2026.01.19

1/18 会派の新年会にご参加・ご関心に感謝を申し上げます

昨日は、市議会立憲歩みの会の新年会に支持者のみなさま来ていただいて感謝しています。また来られなかった方でも関心を持っていただいた方には、会場でありませんがありがとうございます。昨年2月に市長選にチャレンジした小野寺のりこさんのご参加と激励、本田議員が参加しているダンスサークルのダンス披露、参加者どうしの歓談をしました。
立憲民主党所属の本田議員からは、新党は新党として、市政での関わり方は会派の綱領どおり進んでいく、と説明があって、参加者のみなさんはほっとしていました。
代表した私からは、2025年前半は市長選とその余波、後半は議会内での様々なできごとで本当に苦労し支持者のみなさまにご心配おかけした、事も楽な1年ではなさそうだけれども、みなさまに見守られていきたい、と申し上げました。

17日は情報収集と翌日の新年会の準備、いろいろなことがあったので精神的な休養を取りつつ、最近購入した本を読み進めました。

18日、新年会の前には医療的ケア児の支援の学習会。県内の関心ある自治体議員や当事者のご家族とともに、自治体施策でどこに穴を埋めたらよいのか、ということの点検をしました。
自助グループからホームヘルプを事業化した越谷の事業者の方が、制度化が進むと当事者などの横串の問題解決力が低下していくのが課題だ、と言ったのが印象的でした。PTA改革で、真っ先に加入脱退自由が議論されるようなことが象徴的ですが、非制度的な連帯が困ったことなしにできない社会が作り出す孤立は、これから出てくる課題、と思いました。

| | コメント (0)

2026.01.06

1/5 

新年早々、米国トランプ大統領がベネズエラに軍事的行動を行った国際法違反を起こしました。国際情勢や安全保障政策は不得手な分野ですが、問題行動です。罪状とされたものは、米国に直接的にさしせまった脅威はなく、外交で解決すべき問題です。

政治が荒れる時代の一つの移行過程かも知れません。政治が荒れるということは平和が崩れる可能性が高いと思っています。

●大統領がどうして抑制がきかないか、ということの問題は、自治体の首長が強すぎる問題とよく似ています。過去には自治体内での独裁的な首長がしばしば話題になりましたし、最近は問題首長がしょうもない問題を起こしながら居座り続けることが問題になっています。

行政の長を直接選出する制度にで選ばれた首長は、議員内閣制と違って、議会への説明責任、議会からの信任がなくても、応答責任が担保されていない(投票に行く)大衆による支持だけで権限行使ができてしまって、慎重さを不要とするところがあります。行政権限を使って何でも形にしてしまうことができるし、議会を無力化することはたやすい。

一人で決めていることが、その一人を直接選挙することで、あたかもすべての民主主義を代表しているかのような顔ができてしまう。そしてその一人に敵対すると民主主義の敵であるかのような演出も可能になっていく、そんなところがあります。政治に多元性が失われ、社会は硬直し、象徴を美化し権力の継続のために政治のエネルギーは注力されていきます。政治なんてくだらないと無視を決め込む人と、象徴と権力に自己を仮託していく熱狂的な人との分断がものすごく強く出てきます。
そういう権力は議会なんかどうでもよい、無駄な時間、というような捉え方をします。
権力という、人の自由を制限し、財産を召し上げられるパワーの制御装置について、もう少し注意が必要じゃないかと思う昨今です。

多元的な人々を統合していくことができる民主主義の有無は、選挙の有無ではなくて、選挙にもづく議会が活発にしているかどうかだと思うところです。

●今はトランプ大統領の手荒さに批判が起きていますが、1週間もすれば、日米関係に「配慮」して、ベネズエラの政権がいかに悪かったかという話にすりかえられて、勧善懲悪話にもっていかれて、国際法違反は問題にしにくくなるのではないかと思っています。
日本が今あるのは国際法の秩序のバランスの上にあり、これを尊重せずに勧善懲悪の物語にもっていけば、周辺の軍事大国はいかようにでも周辺の秩序を守らない正当性を与えることになるでしょう。

| | コメント (0)

