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2013.02.24

2/24 朝霞市長選の開票結果・富岡市長3選

続きです。

投票率は22.69%、投票総数は23,289人。
とみおか勝則 20,031
田村 ゆうじ  2,572
合計      22,603
無効白票    686

という結果で、富岡勝則市長が3選となります。

●投票区別に見ると、高いのが、根岸台、溝沼、膝折地区と、第四小学校投票区、浜崎、膝折の両団地の投票区です。全体的に低いのでどうにも言いようがありませんが、前四者は過去と同様の傾向で、町内会組織が強かったりする地区で人間関係による動員力がある程度きく地域であり、後二者は意外でしたが、周辺に有力議員もおり、投票率を上げようと思えばできないこともないところだと思います。
やはりというのが、毎度というか、低いのが、第七小、弁財市民センタ、西朝霞公民館、聖母教会という朝霞台駅から志木駅にかけての投票区でした。この地区では、公共施設が少なく、保育、介護でも何かと手薄な地域で、生活上での市政の意味をあまり感じられないのかも知れません。また野党市議が多く、積極的に市長選に支持者を動員していないというのも言えることだと思います。

●得票分析で言うと、朝霞市では7500~8500票が公明党票とみられ、推薦を出し、公明党支持層が動揺するような選挙構図でもなかったので、ほぼまとまって富岡市長に投票したものと見られます。そこから逆算すると、富岡市長の票のうち非公明票は12000票前後ということになります。

●田村氏は市議選で200票も獲得していないので、2600票の大半は、田村氏への積極支持ではなく、反富岡市長の意思表示と言えます。ただし、朝霞市の非保守の票は、地方選挙では、共産党が2700~3500、非共産(旧社会、市民運動)が4000~4500票、あわせて6500~8000票と見られることから、田村票と無効票を合算しても、反富岡市長として意思表示したのは半分もないと言えます。

●市長選が終わり、市長が招集する3月市議会が始まる日程が決まってきたと思います。
あすあさってに招集告示がされ、27日に議会運営委員会、3月4日に招集となるのではないかと見込まれます。
詳細の日程が決まりましたら、お知らせします。

●いきさつから仕方ないのでしょうが、次年度予算審議の議会日程を束縛する市長選の日程、どうにかならないものかと思います。それでも今年は1週間早い日程でやっていただいたので、実質的に3月議会の審議日数は確保できる見通しのようです。

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2/24 民主党党大会雑感

民主党の党大会がありました、というニュースを聞き、こんな話あったんかいなと思いましたが、しかしここ数ヶ月、マスコミは安倍政権のメッセージを垂れ流すばかりで、報道すべき野党の動きの大半を黙殺しているなぁ、と思わざるを得ません。前なら野党第一党の党大会なら、開かれる前に開かれるニュースが流れ、何が議論になるのか、ということが大なり小なり評価する報道がされたように思います。

その党大会のニュースを見て、仕事上で支援したこともあり、今でも友人知人の多くがいるこの政党にいくつか感じたことを書き留めておきたいと思います。

①「党存亡の危機」を言うべきではない
 明治維新かぶれの若手議員が作った政党の弱さというか、司馬遼太郎の読み過ぎと言ったらいいのか、民主党は昔から崖っぷちの危機感を演出して煽ることが大好きです。
 今回も海江田代表が「次の参議院議員選挙は党存亡の危機」などと訴えていましたが、全く逆効果です。たかだか3ヵ月前の衆院選で、国民は民主党政権をやっつけて勝利したつもりでいます。民主党の存亡なんて言われて、存続してほしい、と明確に言い切る有権者はほとんどいない情勢のもとで、「存亡の危機」なんてカードを出したら、国民の側は「じゃあ、参院選で滅亡していただきましょう」という行動になりますし、みんなの党や維新もそうした方向で民主党攻撃を仕掛けてくるでしょう。
 党所属議員や党員を引き締めるために言ったとしても同様の効果で、かえって離党予備軍をふやしかねません。
 こういう情勢のときには、根拠のある批判に対しては直すべきことは直す、根拠のない批判や空気として批判を受けていることはとにかく低空飛行でまじめにやり続ける、しかないと思います。皮肉にも安倍首相がそうやって政権に返り咲いたし、今もぼろを出さずに高い支持率を維持しているのではないでしょうか。

