2009.07.06

7/5 朝霞市のごみ処理場の委託をめぐって

今年の3月まで、朝霞市のごみ処理場の受託会社の社員(違う事業所で働いている人)に話を聞く。

朝霞市の使えないごみ処理場を使えるように改修したのが彼の会社で、これからというところで入札にかけられ、元の時代の業者が取り戻した、と。

価格だけで入札する不合理。技術や仕事への愛着が定着しない、価格だけの入札。
市職員も、ごみ収集や焼却などの実務をやることがないので、そこで働く人たちの意欲や待遇、職場がどうなっているのか、なんかどうでもいいと思っているのではないか。業者も朝霞市に貢献しようなどと思わないだろう。

仕事を使い捨てにする、恥ずかしい話だと思った。

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2009.06.16

6/16 埼玉県の保育園庭も芝生で浪費

大阪府も東京都も埼玉県も、バカみたいに校庭・園庭の芝生化に補助金を出している。

埼玉県は保育園と幼稚園が対象だという。
はっきり言って、税金の無駄づかいである。典型的な、維持費のかかる事業そのものである。
こんなことに使うお金があるなら、さっさと保育園増やせ、と思う。

緑色であったり、透明であれば環境にやさしい、と洗脳されている人がこういう事業を評価する。
火力発電より原子力発電が環境にやさしいなんて思ってしまうように。
芝生は膨大な農薬や肥料を与え、手間暇かけて育つもの。
子どもが走り回れば枯れてしまい、園庭には全く向いていない。
泥遊びもできなくなってしまう。

日本の風土に合っているのかも疑問である。

この全国各地の強引な感じの芝生ブーム、何か裏がありそうだ。
以前、埼玉県中桜を植えていた時期があって、後にそれが当時の知事の命取りになったことを思い出す。

●上田知事が衆議院議員時代、塩味前朝霞市長に対して、公共施設の庭園整備は利権だ、汚職だと騒いで攻撃していたのに、「県内中小造園業者などへの経済波及効果」とは何なのだろうか。どうも怪しい。

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2009.06.14

6/15 聖域なき乱開発

朝霞のイイダ裏に巨大パチンコ店ができるという。古くて静かな住宅地の真ん中に。

また大きいことはいいことだ的な開発である。

「水と緑に満ちた、やすらぎと生きがいのある朝霞」が朝霞市の総合振興計画のキャッチフレーズ。
パチンコがやすらぎといえばそうだろうし、パチンコで勝つことが生きがいといえばそうかも知れないが、商店街に店がなくて、チェーンの居酒屋と、パチンコ屋しかないこの街に将来性なんか感じない、と思ってしまうのは私だけだろうか。

街の活性化とか発展とか、そういうことで開発をやればやるほど、街から商売がなくなっていく。商売やって地域社会に愛され、金儲けしている商人が少なすぎる。

目の前に朝霞市と新座市の市境がある。その切れ目から朝霞市側は、見事に13~14階建てのマンションが壁のように並んでいて、見苦しい。新座市はほとんどが5階以内、それを越える建物はときどきある程度だ。

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2009.06.12

6/11 ホンダ城下町の財政がピンチ

お隣の和光市がホンダの業績悪化で、予定納税を還付しなければならない事態に。松本新市長の最初の危機である。新市長はその危機は想定してきたことから、何とか乗り越えることと思うが、あんまり考えてこずに町内会館の建て替えみたいな話を乱発している朝霞市など大丈夫なのだろうかと考えてしまう。

もちろん朝霞市の法人税収の割合は低く、和光市ほど深刻な状況にならないが、億単位のお金がなくなることに違いはない。

朝霞市の場合本当に恐いのは、住宅価格の下落である。下落そのものは、サラリーマン階層に住宅取得を容易にするし、起業やNPOを促すにもいい。しかし、朝霞市の税収の半分が固定資産税や都市計画税など地価がらみの税金であり、じわじわ下がっていくことで、真綿がクビを絞めるように税収が落ちていく。

朝霞市は福祉や行政サービスの水準、地域商店街などの貧弱さ、地域の文化活動の弱さなどを考えると、地価や固定資産税が高すぎる実感がある。東京に近いというだけのメッキが剥がれ、地価が下がり始めることも考えられる事態である。

市役所はそれに対して、福祉利用者を締め付け問題解決型の対応をせず、一方で、基地跡地の開発や町内会館の建て替えの推進、彩夏祭の活性化など財政浪費型の町おこしばかりを続けている。市民に力がつくための財政支出ではなく、セメントにばかり財政だけが流れていく現象に不安を感じている。

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2009.05.01

5/1 家の南側に13階建てマンション

Proud001家の南側の、細い路地の中に建設中のマンションがある。周囲は2階建ての住宅が並んでいるいい裏路地の雰囲気を残しているところにだ。
これまで、細い路地に面しているからせいぜい5~8階建てだろうとたかをくくっていたら、今日入っていた新聞折り込み広告で13階建てであることが判明。道路計画があれば、面している路地に似つかわしくない高層マンションが建てられるらしい。

リゾンの規格型のマンションも、基地跡地の公務員宿舎も、何もかも朝霞は13階建て。ちょっとした通りがあればみんな規制が緩くなっていて、通りに面して屏風のように13階建てのマンションが並ぶ。
うちの近くも新座市から朝霞市に入った途端、マンションが5階建てから13階建てになる。和光市から入っても2階建ての住宅街から13階建てのペンシルマンションが林立する。
Proud002あまり美しくない街である。

そういう規制しかしないこのまちの都市計画に、うるおいだのにぎわいだの、空虚な言葉が並んでいるねぇ、と法政大学の五十嵐敬喜教授は揶揄していただいたが、家の間近でこんなことを実感するとは思わなかった。

マンションで一儲けする連中たちがやりたい放題だからこの街は。そして商売人たちは商工会を通じて市政を牛耳っていて、商工会やJCを通じて我慢が美徳のような教育理念を定着させようとしている。何だかあほらしくて笑うしかない。どっちが我慢してもらいたいものか。

しかし、こうしてマンションが建て続けられて、次々に子どもを抱えた人が入ってくる。保育園はないわ、小学校は偏在しているわで、どうするつもりなんだろうか。悪いけどこのマンション買って、共働きで子育てしたら、ほんとう泣きを見るから。近所に保育所1つないですから。文句言っても市役所は日本語を理解する能力ないし、公共事業系の部署がエリートコースで、福祉や保育なんか、バカにしているから。

●最近、和光市を歩く。一戸建て中心の都市計画にしてあり、ほどよくぽつんぽつんと8階程度のマンションがある。あのくらいのマンションの比率がいい。

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2009.04.06

4/5 五十嵐敬喜さんの講演

市内で開かれた法政大学教授で、民主党菅さんのブレーン、五十嵐敬喜さんの講演会を聴きに行く。75人が参加し、会場はほぼ満員の状態。

神奈川県真鶴町のまちづくりの「美の条例」を題材に、朝霞市のまちづくりに何が欠けているのか、何が課題なのか、浮き彫りにしていただいた。

朝霞市のまちづくり関連の「緑」「うるおい」「やすらぎ」「にぎわい」など美しくて抽象的な言葉が踊っていて、現実と遊離している、という話に、非常な説得力があって、会場から大きな失笑が漏れていた。その遊離したところを取り戻すことをしなければ、とおっしゃっていた。

真鶴町では、海外の美しい街を視察した住民に、真鶴のいいところを地図落とししてもらって、それを重ね合わせて、何がよいのか挙げてもらった資料を作っていた。そして、80~90%の人が同じところを挙げ、そういうところを守り、イキイキとさせていくためのセオリーをまとめていった。その基準を「場所」「格付け」「尺度」「調和」「材料」「装飾と芸術」「コミュニティー」「眺め」という8つの判断で、住民が共通の価値で議論し、会わない建築物については、審査会、町議会で審査していく、というもの。
「尺度」では「すべての物の基準は人間である。建築はまず、人間の大きさと調和した比率を持ち、次に周囲の建物を尊重しなければならない」としている。
「コミュニティー」では、「建築は人々のコミュニティーを守り育てるためにある。人々は建築に参加するべきであり、コミュニティーを守り育てる権利と義務を有する」としている。
法律的には抽象的な表現だが、書かれている中身は具体的そのものである。

そして具体的にまちの大切な場所のキーワードとして、「聖なる所」「静かな背戸(山を背景にした曲がりくねった細い道)」「お年寄り」「夜光虫」などの言葉が挙げられ、それらがどのような価値を持ち、どのように守るのか書かれている。
「〈キーワード〉お年寄り〈前提条件〉お年寄りはお年寄りを必要とするが、同時に若者も必要である。また、若者もお年寄りとの接触を必要としている。車通りが激しく、休む場のない長い道や坂は、体力のないお年寄りにとって外出するチャンスを奪ってしまう〈解決法〉お年寄りが散歩するための敷地内歩行路、小広場、それが不可能ならば、ぬれえん、ベンチ、雨宿り場又は木立の日影でも良い。建築の一部にお年寄りのためのシェルターを創ること」といった感覚でまちづくりのルールを決めている。

五十嵐さんが「コミュニティーがあっても公園ばかりあってもまちは死んでしまう。公園がなくてコミュニティーがあれば人間は何とか生きていける」という話にとても動かされたように思う。

全国の古い都市を守ろうとしている住民運動にとってとても参考になっていると思う。

●真鶴の活き活きとしたまちづくりの条例と、朝霞市の空虚な言葉にちりばめられた数々のまちづくり関連の計画を比べると、作る過程でヒアリングと行動観察のないまちづくり計画、福祉計画に全く意味がないということを改めて教わった。地域福祉計画のように市民発でヒアリングと議論の固まりで活き活きとした内容にして作った計画もあるのに、それがおざなりにされるのだから、それを咀嚼する側の問題なんだろうということは明白。

●地図にペインティングしていくような平板な都市計画のやり方が問題だろう。

●地域福祉計画では、そういう浮ついた美しいスローガンを作ることをやめて、方法論に徹した。これは私が強硬に主張したことで、14年前に札幌市で五十嵐さんや、その技術を担った野口和雄さんの話を聴き、交通評論家の岡並木さんの話を聴いていたからだ。

●コミュニティーというと、生活実態そっちのけで、町内会を軍事組織みたいな縦系統の組織にするか、行政の使いやすい連絡組織化することを求めるは間違っている。集い、そこに自然発生的に言葉を交わす関係性を創るための舞台装置づくりにコミュニティーの意義を求めなければ「うるおい」「やすらぎ」がありえない。町内会の強化だけではなくて、市内にあるいくつかの自然発生的な場を大切にしていくことが大切。そういう意味で10年以上前に公民館から一斉にベンチと丸テーブルを撤去したことは良くない。高校生がたむろするというのが問題だったようだが、たむろすることからコミュニティーが作られる。コンビニでのたむろがいつも問題になるが、それをどう積極的なものにしていくのか考えるべき。地域福祉計画づくりでそれを問題にして、公民館のロビーにテーブルを置き、自然発生的な市民の集いと横のつながりを創り出すべきと主張したが、生涯学習課は咀嚼できなかった。
もちろんコミュニティーづくりに、広告代理店的発想のイベント一発主義もダメだということ。

●市議会議員も何人かお見えになっていた。非常に大切な機会だったと思うし、すぐにどうこうとは思わないが、長い目で朝霞市をどうしていくのか、具体的な仕事をしている市議会議員にとって、非常に重要な知恵を得る場だったと思う。どういうわけか、最もこういう理論武装が必要な旧革新系市議が小山香市議以外全く来ていなかったことも言い添えておきたい。陳情型の共産党はちょっと考え方が違うかもと思うが、それ以外のところはどうしたんだと思う。市職員もお見えになっていなかったようだ。いい仕事をするためにタダで情報収集するチャンスだったのにもったいないと思う。税金使って芸能人に入れあげるような講演会はよくやるのに・・・。そんな中、中野区で区議に挑戦しようとしている石坂わたるさんと山口二郎ゼミの門下生のパートナーがお見えになったことは嬉しかった。

●苦言。会場でカンパを募っていたら、市職員が血相を変えて怒っていた。商業活動を排除するためにお金のやりとりは禁止している、ということなのだろうが、そういう「禁止」「禁止」に神経を使うことに、彼らの人件費を考えると、あほかと思う。
この街の公民館で、きちんとした講師を呼んで勉強しようとしたら、行政から補助金をもらうか、金持ちのパトロンをつけなければできない、ということだろう。カンパを禁止するということは市民の自主的な活動に資金的制約を加えて、愚民化することになる。自主的に小口のカンパを集めることを禁止することが、どういうことになるのか、市の職員として、生涯学習課としてどういうことになるのか、認識すべきだろう。

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2009.01.30

1/30 オリンピック公共事業

NHK特報首都圏で、東京オリンピック招致の世論を盛り上げようとする世論誘導番組だった。

そりゃ、スポーツが嫌いという人以外は、東京オリンピックを開いてもらいたいと思っている。しかし、誘致賛成が伸びないのは、景気が悪くて、みんな保育園も、介護施設も、医療も我慢しているのに、オリンピック道楽にお金をつかっていいのかね、という危機感があるからだろう。

東京の基礎自治体は、アピール活動で1000万円降りてきている。その使途に困っている。うちに東京オリンピックの風船が十枚以上もあるのも、この税金から広告代理店を経由して使われたものだ。

土建屋が干されていて、介護労働者がひいひい低賃金にあおいでいて、2000万プレーヤーの広告代理店が自治体を食い物にしている、何だかいやなものだ。

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2008.12.27

12/26 経済情勢悪化のもとの朝霞市がとるべき道

経済情勢が厳しい。このことの朝霞市の財政への影響を考えてみたい。

朝霞市の一般会計は300億円超、一時は330億円ぐらいまでいったこともあるが、デフレ経済のときに310億円前後に下がり、以降、そのまま落ち着いている。

そのうち、市の税収は270億円。税収のトップは固定資産税で4割。僅差で住民税が4割弱。そして0.7割が法人事業税。ホンダが朝霞市にいくら納税しているのか把握できないが、企業規模、従業員数、これまでの利潤の高さから、法人事業税の半分ぐらいが消えるのではないか。これで8億円程度の税収減になる。

固定資産税収の考え方も、多く下がることはないにしても、じわじわと下がる。固定資産税は土地価格×住宅や事業所の数、これに滞納しない人の割合と考えればよい。

土地価格でいうと、マンションバブルの崩壊でマンション価格の下落、特に朝霞市のような郊外住宅地の住宅価格が下落していく傾向はしばらく続く。この秋の金融危機以降、不動産業界への資金流入は絞り込まれており、不動産価格が上がる状況にない。事業所も、企業のリストラが始まり、そもそも価格が下がっていく。
さらには住宅は生産過剰にある。毎年110万人しか赤ちゃんが生まれない時代に、160万戸作ってきた。20年で1000万戸供給過剰になる生産をやって、不動産の需要が高まることなどあり得ない。
ということで、朝霞市の住宅価格が上がることは今後数十年は考えられない。

続いて、住戸数が朝霞に増えるのか、という問題である。
95年から2001年にかけての朝霞でのマンションブームは、住宅価格の下落による手頃感で購入者が増えた。しかし、今回の不況で住宅価格が下がって、いくら朝霞のマンションが手頃価格になっても、今まで通り売れ続けるということはないと私は読んでいる。
1つには前に書いたように住宅供給過剰であること。首都圏の住宅ニーズは、必ず都心→23区郊外→多摩地区→23区周縁の千葉、埼玉、神奈川と広がる。人口増加がないまま、住宅供給過剰であれば、人口増加は23区郊外で息切れしそうである。少なくとも裕福な東京都に比べて格段に行政サービスの質が落ちるため、県境は超えない。特に住宅価格だけではなく、保育料や教育水準などを考えれば、人生のトータルコストを考える人は朝霞にマンションを買わなくなるだろう。

住宅購入世代の意識の変化も、住宅価格が下がったからといって購入が進むとは思えない。これまでマンションブームを支えたのは、60年代生まれの持ち家志向が強い世代や、親の財産をあてにできた70年代前半までの前半の団塊ジュニアまで。それ以降の世代は、雇用不安にさらされ続けているので、ローンを組まなくては買えないような、自動車や住宅は買わない。買うのは正規雇用の公務員ぐらいになる。

そうなると、朝霞市の固定資産税のもとになっている土地価格も納税者の数も減り続け、急激に来るかじわじわ来るかわからないが、財政を厳しくする傾向が出るだろう。

今後十年ぐらいは今の税収の1割~2割は減少していくことになると見られる。

朝霞市財政が長期的に息をつないでいくためには、
1.市の財政から不安定要素を排除すること
①基地跡地開発のような長期債務を伴うような投資は全て中止すること。民法的な所有によって市の事業を実現しようとせず、社会的規制によって市の方針を実現するようにすること。
②補助金頼みの開発や土地の買い上げ、事業をやめること。
③固定資産税収入に直結する住宅価格を下支えするため、新住民向けの政策を充実すること。千葉県市川市は、保育所政策を充実させ、病児保育(他の自治体はやっているところでも病後児保育まで)までやっている。私の組合の上部団体の女性職員たちも、市川市に続々移住しているという話も聞こえてきている。少なくとも、コストや利用料はともかく、サービス内容は23区内と遜色のない、福祉や教育水準を確保すること(和光市がこの戦略を採っている)。
④正規の市職員の問題発見、問題解決能力を高めること。臨時職員については、意欲向上して現場を守るためのモチベーションをつくること。
⑤市民が市役所に関わり、自治をしていく意欲を高めていくため、政策決定過程からの市民参加を進めていくこと。
⑥知っている人しか知らないような特定団体やプロ市民運動向けの5万、10万円細切れの補助金を整理し、税金がなければできない事業に絞っていくこと。
⑦以上のようなことを担保するために、市役所内の会議の全面公開、市議や町内会長からの口利き・便宜の取り計らい依頼の記録・公開制度の導入、市議会の改革、公益通報制度の導入、外部監査の導入など、市役所の運営の改革を進めること。

●2年に1度ランキングしている「日経愚ローカル」が、朝霞市の行政サービスの水準を高評価。板橋区より上という結果だが、疑問である。
日経の調査は財政指標の評価割合が高く、他が大したことなくてもぐんと評価が上がるようになっている。財政以外の指標で朝霞市が高位の得点を採っている内容を見たことがない。この調査、非常に表面的な指標が多く、もっとまじめにやっている自治体の評価が全然高くない。
朝霞市なんて行政に苦情を言っても適当に誤魔化されるだけだし、PTA関係者なら教育委員会から口封じの圧力もかかるような話まである。そんな自治体がさまざまな苦情解決機関を用意している板橋区より上、新座市より上、和光市より上なんてあほな話があるかと思う。

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2008.09.16

9/16 内容の悪い市の協働指針に意見を提出する

市民参加なんかハナから無視している朝霞市が、何を考えたのか市民と行政の協働に関する指針をまとめ、今日までパブリックコメントをかけていた。

内容があまりにも問題があるので、意見を提出した。
  私が提出した意見
  朝霞市の指針案

何が問題かというと、
①市民と行政の協働が財政的都合によって必要だということが前提になっている。憲法やその前提になる自由と民主主義を重んじる社会にとって最低限の原則である国民主権にたどりつく重大事だと捉えていない。
②協働なのに、市民参加や情報公開がきちんと位置づけられていない。逆立ちしている。
③市役所と市民の役割分担論になっている。
④市役所と市民がそれぞれに自主性があると位置づけている。市役所は主権者である市民の信託を受けて運営されるべきものであって、主体性などと言って市民と一線を画する態度は問題である。
⑤そういっているこの計画自体が、市民参加などほとんど行われず、従来型の審議会委員会で決められ、唯一パブリックコメントでしか意見聴衆をしていない。
⑥朝霞の基地跡地利用で市民無視で強引な計画をとりまとめをやってきた政策企画室発の指針であることが、何よりの矛盾である。
⑦市民参加について根源的かつ体系だった理解がない。表層的にしか捉えていない。
⑧行政部課によって協働のあり方は多種多様なのに、画一的に手法や理念を定めるものとして、市長直属の政策企画室がまとめて、全庁的なルールとしようとしていること。

●現市長になってから地域福祉計画のとりまとめの最終段階で、巧妙に市の事業と市民の事業と分類され、以後、市の事業について市民から意見をしても、平気で無視したり、情報を出し惜しみすることが行われるようになった。そのときに使われた市民と行政の関係が、この指針案のやり口だったのである。すなわち、市民と行政を二分して、不可侵な関係を作らせ、そして対等な関係において、市民が行政に主権者としてものを言えなくしているのである。

●文中では、国民主権の原理がわかっていないとか、自力更生みたいな思想は文化大革命だとか、かなり痛烈に批判させていただいた。それくらい朝霞市の市民参加に未来を決める重要な文章だと思う。

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2008.09.15

9/14 都市計画の学習会

午前中、田辺朝霞市議の都市計画の学習会。都市計画というのは、国-県-市町村の都市計画畑の官僚たちの手の内にあって、地方分権も民主化もされていない世界だということと、不動産屋が財産権を楯にやりたい放題できることを前提に動いている世界であるということ、都市計画と言っても、用途区画の設定・道路・上下水道の整備しか位置づけられていないということを理解する。病院、学校、保育所というのは都市計画の概念の外にある。だから需給バランスが崩れる。

法学者の五十嵐敬義さんが、この問題にこだわるのがよくわかった。

昼食、市内のおじさん、おじいさん、小山、田辺、藤井市議とラーメンをすする。

午後、しばらく買い物できない環境になりそうなので、池袋のデパートを少しぶらつく。同僚に会う。お茶でもしてこうと誘うが、用事があると断られる。つぶしが効かない後輩だなぁ、なんて言って、パワハラをしてみる。

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2008.09.11

9/10 人の値段と又貸し市民センター

昨日、テレビ東京「ガイアの夜明け」で違法行為が横行する日雇い派遣の実態を明らかにしていた。ただし、最後はテレビが入ることで業者が改心する設定ばかりで、キヤノンなどがスポンサーについていることと無関係じゃないんだろうなぁ、とうがちながら見る。

今日の朝霞市議会総務委員会で臨時職員の問題について議論されていたようだ。

共産党の斎藤市議が問題提起をし、6ヵ月で1回更新で雇い止めにしている話と、待遇改善を問題にしていた。朝霞市は法律どおりにやっているだけです、という素っ気ないが不勉強な答弁であった。

斎藤市議は正規職員化を求めていたが、総務省の厳しい指導のもと、そう簡単にいかないだろう。正規職員化は理想であっても当面は実現できないことを割り切って、しかるべき待遇改善と安定雇用を追求することが大切だと思う。

一方で780円で働かせて効率的でよい、などと言っている野本市議もいる。しかしそれでいいのだろうか。めいっぱい働いても年収130万円。月10万円でどのように暮らしているのか、想像力がなさ過ぎる。低賃金労働をさせるというのは、その労働者の貯蓄や家族(主には夫や父親)の収入を雇い主が収奪していると考えるべきだ。そういうことを自治体がやるべきではないし、市議会議員がそれを追認すべきではないだろう。一方ではパトロールのために雇った警察OBには時給1280円を払っていることも明らかになったりして、権威主義というか、力次第というか、そんなことを感じる。

ヨーロッパの最低賃金は1000円を超える。それでも年収は200万程度にしかならない。

あと見過ごせない審議があった。
やはり私がうさんくさいと思っていた通り、市民センターの町内会貸出分のスペースを町内会がまた貸しして、過去累計で百万単位の貯金を貯めていることが指摘された。

それに対して、市は「知らない」と答弁している。知らないではなくて、事実かどうか、事実でないならそれを証明する答弁をすべきだろう。保育所に預けて税金を払っている親には「行政コストを考えろ」と二言目に言うくせに、身内の人間関係にだけ甘い市役所である。

学童保育所や保育所、特別養護老人ホームが決定的に不足している朝霞市で、無くても直ちに市民生活に支障がないだろう市民センターの建設に、何より優先して市が血道を上げるのか、児童館の補助金まで使ってやるのか、不可解でいた。町内会といえば保守系政治家の支援組織と一体である。こういうおいしい話があるということなのだろうか。

●「知らない」などという答弁書を書いている市職員がいったりいくらの時給をもらっているのか、他市の職員の仕事の水準などと比較すると、本当に頭が痛くなってくる。職員が少ない、行政効率がいい、という言葉に、朝霞市職員は甘えていると思う。もっと中身の能率の良さ、中身の質の高さを追求してもらいたい。

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2008.09.07

9/6 朝霞市の協働指針(案)の問題点を指摘する学習会が開かれる

子守りの都合で出られなかった、朝霞市の策定した「協働指針(案)」に対する市民学習会の内容が良かったようだ。

講師の斎藤さんが、①協働が行政の財政状況の必要性から提起されていること、②「市民が主役、行政は脇役」その上で「対等である」との認識が欠けている、③「協働」の名の下に市民を下請けとして使おうという姿勢が色濃く出ている、と素案の基本的問題点を指摘した。そして他の自治体の計画と比較しているところが良くて、思いつきだけで書いている実態が、明らかにされている。

この指針を読んでみて、全く私も、この学習会の報告と同感だ。協働指針(案)は、有権者である市民が主体的にこの街にものを言い、参加し、改革し、みんなでその利益を享受するという観点が抜け落ちていて、市民を市財政の奴隷として使役する観点で書かれていると感じた。それを「協働」という今風の言葉で表現し、一方で奉仕の精神的な道徳的価値観を持ち出して、さも市民参加が進むかのような幻想を振りまいているようだ。よく読むと、市民参加、情報公開、というこれからの自治体に欠くべからざる姿勢に関する言葉がほとんど使われていない。

なぜここで「協働」という言葉が選択されているのか。もともと多様な市民どうしの協力関係、それぞれの立場や力量をふまえてそれらを大切にした上での協力関係をイメージして「協働」という言葉が使われだしたのが、行政と市民の関係の中で「協働」という言葉が多用されていることに少し違和感を持っている。ただしそれも原則的な市民参加と原則的な情報公開が担保されれば、大きな過ちにならない。
しかし、朝霞市の場合は、その市民参加と情報公開がどうも弱まってきていて(政策決定をする審議会等の議事録はHPで公開されているが、その大半が、議事以降半年以上止まっているものばかり)、計画の中でもほとんど登場しない。策定にあたった市長直属の政策企画室の趣味が前面に出ている。
「協働」という言葉が、市役所は市役所の領分、市民は市民の領分、お互い干渉するな、市役所は市役所の論理があるから、そこに市民がぐちゃぐちゃ言わず協力せよ、という意味で使われだしている。それがあたかも公共性、奉仕の精神というかたちで市役所に対する精神的隷属まで伴わせようという感じがしないでもない。

このことがはっきり出たのが基地跡地利用の問題ではないかと思う。市民の血と汗の結晶である400億円もの税金を使う、国家公務員宿舎の見返り補助事業として建設される施設(市役所、保健所)に、市民が全く関与できないところで決定されてしまっている。このとき、市民参加も情報公開もおろそかに行われてきたし、市民はまったくもって客体の立場で、400億円の血と汗の結晶を勝手に使われる立場に立たされている。そういう勝手なことやっている市役所が、公園整備だ福祉だは「協働」で市役所が書いた要綱にしたがって、市民が働け、そのための自治的組織を作れ、という態度では、この街に大きな溝、分断、しらけが残っていくことだろう。

言うまでもないが、自治体がよい地域社会を作ろうというときには、原則的な市民参加と原則的な情報公開を通じて、開かれた市役所にしておくことが必要である。一部の有力者以外にも意見表明の機会を機会があればできるだけ作っていくことである。その上で、市民どうしが議論をして、自分たちで政策決定に関わり、自分たちで事業計画に関わり、自分たちで事業推進を監督し、能力のある市民があればその事業に携わる機会を作ることが必要である。市役所と市民の立場の違いをことさら言い立てて、他の自治体では普通に始まっていることと全然違うことをやろうとしてるのは明らかに時代遅れの対応になる。

財政問題からこの指針がスタートしているが、所詮財政は、強制徴収とは言え市民の持ち寄りのお金である、という認識が、この計画策定に携わった人々になさ過ぎるように思う。財政は大事だが、財政のために市民の労働力が動員されるとなれば、いつか来た道、と同じではないか。そういう状態はまた、お金も労力も出せない貧困者、貧困家庭にとっては酷な自治体をめざしているとも言える。

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2008.08.18

8/18 俗化する国立

Kunitachi_2
仕事で国立市の一橋大学に行く。国立駅のホームに降りたって、駅の北側がマンション街になっているのに驚く。これでは東上線や常磐線の沿線の駅前と大して変わらないじゃないか、と心配する。夫ばっかりガバガバ稼いで、一族郎党みな無職または高等遊民みたいな人の多い、こういう高級住宅地にあまり好感は持っていないけども。

昼食はネパール料理店。ふつうの小きたなくて、気のいい外国人がやっている店だけども、スィーツ(笑)のなれの果てのような、小ぎれいな服を着ているおばちゃんたちが次から次にやってくるのは想像どおり。

大学は、古い建物が良い状態で残っていて、惚れ惚れする。大正・昭和初期のコンクリート建築はなかなかいい。同潤会アパートを壊した愚を思い知るべきだと思った。大学の展示室で、オウエンから一橋へ・消費組合の成立と展開、都留重人と激動の時代、複式簿記がやってきた、という面白そうな展示のバンフレットを見つけるが、どれも1年以上前に終わった企画展示。残念。

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2008.07.18

7/17 市民センターの建設だけはポンポンと追認されていく

16日の市議会の議会運営委員会のレポートが届く。議案は、臨時市議会を開くということと、その議案として、膝折市民センター建設と、議会改革のうち全員協議会を公的なものに位置づけ傍聴を認めるかどうか、というテーマ。

●膝折市民センターの建設は、市議会の委員会審議も経ずに、本会議だけでやるという。にもかかわらず質問制限回数付きということのようだ。

市民センター建設というととても公的な感じがするが、町内会館の建て替えに市がお金を出すというもの。その地域には切実な要求があるのかも知れないが、ほんとうに難民収容所化している学童保育や、介護難民を発生されている特別養護老人ホームに比べれば、切迫している必要性はない。にもかかわらず、市民センターの建設のために、臨時市議会まで開かれるというのだから、何が優先されているのか、よくわかるような話だ(学童の混乱状況に憤慨している人、家族の介護で苦労している人、ちゃんと選挙に行きましょう。可能なら今の市政を追認している県議・市長・市議候補者でない人を支持するよう表明しましょう)。実際、満員電車のような学童保育の施設改善は、市役所内から提案があったようだが、頼み方が悪いと、市長側近が握りつぶしたとかいう話も聞いた。にもかかわらず、貸館業みたいなことばかり、市役所は積極的に推進している。

公民館のロビーなどに少人数の打合せができるようなスペースがあったり、もっと積極的に自宅や飲食店で会合をもってもらうようにしていくことができないのか。その方が地域経済も活性化するだろうに。

いずれにしても、億単位の公共事業をやるなら、もっときちんと議論すべきなのに、市議会が行政に白紙委任していくのが許し難いと思う。市議会議員は選挙で選ばれている。市職員は市民に選ばれていない。行政の中立性の名のもとに試験と人事だけで選ばれている。多額の出費を要する事業の提案について、市議会はきちんと監督すべきである。

●後半の議題、全員協議会の傍聴について相変わらず認めないというのが笑えてくる。
原理から説明しなければならないのだろうか。
市議会議員は選挙で選ばれている。選挙で委任に近いかたちで採決等の判断を任されている市議会議員は、議会での行動、政治的な動きについて、有権者に情報公開をし、できるだけ説明責任を果たして、次の選挙で洗礼を受けるべきである。したがって、市議会内の会議ぐらいは、市民にもっともハードルが低いかたちで公開しておくべきである。秘密にして議論すべきことは、正規の手続きを取って秘密会とすべきである。これは現状の制度でもある。ただし、市役所の仕事に、秘密会まで開いて決する高度な政治判断を要する問題はあるのか、と言われると、めったにないと思う。国が戦争をやっているときに自分の市町村だけが敵国の軍門に下る、大規模災害の避難民を追い出す、というような世論にはむかうエグい判断をするときぐらいだろう。

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2008.07.01

6/30 市に土地を買い上げせさる有力者の存在

近所に猫の額ほどの公園がないだろうか。木もろくに植えられていないのに緑地としてカウントされ、あたかも自然と子どもにやさしいまちづくりをしているかのような印象をつくっている。
あるいは、広大な空き地があって、何に使うのかというと道路予定地だったりする。しかしその道路を造るためには延々、立ち退きを求めていかなくてはならないという困難な話もあったりする。

なぜそんなものがあるのだろうか。本当の目的は緑地面積の確保でも子どもたちの福祉の増進でもない。道路を造って地域開発など本気でやる話ではない。市に土地を買い上げさせている人がいて、その土地の使途に困って公園や道路予定地にでもしているというのが実情である。あるいは、無謀な道路計画の線引きをあれこれしているのである。

背景には、自治体の首長にあれやこれや取引を迫る政治家がいるらしいということである。元狭山市長の大野松茂代議士が、地元自治体に市長を辞めた途端に土地を買わせていたということが報じられている。

そういうことをやっている自治体に限って、福祉や医療で自治体が立ちゆかなくなるかのような言説を市民にまきちらして、いたずらに市民を萎縮させている。

自治体は用途もない土地の買い上げを慎むべきであろう。

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2008.06.30

6/30 志木駅の売店がみんな閉店

副都心線が開通して、ダイヤ改正してから、何だか落ち着かない。電車だけではなくて、新線効果を見込んだ「沿線開発」とやらが、生活環境を変えて、何かと生活のリズムを崩す。

東武が貸しテナントとして運営している志木駅の売店がきょうで一斉に閉店。改装のため9ヵ月も閉めることになるようだ。寿司、おはぎ、とんかつ、そば、シュークリーム、駄菓子、ジュースバーと、晩ご飯の買い物をし損なったときにちょっと用足すのに便利な店が多かったが、残ることがはっきりしているのは、寿司ととんかつのテイクアウト店だけ。

近くにスーパーがあるから困らないでしょ、と言われればそれまでだが、通勤や保育園の送迎などでちょっとしたときに使っていたので、また生活時間が少しだけ削られるような思いである。

それにしても、肝心の電車の本数は削り、ダイヤはパターンを崩して滅茶苦茶なものにして、不動産事業と、自社の不動産開発した街だけ便利にする、最近の東武鉄道のやり方、改めてもらえないだろうか。
本業そっちのけで、不動産にのめり込んで、ろくな結果にならない会社ばかりのような気がする。このことはバブル崩壊のときに、「本業回帰」などという言い方で、よくよく噛みしめたことではなかったか。

●この志木駅のジュースバーで、たまに子どもにジュースを奢っていたが、あるとき子どもがジュースをひっくり返して、もう一杯くれた店員さんがいた。その後ずっと覚えてくれていた。きょう、最後の店番でいて、長くのお礼を言えた。ありがたいものである。また同じアパートの住人に会い、働く人に大事なオアシスがなくなりますね、なんて話をした。

●ここのところ東上線が混雑している。副都心線が来るまでは、東上線の混雑など、数本の特定の電車以外はたかが知れていた。混雑しない時間帯まで、めいっぱいである。1つは副都心線の混乱で地下鉄を敬遠している乗客がまだ多いこと。1つには、朝も夕方もラッシュ時間の運転本数を減らしたことにある。
夕方は、別途料金が必要なTJライナーに乗客を誘導するため、その前10分、後8分、急行がない。各駅停車で逃れようとしても、各駅停車も2本しかない。日中よりも間隔があく。ふつう、有料特急は通勤電車より座席数が多いはずが、TJライナーの車両は、7人掛け座席を6人掛けにしているから、1両で6人分も座席が少ない。10両で60人少ない。

