2008.10.06

10/6 金融危機のピンチからもやいを救おう

家を失った人、貧困に陥った人を、民間の力で支援してきたボランティア団体「もやい」の最大の支援者が、今回の金融危機の煽りを受けて倒産し、資金を必要としているようです。

新聞記事 中日新聞

他のところからも話が回っているかと思いますが、私のブログをお読みいただいている(特にを左より立場に立たれている)みなさんに、ぜひともご支援をお願いします。こういう活動をしているのはこの団体だけではありませんが、「努力した人だけが報われる」ことをみんなが礼賛していた時代から貧困問題に取り組み、今日貧困撲滅を社会の課題とした立役者とも言えるグループです。

送金先 振替口座 00160-7-37247 「自立生活サポートセンター・もやい」。

会費は5000円ということですが、いくらでもありがたいような感じです。

実は、私の勤務先の労働組合が、極めて古典的社会主義色の強い綱領を改定する時の議論の素材となる機関紙記事を取材せよ、という仕事を課せられました。5回のうち1回のテーマが、市民との協働による公共の創造、みたいなお題で、しかも、新人の女性職員の研修兼ねてやれ、というのでいろいろ悩んで、スタート直後のもやいさんを取材させていただいたことがあります。

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2008.09.04

9/3 父子家庭に対する支援を行えという決議が市議会で通る

昨年、初当選した小山香市議が提案した母子家庭だけではなく父子家庭にも所得が低ければ支援すべきという議会の決議案が、公明5人、共産3人、市民ネット2人、無所属の小山、神谷、獅子倉市議の賛成多数で採択された。反対したのは自民系の進政会と民主系の明政会。
(※さきほどまで獅子倉市議を反対に掲載していました。訂正し謹んでお詫びいたします。)

公明党の良識が出たと思う判断だ。

小山市議のHPにその意義が書かれている。ぜひ読んでいただきたい。小山市議を送り出してよかったと思うし、その財源も大した話ではない、と調査して回答した市職員にも敬意を表したい。

今後、労働強化はますます強まる。残業がままならない父子家庭は母子家庭同様の貧困に置かれる傾向が強まる。かつてのように正規職員中心の雇用情勢であれば、何とか父子家庭は食べていける賃金を得られたが、そうではなくなるだろう。そのときに、財源論だけで母子家庭だけ優先するというのは憲法に反することになることは間違いない。

母子家庭であろうが、父子家庭であろうか、単親子育てで仕事上の制約が出で、低賃金で働かざるを得ないとなれば、ひとり親家庭として括って、経済的支援は所得だけに着目して支援すべきだろう。

今、2組結婚すると、1組離婚する時代である。離婚が当たり前、ということを前提に社会保障制度を整備する必要がある。

●追記:なお、通常ホームヘルパーは、高齢者や障害者に出されるもの、という固定観念があるが、高齢者や障害者でなくても、家事が満足にできなくなったりすることはある(親元が近くにいない人の産後20日程度とか、ダブルジョブをしているひとり親家庭とか)。そういう支援も必要だということも言い添えたい。もちろんそういうこと込みこみで介護保険制度の適用年齢の拡大をするなら賛成だが、そういう視点は、高齢者介護の家事援助ですら絞ってきている中で、難しいのだろう。

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2008.08.31

8/31 高齢者の自己負担は問題視されるのに子どもの医療保険はまともに論じられていない

公的医療保険のない子どもが県庁所在地と政令市だけで7300人いることが毎日新聞の調査で判明した。

やはり国保加入者が課題である。高リスク層ばかりかき集められている国保を何とか救済する制度改正をおこなわないと医療保険制度自体が特権階級のために公的制度を整備しているという批判につながりかねない。

そういう観点から、西濃運輸が組合健保を解散して政管健保に合流したことを批判がましく記事にした朝日新聞はずれているのではないかと思う。

さらに子どもの医療保険制度という観点で言えば、保護者の自己責任という考え方でよいのだろうか。親に着目すればそうだろうが、子どもの側からすれば医療保険制度にきちんと加入する親と、加入できない親とを選んで生まれてきているわけではない。生い立ちにリスクを背負わせるような制度設計が間違っているのではないか。またこの観点から言うと、公的健康保険に加入している人を前提にした小児医療費の無料化ばっかり追い求めるのも、今の時代に合わない運動だと言える。小児医療無料化の運動だけでは、そもそも加入していない子どもには無料化の制度が適用されない問題が無視されている。

それから、高齢者と子どもを比較すると、「これだけ一所懸命生きてきたんだから」という曖昧な価値観で自己負担そのものの是非が論じられる後期高齢者医療制度を考えると、アンバランスと言わざるを得ない。

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8/31 いまどき身体障害者の乗車拒否事件

いまどき、長崎のバス会社のバスが、車いすの人を乗車拒否していたようだ。しかも、国から補助金が出ている低床バス、ノンステップバスの乗務員までやっていたという。これは差別糾弾の対象であろう。しっかり反省してもらわなくてはならない。

マイカーが普及している少子化、人口減少時代に、バス、電車、タクシーが狙うべき乗客層の市場が狭まっている。それをみすみす逃しているんじゃないかと思う。

交通産業がマッチョな職場であることが、こういう事件を引き起こしているのではないか、と思うこともある。

●今回、こうしてマスコミの問題になっているが、20年ぐらい前までは、無視するのが当たり前、乗せろという身体障害者がおかしいんだ、という感覚が当然だった。川崎や大阪の身体障害者が体を張ってバスを停め、乗せろとごねて、拒否されるたびに交通局やバス・鉄道会社を糾弾して今日に至っている。

●今は障害者のガイドヘルパーがそのたたかいの境目にある。障害者が普通に買い物したり、銀行に行ったり、友人と飲みにいったりするためにヘルパーをつけることが、今は贅沢だ何だと批判されている。しかし当事者になってみろって。ヘルパーも親もいないから友人とも会えない、銀行に行くことは経済活動だからダメ、そんなことがまだ当たり前であるし、福祉水準を切り下げたり、上限を設定するとき、こういう価値観が入ってきている。

●福祉の世界は、必要としない人にとってはどうでも良いことを、ことさら騒ぎ立てて、問題を明確にして、前進したことばかりである。とりわけ、個人の尊厳と自由の調和より、常識というわけのわからない価値基準が支配するこの国では、福祉を必要とする人にとって不可欠なことが、それ以外の人にとって「~のくせに騒いで」みたいな受け止められ方をする。
今の時代それがなくなったかと言えばそうではなく、もっと巧妙に健常者や福祉を必要としない人たちへの同調圧力をかける言い方に変わっている。「もっと上手な表現方法はないのか」と言う言い方である。コミュニケーション格差の問題と言われるが、そんな上品な学術論争の問題だろうか。そういう言葉を投げかける人間の鈍感さではないか。まだ「くせに」論の方が差別感情のありかが明確で対応しやすい。
しかも、表現技術の水準に話をすりかえるのは、人権などに理解のある人が平気で使ったりする。本当に表現技術だけが問題なら「あの相手にはこういうふうに言えば相手に通る」という通し方を教えてあげるのが親切だろう。
時代が進歩して、もっと許容性の高い社会がやってきたときに、そういう態度を取っていたことを恥じることになろう。

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2008.08.10

8/9 年金の運用損から考える

掃除機のパイプが壊れて修理に出して戻ってくる。都内のマイナーな駅だが徒歩5分のわかりやすいところに修理センターがあり、費用の上限もわかりながら修理に出せたことがよい。

これがパソコンの修理となると、見ず知らずのバーに入っていくような恐怖感がある。

●長崎原爆投下の日。昔の長崎の原爆資料館は、資料が生々しく、中学生のときに初めて見た私の心に被害状況が深く染みこんだ。今の資料館はきれいになって、見やすくなっている。

●年金の運用損が5兆出たというニュース。
運用が巧いとか下手とかそういう責任追及も大事だけども、そもそも公的年金に膨大な運用金があることが問題ではないか。これまでも繰り返し書いてきた。今回、運用金で年金給付をやることが危ういことを改めて認識する機会として捉えるべきだろう。

私的年金は契約であるから、積立方式であり、したがって運用をして当たり前だが、公的年金は、社会がぶっ壊れるまで制度を続けなくてはならない。逆に言えば社会が壊れたらすべてチャラになる制度であるため、財政的にはむやみやたらに運用金を持たず、単年度ごとの賦課方式であるべきだ。国家や社会が崩壊して、年金運用金が残って何か意味があるのか、と考えたらわかりやすい。そのときには運用金は誰かに没収されると思うべきだ。それなら、毎年自転車操業で払いきって運用金など持たない方が正解である。永久国債を買った人に毎年5%の金利として年金を払う東ローマ帝国の年金制度が崩壊した話は、このことを考える上での示唆に富んでいる。
ただし、そうはいっても運用金が必要なケースもある。例えば、年代ごとの人口バランスがアンバランスでそれを調整するため(今は払う人が多いけど数年後には給付する人が多くなるというような場合)である。これをやらないと人口の少ない年に生まれた人だけがトクをしてしまうし、ベビーブームの最中に生まれた人は大損する。本人の責任のないところでリスク負担をさせることは、寿命は自分でコントロールできないから老齢年金制度が必要だとする公的年金制度の目的とは矛盾する考え方になる。あと、年金財政もある程度の運転資金は必要だとして、1年~数年分程度の給付資金の安定化などの目的に限定すべきだろう。