②「参院選で敗北したら党代表辞任」というカードの危うさ
 これも同様で、民主党の何に呆れているかというと、大した理念も政策もないのに、人事をめぐっていつもゴタゴタしていて、安定しないことだと言えます。①の明治維新かぶれの体質とも重なりますが、菅元首相以外、みんな「政治生命を賭ける」「辞める」カードを乱発します。そのことで党内の政局が不安定になり、派閥がしっかりしていないなかで、当選回数の少ない議員たちが自分の選挙のことしか考えずにあっちへこっちへ離合集散を繰り返し、党が不安定化するわけです。そういうふざけた体質を国民は嫌ったし、衆院選でやっつけられる原因になったのだと思います。
 参院選が重大な岐路だということはわかりますが、野党に転落し、当面与党に返り咲くことも考えにくい以上、「辞める」カードを切ったって何の意味もないわけです。むしろ海江田代表が辞めて次ぎに党首を引き受けてくれる人がいなくて混乱して、政局になるネタをマスコミは首を長くして待っているわけですから、完全に自殺行為な発言ではないかと思っています。
 こういう時のリーダーは「苦しい中ではいつくばってでも党勢回復に努める、その一里塚として参院選をたたかいぬきたい」と言うべきものじゃないかと思います。次の参院選はとても勝ち目があるわけではなく、よく踏みとどまったという評価を得られれば、党首としては合格じゃないかと私は思います。惨敗して、議席を減らしても、維新・みんなの党連合軍の上をいくのか下になるのか、そこらへんが評価のしどころではないかと思います。

③「まとまる」ことが大事なのか
 そうした中、議員のインタビューなどで「党としてまとまる」ことが繰り返し語られましたが、組織論なき「まとまる」ということが本当に意味のある議論なのか疑問に思っています。
 もともと意見が違う人が大きな方向や人間関係でまとまり、1つの政策を主張し有権者を組織(党員としてではなくて投票を働きかけていくという意味で)していくのが政党の機能だと思います。つまり最初から意見が違うし、政党内での出世なんてことも考えると、「まとまる」ことは簡単ではないと思います。そこは組織論と時間が必要だと思っていて、中身も組織論もなくて「まとまろう」とすれば、多分言いかけんな主張をする集団づくりしかできないのだと思います。
 まずは個々の議員が政治家として何をしたくて政治家になったのか、研究者と意見交換をする中で時代背景の中での民主党の必要性や置くべき立ち位置を確認し、マクロ的視点で野党第一党しての居場所を明確にすることが必要だと思います。そして、改めるべき政策は改め、党内で考え方が違うなら、考え方ごとに派閥を形成し、まずは派閥がまとまるところから、組織性を作っていくことが必要じゃないかと思います。

④選挙協力は限定的に
 自民党を追い込むために選挙協力ということが言われていますが、そのために失うものがあると思います。また長期的なリスクを考えたら、あまり無理に推進せず、地域事情やこれまでの連立の構図、支援者や支援組織の納得性の範囲にすべきではないかと思います。
 維新の圧勝を手助けしてしまった場合、その維新が民主党以上に政界に混乱をもたらした場合、あるいは有毒ガスに変化してファシストみたいになったときに、民主党がそれを幇助した汚名を着させられます。支援者や支援組織はそれを最も危惧しています。戦前の社会大衆党の麻生・浅沼派の判断ミスを繰り返してはならないと思います。
 参院選で自民党が勝ちすぎれば、それはやがて分裂の萌芽になるでしょうから、それを待った方がよいように思います。