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2008.06.25

6/25 防災防災言うならガラスだらけの高層ビル建築は禁止せよ

東京駅前の中央郵便局が建て替えられる。マルビルのように、今の建物の外壁はそのまま残し、上に高層ビルを重ねるらしい。

しかしその高層ビルがガラス張りだという。

危険きわまりないガラスだらけの高層ビルの建設はいただけない。防災だ、耐震強度だ言ってる中で、一般市民はさまざまな警戒心を抱かされ、耐震補強などで多大な出費を脅迫観念的に迫られている。その中で、旧国営企業の財産で作られるビルが、そうしたことに配慮がないのはどうだろうか。

日頃防災服で記者会見に出てくる防災意識の高い知事を戴く東京都は許可すべきでないだろう。さらに核兵器の被害などを考えると、こうしたビルは二次的な殺傷兵器になりかねないことは明らかすぎることだ。贅沢に資材を使っている戦前のコンクリート建築は、災害にとても強いということはよく言われている。原爆投下された広島でも、投下された直下の残されているコンクリート建築は、戦後の建築ではありなえい強度だという話だ。その強いビルを壊して、二次災害を呼び起こすビルを造るとはばかげている。

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2008.05.24

5/24 不動産大国で政府が公務員宿舎を作り続ける不合理

仕事先で立川市に行く。行った先の施設で、立川市議会だよりを入手。とても生き生きした議会の活動を感じる。そして忘れてならないのが、議員の賛否。それがちゃんと入っている。

同じ基地跡地、日本の上海などと呼ばれたまちどうし。こうも差があるものだ。

●経済評論家?学者?森永卓郎さんが、公務員住宅の廃止を訴えている。私は一部必要論。ただしそれは緊急招集かけなくてはならない公務員や、ごく短期間に居住まで確保して転勤させなくてはならない、転勤によって二重生活が必要になるなど、特別な事情を抱えた公務員に限るべきだろう。
わが国はGDPのうち不動産業による付加価値が高い不動産屋大国。マンションも売れ残りが目立つようなとき(毎年新たな生命が120万人も生まれていないのに、毎年160万戸も住宅が増えている!)、あえて財務省がせっせと官舎を作る意味がわからない。公務員のなり手を増やしたいなら、もっと別な手段をとるべきではないだろうか。

●また、そもそも官舎が必要だというのは、不動産価格が高すぎる(反中派の人たちよ良く聞け、不動産価格が高いのは蓄財を好む漢民族が経済支配している国ばかりだ)からであり、不動産価格に支配されない経済にもっていく必要があるのではないか。
日本の不動産屋が富を独占していることは、和田秀樹「数字のどこを見ているんだ!」に書かれている。1人あたり家計支出の国際比較では、「家賃、水道、光熱」が異様に高いと指摘。GDPの中での不動産屋の貢献は、卸売・小売の次で、不動産業の次が、半分ぐらいの規模で建設業となっている。

朝霞市内でも自営業者が次々に仕事をたたんで、小さな不動産屋をこさえて、マンションの賃貸収入で暮らすようになっている。しかし店舗のテナントは賃貸料が高くて入るのはチェーンの居酒屋ばかり。商店街が育つわけがない。

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2008.05.17

5/17 震災救助から見ると木造建築は合理的かも知れない

中国の地震には悲しい思いをする。
それにしてもだ。建築物は近代的であればあるほど、コンクリート建築であるもの、という固定観念がある。しかし、地震で壊れた町を見て思うのは、コンクリートほど地震の後手に負えないものはないんじゃないかということである。

もちろん今の日本のコンクリート建築は耐震基準などのために頑丈になって、簡単には壊れない。しかしそれでも、阪神大震災の後には、多少の壁の落下があった程度のマンションが業者によって強度劣化などと判断され、住居を失った人もいる。物理的に建築物は壊れなくても、社会的に住居が壊れ、再建不可能になることもある。

我が国の大災害は、関東大震災と東京大空襲の火災被害が原光景にある。そこの反省は、狭隘道路と木造住宅の解消である。ところが、再建のスピードを考えると、実は木造住宅の方がいいし、災害時に支え合える人間関係は、狭隘道路の町並みが育てている面もある。コンクリートのがれきの中で、1日に10人程度しか救助できない四川大地震の救助活動を見ていると、それを感じる。
後藤新平が描くような広い道路(もちろん幹線道路は広くあるべき)が、町の人の息吹を失わせ、殺伐とさせてしまう面をあまりにも過少評価している。

そういう点で考えると、木造住宅というのは災害の多い我が国で理にかなっている面もある。木造住宅の倒壊とコンクリート建築の倒壊と、どちらが被害者が多く発生するかは、火災がなければ木造住宅だろう。

コンクリート建築を奨励するのは、防災なんかではなくて、高層化による土地の「有効利用」に目的がある。高層化を続けていけば、収益還元率で地価を決定しても、土地の価格は上げ続けられる。木造住宅でせいぜい3階までしか建てられない土地で木造住宅を5000万で売るのと、10階建てのマンションが建てられる土地で、2800万円のマンションを建てて売るのと、地価は5倍膨らませることができる。

●渡海文部科学大臣が、学校の耐震化をもっと推進するとぶち上げた。
OECD加盟諸国より我が国の教育予算が少ないと、財務省にごねて予算を増やしてくれる渡海氏には期待したいが、それが教員の確保や、教材費にまわらず、学校耐震にだけ使われるのであれば、これは教育の名を借りたハコモノ行政にほかならない。当然、文教族議員にキックバックが回るのだろう。
我が国の教育、福祉の水準が低いのは、人の労働による政策効果を低く見積もり、お金をモノに変えて目に見えることにしかお金を使わないからだと思う。

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2008.05.03

5/3 公害をまきちらす入間の郊外型ショッピングセンターは国土交通省や道路会社は損害賠償せよ

三井不動産が入間市に開発した大型郊外型ショッピングセンターが、地域に迷惑をかけまくっているという。渋滞の車列、利用客による近隣商業施設への無断駐車、騒音、もちろん中心市街地の空洞化まで、とんでもないことが次々におきているらしい。

私は、郊外型大型商業施設がまきちらす渋滞公害について問題と捉えており、札幌に住んでいた頃、市議会議員に、税金を使って作った道路を、大型商業施設が客待ちで占有していることに対価を求め、ケースによっては税金を課すよう質問を作って質問してもらったことがある。
理由としては、①商業施設はマイカー利用客の駐車場を無料にしておきながら、マイカーなど利用しないで買い物する客には何の優遇もしていない。これでマイカーでの来客が増えない方がおかしい。②営利活動のために渋滞、排気ガス公害、騒音が起きているとすれば、これは公害であり、公害課徴金の世界に入っていくのではないか、という考え方からである。
公害というと、汚水と騒音と排煙ばかりがイメージされるが、消費者問題や、商業施設がひきおこす渋滞だって、営業活動が社会に負荷を掛けていることから公害と考えるべきだろう。
また今回、日本道路情報センターは、この一件でヘリコプターを飛ばしたりして、渋滞調査をしている。そうしたコストはいったい誰が負担しているのか。三井不動産は儲けるだけ儲けて頬被りするのだろうか。これで国道16号線が慢性的に渋滞するようになれば、また「必要な道路」論で拡幅をすることになりかねない。そのコストは誰が負担するのだろうか。
今回、国道16号、圏央道にまで渋滞をまきちらしたのなら、国土交通省や道路会社は損害賠償をショッピングセンターの大家である三井不動産に請求すべきである。

郊外型ショッピングセンターは、マイカーさえあれば買い物は楽だ。しかし、どうしても私は愛着が湧かない。私がマイカーを持たないせいでもあるが、それだけではなく、チェーンの店しかなくて「自営」という感覚が全くないこと、工場でベルトコンベアに乗せられている感覚、商業施設の広さに比べてあまりにも大きな駐車場など、違和感しかない。色っぽさもない。

で、郊外型ショッピングセンターって、土地代が安くて、マイカーで遠隔地から人を連れてこれる仕掛けがあるから不便なところでも商売が成り立つだけで、別の真新しい郊外型ショッピングセンターができると競争力が無くなって衰退する。商店街なんかより早く寿命がやってきて、まるで焼畑農業のようなことになる。アメリカやオーストラリアのような田舎の国ならともかく、日本のような狭くて歴史のある国で、こんなに郊外型ショッピングセンターが流行するのは、不動産価格が異様に高く、不動産屋だけが利潤率が高いこの国らしい現象じゃないかと思っている。縄張り意識とキャピタルゲインで政治資金を確保している政治家は、そうした政治家の行動様式に最も利害が関係する不動産屋には甘くて、やりたい放題にさせている。

朝霞市の基地跡地開発も、市長を最も強く支援しているJCあたりがそういうものを作りたがって、公共施設だ何だときれい事を書きながら、結局は大型商業施設を入れる話が水面下で進んでいる。
大型商業施設は便利でいい、という話になりがちだが、さまざまな副作用を考えて判断した方がいいと思う。

●NHKがエコ啓発をやって、姑みたいなことをネチネチやっているが、そもそも家庭のエネルギー消費の大半は、マイカー、テレビ、パソコンである。ムダな電気を使わせたくないのなら、ムダな放送はやめるべきだろう。自分の客だけは例外、とエネルギーの浪費をさせておきながら、エコを説くことが、そもそもエコロジーではない。1990年以前の量にテレビ放送は抑えるべきだろう。自然に親しむために毎週末何十リットルもガソリンを消費したり、環境のことを考える生協が大量の紙を消費していたり、原発に反対する芸人が深夜コンサートを繰り返しやったり、他人にエコを説く人ほどエコじゃないことが多い。

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2008.04.25

4/25 お客様扱いされている果てに 

財政再建を迫られる自治体を追ったNHKスペシャル「大返済時代」を見る。下水道で町おこしをしようとして破綻した熊本県長洲町の事例を見ると、朝霞市の20年後を見ているようになる。

「経済の活性化」「町の活気を取り戻す」「ここは人口が増えるはず」「かかった借金返済は国が面倒見てくれる」これらは朝霞市の基地跡地開発で市役所や市議たちが言っている言葉である。こうした呪文は陳腐な言葉なのに、反対することが無力な感覚におちいりがちである。そうして見過ごした結果として、後々ひどい住民負担の増加となって跳ね返ってくる。あるいは福祉難民を近隣自治体に送り出すことになる。

公共事業をやりまくって、国に覚え高い町長より、その後任の町長がひどい思いをしている。やり散らかしている市長は責任を負わなくていい仕組みが何とも言えないものだ。

●連休中に志木駅前の違法駐輪がひどくなることを見越して、新座市役所に対策を確認するために電話する。連休中は違法駐輪の監視を休むそうだ。休みの日は監視員がいないことを市民は百も承知で、違法駐輪がひどい。
地域住民として自主的な撤去を申し出るがやめてほしいと言われる。クレームが来るからだという。クレームを言いたいのは道路を通れないこっちである。車道だったら、絶対に止めている方が悪いに決まっているのに歩道はどうしてこのような無法が許されるのか。立場の弱い歩行者が我慢しなければならないのか。
気になったのが、電話をしている私に対して「お客様」という言葉。自治体サービスを改善するとか言って接客研修ばっかり熱心に行われているが、市民は客か。客というのは、サービスをする対象でしかない。自分たちがやりたいようにした結果の受益者という扱いでしかなく、主権者である自覚はない。市民は有権者である。客ではない。市役所の職員はこういう勘違いをするなと思う。

●自殺はなるべく巻き添えを少なくやるべきだ。何か仏教徒みたいなこと言うが、そう思う。練炭自殺や自殺クラブとか、自殺まで流行りものに飛びつくなんて、情けない。死ぬときぐらい主体的にやれと思う。
そして硫化水素自殺はやめるべき方法の1つだ。玄関先に断り書きを書けばいいってもんじゃないだろ。断り書きも読まずに吸わされる毒ガス発生させているんだ。
あまりにも迷惑な自殺が増えていることから、過日、国が自殺支援をやるべき、というブログの記事をどこかで読んだ。必ずしも自殺を奨励するつもりはないが、朝の通勤時間に電車に飛び込んだり、繁華街で飛び降りたり、集合住宅で硫化水素を発生させたり、迷惑な自殺が増えている中では、考えてもいいのかも知れない。

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2008.04.03

4/3 朝霞市は公共施設の耐震化に98億円も使う

朝霞市が公共施設の耐震化計画をまとめているようだ。基地跡地利用市民連絡会のHPでその内容が紹介されている。

本来2.5億円程度で済む市役所の耐震化工事が、基地跡地への移転建て替えで11倍の28億円もの経費がかかり、対象の4施設合計で5億円弱で済む耐震化工事も、基地跡地の移転で98億円かかる話になっている。市民1人あたり9万円である。生産人口で割れば、12万円ぐらいの話である。

地震が危険だから公共施設を建て替える、というのは半ば脅迫観念である。昨日お会いした島本慈子さんの「住宅喪失」(ちくま新書)や、山岡淳一郎さんの「あなたのマンションが廃墟になる日――建て替えにひそむ危険な落とし穴」(草思社)などを読むと、耐震化や震災対策という名のもとに、あるいは建築物が30年程度しかもたないような印象を与え、まだまだ使えるコンクリート建築をわざわざ壊して建て替えさせる(もちろんそれは住宅ローンが終わったひとにさらに住宅ローンを重ねさせて、女郎屋のようにサラリーマン階層を一生借金漬けにするやり方)、国土交通省や建設業者のビジネスモデルがあることがわかる。もちろんそれはマンションに限らず、公共建築でもありうるのが、今回の朝霞市の耐震化計画である。

余談だが、現在のその公共施設の跡地には、あるマンション業者が土地を格安に仕入れてマンション開発するという話もあるから、建設業者は二重取りの話でもある。

以前、耐震免震の大家である建築家の多田英之さんの話を聞く機会があった。
地震なんて何が何だか科学的にはわからないことが多い。それから耐震化基準など、科学的に証明もされていないものの上に、基準が求めているのは、最低限その建物によって死者が発生しない程度のものしか求められていない。丈夫な建物だから未来永劫使えるとも言えないし、逆に、こんなのだから壊れてしまうとも、よほど耐震強度が低いもの以外は言えない。そういうものだという。

膨大な経費を使って耐震化して市役所が壊れるのが早いか、そのことに過剰に恐れおののいてその経費を使うことで朝霞市の財政が壊れるのが早いか、そういう問題ではないかと思う。もっと言うと、東京通勤者が市民の4割を占め、日中は高齢者や子どもなど社会的弱者ばかりが遺されている中で、大地震がきて、市役所の建物が維持されたところで、防災としてどうなのだろうか。災害の後、市民が帰ってこない、一家離散になるという課題がある。防災について町内会に結集せよという方針しかない市役所は、そうしたこの街の特性について防災上の観点から何の回答も持っていない。

江戸が繰り返し地震にみまわれながらも、簡易な木造建築を300年以上続けたのは、地震によって街を壊しても、解体撤去が容易なまちづくりをしたことで、社会を壊さない工夫だったのではないかと思うこともある。

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2008.01.13

1/12 誰の税金で道路を造るんですか

富士見川越バイパスの東京方向の延伸部分を「国道254号和光富士見バイパス」という名で建設計画が進められている。

今日の読売、毎日の埼玉版には、この道路計画に対して、志木市の沿線住民が地下化を求めて説明会を開くよう、国や県の道路担当部局に求めながら、却下された一件が出ている。

私は、東松山から富士見市にかけて立派な道路が整備されながら、朝霞市や和光市や志木市での整備が遅れているため、本来市街地を通過すべきでないようなクルマが大量に流入していることを痛感している。
そのため、この道路の必要性を認めながら、しかしやはり今どき当然取るべき住民との対話、合意、対策が行われるべきだと思う。とくに志木市の当該区間は、朝霞や和光のような原野ではなく、古くからの住宅地の中を通ることになり、沿線住民との合意はやっておくべきことだと思う。

外環道の練馬区延伸部分や、首都高の環状2号の池袋以南など、こうした対話を続けて計画作成が進められている。市町村も、道路建設が「経済活性化」だとかそんなことで地域住民の迷惑や被害など全く向き合おうともしていないで建設計画推進一本槍である。

ほんとう、朝霞基地跡地の利用、保育所の委託先決定プロセスなどで感じていたが、埼玉県南部地域は国も県も市も役所が説明会も満足に開かない、住民合意も無視して役所が好き勝手気ままやることが多いと思う。東上線沿線住民は質が低いから説明などいらないと思っているのだろうか。主権者はだれなのだろうか。利害の当事者は誰なのだろうか。また根強い反対運動の中で道路建設を強行してのちのちいいことなんかあるのだろうか。

道路特定財源の議論で、あたかも道路がガソリン税や軽油引取税、自動車重量税だけで造られているようなバカな幻想がふりまかれているが、国道建設でつけまわししてくる建設費の自治体負担分は、沿線自治体に住む住民の負担だということを忘れてはならない。

朝霞市基地跡地利用市民連絡会のブログに新聞記事の全文が掲載されています。

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2008.01.06

1/6 補助金受給団体の政治や選挙への関わり方

11月に行われた朝霞市議選の中で、市役所から補助金やさまざまな加入誘導策が取られている町内会・自治会が自民党系市議の選挙応援をしている、ということに問題提起をした。

そのときの市役所の返答が、①公選法上問題ない、②町内会・自治会は加入の任意性があり道義上も問題ない、という回答だった。①は確かに違法性はないが、②については一戸建て住民は事実上の強制加入であり、マンション住民が6割超えた中でもまだ、町内会・自治会だけを中心に意見吸収や防災対策を行っている以上、問題ではないかと私は納切り返し、議論は平行線で終わった。

朝日新聞が、マンション開発とかCO2対策などを理由に補助金を受給している企業が、自民党に献金したことを問題にしている。市議選での町内会の問題は、選挙を応援するかしないかという問題にとどまっており、献金ではないため、政治資金規正法の枠外だが、行政の意に沿って補助金を受給をしている団体が、相当程度の必要性(震災復興など)が無く、住民の総意を確認できる手段がないままに、特定候補の応援をすることの道義的問題はある、という論点は、補助金を受け取っている民間企業も、町内会・自治会も同じだと思う。

そうした中間団体が行政の庇護を受けていることについて、いろいろ考えることがある。例えば、生活協同組合、労働組合、NPO法人といったものに、基礎自治体が庇護を与えているだろうか。また彼らが政治参加したときに、どういう反応を示すだろうか。生活協同組合に関しては、かなり厳しい指導で、政治活動を禁止されている。共済生協も、購買生協も、保険屋やスーパーと同列の規制、同列の競争に晒されながら、保険屋やスーパーがパーティー券の購入や政党献金、企業ぐるみ選挙をやり放題なのに対して、生協は、従業員や組合員に対する投票依頼すら禁止されている。町内会や自治会などに比べたらずっと加入の任意性が高い団体だし、近畿を除けば同一地域に複数の生協の存在が当たり前になって、消費者は自由に生協を選べる時代であるにもかかわらずである。

労働組合、NPO法人も、生協ほど厳格ではないにしても、政治活動について、町内会・自治会のような野放し状態ではない。法律によって、労働組合やNPO法人の存在の目的にかなう範囲での政治活動でなければならないことを要請されている。もちろん町内会・自治会も、第一義的に自民党の選挙運動の下部組織になっているところは皆無に等しいので実質的に同義だが、労働組合が選挙運動をするときほど、自治会や町内会が、メンバー内の違う党派や候補者を支持する人たちと議論を踏んで行われているとは思えない。

また、町内会や自治会の意義は認めながらも、市民にとって中間団体で身を守る分野はそれだけではないのではないかと思う。朝霞市民の大半は月給取りとその家族である。彼らにとって最も重要な価値がある職場においての中間団体といえば労働組合だし、実際、市民の少なくない人が職場にさまざまな問題を抱えているであろうことは容易に想像付くが、朝霞市役所は月給取りの市民に、生活を守り、向上させるために、労働組合の結成や労働組合への加入を、勧めているのだろうか。そんな話は聴いたことがない。そういうことをきちんとやっていれば、市民所得が上がったり、職場にひどい目にあわされて失業したりする市民は減るかも知れない(もっとも官製労働運動でいいのかという次の問題も起きてくるが)。中間団体が役に立つ実感を得ていない市民が、町内会・自治会を入れと言われても、お任せ主義で運営させてしまうことは無理からぬ話ではないか。

また、労働組合に対する朝霞市職員の受け止めはどうだろうか。市民の権利を守る重要な機能があるという言葉をいただいたことはまずないし、そういうセクションもない。本来は危機管理や福祉に類するセクションが担当すべきだと思うが、多分、ごくまれに労働問題で市役所に相談に来る人がいれば、労基署に行けと追い返すか、話を聴くだけならと商工関係の課が聴くことになるだろう。そこは経営側の要望を相手するセクションと同じである。

そんなことを考えながら、不公平な価値観がまかり通っていると感じているのである。
話が広がりすぎた・・・。

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2007.12.05

12/5 振り込め詐欺に注意

まじめに働いている市役所を揶揄してはいけないのかも知れないが、振り込め詐欺に注意、という市の啓発を見て何か片腹痛い思いもしている。基地跡地開発の市の態度は詐欺に近いものがあると思う。

公務員宿舎が建設されれば市税が増えると言い張っている。でも明らかに不足することが目に見えている保育園だって、小中学校だって建設する予定はない。劣悪な市民サービスを押しつけることになる。これは国家公務員宿舎に入る人たちへの詐欺である。

そして見返り施設を国が建ててくれるようなことを言いふらしている。が、それは市が建設費の半分を持ち出さなくてはならない事業ばかりである。しかもそれで建てた見返り施設に何が入るのか目途もたっていない。借金を増やして後世に負担を押しつける詐欺である。

そんな市役所にダメだしをしたくても機会は選挙しかない。市税を滞納する権利も、自治体を独立する権利も与えられていない。詐欺ではなくて搾取である。搾取と言いたいが、転出すれば市税を払わなくて済むからやはり詐欺か。

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2007.12.04

12/4 不透明な財政再配分を誘導する東京都・愛知県は問題

夕方、大切な友人の父親で、関西では骨のある労働運動家、要宏輝さんの出版記念パーティーに出る。大阪の電機関係の巨大労組と対抗しながら、最低賃金やホームレス支援などに奮闘もしていた面白い人である。

中小労働運動に奮闘する労働界の面白い人たちに大勢会う。社会党の青年運動で、最左派青年運動の圧力で除名された反戦青年委員会の闘士たちとも会った。

●地方自治体への財政支援について論議が進んでいる。
大枠ではやるべきだと思うが、そこにはできるだけ恣意的な要素を減らすべきであろう。そういう意味では、消費税と法人事業税を入れ替えるという総務省の当初案に私は賛成している。

しかし、この方法に東京都と愛知県が難癖つけて反対しているらしい。もちろん大きく財政に穴が空くという事情もわからないではないが、東京都がふんだんに高い公共サービスを提供できたのも、税収構造に大きな不平等のシステムが働いていたからだ。その分地方がどんな思いをしてきたか、私は保育園財政を分析したことがあるのでよくわかるが、ほんとうに地方はかつかつのお金で保育園を運営している一方、東京都内は手厚い保育がされている。どっちが正しいとは思わないが、そういう格差がある、ということを東京都民には認識してもらいたいと思う。

それと、法人事業税に大きく左右される自治体運営というのは、ギャンブルそのものである。自治体の運営は生活に根ざしており、支出は景気でそんなに変化はない。それなのに収入が景気に左右されるのは危険極まりない。法人事業税を当てにするということは、景気対策や雇用創出の責任は自治体にある、と言っているようなものだ。しかし財政赤字を前提にする景気対策や雇用創出は、人間をとどめ置くことのできない自治体がやるべきではない。

現実に、自治体が法人事業税に大きく依存する収入構造になっているため、都道府県は雇用創出だ経済活性化だと言っては土地造成などの大型公共事業を乱発してきた。その結果、さらに財政悪化をする悪循環におちいってきた。政治家にも土建屋にもたかられるようになった。しかしこの社会に生産性の高い企業など数限られているため、せっかく造成した土地は販売できず、その多くは自治体の赤字になってのしかかることになる。
一方消費税は、所得水準や地域内での消費額に影響されるものの、安定した財源である。生産人口でなくても、人口に比例して一定の税収が入ってくる。自治体のサービスの対価として、最も適した税金である。

消費税を国が召し上げ、景気で左右され土木系の公共事業を誘発する法人事業税を自治体に押しつけるのは間違った選択と言える。
むしろ、景気対策は財政赤字がある程度カバーできる国のやるべき仕事であり、法人税の増減は国に反映させ、景気と不景気のクッションを行うべきだと思う。
そういう意味で、東京都や愛知県の主張は、単に自分のところの税収の問題を言っているだけで、エゴであり既得権益であると言える。

そういう中で、後ろめたい東京都や愛知県が、拠出金を出して再分配する仕組みを考えて、国もそれに乗るというが、バカも休み休みにしてほしい。そういう中央官僚のによるさじ加減で行われる財政再配分が間違いだということではないのだろうか。日本人はシステムとしての再配分より、温情の再配分の方が納得してしまう。政治が近代化されない背景だ。そこに税金の無駄遣いの要素が出てくる。本来の考えにたちかえって機械的に配分構造を変えるべきである。

一方、都会人は、税金をむしりとられて地方にばっかり使われている印象を持っている。それは現実だと思うが、それはこうした地方税と法人税の交換や、地方交付税の増減が先行して問われる問題ではない。
その多くは不透明な農水省や国土交通省関連の補助金事業であり、補助事業につきまとう自治体負担分がクセものなのである。自治体負担については、地方交付税で加算されるが、富裕自治体には加算されない。そうすると、補助事業はみんな財政力の弱い地方が奪っていくことになる。人口もいないのに立派な道路ができたり、整備新幹線が前に進む一方で、都会の通勤電車は相変わらずの状況で、鉄道会社には少子化になるからもう設備投資はしません、電車は使い捨て型の電車にします、などと言われたりしている。

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2007.12.02

12/2 朝霞市議選に関する統計

11月25日~12月1日の選挙運動期間中の当ブログのアクセス数から市議選の統計を拾ってみました。
①市議選全般の検索アクセス数 560件
  キーワード、朝霞市議選、朝霞市議会議員選挙、市議選、候補者など
②地名の検索アクセス数 303件
  キーワード 朝霞、朝霞市など。おそらく選挙などという言葉と一緒に検索されているものと思われます。
③政党名の検索アクセス数 30件
  民主党17、市民ネット8、共産党5
④候補者名の検索アクセス数 66件
  伊藤+伊藤隼人44、佐野8、浅川8、田辺6
⑤政策の争点・基地跡地関連の検索アクセス数 57
  基地跡地問題、公務員住宅、公務員宿舎など

投票率です。
 9時  936人  0.95% 男  575人 女  361人
11時  5,276人  5.35% 男 2,969人 女 2,307人
13時 12,925人  13.11% 男 6,656人 女 6,269人
15時 18,222人 18.48% 男 9,136人 女 9,086人
17時 23,686人 24.02% 男11,657人 女12,029人
19時
最終 37,916人 38.45% 男18,385人 女19,531人

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2007.11.24

11/24 あすから朝霞市議会議員選挙

12月2日投票の朝霞市議会議員選挙はあした公示される。24人が当選するところ、29人が立候補の予定。朝霞基地跡地利用の問題や、市役所の体質の問題などが争われるのではないか。

候補者の政党別内訳は
無所属19人、公明党5人、共産党3人、市民ネット2人。
会派別(市議会内の政党)では、
【富岡市長与党】
・進政会(届け出は全員無所属・・・最大会派の保守系)8人
   陶山、浅川、石原、野本、高橋、福川、小池秀、大橋
・拓政会(届け出は全員無所属・・・保守系)2人
   獅子倉、原山
・民主クラブ(届け出は1人が無所属、1人が民主党・・・富岡市長などとともに自民党の故渡辺利昭県議派がルーツ)
   小池正、佐野
・公明党5人
   篠原、利根川、浦川、岡崎、本山  
・無所属新人4人(会派不詳。1人は前任者の関係から当選すれば進政会に入るものと思われる)
   船本(元市職員)、高橋(自衛隊関係の支持?)、須田(JC?)、栗原(看板に自由民主)
※保守系の進政会と拓政会は、過去の市長選挙のいきさつで分かれていると聞いているが、どういう事情で分かれているかは不明。
※民主は税金の無駄遣い一掃とか、社会保険庁職員の住宅をバッシングしておきながら、朝霞の民主クラブは国家公務員宿舎建設容認派の急先鋒。アンケート結果では「市役」も否定。存在が矛盾である。
※公明党は基地跡地利用計画をまとめるにあたってはなお一層の市民の声を聞けという請願に、賛成しなくても退席というかたちで反対はしなかった。ここをどう評価するか。私は与党という難しい立場でがんばったと思う。

【富岡市長野党】
・共産党3人
   堀内、斎藤、石川
・市民ネット2人
   藤井、田辺
・無所属新人1人
   小山(弁護士)

【与党か野党か判別つかず】
・無所属新人2人(うち1人は縁戚の関係で自民党員と思われるが、市長の推進する基地跡地開発に反対を鮮明に表明)
  神谷(県議の子)、伊藤

当初、立候補者説明会に35人来ていたが、3人が当初から氏名を明かさず(立候補するかどうか決めておらずとりあえず説明会に来た)、3人が説明会以降に辞退をしている。

しばらくぶりに新人候補者が大量に出る選挙になるので、投票率、全体の投票数の変化が見物である。とくに全体の投票数は、1991年以来3万7500票前後で推移している。99年も全く毛並みの違う藤井さんが立候補した票がそのまま上乗せになっている格好。つまり同じ人しか選挙に行っていないということになる。その中で、朝霞にマンションを買ってしまった人、東京通勤者は納税者としていいカモにされてしまってきた(市の基地跡地の公務員宿舎建設の話も税収増の話だけで、新住民が増えることによるコストは全く検討していない!学校や保育施設に関してこれ以上お金を使わないと宣言しているようなものだ)。微弱だが少しでも変える努力をするために、投票所に足を運ぶということが必要だと思う。

基地跡地や福祉政策の変化の流れの中で、新住民や新しい候補者が掘り起こす票がどの程度影響をしていくのかが注目である。

  年    1987年  1991年  1995年  1999年  2003年
有権者数  69,328  75,628  85,531  90,172  95,689
総投票数  39,965  37,408  37.720  38,700  37,511
投 票 率  57.65% 49.46% 45.16% 43.00% 39.20%
※バブル期の80年代は、地価と沿線イメージが不釣り合いで人口が停滞。バブル崩壊や金融危機で地価が手頃になった95年と00年の2回にわたるマンションブームで人口が増加している。不況になると人口が増える構図。

●18日に開いたシンポジウムのテープおこしをやっている。朝霞市は議会改革において0点、という評価を得ている。自治体議会改革フォーラムの高井章博さんの話では、評価できるのは一般質問で片道25分と時間を取っていることだけで、それ以外は、議員どうしの討論、情報公開(採決の賛否などの公開)、市民の参加(重要議案の審議や陳情の審議で公聴人や参考人の招致)という基本的指標がすべて×。
志木市、新座市は情報公開で△や○をもらっている。和光市も集計されていないが、現状では情報公開で○になる。

●広報あさかを読み返すと、財政の説明が載っていたが、比較対象がA市となっているが明らかに夕張市。そんなところと比較してもリアリティーないじゃん、と思う。同規模類似団体で首が回りにくくなっているところと比較しないと、あまりリアリティーがない。それと、財政危機を煽るんだったら、基地跡地のシビックコア開発とか、シンボルロードとか、朝霞市の借金を嵩ませる政策は採るべきではないだろう。

●山一證券の倒産から10年。月日が流れるのは早い。ちょうど転職の機会を得た頃だった。新しい職場の入社試験に山一の社員たちが受験していたことを思い出す。それより北海道拓殖銀行の破綻の方が衝撃が大きかった。

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2007.11.20

11/20 ふじみ野プール事故で管理責任の課長に嘆願書?

