共施設を経由するようにすべきではないか。②バス停の間隔が長すぎるので縮める。③住宅が建て込んでる割に交通不便地域が多い宮戸線を大胆に増発すれば利用客が見込めるのではないか。④東洋大学、市立図書館、中央公民館、市民会館、溝沼保育園などの公共施設にバス路線がない。⑤一般バス路線も含めて、市役所に乗り入れるバスが少ない。根岸台地区から市役所への交通手段がない。⑥路線別に委託バス会社を1社に絞り、採算と委託費の関係を明確にすべきではないか。
バス利用者の極めて少ない地域は、無理して大赤字のバスを運行するより、思い切って地域住民にタクシー券を配ってもいいのではないかと思う。

●連日、有楽町線が止まっている。ダイヤが乱れたときに東上線との直通運転を切るのはやめてほしい。直通電車が和光市以北の各駅停車の本数を補っているから、直通運転をうち切ると、急行通過駅は日中で15分、夕方ラッシュ時間で12分も電車が来ないことになる。また建設目的に東上線の複々線として、迂回路としての意味もあったはずで、この地域を陸の孤島にしない意味でも、トラブル発生時に安易に有楽町線の直通電車の運転を切る選択をするのはやめてほしい。
昨日は有楽町線が全線運休していた。いくつかの駅に折り返し線があるのだから、それを活用して部分的に運転できないものだろうか。平和台、氷川台あたりの人たちは帰宅難民になるのではないだろうか。

●朝霞市の保育園の紹介ページ(といっても、保育園名と住所と電話番号が書いてあるだけだが)に以前は保育所の作成したホームページのリンクが貼ってあったが、いつの間にか削除されている。保育所の入所決定は、利用契約方式と措置制度の中間的な制度になって、一方的に市役所が入所園を決定するのではなく、ある程度保護者の選択権を尊重することになっている。保育園選びの情報があまりにもない中で、独自にホームページを持って紹介している保育園の情報をあえて紹介しないのは何か変だと思って、市役所にメールして問い合わせる。

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2007.01.17

1/17 「現場」を語る運動のミスリード

お迎えの束の間に書店に立ち寄るが、そこで発見した本を買う。

矢沢進「保育労働運動の探究」という本。出版社が萌文社だから、職場である労組と保育イデオロギーで対立してきた東京都の共産党系の公務員保育労働運動家の著書。敵の保育運動が社会情勢に対してどのような議論をしてきたのか、タテマエより踏み込んで知ることができると思い、古本にしては高かったが買った。

保育制度の議論をすると、東京に住む政府審議会の委員や、その友だちのフェミニスト資本家は、公立保育所や認可保育所の融通のきかなさをしきりに攻撃材料にして、保育の市場化(vs社会化)をどんどん進める。しかも、背後関係に労働組合が妨害しているからというような批判を重ねて、この防戦にずいぶん苦労した。労働組合が妨害していない、と証明することは、労力としてそもそも無駄だし、やっていないことを証明する証拠は、えん罪を証明するぐらい難しい。
今はだいぶよくなったが、私が保育政策に携わっている頃、地方都市の保育所が結構努力している中で、東京を中心に確かにサービスの立ち後れが目立っていたし、保育所が保護者に要求することも多く、それらが連合内部でも民間労組の女性活動家を中心に厳しく批判されてきた。

私が保育労働運動に関わって、確かに頭かちこちの現場職員もいるが、大多数の保育所の職員は職場をよりよくしたいし、子どもや保護者のために何とかしようという思いで働いている。特に、地方交付税で自治体を維持している地域の保育士たちは、自分たちの自治体の能力の限界というものもよく知っているし、保護者は地域の知り合いでもあるので、労働条件の話はそれはそれで、労働条件を盾にサービスを削るという発想はあまりなかった。だから首都圏の外の地域の方が休日保育や病後児保育の実施は進んでいる。

しかし、東京23区を中心にした同心円状に、組合の保育部会の幹部に延長保育をはじめ、土曜休日保育、病後児保育、障害児保育に後ろ向きな保育関係者の意見が根強い。お迎えの前に買い物に行ったら怒らるなど1分1秒でも余計に預けたとみなされると怒られるエピソードはよく聞く(赤ちゃんを抱えながら買い物することが子どものためなのだろうか。子どもを家に放置して買い物に行けというのだろうか)。延長保育の反対論も、子どものためと言うが、本当だろうか。そこで公立保育園や認可保育園が責任を放棄したら、ベビーホテルに流れていくだけだというのは歴史が証明していることだ。それが子どものためなのだろうか。労働条件は労働条件であって必要なら増員や予算要求をすべきであって、保育所が子どものためという言葉を楯にとって責任放棄する理屈を立てることはどうかと思ってきた。現に、地方都市ではできていることなのに。

どうして東京の保育労働運動はこんなに非現実的な主張が根強いのか、そしてそのことで、政府審議会に出入りするような人たちをはじめ、全国で最も要求水準が高い人たちがすんでいるのに、その人たちに揚げ足とられ、あちこちで喧伝されるような発言するのか、と正直不満だった。

この本は、敵側共産党系労組という場で、保育現場をミスリードした人物が自分史として書いたためよく状況がわかってきた。著者がやってきた運動は、「現場に」依拠すると言いながら、保育労働者は公務員じゃなければならないから公務員保育士しか仲間に入れないと、それこそ「階級的」な運動をしている。でもそれは間違いじゃないだろうか。労働者という観点では、公務員も民間もなく、同じ公共サービス従事者、同じ保育士だと思う。公務員であることで公的責任は負いやすいことは間違いないが、そもそも保育所というのは公的な場なのだし、私立であっても、児童福祉法で厳密に定義され公的管理されて税金を出している施設いるものなのだから、それを排除するというのはおかしな運動の建て方である。

また「土曜開庁原則論批判」で、延長保育や土日保育は保育所のコンビニ化だと断罪し、可能な限り土曜勤務はしないよう保護者に求めることが望ましいと言っており、一般労働者の生活状況を全く無視するような議論をしている。まさに「注文の多い料理店」で、結果として、今日の東京都内の公立保育所の「非効率性」への批判を挑発した議論だった。 1981年、ベビーホテルで乳児が相次いで死亡する事件を受けて、厚生省は認可保育所の最低の開所時間を、8時間から11時間にのばした。私の勤務先の労働組合に対して、過去の8時間開所の運動方針に自己批判もなく容認したと批判している。私はこの方針転換は正しかったと思う。自己批判がなぜ必要なのか全くわかない。当時の共産党ワールドの流儀に従えといっているだけである。

興味深かったのは、こうした豊かな東京の独特の保育運動が、どうも共産党の世界でも全国的な広がりを持ち得なかったことで、それは私の問題意識の表裏で重なりあう。著者の加入していた共産党系の自治労連の保育政策の方針が、延長保育容認や土曜開所容認論であることを批判し、容認論の自治労連保育部会長と公開質問状でやりとりしている。
共産党は、私の職場の組合である旧社会党系よりも保育問題ではずっと深く地域に入り込んでいる(旧社会党はこうしたことに深入りできなかったことを反省すべきだと思うし、今現在も保育問題で民主党は入れ込めないどころか浮き上がっている状況)。保育団体連絡協議会などを作り、地域の保護者活動などと密接に関わってきている。そうした保護者会運動の中で、東京の公務員保育士たちの独特の理屈を出せば、信頼感を獲得できないと計算したのだろうか。あるいは、そもそも東京以外の自治体ではそんなに財政的余裕もないことから、無茶な要求もできないということなのだろうか。

著者のような理屈がまきちらした問題の後始末を、規制緩和委員会、規制改革委員会などの圧力におされそうな厚生省相手に、だましすかしやってきた自分としては、いろいろ見えてくるものがある一冊だった。

労働運動のような仕事は「現場」の重みがある。たいした能力もないが私はいろいろな「現場」に行くことが大好きだ。私のような学校を満足に通っていないバカには、現場に行ってそこで何が起きているか見て聞いてかかわってくることが最も効果的な能力開発であり、組合員へのお返しである。
しかし、安易に口先だけ「現場」を語り、自分が全面的に現場の代弁者のように振る舞う間違いを、この著者に見た気がしている。理屈に理屈を重ねるような著者の指導で、ほとんうに現場は有意義な職場になっているのだろうか。社会福祉の高邁な理想を学んだ職員たちが能力を窒息させていないのか、それが気になってしまった。

●延長保育の話でも思い出したが、私は厚生省保育課と、延長保育とは、11時間を超えたところからなのか、延長保育の補助金を支給開始となる11時間30分なのか、さらにその時間を延ばすのか、ということで議論を重ねた。地方分権もあって微妙だが、補助金を通した法律的な考え方では、延長保育というのは、正確には11時間を超える保育のことを言う。
しかし、朝霞市の保育園のガイドを読むと、16時30分以後が延長という扱いになっている。これでは8時間保育の理屈のままである。ちなみに公立園では延長保育料は取らないから、保護者にその意味はあまり重くなく実損もないが、考え方としては16時30分以後は、子どもや保護者の保育を求める権利として実施するのではなく、サービスとしてやってやっているんだから、万難排して1分でも早く迎えに来い、という意味なのだろう。

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2006.12.29

12/28 わけのわからない理屈

今日は当番で強制有給取得日だったが、発送物が1件あって出勤。しかし、コンピューターから出てくるその発送物がない!怒らないでいたら、向いの席の人が「人間できていますねぇ」なんて言う。そんなことはないからいろいろなことを言ってしまうのであって、むかしやっていた仕事でそういうことに慣れきっているからだ。

午後、地域福祉の福祉オンブズマン・プロジェクトの集まり。市の担当課に庁内での作業状況について説明を受けてきた2人から報告を受ける。ゼロ回答どころか、とことん後ろ向きな話を聞いてきたみたいだった。担当課は計画策定のときには馬力があると思ってきたが、推進段階になった途端、何か他人事のようにしている。コンサルはいないのはいいにしても、担当職員すらまともに出てこない。私たちは勝手に議論させられているだけだ。
そして、話の中身については4月に機構改革・人事異動があるから、と話を先送りにされたと聞く。呆れる。以前も「市長選挙があるから」と話を先送りさせられたり、逆に一方的に尻を切られたりしたことがあった。市長選挙や機構改革の前、3ヵ月から半年は意思決定が滞る市役所ってどうなんだ!と思う。市民はその間も納税義務を免除されるわけではない。民間企業で機構改革や人事異動を口実に顧客サービスを低下させるところがどれほどあるだろうか。市職員が機構改革の人事談義を理由に仕事をさぼるなら、機構改革なんてやるべきではない。
そもそも新しい仕事をいっさいやらない状態が何ヶ月も続く機構改革なのに、何のためにどのような効果を狙ってどのように機構改革をやるのか、全く説明が見られない。日頃は行政の継続性だとか、立派なタテマエを言うのに、人事異動1つで行政の継続性が担保されないなら、そんなことは行革ポーズに過ぎない。
それから、地域福祉計画は、市役所がやりたがらないが福祉を利用する当事者たちのための諸施策を求めた見返りに、市民側の責任についてあれこれかぶった。しかし市の責任でやるべきことについては何をやっているのだろうか。報告すら上がってこない。