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2008.06.27

6/26 リスクの高い人がいない組合健保の加入者が保険料を高いというなかれ

後期高齢者医療制度への移行で、派遣社員の健康保険料が急増したという話題がちらほらある。派遣社員=ワーキングプアというイメージから、かわいそうという議論になるが、ちょっと待ったと思う。

朝日新聞の記事では、手取り月収19万の派遣労働者の6100円の健康保険料が7600円になったということだが、一般の中小企業で働く人は政管健保に入るしかないから、同じ月収でずっと前から健康保険料9500円ぐらいは払っている。「官製ワーキングプア」と呼ばれる人たちも政管健保だから、やはり総収入額の4.1%を払っている。この派遣労働者の健康保険料が今まで低かったと考えるべきなのだ。

低くできたからくりは、大手派遣業者が派遣業者どうしで健保組合を作っていることにある。そこに入る派遣労働者はどうしても若年者が中心になるから、当然若くて医療の世話にもならず給付額が少ない。かつての高齢者医療費の持ち出しの計算式も、年齢が若い人から低めにとるようにできていた。したがって保険料をぐんと下げられる。病気がちになる50代の派遣労働者など、まだこの社会ではほとんどいないからだ。

ではその分の負担はこれまでどこに行っているのか、ということである。当然、50代の多い業種の健保組合や、中小企業の労働者が入る政管健保がかぶってる。健康保険の世界は、少数派がその他カテゴリーで国保や政管健保、斜陽産業の組合健保に束ねられるため、収入の低い階層ほど高い保険料を払うハメにおちいりがちである。
後期高齢への移行で、健保間のこうした年齢バランスによって高齢者医療への負担が変わる仕組みを是正する措置が執られた。その結果、若年者しか入らないような組合健保の保険料は上がった。

そういう前提条件をふまえずにかわいそうな派遣労働者が後期高齢の導入で保険料が上がった、という直情的な記事を書くようでは困ると思う。派遣業界のように独自の組合健保を持っているところはいいが、そうでないところの労働者は元から高い保険料を取っていて、それはとりもなおさず派遣業界が負担しない健康保険料を肩代わりさせられていたと言ってもよい話である。

組合健保の負担と給付の問題は、まだまだいろいろ理想と矛盾するところがある。制度の動きをもっときちんと観察せよ、朝日の福間大介記者よ。

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2008.06.25

6/24 都会の限界集落

今朝のニュースで、都会の限界集落が取り上げられる。限界集落とは、集落として存在することが難しくなってきている集落。よく取り上げられるのは東北の雪深い山奥。それが都会にあるという話である。具体的には、池袋本町(北池袋駅付近)に住む高齢者の大変な生活をルポルタージュしていた。都会=便利=福祉イラね、というステロタイプな理解がされているが、ところがどっこい、今は都会も限界集落になりやすい状況がある。

どうして都会に限界集落があるのか。

1つは地域のつながりがないこと。地方都市なら、数少なく残った若者が、誰かの子で、地域社会を背負ってくれるけども、池袋本町に住む若者はどこからかやってきた若者ばかり。元から住む高齢者に関わることはないし、その意欲があっても信用されるようなツテすらつくりにくい。高齢者も若者も孤立しがちだということ。

1つは、そんな中で高齢者が社会につながる買い物となるが、近所の商店の閉鎖で、わざわざバスで、池袋駅周辺にあるデパート(若者だったら10分で歩いて行けてしまうような距離)に行かざるを得ない。体が弱ったらそれっきりである。

私も札幌にいたときに同様の体験をした。札幌を離れる3年前、家から200メートルのところにある旧国鉄共済会が経営していたスーパーが閉鎖になり、仕方がなく家から500メートル離れた札幌駅のデパートで食料品を調達していた。駅裏の住宅地なので、外食するところも少ない。都心で外食でもしなければ生活は大変だった。

池袋本町の高齢者と社会をつないでいるのが、診療所の往診や在宅介護であった。これは東京都23区だからやっているのだろうけど、埼玉県に入ったら、介護は全国標準サービスしかないし、往診などしてくれる奇特な医師はいない。介護予防とか言って、スポーツインストラクターの食い扶持を増やすような口と肛門が直結したような政策対応は取るが、一方で本当の介護予防や早期発見につながるような福祉は切った結果は偉いことになるという感じがした。

地域福祉をやっていると、何でも住民参加と住民のボランティアで物事が解決するような議論を誘導されがちである。もちろんそれは理想である。しかし、公的な制度、公的なサービスが適切に入らないと、深刻な事態になっていくという現実もある。福祉系学者以外でそのバランスをうまく理解している人は少なくて、とても混乱する。

そして朝霞市だが、池袋本町同様に、孤立した高齢者がこれからどんどん増えていく。地域福祉計画の策定の予備調査で、50%以上の市民が市内にいる友だちの数が1人以下であった。
池袋から15分という地の利で、池袋よりは定住志向があるものの大量の若者も大量に流れ込んでくる。朝霞市に住みついた元サラリーマン家庭の子どもたちはどんどん外に出ていく。その接点はほとんどないまま、池袋本町のようになっていくのは時間の問題だと思う。それに輪をかけて、基地跡地開発でも出てきたが、地域の経済団体は大型商業施設を欲しがって、さらに商店街や地域のスーパーの崩壊を加速させようとしている。
しかもバス路線が未整備な地区が多い。自転車やマイカーを運転できなくなったときのまちづくりが全然なっていない。

池袋本町の高齢者は、昭和ヒトケタの人たちである。軍人になることを夢見て、軍国の母になることを夢見て破れ、戦後の高度成長の中で猛烈に働いたサラリーマンの第一号でもある。そして私が子どもの頃には、過労による在職中のぽっくり死が問題にされた世代である。怒鳴ってばかりいたうちのオヤジでさえ、力で抑えて働かせていた世代である。あの脂ぎったサラリーマンが、都会で寝たきりになって、自分の無力さを嘆いて生きているさまを見せられて、考えることたくさんだった。

●軽度の診察を切ろうとしている厚生労働省(その背後に財務省がいる)に対して、日本医師会は日本の質の高さと長寿化は、軽度の診察をフリーアクセスをできるようにして、病気の早期対応をしてきたからだ、と批判してきた。その批判は最もだと思うが、地域社会に往診してくれる医師が1人もいなくてその主張は認められるかということである。開業医が地域社会で往診できる体制をつくってことではないか。今のように診療所に行ける高齢者だけがローコストで医療を受診でき、移動の自由のない高齢者が自宅で寝たきりになったり、病気を放置していたりという現実が残る限りは、医師会の主張はなかなか認めてもらいにくいと思う。

●市役所で働く派遣労働者の話し合ってくれという要求をはねつけて人間を入札にかけた白井文尼崎市長が、ウヨマスコミの論客・勝谷政彦(親分は花田紀凱。最近知人が嫁いでしまったよ)に週刊現代の特集、郷土の誇りという内容で褒めちぎられている。褒めている内容はスチュワーデス出身市長が、労働組合をはじめ既得権益団体の談合で壟断する尼崎市の体質をばっさばっさと切っているというもの。こんに人に褒められて、あ~あという感じだ。

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2008.06.24

6/23 消費税アップは全てダメなのか

福田総理が、消費税アップを断念というニュース。

「消費税増税反対」という記号だけが政治ゲームの材料になってしまって、他の税負担や、国民への見返りとの抱き合わせの議論が全然なされていない。

人頭税とも言える国民年金保険料を廃止して、その分を消費税や消費税の一部が年金保険料になる制度に切り替えることもダメなのだろうか。これは、低所得者の負担軽減や逆に高所得者の年金過剰受給への対策になりうるが、「消費税増税」という言葉が出てくると、その部分だけ切り取って反対反対の話になって、潰れてしまう。

結果として、膨大な無年金者が発生させてしまって、生活保護予算を圧迫している。無年金者の裏年金になってしまって、若年貧困者には、共産党や公明党に頼んで申請書を書かせてもらえなければ、なかなか生活保護がまわってこない。

●今朝の通勤の東京メトロ、3分遅れ。もう慣れっこだからそのことだけでは怒らなかったが、車掌のアナウンスがいただけない「東武線進入遅れと混雑のため」遅延したと。
和光市駅の前で、前の電車がつっかえて地下鉄のホームに進入できず、2分待たされた。その理由は前につっかえている東京メトロの出発遅れではないか。とことん、他社と乗客の責任になすりつける企業体質である。
乗客に取り囲まれ怒鳴られるまでわが事と思えないでいる東京メトロの体質が、いつまでも遅延を収束できないでいるのではないか。

●副都心線開業に関する混乱を調べていたら「スイーツ(笑)」という言葉を初めて知った。最初はケーキ屋がらみの広報かと思ったら、そうではなくてPRの対象となる人のカテゴリー。hanako族とか言われているような人たちのことらしい。日々利用してお金を落としている通勤客のことなど考えていなくて、広告代理店にのせられるママに「スイーツ(笑)」と呼ばれる人向けの広報ばかりしていてふざけるな、みたいな論調があったりして知った。この言葉がニュアンスをうまく伝えていて、ほとんうに笑ってしまった。若い頃にはオヤジどもに甘やかされて嫌な感じもしていた。今は近づかないようにしている。ウィキペディアに解説が書いてあったが、確かにジェンダーとフェミニズムを上手に使い分けるのは確かにずるいわ(笑)。
東上線や有楽町線の沿線に、「スイーツ(笑)」と位置づけられる人たくさん住んでいるのかな。そういう人の感覚だと、表参道、青山あたりにぱっと出られるところで、駅の名前言って「いい所住んでいるね」と言われるようなところに住まないと自尊心が持たないように思う。間違っても近くに東京大仏があるよ、とか、洋服が1000円未満で売っているとか、休日はシネコンというのではダメだろう。
東武が「スイーツ(笑)」向けの広報誌を2年ぐらい前から出しているけど、紹介している都内の店はみんな池袋から2回以上乗り換えの必要な行きにくいところばかり紹介され、紙面の一部を使って紹介している東上線沿線の店や観光地とのイメージの落差をどうしても感じている。