ふじみ野市の流れるプールの吸い込み口に子どもが吸い込まれた事故で、業務上過失致死罪に問われたふじみの市教育委員会の元課長と元管理係長の初公判があった。

「構造的問題」だからと減刑嘆願書を、市役所と市職員組合で集めたというニュースがくっついていて違和感を持った。よく7000人もの署名が集まったと思う。偽装請負のようなにおいのする安全管理なき民間委託を行い、再丸投げをチェックできなかったのは市役所本体の職員の責任ではないのだろうか。そこにきちんとけじめをつけないと、職命を賭して安全を守る力学が働かない。
構造的に仕方がない、指揮命令だから仕方がない、となってしまう。委託した市営の福祉事業についてどうなってるんだと質問すると、委託先のやっていることだから知らないと常々朝霞市役所は答弁する。人が死んでも構造的問題で片づけられてしまえば、この委託事業は知らないという論理で問題を追認することになる。それが役所や税金の民主的管理という概念にはまるのか疑問である。

管理運営事項に、安全や利用者の利便性、現場からの効果度を提起して現場力で対抗することが職員組合に求められるはずで、それをやってこなかったのに構造的問題だからと署名集めるのは何か違うように思う。委託された企業で働いていた人たちからすると、守られている人たちは、という思いも起きてくるのではないだろうか。

埼玉県南部自治体の、民間委託の杜撰さというのはいろいろ感じるところがあるし、市役所に職員組合がなかったり、組合があっても県南部は共産党サークルみたいな存在で組合員数がそもそも少なすぎて民間委託に対する運動的チェック能力がないというのも実感するので、きちんと責任を明確にしないと、ちっともこのあたりの自治体の体質は変わらないように思う。

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2007.11.13

11/12 情報を入手する権利の保障

シンポジウムの準備で、いろいろ市議候補さんの連絡先や経歴を調べているが、ホームページもなければ、電話帳も出ていない人が結構いて、いったいどういう風に自分を宣伝しているんだろうかといぶかしくなる。駅に立っているのも、原山さんがよく立っていて、神谷さんの息子さんがたまに立っているけど、それ以外は見ない。

おととい、地域社会の有力者の方に会う機会があったので、市議選の情報ってどう入手しているの?と聞いてみたら、知人の噂以外ないという。私の家がマンションだから遠慮しがちに入ってこないのかと思って、戸建てにチラシが入るか聞いてみたら、投函も公明党と共産党と、たまに市民ネットのが入ってくるというだけで、全然入ってこないという。

そんなので候補者はどうやって選挙やっているのだ!と思う。
立候補届だけで、投票所のポスターと投票所の名前だけで選挙をやっているとは、驚異だと思う。投票所のリストだって、みんな無所属で、誰がどんな人かという手がかりすら与えてくれない。「広報あさか」も議会報告は匿名記事しかない。議員の賛否なんて誰も情報提供してくれない。

そういう公開性のない選挙で選良を選んでいる自治体は、議員が持ち込んでくる話はコネ関係の頼み事しかない。だから権力を経由しない「余計な声」が苦手で、対応能力がなく、批判拒否症的体質を持っている。意志決定がとても閉鎖的なシステムになっている。市内の小学校の安全性の問題で、当該校の保護者が教育委員会に苦情を言ったところ、校長から抑圧がかかったとか、そういう話はいとまがない。そういうことをやっていてはこの街は本当の話が公のテーブルに出てこないから進歩しない。本当に不満を抱えたら、近くに他の自治体がごまんとあるから、転出されていくだけになる。住民のニーズの水準がそもそも低いから、行政サービスが低レベルでも住民の満足度が高いという、足立区のような現象が起きてくる。

そんなことを考えながら、週末のイベントの作業をやる。苦手な宣伝を先にやらなくてはと、ちらしまきに夕食後歩き回る(自分は市議選の候補者よりも熱心だと思う)。
政治家のつながりが深いと言われているデベロッパーのマンションに入ったら、「ちらしお断り」と管理組合名で大きな看板が貼ってある。でもこのマンションまだ建ったばかり。これはきっとデベロッパーが「気を利かせて」管理組合を名乗って先に貼ったのだろう。

住民は、プライバシーだとか、不審者の侵入だとか、美観がどうだとか、そういうものからデベロッパーが守ってくれていると思っているかも知れないが、ぴんくちらしが入らない以上に、地域の政治家の情報、地域の市民運動の情報、地域のお店の情報が入らなくなる。そうすると、そこのマンション住民は地域情報から隔絶され、誰に何を物言っていいかわからなくなるため、発言力が実質的に奪われるということになる。期せずして税金と管理費だけ取られるだけのカモネギ住民になってしまうことになる。
でも、マンションを買うというのは、ほとんどの人は借金もこさえるわけで、少なくとも2~30年は住むことになる。それなのに地域情報が入らなくしてしまうというのは、後から何かおきたときに、大変になるのではないかと心配してしまう。少なくとも、朝霞市はマンション住民に胸襟の広い地域社会ではない。せめて情報の入手ルートぐらい確保しておかないとと思うのは余計なお世話だろうか。

私が理事長をやっていたとき、マンションのちらし投函を禁止していた管理人にやめさせた。管理組合が合意もないのにマンション住民の情報入手ルートを遮断する権利はないと思ったからだ。情報を得られない権利と、ちらしを処分する手間を比較すれば、ちらしを処分する作業の方がはるかに問題が少ないと思うからだ。ぴんくちらしや危険物の投函は別途警察が取り締まる法律がある。
ちらしの投函禁止より、管理組合がたたかわなくてはならない相手は、問題住民の対応から計算根拠がはっきりしない請求書まで、もっともっと多い。

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2007.11.08

11/7 朝霞市議選を考えるシンポジウムを開くことに

12月2日に投票になる朝霞市議選に何するか決めてはいないが、基地問題はじめ、幹部職員が13人も退職するなど、市政の歪みを感じる中で迎える市議選に何もしないでいるのは、市民の責任を放棄しているのではないかという感じがして、18日午後にいろいろな分野の運動をしている人たちとシンポジウムを開くことにした。

特定の候補者を応援するとか、特定の政党を応援するとかそういうことは横においておいて、議会改革、市民参加、福祉政策、公共事業のあり方など最近の流れから、朝霞市民がどんなこと考えて市議選に投票すればいいかシンポジストと参加者で考えていく内容。
市議候補予定者にはアンケートのお願いと同時にちらしやパンフレットの送付もお願いした。会場では、候補予定者から送っていただいたちらしやパンフレットを並べて、参加者が情報入手できるようにする予定。まずそういう宣伝媒体を入手できるようにすることも大事だと思う。

少ない地域の人間関係の中から頼まれただけで投票したり、逆に地域の政治家が見えないあまり選挙カーがうるさいなぁと思って投票をさぼったり、そんな東京の近郊都市の地方選挙の姿を変えたいなぁと思っている。民意を代表している場というのが何より市議会で、個別市民が市役所に異議申し立てをしても、市議会でダメだししている議員がいなければ、ほとんど無視されるといのうが現実だから。

新聞の地方欄すら候補者名と結果しか掲載されず、何が争点なのかすら明らかにしてれない選挙だから、市民が主体的に情報を集めるしかけを考えなくてはならない。
地方都市にいたときには黙っても市議選や自治体のもめごとの情報なんて衛星都市の分まで入ってきたのに。新聞の埼玉欄を開くと、4分の1が小沢留任の「県民の受け止め」、残りはお祭りだイベントだというニュースばかり。候補者の所属政党やどういうせめぎあいなのか、全く情報がない。これでいいのか首都圏の地方欄、という感じ。つくづく公共的なことをやろうとすると何もかも自腹を切らなくてはならない街だと思う。

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2007.10.31

10/31 公務員宿舎建設をめぐるたかりの光景

071031kichiato午前中、朝霞市基地跡地整備計画策定委員会の傍聴に行く。朝霞市の基地跡地に超高層の公務員宿舎850戸が建設される話をまとめる委員会である。市民参加による朝霞市基地跡地利用計画策定委員会がまとめた基本計画をまったく踏まえず、基地跡地に群がる公務員たちだけの会議である。

委員会では、①国家公務員宿舎26階建2棟850戸を建設する。②基地跡地一帯をシビックコアと指定し、公共機関の事務所を核としたまちづくりを行う。③公共施設の1階には、大型商業施設が入ることが可能な商業施設とする。④公共機関事務所の前の通りをシンボルロードとして20メートル幅の道路を50メートル幅(ほぼ高速道路と同じ)に拡幅する。⑤残りを防災用公園する(つまりはげ山になる)、という案をまとめて次回最終回を迎えることになったようだ。

その委員会、誰が委員かと思ったら、国から4人、県から4人、学識経験者(土建業界べったりの学者)1人、与党市議2人(野本一幸、浅川万次郎)、中村副市長、市職員3人(野本、笠川、長浜)で構成。国と県が1人ずつ欠席。税金で食べていない人が誰1人いないという審議会にびっくり。
ほとんど公務員というメンバーで、、公務員のための施設をお手盛りで作る打合せをしている。国はこの委員会を市民との合意だと僭称して事業を進めている。

話している内容がびっくりするほど、ひどい。朝霞市幹部職員による国へのおねだりのオンパレード。しかもおねだりしている中身については、ほとんど不明確という杜撰なもの。

①朝霞市の夏祭りで花火が打ち上げられるが、26階建の国家公務員宿舎が建つことで安全性や景観などの問題で実施が懸念されている。そのことに対して、「実施に問題はないという調査結果が出ています」という事務局の答弁の後、市職員が「宿舎に住まわれている方が迷惑にならないよう、窓には特段の配慮をお願いします」などと言っている。冗談じゃないよ。バカでかい公務員宿舎ができて、景観から何から迷惑するのは市民だ。まずその迷惑に対する国からのお詫びを求めるのが先ではないか。市役所が国家公務員のことを率先して心配してどうするんだと思う。事業費をふくらませて何を期待しているのだろうか、この市職員は。

②繰り返し市職員からは「防災計画での市役所の位置づけが跡地利用にない」という発言を繰り返す。朝霞市の現庁舎が旧耐震基準であることまで指摘して、災害時に対応できないなどと言う。シビックコアの入居施設として、市役所がもっともいい場所を取ろうという魂胆が見え見え。耐震基準を持ち出して危険だ危険だと騒ぐのは土建屋の手口。耐震基準など実験したわけではないし、地震のかたちもおき方も全然違うから、断定はできないという専門家の見解もある(耐震・免震の大家である多田英雄氏など)。心配なら防災関係課だけ新しい施設にいけばいいことで、まだ使える市役所が移転するなどとムダなことは考えるべきではないだろう。

③跡地利用のあり方をめぐって市民参加をかたくなに排除して進められた今回の話であるにもかかわらず、司会の土建系学識経験者は、市民を参加させて何が欲しいか議論させよ、などという。ふざけるなと思う。そもそもムダだからという市民の声を無視し続けて、基本的な利用計画について市民を排除して勝手に決めておいて、シビックコアに作られる個別の施設については、市民から要望させて、フットサルだテニスコートだ、遊興施設を税金で作る話をふくらませるのだろう。政治と関係の深い土建業者が喜ぶように事業費をふくらませる市民参加はありということだ。PFI方式(簡単に言うとリース)だから、土建業者と発注者(リース会社)、その背後にいる政治家の間で金銭のやりとりがあっても収賄にならない可能性が高い。自治体は唯々諾々とリース料を払うだけである。

④シビックコアに入居する公共施設名が全然ない。会議の最後の方で「この計画をまとめれば、国土交通省の地方審議会で土地利用を認めてもらえますね」 と聞く中村副市長に対して、国は「要望をまとめていただければ、具体的にすればいろいろ手だてはできますが、それがないうちには、何にもできません」と答えた。このやりとりがが2往復あり、朝霞市はとにかくハコモノがほしいだけで、中身の利用はこれからということを露呈した。挙げ句の果てには国から「せっかく作っても何も利用しない放っておかれてはまずい。暫定利用も含めて計画をまとめてほしい」と念を押される始末。
明確なニーズもなく、なんとなく活性化という雰囲気に押されて、国の後押しがあるからと公共施設を作って失敗した自治体はいっぱいある。夕張市ほどでないにしても、大都市部などで財政運営に失敗した自治体の大半はバブル期にこうした開発投資をしている。

この他にも傍聴者に聞こえないような小さな声いろいろな議論がされていた。話の内容は、どうでもいいオプションを次から次におねだりしていた。自信があるならもっと大きな声で発言すべきだろう。
そこで提案されていたのは、市民にとって不要不急の事業ばかりで、市長や幹部市職員の自己満足のための仕事に、小出しに卑屈におねだりして恥ずかしくないのかと思った。

この委員会、情報公開という点でも問題を感じた。傍聴者は開会後、傍聴許可できるまで廊下で待機させられる。傍聴も予約が必要というルール変更がされている。傍聴させないということが既定値になっている。いつでも傍聴は排除してやるという態度を見せているのだろう。録音も禁止と念を押される。言ったことを言わなかったことにするつもりだろうか。一体誰の税金を誰のために使う話をしているのだろうか。憤ることばかりである。開催地にも問題を感じている。

この他、委員である朝霞市健康福祉部長が全く職責を棚に上げた暴論を意見していたが、長くなったので次の記事に送ることにします。

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2007.10.28

10/28 小泉改革で減ったはずの公務員宿舎が増えるマジック

午前中、基地跡地の国家公務員宿舎建設に反対運動をしているグループの集会に出てくる。
朝霞の基地跡地に、地上80メートル26階建ての公務員宿舎が建設される話が進んでいる。これは、2005年12月まで続けられた市民参加による基地跡地の利用計画を全面的に反古にする内容である。そのことに憤った市民が今日まで署名活動や広報活動を重ね、その報告集会である。

グループの作ったパワーポイントを使った解説は、データ、周辺情報も満載で、とても充実した内容であった。また、より詳しい話を聴くことができてよかったと思う。

【①国と勝手な約束をまとめてくるコンサルタント業者の存在】市役所が750万円で下請けさせているコンサルタント業のランドブレインという会社に、市役所はこの間の国との調整を丸投げしているらしいという報告があった。
日本の公共事業に巣くう行政コンサルタントの存在は問い返されなくてはならないと思う。公共事業の多い都道府県の県都市に行くと、真新しい立派なビルの多くが行政コンサルタントの本社である。物を造るわけでも直接サービスをするわけでもない、知恵出ししかしない会社が、どうしてそんなに儲かるのかと疑問に思っていたが、単なるシンクタンクやアイディア出しの仕事をしているわけではないようだ。
地方公務員法で制約のある公務員でもなければ、議員のように選挙で審判されるわけでもなく、当然市民でもない行政コンサルタントが、国との間で、朝霞市の代表のような顔をして、市長や市の幹部職員の意向を汲んで、民法でいう表見代理、無権代理と同じようなことをやっているということが明らかになった。表見代理、無権代理とは契約の有効性だけの概念で、刑法であれば詐欺である。折しも外務省の仕事に関してPCIが問題になるが、行政コンサルタントに投げてやれば、半ば脱法的にどうにでもお金の回しも利権の調整もできるということが明らかになっている。

【②議会軽視の市長・市役所】市長はじめ市役所は、この土地の利用方法について、議会に議決を諮らなくてもよいという態度だという。

【③公務員宿舎は増えていた】小泉政権の骨太の方針2006で国家公務員宿舎を7000戸から4000戸に減らす話がまとめられたが、減らすのが「23区内に」ということである。したがって、都内から3000戸を潰して民間に(格安で)払い下げ、新たに小金井、府中、横浜に2350戸、朝霞に850戸、合計3200戸建設する話も骨太の方針には矛盾しないと財務省が強弁しているという。そんなばかな、と思う。
国家公務員宿舎は何のためにあるのか。1つは旧来型の福利厚生だろう。よい人材を集めるメカニズムだ。でもそういう役割は終わったと思う。もう1つは国家公務員の場合、緊急事態や国会の混乱などで勤務地と居住地があまりにも離れていると問題が起きかねないという要請もあるだろう。そうであれば必要なのは職場に近い公務員住宅で、タクシーで1時間1万円以上経費がかかるような街にその要請が応えられるわけがない。それなら都心のボロ官舎に住み続けてもらいたいと思う。
3200戸に増えている話に戻すと、郵便局の手数料値上げと国庫納付金の留保や、道路公団の肥大化した利権組織の温存など、小泉政権下で、改革と言いながら、改革の被害者面した人たちが焼け太る現象が見られた。今まで使っていた建物を壊して、新しく建てるんだから、税金も余計に使われていることになる。
一方、今年は幹部公務員の賃上げを値切る方向になっている。給料は上げないのに、一部の公務員しか利用できない宿舎ばかり建設するのはなぜか。それは公務員宿舎を建てると、票やキックバックを貰える人たちがいて財務省に感謝してくれる人がいるからである。そのあたりのからくりは政官財が癒着した公共事業の仕組みと同じ。都心の土地の払い下げでデベロッパーが儲け、朝霞や小金井の宿舎の建設で建設業が儲け、政治家が票と献金をもらい、財務省官僚が利権構造の差配の権限を持つのである。
また、新たな建設地として小金井と府中という名を聞いて、先日の民主党の働きかけがかんばしくなかった理由がわかった。

【④シビックコアという指定で基地跡地は使いたい放題】シビックコアという役所の建物を集中建設するまちづくりを行うとなっているが、基地跡地全体にかかる事業になるらしい。したがって、際限なく公共施設が広がる話になるようだ。

【⑤財政に関するデータを公開しない市役所】朝霞市役所が勝手に国家公務員宿舎建設を受け入れた理由とした根拠となる財政データは何も示していない。自治体財政に注意を払えというのは自治体関係者の常識になってきたが、それは情報が公開されていることが前提である。朝霞市のように財政に関するデータ(予算・決算書だけではなく、今回の跡地利用に関するさまざまなシミュレーションでの試算なども含めて)を隠して、財政が危ない、財政が危ないと騒ぐことは、よりいっそう中枢にいる役人が一手に情報を握って権力を集中させてしまい、市民を隷属させる手段となる。

【⑥関連事業で市の持ち出しは180億円】朝霞市は国家公務員宿舎建設が最もコストがかかならない跡地利用であると盛んに宣伝しているが、反対運動の試算では、国の支出は国家公務員宿舎にかける建設費が153億円+テレビの受信障害対策など周辺対策費となる。また見返り施設として市の事業を行うシビックコア(のべ床面積4万5600㎡)やシンボルロード(今の道路幅の3倍)の整備で市の支出は180億円もふくらむという。これは市民参加でまとめた計画にある公園の建設費の1.5倍である。市はこれを財政的見地から見直すとしていたが、これまた焼け太りの論理である。また朝霞市は不交付団体だから、国の補助や交付金も一定制限される。そのことを市役所は明らかにしていない。

【⑦耐用年数が残る公共施設まで建て替え】シビックコアに取り込む対象施設がいずれも減価償却も終わっていない施設ばかりで、これまた税金の無駄遣いである。以下、対象施設の名称とその施設の建設年。なお、鉄筋コンクリート建築は、税法による減価償却の耐用年数は50年(数年前までは60年、建築業界の意向を汲んで短縮)、公共施設のようなメンテナンスであれば70年は優に維持できると言われている(主催者が日比谷公会堂を例示)。また耐震強度基準が現行のものになったのは1981年なので、それ以降は耐震強度についてもまず問題はない。
・市民会館ゆめぱれす 本体1976年、ゆめぱれす部分1997年建設
・市役所別館1992年
・朝霞税務署1992年
・朝霞市立図書館1987年
・中央公民館・コミュニティーセンター1984年
・朝霞郵便局1984年
・朝霞保健所1983年
・保健センター1979年
・武道館1976年
・ハローワーク・県税事務所1972年
・朝霞警察署1965年

【⑧神谷県議は反対】自民党の神谷県議は、基地跡地への国家公務員宿舎建設には反対だという報告。

質問者・発言者から、国家公務員宿舎とシビックコアとシンボルロード以外の利用について、何かやっていかないと緑地は残らないのではないか、日照権の被害が意外と大きくてびっくりした、などの発言があった。

私も意見を求められたので、今回の会の試算を見て、国がやる事業だからと財政を甘く見ていたが、抱き合わせでかなりの市の公共事業も行われることがわかった。市の勝手に進めている基地跡地計画が進むと、ただでさえ福祉や医療が遅れている朝霞市の状況をさらに遅れさせることになる。市が勝手に進めている計画が完成した折には、私たち世代は集団で移住しないとひどい目にあう。そのぐらい反対することが重要だと話す。

終了後、第四小学校の建て替えでいろいろ憤っている仲間に会う。こちらは、耐震強度に問題があるという理由で改築することになったが、「すべての業者が入札を辞退した」という理由で何年も延期になり、再入札にかけられたが、新しい入札価格が3割増になっている。次の小学校の改築では、倍額ぐらいになっている。いくら人件費や材料費が高騰しているからといってそんなバカな話はあるだろうかと思った。
マンションの耐震強度の問題で、耐震強度など科学的根拠がなくて、だろうの計算の集積であるという話を聴いたが、いたずらに耐震強度を問題にすることは、建築屋の利権さがしに協力していると言ってよい部分もある。

●朝霞市議会の会派「市民ネット」の広報が投函されていた。
市議会の委員会の傍聴した前議員の報告が出ていた。その中で、議席に議員の名札も出ていないし、パソコンでの筆記もダメということらしい。「傍聴者は招かざる存在のようだ」と書いている。現職の大勢の市議会議員にとって本当にそうなのだろう。
実際、朝霞市の広報で載ってくる議会報告には、議案に対しての各議員や会派の賛否の報告は出ていないし、そうである以上、議論での質問者の名前も出てこない。無表情やみんながみんなで決めたと言いたいのだろうか。これでは選挙で有権者が判断して投票できない。
よく、そんなことで市民の納めた税金で報酬を受け取れるとも思う。自分の議案への態度や審議への発言内容を報告できないで、職業倫理として恥ずかしくないんだろうか。選挙直前になるとあれをくれと言ったら叶った、これをくれと言っているなどと書いたちらしを配ってくれるが、あれはみんなはったりなのだろうか。

●不幸にも公務員宿舎が建設される暁には、有楽町線直通電車(あるいは和光市始発で埋め合わせても)をもっと増発してもらいたいものだ。朝のラッシュ時間にさえ10分以上来ないこともある。それからキャリア官僚が退勤する深夜時間帯の有楽町線も。21時過ぎると、和光市行きでさえ20分近く来ない時間もある。当然、朝のラッシュ以上に混雑していて、ドアが閉まらなくて、和光市にたどりつくまでに遅延を重ねていく。そんな地下鉄なんかあるかい!と思っている。
毎日通勤地獄で揺られて不愉快な思いをして、税金を召し上げられる恨みなど、電車通勤なんかしたことない原住民出身の市長や市職員にはわからないだろう。

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2007.10.26

10/25 朝霞基地跡地の問題で陳情を打診してみたけども

民主党の幹部クラスの役員に、朝霞の基地跡地に超高層国家公務員宿舎が建つことについて、陳情の打診をしたところ、「選挙区総支部が賛成しているんじゃねぇ」とやんわり逃げられる。うーん、この党の「税金の無駄遣い一掃」って理屈、最初から崩れている・・・。党内基盤の弱い幹部だから、自分ところの派閥に所属していない選挙区候補者にあれこれ言いにくいのかも知れない。

余っている公務員宿舎を、職場に近くもない場所に新たに建てるなんてムダの最たるものではないか。

社会には子どもを保育園に入れられれば働けるお母さん、介護サービスが十分に受けられれば野たれ死ななくても済んだお年寄り、産婦人科の緊急入院を断られて死産をしてしまう産婦、そんな税金の恩恵で自立と社会の再生の担い手になることを待っている人がいる。同じ税金をムダ遣いするにしても、優先順位があるのに、どちらかというと保育園に預けようとしているお母さん、介護保険を利用しようとしているお年寄り、緊急入院になってしまった産婦の方が、社会的非難や、日本的な自己責任を強調する因果の理屈で、ムダ遣いの対象として糾弾されてしまっている。朝霞の国家公務員宿舎建設に政治がブレーキがかけられる話は一向に聞こえてこない。こういうことに出くわすたびに、政治など、キックバックで動く程度のものだと思ってしまう。

民主党のメカニズムについても考えさせられる。衆議院の候補者になってしまえば、その地域のことに関して、民主党やその周辺では誰よりも偉い存在になってしまう。その地位を手に入れるために、選挙に大して強くもないのに選挙の神様と言ってみたり、有力政治家に取り入ったり、政治ニートたちは虚飾をちりばめて公認獲得に血道を挙げる。
そうして選ばれてきた陣笠候補者は、党の基本的な考え方や、政策の作風と平気で矛盾することをやれる。やっても党も党幹部も手も足も出ない。朝霞の民主党支持者の不幸はここにある。菅直人や、鳩山由紀夫や、枝野幸男や、原口一博や、馬淵澄夫をイメージして投票した人が、全く反対のことやっている人たちを勢いづけることになっている。基地跡地問題がその象徴的な問題である。

そうした矛盾した民主党総支部を持つ地域の課題については、民主党の政策に合致している主張なのに、代議士を支持する選挙区の有力者たちだけの都合で吸い上げられないというとんでもないことが起きている。ソ連共産党の地方組織が、地域や職場で滅茶苦茶なことやっても、モスクワが「機関を通して苦情を言え」と聞かなかったような話でもある。

もっとも民主党は選挙で選ばれた議員だけで作られている政党なので、そういうイメージと実態に矛盾を抱える選挙区については、自民党候補者に投票して落選させてしまえばいいということも言えるけど、自分の選挙区の候補が1つ1つの考えについてどのようなこと言っているか、マニアックに政治を見ている有権者などたくさんいない。この私でも、自分の選挙区の民主党候補が何言いたいのかほとんどわかっていない。知っているのは、お百姓さんのことに詳しいということと、後援会のちらしに兵器や軍艦の写真がいっぱい使われていることだけである。自民党候補の善行の方がよくわかるけど、これまたマニアックな人しか知らないことだったりする。

選挙区の政治家の情報収集について、有権者の自己責任に押しつけるのもいいけど、政党の自浄作用が必要で、支持者から複数のルートで陳情を受け付けられる制度や、苦情申し立ての制度を整備する必要を感じる。政党なんてレッテルに過ぎないんだから、有権者がわかりやすく判断できるようにしなければならないと思う。製造物責任と言ってもよい。

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2007.10.21

10/21 朝霞駅前通りが商店街から外されるらしい

基地跡地での国家公務員宿舎建設の反対運動をしている人たちのHPからの情報。基地跡地利用について国と協議している中で出された資料で、朝霞駅前の商業中心地を、「駅と基地跡地とを結ぶ賑わいと活力源」として、今の駅前通りから、2本南側の郵便局前の通りに商業活動の中心軸を移すことが提案されているようだ。駅前通の中で育った者として、憤慨をする内容である。

どうしてこういうことが都市マスタープランや、まちづくり計画などと無関係にこんな線引き、ゾーニングが出されるのか、市民参加や議会の審議を経ずに国に約束されるのか。この朝霞市の運営は基本的なところで大間違いを起こしている。おそらくこんな手続きを都内のみならず地方都市の自治体関係者に話したら、なんて前近代的な自治体だろうと笑われるだろう。都市マスタープランでは、水と緑のネットワークとしてこの道路は位置づけられており、どうしたら「駅と基地跡地とを結ぶ賑わいと活力源」などと定義づける曲解ができるのかと思う。朝霞市役所の作成する計画などこの程度のもので、中国社会じゃないけど、偉い人が言えば、過去の積み重ねや計画の正統性などすぐねじ曲げられて変更される程度のものなのだろう。

気になるのは、にぎわいという言葉である。もっとのこの通りは開発の遅れの割に地価が高く、そう簡単に商業施設が増えるとも思えない。和光市から川越街道に抜ける通過道路で、商店街に向いている道路とも思えない。駅から5分なのに、今でも畑とマンションのエントランスしかないこの通りがにぎわいなどと笑ってしまうが、それはともかくとしても、やはり水と緑からにぎわいに定義が変わった位置づけが気になる。

基地跡地利用をめぐっては、前々から、市長の有力な支持団体である青年会議所を中心に、基地跡地に田舎にあるような郊外型ショッピングセンターを誘致する提案がある。

数日前の記事で指摘したが、国家公務員宿舎の受け入れの見返りに、①シンボル道路の整備、②シビックコアという役所の建物のプレゼント、③基地跡地の有害物質の除去を国に要求して認められそうだという。有害物質の除去の後には、市長が再び国家公務員宿舎の受け入れのように勝手な約束をやってしまえば、土地はどんなふうにでも利用できることになる。したがって、青年会議所を中心にした願望である、郊外型スーパーの誘致は可能になってしまう。そしてそこへの人の流れをもって、「にぎわいのある通り」と位置づけるのだろうか。
※朝霞の青年会議所はナショナリズムをしきりに焚きつける運動をやっているが、郊外型スーパーに依存して生活することが日本人らしい生活なのか聞いてみたいものだ。
いい首都圏のベッドタウンに、群馬や茨城みたいな郊外型スーパーはないだろう(群馬や茨城の方すみません)。売り上げが吸い取られて、住宅地の中にある既存のスーパーが軒並み撤退されると思ってよい。否応なく、朝霞駅周辺のほとんどの市民は、食料品1つタクシーやマイカーで買い物に行くハメに陥る。それがベッドタウン住民のライフスタイルに合うとはおもわない。郊外型スーパーに目くらまされている人たちはそのことの本当の危機感を実感しないとまずいのではないかと思う。

良質な住宅地を維持していくためには、公共サービスを整え、小規模の自営の商店がじっくり培養されていくことが必要だ。商店を介在した人間どうしの信頼感を結んでいくことが、良質や地域社会をつくり、またそのことが質の高い市民の育成につながる。人為的なにぎわいなど所詮使い捨てのにぎわいで、底が浅く、住民の協力意識など芽生えないままとなる。

基地跡地に、超高層の公務員宿舎はできるわ、郊外型スーパーはできるわ、そのエントランス整備とも言えるようなシンボルロードなる怪しげなものができるやら、ただ市民の力づけが何も行われず、劇場での享楽に明け暮れるローマのように税金が使い果たされていくばかりである。

そんな最悪のシナリオを考えたら、基地跡地は有害物質を残したまま、放置された方がいいと思う。無闇に開発しようとするのは、夕張市とやっていることはそんなに変わらない。

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2007.10.05

10/5 公園に子どもの声がすると公害?

くそばか判断がまた出た。公園で噴水遊びする子どもの声がうるさいからと、不眠症の人が噴水を止めさせる仮処分申請をしたところ、東京地裁八王子支部が通してしまった。裁判官が、妻に子育て任せきりで、静かな環境で神経質に文書書いている仕事なんだということが裏付けられる判決である(この他、離婚裁判での親権とか、とかく裁判官の感覚にジェンダーが克服されていない姿勢が多くみられてうんざりする)。

仮処分なので、正しい結論というよりは、当面の不眠症による被害の拡大を止めるという点が留意された判断だと思うが、子どもの遊び声が公権力によって止めるべき騒音なのだろうか疑問に残る。

少子化だとか、年金問題だとか、子どもがもっとほしいという世論は強いのに、実際には、子どもや子どもを抱えている人を迷惑がる社会風土は根強い。これは明治維新による欧化、近代化によってもたらされたものらしい。
子ども嫌い、子どもの声が嫌いという人もいるだろうけど、同じくらい加齢臭や年よりの口臭その他もろもろ、属性に起因するさまざまなことにそれぞれ嫌いという人がいる、その中で折り合わざるを得ないと思う。
宗教的な言い方になるが、こうした生き死ににまつわる本質的な迷惑については、この世の中に迷惑かけずに生きられる人がいるのだろうか、という諦めから考えていく必要があると思う。

騒音の受忍限度ということでいえば、今回、都の条例が50dbで規制しているということが理由になっているが、閑静な住宅地で45db、幹線道路で80db、電車の線路脇が75dbということだから、都会の大半のところが50dbを上回る。こんなバカな条例はないと思う。

こうしたかたちで裁判で社会規範が作られると、弁護士にお金を払える人か、弁護士に友達のいる人しか社会規範を作れない。プチブルにあわせて街作りが行われ、住居コストがますます上がる。それが人間の幸せなのだろうか。それでいいのか、と思う。
保育園の待機児童問題が発生したときに、保育園の設置が進まないのは、子どもの存在が騒音公害だという認識があって、反対運動や、せっかく建設してもクレーマー住民のために満足な保育ができないという問題があるということを知った。昼間から家にいるクレーマー住民の年金は誰が払うんだと言いたくなるような話だった。

今後は、仮処分の後の、本質的な問題について、関係者がどのような判断をするのか注目したい。
また子どもの権利業界の人々が立ち上がらないものなのか、もどかしい気持ちもある。西東京市を激励したい気持ちである。

●東京都知事選挙に立候補した外山恒一氏が、交通違反で求刑の8倍の罰金刑の判決。ろくでもない人物なのだろうし、おそらく政治的主張からは確信犯的に捜査や裁判に非協力的だったのだろうけど、それを理由に反省したかしないか判断して罰則を重くするというのは、憲法や刑事訴訟法の精神からして問題だと感じる。捜査に協力的であれば、どんな悪人でも減刑する理由になるし、捜査に非協力的であれば、えん罪でも重罪をかけられる。こうした裁判の判決を見ていると、刑事裁判において主役は検察であり、裁判所はそれを追認する機関だということになってしまってまずいと思う。

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2007.10.02

10/2 基地跡地の国家公務員宿舎、ILO勧告違反だそうです

基地跡地問題が、テレビ朝日「モーニング」で報道される。録画したけど、ファイル容量が重すぎて紹介できない。

朝霞市に建設される国家公務員宿舎そのものの是非、市民参加の跡地利用の話を反古にした市の姿勢、社宅提供と住宅手当との費用対効果の比較など、これまで国と市が、強引な予定調和で誤魔化してきたことを、見えるように報道してくれたことはよかったと思う。

ゲストコメンテーターの森永卓郎さんが公務員宿舎について、「社宅というのは人権侵害であるというILO勧告もある」という指摘が興味深かった。基地跡地の自然を守るために、国家公務員宿舎の新規建設に反対すると、公務員バッシングに加担するのか、という反論が見られたことがある。
私は、当の公務員もそんなに必要性を感じていないんじゃないの?と疑義を呈したことがあるが、それどころではない、労働者の人権侵害につながる問題を孕んでいると、国際機関は指摘している。こんなことを労働組合に働いているのに、気が付かなかった。勉強不足に恥じ入る。

昨日から始まった夕刊「ニッポン人脈記」の労働問題編「手をつなげガンバロー」。きょうは、工場で派遣労働をする人たちの話。会社の提供する寮に、正社員が遠慮なく踏み込んできてプライバシーもなかった、というエピソードが紹介されている。最近、三井物産だったか、「根性のない最近の若者」を何とかするために新入社員を強制的に寮に入れる企業も出始めている。社宅は住宅提供という甘言を弄して、会社による人権侵害を許容させてしまうシステムであるという問題意識はわかる。薄給の前の職場にも物価狂乱のときにあぶく銭をつかんだ会社が建設した社宅があったが、良さはあるのだろうけど、入ろうとは思わなかった。国際的な労働基準というのは、結構痒いところに問題を見つけている。私生活と仕事を切り分けさせないことが、「社畜」養成の基本だからだ。

また、社宅に住むというのは仕事を失うと同時に住居も失うということで、ホームレスの発生するメカニズムそのものであるということは、貧困の研究をしておられる岩田正美さんが紹介している。

●時津風部屋のパワハラ死事件。これも社宅的な問題。
時津風親方の感覚もたまらなくびっくりするが、北の湖親方のとんちんかんなコメントもびっくり。相撲業界の常識として行われていたということを認めているコメントもある。

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2007.09.26

9/25 あやしい早期警戒情報

NHKが盛んに地震の早期警戒情報の有効性を宣伝している。5秒だとか10秒だとか時間があるといろいろできるという。確かにそうだろう。でも意味あるの?と思う。

地震の対策に、どうして予知だとか、早期警戒だとか、そんなことばかりに力を入れるのか、疑問に感じる。たぶん、地震研究が地震の発生メカニズムを研究することになっているからだと思う。科学はそれでいい。
しかし、政治や行政などが考えるべき地震というのは、発生メカニズムに課題があるのではなくて、現実社会に与える影響であるべきだ。それを考えなくてはならないのに、科学者ごっこみたいなことをして、予知や早期警戒だと、予言をあてにする地震対策には、なんとなく失笑してしまう。

たとえば9月1日の防災の日に行われる国の防災訓練は、地震予知からスタートしている。地震多発地帯の自治体の多くは、それにならって防災訓練を行っている。
しかしこの訓練では、首相官邸に、地震予知を感知して呼ばれた偉い人がクルマで乗り付けてきて、会議するところから始まる。予知の技術なんて科学的に立証できているのかわからないのに、それをもとに防災訓練を始めるなどとはムダでしかない。予知連絡会のお偉いさんがスーツや防災服に着替えて、公用車がお迎えに行って悠然と登庁し、会長のあいさつから始まる訓練など、現実の大地震をふりかえって何の意味もないとしか思えない。ほんとうは、地震が発生してしまった、というところから訓練を始めなくては、危機管理なんて証明できないと思う。

大地震の被災地の映像を見るたびに、本当の対策とは、防災とともに、救援、住民の生活の再建のための制度や体制の整備だと思う。とくに生活の再建というところで、被災地の人たちはほんとうに呻吟している。

予知や早期警戒は、地震のメカニズムの研究を前進させた効果はあったし、今後もそれは研究として続けて行かなくてはならないとは思うが、科学的に立証されていない以上、予知や早期警戒を当てにするような防災対策はやめるべきだろう。もっとやるべきところに力を入れてもらいたいと思う。

そしてやや科学的な後ろ盾のある早期警戒が宣伝されている。人が感知しないP波を受け止めて数秒の時間稼ぎができるという話であるが、その数秒のためにあまりにも犠牲にしなければならないことが多い。極論を言うと、100年に1度の5000人~10000人の人命のために、何もかもさしおいて地震の早期警戒に耳をそばだて続け緊張し続ける社会にしてしまうことには私は疑義を挟みたい。
そんなことに力を入れるなら、防災や救援に力をいれた方が効率的かつ効果的だし、はるかに社会として健全ではないかと思う。

たとえば四六時中、テレビや、警戒警報の受信装置のスイッチを入れて、それを受信できるところにいましょうという発想になる。公共施設や公共交通機関は年がら年中、P波による警戒にピリピリしていなくてはならない。それは、いつも敵を意識する生活に代わっていく。その感覚がいいのかわたしには疑問である。

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9/25 公共施設の適正利用から考える

利用のインターネット受付をやっている広島市の公民館で、館長がニセ利用で予定を埋め尽くし、自分の裁量で窓口申し込みや電話申し込みの人に割り振っていたというニュースがあった。

裁量権をふりかざして困ったものだ、と思ったが、記事では、常連が施設の利用を埋め尽くしてしまって、そうでない人たちが使えなくなっていたことを何とかしようという館長の思いがあったからだという。

館長の気持ちはわかるように思う。
朝霞市のある公共施設でも、パターンは逆だが同じような話があって、インターネット予約を始める前が常連が埋め尽くしていた。土日の1ヵ月前は受付の前に場所取りやる団体まであった。
そうなると、徹夜しても持ちこたえられるヒマ人で、徹夜に堪えられる元気な人だけが公共施設の利用を埋め尽くすことになっていた。元気で時間をもてあます人だけが公共施設を占領して、サラリーマン階級や徹夜に堪えられない体力の弱い人たちの団体は締め出される結果となっていた。どういうことかというと、公共施設がカラオケボックスやダンスホール代わりに利用されているだけになる。カラオケ同好会やダンス同好会が林立して公共施設を占領するのに、それぞれが組織の維持を自己目的にしてしまって、ちっとも壁を超えた交流が行われなくなる。そういうことに野放図に対応していて、地域づくりだとか地域社会の連帯だとか言うけど、そうしたサークルのメンバーの中で困った状態におかれるようになった人がいたときに、メンバーどうしでたすけあっているかというと、疑問に感じている。
そんな状態が続けば、税金使って公共施設している意味などほとんどなくなってしまう。