2025.12.28

12/27 許しがたい維新議員の国保逃れ

維新の一部議員が、一般財団法人の業務に従事している役員と位置づけて、社会保険に入り、負担の高い国民健康保険逃れをしていることが問題化しています。
制度があるわけではないので、議員全員が国民健康保険に入るわけではありません。元々勤めていた会社に勤務実態があった上で継続勤務していたり、親族が経営する不動産会社の役員で実務についている場合は、当然のことながら社会保険に入ることになりますが、その場合は、勤務先の給料に沿ったそこそこの社会保険料を払うことになるので、その場合は、問題はありません。

今回問題になっているのは、ペーパーカンパニーのような実態の財団法人の何百人もいる役員(普通の団体でそんなに役員いて組織が回るものでしょうか)の一員になり、ほとんど勤務実態もなく、給料もごくわずかしか払われない、あるいは払われていない前提で、ごく低額の社会保険料しか払っていないことが問題になっています。それで議員が、家族まるごと公的医療が受けられ、年金は国民年金分はもちろんのこと、ごくわずかでも報酬比例部分が出ることになります。

納得いかない人は多いのではないかと思います。社会保険料を下げる、という公約を自ら裏技で自分たちだけで実現している、とんでもない政治家たちです。
払わない代わりに年金の受給権もなくなる年金未納問題より悪質です。

大阪も、再来年から埼玉県も、国民健康保険料がものすごい金額になります。都道府県統一化という名目で、自治体の保険料補助を一切認めず、健康のリスクを抱えた人の比率も高い国民健康保険の加入者どうしで保険制度を回します。また、保険料も社会保険は報酬比例ですが、国民健康保険は人頭税があり、それが子どもも配偶者もみんな払わされます。とにかくものすごい金額です。
ここにかろうじて政治家が入ることで、政治で国民健康保険の問題点は認識されますが、自分たちが社会保険に、しかも実態のない勤務で入って「おトク」なんてやっていたら、国民健康保険の莫大な負担に泣いている人たちのことなんか、ただゴネているだけ、という感覚になるのでしょう。

●一方で、農民や自営業の人が少なくなる社会、ごく恵まれた就職先にいる人以外、議員が専業化せざるを得ない社会で、国民健康保険、国民年金でよいのか、という制度論はあってよいと思います。市議会議長会は全面的に社会保険に移行することを求めています。個人的にはそうなればありがたいですが、制度論として受け入れられるか、とくに事業主負担分に関して負担論として受け入れられるか微妙です。国民健康保険はともかく、国民年金で放置しておくことは、高齢になっても引退してもらえない要素の一つではないかと思います。私は、議員として厚生年金に入るというより、議員在職中は、事業主負担も本人負担とした上で、任意継続制度のような年金加入のあり方を考えるべきではないかと思っています。

またあわせて失業給付も、受け取らずに議員に転職した人には、議員在職中は給付資格を凍結し、議員退職後に求職活動を再開したときには、給付の権利を解凍することも考えるべきではないかと思います。求職活動の条件の悪さが、議員を議員にしがみつかせるなぁ、と痛感しています。

| | コメント (0)

2025.12.11

12/10 公共交通族議員としての不満

twitterにこんな投稿がありました。
「ところで地方は生活の足、文字通りの足である自動車とガソリンにバカでかい税金がかけられてるんだけど、東京都民の電車賃ってどれくらいの割合が税金なのかね」

なんでもかんでも税負担は大きい、税金を負けろという話しかない最近らしいツィートです。

満員電車で通勤して納税している市民のみなさん、この投稿の言葉に納得できますか。

通勤電車含めて鉄道は、ガソリン税みたいなものは払っていないものの、逆に道路をタダで造ってもらうような恩恵はほとんどありません。乗客の払う運賃だけで、線路用地を買い、線路を敷き、交換し、電気設備を設置し、交換し、1両1億以上の車両を買い、駅を造り、従業員に賃金を払うということをしています。道路との交差部だけ、立体交差にすれば道路特定財源を使えるぐらいです。(整備新幹線が自治体負担が入りますが、これはマイカー社会が大半の走行区間で、地域生活のための交通ではありません)。