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2008.06.13

6/12 秋葉原の事件の偉い人のコメントをまとめた努力

女子リベ、安原さんのブログがなかなかいい。

秋葉原の事件を受けて、トンデモ言説を吐いている偉い人のコメントを整理している。

香山リカはいつからこんなになってしまったんだろう。

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2008.06.03

6/3 年金を払ったか払わないかではなくて、権利として発生できるのかできないのかが問題なのだ

しつこいけど、昨日の年金の話の続き。

読売の報道では、社会保障国民会議は、税方式の年金は未納問題を解決しない、と断定。確かに社会保険方式である以上、未納問題そのものが意味がない議論だということはその通りだ(未納者が多ければ将来払う年金が減るから財政的にはむしろ助かる)が、年金未納問題しか関心がないというのは、年金保険料を取る側である官僚ベースの議論に社会保障国民会議の委員たちがのせられたということではないかと思う。何やっているんだろうね。結局「自己責任」万能論の感覚から一歩も抜け出せない。自己責任ができるような社会なら、公的年金なんかいらないのである。

年金改革で必要な前提は、未納者という徴収する側の論理や今の現象が問題なのではなくて、雇用の流動化や離婚が2組に1組という将来の問題である。このままいけば無年金者がいやおうなく大量発生する問題をどう捉えるのかということである。保険料軽減なんかしたところで月2~3万の年金しか出ず、現役時代にワーキングプアだった人に、それでどうやってそれで暮らしていけというのだろうか。それを生活保護に押し付けていいのだろうか。

生活保護をふんだんに出すというなら何も異論はない。でもそんな話にはならないだろう。年金代わりの生活保護タダ乗りは今の日本では絶対に公認されない。結果として、社会問題になって、規制をかけられる。ワーキングプア出身の高齢者を放り出していいのか。そういう将来にたえられる年金制度にしなければならないのではないか。

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2008.05.24

5/24 不動産大国で政府が公務員宿舎を作り続ける不合理

仕事先で立川市に行く。行った先の施設で、立川市議会だよりを入手。とても生き生きした議会の活動を感じる。そして忘れてならないのが、議員の賛否。それがちゃんと入っている。

同じ基地跡地、日本の上海などと呼ばれたまちどうし。こうも差があるものだ。

●経済評論家?学者?森永卓郎さんが、公務員住宅の廃止を訴えている。私は一部必要論。ただしそれは緊急招集かけなくてはならない公務員や、ごく短期間に居住まで確保して転勤させなくてはならない、転勤によって二重生活が必要になるなど、特別な事情を抱えた公務員に限るべきだろう。
わが国はGDPのうち不動産業による付加価値が高い不動産屋大国。マンションも売れ残りが目立つようなとき(毎年新たな生命が120万人も生まれていないのに、毎年160万戸も住宅が増えている!)、あえて財務省がせっせと官舎を作る意味がわからない。公務員のなり手を増やしたいなら、もっと別な手段をとるべきではないだろうか。

●また、そもそも官舎が必要だというのは、不動産価格が高すぎる(反中派の人たちよ良く聞け、不動産価格が高いのは蓄財を好む漢民族が経済支配している国ばかりだ)からであり、不動産価格に支配されない経済にもっていく必要があるのではないか。
日本の不動産屋が富を独占していることは、和田秀樹「数字のどこを見ているんだ!」に書かれている。1人あたり家計支出の国際比較では、「家賃、水道、光熱」が異様に高いと指摘。GDPの中での不動産屋の貢献は、卸売・小売の次で、不動産業の次が、半分ぐらいの規模で建設業となっている。

朝霞市内でも自営業者が次々に仕事をたたんで、小さな不動産屋をこさえて、マンションの賃貸収入で暮らすようになっている。しかし店舗のテナントは賃貸料が高くて入るのはチェーンの居酒屋ばかり。商店街が育つわけがない。

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2008.05.20

5/20 年金積立金運用利権の手のひらにあるマスコミの年金報道

社会保障国民会議で年金制度の基本設計について議論が始まったようで、そのことで今朝の新聞は基礎年金を税方式でやるか、社会保険方式でやるか、試算が行われている。

しかし悲しいのは、損か得かという議論しか行われていないこと。年金は何のために払われるのか、年金は誰がどのように負担するのか、それを逐一考えていけば、個々の損得をあげつらうような報道は慎むべきではないかと思う。

私は基礎年金は税方式が優れていると思う。基礎年金に関しては過去の保険料納入実績はチャラにしてもらっても構わないと思う。同級生や年下たちの中にいて、安定した就職の機会を失ったワーキングプアや、日々年金保険料のことなんか考えていられないぐらい必死に生きている人のことを考えたら、年金保険料を払えているのはたまたまの状況であると痛感する。私の生活を支えてくれるさまざまなサービス産業の人たちは、まさに時給労働をしているわけで、そういう人たちが年金が払えなくて貰えないことを、金融業界に就職した若者のように、日経新聞読んでざまぁみろなどとは言う気持ちにならない。それから、心身の障害や生活環境から、最低限の収入で働くことができても、年金制度について理解できない人が一定おり、そういう人も救われることになる。

そういう意味では、最低年金相当に当たる部分については、税方式がよいと思うし、そういう改革は避けられないのではないかと思う。非正規雇用や失業者が老後も痛いめにあいつづけることになる。非正規労働者を増やした以上、全て社会保険方式というドグマに囚われないかたちでの改革を避けるべきではない。この改革を避ければ、待っているのは年金制度の民営化、つまり投機ファンドの資金にされるということになる。

そういう状況におかれた年金制度の議論をすべきなのに、今日の新聞のネガティブキャンペーンのレベルの低さにはほんとうに呆れた。公正だったのは東京新聞だけ。毎日は関心のある人だけ読む欄できちんと報道していたが、目立つところは損得の議論ばかり。朝日はサラリーマン家庭は損と断定していた。サラリーマンにもよるんじゃないかと思うが、おそらく年収700万円以上で専業主婦がいる家庭を想定しているのだろう。夫しか社会保険料払っていないから。

またマスコミは、増税(もちろんその裏側で社会保険料の減額が行われる)が消費税だけ行われることを想定しているのも問題だ。社会保険料は個人だけが払っているのではない。自営業以外の人は雇用主も払っており、マスコミの報道では、その負担がチャラになっている。ここまでは報じられているが、だったら企業負担が軽減された分法人税を上げればいいという議論がない。その方が現行の社会保険料企業負担分より、ずっと企業の体力にあった負担が行われるはずだが、その改革については全く無視されている。

結果として、税方式は損という印象がばらまかれて、社会保険方式の枠内での議論しか選択肢が残されなくなっている。しかし、すべて社会保険方式にしていることが、年金を積立方式のような積立方式じゃないようなわかりにくさをまきちらし、年金に対する信頼をいつまでも回復できない状態にしている。こうした印象報道で誰が得するかというと、疑似積立方式で年金運用金を運用できる厚生労働省の幹部官僚たちである。社会保険庁をあれだけバッシングしておきながら、結局はお釈迦様の手のひらの上である。

社会保障制度を、パチンコの損得のような議論しかできないマスコミが、社会保障制度の議論を不毛にしているんじゃないかと思う。もっと勉強してもらいたい。

年金制度を考えるための前提となる現実からの視点
・非正規労働者の年金権をどう実現するか
・転職が珍しくない社会での年金制度をどうするか
・2組に1組が離婚する時代の年金制度をどうするか
・4割を占める高齢者生活保護の問題をどう解決するか
・巨額の年金積立金を運用することは公共事業に浪費されるか投機マネーに使われるだけ
・豊かな老後は送れなくても、どんな挑戦して失敗しても最低限の生活は保障されているという安心感をどうやってつくるか
・金融リテラシー教育などできない人たちがいるという前提があること
・経済が大混乱になっても持ちこたえられる制度であること
など。今までの全額社会保険方式でこの問題が解決できるとは思えない。

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2008.05.13

5/12 ハーメルンの笛吹(繰り上げ当選)左翼

文藝春秋の取材に応じたため、私の言ったことが記事にならなかったにせよ、お礼として文藝春秋を送っていただいた。
世界の貧困問題を佐藤優、堤未果などが書いて、その最後に日本の状況として紹介し、その中で、役所で働くワーキングプアのひどい実態を紹介していただいている。ありかだい。

●読み進めると、社会保険庁のことを茶化した対談記事にぶちあたる。その記事は、職場を荒廃させたのは労組というモチーフで書き続けている。しかし、その職場を荒廃させている事例は80年代前半までのもの。官公労や私鉄など労働運動が激しかった職場では一般的な話となる時代のことを取り上げている。コンピューターの入力作業をしている人は、60分仕事したら10分休めということが問題だとことさら騒ぎたてているが、今のようなコンピューターならともかく、90年代前半までの業務用コンピューターは、画面が見にくく、処理方式の問題から反応が遅く、コンピューター入力をしている人には本当に負担が大きかった。実際、私が15年前、民間企業に入ったときに、組合ではなく上司から、60分入力したら10分休めと指示されたし、そのことで誰も文句は言わなかった。過去の現実をすっぽり忘れて、イメージ操作に乗せられている。

