2009.04.06

4/5 五十嵐敬喜さんの講演

市内で開かれた法政大学教授で、民主党菅さんのブレーン、五十嵐敬喜さんの講演会を聴きに行く。75人が参加し、会場はほぼ満員の状態。

神奈川県真鶴町のまちづくりの「美の条例」を題材に、朝霞市のまちづくりに何が欠けているのか、何が課題なのか、浮き彫りにしていただいた。

朝霞市のまちづくり関連の「緑」「うるおい」「やすらぎ」「にぎわい」など美しくて抽象的な言葉が踊っていて、現実と遊離している、という話に、非常な説得力があって、会場から大きな失笑が漏れていた。その遊離したところを取り戻すことをしなければ、とおっしゃっていた。

真鶴町では、海外の美しい街を視察した住民に、真鶴のいいところを地図落とししてもらって、それを重ね合わせて、何がよいのか挙げてもらった資料を作っていた。そして、80~90%の人が同じところを挙げ、そういうところを守り、イキイキとさせていくためのセオリーをまとめていった。その基準を「場所」「格付け」「尺度」「調和」「材料」「装飾と芸術」「コミュニティー」「眺め」という8つの判断で、住民が共通の価値で議論し、会わない建築物については、審査会、町議会で審査していく、というもの。
「尺度」では「すべての物の基準は人間である。建築はまず、人間の大きさと調和した比率を持ち、次に周囲の建物を尊重しなければならない」としている。
「コミュニティー」では、「建築は人々のコミュニティーを守り育てるためにある。人々は建築に参加するべきであり、コミュニティーを守り育てる権利と義務を有する」としている。
法律的には抽象的な表現だが、書かれている中身は具体的そのものである。

そして具体的にまちの大切な場所のキーワードとして、「聖なる所」「静かな背戸(山を背景にした曲がりくねった細い道)」「お年寄り」「夜光虫」などの言葉が挙げられ、それらがどのような価値を持ち、どのように守るのか書かれている。
「〈キーワード〉お年寄り〈前提条件〉お年寄りはお年寄りを必要とするが、同時に若者も必要である。また、若者もお年寄りとの接触を必要としている。車通りが激しく、休む場のない長い道や坂は、体力のないお年寄りにとって外出するチャンスを奪ってしまう〈解決法〉お年寄りが散歩するための敷地内歩行路、小広場、それが不可能ならば、ぬれえん、ベンチ、雨宿り場又は木立の日影でも良い。建築の一部にお年寄りのためのシェルターを創ること」といった感覚でまちづくりのルールを決めている。

五十嵐さんが「コミュニティーがあっても公園ばかりあってもまちは死んでしまう。公園がなくてコミュニティーがあれば人間は何とか生きていける」という話にとても動かされたように思う。

全国の古い都市を守ろうとしている住民運動にとってとても参考になっていると思う。

●真鶴の活き活きとしたまちづくりの条例と、朝霞市の空虚な言葉にちりばめられた数々のまちづくり関連の計画を比べると、作る過程でヒアリングと行動観察のないまちづくり計画、福祉計画に全く意味がないということを改めて教わった。地域福祉計画のように市民発でヒアリングと議論の固まりで活き活きとした内容にして作った計画もあるのに、それがおざなりにされるのだから、それを咀嚼する側の問題なんだろうということは明白。

●地図にペインティングしていくような平板な都市計画のやり方が問題だろう。

●地域福祉計画では、そういう浮ついた美しいスローガンを作ることをやめて、方法論に徹した。これは私が強硬に主張したことで、14年前に札幌市で五十嵐さんや、その技術を担った野口和雄さんの話を聴き、交通評論家の岡並木さんの話を聴いていたからだ。

●コミュニティーというと、生活実態そっちのけで、町内会を軍事組織みたいな縦系統の組織にするか、行政の使いやすい連絡組織化することを求めるは間違っている。集い、そこに自然発生的に言葉を交わす関係性を創るための舞台装置づくりにコミュニティーの意義を求めなければ「うるおい」「やすらぎ」がありえない。町内会の強化だけではなくて、市内にあるいくつかの自然発生的な場を大切にしていくことが大切。そういう意味で10年以上前に公民館から一斉にベンチと丸テーブルを撤去したことは良くない。高校生がたむろするというのが問題だったようだが、たむろすることからコミュニティーが作られる。コンビニでのたむろがいつも問題になるが、それをどう積極的なものにしていくのか考えるべき。地域福祉計画づくりでそれを問題にして、公民館のロビーにテーブルを置き、自然発生的な市民の集いと横のつながりを創り出すべきと主張したが、生涯学習課は咀嚼できなかった。
もちろんコミュニティーづくりに、広告代理店的発想のイベント一発主義もダメだということ。

●市議会議員も何人かお見えになっていた。非常に大切な機会だったと思うし、すぐにどうこうとは思わないが、長い目で朝霞市をどうしていくのか、具体的な仕事をしている市議会議員にとって、非常に重要な知恵を得る場だったと思う。どういうわけか、最もこういう理論武装が必要な旧革新系市議が小山香市議以外全く来ていなかったことも言い添えておきたい。陳情型の共産党はちょっと考え方が違うかもと思うが、それ以外のところはどうしたんだと思う。市職員もお見えになっていなかったようだ。いい仕事をするためにタダで情報収集するチャンスだったのにもったいないと思う。税金使って芸能人に入れあげるような講演会はよくやるのに・・・。そんな中、中野区で区議に挑戦しようとしている石坂わたるさんと山口二郎ゼミの門下生のパートナーがお見えになったことは嬉しかった。

●苦言。会場でカンパを募っていたら、市職員が血相を変えて怒っていた。商業活動を排除するためにお金のやりとりは禁止している、ということなのだろうが、そういう「禁止」「禁止」に神経を使うことに、彼らの人件費を考えると、あほかと思う。
この街の公民館で、きちんとした講師を呼んで勉強しようとしたら、行政から補助金をもらうか、金持ちのパトロンをつけなければできない、ということだろう。カンパを禁止するということは市民の自主的な活動に資金的制約を加えて、愚民化することになる。自主的に小口のカンパを集めることを禁止することが、どういうことになるのか、市の職員として、生涯学習課としてどういうことになるのか、認識すべきだろう。

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2008.10.01

10/1 市内の公民館が中学生の出入り禁止令

びっくりな話。朝霞市内の公民館が、中学生の立ち入りを禁止したという。

「2008年9月22日東朝霞公民館の利用について」をダウンロード

特定の中学生が、公民館内で野球をやったりして困っているからだという。しかし禁止している文面を出したのは学校長である。学校長が、学校外の活動に関して生徒に指図する権利などあるのだろうか。あるいは公民館の出入りに関して何かできる権限があるのだろうか。

公民館長には一定の公民館の管理権はある。しかしそれは、館の他の利用者に弊害がないように管理する権限に留まり、そこからは一部の中学生の立ち入り禁止とするか、その中学生が傷害や器物損壊をしたときに警察に突き出すのが限界だろう。
何もしていない中学生まで立ち入り禁止にすることは、黒人立ち入り禁止とか、中国人立ち入り禁止、などの歴史の愚行を繰り返しているに近い行為である。中学生全員を立ち入り禁止にすることを学校長に求めるのは、権限を越えた行為だろう。

朝霞市公民館設置及び管理条例
朝霞市公民館設置及び管理条例施行規則

第14条 館長は、次の各号のいずれかに該当する者に対しては、入館を禁止し、又は退館を命ずることができる。
(1) 感染性の疾病者
(2) 他人に危害を及ぼし、又は他人の迷惑となる行為をするおそれのある者
(3) その他公民館の管理上支障があると認められる者

しかもその公民館、図書館の分室もあり、公共性の高い施設であり、受験勉強はともかく、一般的な読書から自由研究などの調査活動まで、中学生にとっては利用することの価値の高い施設でありながら、入場の制限をするとは、このまちの教育委員会は、中学生の社会教育を放棄することを追認している、と言われても仕方がない。

私は長く児童福祉法の世界についていろいろ学習してきた。教育委員会管轄の世界のこうした憲法違反の行政運営に驚くばかりである。そうした法律に無知かつ、社会教育の意義のわからない人間を公民館長に据えている市役所というのはどういうところだろうか。こんな程度の公民館は、タダの税金を使った貸館業である。それなら思い切って職員まるごと民営化した方がいいと思う。

そもそも税金を取る側の公務員が、税金を払う側の市民に、法律にもとづかない個人的な裁量で公共施設の利用制限をすることはどういうことなのだろうか。何も迷惑をかけていない中学生とその保護者が、利用できない不利益をめぐって損害賠償請求を出したら、確実に敗訴するのは朝霞市教育委員会である。

●しかし、公務員が市民の利用を禁止する根拠が規則でいいのか、という疑問もある。議会での合意が必要ではないか、と。

●欧州社会党(英国労働党、独社民党、仏社会党、スウェーデン社会民主党などが加盟する国際組織「社会主義インター」のEUに対応する政党)がの中期的理念「新たな社会的欧州」という文書に嬉しくなるような言葉が書かれている(濱口桂一郎さんのブログより)。

子供の世話なんて私的なことで、それ以上のものじゃないと言う人がいる。

我々、ヨーロッパ社会党は、選択をした。ヨーロッパの国は子育て支援を望む人は誰でも支援する方向に向かうべきだ。短期で見ても長期で見ても、質が良くて、けちくさくない、利用しやすい子育て支援はとても役に立つ投資だ。これは子供達にとってもっともいい教育の始まりだし、子供達は生きるために大事な社会的なスキルを身につけることもできる。地域のいい保育園は両親も子供達もコミュニティーの完全なメンバーにできる。そしてコミュニティーを現在も強くする基礎にもなるし、将来の強いコミュニティーの基礎にもなる。しばしば、子育て支援に従事する労働者や他の親とつきあいは非常に貴重な助けになることを、親が知ることがある。・・・

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2008.09.24

9/24 朝霞市で死ぬということから考える

午前中、連合のパート共闘会議に出席。面倒見の大変よかったUIゼンセン同盟の田村さんが交代されるというへ報告がされて残念。副会長就任による栄転ということなので、次のステージでの活躍を楽しみにする。

午後、朝霞市の地域福祉計画推進市民委員会に出席。
次の委員会の取り組み課題について検討する。テーマは「朝霞市で死ぬ」。実はこれがなかなか難しく、朝霞台中央病院か朝霞厚生病院に担ぎ込まれるか、市内で交通事故にでも遭遇しなければなかなかできない。

込められた意味は、これから医療や福祉が細っていくなか、地域で暮らしながら在宅福祉や在宅医療の力を借りながら畳の上で死ぬということのための、介護や医療の体制、それだけでなく、死への道行きとなる人生によりそうさまざまなサービスがどうあるべきか、そして死後、葬儀屋さんのことなんかも含めて、考えたい。
当初、医療と介護の連携という話で提起され、公共サービスだけをこてこて貼り付けていくことが、高齢者福祉や障害者福祉や医療の計画ならともかく、地域福祉としてのテーマでいいのだろうか、と私が混ぜっ返して話が転んでいく。生活発、地域発という切り口で、そこに医療や福祉とつなげていくような絵姿にしようと話が進む。葬儀屋の話に展開していったら、心臓の弱い委員さんが目を輝かせて、病気仲間と話していることを話始めて、議論が盛り上がる。

●朝霞市のHPから。臨時教員の時給が1080円!低くないだろうか。これでは派遣労働のキーパンチャーよりも安い。

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2008.08.20

8/20 週刊朝日の政治ネタから

地域福祉計画推進委員会に出る。主に就労支援センターのあり方をめぐって議論をする。

最後に、今年出される「非常勤職員の給与に関するガイドライン」で、福祉分野にいる公務員非正規の人の賃金を大きめに改善しないとならなくなる、と話すと、市の職員たちの目が光る。思ったよりこのことは知られていない。広めることでいい効果を期待したい。

●週刊朝日で、川田龍平事務所の騒動が取り上げられている。配偶者で政治生命をダメにする人っているが、その典型みたいな話である。当初、母悦子さんが問題かと思ったら、そうではないようだ。応援してくれた市民派自治体議員、それから喧嘩上手の母悦子さんを切って、いったい5年後どうするつもりなのだろうか。

●同じく、田原総一郎×枝野幸男対談を読む。ほんとうクラクラする。
民主党の40代前半の議員って、自分を幕末の志士に模するのが大好きなんだなぁ。応仁の乱とか、南北朝とか、そういう教養がない。いくら幕末の志士に模したところで、野田、前原、枝野がまとめてかかっても、アメリカを翻弄した吉田茂にかなわないと思ったら、嫌われるかな。
田原は相変わらず危機感を煽るだけ。確かに大きな変わり目だと思うが、当座は、自民党一党支配から、政権交代がありうる社会に変わるぐらいではないか。そこで政策決定システムが微調整されたり、利権と中立な意思決定のあり方が模索されるぐらいの改革に留まるだろう。1945年に比べたら、どうということではない状況だと思う。大げさで不真面目な夜郎自大な改革談義をするよりも、着実な社会改革が重要なのではないか。

●Ipodで「士官候補生」と「ソビエト連邦国歌」を聴く。士官候補生は、中学校一年生のときの夏にブラバンで練習した曲でなつかしい。ソ連国歌は、半音の使いがとてもうまい。プロパガンダ音楽の珠玉だと思う。一国社会主義に転向したソ連が、フランスの労働歌を国歌に僭称した「インターナショナル」では矛盾するので、スターリンが作らせたものだ。歯が浮くような理想国家となっている歌詞である。

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2008.08.19

8/19 酒井順子がトクをし赤木智弘が損をする自民党の親同居減税

自民党の一部が同居の親がいれば減税拡大するということを検討しているらしい。

減税というと国民サービスだと単細胞な人間は喜ぶが、金持ちほど優遇され、貧乏人ほど損だということを認識すべきだろう。その上で、政策減税というのは、税金の不公平感を拡大することになる。特定のライフスタイル、特定の物を買うと減税される、というのは、そういう情報を知り得た人間だけが減税に預かれる。そういう情報格差の不公平も拡大する。

政策減税というかたちで高所得者を優遇する。そして親と同居という生活条件で税金を優遇する。結果、どういう人がトクをし、どういう人がトクをしないのか。
親と同居していない人はトクをしない。1人で生活をがんばってやっていたり、シングルマザーなんか絶対にトクをしない。減税で財政が厳しくなるから、この人たちが受けられた児童扶養(母子家庭)手当だとか、保育所への補助金などが削減されるかたちで損をする。東京にいる地方出身者が冷遇されているということはいろいろなところで言われているが、ますますそれに拍車をかけることになる。
一方で高所得者はトクをする。税率10%で所得税を払っている人より20%の人が、20%の人より30%の人が、30%の人より37%の人が、大きく税金が返ってくる。一流大学を出て、外資系金融機関か不動産業者になって、堅気の仕事ならびっくりするような年収をもらって、親元を離れず、親にご飯を作ってもらって独身を貫いている人が最もトクをする。
さらに言うと、親元でひきこもっている人や病んでいる人は納税額ゼロだろうから、この人たちは全くトクはしない。金を稼げない障害者の子と暮らす老親には何のメリットもない。

消費税の逆進性どころではない、不公平の拡大である。

そうやって計算してみると、自民党の復古派は日本の伝統だとか言っているけども、実は、復古派が嘆いている少子化の温床・パラサイトシングル優遇税制になる。
象徴的な言い方をすると、赤木智弘(東京に出ていたころ)が損をし、酒井順子がトクをするのだ。感覚的にイヤなものがないだろうか。
自民党の一部にはそういう政策を推進しようとしている人がいる、ということをきちんと若者は認識すべきだろう。

三世代同居を推進する人たちがいるが、そういうことは税制で誘導すべきではない。三世代同居とはそもそも経済的原理と一歩距離をおく考え方のはず。現在も扶養控除で手当されている。それを経済原理で推進するとは、理念とかけはなれた下品な手段である。やはり本来の価値をきちんと伝えていくべきである。

一方で、税金による中立的な再配分が機能せず、東京一極集中・県都一極集中がどんどん進む中で、日本の人口の半分以上が物理的に三世代同居が不可能になっている。家族によりかかるだけではない、新しいかたちの都市共同体のあり方をいろいろ模索すべきだろう。

●経済政策面からも。独立世帯を増やした方が消費性向が上がり、経済は活性化する。しかも比較的環境を害さない食料品や衣料品など基礎的な物の生産によって上がる。
しかし、金持っている若者を実家にとじこめてしまえば、消費性向は下がり資産が余る。そこから流動性の罠の舞台装置はそろい、経済は沈滞し、ひどいときにはデフレに拍車をかける。

●後期高齢者医療制度が高齢者いじめだという批判をかわす狙いがあるようだが、そもそもその批判は筋が悪い批判だ。もっと本筋の議論をきちんとした方がいい。
また今どきの高齢者が子どもと同居したがっているか、というのもよく考えた方がいい。ある人のお葬式にいったら、3人いた子どものうち2人が来てなかった。そのうち1人は亡くなった親のところに同居していたこともある人だ。ちょっと驚いた。そういう時代である。同居すりゃいいってもんじゃない。人間の絆のあり方はもっといろいろ考え方方がいい。

●小泉構造改革がいけないというのはわかる。竹中平蔵が憎たらしい。しかしだからと言って、最近の自民党は安易な逆戻りを口にしすぎである。逆戻りでも小泉構造改革でもない次の進歩を提示できず、否定された過去の話をぶり返すから、支持率を回復できないのではないか。

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2008.07.29

7/29 専門に特化している職員の良さ

地域福祉計画の関連で、在宅福祉をどう定着させるか、必要な資源をどう引っ張り込むか、相談したくて、午前中、健康づくり課の課長さんからのヒアリングに行く。

「体力増進とか、健康的な生活をすることが目的じゃないんです。楽しい生活をしてもらうために、健康づくりをしてみてはいかがでしょうか、というのが、私たちの仕事の目的なんです。」

朝霞市役所で、久しぶりに的確に仕事の目標を語る職員に出会ったように思う。

たこつぼ化しない程度に、しかし福祉分野での専門的な職員を育成しなくては、と地域福祉計画にかき込んできたが、残念なことに福祉分野は保育所と数人の生活保護関連の担当者以外は、福祉分野に限定して育成している職員ではない。健康づくり課の課長さんは、保健師出身で、まさに現場発の専門家である。

専門に特化させないというのは、財政とか、庁内マネジメントとかの面でいいこともあるが、一方で、仕事の力の入れ方がどうもうまくなくなるように思う。力を入れるところは、専門でも専門外でもそんなに違いはない。問題は、特に力を抜くところが、ゼネラリスト型職員育成ではできない。ゼネラリスト型に育てられると与えられた仕事をとにかく前進させようとしてしまう。その仕事の最終的な目標に、何があるのか、ついつい忘れてしまいがちになってしまう。

保健の分野は、最終的な目標を意識しながら仕事することができているんだと感じた。力の入れどころ、抜きどころがとてもいい仕事を感じられたヒアリングだった。

一方で、医療問題についてお釣りをもらった。これは地域福祉計画の推進市民委員会で報告しながら相談しなければならないだろう。

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2008.05.17

5/17 役人の役人による役人のための朝霞市

地域福祉推進市民委員会のメンバーのHPから、市役所に要望をまとめて紙に書いて出そうとしたら、地域福祉の担当課から「喧嘩になるのでやめてください」と言われてストップがかかったという話。

市民が役所にお願いごとや要請をすることは憲法からして認めている権利であり、それを喧嘩と受け止めるとはどういう法律の理解と市の仕組みなのだろうか。喧嘩と受け止めるなら、本当の喧嘩をしてやろうかと思う。まして、推進委員会というからには、福祉関連のあらゆるところにお願いしたり、要請したりするのは当たり前の話で、それなくして推進などできないだろう。だいたいこれまでの数々の委員会でも、当該課に出席を求めても、無視し続けてきたではないか。

要請してはいけないというのであれば、一体市役所の施策は誰がどのように発案し、合意を取っているのか。端々に市役所の職員から口に出る「近隣住民からの要請」「商工会からの要請」と、さしせまった福祉の課題を抱えている人の要請と、何が違うのか。この両者の間に何が友好的で何が喧嘩なのかまったく理解できない。おそらく恣意的な判断が市役所内で行われているのだろう。

ほんとう朝霞市役所のしきたり、習わしにはあきれかえることばかりだ。市民と市役所の関係の中で、基本的な権利というものをもう一度確認してもらいたいものだ。

主権者である市民に対して、基地跡地の問題などで意見を無視して、喧嘩売るような乱暴な手続きで400億の浪費を積み上げているのは朝霞市役所ではないか。

●朝霞市の基地跡地利用整備計画、とうとう市長は国に提出しました。市議会での不可解な採決劇、示し合わせたように出した翌日のパブリックコメント手続きの結果発表(修正なし)、そしてそこから2日も経ないうちに提出された計画書、あまりにも手続きが荒っぽくって、市民として恥ずかしくなるばかりだ。

●基地跡地利用市民連絡会とは一線を画してきたが、今回のイベントは紹介したい。連絡会からのメールでいただいたご案内です。税金だけはしっかり取るのに、市民に意見も言わせない、一部の市民の意見だけ聞いて勝手なことばかりやる、そんな朝霞市役所に善意を期待してもダメ、ガツンと怒らないとだめです。少なくとも朝霞市役所の中には組合も何も対抗勢力はありませんから、市民が何かしないとダメなんです、朝霞市役所は。

◆19日、朝霞市に抗議と要請行動 参加を!
 16日、朝霞市が突如国へ利用計画書を提出した問題について緊急に抗議と要請行動を行います。
 国に提出した利用計画書は市議会にも諮らず、市民にも未公開であり、市民に説明もしていません。
朝霞市100年の大計を市長独断専行で決定することは民主政治に逆行し、断じて許せません。
 緊急ではありますが多くの市民の参加をお願いします。

○日時 5月19日(月) 9時 市役所1階ロビー集合

●富岡市長になってから突然、副市長の次に偉いライン中枢に居座り、恣意的な行政運営を続けている朝霞市役所土屋審議監の身辺情報を募集中という話もある。

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2008.01.09

1/9 高福祉高負担を正面から紹介する東洋経済「北欧」特集を読む

組合づくりの技術者向けの教材VTR作りの仕込みのために、埼玉の地方組織に行く。

埼玉県の地方組織は、16年前、共産党を支持するグループが根こそぎ組合を連れ去った後、連れ去られるのが嫌だという組合だけで再建したところ。なけなしの組織で再出発したので、自治体の委託先や臨時・非常勤職員の組合員化に熱心なところである。VTR作りの協力依頼をする話の3倍ぐらい、労働運動のさまざまなヒントをいただいた。

自治体の臨時非常勤職員のワーキングプアぶりに関心が高まっているのか。夕方、新聞記者の取材の前の予備調査を受ける。自治体の臨時・非常勤職員にとって悩ましき地方公務員法の制約について話をする。
自治体の職員の定員抑制、自治体の財政難、広がる公共サービスのニーズとそれを必要以上に煽る無調整な国の補助事業、出世競争させることでのスキルアップしか想定していない最近の自治体職員の人事の運用、そんなことの矛盾を臨時・非常勤職員に、責任がありながら最低賃金すれすれの労働者として使われる実態になっている、と話す。

●東洋経済「北欧はここまでやる 格差なき成長は可能だ!」を拾い読み。

これまでの「北欧はいいなぁ、だけど税金はあんなに払いたく無いなぁ」という負担と給付の関係にとどめず、質の高い社会をどう作るか、という課題設定から負担が実際にどのようなものかという議論をたてたのがよい。それから税金を払わないことばかり考える日本の左派が、どうしてダメなのかを教えてくれるいい教材でもある。「軍事費削って福祉にまわせ」とあまり実現可能性と効果が見えない念仏唱える前に、いい社会サービスを実現するためにはそれ相応のコストを払うものなのだという認識を持つべきだろう。今自民党政権が観測気球を打ち上げている増税に反対するのは結構だけども、本当に質の高い社会サービスを作ろうとすれば、いつかそれとは別の何らかの増税案を提起せざるを得ない。それが嫌ならば、今よりももっと、手持ち現金がなければ良い教育も、良い福祉も受けられない社会がやってくることを覚悟しなければならないと思うべきだろう。

高福祉高負担の内容について、公的セクターは明確な役割分担として、国は現金給付を中心とした経済的保障(歳出の49%が社会保障費)県は医療サービス(歳出の71%が医療費)市町村は福祉・教育サービス(歳出の80%が福祉・教育費)と図解しているのがわかりやすい。日本の場合、これらの比率ががくんと下がり、道路や橋(朝霞では国家公務員宿舎とシビックコアと地区センターと児童館)ばっかり作っている財政支出内容になる。
北欧諸国は、高い税金を取っているが、現金給付、医療、福祉、教育で実益として国民に8割方を返している財政構造といえる。税金で生活のリスクを調整しているとも言える。日本の場合、税金は低いものの、社会保障や教育で返ってくるのが半分。それも高所得ほど高い給付を受けられる年金制度とか、児童手当、敬老祝い金などの再分配にもリスク管理にも結びつかない支出も目立つ。

また、国地方の関係についても興味深い。日本の場合、国、県、市町村それぞれの社会保障の権限が不明確で、中央官僚が補助金で権限を手放さないで、帯に短したすきに長しの社会保障政策をやっている。自治体も独自財源を手に入れると、地方議員の顔色をうかがってハコモノ投資や祭に使ってしまうので、分権の効果がなかなか出ない。