夕方、保育園の入園申請。言葉のニュアンスでは、また待機児童(うちの場合は保留児という言葉にすりかわる)になりそう。仕事でかかわりのあった朝霞の元住民が「(保育担当課に影響の強い)F市議に頼んだらすぐ決まったわよ」なんて話をしていたことを思い出す。入所決定には不透明感が漂う。でもこの人、すぐに都内に家買って引っ越したんだよね。市議にとって口利きする意味ってあったのだろうか。そんなふうに便利屋的に市議を使う住民にとって、地域社会はどう見えていたんだろうか。いろいろ考えてしまった。
先日の健康診断書の一件についてやりとりをした。説明に苦しそうだった。自治体は何のために福祉をやるのか、社会福祉基礎構造改革がなぜ当事者のためにやるのか、筋の通った共通理解ができていないから、福祉はやってあげている市民サービスという感覚が強いから、こういうことが起こるんだろうと思う。

●被害者である私の職場を、8年も前の犯罪者からのネタで書いてくれた月刊現代(というより元社会党系ライターの問題)だが、今回の2月号「飯島勲異能秘書官の虚像と実像」と「本間税調会長を売った財務省の魂胆」は、面白くてついつい読んでしまった。
後者の記事、本間税調会長の記事の方は、安倍内閣で好き勝手やりはじめたキャリア官僚たちのことを書いている。今回の一件は、便宜を図った官僚が省益のためにリークしたということらしい。
それよりその記事では、公務員制度改革をめぐる動きの方が興味深い。経済財正諮問会議の民間委員(あの八代先生もいるが・・・)が、①再就職(天下り)斡旋を禁止②警察・自衛隊員以外に公務員に労働基本権を付与③年功序列から能力実績主義賃金への移行をペーパーにまとめたものを、官僚出身の首相秘書官たちが「霞ヶ関は干上がる」と批判し、安倍首相の組閣でただ1つのサプライズだった官邸の人物は「机をバンバン叩いて」「公務員と民間サラリーマンを一緒くたにして、訳の分からないことを口走る始末だった」「『天下りは民間企業だってやっている。なぜ官だけがダメなのか。やるなら民間企業が退職者に再就職を紹介するのも禁止しろ!』」とやったそうだ。
経済財政諮問会議の民間委員ペーパーの③はそんな安直な話でいいのか、と思うが、それ以外は日本の公務員制度の歪みを是正する妥当な内容だ。
公共事業をぶら下げて民間企業に転職してくる天下りを禁止しようというのは、公共事業の自己膨脹が問題化された94年ぐらいからの課題で、もはや議論の余地がないと思う。「民間の厳しさ」を知らない退職公務員を、誰が好きこのんで監督官庁が押しつけるままに雇うのだろうか。共済年金が民間より高いのだから天下りを役所が斡旋することなどすべきではない(天下り規制と公務員年金の水準の問題はもっと議論されてよいと思う)。
②についても日本はたちおくれの弊害が大きい。公務員に労働基本権がなく聖職化しているから、普通の賃金労働としての常識、市民常識からズレがあるんじゃないかと思うことがある。公務員の労働基本権制約は「ストや団体交渉・団結権は制約されるぐらい公務員は偉いんだ」という効果になってしまっている。
キャリア官僚が自分たちの人生設計を守るためなら、変な抵抗の仕方をしないで、労働組合でも作って正面からやるべきじゃないだろうか、とも思う。

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2006.12.04

12/4 保育園の入園申請で「精神運動発達」の「正」「遅延」を届ける必要があるのか

保育園の入園申請用紙を入手する。取りに行った家族が怒っている。私も怒った。

昨年までなかった「入園希望乳児の健康診断書」が入っていて、病院に行って、診察料を払って、ハンコ押してもらわなければならないという。なぜこんなものが必要なのだろうか。保育所は生活を見るところのはずで、病院とは違うはずだ。身長・体重なら自分たちで調べられる。
児童福祉法は認可保育園の入所基準を「保育に欠ける子」としているはずで、保育に欠けるかということと関係のないこうした健康状態の情報を収集することの意味がわからない。
項目には「精神運動発達 正 遅延」などの項目もあり、その表現の差別性を感じるし、当事者の保護者からするととてつもなく傷つけられる思いがするんじゃないかと思った。日頃、市の仕事を受注する業者の問題を言っても、守秘義務だとか個人情報保護だとか言って何も対応しないのに、市民のデリケートな情報を、入園審査の段階で収集することは大問題だと思う。保育園の入園申請に臨む保護者は、書類の1つ1つ書くことが入園に不利に扱われないかどうか、心配しながら書いている。
また障害者の親や病弱な親たちの話を聴くと、長いこと「障害者の親なんだから」「病弱な子の親なんだから」という言葉に縛られて、どんな親であろうと認められる権利すら自ら返上し我慢するような状況だった。保育園に入れるということはそのもっとも束縛される最たるものだ。最近まで制度のうえでも障害児の保護者は就労を理由にしても保育園に入ることから排除されてきた。
そんなことを感じて見過ごせないと思い、児童福祉課に電話をする。

市役所の説明では、①乳児は健康状態がわからない②体の弱い子に適切な担当保育士をつけたい、という回答。①については健康状態なんていつどうなるかわからないのが乳児ではないだろうか(生まれて1年もしない子の健康診断なんてあまりあてにならない)。医師に書いてもらった書類1つでわかったことにしようとするのは間違いだと思う。②については理由としては成り立っているものの、最終的に全員の入所が決定するのは2月なのだから、それから考えれることもできる。職員の配置に3ヵ月以上もかけるのだろうか。それも疑問だ。

その他、入園申請用紙とそのガイドをもらって感じたこと。
7月開所といわれていた仲町保育園の開所もいつの間にか延期になっていた(2007年7月→10月)。繰り返される開所延期はどうかと思うが、思い切って10月にしたことは今年の秋生まれの赤ちゃんにはちょっと朗報かもしれない。しかしこの保育園の委託先の業者選定過程も、業者の選定基準も、どんな業者が応募しているのかも全く公開されていない。そうしたことを次世代育成支援行動計画の推進委員会でも報告されない。
子育てもしたことのない公権力が委託先業者を一方的に選ぶということが妥当なのか。先の民間委託園のように、保護者に笑顔だけを売って、中では何がどうなっているのかまったくわからない状態の業者に行ってしまわないことを願うばかりだ。

入園の選考方法について書かれたところを見てまたびっくり。今度追及したい。保育園の入所判定はいろいろな条件を点数化してその合計点で決めていくが、同点の子には、①家庭の状況、②母親の状況、③父親の状況、④児童の保育状況、⑤同居者の状況の順で裁量で決まる
しかし、この母親→父親という順は、子育ては母親がやるものだという価値判断による性差別だ。母親が養育しにくい場合より父親が養育できない場合の方が保育園入園に不利になるというのは、母親が家事と仕事、父親は家事をしなくて仕事、という固定観念から生まれている。同点の場合に判断すべきなのは、④の児童にとっての保育状況がどうか、その一点であるべきだし、厚生労働省も県庁も保護者という言葉を使っているのに母親、父親という言葉で「普通の家族」「そうでない家族」という線引きをつくるのは間違った行政である。大きな問題だと思う。

あと細かいことだが、市の保育園は使用済みのおむつは持ち帰らなくてはならない。そのためにビニル袋を100枚も買って用意しなくてはならない。クルマを持たない私のような人には、たまらないなんて思いながらも、それ自体、少し不満があるものの、まぁいいいとしよう。
使用済みのおむつが、ビニル袋にこまごまと包まれて家庭ごみとして出される方が、ごみ減量からみてどうなのだろうか、そんなことを考えてしまった。保育園っておむつのごみを処理できないのだろうか。大きな怒りからすればどうでもいいことだけど、考えなきゃいけないんじゃないか。

しかしどうして入れもしない保育園のことについてこんなに怒らなくてはならないのか。税金の払い甲斐のある自治体になってもらいたい。

●飯田泰之「ダメな議論」を読む。ダメな議論についての切り方が面白かった。75年生まれの著者は参議院で経済政策を担当していたため、バブル崩壊と構造改革についての議論をずっと見てきた。そこで様々な俗論とたたかいながらダメな議論の見ぬき方を学んだという。
小泉構造改革を批判する側に追い風が吹いているのにどうして論理力がないのか、と思っていたけど、そこにも明確な回答があった。結局、構造改革の基本的な理念を否定できてもないのに、「大きな政府派」だとレッテル貼られることを怖がっているから、小泉みたいな変人が珍奇なことやって許せない、という程度の批判だからだろう。「国民に冷たい」とか「暖かみのない」という飯田氏に言わせれば論証不可能な価値で議論をしているからだ。これは自民党の抵抗勢力はもとより、国民新党から共産党までのほとんどの政治家にいえることだ。

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2006.08.30

8/30 保育園・児童虐待・非行

次世代育成支援行動計画推進委員会の会議があった。議題は、計画の評価、ショートステイ事業の開始、児童虐待防止ネットワークを発展的にした要保護児童対策地域協議会の設置、市民のイベント提案。

計画の評価は事業着手件数で評価されていて、事業の成果や効果が全く計測されていないことが問題と私は指摘した。このまま公表するなら、市民からのフィードバックを受けるべきとも意見する。
なお市側から保育園の整備計画について説明がされ、前回2月の会議では否定されていた20時までの保育所開所がこれから漸次進められていくこと、認可保育所の定員が予定されていた公設民営園1園のほかに民間2園の参入があって計画を上回る水準で進むことが明らかになった。何とか量的なニーズをクリアしてきたので、保育所の質や後回しにされてきた保育、例えば障害児保育の推進が議論できるようになる。また保育所以外の子育て支援政策を考えられる段階に入れそうだ。別な委員さんからは、20時までの保育ニーズはそんなにあるのか、と疑義を呈せられた。量については考える余地があるが、是非については是で話を進めてほしい。東京ベッドタウンで通勤時間を入れたら19時までに迎えに行くなら、17時台には職場を離れなくてはならない。終業時間間際にトラブル電話がかかってきたりすると、お手上げというのが現状だ。20時ぐらいまでやっていないと話にならないだろう。お迎えの日は30分賃金カットで時短をしてもらっている。それでもそれを許してくれるだけ恵まれていると思う。早くても19時終業の小売業では働く人たちはどうしているのだろうか。

ショートステイの開始については評価しながらも、どこかの段階で軽度の児童虐待での一時的な親子分離などに対応できるような体制に組み替えてほしい、子ども自身の申請や児童委員などの代行申請も可能になるようにしてほしい、と私や他の何人かの委員さんが要望した。市から提示された要綱には、育児疲れ、育児不安などで身体、精神上の理由でも対象になるので、虐待の前兆現象のようなところでは可能な含みもある。また重度の虐待の場合は、保護者からの隔離という問題があるのでショートステイでは対応できない、という市側の説明もあった。

