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2013.09.29

9/28 福島に行けず間の時間でドイツと日本の選挙規制の違いを学びました

Dscn3864昔の職場、自治労に加盟する民間労組の組合員が福島県新地町にボランティアに行くというので、昨朝は見送りに行きました(左写真)。在職中の信頼関係である加盟組合が総会に私を呼んでくださっているので、お誘いいただき、同行する予定でしたが、市内行事や会議の都合で行けなくなり、見送りとあいなりました。

2011年4月2日、交通機関がマヒして、かつ原発の放射能被害の全貌がまだ明らかになっていないこの時期に、福島県の沿岸部北側の相馬市、南相馬市、新地町に入るボランティアはまばらでした。そうしたなか自治労が災害対応の組合員ボランティアを派遣することになったのですが、その第一歩が新地町でした。その後どうなっているのか直に見たかったので今回の機会に行けず残念な思いです。

それで行けなくなって、ちょうどできた空き時間に自宅で作業していたところ、日向小平市議のツイッターで、生活クラブ組合員などで構成する地域政党「小平市民ネットワーク」主催の「公職選挙法のおかしさを知る~政治の情報を市民の手に~」が開かれるのを知り、急ぎ武蔵野線で訪ねていきました。

ドイツ総選挙から帰ってきたばかりの早稲田大学の坪郷教授から、日本の選挙規制はそもそも自由な選挙とはほど遠いのに、①選挙運動の自由は政治家や政党にしかなく市民どうしの選挙運動の自由はほとんどない、②ルールが難しく役所にうかがわないと違法になるかどうかわからない自由な社会の法律としてどうかという問題、③運動スタイルを規制するやり方が憲法や人権に反するのではないか、という問題提起をいただきながら、先週あったドイツの選挙運動のやり方を紹介していただきました。
日本では違反してはいけない約束としてマニフェストが位置づけられていますが、ドイツではむしろ連立政権協議や政党間合意をするにあたり修正するための、交渉の基礎資料として「選挙綱領」が詳細に書かれているという話には、重箱の隅をつついて相手の失点待ちを続ける日本と、異なる考え方の人たちと話し合って合意形成をめざすドイツの政治風土の違いを感じるものでした。

ドイツの総選挙は、全体の議席数を比例代表で決め、配分政党のうち誰を当選させるかを小選挙区制で決める制度になっています。選挙は主に比例代表をめぐってたたかわれ、政党が人の集まりそうなところに小さなブースを作り、パンフレットを配りながら市民の質問に対応したり議論をしたりしながら進め、時々党幹部クラスの街頭演説会がある、というスタイルで、日本のように個人名をガンガン押し込むようなことはしていないということです。
小選挙区の個人名選挙の運動はほとんど行われていないということで、個人的な知り合いを集めてミニ集会を少しやる程度だそうです。そこは個人名を覚えさせなきゃ何も始まらない日本の選挙との大きな違いを感じます。
選挙の判断基準として「政党より人」ということがもてはやされていますが、(私の支持者以外は)それじゃ日本の政治風土が属人的なものにとどまり、そこには政治家個人をめぐる嫉妬や定まらない評価をめぐって生産的な議論にならず、良くならないのかも知れない、と思いました。

先生が持ち帰ってきた配布文書を見せてくださいましたが、作成と配布の規制がないので、非常にセンスのある凝った印刷物が作成されている一方、候補者個人のものとしては名刺サイズの政党パンフレットに多少候補者名が書いてある程度のものしか作られていませんでした。

坪郷先生との意見交換では、細かすぎる日本の公職選挙法が、政治家のリクルートシステムとしては、マニアックな制度理解が好きな人を優位に立たせるシステムとしての問題があるんくじゃないか、ということもおっしゃっておられ、選挙事務所も市民が開かれた運営より、コンプライアンスを優先するあまり防衛的な運営になることが否めないなぁ、と感じました。

何より、市民が政治をつくっていくんだ、という前提になっている制度とシステムであり、日本のように政治が政党や政治家に独占され、しかも彼らとてうかつに市民に近づけないようにしている制度と大違いだということは、とても面白い学習でした。

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