公共サービスの民営化についての報告もよい。福祉サービスの民営化もスウェーデンで行われているが、同じ仕事には同じ賃金という賃金決定の社会合意があるために、日本のように民営化の効果を人件費ダンピングによる財政効果ばかり説得する下品な議論にはならない。日本では、臨時・非常勤職員や委託先労働者を官製ワーキングプアとして送り出し、ときには生活保護受給者まで発生させている状況から考えると、民営化の内容も大きく違う。

福祉を手厚くすることの問題に対して、サービス提供者とは中立的な認定士(日本ではケアマネージャーに認定委員会の権限を付加したような職)や、相談員などをきちんと整備している。日本のように財源不足からケアマネージャーや地域包括支援センターが介護事業者の営業活動を事実上やることを認めて福祉の押し売りが横行していること、それを見て福祉を削れ、介護を削れ、という議論が起きている悪循環とは逆の仕組みが動いている。

少子化対策ではノルウェーが紹介され、デイケアセンター(保育所と同内容)の整備と最低6週間認められる男性の育児休暇制度が後押ししていることを紹介している。産前産後・育児休暇制度は、有給であることが日本より優れているが、休暇期間は、日本より短い。産前3週間、産後6週間、育児39週間、父親のみ取得可が6週間で、日本の母親がおおむね1年産後+育児休業を取得するのに比べ少し短い(もっとも親族の支援がない場合は、保育園の入りやすい4月に育児休業を止める親も多い)。464万人の人口で6000ヵ所も保育所があり、5歳以下児童の80%が入れる定員があれば、育児休業期間が短くてもしのげる(日本はその25倍の人口で保育所の数は4倍。幼稚園と統合しても8倍)。その上で、在宅育児の保護者に手当を給付している。
日本の場合、子育てというと税控除と現金給付の話ばかり進んでしまって、所得の再分配も、機会の再分配も、親たちの経済的自立も、何も考えないまま、感情的なばらまき政策が進められている。必要で効果が上がる政策は何かという十分な検討がされずに、親たちに迎合する政策ばかりが進められる。
参考 原田泰さんのレポート「どうしたら子どもを増やすことができるのか」児童手当より保育所整備の方が少子化対策に有効というレポート

●よく国民負担率という言葉が使われるが、これは強制徴収となる税や社会保険料だけを指しているにすぎない。
実質的な国民負担率は、ここから社会保障費や教育など国民の能力開発に使われた支出を差し引いて国際比較すべきだろうし、逆に、公共サービスの怠慢や未整備による支出、いわゆる税外税とも言える、塾や私学の教育費、無認可保育所の保育料、有料老人ホームの入居一時金や利用料、民間の年金保険料などは、負担に加算すべきだろうと思う。そうすると日本は実質的な国民負担がかなり高い国ということになるし、何のために税金を払っている国なのかと思える感覚がついてきても仕方がないと思う。

懇意にしていただきながらも、税負担や政府の規模について主張が全く違う松本和光市議が、増税は国民への虐待であるという意見をおっしゃるのも、日本の国や自治体の収入と支出の内容を見るとそう言われても仕方がないと思う。自治体の支出の増やすべきところ減らすべきところについて、具体的な部分では意見が合うことが多い。

●朝霞市の未来が暗澹たるものだというのも、基地跡地のシビックコア建設での巨額投資が予定されており、この自治体負担分の支出で、3年後ぐらいから、福祉や教育の財政支出をおそろしく刈り込まなくてはならなくなるということである。
このままいくと朝霞市が北欧の自治体のような機能を果たすことなど夢のまた夢であり、市外のセメント業者、鉄筋業者が食い散らかすだけ食い散らかして、去ったあとには借金の山と赤字PFI事業をどう始末するかという重い課題だけが残されるだろう。とても教育や福祉の質を上げられる状況ではなくなる。高度成長期に家を買った60代の老後は本当にお気の毒だ。

●もう一つ、東洋経済の特集の中で「政策決定に当事者参加」という項目があり、パブリックコメントを超えて、政府が政策形成をする過程で、関係するあらゆる団体に原案を送付し意見を求めなければならず、さらには対象とならない団体や個人も自由に意見を述べられることになっている。
「パブリックコメントを実施するが、意見反映はさせない」と幹部が公言してはばからない、常識はずれのどこかの自治体と大違いである。

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2007.11.27

11/27 町内会主催の市議選に問題提起をする

江田三郎さんの死後30年を記念して発刊された、北岡和義「政治家の人間力江田三郎への手紙」を購入。北岡さんのほか、菅直人、土井たか子、榊原英資、山岸章、塩田潮などが江田さんのエピソードを寄稿している面白い本である。

北岡氏の執筆した部分を読む。大学時代、社会党史の研究をしていた私は、雑誌に投稿されていた北岡さんの文章に魅せられ、どんな人か会ってみたい思いをしていた。偶然手に入れた北海道出身の政治家の広報誌が面白くて、いったい誰が編集したのか確かめてみたら、発刊当時に秘書をしていた北岡和義さんだった。

北岡さんの兄上の孝義さんと一時期、同じフロアで仕事させてもらう機会があった。組織と人情の人であったし、多数派が俗論で流されるときには、果敢に少数派として信念を貫く人であった。

●そういう美談の後に、朝霞市議選の下品な話をして申しわけありません。
昨日のブログで書いた町内会役員が市議選の票のとりまとめをやっているという問題について、朝霞市に見解を文書での回答として求めるメールを送った。文章は以下の通り。選挙期間の終盤や、選挙後に回答をするのでは全く意味がない。早急な回答を求めたい。

-----以下メールの本文-----
早川忠孝代議士のホームページにおいて、町内会が市議会議員選挙の特定候補の支援に走り回っていることが書かれています。
http://ameblo.jp/gusya-h/entry-10057196328.html
「この難しい選挙に挑戦している保守系の候補者やそれぞれの陣営を支えている町内会の役員の皆さんには、自然と頭が下がってくる。」

町内会・自治会役員が個人として、その知人・友人に特定の候補者を応援することは構わないことと思いますが、町内会役員という立場を使って市議選で特定の候補者に投票のよびかけをすることは問題ではありませんか。
町内会・自治会が完全なメンバーシップで成り立ち、税金の補助などを受けていなければどこの誰を応援しようと構いません。しかし、町内会・自治会にはさまざまな市役所による加入促進が行われ、市役所による便宜を受けている以上、構成員の力だけではなく、市役所の力を使って特定の候補を支援しているようなものです。

朝霞市は、自主防災組織は町内会と定義し、町内会・自治会に入らないと災害時に行政や地域社会からの庇護を得られないかのように市民に広報をしています。一戸建て住宅の住民は町内会・自治会に入らなければ広報あさかの配布やごみ回収も保障されないことになっています。そういうかたちで自治体による加入促進を受けている団体が、特定の候補者の支援活動を行っているということは問題だと思います。この点について、町内会・自治会を管轄する部としての見解を求めます。

また町内会・自治会は、広報の配布などさまざまな市役所の末端業務を委託するかたちで補助金を受領している団体のはずです。自治体の補助を受けている団体が選挙で特定の候補の選挙の集票活動をやっていることの是非については、公職選挙法上の問題はないのでしょうか。町内会・自治会を管轄する部と、選挙管理委員会の見解を求めます。

そして、町内会・自治会を管轄する部として、市議選にあたってこうした町内会役員の行動に注意喚起をすることがあるのか、回答を求めたいと思います。

高齢社会に備え、町内会・自治会の役割は少なからずあると思いますが、支え合いや福祉活動などが逃れられない町内会・自治会活動の中で票との取引で行われるとすれば、非常に残念なことです。
-----メール以上------

町内会とはもともと戦中の隣組。公職選挙法の前身の普通選挙法、治安維持法などと同時代の生まれ。後ろ暗い影を気にしている自治体では戦後、町内会を解散したところもある。世界各国でもコミュニティーはあっても、町内会のような中途半端な地域組織はあまりないようだ。逆に北朝鮮には、日本の置きみやげの隣組をパワーアップしたものがあるらしい。旅行の申請などもここを最初に通さなくてはならないという。
話を戻し、選挙に関わると、日本の政治構造が1930年代後半(つまり昭和10年代)からあまり変わっていないということがわかる。その枠組みのままGHQによる戦後改革や、95年以降の市民社会への諸改革をやっていることが、政治や選挙の空洞化につながっているんじゃないかと思う。

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2007.11.26

11/26 早川忠孝さんのブログにがっかり

離婚後300日問題などの対応で評価していた早川忠孝衆議院議員のブログに、市議選の記事が出ていたが、その内容にがっかりしてしまった。基地跡地への国家公務員宿舎への建設反対運動を、朝霞市議選の事前運動などと批判しているのだ。

基地跡地利用の問題といい、市役所内の混乱といい、市民参加の後退といい、わが町の未来をおかしくしようとしている故渡辺利昭県議の人脈につらなる富岡市政と朝霞の民主党系政治家に×印をとの思いで、これまで早川さんの動向を気にし、次の衆議院選挙では世間の流れに逆らってでも選挙区は早川さんにしようかと考えていた。
基地跡地の問題に取り組むメンバーは、県や中央の民主党にこの問題を取り上げてもらおうと陳情しては、朝霞の民主党が富岡市長を中心的に担いでいるという地域事情で却下され続けてきている。民主を応援する組織で働いている私にそんな愚痴をこぼすので、私はここで民主はダメだ、次の総選挙で選挙区は自民だね、なんて言ってきたが、ここでリセットされてしまった気分である。

都市化が進展し、新住民が圧倒的なシェアを占めるに至ったこの地域の選挙はまったく読めない。 基地跡地への公務員宿舎建設問題で緑を残せと反対の署名活動を展開していたグループが、実は市会議員選挙の事前運動をしていたのではないか、と気がつけば署名に応じた市民は白けてしまうだろう。 市会議員の選挙に党派性を持ち込んでも、この地域の人は簡単にそんなことでは左右されないような気がする。 若い候補者が自転車に乗って市内を走り回っているが、さてどれだけの支持を獲得できるか。 各地の選挙で繰り返されている光景だが、そろそろ市民は見飽きてきたような印象だ。

基地跡地の国家公務員宿舎建設反対運動を事前運動とするのはデマの流布である。党派性とは、アカとでも言いたいのだろうか。前近代的なレッテル貼りである。こういうことを言われると、朝霞の保守は田舎の保守のまんまかと本当に興ざめしてしまう。
逆に、基地跡地利用について、選挙を前にしながら不誠実な対応を取り続けたのは保守系市議ではなかったか。彼らの何人かは公園建設がいいと主張していた過去もあるはずだ。
そもそも国家公務員宿舎がムダだ廃止せよと絶叫したのは、早川先生の属する自民党町村派が担いだ小泉純一郎さんではなかっただろうか。絶叫して無駄遣いが無くなったはずのものが、どうしてわがまちの自然と空を蹂躙しようとしているのか、そのことの不愉快さに、朝霞の保守はあまりにもおとなしすぎると思う。

国家公務員宿舎を建設するという市長とコンサルタントと一部の市役所幹部以外は一言も聞いていない話を、今年の6月末になって新聞で初めて知らされている被害者は、市議も市民も一緒ではないか。

それなのに市議たちが、やむを得ないということで地域の説明会を積極的に開いた話も聞いたことがない。そうしたセンシティブな問題に説明も行われなかった以上、反対運動が行われて、市議選でそれが選挙運動に結びついて当然の話だし、政策中心の選挙運動という本来の姿からすると、それが望ましいはずである。それがおかしいかの言い方は、言論による選挙を否定する考え方にならないだろうか。

基地跡地に署名した人のうち、保守の人たちは、民主系人脈にある市長の暴走に何のチェックを示せなかった本家保守の市議たちのふがいなさに残念な思いをしてきている。

それと、気になることは町内会のことへの記述である。町内会役員の選挙支援に感謝するメッセージがちりばめられているが、町内会は広報の配布委託やごみステーションの確保、街灯の設置など、市の公金が出されている団体である。その上、朝霞市は防災で脅し、ごみ収集にからめて町内会に入ることを半ば強制している。そういう団体が自民党の衆議院議員を応援する特定の市議の集票機構になっていることは問題ではないのだろうか。

自民党はかねがね税金が一銭も入っていない連合系労組が民主党を応援していると誹謗中傷し続けてきている。メンバーシップの会費で運営されている連合系労組が民主党を応援して非難されながら、一方で市役所によって加入促進運動がなされ、公金が投じられている町内会が特定の候補を応援しているということがどうして不問に付されているのかわからない。

朝霞市役所も、町内会が特定市議の集票組織と化していることにはきちんと抗議すべきではないか。
こういうことがあるから、地域福祉計画から、町内会の役割はほとんど省略した。町内会出身の委員自身、地域福祉そのものを否定する発言を繰り返したこともあったが、私の中では、社会的弱者から政治的自由を奪い、集票機構に組み込むことにあんまり好ましい思いをしなかったからだ。

それ以外の文章はとてもいいこと書いているのに、全く残念な思いだ。

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2007.11.22

11/21 栄光と挫折

ここ数ヶ月さぼっていた地域福祉計画の委員会に出席する。
委員会の運営に行き詰まり感が漂う中で、新しいやり方を模索するタイミングに来ている。しかし、その議論が迷走しがちだった。

原点とは何か、いろいろ考えた。なぜ一般市民だけの委員が集められているかということを考えた。
市内の福祉力を上げること、よしんば、福祉に関心のある市民をつくり、支援を必要な人に何かできる人の割合を少しでも増やすということを考えるべきなのだろうと思う。

こうした会議には、そもそも何が求められているのか、という原点を考えながら議論することが大事だと思った。

●「顔のない男 東ドイツ最強のスパイの栄光と挫折」を読む。東ドイツは共産圏でも人口比で最も多い秘密警察を持っていた国だということを知る。190万人の秘密警察がいたといい、この数字の多さは、日本で、地方公務員と地方公務職場の臨時・非常勤職員の合計の数字が195万人ということから、その多さがわかる。しかも東ドイツは日本の人口の3分の1未満ということだ。

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2007.10.31

10/31 市健康福祉部が福祉事業より商業施設賃貸業をやることが大切だと言う

前の基地跡地整備計画策定委員会の話。

この委員会の委員として入っている市職員の1人に、健康福祉部長がいて、以下の発言を行った。司会から、商業施設に入れるものとしてどのような施設をお望みですか、という問いかけに対する答えである。

「朝霞市は開業医の進出が著しくて、老人医療費がふくらんでおり、1人あたり医療費では埼玉県1位となっている。医療機関の開設について望む声があるが、医療費の増大を抑制する意味から、医療機関を誘致するという話にはならない。同じく介護施設についても、入所施設が入ることはないと思うが、通所施設についても介護保険財政をふくらませない意味で誘致するという考えはない。私は過去商工課を担当し、周辺商店街や商工会などと意見交換してきたが、まちの活性化の起爆剤を切実に求めている。そのためには商業施設であるべきである」

この発言の問題点として以下のようなことが言える。
① 開業医の進出が朝霞に集中しているという事実については、地域事情を無視して、医師会が好きなように開業を認めているということである。そのことは朝霞市の保健医療行政と医師会との専門的なやりとりができていない証拠である。重ねて市においては国保の保険者としての立場があり、老人医療費が膨張しているのは保険者としての機能が果たされていないということを明らかにしたものである。健康福祉部長という立場にあるものとして責任を感じるべきことだろう。
※背景事情として、市内開業医が社会的要請の高い夜間診療や往診を1軒もしていないのに、基地跡地に医師会館を建てて、市のお金でしんどい夜間・休日診療だけをやれという要求を出していることを封じる意味があるのだろう。この点については半分ぐらいは同意する。
② 老人医療費の膨張については、開業医の増加という健康福祉部長の認識も一理あるだろうが、それは上に書いたように医師会に説得力を持たない市の保健医療行政の怠慢から来ている問題でもあり、また、後述の介護保険がしっかりしていないことによる副作用でもある。介護の未整備が医療費を膨張させている例として、朝霞市民が親族の施設入所を語るときに、医療系施設の名称しか出てこないことがあげられる。
③ 介護施設については、朝霞市の場合、通常の自治体の水準以下に不足している。つくらない理由などない。
④ 介護施設不足を解消する多少の手段として、在宅福祉を充実する方法があるが、朝霞市の場合、市場任せで、大手事業者を含めて24時間の介護の体制はない。市役所が人材育成をしたり、ボランティア組織を介護事業者にして安心のまちづくりのための努力をしている形跡はない。本来、公的機関が運営することを想定して制度が作られた地域包括支援センターでさえ全部民間事業者に丸投げして、セーフティーネット機能を期待して出されている補助金を浪費している実態にある。
⑤ 介護保険財政は高齢化にともない、ふくらむことは避けられない。とくにベッドタウンという街の特性から親族介護の期待できない身寄りのない高齢者が多くなることは避けられない(私も含めて)。その現実から逃避して、無理に介護財政を抑制すれば必ず無理がくるし、ケアマネージャーのような第三者が介在しない医療費にしわよせが行き膨張して何倍ものツケを払うことになる。
⑥ 商店街の活性化は、こうしたハコモノ施設ではない。小さな商店が誇りを持って安定した商売ができる基盤があってできることで、大型商業施設を誘致してどうこうなるものではない。
⑦ 発言のスタンスとしては、商売のやる気もなくみんな不動産屋になり下がった商店街のために公共事業はやるが、医療や福祉などにこれ以上力を入れるつもりはないという態度である。商店街の商店主たちのやる気、まじめさの欠如が、今日の商店街の沈滞を招いている。その証拠に商店の跡継ぎはみんな不動産屋になって、持っていた商店の土地にマンション建てて働かずに暮らしている。いくら商店街大好きの私でも、自助努力のできる彼らが努力もせずに税金にたかるのは論外だと思っている。TMO計画などとの矛盾、既存都市マスタープランなどとの整合性もない。

健康福祉部長が、過去担当した商工課が大事なのか、目の前の職責である医療福祉の課題が大事なのか、価値観を見たように思う。

だいたい、地域福祉計画では、今回の国家公務員宿舎建設のような大規模開発を行う場合には、その人口増に見合う福祉施設の提供や開設の協力を求めよと書いてきたはず。これまでも大規模開発業者がマンション売るだけ売って食い散らかした後始末を、市民や市役所が財政難の折、他市に見劣りする福祉や教育の質・量を我慢するかたちでしのいできたからだ。深刻な待機児童問題、通勤電車の中のような学童保育など、行政サービス・公共サービスの供給量に見合わない開発を行ってきたツケとして出てきたことである。
そうした経緯を全く無視して、開発側に福祉施設は絶対にいらないと手形を切るのは、自らの職務分掌に対する謙譲の美徳などではなく、行政権の独走であり、勝手な振る舞いと言える。

残念なことに、朝霞市は、入所型介護施設も、保育所も、学童保育も、市役所がマンション開発を制限しないために著しく不足し続けており、この部長の発言は、税金取るだけ取って責任を取らない最悪の行政を行うと発言したようなものである。医療についても、二次医療を担う既存病院の質や受け入れ量を上げる努力をしているのだろうか。

私は、この4年、朝霞市の地域福祉計画づくりとその運用にそれなりに熱心につきあってきたが、この部長のこうした価値観につきあわされてきたのかと思うと、あほくさい思いになっている。今の市長、この部長になってから、地域福祉に関する取り組みは停滞し、庁内に関してはまったくとんちんかんなことが続いている。この部長は地域福祉の委員会にほとんど出席したことがない。

いっこうに市役所から地域福祉、つまり在宅福祉の充実とか、子育てをサポートする人的つながりとか、貧困者や高齢者に対するソーシャルワークが一向に整備されないし、整備しているという話も聞こえてこない。既存の団体に補助金をばらまいているだけ。和光市が高齢者の全数調査をやって、市の高齢者福祉政策をまとめたり、保育所の第三者評価を通して質を高める取り組みをしたり、さまざまな市民活動のレベルアップを促していることと対照的である。福祉に関して朝霞市役所から聞こえてくるのは、困っている市民は因果応報だといわんばかりの言葉と、がんばることはいいことだという精神訓ばかり。福祉担当課職員が、現場を見に行ってないことすら珍しくもない。近隣市の先進的な取り組みすら情報が入っていない。最近の市役所は、朝霞ブランドだとか、H・M記念碑だとかうかれたことばっかりやっている。
(年金の行方不明問題でも、きめ細かな対応をいちはやく取ったのは和光市であった。)

健康福祉部長が期待する事業というのは、単なる不動産デベロッパー業を市役所がやることに意味があると言っているのである。収益にならない仕事を自治体がやることに意味はあると思うが、不動産デベロッパーみたいな事業は、民でやるべきことであるし、市役所がこんなことをやって成功したためしは本当に少ない。

不動産屋やりたいのであれば、幹部職員たちは雁首並べて民間不動産業に転職すればいいのである。福祉や医療は民でできるものは民、コスト意識、行政に依存するなと、利用者まで言われている。その言葉の裏側には、運命には逆らうな苦行にたえよ、という言葉が浮かんでくる。それなのに、自分の運命をどうにでも変えられるはずの不動産開発業をどうして行政がやる必要があるのか、順序が間違っていると思う。

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2007.09.05

9/5 たばこ臭い埼玉のタクシー

雨が降ったり、子どもが寝坊介したときには、タクシーで保育園の送迎をする。贅沢に見えるが、結果的にはマイカーを買うより安い。それにバスが2時間に1本しか来ないからだ(この間盛岡市に行ったらコミュニティーバスが10分間隔で往復していた)。子どもと大荷物を担いで真夏や雨天に歩くのは、仕事の能率を下げる。

そのタクシーに不満もある。埼玉県内のタクシーはたばこ臭いのだ。禁煙車を用意しているタクシー会社が少ない。そして禁煙車が少ない。さらに最悪なのは、たった1社しかない禁煙車を持っている会社も、保育園の送迎時間に限って、禁煙車の配車をリクエストできないことだ。また、喫煙者が乗った後、窓を開けて空気を入れ換えるぐらいしてもいいように思うが、そうしたこともしてくれない。乗り込むときには、もう臭くて臭くて咳が止まらない。私はこの一点において、タクシーが好きになれないでいる。

屈強な酔っぱらいに合わせた営業をやっている限り、高齢社会に対応できるタクシー経営ができるのか、他人事ながら心配になってしまう。

しつこい話になるが、朝霞市が埼玉県であるために、禁煙も何もかも、都内より一歩遅れることになるのだろう。

●朝霞台駅のケンタッキーフライドチキンが、以前は全面禁煙だったが、改装して、部分喫煙可になった。しかし仕切がきっちりしておらず、空調は一緒なので、受動喫煙は避けられなくなった。あのあたりには喫茶店がないので、ちょっとした時間潰しに使っていたが、もうしばらく利用しないつもりだ。
飲食店の禁煙はどうしてこんなにもルーズなのだろうか。

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2007.03.14

3/14 東上線をいったりきたり

朝一番で確定申告。税理士に経費認定をしてもらう必要のある自営業者の窓口には長蛇の列。この時期の自営業者って連日睡眠削って作業しているんだろうなぁ、と感じた。私は給与所得者の補完的申告なので、書類を提出するだけで終わり。ところが届け出るべき源泉徴収票が一枚ない!昨秋、市内のNPO主催の講座でお話させていただいたときの謝礼分。なさけないことに紛失してしまったらしい。あとで源泉徴収票だけ提出することで話はまとまり、その足で、保育料の確定のための申告所得額の報告に児童福祉課に行く。
思ったよりあっさり終わったのでいったん帰宅。帰路、志木駅前のバチンコ店の電光掲示板の点滅が激しくて、目が痛い。こういう看板の規制について新座市に問い合わせ。

昼から地域福祉計画の推進委員会に出席。
前回、怒ることがあったので、それをめぐって尊敬する委員仲間から、うまくまとめるからあまり怒らなくていいと注射される。確かにそうだ。
厚生労働省の概算要求から地域福祉に役立ちそうな項目をピックアップして示す。今後半年ぐらいの間に県や市の事業になる可能性があるので、国の予算案はアンテナを張る価値がある。自己責任といえば自己責任とも言えるような年金、医療に予算の大半が取られ、偶発性の高い課題を受け止める介護、保育、障害者福祉など基本の福祉サービスが思ったより細くて桁が違う。
地域福祉のオンブズマン関連で、事務局(市)から提出された福祉窓口に対する苦情の調査結果が出る。その姿勢がよかった。そろそろスタートして1周年になるので、運営について小変化をさせることと、自分たちのふりかえりをした方がいいので委員長にそのやり方について検討を求めた。次回議論になるかな。

県議候補は保守系3人に共産党が1人だと思ったら、今さらという革新系の名前が候補になる噂を、委員会の終了後に聞く。ポスターも見ないし、ビラも配っていないし、支持する市議も1人しか考えられない中で、どうするつもりなんだろうか。革新陣営の自爆行為じゃないかと思う。が、実は前回、民主党推薦無所属の県議候補が落選し、半年後の市議選でトップ当選した。その過去があってか、今回、朝霞市議たちが次々と安易に市議をやめて県議選挙に出ているように感じる。党の決定が絶対の共産党候補以外、そう感じる。ダメならまた秋にある市議選に出ればいいやと。
県議の方が仕事が減る代わりに給与が上がるために、県議が格上という意識が強いのだろうか。県議になってもねぇ。県は問屋みたいなもので、商品開発力(国)もニーズを発見するエンドユーザー(基礎自治体)もなくて「調整」と「与信機能」しかないじゃない。知り合いの県議たちも、有権者にとってわかりやすい事業がないから、●●党の政治家という存在感しかない。したがって政党の仕事が中心で、国会議員の手足となって苦労し、複数の市議たちのご機嫌取りをして、本業じゃないところで大変そう。政治家にとってもっとも出番の少ない仕事じゃないかなぁ、なんて思う。

