1/20 高市早苗は旧不敬罪である
夜に高市首相が解散の意思を表明した。マスメディアに情報が出て、1週間も放置したことは、政治を混乱させてとんでもないことである。メディアに出た直後に、真偽を明らかにすべきだったと思う。誰が指示したのか、1月12日には、総務省から選挙があるもしれないから準備せよ、などという事務連絡が発出された後、なんの意思表明もなく19日の、終業時間後にやって意思表明した。23日に解散し、各地の選挙管理委員会は正式に選挙の事務に入り、土日を挟んで27日に立候補受付など一連の手続きが、立候補妨害と言われないようにできるようにするためにとんでもないことをしてくれたものである。
改めて憲法を読むと、衆議院解散のトリガーは、憲法第69条によって衆議院か不信任を可決したときに、対抗として行うことだ。それ以外は何も書かれていない。あとは自然法や超法規的な権力の確定、権力の空白の予防みたいな議論しかできないが、現実に解散権が行使されて今さら違憲と言えないから、7条解散説として様々な理由づけをしている。憲法第7条は、衆議院の解散を天皇が国事行為としてできることが規定している。この意味は深い。三権分立の考え方からは衆議院に対して内閣を上位においてはならないなかで、解散を誰の名前で行うか、としたときに、欧州の立憲君主制の国と同様に、天皇の名で行うことにするのが妥当というものだろう。
自民党は解散権を「首相の専権事項」などというが、専権という点で厳密にいえば天皇にあり、憲法でその権限は、内閣の助言ということで立憲制のもとで抑制されているというのが正しい姿である。
高市首相が解散についてできることは、天皇に助言するまでで、専権などというのは不敬もほどがある、ということになる。
最近の右派は、権力をごちゃごちゃ言う人を無視して使うことが、愛国心みたいな話にしたがるが。そのなかで高市首相を礼賛する余り、不敬の領域に入っているということである。
そして、解散を天皇に助言するとなれば、きちんと国民に向き合って、意思表示を早くするべきもの。解散情報を1週間半も弄んで、選挙事務にあたる全国の自治体職員、選挙の準備にあたる政治スタッフを、本当にあるのかどうかということでやきもきさせるのは、愛国心のある人のすることではない。また、受験や雪害や年度末に向けての時期で様々なリスクのあるこの時期への想像力がなさすぎるとんでもない判断である。
英国でも首相による解散権の自由があるが、それでも国王からの不裁可のリスクと背中合わせであり、合理的な理由を国王に説明し尽くさなくてはならない。さらには解散の自由を制約する法律もある(EU加盟をめぐる保守党の混乱の打開以来、現在、無効化されている)。ほぼありえないことであるが、不裁可ともなれば、議会制民主主義の危機ということになるのだろう。日本の解散権を乱発してきた首相たちは、天皇に対するこうした敬意があったとは思えない。好き勝手に天皇の名を使って、議員の身分を奪ってきた、と言える。
また解散理由の高市内閣に代わって信任を受けていない、などと言うが、議員内閣制がわかっていない。議員内閣制のもとでは、議会選挙の結果をうけて、議会構成によって首相を指名して、内閣を構成する。したがって、予め首相になる人を決めて信任投票的に選挙をやるものではない。それが本当なら独裁国家と変わらない。
一党支配の長期政権のもとで、選挙の前に首相が決まっているような文化が強いが、そんなことは世界的に例外である。首相を指名するのは国会であって、選挙ではない。
属人的に政治指導者を崇めたり既存したりするけど、議会をバカにする政治文化、議事を重んじないインスタント社会のなかで、機知に富んだ判断ができず、制度開発ができず、現金的なものをばら撒く技合戦しかないここ数年の国政である。
