昨日のニュースで、規制改革会議が「保育所の待機児童対策のために株式会社参入など規制緩和を行う」と報道されましたが、話が変です。
2000年に労働組合職員として、保育所事業への株式会社参入の政策変更に関わり、保育士組合員に反発されながら、株式会社が参入するゆえの課題について整理し、厚生省に意見する作業を行いました。このときにすでに、認可保育所の運営に株式会社が参入できる規制は撤廃されています。今さら自分たちの英断かのように扱うのはミスリードだと思います。
昨日の報道ではさらに、実は緩和されています、という前置きの後、自治体が株式会社参入を阻んでいて進まない、という問題意識から、自治体に株式会社の運営する保育所を認可せよ、と強制するらしいのですが、これは地方分権を通じて保育所の事務の権限を市町村に移してきた、保育制度の規制緩和派も強く推進してきたことを全否定する問題ある政策です。
では株式会社に保育所をやってもいいよ、そのためのハードルを下げます、ということで保育所は増えるのか、ということですが、保育事業は機械化や「カイゼン」で生産性を上げる余地が少ないため、設定された公費と利用料の範囲でしか、収益は見込めません。事業拡大しても収益率はほとんど変化しない事業です。したがって、単に規制を緩めるだけではなかなか保育所事業に参入する事業者は増えません。何らかの社会的意義や、これまで関わった保護者からの強い要請、本人の保育への強いこだわりのある事業者でなければ、参入規制緩和しただけでは増えない分野です。
じじつ、2000年以来小泉政権の終わりまで、地方分権のための事務的なものも入れると数次の規制緩和が行われていますが、この間、増える保育所ニーズを上回る量の保育所は増えず、待機児童問題は解決しないどころか深刻度が増してきました。これを規制緩和派は「規制緩和がまだ足りないからだ」と言うわけですが、それは手段と効果について全く整理されていない、先入観による政策判断ミスです。これはきっと政策をミスリードするか、実務者たちにはほとんど無視されることになると思います。
ただこうした効果のない政策打ち上げの対応に追われる実務関係者たちが、本来の保育所不足の解消や保育の質を改善していく仕事が後回しになってしまうことが問題だとは思います。
保育所が増えないのは、保育所の建設費と運営経費を負担する自治体が財政事情の悪化を避けるために、増え方を抑制しているからです。待機児童問題を抱える自治体が、保育所を作っても財政事情は悪化しません、という政策を打たない限り、いくら規制緩和してハードル下げても、十分な保育所が整備されないのは当たり前です。
そういう観点では、福田政権から検討が始まり、民主党政権時代に実現した、年額150億円程度の「子ども安心基金」を通じた保育所新設費用の補助金の上積みは効果を上げて、朝霞市もそうですが、横浜市などで待機児童問題が縮小に向かっていくことが可能になっています。
私は株式会社が保育事業に参入しても構わないと思います。しかしそれは公費を使う事業であること、保育所の補助金制度の大半が人的コストを積み上げて割返した内容であることから、営利企業としての青天井な自由があっても構わないという考え方はまずいと思っています。
おととい、アップル社が株式配当に不満を言う株主のために社債を発行して現金を調達し、株主配当を行う、と報じられましたが、本来やらなくていいはずの株主へのガバナンスに保育所が追われるようにならないことを願うばかりです。もちろん資金調達コストがゼロということはありえないので、そのことの適正な規制が必要ですが、規制改革会議のようなところにかかると、それで保育所が増えなければ、撤廃しましょうということになります。
人的な裏付けを保障しようとする補助金体系ですから、内部留保や配当に流用するということは、人的なところに何らかの犠牲がかかっていると考えるべきです。
また株式会社の効率性の最大の源は倒産の存在です。
倒産があるから民間企業は運営の自律性があり、倒産回避に向けて事業が合目的化し、顧客にはサービスが向上する、ということになっています。
しかし、効率性のためだからといって、介護や医療もそうですが、保育事業において、ある日倒産しました、今日からサービス提供はできません、などということが通用するのか、ということです。