⑤拙速な党綱領決定
 民主党が綱領を作ることはいいのですが、また党幹部だけで変なものを作ったという印象がぬぐえません。歴史的評価に耐える綱領には感じられません。
 党員、党組織、党所属議員のほかに、支援団体や研究者などに意見と討論を求め、とくに研究者には原案策定段階から加わってもらうことも必要だったのではないかと思います。
 拙速に作った綱領として、1945年9月に決定した日本社会党の三箇条の綱領を上回るものはないなぁ、と改めて感じています。

●民主党大会にわざわざ出てきたみんなの党の来賓が「民主党は組合を大事にしすぎた」なんてあいさつをしていましたが、大事にされた記憶なんか全くないなぁ、と思います。連合などが求めた政策でどれだけまともに実現してくれたものがあったか、応援されてもいない日本経団連にばかり耳を傾けることが多かったのではないか、と思うところが多くあります。
みんなの党は、民主党を10年以上巻き戻したような政党です。既得権益の打破、官僚が悪い、増税は認めない、財政支出は無駄しかない、そんな論調だったと思います。しかし、その後小泉純一郎が登場して小泉構造改革が進み、民主党はそういうきれい事で進めた改革がいかに国民を苦しめるかということを他律依存的に勉強して改めていった経緯があります。
東日本でしか支持されないあたりも、昔の民主党と良く似た政党です。民主党の過去とみんなの党の違いは何かと言えば、民主党の結成には労働組合が積極的に関与したのに対して、みんなの党にはそれがないということです。だから組合依存の批判しかしないのではないかと思っています。

そういう組合依存というだけで悪い印象を与えることができるのは日本だけの特殊事情で、イタリアを除くヨーロッパでは、第一党または第二党が社会民主主義政党であり、労働組合に依存する政党です。国民はそのことを何の不思議とも思っていません。むしろ労働者の代表として存在し、経営者の代表である自由主義政党、地域名望家の代表である保守党と協議して、社会合意を形成する機能を期待されていて、むしろ消費税の是非みたいに政策だけで離合集散するよりも、何のため、誰のため、政治をやっているんだということが明確なシステムじゃないかと思います。

グローバルスタンダードとの統合を標榜するみんなの党が、政党論に関しては日本のガラパコス的政党論にどっぷり浸かって議論をしていることに残念な思いでいます。

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2/24 朝霞市長選の投票箱が閉まる

朝霞市長選挙が終わりました。最終投票率はいまだに公表になっていませんが、前回25%程度の投票率から5ポイント下で推移しているので、期日前投票が伸びなければ、富岡市長が初当選したときの20%程度の投票率で終わることになるのではないかと思います。

今回の市長選では、富岡市長を積極的に支える保守陣営から、しきりに私のところに対立候補を立てるようにささやくご意見をいただきました。市長自身の意見は聞いたことがありませんが、支える側は、無風選挙、低投票率の対策に頭を抱えていたのではないかと思います。

前回市長選で、私は市民の側として、対立候補を立てるべし、とかなり強く大きな声で言い続けていました。そのときには基地跡地の自然の上に公務員宿舎や、市役所の新築はじめ公共施設建設のオンパレードの計画が出され、市長を変えて止めるしかない、と思い詰めたものでした。
しかしその後、誰のおかげか基地跡地の開発計画は事実上止まり、昨年秋には公務員宿舎の予定地に、昔はどこにでもあったような空き地のような広場「朝霞の森」が開設され、前回市長選のときのような対立軸が解消されたことに加え、保育所の増設に積極的に取り組んだこと、職員の異動の間隔を延ばして福祉関連部局の職員の専門性が少しずつ高まっていることなどを評価しなければならない部分もあり、今回は、対立候補を出す必然性は少なく、具体的な候補者名を出せばそれは議員であったり重要な市民活動家を必要とされる現場から引きはがし、市長落選者にしてしまう危険性もあり、議会活動を通じて富岡市長の施策に修正を加えていくべき、と考えました。