諸外国では公共交通に大胆に補助が入っているものの、日本はそういうのがなく厳格な独立採算を要求されています。高度成長期、交通運賃が物価上昇の象徴みたいに叩かれて、不十分な経営資源に多くの客を詰め込むので、安かろう悪かろうの輸送環境が日本の公共交通です。
もっと通勤電車に税金が投入されて、税金を払うためでもある通勤に、疲れない状態にしてほしいというのが大都市圏の多くのサラリーマンのホンネじゃないかと思います。
それなのに最近は、人口減社会などというマスコミの刷り込みを利用して、人が増えている首都圏でも、公共交通への投資は抑制されて、さらに悪い環境になっているんじゃないかと思います。

いつでもどこでもドアツードア、ただし元気な間だけ、というマイカーの濫用が、環境、交通インフラ整備、高齢化の対応など様々な社会に負荷をかけていることをわかれば、このツィートのような言葉は出てこないでしょう。

| | コメント (0)

2025.11.12

11/12 衆議院の質問通告をめぐるドタバタへの雑感

国会の質問通告をめぐって毎度、程度の低い足の引っ張り合いが行われています。
政党の違い、与野党の違いが、政策の基軸をめぐっての争点がなくなって、税金をいくらまけてやるか程度の競争しかなくなって、端的に相手を凌駕する議論ができない政治が、こういう手段をめぐる足の引っ張り合いを始めるもので、情けないなと思っています。
それにまんまと乗ってしまうネット言論というのも、残念なものがあります。

議会運営が安定していれば、通告締切はどんどん繰り上げられます。朝霞市議会など実際の発言日より1ヵ月近くも前に通告締切が設定されるものもあります。
・市長提出議案に対する本会議質疑 発言日の2または3日前 → 議案の提示から8~10日
・議員が市政に関することで持ち込む一般質問 開会日の1週間程度前 →発言日まで20~25日ある

私が議員になったばかりの頃、小林由布市議(当時・現在は大分3区の立憲民主党の候補予定者)が質問通告(一般質問)なんてそんなに早くやったら行政の思いのままではないか、と指摘されたことがあります。町村議会や町村議会から市議会になったところでは、通告制度がないところもあります。
議員としては、議場で「何を話すんだろう」というのが、行政権に対する緊張感をもたらし、事務のミスや不公正な事務処理を防止していくものです。また発言日までに時間があればあったり、裏取りしない議員に対しては、犠牲者がいたり問題の多い事業を、行政が話をトリートメントして、無難な処理をした作り話を答弁にしてしまうこともあり得ます。はっとさせられた指摘でした。

質問の通告制度は、飛行機の指定席のような予約制度ではなくて、議事整理をしなくてはならない議長や、答弁者の事務的便宜のために行われるもので、議員が協力している本質があります。その提出のあり方をめぐって発言の資格を剥奪するかのような論題設定ができるようなものではないのです。もちろん議員は他の議員が存在し、議長の議事整理に誠実に対応すべきで、申し合わせなどの合意にもとづく制度なら、予約制とは違うからと変な抗戦をすべきものでもありません。
議会ではみんなで決めたものはみんなで守るという自治がなければ、たちまち行政権や強い圧力に負けて歪んだ議論が横行したり、少数派の意見が圧殺されていきます。

自民党政権が国会を開かれるのがいやで、国会の議事日程が決まらないことが、議事日程がなかなか決まらず、そのことが、通告提出の締切ルールの運行が定まらない面もあるなぁ、と思っています。ただ、メディアに無視され、地方交付税制度で財政的な混乱要素がとことん削られている地方議会と、国債情勢あり、財源の裁量性があり、ときにスキャンダルありの国会とでは、議題も毎度変わり、議事日程が安定させられないやむを得ない面があると思います。

●戦後日本社会の集団のあり方のモデルが学校と企業しかない(総力戦体制という人もいます)から、集団のあり方モデルがこの2パターンしかなくて、誰かがいつもルールを決めてくれて従うものという行動様式が定着しています。構成メンバーが対等平等なときにどうルール構築していくかということ苦手で、誰かが決めたわけわからんルールを守ったか守らなかったか、みたいな議論ばかりが横行するのだと思います。

