2010.01.04

1/3 交通事故死者5000人を切る-道交法規制強化前の半分に

最近はすっかりご無沙汰しているが、以前、脱クルマの運動に関わっていて、自動車による事故死者を何とか少なくしたい、安心して歩いたり遊べる道路を取り戻したい、と話し合ってきた。

安心して歩いたり遊べる道路というのはまだまだだが、交通事故死者が5000人を切ったということは嬉しいニュースである。やはり道路交通法の規制強化が効果を上げている。交通事故の遺族が何度も求めたのに、規制強化では交通事故はなくならないという水をかける議論が続いてきた。

しかし、悪質なドライバーが引き起こす事故や、交通規則を故意に破ったことによる死亡事故というのは思ったより多いもので、ゼロにできなくても、法改正前が1万人前後であったので、やってみれば半減するということが結果となった。あとは、規制規則の強化以外の事故を減らしていく努力と、クルマを使う総量(台数よりも乗る時間や距離)を減らすことが求められると思う。

●一方、自転車については、前より交通規則の取締りは強化されたものの、依然野放しと言ってよい。自転車による交通事故は記録にも残らず、闇に葬られていると言ってよい。とくに高齢者や子どもが巻き込まれた事故など、ほとんど泣き寝入りで、のちのち後遺症に悩まされるケースも少なくない。
そういう中、エコロジストたちは自転車を思想的優位にある交通機関のように言い、埼玉県庁のように、満足に公共交通機関を整備させることもせずに、3人乗り自転車に補助金をばらまくようなことをぶち上げられて、またため息が出てくる。
最近、自転車が歩道を走行することが公然と認められた。一時意識が高まって歩道の自転車は減ったが、再び増加し、危険な運転にもさらされている。子どもが小さいので危険で仕方がない。
また、埼玉県は、公共交通が脆弱で使う風土がないので、自転車やマイカーを使いすぎるところがある。公共駐輪場を整備しても放置自転車の量が多い。それも非常識な止め方をする自転車がほんとうに多い。
安易に自転車を奨励する前に、①公共交通機関、とりわけ補助的な役割を負うバス路線の整備と増発、②自転車の登録ナンバー義務化、③自転車事故の徹底した追跡と取締り(特に人身事故)、④都市のスプロール化を防ぐ都市開発をやってもらいたい。

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2009.12.18

12/17 下落合のたぬき山、復元できるか?

私の祖母宅の近所でマンション建設による森林破壊があって、ずっと問題になってきたが、今回、まったく別の理屈でそのマンション建設ができなくなったという判決が確定。

マンションが新宿区の森林の中にあり、そこへ行く道の整備があまりにも貧弱だったということで、建築許可を裁判所が取り消したというもの。

どうも自治体は不動産屋に弱く、また日本の憲法解釈も不動産乱開発は財産権の自由と言いながら、マンション建設の副作用で憲法25条などが制限されるような結果になっても、まったく止められない。まして、今回の新宿区のように、建築許可のおめこぼしみたいなことをして、マンション建設業者に有利なように有利なように運ぶ自治体が多い。朝霞市もそう。

そうした開発する側に有利な権力、それを支える法体系にいっていの歯止めとなる判決だと思う。

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2009.11.10

11/10 奈良県のこと笑えない埼玉県の自治体

バックナンバーで書店にない雑誌で申し訳ないが、職場に置いてあった中央公論10月号の「大阪と共に地盤沈下した新興住宅地の奈良県」を読む。

実に問題意識が、今の埼玉県の県南自治体と共通することに愕然とする。

ベッドタウンとして、労働力を大都市に提供し、住宅地としてうまくいっていたみたいだが、結局、自治体はその楽な状況に安住していて、住民のQOLみたいなことを上げることしないで来たら、大阪の企業が元気になくなってきてしまったら、ゴーストタウン化しているというルポルタージュ。

住宅が広いとか、緑が多いとか、そんな観念的な指標をもとに、県庁の福祉部長が脳天気に「私の生活実感から言うと子育てしやすいし、居住環境もよい。」などと楽天的なことを言っている間抜けさは、埼玉県の県南の自治体の職員の、マンションバブルぼけと変わらない。

この記事の結論は、女性に働きやすい社会サービスを提供しきれなかった奈良県の自治体は、貧困や共働きの問題を直視し続けた大阪や兵庫の自治体に比べて見劣りがし、住民の流失が避けられない、と言う。