また帰宅し、荷物をいれかえ一息いれて夜は保育園の説明会。新年度を控えて忙しく段取りが徹底できなかったのか進行の手際がいまいちだったが、説明からは面白そうなことになりそうな予感。思わぬ知り合いと同窓になるみたいだ。
年間予定表を見るとちょっと力が入りすぎているかなと感じたが、挑戦した経験が今後の保育園のノウハウの蓄積になると思う。スタッフは大変だと思うけど、ダメなときも含めてうまく乗り越えていってほしい。保護者会のあり方をそもそも考え直したいという設立者の思いがあってか、保護者会という名前ではないが保護者会を作って運営に協力してもらいたい、という提案があった。制度要求の保護者会もいいけど、一緒に仕事をする保護者会も必要だろう。今時の親は一から自分たちで作るのは苦手で、このように親同士のささえあいとかかわりあいの輪を作るようきっかけをつくったことはいいことだと思う。

そんなんで、市内だけで東上線を三往復。めまぐるしい一日だった。

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2007.02.26

2/26 政府予算から我が町の福祉を考える

ここのところ凝っていること。政府予算の厚生労働省の概算要求から人口割や施設割にして朝霞市にどのくらいお金が降りてきそうか、それに見合う仕事を市役所がしているかどうか、検証する作業をしている。

作業の目的は実につまらなくて、(たいした福祉水準でもないのに)福祉にお金を使うと財政破綻をする、というどこかで聞いてきたようなことをオウム返しにしゃべる人たちに反論する材料をストックしておくため。
そういう俗論を言うひとには市の財政の中身についてよくよく調べてほしいと思っている。保育所や介護施設1つ作るお金を駅のひさしに散財してしまったり、保育所や介護施設を1つ運営できるお金をクルマを持っている人しかいけないような温泉施設(昨年から休止)の赤字補填に使われている。あるいは入札結果を見ると、びっくりするぐらい造園業者にお金が使われていることもわかる。

この概算要求からのひきなおし作業がまた自己目的化してきて、予算案から、1施設どのくらい補助金が出そうとしているのか、どのくらいの人を雇おうとしているのか、そんなことを考えながら、朝霞市の施設数や、利用者数、該当する市民の数なんかを計算していくことが面白い。

朝霞市の傾向として、総じて、国が出している水準より福祉水準が低い。私の得意分野は、保育所。朝霞市の人口に対する全国の人口の比率で割り返すと、保育園入所者数が1930人いないと平均的水準ではないが、来年の仲町保育園の開設してようやく保育所入所者数が1380人。450人程度少ない。地方交付税の児童福祉費は平均水準で計算されているので、450人分は浮いているお金と言える。ただし380人については家庭保育室に入っている人への利用料補助金が市独自で出していて、これが中低所得者に対しては他市より水準が高いので差し引くと、実質ピンハネは70人分となっていることがわかる。

公立保育園の延長保育の国庫支出金は地方交付税措置なので、朝霞市のような不交付団体にとっては、事業をやっても収入が増えない(ちなみに朝霞市立の保育所の延長保育は厚生労働省の定義する延長保育とは言わない)。だから公立園では延長保育が控えめにしか始まらないのに、民間認可園では積極的に始められることになる。延長保育について、親が親たれみたいな観念論を押しつけられ、罪悪感を植え付けられる。しかし、本質的には自治体がお金を出したくないのが本質の話なのだ。

こうした基幹的福祉サービスについて不足が目立つ中で、後発の福祉サービス、たとえば、子育て支援センターなどは平均より1.5倍ぐらい高い水準で整備されていることもわかる。遅れた基幹的福祉サービスを整備するために、抱き合わせで厚生労働省の新規事業に飛びついたためと見られる。

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2007.02.14

2/14 朝霞地区の障害者雇用のレポート

きょうは午後、地域福祉計画の推進市民委員会があったので出席した。毎月ある仕事のヤマ場が近づきつつあり、少し後ろ髪引かれる気分で出ていった。

地域福祉計画の推進委員会は、個別分野ごとのチームがさまざまなインタビューやレポートが次々に報告される。

いくつか問題だと思うことがあった。
一つは、市が作らないやりたくないと言い続けてきた地域福祉計画の評価委員会を、抜き打ちで別名で作ってしまったことだ。これはいままでの朝霞市の諸計画の評価でいつも問題になっていることだ。しかも、年2回の評価会議なので、評価原案は市役所が作成するという。それでは評価にならないじゃないか、と指摘した。市役所がまとめるにしても、研究者グループや、シンクタンク、コンサルタント業者などの評価手法や評価技術を導入しなければ、自画自賛になってしまう。
一つは、障害者の雇用と社会参加を考えるプロジェクトの報告の中で、市役所が知的障害者、精神障害者を雇用しない理由として、地方公務員法により、守秘義務、自力通勤、職務専念ができることが求められており、両障害者の任用は考えにくい、という回答があったようだ。それに当事者の保護者に聞くと、試験の受験資格すらないようだ。だとすると、知的障害者や精神障害者すべてが、守秘義務を守れず、自力通勤ができず、職務専念(さぼらない程度の働き方で十分だと思うが)ができないという価値観に囚われていると宣言しているようなものだろう。これはまずいと思う。これだから労働組合のない市役所は・・・。担当職員が、「これは正職員の話ですよね」とフォローのつもりで補足したが、これまたまずいよ。
自治体が民間企業に委託している現業労働の現場などには障害者や外国人がいることが珍しくない。直営だとダメで委託ならいいというなら、これは障害者差別と同時に、雇用主による身分制度ということができる。そんな非民主的な地位に公務員があっていいわけがない。いまだに市職員出身の政治家の経歴に「朝霞市に奉職」などと書かれていたりする。ちょっとびっくりしたことがある。

一方でいい話も聴けた。市の答えに問題はあるものの、障害者の雇用社会参加を考えるプロジェクトは、朝霞地区での障害者の就労の状況について、みんなで分担して調べてきてくれて、すごくよくまとまった報告を提出してくれた。ハローワークの障害者就労の取り組みで、朝霞地区4市の企業に、障害者が500人近く働いていることが報告にあった。あまり公表される機会が与えられてこなかった数字なので、知り得る機会がなく、その水準の高さにびっくりした。

それと、仕事をしては嫌みばかり言われ続けることは精神衛生上良くないなぁ。ほんとうに。

●市役所の前にある、ビル建設以来ずっと自民党議員が使っていた事務所が、いつしか市長後援会(自民、公明、民主相乗り)の事務所になり、今度は民主党員の民主党推薦無所属県議の事務所になっている。家主の中立化か、それともこのあたりの保守の節操のなさなのか。わかりにくい政治を象徴している。

●春闘始まった。連合の会長選挙のどたばたの結果で生まれた高木会長だが、結果的にはよかったと思うことがある。これまで連合会長は、通信、鉄鋼、電気など「基幹産業」が続き、前回改選のときの下馬評には、鉄鋼、自動車、電機などやはり基幹産業の出身者が候補者にあがってきた。
しかし、前回の会長選挙は二転三転し、選ばれたのはUIゼンセン同盟から高木さん。日の丸掲げてインターナショナル歌う、かつては右翼的思想を持っていた労働組合ではあるけれども、もともと女工哀史などで語られる繊維産業の労働者の組合としてスタートし、高度成長期にスーパー、サービス産業従事者や最近ではサービス産業のパート労働者などを組合員にしてきた労働組合である。今回の春闘は、景気回復の分け前をどうするかという議論と、正社員と非正社員との間の格差是正がテーマになっているが、パート労働者がたくさんいる労働組合を出身にもつ高木会長だからこそ、非正社員の待遇改善について積極的にやるメッセージが出たのだと思う。
もし今回の景気回復の分け前を正社員だけで独占したら、次の不況期にはとんでもない社会的格差が生まれ、もはや労働組合はほんとうに社会的価値を失うことになっただろう。
もちろん、高木会長だけの問題ではなくて、前任の笹森さんも相当非正社員に関心を持って運動に取り組んでいたことも言い忘れてはいけない。

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2/13 制度改定に関する正しい認識

板橋区保健福祉オンブズマン室にヒアリングに行く。

福祉オンブズマンについてインターネットで調べていたとき、一番目に出てきた。ホームページの資料性も抜群だし、こう言っては難があるが、人権意識が高い住民がとりわけ多い地域でもない板橋区ができている制度なら、朝霞でもできる可能性になると思ってヒアリング先に選ぶ。東上線沿線どうしの親近感もある。

区の担当者は、社会福祉基礎構造改革や、社会福祉法改正を明確に意識して、制度の創設や運営を図ってきたと説明した。苦情があるかないか、予算があるかないか、ではなくて、選ぶ福祉、自己選択自己決定の福祉に移行し、かつ事業者の参入規制も緩和した福祉制度に変わった以上、こうした苦情対応機関は絶対に必要だという認識がすばらしい。

事業者や議会、役所内がアレルギーをおこさなかったかと聞いたけど、ないと明快な答えだったのには意外な結果だった。役所内や議員さんは、こんがらがって本人も理解に不能になっているような苦情については自分たちでも手に負えないことが多く、専門家が冷静にときほぐして問題解決にあたってくれる福祉オンブズマンがあって助かっている事情もあるようだ。

予算は年300万前後で運営されているが、区の行政評価では3人の事務局職員の人件費も対象にされて、相談件数の割にコストが高いと毎度指摘されるようだ。しかし、同じ相談を弁護士に個別契約で持ち込んだ場合、果たしてコストはもっと高くかかるだろうし、区民40万人の数字でわり算すれば、福祉サービスの質の向上と、万一不利益を被った場合の安全コストを考えるとそんなにお金がかかっているわけではない。
板橋区のような行政評価手法が主流だと思うが、そういうやり方でやると、公的意義が薄くても市民にたくさん利用してもらえる施設や事業は評価が高くて、大事なんだけどもそんなに頻繁に利用されてはならないような行政の仕事は全く評価されない。ここは行政評価の難しいところだと思う。

オンブズマンで問題解決が終わり、一年間が終わると報告集がまとめられて、ホームページで公開している。これが民間事業者の適切なサービスのための資料になっているというから、副次的効果も高い。

●板橋区の最寄り駅、大山駅は橋上駅舎じゃなくて、階段が少ないまま電車に乗れる駅だ。こういう駅は身軽に使えていいと思った。橋上駅舎は負担感が強いと実感。

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2007.02.10

2/9 新座市のオンブズマン制度

高松塚古墳の被葬者を推理する、梅原猛「黄泉の王」を読み終える。
藤原不比等が持統天皇と組んで、古代社会から律令制へと大きく流れの変わる時代の波に乗り、権力の掌握に成功した、という梅原猛氏の歴史認識のもと、その政変の犠牲者となった弓削皇子に焦点を当てていく。
昨年、皇位継承権をめぐって論争があったりしたし、憲法改正の議論が起きれば、天皇の存在意義や権能のあり方が問われるが、梅原説によれば、直系男子が相続する慣習も、藤原氏が権力を後ろで動かすシステムも、藤原不比等が作ったということで、今日のかたちの原型を作ったのが藤原不比等ということになる。

●地域福祉計画の福祉オンブズマンプロジェクトの調査で、新座市オンブズマンにヒアリングに行く。
主に、行政が自ら設置するオンブズマンの機能について確認してくる。市議会で81年から設置を求める意見が出ていて、98年に全会派から設置を求める意見が出そろったのを受けて市長が設置に踏み切ったという。
オンブズマン活動としては、①行政施策で不利益を被った人の申し立て、②弁護士2人からなるオンブズマン自信が不適切な問題だとして取り上げた問題、から調査し勧告または意見具申をする。「不利益」がキーワードで、民間オンブズマンのように、税金の無駄遣いの摘発のようなことは、不利益を被ったことが見あたらない限りは対象にはならない。税金の無駄遣いを摘発できる運動に関われる人は、元気で時間のある人たちで、行政に不利益を被る人は、社会的に発言権の少ない人たちになりがちだから、これはこれでいい割り切りだと思う。
対象は行政施策全般で、市役所と市の委託事業までが対象となる。委託事業ではない、社会福祉法人による福祉事業や、介護保険の民間ヘルパー業者は対象外となるようだが、いずれは対象にしていかなければならなくなるんじゃないかな、というのが担当者の感覚だった。
年間30~40件の相談を受け、その内容を弁護士がジャッジし、年間5件程度、市役所に勧告、意見具申している。その数を多いとみるか少ないと見るか分かれるが、「社会変化があるから多い少ないということは評価ができない。むしろオンブズマンの存在によって、不適切な仕事が無くなったり、不利益を被る市民が救済されること自体に意味があるという。
難しいのは、面白くないことと、不利益との境界線が不明確で、時代背景や本人の事情によって大きく変化することで、そのあたりは職員の状況把握の力と、弁護士の判断にかかるという。
福祉に関して「意思表示できる人」が申し立ての条件なので、子どもは排除されないが、文章を書く力のない人や、意思表示能力に障害のある人についてはハードルがあると認識している。
こうした苦情専用窓口があることで、一般窓口では苦情を受け付けなくなるのか、と聞くと、市長がその前提として市民の相談はどんどん受けるように指示しているので、オンブズマンに押しつけるようなことはない、という。

担当者の方が、これから団塊の世代か地域に戻ってきて、何かやり始めれば、きっと問題意識もあれこれ出てきてここに持ち込まれる案件も増えてくるんじゃないかと思う、と答えていたのも印象的で、時代背景を考えると自治体がこうしたセクションを持つことは避けられないと思う。

不二家やパロマの不祥事で、苦情発見が大切だということが認識されてきているが、こうした窓口を持つことで、自らの不利益情報を早期に発見し、組織の改革につなげていく機会にする強みがある。苦情を言われて反論する理屈作りばかりを仕事としている役所は、忙しいけど仕事としての意味は少ない。

また、政治的にも面白い事例だと思う。埼玉で3番目、全国で30番目ぐらいに設置した行政オンブズマンのようだ。先進的な事例について、新座市は先取的だと思う。
小さなスキャンダルがいくつかあっても、新座の須田市長が長期政権になってきはじめたのは、保守市長ではやらないような先取的な制度づくりをどんどんやってきたことと、市民との直接対話のチャンネルをたくさん用意していることだと思う。

朝霞市は、こうした先取的な制度改革は外から学ばず、やらない理由ばかり百と並べる。やらない理由が見つからないときには「朝霞らしさ」などという市民には何の役にも立たない大義名分を持ち出して、「オレ流」にこだわり、何も取り入れない傾向がある。新座市と比べて、市役所を取り巻く合意形成のシステムが不透明だし、何か問題がありそうだ。

●本当はこのヒアリングの原稿起こしがあったが、ついつい寝てしまった。

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2007.01.27

1/27 高齢者の安否確認

午後2つめの予定は、地域福祉計画の「高齢者・障害者の危機管理プロジェクト」の高齢者ヒアリング。デイサービスに通っている3人の高齢者の話を聴く。

病気やけが、災害、そして犯罪被害という3点から高齢者や障害者を守る仕組みを作るムーブメントを作ろうというプロジェクトで、最終的には、市役所や介護、福祉事業者、その他いろいろな人たちに提言をしていく。
その最初の段階で、当事者が、どんなことに注意を払い、どんな人たちと関わりながら生活しているのか調べる作業だ。統計調査ばかりに依存しないで、人々の暮らしのなかのオーラルヒストリーを蓄積していって解決策を考えるのが朝霞の地域福祉の市民委員会のいい習慣・手法になっていると思う。統計調査では少数の人の課題になりがちな福祉を考える上で、ヒアリング取材というのはとても大事だということは、この間読んだ岩田正美「社会福祉研究法」(有斐閣)にも書いてあった。

3人が3人、高齢独居者で、話は勉強になった。買い物がスーパー・コンビニで済ませられる時代に、定期的に配達があったり御用聞きするサービスは新聞ぐらいしかないこともわかる。低所得の高齢者にとっては、新聞を読むこともなく、ほんとうに親族と公的サービス以外はほとんど安否確認が行われないことがわかる。むしろ男性高齢者の方が、料理が苦手なため宅配の惣菜などを利用していたり、新聞を読んでいたりして、まだ安否確認のつてが多いと思った。

基礎年金しかない高齢者の生活についても聴くことができた。家賃で収入の半分以上が持っていかれて、なかなか厳しい。こうした自立すれすれの人に対する福祉は脆弱で、宗教団体とワンセットの政治家に頼って公営住宅の入居を斡旋してもらうか、親族に頼り、子どもの嫁や婿と嫌な思いをしながら死を待つことを勧められるかだ。不動産屋天国ニッポンの弊害を垣間見る。すべての物価を高いと言っているのは貧困者じゃないのだ。ほんとうの貧困者はまず住宅費を何とかしたいと思っている。
興味深いのは詐欺も窃盗も、こうした高齢者のところにはあまりやってこないようだ。騙しても、借金させても回収できないことがわかっているからだろう。犯罪には下調べが行われるということを証明している。振り込め詐欺や消費者問題を起こす詐欺は、中産階級の高齢者の問題だとわかる(中産階級とてもう年金生活者という無産者なので事態は深刻なことに違いないが)。
基礎年金だけで暮らすような高齢者にとって風呂や娯楽も禁欲だらけで、自分自身の大学時代を思い出した。

調査の余談で、デイサービスでマージャンの日があることが話題になり、この高齢者も誘われていた。最初は遠慮していたが、賭をしないマージャンだとわかったとたんに前向きになった。お金のかからない遊びというものをどれだけ発見できるかが、豊かな高齢社会なんだなぁ、と思った。それで思い出した映画があって「月夜の願い」という台湾映画。最初のシーンで、高齢者が集まってマージャンやっていたように思う。
私はマージャンを覚えずにこの歳まできた。この高齢者たちに教わってみたいという気持ちが起きた。高齢者と一緒にマージャンをやるというボランティア活動もありだと思う。

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1/27 市民の権利擁護より事業の方が大切な市役所

午後1つめの予定は、地域福祉計画の福祉オンブズマンプロジェクト。近隣自治体でオンブズマンを設置している市と、福祉オンブズマンを設置している区を訪問して調査することを確認。市に対する要請として出したものの回答が不満で、次回に再意見書を提出する予定。

市の意見として「開店休業状態の自治体があるようなので」と、オンブズマンの必要性について市は疑義を呈しているが違うと思う。詳しくは意見書に書くが、たとえて言うなら治安のよい自治体に警察や防犯活動がいらないということにならないのと同じ論理ではないかと思う。とりわけ福祉の利用者は、たえず自己規制をし、明らかな人権侵害にも遠慮して声に出さない人が多い。また、身体能力としても経済能力としても、訴訟を起こしたりや県庁に何度も行ってまで問題を明らかにしていくことは、物理的に不可能で、地域の自治体がこうした社会的弱者の権利侵害を放置しないという姿勢が大事じゃないだろうか。こういうことにタカを括っていると、朝霞市役所が雪印や不二家のように、いつか福祉の問題で、裁判に訴えられたり、警察沙汰になるんじゃないかと心配になる。

「先行事例に倣うのではなく、独自に考えていく必要がある」というが、福祉の先進自治体がそういうこと言うならともかく、複雑な福祉問題は県施設に押しつけるか、東京都に福祉難民として送り出してきた朝霞市に、福祉の応用問題を解決するスキルがあるとは思えない。同時に深刻な状態を受け止め解決してきたスキルも少ないと思う。「独自に考える」というのは、だめんずの「オレ流」に近いダメ思考である。だめんずが職安で履歴書の書き方、面接の受け方の基本を教わるように、まずは基本をきちんと習い、スタンダードな制度を整えることが基本だろう。当事者が福祉サービスで不当な扱いを受けたことは消費者問題でもあり、それに「独自」って何があるのだろうか。

「地域包括支援センターの活用を検討しては」というのは賛成だしその通りだと思うが、どちらかというとそれは福祉サービスを受ける前の事前の総合相談機能の充実の話で、権利侵害の救済機関の話ではない。
朝霞市には介護事業者や医師が運営しているものしかない。人口比で3~4カ所設置しなければならないが2ヵ所しかない。両方とも交通不便地域だ。そこが、福祉の権利侵害までやっている余裕も、立ち向かっていくことも難しい。同業者の失敗をことさら厳しく追及できるだろうか。
それなら地域包括支援センターの運営を介護事業者や医師に丸投げしているだけの状態を改善すべきで、市や社協など公的機関が1つぐらいは運営したらどうかと思う。

「事務局が福祉サービスの提供者である行政で良いのか?」というが、大切にすべき理屈が逆立ちしているとしか思えない。福祉サービスそのものを運営するのが行政の一番大切な仕事じゃない。
福祉を必要とする人が不当な状態におかれないようにすることが福祉行政の第一に求められる役割で、その次に福祉サービスが公的な立場から違法な状態や利用者にとって悲しむべきような状態で運営されていることがないように監督することが行政の大事な仕事である。具体的な個別の福祉サービス(朝霞市でいえば保育園)を行政が提供しているのは、運営者が誰かという副次的な問題でしかない。公営の福祉があることを理由に市民を権利侵害から守る責任からほおかむりすることはどうかと思う。そういう責任放棄の論理立てするなら、かえって公立保育所の民営化をせよ、という声は高まっていくだろう。これはコスト負担の問題でしかないから。
福祉オンブズマンのような、収益が期待できないけども、公的な価値が高い仕事(他には消防署や警察、裁判所などもそうだ)こそ行政が運営していなかければ行政の存在意義が疑われるのではないか。こんな収益のあがらないことを民間にやらせようというのなら、タリバンに支配されたアフガニスタンと同じ論理である。

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1/26 住民合意と行政権の独立→暴走

昨日のブログの議会の記事に関して、自分自身の振り返りから。

質問の場としての議会だから生産的な議論ができない、行政の追認機関になってしまっている、というような問題提起を紹介したが、実は、これは行政部局が行う、各種の審議会、委員会でも同じことが言えていて、行政が原案を説明した後、委員が質問を繰り返し、行政をうならせたり、案を修正させると仕事をした気になっていたりする。えてして、行政追及型の委員と、行政をヨイショするだけの委員が、行政に自分の意見が正しいと言わせるだけの対抗関係しかない。

しかし、本来は会議の場なのだから、委員どうしが自ら考えて、文章化して、提案するぐらいやらないと市民参加ではない。また、行政が提案したとしても、委員どうしで議論して委員の自治能力として結論をもってこないと、市民参加なんかやっても行政の意のままである。
私も朝霞市の地域福祉計画の策定でもそれを心して関わった。行政にいちゃもんをつけるだけの参加では面白くない。そういう時間があったら、作ること、決定することにそもそも市民参加をやっていく時間に使いたかった。2年間は委員長もそういう方針で、行政に意見を引き出すような発言は「われわれがどう考えるべきか、そういう立場で意見を発表してください」とよく軌道修正していた。
行政にいちゃもんをつけている範囲では、行政権の不可侵性に何の挑戦もしていないのだ。施策の決定権を市民に取り戻すためには、市民どうしで話し合い、合意や落としどころを醸成していく討論が重要なのだ。

地域福祉計画の原案を作った策定市民委員会では、公募市民による委員どうしの議論、調査活動をとても重視して、活発に行われたことがよかったし、実際に原案作成から手法の開発まで市民が市役所やコンサルと調整しながら主体的にやってきた。
上位の意志決定をする策定委員会では、行政に答弁を任せきりにせず、私を含めて3人の、原案を作成した市民委員会と重複する委員が、明らかに行政が説明すべき事柄以外は、スケープゴートになる覚悟で、有力者からなる委員たちからの質問から批判まで引き受けた。実際、特定の委員からスケープゴートにされたけど、市民自治という観点からは、行政だけが批判の矢面に立つことは良くないわけで、進歩もなく毎度私を目の敵にしてきたその委員にはいろいろ思うところはあるが、スケープゴートになったこと自体はまぁいいかと思っている。

●群馬県伊勢崎市が、市町村合併のアメとして発行を認められる合併特例債を財源に大観覧車を作ろうとしていたことが報じられている。市町村合併の本質が見えてくるような話だ。

合併特例債とは、市町村合併をした自治体に、合併で必要な施設を作るための費用を借金できる仕組みで、その70%分の元金と利息の返済を不交付団体以外は地方交付税で国が面倒見る、というもの。財政の効率化という目的のためにばらまきが行われたのだ。

総務省は、新市役所とか、旧市町村境を超える道路が少ない地域の道路造りとか、さも必要最低限のものしか認めないようなことを言ってきたが、実は伊勢崎市のように街のシンボルだかなんだか理由をつけて観覧車を作るような自治体もあったわけだ(公共事業にたかりたがる人間たちとそれを煽る建築家は空虚な思想を騙り●●のシンボルという言葉で無駄をカモフラージュするのが大好きだ)。今頃になって総務省が事実上の疑義を示しているが、そもそも市町村合併の計画段階で、県庁や総務省に、特例債による事業計画として打診されているはずだ。総務省は今頃住民が騒ぎ出したからと、疑義を示しているにすぎないのではないかと思う。

