2023.02.01

2/1 年収1000万円の人に月5000円出すか出さないかにだけ盛り上がる国会

「児童手当の支給拡大」をめぐって与野党ともに毎日、毎日、多大な時間を使って手柄合戦をしています。児童手当に所得制限があること自体が良いことか悪いことかなんて大雑把な話のもとに、子育て支援の様々な政策に議論し、合意形成していかなくてはならない労力が、みんな取られています。
今回の支給拡大って、家族のなかで最も収入のある人が年収約1000万円以上である人に、月5000円の児童手当を支給するかどうかということに、与野党とも言い争っているのですが、違和感ありませんか。

子どもができてくる家庭の大半は、家族のなかで最大の収入がある人が年収200~600万円ぐらいで、とりわけ年収400万円以下が増えていることは、社会保障と経済を議論する多くの人が課題認識としていることです。それを背景に、子どもの貧困問題がクローズアップされて、子ども食堂の経営から、社会保障政策としての児童手当、児童扶養手当の議論が、盛んになっている状況があります。
今回の児童手当の拡大の論争には、子どもを多くつくるこの世代の話は全くありません。

今回、児童手当にクローズアップされた背景に「少子化対策」というスローガンがありましたが、月5000円もらえるから子どもを産んだり、もらえなから産み控えするなどバースコントロールをするものなのでしょうか。特に年収1000万円もある人にとって。
経済生活ではもっと大きな、賃金収入がどうなるかはあるとは思いますが、どのような人生にしていくか、どのような家庭にしていきたいかという考えが各家庭で判断されたなかで、職業や社会生活などとの関係をみながら、子どもは産めるかどうかの判断がされていて、月5000円など変数としてはほとんど影響がないと思います。もちろんそこまで計画せずに、予期せぬ妊娠を受け入れていく割合も少なくはありません。そうしたもの含めて、子どもがどう産まれてくるかということの洞察が必要です。

子育て政策を盛んに提言している山口慎太郎さんという経済学者は、経済的に豊かな家庭に経済支援しても、さらにお金のかかる子育てに使ってしまうということを新聞インタビューで話しています。私もそうだろうと思っています。
  2023年1月朝日新聞「現金給付より5倍有効各国専門家が薦める出生率向上」
子どもをふやしたい、子どもを幸福にしたいとするなら、現金を撒くのではなくて、子どもを産んでも負担感のない社会システムを作ることにお金を使え、と提言もされていて、ゼニカネでは幸せにならないかも知れないが、子育てに対するしんどさ、二度とゴメンという感覚を軽減できていくのだろうと思います。
他の論文では、少子化対策という政策目標での多くの施策が成果が上がらない、と断言していて、もう少し落ち着いて幸福な子育てができる社会ってどんなものかと考えて欲しいところです。産めよ殖やせよ、ではなくて。

問題は財源です。子ども関連施策はものすごい予算を食べていきます。介護保険のような、サービス供給量に連動した負担の自動計算システムがなく、全て、その年に調達するにしろ、国債に依存するにしろ最終的に税金で払うことになります。国民の幸福度が上がり、より問題解決に有効な手段を、意識的に選択して選んでいかないと、「子育てしているからカネをくれ」という声に呼応してばら撒いているだけでは、皮肉なことに子どもたちが私たちが子育てのためと言って食い荒らしたツケを、将来負担させられます。少なくとも、子どもたちがおとなになったときに、問題解決しなければならない問題から、税金で対処できる範囲が狭まることは避けられません。

もちろんお金がたんまりあれば、月5000円程度を出し渋る話は、システムを複雑化させるだけですから、取っ払ったらいいとは思いますが、優先課題があって、財源がなくて、というなかで、手柄合戦にそんなに盛り上がることなんですか、と思うばかりです。