富岡市長の次の4年間の最大の課題は、財政問題になると思います。
財政力指数1.0を上回ったり下回ったりを繰り返している朝霞市は、全国的には富裕自治体とみなされ、交付税措置されている、という事業はすべち持ち出しになりますし、国や県の補助金のなかには周辺自治体より補助率が落とされているものもあります。思うような市債の発行も認められません。
そうした中で8億円しか残高のない財政調整基金(使途が自由な貯金)の中で、当初予算ベースで毎年4億、決算ベースで1・5億円の実質単年度収支での赤字を出し続け、次の任期満了ぐらいには自由裁量で政策的に使える財源は枯渇します。
企業財政でいうと、営業利益の高い会社が最終利益では赤字になっている、ということも言えますが、感覚としては、財政的に恵まれているとみられ、順調に借金の返済も進んでいる中での資金繰りの厳しさですから、黒字倒産の危機が迫る、という表現が正しいかも知れません。そうした中で12月の市議会で、議会質問に応じて次々に財政支出のカードを切ってしまったことは心配と言わざるを得ません。

一方で、財政問題というといつも標的になりがちなのが福祉関連の民生費ですが、小泉構造改革のつけまわしで犠牲になった失業者やひとり親家庭、障がい者福祉の議論から、企業丸抱えで従業員の生活保障ができなくなっている昨今の社会構造の変化の中で、そう簡単に民生費は削れないという実態も見えています。せいせい生活保護費の国庫負担率の引き上げぐらいしか、民生費の見直しを通じた財政好転は期待できません。
そうすると、残りはハコモノの抑制、撤退や、各種団体への補助金の見直しなど、嗜好性や生命・生存に関わらない支出をどこまで切り込めるか、ということになろうかと思います。

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2013.02.23

2/23 保育園をめぐる杉並区の混乱

杉並区で認可保育所に入れなかった保護者たちが、行政不服審査を申し立てたという。

保育保障を定めた児童福祉法の考えにのっとればそういうことにならざるを得ないと思います。私自身も待機児童問題に我慢してきて、毎月認可保育所に入れれば払わなくてよかった月3~4万円の実質的な「税外税負担」をさせられたり、「認可外保育所などに預けて」と子ども関係者に言われたり、サヨク議員から「儲け主義の保育所に預けて」などとあからさまに非難され、スティグマにさらされてきたので、この保護者たちの怒りということが痛いほどわかります。待機児童対策が前進し、ようやく末子が3歳になって認可保育所に入れましたが、もう5年早く手を打ってもらえたらと自民党政権と当時の市児童福祉行政に怨嗟を持っています。

また、仕事と家庭と追いまくられる中でよく行動できたと思います。時間がないから行政に文句言えない、年に1度の入所申請のときだけ市役所の人に面と向かって話す時間ができるので、そこで切れるしかないそんな感じです。行政に満足に要望を伝えられない、そこが保育園を使っている保護者の最大の弱点です。遠慮してももの言っても変わらないのだとすれば、まずはものを言うことが大事だと思います。

ファシスト・近衛文麿の私邸を区が購入する代金が13億円。それだけの金額があれば子ども安心基金を組み合わせれば、認可保育園30園を開所できる財源。すべてがそれでいいとは思わないが、セーフティーネットの整備より、公園のためだけにお金を使えという昼間の市民・区民がいかに声が大きいかということが言えるのではないかと思います。ここ4年ぐらいの朝霞市もそうですが、横浜市など基金を使って本腰を据えた対策を打った自治体は、そろそろ待機児童問題が残りつつも沈静化し始めました。

一方で、保護者たちも少し聞き分けがないのかなと思ったりもします。やはり認可保育園はちちんぷいで整備できるわけではなく、財源、土地、事業者、子どもの声を騒音だと思う地域風土がないこと、などが条件です。その中で、保育士と施設面積だけはクリアし、都財調によって潤沢な特別区財政のもと、東京都以外では園庭要件以外は最低基準をクリアしている認証保育所がダメと決めつけた論調をすることも、問題ではないかと思ったりします。