著者は「ベッドタウンという理由だけなら、首都圏の埼玉県や千葉県ても同じ傾向が出てくると思われますが」と、大阪の沈没が東京の沈没に波及したら埼玉や千葉が同じ状況になってもおかしくない前提を指摘している。最後に著者は関西圏の経済力の向上が奈良県の救いになるように言うが、私はそんなに楽天的に思わない。

東京圏であっても、埼玉県南部の自治体の社会サービスは見劣りがするし、利用するにしても、つまらないスティグマを植え付けられる。身分保障に守られた公務員たちに、自己責任みたいなことばかり言われる。東京の富を東京都の人だけで満たすことができるようになったときに、埼玉県も見捨てられる。

そういう時代に備えた社会サービスの整備について、このあたりの自治体は無頓着であり、心配である。
地域ブランドとか、そんな精神論ばかりにお金を使ってる状況ではない。

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2009.10.19

10/19 和光市の行政事業仕分けを見てきた

和光市で、17日~18日にかけて事業仕分けをやるというので見てきた。時間がなくて最後の1時間だけだったことが残念。

市が事業説明、事業の効果、事業の経費などについて10分程度で一通り説明。
それに対して、質問・討論などを行い、最後に市でやるべき、委託事業でやるべき、民間でやるべき、一部事務組合や国・県でやるべき、やるべきでない事業と委員が判断し、採決で評価する。
評価がそのまま事業撤退となったり民営化になるわけではなく、その情報を参考に、事業の見直しや、再編、時には中止と進んでいく。
深いやりとりをしているが、1人ひとりの発言のセンテンスは短く、てきぱきと作業が進んでいる。

委員は、外部評価者5人に市民2人。
外部評価者が多いことに対しては、市民でもない人間が何を言うのか、という感覚を持つ人が多かったようだが、地域活動を散発的にやって思うが、市民だからって知っているとは限らないように思う。
市の事業に対して他と比べたり、その事業が市民にとって何の効果があったのかそれが必要であったのか洞察する能力がなくて、過去の経緯を知っているだけというのでは、外部評価者に勝る視点があるとは言い切れない。朝霞でも政策がうまくまわらないのは、各種委員会、審議会に土着の人が多くて過去の経緯だけで感覚的に政策を評価しているのに対して、ユーザーの市民の多くは他市からの流入者で、いつも都内や故郷と政策を比べているからだろう。
ムラ社会的なウチ・ソトによる先入観ではなく、もっと謙虚に自分たちのまちを振り返る契機になると思う。

評価について、やや新自由主義的価値観が入っているなぁと感じる面もあったが、市民への直接的な福祉サービスを切れということや民営化せよということはあまりなく、カットすべきは補助金バラマキ型施策、やり方がまずい政策は内容を変える、運営主体に責任が見られないものは民営化、と、比較的適切な仕分けがされたと思う。
行政改革ネタでは、自治体が行政コストをすべて借金で賄うことができないが、住民をリストラできないところまでの責任はある、という幅までは新自由主義も、そうでないリベラルや社民主義も共有するところだと思う。その範囲で、イデオロギーではなくきちんと実態を見て詰めていけば、自治体政策に関しては落ち着くところに落ち着くのだろう。

和光市の事業仕分けでは、中学校海外派遣、青少年団体活動支援が全員の委員が中止すべき事業と判断した。出席していた傍聴者から聞いたら、政策効果が明確でなく、漫然とさしたる理由もないのに、広がりもないのに、いいことしている、という事業が中止すべきと判断されたようだ。青少年政策が不要というのではなく、非行対策にしか価値がなく、青少年に希望を持たせられていないし参加者も少ないことがやめた方がいいという理由のようだ。

また他に不要が高かったのは、既存住宅耐震診断・改修助成、葬祭費用助成、スポーツ振興、契約保養所借り上げなど。いずれも税金でこんなことやるの、というものだろう。葬祭費用助成も、本当に貧困なひとに徹底的にやればいいが、数万円の葬祭費用助成に留まっている。
過半数の委員が不要と判断したのが、文化団体活動支援、緑化助成金、ふれあい施設整備、公民館共通運営、交通安全立哨指導員。補助金バラマキ型の住民活動支援というのが、評判が悪い。

私が傍聴したのは、路上喫煙とたばこのポイ捨てに関する市の事業。ボス棄てに罰則がないこと、路上喫煙に過料を徴収した過去がないことなどが問題にされた。特に過料を取らないできたことに対して、外部からも市民からも批判が強かった。
市役所は市民に対してはモラル啓発ができてきた、市外から和光市にやってくる人の啓発が重要と答えていた。それはそれでやったらいいが、過料を取ることに比べてあまりにも非効率なやり方だと私は思う。和光市役所の職員はたじたじだったが、それでも本音の突っ込みに、誠意ある対応をしたと思う。日頃、あまりうまくない市役所に慣れきってるせいか、良く見える。