財政が悪い、高齢化社会に耐えられないと、市の様々な事業を民営化したり、リストラしたり、生活保護を出し渋ったりしている一方で、みんながほしがっているからと、観覧車のような「民でできる」事業に市役所がお金を散財するということがほんとうに理解できない。公園、スポーツセンター、温泉・・・、娯楽でしかなくて本来は民で事業化すべきことを、市民、議員、工事業者、運営受託予定事業者などがコンサルタント会社を使って、ワークショップなんかの手法で「他人の意見を否定しない」などのルールを押しつけられ、よってたかって、あったらいい、夢のある施設、と話を持ち上げて、税金を使うことを合意させられる。夕張じゃないけどえてしてそんないい加減な構想で作られた娯楽施設など運営がうまくいかなくて、赤字になって、外郭団体などへ借金の飛ばしや、不正な会計操作でまちの財政にもっと大きな穴をあけていく。そうした施設を作って、儲けているのは誰だったか、よく考えるべきだろう。

伊勢崎市民の名誉のために付け加えておくと、建設反対を訴える署名には、2万人もの市民が署名をしたようだ。賢明な判断だと思う。朝霞市なんか、老朽化した温泉を廃止する合意すらつくれなくて、休止といって誤魔化している。伊勢崎の観覧車建設は、みんなが欲しい施設、という前提そのものが崩れていて、何の公共性もない事業であることがほとんどはっきりして決着がついたのではないか。

●なかなかわかってもらえないが、すべての職場に労組があるべきだ、という理念を持つ労働組合の職員にも当然労働組合がある。その組合のレクレーション事業について、隣席の担当者が昼休み悩んでいた。要望として高かったのがディズニーランドだという。うーむ。レクレーションには違いないけど、ディズニーランドを組合で行く意味があるのかなぁ。消費と相互扶助と生産と切り分けたときに、組合行事ってどこに入るのかな。ディズニーランドって、与えられたものを買うだけじゃん、と思う。それなら私的にやった方がいいんじゃないかな。浦安市と夕張市の成人式の対比のように、好き嫌いも結構分かれるし。

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2007.01.20

1/19 市の障害者プランに意見を提出

朝霞市の障害者プラン案がまとめられ、今日までパブリックコメントの意見募集を行っていたので、意見を書いて提出した。
【提出した意見】
朝霞市障害者プラン・障害者計画案への意見(pdfファイル)」をダウンロード
【計画案】
1.朝霞市障害者プラン案
2.朝霞市障害者計画案

個別障害者施策については、私も追っかけきれないことが多いし、おそらく当事者や当事者団体が意見していると思うので、そこには言及せず、バリアフリー、ノーマライゼーション、社会福祉基礎構造改革の観点から計画を検証して、意見をとりまとめた。

こうした理念の基本をねじ曲げて、措置制度時代の残骸のようなしてあげる福祉からの観点が目につくし、安易に想像力も働かせず、美しい言葉に飛びついているのではないか、と思うようなことも見られる。

その中でも障害者の自立という言葉があちこちに使われているが、行政責任や地域責任から障害者を自己責任に放り出すことなのか、それとも自己決定、自己選択できる力づけを行う自立なのか、定義が定かではない。言葉の定義で言い争うことはあまり好きではないが、同じ障害者の自立でも、全然違うとらえ方ができるのだから、めざすべき障害者の自立像を明確にしていかないと具体策が散漫になってしまう。

また、上位計画であり、福祉の総合計画的な意味を持つ地域福祉計画の提言があまり生かされていないように思う。民間企業も福祉やバリアフリーに取り組んでもらうことは想定していないし、権利擁護は、福祉相談なんかと一緒になって、当事者が不安を持つこと自体が問題かのように書いている。ソーシャルワーカーなどの総合的な相談ができる専門職について、全く書かれず、相変わらず「連携」と今やっている各セクションの努力で問題解決できると思っている。

●大阪・八尾で、作業所で働く障害者が子どもをデッキから放り投げた事件で、知的障害者への偏見が広がらないか心配になる。彼らは、意志疎通がうまくいかないため、防犯活動でマークされやすいことも心配である。また「子どもが死んでもいいと思った」と供述した(なぜ供述内容がマスコミに漏洩するのか)と報じられているが、それは刑事事件を立件するときに、故意による殺人未遂(殺そうとして死ななかった)なのか、傷害事件の延長としての未必の故意(殺そうと思ってはいないがその犯罪行為で人が死ぬ可能性があることを認識している)なのか、判別するための供述取りだと思うが、知的障害者であることを考えると、そのまま解釈してよいかどうか、もう一度立ち止まらなくてはならない。犯罪被害者の立場では、障害者だから甘やかすなという声が聞こえてきそうだ。もちろんそれなりの刑事罰を受けるべきだが、その感情に流されて、加害者が何の気無しに断片的に言った供述をことさら悪質に捉えるだけでは、知的障害者がひきおこす事件の本質が見えなくなってしまう。再発防止という点からも加害者がどのような状態だったかを冷静に検証していく必要があると思う。

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2007.01.08

1/8 町内会の先祖返り

午前中、地域福祉の高齢・障害者の危機管理プロジェクトの集まり。おおまかな当事者ヒアリングの質問項目と、ヒアリング先のアポイントメント状況の把握を行う。
福祉の当事者には、自分の思いをうまく伝えられない人とか、ほんとうに困っていることを恥ずかしがったりして話してくれない人がいる。少しでもその人のほんとうの思いを聞き出すためには、流れを大切にしようということで、あまり細かい質問項目にしないことにする。あと質問項目というのは、細かくすればするほど、最初から回答を予測できるものになってしまう。
こういうことは、交通評論家の故岡並木さんが、武蔵野市のコミュニティーバス・ムーバスの開発で、探ったやり方で、高齢者の真のニーズを引き出すのは統計数字ではなく、思いのたけだけ話してもらうことと、その人たちの生活をきちんと記録することで、それができるコンサルが当時は1社しかなかったと話してくれたことを思い出す。
来てくれた方から農園で栽培した大根をいただく。あまりにも大きいのでびっくり。おでんにして楽しむ。

●話のなかで怖い話を聴いた。
朝霞市内のある町内会で、国民保護か、防災かどちらかで、住民全員に●●隊長というようななにがしかの役職を、頭ごなしに強制的にふった話をきく。親の介護があるので断ったら「名簿が汚れますよ」と脅かされて押しつけられたらしい。本人の信条からも、そうしたことは嫌だという。しかもその住民名簿を市役所に提出するようなことまで言われたらしい。
自治会・町内会とは法人格のない任意団体でしかないのに、行政が住民合意をめんどくさがって町内会長だけに何でも相談して合意を取ったり、土着の地方議員の後援会組織と二重写しになっているから変なハクがついているけども、裸にしてみれば、期待されている役割は職場の親睦会のようなものだ。
それが、住民の生活や思想信条を実体上縛り、役所が要請もしていないような相互監視を始めるなら、それはとても危険な行いである。そもそも町内会が、先の大戦に備えてつくられた隣組から始まっていることからも、十分にその過去の過ちについて留意して運営しないと、システムはそんなに変わっていないから、再びとんでもないことになる。

ホワイトカラーエグゼンプションにしても、規制緩和にしても、「官の規制」を緩めて何が怖いかというと、我が国の社会の場合、自由のために制度が解放されるのではなく、公認の権力による規制がなくなるかわりに、末端の小さな組織で相互監視を行ったり、人権の蹂躙を行うようになることである。そしてそれはしばしばパワハラ的な無法なやり方を伴うことになる。

町内会・自治会は大切で、新住民やマンション住民はこうしたものに入らないから大問題だ、という「地域の人」や市職員が少なくないが、一方で、私は住民の多様性や自発性を無視したような運営、既得の発言力を温存したままで、新住民や後から参加してきた人間を使役するだけの町内会・自治会があることに嫌悪を感じている。市役所が町内会・自治会を重視して、引き続き市民の合意形成を図るなら、町内会・自治会の改革を促進するような、役員研修の実施(ありがちな市の経費で買ったり借りたりしたバスでの温泉旅行じゃなくて実体内容のあるもの)や、民主的かつ法律が守られた運営がされているかの監査制度の整備、苦情解決機関の設置を行うべきだろう。

私は、先日あった朝霞市の国民保護計画に対する意見で、住民自治組織や防災NPOなどの法律を逸脱するような行いや、善意に満ちあふれた人権蹂躙に対して、苦情解決できる手段を整備すべきだと意見した。残念ながらその危機感は間違っていなかったと思ってしまう。

もっとも、こういうことをする会長のいる町内会、自治会の会員は、きちんと会長の首に鈴をつけることが大切じゃないかと思う。あの会長をやめさせたら自分がやらされるんじゃないか、などと不安に思うかも知れないが、最後には、自治会・町内会がなくたっていいやと思うぐらいに腹をくくれば怖くない。誰のための町内会なのだ、と。

●昨日の報道特集は珍しく北朝鮮特集ではなかった。安倍政権が圧力をかけているからだろうけど、毎週毎週、北朝鮮情報の垂れ流し、ごもっともなんだけど飽き飽きだ。聞いた話もたくさんだし、もっといろいろな問題を報道してほしい。
今回は、福岡県西方沖地震で半損壊した福岡市博多区のマンションの再建が報じられていた。欠陥建築をしたために柱も壁も破損しているにもかかわらず、マンションデベロッパーの無責任がまかり通る制度と、住民を恫喝したり、お金や管理組合への政治工作で口封じを図るやり方に見ていてムカムカしてきた。

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2007.01.03

1/3 子どもや子育てに至上の価値があるのか

政府が少子化対策を見直すという。少人口社会に備えるという。その視点はいい。しかしなのだ。
少子化対策の出自は少しうさんくさくて、もともとは森喜朗あたりの保守政治家が「女が子どもを産まなくなった」と嘆いて産めよ殖やせよ政策を始めようというところから話が始まり、それを厚生労働省の官僚たちが何とかイデオロギー的色彩を薄めて、代わりに本来は少子化対策とは別にニーズのあった保育所充実策とか、子育て家庭への経済支援などに力点をおきかえて、イデオロギーを超えた国民合意として取り組まれてきた。結局、産めよ殖やせよ女は家庭から出るな、と言っている保守政治家たちはそれでは面白くなくて、少子化対策をばっさり切り捨て、再び、巧妙に保守イデオロギーの差別的な家族政策を持ち込もうとしている。

そこには、保育所拡大政策をやめ、家族や地域の結びつきを強めるという言葉で、イレギュラーな家族や、町内会に頼らない地域を、排除したり冷遇したりする政策が進められる危険性が出てきた。またもや「ふざけるな専業主婦」みたいな議論を一からやり直して、落としどころをさぐるようなことをしなければならなくなる。

事実、山谷えり子首相補佐官が、母親は労働をすべきではない、ということを産経新聞の新年インタビューで話している(山谷さん自身はどうなのですか、と聞きたいけれども。実際、山谷氏のようにキャリアで働くとなれば、母親としての責任なんて保育所預けっぱなしにしてもたえられないわけです。本人が自分でそれをやってきたのか疑わしい思いです)。

ここ2年地域福祉計画づくりに携わってきた。それ自体に意義は高くある。でも、今回の政府の見直し案のように、なんとなく政府の都合のよいように住民を動員して、政府の都合のよいように「あるべき家庭の姿」「あるべき地域の姿」などを町内会や地域のNPOがマイノリティーを差別することで語り合い不本意な人まで監視しあうような姿にはしてはならないと、ほんとうに思う。実際に、最近、地域社会で大流行している防犯活動では地域の「へんな人」探しを必死にやって、知的障害者をはじめ、ちょっとでも変わった危険でもない人をマークしてしまったりする。そんなことでいいとは思えない。

もっとも、保育所が必要だと言い続けてきた側も、安易に少子化対策に話を結びつけてやってきたことの反省は必要だと思う。人が自立して生きていくために、そして人材を社会参加のチャンスから脱落させてはならないという社会のリスク管理の一環として保育所政策があるべきだが、子どもを殖やすために位置づけたことの弊害はこういうところで出てくる。

あと、安倍晋三みたいな考え方をしている男は、そんなに家族が大切なら、仕事を辞めたり休んで子育てをやってみろ、と言いたいものだ。能力とは関係のない先天的なものでしかない性別を前提に、子育ての全知全能的な責任を押しつけて、好きなこと言っているな、と思う。

●となりの市で24歳の母子家庭の母親がスノボに出かけて、残った子どもが火事にあい、焼死する事件があった。
この母親がどんな人物だったかは伝わってこないが、おそらく社会は「母親が何をやっているんだ」という論調だろう(そういう俗論が2ちゃんねるあたりに山と書き込まれていそうだ)。私も一部それは認める。チャップリンの「キッド」を見て涙してからは、他人の子にでさえも守ってやらなきゃ、という気持ちが大事だという感じがしているからだ。
しかし、じゃ、同世代が、それこそ森喜朗的な言い方をすれば「子どもも産まずに」連日遊び歩いている中で、子どもを抱え、どういう因縁なのか母子家庭としてやってきて、社会に排除されている気持ちは、たとえしょっちゅう子どもを置き去りにしてスノボに行っていたとしても、とても強かったのではないかと思うと、そんな安倍晋三や山谷えり子のような責任論だけで片づけられる問題じゃないと思う。
こうした親を受け入れて、たまには遊んでおいでと預かってくれるのは、今の日本社会では理解のある親しかいない。理解のない親は最悪だ(だから安易に三世代同居なんて言えない)。保育関係者や地域の子育てネットに相談しても、よほど良心的な人に出会わない限り子どもの価値をやまほど言われて「遊んでいるヒマがあったら子どもと」とやさしいけれども執拗に言われるのが関のヤマである。じゃあどうしてそんなに子どもや子育ての価値があるなら、同世代は妊娠することを危険視して子育てリスクを回避して、遊び歩いたり仕事に邁進しているのか、ということに何の回答も与えていない。
したがって保守的な家族イデオロギーを押しつければ押しつけるほど、子どもや子育ての厳しい現実がある以上、子どもや子育てが社会から忌避されることになるのだ。

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2006.12.29

12/28 わけのわからない理屈

今日は当番で強制有給取得日だったが、発送物が1件あって出勤。しかし、コンピューターから出てくるその発送物がない!怒らないでいたら、向いの席の人が「人間できていますねぇ」なんて言う。そんなことはないからいろいろなことを言ってしまうのであって、むかしやっていた仕事でそういうことに慣れきっているからだ。

午後、地域福祉の福祉オンブズマン・プロジェクトの集まり。市の担当課に庁内での作業状況について説明を受けてきた2人から報告を受ける。ゼロ回答どころか、とことん後ろ向きな話を聞いてきたみたいだった。担当課は計画策定のときには馬力があると思ってきたが、推進段階になった途端、何か他人事のようにしている。コンサルはいないのはいいにしても、担当職員すらまともに出てこない。私たちは勝手に議論させられているだけだ。
そして、話の中身については4月に機構改革・人事異動があるから、と話を先送りにされたと聞く。呆れる。以前も「市長選挙があるから」と話を先送りさせられたり、逆に一方的に尻を切られたりしたことがあった。市長選挙や機構改革の前、3ヵ月から半年は意思決定が滞る市役所ってどうなんだ!と思う。市民はその間も納税義務を免除されるわけではない。民間企業で機構改革や人事異動を口実に顧客サービスを低下させるところがどれほどあるだろうか。市職員が機構改革の人事談義を理由に仕事をさぼるなら、機構改革なんてやるべきではない。
そもそも新しい仕事をいっさいやらない状態が何ヶ月も続く機構改革なのに、何のためにどのような効果を狙ってどのように機構改革をやるのか、全く説明が見られない。日頃は行政の継続性だとか、立派なタテマエを言うのに、人事異動1つで行政の継続性が担保されないなら、そんなことは行革ポーズに過ぎない。
それから、地域福祉計画は、市役所がやりたがらないが福祉を利用する当事者たちのための諸施策を求めた見返りに、市民側の責任についてあれこれかぶった。しかし市の責任でやるべきことについては何をやっているのだろうか。報告すら上がってこない。

夕方、保育園の入園申請。言葉のニュアンスでは、また待機児童(うちの場合は保留児という言葉にすりかわる)になりそう。仕事でかかわりのあった朝霞の元住民が「(保育担当課に影響の強い)F市議に頼んだらすぐ決まったわよ」なんて話をしていたことを思い出す。入所決定には不透明感が漂う。でもこの人、すぐに都内に家買って引っ越したんだよね。市議にとって口利きする意味ってあったのだろうか。そんなふうに便利屋的に市議を使う住民にとって、地域社会はどう見えていたんだろうか。いろいろ考えてしまった。
先日の健康診断書の一件についてやりとりをした。説明に苦しそうだった。自治体は何のために福祉をやるのか、社会福祉基礎構造改革がなぜ当事者のためにやるのか、筋の通った共通理解ができていないから、福祉はやってあげている市民サービスという感覚が強いから、こういうことが起こるんだろうと思う。

●被害者である私の職場を、8年も前の犯罪者からのネタで書いてくれた月刊現代(というより元社会党系ライターの問題)だが、今回の2月号「飯島勲異能秘書官の虚像と実像」と「本間税調会長を売った財務省の魂胆」は、面白くてついつい読んでしまった。
後者の記事、本間税調会長の記事の方は、安倍内閣で好き勝手やりはじめたキャリア官僚たちのことを書いている。今回の一件は、便宜を図った官僚が省益のためにリークしたということらしい。
それよりその記事では、公務員制度改革をめぐる動きの方が興味深い。経済財正諮問会議の民間委員(あの八代先生もいるが・・・)が、①再就職(天下り)斡旋を禁止②警察・自衛隊員以外に公務員に労働基本権を付与③年功序列から能力実績主義賃金への移行をペーパーにまとめたものを、官僚出身の首相秘書官たちが「霞ヶ関は干上がる」と批判し、安倍首相の組閣でただ1つのサプライズだった官邸の人物は「机をバンバン叩いて」「公務員と民間サラリーマンを一緒くたにして、訳の分からないことを口走る始末だった」「『天下りは民間企業だってやっている。なぜ官だけがダメなのか。やるなら民間企業が退職者に再就職を紹介するのも禁止しろ!』」とやったそうだ。
経済財政諮問会議の民間委員ペーパーの③はそんな安直な話でいいのか、と思うが、それ以外は日本の公務員制度の歪みを是正する妥当な内容だ。
公共事業をぶら下げて民間企業に転職してくる天下りを禁止しようというのは、公共事業の自己膨脹が問題化された94年ぐらいからの課題で、もはや議論の余地がないと思う。「民間の厳しさ」を知らない退職公務員を、誰が好きこのんで監督官庁が押しつけるままに雇うのだろうか。共済年金が民間より高いのだから天下りを役所が斡旋することなどすべきではない(天下り規制と公務員年金の水準の問題はもっと議論されてよいと思う)。
②についても日本はたちおくれの弊害が大きい。公務員に労働基本権がなく聖職化しているから、普通の賃金労働としての常識、市民常識からズレがあるんじゃないかと思うことがある。公務員の労働基本権制約は「ストや団体交渉・団結権は制約されるぐらい公務員は偉いんだ」という効果になってしまっている。
キャリア官僚が自分たちの人生設計を守るためなら、変な抵抗の仕方をしないで、労働組合でも作って正面からやるべきじゃないだろうか、とも思う。

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2006.12.17

12/15 東松山市見学の報告から

どういうわけかエリート予備軍の人たちと呑む機会を得る。労組の職員が参加するらしいと、みんなとてつもなく警戒して来たらしい。マイノリティーなんだなぁ。
彼らは人事に強い関心を持つところが偉いと思った。私はそういうことにあまり執着しないから勝負に弱いと実感している最近。

帰宅後、VTRに録画した14才の母を観る。相手の男の子の家庭環境の設定ができすぎだと思うが、いい問題提起をしてくれるドラマだと思う。どこにでも可能性のある話でありながら、「ありえない」「あってはならない」ということで問題を抱えた当事者しか考えてこなかったテーマ。未成年に命が宿ってしまったときに、その命とどう向き合っていくのか、ほんとうによく考えさせてくれる。新聞の投書なんかで倫理にもとる番組だから放映をやめろという意見があったが、妊娠するって大なり小なり14才の母と同じような課題を背負うんじゃないのか、と思う。14才で母になるという言葉や映像をこの社会から抹殺すれば若年妊娠がなくなると思うのは、井沢元彦じゃないけど、言霊崇拝の大和民族的意見だなぁ、と思う。
ドラマのロケで使われた学校が、昨日の教育基本法改正に疑義を呈したというニュースを聞いた。

●地域福祉計画の推進委員会があった。今回はとてもいい集まりだったと思う。
11月27日に半分以上の委員が東松山市の社協が運営する「総合福祉エリア」を見学に行ってきたため、その報告が中心となった。これまで地域福祉では街おこしや住民の自発性を中心に議論をされてきたが、そもそもおおもとの福祉のコーディネートをどうするのか、という実地の見学、そしてその効果を確認してきたこと、みずみずしい理念、そうしたものに触れて、とってもいい発言が続いた。

大きく分けて、①福祉提供体制の総合化(提供する側の都合のタテ割制度に利用者が合わせるのではなく、利用者にあわせてタテ割の制度を組み立てるシステム)、②尻を叩く方法ではなく障害者の社会参加を人材育成の観点から強力に支援していく地域の体制、③市予算に占める民生費割合が高くないでもできる現実、④ノーマライゼーションの理念が徹底されている、⑤これらの考えをきちんと持って推進する首長の存在、に評価意見が上がった。どれも朝霞市ではまだこれからの話。

③についてはいろいろ判断しなければならないこともあるので、一概に言えないが、高齢・障害の分野に限定すれば確かに東松山市のやり方の方が民生費は高くならない。総合的な支援で早くにニーズをつかみ、今の生活を大きく変えないようにその人の自立をめざしていけば、所得から生活から何から何まで支える福祉にはならなくて済む。施設入所も、本人が望まなければ回避できる。朝霞の場合は、介護が必要になった多くの家族から出てくる言葉が、入院する病院、入所する施設がない、という言葉。まちを1つの開放施設のようにしていくという発想で変えていく必要がある。
福祉が充実していない朝霞市の民生費が高いという理由については、保育所の数と職員配置の状況がどの程度影響しているのか、分母の問題して朝霞市が不交付団体となっていることの影響が出ているのかどうなのか、検証して判断する必要がありそうだ。

④⑤については、地方自治や地方政治に関わる人たちのものの考え方をもう少し整理してもらう必要がありそうで、財政問題から、自立、民、NPO、起業という言葉を安易に組み合わせて選挙公約にしてしまうような流行についてもう少し冷静になってもらうようなことが必要だろう。最も効果的な福祉に対するお金の使い方は、どこに力点を置くのか、今あるサービスのままでそれを単に民間に投げたり、NPOに安価で押しつけたりするだけで改革となるのだろうか。
それらを問い直すためには、支援が必要な人にとっての自立や自己決定権とは何か、という福祉に対する原理的なところからの理解がどうしても避けられないが、少なくとも政治についてはマッチョな人がなる仕事だから、自立といえば脛を囓らない程度の認識しかなくて、根源的な政策の問い直しにはならない。東松山市の市長とその他大勢の違いはそこにあるのだろう。だとすると福祉行政に政治が下手にタッチすることは避けてもらいたい、という感じもする。

最後に自由発言の機会を得たので、先日書いた保育所入所申請用紙の問題を指摘しノーマライゼーションについて全く理解できない対応であること、ノーマライゼーションの原点に人権を支える福祉という観点が問われているのにわからないことの問題、そして、市の人権啓発と言えば毎回のスローガンとしての同和問題の広報活動、その内容も「エセ同和」への注意喚起(本題の部落差別をなくそうという記事の倍ぐらいの分量がある。エセ同和の脅威なんて公共事業関連の人しか関係のない話でしょうに!)に大半が占められていることの問題を指摘する。

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2006.12.03

12/3 障害者・高齢者などが朝霞市で災害にあったら

今朝の毎日新聞1面で、国の災害時要援護者の避難支援ガイドラインが策定を求めている、災害時要援護者の避難支援計画を策定している自治体が1割というニュースを報じている。毎日新聞が全国の自治体にアンケート調査した結果。

災害時要援護者とは、高齢者や障害者、子どもなど災害時に支援や特別の対応をしなければ避難や避難生活、その後の生活再建に支障の出やすい人たちのこと。

朝霞市の地域福祉計画の策定のさなか、新潟県中部地震があり、NHK教育「福祉ネットワーク」で体育館に避難した「健常者」が自治体職員をなじっておにぎりを配給させる一方で、自治体職員がいないからとおざなりにされた知的障害者とその家族の大変な状況が報じられ、当事者家族とともに、7項目ある地域福祉計画の1項目として特出しさせてもらったし、そのことをうけて防災を担当している市の庶務課でも、当初は福祉が防災になぜ口だしするのか、といぶかしがっておられたが、後半にはむしろ率先してこの問題の対応策をまとめていただいた。

毎日新聞社の提示した4択の数字では朝霞市は周辺自治体と同じようなパッとしない回答になっているが、いろいろやりとりがあったので、完全ではないものの、一般的な高齢者や障害者だけを想定したような計画ではなく、もう一歩ふみこんだ内容になると期待している。

