3/29 規制緩和利権
東京都知事だった猪瀬直樹氏に続き、みんなの党の渡辺喜美氏が違法献金疑惑の釈明に追われています。
いずれも、今の政治は汚い、公務員は私腹を肥やしている、という前提から話を始める政治家であったということから考えると、政治的責任は大きいのではないかと思います。
今回、さらに考えるべきは、8億円もの献金(貸付金)をしたDHC社長の存在は何だろうか、ということです。もちろん渡辺氏から要請されたということのようですが、それにしても億単位の献金は違法なだけではなく、出す感覚、受け取る感覚からしても、単に政治姿勢を応援して寄附したような尋常なものではありません。少なくとも渡辺氏を盟友と思い、一蓮托生で献金したようなもののはずですから、献金した側から違法献金だと暴露することは普通考えられないものです(献金した企業の内紛で出てしまったようなことがなければ)。
いろいろな情報を聞くと、DHCの社長は、規制緩和を公約にしたのに一向に実行しないことにお怒りだった、という話のようです。それが本当だとすれば、きれいな政治にしていく「改革」の一環で行われてきた規制緩和が、特定企業、特定業界の利権のために行われていた可能性もある、ということです。
少なくとも政府が規制をいじれば、それによって被害を被る人もいますが、逆に儲かる人もいるのです。株価に至っては、規制緩和によるメリットが出なくても、規制緩和でメリット゛かありそうだというだけで株価が変わり、上がるにしても下がるにしても、その変化につけいって儲けることができます。
●入社試験の受験料を取るということで話題になったドワンゴの社長が雑誌ウェッジのインタビューに答えていて、労働者紹介事業の規制緩和の結果として出てきた、就活サイトが、学生に企業エントリを煽り、就活の作業を学生にも企業にも負担をかけつつ、過剰な就活となることで廃人となる学生を増やしている、と批判しています。
この話も、規制緩和によるメリットを受ける人と、弊害に悩まされる人との圧倒的な力の差を感じます。
●市議会議員になる程度の者の政治活動費は、自らの報酬や目の届く範囲の支援者の個人献金のなかで何とかまかなえます。しかし国政選挙、とくに政党を率いたり、県知事選挙に出るぐらいの政治資金は、印刷代、スタッフ代、党首や周辺が飛び回る交通費など考えると、その程度ではおさまらないのではないかと思うところがあります。
8億はおおげさにしても、現在の政治資金規正法の規制のなかで資金調達することは厳しいのではないか、と思うところもあります。
それが選挙の審判に有効に働けばと思いますが、私は、企業・団体献金の上限額はもう少し緩和しても、今回のような無届けの資金移動はむしろ厳しく取り締まるべきではないかと思います。ただし、寄附する側の企業・団体が、政治家を企業が買うということの悪しきイメージを覆い隠すような、イメージ操作のPR活動も可能だということも最近の、企業とマスコミの関係ではないかと思っています。
●ムダはどこかにある、そりゃそうなんですが、全てのムダをゼロにしようとしたら、そのための監視コストや、逆に政府支出が効果を出すためにできることを減殺させることになることもあります。日本では会計監査院がいろいろがんばってムダを探してくれていますが、その額と、社会がこれから必要とするお金の額には、桁は2~3桁違うだろう、というのが実際です。
介護、医療、保育、公教育の人材難なんてそんなことも副産物です。一向に上がらない介護報酬、必要な医療に確保されない予算や診療報酬点数、日々の長時間労働に見合わない保育士の賃金・休暇、そんなものも、原資をまじめに考えようとしても、ムダ攻撃から始まる議論のなかで改善を封殺されてきたものです。
ムダかムダじゃないかという俗な議論にふりまわされている間に、せっかくの増税した財源を財務省にかすめとられることにもなります。
最近、ようやく人材難も極限にきて、この10年労組を抵抗勢力を決めつけてきたような人まで、処遇改善を言い出さなきゃいけない状態になっています。
また、究極のムダをなくそうとすると、何のため、ということを見失い、お互いがお互いの重箱の隅をつつくような、非常に性格の悪い社会ができあがっています(今の日本社会がそうなりつつありますが)。
ムダはたえず監視し、是正していかなくてはならないのは当たり前ですが、そのことを大義名分に、自分たちが負担しないで清むカネが、どこかにある、という幻想は、高度成長で過去にした借金をインフレでチャラにできる時代だから持てたことです。
低成長、デフレ経済のもとでは、確実に重たい借金として、残っていくだけです。
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