●ちなみに野党の質問通告をありもしないルールで問題視した自民党議員は反省して発言を撤回していますし、自民党として注意しているので、これでよしとすべきです。ネット上では野党系支持者が、首を取るべきだとか、深追いする議論をしていますが、そういうことをやればまた発言制約のルールを逆提案されて相手陣地に引き込まれてメンドクサイ話になっていくと思います。

●この問題にした議員が立派だと思ったことがあります。知人の野党国会議員が衆議院予算委員会厚生労働分科会でよい質問をするというので傍聴に伺ったら、その野党の厚生労働族議員は誰も来ていなくて、議員席には、前の質問者と、後の質問者と、今回の指摘した議員しかいませんでした。この議員さん、ずっとこの分科会で議論を見守っており、与党厚生労働族議員としてのオーナーシップが立派だなぁと思ったものです。
この分科会は発言者以外は出席必須ではないので、ルール上はそれでよいのですが、厚労省の事務スキャンダルしか関心のないと見られているこの野党の厚生労働行政に関する国会対策の貧弱さを見たものです。

| | コメント (0)

2025.10.28

10/27 建築工事事業をどうチェックしていくかを学ぶ

27日午前中、議会改革の活性化分科会。
①行政の審議会からの議員委員の引き揚げ、②議会の日程を決める議会運営委員会より後に届く招集告示の発出日の繰上、③さらなるペーパーレスの推進、④議会図書室の資料の市立図書館所蔵に移行させる、などが各会派の議員の合意があり前向きな方向に。次回、議長原案の提示となる見込み。⑤議案提示の早期化に提案した私がゆっくり前に進もうと私が言うと、田原議員から「2年前の高沖さんの講演でなんて言っていたっけ。市民と十分に対話て議案を検討するには、提示時期を早めることに躊躇してはならない」という発言があり、ハッとさせられました。以前はそもそもの話をしても取り上げられなかった朝霞市議会のあり方に、きちんと原則から話し合いに乗ってくれるのが大違い。おとなりの会派「あさか未来」さんができてよかったというのはこういうところだ、と思いました。

午後は、自治体議会まちづくり研究会の主催の「工事議案のチェックポイント」学習会。
冒頭30分、工事議案の処理がどのようなフェーズで進んでいくのかを整理する導入を話しました。設計フェーズで注意して見ないと、工事のスペックに対してもの言いするタイミングを見失うし、私自身も、何度も見失ったことを話しました。
八潮市議の内田亜希子さんのプロの話は面白かったです。土建屋さんで働いてきた生々しい体験から、役所が建築物を作るときにおきがちなトラブルを紹介しながら、チェックポイントを紹介。壊した建物の下にはたいていガラ(建築廃棄物)が埋まっている、あるはずの書類などがあって揃っていれば説明できるはずのことが説明できないときは書類を紛失または捨ててしまっている可能性も考えるべき、施設のための新たな土地購入があれば、国土地理院の過去の地図を確認すること、など、具体的な話がよかったです。
終了後、参加者と意見交換しながら、各自治体の工事案件の課題を聞かせていただきました。公文書管理、予算管理、上下水道などあらゆる方向に話が広がっていくテーマでした。
イデオロギーも団結力も弱め、仕事したい議員には実用一点張りみたいな、この会の勉強会です。

| | コメント (0)

2025.10.26

10/23 高市政権への感想

高市政権誕生しました。

組閣名簿にNHKの政治部はバランスのよい人事と報道していたが、総裁選出馬者以外は、どうみても安倍晋三・高市系の趣味の人を集めたという感じです。石破政権の実務系大臣はみんな粛清されたような人事と、露悪趣味的な大臣起用も目立ちます。もともと裏金問題でパージされた政治家の復権という下心が強い高市さんの復権だからこそ、石破政権への報復色が強いのでしょう。

そのなかでも財務相にはあんぐり。経済政策は貨幣供給量をさらに増やしてインフレを加速したり円安を招き入れる展開になるのではないか不安です。また、政治への出自を考えると財務省内でも気持ちは複雑なのではないかと思います。財務省に対する反感をテコにしている感が強い高市政権なので、こういう人事なのかなと思います。
小野田紀美を経済安保相に起用したが、国会中のルンバを点検させられるのだろうかなんて考えます。民主党地方議員出身、女性、若手、外国人にルーツを持つといういくつものハンデを越えるためには、こんな風になるのかなぁ、と見ている感じがしています。
防衛族議員のハト派色を嫌って実力者を排除したなぁ、という感じもしていて、岩屋も小野寺もいないです。
野党嫌いの官房長官。主張が強いので、よく官房長官に起用したなぁ、という感じがしています。
維新との取引内容もよろしくない。外的脅威に過敏に反応しすぎて、ただ権力だけが強くなりそうです。