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2006.11.03

11/3 紙一重の市民による福祉政策

午後、県内の地域福祉計画に関わっている市民の交流会に出る。小地域活動に積極的に取り組む所沢市の話を聞く。所沢市は介護保険制度導入時にがんばった自治体で、当時から続けている市長が福祉に詳しい。住民参加による自発的なエネルギーを引っ張り出す地域福祉計画の真意をよく理解しているようで、非常に適切なリードを市役所がしている。役所の人事異動が激しく、議員は個別の話ばっかりに関心を持つので、利権にからめず継続的な取り組みが必要な福祉の施策の推進には、首長の強い関心とキーマンになる中堅職員の存在が重要だし、自由闊達に問題解決についてブレーンストーミングできるような職場風土が重要だと実感した。

自己紹介があったのでこんな話をした。
地区ごとの色分けが不明確で流動人口の多い朝霞市は小地域で区分けすることのメリットとデメリットを考えると、メリットが見えにくいので、課題別横断型の市民活動育成に取り組んでいる、NPO事業の育成みたいなことが期待されて、紆余曲折あって市役所や団体代表委員などがかなりとんだ計画を認めてもらったが、現実に事業化に取り組むと、新たな営利事業の手法のように理解されたり、過大な期待をされたり、支援を必要とする当事者がどこか飛んでいってしまうような話も出てきている、と。

コミュニティーワーカーの配置に何としてもこぎつけたいという新座市の参加者、市民が市役所に要求する話になりがちな状況を打開したい上尾市の行政からの参加者、毎週集まって熱心に計画づくりをしていることが評価されている日高市の参加者、ようやく計画づくりが始まることになったこという飯能市の参加者など、自己紹介がそれぞれ興味深かった。

以前にも書いたけど、地域福祉計画って、たすけあいの地域づくりにもなれば隣組復活にもなるし、重層的で自発的な福祉社会をつくることもできれば単に役所の責任放棄を認めるだけの計画にもなりうるし、恣意性の良さを引き出すこともできれば恣意性のいやらしいところも出すことができるし、いろいろな点で紙一重の計画なので、いろいろ考えるべきことが多い。

その後、知人の女性に縁談を紹介してほしいという話を聞くが、立ち話なので今度ゆっくり聞くことにする。夜、家族への贈り物を買いに行くが決まらない。それとは別に、事務用チェアを以前から探していたが、いいものが見つかって思い切って買う。

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2006.09.14

9/14 提案合戦で福祉を高めていく

13日家が重大事で忙しい中、地域福祉の推進委員会があって出る。前回、プロジェクトを作り、各個課題をどん゛とん推進させていくという方針が立てられ、今回はそのプロジェクトの着手状況についての報告。

①障害者の就労・社会参加の場づくりプロジェクトは、開設作業に入ることを予定していた居場所サロンについて、場所の提供者と条件が折り合わず断念するこどが報告。プロジェクトをどうしたらよいか、ということがブロジェクトから投げかけられた。障害者自立支援法により、障害者が就労や社会参加を半ば強制的に求められているのだから、居場所サロンということではなく全体的にいろいろ考えてやっていくことを取り組むことで議論が進んだ。
②シニアの地域デビューブロジェクトは、市のさまざまな施策、民間団体がこの課題に取り組んで、いろいろ連携していければいい、これからどんなことが行われているか調査して連携のあり方について考えたい、と報告があった。地域デビューでは広がらないから、何か面白いしかけや、もっと若い頃から地域生活を充実させていく対策が必要ではないか、と議論が行われた。
③お父さんの会ブロジェクト。育児ネットやPTAなど地域での子育て運動がどうしても母親に偏りがちなので、お父さんが子育てにかかわる場をもっともっとつくることが必要だと議論。第八小学校の保護者で活発に活動が行われているお父さんの会を参考にどう市内に広げられるか考えていく必要があると議論される。
④高齢者・障害者の危機管理プロジェクトは、病状の急変、災害、犯罪などに高齢者や障害者がどのような不安を持っているか、障害の特性にあった保護施策が行われているが点検していくこと、見守りのモデル事例をつくってみることなどに取り組むことが必要ではないか、などと議論される。
⑤福祉情報提供体制をつくるプロジェクトについて提案があり、提案者委員からの趣旨の説明がされる。次回議論に回される。

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2006.08.19

8/19 川口市がマンション管理組合の支援を始める

住んでいるアパートの共有部分に、悪質なごみ捨てが繰り返される。嫌なことをする人がいる。いつもは共有の駐車場使用申請書を廊下に撒かれていたが、今日は、伊東・宇佐美のおみやげの残骸とKOOLの煙草の空き箱、セブンスターライトの吸い殻が花壇に捨てられてた。

以前からアパートの掲示板をみんなが見える場所に移設したいと管理会社に相談しているが、美観だか何だかで、なぜかこのことだけは全然話し合おうともしない。アパートに来る人全員にルールが徹底されなければ意味がないではないか。

●川口市が、地域のマンション問題に取り組むNPOとともにマンション管理組合の支援に乗り出した。川口市はバブル後超高層マンションが猛烈な勢いで増えた。古い体質の川口市がどのようにこの人たちと折り合おうとしているのか興味があった。
朝霞市も、95年からマンションが急増していて、95年以後の新住民の大半はマンション住民になっている。当座、この住民たち自身にはなんら問題は発生しないが、やがて建築後20年経ってくると、今のマンション業界のやり方から見えてくるものは、大規模修繕工事でデベロッパーに身ぐるみ引きはがされた無一文の管理組合を退職者または退職間近のシニアが維持する、という構図になる。お金持っていたり、技術を持っているシニアなんてそんなにいなから、結果として起こるのはマンションのスラム化だ。ひとたびスラム化が始まれば、地域全体のマンションの投げ売りが始まり、地価が下がり、貧困が貧困を呼び、地域社会は大きく変質するほか、自治体財政にも大きな影響を及ぼす。
スラム化を回避するためには、マンション住人の自治能力を高めることだが、それは意識を高めるようにしても無駄になるだけだと思う。管理組合というアマチュアだけの組織が、マンション管理会社やその親会社である不動産デベロッパーと対抗したりチェックする能力をつけるための具体的な対策が必要だ。
しかし今、公共の周辺にいる人たちや、地域の人といわれる人たちの中で、マンションが語られるときは、マンション住民に対する「プライバシーばっかり」「協調性がない」「町内会に入らない」と何かを棚に上げたままのイメージ談義ばかり。あまり意味のある議論ではない。

丸の内線にホームドアが設置され始めたという朗報。来年9月までに全駅設置される。

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2006.07.14

7/14 腹の内を見せてくれないと

地域福祉計画の推進委員会の2回目。
「協働」という言葉に議論がわく。美しい言葉「行政と市民との協働」だが、譲り合いの日本的美学をもったこの言葉はもっぱらその美学の体現を市民に求められる。
行政は、業者に公共事業を委託するような感覚で、やらせてやっているんだ、お前ら市民団体に箔と財源をつけてやっているんだからありがたいと思え、という態度も見られる。そのことに質問をした人は根本的な疑問を投げかけた。

こうした言葉が濫用される傾向があるが、みんなが共通の認識で議論できるようになるまでは「役所が市民団体に業務委託する」「市民に事業の起案から実行まで行ってもらう」「市民が取り組むことに行政として応援していく」「役所と市民の垣根を下げる」など、できる限りイメージしやすい表現に置き換えるべきだろう。

運営方針を決定した。計画の実現部隊としてプロジェクトを課題ごとにおいて市民や事業者、市役所などに実現を働きかけていく、イベントの実施やアンケートなど広い意味での広報活動を行うPR広報部を設置する、委員会の運営や市役所に対する折衝を行う企画渉外部を設置すること、毎月1回委員会を開くことなどを決定した。

●最大労組が過激派カクマル系労組というJR東日本のことを取り上げた週刊現代の広告を、JR東日本となぜか東京メトロが掲載しない決定。
乗客に不安だと思われる、という理由だが、それなら不安に思われない公益企業になってほしい。カクマル系労組に従順じゃない職員を、関連企業に追い出したり、居住地と遥かに離れた職場に配転させたりする話や、KIOSKで売っている唯一のミネラルウォーター「岩清水」は松崎委員長の親族企業だという話を聞いたことがある。
本家のカクマル派は、ハイテク機器を使った諜報活動が得意らしい。JR東日本は今、スイカやビューカードなどを使って個人の足跡情報と買い物情報を蓄積し、それをもとに商売を広げていこうとしている。そうした会社の労組が、反社会的な色合いの強い団体と関わりが深いことに不安を覚えてしまう。
東京メトロがJR東日本に同調したことは謎だ。何かあるのだろうか。

●一般紙は伝えないが、スポーツ紙や赤旗で、麻生太郎外相が、北朝鮮がミサイルぶっ放してくれて日本人を覚醒させてくれてありがたいというような発言をしたことが伝えられているらしい。
国民は真剣に不安がっているのに、そこにつけ入って、どさくさまぎれでやりたい放題やろうという反動政治家の本質が見えてくる。
そういえば前原がことさら中国を仮想敵国のように扱ったことを思い出す。でも、北朝鮮がやっぱりヤバくて、そのときにアメリカすらも中国と敵対的パートナーとして北朝鮮に共同で対処している今日の事態を見ると、前原の判断は間違いだったことは明らかである。

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2006.07.02

7/1② ゆとりとハイグレードニーズ

午前中は次世代計画推進委員会のワーキンググループの会合。今回もおしゃべりがほとんどだが、障害者の作業所を作ろうとしていた方がひょうたんから駒のような話をもらって、前に進みそうといううれしい報告がされる。

Koza午後は、地域プロデューサー養成講座。最終回。昨日は職場の研修があったので、頭の中で、それぞれで学んだキーワードが断片的に入り交じって、混乱していたり面白かったりする。

昨日の研修で「クレーム」を「ハイグレードニーズ」と呼んでいる会社があるという話は面白かった。電話相手の仕事をしている職場ならどこでもヤクザの因縁つけみたいに手を焼く電話魔(必ずしも顧客とは限らない)がいて、クレームも限度があるとは思うが。
また、仕事は対価と対価の交換で成り立っているのだから仕事の価値創造には必要だ、という研修を受けたが、では労働団体にとっての価値とは?ということが悩みになる。賃金や労働条件、機関紙の発行が労働組合費の対価であるのだろうけど、それだけに価値を見いださない組合はまた、自分さえよければよいという大企業の企業内労組的体質になる。
運動団体というのは、清朝末期に中国の内乱を指導した団体を見ればよくわかるが、到達できもしない大義や目標を掲げて、みんなでお金を持ち寄ってわざわざ苦行みたいなとこをすることもあったりする(苦行できるチャンスが得られたという対価という言い方もできるが)。交換する価値のはかり方が難しい。

今日の研修では、これまで5回の講座での疑問を洗い出して、それを講師の西川正さんがいろいろな地域での活動実践を紹介しながら、回答していくというもの。地域の企業を地域活動に取り込めないか、ということでは寄付を求めるのもいいが、それより本業で役立てることに協力してもらうよう働きかける方が効果的という話はよかった。また会員になって会費を払ってもらう見返りに何をつくるか、そんな話は昨日の研修の疑問の回答になったような気がする。

休憩時間にバックミュージックでかかっていた桜井和寿「僕たちの将来」に心がふるえる。学生時代、中島みゆきの曲の中でも良く聴いた曲だったので懐かしくなる。稚内の友人宅のお父さんを思い出す。中島みゆきというと北国と連想するが、先週の講師から返メールが来て、北国の望郷の念を語り合いたい、というようなしめくくりにもほろりとする。ものすごく北と、橋本さんの先代総理の出身県である西国と、そして殺風景なベッドタウンに、郷愁を点々を移しながら生きている自分がいる。

●ニュースの情報源は不明確だが、ゆとり教育世代が大学に入るようになって、議論が上手にできるようになったというニュースが出てきた。
これまで学力低下が「ゆとり教育」の責任だけにされてきたし、「ゆとり教育」は学力低下しか生まなかったという評価しかされてこなかったが、もっと別の検証も必要な感じがする。もちろん「ゆとり教育」に戻せばいいというものでもないが。
教育改革では、「ゆとり教育」派もその反対派も、ポスト工業化時代と国際競争時代に対応できるように、議論できる人間を育てるたい、と有識者が口々をついて出てくる。議論できる子どもたちが大学に入ってきて、教員たちが役に立つと思えているということは「ゆとり教育」を全否定すればいいというものではない。

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2006.06.09

6/10 人の評価役どころを決めるのはむずかしい

午後、地域福祉計画の推進委員会の最初の会合。委員長選びが難航。他薦の山。どの考えも一理があった。結局、策定市民委員会の委員長を務めた蒲田さんが引き受けてくださった。任期は1年。どのように計画を推進していくか、というプロットを次回に提出する宿題をいただく。委員でない、市民や企業、団体の方々と一緒に、様々な課題を考えていくしかけをまとめて提案してみたい。

●私は童顔で、怒ってばかりのこのブログからは想像もつかないが、いつもだらしない笑顔をしている。そのため、私のことをなめきっている人は初対面からすぐわかる。
最近、知り合いの紹介で政治家志望という弁護士だか裁判官の卵(多分自分より若い)と名刺交換をさせられた。「あっ、●●労ね、あっそう」、と顔は小馬鹿にしきっている。
一時期、そういう対応されることが不愉快で、抵抗勢力として名の通ってる「●●労」という看板でレッテル貼られるのが嫌で嫌で仕方がなかった(はるか昔、●●労で働いているというと、私がペーペーの職員にもかかわらず政治関係者にわけのわからない期待をされるのも重たかったが)。
でも、最近は、そうされることでかえって無用な知り合いを作らなくて済んでいると、プラスの面も感じている。そういう人に限って、私が意外と年上だとわかるとヘーコラしたりするのがまた面白い。なんかたとえ話に出てくる京都人みたいだなぁ、最近の自分は。

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2006.06.03

6/3 シロウトが関わる調査のあり方

朝霞市が開いた地域福祉プロデューサー養成講座の第1回の講座に出る。
川崎市多摩区の地域づくりの活動をされた方の話を聴く。テーマは調査で話は少し外れたが、手作りで団地族の支え合いの輪をつくった話が面白い。当初、地元町内会と関係は悪かったという話だったが、それがどのように折り合ったのか改めて話を聞きたいと思った。

調査ということが必ずしもアンケートによる数量の話だけではなく、調べたことが市民自身が市民のためにどんなことができるのか、そういうことを探してほしいという司会のまとめに同感。アンケートや統計調査も必要だと思うが、ちゃんとしたのは行政にやらせればいい。

それに、統計がどれだけ正確なのか、重箱の隅をつつく議論をしたらキリがない。毎度、何百万円もかけて調査しないと何もできないことになってしまう。また、受け止めるのがたえず変化している人間ということにも着目しなければならない。世論や社会の感性はたえず動いているので、昨日までこれだ、と思っていたことが、明日にはあっちだ、という結果になることは多い。政治の世論調査や選挙結果をずっと目を通しているとそんなことの連続だ。少子化対策のアンケートでは、子どもにお金がかかるから子どもが増えない、という結果が毎度出るが、ではお金を与えれば増えるか、と考えると絶対にそんな確証はない。

そういえば企業の市場調査も大々的なアンケートをやっているようなイメージはない(足つくしね)。むしろユーザーと狙いを定めた属性をもつ人や、先発商品のユーザーたちに熱心に話を聴いたり、マクロな社会調査をしたり、アンケートとっても、かなり偏っていると思うようなサンプルだけを対象にしたり。それで売り上げがぴたっと狙いを定めるしかけこそ、地域づくりに流用すべきじゃないかと思う。

運営に1つ褒めることがあるのだけど、危険なので、全部終わってから書きます。

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2006.04.23

4/23 今日の会議での私の発言

前の記事で紹介したことに関しての私の発言です。他の方の話したこともメモして残っていますが、正確か、あるいは言葉として正確でも誤解をもって受け止めていないか、そんなこともありますので、起こすのはやめました。

朝霞市の福祉課の職員から計画づくりの概略や流れ、特徴などについて説明された後に、市民委員の立場での特徴を、と求められたことに対して以下のように発言しました。

【以下私の発言】
市の保育園政策を何とか変えたいと思って、次世代育成支援行動計画の策定委員会に参加しようと思いましたが、公募がいつのまにか終わって、参加するチャンスを失って、地域福祉なら近い分野だと思って参加した。

市民参加がもっともラジカルに行われたという評価はその通りだと思うが、内容としてはまだまだの部分も多い。それでも将来に対する糸口になると思う。逆に権利擁護に関する分野などは、かなり高い水準の要求もしているし、行政の言葉にのりにくいものも求めている。初めての計画なので、やれることだけを提起するより、できるだけ原則的なものを掲げて、できなかったときの原因分析をきっちりやることが大切だと思っている。これは民間企業の経営と違って、目標を下回ると資源を浪費するという質のものでもないのでそれが可能なはずである。

市民委員は、市民参加で計画づくりをするという前提で集まった以上、誰かがやってくれる、という考えを棄てるようにしました。最初は、市役所やコンサルが福祉に関心ある市民を利用して安上がり福祉にしようとしているのではないか、コンサルや市役所の書いたものを追認させられるのではないか、などと疑心暗鬼でした。普通はこうしたときに市役所の立場を代弁するのが委員長の役割ですが、最初の頃は、委員長も、私も、そして何人もの委員も、コンサルタントや市役所が出してきたものを、いったい誰の許可受けて市民委員会に提案しているのか、そこからチェックしました。後にだんだん信頼関係ができてきて、チェックすべきものとチェックしなくていいものとの峻別ができるようになりましたが。
当初はコンサルタントもひな形を押しつけるようなスタンスが目立ちましたが、それで会議が紛糾することが多く、途中から営業戦略を変えたようです。客をみながらの計画のマネジメントをし、ときには作文に慣れていない市民が役所っぽい言葉で提案したことに対して、市民らしい表現はこんな言い方じゃないでしょうか、とうまくなおしてくれたりしたことも記憶に残っています。
市民委員会は、自分たちのことは自分たちで決めていきたい、自分たちのものにしたい、という委員のほとんどのみんなの気持ちが、徹底した市民参加になったのだと思います。

役所言葉になじまないことも結構書きましたし、お金や労力はどうかわかりませんが今までの仕事の流儀にダメだしした項目も多かったので、最終段階で、責任を負うべき担当課が計画作成する福祉課との関係で市役所内で勝手に文章修正を行った部分があって、これにも徹底的に反発して、市民委員会としては説明と納得のない修正は応じないし認めない、という強い立場で臨みました。福祉課さんは苦労されたと思います。私たちは内容の全面敗北は覚悟していましたが、担当各課の説明責任は絶対譲らないつもりでしたが、福祉課ががんばってくれて95%の内容にまでもってくることができました。

内容としては、市民の45%が市内に友だちが1人以下という現実、定住民と数年で引っ越しを繰り返す流民との分断、そんな状況で福祉で行われているような、行政サービスや公的サービスを市民に委託していく、ということは不可能だと思い、コミュニケーションの強化なども重点を置きました。
また、朝霞の計画づくりで一番良かったのは団体ヒアリングでここから市民委員のほとんどは地域福祉の感覚を掴んでいったと思います。外に出て話を聞くというのは有効でしたし、アポイントメントを取る段階から、地域福祉なんて言葉を知らない人に説明しなければならないのですから、みんな大変な思いをして咀嚼していったと思います。インタビューは質問のひな形で聞くのではなく、自由形式のインタビューにして、相手の良さや特徴がなるべく引き出されるようにしたように思います。本日は、駄菓子屋さんのインタビューが珠玉ですので、読んでみてください。また朝霞市のホームページにも紹介されていますので見てください。

【質疑応答】
Q子どもヒアリングをされていますが、これは計画に反映されなかったのですか?
A当初はやらないつもりだったのですが、鶴ヶ島市などで大々的に子どもの意見を聴いて策定を進めましたし、子どもも市民という感覚は大事だと思っていた委員さんが暖めていた計画です。諦めかけて調査フェーズの作業が一段落ついたときに、市側からやってみようか、という提示を受けて具体化しました。明確に計画には反映されていませんが(当事者や小さな声を聴けということは計画に盛り込まれてます。)、地域福祉では子どもとはこんなふうにコミュニケーションを取り、こんなふうに意見を聞きます、というデモンストレーションの意味になったと思います。子どもから意見を聞くときのやり方をつくったと思いますし、法律学のいうところの定文法ではないが、不定文法・慣習法みたいなものになったと思います。
Q地区別計画については
A朝霞の場合、いろいろ既存団体に難しい事情があったり、市内に友だちが少ない市民が多いですからその前段階のところに力を入れることにしました。そもそも面積的に小さい市なので、細かい地域分けをしなくても何とかなる要素もあります。

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4/23 地域福祉計画づくりについて話す

県内の地域福祉計画づくりに携わっている市民と市職員と意見交換しようという会に呼ばれた。最初、朝霞市の計画策定について、市の担当職員と私とで発表をした。時間が短かったが、市民が作業するからには市民の同意なく作業を前に進ませてはならないというオキテで作業を進めた話をした。

他の自治体は、市内の地域割りして、そこで徹底的に議論させるという手法をとっているところもあって、この当たりを質問されると確かに弱かったが、朝霞市は課題が多くて、その手間を取らなかった。近所ということにどこまで重みがあるのか、市民が助けてもらいたい近所というのがどのエリアなのか、それによって左右されると思う。

子どもヒアリングに思わず関心が高く、びっくりした。あと、埼玉県の市は隣の市でやっていることに対してとても否定的に話して、話をこんがらがせているという報告もあった。他の県だと隣の市と足並みそろえるということはわりと当たり前で、旧郡内で共通で問題解決したりするものだが・・・。

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2006.03.19

3/19② 高齢社会に着々と対応するモスバーガー

全店ではないが、モスバーガーが有料で宅配を始める。高齢社会に対応する営業としては、日経流通の新年号が伝えた高齢者スタッフだけの店を作ったことに続く快挙だと思う。

高齢社会が進むのに、民間企業ベースの対応はまだまだ遅れている。非効率な客として、あえて他に客を回していたのである。みんなでそんなことしてきたから、行政による弁当の配食サービスとかやらなくてはいけなかった。
小泉構造改革では、民間企業は客のニーズに合わせて変化するものだという前提になっているが、現実問題は、非効率な客や効率性をはかりにくい分野については、撤退こそあれ、客にあわせて変化していくという動きになりにくい。そういうところは公的に規制や補助などで介入をして、企業の変化を促す必要がある。非効率なものとどう折り合いつけていくか、そこが小泉構造改革に欠落している議論なのだ。

話は元に戻す。平日の昼間、スーパーのレジに行って、失礼だが高齢者の買い物かごをのぞくと、びっくりするぐらいカップラーメンやらできあいのお弁当だのが入っている。体が思うように動かなくなって、軽い物、調理に手間のかからないものが売れている。むかしの高齢者なら嫁をいびって何か作らせれば済んだが、今はそうはならない。小売業者や飲食店が売り上げや地域シェアを確保しようとするなら、料金がかかっても、モスバーガーのように配達サービスを始めた方がよい。商店街なら商店会あたりがそうしたサービスを始めると効果的ではないか。

朝霞市の地域福祉計画にもこうしたことを市内の民間企業がやるように誘導すべきと書き込んである。そうしたことをやれば、お金があって重たい物を持てないような高齢者は、行政による福祉で対応する必要が部分的になくなってくる。効率的な政府というときに、政府をリストラするのではなくて、民間の仕事の仕方をかえてみる、そうしたことに市役所がどこまで民間事業者をたきつけることができるか、楽しみである。

読売「漱石ゆかりの高校、「坊っちゃん」読了生徒4割」。坊ちゃんでは松山の人のことをあんまり良く書いていないんだからいいんじゃないかなぁ。

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2006.03.18

3/17 止まり木の飲み屋がどれだけあるか

午後から有給休暇を取り、地域福祉計画の市民委員会に出席。これが最後の回になる。メンバーからそれぞれ感想が述べられるが、委員のみんなから大切な言葉が出てくる。自分たちが調べて、自分たちが感じて、自分たちがみんなとつくった、という自信が言葉になったのだろう。そして委員全員が、今後の具体的実践に飛び込むことを誓いあう。
市役所も、6月から7月にかけて、地域活動家育成のトレーニング講座を開く予定。企画、広報、運営、会議など具体的に少人数でトレーニングしていく。詳細が決まったら募集を始めるという。まだ公募する内容を詰めている段階でまとまったら募集する。グッドジョブ!