そして、福祉行政と同じだけれども、こういう公共施設を作れば作るほど、そうしたたこつぼ同好会が林立して、ますます公共施設が不足し、市議や町内会長を通じて、あるいは市民アンケートの結果として、公共施設を増やせ増やせの大合唱になる(サービスを提供すれば提供するほど需要が掘り起こされる状態を、介護保険や保育など福祉分野の課題だと利用者のわがままやモラルのせいという議論になって、娯楽施設だとそうした批判がすっと消えていることが不思議である。この感覚が日本の行政が公共施設乱造につながる温床だとも思う)。
結果として、朝霞市では、保育園や学校の整備が後回しにされながら、町内会館の公共施設化(とても豪華)が進められている。

では、公共性を回復するために利用規制を強化すれば公共施設の公共性が回復し、市民の適正利用がされるのか、というと、そうでもないように思う。今回の事件の問題提起もそこにあると思う。
東京都内の公共施設のように、区民じゃなければダメ、自治体のお墨付きがなければダメ、目的は何だ、政治的な目的での利用はダメ、などと何かにつけて規制を入れる公共施設がいいかというとそうでもない(札幌から首都圏に戻ってきて、都内を中心にそういう公共施設ばっかりなのにはびっくりした)。館長の温情による裁量というと聞こえはよいが、場合によっては、政治的なイベントはダメだとか、区民じゃない人は使ってダメ、と勝手な線引きをしていないとは言い切れないだろう。

区切られた部屋のかたまりとしての公共施設というつくりに問題があるように思う。オープンな場で、貸し出すという感覚のないようなスペースがなくて、予約、利用、身内しか見ていない、というキーワードが出てくるような施設づくりが、公共施設のカラオケボックス化をもたらしていると思う。

朝霞にひきなおすと、貸館系の公共施設の問題点として、ロビーのフリースペースのなさがあげられる。市民活動の多くは、ちょっとした打合せ場所に事欠いている。カラオケやソシアルダンスのようなたこつぼサークルが連日公民館を無料利用で埋め尽くしているのに、市民活動でちょっと集まって打合せしようとすると場所がなくて、レストランや喫茶店で煙草の煙に巻かれながらお金を払って集まっている。それもいいけど、何か変だ。

地域福祉の委員会などで、公共施設のあり方について担当課に話を聴いたことがある。区切られた部屋に「需要があるから」、フリースペースは「あんまり良くないので」と言う。公共施設のフリースペースにたむろする市民が発生することを極端に恐れているようだった。せっかくあったフリースペースから椅子やテーブルまで撤去したバカな公民館もある。誰のための公民館なんだろうかと思う。市民を統治する対象かサービスする対象にしか見ていないんだろうね。

フリースペースの効用は大きい。違う団体どうし何やっているのか、見えてくるようになる。多様な市民活動が市民に共有できるようになる。ちょっとした思いつきから始まる市民活動や地域に貢献する事業がスタートする手がかりがつくりやすくなる。今のように公共施設の押さえが一苦労では、市民活動もなかなか起動しないと思う。

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2007.09.16

9/15 基地跡地に公務員宿舎が建つことが血税のムダ遣いと今回のフライデーに掲載

朝霞市内に猿が出没しているらしい。野生動物は、狸ぐらいしか出ないはずで、飼っている猿が逃げ出したのだろう。

●フライデーが、基地跡地の公務員宿舎建設を、「血税のムダ遣い告発 埼玉の3万㎡緑地を潰して役人の安住の地 キャリア公務員専用100億円タワー宿舎建設の大愚」として紹介している。
役人にとっては帰宅困難なところで安住とはいえないが、その家族にとってはいいだろう。1戸70㎡~80㎡で、本省課長補佐級(キャリアしかなれない)の宿舎だという。
フライデー紙面では、見返り施設のアホくささ、誘致反対運動をしている市民団体の公開質問状を紛失したり、回答の内容が『「(国家公務員宿舎建設の議論は)国において行われることであり、市が直接意見を申し上げる立場ではございません」など、市長のトホホな回答』と評価されたりしている。

市役所は、国の事業にのっかることで財政負担はないと盛んに宣伝するが、当の公務員すら使わないのに、公務員のための施設のために国税が使われることに無頓着である。これもムダ遣いはムダ遣いである。国の税金も市税も、同じ市民の財布から出ているものである。

さて、民主党は「税金のムダづかい一掃推進本部」を立ち上げ、国民運動的なことをするらしい。税金を1円たりとも上げないで、年金を充実させるとなれば、ムダ遣いを潰すという結論しかないからである。
また、これまでも国会質問でも地方議会質問でも、公務員宿舎が税金のムダだと盛んに宣伝を繰り返してきたし、テレビでもそういう民主党のイメージを国民に植え付けてきた。
当然、その成り行きから言えば、既存の誰かが住んでいる公務員宿舎はともかくとして、これから作る朝霞の公務員宿舎に関しては、ムダだと攻撃するのが当然だと思う。

しかし、朝霞市の宿舎に関して、民主党は馬耳東風である。市民団体が行った民主県連会長あての質問状も無視同然の回答が戻ってきたようである。選挙区の代議士の問題であるという(その選挙区の代議士が自民党以上に問題意識がないから困るんだ。選挙区の利害を超えた問題への窓口がなさすぎる)。
上田清司氏が代議士時代に培養した保守傍流の、民主党系の人脈の中に富岡市長がおり、この問題に疑義を挟むことは、埼玉4区(朝霞・志木・新座・和光)の民主党の利害やメンツを壊すからである。
ここに選挙区総支部に絶大な権限を与えている民主党の限界があるのではないかと思う。

TBSラジオ「ストリーム」でも、フライデーの記事を引用してこの問題が紹介される。「ただの愚かではなくて大愚」と。
「そんな市長を選んでしまった朝霞市民の問題でもある」という叱咤もいただいている。与党の談合で候補が一本化する枠組みから市長候補選びが行われ、下手したら無投票だった可能性もあったことを思い返す。もっともそんな状態だったので、ひどい投票率だったと思う。

●国の税金で行われる事業だからと、国にたかって住民合意も取れていないような公共事業を推進した自治体が、高齢社会になって各地で財政破綻を迎えている現実もある。市役所からの持ち出しだけを考えるのは、市役所の金でメシを食っている人たち(市職員だけではなく、市議や市長、それにぶらさがって仕事をもらっている人たち)の都合でしかない。

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2007.09.09

9/9 国家公務員宿舎問題、市から質問回答が出る

朝霞市の基地跡地への国家公務員宿舎建設問題について、建設反対運動をしているグループが市に提出した公開質問状の回答が出てきた。

内容はごまかし、はぐらかしのオンパレードで、国がやる事業だから市には責任も権限もない、などと地方分権改革に無知な水準の内容。

自治体のあり方を考える上で、貴重な材料となった回答にも思える。
他の自治体で拒絶できていることがどうして朝霞市には拒絶できないのか。その観点から考えるといろいろな材料が転がっていると思う。
それは政治の側の怠慢や悪意、行政の低い能力、市民の行政に対する対抗関係の蓄積が薄いということが挙げられる。「うちの街は良い街だ」という誰でもが思う気持ちと、「うちの市役所はいい仕事をする」ということがほとんど別問題なのに、怠慢な今の市役所を免罪する人たちは、意図的にこれを混同するような言い方をして、市役所への批判や問題提起を封じてしまう。
また国と対抗できる市役所の体制としては、直接的なことではないが、国との関係や土地利用の規制、制度開発など市民を守るためには専門知識のある法務担当職員が必要なこと、法令遵守のための機能が必要なこと、市民が判断できる会計情報の提供が必要であるということがよくわかる。会計報告など、朝霞市の財政に余裕があるのかないのか、素人目には理解できないようになっている。基地跡地利用の財源問題では、国の公務員宿舎誘致派は(醍醐民主党県議がそうだが)「財政に余裕がないない」とばかり言い、誘致反対派でも公園建設を推進する人たちは「財政に余裕がある」と言い、双方の論拠を判断できるような客観的な数字が全くない。とくに市役所の内部が誘致派でもあるわけで、財源がないと言い切れる明確な会計報告を提示してもらいたいと思う。

詳しくは、運動のホームページをごらんください。

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2007.09.07

9/7 たまには慎太郎をほめる

教育問題などでは絶対に相容れないし、選挙の度に敵陣営にいた石原慎太郎は、不倶戴天の敵と思いながらも、そんじょそこらの右翼政治家よりセンスが優れていると思うこともある。

たとえば、一期目のディーゼル排気ガスの問題。あれで長いこと放置されてきた、商用車の排気ガス対策が進んできた。
そして、三期目の選挙公約、貧困者への都民税減税。そして今日の、減税から公的助成への方針転換。貧困者に減税してもたかが知れているとは言え、貧困者ほど響く「減税」を公約にして貧困救済に決意を示すメッセージ性がよかった。その上で、所得税が低い人が、必ずしも貧乏人とは言えないこと(金持ちや大企業のパパのいるパラサイトシングルとか、大きな土地を所有している年金生活者とか)、減税効果が小さいことなどから、公的助成や公共サービスによる支援に舵を切ったことは、なおよい。

さらに、緑地を潰しての参議院宿舎の建て替えに反対し、現在地での建て替えを求めたこと。どうしてもこの一件は地方交付税を受けている自治体でもないのに、国のわがままな要求にへーこらして、国家公務員の26階建て豪華独身寮の建設を裏で受け入れた朝霞市長と見比べてしまう。
自公民の談合で擁立され無投票当選が約束されていたが、直前で泡沫候補が出てきてくれたからかろうじて選挙になったものの、その投票率も22%、朝霞原住民すら満足に投票に行かないで決まった市長だから、民意を代表している存在とはなりきれないのだろう。

●おやじの出身地の味噌屋さん(九州一)のCM。九州の城下町の雰囲気をよく伝えていると思う。CMのテーマは世界一の木樽です。

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2007.08.18

8/18 基地跡地の公開質問状を紛失したという朝霞市役所

基地跡地に超高層の国家公務員宿舎が建設されることに反対運動を繰り広げている「市民連絡会」が、7月20日に市役所に提出した公開質問状を、市役所が紛失したという報告が来た。

詳しくは市民連絡会のメンバーが運営しているブログに。

本当なら杜撰なことだし、市民からの異議申し立てを交わすためのテクニックとしてやっているならとんでもない市役所である。市長は県議時代、県議会で日本民族が自尊心を持てる教育の推進にずいぶん熱心に取り組まれたようだが、このような不祥事は、理由にもならない理由で市民の異議申し立てを握りつぶすあたかも第三世界の過疎地の役所なみの運営で、この地域に住むことに自尊心など持ちようがない。

今のような市役所がまかり通り、誰1人処分もされないでいるなら、一事が万事、市役所と利害が対立する事項はこうした第三世界並みのトラブルが発生し、書類をなくした、聞いた覚えはない、書式が間違っているなどと、理由にもならない理由で異議申し立ては握りつぶされる。我々の税金は、市役所と市役所にたかる人たちの利害のために使われ、この街にろくな将来はないと思う。

基地跡地の問題については、本来なら市役所の内部から問題提起が出てもおかしくない。しかし、何をおいても関心なし。今回の不祥事もどうせ何も市役所の中から声もあがらないだろう。そんな意気地なしの職員たちが、国民保護だ防災だといきがっても、いざというときに何もできないと思った方がいい。

なお、市民連絡会は質問状を副市長に渡したときに、2週間以内(8月3日)に回答するという返事をもらっていたという。

ほんとうびっくりするような話である。

●ふるさと納税制度には反対だが、制度がもしできたなら、私は可能な限り違う自治体に税金を払おうと思った。

●九州で市職員をしている義父がやってくる。朝霞四小の改築の落札が決まらないことに関して、校舎の建て替えの予算が少ないのかと聞いたところ、国の制度でコストは決まっていて、その中身には民間の建築より有利な制度があって業者にとって不利なことはない、という。学校の改築で業者が入札辞退をするなど、九州のそのまちではありえない、と言う。
改築の入札辞退という話は、となりの和光市でもあるようで、松本武洋市議のブログでも報告されている。このあたりの建設業界に何が起きているのか。

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2007.08.15

8/15 公務員宿舎をめぐる東京と埼玉の落差

埼玉県知事選挙が始まった。近所の駐車場に現職陣営の旗が乱立している。「日本一、ゆとりとチャンスの埼玉」という旗がたくさん立っている、色合いといい書体といい、農協の物産展みたいな感じ。いい意味でも悪い意味でも埼玉県だなぁ、と思う。

●東京都の石原知事が地上60メートルにもなる参議院議員宿舎の改築について、再度議論を白紙からやるよう表明した。都の風致地区であり、都の審査が必要になっているからだ。
一方、朝霞の基地跡地の高層豪華公務員宿舎予定地は、市街化調整区域であり、市街地に編入されても高さ制限を受ける地域であるにもかかわらず、話はどんどんすすめられる。法律的には「公共施設」は適用されないという。保育園も学校も介護施設も、満足な公共施設の整備もされないのに、公務員の私的生活の場が「公共施設」などとして話がどんどん進んでしまうのには、笑ってしまう。基地跡地に民間住宅を建てるとしたら許されないはずだろう。
朝霞市長は、無権代理人のように、市民になんの合意形成も求めず、議会もないがしろにして勝手に国と約束を重ねている。市長の親分にあたる埼玉県知事は地元であり、代議士時代は公務員の特権叩きに熱心だったのに何の責任も感じないで選挙を進めている。
また1つ、東京都との落差を感じる。落差である。東京通勤圏なのに、どうして県が違うのか。

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2007.08.02

8/2 週刊新潮に朝霞市が取り上げられる

7月1日の「きょうも歩く」で、慰安婦問題でワシントンポストに「慰安婦に日本軍が強制した事実はなかった」という意見広告を出した賛同議員を紹介したが、きょう、その賛同人に名前が出ていた泉健太衆議院議員のメールマガジンで、勝手に賛同議員に仕立てられてワシントンポストに掲載されてしまった、わたしは慰安婦問題がない、強制はなかったという歴史認識は持たない、という報告があった。彼がそんなものに名前を出すのかとびっくりしたが、本人が否定する結果になってよかったと思っている。

いったい泉議員の名前を利用したこのグループは正体は何者なのだろうか。慰安婦問題を問題化することに批判的な人たちは慰安婦など歴史のねつ造だと言うようなことを言う。しかし、彼らこそ、歴史どころか、今のこの社会でねつ造を行っている。統一協会もそうだが、こうした右よりの団体は協力者として、よく有名人の名を勝手に利用する。

泉議員はこの釈明できちんとした政治的態度が判明したものの、なぜ掲載されるようなハメに陥ったのか、もう少し丁寧に書くべきだろう。彼らに仲間とみなされるような変な議連とか、うさんくさい議員たちのネットワークに入っているとか、いろいろな疑義も残る。
また、こうしたインチキ広告を出す窓口になった同僚議員の名前も公開すべきだろう。有権者はそれでしか判断ができない。

※7/1の「きょうも歩く」の記事で、賛同署名議員として名の挙がっている議員の中で、ワシントンポストの広告記事に真意と違って名前を出されたという議員がおられましたら、その理由と考えを付してメールをください。左よりの有権者が見ているサイトですので、慰安婦を軍が強制した事実がないという考え方ではない、と明確に言い切れる方については、名誉回復が必要だと思います。ここで真意が違うというご意志を紹介いたします。

●週刊新潮に「市民にいらないと言われちゃった本田美奈子記念碑」と書かれてしまった。普通、芸能人の記念碑はファンクラブが建てるものだろうに、税金使って建てるものは朝霞ぐらいだというもの。

私も、本田美奈子さんの功績とか、骨髄バンクに対する運動への評価はあるものの、何かと亡くなった本田美奈子さんを市役所は利用しているように感じることが多い。

高齢化や、核家族を支える福祉政策がいまいちどころの話ではないこのまちで、何か、人気取り政策のための遊興費ともいえる行政支出が増えてるように思う。
在郷の土地持ちが遊んで騒ぐために、有名人の記念碑だ、駅前ロータリーだ、町内会館の建て替えだ、花火だ鳴子だと、後世にどう思われるかわからないようなものばかりに税金を使われている。その出汁に、不遇で亡くなった有名人を利用していると言われても仕方がない。これではサラリーマンが住む街の高齢化の波に備えることが覚束ない。

富岡市長になってから、空虚なプライドのために朝霞市の資源が浪費されるようなことに力が入れられていることが目立つように思う。最近できた朝霞駅南口、北口に大くて立派できれいなロータリーができたが、なんだか過疎地の新幹線新駅みたいな感じになった。電車降りてからバス停までたどり着くのにバス停1個分ぐらい歩くし。都会のまちの駅はあんなんじゃない。基地跡地も交換条件が役所の分庁舎と鳴子の桟敷席のための道路の拡幅である。

それと、同じ芸能人どうしでもかなり扱いが差別的である。朝霞から出て、多くの青少年を励まし、急逝した尾崎豊は無視である。尾崎豊が、後の青山学院の高校で反発し名作を作る感性を培ったのは、朝霞で過ごした中学校体験にもあると言えるのだが。

●何度か疎開させてもらった大分の叔母の家が台風の避難勧告区域に入る。心配だ。

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2007.07.31

7/31 芦屋や葉山のために交付税を使うべきか

基準財政需要額(その自治体が標準的な行政サービスをしたとみなした支出額)より税収が少ない自治体に交付される地方交付税の算定結果が出された。

それによると地方交付税のいらない自治体が増えたが、一方で地方交付税を出すことになった自治体も出ている。その中には、芦屋とか葉山とか、お金持ちが住む自治体に交付団体が目立つといい、芦屋や葉山のためになんで交付税を使わなくてはならないのか、という疑問も生じる。住民税の累進課税がなくなったことによるものだと頭でわかっているが、朝霞より、所得水準がはるかに高いはずの芦屋や葉山の方が税収が少ないのか理解できない。

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2007.07.13

7/13 基地跡地:国家公務員宿舎反対署名が13000筆

基地跡地の国家公務員宿舎建設反対運動の署名が13000筆を超えたようだ。絶対的な割合から言うとまだ市民の1割、有権者の13%という数字だが、世間的に1割の署名を都市部で集めるというのはなかなか難しいことで、相当な数と言ってよい。もう少し超えると、秘密投票である選挙結果に大きな影響を与えるきっかけになってくる数字だ。

それにしても、新聞などで発表されている富岡市長の見解は滅茶苦茶だと思う。パブリックコメントをやっても結果は修正しない、ということなら、パブリックコメントという制度を設けた行政手続きに関する諸法や条例の趣旨、目的、手続きを無視するものだと思う。パブリックコメントは行政の裁量性の強い市民参加の形態ではあるものの、理屈に無理があれば修正したり、提案を止めて反対意見や異なる意見を持つ当事者、主権者たちと協議するというのがやるべきことだろう。
手続きが正しいのだからどんな結論を出しても行政の裁量が正しいんだ、ということを市役所はいい、市長(後援者)は、市民の意見反映の結果だと強弁しているが、民主主義としてこんなにおかしい詭弁はない。
NPO法の成立に象徴されるような93年~98年ぐらいの情報公開、市民参加、地方分権を進めた一連の法改正では、こうした裁量行政による公共事業の暴走をやめようというのが流れであった。いまどき、市役所は市民から全件委任を受けているんだ、言うこと言わせたんだから後は黙っていろ、などということは理屈としては無理があるだろう(公務員試験を受ける人たちは民主主義の大前提を憲法で学び、それと矛盾する行政権が裁量の全件委任を受けているということを行政法で学ぶ。まして今の幹部クラスの人たちの時代は情報公開や裁量権の濫用などほとんど問題にされなかった時代の教育を受けて合格している)。
誰のための市役所なのかということを全く無視したような論理の展開は、基地跡地の利用だけに関して言えば押し切れる可能性があるが、今後の朝霞市の市役所の運営に大きな不信感を残すことは避けられないと思う。

私自身、基地跡地の運動をやっている人たちのように、跡地に公園を作れという考えには全面賛成はできないとこのブログで再三再四言ってきた。しかし、そういう考えでも、少なくとも市役所が国と勝手に約束して、国家公務員宿舎を誘致するなどという話はならないと思う。

基地跡地に公務員宿舎を誘致することついては、アンケート取ってみたらいいと思う。今どき、高層で地域に定着しない人たちが住む国家公務員宿舎に賛成する人などほとんどいないだろう。当の公務員たちでさえ宿舎が福利厚生として優先順位が高いとは思っていないだろう。もし住宅手当がもっと手厚かったら、転勤者へのリスクヘッジのための一時金がきちんと整備されていたら、隣近所みんな同業者というところに集まって住むというのは趣味の世界でしかない。
市役所は計画にあるんだなどと積極面を強弁するのではなく、高層の国家公務員宿舎が迷惑施設なんだという認識を共通化させてから、きちんと市民と対等に対話して、方策を考えるのが筋だと思う。

また市民の側にも問われていることが多いと思う。署名を集めている人たちの話を聞いたら、決まっちゃったんだから仕方ないという人が多いと聞く。そういうことは「追認」となる。
この街は行政が何やっても「追認」して否定した歴史がほとんどない。市役所にぶうぶう文句言っても、最後には自分のやっている事業に後援だの補助だの引き出したら、丸く収まってしまっていた。
そのことが、市役所の近代化を遅らせ(その水準は、都内の自治体と比較することはもとより、今は生き残りに必死で市民との共同事業の展開や先進事例の吸収に熱心な九州や北陸や東北の小規模市にも至らない。オレ流といって言い訳文書をこさえる仕事ばかり)ている。こんなものがあっては困る、嫌だということは、署名や選挙など機会あるごとに主権者として意思表示していかないと、市役所の体質も市長や市議の体質も全然変わらないと思う。

●国会やテレビのインタビューで、公務員宿舎が公務員の特権だとわあわあ批判する議員や政党があるが、そうした政党の候補者が朝霞の基地跡地問題でどんな対応をしようとしているのか、判断材料がほしい。
党首が選挙演説含めて公務員批判をわあわあやって、幹事長が公務員バッシングを公約しながら、その政党の選挙区の議員が公務員宿舎をもし追認したり誘致したりしていたら、政争の具のために公務員叩きを利用しているしかないひどい政党である。
またテレビの入る国会審議で公務員宿舎の特権性を暴き立てる論客を質問バッターに立てている政党の候補者が、もし公務員宿舎を追認したり誘致したりするのは言行不一致もいいところだ。
市民の投票行動のために誰か調べてほしい。

●基地跡地について。事実上の「見返り施設」とも言えるシビックコア施設って、官公庁の施設を増やすことなら、役所の増殖じゃないかと思う。大した現業サービスもしていないのに事務員だけ増えているといのうはどうもおかしい。また両端がウインナソーセージのように狭められているようなつくりの50メートル道路って何だろうか。幅広の道路はまちを分断するし、治安も悪くする。彩夏祭のためだけとしか考えられない。彩夏祭をテコに政治進出を図ったグループの政治的手みやげと批判されても仕方がない。どっちもよく見ると、煎じ詰めれば旧来型の公共事業である。

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2007.07.11

7/11 朝霞は住民税を払うに値する自治体か

国税と住民税の割合が大きく変化し、住民税の割合が上がった(一部の政治勢力はこれを住民税大増税と宣伝しているが間違いも甚だしい)。

で意識しなくてはならないのが、住民税を払うに値する自治体かどうかということ。よく住民税の安い自治体に住むという言い方をする人がいるが、住民税はどこの自治体もほとんど同じ(政令市か一般市かという格付けで数百円違う程度)。同じ住民税を払って、それだけの効果を得られる自治体なのかどうなのかということになる。

残念ながら、朝霞市は、そういう点で落第点をつけざるを得ないと思う。
市民不在で決まる基地跡地利用問題の処理、市民参加の後退、近年になっての公設民営施設や町内会館の建て替えなど公共事業の乱発、いつまでも続く市による土地の買い上げ、福祉や教育などに対する無責任な監督、そうした一連の行政の不作為を誤魔化すかのようなブランド・愛郷心などと言った言葉を使った精神論だけの施策の展開、「盛り上がり」という同調圧力に黙してしまう市民が多いことをいいことに祭にばっかりお金をかける体質、このままやっていけばおよそ20年後には破滅していそうな直感がしている。

塩味市長時代には、朝霞市の行政手続きも少しずつだが近代化されて、情報公開も良くなったし、パブリックコメント制度も広げられた。そうしたことがホームページでトップページに報告されてきた。市民参加が全然違ってきたと思う。たった2年ぐらい前は、大事なことは市民と一緒に決めなくてはならない、というスタンスで市民参加をやっていたように思う。
しかし今の朝霞市の市民参加は、行政が一方的に線引きして、行政にとって痛くも痒くもない部分だけ犬にえさを与えるようなやり方で市民に決定させているだけである。ほんとうの食事は市職員集団が、中でこそこそ取っているようになった。そこに手を突っ込もうとすると、無言の拒絶しか返ってこない。

いったいこのまちの納税者は誰なのか、主権者は誰なのか、と思う。確かに今の朝霞市の財政は良好な状態であるし、効率的な財政指標となっている。しかし行政効果や市民の主体性や主権者としての位置づけを考えると、効率的な財政に見合うだけの支出内容とは思えない。

今のまま、開かれていない行政をやり続けていって、市民の決定権も市民の監視も行き届かない自治体が、ろくな結末を待っているとは思えない。典型例が夕張市である。産業構造から夕張市のようなことにはならないとは思うが、今の朝霞市の市政ののりは夕張市とそんなに変わらなくなったと思う。

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2007.06.26

6/26 市民不在で超高層の公務員住宅建設が決められた

公務員宿舎の建設が決まったようだ。しかもその内容は、これまでないとされていた超高層を2棟。3分の1は朝霞に定着する気も寄与する力にもならない単身者向け住宅ばかりとなる模様。読売が政治ニュースとして報じている。

今、公務員宿舎への批判は強い。戦前のように公務員が特権階級だった時代でも、住宅不足で現物支給にインセンティブがあった戦後復興期でもあるまいし、今どき公務員の雇用者=役所が、税金を使って従業員のために住宅を用意するなんてナンセンスな話もないだろうと私も思う。公務員宿舎は、転勤の多い人や、終電後の深夜残業の多いキャリア官僚以外は不要だと思うし、そういう人であるなら、何も都心からタクシーで1万円以上もかかる朝霞になんかあったって仕方がないのではないか。都心にあるべきである。

そんな不要な施設が、見向きもされなかった朝霞にやってくる話である。都心や、世田谷区や目黒区に建てるとマスコミや住民運動に目がつき、すぐ問題化するから、ということだろう。財務省理財局は、国土交通省や農林水産省のように、建設事業をやって建設費を消化したいのである。業者が頭を下げてくれるし、業者の後ろ側にいる与党政治家のご機嫌を取れるからである。ときには思わぬ団体から天下りポストまで用意してくれるかも知れない。
だから入居するかどうか、立地はどうか、そもそもニーズがあるのかどうなのか、行政支出として妥当なのか、地域の社会構造にどんな影響を与えるのか、すべて議論をすっとばして、住民運動が少数派のままでしかない「民度の低い」朝霞市に押しつけてきたのである。

朝霞市は朝霞市で、基地跡地利用と称して、公務員宿舎の建設促進のための議論を国と進めている。その動きは一部マスコミと市民運動家しか知ることができない。基地跡地利用は、富岡市長の主要な公約であり、その結果として100人市民委員会が設置され、定員を上回る応募があり、抽選された委員で議論が始められ、全市民的な議論が重ねてきた。具体的な利用について紛糾をつづけたこともある。その結果、抽象的な構想だけがまとめられ、今後の具体的な計画についてはさらに市民での議論を深めることになっていった。
にもかかわらず、その後については、情報公開も満足に行われず、全市民的な議論の場も設けず、紛糾した具体的な利用方法についても何の議論もないまま、財務省に言われるままに絵を描いている。

夕方、交通機関が止まり、時間ができたので市に問い合わせの電話を入れると、何がどうなっているのか全く回答がなく、「いろいろな議論を積み重ねていった結果としての案をまとめます」というだけである。ここには一切主語がなく、「この案をまとめます」というのが市職員のはずなのに、あたかも天の声、見えざる手のように言っている。
これは、オレ様市職員が、バカな市民に代わって公正中立な判断をしてやる、と言っていると理解すべきである。ほんとうに議論を積み重ねているなら、もっといろいろな議論の過程があり、そのことがアナウンスされてしかるべきである。
議論はしたけど、決定する場はいつも市民は外されている。超高層の公務員宿舎を容認するような議論などこれまでの議論の積み重ねのなかで何一つ出てきていない。土木建設系の市民参加なんていつもこれである。美しい言葉だけ羅列して、具体的な話は全部、建築業者に頭の上がらない建築家と行政と土建屋とその真ん中にいるコンサルタントの談合で決まる。
今回のことも、決定権を役所だけが握っている。民主主義ではないし、官治主義そのものである。しかもその担い手たるや最先端の自治体をめざすような水準なと遙かに及ばず、「県庁の星」ででてきた回答マニュアル集に載っている言葉しか出てこないようなマニュアル役人だ。

この市職員の論拠は、しっぽをつかませないうまい処世訓だけども、その論理は明らかにおかしい。公務員だけが公正中立に判断してやる、という傲慢な態度に満ちあふれている。そんなことがウソくさいことはもう枚挙にいとまがないぐらい例が挙がっている。

異議申し立てのチャンスなど与えないうように。国と朝霞市はグルになって国民、市民の税金を無駄に浪費することばかり公式、非公式に共同謀議をしている。公開されない議論にうさんくさいものを感じてしまうことは仕方のないことである。本当にニーズにもとづき、それによって地域社会にメリットがあるなら、もっとオープンに議論されたっていいはずである。

市長や市役所もいい加減なものだと思う。選挙公約で市民に夢をふりまいて、全市民的議論まで進めておきながら、最終決定では、参加もさせず、公開もせず、国の一方的なことを許した。

後で、いろいろな人に電話をして聞いてみたら、この公務員宿舎は国直営事業ではなく、PFI方式で建設されるというから、開発から何から、業者がやりたいようにやるらしい。そういう意味では、国による周辺整備も期待できないらしい。まったくもって踏んだり蹴ったりの跡地開発になってきた。

跡地開発を選挙公約に挙げて当選した市長の責任もそろそろ検証した方がいいけど、そんなことやる人も伝える術もないこのまちでは、どうしてもこんな低レベルな行政をのさばらせていることになるのかも知れない。法を理解し、市民参加や情報公開に尽力した塩味市政が珍しい歴史だったと思う。

企業が合併で淘汰されるなら、朝霞市も合併で淘汰されることを考えてもよいのではないか。それも新座とか志木とか、サイタマの同じような状況の自治体どうしで合併するのではなく、もっとシビアに行政をやってきた東京都内の自治体と合併をして、市民参加や情報公開についてきちんとやり、憲法の民主主義や基本的人権の参加権や法の下の平等の原則をきちんと適用される自治体になってほしい。

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2007.06.22

6/22 交通マヒから県庁は浦和でいいのかと考える・あとJRの埼玉県民差別も

朝、東北・高崎線が架線切れで止まる。
安全の配慮で京浜東北線も全線運休に入り、10時に南浦和より南側が動き出した。

JR東日本は、安全を傘に着た、ひどい対応が目立つ。曰く、電車の中で缶詰何時間、事故と直接関係のない区間の全面運休・・・しかも、運休が長期化したのは、ドアを開けようとした乗客がいたからだと責任を転嫁。あんな劣悪な乗り物にとじこめられて、見通しはいい加減なことしか言わないし、脱出しようとしない人の方が不思議だ。利用客が集団で損害賠償請求でもやらないとこの会社の心根はかわらないものだろうか。昔は上尾事件なんてのもあったなぁ。埼玉県民も元気がなくなった。
乗客が事故にあう危険性より、蒸した暑いこの季節に、冷房も付かない電車に何時間も止めることがどれだけ危険か。その無頓着さにびっくりする。
また、復旧でもっとも後回しにされたのが、武蔵野線の直通列車だ。トンネルの中で4時間運休したという話をきいて、武蔵野線沿線を差別するJR東日本の体質を見る。一度、あの直通電車に乗ったことがあるが、決して空いている電車ではなかった。差別される武蔵野線を命綱に、埼玉県に帰属していなければならなものなのだろうか。
京浜東北線や湘南新宿ラインも11時まで全線運休にしなければならなかったのだろうか。南側半分ぐらい運転できるものではないだろうか。運行管理の怠慢としか思えない。

さて気になったのは、浦和駅が麻痺していることだ。公共施設は浦和に集中している。

私は、埼玉県の県庁所在地が浦和でいいのかと思っている。浦和駅は、交通手段が東北線と高崎線と京浜東北線しかない。県内の西部地域や東部地域からは鉄道1本で行けない。京浜東北線なら、南浦和で乗り換えなくてはならないが半分が南浦和より北側に行かないので、本当に不便。武蔵野線が12分間隔で動いていて、京浜東北線は10分間隔で動いているので、南浦和駅についてみないと、浦和に着く時間がはっきりしない。10分のムダを織り込んで行動しなければならない。

これが大宮ならどうだろうか。朝霞なら川越線や埼京線でも行ける。県東部の春日部や越谷なら野田線を使うこともできる。熊谷からは新幹線でいける。通過する電車もない。今回のようなことがあっても、いろいろな迂回路がある。県庁の最寄り駅に行く手段がないということはあまりあえりなくなる。県庁はどうでもいいが、県庁に群がる公共施設、半官半民団体、NPOなど非営利団体の本拠地など、県庁が不便な場所にある影響は大きい。

●夕方、大切な用事があって渋谷に立ち寄り、埼京線で帰宅しようとする。乗ったときにはダイヤが乱れていなかった。しかし、新宿駅で電車が止まってしまう。池袋に前の電車が止まっていて、発車しないと言う。11分で着くところが30分近くかかっていたから、新宿で10分は止まったかな。
いったい埼京線って、1駅何分止まっているのか。中国国鉄みたいだ。山手線で迂回しようとしても、中央線などに比べて差別されている埼京線は、新宿も渋谷も他の路線とホームが離れていて、べらぼうに歩く(たぶん、将来はその通り道に「駅なか」なんかができて、埼玉県民は体のいい収奪の対象にされるのだろう)。中央線なんか、ホームをつくりかえて、さらに増設しても、みんな昔からの便利なところに作り直している。差別だよこれ。やってられない。
乗り換えが面倒だから、結局待ってしまったがほんとうにばかばかしい時間だった。前の駅に電車が止まっていて、って10分も止まるバカ電車があるかっての。保育園のお迎えに遅れる。バスに乗り遅れる。タクシー代を払う。ああばかばかしい。損失補填してもらいたい。

●運賃に限らず、電車の運行本数や新宿駅や渋谷駅の不便さなど、一連のJRの埼玉県差別をもっと糾弾してくれたら、上田知事を支援してもいいなぁ。

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2007.06.06

6/6 路上喫煙・銀行員の自転車放置

発言力のない保育園に通わせている親ばかりねらい打ちにしたモラル批判が目立ち、何かと肩身の狭い思いをしている。しかし、モラル崩れなんてそこらじゅうにあるじゃないかと思う。今日はひどいモラルを見た。

朝霞台駅のりそな銀行(埼玉のつかない親会社の方)。銀行の敷地内に停められた自転車を行員が路上に引きずり出して放置した。公的資金を投入されていまだ返済しない銀行が、税金に始末を押しつけている。しかもこの銀行、業績の安定していた埼玉りそな銀行の収益(つまりは埼玉県民の富)を収奪して倒産をまぬがれたというにもかかわらずだ。

