8/8 享楽主義で地方財政を壊すふるさと納税
政府が、住んでいない自治体に寄附をするとその寄付額のうち2000円を除く額の住民税を減税する「ふるさと納税」を広げ、事務手続きを簡素化しようと動いています。
「豊かな都市部の住民」が「貧しい地方の住民」を救う美談を制度化し、その後、自治体側が高額な地場産品で寄附を釣るようになって、最近では、税金が負けてもらってさらに高額商品がもらえる、とマスコミでもキャンペーンが張られています。
私はこうしした個人の嗜好性によって税収が変わる制度はおかしいと思っています。また地方財政のあり方としても、さまざまな複合的な問題もあるし、高額商品で、縁もゆかりもない住民に寄附させるよう釣るようになったことは、納税がどうあるべきか、という問題もあります。釣られる高額商品も、脂質の高い高級食材が多いために、税金を使って享楽をしたあげくの、糖尿病や心疾患の誘発など、長期的には健康被害も考えられます。
そういうことを考えると、政府の「ふるさと納税の拡充」はまずいのではないかと思います。
※それぞれの理由を言うと長くなるので、詳細にご覧になりたい方は「続きを読む」以降をご覧ください。
1.ふるさと納税と自治体の財政のソントク
ふるさと納税がほんとうにソンなのかトクなのか、自治体ではどのように変化するのか調べてきました。
その前に地方交付税の仕組みを理解しておいた方がいいので、説明します。
地方交付税は標準的な自治体の仕事をしてもらうために、必要とみなされる支出に、国の言われる通りの税収など標準的な収入が足りない自治体に対して、差額を補填する仕組みです。
必要なコスト「基準財政需要額」-標準的な収入「基準財政収入額」=「地方交付税」
となります。
①ふるさと納税を受けた自治体
私はふるさと納税は「納税」だと思い、受けた自治体側は収入が増えても、その分国からの地方交付税が減らされるのではないか、と疑念を持って調べてみました。
しかし、受けた「ふるさと納税」は寄附金扱いになるので、国からみて自治体の税収が増加したことにはなりません。したがって「ふるさと納税」を受けた自治体は丸々、トクということになります。したがって高額景品を寄附者に出せることになります。
②ふるさと納税の寄附者が住む自治体
「ふるさと納税」を出した住民のいる自治体は、利用額のうち2000円だけが残り、あとは減税することになるので、減収になります。そこは「税収減」とみなされるので、国からその分、地方交付税が補われます(といっても「留保財源」の逆算で、25%割り引かれます)。
③最終的なソントク
例えばもっとも話題になっている1万円「ふるさと納税」して、6000円の高級牛肉を景品でもらえるケースで考えて見ましょう。
・ふるさと納税を受けた自治体は、「ふるさと納税」額と高級牛肉の差額4000円が丸々トク。
・ふるさと納税を持っていかれた居住自治体は、「ふるさと納税」額のうち、8000円が減税しなくてはならず、そのうち6000円は国からの地方交付税で補われるので2000円のソン
・国の地方交付税特別会計は、6000円のソン
・納税者は1万円「ふるさと納税」して、居住自治体から8000円税金が戻り、6000円の高級牛肉が手に入るので、4000円のトク
・ふるさと納税の景品を出している牛肉販売業者は、自治体から6000円の発注を受け、6000円の商品が出るので、トントン(正確には、原価との差益でトク)
となります。
→国と居住自治体がソンして、ふるさと納税を高額景品で釣っている自治体と納税者がトクしているということになります。
「ふるさと納税」を利用した人が、税金で高級食材を食べられている、と豪語するのはウソではありません。果たしてそんな税制がいいことなのか、疑問が残ります。
2.国の地方交付税特別会計はどうなるのか
現在30兆円の規模の地方交付税特別会計のうち、「ふるさと納税」の影響額は130億円程度なので、微々たるものですが、地方交付税特別会計の財源はそれぞれの国税のうち何割と固定されているので、払われる金額には限度がある中での食い合いになります。