●過去ここに書いたが、路上喫煙への指導なんて限界がある。20時をまわればそこらじゅうで路上喫煙が行われている。指導して聞かなかった人に過料というタテマエのようだが、路上喫煙をしている人1人ひとりを過去に注意した人間かそうでないかなど判断がつかない。やるなら千代田区のように徹底して過料を取っていくべきではないかと思う。

●和光市で不要と評価された政策の多くが、朝霞市で力を入れられている事業ばかりであることが気になる。朝霞市の決算書を見ると、人件費が少なく、物件費や補助費が他市に突出して多い。市の仕事を外部に丸投げしている分野が多く、市民や市民活動団体に対してカネで歓心を買っていると評価されることになろう。

●朝霞市は、市民の疑問や意見に対して、「貴重な意見ありがとうございます(そんなこと言うのお前だけなんだよ)」と切り出し、問題がないことにする、議論の対象でないことにする、AはAだと一段論法で正当性を強弁する、そんなことばかりやってきて、慣れきっている。外部評価や事業仕分け、外部監査が入ったら、そういう仕事の仕方ではひとたまりもなく粉砕されるだろう。

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10/19 行政オンブズマンって公職者の下半身さがしをするところなの

千年一日、市民オンブズマンは公務員の交際費だの報酬だの、そんな下世話なことの追及ばかりやっているのか、というニュース。

埼玉県のオンブズマン団体が、県内の全市町村の情報公開度を調査したが、その調査内容が市長交際費の公開範囲、閲覧手数料の生む、情報公開請求者の対象範囲、交際費の開示基準の文書化だけで測っている。

情報公開の重要性は、住民が主権者として、自治体の運営に参加できるかどうか、そのための第一歩として情報ができるだけ多く、容易に入手できるかどうかが問われるべきだろう。意図的に開示情報の範囲を狭めたり、公文書の保管をきちんとやっていなかったり、住民合意のための説明責任を果たしていなかったり、議会や住民参加の会議などで政策決定にできる限り合意形成を図ろうとしなかったり、委託業務について無責任体制になっているような自治体などが問題にならなければならない。

しかしこの数値では市長交際費しかわからないし、情報公開制度にのっとる事後的な情報チェックしかできない。

オンブズマンとは権利擁護が業務のはず。公務員や公職者に対する僻みや妬みみたいな感情を利用した運動をするのではなく、政策決定に疎外されている当事者や住民が異議を唱えられるための支援活動をすべきではないか。

●そうして市長との政治ゲームで叩きやすいところを叩いていくから、最後には、枚方市や大東市や茨木市や和泉市のように、正規職員にしてもらえないだけの非常勤職員がわずかばかりのボーナスをもらっていたことに対して、法の精神をくまず、形式的な法理解をもとに、違法支出だ何だと騒いで、ボーナスを取り上げる側に加担している。最近分が悪いのか、正規と非正規の格差を問題にしたかった、みたいなこと言っているが、そういう正当化がもっとも嫌らしいかたちでの政治的な行為である。

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2009.10.15

10/15 協働指針の唯一の市民参加・パブコメに対応しない朝霞市役所

朝霞市のコミュニティーバス(なぜか朝霞市は循環バスという)の検討委員会がまとめた案に対するパブリックコメントの回答が発表された。

日頃、地域の公共交通に不便を感じているので、懇切丁寧に書いてお送りしたが、答えの半分は「検討委員会の検討対象ではありません」というものだ。さらに残りの答えは「AだからA」という非科学的な二段論法で埋め尽くされている。あとは少し前向きだが結論を変えるものではない。今後再検討の機会があったら考えますというもの。
回答にもならない回答を書いているにもかかわらず、欄外にちゃっかり「個々の回答に対する質問は受け付けません」というようなことを書いている。

バカにしているんか!と思う。
全ての提出者は、仕事でもないのに意見を書いて提出しているのに、言葉遣いだけ敬語で、何一つ提出された意見に敬意を払った対応などしていない。
提出した意見で何も見直さないというのなら、議論のやり直しをしないというのなら、無意味ではないか。さきにまとめた「協働指針」で、パブリックコメントが政策への市民参加だと言い切り、その他の手法を切り捨てた富岡市政の市民参加の程度の低さを感じざるを得ない。唯一の市民参加ならもっと丁寧に対応すべきではないか。

これまでのパブリックコメントより市民の提出数が多かったこと、利用者がお客様であるということから、それでもまだこれまでのパブリックコメントよりましな対応に感じるところがダメだ。