少子化対策のために、子どもたちの払う税金の大半が借金返済になってしまった、なんて笑える話ではありません。

●長年、子ども政策を家庭に処理させてきた自民党が子育て政策に弱いのは仕方ないと思います。問題は、そういう社会を作り替えよう、という野党の側に、子ども政策の対案形成力がないことです。あっちが5000円ならこっちは10000円という、レベルの低い営業活動しかできていません。産後のパニックに陥っている核家族、障害児が誕生した家庭、多胎育児に大変な思いをしている家庭、海外から帰ってきてパニックに陥っている子ども、いじめにあった子どもの支援、不登校になった子どもへの支援と教育、他の先進国だったら解決できる問題がいまだに家庭の自助努力に押し込まれています。そんな話にどうしたいという議論を国会で与党にふっかけているの見たことがありません。児童手当の水準の話ばっかりです。
この問題は与党のチェックだけしていればいい問題ではないと思います。権丈先生も指摘していますが、最大野党のなかで厚生労働省関係の施策を握っているのが、一本取る政局志向しかない人たちなので、どうしようもないというのは諦めの境地です。
そういうなかで、自民党は、自見はなこ、橋本岳、小倉少子化担当相というオルタナティブが育ちはじめています。

●富裕層に5000円配る話だけでは申し訳ないと思うのか、低所得者にさらに1万円みたいなこと言う野党議員がいます。野党が現金給付の拡大を提唱しても、考え方もイデオロギーもいりませんから、選挙直前に、自公政権の政策協議で公明党あたりが押し込んで、公明党の成果として実施されてしまう結果になります。実現した後、私たちが本来言い始めたんだ、なんて言っても後の祭。さらにたちのわるいことは、政権交代期に、そうした自公政権の財政的な帳尻あわせを度外視してきたツケを、野党が与党になったときに、追い込まれるように増税させられるんです。こうした悪循環をどう断ち切るのか、真剣に考えるべきです。
子どもに直接届く現物サービスなら、自民党はなかなか呑みませんから、こんな野党が自爆するような話にはなりません。

●所得制限でいうと、月5000円より優先して見直すべきものがあります。
①高校全入時代においては、高校卒業が義務教育課程修了のような意味を持ってしまっていますから、私は高校無償化はもっと広げていくべきだと思います。これは子どもが子ども自身の選択として、自分のサービスを受けるもので、保護者が享受するサービスではないからです。富裕層でも、親の先入観で子どもの進路を制限・制約してしまうこともまま見られることだからです。
②経済的支援というと貧困家庭に直結しやすいひとり親が課題なのに、そこに出される児童扶養手当はもっともっと低い所得制限になっています。フェミニズムの議論では養育費徴収強化が流行していますが、離婚に至る相手も貧困である割合が高く養育費の支払能力がない人がたくさんいます。むしろ高所得者の月5000円より、本当に必要なのは、ひとり親家庭の対象拡大や支給額の改善ではないかと思います。
③障害や医療に関して、自治体独自の負担軽減策がありますが、その多くは「住民税非課税世帯」です。年収100~150万円前後でサービスが切られます。ここには誰も何もいいません。何の支援サービスも受けられない家庭がその上にたんまりいるのです。この人たちは恵まれた人たちなのでしょうか。年収1000万円より、切実な階層のはずです。

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2023.01.23

1/21 「少子化対策」という話とその語られ方が異様です

「異次元の少子化対策」という岸田首相の言葉を契機に、公的な子育て支援をどうするかという議論がデタラメ・ぐちゃぐちゃになっている感じがします。そこで議論されている政策が、ほんとうに「少子化」を克服できるのか、子どものいる空間が幸福になるのか、結果が考慮されている議論がされている感じがしていません。

日本は子どもに使う公的予算が少ないと指摘されて、研究者も子育て予算をもっとと指摘しますが、そういう話がいつしか「子育て世帯のオレにカネくれ」という話にしか展開しない情けなさ。現金を撒くから金額の規模も巨額になり、他の子どもやその家庭の幸福度を上げるサービスをつくり検討する余力が、財源的にも人員的にも消耗してなくなっていたりするのが今の状況だと思います。

統一選を前に、有権者に現金をばらまきたい政治家たちが、お金を撒いていいことをしたと言われたい、それだけなんでしょうね、ということで、子育ての負担感、子どもの閉塞感が解決される道筋はまったくないと言うしかありません。その展望のなさが、子どもに対して積極的にならない生活態度を形成していると感じるものです。政治家が子育て政策に疎く、短期間で検討すると現金を撒くことがすぐ出てしまう、その足下を見て、年収1000万円超ぐらいの人たちがSNSで、「子育て罰」などと自分たちが被害者ポジションに置いて、月5000円をくれくれ言っているのですが、年収とそれで受け取る収入の落差にずれている感じがしています。