石破政権を終わらせたら、少数与党に協力してくれる野党の選択肢が確実に狭まるので大変だよ、という話を保守の人に何度かしましたが、高市さんを選んだところで、主体性は強くなったかも知れませんが、政治の選択パターンはほんとうに狭まったという感じがしてまいす。

●イデオロギーが終わったなんて評論家や政治学者が言い続けて、それに代わる結集軸がきれいごと言い過ぎて見つけられなくて、(主観として)いい人だけが集まればいい政治がされる、という有権者の思い込みの総和が、こんな感じの議席数の分布になった国政選挙の結果。そして目先の利益を政治家の誠実と勘違いする政治になって、こんなことになっているなぁ、という感じです。

●「新しいリベラル」を読みましたが、参考になるところと、リベラルなっていない説教系にまたかという感じも。リベラルなっていないと説教系は、新自由主義だったり保守主義への迎合みたいなことにしかならない提言をしていたり、一番面倒な「歴史認識」みたいなものをくどくど指摘したり、政治的にはあまり有用ではないなぁ、というのが感想です。ほかにもそんな振る舞いを最近見ることが多く、戦前も、英国労働党をモデルにする社会民衆党をダラ幹の寄せ集めみたいな評価をし、左派の労農党を治安維持法違反ギリギリと恐れ、結果として、軍部に迎合し新しい社会を作る選択肢なんだと翼賛会に率先して流れ込む無産政党の選択を見るような感じです。

| | コメント (0)

10/22 元自治労委員長、大原義行さんを悼む

最近、人を悼んでばかりですが、大変お世話になった、自治労の元委員長の大原義行さんが逝去されていたことを知りました。生前のご厚情に感謝し、つつしんでお悔やみ申し上げます。10月16日逝去、18~19日と葬儀日程で、恩人なのにうかがえずに、くいばかりです。

自治労に入る前にも、北海道の旧社党系の世界では横路さんのところで運動している20代として珍しがられていたのか、会社帰りの札幌駅で偶然遭遇し声かけられては、駅ナカのバーで飲むことが2回ありました。

私が自治労本部に入職したら、追ってくださるように大原さんが役員に就任し、2001年に委員長になったのですが、直後に発覚した自治労の経済不祥事事件で引責辞任。能力も判断力も人望もあったのですが、残念なことになる事件でした。

1999年、細川律夫さんが私を朝霞市議にと誘っていただく話がありました。当時の私は相当乗り気だったのですが、政治担当の大原さんと、上司の福山真劫さんが「入ったばかりですぐ転出するなどありえない」とブロックしていただいて、2年間の福祉担当が内定しました。

このときの私にはチャンスを逃したような感じがしたのですが、結果的には、福祉担当になって、厚生労働省や議員会館を走り回る2年間を送り、政策を動かすというのはこういうことをやるのか、と鍛えられる機会になりましたし、数ヶ月で充実した生活となりました。そこはただ政策を動かすだけではなくて、後ろに組合員がいて、ロジスティックの一つである雇用とやりがいと賃金を守るという緊張感と商業道徳がセットにできたのが良い体験でした。

| | コメント (0)

2025.10.23

10/17 村山富市さんの逝去におくやみ申し上げます

村山富市さんが亡くなりました。つつしんでお悔やみを申し上げます。

村山富市さんは、自治労の職員(書記といいます)としての先輩であり、組合員ではなく職員として政治家になった先輩でもありました。
私のルーツの半分が大分で、宗麟公が果たせなかった天下取りを、戦後の民主主義の最も例外的な瞬間に行えました。それが、無理して権力に近づいたのでもない、その運や徳の強さに敬服するばかりです。