対談の一人、岩瀬達哉というルポライターが、最もひどく労組害毒論をまきちらしているが、この人物、社民党の保坂展人のグループで一緒に活動していた人物だと言う。東京の官公労関係者で社民党を支持している人間たちはこの事実をどう捉えるのだろうか。

そして、「世に倦む日々」の自称テサロニケは、社保庁労組バッシングの先頭に立つ長妻昭を党首候補にと情熱いっぱいに訴えている。ほんとうにマスコミのイメージ操作にのりやすい人だ。
日経BPという元々アメリカ資本の雑誌会社で働いていた長妻が、一体何を考えているのか本当は警戒すべきなのではないか。日経BPは大量のスタッフを雇い、人海戦術で日本の抵抗勢力を壊す記事を書いている。年金で感情的な社会保険庁批判とりわけ労組批判をすることで、一体何が生まれるのか。年金民営化論である。さらに「払った年金が貰えない」というのは、社会保障としての年金制度ではなく、積立方式の年金制度に位置づけを変えたことになる。その結果、アメリカの金融資本のための年金制度改革への地ならしが行われているように見える。そのことが反小泉だのイラク戦争反対だのアメリカ金融資本の構造改革が問題だの、言うテサロニキの論理との整合性が見えない。

そして今日のサンデー毎日を読むと、後期高齢の制度批判が、いつしか厚生労働省の官僚の身辺調査になっている。その背景に長妻昭がいるという。その横で民放は外資系保険会社のCMで「60過ぎても入れます」などとやっている(決して60過ぎても払いますとは言わない)。何かいろいろ考えさせられるものだ。

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2008.05.11

5/11 セーフティーネットの再建に、財界ブレーン、政府審議会常連学者、金子勝が合意する

NHKスペシャル「セーフティーネットクライシス・緊急警告社会保障が危ない」を見る。ゲストは、門脇英晴日本総研理事長、吉川洋東京大学大学院教授、慶応大学教授金子勝の3氏で、それぞれ財界ブレーン、政府の審議会の常連学者、体制批判の学者のそれぞれから人選されたのであろう。しかし珍しく、意見が大きく対立することはなく、最低限の共通認識が共有化されたことが目をひいた。しかしそれぐらい今回紹介されたセーフティーネットの割れ目にいる人たちの問題が深刻であるということだろう。

紹介された事例は、①リストラで非正規雇用に転換になったサラリーマンが病気になったときの健康保険制度の問題、②介護保険制度の見直しで軽度の介護が切り捨てられたことによる自立が閉ざされた要介護者、③母子家庭である。

①については、私が過去から感じている問題意識そのものである。労働者の非正規化で社会保険逃れをしている企業が出てきていること、リストラが過酷になればなるほど病弱な人が正規社員で残る余地は少なくなり健康保険を必要とするような人が社会保険の網から外れること、したがって大企業や同業者組合が強い業界の組合健保の財政は黒字になるのに対して、市町村国民健康保険は失業者や非正規労働者のふきだまりになって財政が悪化していくということなどが指摘されていた。
健保組合という制度は、そもそも無産者の自衛手段として始まったものだが、今やその役割は大きく変わってしまい、大企業の正社員だけが医療コストつまり必要な社会連帯コストを低減できる仕組みになってしまっている。健保組合側の医療コストの議論は、主に健保組合内給付以外にあてられる拠出金、つまり社会連帯に必要なコストの大小に集中していることが残念である。それが社会連帯を阻害するようなものになりかけている。非正規雇用やフリーター、失業者をどのように正規社員も支える健康保険制度にしていくのか、考えなくはならないのではないかと思う。

②については、介護保険について何回も書いてきたので簡単に書くが、自立を支援する制度であればある程、軽度の人の介護については、2006年度の改革以前の状態程度には戻さないと、話にならないということが如実に現れた事例の紹介であった。紹介された、自立志向の高い元キャリアウーマンの老後でさえ、ひとたび要介護になれば重度介護になるまで苦労するということだ。東京のベッドタウンなどでは高齢のみ世帯が増え、輪をかけて子ども世代が正社員であれば忙しく、非正規社員であれば所得が低く、とても親の面倒など看ていられなくなっていることについて十分着目しておくべきだろう。これについて財界ブレーンの門脇さんがきちんと指摘したことはよかったと思う。

③離婚の割合が増える中で、これからひとり親、なかでも母子家庭が増えることは避けて通れないのではないか。しかし生活保護の枠組みで捉えるのが精一杯で、母子家庭の再建、子どもの不利益の回避ということに何の力も注がれていない実態が紹介されている。
離婚=ふしだら、という文脈で母子家庭を突き放してきた福祉の枠組みというのはもっともっと考え直さなくてはならないだろう。ふしだら論にこだわる人に認識してほしいのはひとり親になるのは離婚ばかりではない。事故や病気などの死別もある。
離婚はふしだらである、離婚を誘発する、したがってふしだらな人を税金で誘発する、というわけのわからない三段論法で社会保障の対象とすることから逃げ回っている今の福祉行政は問い直さなければならないだろう。
こんな中、慰謝料・養育費の取り立てを厳しくすることが検討されていて、それはそれでやったらいいと思うが、養育費はともかく(ただしこれも結構恣意的なもので、親の学歴や職種などで子どもに期待される利益が変わったりする差別性もある)、慰謝料頼みの離婚後の生活設計というのもどうか、と思ったりする。同じ理由で同じ原因なら男女が入れ替わっても払うべき人が払うというのが慰謝料のあり方だが、示談や和解で決着する場合、女性側が原因を作っておきながら男が女に払うことになっているケースも少なくなく、慰謝料って結構ジェンダー丸出しの世界でもある。
ひとり親家庭の親は仕事さがしに結構苦労している。そういう職場にいるうちの組合員に話を聞くと、生活保護行政の担当者は、いやいや3年だけやらされている職員が多く、しかも役所に入ってすぐ担当させられ、マニュアル通りにしか対応できない場合が増えたという。職安との連携などほとんどされていない。同じ厚生労働行政で、同じ貧困者を相手にしている業務なのだから、何とか連携する方法を考えていくべきだろう。

●余談だが、先日、私の勤務先の労働組合で、男女平等の取り組みをする期間の掲示ポスターのデザインの選定をしていた。デザインの選定なのでスローガンについてどうこういう段階ではなくなっていたが、そのスローガンは正しいことを言っているが物足りない。パンチがない。で、担当者に「●●労は離婚家庭も応援します」とか、「父子家庭にも豊かな晩ご飯を」とか、それぐらい書いたらどうかなどと言ったが、多分冗談半分にしか受け止められていなかっただろう。

●母子家庭の実態、父子家庭の実態は、ミネルヴァ書房の「日米のシングルマザーたち 」「日米のシングルファーザーたち」がよく捉えているので紹介したい。

●朝霞市は1世帯平均2人ちょっとの自治体である。一戸建て、マンションで家族で住んでいる人が少なくないことから、そういう人以外は2人や独居の人が半分近くいる計算になる。また終戦直後の人口が10000人行っていないから、三世代以上市内にいる人も少ない。となると、セーフティーネットを強く必要としている人がこれからどんどん増えていくことになる。しかしそれに対して市役所はノービジョンで、せっかく、市民参加や研究者たちの努力で作られた福祉関連の諸計画も、その実行された中身が検証されていない。施設など作りっぱなしで後の運営などほとんど関心が払われず、市民にまともな報告がされているとは言い難い。
一方で、よさこい彩夏祭のための道路拡張だとか、市役所など20近い公共施設の建て替えはご執心で、何考えているんだと思っている。

●厚生労働省では、今日のNHKニュースで21時以降に食事をする人が増えている、ということが紹介され、社会問題だと騒がれていた。モラルの問題であるかのように。しかしそもそもその調査をした厚生労働省が、サービス残業や名ばかり管理職問題を高度成長期からきちんと摘発していれば、こんな問題はほとんど問題にならなかっただろう。

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2008.04.15

4/15 マスコミの後期高齢者医療制度批判に今頃何言っているんだと怒りがふつふつ

NHKをはじめテレビ各社は後期高齢者医療制度を今さら騒いでいるが(またあの堀潤だよ)、この制度がこんな風になることは2006年の段階でわかっていたはず。今さらという感じ。どうして日本のマスコミってこうなんだろうかね。

2006年6月に与党が強行採決や、抵抗する野党議員を懲罰にかけようとしてまでしながらこの制度を導入したのに、当時のテレビは「また強行採決やっているぜ」程度の報道しかせず、新制度に何ら分析的な報道もせず、批判報道など皆無だった。今さら何言っているんだという感じがしている。
あの頃、いろいろ問題点を指摘していた有識者がいたけど、テレビを中心とするマスコミは小泉が大好きだったのか、電通に圧力がかけられたのか、ことごとく無視したのではないか。

さらに悪質なのは、この保険料が年金天引きで徴収することから、行方不明の年金問題まで絡めて保険料を払ういわれはないかのような報道をしていて、後期高齢者医療制度について何の責任もない社会保険庁にまで問題があるかのようなミスリードをしていることもどうかと思う。

また後期高齢者医療制度を否定するのは簡単だが、これまでの制度で高齢者の医療費負担は、その負担を市町村国保がかぶり、市町村の財政を圧迫していた。大病院の多い自治体は泣きたくなるような状況だ。
また、国保の加入者の中から自営業、農業が減り、フリーター、年金受給者が増え、負担できる人も極端に少なくなっている中で、自営業、農業の保険料負担がしんどくなっている現実もあった。そうして制度を維持していたわけで、昔が良かったということだけで議論は済むわけがない。健康保険料を割安にしてきた公務員や大企業のサラリーマンの健康保険組合制度に手をつけて普遍的な健康保険制度を作らない限り、後期高齢者医療制度を超えられる制度はつくれないと思う。