感慨にふけって帰宅。沖縄の人ではないが、夜9時から再び外出。新宿ゴールデン街に飲みに出かける。京都に転居する友人と飲み明かそうと思って出かける。私が徹夜飲みに入る3条件をクリアして、午前様を大きくまわり、徹夜のみになってしまった。3年ぶりのことだ。

朝の帰宅の電車の中で、新宿ゴールデン街は閉店時間を客にあわせてくれるコミュニティーだったと気付く。世代交代し魅力の上がった新宿ゴールデン街は、さらにふところが深くなっていた気がする。
こうした止まり木のようなたまり場が、人の生活する場所には必要なのだろう。この止まり木があることは決して綺麗な街にはならない。小さいときにタモリが「健康って色っぽくないよな」と言っていて、おっ、と思ったことがあることを思い出す。

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2006.01.14

1/13 変化する行政コンサルタント

午後地域福祉計画市民委員会。そして終了後、新年会。コンサルタント会社の方と話をすると、市民側が作成過程に徹底的に関与した計画づくりに携わったのは初めてで、最初は戸惑いながらも、地域福祉計画づくりの仕事の幅が広がったと喜ばれた。日本のコンサルタント会社のほとんどが土建行政の事務屋の下請けとして育ってきた。だから道路や橋を行政から期待された結果を一ミリとも違わない結論でつくるように仕事をしてきた。そして土建行政が縮小し、福祉や医療の分野が伸びる中で、営業分野を変えてきている。しかし福祉や医療は公共事業のように明確なかたちがない。満足度も千差万別の世界だ。だから、今回私たちのまちにかかわってくれたコンサルタントのように大胆な営業の姿勢を変えないと、生き残るのは難しいだろう。

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2006.01.12

1/12 市役所に出入りする業者は障害者や高齢者を雇え

s868武藤博巳「入札改革 談合社会を変える」(岩波新書)を再読した。
16日に控えた地域福祉計画の市民委員会の行政ヒアリングで、障害者や高齢者の雇用に積極的な企業を評価する入札制度の導入の検討ができないか意見交換する。それにあたり、再確認したいことがいくつかあったためだ。

武藤さんの論旨は、①談合を防止しなくてはならない、②一方で価格競争による入札で公共サービスの提供者側も細ってきている、特に福祉のような労働集約型の公共サービスでは。③入札で質の評価をどう行うのか、④障害者や高齢者の雇用、男女平等、環境への配慮など、コスト高になるが社会の求める政策に取り組んでいる企業にどのようにインセンティブをつけるか、などの観点で、価格一辺倒ではない総合評価による入札制度を提言している。「我々は物を買うときに価格だけで選んでいるだろうか」と武藤さんは言う。
もちろん、談合防止だけについては一所懸命努力している自治体も珍しくなくなっている。そのノウハウは学ぶべきことが多いが、それだけでいいのかという思いがある。また武藤さんは「価格という単一の価値だけで入札を行うから簡単に談合ができてしまう」という。その通りだと思う。
税金を節約しろ、と言う人の多くが、入札を厳格化して価格だけの競争すれば何でもコストが安くなると思っている。しかし、価格だけのものさしだから、喫茶店や入札会場の廊下で簡単な打ち合わせができてしまう。つくるものの質、内容、そして入札参加業者の障害者雇用や環境への取り組みを評価したら、廊下での打ち合わせでの談合はできなくなるし、行政の発注先が公害企業、人権抑圧会社、低賃金労働なんて笑えないような話はなくなっていくだろう。

朝霞市の地域福祉計画づくりでは、障害者の雇用推進を課題にした。日本社会では何より就職することが自立の指標になる。障害者の人権が確立されたことを証明するには、障害者が当たり前に働いている社会づくりを目標を立てて環境を変えたり能力開発をしなくてはならない(もちろん働けない障害者がいるし、そういう障害者も大切にされて生きなければならないが)。
朝霞市役所でできることとして障害者の就職支援もあるが、そもそもの雇用が広がらないと話が進まない。そこで障害者雇用や高齢者雇用をやった企業の入札での評価を求めた。市役所がお金を落とす企業が障害者雇用に取り組んでほしいと思い、その意欲を入札での優遇に求めた。どこまで入札を担当する課に理解されるかわからないが、障害者を働かせずに税金を使うより納税者になってもらった方が、福祉でたくさんのお金を使うより企業や市民の自主的な工夫で改善する方が、長い目で見れば市役所全体にとって効果的だ。

ところで、障害者の自立に力をおいた活動をしているDPI日本会議という障害者団体が長年の取り組みで、課徴金を払ってでも法律で定められた障害者雇用率を守らない企業名を公表させている。DPI日本会議のHP・2000年度障害者雇用未達成企業9012社。このうち厚生労働省は46社しか改善勧告していないという。※この中でソニーは後に改善のための行動に取り組んでいるようです。見直した。

もう1つ。質や内容を評価した入札をする場合も、それをやった市立宮戸保育園の運営委託のように、提案書はものすごい立派でも、現場の指導者の質が追いついていないような問題も発生している。それには、十分な対策が必要だ。ただし、宮戸保育園の委託にあたって、多くの業者が参加した入札が行われたとは聞かない。

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2005.11.16

11/16 許し難い話と心のとけるような話と

昨日は、帰宅後、市内で首都圏の環境系市民運動をされている人たちと飲む。福祉関係の市民活動と全く異なる手法に感化されることは多かった。
誘ってくれた友人が手塩にかけて編集してきた本、「私のだいじな場所 公共施設の市民運営を考える」が出た。指定管理者制度の導入で、公共施設や公共サービスを丸ごと民間団体に運営委託できるようになった。それをきっかけに公共の提供する場とは何か、という議論が噴出している。
そうした公共の空間をどうしたらみんなの共有物として創ることができるのか、そんな知恵の詰まった一冊です。
(取り次ぎ流通ルートに乗せられないので書店で市販されていないのが残念。購入はハンズオン埼玉office@hands-on-s.orgへ。)

そして昨日、帰宅後、刑法犯罪の疑いのある人が、警察官僚OBを盟友にもつオヤジに頼んで事件化させないようにした話を聞く。さらには警察の上司に行き過ぎた捜査だったと謝罪までさせたという。許し難い現実だ。

今日の地域福祉計画の市民委員会は、市役所側が誠意ある対応をきちんとして、95%の文言復活が図られた。市民委員のみんなもいい話ができた。いい着地点が見つけられたと思う。そういう結果だったので、委員の多くが今後の計画推進をやっていきたいという決意もいくつか出て、前向きな委員会で励まされた。調整にあたった市民委員会の委員長、応援してくれた策定委員会の委員長、副委員長、そして、地域福祉の考え方や市民参加に戸惑う市役所内の各課を奔走してくれた福祉課の職員のみなさんに感謝の気持ちでいっぱいだ。紆余曲折しながら、合意をかたちにしていくことが今後大切になるたろう。

●紀宮清子さまと黒田慶樹さんのご結婚おめでとうございます。
黒田さんは私の労組の組合員らしいのです。組合活動を積極的にやるようには見えませんが、管理職になるまでの間、組合とのおつきあいもせいぜいお願いいたします。労働組合員が皇室に縁のある方をお迎えしたことは、1つの時代の進展かも知れません。
給料がどのくらいかある程度は見当がつくので、警備や何だと考えると、ここ数年は生活は大変だろうなぁ、と考えてしまいます。皇族にあられた方をお迎えすることを想定している給料ではないので仕方がないのですが。

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2005.11.08

【地域福祉計画⑤】職員の研修

地域福祉計画で市民アンケートを取ったら、市役所の職員の仕事の姿勢に対する批判が多く寄せられた。もっともその中には、「いわゆる公務員批判」や「市民より睡眠時間は少なくあるべき」というような無茶な要求もあったが、中には、切実な窓口対応の問題を指摘する意見や、市職員の問題解決能力に疑義を呈する意見もあった。

そのようなこともあって、地域福祉計画には、職員の研修を項目として入れたが、これが市役所側には「接遇の研修」に矮小化されてしまった。
接遇なら今の朝霞市も悪くはなく、市民と接することの多い市民課、税務課、図書館などの批判はあまり聞かない。一般的に地方公務員の接客態度は改善されていて、クレームも多いせいか、相当丁寧になっていると思う。これ以上接遇研修をする意味がわからない。来客時のお茶を右から出すべきか左から出すべきかなど、そこまで公務員に教える必要があるのかは疑問である。

問題は、接遇より、営業マン的な技術をどう身につけるかである。
地域福祉を進める上では、市民や困っている人のニーズを聴き、その真因を分析し、どの市民や事業者に働きかければ、より満足度が高く、ローコストで、自分の力を中心に、参加意識を高めながら問題解決ができる市職員が必要になってくる。
しかし現在の朝霞市の職員は、こうした能力に個人差は大きく、能力を身につけている人は少数派である。それが如実に出ているのが、先日の庁内検討委員会の検討結果である。これを読んでも、市民には自分の仕事とぴったりあわせるように要求ばかりして、そうでない仕事は自分の仕事ではないからどこかいってくれ、という態度が見られる。まさに、注文の多い料理店である。
これでは要求がニーズにまで深まらず、市民の言いなりになるか、自分が統治するかの二者択一にしかならないし、市民や事業者の情報は集まらないし、満足度はないし、市民の参加意識なんか高まらない。

ここから先朝霞市を良くするためには、市職員の接遇改善で市民を気持ちよく市役所から帰ってもらうようにし向けたり、他の窓口に行ってもらうことではない。問題解決のために動ける職員をつくることだ。市民が持ち込んでくる難しい課題を解決するために、いろいろなところを調整したり、話し合ったり、働きかけたりすることができるか、である。

埼玉一の市役所になるのはまだまだ当分先のことになりそうだ。

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2005.11.07

11/7② 魅力ある市民のリーダー

今日、市が市民委員会がまとめた地域福祉計画の文案の一部を勝手に削除した問題で、担当課である福祉課と策定委員会の委員長、副委員長、市民委員会の委員長で話し合いが持たれた。
策定委員会は文言の復活を進めることを条件に承認したが、市民委員会の委員長に、話し合いも合意もなしに削除された案では納得できない、と強く主張してくれたようである。

委員長のとった行動は、当たり前と言えば当たり前なのだが、他市に比べて一周遅れで市民参加が始まった朝霞市では、まだまだ市民が市役所に楯突くことはやりにくい。計画をまとめるのに市役所側の日程も詰まっていて、委員長の言っていることが通る保障は何もない。

削除がわかって話し合ったときに「いや、これからは市役所が市民参加なしに仕事が進められるとは思いません。その基本的なことがないがしろにされたのですから、それに市民が抗議したからといって、市民参加をこの先やめようなんて話になるわけがありません」と言い切ったのが印象に残っている。

委員長は、市役所が計画を削除してもよいが、それは私たちと話し合って、できない理由が説明されて渋々でも納得してからだ、と言っていた。決して市民委員会のつくった案を丸飲みさせればいいと言っている立場ではない。しかし、きちんと筋を通し、市民委員会のこれまでの労力や意欲を代表しようというその姿勢に、年長者としての尊敬すべき魅力を感じた。

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2005.11.04

【地域福祉計画④】入札優遇制度

障害者雇用や、子育てしている保護者を優遇している企業を朝霞市の入札等で優先しようという考え。価格入札の公平性に逆行するが、福祉面での社会的責任を果たさない企業が入札で不利になるということで、企業が障害者を雇ったり、子育て中の労働者に配慮したりすることで、福祉ニーズを何もかも社会に押しつける企業の行動スタイルを、せめて市役所に出入りしている業者だけでも変えてもらおうというものだ。

かつてはハコモノ公共事業以外の自治体の物品購入(具体的にはシステム開発費など)の多くは随意契約になっていたが、95年前後に価格入札に切り替わった。その結果、1円入札などが流行し、ランニングコストで回収したり、自治体のシステムを押さえて自治体に対して優位な立場でシステム開発を行ったり、下請け業者に丸投げしそこでは最低賃金すれすれで人が働いていたり、副作用の問題が出てきた。その後、自治体と取引する業者のモラル性も含めて、法大の武藤博巳さんなどが公契約はどうあるべきか、ということについて、議論が進められてきている。

朝霞市の福祉を前進させるのに、財源はない、何もできない、前例はないという中で、障害者の地域生活の支援を進めなくてはならなくなっている。そこへきて国の障害者自立支援法で、障害者福祉は医療費などと同じように従量制の自己負担になった。障害者の地域生活と所得保障は実現不可避な課題になっていて、従来の障害者年金に生活保護で補えばいいというものではなくなっている。障害者の雇用をつくり、既存の雇用を障害者たちにも開放し、自らの手で稼ぐ道を開いていかなければならない。

その場合、企業にとってネックになるのは、障害者の労働にかかるコストや非効率的な部分である。同じ事するにも障害をもたない人より時間がかかったり、補助具を用意しなければならなかったり、さまざまなハンデがある。そうして努力した企業はどうしても障害者を雇わない企業よりコスト高になる。

公共性を体現する市役所が、そういうハンデを何一つ評価しないで価格中心の入札でよいのだろうか、という私の問題意識で提案した。

障害者も自立して働かなければならない、ということは今の福祉関係者の主流の考えだ。ヤマト運輸の小倉前会長の努力で障害者による就業や事業の実践も大きく前進した。この考えがすべての障害者に適用できると思えないし、ベースになっている考え方は「小さな政府」論だから手放しに賛同できないが、少しでも働く力があるのに、働く場が無い障害者がいることは、明らかに良くない。

市役所は障害者の起業支援は取り組むようだが、雇用を創ることにはまったく無関心だ。就業もしないで起業できるのは障害を持たない人だって、なかなかいない。素案では障害者雇用に取り組んだ企業を入札で優先するという項目を市役所は一方的に削除した。昔のままに、障害者は働かなくていいから、障害者は県立施設にでも入ってくれればいい、というメッセージなのだろうか。あるいは、自治体職員にとって一番悩ましい課題である入札について書かれた新書すら目を通していないせいなのだろうか。

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2005.10.31

10/31 部下に責任をおしつける

改革競争、改革続行と大臣にしてもらった政治家が言葉に酔っている。総務大臣が竹中氏になったことは、私の職場にとってかなり厳しい事態になるだろう。さらには、小さな政府推進ということだから、福祉施策全般にかなり厳しい波が襲いかかってくるだろう。

しかしその影でBSEの安全性がよくわからん米国産牛の輸入にGOサインが出されている。アメリカ議会の圧力と、国内のファストフード業界団体の圧力に屈したものといえる。国民に毒肉を食べさせることが構造改革とは、なんとも情けない。外交圧力はともかく、業界団体が鬼の首取ったように喜んでいる姿に、どこが構造改革なのか、郵便局長会がファストフードに入れ替わっただけじゃないかと思う。

この内閣改造での野党各党のコメントがみんな的はずれ。特に民主はあきれたし、社民は伝わらない。共産はマンネリでパンチがない。麻生太郎さんの外相任命は、失言で失脚させるシナリオだろう。外交音痴の小泉内閣での外相はあまり良いポストではない。残るは、谷垣、安倍、福田か。

●問題になっている地域福祉計画の庁内検討委員会の議論を確認するために、市の情報公開の窓口を訪ねる。職員が機動的に対応して望んだ資料は入手できたが、申請をおしとどめさせたり、資料を持ってきた福祉課の職員と窓口で問題点について話しているときに福祉課の職員に助太刀したりして、情報公開制度の趣旨から見ると、この職員のありようは問題があると感じた。
過去にも情報公開や市長への手紙を出して、逆に市役所の裁量行政で不利に扱われたという人の話も聞いたことがあり、こうした職務にあたる職員には職業倫理の確立を求めたい。

福祉課の担当者と話しでは身動きとれない感じだった。そりゃそうだろう。上司が全幅の権限委譲でもしない限り、担当者が直しますとか、各担当課と協議する場を設けます、なんて答えられないだろう。
4月の人事異動後、市民委員会で課長クラスはほとんど発言しなくなった。市民に作業させて結果を無視したり、係長や課長が自らの判断の結果として部下が厳しい事態に立っているときに、責任ある態度をとらないことに、朝霞市役所の体質の問題を感じた。職業人としての基本がなっていない。やはり接遇だけじゃない職員の研修が必要だ。

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【地域福祉計画③】家賃補助制度

市民提案の計画には、家賃補助制度の検討着手を盛り込んだが、これも市役所から「現時点では取り組まない」という回答になって却下されている。おしきせの福祉から選択の福祉に、ハコモノ行政から人への投資にという福祉の考え方の変化、そして地方でできることは地方、という地方分権の考えからは、貧困者の住宅問題を公営住宅に収容する考え方から転換すべきときに来ていると思う。

日本の貧困問題を考えるときに、大きなものは高い住居費である。今でこそ下げられたが官民問わず現業系労働者の賃金が世界水準より高いとさんかに指摘されたのも、住居費が高いため、生活コストが高くなってしまうのである。逆に言うと、貧困者の住宅政策が確立できれば、フリーターや基礎年金しかない高齢者などに対して、自立させていく道筋が立ちやすいということになる。
今の制度だと貧困問題にはオールオアナッシングな施策しかなく、全財産を捨てて生活保護になって貯金も許されずに自立の道を断念するか、健康で文化的な生活を割り込むような(ホームレスなど)生活をするか、親族に寄生するしかない。

貧困者への住宅政策は現在、公営住宅で行われているが、入居条件が厳しく、単身者はハードルが高かったり、入居に地方議員の口利きを利用する人も多く、本当に困っている人に寄り添っているのか問い直すべきだ。さらには、家賃の低い公営住宅を建て続けることに、財政面で問題がないのか、貧困者が公営住宅に集中的に居住することが良いことなのか、考えるべきことは多い。

民間アパートの供給も多く、それを活用し、公営住宅と同水準の入居条件をつくればどうだろうか、そんなことがこの提案である。そして今すぐ実施せよ、ということではない。要求に応じて公営住宅を作り続ける無駄と、家賃補助とどちらが政策効果があるのか、法律的に超えなければならない問題点は何か、生活保護制度の改革をにらみ、地方分権の趣旨に沿って検討してほしいということだ。

朝霞市民には、零細の建設業者も多く、減ってはいるがその会社の寮や契約するアパートが他の地域より多い。そうしたところに住み働く人たちは雇用している会社が倒産すると、収入と住居を同時に失う、それが郊外のホームレス発生要因だと、日本女子大の岩田正美教授は論文や政府の調査などで指摘している。いつ入れるかわからない公営住宅より、そのまま住み続け次の仕事を探すことができるようにすることがホームレス発生を抑える有効手段である。

今後生活保護制度の改革が行われ、今の政府案のままでいけば来年度から住居保護分については交付税化して、地方の裁量で支出するようになる。そうなれば、もっと弾力的な運用が可能になる。地方自治や分権改革をきちんと理解していれば市役所が何を考えるべきか明らかであろう。

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2005.10.30

【地域福祉計画②】福祉サービスに見合う都市開発

市役所が強硬に反対したものの1つに、福祉サービスの量に見合う住宅開発、という項目があった。

端的に言うと、保育園の入所可能児童数、介護施設の入居可能人数、ボランティア活動の層の厚み、それらに見合う人口に抑制するよう、開発を規制すべきというものだ。

現在は、都市計画法の枠しか開発規制がないので、ほとんどスルーパスで住宅もマンションも開発し放題である。その結果、2度にわたるマンションブームでマンションから林立し、新婚や小さい子どものいる家庭が急増した結果、どうしても福祉や行政サービスが必要な世帯だけが流入してくる。具体的には、マンションブームで保育園や幼稚園が朝霞では入れないものになってしまった。

人口が多くて未来が明るいはずの自治体なのに、住んでいる人は不満だらけで、「どこそこだったらこんなこと当たり前だったのに」と言われるようなことになる。その結果、自分の住んでいる自治体を愛しても、積極的に責任を持とうなんて気持ちにならなくなる。

もちろん、その需要を追いかけて保育園や幼稚園を作り続けるという選択肢があるかも知れない。一方的に子どもが増え続けているならそうすればいいかも知れない。しかし日本全体で人口が減っている中で、朝霞市だけが増えるということに持続性があるとは思えない。さらに保育園や幼稚園を作って子どもを育てても、その子が成長した後、都内に出て帰ってこなければ、全くの持ち出しにしかならない。また、土地やマンションを売って自分たちだけお金儲けした人がいて、その尻ぬぐいを市民の共通のサイフである市役所がやるというのもおかしな話だ。

そういう意味で、都市計画で適正人口や適正な流入人口数を想定し、その範囲内でマンションや住宅開発を抑制し、住んだ人に着実に福祉サービスを提供できるようにすることが重要になる。

市役所はできない理由を百と並べる。しかし、建設規制はいかなくても、窓口指導や要請ぐらいをやっている自治体はある。また公共性の高い事業を提供した業者のみ開発を容認するというアメとムチの使い分けだってできる。要は市役所と公的福祉サービスを持続させようという市の熱意があるかないかではないだろうか。

市役所が福祉を混乱させるような乱開発を認めるのは、市として需要と供給を適切に調整して自治体行政を進めようということを放棄して、財産権の名のもとに、一部の既得権益を守ろうとする勢力に加担するものだ。

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【地域福祉計画①】リカレント教育の必要性

今回から何回かに分けて、朝霞市地域福祉計画で、庁内が全否定した項目についてなぜ必要か説明したい。
最初は、「福祉職員のリカレント教育」だ。

地域福祉計画で、朝霞で福祉を事業としている事業者(市や社協も含む)は、職員のリカレント教育(定期的な再教育)を行うよう中間とりまとめでは盛り込んだ。

しかし、27日の策定委員会で出された素案ではカットされ、市職員がメンバーの庁内検討委員会では結論を「現時点では取り組まない」とし、その理由を「ゼネラリストを養成する方向で様々な職場を経験させるようにしている。しかし、より高度で専門家する市民ニーズの対応や、職員のスペシャリスト志向に応える方向で、今後複線型人事制度を取り入れた際には、定期的なリカレント教育の実施を考えていく必要がある」と回答した。

提案の対象は、ホームヘルパー、保育士、保健士、施設職員、児童相談員、民生委員、ケースワーカーなどの資格職を中心にした専門職のことである。
子どもの例しか挙げられないが、80年代ぐらいまでは3歳児神話(3歳までは母親が子育てに全力を注がないと子どもが歪むという仮説)で保育士等は教育されていたが、今は乳幼児に愛情は必要だが注ぐのは誰でも構わない、という考えに変わっている。あるいは親子密着で寝ていると抱き癖が付く、なんて神話もあったが、今は全く正反対の説が言われている。
あるいは児童虐待やDVなどで新しい考え方、新しい守備範囲、情報の扱い方の注意点などがどんどん増え、資格があればいいのだ、というものでも無くなってきている。
また知識だけではなく、福祉を利用する人たちとの関わり方、コミュニケーションの取り方も新たな考え方がどんどん入ってきている。

そういう状況で、資格取得時の知識だけでは福祉の現場で働く人たちが、善意のもとでミステイクをしてしまう危険性がある。その不利益は利用者に行く。乳幼児健康診断の現場で私はそれを体験してしまった。
そういうことを予防するためには定期的に、ドックのように再教育をさせていく必要がないとは言えないだろう。市役所の職員人事の論理のために、ゼネラリストでもない保育士や保健士を放置しておくことは問題である。
最近は行政が「まぁいいだろう」と見逃していたことが、後々その不作為を問われることが増えてきている。そういうトラブルを未然に防ぐ1つの手だてとしても、やらなくてはならない課題ではないか。

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2005.10.29

10/28 財政のための市民参加の限界

昨日の怒りがおさまらない。見通しが絶望的であるにもかかわらず、あんまり絶望的な怒りではない。それはいろいろな策が思いつくからだ。

自分が公正中立な立場だから最善の判断を下している、というのが本庁にいる公務員の陥りがちなミステイクだと思うが、その論理を正当化しているのが「行政法学」という独特の法解釈だということは、法政大の松下圭一名誉教授が解明している。自治官僚だった鈴木俊一が、日本国憲法で国民主権という概念が入ったときに、その基本原理を希釈しようとして、三権分立を持ち出し、権力の牽制関係を三権の独立性に議論をすりかえ、国民が選んだ立法府が表向き行政府に口出ししにくくした。

爾来、有権者が政府に口出しする表側のチャンネルは閉ざされ、公務員が政府提案の立法を進めることの取引材料として、政治家が口利きで持ってくる国民の要求のみ反映されるシステムとなった。これは公務員も政治家もお互いの権限と独占的地位を利用でき、政権交代もない中で、何らチェックも受けないシステムとなった。たまに会計監査院が重箱の隅をつつくような行政のミスを指摘するにとどまる。

裁量行政というのはそのような特異な環境の中で生まれ、有権者の直接的な意見を聴くことは、偏りとみなされ、一方で有権者や団体の意見を聴くのに非公式な場が重用されている。役所が今日的課題として求められている開かれた場での、市民との連携、横(部課係間)の連携、当事者との対話ということが、国民不在の三権分立の考え方の中でなかなかうまく行かないのは必然かも知れない。公務員試験ではこうしたことが当たり前という行政法学の「正解」を刷り込まれて庁舎に飛び込んでくる。

地域福祉計画でこれまで多くの市職員とヒアリングやおしゃべりで話をする機会があったが、口では市民参加が必要だ、と言っていただける。しかしその本音は「市の財政が立ちゆかなくなる危険性がある」からであり、職員自らが仕事のやり方を変えてみることよりも、自分たちは今までの仕事のやり方のままで、リストラした分は市民を働かせておこうという提案しか出てこない。市民は市役所の奴隷ではないのだからこうした発想はよく考えるとおかしい。
自分たちのまちを自分たちで提案し、話し合い、決め、実行する、という全体像がともなう市民参加がない限り、そして市職員がそうしたプロセスを尊重しない限り、みんなのために力を出そうとする、みんなのために我慢をしてみるという、まちを心の底から大切にする市民感情は生まれにくいだろう。

