2017.11.12

11/11 注文の多いごみステーション~朝霞の森でごみステーションの運営しました

2017111111日、朝霞の森の開設を記念して始まった秋祭が今年も開かれ、約3000人の来場者がありました。プレーパークの開催、バンド演奏、飲食物の有償提供などが同時並行で催されました。

地縁の強い友人からは「ふだん朝霞市のイベントには来ないような市民が来ている」と驚かれ、住んでよしと思ってもらえるイベントになったかなぁ、と思っています。

私もこの朝霞の森の開放・開設にガンバレガンバレ言った議員として、秋祭に何かできないかと思っていて、初回からごみ整理を担当させてもらっています。

参加者には、単なる分別収集にとどまらず、ごみのがさを抑えるために、パッケージの種類別までした分別収集にご協力いただきましてありがとうございました。
おかげさまで、秋祭の翌日、ごみ一つ落ちていませんでした。
参加者のご協力とご理解、さすがです。
ごみをご自宅に持ち帰っていただいた方もおられました。ありがとうございます。

私のなかでも、参加者からお礼を言っていただいたり、おしゃべりをしていただいたり、面白い仕事でもあります。

イベントでいろいろなものが提供すれば、ごみが出ます。参加者も主催者も扱いに困ります。ごみ持ち帰りを基本としているイベントもありますが、そうすると放置ごみがポツポツでできます。そうしたものの処理をやっていると、疲ればっかり出てきて、次やりたくないな、と主体的に運営する側のみなさんがみんな思ってしまうものです。
それと、土曜日開催で、ごみ搬入が月曜日まで2日置くことから、ごみが不衛生にならないように、という目的でもあります。

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2017.10.23

10/23 生きた心地のしない雨

昨日の台風での被害はありませんでしたか。

最近、豪雨の頻発と農地の減少で、近所が頻繁に冠水し、ときに床上浸水まで起きます。最近、雨レーダーに赤や黄色が出ていると、生きた心地がしません。近所はまぬがれましたが、内間木では道路冠水があったようです。

久しぶりの晴れです。いろいろなものを乾かしたいと思います。

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2017.10.21

10/21 大分・由布市長選には小林かやこさんを

20171016kobayashikayako大分県由布市の市長選には、議会改革の運動でお世話になった、小林かや子さんが立候補しています。湯布院町のまちづくりの支援で住み始め、「ゆふいん文化・記録映画祭」の企画運営に中心的に携わってきました。町議になり、合併を経て由布市議会議員をしてきた方です。

自治体学会での議員会員の研究会に私を引き込んだ方です。そこでの活躍や、その他議会改革の運動で活躍され、私も何度も相談に乗っていただいた方です。、昨年の自治体学会日田大会の開催にあたって、企画部会員として仕事もご一緒いたしました。企画力や構想力、長い歴史のなかでものごとを見る目などがすぐれた方だと思っています。

ご本人の知っている以上の知り合いがいないので、こうしてホームページでご紹介いたします。

数年前、エイプリールフールに小林さんの引き回しで由布院のみなさまと飲食をともにする機会があったのですが、向かっているさなかに小林さんがSNSに放った冗談のおかげで、由布院駅に到着したときに、駅長さんはじめ、由布院のまちの方々に偉い目にあったことも、よい思い出です。

🌑FACEBOOKにご本人の演説の文字原稿が出ているのでご紹介します。

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2017.08.21

8/21 東洋大撤退

21日書類が投函されており、市役所から議員あてに、2021年4月をもって東洋大学の朝霞キャンパスに残存していたライフデザイン学部が北区の校舎に移転すると連絡を受けたことが通知されています。

●安倍政権に都会の大学の定員増を権力的に規制させてまで、地方がほしがっている大学から、あっさり去られたのは残念です。とりわけこれからの地域運営に重要な戦略となる福祉政策のブレーンであった東洋大学ライフデザイン学部がなくなったことは、ボディーブローのようになってくるように思います。
また地域のさまざまな福祉活動をしている団体にとっても、学生ボランティアとの連携を受けているとこも少なくなく、影響は小さくなさそうです。