下記の毎日新聞の論調も、認可外に国の補助が出ない、と糺弾していますが、これもまた国が保障する認可保育所がどういうものかということを無視した議論だと思います。一方で、保育財源の分権が進んで交付税化されているので、認可に限らず様々な保育施設を自治体独自で基準を作って整備できるようになっているわけですから、やっていない自治体は子どもの分の交付税をネコババしているということにもなります。そういう意味では杉並区はまだそこそこやっておられるということだと思います。

区長がこの件で、議会で、「保育所を増やす努力をすればするほど、ほかの地域から子育て世代が集まり、保育需要が高まるとの認識(東京新聞)」と答弁したと報じられていますが、認識違いもはなはだしく、保育園事情で転居してくる住民というのはそうそう多くありません。住宅事情だったり親族だったり、杉並だとあの独特の文化が杉でなんてのもあると思いますが、保育園事情を調べる能力のある人なら、杉並区、練馬区、世田谷区にはまず住まないと思います。
かつての朝霞市もそうでしたが、人口増だけが景気のいいことのように錯覚して自治体の施策をとるから、身寄りのない世帯が増えて、副作用のように保育ニーズや介護ニーズがふくれあがるわけです。朝霞市でも国家公務員宿舎建設反対運動の論拠として、最近の人口増は、税収以上の自治体の負担増が発生する、というものでした。

●保育園のニーズは、6歳未満の子ども人口×共働き世帯の比率で決まるので、人口推計から、共働き率を予測して、保育ニーズの目標数値を出さないと、待機児童問題の後追いで保育整備を続けている限り、作っても作っても保育ニーズが湧いて出てくるからやらない、として事態を悪化させていくということになりります。

●地価が高くて専業主婦文化が強い杉並区に無理して住まなくてもいいのになぁ、と思いますが。福祉ニーズだけでしたら、板橋区や北区、足立区の方がいいのではないかと思います。三浦展「郊外が消えていく」を読むと田園都市線的な専業主婦文化に染まった地域は確実に衰退の道をたどるようにしか思えないのですが。

●こんな事態なのに、自民党は、社会保障と税の一体改革で増税の根拠として用意した保育整備のための財源年7000億円を、三党合意をほごにして、7800億円にして幼稚園の利用料無料化に流し込むようです。
働く人をどこまで痛めつけることを楽しんでいるとしか言いようがありませんが、残念なことに20~30代のキャリア女性の多くが改革者として自民党を支持しているようなので、自民党からすればカモネギみたいな話で、痛くもかゆくもないということなのでしょう。
しかしこうして子育てしながら働くことが苦痛な若者が多くなれば、当然、介護や医療は切れという論調が出てきてもおかしくありません。

●自分が選挙をやってわかりましたが、政治家から見える子育て世代には保育園保護者がリアルにいないんですね。朝8時~夜8時までの選挙運動時間に、保育園保護者の意見を聞く、保育園を増設しろという主張をする、そんな時間帯はほとんどない。子育て支援というのは、昼間の選挙運動の中では、医療費をタダにすることか、児童手当を上げるか、そんなことしか具体的に提案できないものなんですね。保育園保護者が立ち上がって選挙に勝って意見を通したなんて事例は、各自治体1~2人しかいません。
かつては集票機能を担った労働組合から自治体に要望が上がりましたが、労組の政治参加が「しがらみ」とレッテルを貼られ大工場でもあるところの議員以外はマイナスにしかならず、労組を通じた政策要求は自治体から消え、政党は労働組合との関与を打ち消すのに躍起で、働く人の意見を集約する政治回路も機能しません。その点は「しがらみ」批判のもと何もかも否定してしまった有権者にも問題があるのでしよう。
夫婦で税金を払っているのに、住民税は逆進性の高い一律税率で控除も少なくてそのまま取られているのに、自治体では民主主義の一員ではないのでしょう。2015年からの保育政策の数値づくりのために自治体版子ども子育て会議が来年度からスタートしますが、そうした保育園保護者の意見をビルトインできる仕組みができるかどうか試されていると思います。