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2008.04.13

4/13 西川京子の酒飲み談義につきあってられない

報道2001という政治討論番組で、珍しく介護労働の厳しい実態について議論されていた。
題材も専門家(服部万里子さん)も良かったが、西川京子副大臣のバカなコメントに呆れるばかり。
「介護予防に力を入れます」とか本質的な議論は何もできない。民主党が提案した、介護労働者に標準以上の給料を払っている事業所に割り増し報酬を払う法案について「大企業の介護業者を儲けさせるだけ」などととんちんかんな反論までしている。たかだかの金額の法案だよこれは。
介護労働者の待遇改善なんか何も提案してないで、人材派遣業者任せにしてきた、これまでの与党の介護保険の見直しの経緯への自己批判はどこにもない。
呆れた服部先生が「介護保険料の見直しが行われるたびに介護労働者の賃金が下がり続ける。そんな職場にだれが将来を感じますか」と怒っていた。

最後に、政治評論家の三宅久之が、介護財源の確保を指摘したところまでは良かったが、それを40未満の人にまで拡げることと、徴兵制ではないがボランティア強制をしたらどうか、などと思いつきを披露。
それに対して、呆れることに西川副大臣は、「そういうことを私が言うと行政の責任放棄などと言われますから、まことにありがたい話で、そういうことも含めて介護を見直したいと思います」とまくしたてて、番組の時間切れで服部先生に反論する機会も与えず番組は終わった。

無用に元気な人ばかり相手にする政治討論番組で、福祉や医療を議論する無意味さを今回も感じた。福祉や医療のことについて国会がダメなのではなくて、こういう責任逃れをする為政者が流す、インチキな議論を横行させている民放の政治討論番組に問題があるんじゃないかと思っている。何せびっくりするぐらい政治関係者はこうした番組に誰が何を喋ったか気にしてばかりいるし、自分も出たがっている。

西川副大臣の最後の反応については、若者から金だけ巻き上げるだけではなくて、時間まで巻き上げるのかと思う。
介護が高校生のボランティアでもできる仕事という誤解があるから、介護労働者の報酬は上がらないし、いつまで立っても介護労働者の賃金改善ではなくて、政府や人買い人夫に連れてこられたフィリピン人看護士や、高校生ボランティアの低賃金労働でお茶を濁そうとする。

それが日本の介護を絶望的にするのだ。年収150万しか払えない介護保険制度で、いったい何を期待しろというのかわからない。制度見直しのたびに、介護ヘルパーに芝刈りさせたとか(芝生なんか持っている金持ちなんて社会のわずかだろ)、あたかも介護の利用者や介護労働者のモラルハザードがそこらじゅうにあるかのような、マスコミが喜びそうな情報を厚生労働省は陰から流して、介護労働者の報酬を切ってきた(こういうやりくちは保育園や学校給食でも行われている)。
そして、本質的な介護を空洞化させる一方で、介護予防と称して、食べ過ぎのなまった体をスポーツジムでエネルギー浪費する元気な中高年に使うというとんちんかんな施策が横行している。
介護保険の適正化のための包括支援センターも本来は行政が事業者をチェックするために行われるのに、朝霞市もそうだが、多くの自治体では、高齢者のトータルの生活を捉えた市の介護計画もなく、包括支援センターを介護事業者に丸投げして、苦情を持ち込むことすらできないムダな事業になっている。

そんなことをいろいろ考えながら、西川副大臣の飲み屋談義レベルの政策開陳を朝から聞かされて、ほんとうに将来が嫌になった。

変に社会保障を張り巡らせるより、65歳自殺奨励金でも配った方が本人のためになるんじゃないか。この国は。

●利用者にモラルハザードがあるからと規律ばかり要求すると、こういうダメ事業者が蔓延するのも福祉の現実である。利用者のモラルハザードによるコストの漏れと、ダメ事業者を蔓延させて社会を滅ぼすデメリットと良く比較して議論した方がいい。
東村山魑魅魍魎ブログ 保育園での子どもの窒息事故を、親が過去の子どもの事件を保育園に報告しなかったとして、園が謝罪するどころか、親が謝罪させられているという事件の報告です。
1955年に起きたヒ素ミルク事件でも、そういうものを販売した企業以上に、親が責任を感じ、長いこと被害者として声を挙げなかったことが、弁護士だった中坊公平氏などによって紹介されている。

早川忠孝代議士が、NHKの朝の討論番組について、野党の取るにたりない政権批判をNHKが流させているのは政治不信を定着させている、などとけちをつけている。こういう批判は卑怯である。早川氏の立場に立てば、取るにたりない政権批判をしている野党が問題なだけであるし、そのことが政治不信を煽るというのなら、そのことを鳩山なり小沢なりに問いただすべきだろう。NHKは民主党の政策を変更させる責任があるのだろうか。政権与党の政治家が放送局にけちをつけるのは控えるべきだろう。自民党清和会の政治家は検閲チックなノリが好きなようだ。

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2008.02.14

2/13 障害者の就労がもてはやされる影で・知的障害者への強制労働がある

札幌で、知的障害者に強制労働させていた食堂経営者がいたことがわかった。3日に1回の公衆浴場の入場券と飲食店の残飯の現物支給で働かせていたということで、保護者たちも就労の場が与えられていたという「幸運」のために何も言えなかったという。さらにこの経営者は、障害者年金もだまし取っていた疑いもあるらしい。

前から、知的障害者を食い物にする人たちはあちこちにいて、左翼セクトのニセ募金、性的奴隷、こうした強制労働まで、ちょっと障害者問題にかかわっている人ならみんな一度は聞いている。

しかし、なかなか当事者によりそう問題解決が進まないでいる。収容型ではない知的障害者の社会的な居場所がまだまだ作られていないからだ。

バリアフリーの意識が普及して、就労できる障害者がいることが「発見」されて、少しずつ社会に生きる居場所が見つかるようになってきたが、その一方で、障害者は健常者並みの就労をしなければならないという強迫観念も強くなってきている。障害者と接したこともない人は、例の「がんばれば報われる」小泉構造改革思想で福祉を語りたがる傾向は否めないし、そうした障害者の美化の仕方で、見事なほど脳天気に障害者福祉はムダだと言い切ってしまう人もいる。
もちろん一般就労ができるに越したことはないが、身体的、能力的に、健常者と同じ働きを求めることは土台無理な人も多い。介助者や器具の改良でもまだ難しい人もいる。そういう就労が無理な人たちにあわせる社会参加のあり方について、これまで何とか作業所が補ってきたが、昨年の障害者自立支援法で小規模作業所に対する助成が大きく削られ、完全な就労か、完全な福祉の保護か、どちらかを選ばざるを得なくなってしまっている。

再び、知的障害者は、就労の場があると甘言を弄してひどいことをする人にいいように利用される危険性にさらされる状況になっていると言わなくてはならない。

またこうした被害が発生したときの、本人たちの権利擁護システムが全然できていない。私が以前地域福祉計画で福祉オンブズマンの設置と専門家の配置を求めたところ、税金の無駄遣いと言い切る人がいた。そんなもんなのだ。マジョリティーというものは。
こうした問題は、奇特な弁護士が善意でやってくれるだけで、札幌だからこそ浮かび上がったと言える。最近、企業舎弟に位置づけられてしまった弁護士は、企業のない地方都市や低所得者の多いベッドタウンにはほとんどいないため、これらの地域ではたまたま障害を持ってしまった人は、人権侵害にまったく丸裸でいるのだ。

●鳩山法相が、鹿児島の公選法違反の被告が全員無罪になった件について「冤罪」ではないと発言。アルカイダ発言といい、問題が多い。鳩山ブラザーズで何か動きが始まっているようだが、勘弁してもらいたい。

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2008.02.09

2/8 生活保護110番の運営者が本を刊行

奈良の橿原神宮の近くに出張。明日香村の近く。それで思い出が真夜中に食べたラーメンがうまかったなどという程度しかないのが情けない。

橿原市というのは、奈良県全体にとってもっとも中心の位置にあるようで、県の出先機関が多いという。
逆に、奈良市が奈良県の北東端にあり、新幹線のある今は東京や大阪からは便利なところだが、奈良盆地だけで考えると交通の不便なところだと実感する。平城遷都の意味を考える。

●帰路、新幹線が喫煙車の隣の車両のドア際になる。煙くて煙くて、車掌にクレームを言う。席を変えてくれるかなと期待したが、やはり無理だった。

●いろいろな事情で迷惑をかけてしまう可能性があるので、このブログにはあまりリンクを貼っていませんが、最初のリンクである、福祉情報の「生活保護110番」の運営者が、本を出した。「生活保護vsワーキングプア」(PHP新書)。生活保護110番の運営者の受け答えがよく、福祉における自立をどう考えたらよいのかということについていいセンスをしていたことと、生活保護について全く議論がされておらず、ケースワーカーのマニアックな議論しか目立たなかったので、リンクをした。
利用しやすい生活保護にすることが、かえって福祉コストを下げるのではないかという仮説を立てている。生活保護の実務の最前線にいると、何でここまで放置したの、と言いたくなるような深刻な事例が多く、そこから自立をめざしてもなかなか難しいという。
同書で紹介されている事例を読むと、いかにも日経新聞的な「自助努力」「自己責任」だけを強調するようなものの言い方が、無自覚な言論であるかということを教えられる。人生の不遇というのは、自分で回避できるものもあるが、おかれた状況からやむを得ずそうなることもある。たまたまうまくいっているのは、自分の判断が良かったから、などと誰が断言できるだろうか。