要保護児童対策地域協議会の設置については、児童虐待だけでなく非行も対象に入ることになった。地域の「おとな」が大好きな非行問題の議論に引きずられて児童虐待問題が後回しにされないようにということ、守秘義務が公務員だけではなくて協議会に参加する民間団体・民間人まで適用される。そのことが公権力に近い人だけの一方的な判断や決定とならないよう、とくに被虐児については子ども自身に対しての説明と同意をきちんと行うことを私は求めた。
子どものことを論じたがる人は、非行については必要以上に語られるし、決めつけ、先入観と俗論でとんでもない対策が行われがちだ。その議論に引きずられて児童虐待が語られると、親の自覚とか、虐待の連鎖みたいな議論にばかりいってしまいそうになって、現に行われている虐待に何の有効な対応が取られないのではないか、と心配を感じた。

市民ワーキンググループからは、子ども子育て連続講座をこの秋から自主的に開いていくこと、この1年ぐらいの間に1日設け、子どもと地域を考えるイベントを行うことを提案した。

●紙ごみをまき散らす被害が起きていて、茶髪の女性がやっているという目撃情報を得る。住人に茶髪の女子高生で元気に遊ぶ人がいて、先入観で疑われている。背格好からして違うと思うが、目立つ子どもは何から何まで疑われる。

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2006.08.01

8/1 市内の保育園の運営委託に関して

朝霞市の市報が届く。保育園・子どもに関する事業に関して5点突っ込みどころ満載。

①市議会で宮戸保育園の運営委託に関して質問が行われた
議員 1年目に15人、2年目にも10人の職員が退職しています。1年目には担任欠員により委託費返還が行われました。2年目も非常勤調理員が4ヵ月間1人欠員、今年度も幼児暮らすに配置されるべき非常勤保育士が欠員のままです。市は基本的なチェックさえもしていないのではないか。
健康福祉部長 宮戸保育園の運営状況につきましては、保護者とのふれあいを重視した懇談会を通じて、保育士の専門的観点から相談に応ずるならどの対応や、独自の保育教材や保育遊具を導入して、その目的や効果について保護者に説明を行うなど、公営とは視点を変えた保育を実施しているところです。平成17年度からの実施事業者における雇用形態の変更等により現在は特に問題がないものとかんがえております。なお、非常勤職員につきましては、契約・仕様書の中で配置人数を明記する正規職員とは異なり、暮らすの子どもの状況等に合わせて配置することとなり、欠員ということはございません。また民営保育園の対応につきましては、毎月の報告書に基づいて担当職員が鋭意その審査ならびに指導について努力しているところでございますのでご理解いただきたいと思います。

「ご理解いただきたい」という終わり方は、裁量行政なのでこれ以上は口をはさまないでください、という態度。その体質が問題をこじらせている。また、懇談会がどうして「保護者とふれあいを重視」なんて修飾がなければならないのか何の説明もないし(そもそも常設の保護者会があるのか?)、職員配置数は常勤/非常勤の前に、国の最低基準にもとづく法定数や自治体の規定数があり、それに基づき補助金適正化法にのっとり運営費が支出されている。それを守っていなければ違法行為なわけで、非常勤職員だからと規定数雇ってなければ補助金の詐欺にあたる。

②同じく市議会で仲町保育園の委託決定経緯について質問があった
議員 仲町保育園の運営形態を民間委託とした庁内の保育園運営検討委員会の議事録から定員管理上公営は無理などと決定されたが、保育内容について検討を抜きに決めたのか。
健康福祉部長 (民間委託した)宮戸保育園の運営について公営とは視点を変えた特徴ある保育等により、保護者満足度が高い数値が得られていること、さらに民間事業者からの事業提案が期待できることなどから民営化の結論とした。保育行政の柱は保育指針であると考えている。民営だからと保育に対する考え方に問題があるという考え方は持っていません。
企画財政部長 定員管理の問題は、特に保育園を民営化することを前提につくったことはない。

定員管理や民間委託の是非については市側の答弁に一理あるものの、健康福祉部長の民間委託における管理監督に関しての答弁は問題ある。
保護者調査の満足度が高いということだが、これは社会福祉法やどで決められている第三者評価の手法ではなく、質を他園と比較ができない保護者に市が勝手にこさえたアンケートを集計したわけだから、どこが良くてどこが悪いか判断もできない状態で回答を得たものだ。シビアなものではない。判断に専門家が判断に加わったかどうかも疑わしい。それを満足度が高いと勝手に評価を下すことを「自画自賛」という。
この答弁では、保育指針以上の方針を市は持たない、あとは事業者にやりたい放題させます、という意味が取れる。これは委託発注者としての姿勢が問われる。さらに、委託発注者として一定の仕様を決定することが必要ではないだろうか。
そもそもこの保育園委託は、当事者たちに話しもなく、実質庁内だけで決めてしまったし、その委託の仕様についても当事者は審査できない。これが民主主義と地方分権のもとにある自治体運営として妥当なのだろうか。

③「公立保育園の運営希望事業者」募集の案内
平成19年7月に開園予定の仲町保育園を運営する事業者を募集します。
決定方法 プロポーザル方式(企画提案による選定)
参加資格 埼玉県および東京都内で保育事業を実施している法人
参加要領配布 8月1日~22日(火)
提案書等提出期限 9月15日
提出書類 運営提案書・法人の決算書・経費見積書・仕様書等
施設概要 朝霞市仲町2丁目地内(東上線朝霞駅北口の再開発中の東朝霞団地内)
通常保育 0~5歳児・休日保育・一時保育・地域子育て支援センター
のべ床面積 1502平米 鉄筋コンクリート建
問いあわせ 朝霞市児童福祉課 048-463-2837

過去のように、社名だけブランドで運営管理に問題のある企業が受託することがないよう、きちんとした実践のある社会福祉法人、学校法人、NPO法人などに受託してもらいたいと思います。そのためにはたくさんの法人に応募してもらいたいところですが・・・。業者の決定過程には、保護者や保護者団体に加わってもらいたいものです。

④学校給食の栄養電算システムプロポーザル説明会・・・?
学校給食の栄養事務の電算システムを新しいものにするらしく、その決定をプロポーザル方式で選ぶという。プロポーザル方式は、価格入札だけでは決めにくい内容の事業発注を行う際、業者の提案能力を比べて選ぶ方法。しかし法律上は、この間国の官庁で談合や汚職の温床になった「随意契約」そのもので、役所が任意に業者を選ぶことだ。特に朝霞市の場合、その決定過程に市民も参加していないし、提案書類が公開されないので、公正に選ばれたのか検証不可能だ。いつ不祥事になってもおかしくない。
役所の提案・発注能力が追いつかない福祉分野などは意味があるかも知れないが、栄養計算事務がそんなに創意工夫を問われるとは思わない。むしろ、現場の栄養士さんたちにどんなシステムが必要なのか十分検討させることが必要だし、そのことが能力を高めることになるのではないか。また、目的もはっきりしている電算システムなら、開かれた場で価格だけで受注業者を決める一般競争入札で良いのではないだろうか。

⑤市営住宅の補欠登録者の資格を示した別表
いくつか時代にあわない、あるいは差別的な応募条件が見られる。「社会通念上不自然な世帯分離」として親がありながら兄弟姉妹のみ、祖父母と孫の同居、DVで子どもと避難中の戸籍上結婚している状態の人などが応募資格から排除されている。こうした規定について、今の社会問題にあわせて見直しが必要だ。「社会通念上」とは主観的な価値観であって、法にのっとった公正な行政運営とは思えない。不正な手段で入居をもくろむ人を排除するならそれを具体的に明記すべきだ。このような書き方したら、関西では差別問題となり当該課は糾弾闘争の対象になる。認識が甘い。
また、夫婦子どもで「社会通念上自然」な世帯が複雑な家庭環境にある人より入居でも有利になってしまう。税金を使ってやる事業なのだから、彼らこそ、民間住宅に住める地域社会にしていくことが市の施策だろう。

【補記】ふじみ野市営のプールで運営委託した業者がさらに業務を丸投げしていたという事実が出てきた。また委託した会社も丸投げ先の業務実態について把握しておらず、自治体業務の運営委託が、こうした地域の何やっているかわからないような会社に対して単なるマージンばらまきになっているだけ。これが何も考えない民間活力の結果。子どもの生命が無惨なかたちで亡くなっているのに、事故後1日経っても市役所も委託先企業もどんな安全策を講じているのか全く理解できない現実。
朝霞の保育園委託問題で、委託先企業の営業の自由があります、というような答弁をしている限りは、ふじみ野市役所のような窮地に立つ危険性は高い。

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2006.07.23

7/22 石川県が子育て版ケアマネを創る

市場原理チチンプイで公的サービスが良くなる、と盲信されているこの時代で、私を含め、保育所制度に関心を払う人の多くは、そうではない、それだけではない、と発言し、抵抗勢力扱いをされている。一方で、今の保育所制度は、コネクションや口利きがまかりとおる不透明な裁量行政によって入所を決める問題をどう克服するか、ということも考えなくてはならない。現状の保育所入所制度にカウンターパンチャーとなっている規制緩和論でもダメだし、もう少し客観的に利用者の権利性がかたちになる保育所制度・子育て支援制度ができないかと考えていた。

石川県は、保護者の選択か行政の裁量かという関係から、公的な第三者が子どもと子育ての状況をみて保護者と相談しながらサービス決定をしていくシステムを入れる。子育てをサポートするコーディネートを置き、妊娠中から子育てをどうしていくのか、ケースごとに相談にのり、適切なサービスをプランニングすることを10月から始める。介護保険のケアマネージャーみたいなもののようだ。

この制度の良いところは、
①子育てもしたこともなければ保育も知らない福祉行政担当者(かつては福祉畑職員がいたが今は政令市や一部の中核市以外は根絶されつつある。)が、市議の口利きや有力者の横やりを交わしながらベールの中の裁量行政で保育所利用者を判定している。もっと専門的な人が客観的な方法で保育所入所や子育て支援サービスの利用を判定できないか、という疑問への、有効な解決手法だと思う。
②オリックスの宮内義彦に可愛がられた学者たちや、政治的発言の好きな無認可保育所業界関係者を中心に、親に直接お金をばらまきそのお金で保育所を親が直接選ぶ制度にすればいい、という安易な規制緩和論がある。その弊害として、障害児や貧困家庭、母子家庭など課題の多い状況におかれた子どもが入所を排除されたり、逆に親たちが十分な情報を獲得できずに不十分な選択しか行われないことが考えられる。これは当事者自身が選択する高齢者介護よりも、選ぶ人(保護者)と利用する人(子どもとりわけ未就学児という事情)が違うだけにさらに問題が複雑化しかねない。行政でもない、保護者でもない、第三者がどのようにしたらその子ども自身が力づけられるか、という視点で、支援をする仕掛けは有効である。
③個々の利用者にとっては、必要な子育て支援や保育サービスを計画し権利としての福祉をきちんと意識づけることになる。相対的なニーズではなく、絶対的なニーズを明確にできる。そうなると、一定水準以上の保育ニーズや子育て支援ニーズが明確になり、サービスをきちんと整備していく圧力になっていく。
④妊娠という、まだ産まれた後のことを考えられる段階で関与することは有効である。結婚や妊娠・出産を期に仕事を辞めてしまった人が、のちのち、再就職をしようとしても難しいということは多くの人が経験して無念な思いをしている。現在の多くの自治体の子育て支援政策や児童福祉行政は、すべて場当たり政策で、当事者が困ってからあれこれやるような動きをしている。その結果、切羽詰まった保護者が行政に文句ばかり言うという構図になる。文句だから自治体は無視する、文句を言われた職員もどうせ数年でもっとましな職場に異動になる、という、問題解決のない悪循環に陥っている。妊娠した段階で、ライフスタイルや、子育てをどうしていくのか、保護者となるべき人の相談にのり、子育て支援や保育所制度、妊娠出産に関する労働法制などについて助言することができれば有効である。あるいは妊娠から相談体制があるということは虐待防止などにも有効だと思う。