Kitsuen朝霞台駅のバス停。3人もの人間がバスを待ちながら喫煙している。バス停での受動喫煙は列の順番を放棄することなくして避けられない。朝霞市内の路上は全域、禁煙のはず。さらには、朝霞台駅は罰金を徴収する区域のはず。家族はぜんそくを再発している。
市役所が取り締まり強化区域で罰金を取ったことを見たことがない。灰皿持っているこわそうなおばちゃん2人組を見ただけ。夜は取り締まりもなくやりたい放題。取り締まりが甘すぎる。教育現場ではゼロトレランスという問答無用の処分が横行しているのに、おとなたちがやる実害が明確なことについてきちんとやっていない。千代田区のようにゼロトレランスでやるべきではないか。ことあるごとに財政難を言うのだから収益あがることちゃんとやっておくべきでもある。

志木駅の南口。自転車の違法駐輪の取り締まりは朝の通勤時間帯しかやらない。10時過ぎてパチンコ屋が開くと、無法地帯になる。とくに日曜日がひどい。パチンコ屋に何らかの対策を求めるべきではないか。歩行の阻害になっているのに市民自ら撤去もできない。昨今流行している金属泥棒たちに持っていってもらいたいぐらいだ。新座市は実態とは反対になぜか通勤客を敵視するように通勤時間帯だけ取り締まる。わずかとはいえ納税者として憤慨することしきりである。

学生が市内の河川敷のホームレスの段ボールにサラダ油をかけ、ライターを手に「燃やせ」「殺せ」と騒いで放火。器物損壊で逮捕されているが、これはどうみても放火だろう。
親か何かかからお金貰って、私学助成で環境整備してもらった上で、学生なんて安住の地位を得て、必死に生きている人に何やっているんだろうか。共産主義に一線を画す私でも、こういう人には強制労働の刑が必要だと、思わずにはいられない。

●志木の保育園アンファンシェリさんが、読売のモラルを問うの記事の取材力不足を指摘しています。認可保育園に対応できない家庭の子を受け入れている保育園の中で、現実を直視できるところはこうした常識的な反応をすると思います。

●NHKの19時のニュース、与党の報道しか流さない。今日も公務員制度改革で国会があれたのに。菅直人が行方不明の5000万件を作ったなどというデマのを垂れ流しっぱなしなのは噴飯ものだ。

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2007.06.02

6/2 ビラを配布するとお金を取る団地自治会

東京都北区の都営住宅の自治会が、ビラ投函を有料にし、配布に際して申込書と自治会への支払を求め、認証印がないビラは配布させないということをやっていたらしい。しかも総会も開かずに役員たちだけで決めたようだ。

民主主義の基礎ともいえる自由権を侵害する自治会である。何人も意見を表明し伝える権利はあるはずである。ポルノや誹謗中傷なら、しかるべき刑法などで対応すればよい。

先日「日本選挙制度史」を読んで、こうしたちまちました取り締まり主義みたいなものがファシズム選挙になったと心に染みただけに、こうした自治会の動きは警戒せざるを得ない。明治期以降、日本社会に自治とか共同決定とかそういうメカニズムがよく働かないのは、本来1人ひとりのより自由で能力開花の機会を作るために存在が認められるべき自治会などの中間組織が、1人ひとりの自由を拘束することにばかり血道をあげがちなことである。いらないビラはごみに出せばいいことで、そもそも配布させないというのは、財産権や政治的自由の権利から考えても、どう考えてもおかしい。

たとえば、自治会とは違うかたちで清掃ボランティアや、夜回りボランティアを募集する公益性のあるビラを配ったらどうするのだろうか。課金するつもりだろうか。逆に、あるいはそうしたボランティア活動を口実にした宗教団体や詐欺的商法の人集めビラだったらどうするのだろうか。課金しないのだろうか。政治のビラなんか意見が分かれるし、課金された料金を払って配ったら、これは正当な政治資金の使われ方なのだろうか、それとも不特定多数に対するビラ送付の郵便代みたいに買収罪のような扱いを受けるのだろうか。
こんなこと考えると、ビラ配布に取り締まりの線引きなんかできるわけがなく、やり始めたら、多少の言論弾圧つまり人権侵害も考えなくてはならない。
また、こうしたときに決まって出てくるのが「迷惑」論とピンクちらしである。ビラ配布されて迷惑といっても、ビラがほとんど配られないで地域社会で何が起きているのか、どんな店があるのか知らないで過ごすことのデメリットと比べてどうだろうか。
ピンクちらしは都条例で禁止されているのだから、警察に持っていけばいい話だ。子どものためとか何とか言うけども、あの程度で性犯罪を起こす子がいるのだろうか。子どももそこまでバカじゃないだろう。デリヘルを利用してトラブルに巻き込まれたとするならそれはオトナの問題だし、そこまでを自治会の責任感じる必要はない。私らしくないがそれは自業自得で、本人と警察と弁護士などで解決すべきことだ。ピンクチラシの悪影響を自治会が責任負えないなら、ピンクチラシを口実にすべてのビラ配布にあれこれ干渉してはならないことだと思う。

あと、この手数料を受け取った自治会は、法人税を払うのだろうか。払わないとするなら、これまで徴収した手数料をそれぞれビラ配布した人たちに返還しなければ、申告漏れになるのではないか。

持ち主の東京都住宅供給公社は、この件でポストは各住人に管理権があり自治会には管理権がないと厳重注意した。こちらは経済的な権利として正しい判断をしたと思う。

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2007.05.19

5/18 コンパクトシティーが切り捨てだという珍論

ついつい日本のこれから「地方衰退」後半に突入。

コンパクトシティーと郊外型スーパーの開店規制についての話に移っていったが、これを効率化として批判していて論点がずれている。コンパクトシティーは、昔ながらの地方のあり方で、昔の日本は農村まで含めて集中して暮らしてきた。なぜなら、農業には共同作業が必要で、かつ農村共同体を維持していくためには、顔の見える距離で人が住まなくてはならないからだ(その最も効率的な姿を示すのが、江戸時代に開発された埼玉県三芳町・所沢市に残る三富新田である)。

番組の中の参加者は、コンパクトシティーに対して、強制移住だ、郊外住民の切り捨てだ、という批判が多かった。三宅アナがアウトドア派なのか、そういう煽り方をしていたなぁ。しかし、地方都市や農村のスプロール化は、東京の郊外居住をまねしてクルマの便利さにものを言わせて進んできたことである。そして消費活動を東京資本に売り渡し、自分たちの手もとにおいておくことを放棄してしまった。その結果、商売やっても儲けるチャンスがつくられないから、現金がほしいので国や自治体に土地を買ってほしい、それが無理だから東京のスーパーに売るというようなことが起きてくる。

切り捨てなどという情緒論で非論理的なものいいはたいがいにしてもらいたい。都市のスプロール化を放置しておけば小規模商店を開店して儲かる都市づくりができないままであるし、郊外型スーパーしか儲からないのであれば、消費生活はすべて東京資本に依存することになる。地域の人が商業にチャレンジする場も失わせてしまう。コンパクトシティーは切り捨てだという言い方は、むしろ逆であり無知である。

私自身の経験にもある。朝霞市は保育所を急激に増やしたが、みんなバスも満足に通っていないような郊外につくられた。それは郊外住民を配慮したことではない。単に土地が安いからだ。そこに通うために、同じ市内、しかも全国でも指折り狭い市なのにバス・電車・バスと2回も乗り継いで40分もかけて通っている人も少なくない(最寄り駅から職場まで電車で10分だというのに、とこぼす人もいた)。単に郊外に公共施設があることが、中心部以外に住む人のために配慮しているということではないと思う。また公共交通機関も、郊外から郊外という線の引き方は採算でできない。郊外の人が中心部に出てくることの方が容易である。

青森市の参加者がコンパクトシティーはもともとの日本の地方都市の姿で、90年代後半に街がちらかったのを取り戻す取り組みだ、と意見していたが正論だと思う。コンパクトシティーに反対する思考は、膨張を続ける東京のまねでしかない。

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2007.05.17

5/16 基地跡地は条件の悪い公務員の住宅になりそう

基地跡地利用の絵姿について、朝霞市が都内で会議を繰り返し開いている。市民にも議論を付さずに、100人委員会、検討委員会、市議会の議論と何の突き合わせを報告もせずに、具体的な話がどんどん進んでいく。
基地跡地利用について選挙公約で派手に市民に夢ものがたりをふりまいて発足した富岡市政だが、結局、市民とは関係のない場所で、朝霞市の外で、細かな利用について決まっていく。市長の優先度の高い公約だったのに、市長に対してその責任を問わない(プラスチックごみの問題のときにも問題を告発したテレビ局にこぶしを振り上げておきながら、旗色悪くなったら、立場の弱い収集業者が委託契約をうち切られる以外、誰も責任を取らずにうやむやになってしまった)。

建てられる公務員宿舎も、当初の説明では跡地の一角3ヘクタールに超高層マンションのかたちでつくられるはずが、基地跡地のあちこちに3棟、中層マンションと駐車場(まで!)が建つことになるようだ。入居する公務員も、単身者が3分の2だという。地域への関わりはほとんどなく、ごみと通勤ラッシュと自然破壊を落としていく存在ということのようだ。単身者に公務員宿舎って必要なのだろうか。独身の間ぐらい、民間アパートにふつうにくらす経験ぐらいしたらどうだろうか、と思う。

公務員宿舎の問題について条件闘争に早く入らなかったために、大量の公務員宿舎を押しつけられ、条件の悪い公務員を押しつけられる結果になってしまったと思う。いろいろ朝霞市をひっかきまわしてきた基地跡地だが、結局、公務員宿舎建設の利権にあずかれる人だけが喜ぶような話になってきたようだ。この先は迷惑施設は迷惑施設だと受け止め、見返り施設の要求をしていくことをやるしかないのではないかと思う。

公務員宿舎と公営住宅の存在には批判的だ。建築業者も不動産屋も溢れている我が国は、住宅供給こそ、民が自発的にできることだと思う。したがって公務員宿舎や公営住宅へのニーズは徐々に家賃補助に切り替えるべきだと思う(都営住宅で凶悪犯罪が頻発しているのを見て、さらにその思いを強くする)。またしかるべき不動産屋や建築業者に対する誘導策や指導のありようがあると思う。
また、都内には空家の多い公団住宅も増えている。日本全体、首都圏全体ではさして人口が増えているわけではないから。空き公団住宅を借り上げることなど、できる方法はあるはずで、「新築ではなくてはならない」「1000戸でなくてはならない」「朝霞基地跡地でなくてはならない」というのは、財務省が公務員宿舎の発注に向けてすべて業者の選定まで内々に終えていて、「建てる」ことが自己目的化しているのではないかと感じてしまう。

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2007.05.14

5/14 育った街に2600万円で監視カメラがつく

育った朝霞駅前の商店街に監視カメラがついた。何だか寂しい話だ。

治安のためなら開いている店を増やしてほしいと思う。商店街が安全になるには、何より店がたくさんあって、シャッターがいつもどこか開いていて、お客さんがいっぱいいることだ。
跡取りがさっさと店じまいして不動産業になって、チェーンの居酒屋か、不動産屋というビルオーナーの事務所か、借り手もつかない高額家賃の空き店舗ばかりになっている。TMOも期待したがそろそろ2年目になるのに、商店街にチェーンとパチンコ店以外の新規出店はまだない。

市はこれに総額600万以上使ったようだ。商店街の活性化や、新規出店者のための家賃補助などをやる方がもっとコストを抑えられたのではないかと思う。

●NHKスペシャルで岡山の財政再建を見る。
区画整理事業に焦点を当てられていた。財政再建を検討する公募市民委員は、区画整理事業が一部の市民のための事業でしかないと反対の声が大きく、これを追い風にした財政再建担当の課長が区画整理の担当局長に事業の見直しや中止を迫るが、押し返される。
その論理が、都市計画やまちづくり計画が市民参加で決定され、国や県の審議会を通過した、それを一財政再建担当課長がひっくり返すというのは、市民参加の否定である、というもの。
しかし大半の都市計画がらみの市民参加なんて、市民に具体的な課題を議論させず、花園のような夢をポストイットに適当にまとめて、抽象言語でまちの未来を語らせただけのもの。具体的なことはすべて土建屋とグルであるコンサルタントがお膳立てする。市民がその計画の具体的な内容について意見しようとすると、ここはまとめる場です、とか、自分の主張ばかりしないで、とかコンサルタント会社に籍をおく「ファシリテーター」が一見正論のようなワークショップ用語で封じてしまう。その後、決定の裁量権は市民から離れて行政に返還され、行政から丸投げされたコンサルタントが鉛筆をなめて計画の具体的な部分をまとめる。私には、この光景は奇異に感じる。
そうしてまとめられた計画を県や国にお願いして、許可する極めて中央集権的なシステムになっている。平場では議論をさせない不透明な決定システムは、水面下でさまざまな偉い人たちへの「利害調整」が存在することは想像に難くない(市の審議会や委員会の議事録に、参加者の意見が少なかったり、開会時間が異様に短いものはすべてこうしたことがあると思う)。
国から岡山市に天下り出向した都市計画の副局長が見直しに反対していた。都市計画は地域のためじゃない、国から自治体・業者一体になった都市計画一家自身のためにやることが第1目的なんだと感じたシーンであった。これがとても市民参加などと言えるしろものではない。
岡山市議会でも議論になり、建設族の市議会議員は、一部市民が議論しているだけで、私の後ろ側にいる4000人の市民とどちらが重いのか、という。しかし、議員が個々の政策について4000人の有権者の合意を取っているわけではない。この選挙民と有権者の関わりとは、個別政策すべての合致ではなく、もっと総合的・人格的な判断じゃないかと思う。したがって個々の政策について議員以外は民意ではないという言い方は限界がある。
国は外交力や安全保障の担保があり、国民は簡単には逃亡できないため、借金は政治的合意の範囲で青天井にできる(極端なのは北朝鮮の例)。しかし、自治体は傾けば住民が逃げるし、軍事力や外交力でエリアの中の勝手が認められるわけもないため、借金には破綻を回避できる範囲しかできない。

●県議会で代表質問ができる「交渉会派」の資格人数を引き上げる自民党の案が撤回された。よかったと思う。その代わり、会派の議員数に比例したメンバーで構成される。今までのように資格のある交渉会派から同じ人数ずつやってきた県議会運営がどう代わるのか。議事運営について主要会派が合意して進めるというシステムのためには、後々問題になる可能性があるかも知れない。それでも少数会派が発言権を奪われているよりいい。

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2007.05.13

5/13 朝霞市40歳

朝霞市政施行40周年記念式典があって、市民会館に出かける。相変わらず公共の交通手段が乏しい街だと思いながら、グットタイミングの東武バスに乗っていく。

地域の有力者も、昔に比べるとよそ出身の人が増えてきた。式典を進めながら、バックに市の昔の姿のスライド上映をやったらよかったのに、と思う。

泥だらけの駅前通り、ベトナム帰還兵を修復する野戦病院を受け入れた歴史、基地に寄生して東上線随一の繁華街があった歴史、東上線の複々線化工事、素朴だった夏祭り、人がうじゃうじゃいた商店街、畑だらけだった朝霞台駅周辺、そんなことを伝えられたら、みんなが感慨を1つにできたのではないかと思う。

式典あいさつで、自民党の早川忠孝代議士が、赤坂の新議員宿舎に入らなかった理由として、妻に地域に感謝する立場なんだから、朝行って来ますと言って選挙区を出て、夜ただいまといって選挙区に帰って来るべきだ、と演説して、まぁ、うまいなぁ、と思った。がよく考えると、赤坂の議員宿舎の入居を提示されたということは、赤坂が建て替えになる前は、どこかの議員宿舎に入っていたんじゃないの?とツッコミたくなった。

●おととい、出先にいく道中で赤坂の議員宿舎が見え、同僚に「家賃をことさら問題にする人がいるけど、そもそも東京都心の家賃相場が50万もしていることがおかしいんじゃない」という話になった。そうだと思う。
家賃が高いつまり土地の値段ばかり上がるのは、「流動性プレミアム」と「利殖」を兼ね備えた金融商品であるからだ。土地の利用規制の緩和で土地の流動化をすれば値段が下がるという人がいるが、それは土地に「流動性プレミアム」としての価値がなくなったデフレ期だけで、デフレ脱却した今は、土地の利用規制の強化が必要だと思う。
赤坂の宿舎の話になれば、建ててしまったものを放置しておくのはもったいないし、おそらく売ってもかけた経費は回収できないだろうから、議員さんたちに必死に使ってもらえばいい。議会の開会日数を増やすとか、すべて平場で本当の議論をするようにして、閉会時間があてにならないようにして、選挙区に帰りにくくしてあげればいいのではないか、などととも考える。そうすれば落選者や新人と機会が均等になるのかな、と思ったりするが、どうだろうか。

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2007.05.06

5/5 レストランの閉店

近所の島忠家具店の斜め向かいに、ペットも連れて行けるけっこう面白いレストランがあった。
一昨日散歩していたら、無くなっていた。玄関には、今後の連絡先として法律事務所を知らせる文書が張り出されていた。
個性のある店をつくろうとしていたし、食事もうまかったのに、なんだかとても悲しく、また残念な思い。私ももっと足を運べばよかったのではないかと反省もする。チェーンのフードサービスではない店がただでさえ少ないのに、またなくなった。

その後、駅前に戻ると、商店街の残骸に立てられた雑居ビルにプラスチックの派手で大きな看板を出す、チェーンの飲食店しかないことに悲しくなる。入っても、客の眼も見ないで大声で「いらっしゃいませぇ」と怒鳴られたり、大声でメニューを復唱するような、プライバシーも品位のかけらもない店ばかりだ。
この光景は、東上線文化だと思う。商店主たちの力がなさすぎる。この派手な看板の飲食店を取ると、今度は殺風景な田園都市線の沿線になる。

●川越のスカラ座が営業をやめることになったが、それを地元の若手経営者グループが買い取って運営することになったようで、いい話だと思う。
みんなが欲しい、願うと思う娯楽施設をどう作り、残すのか、ということを考えたときに、こうした自主的な試みがもっとあった方が面白いと思う。

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2007.04.22

4/22 基地跡地開発は、市役所と国の官僚で決めることに

●毎日朝刊に以下のような記事が掲載されていた。

朝霞市 基地跡地整備計画委設置へ 利用計画策定委最終報告受け  朝霞市の富岡勝則市長は20日、どうしないの旧米軍基地(19.4ヘクタール)に関する整備計画のたたき台をまとめる「市基地跡地整備計画策定委員会」(12人)を設置することを明らかにした。有識者による「利用計画策定委員会」が最終報告を提出したのを受け、政府、県、市などによる整備計画策定委を儲けることになった。23日に都内で初会合を開き、10回程度の会合を経て07年中に市に答申する。市は答申などを踏まえて整備計画書を作成し、08年6月に政府に提出する予定。  利用計画策定委の報告書では、中心部(16.4ヘクタール)は「学びと憩いの森」「学びと体験の森」「健康と福祉の森」の3ゾーンに分けて「公園・緑」を中心に活用することとし、周辺部の3ヘクタールの用途は明示しなかった。周辺部には国家公務員宿舎(約1000戸)を建設したいと申し入れており、政府も参加する整備計画策定委で調整が図られる。  整備計画策定委には、政府からは財務、国土交通、厚生労働の3省の担当者が加わる。大村謙二郎・筑波大教授も学識経験者として参加する。【藤川敏久】(毎日新聞2007/4/22朝刊埼玉西版より)

基地跡地利用は市民参加の100人委員会を舞台に激しい議論が続けられ、なんとか答申をまとめて終わった。そこでは、具体的に何を建設するかをめぐって腹に思いがある人たちが、抽象的なまとめ言葉をめぐって激しい議論が繰り返されてきた。つまり、100人委員会の答申に書かれている美しい言葉については誰も根本的な否定はしていなかったと言ってよい。みんなその後に控えている基地跡地に作られるものについていろいろ対立してきたのではなかったのか。それは議事録すら満足に残せないことでもあらわれている。

で、その何を作るかという議論をする段になって、市役所は市民の手から決定権を奪い、国の官僚たちと勝手にたたき台をつくるということのようだ。この街の民主主義はどうなのだろうか。基地跡地にばかり熱心な人たちに私は冷ややかな眼差しを送ってきたが、自分たちのまちのことは自分たちで決めるという基本を、市役所、市長自ら返上し、中央政府の官僚に市民よりも大きな発言権を認めたということは、残念だし、憤る。どうしようもない低レベルな民主主義である。こんなことで満足するのは、何でもいいから建設費が役所から落ちてくればいいと考えている公共事業にぶら下がっている業者だけである。その結果、国家公務員の官舎以外の開発のツケは市民が支払うのである。

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2007.04.14

4/14 健康増進ならマイカー使わせるな

朝、保育園のお見送りをする。子どもと親の事情で、家から遠い保育園に通っている。私の住む町の保育行政は、公立保育園は8ヵ月しか預からず、1歳児段階での定員は0歳の持ち上がり分にプラス1人しかないので、見事にはじき飛ばされたことが原因だ。それから、16時30分以降はお金はかかりませんが延長保育です、などと威張られたり、口コミで怠慢とも思えるような保育内容を聞いたから、そんなところには預けたら、精神衛生上良くないと思ったからだ。

私の住む町の保育料は認可保育園でも全国でもトップクラスの金額だ。しかも民設園だということで給食費の補助が一部を公立なら無料でやっていることを差別待遇で出さないみたいで、一部自己負担が上積みされることになった。
県境を超えて都内は全国最低で県内の半分ぐらい。だから都内の人に朝霞の保育料を話すとびっくりされる。でも、市のパンフレットの最初の方のページで、保育にはこんなにコストがかかっています、などと恩着せみたいなグラフが掲載されている。冗談じゃない。こういう表現は下品だし、そんな下品なこと言うなら、その前に保育所に預けている家庭とそうでない家庭の払っている住民税の差額も表現してくれ、と思う。

で、お見送りを終わって、保育園の最寄りの過疎地で、バスも1時間に2本あるかないかのところ、駅に向かうバスをひたすら待つ。バス停の前には市営の健康増進センターがある。といってもそれは温水プール施設。目の前を次から次にマイカーがやってきて、たくさんの人が入っていく。もちろん駐車場もいっぱい。マイカーでやってきて、中には加えたばこで降りてきて煙をまき散らす。どこが健康増進なものか。単なる遊興施設じゃないか。税金使って泳ぐなら、その前に歩け!と思う。

仕事で保育園を使って、全国トップクラスの5万円近い保育料を払って、住民税を納めているのに、バスが思うように来なくてタクシー代を払ったり、ときには遅刻して休暇切符を切られたりしている。このバスも鯖読みダイヤで、時間にルーズだ。

他方、遊興施設の利用料は400円。駐車場は200台分もあってこれはタダ。毎日通っても1万円程度しか費用負担がない。しかもバスでしか来れないような人はまず来ない。ほとんど資産格差の問題。マイカー持てるような人だけが遊びにくる。
※市の施設全般に言えるが、マイカー族を優遇している。マイカーでやってきた人には駐車場をタダで使わせるのに、公共交通を使ってやってきた人に何の優遇もしない。

保育園の送迎に路上にクルマを止めたら近隣の市外郭団体の職員に注意される。そこの職員たちも市役所が農家から借り上げている駐車場をタダで使っている。余談だが、市が借りた駐車場周辺の畑の賃借料は市街化調整区域にもかかわらず賃料の相場が高いらしく、保育園側で土地を借りようとしても価格が折り合えないでいるらしい。市が200台分の駐車場をいったいいくらで借りているのか、調べてみたい気になる。

私のようなマイカーのない人間は、バスを使って不便に耐える。バスがほんとうに来ないから、1日1回は、自宅→保育園・保育園→駅・駅→保育園・保育園→自宅の行路のどこかはタクシーを乗らざるを得ない。
10年ぐらい前の参議院議員選挙で民主党の候補の実働部隊がないからと、朝霞地区の街頭行動、とりわけ応援演説をさせてもらったが、そのときに駅前で「税金を納めるだけの人と使うだけの人、そんな分断を克服したい」と絶叫させていただいたが、10年経って公共事業が減ったのなんの言っても、本質的には何も変わっていない。それを実感させられて、気分はブルーだった。

●たいそうな理念的な保育方針とか、教育方針とか、そういったものより、本当に日々の生活の場を整えて、誰にも門戸を開けるということだけでもできることが、たいしたことなんじゃないかと感じるこの頃。
感動的な保育方針を具体化できるのはほんとうに運まで含めて恵まれた保育者だけだと思う。

普通の保育園でよい、ただ預かるだけの保育園でもよい。そこでただ、差別しない、先入観を持たない、預ける家庭の背景事情を尊重する、それだけでもできている保育所も保育者も少ない(それがどんなことかは石田衣良「池袋ウエストゲートパーク6 灰色のピーターパン」の「駅前無認可ガーデン」を読んでほしい)。

あるいは泥だらけになったりうんちを漏らした服を水で濡らしもしないで親に突っ返すような、つまらないサボタージュを「親の自覚のため」と豪語してしまう保育者もいる。そこで濡らしてビニルに放り込んでおくだけで、後の洗濯の手間が全然違う。その分子どもと関わってあげられる。
保育園の帰り道にスーパーがあるからと立ち寄っただけで怒られる保育園があるという。保育園の大荷物担いで子どもを連れてスーパーに行くことがどれだけストレスを掛けているのか、立ち寄りで買えば10分で済むことが30分かかり、かえって子どもたちの食事の時間を遅らせてしまう。

「親が親たれ」「子育てとは…」などという神学を説くヒマがあったら、たいした労力を使わなくてできることなら、他人の役に立つことをやっておくべきではないかと思う。

年度替わり、いろいろ保育園について考えてしまう。

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2007.03.30

3/29 住宅を守るラビリンス

帰宅後、和光市議・松本さんのちらし配りを手伝う。家庭の事情で本格的な支援はできないが、選挙の追い込みなので、いろいろな知り合いから支援の誘いを受けて、少しずつこなしている。
ちらし配りすることは面白い。そのまちのくせみたいなものを知るには効果的だ。旧保谷市が一番配りやすかった。小さな家が狭い路地をはさんで並んでいて、ちらしが投函しやすい。大きな道が整備されているまちが一番配りにくい。
防犯に犬を飼うといいというのも実感する。見たことのない人が通ると、たいていの犬は吠えてくる。路地にそういう犬が一匹いると、結構プレッシャーだ。できるだけ香水とか犬を刺激するようなものはつけないようにしている。地図を虱潰しに塗りつぶすように歩くから、路地裏まで歩く。高級住宅地におもわぬぼろ家があったり、意外なところに屋敷町をみつけたりする。

和光市では、よく言われる和光市の南北格差を体感。基地があったり市役所や銀行が集中する南側は地下鉄の開通に備えて大胆な区画整理を行った。それに対して区画整理の行われてこなかった北口側はラビリンスと言ってよい。逆にそのことが、クルマ通りのない閑静な住宅群にとっていい環境かも知れないと思う。以前は住所も通し番号だったので、土地勘のある人じゃないとなかなか入り込めないところだ。ところどころに立派な農家のお屋敷がある。小高い丘の夜道から見える都内の夜景が美しい。

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2007.03.26

3/26 自発的リサイクル業規制に違憲判決

ごみ捨て場から資源ごみを持っていく草の根リサイクルを規制する条例に違憲判決が下る。
私の主張している主旨とは違い、法律技術の問題で違憲とされているし、廃棄物処理法が許した範囲でしか地方自治体が規制はできないとした判決の論理は、政治合意である地方分権の文脈からは問題だと思うが、リサイクルを誰が行うのか、ということに一つのリセットがかかったことは喜ばしい。

資源ごみを集めて資源化することは、生活保護に頼らず貧しく生きる人たちの生活の糧である。役所に甘えるな、努力しろ、というのが規制改革イデオロギーだったはず。しかし、こうした弱者が自律的に生きるシステムに限って、なぜか役所が独占することが進められた。高度成長期なら、そうした弱者は公務員化されてごみ収集などの現業部門に吸収されたが、今はそれが人件費搾取のひどい民間事業者に委託されている。

ごみ集積場が荒らされるというなら、指導すればいい。何も無くなった人が、手と足だけで食べていける方法を地域社会に残しておくことは大切じゃないかと思う。生活保護を切ったり、健康保険をうち切ったりする前に、こうしたことを大切に温存していく知恵が必要なのではないか。

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2007.03.20

3/20 大都市のパチンコ業者を守る最高裁

稚内に600キロも離れた札幌のパチンコ屋が出店しようとしたことに対し、地元のパチンコ業者と社会福祉法人がタッグを組んで児童遊園を建設して妨害したことが違法との最高裁判決。裁判官は藤田氏。

社会権を無視し、財産権ばかりを強調した歪んだ判決と言える。風営法の規制を利用することが違法なら、風営法自体が違法とする判決である必要があるんじゃないだろうか。

パチンコ店だからこんなアホ判決が通るんじゃないかと思う。もしこれが売春産業だったら、こんなアホ判決が出せただろうか。石原慎太郎がやってきた公共施設をタテに取った歌舞伎町の浄化作戦なんか、業者が裁判に訴えれば違法とならなくてはならないんじゃないか。

こうした判決が出た以上、公共施設をあらかじめぼこぼこ建設するしか、地域社会がパチンコ店の乱立に歯止めを掛ける術はなくなってしまった。財産権の自由の前には、社会秩序はもちろん、憲法で生活を守る権利すら否定される。権利ばかりで責任がないとか何とか偉そうなことを言う人たちはこういう自体に抗議しているのだろうか。

さらには地域経済の問題もある。北海道の最果てにまで、札幌の資本が富を収奪にかかっている。パチンコ店が悪いとは言い切れない。しかしできればそれは、地域社会の見守りの中にあった方がいいし、ギャンブル性の強い産業である以上、地域社会にお金が還流するシステムの中にあるべきだろう。しかし札幌の業者がやってきて稚内の人たちを最低賃金すれすれの賃金で雇い、残りは札幌にもっていってしまうとすれば、まさしく僻地の富の収奪になる。

疑惑だらけの最高裁の判決には眉唾をした方がいい。

●朝日の夕刊の「安倍政権の空気」という連載記事がうさんくさい。毎度毎度、安倍シンゾー人脈のヨイショが続く。横浜のヤ●ザの政治部、菅義偉の圧力に屈しているのだろうか。今日は、山田厚史論説委員が書いた記事だが、残業代踏み倒し法案を推進した八代尚宏をヨイショしている。観念的平和主義には甘いのに、規制緩和に無批判で、社会的弱者に厳しい新聞だ。

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2007.03.14

3/14 発光ダイオードの看板規制へ

志木駅前のパチンコ店(いっぱいありすぎてどこだかわからない)が巨大な発光ダイオードの看板を設置してかれこれ1年、最近、輝度や点滅の頻度がひどくなってきている。

この発光ダイオードの看板については、口と足を使う仕事から、目を使う仕事に変わってから、癇に障って仕方がない。私でこれくらいだから、てんかんや、光過敏症の人にはとんでもない公害だと思って、新座市の建築課に電話で問い合わせた。広告看板については県条例の規制になり、近々こうした発光ダイオードの掲示板について規制の検討を始めるということらしい。
発光ダイオードの看板を使う業者は、ダーティーな業者が多くて政治的横やりがいつ入るかわからないが、ひとまず前進しそうだ。

新座市の担当者の話では、このパチンコ店に関する苦情はまだ来ていないらしいが、他の街道沿いの店の発光ダイオード看板の点滅と輝度で、プロ運転手から事故の危険性があると何度か苦情をもらっているという。

発光ダイオードの看板がいけないというのではない。美観を問題にしようとしているわけではない。てんかんや光過敏症の人にとって、あるいは目を使う仕事をしている人たちの立場に立ったバリアフリーの観点から、明らかに公害だということだ。

余計なことも考える。コンピューターゲームに熱中したりテレビの「見過ぎ」の子どもが脳の発達に問題があるなどと、あやしげな脳科学者の言説に騙されて盛んに宣伝されている。98年のテレビアニメ「ポケットモンスター」を視た子どもたちがけいれんを起こして以来、過激な色や点滅を多用する画像情報が問題になった。テレビや映画、ゲームなどで映像の使い方について自主規制がされ、それでも存在そのものが良くないという議論が展開されているぐらいなのに、それを議論している大人が、こうした大人自身の問題になると誰も何も言ってきたいない。道路や駅前広場という公共に面したところでの実質的な「公害」は何も議論されてこなかったし、義務と引き替えにしか権利を明け渡さないような物言いしかしない政治家たちも、こうした公害企業の財産権は野放しにしてきた。

あとこのパチンコ店の使う客の自転車が駅前広場にどっさり駐輪している。新座市の駐輪取り締まりは、通勤客の利用する時間だけやっていて、日中以後は大甘だ。昼過ぎになると自転車だらけで、危険で仕方がない。ギャンブルの欲にくらんだ人たちは、自転車の止め方もめちゃくちゃで、きれいに並べて止めることすらしないのでそこらじゅうで歩行障害になっている。順法精神があるのは、通勤客かパチンコ店の常連かきちんと判断して違法駐輪の取り締まりをやってほしい。

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2007.02.20

2/20 見えないところで

ようやく子どもが認可保育園に入れることに決まったようだ。不便なところなのでほっとはできないが、それでも体が大きくなって、走り回ったり大声あげたりするのには、今よりずっと状況がよくなると思う。

●エコノミスト「危ない自治体」を読む。これまでの福祉事業や人件費批判中心の記事から、ハコモノ行政や、裏補助とも言われる交付税で手当する起債事業への批判が中心になってきていて、バランスが取れてきたと思う。
社会サービスと自治体の財政が反比例ではなく正比例関係にあるという論調が取り上げられるようになってきたこともよかった。
山形県新庄市のレポート(小林美希さん)、首都圏自治体のこと(松本武洋さん)、財政の健全度がサービス格差をもたらす(北條大成さん)、財政再生制度の説明(宮脇淳さん)、自治体の使命は社会サービスだ(神野直彦さん)の記事がよかった。

市場化テスト最前線の自治体の職員の座談会はあまり良くなかった。「企画や政策法務など市のアイデンティティーに直接関わる業務は、全面的な民間開放さえも不可能ではない一方、(中略)窓口業務、福祉業務などが民間開放できない。ここに大きな矛盾がある」という発言は、違うように思った。企画や政策法務が民間委託するのにふさわしくないという理由こそおかしい。企画や政策法務の分野に市民事業が乗り込んで業務受託することが問題なのだろうか。さらには大きな話になってしまうが、アメリカにあるような政治任官制や、イギリスやオーストラリアの議院内閣制と比べると、政府の中枢にプロパー職員しかいない状況の方が例外ではないかと考える。

朝霞市の財政危機の状況はどうだろうか。財政の数値はとりあえず良い。しかしここのところ公共建築が次から次に建てられているし、基地跡地利用をめぐっての負担問題が大きくなっている。新庄市の後追いをしていることを感じる。団塊の地域参加とか、いろんな理由でこれ以上、集会場などを増やすことのないようにしてほしい。
朝霞市の職員の数、人件費は、自治体の規模の割に少ない。しかし市役所は「できない」「やらない」という仕事が多い(すぐやる課のように雑用をしてくれとは思わなくて、ニーズがあるから考えたらどうか、と投げかけても考える前に自分たちの常識のなかでやらない理由を並べるということ)。また、問題解決につながる相談とか調査とかノウハウの支援とか監督という仕事が弱く、問題を放置すること(やりっぱなし)になりがちな事業発注と補助金の交付が中心業務になっている。小さな政府で財政規模は小さいけども、効果から逆算すると、実はものすごいコストのかかる市役所だとも言えるのではないかと思っている。
財政の健全度と社会サービスの記事では、埼玉県南部の自治体は財政が豊かなのに保育料が高いと指摘していた。配られた「保育園のご案内」には、子ども1人あたりの保育コストが載っている。知らないよりは知っていた方がいいが、これだけお金使ってやっているんだ、という姿勢も感じてしまう。でも保育料の方も高いんだ(保育サービスをこれ以上恩着せがましくされる危険性があるから下げろとは思わないが)。

