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2019.07.02

7/1 大きな争いになる議案はなかったのですが・・・~市議会最終日・採決

1日9:00~15:25、市議会本会議で6月定例会の全議案の採決が行われ、閉会いたしました。
第八小学校の増築、プレミアム商品券の実施、高齢者運転免許の返上に対するわくわく号の回数券交付などが盛り込まれて、12本の市長提出議案はすべて可決しました。賛否の分かれたのは一般会計補正予算で、プレミアム付き商品券やその事務経費の高さをめぐる問題提起がありました。プレミアム付商品券を肯定的にも捉えられませんし、事務経費が国費であることで緩みが起きないように、警鐘を鳴らす意味で私も、補正予算案には、他によい内容があったものの、反対いたしました。

市民からの請願審査の結果、LGBTの人権やパートナーシップ制度に関するものが総員賛成で可決、その他の請願4本(デマンドバス、原発即時停止と自然エネルギーの開発を国に求める意見書を出す、放課後児童クラブの職員配置基準を国が堅持するよう国に意見書を出す、どろんこ会の延長保育料徴収開始をめぐる問題)は反対多数で否決されています。
私は5本すべての請願に賛成いたしました。
請願の審査はいささか荒れ気味でした。12月の市議選が意識されているのか、あるいは県議選、参院選をめぐる議員辞職で、場所場所でパワーバランスに変化が出てきてしまったせいか、という感じです。

放課後児童クラブの職員配置基準は、国が標準の基準を示し自治体の議会が最終決定するよう制度変更があったことから、今の職員配置を堅持する決議案を私が提出しましたが、こちらも反対多数で否決されています。内容としては無難なはずなので全会派賛成していただけば最大会派の長が主提案者となって議会への信頼感ができたと思われますが、政治風土的に難しいのでしょう。残念です。
決議案が否決されてもただちに職員配置基準が引き下げられることはありませんし、市当局も基準を緩めないと様々な場面で答えていますが、いざ事業者から営業権の自由と待機児童問題をやり玉にして緩和圧力がかかったときにどうなるかと思います。市議会での決議があるとそれを楯に、緩和する条例を提案し難く緩和できない、と防御できるのですが・・・。

●請願をめぐる委員長報告、討論では厳しい言葉が飛び交いました。

放課後児童クラブの職員基準を守り国に意見書を出すよう求める請願、どろんこ会の保育園の延長保育料の額設定をめぐる請願では、委員会が可否同数という結論になって委員長が否決と裁決した報告が行われました。現在、NHKから国民を守る党の大橋議員が辞職したことにより、市議会の4つある常任委員会のうち、民生常任委員会だけが与野党伯仲しています。その上、野党側の議員も与党に対決姿勢の強い議員ばかりで、当委員会にかかる議案はどうしても委員長裁決になるものが多くあります。
共産党の山口議員が、本会議採決の前の委員長報告への質疑で、委員長がどういう理由で委員長裁決としたのか問い詰める場面があり、駒牧委員長(公明党)が切り返しに苦労する場面がありました。
朝霞市議会が「可否同数の場合は(議長・委員長は)否決とする」という、法文以前の一般的な「会議原則」を厳格に運用しないからこういうことになるのだろうと思っています。朝霞市議会では、過去申し合わせで、可否同数となったときに委員長が自由に裁決できることになっており、こうなると委員長職務を離れて、一議員としての賛否になってしまいます。委員長が最終決定するわけですから、意見を求められることになります。逆に空気的なものから、理由を言うことを委員長職務を理由に拒む場面がありました。それをめぐって怒号に近いヤジが行われたのには驚きました。
最終的に駒牧委員長が、裁決の理由を答弁して、議事は進みました。政策決定過程に市民の不信感を持たせないためには、裁決の理由を答弁することは不可欠だと思います。

どろんこ会の延長保育料をめぐる利用者からの請願審査は否決されましたが、議論にいたる言論戦は、請願の中身より請願審査のありようをめぐった言論戦が八幡の藪みたいな世界でした。
最終日、請願審査をした委員会で議員の発言に、請願者から抗議の意をしめす「意見書」が議場に配布されました。その内容が私的な抗議のような内容を取っていたので不思議な感じがしたものですが、議会事務局に確認したところ、議会に対する文書意見は陳情として扱われる、と説明されています(これについては追ってそういう法解釈が妥当か調査が必要です)。そのことで抗議された議員が当然のことながら反発され、いささか荒れ気味でした。
このような前例があると、恐ろしくて議会には簡単な手紙すら送れない、ということになり、ますます市民が議会から距離を置くようになりかねません(行政権には都合がよいのかも知れません)。また議員の感情的な反発も招き、請願本体の審査がそうした情に流された感じもなかったわけではないので、「意見書」の処理が成熟した方法だったのか、考えさせられるものがあります。
一方で、請願者も議場で配布されるかどうかは別にしても、公的機関に出す文書は手紙の類でも政策形成に関与すれば公文書となることの注意が足りなかったのではないかと思うところがあります。また、議会は、出されたものに対して、多数派を形成して合意形成を図らないと実現できない本質があります。正しいものが正しいからって通るとは限らない世界です。そういう場所で正邪にこだわる追及をしてしまえば強い反撃がされるところがあります。
※私が立場上入っている某地方自治関連の学会で、研究者やステークホルダーのなかに、議員が会員でいるのを蛇蝎のように嫌がる人たちがいます。こういう本質を抱えているからでしょう。学会では科学的な正しさが至上価値で、「合意形成の可能性」的な多数派の力業からは自由であるべき世界ですから

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