効果的な行政サービスのあり方、福祉の相談のあり方を考えさせてくれるいいニュースだと思う。

●石田衣良「灰色のピーターパン」を読む。池袋のストリートギャングの話。どの章も面白かったが、児童福祉にひきつけて言えば「駅前無認可ガーデン」という、24時間開所の無認可保育所でのキャバクラ嬢の母親と変質者に誘拐されそうになった子どもの事件を解決する話は、援助・自立支援ってどういうことか、ということをうまく描いていた。
保育の話しになると、親の自覚とか、親の責任とか、長時間保育は云々とか、よく言うわと思うような議論が保護者に投げつけられる(もちろん言わないより言った方がいい事例も相当あるということがあるが)。でもそこで想定されている親って、全ての親ではない。自分たちの社会の一番ややこしいところを担っている人たちは身動きが取れない中でいろいろやっている。そういう人に責任とか、自覚とかいくら言って言葉の上の啓蒙をやってみても始まらないだろう、と思っていたところのいい題材である。

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2006.07.13

7/13 審議会のメンバーに保護者代表はなし

5月に新設する市立仲町保育園の民間委託を17分で決めた保育園運営審議会の議事録が公開されている。
質問者はたったの2人。社協の理事長と市議だけ。AだからAになる、と同義反復のような市側の回答に再質問することもなく終わっている。
気になって、市役所で保育園運営審議会の委員の名簿を確認してみたところ、市議2人、児童委員6人、助役、保育園長2人、社協理事長、私立保育園と家庭保育室の施設長だけ。保護者などの当事者代表委員が1人もいなかった。それでは利用者の視点に立った運営のチェックができるわけがない。こうした人選は、市民合意を得る審議会として、問題だし、そこから出された結論は無効となるべきだろう。

●拳を振り上げるだけの日本の外交戦は、ほぼ敗北した感。アメリカも日本より中国の動向に気を遣っている。中国との関係悪化はこういう場面で外交戦の敗北として現れる。小沢一郎が終始冷静なコメントを繰り返してきた意味がわかった。
叶いもしない国民世論を焚きつけた安倍晋三、麻生太郎の責任を問うべきではないかと思う。焚きつけられた国民世論に悪のりして先制攻撃論を展開している額賀は何とかした方がいい。防衛施設庁の汚職のときにも火事場泥棒みたいなことをやったっけ。割と小泉首相が冷静だったのが印象的だ。

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2006.06.12

6/12 市役所職員だけで保育所の民間委託を決める

新設される朝霞市立仲町保育園の運営を民間委託するという保育園運営検討委員会の報告書を入手した。
内容があまりにもいい加減で開いた口がふさがらなかった。また決定プロセスも市役所の中だけで決めて、あまりにもひどい。宮戸保育園の混乱があるから、市内で保育に関わる人はみんな次の保育園の運営を心配しているのにそれを払拭できるような内容ではなかった。

5月22日に開かれた保育園運営審議会に提出され、了承された「保育園運営検討委員会報告書」をダウンロード

第1に、この報告書の了承するプロセスに問題がある。
保育園運営審議会という中に、保育園運営検討委員会という市役所職員だけの検討会議を設けて、保護者も事業者も地域も加えずに話をどんどんまとめ、業者や地域の有力者で構成されているであろう保育園運営審議会という日当1万2000円の審議会で、17分、市役所の報告のままに、その報告について何も審議せず決めてしまった。

第2に、市議会でも混乱が伝えられた宮戸保育園の失敗について、まともに議論がされていない。市立宮戸保育園の民間委託と業者決定に噛んだ職員の責任を免責するために、次の民間委託に必要なあらゆる予防的議論が封じられて、宮戸はよかったよかった問題は「おおむね解消できた」という上に委託の議論が展開されている。笑えるのは試験制度と自己評価制度という「能力主義」を入れたから宮戸保育所の質は上がる、と言っている。それが本当なら朝霞市役所もこうした「能力主義」で質を高めてほしいものだ。保育所なんてそんなものではないだろうに。

第3に、公立公営の保育園の園長が3人も入っているのに、公立保育園がけちょんけちょんにけなされている報告書を平気で出すプライドのなさだ。市の事務職連中はどんなにめちゃくちゃな仕事をしてもふだんはかばいあうくせに、出先の同僚に対してはここまでひどいこと言えるものだと思う。
報告書では、8時までの延長保育も、保護者の交流も、食育をやっていることも、異年齢保育をやっていること、「独自の教材」を使っていることが、公営ではできない、やりにくい、と報告されている。そんなに公立がダメなら、朝霞市立の全保育所を民営化する提案をすべきだろう。3人の園長は退職届を出し退職金で民間保育園でも始めるべきだろう。
どこにも公立保育園が延長保育をやってはいけない基準はないし、保護者を喜ばすことは宮戸が得意かもしれないが、保護者集団としてきちんと意見を言えるようにしているのか、というと宮戸は公立よりずっと弱い。実際、子どものけがの報告でも、その報告を保護者が了解し受け入れたとサインを要求するようだし、本質的に保護者を大切にしているとは思いにくい。

第4に、宮戸保育園も今度やる仲町保育園も「プロポーザル(入札)方式」でやるというが、地方自治法上は、この間、中央官庁で業者との癒着の温床と問題になっている「随意契約」であるということだ。提案書を競争させていると言っても、それを選ぶのは市役所の職員だけで、利用する子どもや保護者はまず決定の場に関わっていない。子どもを保育園に通わせたこともない児童福祉課のおっさん連中が自分たちの論理と感覚で選んでいく。この業者決定過程の不透明さは、全国各地の民間委託で問題になっているが、朝霞市では完全なブラックボックスで決めることに平気でいられる。現実に、未だもって宮戸保育園のベネッセ委託の決定過程に関する資料は公開されていない。

第5に、来年度から社会福祉法人の保育所が2園開設される。1つは家庭保育室(無認可保育施設)からの移行になる。そこに至った努力はとても喜ばしいことだと思うし、関係者に敬意を示したい。ところが朝霞市は民間事業者が公的なものに近づく努力をしていることに市としては関知しない態度を取っている。市立保育園を安易に利益を抜き取ることができる株式会社に委託して市民の安全より業者を擁護する態度を取りながら、苦労して設立した社会福祉法人(利益を抜き取ることができない)の保育所のことを何も考えず、当然支援しようなどという態度が見られないことに、順序が逆立ちしているものを感じる。

あと、来年度新設する保育所にはみんな子育て支援センターがつく。そうなると朝霞市には13園しか保育園がないのに、8ヵ所も子育て支援センターがある。地域的にも偏在しているし、供給過剰だと思う。
保育所が入りたくても入れない人ばっかりなのに、6ヵ所まで造られる児童館とあわせると、子育てする時間のある人のための施設が他市とは比較にならないほどあちこちに造られている。本来子育て支援センターとは何をするところなのか、きちんと議論されているのだろうか。子育て支援センター=子育て支援にやさしい、なんてことでもないだろう。

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2006.05.30

5/30 新設の朝霞市・仲町保育園は公設民営方式へ

22日、保育園運営審議会が開かれ、2007年5月から開設される仲町保育園の運営方式は公設民営方式とすること、業者決定方式は宮戸保育園で行なわれたプロポーザル方式による入札とすることが決定した。

公設民営方式とは、看板が朝霞市立●●保育所となっているが、保育スタッフや行なわれる保育内容は民間というもの。公有財産を利用して民間事業者が事業を行なえる、民間にとっても単独の民間保育所として運営するよりも自治体から多くの支援を得られるというメリットがある。一方で、運営責任やカリキュラム編成などの責任があいまいになりがちで、市役所のチェック能力や地域や保護者による運営参加ができていない場合は、問題がおきても苦情を言う対象する明確にならない。

実際、朝霞市で公設民営で開かれた宮戸保育園では、株式会社に委託されたが、保育士の相次ぐ退職、欠員、保育内容の貧弱化など多くの問題が発生し、2004年12月と2005年3月の市議会でも問題になった。このときの市役所の答弁は何ら具体性のある答弁がされてはいなかったし、私も、次世代育成支援計画推進委員会でこの問題について質問したが、行政はしかるべき監査をやっているのでうまくいっている、という答弁しか返ってこない。

しっかり宮戸保育園について明確に検証報告もされず、特に全国でも稀な株式会社への運営委託ということの評価もされず、保育所を民間委託するにあたっての基準なども作られないまま、再び同じやり方で民間委託を繰り返そうとしている。プロポーザル方式の質の検討に、どういう条件で、どのような人が行なうのかまったく示されていない。いったい、業者たちとどんな関係があるのか。

さらに決定過程も問題がある。保育園にかかわるさまざまなステークホルダーと検討した痕跡が見られない。当事者である保護者や、子育ての質を高める議論をしている次世代育成行動計画推進委員会などに何の話も来ていない。
この審議会、審議時間は17分しかない。おそらく市役所が議案を説明して、何の質疑もなく承認されたのだろう。審議会の委員は日当が1万円以上も出ることになっているが、子どもたちの生活の場を誰に預けるか、その枠組みを考える場がそんな審議でよいのだろうか。市役所というブラックボックスの中でなんら妥当性も検証されずに政策決定がされている。そうして我々の税金が不透明な使われ方をしている。本来は市役所がそうならないよう締める役割が保育園運営審議会にあるのに、市役所を追認しているだけで責任感が見られない。

民間委託の質をどう保障し、ルールを設定し、みんなの評価が可能なように運営する、ということがない状態では子どもたちがどんな目にあっても防ぐことができない。問題だと思う。

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2006.05.22

5/23③ 「多様な保育」という誤魔化し言葉にダメ出し

十分な合意なく保育所の民営化をした横浜市に賠償判決が出る。

民営化がダメということではなくて、保護者の合意をおろそかにした民営化は賠償の対象になるという内容の判決。民営化の是非論と、民営化による質の低下や乱暴な不利益変更の是非論を分離して、利用者やその家族にとって実害のある部分に限って、厳しい結果を出した判断は妥当だと思う。