●今週号のAERAは、地味な記事ばかりだけどいい。
①このブログでも取り上げたが、NHK7時のニュースがおかしいということの種明かし。「産む機械」発言を1放送1回以内、テロップでは10秒以内、野党の批判も「産む機械」そのものの批判発言はカットされたなどの事実が示され、NHK報道局内の会議でも自粛を徹底するよう求めたことが伝えられている。同時並行でNHK予算審議があったり、菅義偉がNHK受信料値下げ発言を繰り返すなど、ブラフをかけられ続けたことも取り上げている。
②ディスカウント家電店の記事。儲けの源泉は、納入業者やメーカーへのたかりとも言える販促費補填の裏契約の存在だという話は、以前身内にそういう客相手に仕事をしていた者がいて身につまされる。納入と引き替えに無償労働力、どうみても不公平なリベート要求、無償労働力として送り込んでいるアルバイトが不始末をやらかせば多額の損害賠償を要求され身銭を切らされた話とか、商談よりそんな話ばっかりだった。
「有名タレントを起用したCMを流したから仕入価格を一律数%下げろ」「他店より1円でも高い場合は、ってよくあるでしょう。こういうリベートの存在で身を削っているのは、販売店ではなくメーカーてなんです」という生々しい証言も書かれている。
でもこうした店で買い物しないと決められない自分の弱さを見る。
③「インフルエンザの感染・通勤電車が最も危険」ほんとうにそう思う。記事中で、せきやくしゃみで口を押さえない人の問題を指摘しているが同感。共働きで子どもを抱えていると、ちょっとした風邪持ち帰っても、1週間から2週間は時間繰りが綱渡りの生活になる。電車でウイルスまき散らしているのを自覚しない人には、傷害罪で訴えたり、損害賠償を請求したいぐらいだ。

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2007.01.31

1/31 川口市の生活道路時速30キロ規制を評価する

もう1月が終わる。営業日数が少ないから、ばたばたばたと仕事が通り抜けていった。まだ職場で「新人」と呼ばれ続けていた(バブル崩壊で営業職以外は後輩が入らなくなった)95年の冬のボーナスで買ったお気に入りの毛織物のロングトレンチコートを11年も着て、もうたいがいすりきれている。探しているが、ここ数年はロングがない。トレンチは毛織物のがない(超高級品ならあるけど)。今年は暖冬でよかったと思う。
今日、少しショックなことがあった。いろいろなことがわかる。

●川口市が、生活道路全部を時速30キロ制限にするという。ほんとうはハンプをつけたり、一方通行にしたりして、物理的にクルマが使いにくい道路にしてもらいたいが、予算の限界がある中では、こういう規制でやるしかないと思う。とにかくいいことだ。人が生活のために過ごす生活道路の規制速度が無し=時速60キロでありながら、表通りの制限が時速40キロなんて逆転現象も珍しくない。制限時速を下げることで危険運転致死傷罪適用へのハードルも低くなる。

●書店で見たNHKブックス「障害者市民ものがたり」が気になる。著者は、昨年亡くなった大阪の障害者の方の追悼会で司会をされていた河野さん。帯の「バスに乗ることさえ闘いだった」という言葉を見て、ほんの15年ぐらい前まで、公共交通機関が介助者のない障害者を乗車拒否していた話がちっとも珍しくなかったことを思い出す。障害者に対する感覚がずいぶん開かれたものになったと思う。まだまだだけども。

●過日、朝霞市の児童福祉課が市ホームページの認可保育所の案内で各保育園のHPのリンクを切ったことが問題だ、と書いた。恥ずかしいことに、私の事実誤認で、認可外保育所の紹介に各園のHPのリンクが貼ってあったものと勘違いしたものだった。児童福祉課に謝罪のメールを送る。
だからといってHPですでにある情報を紹介しないのももったいないことだし、各認可保育園が作っているHPの質も高く、掲載しないよりした方がいろいろな意味でいい効果が期待できるので、検討するよう求めた。

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2007.01.27

1/26 住民合意と行政権の独立→暴走

昨日のブログの議会の記事に関して、自分自身の振り返りから。

質問の場としての議会だから生産的な議論ができない、行政の追認機関になってしまっている、というような問題提起を紹介したが、実は、これは行政部局が行う、各種の審議会、委員会でも同じことが言えていて、行政が原案を説明した後、委員が質問を繰り返し、行政をうならせたり、案を修正させると仕事をした気になっていたりする。えてして、行政追及型の委員と、行政をヨイショするだけの委員が、行政に自分の意見が正しいと言わせるだけの対抗関係しかない。

しかし、本来は会議の場なのだから、委員どうしが自ら考えて、文章化して、提案するぐらいやらないと市民参加ではない。また、行政が提案したとしても、委員どうしで議論して委員の自治能力として結論をもってこないと、市民参加なんかやっても行政の意のままである。
私も朝霞市の地域福祉計画の策定でもそれを心して関わった。行政にいちゃもんをつけるだけの参加では面白くない。そういう時間があったら、作ること、決定することにそもそも市民参加をやっていく時間に使いたかった。2年間は委員長もそういう方針で、行政に意見を引き出すような発言は「われわれがどう考えるべきか、そういう立場で意見を発表してください」とよく軌道修正していた。
行政にいちゃもんをつけている範囲では、行政権の不可侵性に何の挑戦もしていないのだ。施策の決定権を市民に取り戻すためには、市民どうしで話し合い、合意や落としどころを醸成していく討論が重要なのだ。

地域福祉計画の原案を作った策定市民委員会では、公募市民による委員どうしの議論、調査活動をとても重視して、活発に行われたことがよかったし、実際に原案作成から手法の開発まで市民が市役所やコンサルと調整しながら主体的にやってきた。
上位の意志決定をする策定委員会では、行政に答弁を任せきりにせず、私を含めて3人の、原案を作成した市民委員会と重複する委員が、明らかに行政が説明すべき事柄以外は、スケープゴートになる覚悟で、有力者からなる委員たちからの質問から批判まで引き受けた。実際、特定の委員からスケープゴートにされたけど、市民自治という観点からは、行政だけが批判の矢面に立つことは良くないわけで、進歩もなく毎度私を目の敵にしてきたその委員にはいろいろ思うところはあるが、スケープゴートになったこと自体はまぁいいかと思っている。

●群馬県伊勢崎市が、市町村合併のアメとして発行を認められる合併特例債を財源に大観覧車を作ろうとしていたことが報じられている。市町村合併の本質が見えてくるような話だ。

合併特例債とは、市町村合併をした自治体に、合併で必要な施設を作るための費用を借金できる仕組みで、その70%分の元金と利息の返済を不交付団体以外は地方交付税で国が面倒見る、というもの。財政の効率化という目的のためにばらまきが行われたのだ。

総務省は、新市役所とか、旧市町村境を超える道路が少ない地域の道路造りとか、さも必要最低限のものしか認めないようなことを言ってきたが、実は伊勢崎市のように街のシンボルだかなんだか理由をつけて観覧車を作るような自治体もあったわけだ(公共事業にたかりたがる人間たちとそれを煽る建築家は空虚な思想を騙り●●のシンボルという言葉で無駄をカモフラージュするのが大好きだ)。今頃になって総務省が事実上の疑義を示しているが、そもそも市町村合併の計画段階で、県庁や総務省に、特例債による事業計画として打診されているはずだ。総務省は今頃住民が騒ぎ出したからと、疑義を示しているにすぎないのではないかと思う。

財政が悪い、高齢化社会に耐えられないと、市の様々な事業を民営化したり、リストラしたり、生活保護を出し渋ったりしている一方で、みんながほしがっているからと、観覧車のような「民でできる」事業に市役所がお金を散財するということがほんとうに理解できない。公園、スポーツセンター、温泉・・・、娯楽でしかなくて本来は民で事業化すべきことを、市民、議員、工事業者、運営受託予定事業者などがコンサルタント会社を使って、ワークショップなんかの手法で「他人の意見を否定しない」などのルールを押しつけられ、よってたかって、あったらいい、夢のある施設、と話を持ち上げて、税金を使うことを合意させられる。夕張じゃないけどえてしてそんないい加減な構想で作られた娯楽施設など運営がうまくいかなくて、赤字になって、外郭団体などへ借金の飛ばしや、不正な会計操作でまちの財政にもっと大きな穴をあけていく。そうした施設を作って、儲けているのは誰だったか、よく考えるべきだろう。

伊勢崎市民の名誉のために付け加えておくと、建設反対を訴える署名には、2万人もの市民が署名をしたようだ。賢明な判断だと思う。朝霞市なんか、老朽化した温泉を廃止する合意すらつくれなくて、休止といって誤魔化している。伊勢崎の観覧車建設は、みんなが欲しい施設、という前提そのものが崩れていて、何の公共性もない事業であることがほとんどはっきりして決着がついたのではないか。

●なかなかわかってもらえないが、すべての職場に労組があるべきだ、という理念を持つ労働組合の職員にも当然労働組合がある。その組合のレクレーション事業について、隣席の担当者が昼休み悩んでいた。要望として高かったのがディズニーランドだという。うーむ。レクレーションには違いないけど、ディズニーランドを組合で行く意味があるのかなぁ。消費と相互扶助と生産と切り分けたときに、組合行事ってどこに入るのかな。ディズニーランドって、与えられたものを買うだけじゃん、と思う。それなら私的にやった方がいいんじゃないかな。浦安市と夕張市の成人式の対比のように、好き嫌いも結構分かれるし。

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2007.01.25

1/24 活動的な高齢者に犠牲にされる埼玉県財政

埼玉拘束鉄道の延伸について、既成事実のデータの積み上げがどんどん行われている。「検討委員会」が開かれ、岩槻駅の位置、急行運転のための技術的問題、需要予測の再計算がテーマだったよう。

こうした県民の手の届きにくい場所で、勝手に「合意」が積み上げられ、建設しないという判断ができないようになっている。需要予測や「経済効果」などという根拠薄弱な数字が一人歩きして、埼玉高速鉄道など、不必要だという人の肩にも県民負担としてのしかかってくる。

経済効果として、財政を支援した埼玉県に何かいいことあるかというとそんなことはない。市街化調整区域が駅前に化けて儲ける地主たちのための経済効果だ。

そういう現実をカモフラージュして、子どもがおもちゃをほしがるような手口だが、このツケは、買っても遊んでもいない子どもたちの手に残る。埼玉新聞は「委員からは「活動的な高齢者が増えることを念頭にした需要予測を」との注文も出たという」と伝えてるが、まさに物取りのような活動的な高齢者のおかげで、そのしわ寄せは子どもの将来不安や、活動的になることができない高齢者や障害者が犠牲になる。

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2007.01.21

1/20 地図があらわすアメリカ社会化

午前中、管理組合理事会。来客用駐車場に常駐していたクルマに注意ステッカーを掲示した翌日に灯油をまかれる事件があり、その善後策を話し合う。
午後は、管理組合支援のNPOの会議。2011地デジ化と東京タワー移転によって、マンションがひきおこす電波障害範囲が変わるが、そのことのコスト負担を危惧して対策に取り組んでいる理事から国との交渉の報告があった。
マンションの影で電波障害を受けている周辺住戸への対策はマンション管理組合が行わなければならない。通常は建設時にデベロッパーで対応がすませてあるが、この変更のために、新たに受信障害になる住宅への対策や、従来の受信障害対策設備の撤去費用など、管理組合が7桁のコスト負担をしていかなくてはならくなる可能性が高い。
このことに対して国が全く影響調査もやっていなければ、コスト負担のあり方について検討してこなかったことが判明。国会は社民党も含めてノーチェックで法案が通っている。これまで電波障害対策については原因者負担という考えでコスト負担を整理してきたが、今回の場合は原因どうなるのか、また地デジ化による受益者は誰かということが今後の論点になるようだ。
余談だが、政党へのアナウンスを行ったようだが、こうした対応では肝心要の与党J党で対応に出た議員(大阪で旧社会党から移籍したらしい)は「マンションなんてお金持っているんだから自分たちでやったらどうですか」と返したらしい。最近、改革イメージで粉飾しているJ党も、こういうところで都会人の味方ではないと馬脚を表すのかもしれない。マンションに住むJ党支持者の離反を招かないためには、この担当を外した方がいいと思う。
地デジ化の動機は、①テレビ受像器や受信設備の買い換え需要の喚起(電機業界の金儲け)、②NHKの受信料管理の厳密化(受像器の所有者を全部管理できる)、③開いたアナログ波の電波の転用(ドコモやauに対抗する携帯電話業者が電波枠をよこせと騒いでいる一件と関係ありか?)のようだ。
テレビ業界は、女子アナ使ってふざけた啓発CM流しているが、消費者はいい迷惑だ。テレビを見ないという選択肢が一番いいのだろうけど、万難排して見たいと思うような番組に限ってNHKが流していたりして、悩ましい。

●テレビ番組「あるある大事典」の番組ねつ造が大騒ぎになっているが、テレビで芸能人の口から流される科学情報をまともに信じる方がバカじゃないかと思う。テレビの流す情報は視聴率と広告代理店経由でのスポンサーの介入で成り立っている。普通はコストか労力かけて集めるべき情報が、ブラウン管からタダで流れてくるのだから、PR会社の仕込んだ調子のいい情報が流れがちだということは覚悟すべきだ。どうしても正しい情報をくれというなら、対価を払って情報を手に入れるべきだろう(対価を払っている新聞や雑誌だって、大きなお金で情報が変わることがあるぐらいだから)。
それで健康障害があるならともかく、今回は納豆食べるとダイエットだっけ、納豆が体に悪いことなんかない(納豆菌そのものは猛毒らしい)し、ダイエットはできなくても花粉症対策はじめ免疫系のトラブルには効果があるんだから、裏切っただのとかまびすしく文句いうなって、思う。

●あす行こうと思っているイベントの会場について調べていたら、サイタマ県がアメリカ型のクルマ社会に移行していることをつくづく思い知る。
日本の案内地図にはたいてい駅が入る、と中学校のときに講談社プルーバックスで読んだことがある。会場の地図を探していたら、主催団体以外のものでは駅のない地図しかない。駅から徒歩15分らしい。季節が良ければ歩くけども、とても寒そうなのでバスの時間を調べようと思ったら、どこにもバス路線は書いていないし、どの地図上にもバス停も書いてない。この施設を利用したい人はマイカーで来てくださいということかな。何とかバス会社のHPを探したけれども、東武バスの分社化でこの地域のバス路線は粉々になってサードパーティーのバス会社ばかりだから、バス時刻表のHPが整備されていない。始発のバス停の時間は出ていたので、何とかそれで予定を組めるかな。ここまで苦労してバスを使う人って、私のようにマイカーを拒絶している人しかいないだろうなぁ。

●古い話になるが、今年の歌会始の御製は「務め終へ歩み速めて帰るみち月の光は白く照らせり」。労働歌のようで天智天皇の百人一首のうたを思い出す。それと、苦難にみまわれる給与所得者をうまく描いたんじゃないかと思うのだが、子の命名に因果があるように感じるうたでもある。

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2007.01.08

1/8 町内会の先祖返り

午前中、地域福祉の高齢・障害者の危機管理プロジェクトの集まり。おおまかな当事者ヒアリングの質問項目と、ヒアリング先のアポイントメント状況の把握を行う。
福祉の当事者には、自分の思いをうまく伝えられない人とか、ほんとうに困っていることを恥ずかしがったりして話してくれない人がいる。少しでもその人のほんとうの思いを聞き出すためには、流れを大切にしようということで、あまり細かい質問項目にしないことにする。あと質問項目というのは、細かくすればするほど、最初から回答を予測できるものになってしまう。
こういうことは、交通評論家の故岡並木さんが、武蔵野市のコミュニティーバス・ムーバスの開発で、探ったやり方で、高齢者の真のニーズを引き出すのは統計数字ではなく、思いのたけだけ話してもらうことと、その人たちの生活をきちんと記録することで、それができるコンサルが当時は1社しかなかったと話してくれたことを思い出す。
来てくれた方から農園で栽培した大根をいただく。あまりにも大きいのでびっくり。おでんにして楽しむ。

●話のなかで怖い話を聴いた。
朝霞市内のある町内会で、国民保護か、防災かどちらかで、住民全員に●●隊長というようななにがしかの役職を、頭ごなしに強制的にふった話をきく。親の介護があるので断ったら「名簿が汚れますよ」と脅かされて押しつけられたらしい。本人の信条からも、そうしたことは嫌だという。しかもその住民名簿を市役所に提出するようなことまで言われたらしい。
自治会・町内会とは法人格のない任意団体でしかないのに、行政が住民合意をめんどくさがって町内会長だけに何でも相談して合意を取ったり、土着の地方議員の後援会組織と二重写しになっているから変なハクがついているけども、裸にしてみれば、期待されている役割は職場の親睦会のようなものだ。
それが、住民の生活や思想信条を実体上縛り、役所が要請もしていないような相互監視を始めるなら、それはとても危険な行いである。そもそも町内会が、先の大戦に備えてつくられた隣組から始まっていることからも、十分にその過去の過ちについて留意して運営しないと、システムはそんなに変わっていないから、再びとんでもないことになる。

ホワイトカラーエグゼンプションにしても、規制緩和にしても、「官の規制」を緩めて何が怖いかというと、我が国の社会の場合、自由のために制度が解放されるのではなく、公認の権力による規制がなくなるかわりに、末端の小さな組織で相互監視を行ったり、人権の蹂躙を行うようになることである。そしてそれはしばしばパワハラ的な無法なやり方を伴うことになる。

町内会・自治会は大切で、新住民やマンション住民はこうしたものに入らないから大問題だ、という「地域の人」や市職員が少なくないが、一方で、私は住民の多様性や自発性を無視したような運営、既得の発言力を温存したままで、新住民や後から参加してきた人間を使役するだけの町内会・自治会があることに嫌悪を感じている。市役所が町内会・自治会を重視して、引き続き市民の合意形成を図るなら、町内会・自治会の改革を促進するような、役員研修の実施(ありがちな市の経費で買ったり借りたりしたバスでの温泉旅行じゃなくて実体内容のあるもの)や、民主的かつ法律が守られた運営がされているかの監査制度の整備、苦情解決機関の設置を行うべきだろう。

私は、先日あった朝霞市の国民保護計画に対する意見で、住民自治組織や防災NPOなどの法律を逸脱するような行いや、善意に満ちあふれた人権蹂躙に対して、苦情解決できる手段を整備すべきだと意見した。残念ながらその危機感は間違っていなかったと思ってしまう。

もっとも、こういうことをする会長のいる町内会、自治会の会員は、きちんと会長の首に鈴をつけることが大切じゃないかと思う。あの会長をやめさせたら自分がやらされるんじゃないか、などと不安に思うかも知れないが、最後には、自治会・町内会がなくたっていいやと思うぐらいに腹をくくれば怖くない。誰のための町内会なのだ、と。

●昨日の報道特集は珍しく北朝鮮特集ではなかった。安倍政権が圧力をかけているからだろうけど、毎週毎週、北朝鮮情報の垂れ流し、ごもっともなんだけど飽き飽きだ。聞いた話もたくさんだし、もっといろいろな問題を報道してほしい。
今回は、福岡県西方沖地震で半損壊した福岡市博多区のマンションの再建が報じられていた。欠陥建築をしたために柱も壁も破損しているにもかかわらず、マンションデベロッパーの無責任がまかり通る制度と、住民を恫喝したり、お金や管理組合への政治工作で口封じを図るやり方に見ていてムカムカしてきた。

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2006.12.26

12/26 道の真ん中を歩けない地域住民

わき見運転で散歩中の保育園児が轢かれた事件の後追いで、川口市の「事故防止策」を朝のNHKニュースでいいことのように報じていた。

現場の映像が出てきたが、大人の肩幅程度の「歩行者ゾーン」を色分けしたこと、これで歩行者と自動車が分離できると、市役所のアナウンスのまま報じていた。
今回の事件の問題は、生活道路で子どもがクルマに轢かれたことであり、時速50キロでわき見運転したことである。
現場の映像を見る限りでは、歩行者は車道から分離されたことにされてしまったが、クルマにとって分離はされているとは思えない。まして、わき見運転でハンドルがずれたクルマから歩行者を守ったり、事故の衝撃を軽減する対策はまったくないと言ってよい。ペンキ屋が儲かっただけである。実際、映像の背景では次から次に通る通行人が道の真ん中を歩いていた。雨の日だし当然だろう。ペンキの塗りたくりは、人間を道路のすみに追いやる非生活的思考の賜物である。

歩行者とクルマを分離するというのは第一の対策だが、物理的障壁のないようなかたち(ガードレール程度でもほとんど意味はありません)で中途半端に分離することは、かえってクルマの横暴な運転を許すことになる。「歩行者が道の真ん中を歩くな!」とつぶやくドライバーは珍しくもない。中途半端な歩行者とクルマの分離は、生活道路でも速度を抑制しないドライバーの意識をつくり、死亡事故の原因になる。
むしろ生活道路では、歩車共存という考え方をすべきという考えもある。商店街のように歩行者がたくさん歩いている道路や、公園のようなつくりになっている道路では、クルマは走行速度を相当抑制し、かつ歩行者に注意しながら走行することになる。当然、走行速度を抑制したり、流入するクルマの量を抑制するための対策、ハンプの設置や通り抜けができないような一方通行規制などを組み合わせることは必要である。

道路の色分けは、30年以上前、朝霞の駅前通りでも行われた。小松定男さんという朝霞選出の社会党県議の広報で革新県政の成果として書かれていた記憶がある。死亡事故は1回しか起きてはいないが、以後安全だったとは思えない。あえていえばごちゃごちゃした通りだったので、通るクルマのほとんどが低速で走っていたから、事故になっても大事に至ることは少なかったといえる。

お隣の新座市を見ていて思うが、最近、道路にやたらめったら行政が色を塗りたがる。新座市の場合は路上禁煙だ。しかし実際に取り締まる人がいないから、近隣他市に比べて有名無実化している。行政が訴訟を起こされたときに「対策しました」という言い訳だけの道路の塗りたくりにしか見えない。地方選挙も目前にしてこの道路の塗りたくりに談合はないのか、いろいろ考えてしまう。

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2006.12.10

12/9 路上喫煙条例の成果

午前中は、地域福祉計画の、高齢障害者の危機管理プロジェクトの打ち合わせ。全体的な日程と、当事者ヒアリングのダンドリが決まる。家族の状態や障害種別によって危険と感じることの内容は全然違うし、災害などの後の過ごし方も全然違うことになるので、少し細かくなるが3ヵ月ぐらいかけてじっくりヒアリングをしていくことにする。
東松山の福祉の話が出てきてなかなかいいらしい。

午後はマンション管理組合の支援組織の理事会。自分の宿題ができていなくて恥ずかしい。

夜、大切な友だちの赤杉さんがコメントするというので「これからの多様な性&家族&ライフスタイル」に出ようと思ったけど、雨の中荷物を抱えて移動するのに疲れて、帰宅してしまう。最近、自分の根性がなくてやりたいと思ったことの半分もやっていないことに情けない思い。

●路上禁煙条例がスタートして、不徹底じゃないかという不満を何回か書いた。
4日の埼玉新聞で、志木市の状況が報じられている。条例がつくられる前より良くなったが、ゼロにはならないし、開き直る市民もまだいるという状況。
私の感覚では、朝霞市、志木市、和光市の順で少なくなっている。朝霞も条例施行直後は悪かったが、11月に入ったぐらいからだいぶ少なくなった。それでも保育園の送迎で、平気で路上で喫煙している人は1人はいる。
条例施行後も状況の悪いのは新座市。志木駅南口はほんとうひどい。家から志木駅まで1回通る(約5分)と3~5人は喫煙者がいる。それも罰金徴収の対象地域でだ。新座市の職員が、禁煙指導したり、罰金徴収をしている姿を見たのは1回だけしかない。新座市には法律を守って仕事してもらいたい。
4市共通していることだと思うが、罰金徴収をしている人がいないことも問題だと思う。千代田区は容赦なく罰金を取る。禁煙を否定する論理は百と出てくる。どれもこれも幼稚な理屈だが根強い。そういうことには強権的にやるしかない。条例が嫌なら選挙で議員を替えて条例を変えればいいことだ。2000円程度の罰金、人権侵害になるものだろうか。だから指導・勧告・罰金徴収なんて段階をふんだことをするような条例に問題があると思う。

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2006.11.26

11/25 地場のお店を使おう

3つの予定を子どもを抱えながら渡り歩く日々。
午前中はマンション管理組合の理事会。後任の理事長が決まる。やる気のある女性がなってくれて、楽しみだ。

午後一番は、地域福祉推進で「お父さんの会」を普及させようというプロジェクトの集まり。第8小学校の103の会の佐々木さんがいろいろ構想を話してくださる。マネジメントがうまい。ちらしもうまい。

最後は、夜、市内で早くから福祉活動に取り組んできたNPO法人メイあさかセンターに呼ばれ、市の行政委員をやっている市民から見た朝霞市の話を聴くというテーマの連続講座で、行政改革の話をされた西内さんと同席して、地域福祉計画作りとは何か、説明してほしいというのでお話にいく。
社会福祉基礎構造改革の基本をなぞって説明し、次に朝霞市の計画策定にあたった調査結果から、半分ぐらいの市民が孤立の状況にあって、かつ役所の相談機能も弱いので、ひとたび何か生活の危機があれば途端にセーフティーネットから外れてしまう、と話す。その状態は本人にとっても、行政にとっても負荷が強いので、くだらないサークルでもいいから地域の人々のつながりをつくることが大切だと話す。
司会から、団塊の世代に対する期待は、と聞かれて、町内会の世代間闘争でより民主的にする改革をやってほしいということと、市内で地場のお店でお金を使ってほしいと話す。
社会福祉基礎構造改革の最終答申もありますが、こちらは法案の骨子になってきていて、「現実化」のために福祉の理想像が若干トーンダウンしているように思えます。原型は中間答申の方がよくわかりますし、現実に地域で福祉活動を実践している方々の到達点は、中間答申のような表現にあると思います。

市内の地場のお店でお金を使う、ということは一見福祉に関係ないように見える。
福祉活動というのは、福祉専門職がやる援助のイメージが強い。それもそれでとても大事なことだが、よくよく支援を必要とする人の生活を見ると、そこには福祉の支援を必要としない人と同じように、買い物をし、何かを食べ、友だちと会い、排便をし、寝るという生活が、いろいろ変化があるにしてもある。
それぞれに接するところでの人々が、福祉的な工夫をしてくれれば、施設に入れたり、何から何まで医療や福祉の専門職が手助けしなくても生活できる人がいる。そういう人を増やすのが地域福祉なのだから、買い物や、食べるという観点から見れば、点字のメニューを置いたり、力の弱い人でも持てる箸やスプーンを置いたり、買い物ボランティアと連携したり、買った荷物の配送サービス(有料でもいい)などをつければ、支援を必要とする人たちもいろいろな楽しい機会に恵まれ、自分たちの力で何かできる、という意欲が生まれてくる。

しかし、そういった福祉ニーズをきめ細やかに拾い上げることができるのは、本社にお伺いを立てたり、あるいは本社から指示がなければ動けないチェーン店と違って、地域のお店ではないか、と思う(もちろんモスバーガーなど高齢社会を意識した営業スタイルに転換しはじめたチェーン店もある)。
点字のメニューを入れたり、知的障害者をうまく受け入れようとするのは、地域に愛情があって、地域の人をできるだけ受け入れようとする情がある店じゃないとできない(もちろん地場でも差別と偏見の強い店もある)。そういうところに市民がお金を使わない限り、民の力で福祉の力はつかない。

大手企業は、広告代理店を通じて、上手にマスコミに流すお金をコントロールして、自社に有利なように情報が流れるよう細心の注意を払っている。ところがわれわれ市民は、自分の使ったお金がどのように流れ、自分たちの生活がそれでどう変わるのか、便利さ以外はあまりにも無頓着にお金を使っているのではないか。世間のサイフの大もとを握っている消費者が上手にお金を使うことが、資本主義(しかもその中で日本はもっともアルコールのきつい新自由主義経済)下ではもっとも効率のよい社会改革になるのではないか。

参加者から、商店街の活性化などについていろいろ意見が出たり、いろいろな小集会を公共施設でやるのではなく地域の飲食店でやってみたらどうか、地方の人の方が収入が低いのに公益的活動にお金を出すよね、などと夜遅くまで話の花が咲く。

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2006.11.22

11/21 働く人たちの見えないところで基地跡地利用の議論がどんどん進む

基地跡地利用の市民懇談会の議事録が公開されていない。9月にそのことを市の企画課に問いあわせるためメールを出して、その直後に市役所を訪ねた機会に、市の担当者が「なるべく早く出すようにします」と回答をいただいた。さらにまた後にメールで返事があって、発言の議事概要をホームページで公表しています、という回答ももらった。私はてっきりこの議事概要が議事録に準ずるようなものなのかと思っていたら、今日に至るまでこれしか公表されていないので、おそらくこんなものが情報公開なのだろうか。

朝霞市はこうした市の委員会について、タイムラグはかなりあるにしても、きちんと情報公開をやっている。他の審議会・委員会は審議内容がプライバシーに触れないものであれば、発言者名と発言がほとんど全部、市のホームページ上でも容易に確認できるかたちで公開されている。しかし、最も市民参加・情報公開のルールをふまえなくてはならないこの市民懇談会だけが議事録がなぜか公開されていない。

基地跡地利用の市民懇談会の議論がどうもうまくいっていないという話を次から次に聴くし、委員長が参加者に暴言を吐くし嫌な雰囲気をまきちらすから次から次に参加者が減っているということを言う人もいる。また、基地跡地を公園であれ、医療機関であれ、商業施設であれ、開発しろ開発しろという声しか届いていない。開発しないで、税金を大切に使ってくれ、という意見はほとんどない。

有識者だけの基地跡地利用策定委員会の議事録に、市民懇談会の報告が出ていて、どんな議論がされているのか、ようやく輪郭が見えてくるが、まったくひどいものだ。
まず、議論のレフリーをしている工科系大学教授も、自治体が何をすべきかということを全く無視して、市民の欲しいをかたちにすればいいと思っている。
そして不動産屋代表の委員は、周辺の基盤整備を税金でやらせた上で商業施設建設をしたくて、商業施設建設をねじ込むことに必死だし、市民懇談会の代表として出ている委員は、朝霞市の持ち出しだけになる公園建設しか視野がないから、財源の議論をしないように要求している。どっちも全く納税者無視で税金を使う話しかしていない。
公園派は、隣の市の開発で100億円使う話を市長が「任せてくれ」と胸を叩いたことを評価している。そういう税金の使われ方をしてきたから、日本全国、自治体の財政がおかしくなったということをまったく認識しようともしていない。こんな納税者不在の議論をしている人たちの話を聴いていると、この町に住んでいることに不安を感じてくる。

金儲けのために商業施設(多分郊外型ショッピングモールだろう。田舎者!)を建てさせようとする人にするにしても、一部の高齢者の眼の保養と不良少年の問題行動のステージにしかならない公園にするにしても、財政シミュレートして、市役所に意見の言う機会がない大多数の勤労者の判断を仰がないような意思決定プロセスは、問題大ありだ。策定委員会や市民懇談会で好きなように発言している人の言うとおりになって、それで教育や福祉が犠牲になったら、誰が責任取るのか。先人たちの尻ぬぐいばかりさせられる若者に愛郷心なんて湧くわけがない。
財政規模300億の朝霞市で、100億の支出をする話である。そもそも基地跡地利用をする、という前提自体、否定すべきじゃないだろうか。そもそも、基地跡地利用なんてどこから出てきて話なのだろうか。それなら低層住宅と広いオープンスペースとしての庭にすることを限定して公務員住宅でも建てさせて環境保全を図る方がましではないか。

保育所の待機児童問題を何とかしろ、と言う私に、市役所は3億円程度の保育所建設費(しかも最低3分の1は国費補助あり)を恩着せがましく言われて、なおかつそれでもまだ待機児童の親のままである。税金を払ってまだ認可外保育所の高い保育料を払っているのに、一方で税金払っているかどうかもあやしい人たちが税金使う話ばかりどんどんまとめている。いっそ働くのをやめて、生活保護受けながら、市民懇談会の報告者のように、市から税金をむしりとる提案をした方がいいのかも知れない。こんなモラルハザードがあるなら、奈良市のことなど笑えない。
昔、朝霞市が運動公園や青葉台公園を買いまくったときに市立小学校、中学校に通ったが、ブラウン管の割れたテレビがいつまでも補修されないし、模造紙は先生たちが自腹で買っていた。これからの子どもたちに食べさせてもらう年金生活者は、そんなことを再び教育現場に押しつけ、子どもたちに不利な教育環境におくということを自覚してほしい。

市税の貢献者である市外通勤者やマンション住民を差別するような意思決定プロセスのありようというのは今に始まったことではないが、こうしたお金を使う話だけとんとこまとめられていくというのはやりきれないものだ。

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2006.11.20

11/20 住民活動どうしが交流する公共施設のあり方とは

朝、尼崎市に住む昔の上司から電話をいただく。昨日の尼崎市長選挙について話をしていただいた。
負けた自民系候補の票が4万7千票とは何とも無惨。尼崎市選挙区で当選している公明の冬柴幹事長の半分以下だから、公明党衆議院議員(冬柴氏)に入れた自民支持者が、自民党直系の市長候補には投票しなかったということだ。
自民系候補陣営は、安倍晋三のポスターを尼崎じゅう貼りまくっていたそう。そりゃ上滑る。安倍晋三が尼崎の市長になるわけじゃないんだし。自民候補のイメージともだぶらない。
またネガティブキャンペーンもやりすぎだったという。その反感が白井文市長の大差の勝利になったようだ。最近の自民党はネガティブキャンペーン大好きになってきているので、いい冷や水だ。もっとも白井市長をまとまった支持したのは共産党と新社会党だけだったが、もともと民主の市村浩太郎代議士の支援者で、左翼的な色がつかないトクな人でもあるが。
ブイブイだった2000年と2003年の総選挙のやり方に慣れきって、マンネリ化して失敗した民主党のパターンに、自民党の選挙は似てきたのではないか。

夕方、福祉オンブズマンづくりの打ち合わせに行く。公共施設にオープンな打ち合わせに使えるような場所がないので、いつもファミリーレストランを使っている。お茶を出してくれて、場所も便利な場所で、全員で千数百円なので使ってしまう。たばこ臭いのが難点。
朝霞市はコミュニティーセンター、公民館、地区会館と、会議室施設をつくりまくっているが、そこにはオープンスペースがほとんどない。市の生涯学習課の説明でも、そうした場づくりには後ろ向きだったことを思い出す。
こうした打ち合わせは、オープンスペースで、気軽に集まって、周囲の席の人に盗み聞きされるぐらいの感覚でやれるといい。オープンな場で住民活動の打ち合わせが行われると、住民活動どうしのネットワークをつくって、触発しあって質を高める効果が期待できるのではないか。こうしたデザインに関する理論ってないのだろうか。
区切られた部屋しかない公共施設だと、重々しく場所取りをやり、やっとの思いで取った場所で、他者との接点もなく会議をやることになる。公共施設には、住民活動に熱心な市民が集まっているのに壁で遮られている。何かもったいないような感じがする。

●社民党関係者に、昨日の沖縄県知事選挙に負けたことのショックが大きいようだ。その感覚は大切にした方がいいのだろうけど、ここのところ沖縄県知事以外の県、大都市・中核市の対立型の首長選挙のほとんどで自民党推薦候補が負けていることも見て、少しは自分たちを励まし、世論に帆を張る気力を持った方がいい。社民党を励ます筋合いではないけども。
自分たちに有利な状況は何で、不利な条件は何かということを冷静に読めないところが、2003年以後の社民党の深刻な退潮の原因じゃないかと思う。それとは別に、何もかも棄ててみんなのためにたたかってくれた糸数慶子さんにはいろいろ気を遣わなくてはならないと思うのは当たり前だが。