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2005.10.27

10/27 市民参加とは誰のため

地域福祉計画策定委員会に出席する。会議前に送られた資料が薄く、中間答申でまとめた計画案文が相当削られているようだと思った。
委員会に出席してみてその理由がわかった。市職員だけの「地域福祉計画庁内検討委員会」が、「現時点で取り組まない」と判断したものを、市民委員会に諮らずに、担当課と市民委員会・策定委員会と協議もせずに、福祉課の裁量でカットしたようだ。

そもそも朝霞の地域福祉計画づくりは、全面的な市民参加を唱ってスタートした。100%公募の市民委員によって議論し、調査を行い、起案し、修文してまとめてきた。それを策定委員会がチェックし、決定していくことになっている。本来ならば庁内検討委員会は市民と協働して計画をとりまとめ、策定委員会に提起することになっていた。ところが庁内検討委員会との「協働」はほとんど行われなかった。その結果がこれである。

市民参加であるなら、なぜ「現時点で取り組まない」となったのか、下働きさせられた市民委員会に説明する責任があるだろう。それを怠って、かなり大変であった作業だけ市民に押しつけたことに、憤りを感じている。内容も、あまりにもサービスが不足している分野以外はお金のかからないことに特化して提案した。そのために市役所がお金を使わずに市民や市の既存事業をつなげて解決していくことや、規制の緩和や強化などを求めた。市役所が効果的な市民サービスは何かを考えれば歩み寄れるものを十分検討したが、市役所の過去のしきたり、庁内の人間関係をまずくすること、前例のないこと、などが却下された。

庁内検討委員会は、市民委員会がまとめたものを実行可能かどうか、実行するにはどうのような課題があるか、市民委員会と「協働」して検討することになっている。しかしこれまで市民委員会と一緒に議論したことは1度しかない。それも文案がない段階のフリーディスカッションみたいなものだけである。市民委員会、策定委員会が委員個人名入りの議事録が公開されている。それに対し庁内検討委員会は、議事録も公開されていない。行政の中立性、公平性という名のもとに密室で裁量行政を行っている。

私が策定委員会でこの点を問題を提起して、委員長、副委員長を始め多くの委員がこの顛末に問題を感じ、委員長、副委員長との再協議になったが、市側としてはもはや再調整するつもりはないのだろう。庁内の議論経過についてつぶさに確認しながら、決定経過の不透明性を問題にしていきたい。
当然、福祉課担当職員たちの責任も問題化していくつもりだ。

市民への業務委託を市民参加と称している自治体が増えてきた。人べらし行政改革の中で、あるいは小泉に煽られた公務員が「民でできるものは民」と称して民間委託を推進している。そうしてセンサーとなっている現場の市職員を市役所から追い出し、市民に出入り業者の感覚で下働きさせて、残った命令する公務員だけが安定した職と給料をもらい続けるシステムが評価される。朝霞の地域福祉計画づくりでは、市民に作業を押しつけて作らせたものを市職員どうしでシニカルに批判して、都合の良いところだけ利用する。そんな公務員たちの都合のよい民間委託の実態につきあわされた感じだ。

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2005.08.03

8/3 敏感な精神

往路も復路もとんでもない電車のマナーのおっさんたちに会ってうんざり。

往路は、原稿の校正なんかしちゃったりしていかにも知的労働してるんだぜ、というオヤジ。新聞5紙広げて、それも通勤電車ではあるまじき読み方して、最後は網棚に一紙ずつポイ。よく見たら、さっきまで飲んでいたペットボトルが足下に。

帰りは、混雑する電車なのに、席を2人分占領して何も気がつかない日生の従業員。その鈍感さが生保の気遣い、提案能力のなさを語ってるような感じがする。営業と管理が分離している企業は、そういう鈍感さを感じる。

●3月の市議会の議事録の福祉関連の審議を読んだ。
革新系(非共産)のある市議が、地域福祉計画のゾーニング(区域の色分け)に異様に拘っていて、変な感じだった。この市議こそ、そんな狭い地域で人間関係括られたら居場所を失うだろうに、という感じがする。

地域福祉計画は確かにゾーニングも大事かも知れないが、細かく地域を分けて居住区域で息苦しく助け合いをやっていいことがあるのか疑問だ。差別と偏見に充ち満ちてるこの社会で、マイノリティーがつながりあって、生きる場所をつくるのに、ゾーニング以外の手法も考えないと危ない。
地域福祉計画で一番大事なのは、施設や病院に拘束されている障害当事者や慢性期の疾病者をどうやって、施設外で生きられる場所を作るかということや、専門家任せにして、障害当事者や疾病者、困っている人たちが、専門家の餌食にならないよう、どう生きる場を保障していくか、ということが大事じゃないかと思う。

革新系で、地域社会を保守だ何だと言ってきた人が、地域という名のもとに、狭い世界に要援護者を押し込めて、地域ボスに甘んじさせようとすることに全く鈍感なことに愕然とする。

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2005.08.01

8/1 伝達するシナプス

代休。銀行で借金の借り換えの手続きをする。さくさくと手続きが進んで、奇妙な感じだった。

午後、地域福祉計画づくりで、市立保育園を訪問ヒアリング。なぜか本庁から担当課の事務職員が来て、話させにくい。現場としてどうなの、という話を聴きたかったが、管轄する本庁が認めてはいけない事実や、本庁への言いたいことが出せないので、建前の話が続く。現場にはいろいろ発見があるのに、伝達するシナプスが壊れている。もどかしい。

悶々としながら、夕方、髪を切る。

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2005.07.27

7/26② 市民が参加できる行政改革を意見【追記】

行政改革のパブリックコメントで市は前向きに考えるような回答をしているが、いくつかはダメダメの回答だ。

○入札改革について
市は効率性から考えたい、と回答しているますが、技術水準や効率性だけではなくて、応札業者には、社会的責任を評価せよといっていて、これは効率性だけの問題ではないのです。障害者雇用や環境努力などの社会的責任も全うもせず、そうした問題の解決を税財政に押しつけている企業には、市の仕事を受けられないようにすることも必要ではないか、という問題提起をしていますが、回答になっていません。

○市の事業の民営化・民間委託について
市の事業名が伏せられているので、何のことだかわからない「市民の意見」になっています。適切に委託したり民営化したりするから見守ってくれ、と言っているだけで、問題ある民間委託をどう解消するか、という明確な考え方の提示になっていません。
市立宮戸保育園の委託では、企業側から立派な提案書で提案を受けても、委託してみれば保育士の退職が続き、定足数が不足する事態が続いています。民間委託では、立派な提案書の裏付けを見通す力が市役所に求められると思います。有名企業に安く委託できてよかった、ではすまされない問題です。
また、委託後は委託先の会社に好き勝手にさせるのではなく、地域社会の関与や市としての監査監督体制をきちんと作ることが成功する委託かどうかの分かれ道になります。
最近、報道番組と係争して問題化した、朝霞市のプラスチックごみの処理の委託問題も同じで、監督もせずに金払って仕事させてやったんだから受けた企業の責任だ、と言い逃れることができなくなっています(この件で市は業者に対して、仕事やったのに不始末起こしてメンツ潰してくれたな、という委託業者の弱い立場を利用したような対応が感じとれます。市は国策遂行のために設立された業界団体に市側のミスを発見され逆に「受け入れ拒否処分」で逆襲されるわけですが)。
生活基盤として重要な保育園やリサイクルごみの処理を問題だらけの状態で民間委託しておきながら、市は温泉施設を外郭団体を通してほぼ直営の状態で手厚く運営し、巨額の財政支援をしています。保育園に入れず我慢させられたお金が、温泉に使われている、なんて、どうかと思います。健康増進だ何だと理由はあるのでしょうが、現実にはマイカーを使える人しか行けない場所にあって、介護予防の効果は???です。強制的に集められた税金を特定の趣味嗜好のために使うのは問題です。これこそ早急に民間に売り渡し、全額受益者負担で運営すべき施設ではないでしょうか。

○以前の記事
7/25 市民が参加できる行政改革を意見

○宮戸保育園の委託問題
4/11 保育士に逃げられる保育所詳報
2004年12月に開かれた市議会の議事録に共産党の石川市議の発言として詳細が掲載されています。こうした問題から市民を守っているのは共産党議員だけという市議会の実情は癪です。

○市のプラスチックリサイクルごみ問題
朝霞市:容器包装プラスチックリサイクルのテレビ放送について市民の皆様にご報告いたします(広報あさか号外)
朝霞市:リサイクル事業者の事情聴取の結果について
市が勇ましく日本テレビに反撃しようとしたものの、それ以後、音沙汰ありません。

この問題を追っかけているブログはたくさんありましたが、ずっと追っているのはこれです。
だらだらと気の向くままに:朝霞市リサイクル業者問題

これによると、市が日本テレビを告訴する動きを見せ、福田商会に委託を打ち切ると発表した後、日本容器包装リサイクル協会という、容器包装リサイクルを一括して扱う業界団体に市側の監督責任の不備や排出量の計測ミスを逆に指摘され、業者任せの実態が明らかになったとともに、市は業界団体からリサイクルごみの受け入れ拒否の処分を受けたようです。
市の会議予定を見ると、市議会と市の調査委員会が何回か開かれているようですが、その後の報告はまだ見られません。事実経過の報道が先行してしまって、市はその解釈をどうするか混乱しているようです。

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2005.07.26

7/26 退職したら地域ニートになるのかな

昨日、地域福祉計画を県下に広めたいので何かできることない?と県の要請を受けた人から、アイディア出してくれ、と誘われて話し合いに行く。いろんな話をしたが、とりとめもない話で団塊の退職者をどうするか、という話が出てくる。
これから5年ぐらいの間に埼玉県で40万人もの団塊の世代の退職者が出てくるらしい。人口が700万、労働力人口が400万から500万というところだから、恐ろしい割合の無業者が地域に溢れかえることになる。

で、その団塊の退職者が地域のために動いてもらえる人材になりうるかどうか、という心配をした。その上の世代のように、地域の人と将棋を指したりできるのかなぁ。人それぞれだけども、若い頃から装置産業的レジャーやマスメディアにどっぷり浸かった初の世代だから、そういうの苦手なのではないか、学生運動をやったり生活クラブをつくったり会社の改革に熱心な世代だったけど、実際にはゴルフ、野球、ドライブ、バーベキューといった企業社会にどっぷり浸かったライフスタイル・趣味しか興味を持たない人が多くて、地域で誰かと対等につきあえ、なんて課題を下しても簡単に受け入れないよね、なんて話になる。マイホームパパは地域と切れているでしょう。

県内では知事に親しい政治家やグループが、団塊の世代の退職者を当て込んで、退職高齢者をNPOに活用、なんて政策を簡単に言っているが、簡単にはそうはならないと思う。もちろん、連合埼玉・労福協のように退職者を地域活動者としてトレーニングしている活動もあるが、40万人のグロスからはほんとうにごく一部の機会に恵まれた方か、意志のある方々だろう。
企業というある種のヒエラルキーのある共同体にどっぷり浸かってきた団塊の世代のお父さんたちが、ヒエラルキーはない、包み込んでくれるようなもののない地域社会に戻れ、と号令かけられても、何やっていいんだかわからず、そのまま会社のOBとゴルフ行ったり、妻とさまようようにドライブに行くことしかやらないのではないかと思っている。退職してさっぱり離れていく人もいるが、多くの人は、むしろ今までの会社で培ったノウハウを使えないか(今までの仕事のやり方を退職後も通用させられる職場はないか)、と模索しているのが現実だ。

会社のように鉄のピラミッドの地域福祉推進の組織を作って、70代や60代後半のモーレツサラリーマン世代のおじいちゃんに管理職を勤めてもらい、戦争を知らない団塊の退職者たちに「ばかやろう」「だから今時の若いのは根性がないんだ」「仕事中に携帯電話するんじゃねぇ」なんて机叩かせて怒鳴らせたら、団塊の世代はがんばっちゃうかも知れないねぇ、なんて冗談話も出る。もちろんそんなのではちっともいい地域社会にはならないけど。

退職者を地域活動に活かしていきたいなら、退職してからでは遅いと思う。ごく稀に、自分や妻や自分の子どもが障害や病気になったり、失業したり困った問題があって、仕事ばっかりじゃ家族守れないんだ、と自覚する機会に恵まれた人だけが地域に足場をつくっていったりするが。
私は、もっと若い人たちにもアプローチしないとダメじゃないかと思う。まだ偉くないうちに、地域社会や、PTA的な場で、いろいろやって、楽しい経験や成功体験を積まないと、退職で辛くも全人格を包み込んでくれる企業社会という共同体から与えられる毎日の刺激が無くなったときに、地域でそれと同じぐらいの居場所を作れと言われても難しいだろう。

退職者を地域でどうするか、ということはニート問題と良く似ているのである。子どものときから人間関係や手伝いで成功体験を積まない子がニートになりやすい、という玄田氏の説を取れば、地域社会で人間関係や手伝いの経験を積まない月給取りは、退職してから地域ニートになる、と言うことができるかも知れない。
家族という共同体から社会に飛び立てない若者、会社という共同体から家族や地域という共同体に飛び立てない退職者というのが今の社会の問題なのか。

ただ、団塊の世代を迎え入れた地域社会というのが、ほんとうにどうだったのかは検証しなくてはならない。私の子どもの頃の感じでは、当時の地域社会は勤め人の家庭にとても排他的な世界に感じた。たまの休みの地域の人たちとのつきあいが新参者扱いで苦行なら、いくら「地域が大事」といってもお題目にしかならないし、電車で15分で行ける池袋のデパートや飲食店の方が自分の世界だろう。誰でもが地域で何かが始められる、それにフレンドリーでおもしろがる仲間がいる、そんな開かれた地域社会をつくらなくてはならない。

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7/25 市民が参加できる行政改革を意見

地域福祉計画づくりに関わっていると、市役所の働き方を変えなければならない課題にいっぱいぶつかる。今流行している、企業的手法の導入とか、民でできるものは民で、という、今までやってきたやり方を枠組みだけ変える改革を通り越して、もっと誰にとってどのように役に立つ市役所なのか、というところから捉え直した改革が必要なのだと思う。

そんな折、市の第3次行政改革実施計画の進捗状況についてパブリックコメントが行われ、意見を提出したところ、市の考え方が提示された。

市民と市役所の風通しが良く、透明性のある関係を作って、市民参加をどんどん進めていくことのために必要なことを意見をとして出した。また、民間委託や入札のやり方、市職員の勤務スタイルの変更についても意見を出した。

内容は
①サービス向上について、接遇マナーは良いが、総合的な支援力やニーズ分析が弱いので改善を。
②ベッドタウンで市民参画を進めて行く上で市職員の勤務日が平日だけではおさまらなくなるので、時差勤務制度の大胆な導入。
③他の自治体の事例の自主研究を支援。
④公益通報者保護制度の導入。
⑤ITを使い、申請に必要な書類の一覧表示、申請用紙の交付などを行って何度も市役所に行く必要のない工夫。
⑥・民間委託での問題業者の改善や契約更新の拒否を。・市民のセーフティーネットに関わる事業の委託では、サービスの安定供給、働く人の安心、現場での裁量権、地域社会とのコミュニケーションの4点が必要。
⑦入札に、障害者雇用、次世代育成支援事業主行動計画の実行度、環境への貢献など社会的価値を評価する。
⑧安すぎる手数料・利用料金は見直す。
⑨審議会等の議事録公開のスピードアップと、審議会で使われた資料のIT上での公開。
⑩監査法人の監査を実施。
⑪市民参加では意思決定や利害調整を市民自ら行っていくことを基本に。
⑫市民活動の掘り起こし、立ち上げなどの支援。
⑬審議会の見直し(・公募市民枠を必置に・議員や団体有力者の審議会委員占有の見直し・団体選出委員の重複参加の制限を・審議会の土日開催や有償の保育の実施・審議内容のない審議会の廃止とパブリックコメントへの置き換え・審議会委員等への日当や費用弁償の廃止減額・市議会の政策形成能力をつける・審議会等への何らかの子ども参加)。
といったことを求め、市はおおむね前向きに検討すると回答した。

市側の意見を見てみると、「13件提出者1人」という。行政改革という市役所に関心のある人は何か言いたくなるテーマにもかかわらず、意見を提出したのは私1人だけという結果。市役所が意見を言う機会を用意しているのに意見が出ない、ということが問題かも知れない。

■意見を求めた「第3次朝霞市行政改革実施計画の進捗状況 平成16年度」
http://www.city.asaka.saitama.jp/pdf/gyokaku/sintyoku.pdf

■提出した意見とその回答「第3次朝霞市行政改革実施計画の進捗状況に対する意見と市の考え方」
http://www.city.asaka.saitama.jp/pdf/gyokaku/keikakuiken.pdf

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2005.06.21

6/21 市役所の意見を聴く

今日は有給休暇を取って、地域福祉計画市民委員会の市役所ヒアリング。私の担当は、教育委員会指導課、防災を担当する庶務課、町内会政策を担当する市民生活課、公園緑地課、商工農業課、コミュニティーバスを運営する企画課の6課。フランクに市役所の意見を聴く場にしたいと思って、慎重に議論を進めた。結果として、市職員の情熱や思いに近いところの話を聞けて、いい場であったと思う。言質を取る取られるというのではなく、こういう話し合いの場を積み重ねて、まちや市役所が変わっていけるといい。

教育委員会指導課は、主に学習障害や発達障害の子どもや不登校の子どもへのケアのあり方について議論する。こちら側の聞き方が及ばず、回答留保されることが多かった。
庶務課とは、災害時の障害者・高齢者の救援のあり方についてヒアリング。帰宅困難者問題は大きいかも知れない。「オレが外を守るから、お前は家を守れ」なんてかっこいいこと言って結婚したお父さんが、大地震で家族を救おうと帰宅しようとしても、板橋区の住宅密集地で火事で足止め食らって、何もできないもどかしさを感じながら、妻が自宅周辺で子どもと力仕事やりながらおじいちゃんおばあちゃんの救出にあたる、なんて、ことがおこりそうだ。次の大災害を機に、性的役割分業を前提としたサラリーマン労働は家族を守れないという現実を突きつけられるのではないか、と話を聴きながら思う。私も含め。

市民生活課とは町内会のあり方やこれからの行政との関係について議論する。課長さんがきちんとした持論をもっていて、町内会に自己改革を求めながら、地域住民の自治を町内会に落とし込んでいこうとしている。正しいかどうかはわからないが、きちんとした見識で、市民と議論できるものを持っていることはいい。ちなみに市民生活課が編集している消費者ハンドブックは評価が高い。朝霞市役所の1階住民票の窓口前で配布している。

公園緑地課は公園の地域・市民運営について議論。とりあえず5人以上の団体に市民に管理委託を始めている。しかし使い方の管理つまり運営の委託まではまだ考えていない。公園で火を使ったりボールを使ったりする遊びができるようにするためには地域住民による運営・管理が必要だろう。空き地等が提供されず子どもたちが危険な遊びを体験できなくなっているということで意気投合。

商工農業課は、高齢社会においての商店街や農業の課題について意見交換した。中心市街地活性化でようやく融資や補助金だけではない商工政策がスタートして、その中で巨大スーパーに立ち向かう営業として福祉的観点の商売の展開を意識しているが、果たして儲かるのかどうなのか足踏みしている状態だという。農業についても聴いたが、もう食べていける農業ではない状態。さらに大都市近郊で地価が高く、商売やるより土地を宅地として貸して東京で働いた方が儲かるし楽だからと商店も農家も減っている。農家の息子さんたちで農業に志のある若者がグループを作っていろいろ議論しているらしい。それで食べていける農業になるのは難しいが、都市近郊農業が地域で活躍する場ができるだけでも意味が大きいと思う。期待したい。

企画課は、交通弱者の移動の自由の問題としてのコミュニティーバスの課題と、庁内の合意形成の方法、審議会のあり方、指定管理者制度など市役所の運営について聴く。コミュニティーバスの開通で市内からほぼバス空白地帯を解消したというが、1時間に1本以下の路線については、移動の自由を保障しているとは思えない。バス空白地帯としてカウントすべきだろうと思った。コミュニティーバスは民営バスが営業できない地域を走っているから赤字で仕方ない、という話を聴いた。が、そのことでそれでよしとしていると、官業は非効率という批判につながるし、市民がどこまで税金の補填に納得するのか疑問だ。民営バスもどこまで企業努力して新路線の開拓をしていないのかわからない。採算による評価が適切でないなら、少なくとも別の指標で政策効果についてきちんと検証しないと、いつかコミュニティーバスはやめろ、という議論が出てきてしまうのではないかと心配になった。自転車駐輪場の整備とコミュニティーバスの整備とは、結果的に矛盾する政策だという市の担当者の悩みはその通りだと思った。市民で総合的に交通政策を考える場が必要だというのも同感。

今回は福祉の利害とはワンクッションある課ばかりだったので、対象の市職員も肩の力が抜けていたのかも知れない。

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2005.05.31

5/31 エスタブリッシュメントの態度

好きでやっていることだからあまり文句言いたくはないが、今日の地域福祉計画の策定委員会はひどかった。

策定委員会とは調査と計画をまとめてきた市民委員会の提言を承認したり、修正したりする場である。
市民委員会が市民の希望者で構成し、無報酬で自発的に月数回の活動をしているのに対して、策定委員会は有償で数ヶ月に一度、市の各団体の代表が集められて市民委員会のまとめてきたものをチェックする。

地域福祉では近隣住民に何らかの助け合いの輪をつくっていかなくてはならないが、市民活動の盛んな武蔵野市のような地域とは違い、朝霞市の場合、町内会の役割が大きくなる。市民委員会の提言で町内会の活性化が入ったことについて、市内の任意団体の会長も務めるある委員からは、市民委員会に「町内会には毎日のように市から大量の資料が送られてきて読みこなすだけでも大変だ。それなのに町内会にも入っていないメンバーがいる市民委員会が町内会のことについてあれこれ言うな」との物言いがついた。
またある委員からは、「地域と関わるとは何なのか、福祉でもらうことばかり考えているのではないか」と禅問答のような質問もあった。「この計画は権利の主張ばかりで義務が書いていない」など。
この委員たちは、私語はひどいし、計画を指さしながら冷笑しているし、いやな雰囲気であった。
こんな委員たちに、市民委員会はネタを提供しているのかと思うと、ほんとうにやりきれないし、当事者なんかどこかにいってしまっている態度だ。

町内会のことについては、市民委員会の苦労も一緒にしていないのに提言への評論ばかりしないでください、と言いたかった。任意団体の町内会には毎日のように市から大量に資料が送られてくるということが理解できない。行政に近いのか、住民に近いのか、不透明な感じだ。
地域に関わるということは何なのか、という禅問答に対してはご自身の行動で表してください、と言いたかった。福祉でもらうことばかり、ということについてはどこがそうなのだろうか。支援そのものを否定されるなら、自助しかいらないということだろう。それなら正面から地域福祉計画はいらないと発言すべきだろう。
義務の話については、権利の反対語は義務ではないと言いたかった。難しい話になるが、権利は権利で、義務は義務だ。権利と義務とをトレードオフするような意見が跳梁跋扈しているが、それは違う。権利とトレードオフする議論が成立しうるのは責任で、それも他人の権利を侵害しないようにする責任という意味合いだ。こういう言葉使いをされるときは、権力に近い者から遠い者への抑圧がある時だ。
具体的な策定の作業させられている市民委員会に対して、これらのエスタブリッシュメントの発言は、何にもならないし意欲をそぐだけである。

また、同時に市職員で構成される庁内検討委員会の修正案も出てきた。かなり物言いが絞られていたが、いくつか見過ごせない修正案もあった。市民委員も策定委員も自分の発言は公開されているが、庁内検討委員会はどこのだれが修正案を出したのか明らかにしていない。市民委員会との事前協議もない。

市民参加の計画づくりの体制を守るためには、市職員が職務上の匿名性において市民委員会の結論を自由に修正することを認めてはいけない。私は修正案を出した課名を明らかにさせた。余談だが公園緑地課の修正案はなかなかの変化球で、意図している方向になるともならないとも言えるが、市民として反対しにくい修正だった。すべてを認めるわけにはいかないが、この頭の良さは評価したい。

庁内からの修正案の中には、「~づくり」や「推進」という結語の後に、「のために検討する」を付けるような修正が半分ぐらいあった。医師会出身の委員さんが「検討する、なんてやらないということですよね。よってそういう市側の修正は認めないこととしたいのですが」という発言があり、検討するをつける修正はすべて却下された。医師会のことをあれこれ言ったが、こうした適切な発言に深く感謝したい。
また、先に挙げたように委員会で混乱させるような発言に対して、当事者団体の委員の方がピシッと締めるような意見を言ってくださった。この方には市民委員会と兼任の委員一同でお礼をした。
適切な修正をしていただいた委員もいた。市民委員が大慌てでまとめたものだから、そうしたことにフォローをされることに感謝ばかりだ。

市のエスタブリッシュメントには、混乱しか生まない議論をしたがる人がいて、あまりにも多く発言する。今後の市は市民参加を進めようとしているが、こうした人たちがいやな思いをまき散らさないような工夫が必要だ。
その一方で市民委員会の努力や、当事者に近づこうとする意欲を評価して、きちんと対応された方がいる。その方々には感謝したいし、これからもいろいろ期待していきたい。

