2/9 幹部任せの立民の自滅
衆議院議員選挙が終わりました。
この間、今回の衆院選で、私の依頼で手伝ってくださった方々、投票してくださった方々、話を聴いてくださった方々、また時間がなかったのでコミュニケーション取れなかった方も多くいたと思いますが、そのなかで黒川の応援していた国政政党の立憲民主党がどうなっているんだろうか、とご心配いただいた方々に、深くお礼を申し上げます。
また毎度のことですが、埼玉4区は、連合を中心とした立憲民主・国民民主の住み分けの関係で、立憲民主党の候補が擁立できず、誰を選べばよいのか、と悩む支持者の声を毎度いただいてきました。そこに答えを出す前に、こうして選択肢そのものが消えてしまったことも、申し訳なかったと思います。
物事の公正を気にしないように振る舞う首相が行った解散でしたので、自民党が圧勝できるタイミングで行うにふさわしい結果となったと思います。衝撃ですが、事前に朝日新聞や毎日新聞でその傾向は読まされていたので、この先どうしようか、ということで、頭がぐるぐる回っている感じです。
総選挙の結果は、再建できるかできないかはわかりませんが、応援してきた立憲民主党の壊滅です。
立民が合流した「中道」の獲得犠牲49議席のうち、28議席が公明党出身者なので、残数21議席が立民出身者の当選者数です。前回が150近くあったので、1割しか残れず、まさに壊滅で、小選挙区当選者は7議席に留まる上、自民党が比例代表に擁立しきれない候補者の分の比例枠が再配分されたことでおこぼれの議席が6議席あり、実際に自力で取った議席数は、15ということになります。
議会で接する公明党さんが見せている以外ののなかの実情はよくわかりませんが、各地の動員、家の前のポスター貼りなどから、公明党・創価学会員の支持者など中心的な支持者はきちんと投票したのだろうと思います。
一方、立民の支持者は、拘束されることの一切を嫌うような支持者が多く、議員側で名簿化すらされていない支持者が多数おられます。そういう有権者のなかから、選挙の直前に突然、政党名と組織を変えて、はいはいわかりました「中道」は立憲民主党の後身の政党なんですね、引き続き、と投票してくれる人がどれだけいるか、ということを、永田町にずっといる人たちはわからなくなるんだろうと見ています。
思えば20代から国会議員をやっていて、市井の人の声は聴いても、組織労働の体験が少ない今の野党エリートたちが、そういうことに目配りできているとは思えないことが繰り返されています。2017年の希望の党騒動と今回のドタバタはそっくりです。
同僚議員をはじめ、選挙のなかで立憲民主党関係者にも確認しましたが、党所属の衆議院議員候補やそれを支えるスタッフ、党員たちにも、説得と説明と熟議がないまま、選挙に突入して、一部の幹部に大事な判断を委ねて、それで選挙では世の中に「熟議」などと主張していたのですから、ほんとうに情けない話です。壊滅的敗北をしても仕方ありません。
日頃つまらないことで党内がごたごたしているのに、大事なことに何の議論もしないで自分の意思を曲げられて平気なのは、パーキンソンの法則みたいな話です。
どこの組織が、自らの解散に近い判断をするのに、総会も大会も開かないで決めるものか、と思うところです。町内会もPTAも労働組合も生活協同組合もマンション管理組合も、解散や重大な組織変更は、全会員や全会員の選挙で選出された代議員による総会または大会で決めることになっています。日頃、党首選の投票権がありますよ、と党員を勧誘しておいて、それはないだろと思います。
自らの民主的統制ができない組織が、非民主的な行いをやっつけてやったとばかりに得意げに強調する現政権に足下掬われるのは、自業自得みたいなことです。
個人の努力と選択と自由だけでは解決できない人生のリスクを、みんなの力、共同性で解決して、さらに個人が能力を発揮できる社会の仕組みを作ろうとする、中道左派政党が有力政党としてあるのが、先進国として必要だと思っています。その点では、今回、それ以外の政党しか残らず、中道左派政党が壊滅したことは、残念で仕方がありませんし、政治システムに絶望感するあります。
引き続き、日本社会がまた競争至上主義と、それにともなう「合成の誤謬」で競争不適合者を大量に社会から排除して、その向き合い方に頭を悩ます時代が広がっていくのではないか、と心配しています。
さて政治のプレイヤーとしてこれからどうしようか、頭を悩ませています。
また、私も時代についていけなくなっているのか(朝霞市政だけに向き合っていると、他自治体に比較してもまだまだ解決が遅れている課題は山ほどあってそれを追いつかせている最中ですが)、などと考えることもあります。
忘れてはならない恩人・選挙の現場ではほんとうにお世話になった妻・横路由美子さんともご挨拶できました。政治家になったことをたいそう喜んでくださり、選挙の現場での思い出話や、一緒にたたかった後援会のみなさまの今をお話しました。