低所得者と同じく月5000円受け取れて、子育て環境が劇的に改善するのでしょうか。子どもを殖やそうという気になるのでしょうか。あまり関係ないように思います。
むしろこの年収1000万円ぐらいの子育てしている人たちには、実際に子育てで困ったことを思い出してもらって、何が欠けているのか整理して発言してもらえたらと思っています。そしてそのことは、低所得者にも共通の新たな支援サービスとしてわかりやすく共有できるのではないかと思います。産前産後の家事支援とか、幼稚園の入園支援情報の提供とか、いろいろあると思います。
※事実上義務教育のようになっている高校の授業料無償化に関しては所得制限を外すべきだと思います。

子育て政策など、この10年でようやく政策のメインストリームになったばかりで、未整備な施策だらけということです。以前は学校しかありませんでした。ようやく保育園や学童保育がまともに整備されるようになった段階です。障害児や医療的ケアの必要な子どもの育ちの支援は、多くの自治体でまだまだです。貧困家庭の支援も、まだまだです。まだまだお金と人手をかけて育てていかなくてはならない話の多い分野ですが、せっかく捻出した子育て財源を、月数千円とか、単発で数万円とかばら撒いて、結果的には何も環境が変わらないみたいな話にしたくないと思っています。

政策用語もどうかと思っています。子育て支援だったり子ども支援というのが政策として正しいのであって、「少子化対策」って「産めよ殖やせよ」をマイルドにした言葉ですよね。かつてナチスは、いろいろな条件で結婚に至らない「アーリア人」女性を施設に集めて、軍の優秀な将校に種付けさせていたことがありました。地球環境が壊れている問題も、人類の人口の増加による要素が大きく、無理に人を殖やすという話はナンセンスなのではないかと思います。
子どもを産んで殖やしても、幸福度の高い仕事や賃金のある程度ある仕事が減っているなかで、子どもたちが幸福な人生を送る確証もなく、ブルシットジョブの人たちの経済奴隷にされるのではないか、と心配してしまう状況も課題です。

少子化で、心配なのは年金と経済成長ですが、年金は払う人と受け取る人の比率が長寿化でおかしくなっているわけですから、現役世代の比率を高める線引きのし直しをすることが必要だと思います。もちろん老化は人によって進み方が違うので、しなやかな制度にすることは前提です。60歳前後で人が亡くなっていた時代は50歳定年、75歳ぐらいまで生きるようになったら60歳定年と、過去には設定し直しています。
経済成長には期待しても結果が出るのに20年かかる人口増以外の方法での有効需要が生まれる施策を打つのが先決で、学費の無償化や老後のリスクにかかるコストを税が吸収するなどして、貯金をしなくてよい社会構造をつくり、消費性向を高める施策が必要です。

子どもに関しては前述したように、子育ての負担感、疎外感、義務感をなくすための施策が必要で、それは現金給付よりも先にやることがたくさんあると思います。赤字国債を原資にやるわけですから、ちゃんとした政策を作って取り組む必要があると思います。

●政策の柱に、子どもの権利という観点が無くて、経済的なお金と欲求の消化の取引みたいな、商取引の力関係を前提にした話しかないからだろうなぁと思います。

●市議会でも現金バラマキ型の政策が入っている予算には反対することが多いのですが、そうすると、市民がお金を必要としているのに反対するなんて考えられない、みたいなこと言われたりします。結果として、政策に関与する政治や行政の注意力がバラマキに熱中して、他の子ども政策が実現するのを遅らせている結果になるばかりです。ましてや子どもには直接届かない施策です。こうした政治業界の議論のされ方が、安直にばら撒く選択肢を選ばせて、問題解決が遠のくばかりです。
原資は赤字国債で、今の子どもたちが働き盛りになったら、処理に追われる借金を残してやっていることに注意を払うことも必要です。その時代に政策選択の幅が狭まりかねません。