●北海道滝川市の豪邸に住む暴力団員に、市が生活保護費から、80キロ離れた札幌の病院への通院費として毎月何百万ものタクシー代を払っていたというニュースが流れる。
金額の異常さと、すすきので豪遊していたというから申請時の面談で健康状態もわかりそうで、その金で何人もの人を生活保護で救えたのかと思うと、おいおいという感じである。監査委員や弁護士などからさまざまな指摘を受けながらも支給の見直しをしなかったということは、市役所の要所要所の職員は弱みを握られて、よっぽどアンタッチャブルな人だったんだろうかと思う。しかし地方財政危機とか、社会保障の底割れとか言って、住民を脅かすくせに、自治体は特定の人のためにお金をだらだらと払い続けていたりする話はほかにもあるようだ。

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2008.01.19

1/20 DV被害者救済に反対する人に順応する自治体

未開の地だねぇ、としか言いようがない。

暴力から市民を守るための施策に、この程度の抗議に負けてどうするのか、と思う。あんまり考えていないんだろうなぁ。「みらい」などとついているが暗澹たる地獄絵巻なのだろうか。

昨日は「みらい」のないそのあたりに住むとおぼしき人物から「労働相談のボランティア」をしているという人物から、ありもしないうちの加盟組合の対応が悪いから記者会見する、加盟組合の批判をされたくなかったら要求を呑め、などという匿名の脅迫メールが来た。

おそろしいところだと思う。

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2008.01.15

1/15 都市部でも土の匂いを感じて政策を作ることはできる

わが選挙区の早川代議士のブログで、地方出身議員の生活密着感について語られている。私も同感だ。
国土交通部会の地域公共交通小委員会で、「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律の一部を改正する法律案」を審議したことについて、土の匂いのする政策だと評価している。
最後に、

土の匂いのする国会議員でなければ、なかなかこんな知恵は浮かばないだろう。少なくとも、私は、自分自身の切実な問題としてこんなことを考えたことが無い。だから知恵も浮かびようが無かった。
この法案の取り纏めに当たった関係議員や国土交通省に、今日のところは、脱帽だ。

とまとめている。非常にいい感性だと思う。

しかし、こうした感覚は都市部と言われる埼玉4区管内でも気づこうと思えば気づく。

私は、政府のCo2削減の方針に従っているかどうかわからないが、自動車も持たないので、15キロ近い子どもを担いで1.4キロ離れた保育園をほぼ毎朝毎夕通っている。幸い駅から遠くないところに住んでいるので、電車で1駅乗って通っている。

うちの近くには2時間に1本しか来ないバス路線がある。この路線は市役所以外の朝霞市の主要な生活関連の公共施設を沿線に持っている。駅は階段だらけだし、子どもを誘惑する商業施設でいっぱい。バスを使って送迎をすると本当に楽だし実は速い。家事をしたり、子どもと本を読んだりする時間が15分ぐらいだが余計に確保できる。

しかし、車庫の入出庫にあわせて運行しているので2時間に1本しか来ないし、朝の通勤時間帯には来ないので保育園の送りには使えない。もしこの路線の本数がもう少しあれば、市内の保育園の選択肢も大きく増える。私が子どもの頃はこのバス路線も、1時間に1本はあり、車庫に入らずともその手前の駅で折り返ししていたりして、もう少し便利だったように思う。そのバス会社のキャッシュフロー会計を改善するために、どんどん本数を削減されたように思う(最後はバス会社を分社化して運転手を転籍させ、給与カットをしたという)。

首都圏というだけで土地が高いので、保育園や老人ホームの用地取得が郊外になってしまう。そのため、公共交通しか交通手段を持たない人や、朝の保育園の送りにマイカーを使えない都内に通勤する保護者などは、ほんとうに苦労している。

一時預けた認可保育園で出会った保護者は、3人兄弟を同じ保育園に入園させるために、やむを得ず、自宅と正反対の方向の郊外の保育園を選ばざるを得ないと言って登園していた。
バスで朝霞駅まで出て、電車でひと駅乗って、そこからまた1時間に1本あるかないかのバスで保育園に通わせている。当然、保育園から出勤先に向かうにも、また1時間に1本のバスを寒風吹きすさぶ朝霞市の郊外のバス停で待たなくてはならない。川越に職場があるらしいが、自宅を出て、川越駅に着く頃には、保育園の送迎さえなけけば30分でできることを、2時間かかっていると言った。

公共交通が崩壊しているのは、都市部でも起きていることなのだ。

こうした地域固有の政策は国会議員が取り上げるべきことだとは思わないが、朝霞市議もこうした問題を腰を据えてやらない(自分の地域にバスを通せという利益誘導はやるけど全市的なバス網の整備を考えている議員など皆無に等しい。ほとんどがマイカー族だし)。市役所のお金を使ったコミュニティーバス路線の誘致が関の山で、それをやるから路線が長距離で複雑化して、使い物にならないコミュニティーバス路線ができあがる。

土の匂いを感じる課題というのは、都市部でもきちんとある。しかし都市部では、地域交通というと通勤電車の便利さか、道路建設しか政治家も有権者も目が向かない。それ以外の人は自転車やマイカーに乗ればいい、という感覚もある。そうした街づくりから取り残されるのは、交通弱者や、自転車の運転をできない子どもを抱えている人たちである。
政治家自身も首都に近く、新聞の地方欄も地域情報を大切にしないため、テレビに出られるイデオロギー先行の政策課題ばかりを政治家が語りたがるために、感覚として、地域交通のことなど後回しにされがちである。

●朝霞市の保育園が必要性の高い保護者ほど使えないようなかたちで入所決定がされるのは本当に謎である。でも16時台にマイカーでお迎えに来る保護者も結構いて、どうなってんのよ、と思うことばかりである。いろいろなことが考えられるが、議員に頼んだり、就労証明書を都合良く書いてもらっている人がいるという証言を聞いたことがある。そんな人の入所決定が横から割り込んで優先されているなら、必要性の高い保護者は使うことができない。入所審査では家庭訪問ぐらいやるべきだろう。身動きも取れない保護者にお金がかかっている保育園なのだと言い放つぐらいなら、市役所もそれくらいの手間を惜しむなと思う。

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2008.01.13

1/12 社会保障に関する国民会議を塩じいにやらせていいのか

福田首相がスウェーデンのような政治合意で年金改革を進めようと設置した社会保障に関する国民会議の座長に塩じいを起用することを決めたという。

こりゃダメだ、と思う。塩じいが社会保障制度に精通しているとも思えないし、与党案を強行するか、パッチワーク的改革にとどまるんじゃないかと思う。

また塩じい、トヨタの奥田、連合の高木と、年金もらう寸前の地位のあるおじいさん世代ばかりで、今の年金制度の矛盾をもろにかぶっているロスジェネ世代の課題をどう取り込むのか、という展望が感じられない。少子化子育ての課題でも児童手当を増額すればいい、という安直な考えに飛びつきそうだ。

それと政治合意なら、自民党、公明党、それと今回断られた民主党だけではなくて、社民党や共産党も出て、政争のドンパチとは一歩距離をおいた政策実務者どうしでやらなくては意味がないのではないかと思う。

また年金運用金の権益に近い人たちの利害をどのように排除して、社会構造の変化にあわせた年金改革をやるという保障が何もない。

また、連合から支持されたからといってこの国民会議の結論を政治の場で強行したりすれば、当然、年金改革はまた信用を失って、やり直しをせざるを得なくなる、ということも忘れてはならない。

●児童手当増額論者はフランスの例をいつも引き合いに出すが、フランスは自分で子育てすることは卑しいことだという感覚の強い国で、お金を与えれば育児を簡単に外部化し育児の負担感を回避する国である。それに対して日本は、育児において実の親、とりわけ母親のかかわりを非常に重視する国で、必要があっても保育所の利用を控える国である。そんな国に児童手当をばらまいても、私立中学や高等教育の費用として溜め込まれるだけで、少子化対策には全くつながらないし、育児の負担感を軽減することにはならない。最悪の場合、住宅ローンの返済やワンランク上の高級車の購入資金に使われるし、良くて、高等教育への経費補助になり、さらに子育ての負担感を強めることになる。
日本では、育児の負担感を軽減したり、育児の一部外部化につながることが見える対策を打たなくては、現金をばらまいても、子育てが家庭内で窒息して、子どもはこりごという家庭を増やすだけだ。

また保育所増設の方が、現金ばらまきより4倍少子化対策に有効という原田泰さんの論文もある。

こう書くとなぜ今の親はそんなに育児が負担なのか、という質問をいただく。しかし、求められるしつけ、教育水準、子ども社会が無くなって大人社会で恭順させるための努力、そうしたものから昔のように表に出しておけば近所の子どもどうしで遊んでくれる時代ではないのだ。一方で、子育てしている親たちの窒息状況に比べて、子なしの人たちが深夜まで働いて生き甲斐を感じ、深夜まで遊び歩いて文化を高めている、という取り残され感もある。

クルマも大型スーパーも規制して、高卒で立派に就職できる、昭和30年代のような社会を取り戻せば、負担感はそんなになくなるだろう。

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2008.01.10

1/9 小さな進歩・介護労働者の賃金改善へ動き出す

不況のまっただ中にスタートした介護保険。その担い手は、就職の門戸を閉ざされた当時の新卒者や、会社の倒産やリストラで失業した若者たちだった。

そのため、長く低賃金が当たり前とされてきた。財政投入も渋られ、保険料を負担すべき高齢者からは保険料引き上げ反対の声ばかりが届き、一向に待遇改善に結びつかなかった。