みんなの共有財産である保育所政策について権威のある人に白黒つけてもらうことは好ましくないと思うので、このことについて裁判で決着をつけるのは疑問だが(自治体政策決定過程への市民参加や市議会の勢力転覆で決着つけるべきということ)、鈍感な政治家が多いことや、そもそも政治的発言力の弱い保育所入所児童の家族にとって、やむを得ない手段だったのではないかと思う。

判決について記事でしか判断できないが、その中で「多様な保育ニーズに応えるため」という理由で不利益変更したことを根拠が足りないとしていることは注目だ。
朝霞市もそうだが、あちこちの自治体は、内容もわからないくせに「多様な保育ニーズ」を理由に民営化や安易な無認可保育所の活用などを行っている。この判決ではそのことが不利益な保育を押しつけられる理由にならないことを指摘している。朝霞市も、公園だかスーパーだか医師会館を作るために財政をけちり、無認可保育所に子どもたちを押し込めている政策を取っているが、その口実が「多様な保育ニーズ」。多様って何かと聞いても児童福祉課職員は答えられない。多様な保育なんかやっていないからだ。あるのは保育所利用者の多様な運不運だけ。そうした態度に反省を求める判決だと思う。

一方で、原告の保護者が「横浜市は子育て第1の保育政策にしてほしい」とコメントしていたが、少し違和感を感じた。保護者は民営化ということで混乱し、大変な思いをしたり、市役所に許し難い気持ちになったことは想像がつく。
しかし、朝霞市の保育所政策と比べると、横浜市の保育政策がそんなに劣悪だったか疑問である。民営化の手法に問題は残されるものの、専門家の前田正子副市長は、基準を満たした認可保育園が大事という視点で、他の予算をすべて削りながら保育園予算だけは増やしてきた。政策が劣悪だと決めつけられるものではないと思う。全国一多かった待機児童数をわずか3年でほとんど解決した自治体はそんなにない。むしろ、有名な革新市長を含めて専業主婦の育児責任を強調して保育園をつくらなかった(同じ革新市政の川崎市と対照的な態度)のがこれまでの横浜市だ。
副市長になるまで育児と仕事の両立の観点での保育政策ばかり提言してきた前田さんだったが、副市長に就任してからは観点が少し広がっていた。昨年、わが労組と子ども情報研究センターが共催した保育集会で、障害児の子育てや、貧困家庭や生活困難家庭、DV被害者の支援などの観点からも保育所の役割を強調していて、公立保育所こそそうした役割を担うよう促すあいさつをした。
※私は中田市長については、前田正子さんを副市長に起用したこと以外は、あまり評価していないことも言い添えたい。

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2006.04.26

4/26 中央区のがんばり

朝のNHKニュースで人口急増で保育園不足の中央区が紹介された。まるで8~9年前の朝霞市と同じ状況で、マンション乱造で30代の住民が増え、気がついたら保育園が満杯、地元の人が、姉は難なく保育園入れたが弟は抽選に外れ遠くの保育所に通わされている、福祉サービスが急速に低下しているという話だった。

自治体の評価の筆頭は人口。人口さえ増えれば活力のあるまちだという評価になっている。しかし10年前のマンションブームの朝霞でも、今の都心回帰ブームの中央区でも、人口がふえて、流入人口が増えれば、それにふさわしい保育所、幼稚園、学校が不足して、人口増による税収増を上回る行政コストが押し付けられること、既存の市民の福祉サービスを大幅に低下させなくてはならないことはちょっと考えればわかることだ。しかし都市計画や建築許可を出すところはそんなのおかまいなしに不動産業者の利益をどんどん追認する。独自の土地利用規制の条例や地区計画づくりをする勇気などほとんどの自治体にない。さらに保育所を整備するかというと、特定の世代だけの人口増なので、自治体も及び腰である。

 しかしこの先がえらいのが中央区である。突発的な需要に自治体が積極的になれない。ならば、開発利益を享受する大規模開発する業者に民間保育所の設置を求めることにした。
朝霞市は保育園不足を放置して、対策をとったのは1回のみ。それも定員が30人にもいかない保育所の分園を作らせただけである。理由も、市や開発業者の社会的責務としてやったのではなく、もともとマンション建設地の山林伐採に反対していた市民運動の批判に対する地元対策として行われただけである。

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2006.04.14

4/13 子育てをめぐる疎外感

最近、いよいよ我が子がこのまちでは認可保育所に未来永劫入れないことがわかってきて、その経済的負担から始まり、疎外感などを考えると、住むところ含めてどうしようか真剣に考え始める。朝霞で今の家賃で住み続けるのと、都内で今より高い家賃で住むのと、保育料を差し引くと変わらないのが現実だ。通勤時間など考えると合理的な選択は何なのだろうかと悩む。

子育てガイドブックを朝霞市が市民委託で初めて作った。できばえは相当いいらしい。ところがその作成に携わった人から、保育所通園児の家庭には配るべきではないと思った(配ることになったが)、という意見を聞き、とことんこのまちでは保育園利用者やその家庭は忌み嫌われているな、と感じた。

保育園に通わせている保護者なんて、市役所に意見する時間も保育所入所申請のときぐらいしかなく、それも私のようにいろいろ言う人間は例外で、保育所に入れないときついからと、忍従している人が大半である。その人たちは私なんかより誤解も含めてもっともっと苛立っている。さらに追い打ちをかけるように、一部の市職員からは保育所にはお金かかっているんだと言われ、専業主婦グループからは保育所にばかりお金を使って、などと無神経な言葉を投げかけられる。
昼間、市役所に関われる人たちは、何の配慮も想像力もないという感じがしてならない。
共働き家庭なんて、WEB上の市の情報や広報で断片的に伝えられる行政サービスの情報ぐらいしか接点がなくて、イベントがあれば平日昼間に来いというものばかりにものすごい疎外感を感じている。子どもさえ抱えていければいつでも市役所に行ける人たちとは全然違う状況におかれている。

一方で、古い共同保育世代の人たちからは、なぜそんなに保育所が必要なら共同保育をやらない、と言われる。共同保育の相手を捜し、スタッフを捜し、そんな手間暇をかけられるなら、とっくに仕事を辞めていると思う。今時の保護者は男も女も認めてやるから、母親だからと仕事を休まれては困る、という職場環境にいる。母親だからという言い分が通用した時代とは、感覚が違うと思う。
こんなキャリアウーマン的な下品なことは言いたくなかったが、市民参加がどんどん進んでいる中で、どうしても給与所得者階層が疎外されている感じがしてならない昨今だ。

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2006.04.12

4/12② 民間委託の妥当性は情報公開が最低条件

以前紹介した、練馬区立光が丘第8保育園の民間委託後、保育士が次々に辞めていることに関して、保護者会が資料をまとめているので紹介したい。

「光が丘第八保育園で今、起きている民間委託問題のホームページ」

保護者会が丹念に集めた資料や、区が回答した資料が圧巻。保育業者も過ちを認めて改革を報告している。内容がダメダメだが。
しかし、同じように大手保育業者に運営を委託した宮戸保育園の保育士の退職や保育内容の質は、光が丘第8保育園よりひどいのに、何の情報公開もされない。そして、市役所は、何のデータも示さず自分がチェックしているから問題なしと回答している。これが子どもの人権を保障する保育所をめぐる、都内の自治体と埼玉の自治体の感覚の違いかと思う。

●NHKがまたまた使い込み発覚。
こういう事件を続発させる組織というのは、上が出入り業者を使って裏金づくりをせっせとやっていると思った方がいい。わが労組の反省をもって証言すれば、木っ端職員が裏金を作れないシステムづくりはそんなに難しいことではないと思う。それができていないというのは、システムをつくらせない仕組みがあるのかも知れない。
それにしても、ここのところNHKは「税金の無駄遣いを無くす」キャンペーンとして、役所の契約問題を執拗に取り上げていた。他人のこととやかく言う前にねぇ。
このキャンペーンは、役所は安い契約をせよ、という主張しかしていない。それだけでいいのかと思う。我々が買い物するときはより安い物買うことが多いが、安いことの裏に手抜きや欠陥が見えればあえて高い物を選ぶこともある。あるいは、障害者の工場が作っているパンや文房具だったら多少高くても買ったりすることもある。市民常識のある契約というのは、安いものを選ぶだけではない。まずはNHKこそ透明性の高い業者との契約になっているのだろうか。叩きやすい公務員叩きみたいなことやらずに、まず見本を見せてほしい。

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2006.04.06

4/6 またまたお別れが

子が入っている無認可保育所の保育士が年度末の大量退職に引き続き、また退職することになった。

先日の保護者懇談会では、サービスの悪い公立保育所に対抗しているんです、と経営者が高らかに身上吐露をしていただいた。実際に保育内容には思ったよりずっと良く、市内の無認可保育所の中ではトップクラスといっても良いぐらい子どもを大切にしてくれるし、生活事情の複雑な保護者を対応しているせいで、保護者への姿勢では市内の公立保育所よりずっとよいかも知れない。

しかし、なのだ。やはりスタッフがころころ入れ替わるというのは、子どもに別れを教えてあげる情操教育の目的以外は良いことはあまりない。スタッフの処遇を少しは改善して、結婚しても、出産してもそこの保育園の子どもと一緒にいたいと思うような職場にしてほしい。
そこが無認可保育所の限界だと思う。ほかのアルバイトでも得られるような水準の時給では、人命を預かる仕事のために資格をとった人にとってはばかばかしいものなのではないか。やはりちゃんと認可をとって、正式に政府の補助金を取って、公的な位置づけを獲得する努力をすべきなのではないだろうか。補助金をもらうめんどくささを回避するために、保護者もスタッフもしなくてよい犠牲を払っているように思う。

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2006.02.28

2/28② 朝霞市の保育所政策を迫る

朝霞市の次世代育成支援行動計画の推進委員会に出席する。
2006年度から配布される子育てガイドの内容チェックと計画の進捗、具体的には保育所の入所状況、子ども関連相談体制、ファミリーサポートセンターの研修状況、保育施設の第三者評価の実施、子育て支援の輪を広げるための取り組みなどについて議論される。

子育て支援ガイドについては、市役所が市民の中から指名した委員が作った。制度別ではなく、半分は妊娠→出産と子どもをめぐる時系列におっかけていることがよい。ただし字が多くて心配。手続きについて書かれている部分が少し手薄じゃないかと思う。

計画の進捗に対する質問。私からは保育所に関する質問をいくつかした。
保育所の20時まで開所について質したが、2007年7月に開所する仲町保育所からスタートすると回答。あとは未定。土日開所もやっと話が始まった段階。深夜保育についてはようやく保育園経営者にお話を始める目処が立ったところ。
ゼロ歳児の入所条件を8ヵ月以上としていることに引き下げを求めたが、全く取り合わなかった。問題だと思ったのは「家庭保育室がありますから、入れない人はそちらに入ってください」と。前述したが、生まれ月で保育料が全然違うし抽選倍率も違い不公平な取り扱いだ。市の言っていることはおかしい。