●見返りがないと騒ぎ立てる高所得者に、2019年からの保育無償化で年間30万近い保育料・幼稚園授業料が無償になっていると指摘したいのですが、無償化すると実経費がわからなくなって、受け取っている権利がわからなくなる話だなぁと思いました。介護保険が一部自己負担を残しているのは、権利性の確認と、費用に対する自覚を求めているからなのでしょうね。

●扶養控除の復活を言う人がいて、ほんとにう日本人は税控除が大好きだなぁと思いますが、計算してみてください。非課税世帯は恩恵ゼロ、最低税率の世帯は38万×5%の年間1万9000円(月額1583円)しか戻らないのに対し、最高税率の世帯は38万円×45%で17万1000円(月額14250円)も戻ってくる話です。税制による実質的な格差拡大策であり、新自由主義的価値観にもとづく主張です。
左翼でもこんな格差拡大策を提唱する人がいますし、大学の先生で提唱している人もいますが、これは2009年子ども手当拡大のときに、扶養控除よりも給付と議論して整理した「先行研究」を踏まえないものだなぁ、と受け止めております。

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2019.11.29

11/29 「子どもたちの未来」と今のためにも

選挙カーでは、応援のウグイスに入る方が「子どもたちの未来のためにくろかわは」という言葉で宣伝をしてくれました。そこに「子どもたちの今も」と付け加えてもらうようにお願いしました。

ここ10年ぐらい「子どもたちの未来のために」という言葉が行政や政策関係者の刷り込みのようなキャッチフレーズになっています。子どもたちへの財政支出や公的な価値を高めるために大事な概念です。私も全く同意します。
加えて、子ども自身になってみれば、日々起きていることが解決されずに悩まれていることも多いと思います。成長していくことを応援することが「未来のために」であれば、非合理的な不条理を押しつけられることや、劣悪処遇、危険な交通環境、犯罪、いじめ、虐待から子どもたちが守られるべきことは今の問題であるし、遊び場やたまり場の確保ということでは、未来のためではなく今のため、ということだと思っています。

応援に来た方はそのことをよく理解しているのではっと気づいて、以後「子どもたちの未来と今のため」と言ってくれました。

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2018.12.30

12/30 放課後児童クラブの職員配置と規制のありか

25日の閣議で、放課後児童クラブの職員配置規制が、国として基準を残しつつ、自治体の条例改正で緩和できる制度に変更することが決められ、今後法改正と政令の改正で実施に移されます。このことをめぐって放課後児童クラブに係わる方々から不安視されていますが、朝霞市としては12月定例市議会で、私を含む何人かの議員の質問に対して、職員配置基準を変える条例を提出することはない、と明言しています。

現状より職員配置が割り込むことは基本ありえないと考えていただいて結構です。

ただこの改正に関して、国に対して抗議をする動きがあるのですが、どうもずれた議論があるなぁ、と思うところがあります。
改正の内容は、職員配置の規制を国が一方的に規制してビタ一文ずらしてはならない、という内容から、国が規制案は示すし基本はこれでやってもらいたいが自治体が独自に条例を設定したら、(下にも上にも)規制を独自設定できる、という内容です。国が示す基準を「従うべき」→「参酌すべき」と書き換えることになります。

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2018.12.03

12/1 天皇即位でいただく10連休の保育や失業の課題

天皇退位と新天皇即位の祝賀として来年4月27日から5月6日まで10連休になることが政府から発表されています。年度替わりで多くの人が多忙な4月に新元号にならずに済んでほっとしていますが、GWに休暇が追加されたことは、やや危険ではないかと思っています。

一つには、月替わりに人生を行き詰まる人が多いこと。そのときに役所を開けられないというのは、月替わりで提供されるセーフティーネットが底割れすることになります。月末、突然職場が資金繰りにつまり、閉鎖され、宿舎付きの雇用であると家まで失います。そうしたときに役所が対応可能なのか。
昨日、山一証券の破綻のルポがNHKスペシャルで取り上げられていましたが、その後二の舞を避けるために金融再生法ができ。金融のセーフティーネットはできあがっています。でも人間のセーフティーネットは全然考えてもらえないんですよね。
朝霞市役所でも、通常の閉庁日と同様、守衛室経由で待機職員が出動するというスキームにするような予定にしています。しかし休日の守衛室が、そう事情を理解自宅待機している職員につなぐことは、難しいのではないかと思われます。その状態が10日間も続くのです。