まして、介護保険制度の見直しが行われてからは、事業所の収入が悪化し、さらに賃金が下がる事態に。大都市部を中心に周辺の時給労働者の賃金が上がるなかで、人材の流出が激しくなっている。

下品な論理なので、あまり大きな声で言うべきではないが、介護されている高齢者の年金収入(大企業労働者や公務員などの場合)の方が、介護者の給料より大きく上回るということは、どこかモラルハザードになるんじゃないかと思うところもある。介護がワーキングプアを生み出し、将来の生活保護受給者を作ってしまう、そんなことが持続できるとも思えない(低所得者はともかく、介護保険料値上げ反対を言うのもほどほどに、と思う)。

そんななか、ようやく民主党が介護労働者の賃金改善法案を提出してくれた。内容はまだまだとは思うが、きちんと財政措置したことは評価したい。

財政支出はムダだという議論になるかも知れない。しかし介護労働者の賃金水準では貯金するどころではない。使われた900億円は所得税や消費税以外はほぼ全額、有効需要となって社会に回ってくる。決めつけてはいけいなが、900億真っ赤な支出ということではないと思う。

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2008.01.09

1/9 高福祉高負担を正面から紹介する東洋経済「北欧」特集を読む

組合づくりの技術者向けの教材VTR作りの仕込みのために、埼玉の地方組織に行く。

埼玉県の地方組織は、16年前、共産党を支持するグループが根こそぎ組合を連れ去った後、連れ去られるのが嫌だという組合だけで再建したところ。なけなしの組織で再出発したので、自治体の委託先や臨時・非常勤職員の組合員化に熱心なところである。VTR作りの協力依頼をする話の3倍ぐらい、労働運動のさまざまなヒントをいただいた。

自治体の臨時非常勤職員のワーキングプアぶりに関心が高まっているのか。夕方、新聞記者の取材の前の予備調査を受ける。自治体の臨時・非常勤職員にとって悩ましき地方公務員法の制約について話をする。
自治体の職員の定員抑制、自治体の財政難、広がる公共サービスのニーズとそれを必要以上に煽る無調整な国の補助事業、出世競争させることでのスキルアップしか想定していない最近の自治体職員の人事の運用、そんなことの矛盾を臨時・非常勤職員に、責任がありながら最低賃金すれすれの労働者として使われる実態になっている、と話す。

●東洋経済「北欧はここまでやる 格差なき成長は可能だ!」を拾い読み。

これまでの「北欧はいいなぁ、だけど税金はあんなに払いたく無いなぁ」という負担と給付の関係にとどめず、質の高い社会をどう作るか、という課題設定から負担が実際にどのようなものかという議論をたてたのがよい。それから税金を払わないことばかり考える日本の左派が、どうしてダメなのかを教えてくれるいい教材でもある。「軍事費削って福祉にまわせ」とあまり実現可能性と効果が見えない念仏唱える前に、いい社会サービスを実現するためにはそれ相応のコストを払うものなのだという認識を持つべきだろう。今自民党政権が観測気球を打ち上げている増税に反対するのは結構だけども、本当に質の高い社会サービスを作ろうとすれば、いつかそれとは別の何らかの増税案を提起せざるを得ない。それが嫌ならば、今よりももっと、手持ち現金がなければ良い教育も、良い福祉も受けられない社会がやってくることを覚悟しなければならないと思うべきだろう。

高福祉高負担の内容について、公的セクターは明確な役割分担として、国は現金給付を中心とした経済的保障(歳出の49%が社会保障費)県は医療サービス(歳出の71%が医療費)市町村は福祉・教育サービス(歳出の80%が福祉・教育費)と図解しているのがわかりやすい。日本の場合、これらの比率ががくんと下がり、道路や橋(朝霞では国家公務員宿舎とシビックコアと地区センターと児童館)ばっかり作っている財政支出内容になる。
北欧諸国は、高い税金を取っているが、現金給付、医療、福祉、教育で実益として国民に8割方を返している財政構造といえる。税金で生活のリスクを調整しているとも言える。日本の場合、税金は低いものの、社会保障や教育で返ってくるのが半分。それも高所得ほど高い給付を受けられる年金制度とか、児童手当、敬老祝い金などの再分配にもリスク管理にも結びつかない支出も目立つ。

また、国地方の関係についても興味深い。日本の場合、国、県、市町村それぞれの社会保障の権限が不明確で、中央官僚が補助金で権限を手放さないで、帯に短したすきに長しの社会保障政策をやっている。自治体も独自財源を手に入れると、地方議員の顔色をうかがってハコモノ投資や祭に使ってしまうので、分権の効果がなかなか出ない。

公共サービスの民営化についての報告もよい。福祉サービスの民営化もスウェーデンで行われているが、同じ仕事には同じ賃金という賃金決定の社会合意があるために、日本のように民営化の効果を人件費ダンピングによる財政効果ばかり説得する下品な議論にはならない。日本では、臨時・非常勤職員や委託先労働者を官製ワーキングプアとして送り出し、ときには生活保護受給者まで発生させている状況から考えると、民営化の内容も大きく違う。

福祉を手厚くすることの問題に対して、サービス提供者とは中立的な認定士(日本ではケアマネージャーに認定委員会の権限を付加したような職)や、相談員などをきちんと整備している。日本のように財源不足からケアマネージャーや地域包括支援センターが介護事業者の営業活動を事実上やることを認めて福祉の押し売りが横行していること、それを見て福祉を削れ、介護を削れ、という議論が起きている悪循環とは逆の仕組みが動いている。

少子化対策ではノルウェーが紹介され、デイケアセンター(保育所と同内容)の整備と最低6週間認められる男性の育児休暇制度が後押ししていることを紹介している。産前産後・育児休暇制度は、有給であることが日本より優れているが、休暇期間は、日本より短い。産前3週間、産後6週間、育児39週間、父親のみ取得可が6週間で、日本の母親がおおむね1年産後+育児休業を取得するのに比べ少し短い(もっとも親族の支援がない場合は、保育園の入りやすい4月に育児休業を止める親も多い)。464万人の人口で6000ヵ所も保育所があり、5歳以下児童の80%が入れる定員があれば、育児休業期間が短くてもしのげる(日本はその25倍の人口で保育所の数は4倍。幼稚園と統合しても8倍)。その上で、在宅育児の保護者に手当を給付している。
日本の場合、子育てというと税控除と現金給付の話ばかり進んでしまって、所得の再分配も、機会の再分配も、親たちの経済的自立も、何も考えないまま、感情的なばらまき政策が進められている。必要で効果が上がる政策は何かという十分な検討がされずに、親たちに迎合する政策ばかりが進められる。
参考 原田泰さんのレポート「どうしたら子どもを増やすことができるのか」児童手当より保育所整備の方が少子化対策に有効というレポート

●よく国民負担率という言葉が使われるが、これは強制徴収となる税や社会保険料だけを指しているにすぎない。
実質的な国民負担率は、ここから社会保障費や教育など国民の能力開発に使われた支出を差し引いて国際比較すべきだろうし、逆に、公共サービスの怠慢や未整備による支出、いわゆる税外税とも言える、塾や私学の教育費、無認可保育所の保育料、有料老人ホームの入居一時金や利用料、民間の年金保険料などは、負担に加算すべきだろうと思う。そうすると日本は実質的な国民負担がかなり高い国ということになるし、何のために税金を払っている国なのかと思える感覚がついてきても仕方がないと思う。

懇意にしていただきながらも、税負担や政府の規模について主張が全く違う松本和光市議が、増税は国民への虐待であるという意見をおっしゃるのも、日本の国や自治体の収入と支出の内容を見るとそう言われても仕方がないと思う。自治体の支出の増やすべきところ減らすべきところについて、具体的な部分では意見が合うことが多い。

●朝霞市の未来が暗澹たるものだというのも、基地跡地のシビックコア建設での巨額投資が予定されており、この自治体負担分の支出で、3年後ぐらいから、福祉や教育の財政支出をおそろしく刈り込まなくてはならなくなるということである。
このままいくと朝霞市が北欧の自治体のような機能を果たすことなど夢のまた夢であり、市外のセメント業者、鉄筋業者が食い散らかすだけ食い散らかして、去ったあとには借金の山と赤字PFI事業をどう始末するかという重い課題だけが残されるだろう。とても教育や福祉の質を上げられる状況ではなくなる。高度成長期に家を買った60代の老後は本当にお気の毒だ。

●もう一つ、東洋経済の特集の中で「政策決定に当事者参加」という項目があり、パブリックコメントを超えて、政府が政策形成をする過程で、関係するあらゆる団体に原案を送付し意見を求めなければならず、さらには対象とならない団体や個人も自由に意見を述べられることになっている。
「パブリックコメントを実施するが、意見反映はさせない」と幹部が公言してはばからない、常識はずれのどこかの自治体と大違いである。

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2007.11.26

11/26 頭痛の顛末

新座の星川議員の通信を手に入れる。

新座市のホーキの会が主宰で、司法試験予備校の経営者・伊藤真の憲法講演会「知ろう、生かそう、憲法の力」が開かれるという。伊藤真さんは、護憲派の論客として、それを商売にして成功していることといい、今後の護憲運動の参考になるはずの人物である。ご紹介します。