発足した時代には納得していませんでしたが、村山さんが率いた自民・社民・さきがけ3党の村山政権。自民党単独政権では解決できなかった戦後問題や公害被害者の対策などで様々な問題を解決し、介護保険制度導入に端緒をつけ家族介護の地獄から脱出する道筋をつけ、ないない尽くしの災害対策のなかで、阪神大震災で多くの政治決断をした政権でもありました。五十嵐広三建設相と時代に合わなくなった大型公共事業計画を見直しました。弱々しい印象のなかで多くの政策的な効果を果たしましたし、連立政権としての運営スタイルを作ったと思います。介護保険制度の導入では、市民運動・政治・官僚の協働作業によって産まれた奇特な制度で、村山政権でなければこうした成案の作られ方にならなかったのではないかと思います。

戦前は穂積五一の至軒寮の経験や、終戦直後は漁民運動も活動家でもあり、総評・官公労の枠組みに囚われないセンスや思考法を持っていたのではないか、とみています。それが自社さ政権での信頼関係の醸成につながっていたのではないかと思います。

安倍・菅政権時代に亡くなった、江田五月さんや横路孝弘さんの死去のときには、反対党から出た三権の長の死までもを黙殺するような報道体制でしたが、今回はそうではないことにほっとしています。
また、国葬の扱いをどうするのか、という問題が浮上していると思います。

| | コメント (0)

2025.09.15

9/15 議案書と格闘する敬老の日

敬老の日となりました。第三月曜日と定義されて変な感じですが、今年はぴったり15日となりました。

高齢者施設の中に入って認知症の高齢者ばかりの空間で一緒に過ごす実習をして戻ってきた今、視点が少し変わりました。今もまだまだ少しのつまづきで高齢者は施設に入る選択をせざるを得ない状況になりやすいです。どれだけ多くの周囲の人がその人の存在を確認し、時々少しの手助けをし、という環境がつくれないと、厳しいこともあるなぁと思っています。

敬老の日、朝霞市内で企画されているものは、家族の構成人数が減ったり、多くがベッドタウン住民となっているなかで、家庭任せで貧弱です。
市議会立憲歩みの会としては、市の長寿を祝う会を、地域の高齢者ではない人と交流する敬老会にダウンサイジングしていくべきだ、と提唱しています。

一部の町内会など地域で敬老会をやっている事例はありますが、それ以外は、今の全市1区である年齢だけの高齢者を集めて、芸能人の歌と市長のカラオケを聞かせて、市長と市職員だけで敬老しておしまい、というのは経費もかかるし、終わればまた孤独な高齢者生活に戻っていく市民が多くあるからです。

孤独でない高齢者の地域生活をしていくためには、敬老の日ぐらい地域の人たちの顔が見えることをきっかけにしていくように奨励していかなきゃならないのではないか、敬老を税金で市職員任せにしていてよいのか、そんなことを考えます。

切実な話としては、日常に高齢者だけではできない家事を近所の人に頼めないか、という問題があります。介護保険も軽度者を絞り続けて、布団の上げ下ろしみたいなことを誰かにお願いしていかなくてはならないのです。でもその手づるときっかけづくりが全然ありません。詐欺防止という観点で日常のなかで簡単にできないこともいっぱいあります。

高齢者も演歌を喜んで聴かなくなってくる時代に、そろそろやり方を変えなきゃいけないです。団塊の世代の人口の比率が少ない朝霞市の高齢化のピークは2050年頃です。これからやってきますし、私が当事者世代です。氷河期なんて言っている暇はありません。

●と言いながら、いつもこの時期は9月定例会の厚手のファイル2冊分の議案書・資料と格闘する日々です。実母の敬老すらままなっていません。

●関西で有名なyoutueberが市議会議員になりましたが、議場で怒鳴ったことが話題になり、隣席の市議さんから議案書も持ってこない、初任者研修にも参加しなかったなど暴露されています。
市議会の議事をどこまで真剣にやるかは程度問題ですが、基本的なことはきちんとやった方がよい、と思います。市議会議員、一般質問で市民の要望を行政に伝えることが仕事と勘違いしやすいのですが、一般質問は、議員の私見にもとづき議を起こすもので、決定ということに直接関わるものではありません。もっと真剣にやるべきは議案に対してです。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