倒産のリスクのある株式会社を参入させるなら、事業破綻後の利用者保護のスキームを作るべきですが、規制改革会議はおそらく反対することでしょう。現在の社会福祉法人であれば、出資という考え方がいなので、事業破綻した法人は公的に接収され、他にサービスをする事業者がなければ暫定的に、自治体などが直接サービスを継続することができます。ところが株式会社が事業破綻した場合は、土地や建物が債権者や出資者によって分配されますから、その権利確定まで、債権者等の同意がなければ、その施設を使ってサービスを継続させる、ということができないのではないかと思います。
そうした株式会社が参入するからこその解決しておかなくてはならない課題について、私は2000年の参入規制の緩和が始まったときに、労組職員として厚生省との協議でもテーマにしましたし、パブリックコメントにも書いて出しましたが、国も自治体も全く考えられた形跡がないのです。
こうした株式会社参入にあたっての、リスク管理みたいな政策について、おそらく規制改革会議は、参入規制のためのハードルだ、と一蹴するのでしょう。
2008年にさいたま市や足立区などで手広く保育事業をやっていたベンチャー企業が倒産して、多くの保護者と子どもがあすからの保育をめぐって路頭に迷いかけた事件がありました。自治体の努力や、借家に開設した保育所の一部で自治体が暫定的に認可外保育所として運営したことで、問題は短期間に終息しましたが、あすから預かってもらえる場所がすぐにはみつからないという保育にとって、こうした事態を想定した危機管理が必要だと思います。
このときには、経営者はベンチャー型の経営者であり、急成長の副作用として、出資関係が複雑になっていたことも明らかになっています。そうした場合の、倒産した会社の債権者は誰なのか、そういう問題も出てくるであろうと思います。
もちろん、財務情報や出資者情報などの利用者への公開など、社会福祉法人やNPO法人など共通のリスク管理が必要だと思います(痛感しています)が、株式会社が参入するというのはそれだけでは解決しない問題だと思っています。
●待機児童問題を解決するのは、①「子ども安心基金」のような保育所を開設するための補助金、②自治体が保育所を増やしてもあまり財政に悪影響を与えないような補助制度のありかた、インセンティブ、③保育士や事業者の確保、④自治体における保育所政策の実態にあった細かいチューニング能力、だと思います。このうち今の最大の課題は②、横浜市や朝霞市など待機児童問題が解決に向かい始めている自治体においては③④ではないかと思います。また大阪府など一部の都道府県では①子育て安心基金を保育所整備に十分に回していないと思われるような運用があるように聞きます。
●安倍政権は10年前の政策でも自分の手柄のように宣伝する能力がすごい。
●この問題での民主党の大半の議員の不勉強さが、今になってツケとなっていると思います。実は保育所待機児童問題に向けての政策は、(福田・麻生政権時代に仕込まれたものも含めて)民主党政権下で良質なものが打たれているのですが、自治体の保育担当者以外ほとんどその内容は知られず、当の民主党議員でも良く知らない人が多いからです。
2000年代前半、民主党内では、保育所政策の拡大を打ち出すと、①国民生活と無関係な財政規律ばかり主張する議員、②規制改革会議的な価値観が絶対に正しいという議員、③家庭責任とのトレードオフと捉えて保育そのものに反対する議員、が党内で議論をぐっちゃんぐっちゃんにするため、話が前に進まなくなってしまう場面を良く見ました。2000年代後半から、民主党において保育政策は部分的な政策として、政策通の議員や専門分野にしている議員を中心に決めてきたからではないかと見ています。
いずれにしてもそういう政策効果と無関係な信仰にもとづく議論が横行する党内事情のために、お手柄はすべて安倍政権の手に渡ってしまっていることは残念でなりません。
●保育業界の労組は、保育所の営利企業参入に反対または冷ややかではないかと思いますが、必要なのは、全保育労働者の横断賃金づくりではないかと思います。今は、最適な経営形態選択のためではなく、労働力を安く調達できるから、規制緩和が行われるわけですから、経営形態がどうであれ、規制がどうであれ、保育所の運営コストが変わらないということであれば、保育を事業とするに最適な経営形態の保育所が自然に増えていくことになると思います。
そのためには、官民・正規・非正規問わず保育労働者をどんどん労働組合に入れて行き、地域統一賃金を地域地域で作っていくことではないかと思います。あの人は違う、この人は違う、と正社員クラブの「空気」に安住するような労働組合である限り、保育所を作る側は、その枠外に労働力調達の方法を移していきます。