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2006.11.16

11/15 駅ナカビジネスの固定資産税が普通税率適用へ

駅ナカビジネスが大流行して、便利は便利だが、ときどきどうかと思うようなことがある。もちろん駅外にある商店等への影響もさることながら、最近駅が、駅ナカビジネスに合わせて改装をしているように思えてならない。本来、乗り換えの距離を短くしたりすることが鉄道事業者のやるべきことであろうに、乗り換えの距離を長くしたり、駅の構造をやたら複雑にして歩く距離をつくり、その通路に店を並べていく。通勤客にとってはたまらないことだ。

そう思っていた矢先、駅ナカビジネスは鉄道用地として減免された固定資産税しか払っていなかったらしく、来年度からは駅ナカビジネスにかかわる面積分だけふつうの商業地と同じ率で固定資産税を課すということが決まった。特定の金儲けのために、税金を減免してきたのはおかしかったわけで、駅ナカビジネスの正常化につながればと思う。

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2006.11.13

11/12 東上線NPOネット

東上線NPOネットという面白いNPOグループが立ち上がったようだ。沿線でNPOが連携するというのが面白い。

埼玉県民といわれてもピンと来ないし、東上線に経費の倍以上の運賃を搾取され、県民税はみんな浦和か県北か埼玉高速鉄道に使われ、県民であるより、池袋を起点にした東上線沿線という属性がピンとくる。

また、東上線沿線地域、住民運動も市民活動も低調で、残念なことに自分たちで自分たちの暮らしを良くしてきたと誇れるものがなかなかない。何かを実現する前に、悪い評判ばかり流されて挫折した人の方が多い。
住民には東北出身者が多く、従順でおとなしいので、自治体に不満はなかなか持たないし言わない人が多い。だからってほんとうに地域に愛着があるかというと、その息子・娘である私の小学校や中学校の同級生たちはみんな外に出ていってしまっている。地域間競争が激しくなるから、新宿や池袋で呑んでいるヒマがあったら帰って地域で呑みたくなるような、地域でいろんな面白い人に会えるような、そんな地域にしていくことは大切だと考えている。このNPOネットには期待したい。

残念ながらコミュニティービジネスが中心で、ビジネスにならないNPOにも門戸が開かれるのか、気になるところがあるが、行政の区分けからNPOが自由になってやりやすいようにやるということは大事だと思う。

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2006.11.06

11/6 キーマンが消える

愛飲している紅茶「キーマン」が置いてある百貨店から消えた。
「キーマン」は「ダージリン」「ウバ」と並んで世界三大茶葉で、香ばしくすがすがしい味わいの紅茶なのだが、中国茶ということであまり知られておらず、売れない葉で、量り売りの紅茶ではなかなか売っていない。
その百貨店の店員さんが、事情を斟酌してくれてずっと置いてくれたが、やはり売れないのに置いておけないのだろう。店員さんが退職した後、とうとう店頭から消えてしまった。
高いブランドの缶入り茶葉や、「紅茶専門店」の味の出ない茶葉なら、お金を高く払えば容易に手に入るが、普通に飲むために買うようなことにはならない。残念だし、退職した店員にお礼をいいたい。

●朝日夕刊1面「前知事の足跡、不要?」という記事で、知事が交代した都道府県の多くが前知事の記者会見録をHPから削除したり、引退会見などをそもそも掲載していなかったりしている。削除しているような都道府県の情報担当セクションは、知事の会見を売名行為程度にしか理解していないのではなだろうか。政策決定にあたってのトップの考え方を後から検証するために非常に重要な情報であり、そうしたものを一般人から容易に目に届かないところに追いやることは、民主主義の手続き上問題があるとしか思えない。こうした自治体の情報将校たちの神経を疑う。

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2006.10.16

10/16 市の審議会ジャックの手法

朝霞市でマンションと大規模開発の開発指導を条例化しようという動きが始まり、その審議をする委員会が発足する。今日、その公募市民委員を選ぶ抽選会があり出席してきた。私は、朝霞市の福祉資源があまりにも貧弱でその整備ができるまで、整備に協力しない業者には開発規制をし、何らかのかたちで整備に協力する業者は開発規制を緩和するような制度が考えられないかと思い応募した。

定数4委員に、9人が応募し、残念なことに抽選ははずれ。
落選した悔しさも少しはあるけど、運動するなり、別のアプローチからいろいろ要請してみたりできると思うので、これはこれで納得。ただ、ひっかかることがあった。抽選に出席した応募者の顔ぶれを見ていると、同じグループと思われる人たちが4人来ていて、なおかつ抽選に欠席した応募者も2人も仲間のよう。定数以上に応募者を殺到させて自派の当選の確率を上げるのは、ルール違反ではないけども、道義的に問題があるんじゃないかと思った。私は、特定の主張の市民が委員会をジャックしようとする意思を持つのは仕方がないと思う。しかし、それに対抗しようとする人や違う意見を持つ人を著しく参加しにくくするような工作は慎むべきだろう。また、グループであることを明らかにしないでやっているから質が悪い。

市民活動なんでも結果オーライの私でも、この人たちの振る舞いがあまりにもと思い、周辺情報を集めてみたが、土地利用や自然保護関係の市の市民参加の機会を捉えて、何が正義かということも掲げずに、行政に対して市民代表のようにして、いろいろなことをしているらしい。

こうしたことの是非は政治学の領域になるけれども、市民参加する市民って、どうしても「一部の市民」にならざるを得ない。このことの是非論があるが、私は仕方がないと思う。
一部じゃない市民の意見って何か。例えば、町内会なんかが良い例だが、大多数の市民を代表する組織は地域の利益誘導みたいな話か、地域に公害がやってくるような問題でもなければ、現状追認か行政追随しかできない。突出する要求を行政にすれば、なかなか構成員が納得しないからだ(札幌の町内会のように、町内会ごとに自・民・公・共・ネットで支持政党が明確になって嫌がる会員は町内会を分離独立させるような風習がある地域もあるが)。
市議会はどうか。一番公正に選ばれ、公正に運営されている(手練手管はあるが、何から何までルールで運営されているという意味ではこれ以上の組織は自治体にない)。しかし、ここでできることは条例づくりと行政への調査権の行使であって、予算案成立までの流れを確認すれば、1つ2つの政策が不満だからと何から何まで止めるようなシステムにはなっていない。市全体を目配りして、提出される議題をめぐって議論を進めるというのが基本的な流れ。だから、マンション問題があってもそれだけで議員がとことん議論するなんてことは、まずない。スキャンダルが発生したときだけだ。調査権や質問権、行政提案の議案への議決権などを楯に、個別政策の実現をめぐり働きかけることはできるが、それは議事録にのるようなやりとりがあって進むことではない。

個別課題を中心に、当事者の深刻な問題意識、のちのち誰もが関心を持つかもしれないが今は専門的な人しか言わないような主張を感じ取る装置として、「一部の市民」であっても、思いがある人たちの意見を聞こうということが、行政にとっての市民参加の必要性の一面だと思う。
「一部の市民」の突出した意見(理解不能な言動ということではなく)を取り込む可能性があるということは、その主張の妥当性を今も未来も検証できる仕組みが必要だと思う。だから、議事録も残らなければ、資料提出もない公開されない場で、「一部の委員」が政治的に振る舞うことは、できる限り慎まなくてはならない。
そういう意味で、このグループの振るまいは、市民参加のクビを絞めることになりはしないかと心配する。

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2006.10.02

10/2 狭い道路の事故は15年で65%増

NHKの9時のニュースで川口の保育園児への交通事故を受けて、「事故多発 住宅街に狭い道」という特集が組まれた。バブル以後、狭隘道路に自動車が異様に増えたと書いたが、やはり、幅員5.5m未満の道路の交通事故が15年で65%増と数字が示されていた。全体の交通事故は横ばいであることも考慮に入れるべきだろう。
そういう時代には、先日の朝日新聞「素粒子」を批判したが、ガードレールや歩道をつければいいというものでもない。私は狭い道への歩道設置には反対である。そもそものクルマが入りにくいつくりにしてほしい。

一方、表通りの歩道はどうだろうか。クルマの危険はないとは言わないけれど、ここで危険なのは、喫煙者と自転車。子どもを連れて歩いていると毎日何度も危ない目にあう。

今日から、朝霞・志木・新座・和光の歩道がすべて禁煙になり、駅周辺の指定区域で喫煙したら罰金を科せられるようになった。9月からのキャンペーンで吸っている人は相当減った。これだけでも条例に反対した市議が言っていた予測は外れ、効果があったと言える。が、それで喜ぶのもぬかよろこび、罰金制度がスタートした今日をもって吸っている馬鹿者がいる。そもそも条例では四市全域の道路上を禁煙としたことを周知しているのだろうか。今の多くの人の認識では駅周辺だけだと思いこんでいるし、そう誤解されるような幟やビラで啓発活動がされている。
駅周辺の歩道の喫煙の罰金は2000円でスタートしている。10人捕まえれば市職員の1日分の給料が出る。財政が厳しいばかり繰り返し、不透明な財政カットばかりやっているが、市はこうした罰金徴収の努力でもしたらどうだろうか。千代田区は罰金徴収を徹底したことで成果が上がった。一度でも罰金徴収を怠れば違法駐車のようになるだろう。今日は志木も朝霞台も市職員の姿は1人も見なかった。
歩道に接しているわずかばかりの民有地に足だけ入れて喫煙している姑息な馬鹿もいる。歩道に煙や火の害を無くすのが歩道上の禁煙の考え方だろう。禁煙とは煙のないことではないだろうか。こういうのもきちんと罰金を取ってほしい。

歩道の自転車・バイクも取り締まってほしい。
歩道上のバイクの走行・駐車はクルマ並みの厳格な取り締まるべき。
違法駐輪もひどい。新座市は通勤者の違法駐輪には目を光らせているけど他がゆるゆるで、新座市の税金で作られた駅前の歩道はパチンコ屋の駐輪場に成り下がっている。
ヘッドフォンで何かを聞きながら自転車を運転している馬鹿が目立つ。それに、傘を差しながら運転する者、少ないが携帯電話を使いながら運転する者もいる。これらの自転車ドライバーに子どもはよく轢かれそうになる。問題を放置している状態なら、事故に遭ったら道路の管理者を問題にしたい。
自転車とはいえ、事故を起こせば被害者を寝たきりにしてしまう。音は危険を察知する上で重要なのにイヤフォンで別の音を聞いているのは注意放棄だ。傘を使うのももってのほかだ。突風が吹いたり、前が見えなくなったりしたら事故を起こす。危険な目に遭う直前になったのは、傘を使いながらの自転車運転が一番多い。携帯電話にいたっては交通違反として対応してもらいたい。

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2006.09.30

9/30 3億円のひさし

今日は会議をはしご。
1つめは管理組合の会議。ようやく会計規則がまとまりかたちになる。今の管理会社に問題があるわけではないが、悪い担当者に当たって吸い尽くされないよう、住んでいるみんなの財産権の一部として管理組合の財産が保全されるよう、ルールを作成した。それと、マンション防災計画もだいたいかたちになりはじめる。次回総会で承認されて発効される。
2つめは、次世代ワーキンググループの集まり。勉強会の日程が決まる。11月19日に朝霞駅南口駅前通あたりで歩行者天国になって、むかしの商店街のお祭りが復活するらしい。この寂しい商店街は私が育った街。
いつしか夏のお祭りが彩華祭に取り上げられて、商店街が一緒に楽しい仕事をすることがなくなっていた。商店主の子たちはだんだん、店を潰し賃貸マンションを建てて家賃で暮らすようになってきた。不動産の不労所得に見合わないと店もやらなければ、やる気のある人に店舗も貸さないということが続いて、すっかり生活感のない商店街になってしまった。ねじを巻き戻せるとは思わないが、少しでも新しい発見ができるのではないかと期待しているし、こうした小さい地域でのイベントってとっても大切だと思う。

それと、知人と話し、朝霞駅南口の駅ロータリーを工事しているが、3億円のひさしを設置したと聞き、びっくり。なんでも「空間のひろがり」を重視した特製ガラスの屋根になるそうだ。同席していた人が、朝霞台駅の透明アクリルの屋根のようにハトのフンだらけになるのは時間の問題だと言っていたが、そうだと思う。
チクショー、3億あれば、障害者の働く場づくりも、保育所の待機児童も、介護施設の入所待ちのどれかは解決できたんじゃないかな、と同席したみんなで話す。あ~あもったいない。
こうした公共工事計画、最近は計画づくりに市民参加のプロセスが入っているが、そこでは「そもそもそんなものいらないんじゃないか」という意見は「前向きに議論すべきだ」という空気が支配、あるいはコンサルタントで食べているファシリテーターという人たちの発言で斥けられ、絶対採択されないようになっている。なぜなら彼らは、工事が進まないと、業者間の仕事の分配と斡旋など手数料稼ぎができなくなってしまうから。
表向きは、緑が大切にされ、やすらぎのある、ひろがりのある、など反対するには哲学論争が必要になるような空疎な言葉が踊り、それにあわせて見てくれを良くするために、これでもかこれでもかと工事が追加され事業がどんどん膨脹していく。

これまでそういう膨脹型公共工事に背を向け、福祉や教育と一蓮托生でケチケチ財政をやってきた朝霞市も、次から次に道楽公共工事や公園用地購入に手を出している。
都市計画だ公共施設用地の取得だと不動産投資ばかりやって財政悪化した新座市のようになるのは時間の問題じゃないかと思う。公園用地購入となれば、一部革新会派まで諸手を挙げて賛成してしまう。何だろうかね、美しい国じゃないけど、誰が使うのか明確に示されないままに美しい公園のためならいくら財政を傾けてもいいという公園ファシズムみたいな思想。
このままいくと、朝霞市は固定資産ばっかりで、その維持のために短期資金が流出し、公でなければできない事業が何一つ手を広げられない。お人好しNPOがただ働きしてくれることを期待するしかない自治体になる。

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2006.09.07

9/7 徹夜でうるさい道路工事

家の前のたった100メートルぐらいの区間の道路整備工事が昨年末からいつまでたっても終わらない。何のためにやっているのかだんだん怪しい感じがしている。同じマンションの住人にも、この工事のやり方をいぶかしがっている人がいる。
今日は朝5時までの徹夜工事。道路はがしてトラックに積むだけの作業に、バス10台分が空ぶかししているぐらいの騒音の機械が作業をしている。それに振動付き。とても寝られない。家族は機嫌が悪い。

県土整備事務所からは5日ぐらい前にビラ一枚入れられているだけ。人混み育ちでたいがいの騒音に寛容な私でもあまりにもうるさいと感じたので抗議の電話したら、殊勝にもこんな時間まで働いている職員がいて受けてくれた。その職員に同情しながらも、しっかり抗議した。工事で傷ついた道路を直すというが、きれいだったじゃない?どこがよ!しかも渋滞が迷惑になるからと、夜間に工事するという。だったら近隣住民に説明会ぐらい開いておいてほしい。クルマに乗り回している人と、そこで寝たり起きたり生活する人と、明らかにクルマを乗り回している人を優先する仕事ぶりだ。
ここは知事のお膝元の地域なのにお粗末な感じがしてならない。

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2006.09.02

9/1 人が死んでいるのに議会で証言を拒む

ふじみ野市のプール事故で、業務を受託していた太陽管財、丸投げされていた京明プランニングが、市議会の調査委員会に警察の捜査中ということを理由に全然出てこないという。とんでもない話だ。

事故の刑事責任の追及では警察にだけ話させる義務があるのかも知れないが、顧客である不特定多数の市民や市役所に対する責任から言えば、議会の調査委員会で説明するのは最低限の責任だろう。
マンションの耐震偽造問題と比べればよくわかる。マンションの耐震偽造ではあの程度の業者たちでも議会で証言ている(自己アピールばかりしていた馬鹿者もいたが)。あるいは、ふじみ野市の議会事務局の能力不足か、それとも、市議会議員の中にやましい議員がいて、「呼び出したけどこなかった」で一件落着させようと手心を加えているのだろうか。拘束力の高い百条委員会が設置できないところをみると、ほんとうにあやしい。

議会で弁明もでなきいような業者に利用者の生命をどうこうする市の事業を委託している現実。太陽管財や京明プランニングに安全管理の業務を委託している他の自治体は、今どうしているのだろうか。倒産とか経営危機という話が聞こえてこないところを見ると、頬被りして委託し続けている自治体があるに違いない。もっとも丸投げやアルバイト任せの利ざや稼ぎの受託だから、さっさと自治体の受託を投げ出しても大した損害にはならないのかも知れないが。

それと、民間委託の際の「民間活力」という言葉、まゆつばつけて考えなくてはならない。民間の方がスキルや専門的なノウハウがあって、役所のお荷物部門として事業が営まれるよりよし、というなら「活力」だと思うが、生活できないほどの人件費の圧縮や全業務丸投げで委託費ピンハネにばっかり熱を上げていることを「活力」というなら委託主の不作為の故意について問われなくてはならない。

●京都のリベラルな共産党員が奔放に書いていたブログ「カッシーニで昼食を」が復活。嬉しい。腰砕けの民主左派、社会民主主義なき社民党が時代のストッパーにすらなかなかなれない中(私も)で、共産党の変化が左派業界の変化をもたらすような感じがしている。それも東京の理屈ばっかの官僚的な共産党連中ではダメで、与党経験があって、30%の支持率を経験し、地域社会に責任を負ってきた京都共産党に変化の胎動を期待したい。

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2006.08.07

8/7② 電話中の自動車死亡事故に危険運転致死罪適用を

携帯電話を敵だと思っているわけではないけれども、経済原理に叶っていればワンコールワーカーが増えたって構わないじゃないか、という考えが蔓延していることと、携帯電話の普及で所構わず他人を呼びだして電話することが当たり前になった社会と、変化が重なり合うものを感じている。

●自動車運転中の携帯電話使用は、酒気帯び運転と同じくらい反応が遅くなるという研究成果が出た。運転手が携帯電話で通話中のクルマに何度かぶつかりそうになったことがある。携帯電話しながら運転している人が起こした死亡事故には、危険運転致死罪を適用してほしい。運転中や電車の中にいるのに、携帯電話に出ないと怒るような人とは関わらない方がいいと私は思う。相手が客だとしても、それを待てない客は後々トラブルとなりやすいと思う。

●大阪茨木の監禁魔が話題になっている。外国人スチュワーデスの連続バラバラ殺人事件といい、青森の監禁王子様といい、今回の野郎といい、境遇が似ている。親が有名人ではないもののある程度の有力者かつそこそこの金持ちで、不労所得で生活するドラ息子ばっかりだ。彼らは親から独居しながら家賃を負担に苦労した形跡もなく、事件を起こした「マンションの一室」は親が契約したか、親の持ち物ばかりだ。執拗な監禁趣味を持つ変質者の境遇に何か共通するものを感じる。そして、事件についての裁判では、やりたい放題ああいえばこういう式のことばかりやっているらしい。
また、警察が何度か進行中であった事件と接点を持ちながら、警察がなぜか途中で捜査を断念していることも似ている。

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2006.08.05

8/4② ふじみ野市プール事故から考える埼玉県南部の自治体事業の委託

ふじみ野市のプールの死亡事故はほんとうにいたわしい事故だ。

市営プールの民間委託が、市民も市役所も知らない業者に丸投げされて、行政サービスが受託業者のマージン稼ぎにしかされていなかった実態には呆れる。丸投げされた業者は人件費を節約するために専門的訓練を何一つ受けていない若者に現場を任せているだけ。その結果としてただプールを観察しているだけの監視員がいることになった。そこで働いていた若者たちもたまらない経験になったことだろう。
こうやれば、丸投げされた業者は、市議や市職員に何らかのキックバックを渡すことも可能だ、ということに気付いた。ただし今回のような事故がおきてその構造がばれなければ、という前提がつく。どう見ても遊んでいるだけの議員の親族からビルメンテナンス会社の役員の肩書きの入った名刺をもらったことが何回かある。そういう会社ってどうやって稼いでいるのか、前々から疑問だったのに1つの答えを見せてもらったような感じがしないでもない。

このほか、今回のプールをめぐり、ふじみ野市の業務委託のずさんな状況というのがどんどん明るみになっている。プールに市職員が監督に来ていたか、ということが今日の話題だったが、市側は毎日行っていたと弁明したが、丸投げされた会社のアルバイト監視員は年に3~4回来て現場をぐるっと歩いてあとは事務所で雑談して帰るだけだった、と証言して、食い違っている。これと同じようなことを朝霞市内の保育園の運営委託でも聴いている。市側は法律にもとづききちんと監督している、と弁明していたが、そこで働いていた方は、やはり市は年3~4回視察にやってくるだけで現場職員とはほとんど言葉を交わさず事務所で園長と歓談して帰ると話していた(最近、本庁の職員が現場に良く入るようになった噂を聞くようになったが)。埼玉県南部の共通の体質なのだろうか。

そう思わせることを感じることがある。自治体業務の委託を考えるにあたって、埼玉県南部の自治体は構造的な弱点を考えたことがあって、それが以下の3点だ。都内の自治体とも、あるいは北海道や北陸や九州の自治体とも大きく違う問題だ。
1つは、市民の精神的求心力は東京にあり、多くの市民は地域に関心を持たない中で行政運営がされる。関心を持つ市民が圧倒的に少なく、行政のやることが利権化したり委託に関する不透明な関係ができやすい。
1つは、村から大きな合併を経ずにあっと言う間に市になったので、近代的な自治体運営に変わりにくかったこと。とくに苦情や市民の意見に対する対応能力が弱く言い訳にもならない言い訳ばっかりする。端的に言うと、問題発見・解決能力が鈍いということ。
1つは、多くの自治体で70年代に至ってまだ縁故採用を行い、その上組合結成を徹底的に圧力をかけてきたので、組合がないか機能していない自治体が多い。その結果、自治体業務の委託に関して組合が反対することが表面化することはほとんどなく、職員集団自身からの厳しいチェックが効かない。むしろ市職員が事業の外部委託を効率化の指標だとして胸を張るぐらいで、委託された現場でどんなことが起きているか全く関心がない。

自治体の業務委託が不正か不正でないか、効率的か非効率かという問題とともに、透明性や、公開性や、そして何より安全性が大事にされるために、克服しなければならない課題ではないかと思う。

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2006.07.30

7/29② 観光開発に夢を抱く人に夕張市を笑えるか

午前中はマンション管理組合の理事会。自治をやり通すためにいろいろなことを考えなくてはならないし、みんなに考えてもらわなくてはならない。骨が折れるけど、一生つき合う可能性のある人たちだからこそ、一緒に考えられる基盤があると思う。

午後は次世代計画推進委員会のワーキンググループの集まり。子どもの今を知る連続講座を始めることと、子育てに楽しく近づくことができるイベントを計画していくことにした。

夕方、子どもと近所で開かれた阿波踊りを見に行く。意外とたくさんの人が見に来ているのでびっくり。

●夕張市の財政破綻については、あまりにもひどい結果だけれども、あのまちのおかれた状況を考えれば、あれこれ非難することは差し控えてきた。広々とした北海道にしては珍しく山にはさまれたまち。細長い山あいにウナギの寝床のように廃屋になった炭坑住宅が延々と続く。北にも西にも東にも山が閉ざし、港湾からも遠く、炭坑に代わる産業などめったに見つかることはないだろう。

不幸なことにこのまちは、炭坑の最終的な閉山が進められた同時期に、土地バブルの時代がやってきた。全国の過疎地にびっくりするようなリゾート開発が行われた時期で、実際、夕張よりさらに山奥で、かつては秘境といってもよいトマムがいっとき成功していたので、夕張も2匹目のドジョウを狙っても不思議はない。

中央政府による観光開発に対する交付税措置、独裁政権だった市長の映画道楽趣味、さらには夕張選出道議が非自民保守で、たった2議席で道議会のキャスティングボードを握る立場にあったことなどから、夕張がモラルハザードに陥る舞台装置は完璧に揃っていた。

そこで毎年2月に開かれていたゆうばり国際映画祭は、独特な映画祭だったと思う。公会堂や体育館などを総動員して、厳寒期の2月に、映画監督、映画俳優、観客が狭いこのまちに凝縮して集まる良さがあった。しかし残念なことにこの祭は完全に行政依存だった。前市長の道楽があってブレーキがかからず、9900万の費用に6700万円が市の負担。そのほとんどが特別交付税で、他の自治体が受け取るべき交付税が削られることを原資とした費用だったのだ。バブル期以降、こうした交付税の歪んだ出し方がさまざまなかたちであって、そのことでお金もない自治体がおかしな事業に手を出しているところもある。山田洋次がいろいろ発言しているが、やはり道楽のために交付税を使うことがどうなのか考えると、うち切らざるを得ないだろう。

最近、再び観光による産業振興というのが流行しているが、観光による経済は自立した地域経済の放棄といってよい。他の地域の人が遊んで道楽して落としていくお金で成り立つ地域にするということだ。遊んで道楽してお金を落とすことが悪いとは思わないが、それに依存した経済というのはどうしてもプライドがおかしくなる。というのも遊び歩いている人がエライ人になり、その人たちにこき使われて汗水流したり、ひどい場合はだまくらかしてお金を巻き上げることが、生活に不可欠なことになってしまう。観光客の大半は一生に一度しか来ない。だからどうしても落としたお金を有効に使ったと信じたがる。ひどいサービスを受けても、なんとか納得させていい思い出にしていく。また没論理みたいな話も多く、観光客という実体の不明確な存在のために公共投資などもいろいろさせられる。

観光って政策的にあれこれすべきものなのだろうか?いろいろ疑問がある。民主党が観光開発に力を入れるというが、これは竹下派がバブル期においしい汁を吸った二番煎じなのだろうか。旧竹下派が観光を口にする度に、どうして?と思うような観光開発が行われ、その5年後には、自治体が後始末するということが繰り返されている。今は観光開発より、リゾートの後始末をきちんと考えるべきだろう。

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2006.07.26

7/25 停滞の10年だけではなかった記憶

地味な番組だが、土曜日のNHK教育、ETV特集で、アイヌの民話を記録伝承してきた萱野茂さんの人生を、過去のNHKの映像をつなぎながら紹介していた。

「日本は単一民族」という幻想のもと抑圧されたり無視されてきたアイヌ民族の暮らしや生活習慣を、萱野さんは丹念に掘り起こし続けた。アイヌ人の居留地を水没させるダム建設に反対しながら、少数民族の権利について裁判を通して問い続けた。

せっかくアイヌ民族や北方民族を専門に研究している優秀な研究者がいた大学にいたのに、その先生と接することなく敬うだけで大学生活を終えてしまった私には、いろいろアイヌ民族について語ることはできない。大学卒業後に、ロシアやシベリアの歴史や地政学的なことを知るにつれて、極東の北方民族について興味が湧いたが、もったいないことをしたと悟る。

私が北海道にいた時代というのが、それまで少数民族の権利を認めるということが荒唐無稽な主張として扱われてきたものが、徐々に認知されていく過程と同時代であったし、萱野茂さんに着目すれば、アイヌ民族の集落を水没させるダム建設にまつわる裁判闘争をたたかい、参議院議員選挙に挑戦し、破れ、比例の繰り上げ当選をし、アイヌ新法制定にまで進む時代であった。萱野さんの擁立は、凋落激しかった本州社会党に対抗意識があった北海道社会党ならではの英断だったと思う。残念なことに頑迷な社会党中央本部のつけた順位が悪くいったんは落選したが、のちに繰上当選し、村山政権の五十嵐広三官房長官のもとで、アイヌ新法づくりを実現する。

今はどうだろうか。母子家庭、外国人、知的障害者、女、子どもなどマイノリティーに厳しいことばかり要求するような政治的主張が目立つし、彼らに創造的な役割を持ってもらおうといろいろな取り組みが行われた90年代の動きはその後停滞しているような感じがしてならない。そんな暗闇のような時代に、この番組は、人の美しい歩みを振り返らせてくれたと思う。

札幌アークホテルの浴衣が、萱野さんの同志、貝沢さんの孫がデザインしたものという。一度泊まってみたい。

●ワーキングプアに「努力しない人」とのレッテルを貼るブログ。おっしゃることは正しいんでしょうけど、この批判ってありがちー。
世の中ってそんなに立ち回りのうまい人だけで成り立つものではないんじゃないかね。そんなシステム手帳片手に就職活動するような「努力」なんかで世の中動いてないぜ。無限に努力する責任を問えるかな。こういうこと平気で書くのって、うまく立ち回れない人と仕事したことないんじゃないかな。仕事頼んだり、持ち味のある仕事ぶりを見せてもらったり、仕事以外の場で癒されたり、そういう社会経験足りないんじゃないのかな。

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2006.07.23

7/22②公共サービスがパンクする武蔵小杉

川崎市の武蔵小杉駅周辺に超高層マンションが林立することになるらしい。人口も15000人増えるという。

人口が増えれば繁栄、開発の成功という、ラットの子孫繁栄に擬した神話が信じられていた時代ならともかく、現在において急激な人口増は、公共サービスの急激な整備を求め自治体財政を悪化させたり、地域社会の多様化を阻害したり、さまざまな弊害を呼ぶ。朝日の記事でも法政の五十嵐敬喜教授が指摘しているような問題がおきそうだ。

勝ち組スポットだけを結ぶ人気の東急東横線沿線だからそれなりに売れるんだろうけど、保育園に入れないわ、災害対応能力はないわ、そもそも工場地帯のマンションなので日々の買い物も苦労するわ、もともと混雑している東横線には乗りきれないわで、生活の変化や危機がやってきたら大変な思いをしそうだ。売った不動産屋だけが喜びそうだ。

●版画をやっている友だちが表参道で年に一度の版画展を開いているので訪ねる。
往路は池袋から延々バスで行く。道路渋滞がなくなって遅れるどころかダイヤより早めに動く。田舎のバスみたいに、ところどころで時間調整する。
帰路は表参道から地下鉄で帰る。案内板に「ご注意ください」と「東武の車両が来ます」が交互に点滅する。鉄道マニアじゃあるまいに、東急田園都市線の乗客は来る電車の車両で乗ったり乗らなかったりするのかな。嫌な感じ。

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2006.06.27

6/28 保守系・公明党市議が国家公務員住宅受け入れへ

市役所名で、基地跡地の国家公務員住宅の建設撤回を求める意見書を出したが、市議会の基地跡地利用促進特別委員会では、6会派中4会派が国家公務員住宅受け入れに賛成を表明した、と読売が伝える。

6会派中4会派ということは、共産党と市民ネットは受け入れOKするとは思えないので、保守系の進政会、拓政会、民主クラブと、公明党が受け入れに容認姿勢を示したことになる。保守系会派が市長の意向を無視して、国家公務員住宅の受け入れに賛成するとは思えないから、当初は勇ましかった市長も一定の方向転換を図っているのではないか。

市議会が容認と打ち出せば、行政権の下にある策定委員会、市民懇談会の結論は一定制約されてしまうことになるだろう。市議会が、市や策定委員会、市民懇談会の結論も方向性も考え方のベースもまとまっていないこの段階で、どうして容認ということを受け入れることをあえて示したのか、いろいろ深読みする必要がありそうだ。

私は、基地跡地に国家公務員住宅を受け入れることが跡地の自然保護の1つの方便、方策だと言ってきた。しかし財政面ではそれで正しいと今でも思うが、基地跡地の適正な利用ということを考えると、ここにきてあやういこと言ってしまったような気がしている。

基地跡地を何が何でも開発し、何でもいいから建設物を建てることで公共事業のおこぼれに預かろう、そういうような公共財産を食べている人にとって、手っ取り早く跡地利用できる道筋を立てるために、国が3ヘクタールしか利用しならなら、さっさと障害になる話を整理しておきたい、ということなのだろう。受け入れても残った16ヘクタールは自由に開発する余地がある、ということだ。あとは公共事業やり放題、民活で土地バブルやり放題、ツケは市民の税金から払う、そんな構図だろう。国はそんな朝霞市の判断を、高見の見物しているに違いない。

国家公務員住宅が来るということは、朝霞市は相当な覚悟が必要になってくると思う。国家公務員住宅には、転勤の多いキャリア組の若手官僚も相当入ってくる。行政と市議会議員は全く異質の住民がやってくることを覚悟した方がいい。国会議員を説得して仕事にしている人たちだからまず情緒論では統治することは難しい。今までの朝霞市民みたいに、行政や地域に不満があっても我慢するような人たちではない。かなり理路整然と、さまざまな法律や知識を使って批判されたり苦情を言われるだろう。苦情を言ってきた人の素性なんか調べたり、裁量権で報復などすれば、えらいことになる。

行政サービスの水準の低さも相当な問題になるだろう。彼らは、ある程度以上の自治体ならやれるように諸制度を作る仕事をしてきたのだから、それらが自分の住む朝霞市でことごとく中途半端な水準だとわかった場合、問題化するのは自明だと思う。
さらには、国家公務員は積極的に政治にコミットしないが政治に関心もある市民である。これまで人口が増えても総投票数37500票前後の市民しか投票しなかった環境のもと、内輪の中でやってこれた市議会議員の選挙事情も相当変わってくると思う。そういうことを覚悟した上での4会派は受け入れ容認姿勢なのだろうか?と思う。

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2006.06.20

6/19③ 喫煙防止条例が監視社会?