人の話を聞いたら、取り込めるものは取り込み、取り込めないものはなぜ取り込めないのか、きちんと論理的に説明すべきことだろう。
ここには、市民とコミュニケーションを取っていいものをつくろうという発想がほとんどない。市の多くの政策は、何百万円、ときには8桁に乗る対価を払ってコンサルタント会社に丸投げしている。その選定は極めて不透明である。コンサルタント会社パッケージ商品のやり方の通り政策がまとめられ、使われるもの、市民に愛されるものという判断を全く無視された状態で答申や計画案を売りつけられる。その原案をそのまま市民に提示し、市民に本質的な問題提起をされても何一つまともな回答もせず押し通し、結局は使われない公共サービスの提供ばかりやり続けて、何が楽しいんだろうかと思ってしまう。

朝霞市は他市に比べて、人件費総額も公務員数も少なく、単純な評価では優秀な自治体と評価されがち。しかし、委託費やコンサルタント料など物件費は他市より相当高い数字が出ている。
決算書のこうした姿と、日頃の政策決定にあたっての市民や当事者への対応を見ていると、公務員がコンサルタントに政策決定を丸投げし、政策学習ができておらず、市民に対する説明では、詭弁や言い逃れの作文ばかり書いていることが浮き彫りになる。

職員にとっても、市民に有効な市役所になっている、市民にある程度理解されている、そう実感できる職場にしないと、能力の発揮がされないのではないかと心配にもなる。

※コミュニティーバスのパブリックコメントの内容については、追ってアップします。

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2009.09.07

9/6 新座のショッピングセンターの斜陽を目の当たりに

志木という便利な街でも都市のスプロール化はじわじわと進んでいて、町中では買えない買い物があって、新座市の端にあるジオシティという郊外型ショッピングセンターに行く。

5年前、3年前と何度か来たが、今回ほどスカスカになったなぁ、と感じたことはない。落ち着けるような飲食店がすべて退去、他、たくさんあったテナントが半分ぐらいになっていた。埋め草のように、子どもの遊ぶコーナーなんかがあったが、このスペースはテナントがつかないんです、というオーラを放っていた。飲食店は、バイキングのイタリアンレストラン以外は、大きな共有の自由席があって、カウンターで買って運んでくるような店ばかりになった。それもどこにでもあるファストフードの出店しかない。

郊外型スーパーの寿命は5年しかないと聞いたことがあるが、本当にそう思った。考えればそう。郊外型ショッピングセンターは、マイカーで来る人をあてこんでいる。マイカー族にとっては、多少のドライブでもっと魅力的だったり、新しいショッピングセンターができたら、今までのところは何の変哲もないどこにでもあるショッピングセンターでしか無くなる。距離の壁はあまりない。
そういう郊外型ショッピングセンターのあり方を「焼畑商業」と言われたことがあるが、本当にそう思う。

●ところで、この埼玉県南西部4市に富士見市やふじみ野市などの経済関係団体やJCなどが盛んに郊外型ショッピングセンターを作りたがって自治体が都市計画などでふりまわされている。
朝霞市の基地跡地の国会公務員宿舎の計画も、そもそもJCや商工会あたりが言いだしたショッピングセンターを基地跡地に建設する話を取り込んで、PFI事業の収益事業の一環として低層階に郊外型ショッピングセンターを誘致する発想があり、商業施設を入れることになっている。また、それにあわせて駐車場も結構用意されることになっている。

しかし、そうして公共施設のふりしてショッピングセンターを入れて、5年で経営が傾き始めたら、一体PFI事業体の見込み違いの収益低下を誰が尻ぬぐいするのだろうか。PFI事業の失敗は通常、自治体が埋め合わせをすることになる。けしかけたJCや商工会は知らぬ顔して政治家を責め立て、一枚噛んで売り上げを形成した銀行やゼネコンは、着々と借金を取り立てるだけである。尻ぬぐいは、今の市長の後任の市長や議員、市職員、そしてその時代の納税者の市民である。

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2009.07.27

7/26 新しい施設を作ることの弊害・面白い「官僚たちの夏」存在がビミョー

午前中、和光市長の選挙時の確認団体主催での報告会があり、和光市の政権交代がどのように進んでいるのか確認したくて傍聴にうかがう。

参加者の発言で面白かったのは、いままで漫然と支持者へ名刺がわりの議会報告しか作ってこなかった議員がせっせと理屈っぽく市長批判を書いたり、議会報告を出さなかったとんでもない議員まで議会報告を書いて配布するようになったり、自治体の政治を見比べることができるうよなったといういい副作用があるという。