●一方で、朝霞市が戦略的に東洋大学と関わってきたのか、と問われると、部分的に市民活動団体との間に積極的な関わりがありましたが、包括連携のような動きは低調でしたし、東洋大学の社会実験みたいなことに市の資源を差し出すこともありませんでした。キャンパスのある都市に責任を感じてもらい引き留めるにはあまりにも素材が足りない感じです。学園都市のようなたたずまいを形成するのもできていません。
市役所では、昔、大御所と言われるような先生に審議会や委員会の座長役だけ押しつけて余計なこと言わせないようにした場面も見たことがあり、大学があるということに対する敬意があまりにも欠けていたのではないか、と思わせることもありました。審議会・委員会の委員になっていただくに当たり、きちんと政策目標をどうしたいのか、ご意見を聴いて意思疎通を図るということをしていなかった話も聞いたことがありました。
シティープロモーションという言葉が議員や企画畑の公務員に大流行で、そのなかで〇〇№1みたいな気合い言葉に飛びつきがちです。しかしそれとともに、市民所得県内4位にふさわしい街になるよう、知的資源を積極的に活用して質実のともなう都市にしていかなくてはならない時代になっているのてばないかと思います。

●跡地が関心になるのが、いまだに土地神話の残っている首都圏のいやらしいところですが、またわかりません。旧校舎が閉鎖後10年以上そのままであったことや、市街化調整区域であること、交通の便が整備されていないことなどから、他の用途が見つかるまでは、このままではないかと思います。

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2017.08.15

8/15 終戦の日、戦没者を追悼しました

20170815shusennohi先の大戦の終戦が宣せられて72年目、千鳥ヶ淵戦没者霊園に足を向け、総評の後継団体が主催する追悼式に参りました。毎年、ここに出て、先の大戦にまつわるすべての戦没者を追悼しています。

終戦を前後し、NHKが各種ドキュメント番組を手厚く放送して、参考になります。今年は、アメリカの軍隊の公文書から、日本への都市空襲がどのように行われたか克明に経緯が明らかになりました。戦争の記憶がなくなりつつある一方、戦争の経験がある人たちが証言しても支障がなくなってきている時代なのだろうなと思って見ていますが、戦争を始めたこと、戦争を終わらせた時期が遅すぎたこと、いずれもきちんとした決断ができない日本人の組織の体質を感じています。

そうして血をあがない実現した戦後の民主的改革を今私たちが享受していて、そのことの重みをしっかり感じ取っていきたいと思います。

●2年前に毎日新聞が各種統計や文献から戦争や戦争中の社会状況をまとめて「数字は証言する~データで見る太平洋戦争」というサイトを公表していて、先の大戦をめぐっては希望的観測で簡単に話をまとめて、信じたい話にもり立てることが増えていますが、このデータを見たら戦争を始めたのも正気じゃないし、あの戦争をもってしてもちゃんとシミュレートしたチームが軍隊にも政府にもあったのですが、どちらも負ける結果を報告したところ左遷されて前線に送られたなんて話もあったりします。
その組織にとって都合の悪い予測をする人を、空気を読めないダメな人というレッテル貼りがされがちですが、そういう組織の行く末は、こういうことなのだろうと思います。

●この記事のなかで、日本が戦争始めなかったらどのような展開をしていたかという問いがあって、日独伊に近かったのに日独伊側に加わらなかったスペインを例にあげられており、ギリシャも含めて、1975年頃まで穏健な翼賛体制が続いていたのかと考えると、またそれはそれで頭を抱える感じがしています。最近、中立、中立と叫ぶわりに戦前を美化する「国際政治学者」が話題になりましたが…。

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2017.07.31

7/30 議会改革の原点

29~30日、2007年に議会改革の号砲を鳴らした「市民と議員の条例づくり交流会議」に運営者側として参加してきました。
今年は、議会のチェック機能が働いているのか、というテーマでした。都議選でも、前の巨大与党に変わる、新たな巨大与党が誕生しているなかで、改めて議会が行政をチェックするということは何かということを考えたいというテーマ設定でした。