待機児童問題について市は、待機児童が33人だから理屈の上では解決は近いと回答。だが、保育園を整備すればするほど人口流入があるからなかなかうまくいかないと追って説明。これは保育所を整備しない方がいいという価値観の人のウソ論理だ。市民は保育所に入れるかで居住地を選んでいない。市役所が次から次にマンション建設を認めるから保育所不足がおきる。マンション建設量を適切にコントロールすれば子育て世代の過剰な人口流入は解消される。
また市の待機児童数の取り方がおかしく、解決するための本当の数字を取るべきだと指摘。この4月に保育所を申し込んで入れなかったほんとうの待機児童数は118人。そのうち、保育園が空いていても距離などの条件で希望する保育所以外を断った児童数が37人、差し引き81人がほんとうの待機児童数でこの数字をベースに解決を模索すべきだ、と指摘。それに対して、児童福祉課長が、新設園に加え、無認可保育所から100人分程度認可に転換する見込みがあると聞き、ほっとするが時期は示されず。

最後に、宮戸保育園の問題から、民間委託園の質の確保について質問。市役所は定期的に監査をしていると回答。
しかし宮戸保育園の退職者からのヒアリングでは、子どもが問題を起こすたびに遊びをなくすような運営で問題があり、それは面積や人員の計測中心の行政監査じゃわからない。だからこそ第三者評価で内容評価をすべきじゃないか、と問いただす。しかし1園30万円のお金がかかるという説明以外に明確な回答はなかった。保育所のような少人数職場では、外部の眼が必要だろう。効果的な公共サービスをつくるためにはこうしたことにケチってはいけないのではないか。
仲町保育園を委託にするかどうか、委託する場合のルールは保育園運営委員会という非公開の委員会で決定されるようだ。納得がとれるよう、客観的な検証が可能な選考過程を踏んでほしい。

●宮戸保育園を退職された保育士のヒアリングをまとめる。
行政監査に上がらないような具体的な保育内容、つまり遊びの内容などに問題が多く、事故(といっても噛んだの砂が眼に入ったの子どもにありがちなこと)が起きるたびに遊びを制限して「路頭に迷う」ような事態になっていたという。
保育士がそうして感じたことを管理職に訴えても保育経験が少なく理解できず、市役所にも受託企業の本社にも伝えられず、職員どうしで愚痴をこぼすしかなく苦しんできたようだ。
また保護者にトラブルを伝えるときにも、表現をぼかしたり(かみつきを口が当たるなど)、子どもどうしのトラブルを正確に説明(誰が誰に何がされたか)させなかったりということがあるようで、上尾の保育所の死亡事故と似たような背景があるようだ。ただ宮戸の場合、ものすごく厳密な危機&ドキュメント管理を行っており、死亡事故は考えにくいが、保護者と保育者がともに子どもに理解を深めていくということには壁が高いようだ。

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2005.07.01

6/30 逆少子化・逆人口ボーナス

NHKの少子化社会の番組の反響が大きいみたいだ。
とくに、エコノミストを中心に少子化おそれるなかれ、という意見は慧眼だったようで、反響も大きい。
また、LovelessZeroという非婚化、少子化、ニート・雇用問題、教育問題、希望格差社会・社会の2極化に関するリンク集のHPで、「人口ボーナス」という言葉を紹介してもらった。少子化傾向にある社会では、生産人口に比べて子育ての負担が少なくなるため、経済に余裕が出てきて活性化するという理屈だ。

逆のことは朝霞市でおきている。

朝霞市は、出生率こそ全国平均を下回るが、マンション乱売の結果として子育て世帯の流入増加が続いている。その結果、首都圏の中では大人の数に比べて子どもは多い。「負け犬」のメッカ、東急や小田急の沿線地域と比べると、子どもや妊婦を驚くほどたくさん見かける。
猛烈な少子化に悩んでいる自治体にとってうらやましい話だが、朝霞市に住んでみると、納税額の少ない子育て世帯によって、市民ひとりあたりの税収はそう上がらないままに、保育所や学校教育、公園整備等にお金を使わなくてはならない。生産人口と子どもの比率が、日本の標準的な比率より高い、逆ボーナス現象がおきている。

そんな中でも健全財政を維持した市役所はドケチとも言えるが、ドケチ財政路線を修正しても、子育て世帯が大量に流入している中での需要追随では子育て施策をいくら打っても財政が続かない。これ以上の子育て世帯の集中を避けるために、私が繰り返し提起している需要コントロール、つまり新規マンション建設の調整という難しい政策判断が必要になるが、土地による収益で暮らしている市議さんたちはこうした政策を絶対飲まないだろうし、市職員の苦労と、市民の不幸は続くのだろう。

朝霞市民は、他市なら公的なサービスとして受けられる子育て関連サービスのいくつかを、自己責任、自己負担でまかなわなければならない。最大のものは比率で全国屈指の保育所不足だ。そのことで月5万から8万の自己負担を強いられている世帯がいる。
地方税は全国どこでも同じだ。さらに地方交付税で、どこの自治体も不公平がないように財政がつくられている。そこで、自己負担を強いられるというのは、税外の税をさらにとられているようなもので、しかもそれは子育て世帯が集中して負担しなければならないような性格のものになっている。これはまさに税金が高くないことのリスクだ。

そんなことを考えていたら、今日、市報が配られた。
すでに2ヵ所ある子育て支援センターにさらに2ヵ所新規にできるという。保育所・幼稚園が7~10ヵ所に1ヵ所を想定している施設を、こんなにたくさんつくっていいのだろうか。そのことが全体的な子育て世帯のためになるのだろうか。
子育て支援センターは、究極には児童虐待防止、近いところでは保護者の孤立回避や、専業主婦の子を社会に引き出す場だ。当初は既存の保育園や幼稚園をサポートして、通園児以外の保護者や地域の子育てネットワークづくりを支援するセンターとしてスタートしたはず。それが今、公園デビューの代わりの場になって行き場のない子育て中の専業主婦のたまり場になってしまっている。単なるたまり場を行政丸抱えで提供することはどうなのか。一方的な子育て支援ではなく、保護者が自分たちで集まって何とかする空間をもっと増やさなくていいのか、考えさせられている。

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2005.05.31

5/31② 朝霞市の幼保一元化

地域福祉計画案で、今までの福祉のやり方と違う福祉のあり方を提示するものの1つして「幼稚園・保育所の一元的運用」を提言している。
それに対して市職員で構成される庁内検討委員会は、児童福祉課を中心に削除せよ、という修正案を出してきた。
策定委員会の審議で中間提言では両論併記で市民に公開されることになった。

朝霞市は、保育所の待機児童問題が深刻で、かつ幼稚園も入園が難しいほど子どもの多い地域なので幼保一元化の必要なしということらしい。
政府が推進している幼保一元化が、単に保育所不足解消策として提案しているので、市職員は待機児童問題解消の文脈だけで受け取ってしまったのだろう。待機児童問題解決のための幼稚園・保育所の一元化という提案もあるが、私はそれは副次的なものだと思っている。

大事なことの第1には、子どもの育ちが、分断されることの弊害が大きいということだ。幼稚園で育った子と、保育所で育った子の勉強への集中力と生活での問題解決能力が反比例する関係にあると言われ続けてきている。能力開発面に限らず、社会的関係、多様な人との共存などを考えると、この分断はナンセンスだと思う。

第2には、保護者の分断が良くない。育児休業を取って地域のお母さんたちと交流をもつ機会があったが、専業主婦は、保育所問題を贅沢な問題ととらえ、保育所入所児の親は、専業主婦の子育て支援なんて贅沢な問題ととらえ、お互いが断絶の中にいる。複雑になるが、同じ施設の保護者として共に子育てする関係を作れないのか、という思いがある。

第3には、明らかな就労以外にも、保育所の入所条件である「保育に欠ける」と考えられるケースが増えているからである。たとえば、ボランティア活動やNPOでの無償労働などどうだろうか。失業した母子家庭の求職活動なども保育に欠ける状態と言えるが、現状では保育所入所は朝霞市では不可能だ。一方、パート労働などで「就労」している親が子どもを幼稚園に「預けて」いるケースも多い。もはや線引きは意味なし、だと思う。

第4には、幼稚園の施設の充実で、ほとんど保育所と施設の状態が変わらなくなっている。分けていることの意味がなくなっている。

いきなり幼保一元化は、思い切った行政のトップクラスの覚悟がない限り不可能だと思う。しかし、幼稚園と保育所の担当課・係を一緒にしたり、国や県から入る幼稚園の入園補助金と保育所の運営費補助金の扱いを同一部署で管理すること、保育士と幼稚園教諭が一緒に研修したり、保育所を横目でみながら幼稚園の延長保育を実施したり、幼稚園を意識しながら保育所の教育内容を改革したりすることは、可能だろう。

この街の、分断された子育て、育ちの環境を変えていく一歩が必要だ。

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2005.04.11

4/11 保育士に逃げられる保育所詳報

以前、市報あさかの議会報告で取り上げられていた、保育士が逃げたし続けている宮戸保育園について書いたが、もっと具体的に問題点を知りたいと思い、市議会議事録を読む。本会議の議事録に関してはインターネットで誰でも見られるようになっている。

市立宮戸保育園は、2005年4月開所。市立保育所の看板を掲げながら運営はベネッセの系列会社が担っている。ベネッセは公立だけではなく認可保育所が非効率でサービスが悪いという論拠に立つ学者や政治家を動員して、規制改革会議等で保育所に関する必要の以上の規制緩和を求めている。三鷹市を皮切りに首都圏各地の市立保育所の運営を受託している。

質疑者は共産党の石川啓子市議。保育園問題に関わってきた市議だ。2004年12月議会での質疑。
そこで石川市議が挙げた具体的な問題点は以下の通り。

①半年間に10人の保育士が中途退職していること
市の答弁 内訳は、結婚退職が2人、病気退職が3人、親の介護1人、非常勤職員は他の資格を有効活用するために転職、退職していった。
石川市議の再質問 病気や急な結婚が続いて10人も辞めたということはありえず、影に別の理由があるのではなにいか。

②価格だけではないプロポーザル方式入札で決定し企画提案書が出ているが、全然違う。保育園運営実施事業者選定委員会の選定が甘かったのではないか。
市役所の答弁 企画提案書と違っている実態は把握しており、遺憾と思う。引き続き十分な対応を取るよう指示したい。
石川市議の再質問 契約上の履行を怠った確認が市からベネッセになされていない。

③年齢別クラス別の職員配置が明記され、「朝霞市基準の人員配置を厳守します」とかかれているが、実際にはそれが守られていない。
市の答弁 毎月指導している。

④「常勤およびパート職員を長期的に雇用することに務める」と契約に書かれているが退職者が多く、担任の入れ替えも頻繁。残存者も頻繁に異動。これは保育所保育指針に違反するおそれ。背景に契約社員だけの職員確保にある。ある程度の職員が入れ替わらないと人件費がかさんでしまう。
市の答弁 毎月指導している。