もう一つは、保育園が通常の土曜日である27日以外、9日間あきません。公務員と工場労働者、事務系正社員は問題が少ないと思いますが、デパートやスーパーなど小売店や飲食店や遊園地に働く人しかおとながいないご家庭、警察、消防、病院、鉄道など土曜も日曜も交代勤務に組み込まれている人のご家庭などの、乳幼児の保育が底割れしかねません。子どもを預けられる信頼できる人が近くにいなければ、自宅にかぎかけて乳幼児を家で長時間寝かせておくしかありません。
初出馬のときに仕事でお世話になったUAゼンセン東京都支部長にごあいさつにうかがったところ、朝霞市には700人ぐらい組合員がいて大半は小売関係と聞かされています。そのうちどのくらいが保育園利用者かわかりませんが、大変なことになります。
国家が一方的に決定した休日の追加で、乳幼児たちが育児放棄にせざるを得ないなんてあってよいのでしょうか。各自治体で特別な対応が求められるように思います。

学校に関しては、急な転校では、ひとまず5月7日に学区内の学校に登校させて、事後処理的に手続きを進める対応をとる見込みです。

上記のようなことを12日午後の市議会の一般質問で取り上げる予定です。

●このことを一般質問するとツィートに挙げたら、貧困問題に取り組む「舫」の稲葉剛さんが取り上げてくれました。きちんと正面向いて対応すると、先進事例になると思います。

●10連休、保育でどうしようとお悩みの方、ご家庭の実情をメールで送っていただけたらと思います。直接の対応はできるかどうかわかりませんが、議会の質問を通じて対応を促す力になると思います。

●安倍政権のお友達政治家の圧力で、新元号の内定発表が4月下旬になってから、という毎日新聞の報道がありました。朝霞市役所も1週間でコンピューターシステムや印刷物の元号変更に対応しなければなりません。1ヵ月はほしいところでした。
役所のシステム担当者、各部門のシステム責任者たちは、改正プログラム入れ替えと動作検証で新元号・天皇即位を祝う間もなく、休日出勤になるみたいです。前回の元号改正に立ち会った職員も少なからずいますが、当時はコンピューターシステムなど会計や住民基本台帳など限られた世界で、それぞれが単独に動くシステムだった時代のものです。全然、質的に違うことをしなくてはならないようです。

●政府は消費を喚起したいつもりでしょうが、宿舎も航空便も大型休暇は変動相場制の料金で高くて、なかなか出かけられないんですよね。また製造業の仕事も公務員も減って、休みの日こそ働かなくてはならない仕事が増えています。そういうなかで大型連続休暇ばかり作りたがる今の政府、時代のセンスに合っているのでしょうか。疑問です。

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2018.11.15

11/15 問題だらけの保育料無償化にたたかう全国市長会を応援します

安倍政権がぶち上げた、消費税増税にともなう保育料無償化の財源確保をめぐって、全国市長会と財務省、総務省、内閣府、厚労省との攻防が激しくなっており、検討する分科会に参加している各市長からさまざまな情報発信がされています。

私は保育料無償化はいつかは必要と考えるものの、消費税財源としてやるには優先順位がはるかに低いと考えています。その理由として、①現状の保育料が所得に応じて負担する仕組みになっている、②保育政策の優先課題は待機児童対策に財源を投入すべき、③次の優先課題は保育士の人材確保のために普通の仕事なみの賃金に引き上げることが不可欠、といった点が指摘できると思います。
保育料の無償化は、現状の所得に応じた保育料が無償化になるので高所得者ほど恩恵が出ます。それは格差の逆配分になります。内部留保をため込む法人への税が減税されて消費税が上がる、と批判されているあの現象と同じことになると思います。

さらにここにきて国は、①保育料の無償化財源の半分を自治体の持ち出し負担とせよ、②保育園の給食の主食費以外も自己負担にする、という提案が出されてきています。
これで朝霞市でも数億円の財源捻出が必要になり、ねこの不妊手術も、風疹やインフルエンザのワクチン接種も、市の独自施策と言われているものはバッサリ切らざるを得なくなると思います。国は交付税措置するだの、地方消費税の増収だの言いますが、交付税措置は、地方交付税の総額を増やすわけではないので、保育に増えてごみ処理で減算するみたいなことが行われます。地方消費税は市が購入する様々な物品や工事契約につきまとうので、それでかなりが取られるので十分な金額ではありません。