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2005.05.12

5/11 地域の総合相談窓口づくりに道開けそう 

連合生活福祉局で介護保険の見直しに取り組んだお話を取材。話が脱線しながら、関連情報なども聞いて、2時間もかけてしまった。途中、高崎市周辺の群馬4区で立候補のために挑戦している角倉さんがやってきて、公認争いの状況を聞く。
よくわからなかった地域包括支援センターの内容について聞く。人口3万人に1ヵ所を目安に設置され、保健士、ソーシャルワーカー、主任ケアマネージャーが配置される。そのことで、サービスメニュー中心ではなく、利用者中心の介護を実現していく、総合相談窓口にしていく、ということを確認。
たとえば、朝霞市の場合、人口12万人なので、市内5ヵ所程度が想定できる。地域福祉計画のアンケートやヒアリングで市役所本庁以外の福祉の総合相談窓口を求める声が多く、その可能性に期待したい。また担当者の個人的意見として、このセンターが成功すると、障害や児童、DVや児童虐待にも機動的に対応できる体制ができる可能性がある、ということ。そのためには、今の溝沼の複合福祉施設のように、高齢者だけのもの、というものにしないことが大事だ。
国会審議では、疑惑追及に燃え上がり、見直しの議論を直視しない一部の民主党議員の姿勢に苦言も。

そしてメガネ店に。メガネフレームが取り寄せられて、紛失したものと同じものが手に入った。愛着があったので、うれしいもの。視力検査等を行ったら、左目の視力は改善しているという。レンズのできあがりまであと少し。一方、右目の斜視が再発してきているようで、それこそ目の「筋トレ」が必要だ。

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2005.05.10

5/10 うっすらと根っこを地域にはやす

帰りに書店に寄り、「自閉症裁判-レッサーパンダ帽男の罪と罰」「学級の歴史学」を買う。
学級の歴史学は、書評につられて買ってしまった。学校のクラス制というものに、既存の学校ではない自由な学校をめざしていた高校がクラスに縛りつけられかけてから疑問をもってきた。両方とも興味があるので早く読みたい。

●高齢者をねらう悪徳商法が流行している。すぐ近くの富士見市では認知症(痴呆)のおばあさん2人姉妹を10年間騙し続けた業者がいた。昨日、富士見市長が2人に成年後見人をつけることを申請した。

これから、小金持ち高齢者が増え、こうした問題がさらに増えていくだろう。中高年現役時代は高給で金払いが良く、仕事一辺倒で、24時間地域で暮らす生活感覚が身に付いていなかったり、イベントとしての消費しか楽しみが見つからない、といったことも、こうしたトラブルに輪をかけることになるだろう。

予防策は、地域に友だちをつくり、楽しく暮らしてもらう方法を地域が創り出すことだろう。大きなお買い物をしたり、分不相応に孫にプレゼントしたり、不安商法にひっかかったりしないようにするには、お金がなくても楽しめるものをつくっていくしかない。
定年退職してから、地域社会に来い、と言っても行きにくいだろう。徐々に助走しながら、地域社会にうっすらと根っこを生やすサラリーマンづくりを始めなくてはならないと感じている。

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2005.04.21

4/21 招かれざる市民

午後から休暇を取って地域福祉計画の市民委員会に出席。これまで市民任せにしてきた計画策定に、事務局(市)からの細かい指摘が異様に増えた。その標的はなぜか私。私が発言しすぎるせいかも知れないが、原案の半分の不適切な表現は市側がつくっているものではないか。先日、策定委員会で細かい言葉の表現についていろいろ指摘されて、事務局は気にはなっているのかも知れない。あるいは、人事異動もあり、市民中心の計画策定に批判的な庁内の声が挙がってきたのか。

細かい文言の指摘をされることはいいとしても、それ以外に、市民の価値観に関わることについて市職員があるべき論を展開したのは、大きな問題だと感じた。市民委員会側が提起した「専門的な相談・援助の充実」として事例に離婚相談を挙げた。それに対して事務局である市職員の1人が、「子育ては夫婦が基本であり、やはり離婚というものはあってはよくないものだと・・・」。離婚相談というのは事例と指定良くないということに、ここまで言うかという内容だった。

びっくり。離婚しようが、何しようが、子どもが親のために著しい不都合に陥らないためにどうしようか、ということに思いも馳せずに、離婚しない人間の立場だけを、しかも先入観に満ちた言い方は大問題だ。市役所が市民の生き方のあるべき姿を規定し、それにはまらない人のことには対応したくない、と会議の席で公言していることになる。行政の中立性とそれを保障する公務員の身分保障は何のためにあるのだろうか。

3組に1組が離婚する時代、放置しておけば、育児放棄や、生活破綻→生活保護受給者の増大になってしまう。法律相談、立ち直りのケア、住居や就労や保育所の斡旋と、離婚家庭のやるべきことはたくさんある。離婚当事者を支援するグループが関係機関が連携とってやれば、悲惨な状態に陥らずに、離婚家庭の生活再建ができる。

離婚に限らず、こうした「専門的な相談・援助の充実」の実現にあるので、離婚相談を事例に出してこのことそのものが否定されてはかなわないので、市職員の指摘に従い撤回したがが、どうにも腑に落ちないことだった。

次世代計画の審議会でも福祉事業者の委員から離婚家庭や共働き家庭に対する差別発言があったが、ライフスタイルやおかれた生活の境遇が普通でない人に、倫から外れた者として、差別することに平気な風潮があるのかも知れない。招かざる市民なのだろう。

●国会で野党に疑惑を追及されまくっているのに、厚生労働省が「筋肉トレーニングは介護予防に効果あり」と。それを疑いもせずそのまま掲載するブル新。

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2005.04.16

4/15 理想主義だが

午前中、印刷業者で校正。午後から地域福祉計画の策定委員会に出席。

計画づくりをする市民委員会と、市民委員会でまとめたものを審議する場である策定委員会があり、両方を兼任する私含め3人の委員は事実上の市民委員会の答弁要員となる。

市民の課題を約30項目にまとめ、基本課題の前提となった共通課題の各項目については議論があった。ほとんどは大急ぎで文章化したことによる表現の問題だった。7項目の基本課題についてはおおむね了承がとられたことにほっとした。

その関連の議論で、少し気になるめざす方向のずれが見えてきて、不安になる。

地域福祉の進め方では、町内会や小学校区、中学校区などの一定の地域で住民の統合を強める考え方と、孤立回避のために何らかのつながりをまずつくろうという考え方に違いが見られた。
前者は、いろいろな課題をみんなが考える地域づくりをしなければならないという立場に立っている。社会的統合という考え方と支え合いづくりのためにはこの方がよい。理想的だが、地域の活動が活発でないとなかなか現実化しにくい、町内会役員しか出てこない、マイノリティー問題がなかなかテーマにのらない、という弱点も考えられる(各地の市議会をみていただければわかると思う)。
一方、地域のつながりをつくるにしても、まずは職場でない地域のどこかに居場所をつくらないと、という考え。またマイノリティーの課題や、デリケートな問題、個々人の嗜好性に着目したネットワークの作り方。弱点は、同じ課題を抱えた人だけでグループ化されやすいため、他の問題と課題を共有して共闘したり譲り合ったりして自治的に解決していく力を補完しないと、自治的解決能力が育たない、という弱点がある。

福祉利用者の権利擁護について議論があったが、これは福祉の市場化という現実について説明して、理解してもらえた。

たまり場について、悪く捉える人と、良く捉える人がいた。私は、つながりのない市民が半分以上のこのまちで、どこであれ何であれ、人間関係があるということを前向きに捉え、それをよい力に変えていく方法を考えたほうがいい、前向きに捉えてどうするか考えたい、と答えた。

DV問題に取り組んでいる策定委員会の委員長は、市民委員会がまとめている地域福祉計画が相当理想主義的なもので、すべて実現できたら良い街なる、と感想を言ってくれた。今までの朝霞市にない理想的なシステムをいろいろ盛り込んでいる。計画つくりながらこんなこと言ってはいけないが、多分、5年のうち8割実現できれば上出来だと思う。

計画というのは100%達成すべきものだが、ゼロからスタートする朝霞市の地域福祉計画は、まず高い理念を市民や福祉関係者が共有して、そこに向けて努力したり工夫したりすること取り組みが始まったら、それだけで市民や福祉の利用者は「変わった」と実感できると思う。

5年たって、できるだけ多くが実現したり、そのめどを立ったらいいと思う。残念ながら計画未達のところがいくつか出てくると思う。そのときに、どうして未達なのか、その障害になっている問題は何か、それとも新しいやり方をすれば同じ結果が目指せるのか、そんなことを議論できる題材になるような計画にしていきたい、と思う。

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2005.04.01

4/1 外国人登録者数

職場で机の配置換え。床下配線の貼り替えなども行い大儀じゃ。

●先日の地域福祉計画の市民委員会で、ある委員が請求した、朝霞市の外国人登録者数の国別内訳が配られた。もちろん、外国人登録していない外国人もいると思うので外国人の実数ではないが、概ね傾向をあらわしている。

外国人と無国籍者の合計が2357人、男が1084人、女が1273人。1位が中国人(台湾含む)861人、2位が韓国・北朝鮮で444人、3位がフィリピン人321人、4位がブラジル人305人、5位がアメリカ人で47人、6位がパキスタン人で40人、7位がタイ人38人。4位のブラジル人と5位のアメリカ人の桁違いの数にまず驚く。

総数は人口の2%になる。単純にいえば、1クラスか2クラスに1人は外国人がいるという感じだ。在日朝鮮人が学年にいるだけで注目された私たちの世代とは全然違うということだ。

いま、小学校や無認可保育所で英語教育が大流行しているが、この国別の数を見ると、外国語教育は何を目的にしているか、きちんと考えてやらないと意味がないということがわかる。ビジネスマン育成なら英語かも知れない。しかし朝霞からそういうエリート出世競争に勝ち抜くことを望み、そのことに意義を見いだす子がどれほどいるだろうか。受験教育のための英語なら、今まで通り論理的思考力がきちんとついてくる中学校からでいいだろう。日本にいる外国人とどう折り合っていくのか、ということなら、中国語やポルトガル語を習得すべきなのだろう。

あと、これら定住している外国人たちに地域で見守っていく施策をとらないと社会不安の大きな原因になるだろう。もちろん語学交流なども重要だと思う。

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2005.02.13

2/10 文書係作業

午後から地域福祉計画策定委員会の文書係の作業。文案とりまとめに向けた文言整理を行う。

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2005.02.05

2/5 消費者が労働をつくる

生活クラブ埼玉と埼玉ワーカーズコレクティブ連合会の共催の、「起業講座ワーカーズ・コレクティブの作り方」に参加。私は生活クラブ生協の組合員で、案内文が生協の注文書に挟まれていたので申し込んでみたもの。題材は世田谷区で一時保育を中心とした子育て支援事業を行う「キッズルームてぃんかぁべる」の実践だというので、興味を惹かれて出かけていった。

ワーカーズコレクティブというのは、各自の持てる能力や財産を持ち寄って、協同組合方式で労働とサービスを作り出す運動。今まで消費ばかりしてきた主婦やフリーターたちが、自分たちで仕事をつくる運動として1980年代に始まった。練馬で生活クラブの無農薬食材などを使った仕出し弁当屋から始まって、リサイクルショップ、介護、飲食店などさまざまな事業が首都圏を中心に展開されている。

子育て支援事業の説明をしてくれたのは「キッズルームてぃんかぁべる」理事の大沢靖子さん。
キッズルームてぃんかぁべるは、区の設置したシアターの観客のための保育施設として区から業務委託を提案され、不定期就労者や子育てのリフレッシュのための一時保育事業を組み合わせてスタート。保育の需給がひっ迫している首都圏の保育所や幼稚園では受け止めにくい保育ニーズに対応している。

人と人との関係の事業では、ワーカーズコレクティブの長所が活きてくるという。

経理を会計事務所に委託していたが、自分たちでやることでコスト感覚がついていったことや、スタッフの採用での大切な観点、多様な年齢の保育スタッフを揃えることの重要性、児童虐待の芽の発見と対応ができたことなど、ためになる話がてんこ盛りだった。

昨日、朝霞市の次世代育成支援行動計画の議論の不毛ぶりにがっかりしていただけに、またやる気が出てきた。

●愛知県安城市のスーパーで子どもへの「通り魔」殺人事件があった。
以前から、子ども連れの買い物客にスーパーは何らかの支援ができないのか、と思っていた。子ども用品売場の一角にプレイルームやプレイエリアをつくっておくだけで、ないよりはいいが、それでいいのだろうか。今回の事件で、スーパーや百貨店が子どもをどう迎え入れたらいいのか、改めて考える機会にすべきだろう。
一方、マイカーで来た客には、駐車場をタダにしたり、入りきらないからと、周辺の駐車場まで借り上げたり、そのために警備員を何人も確保したり、厚遇されている。
マイカーと子どもと、どちらが守るべき存在なのだろうか。商売上のメリットデメリットという点では一概に言えないが、社会的責務という言葉を多用するようになったスーパー、もっと子どもを安全に遊ばせたり預けられる仕組みが考えられないものか、と思う。
近々、その方法について考えて、近隣のスーパーに話しを聞きに行ってみようかと思う。スーパーで託児所事業をやらなくても近隣の商業施設や普通の保育ニーズと抱き合わせながら施設を店の中に誘致してみてはどうだろうか。

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2/4 情報格差

午後地域福祉計画策定市民委員会に出席。これまでの調査の素材を使って、いよいよ文案づくりに入る。
これまでのアンケート結果、団体ヒアリング、住民ヒアリング、委員の意見交換で出てきたコメントは、500件は優に超える。ここから共通の課題を抽出し、柱の提言をまとめていく。大変な作業になる。
夜は、地域福祉計画策定市民委員会の宿題と、次世代育成支援行動計画に関して市役所に出した意見書とその取り上げ状況について検証作業を行う。

●家族が裏番組の次世代育成支援行動計画策定委員会に傍聴してきた。
前回に引き続き、かみ合わない議論が展開されたらしい。若手の委員の挙げたニーズと市役所各課とのすりあわせ作業だったが、委員が求めたニーズに対して、市役所職員(課長クラス)は、やっている事業らしきものの名をずらずら読み上げるだけで、それが市民にどのように役に立っているか、ニーズに応えられるものなのか、その代替策なのか、ということが説明されなかった。

資料を見る限り、比較的まともな回答だったのが公園緑地課で、やりたいけど、かくかくしかじかの事情があってできない、今後検討してみたい、というような答え。こういう答えなら、今やらない事情を理解できるし、事業の弊害になっている状況について一緒に解決したいと思う。一方、教育委員会の指導課、公民館の回答がほとんど却下という内容。妊婦に対して行われる母子学級に父親参加をさせることを求めた委員の意見に対して、「既に実施している。事業名:家庭家庭学級」という回答だった。これでは何だかよくわからない。

委員会の議論がうまくいっていない、というのが市の有力者ともいえる団体選出委員が、新しい子育てニーズに応えた市民活動をしている委員や、子育ての当事者である親の委員の発言にどうでもいい理屈で批判して、議論がどうしようもない迷走をすることだ。
困ったのが、若手委員のニーズに対して、市内に古くからいる団体選出の委員が冷ややかな意見を言うことだ。
2年前に市内に転居してきたという妊婦の委員が、子育ての情報が必要な人に届いていないのでもっと情報の伝え方を工夫してほしい、という意見を言ったら、団体選出の委員から「最近の親は情報を集める努力をしない」と批判したらしい。市の仕事の改革を求めたら、求める市民のモラルの問題にすりかえられてしまた。そういう批判の仕方が、市の改革を停滞させている。
この団体選出の委員は、長くある団体の代表を努め、このほかにもいくつもの市の審議委員会の委員をしている。そういう立場なら自動的に情報が集まってくるし、市役所にもしょっちゅう顔を出せる時間的余裕もある。仕事があったり、子どもを抱えて預けるところもない住民にとってどうなのか、ちゃんと省みて、人を絶望させるような発言は慎んでもらいたい。

他市では、こうした審議委員会の委員に対して、担当の市職員と事前の意見交換や電話での意見の確認が行われるが、朝霞市の場合ぶっつけ本番で開かれる。その結果、議論が迷走する弊害が出ている。

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2005.01.31

1/30 静かな日曜

地域福祉計画策定市民委員会に提出する提案についてまとめる。提案した資料について委員長が臨席しないで審査するというので、心配だ。

あとはメールのやりとり数通。静かな日曜日。

●橋本派の不正献金問題で、検察審査会が橋本、青木、野中の3氏を不起訴としたことは不当という審査結果。
このことの法的妥当性はその通りなのだろうけど、政治や企業不祥事の捜査では、一定の司法取引が行われ、成果を挙げたい検察と、1人でも多くの関係者を守りたい被疑者との間での調整の結果として人身御供のように犯人が決められていく。その調整の結果がひっくり返るとすると、これまでそれを信じて証言し続けてきた関係者はどうなるのだろうか。不利な供述を強要されない、とする憲法そのものの精神に反することが行われていることになる。
そもそも政治的なものに対する捜査のあり方として今の検察のやり方がどうか、というのもある。
もともと歯科医師連盟の不正献金疑惑のターゲットは安倍晋三と石原伸晃だったのに、いつの間にか不問に付され、橋本派になってしまっている。橋本氏や野中氏の再追及を検察が行うなら、元々の不正献金疑惑から問い直すべきだろう。

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2004.11.30

11/29 団体ヒアリングの結果

午前中、地域福祉計画策定委員会。これまで続けてきた団体ヒアリングのまとめをグループ別に発表。人材難、場所難のほか、各団体の連携がなかなかうまくいっていないような結果が出た。また行政の情報提供のあり方にも不十分という声が多かった。地域福祉であがってくるようなすきまの福祉ニーズに対して、市が相談にうまくのっていない話も多く、行政の仕事のあり方の見直しが避けられない。
また各種ボランティア団体が、横の連携をとって、お互いの専門性を活用しあう関係をつくっていくことと、人材確保のためには、ボランティア活動を支援する動きが必要な感じがした。
あとやはり、新住民をどうするか、ということがテーマとしてあった。

午後は、友人のトラブル対応に追われる。必要な手を打つ。

政治家の秘書をやっている石田敏高さんという、とてもよいセンスを持っている方がいて、ホームページで、夜間中学、高校の意義を強調していた。賛同のメールを送ったら、一部私の経歴に誤解があったものの、面白がってくれてその内容を紹介していただいたことが嬉しい。
教育改革というと、力任せに子どもを感化するような話ばかりで、どうも違うんじゃないか、と思ってきた。教育関係者はどうしても「勉強したくない子」や「勉強したいけど、やってもやってもできない子」というのを認めたがらない。子どもは集団をつくり、子ども社会をつくることによって学ぶことが、やがて社会を支えていく人をつくる上で一番大きい。教育というのはその次のような気がする。子どもをおかしくしないためには、「勉強したい子」や、「勉強をやればできる子」の居場所しか考えられない教育界の議論を変えないといけない。これは右にも左にも言えることだ。
夜間中学や夜間高校は、いろいろな意義がある。働きながら勉強する、というのが第一義だ。しかしそれだけではない役割を広く背負ってきている。それはこれからの混乱する日本の子どものためにも必要なものだと思う。

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2004.11.25

11/24② 消防署へのヒアリング

午前中、地域福祉計画の団体ヒアリングで朝霞消防署を訪ねる。副署長さん、大隊長さん、救急救命士さんから、防災弱者の救助活動の現場の話を聴かせてもらう。

朝霞市は近所のつながりがまったく無くなってきていて、そのことで、消防や救急活動で、防災弱者の救出にとても大変なことになっている。聴覚、視覚、知的、精神などのコミュニケーションにハンデのある障害者や、外国人などの対応にとても困られており、福祉と消防の連携というのが、プライバシーの保護とワンセットで実現することが重要になってきている。
あとは急増しているマンション住人の防災、消防・救急活動の困難性も教えていただいた。近所となるべく仲良くしておくことは重要だ。我が家はできているのだろうか。
そういう意味で、町内会活動が話として上がったが、町内会の活性化が話に出てきた。その通りだと思うが、生命や財産の保全で迫って町内会活動に参加するように迫っても、といって参加する人が増えるとともに、町内会以外の近所の人間関係のあり方も考えてみる必要がありそうだ。

思ったより率直に話していただき、福祉のニーズもよく理解され、好感度アップの消防署だった。しかし、一部事務組合という一種の広域自治体が運営し、市役所と切り離され、防災行政は市役所に聞かないとわからないことが多いことや、福祉との連携も、市役所の出方待ちになってしまっている。現場を知っている消防署からの提案をもっとスムーズに受け止められる市役所のあり方も考えなくてはならない。

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2004.11.17

11/17 傍観

夜、地域福祉計画のヒアリング作業で、朝霞市に在住するNAFA子育て環境支援センターの畠山理事長にお話しを伺う。

企業の地域子育てへの参加を運動の特色としている。子育てにやさしい、というのを接客態度に留めず、宅配や戸別対応など子育てをしている親の視点での営業活動、託児所等との連携した営業活動のあり方を啓発していく活動をされている。「トコトコギュー」というフリーペーパーを発行して、無料配布しているが、その広告を集める時に、広告主の企業の具体的な「子育てにやさしい」実践を紹介するようなかたちにしていく、という。さまざまな保育政策に関して意見が参考になった。
それと、朝霞市は子どもも多く、若い世帯も多いという恵まれた環境にあるのに、行政がその良さを街づくりにまったく反映させていないと言われた。子が3歳までの保護者たちは地域社会とのつながりがなく孤立し、情報が必要なのに届かない、市役所行って、ようやくわかる人にだけわかるような資料しか入手できない、という問題を指摘していただいた。

畠山さんは市の子ども政策が無策で傍観主義で、とお怒りになられていた。市民参加なんてどこ吹く風、門前払いばかり受けているという。
私も、市の児童福祉課に行ったときに、一緒にこの街の子どもをどうするか、という視点が少ないのに、心配になったことがあったので、話に大いに共感するところがあった。
しかし、最近では行政訴訟で、行政が何もしなかったことによる被害が裁判で認められるようになり、傍観主義の行政の姿勢では、問題が起きたときに、責任回避ができないことになっている。

畠山さんの、この地域福祉計画で子どもの状況はどう変わりますか、という逆質問にメンバー一同、ドキッとした。気を引き締めていかねば。

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2004.09.21

9/21 親の選択子の選択

今日は久しぶりに職場。先週の野球大会の写真の整理を行い、記事のあらすじを書き始める。

午後は、市の地域福祉計画市民委員会の会議。新しく設置された運営委員会が話の段取りを整理してくれたおかげで、スムースに進行。団体ヒアリングを着手するための準備の議論をした。それぞれの委員が自分の経験を生かした議論ができるようになって、楽しそうに議論して満足顔。私は宿題をいただいたのであさって自宅で作業する予定。私の担当はユニバーサルデザイン。道路や住宅は国土交通省の補助金政策でずいぶん良くなっているので、福祉を必要とする人が生活で利用する民間施設、例えばスーパーやカラオケ店など対象にしようと思う。

微熱気味で、だるかった。
ゼリー系のケーキが食べたくて、自宅近くの「バイエル」でケーキを買って食べる。雑誌で紹介されるような有名店ではないのに、手の込んだおいしいケーキが食べられる。おすすめです。

微熱なのに、妻の貸してくれたAERA「オーダーメイド保育園」の記事を読んで憤慨。

英才教育ニーズに対応していない、保育園業界は努力不足という記事。

高齢者の福祉が、介護保険の導入によって選択可能になった(といってもそうなっていないところも多いが)。だから子どもも、という議論が起きるのだろう。しかし、その場合、選択するのは子どもではなく、親権をふりかざす親なのだ。親が選択することによって、いまの受験競争のような問題が、未就学児にまで持ち込まれるのはどうなのだろうか。

競争社会の勝者を中心に今までの画一的な保育園のありようを批判し、親の選択権を声高に主張する人がいる。しかし、親が子どもの意見表明を待たずに人生をあれこれ決めてしまうことは問題も多い。誰から見ても子ども自身が、自分の進路について自己決定できるようになるまで、画一的であっても可能性がフレキシブルな標準的なシステムの保育園や小学校で、生きる権利や基本的な学ぶ権利を保障することが大人の責任じゃないだろうかと思う。

生きていく知恵やいろんな子と友だちになる訓練をおざなりにして、英才教育に期待ばかり掛けられる子どものストレスは堪らないだろう。まぁ、こんな記事に違和感なくつきあっている、読者の質の問題かもしれない。

一方、プロ野球のストに、今のリストラサラリーマンの気持ちの受け止めを分析した「スト・レス社会のスト願望」、子どものおねしょの受け止め方を伝える「卒業遅くても大丈夫」は、短くてもすごく良い記事だった。

●「中国権力者たちの身上調書」を読む。タイトルと異なり、冷静な内容で面白い。アメリカの政治学者が、中国の権力中枢部の内部報告から胡錦濤体制の党政治局常任委員の権力闘争の経緯をまとめている。10年間で中国の政治システムは成熟し、実務者のみが抜擢されるようになっている。温家宝首相はなかなかの切れ者で人格者らしい。考え方の違いと派閥があって、それらを巧みに組み合わせながら大胆に時代状況にあわせてきた中国共産党の強さを感じた。それに対して日本の革新政党はどうなのだろうか。
非営利団体や政党に勤務する人は、自らの職場の権力闘争を学ぶ意味で、非常に有効な本でもありそうだ。

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