したがって、すぐにはどうこうなりませんが、長期的には、基本的サービスを維持するための地方交付税が喰われると考えるべきです。総務省は自治体を維持するための標準的経費とみなしている「基準財政需要額」の計算式の根拠について、明らかにしておらず、ときとして、この計算式の数字を変えて、実際の必要額を、支払可能額に抑え込んでしまうことが行われています。
したがって、「ふるさと納税」で寄附額以上の牛肉やふぐを喰っている市民の享楽や、もちろん寄附を受けた自治体が喜んでいる一方で、全国の自治体が共同で、地方交付税の交付額が減額されて割を食うことになるということです。
それが納税の納得性なのか、と思います。
とくに安倍政権は、生活保護バッシングを激しく行う人たちの声援を受けて誕生したはずです。貧乏で生活保護受けている人が批判されているのに、制度を利用して牛肉やふぐをたらふく食べている人がさらに税金までトクをすることを放置して、国の財政が傷んでいることが、生活保護の「不正受給」より問題だと思わない感覚がどうかしています。
また、地方交付税の中立性を守れ、ということも言いたいものです。地方交付税は、国から自治体に使途自由の財政支援をすることになっていますから、その計算式のなかに、嗜好性や恣意的な数値はできるだけ排除すべきです。嗜好性の高いことをやり散らかした結果の後始末を含めるべきではありません。
1994年前後、公共事業の総動員が行われ、補助金で足りない分を地方交付税で面倒見る、という政策が取られました。そのことで国の地方交付税特別会計に大きな隠れ借金が生まれてしまったこと、その後始末のために2003年に地方交付税の大幅削減が行われたことを思い出すべきではないかと思います。
3.自治体は「ふるさと納税」の利用額を把握しているのか
自治体が「ふるさと納税」の利用額を把握しているのか、ということで調べてみたところ、
①受けた側の自治体
税控除に必要な証明証を発行するのでほぼ正確に把握しています。ほぼというのは「ふるさと納税」制度で寄附をした人のすべてが税控除を受けているとは限らないからです。
②「ふるさと納税」をした人の居住自治体
こちらは自治体によってというところですが、多くの自治体では、寄附金控除の申告として、日赤や東日本大震災の寄附控除と混ぜられて集計されてしまうので、実際のふるさと納税による税金の流失額は、簡単には把握できない、ということのようです。
→したがって、ふるさと納税を持ち出された自治体は、痛みを正確に把握できない。したがって持ち出された自治体はそんなものかと思うしかない。
4.健康被害と自治体の経費増
「ふるさと納税」でもらった高額景品ぐらいでそうなるかどうかは議論があるところですが、そういうトク、トクと目を血走らせて贅沢品を食べまくる生活スタイルが、いきつくところ、糖尿病の誘発であったり、心疾患の誘発であることは避けられないことだと思います。
そうした人たちの健康被害は、やがて当該自治体の国民健康保険の「前期高齢者」への給付として跳ね返ってきます。
縁もゆかりもない自治体に寄附されて、当該自治体はソンしているのに、その人の贅沢をした始末は、ソンした自治体が行わなければならない、ということも考えなくてはなりません。
5.本当に都市部の自治体は豊かなのか
「ふるさと納税」は個人住民税をめぐって行われます。したがって、本来豊かな自治体が多い、東京都の本社機能が集積している区より、住宅地の多い、区、市町村から税金は流失していきます。
ところが近年、介護や保育の数の充足、高齢化などによる医療コストの増大で、住宅地の自治体は、福祉医療の支出が全体の半分を超え始めています。
従来は税収が十分にあったとみなされていた郊外の住宅地の自治体が、だんだん地方交付税をもらう自治体に「転落」し続けています。したがって郊外の住宅地も高齢化や保育ニーズの高まりで、決して余裕のある財政運営をしていないと言えます。「豊かな都市部」から「貧しい地方」へ所得移転させる、ということに実効性を求めるのであれば、法人税の偏在を是正する方策が必要で、都市部の住宅地の税金を地方に送らせることではないはずです。