こうした問題に、現在、全国市長会の「社会文教委員会・子ども子育て検討会議合同会議」というところで自治体の意見として、国が押しつける自治体負担に対して、委員となっている各市長が果敢に国に考えを改めるように取り組んでいます。
私もその流れを応援したいと思います。

●朝霞市としても、この保育料無償化の自治体負担分の財源確保が見通せないなかで、待機児童対策に数年アクセル踏めなくなるようです。多くの人が働きながら子育てする機会を失うことでの人生の損失が発生します。

●保育料は安ければ安いほどいい、という方もいますが、一方で待機児童がこれだけあるなかで、保育料をもう少し上げて対策を進めてほしい、とも言われます。私も高所得層はもう少し負担してもらって、待機児童対策と保育園給食の主食費を保育料に織り込めないかと考えて、行政に提言しましたが、保育料無償化が提案されて、すべてが無になった感じがしています。

●全額無償となるサービスというのは、国に逆らえないシステムになることも考慮しなければなりません。日本の教育レベルが低いのは、現場に改革の責任と権能がなく、国にしか制度の決定権がないからです。

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2017.08.23

8/22 政治家が打ち上げる保育料無料化って…

最近、新しさを掲げる政治家たちから保育料無料化をぶち上げられます。保育料だけ見れば、消費税1%もいらないというのです。しかしちょっと待ってよ、と思っています。子ども保険などという制度を入れて、出てくるのが保育料無料化しかないなんて話もあります。それだけの財源調達やってそれですか、という感じがしないでもありません。
私ももっと保育園が重視される政治をやれやれ言ってきた側だし、私自身の保育料負担は、地域的に認可外保育しか選択肢はなく、11年の未就学児を育ててるうち8年間利用し、自動車2台買えるぐらい超過負担をしてきたので、保育料は安いに超したことはないと思っています。しかし、保育料を下げることに多大な財源を使ってしまって、他に解決すべき保育園にまつわる様々な政策課題が解決できるのか、疑問です。
端的に言うと、優先順位がおかしくて、票を取るためにわかりやすい政策だけを打ち上げて、財源弾切れ、待機児童問題や質の問題が放置されたまままた40年問題が放置される、ということになりかねません。

保育園に関する財政は、市町村の超過負担によって支えられています。保育園が思うように整備できないのは、この超過負担の財源がなく、様々な支出を削ってひっぱがして調達している現実があり、最近のベッドタウンでは、よほど金回りのよい自治体以外、様々な子育て世帯や障害者のいる世帯に出す〇〇補助金みたいなのを切って、公共施設の新築・改築どころか修繕すら先延ばしにして、標準の行政サービスを提供するのがやっと、という状況です。
そこに保育料を無料化したらどのようなことが起きるのか。
保育需要は少しだと思いますが上がるでしょう。保育園は1施設でそんなに人を入れられません。60人とか90人とかの規模です。朝霞市で未就学児が8000人いて、保育所利用率がわずか1%上がるだけでも保育園が1つ必要になります。新たに必要となる保育園の建設費はほとんど国・県の負担ですが、運営経費は1園で市負担分だけで5000万円が必要になります。ここは無料化した保育料の倍ぐらいの予算がいります。まずこの問題にぶち当たります。
無料化されるのは保護者負担だけですから、その裏側で国や自治体が負担している保育財源は、今の日本政府や自治体の財政からは簡単に出てきません。待機児童問題が放置されたまま無料化すると、想像するだけで変なことが起きそうです。

高齢者や障害者福祉サービスとのバランスが必要です。高齢者の福祉・医療は1割負担、ある程度の所得の人は2割負担、さらに来年度からは高所得者には3割負担が入ります。年金収入だけで他に収入もない高齢者世帯が、保育園と同等のサービスを受けると、介護度により3万5千円~6万円払っていることになります(高所得者限定ですが来年度からはさらに1.5倍になる人がいる)。保育園の利用理由の大半が経済活動のためだとすると、収入のない人の介護利用料を上げ続けて高齢者に貯金しなきゃならない強迫観念を与え続けていることとのバランスが問われてくると思います。