政治勢力どうしの争いをみっともないと嫌がる風土があるが、やはり政治には競争が大事だ。

前市長の施策で、体育館の新設などで、旧来ある体育関係のいくつかの施設が閉鎖になる。しかしどういうわけか閉鎖は延期され続けて、今年度いっぱいで閉鎖になる。行政改革の論理で言えばそれは仕方のないことだが、どうも前市長は利用者にきちんと知らせたり、説明したり意見を聞いていなかったようで、最近知った利用者たちの閉鎖の撤回を求める意見が出ていた。

行政の論理では、新しい施設作ったんだから、で終わってしまうのだと思うが、講師の交通の利便性や費用などから、何も新しい施設作らなくても、古くていいから、いま作り上げた生活環境のまま安い施設であってほしい、というニーズがあったんだろうと思った。

朝霞市も基地跡地に公共施設を乱造する計画を持っているが、そのためにわざわざ使える施設を潰して移転させようとしている。施設は新しければ新しいほどいい、という後先考えない論理で整備を続けていると、そうしたニーズとのミスマッチが起きてくるのだと思う。

●民主党の夫婦別姓や離婚後300日以内に生まれた子の父について民法改正についての動きについて後退しつつあるという朝日新聞の報道があり、個々の議員の賛否について追跡している民法改正情報ネットワークを紹介した。

民法改正情報ネットワークに、民主党の現職だけではなく、個々の選挙区で全権に近い実権を握っている小選挙区全候補者に聞いたらどうか、と尋ねたが、事務量が追いつかないので、当面、現職の範囲にしている、とお返事をいただいた。

●身内が学生時代の後輩の創価学会員と会ったときに「ほんとう選挙大変で・・・(ため息)どうしようもない」と嘆いていたそう。彼らにとっても大きな変化になる選挙ではないか。

●「官僚たちの夏」を見る。ドラマとしてはできが良くて面白いんだけどそのいいたいこと、この時期に放映を選んだことがビミョー。城山三郎の原著読まなくては。
戦後の民主化をつまみ食いしながら家父長制を残した50~60年代の雰囲気がプンプン。あと、政治家は好人物として描かれているものの、しかし職業的本質がダメな存在で、官僚が日本社会を支えているんだぁぁぁぁ、というアツいノリが。(キャリア)公務員制度改革の足を引っ張っている人たちの理屈に重なり合わさって。また、政権交代が近づくとこういう理屈がブラウン管で流行ったなぁと、90年代前半を懐かしむ。

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2009.07.06

7/5 朝霞市のごみ処理場の委託をめぐって

今年の3月まで、朝霞市のごみ処理場の受託会社の社員(違う事業所で働いている人)に話を聞く。

朝霞市の使えないごみ処理場を使えるように改修したのが彼の会社で、これからというところで入札にかけられ、元の時代の業者が取り戻した、と。

価格だけで入札する不合理。技術や仕事への愛着が定着しない、価格だけの入札。
市職員も、ごみ収集や焼却などの実務をやることがないので、そこで働く人たちの意欲や待遇、職場がどうなっているのか、なんかどうでもいいと思っているのではないか。業者も朝霞市に貢献しようなどと思わないだろう。

仕事を使い捨てにする、恥ずかしい話だと思った。

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2009.06.16

6/16 埼玉県の保育園庭も芝生で浪費

大阪府も東京都も埼玉県も、バカみたいに校庭・園庭の芝生化に補助金を出している。

埼玉県は保育園と幼稚園が対象だという。
はっきり言って、税金の無駄づかいである。典型的な、維持費のかかる事業そのものである。
こんなことに使うお金があるなら、さっさと保育園増やせ、と思う。

緑色であったり、透明であれば環境にやさしい、と洗脳されている人がこういう事業を評価する。
火力発電より原子力発電が環境にやさしいなんて思ってしまうように。
芝生は膨大な農薬や肥料を与え、手間暇かけて育つもの。
子どもが走り回れば枯れてしまい、園庭には全く向いていない。
泥遊びもできなくなってしまう。

日本の風土に合っているのかも疑問である。

この全国各地の強引な感じの芝生ブーム、何か裏がありそうだ。
以前、埼玉県中桜を植えていた時期があって、後にそれが当時の知事の命取りになったことを思い出す。

●上田知事が衆議院議員時代、塩味前朝霞市長に対して、公共施設の庭園整備は利権だ、汚職だと騒いで攻撃していたのに、「県内中小造園業者などへの経済波及効果」とは何なのだろうか。どうも怪しい。

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