日時 12月2日18時30分~
会場 にいざホットプラザ(志木駅南口駅前)
参加費 無料

●木曜日から頭痛がひどくて、土曜日に医者に行ったら偏頭痛だから3日で治ると診断された。今朝になっても痛みがとれないし、通勤電車は乗客の誘導ミスで大混雑に耐えて顔を歪めて出勤した。上司に簡単に状況を説明して朝一番、二番、三番の会議をはしごして、机に戻ると、上司が「後の用事はすべてキャンセルしてやった。早う帰宅して病院行け!」。今日は私の大事なお客様が厚生労働省に要請に行く日。欠席するなどとはと思い「いや・・・(もごもご)」と抵抗していると、「業務命令じゃ!」と一喝され、適当に仕事を片づけて帰宅し、再び病院へ。偏頭痛と緊張性頭痛を併発したようで、緊張を取る薬を飲むことに。医師の説明が丁寧でびっくり。それにしても、私はこれまでそんなに緊張したかな。
ついでに待ち時間の間、向かいにある市役所で不在者投票を済ませる。公明党の支持者が候補者名を確認しあいながら不在者投票の受付に向かっていた。評価はともかく、ああいう努力には頭が下がる。

●AERAが面白い。小林美希さんが書いた「日給12万円の異常委託費 ジョブカフェ内部文書入手、高額人件費のからくり」の追跡がいい。結局ジョブカフェもリクルートの利権だったのかと。
経済産業省の補助金の出し方はいい加減だとも思った。経済産業省の官僚は、規制改革会議などの裏舞台で厚生労働省に対して保育所の補助金が非効率だと批判している。保育所の補助金は、保育士の給与算定月給19万で積み上げて利益ゼロの補助金である。それが非効率だと言うのである。一方、ジョブカフェは、日給12万の補助金で事業委託を繰り返し、現場の相談員に月給20万しか渡さず、リクルートなど労働者紹介事業や、人材派遣業、資格予備校などが中間搾取をしているという。

●次の「徳川家束ねた政治部長」も傑作。最後の水戸徳川の15代目の「「価値をカネにしか置き換えられない雰囲気が蔓延している。政治も文化も、人間も。260年間、戦争もせず、文化を育てた徳川家のブランドを世界に広めたい」ライバルはエルメスという」しめくくりがいい。被差別部落の問題以外は、徳川政権の平和・環境・地域福祉の政策には見習うべきことは多い。常井記者の着眼点がいい。

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2007.11.15

11/15 広報あさか、人権週間の記事の半分が「えせ同和にご注意」

市役所の広報が届く。

人権デー、人権週間の案内の記事、半分が「えせ同和にご注意」。呆れる。
もちろん「えせ同和」というゆすりたかりには注意しなくてはならないが、そんなことは一般市民に関係がない。注意が必要なのは、市役所と公共事業を受注する土建屋ぐらいだ。

人権啓発ということでは、障害者差別、男女差別、子どもの人権侵害、患者の人権、労働者の人権、いじめ、パワハラ、などなどさまざま課題は残されているのに、千年一日、「えせ同和にご注意」とは、朝霞市役所の人が人権を考えるときに、どのようなものの見方に力をおいているかがよくわかる。
今日の「格差社会」と言われる社会問題は、古典的な同和差別とか、男女差別というカテゴリー的問題を超越して、そもそもの普遍的な人権問題に直結していることが大半だ。

子どもの人権なんか考えないから保育所の待機児童を放置できたし、今でも学童保育は満員電車状態になっている。障害者の人権なんか考えたことないから、いつも障害者をカテゴリー分けして管理する発想しか出てこない。福祉のオンブズマンの話も全然進まない。生活保護受給をしなければならない人が、市外に難民のように流れていったり。労働者の人権について十分認識がないから、資本主義の論理と奴隷労働を混同するようなこともある。

そんなことを放置するのは、人権を語る人間はゆすりぐらいにしか思っていないからだろう。えせ同和の被害者は主に市役所や土建屋であり、市役所が、一般的な人権侵害や、人権保障から置き去りにされている人の対応よりも、こうしたインナーサークルにいる人たちの課題が優先している、という感覚の証左でもある。

※このことは一年前にも同じことを書いた記憶がある。朝霞市は人権週間にえせ同和対策しかやっていないのだろうかと思ってしまう。

●「レモンをお金にかえる法」という絵本を、小学生のときに読んだ。レモネード屋を開いて小遣い稼ぎする子どもたちを題材に資本主義の経済原理を見せていく本だが、この中には労働経済や、労働者の権利がきちんと折り込まれている。市場原理のメカニズムの中に、労働運動がきちんと存在していることを教えるにもいい題材だ。起業だ、ビジネスなんちゃらもいいけど、世の大半の人は給与所得者なんだから、そういう人の生活に根ざした人権保障をこの街ですすめてほしいなぁと思う。

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2007.11.10

11/9 住民登録をしてもらえない人・住民登録をしてもらえるキャラクターたち

友人の知り合いの菅原さんが、戸籍への「非嫡出児」という差別記載を断ったために、出生届不受理になり、住民票すら作ってもらえないという壁にぶちあたっている(菅原さんHP)。裁判闘争を行い、地裁は住民票を作れという判決がおりたが、自治体の控訴による高裁判決では、住民票を作ってもらえないのは自己責任という判決が下りた。

住民票というのは、住民登録によるものであって、戸籍への差別記載を係争しているにかかわらず作らないと行政として機能しないんじゃないかと思うがどうなのだろうか。
今でこそ、役所の事務手続きの整備と自治体間の通信手段の発達、病院出産の普及から、出生届・戸籍・住民票は一体のものとして漏れがないと信じられているが、1950年代ぐらいまで、コンピューターも無く、電話すら満足にない時代、しかも戦争生存者の把握の混乱や、ところによっては戸籍や住民票を焼失してしまった自治体もあり、今のような出生届=戸籍=住民票というきれいな関係ではなかったようだ。そういう時代、戸籍がない子どもといのうが結構いたらしい。
詳細は学習不足だが、1950年ぐらいまでは無戸籍児童というのがクラスに1人ぐらいはいたらしい。そういう子どもを自治体はどのように扱っていたのか、調べてみたい。

そういう経緯をもつ我が国が、戸籍の記載をめぐって係争している、当該の子どもについて、さまざまな不利益を押しつけることが可能なのだろうか、疑問に思う。
よしんば、判決と同じく、親が戸籍制度に反発するのが問題だという立場に立つ人であっても、近代法は子どもは1つの人格として独立しているととらえるのだから、その子どもに不利益が蒙らないようにすることが人権で商売をしている司法関係者の役割のはずではないか。戸籍制度に反発する親のために子どもが不利益を蒙るというのは、これまで児童虐待でも問題になってきた民法の親権の解釈から引き出せるのだろうか。そうではないだろうと思う。
戸籍制度に差別記載するというそもそもの問題が問題であるが、たとえ戸籍制度に差別記載をしてやむを得ないという立場に立ったとしても、親の因果が子に報われて当たり前といわんばかりの判決は司法が法の支配という考え方に立脚せず、前近代的な通俗道徳に呪縛されていることを示すものである。

そして実際に生きている子どものことをめぐる自治体や裁判官に憤っていたら、彦根市で「ひこにゃん」が住民登録されたというニュース(このキャラクターをめぐって市と作者が対立という尾ひれまでついて)が入る。

新座市のアトム、朝霞市のタマちゃん、そうして今度は滋賀県彦根市では「ひこにゃん」が住民登録してもらえている。

もちろん、住民の数にカウントされないし、アトムやタマちゃんを僭称しても具体的な住民サービスが受けられるわけではないということは頭でわかっている。しかしそれでも、どうしてこうした二次元キャラクター(ひこにゃんは三次元か)には、さしたる家裁の手続きやら、議会の審議すらなく、行政の職権で簡単に住民票が発行されているのだろうか。
実際に生きている人間を目の前にして、保育所だとか学校だとかの公共サービスを受けられなくしているということはどういうことなんだろうか。
ブランド力のために広告代理店や行政コンサルタントみたいなところに惜しみなく税金を使うのに、実際に生きている人間への行政サービスをおざなり、怠る、最近の自治体の姿を見るようだ。

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2007.10.30

10/30 障害者や母子家庭を切り、スポーツ予算は10倍増の8000億円に

障害者自立支援法の自己負担分の合計が1000億円程度と言われているし、母子家庭の給付カットが200億円程度と言われている。
その程度のオーダーの予算を必死になって削っているにもかかわらず、「スポーツ立国」をめざす議連が、スポーツ関連予算を800億円から8000億円に増やせという運動をするらしい。有力議員たちがよってたかって加入して、税金にたかる。東京オリンピック招致活動なんかも、こんな感じ。

●鳩山邦夫氏のアルカイダの友だち発言は、国際問題になるのではないか。辞任させるべきだと思う。
鳩山ブラザーズは、こういうとんちんかんな発言によるミスが多いのではないかと思う。兄由紀夫も、自民党がミスったときのコメントが良くないように思う。

●障害者の法定雇用率の未達の、38都道府県教育委員会に、厚生労働省が改善勧告を出した。公務部門では最も立ち遅れていた分野であり、ノーマライゼーションが最も求められる分野でもある。にもかかわらず。

●東武のHPで社員が数千円着服したとお詫びの広告。
沿線住民を轢いてしまったときには、こんなに早い対応しただろうか。あの事件は係員による踏切操作ミスだということだったが、必死に踏み切り操作をしていた職員だけが刑事罰を食らい、駅長が処分を食らっただけだったように思う。事情を知りながら改善のた