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2016.09.16

9/16 待機児童数が絶対に正しい数字になることありません

厚生労働省が、待機児童数の数え方を変更するようです。自治体や保育関係者からクレームがついたからって、計算方法を変更する、というのはムダだし、そんなことに労力使うなら、というごろついた思いがあります。保育関係者ほど、待機児童数の数え方に問題あり、という議論に盛り上がりますが、それを計算するには、あまりにも変数が多くて、いつも無駄な議論だと思っています。

こうなったのは、世田谷区長はじめ、待機児童数でワーストをもらっている自治体関係者が、待機児童数の数え方がおかしいと騒ぎだしたのが発端ですが、私はそんなことで厚労省に力入れてクレーム入れている暇があったら、不動産屋や保育事業者、保育士養成学校などをまわって、少しでも待機児童を解消する努力をしてもらうべきでしょう。

待機児童数というのは就労や親族介護看護、就学など親などによる「保育を必要とする」子のうちから「保育園入園が決まらなかった」子の数です。その過程では危機的に困っている人だけ抽出するために、転園希望だったり、認可外保育で実質的に保育が行われたりする人を差し引くのですが、それが自治体によって基準がまちまちだと、不利な評価になった自治体関係者が怒っているのです。
まず、その加算減算がどの自治体も一律の基準でできるものなのでしょうか。

さらに、待機児童数を数える出発点にある「保育を必要とする子」は、役所に認められた子どもの数からスタートします。それを全国画一的に定義できるのでしょうか。「保育を必要とする」と認定されなかった子どもの数は最初からどこかに行っていますが、それを定義することは地域事情によりけりで本当は不可能です。
とりあえず「保育が必要」と認定された子どもの数から数えていることに何の疑問も感じていないで、その先の加算減算のところで待機児童数の数え方がおかしいの何のと言っても、永遠の研究テーマでしかないように思います。

働くということが実に多様だし地域性があるということを飲み込むと、そもそも待機児童数は相対的な数字でしかありません。自治体間で正確に比較して優劣をつけるような種類のものでもないし、そのようなことをしても待機児童問題は解決せず、数字を少なく出すことができた自治体の自己満足に過ぎないわです。
数字を示されると、どこか科学的で正しいもので、その確信を裏切ってはならない、と考えるのは、受験秀才的な信仰です。

しかし「待機児童数」が全く無意味かというと、そうではなく、その自治体内においての基準として、問題解決に向けては必要で有効です。他自治体と比較するにしても、変数が多くて相対的な数字なんだと飲み込んで、自治体の仕事の相場を把握するのに使う限りにおいては、使える数字だと思うのです。でもそれは問題解決に向けて自治体が動くことが前提ということです。

いずれにしてもそんな数字に自治体や厚労省保育課が神経すり減らす労力があったら、財源調達することに力を注いだらと思うものです。

●数値目標みたいなキラーワードに縛られると、こういうことが起きるのです。

●保育園が充実しているかしていないかの、自治体間で客観的に比較する数字は、そこの自治体の未就学児に対して、保育定員の比率、保育園の整備率しかないように思います。
待機児童数が少ないのに、保育園の整備率が悪い自治体は、専業主婦が多いので、最近の目黒、世田谷、杉並みたいに、おかれた環境や子育て世代の住民意識の変化があればいつか待機児童問題が深刻に発生します。
待機児童数だけ見て、需要追随で保育園を整備したって後手後手に回るだけなのです。待機児童数というのは諸々の変数の結果でしかないのです。厚労省の統計の責任にして自治体の保育行政が免責されるような問題ではないのです。
もっときついこと言うと、首長が厚労省に「待機児童数の数え方が」などと言わせて、注進もしない無能な管理職は、問題が起きると解決する前にオレのせいじゃない、と考えるタイプと思われます。保育職場からはもちろん、数字を扱うような部署や、トラブルの多い部署の管理職をやらせてはいけないように思います。

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2016.03.29

3/29 政府の保育対策の問題点と評価点

政府が昨日、待機児童への緊急対策を発表しています。
政治が、保育園に入れなくて仕事を失う人のことを考えようとしたことは評価していますが、一方で出てきた対策が中身がなさすぎて、まとめが必要ではないかと思います。