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2/23 首相訪米の結果と英語公用語化の動きを憂慮する

安倍首相の低空飛行が続く中、訪米が行われました。その結果、日米同盟の強化に加えて、TPP参加の方向が見いだされ、帰国後、TPP交渉参加が表明されるのでしょう。

TPPの交渉内容が参加各国から明らかになっていない秘密同盟みたいな存在である以上、交渉参加して、情報だけ取って、参加しないということはできないと思います。外務省と経団連が民主党を騙して描いた破局の道だと思います。

すべての関税をなくすというTPPの危険性についてはいろいろ指摘してきましたが、私の関心分野で引きつけていうと、医療分野が心配でならないと思っています。非関税障壁として公的医療保険の混合医療の解禁が求められ、公的医療保険制度が空洞化する危険性があると思っています。また、アメリカ製薬業界から薬漬け医療を邪魔する諸規制の解禁を求められる可能性もあります。

もちろん農業分野はかなり厳しいことになると思うし、本来適用されるべき労働分野の国際ルールは、今もそうであるように無視され続けるということで国民生活においては、国境越えに親和性のある金融業や企業売買みたいな世界、海外生産に依存している産業は豊かになるのでしょうが、地域社会から離れられないような事業では、国際競争がそのまま当てはめられ、ベトナムなどとまともに闘わなくてはならないので、かなり厳しいことになると思います。

TPP参加後は相当な生活保護予算を組まなくてはならないのではないかと思っています。生活保護以外に、国民の多くが失業して食べていく具体的なものが見つかりません。

●楽天の三木谷社長が、英語を公用語にせよ、と主張していることに、遅くとも安倍晋三氏が首相になるまで側近と確認されている山谷えり子氏が賛同しているという。
北海道に暮らしたことがあるから、言葉を失い先住民とみなされた人たちがどれだけ苦労して民族性や文化を守っているか見聞きしてきた。
日本語しか話せない人間を、この国土で原住民と扱われるような道に歩ませることを否定できない政治家が、中国や韓国を敵視して、自らの民族的忠誠をアピールしていることが、我慢ならない。

●能狂言、歌舞伎、浄瑠璃が英語だけで成り立つか、っていうのだ。この国の決定権を握る人たちの流れを変えないと、先住民族の言葉を理解できない人しかわからない芸事になってしまうのだろう。

●グローバリゼーションに統合されていくことばかりが社会進歩のような言い方が、新自由主義者からサヨクまで信じられていることがこんなことになっているのではないかと思う。
北欧ように通貨などいくつかの点で留保をしながらEUに参加しているケースもあるし、日本の徳川時代のように植民地になる前に資本の原初的蓄積ができた歴史もある。
無分別なグローバリゼーションへの迎合が経済成長になるというのは、比較優位論だけの一般論である。国際分業が不可能でありながら、労働力を抱えなくてはならない産業にとっては、かなりきつい結果にならざるを得ない。

●日米同盟という言葉についても。私が子どもの頃、中曽根首相は「日米安保体制の強化」という言葉を使っていたように思うが、いつからこんなどさくさまぎれのように「日米同盟」と言っても失言にならない時代になったのだうろか。逆に同盟というからには、尖閣に何かあったら米軍が中国を追い払ってくれるのだろうか。同盟という言葉の使い方が安直すぎる。

●安倍首相の賃上げ要請に雇用も賃上げもせず、今高給取りの大企業労働者のボーナスをさらに増やすというガラパコス的労務政策を取ると反応した経団連。それがTPPを推進している以上、日本企業が、TPPの労働分野の共通ルールを守るとは思えないことは明らかです。労働基準法などを破りまくり、一方でコンプライアンスの名の下に労働に関する異議申し立てを封じ、間接的に団結権を侵害しているような現状は続くと言えましょう。