6.高額景品の経済的効果
高額景品が話題になっています。地域経済の効果から言うと、原材料や労働力の比率がその自治体内で調達できればできるほど、それらは地元企業への公共事業みたいなもので、自治体に税収や雇用となって返ってきて、高額景品を出しても意味があります。
一方、ベッドタウンのように、売るモノは労働力しかなく、何を景品にしてみても、その原材料も労働力も自らの自治体に落ちない場合は、高額景品を設定すれば、その富は他の自治体に流失します(とくにこの朝霞市では東京都に吸い上げられます)。
ここに高額景品を出す意義があるのだろうと思いますし、高額景品が牛肉や高級魚が中心になることもわからないではありません。しかしその効果は、おかれた自治体の環境による、ということが言えます。
7.民間は禁じ手の高額景品
民間企業が、売上高の6割もする高額景品で販売を行うことは、独占禁止法で制限を加えられ、公取から渓谷や罰則を受けます。
ところが自治体が税収のために同じようなことをして、何のおとがめもないというのは不思議な話です。確かに粗利益で言えば、寄附は、粗利益100%なので不当な景品とは言えないことはありませんが、国全体では、地方交付税特別会計や、寄附者の居住自治体が身銭を切っているわけで、「ふるさと納税」を受けた自治体だけの努力で「いいこと」が起きているわけでありません。
8.自治体の努力としての集金と、そのためのブローカーの介在
「ふるさと納税」を受ける自治体が一方的にトクをするということになれば、「ふるさと納税」をしてもらうためのプロモーションが課題になります。そうするとそこに、広告代理店やブローカーが自治体にまとわりついて、様々な経費を吸っていくことが考えられます。かつて自治体は何から何までプランニングをコンサルタントに委託して、その結果、福祉政策でも、教育政策でも、コンサルタントに振り回されて考える力を奪われました。また、行政事業の画一化も、こうしたプランニングに関わる事業者によるひな形の押しうりによって蔓延したことが言えます。
9.「ふるさと納税」はおトクというマスコミキャンペーンのいかがわしさ
この政策は昨日から今日にかけてのマスコミに流れていますが、その1週間前からNHKも含めて、「ふるさと納税はおトク」と奨励するようなマスコミ報道が続いていました。2012年12月の安倍政権の誕生から、マスコミが政権に迎合する報道ばっかりさせられていることが話題になっていますが、これもそんな感じです。ふるさと納税で痛い目にあう自治体や交付税特別会計のことなど、話題にしたマスコミなど聞いたことはありません。わずかに、ふるさと納税で高額景品を出すことの問題を指摘することのみです。
10.安倍政権の二面性を象徴する政策
あんまり安倍政権の批判をするとこの記事全体の公正さがなくなってしまいますが、言わざるを得ないと思います。
安倍政権は、国家主義とはいいませんが、強硬なナショナリズムにもとづく外交、それを担保する安全保障政策の突出、マスコミ対策の強化による批判報道の抑圧、教育政策への介入など、強い権力を肯定する政策を推進しています。それが国民に我慢や規律を求める権力なのかと思うとそうではなく、一方、バブル青春世代特有の、享楽主義的発想も否めなくて、社会保障の強化なきインフレターゲット政策、オリンピックでのインフラ乱造や羽田国際便の増便など、楽で便利な社会への強い信仰みたいなものも同居します。ふるさと納税もその一環であり、強い権力主義と、バブル的な享楽主義の二面性を持つ、と言えるのではないかと思います。
| 固定リンク
コメント
同感です。住民全員がこれをやったらどうなるのでしょうか?
ところで誤字には気をつけましょう。
公取から渓谷や罰則を受けます。
渓谷→警告
投稿: 千葉 | 2015.03.06 09:43