一週間ほど前の記事にも書きましたが、保育制度の改革では、小泉政権時代が最も効果がないことを行い、それ以後の政権は一貫して前向きな対応をとっていますが、それでも状況を甘く見過ぎていることと、政治の側に当事者がいない状態です。
小泉政権時代は、保育分野に既得権益を設定して、国民の仮想的のように演出して、必要な改革を空回りさせてきたことが問題でした。また民主党政権が終わった後は、せっかく確保した消費税増税財源を年金積立金に取られたりしながら保育に振り向ける財源が刈り込まれて、必要な政策が停滞しているところがあります。

今回の対策は、既得権益攻撃をするような価値観をもつ塩崎厚労大臣のもとでは、小泉政権期に大した効果を上げなかった政策がべたべたと貼り付けられている、という感じがしています。
国は、何より、保育園整備が自治体で止まってしまっている事情を解消していくことを専念すべきです。思いつきみたいなこといくらやっても、厚労省保育課をトップに自治体、保育園事業者、建設業者、保護者団体もみんな改善に向けての動きがそのことで空回りしてしまうのです。

とくに一番の課題は、保育所の建設費は結構出てくるのですが、保育園の運営コストの自治体負担分が超過負担になっていて、その構造を改善しないと、自治体としてはどこかで対策が限界に来るということです。

●以下、塩崎大臣の発表した緊急対策とその私の考え方です。

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2016.03.12

3/12 2000年代保育園政策はどう展開されたか~待機児童問題の誤情報による責任論を回避するために

「国会議事録で調べると、民主党政権で子供手当ての財源確保のために公立保育園などの補助金を事業仕分けで削減したために待機児童が増えてた。地方も都市部も一律対応した民主党政権の負の遺産でした 」
というデマがツィッター上で流布しているみたいです。結果からいうとそういう事実はなく、むしろ、2009年頃から、首都圏の自治体では保育園を急増させているので、数字だけみると逆の現象になっています。

保育園を増やしたか減らしたかに関しては、自民党政権も民主党政権も功も罪も党内での意見の割れもあって、結果として保育園を増やす方に動いてきたというのが事実です。

日本の場合、保守政党がイデオロギーとは別に、私立保育園の一部を票田に組み込んでいるし、自治体首長や議員も保育園の政策をやっているので、イデオロギーや政党の対立によって待機児童問題に影響は与えていません。そこを無理に政局にするのも、どうかと思っています。

一方で、蓮舫参議院議員は「保育所関連施設を事業仕分けの対象にした、との間違いが時々見受けられますが、そもそも自民党が一般財源化したもので国の予算ではないためあり得ません」といい、玉木衆議院議員は「民主党が事業仕分けで保育所関連経費を削減したとのネット情報があるが、全くのデマだ。公立保育所の予算は小泉政権時代の「三位一体改革」で平成16年に運営費が、福田内閣時代の平成20年に整備費が、それぞれ一般財源化されており、そもそも国の予算ではなくなっている。」と反論しているが、どうも反論としては断片的な事実で反論しているだけで、一般財源化そのものは民主党も推進してきたことから、さらに誤解を広げる展開になるのだろうと思います。

民主党が待機児童対策など保育園政策に定見を持っていたかという謎は、中公新書の「民主党政権 失敗の検証」の「第五章子ども手当-チルドレンファストの蹉跌」を読んでもらいたいものです。そのなかでは、それほど保育園政策そのものに熱心ではなかったことが、子ども手当というわかりやすい政策に飛びつかれたことが書かれたことが明らかにされています。
民主党政権下の保育園整備は着実に推進されていますが、その原因は一部の良心的な議員が注目されないところで整備の仕組みを守って、2007年~今日まで続く保育園増設を基調とする待機児童対策が取り組まれてきた、ということが言えます。そのことは政権交代でも壊さずに来たということが言えると思います。

●十分な資料が手元にないので一部不正確な認識があるかも知れませんが、1990年代後半からの保育園政策を以下整理してみます。

続きを読む "3/12 2000年代保育園政策はどう展開されたか~待機児童問題の誤情報による責任論を回避するために"

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