共通の知り合いがいる藤井市議から市民ネットのレポートを送らなかったのは手違いだったので改めて送りたい、と言っていただいて、今日、6月号を受け取った。

4ページしかないものの2ページも使って「余計なお世話!!路上喫煙防止条例に関して」と、路上喫煙条例に反対した理由を、田辺市議が書いている。あまりの質の低さに呆れてしまう。
路上喫煙防止条例に反対している理由に、監視社会、上からの強制、市民への義務を課す、などという今どきの左翼に流行している言葉をちりばめ、その言葉を使うために理屈を展開しているとしか思えないような内容。
今回の条例では実効性がないと批判しているが(それは同感。私はだから田辺氏とは違って実効ある罰則にすることが必要だと思うが)、では実効性の上がる建設的な議論を田辺市議はしているのだろうか。こうした問題は慣習法だと、喫煙者の善意に期待するような言葉しか出ていない。被害者への想像力など欲望の煙の前に雲散霧消して、所構わず慣習法で喫煙するのが相手だから、慣習法が役に立たないのではないか。何が監視社会なのか、全然わからないし、そんなところで監視社会批判をすると、本当の意味での監視社会化にまともな批判ができなくなってしまう。

そんなことで怒りをふつふつと煮えたぎらせていたら、静岡市では、ぜんそくの患者である中学二年生の子が議会に陳情して、繁華街での喫煙禁止条例を作らせた、というニュースが飛び込んできた。票にもならない中学生なのに当事者に対する感性の違いをまざまざと感じた。

余計なお世話からはじめて、社会的に発言力のない人の声など公認されない。煙草に関しては気管の弱い人や、火や灰の被害を受けている人の気持ちは百遍言葉にしても伝わらない。

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2006.06.16

6/16② 俗論「駐車場が足りない」を疑え

駐車禁止の規制強化はいろいろ問題があるが、新しい生活スタイルづくりをする良い好機だと思う。

NHKの特報首都圏で、駐車禁止強化の検証をやっていた。
番組では、運送業者の変化、駐車場不足、駐車場ビジネスの新展開を話題にしていた。運送業者たちはほんとうに悲鳴を上げている。これは何とかしなければならない。

駐車場が不足については、私は疑問に思う。駐車場の必要な需要量というものを算出してるのが、クルマの取締しかやらない警察だったり、建設業と密接な関係のある国土交通省関係の団体だからだ。現実離れした結果に、駐車場のニーズより、駐車場を造れというところに数字が合わせられていると感じる。

札幌で暮らしていたときに、クルマ中心の交通問題を審議している市議会で駐車場担当の市の幹部が「まだまだ札幌市中心部には5000台の駐車場が足りないんです」と答弁して、全会派の議員からヤジり倒されたことがあった。
札幌は、中心市街地にクルマの客を呼び込めないという理由で駐車場を増設してきた。その結果、ますますクルマで出やすくなって、さらに渋滞がひどくなった。駐車場にすると固定資産税の優遇を受けられるので、商店は店を壊してどんどん駐車場に変えていった。休日こそ駐車場はいっぱいになり街に活気があるように見えたが、平日は、ゴーストタウンのような光景になった時期があった。その時期、商店街で放火事件が重なった。
5000台の駐車場を作るなら、その分、公共交通の利用者を増やす投資をすべきだろう。街に駐車場が溢れているというのは異様な光景だ。

時間や曜日によって駐車場がないというのが本当だとしても、駐車場待ちが嫌なら、公共交通を使えばいいのである。そもそも都会でクルマを乗り回すということが野暮なのだ。ガソリン使って、体をなまらせて、公共交通の経営を傾かせて、時間を浪費するのは無粋な生活態度である。

今まで、デパートやスーパーはマイカーで来る客を甘やかしてきた。駐車場待ちのクルマをさばくという口実で、自治体はスーパーのために、予定地の回りの道路を拡幅してやったりもしている。そのために負担するスーパーやデパートの経費、自治体の支出、累積するとばかばかしい。駐車場のために街が犠牲にされているような感じがしてならない。よくいなかにはお店の4、5倍も駐車場があるデパートやスーパーがある。あれってなんとなくみっともない。
デパートやスーパーは公共交通で来る客も甘やかしてほしい。荷物の配送サービスとか、一時預かりとか、場合によっては電車賃を負担してやるとか、そんなことをやってほしい。

もう1つ。地元の市役所。クルマで来る市民には駐車券をふんだんに配っているけど、バスや電車で自分の足使って来ている市民には、何にもしない。そして駐車場を拡張しなければならない、なんて議論をしている。一般のバス路線や、ガラガラのコミュニティーバスを使ってもらう工夫をしてみてはどうか。

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2006.06.01

6/1 規制されるものの風景

駐車違反摘発の民営化がスタート。ほんとうに公平性に問題ないの?と思う。やくざにすごまれたり、やくざが業者になったりしたらどうするの?という感じがしないでもない。それとエゴで乗っているマイカーと、業務用のトラックとを同列に扱うこともどうかと思う。

逆に、自転車の違法駐車をもっときちんと摘発してほしい。いつも警告文ばっかり貼っても全然効果がなくて路傍に落ちるごみが増えているだけ。違法駐輪は即撤去、これに限る。

●渋谷区が条例でラブホテル建設を禁止する。地方分権で多様な自治があるから、どんな条例つくろうとあまり文句言う筋合いではないが、ラブホテルさえなければ安全で安心な街というのもどうかと思う。
渋谷のラブホテル街にライブハウスやクラブが次々にできたことがあったが、その騒音から地域を守ったのはラブホテルの経営者たちだった。おじさんたちが嫌いな座り込む少年たちを地域から追い出したのもラブホテルだった。渋谷のラブホテル街は、売春防止法や売春のかたちが変わるなかで凋落した花街を、岐阜のダム建設で追い出された住民たちが買い取ってつくられた歴史的な意味のある地域である。
ラブホテルが迷惑施設という考え方がわからない。派遣型風俗店の営業の場として使われるという議論があるが、それは派遣型風俗店をどうするかという問題である。
私の実感でいえばドンキホーテみたいなものの方が近隣住民にとって迷惑だし、建設予定地の近隣住民は地雷を撒かれたような気持ちになるけど、財産権がどうだこうだと誰も規制をかけない。ラブホテルを使ったことのない人の数こそ数えてみたいものだけど、ドンキホーテなんて利用しなくたってやっていける。社会的ニーズ(≠欲求)にこんなに差があるのに簡単に弾圧されるのは、これは職業差別だと思う。

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2006.05.31

5/31 朝霞から出ていった人がどのくらい戻っているか?

万年筆をなくす。愛着もって使ってきたので、悲しい。

●障害者の作業所を立ち上げようという保護者の方が改めて市役所に説明に聞きに行かれた。市役所の福祉課が手の内まで見せて、できない事情を説明してくれたようだ。
結果は変わらず当事者たちにはたまらない状態が続くけれども、そういう本当の話を当事者としながらどうしたらよいか考えることが大切なんだと思うし、長い目で見ればそのことがいい結果になっていくと思う。

●市民の9割がサラリーマンかその家庭で、その半分以上が市外通勤者のこのまちで、この層の人たちが地域社会でものを言っていくということが、相当に排除されているなぁ、と感じるこのごろです。
昨日、東京都議の柿沢未途さんと会って若者政策について議論する機会がありました。柿沢さんは若者政策というよりもこれからの生活を提示するような象徴的なことをやった方がいいんじゃないか、と言い「通勤なんてムダなことがなくなる社会」を訴えてみたいとおっしゃっていました。ほんとうにそうだろうと思います。
職住接近もあるけど、IT社会の進化や、コミュニティービジネスの育成などの進化で、通勤は意味がなくなる、そうなったときに、働き盛りのお父さんの地域参加がおきてくる、ということです。本当か?と思いますが、私鉄の乗客数は毎年じりじり減り続けていますし、ありえない話でもないようです。
そんな会話を続けながら、通勤なんてものの価値が否定されたときに、朝霞市の存在意義ってどうなるのか?そんなことを改めて考えさせられました。市役所や地域社会は平日日中しか開かれていないから通勤者がもの言う機会などほとんどなし。たまに言ってもそれは苦情と取られ意見を聞き流されるだけ、もちろん何かが変わるなんてことはない、それで通勤が無意味になったときに、通勤者たちが愛着もって住み続けてくれるか、通勤者たちの落とす税金や家賃などのお金で食べている人たちはシビアに考えた方がいいと思います。
経済的には貧しいけれども、父の郷里の大分県臼杵市には、そこに自分の活躍する場があり、まちを一緒に考える仲間がおり、住み続ける必然性を感じます。保守的な価値観の中にも若者が自治し挑戦できる仕掛けがちゃんと用意されていました。臼杵から出ていって、戻った人はたくさんいます。出ていった人は定期的に同窓会をやっています。朝霞の場合はどうでしょうか。

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2006.05.28

5/28 「一部の市民」というレッテル貼り

午前中、マンション管理組合の理事会。防災計画づくりがスタート。副理事長さんが中心にやってくれることになった。管理組合の契約行為のルール化の作業も着手。これは私の仕事になる。近所の住宅公園がマンション敷地内に大きな看板を立てさせてくれ、と申し入れがある。以前にも申し入れがあって断ったものだ。マイカー客相手の商売はバカでかい看板が必要をしている。生活の視線を遮り影ばかりにするし、まちの美観を壊す。

近所にできたセブンイレブンは、昔からあるファミリーマートを潰すために出店した。ところが思うようにファミリーマートの客を奪えず、どんどん看板を大きくしている。マイカーの客には目につくだろうけど、駅前通りを歩いている人の視線には残念ながら入りきらない。

午後は、協働のまちづくり研究会の主催する「市民参加と開かれた行政」を聴きにいく。志木市で市長が交代してから、直接的な市民参加、市民が政策決定に関与してきた志木市民委員会が解散になり、市民参加で進めてきた事業のほとんどが「一部の市民だけが口を出す」として否定されてしまった。その今の状況を聞きたかったが、今のことを言うと現在民間ベースで自主的にやっていることに支障があるのか、昔の話ばかりで残念だった。私は志木の市民委員会がやってきたことは特定の市民の利益ではないし、彼らがいなければ志木市役所がぴりっと締まることもなかったのではないかと思う。

地域社会に思いをもって発言し改革していく市民に、「一部の市民」だから許せない、という農村保守のようなレッテル貼りが行われる。とくに最近は小林よしのりあたりが「プロ市民」などという言葉を発明して、それからなおさらだ。朝霞市でも基地跡地利用の審議会で、どう見ても基地跡地利用で一枚金儲けに噛める不動産屋の委員が、基地跡地利用に抵抗したり商業利用に反対する委員や市民懇談会委員の動きに「一部の市民」というレッテル貼りを行っている。
私はこのようなレッテル貼りは無視すべきだと思う。本人や周囲がそれを真にうけて、誰もが自分が少数だからと発言することを断念してしまったら、再び裁量行政が始まる。そのことでおきる弊害が不正行為だけならよいが、かつての土建業者のように政治と密接に絡み金も権力も操作できるような人間だけがこっそり市役所を動かすようなことに逆戻りすれば、その政策決定の犠牲になる人も多いし、財政規律も政治的に歪められていく。

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2006.05.23

5/24② 相続税の課税強化へ

政府税調が相続税の課税強化で動き出す。歓迎したい。
相続税を高くすることは努力に水を注すというような意見もあるが、所詮、子どもは他人。親の財産当て込むようではどうもならない。今の税制では、詐欺まがいの商売をやったり、親の財産をあてにして生きることを評価されるようなかたちになっている。いろいろ留保はあるが、賛成したい。

一方で、地域の緑地を守っている土地持ちなどを保護したい気持ちもある。だからといって相続税を下げればいいかというと、違うと思うし、これこれの用途なら、と理由をあれこれつけると、それを抜け道に相続税を払わない大金持ちが出てくる。

台湾の資産課税に学ぶことが多い。台湾の土地課税は、土地の価格を申告制にしている。そして申告した土地の価格が高ければ日本で言う固定資産税や相続税を高く払う代わりに、土地を売り払ってもほとんど課税されないし、逆に土地価格を低く申告すれば、固定資産税や相続税はべらぼうに安くできる代わりに、土地を売ったときにはごそっと税金で持っていかれる。孫文の思想がルーツらしいが、面白い税制だ。これなら、土地を公益に使おうとする土地持ちには固定資産税や相続税は安く、土地を投機に使おうという土地持ちには固定資産税や相続税をがっちりかけられる。

そして1980年代のバブルの頃、こうした税制を主張していたのが菅直人さん(「国会論争土地政策」参照)だが、今の民主党には土地持ちと労組出身議員の相続税の是非の対立論しかなくて、コロンブスの卵を割るような主張が見られない。

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2006.05.18

5/18② 繰り返される朝霞市の談合

朝霞市の入札では談合事件が後を絶たない。
きょうの朝日埼玉西版などで報じられたが、朝霞一中の取り壊し作業の入札で、談合情報があり、入札を延期したということだ。何度も何度もこうしたことが繰り返されており、入札改革が必要である。

法政の武藤先生の「入札改革」はいくつかの点で参考になる。
・入札を、登録業者だけでやる指名競争入札ではなく、一般入札にすること。応札する業者が特定できなくなるので談合がしにくくなる。
・応札業者がわかってしまう業者向けの説明会を開かないこと。入札にかける事業についての説明は文書かインターネットでのみ公開すること。説明会を開くと応札業者がわかってしまい、談合がされやすい。

そして大事なことは、
・お金だけの評価で入札しないこと。男女平等や障害者雇用、リサイクルへの協力、地元雇用、労働基準法の遵守など政策協力度も評価に入れて入札すること。それらをポイント換算するなどして、公正に評価されるようにすること。

この間の「改革」好き連中の議論は、税金が無駄遣いされなければいいというだけのポリシーしかない。でもお金だけしか評価しないから、談合が簡単にできてしまうし、安ければ問題業者などに簡単に委託されてしまう、という。お金だけが評価基準なら、業者どうし、説明会の廊下やトイレの隅、市役所のロビー、帰り道でものの1分もかけずに談合ができる。
政策協力度をポイント化して入札基準に組み込むことは、民間業者に政策協力を得るための有効な手法になるだろう。朝霞市の次世代育成支援計画では、市の職員が「私たちが民間業者にあれこれ言える立場じゃないんですよ」なんて泣き言を言っていたが、金も権限もあるのだから、泣き言を言う前に手段を持ってほしい。
一方で、事前に政策協力をスクリーニングして登録業者制度にしてしまわないよう、指名競争入札の失敗を繰り返さないよう、政策協力度もポイント化して競争基準に入れ、公正な業者決定をすることが大事だという。評価基準が複雑化すれば、説明会の廊下やトイレの洗面所での談合では済まなくなり、資料なども出回り、確実に足がつくことになる。

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5/18 ほちいほちいという子どもみたいな議論

基地跡地利用の策定委員会の3月27日の会議の議事録が公表されている。

第10回基地跡地利用策定委員会の議事録(2006/3/27)

これを読むと、基地跡地利用をするためには、朝霞市財政に相当な犠牲がかかってくることが報告されている。それなのに基地跡地を利用したくてしたくて仕方がない、不動産屋の委員や市民の委員は、そんなことは財政課が考えることだ、議会が考えることだ、とまったく顧みようとしない。あんまり財政のことを考えて何のための行政になってしまうのか、という状態は考え物だが、あまりにも自分たちのやりたいことばかり主張して、財政のことを顧みない議論は、第二次世界大戦中の陸軍・海軍の失敗を繰り返すようなものだ。
私は、事務局が説明した数字を議事録から拾う限り、基地跡地取得の借金返済のため毎年20億~30億の返済が必要になる。20億~30億というと、介護施設や保育所5~6ヶ所開設できる金額であり、介護施設や保育所への国補助も考えると10ヶ所ぐらい開設できる金額だ。介護施設や保育施設のランニングコストに換算すれば20ヶ所分である。

私のように保育園を使わなくてはならない市民は、市職員に財政事情で我慢しろ、と言われ続けている。それもふてぶてしい態度で。児童福祉課の窓口職員に半ば税金泥棒みたいに言われて、いい応対されたことはなかった。
それなのに、公園だとか、巨大スーパーだとか、医師会館だとか、作りたい人たちで自分たちで何とかしたら、ということにジャブジャブお金を使うなんてナンセンスだ。
基地跡地利用なんて政策が間違っていると思えてくる。都市計画で、国が変なところに売ったり、変な用途に利用されないように歯止めをかけるだけで十分じゃないかと思う。

私は小さな政府に反対しているが、税金が有効に使われないことについては、問題だと思っている。
公園をつくるのか、救急病院に客が取られるのを嫌がる医師会のための施設をつくるのか、はたまた今や時代遅れになり始めている郊外型スーパーのために使われるのか、いずれにしても、あったからといってどうだというのだ。
朝霞市で保育園や介護施設に入れない人たち、劣悪な障害者福祉サービスの中で、仕事も他の家族の面倒も犠牲にしている人たち、そして満足な機会を与えられない当事者たちの状況が放置される。彼らは、行政にちょっと詳しい市民や市職員に税金の無駄遣いと言われているのだ。そして税金の節減というと「行政に甘えている」と真っ先にその標的になる。土地成金で私費で福祉をまかなえる人たちが市役所に大きな顔をしているから。
私の小学校の頃の朝霞市の教育はひどかった。教員は白の模造紙しかかってもらえず、枚数も上限があった。がんばっている先生は自分の給料からカラーの模造紙を買ったりしていた。この議事録を読むと、当時、野球場を作ったり、運動公園を作るために、そんな犠牲を払われていたんだということがわかる。当時は、まだ能力主義なんてなかったからとりあえず就職できる子さえ育てれば学校の役割は終わった。
しかし、これからは熾烈な自治体間競争が始まり、教育や福祉にお金をけちって質を下げてしまうと、首都圏の中では比較的安いという面でしか朝霞を評価しない、町を住み捨てる人しかやってこなくなる。
立派な公園ができた、医師会館ができた、郊外型スーパーとの複合施設ができた、さてそれで朝霞市民の力がどんどん低下したら、市民所得が下がり、税収が下がり、さらに朝霞市は財政的に危機的な状況に陥れる。
そういうことをわかって、財政論を無視した議論をしているのか、疑問である。

こうした主張をする不動産屋や市民を見ると、稼ぎも少ないのに、家計も顧みず、自動車や家電製品を買ってくるおやじのメンタリティーを見る。こういう自治体を見て、母屋はお茶漬け食べているのに、離れではすきやきというのだろう。

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2006.05.15

5/16 野党のあり方で自治体も変わる

朝の有楽町線が車両故障。これまでも連結器が切れたり車両がよく壊れる物騒な電車だ。和光市や新木場の工場のメンテナンス能力の質が低いのか、有楽町線の車両が設計上問題を抱えているのか、寿命なのか、原因を明確にしてほしい。

●最近、知り合いが、朝霞市の「市民ネット」という市議会会派の広報を見せてくれた。この市民ネットは首都圏各地の生協運動から生まれた会派ではなく、旧社会党の若手議員が社会党の崩壊と同時につくった会派。
実は、このうち1人の議員の初当選の選挙を私は応援したが、その後、私が民主寄りに見えたのか、おたよりも何も送ってこなかった。民主主義を徹底する左翼的な主張を高く掲げているのに、どんな議会活動をしているのか、全く情報が入ってこないし、民主主義に対してまずいんじゃないかなぁ、なんて思っている。

埼玉県南部の自治体の体質が、北海道や大分の自治体よりもはるかに古くて勉強していなくてやる気がなくて批判してきたが、本来、そういう自治体を改革すべき旧社会党や革新系無所属の態度もまずかったんじゃないの、と思うことがある。
保守派に対する批判を、すべて「戦争の準備をしている」というところに話をこじつけて意味のない批判にしてしまったり、介護や保育の利用料値上げのことはことさら問題にするのに、サービスを受けることすら行政裁量で排除されている人々のことについては、ほとんど無視をしてきた態度は本当に問題だと思う。国際情勢についてはマニアックなぐらいしゃべり倒すのに、福祉については熱心さが見られない。

今回の通信で、路上禁煙条例にこの会派はただ1つ反対した。たばこの火と煙の暴力性について何も自覚しないこの会派の態度はほんとうに残念で、次の投票行動に十分に参考にさせてもらおうと思う。

でも、自民党(地主ばかり)と公明党と共産党しかない市議会(最近民主もできたけど、よそ以上に自民党との違いが解らない。労組出身者もいない)で、どこを選ぶかというとでもしかでそういう人を選ぶしかない。誰か市議に出てくれないかと思う。保育園問題とか、東京通勤者とか、給与所得者の家庭の大変さをわかるような、しかも市民運動やNPO活動にも関わって楽しんでいけるような元OLの人材がいないかと思う。

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2006.05.14

5/13③ 公園があっても・・・

●市内の方と思われる方からメールをいただきました。

内容は基地跡地のことで、自然を残してほしいという気持ちいっぱい(それは私も同感だが)でつまっていて、自然のためにも市民の保養のためにも地球温暖化防止にも洪水対策のためにも、とにかく公園にして残せという主張でした。そして基地跡地の市民懇談会に傍聴に来てほしいというものでした。

お気持ちはわかりますし、共感するところもいっぱいだけども、基地跡地の自然を守りたいなら、絶対的な正義ではなく、利権に勝てるシステム提案と理屈を出していかなくてはならないし、残念ながら、「基地跡地を開発する」という前提が合意形成されてしまっている以上は、認可保育園に入れない子どもを抱えて家計が正直いってきつい状態の我が家にとって、これ以上、市の財政を痛めつけて福祉や教育など人づくりのところにお金をかけることができなくなることは避けてほしいという思いがあります。そうした施策をとれば公園ばかりが立派で、確実に朝霞市民の力を奪っていきます。

公園が善なるもの、という前提を疑ってほしいです。ハコモノ行政の弊害とは何なのでしょうか。使われるか使われないかわからない施設を作り続けることです。立派な建物なのに運用する職員がいない施設のことです。
どんなに自然環境を守ろうとも公園もひょっとするとハコモノ行政の1つかもしれないということを考えなくてはなりません。公園はコストがかからないように見えますが、収入も上がらず、誰かがメンテナンスをしてくれるものでもないので、清掃業者や造園業者を年がら年中使って整備しなくてはならない、ものすごくコスト高なものなのです。

朝霞市に公園が少ないというのは、根拠のない話で、首都圏にしてはものすごく公園が多いまちなのです。朝霞市に造園業者が多いのも公園が多いからなのです。公園がいっぱいあるのに、安らげるイメージを代表する「公園」をもっと欲しい、というのは、もっと別な原因で市民は安らぎを得られないと理解した方がよさそうだと思います。欲しい→つくるべき、という行政ニーズの展開の仕方はばらまき福祉以上に問題だと思います。

私は、基地跡地を緑地で残そうとした人は、基地跡地利用の議論にのってしまったことが失敗戦略だったんじゃないかと最近思っています。基地跡地を使わなくてはならない、という議論ですから、限りある朝霞市財政の中では、民間に売り飛ばすしかないわけで、不純だけども公務員宿舎にして緑をたくさん残す計画にしてもらうことが市の財政を痛めつけずに緑を守る方法じゃないかと思っています。
お金をかけずに自然を守りたいなら基地をあのまま放置しておくことがベストで、そのためには跡地利用という前提をぶちこわすことが必要ですし、私たちの中にある空いた土地は何かに使える、利用しなくてはならない、という脅迫観念を棄てることではないかと思っています。

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2006.04.21

4/21 いい街です奈良県平群町

奈良県平群町の騒音おばさんに実刑判決が下る。あんな執拗な人に何年もやられ続けた被害者のことを考えると仕方ないのかなぁ、としつこいのが嫌いな私は思うけど、冷静に考えるとその判決が妥当かどうか、おばさんの状況が伝わってこないので、何とも言えない。

あんまり報道されなかったけど、不幸が続いた家庭環境などを考えると弱めの精神的疾病も考えられ(だから責任から逃れられるとは考えないが)、そうだとすればぶたばこに放り込む前に、治療を始めた方が有効な気がする。

そんなことを考えながら家路につくと、騒音おねえさんの運転するズンドコ車が家の前の信号で止まっている。赤ちゃんは起きてしまうし、音楽が全部聞こえてこないで重低音だけが振動で伝わってきて気持ち悪い。北海道ではズンドコ車の運転手が、救急車が近づいていることに気付かず、救急車に突っ込み横転させた事件もあった。暴走族ですら根絶やしにされているこの時代に、ズンドコ車の運転手は無罪なのかな。執拗ではないけども。

平群町の擁護もしておきます。騒音おばさんが化粧っ気ない格好で、あの表情で怒鳴っているところばかり報道されているから、東京でいう歴史の浅い下町ゾーンあたりを想像されるかも知れません。実際、平群町はイメージダウンに過剰反応して、住宅地の騒音を禁止する条例をわざわざ作ったようです。
以前、組合の機関紙の取材でうかがいましたが、平群町は丘陵地の高級住宅地で、乗り換えが1回はいるものの、大阪難波まで20分程度の便利さと静かさの両方がある住宅地でした。町役場も現場サービスをとても大事にしていて、公共サービスが充実している住みやすそうな街でした。

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2006.04.17

4/17② 地方分権を進めた人たち

今は地方分権というと、改革派首長などと称して、なんだかいさましい首長ばかりが目立つ。若手政治家の専売特許のように見える地方分権だが、革新市長や、首長出身の保守系国会議員たちのたゆみない努力で理論かされ、運動化され、90年代の政界再編成の中で花開いたものだ。

抵抗勢力の政治家を評価するときに、地方の業界団体だけの話し合い民主主義(談合体質ともいう)を重視するのか、地域社会の話し合いによる緩やかな改革を重視するのか、分かれ目だと思う。

朝日新聞夕刊「ニッポン人脈記・分権のあしたへ⑥」で、私の尊敬する五十嵐広三元官房長官がとりあげられている。旭川市長時代、日本で最初の歩行者天国を始め、国が起債許可をしない中で旭山動物園をつくったことが紹介されている。のちに社会党代議士になる。評価の低い社会党の人材のなかで、一番理想に近いところにいて、一番現実的な政治家だったと思う。村山政権のいくつかの功績はこの人なしにはありえなかったと思う。

東武百貨店の6階家具売り場で売られるアイヌ民芸風の北海道民芸の家具は五十嵐さんが商品開発していったもの。五十嵐さんには商才もある。理想的な社会党人である。

同じ記事で、閣議で地方分権推進法の承認を求めた野中広務の話も面白い。園部町長だったときに、京都府課長から記事には書いていないが共産党が単独推薦する知事の選挙に「証を立てろ」と要求される話も紹介されている。公権力とは何かを知り尽くしている京都共産党のリアリズムと、えげつなさを表現している。

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2006.04.14

4/14 社会民主主義と封建主義を行ったりきたり

通勤電車(だけ)で読書三昧。東京はこの時間がありがたいのかも知れない。

●呉智英「犬儒派だもの」を読む。革命思想の儒教の復権をテーマに評論活動をする呉の文は面白いが、それ以上に近代とは何か、その原理的なものを認識できることがありがたい。
埼玉県南部の自治体の風土や、民主党の体質は近代の理屈になりきれていないと私は怒っているのだろう。じゃ、彼らは儒教(封建的)かと言うとそれまた薩長のつくった明治新政府の残映や薩長政権がつくった通俗道徳にがんじがらめになっているだけで面白くも何ともない。
専業主婦が女として立派な生き方だなんていう自称封建的な「道徳家」も多いけど、封建時代には主婦なんて言葉はなかったし存在しなかった。それらしきものは武士階級の妻だが、夫がリストラにでもあったら死を賭して仇討ちに行くのが武士の妻である。今の専業主婦で、夫をリストラした会社に元服間際のティーンエージャーの息子と長刀を連れて乗り込んで、仇を討たんと上司や人事部なで切りにする妻などまずいないだろう、などと呉は過去の著書で書いている。もし妻がリストラにあったら、仇討ちをやってみたい気はするが。
同書では、名古屋の隣町で防災放送とたたかったり、書生みたいな仕事をして接した水木しげるの人となり、社会党左派の影の天皇・向坂逸郎に搾取され続けてきたマルクス経済学者岡崎次郎の失踪からみる死生観、ニコチンタールをセーブした意味不明のたばこしか売っていないことへの批判など、興味深い評論もてんこ盛り。

●続いて姜尚中の弟子・76年生まれ高原基彰「不安型ナショナリズムの時代」を読む。今時、浅田彰や宮台真司など、ポストモダンの言説をあれこれ器用にいじっているだけでなかなかナショナリズムの議論にたどり着かない。ニート批判を批判しながら、しかし年功序列は良くない復活はありえない社会流動性の時代を甘受せよ、その社会不安の中でナショナリズムにならない方法を考えよう、と、いういかにも左翼リバタリアン大学院生の役に立たない言説。何が言いたいのかわからない。私がばかだからかも知れないが。むかむかして途中で読書放棄。買って損した。

●続いて三浦展「脱ファスト風土宣言」を読む。感情論が多かった前著の「ファスト風土化する日本」より格段に良くなっている。私の考えている、都市らしい消費社会や都市の復権のための脱クルマは必要という理屈と同じことが書かれていて心強くなる。分析も簡潔で明快。そして実用的。洋泉社新書は当たりはずれが激しい。
日本の都市計画というと華美の生えた後藤新平の話ばかりだが、道路が立派な中心市街地は魅力的でないというのも現実。東京が何回も後藤的な都市計画を採用しなかったのは、地震に強いけども、歩行空間としては殺伐としていてメリットしか見えないからだ。故岡並木さんも同様の主張をされていた。私には後藤の街は平壌を想起させる。
商店主が商店街の中に住まないで大家化しているから商店街がサラ金とヤミ風俗店ばかりになる、とか、不動産屋はもっとまちづくりに責任を持て、とか、不在商店主や不動産屋は空き店舗を公共のスペースにするような仕事をしろ、とか、地域福祉計画に盛り込んだことや市民委員会で発言した。同じことが書いてある。ありがたい。

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2006.04.11

4/11 市の財政の7割を傾けて

朝霞市が進めている基地跡地利用に疑問になってきた。

昨年12月21日の市の基地跡地利用計画策定委員会の議事録が公開されている。委員会の中で、基地跡地の取得に必要な資金が180億円必要だということが明かされている。朝霞市の一般会計予算の規模が、300億円、市民税収入が170億円なので、市の財政の7~8ヵ月分を基地跡地の土地取得だけに使うことになる。

となると道は、①市債を発行して借金をふくらませて土地を取得する。当然、可能な限り国や県が補助金を出す福祉施設を建設して、市の持ち出しになる市債発行は抑える。②土地取得に民間資金を入れるため、市を経由して不動産屋やデベロッパーに土地を払い下げ開発する。その一部に公共施設を確保する。③使わない、の3つの選択肢しかない。

①は、当然、後世の朝霞市民の負担になる。国と違い、自治体は、逃げ出す住民を引き留める仕組みがない。それもよその市から見れば勝手にやったんでしょ、と言われかねない土地開発計画で自業自得ともいえる財政悪化となれば、国や県が支援する理屈がない。朝霞市民が福祉や教育水準の低下を我慢し、お金持っている住民はどんどん脱出する中で基地跡地利用を進めていくことになる。
②は、「民間活力」などと格好良い言葉が出てきそうだが、公有財産や公共用地を利用して特定の事業者だけ儲けさせる、もっとも自治体の役割が問われかねない問題である。うまくいくのは開発で商業施設などのハコモノをつくるまでである。自治体財政から考えれば、実際、没個性的な郊外型スーパーや、大規模マンションが建設され、そのための施設の周辺インフラ整備や副次的に発生する商店街の衰退の対策に税金をしこたま使わされるハメに陥る。多くの自治体がこうしたことに協力してまちづくりに禍根を残しただけではなく、ランニングコストのかかる自治体になっている。
③今まで通りのことである。全国で良い方の水準の朝霞市の財政状況が続くだけである。

実は、先日、次世代育成支援計画推進委員会で、児童福祉課係長から土地取得費込みで5億も使って保育所を整備している、などと恩着せがましく言われた(私の子は朝霞市の認可保育所に入れずお世話になっていないのに恩着せられたのはおかしい)が、朝霞の待機児童問題など15億もあれば解決する。もっというと、支出面だけみれば15億だが、うち7.5億は国が補助するし、遊休地に保育所を作ればさらに半分ぐらいになる。保育所より入所が厳しい特別養護老人ホームでも同じぐらいのお金で済む。

一方、ショッピングセンターだ、医療会館だ、公園だ、と、「無くたってやっていけんだろ」と言いたくなるような市民のニーズに180億も使うような話をどんどん進めているということに理解しがたいものを感じる。
策定委員会と、市民100人懇談会の両方で、開発することを前提に、不動産屋の代弁者と、自然保護派の代弁者が言い合いのようになっているが、それぞれ目先のあったらいいなについて議論しているだけ。そもそも私たちの未来を考えて、何もしない、という考えを1つも折り込んでいないことがダメだと思う。

私は①②の計画になるようだったら、まだ低層住宅しかつくらない、とか、緑地面積はこれ以上とか、朝霞でニーズが破裂している特別養護老人ホームと保育所を建設させる、などの条件をつけて国家公務員住宅を建設させる方がいいのではないかと思うようになってきた。財務省よ、市民の意見を分断する時期だと思うよ。

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2006.04.10

4/10 自治体にたかるGMS

北海道新聞社「実録・老舗百貨店凋落」(講談社文庫)を読む。縁故のある地方都市が、札幌(丸井今井)、大分(トキハ)、近所の川越(丸広)など、力のある地方百貨店のあるまちばかりだったので、地方百貨店の動向は気になっている。

札幌の名門百貨店丸井今井の、97年のオーナー家社長解任に始まる第一次再建から05年の伊勢丹の系列入りによる第二次再建のスタートまでを追いかけたルポルタージュ。私が札幌で働いてた会社は相当古く創業115年になるが、それより5年ぐらい先輩のデパートで同じ界隈だった。第一次再建は拓銀が倒産したり、今の労組に就職が内定した時期でもあり、いろいろ思い出にも絡む。

第一次再建はバブル後遺症のツケの精算。当時のオーナー今井春雄氏が自分の事業欲(青年実業家にありがちなハード物件の購入欲)のために連載債務でデパートの資産を食いつぶしたことがきっかけ。第二次再建はまさしく郊外型スーパーの進出による道内支店の破綻に原因としている。

第二次再建にともなう小樽店や苫小牧店の閉店に際して、自治体や商店街から閉店するなの陳情を繰り返し受けた。しかし丸井今井は自治体に、GMSがまきちらす対策費に目がくらんで郊外型ショッピングセンターを誘致をし、税金使って鉄道駅を改築したり外郭団体が土地買い取りに協力し、中心市街地を滅ぼしたのはそのまち自身じゃないか、と反論した。まさにその通りで、税金や地元の政財界の恩恵を受けてきたかと言えば何もされていないのである。経済情勢やブームのハコモノを行き当たりばったりに誘致するだけの北海道の自治体にとって中心市街地そしてそこにある百貨店なんてどうでもよい扱いしかしてこなかった。

小樽市はさらに間が抜けている。市をあげて誘致した9万平米のマイカルの郊外型ショッピングセンターが中心市街地をずたずたにし、丸井今井小樽店を傾かせた後、たった2年半でマイカルは経営破綻。その余波をうけて、中核店舗のビブレが閉鎖され廃墟化したという。さらに10億の税金の貸倒が起きている。体よく自治体はGMSにたかられたのである。

流通業の不振について「努力しない中心市街地の商店街、デパートがツケを払っている」という93年イデオロギーを信じ込まされ、いろいろ弊害はあっても経済進歩のために郊外型スーパーを規制するのはおかしいという議論がされている。無個性で便利なGMSに魂を抜かれその影を見ようとしないお気楽論理である。この本を読むと、郊外型スーパーは政治力と税金を食い散らかすとんだ浪費家なのである。GMSは努力しているから成功しているのではない。

朝霞市の基地跡地再開発でも、青年会議所案では「税金を使わない開発」と称して、郊外型スーパーの誘致を目指している。税財政を有効に使えということと、自営業者の集まりである自分たちの利害を一致させた提案だと思う。
しかし、郊外型スーパーの出店に市や国の財産を使い、ただでさえ地力の弱い商店街がさらに衰退し、高齢化著しい本町周辺の定住民の買い物の場を遠ざけるとすれば、何のための市の財政なのか、問い直されなくてはならない。作られる雇用も時間給労働しかない。税金を使うにしても、そこで働く人々は税金を納めない程度にしか所得を与えられないことも留意すべきだ。

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2006.03.16

3/16 基地跡地に公務員宿舎が建設される問題で市の方針

米軍基地跡地の利用について、市民で議論を続けていますが、その中で国家公務員の宿舎建設が提案されています。それに対する市の方針が示されました。

市民合意によるまちづくりの手続きを進めていること、公務員宿舎に対して厳しい視線が注がれている社会情勢の応援もあるので、朝霞市が国に言うべきことをいうというという方針は妥当なものと思われます。

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3/15 朝霞市の防犯推進計画案に意見を提出

朝霞市は、防犯推進計画案をまとめパブリックコメントに付したので、意見を提出した。朝霞市の犯罪動向の分析があまりされていない中で対策がつくられていること、学校の施錠厳重化の問題点などを中心に意見を書いた。

朝霞市の防犯推進計画案「bohankeikakuan.pdf」をダウンロード

〈私の提出した意見〉

朝霞市役所市民生活課 御中
朝霞市防犯推進計画に対する意見

1.防犯推進計画をまとめるにあたって考慮してほしいこと
 「体感不安」という言葉があり、低下する犯罪件数に反比例するように犯罪におびえる市民の意識は高まっていると、数々の調査での治安・防犯に対する関心の高さからうかがえます。それには様々な理由づけが可能ですが、人と人とを疑い角つき合わせるような防衛意識の向上や犯罪や危険への直接の対抗策だけではなく、市民のおびえる意識を元気付け、安心感や信頼感を地域社会でつくるような方策をしてほしいと思います。
 防犯活動は、他人を疑うことや、他人のプライバシーに一定の干渉をすることがどうしても避けられない面があります。それが高じて、各人の「常識」といわれるものの視点では理解できない人々に対する排他的警戒感を煽って、かえって地域社会の人々の間の壁が高くしてしまう副作用もあります。極端な場合は、差別問題にも発展します。
 朝霞市は、東京のベッドタウンとして発展してきたまちです。多様な市民の多様なあり方に折り合いつけながら受け止めて発展してきた歴史を大切にし、都会らしい他人との共存と理解をもとにしたまちづくりのため、防犯のあるべきかたちをつくってください。

2.計画で推進することの前提条件がわかりません
 当計画を通読したものの、認知犯罪件数が低下していることや、自動車や自転車を中心とした犯罪が中心であるという統計など、若干の統計資料以外は、防犯の前提となる犯罪や危険の状況について十分な分析と説明がされていません。また市民