9/15 議案書と格闘する敬老の日
敬老の日となりました。第三月曜日と定義されて変な感じですが、今年はぴったり15日となりました。
高齢者施設の中に入って認知症の高齢者ばかりの空間で一緒に過ごす実習をして戻ってきた今、視点が少し変わりました。今もまだまだ少しのつまづきで高齢者は施設に入る選択をせざるを得ない状況になりやすいです。どれだけ多くの周囲の人がその人の存在を確認し、時々少しの手助けをし、という環境がつくれないと、厳しいこともあるなぁと思っています。
敬老の日、朝霞市内で企画されているものは、家族の構成人数が減ったり、多くがベッドタウン住民となっているなかで、家庭任せで貧弱です。
市議会立憲歩みの会としては、市の長寿を祝う会を、地域の高齢者ではない人と交流する敬老会にダウンサイジングしていくべきだ、と提唱しています。
一部の町内会など地域で敬老会をやっている事例はありますが、それ以外は、今の全市1区である年齢だけの高齢者を集めて、芸能人の歌と市長のカラオケを聞かせて、市長と市職員だけで敬老しておしまい、というのは経費もかかるし、終わればまた孤独な高齢者生活に戻っていく市民が多くあるからです。
孤独でない高齢者の地域生活をしていくためには、敬老の日ぐらい地域の人たちの顔が見えることをきっかけにしていくように奨励していかなきゃならないのではないか、敬老を税金で市職員任せにしていてよいのか、そんなことを考えます。
切実な話としては、日常に高齢者だけではできない家事を近所の人に頼めないか、という問題があります。介護保険も軽度者を絞り続けて、布団の上げ下ろしみたいなことを誰かにお願いしていかなくてはならないのです。でもその手づるときっかけづくりが全然ありません。詐欺防止という観点で日常のなかで簡単にできないこともいっぱいあります。
高齢者も演歌を喜んで聴かなくなってくる時代に、そろそろやり方を変えなきゃいけないです。団塊の世代の人口の比率が少ない朝霞市の高齢化のピークは2050年頃です。これからやってきますし、私が当事者世代です。氷河期なんて言っている暇はありません。
●と言いながら、いつもこの時期は9月定例会の厚手のファイル2冊分の議案書・資料と格闘する日々です。実母の敬老すらままなっていません。
●関西で有名なyoutueberが市議会議員になりましたが、議場で怒鳴ったことが話題になり、隣席の市議さんから議案書も持ってこない、初任者研修にも参加しなかったなど暴露されています。
市議会の議事をどこまで真剣にやるかは程度問題ですが、基本的なことはきちんとやった方がよい、と思います。市議会議員、一般質問で市民の要望を行政に伝えることが仕事と勘違いしやすいのですが、一般質問は、議員の私見にもとづき議を起こすもので、決定ということに直接関わるものではありません。もっと真剣にやるべきは議案に対してです。
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