⑤企画提案書の勤務シフトは全然ちがっていた。市が保育士の勤務実態を把握していない。(勤務シフト表とタイムカードの確認)
市の答弁 シフト表のチェックは難しい。市立保育所は園長に任せている。今後は把握できるか検討したい。

⑥職員不足で8月は園庭遊びをさせてもらえなかった。子どもの登園拒否もみられる。
市の答弁 運営に関する細かい報告書はなく、園に出向く、あるいは呼んで内容を把握しているところ。書類の提出について検討してみたい。

⑦欠員が常態化されている中で運営費補助金が満額支払われている(補助金の詐取または適正化法違反)
市の答弁 返還を求めていくことを考えている。

⑧保育士の募集広告では16万5千円となっているが、額面どおり支払っていない。(職安法違反か)
市の答弁 適切な指導をしたい

以上が3回にわたる石川市議の質問で明らかにされた問題点。

行政改革がらみで、プロボーザル方式入札とか、今までの制度の欠陥を埋め合わせるような言い方があるが、市がチェックしたり、前向きな意欲で業者をしばかない限り、どんな方法でもトラブルがおきる好例である。

ベネッセは、本社にはとても優秀なスタッフがいたり、専門家や研究者を囲い込んでいたりして、立派な提案書を書く能力がある。しかし保育所という現場では、少人数職場で運営はミクロ。立派な提案書が徹底されるにはそれ相応の社員が監督していなければ現場でトラブルは必至である。

ベネッセは、安い不安定雇用の非常勤職員を常勤職員といいくるめて(実際、厚生労働省の通知では長時間労働させていれば低賃金でも契約社員やパートでも常勤とみなされる)、全員を契約社員かパートにしてしまった。そしてきれいなマニュアルによる保育所運営をしていたのが実態だろう。
しかし現場はマニュアル通りにはいかないことが多い。保護者の言い分のどこまでが多様なニーズなのか、どこまでがわがままで指導すべきことか、経験に基づいた確固たる線引きができなければ混乱することが多いだろう。

そうした現場での問題を保育士たちは大企業である会社側に伝えることもできなかったのだろう。低賃金のパート保育士、契約社員保育士たちが、その矛盾を抱え続けていたと予測できる。
そして、結婚退職、病気退職と次々に同僚がいなくなる中、しわよせが残っている人たちにおしよせ、その混乱状態にまた保護者からの不安が寄せられ、さらにストレスをため込んでいることが考えられる。

いない保育士の補助金を受け取ったピンハネは、他人の人件費を自治体から詐取しているという意味で国会議員の秘書給与疑惑と同種の問題だ。
職安法違反などの半ば違法行為も話にならない。労働市場の規制緩和の先取りというところか。

石川市議は、民間だから問題だという議論を展開していた。私は保育士の給料や雇用形態の問題は民間だからと思うが、保育内容については必ずしも民間だからこうなったとは思わない。民間でもうまくいくシステムといかないシステムというのがあって、きちんと線引きした議論をしなければならないと思う。
その上で、ベネッセへ委託することが妥当なのか、考えなくてはならない。地場の根っこをはってやってきた民間保育所に立派な企画提案書を書く力は及ばないだろう。しかし、経営者は地域社会から逃げられないということではベネッセの数倍の信用があるはずだ。問題を指摘したときの反応も、地場の民間保育所なら、組織が小さい分、腹のわった話し合いができると思う。

厚生労働省も、保育所運営費補助金について、そこの保育所の保育事業に使うこと以外は余った補助金を流用することを禁止していた。保育士の人件費の流用を防ぐためである。ところが01年の規制緩和で、運営費補助金で余ったものについての使途の制約がほとんどなくなった。その結果、株式会社の運営する認可保育所の多くは人件費を圧縮させ、その儲けを本社の会計に繰り入れたり株主に配当する原資にしたりするようになった。今回の問題の背景にはこのことがある。

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2005.03.03

3/3 児童福祉費はどこへ

無認可保育所の見学と、税務署に行く。

無認可保育所の質がまちまちで、ひどいところはひどい。これで市の補助が入れていいのか、市として改善指導をしたほうがいいんではないか、と思うようなところがあった。

朝霞市は、保育所を増やさずマンションブームに悪のりしてどんどんマンション建設を容認していった。その結果、マンション購買層の、若年夫婦が大量に流入し、今、保育所や幼稚園、児童館など、子ども関連の公共サービスの不足が深刻になっている。今どき、幼稚園でさえ入れない子がいるという地域だ。

それを補っているのが、無認可保育所になるが、市が質がよいと認めた「家庭保育室」に補助金を出している。保育所が10園しかないのに対して、24園もあり、朝霞市独特の制度になっている。

認可保育所に入れない人に対する救済措置として喜ばれているが、よく考えると、保育所を用意しなさすぎていて、そのことで市の財政は他市に比べ相当助かっているのである。市は、国から使途が自由な地方交付税を受け取っているが、交付税の積算根拠に児童福祉費が計算されている。保育所やさまざまな子どもや家庭への福祉事業をしなければそれがただ浮いてくる。財政の工夫といえなくもないが、認可保育所のサービスを慢性的な不足状態である現在の水準まで絞り込むと、納税者としてはピンハネ自治体と言わざるを得ない。

認可保育所の保育料が45000円程度なのに対して、この家庭保育室は、日当たりや職員数で劣るのに、6~7万円も自己負担しなければならない。どう見ても過渡的救済の意味の施設なのに、一向に市がそれらの施設に認可を取らせて問題解決する傾向が見られない。児童福祉法では、自治体に保育に欠ける子に対する保育の実施義務がある。それを怠り、保護者に必要以上の負担を強いるのであれば、これは自治体の怠慢による損害である。

さらに保育所に入れた人と話すと必ず出てくる市議の名前がある。その市議は、認可保育所への入所の口利きで後援会を拡大している。保育所に入所できない状態を放置することで、自分の食い扶持を確保している。

また、家庭保育室の質がよいといているが、実際見学に行っていろいろ問題はあると思った。
きれいなところはおしなべて保護者のわがままに弱い。子どもの育ちにどうかと思うようなわがままも聞いてしまっていて、大変だと思った。
また、安全面や、日当たり、スタッフの数、避難設備、いろいろ問題があった。
市の補助基準要綱で決められている面積や職員数が割り込んでいるのではないかと思う施設もあった。
子どもの昼寝時間なのに、昼食や保育関連事務をしているはずの保育スタッフがてんてこまいで、保育スタッフのやる気だけで施設が維持されているようなところもあった。
それらに、もっと市役所が積極的に家庭保育室に指導や技術的助言を加えていればもっともっと質がよくなっていると思うが、無理なのだろうか。
子どもの生きる権利がかかわってる問題だけに、もっと前向きに市が取り組んでほしいと思った。

市長が替わり、新しい市長が保育にどのような姿勢を持っているのだろうか、試されている。選挙では保育サービスの充実を訴えていたが、一方で、当選した新市長は民間活力さえ入れれば一銭も使わずに保育サービスが充実できると言っていた、という人もいる。後者のようなチチンプイが通用するならとっくに保育所問題は解決しているはず。もし後者のほうが本当だとすれば、もはやこのまちでの子育ては絶望的だ。

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2005.02.05

2/4 情報格差

午後地域福祉計画策定市民委員会に出席。これまでの調査の素材を使って、いよいよ文案づくりに入る。
これまでのアンケート結果、団体ヒアリング、住民ヒアリング、委員の意見交換で出てきたコメントは、500件は優に超える。ここから共通の課題を抽出し、柱の提言をまとめていく。大変な作業になる。
夜は、地域福祉計画策定市民委員会の宿題と、次世代育成支援行動計画に関して市役所に出した意見書とその取り上げ状況について検証作業を行う。

●家族が裏番組の次世代育成支援行動計画策定委員会に傍聴してきた。
前回に引き続き、かみ合わない議論が展開されたらしい。若手の委員の挙げたニーズと市役所各課とのすりあわせ作業だったが、委員が求めたニーズに対して、市役所職員(課長クラス)は、やっている事業らしきものの名をずらずら読み上げるだけで、それが市民にどのように役に立っているか、ニーズに応えられるものなのか、その代替策なのか、ということが説明されなかった。

資料を見る限り、比較的まともな回答だったのが公園緑地課で、やりたいけど、かくかくしかじかの事情があってできない、今後検討してみたい、というような答え。こういう答えなら、今やらない事情を理解できるし、事業の弊害になっている状況について一緒に解決したいと思う。一方、教育委員会の指導課、公民館の回答がほとんど却下という内容。妊婦に対して行われる母子学級に父親参加をさせることを求めた委員の意見に対して、「既に実施している。事業名:家庭家庭学級」という回答だった。これでは何だかよくわからない。

委員会の議論がうまくいっていない、というのが市の有力者ともいえる団体選出委員が、新しい子育てニーズに応えた市民活動をしている委員や、子育ての当事者である親の委員の発言にどうでもいい理屈で批判して、議論がどうしようもない迷走をすることだ。
困ったのが、若手委員のニーズに対して、市内に古くからいる団体選出の委員が冷ややかな意見を言うことだ。
2年前に市内に転居してきたという妊婦の委員が、子育ての情報が必要な人に届いていないのでもっと情報の伝え方を工夫してほしい、という意見を言ったら、団体選出の委員から「最近の親は情報を集める努力をしない」と批判したらしい。市の仕事の改革を求めたら、求める市民のモラルの問題にすりかえられてしまた。そういう批判の仕方が、市の改革を停滞させている。
この団体選出の委員は、長くある団体の代表を努め、このほかにもいくつもの市の審議委員会の委員をしている。そういう立場なら自動的に情報が集まってくるし、市役所にもしょっちゅう顔を出せる時間的余裕もある。仕事があったり、子どもを抱えて預けるところもない住民にとってどうなのか、ちゃんと省みて、人を絶望させるような発言は慎んでもらいたい。

他市では、こうした審議委員会の委員に対して、担当の市職員と事前の意見交換や電話での意見の確認が行われるが、朝霞市の場合ぶっつけ本番で開かれる。その結果、議論が迷走する弊害が出ている。

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2005.02.02

2/2 保育士に逃げられる保育所

朝霞市の広報が配られた。

市議会の議論の内容が伝えられている。発言した議員の名前が載っていないのはなぜなのだろうか。有権者は議員の活動を監視して次の選挙で審判する役目がある。議員が議会でどのような発言をしたか、ぐらい簡単に確認できないのは大問題だ。市民に発言内容が知られていないほうがいい議員や、発言しない議員にとってメリットがあるからなのだろう。

ところで、本題は公設民営で朝霞市が開いた保育所の問題について。この問題についていろいろうわさ話レベルで聞いていたが市議会でも取り上げられた。
公設民営の保育所というのは市立保育所という看板を掲げて、運営するのは民間企業、民間団体というしかけの保育所である。預けるほうは市立だと思っているが、本当は違うというもの。