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2013.02.21

2/21 行田邦子参院議員、みんなの党か

市長選後に招集される3月市議会に向けて、調査活動を続行中です。

しかし、ここのところの花粉、煙、PM2・5のトリプルパンチで、喉が炎症を起こしてしまい、いまいちな体調です。

●7月の参院選に向けて、選択肢の1つかと思っていた行田邦子さんが、みんなの党に入ることを打診され、前向きに検討ということのようです。

小泉構造改革にあこがれ、新自由主義的な主張を持つみんなの党入りすれば、応援するわけにはいかないので、残念なことになります。踏みとどまってほしいと思うのですが、当選することを考えると、すでに3議席のうち自・公は当確でしょうから、あてにもならない「みどりの風」の看板や「リベラル」な雰囲気よりは、みんなの党として出て、維新との選挙協力で他に対立候補を立てられないようにすることが大切なのかも知れません。

私としては、12月の衆院選、今行われている市長選いずれも推薦見送りしてきたので、何とか参政権を積極的に行使したいという意味でどなたか推薦したいところですが、また見送りになるかも知れません。

●孤高を恐れない渡辺喜美みんなの党代表は、主張と別に好感が持てるところもありますが、増税反対、行革で何とかなる、競争、グローバリゼーション肯定の主張、エリート層候補者勢揃いを見ていると、昔の青臭い民主党を見ているような既視感におそわれます。違いは労組の支援の有無だけ。だからヒステリーに労組批判をするのかも知れません。

●たまたま見ていたテレビでイタリアのベルルスコーニの報道。ベルルスコーニの母体となる政党名が「Il Popolo della Libert」、「自由な人々」と訳すのですが、日本では左翼の砂かけまぶしみたいに使われているリベラルというのは、欧州ではベルルスコーニのことなんですね。

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2013.02.18

2/18 見過ごされる長時間保育を必要とする市民の声

朝のニュースで、世田谷区が短時間保育で預けていた保護者を、もっと重度、困難度の高い家庭の子どもを預かるために保育所を退園させる運用をやめる方向で検討、と報じられていた。

何か本末転倒のような気がしている。確かにある歳の4月から、あなたは保育の必要度が低いから退園です、と言われるのは酷だと思うが、保育所が不足している以上、もっと困難な状況にある家庭の子どもが先任権みたいなもので待たされるのではなく、入所を優先されるべきではないかと思う。そう考えると、過去のツケで、待機児童問題が深刻で満足に解決できない自治体が、そういう判断をするということが確実に誰かが犠牲になるということなのだろう。

短時間勤務の保護者に対応する保育は、幼稚園の預かり保育という延長保育や、認可外保育所など選択肢はいろいろある一方、長時間保育のニーズは応えられる保育資源が本当に限られている。そういう中で、これまでやむを得ず取られていた方法をあえてやめるというのは、世田谷区がそれなりに保育ニーズを満たすだけの保育所を新設できたということなのだろうか。

保育所はじめ子育て・教育関連の事業には、民主主義のパラドクスみたいな世界があって、声の出しやすい保護者の声が通りやすいので、どうしても保育サービスが最も切実に必要な層の人たちの声が届かない。子どものため、何のため、大きな声が通っている意見には、ほんとうにそうなのか注意が必要ではないかと思っている。

たとえば、料理人、ホテル労働者、小売業従事者、彼らはいったい何時まで働いているのか。そういう人たちは区役所や市役所に要望を伝えることができるのか。

短時間保育だからといって保育園の継続利用が断られた、という同情されやすい話に対応できるだけの自分たちの立場を役所に説明することが彼らにできたのか。させてもらっているのか。

そんなことを考えてしまいます。

●こうした誰かが悲しい思いをしないために誰かを追い出す、などという関係性を作らないためには、愚直に保育所の待機児童問題の解決をしていくしかないのでしょうが、世田谷区では保育所を迷惑施設だとして猛反対する風習があるらしくて、区長自ら苦悩をツイッターにぼやいていた。何だろうかねぇ。生活から遊離したプライドの高さはねぇ。
ワーキングマザーのみなさま、市が補助した保育予算に見合うだけ保育園利用後もある程度住み続けてくださるなら、朝霞市にお越しください。小田急線や京王線ほど混雑はひどくないし、世田谷区ほど保育園の待機児童問題は深刻ではありません。