1日目の29日
・全国の議会改革の進展を調査速報から確認し、情報公開や一般質問の改革は進んでいるものの、議員立法はまだまだ、市民が議会に関わる仕組みづくりは立ち後れていることが報告されました。
・その後、自治体の監査委員のうち1人が議員から選ばれている制度がやめられる仕組みが導入され、議員選出の監査委員にどのような効果があるのかという議論がされました。行政職員出身の委員は、否定的な意見をする一方、議員として監査委員を経験した登壇者は、議員が行う監査は単なる会計的なチェックにとどまらず、筋のおかしな話を発見したりする効能がある、というような対論が行われました。
私は、監査委員のうち1人を議員とすることには懐疑的です。現在は市長の指名・任命となっており、議会のなかでの力関係が中立的になって事実上の指名権を議会が握らない限り、市長の都合の悪いことをチェックする人を市長が選ぶという構造になることや、専門性や職務の中立性、先入観がなく監査できるかというと心許ない感じがしています。
2日目の30日
・午前中は分科会。私は新公会計改革の運営を担当しました。今年度から自治体は貸借対照表を作ることになり、企業感覚の導入という言葉に表面的に共鳴する人には萌え萌えの改革が始まりますが、実態としては、過剰な資産の価値を維持するために膨大な減価償却費と維持費を毎年計上しなければならない、というよくわからない状況が出てきます。一方で、公共施設の年あたりの維持費用などが明確になったり、公共施設の無秩序な要求をセーブできるデータが出てくる期待も感じられます。
・午後は、各分科会の報告でしたが、議会への若者参加を取り組んでいる高島高校の取り組みが注目され、その報告に対する質問や討論で埋め尽くされました。若者の政治参加意識が低くて、教育、教育と言われますが、表面的な知識注入やモラルの押し込みではなく、子どもたちが地域社会に参加して、ルールや秩序や利益配分を変えていく体験をしなければ難しく、そのよい機会を議会が形成できるか問われているのだと思いました。

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2017.04.14

4/14 熊本大分地震1周年

もう1年になります。思ってもみなかったところに大きな地震が起きるという教訓を与えてくれました。
しかし、生活を再建しきれない人には、ほんとうに辛かった1年だったことをおもいめぐらすと、ここで安穏と生活していることに申し訳ない気持ちです。

熊本は、前職で何度も私を呼んで保育制度の改正に関する説明会を開いてくれて、そのことで私自身も勉強する機会を与えてくれた土地。
大分は、私の父方のルーツにあたるところ。幸い父の故郷の被害は少なかったものの、同業者のまちは観光客を抱えたまま被災して大変な思いをしたこと。

そんなことを思い出しながら、みなが人を大事にしながら生きられる社会にしていくことが大事だと振り返る日にしたいと思います。

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2017.04.13

4/13 年度末・年度始め

先月28日に市議会が終わり、議会報告を作り、印刷し、発送作業を進め、などとやっているうちに、みなさまにブログを更新して情報提供するのがあいてしまいました。

4月年度替わりでしたので、いろいろありました。
一つは、市役所の人事異動があり、課長級がかなり動きました。私が議員になった頃から、朝霞市の人事異動は落ち着き始め、2~3年でころころというケースは少なくなってきたのですが、ここに来て介護保険で企画担当する新設係ができたり、部長級の定年退職での引き上げによる昇格者がいたりと、組織改革はありませんでしたが、人が動く理由がいろいろ出ています。
また正規職員の新人は21人入りました。半分は新規採用、半分は社会人経験者という状況です。

卒業式や入学式もあり、門出をお祝いさせていたただきました。
引っ越しでいなくなられるとご連絡をいただいた方もおられます。ありがとうございます。

政治家にとっては政治資金報告書(年度末)、政務活動費報告書(4月中旬まで)などの作成・提出と、3月定例市議会の報告づくりで事務作業ばかりに追われるのですが、逆に、政治以外の業界では決算や異動をはさみ忙しい時期なのであまりウロウロしてはならない時期でもあります。