昨年、朝霞市は新しく開いた市立宮戸保育園を、公設民営で開いた。委託にあたっての考え方やチェック項目についてじっくり議論もせず、フリーハンドをたくさん与えて、ほとんど単独指名のようなかたちで大手保育ビジネス業者ベネッセに運営を丸投げした。その保育園に弊害が出ているらしい。

議員の質問は、職員が半年で10人も退職し、担任がすべて入れ替わったということと、現在も職員不足が続き、その分について補助金返還を求めるべきではないか、という内容。
それに対する朝霞市側の答弁は、民間委託についてデメリットはない、とした上で、職員の定着性や不足について問題と認め、不足する職員分の補助金は返還を請求する必要がある、という回答。

確かに民間委託と、保育内容のデメリットは直接結びつかない。しかし、この議員の質問では、その委託先業者に問題が大きいと言わざるを得ない。
しかし、職員の定着が悪かったり、担任がすべて入れ替わるということに対しては、朝霞市の問題認識能力の欠如を感じる。子どもにとってそういう事態はどうなのだろうか。学校だったらこんな事態にたちいたったらまち挙げての大問題になるはずではないか。

保育所というのは仕事のほとんどが人的サービスである。子どものことのために安心して働ける(給料・待遇以外にも職場の風通しがいいなど)保育スタッフがいて、そこで子ども達は安心して育つことができる。
保育士たちを相手に仕事したことがあるが、預かっている子どもたちが二の次になっても構わないから、職場から逃げ出すという感覚に至るには、相当なことがなければありえない。特に今は保育士の就職難でもある。ほとんどのスタッフに逃げられる経営者というのは、根本的に問題があると言える。
議員の指摘のとおり、補助金の返還は当然だろう。いないスタッフの人件費を業者がかすめ取っていることになる。人がいない保育所ほど儲かるなんて理屈が成り立ったら、おかしなことになる。

保育所のに委託契約先については、新年度から今の業者を打ち切り、人材を大切にし、人材確保能力がある業者を選ぶべきだろう。
さらに行政責任も指摘したい。和光市ではベネッセへの委託がうまくいっているという。どうして朝霞市ではこんなことになっているのだろうか。市側の熱意が業者に伝わらなかったからなめられたのではないか。

あと、企業丸投げではなくて、学校協議会のように、保護者や地域住民が運営に参加するしかけをすることが必要だ。地域住民の監視のもとにおかれれば、企業もいい加減な運営はできない。

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2005.01.15

1/14② 朝霞市に提出した次世代育成支援行動計画案に対する意見書内容

朝霞市の次世代育成支援行動計画に対して、私も参加してまとめ、市役所に提出した意見書の本文です。

私たちの提出した意見書
「あさかの子どもの未来をつくる市民の会・次世代育成支援行動計画に対する意見」

市の募集公告
〈参考情報:朝霞市HP〉朝霞市次世代育成支援行動計画の中間とりまとめ案をお知らせします

そもそもこの次世代育成支援行動計画の策定は、少子化という現状をふまえた国が、各自治体と、各企業に現場での行動計画策定を求めているところからスタートしています。その前に国が策定した少子化対策基本計画より、個人・企業・自治体の自主的な取り組みや権利を重視した政策(≠強制的・産めよ殖やせよ政策誘導)であること、人口増加に着目するのではなく子どもと家庭の問題を直視しその解決を含めた子育ての総合的な対策であること、企業にも働かせ方、子どもや子どもの親を大切にするような営業戦略を求めることなどから、画期的なものといえます。また、自治体計画の策定の手法として、住民や子どもの計画策定への参加、情報公開、子どもの権利の視点、行政セクションや民間、NPOとの連携など求めており、これも高く評価できるものといえます。

したがってこの計画づくりでは、自治体の能力やセンスが大きく問われ、その能力やセンスによって、雲泥の差が生じることになります。
朝霞市の計画策定では、いくつかのミステイクがあります。
全体状況として、朝霞市は少子化問題よりも、マンション乱開発による子どもやその親の転入による社会増が激しく(江東区なども同じような問題を抱えているようですが)、現に増えている子どもやその親を直視した政策が必要になるのですが、そういう積極的な施策が見られないということがあります。
計画策定での市民参加が不十分で、純然たる市民の意見表明の場は今回のパブリックコメントの意見募集1回だけになります。それも市は回答の義務を回避しています。
今回パブリックコメントに付された中間とりまとめ案の文章も、お題目のような項目が並んでいるだけで、具体的な数値や期限がほんとうは盛り込まれているはずなのに、一切公表されていません。情報公開という点からも問題が多いのです。
さらには、文章が抽象的かつ、これまでの行政の縦割りの感覚そのまま、という感じがしています。単にとりまとめをしている児童福祉課の問題ではなく、全庁的な、ある種課を超越した計画のはずが、各課の専門的行政施策用語が並んでいるのです。

そうした状況をふまえると、私たちの意見書は、前提から考え直してほしいということ、さらには詳細項目まできちんと意見しておく必要がある、という考えに至りました。

詳しくは本文をご覧ください。

なお、この意見では、以下の10点の考えを基本においてまとめています。
①朝霞市のなかで子どもや子どもを育てる保護者が大切にされているか。
②子ども自身の育つ力を重んじ、子どもを力づけ、自治能力を高めるような施策が盛り込まれているか。また子どもが自立するまできちんとフォローできる計画となっているか。
③転入者が多い現実から、地域でのネットワークがゼロである保護者に届く方法が書かれた計画であるか。
④子どもが多様な子どもどうしで育ち、葛藤し、励まし合いながら育つ地域社会がつくられるかどうか。
⑤様々な困難な事態に対して、子どもや子どもの保護者が自治体や公的機関、地域社会によって守られるセーフティーネットの機能が果たせるか。
⑥少数ではあっても深刻な問題におかれた子どもや、支援を必要とする子どもに適切な施策が行われる計画となっているか。
⑦家族形態や国籍の多様化など、暮らし方の多様化に対応できる計画となっているか。
⑧子どもや子どもの保護者が政策や事業に参加できることを保障した施策となっているか。
⑨地域力(地域の様々な子育てに携わったり関心をもっている人々の力)を活かす計画となっているか。
⑩保育や教育だけの対症療法ではない対策になっているか。

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2004.11.11

11/11② くだらない議論

次世代育成支援計画策定委員会の8月の審議会の議事録がようやく公開された。
保育所や学童保育の整備計画となる特定14事業計画について議論している。あまりにも低レベルな議論をしている。こんな自治体で子育てするのか、と思うと精神に暗雲が漂う。

延長保育について、福祉じゃない、なんて議論している。現状の19時だって、都内通勤者は17時30分ほぼぴったりに離席しなければ間に合わない。そんなこと言う人は新幹線でも通してくれるのか。その人の職場で労働運動を激烈にやって退勤時間を繰り上げてくれるのだろうか。安全圏にいる地域ボスは、困って身動きを取れない人を見殺しにする議論を平気でする。
地域ボスがこの街で何をやってくれたのだろうか。公園や道路整備して、親戚どうしで利権を分け合っていただけじゃないか。税金を払うのがバカバカしくなる。
特定の人に行政サービスを広げているという委員もいる。高齢者福祉や、医療に比べたら、保育サービスなんて屁みたいなものだ。九州や北陸の保守王国と言われるような地域の保育サービスのほうが、もっとまともな議論を踏まえて、まともな内容でされている。

次に出てきたのは、出生率を上げるために補助金をばら撒く話だ。現金もらえることに反対したり拒否する人間がいないから、高校生のお小遣い程度の現金給付が実現してしまう。失業や不安定雇用におびえる若者が、やっと子どもを産んで、社会サービスの支援も受けられず、妻を専業主婦にして貧乏のどんづまりにおいておく。それをなだめるかのように児童手当として月5000円が浪費されている。
閉塞している若年者家庭にお金を流し込んだって、子育ての状況は変わるのか。クルマやマンションのローンの繰上げ返済の原資にされるのがせいぜいだろう。
私は、児童手当や扶養控除は税金の無駄だと思う。困っているひとに必要なサービスが届かなくなっている。その財源で現物サービス(保育所や幼稚園、児童館などのサービス)を充実させて、子育てを社会化しなければ、何の問題解決にもならない。
一方で考えなければならないのは、退職金もあり、年功序列賃金のおいしい汁を吸いまくった高齢者が受ける介護保険は、介護度によるが現物サービスで月3万はでる。年金だけではない世代間不公平を、当事者でもない人間たちが、母親こうあるべき、特定の人だけへのサービス、などと勝手な議論をして、放置している。全く憤慨ものだ。
月5000円の児童手当で喜ぶはずの低所得者が、実際にそれを育児の充実に使っているのか検証しようがない。少子化は、子どもを産み育てる若年者の人生観に根ざす問題で、お金を上げれば子作りに励むというのは下品な、高度成長社会的な発想でしかない。

しかし相変わらず、特定14事業の市側の提案がどんなものか、というのがホームページでは分からない。委員の質の悪い議論だけが目立つ。

ちょっと乱文。若年者の市政への発言力を高めなければ、中高年世代の情緒だけで政策が議論され、この街はちっとも変わらない。

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2004.10.25

10/25② 児童家庭課を訪ねる

市民委員会が終了後、朝霞市の児童家庭課をたずね、前々から疑問だった、保育所入所基準について問い合わせた。

入所判定の基準の表はちょうだいしたが、その肝心の中身である、各項目の点数については入所申請で虚偽申請の恐れがあるので公開しない、という担当者の回答。不満。入所判定をめぐりもめるのでわからないでもないが、逆に基準を公開してしまえば一定レベルのものまでは市の責任が逃れるんじゃないかと指摘すると、「うっ」と言葉に詰まる職員さん。

その職員さんによると、現在の基準の点数は、母親の状態だけに着目されており、ひとり親が増えていることや(特に父子のケース)、DV予防、事実上の離婚状態などにも対応できるように来年の4月入所から項目を追加したり、点数を変えたりして見直すらしい。保育所が家庭問題のバッファーになる必要があることから、必要な改革で評価したい。

市立保育所の8ヵ月児からの入所の前倒しを求めたが、これから必要があれば検討を始める、ということ。産休明けや3ヵ月児保育は民間保育所しかやっておらず、認可保育所であればそれも駅から遠く、バスもないようなところばかり。保育所を用意できないのにマンション建設を認めるな!と声で叫びつつ、改善を求めたい。

最後に市が補助する家庭保育室(比較的良質な無認可保育所)の補助基準をもらった。これには面積や人員配置の基準がかかれており、最小限の社会的規制になっている。この基準は、国の保育所設置最低基準をおおむねトレースしたもので、なぜ家庭保育室は認可保育所にならないのか、という疑問をぶつけてみたら、来年1ヵ所、認可を取るらしい、という話を聞いて、少しずつ朝霞市の保育事情は緩和される見通しが見えた。

しかし前向きな感じがしない。次世代育成支援計画の点検が必要だ。

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