そろそろ事務仕事も一段落。次の市議会に向けて取り組む課題の調査にかかり始めています。

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2017.03.10

3/10 森友事件は何でも教育が解決できると考えることがベースにある

森友学園問題がマスコミを賑わせています。世の中、うまく立ち回るとこんなふうに土地を手に入れられるんだなぁ、という感じがしていて、日々、公共用地を高く買わざるを得なかったり、借りざるを得なかったり、NPO活動団体から活動する拠点が手に入らないと悩みを打ち明けられ、そして何より住宅価格の高騰に人生を捧げてしまう勤労者の側から見ると、うんざりしてきます。ほんとう自分はうまく立ち回れない無産者だとつくづく実感します。

土地の取得の不公正さの話はメディアやルポライターの力に委ねたいと思いますが、とても教育者として必要な知力もなさそうな理事長が、教育を騙り、そこに右派の政治家や評論家が群がる構図を見ていると、教育界って不幸な環境におかれているな、と思います。

日本社会は、個人の禁欲的努力を最大限に評価し、リスク分散や社会連帯による問題解決をあまり重視してきませんでした。その結果、人を教育して人を力づける方法論を中心に考えてきたので、何でもかんでも教育のせいにしてきたところがあるのではないか、と思うところがあります。これは右派も左派も同じです。

そういうなかで、右派の政治家や評論家が、こんな迷言吐く人物の学校経営に過剰な価値を見いだして、(最低限見積もって)煽ってきたのではないか、と思うところがあります。

教育や学校教育の効能と限界をきちんと見るべきではないかと思います。

●教員が授業のみならず、いろいろルールを増殖させて統制する生徒指導から、過剰な活動に問題が呈せられる部活まで、みんなこうした何でも教育で解決させようという思考回路が背景にあるのだと思います。

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2017.03.03

3/2 人が不幸になるのは因果律か

埼玉新聞によると、県議会自民党は、遭難者を救助して、財政が破綻した山岳県はないというのに、都会の県議会がこんな偽悪趣味な条例を作ろうとしています。

「遭難者から費用徴収 県防災ヘリの救助有料へ 安易、無謀な登山防止」

金額は命の重みに比べれば大したことはありませんが、この条例を作った人たちの、生存権に対してどのような価値観をもっているかよくわかろうものです。
そんな格好で登山するの、と私も思うことはありますが、一方でチベットを歩き回った川口慧海師などは、そうした極限のなかで、身分を隠して登山したことが、世界に未開の地に住む人々の姿を今に伝えているところもあります。
何より、記事では、救助に当たっている当事者から懸念が示され、私もそうだと思います。

条例を提案した自民党県議団は、いささか観念を振り回し過ぎなのではないかと思います。

●この一件は議員提出条例のありようについて考えさせられるものがあります。自治体議会が怠惰を貪っているのではないか、という有権者の疑問に、全国各地の議会人が改革に立ち上がっています。
そのなかで、議会が受け身の存在であることを克服しようとして政策条例づくりに積極的な動きが見られます。このこと自体は歓迎です。
一方、議会の改革に積極的な片山善博元総務大臣は、議員提出条例の数を自慢する風潮に一席を投じるコラムを自治日報に書いたことがあり、私も目をはっとさせられました。市民の自由を奪う可能性がある条例を、いくら作ったか競い合ってよいのか、という内容です。
自治体議会が市長が提出した条例や、市民が提出した請願や陳情の審査という受け身の仕事を、しかも英雄をつくれない「合議」という手段でしか実現できない、受け身の政治の場であることを直視し、その良さを残したありようを考えなくてはならないように思います。
この埼玉県議会の議員提出議員には、そういう危うさを感じさせるものがあります。少なくとも生命に関わる議案ですから、自民党やその同調者だけの賛成で通すようなことは慎重になってもらいたいと思います。

●遭難者自身が問題あるはずだ、という考え方を展開していくと、最後は救急車を呼ぶのも有料化される可能性があります。山岳登山より自己責任が問われる、決闘や暴力団の抗争、慢性疾患の放置、恋愛のもつれによる刃傷沙汰に、無料で救急車を呼んではならないという話に展開するのではないかと思います。その場合、小金井でストーカーに殺されたアイドルのような人は、多分、生きていなのではないかと思います。
人が不幸になることは因果律だと考える、ある種の自民党らしい考え方です。

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