と胸を張って宣伝できる朝霞市にしなくては。学校、学童保育、介護がまだまだ課題山積だなぁ。

●実は、私の子どもの預けている認可外保育園が、朝霞市内で最も遅くまで開いている保育園なのですが、先日、保育園に保護者集団として意見しなければならないことがあって、いろいろな保護者と話す機会がありましたが、やっぱりサービス業で働く長時間労働が避けられない保護者の声が一番届かなくなりやすいんだ、と改めて認識し、自戒しました。

●一方、このニュースでは短時間勤務が普及しているという話ですが、そうかなぁ。結婚や出産での退職を余儀なくされている状況も含めて、企業はそんなに理解があるのかなぁ。あるいは統計に出にくい正社員的に働く非正規労働者なんかどうなんだろうか。あるいは男性労働者に対しては、短時間勤務なんて使える制度も文化もあるのだろうか。ジェンダーもからんで難しい話だと思うのですが。

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2013.02.17

2/17 党員もまじめに

最近の民主党も、党の存亡の危機という言葉を乱発しますが、あまり効果的ではないと思います。

現下のようについ2ヵ月前までの民主党政権の統治能力のなさに呆れている国民感情のもとで、党の側が存亡の危機などという言葉を乱発すれば、党の支持者が固まるよりも、国民の側が「そうなら民主党を死に追い込んでやろうではないか」ということになります。

相変わらず、誰かを脅かしつけて政局を作ろうという悪癖が抜けていないとしか言いようがありません。

安倍政権が必死にタカ派色、新自由主義への親近感を遠ざけて、着実さを演出している中で、協力しなくてもいいから、まじめな姿勢を見せないと…。どう見られているか考えた方がいいと思いますね。

●なんてことを思っていましたら、民主党の地方組織の集会で、前首相を除名にしろ、などとまた安直な政局談義に盛り上がっているようです。党員も党員だなぁ、なんて思いました。
「時代の流れを見誤る」って党本部を糺弾している声もあって、時代の流ればっかり気にしているからではないかと思います。ある程度きちんとした問題認識ができていて、それに権威があれば、時代の流れからずれていたって、時代が追いついてくるものじゃないかと思います。民主党が時代の流れに乗って新自由主義的改革路線を取っていたら、貧困問題や非正規労働問題が盛り上がって、かえって対応能力を失って、後から合流してきた小沢一郎にひっかきまわされたなんて過去もあったんじゃなかったですか。
民主党を支える人たち自身も、もっとまじめな議論をしてほしいものです。

●私も民主党の地方組織をよく見てきましたが、選挙区の封建領主をとびこして、組織的に上に意見をする機会の全くない政党だったので、地方組織や党員も、組織をまとめて良くしていく議論の仕方に慣れていないのかも知れません。

●たかが小選挙区制における1回の選挙に負けたからといって、世の中が終わるかのような思い詰め方は不健康だと思います。安倍政権をなめてはいけませんが、しかし未来永劫再生できないかも知れない、再登場できないかもしれない、というのも、あまりにも根拠のない不安です。仕事をちゃんとやればそこそこの居場所は残り、そこから反転攻勢ができるものです。

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2/16 保育園でもちつき

Dscn1901_2私のブログらしからぬ記事ですが、我が子の保育園でもちつきがありました。

少し前まで園の経営側と保護者集団との間で意見の相違があったのを乗り越え、かえって保育士と保護者との信頼関係が強化した後の行事だったのでひじょうに盛り上がったと感じています。

●次の参議院議員選挙で、埼玉県選挙区の改選議員である行田邦子さんが、みんなの党からお誘いを受けたということ。行田さんは虚心坦懐に、ということで即座に断らなかったようです。
原発と消費税はいいのでしょうが、最も日本の未来を問われるTPPなど、民主党時代に反発してきたことを説明つけられられないんじゃないかと思います。選挙戦術だけ考えたら、3議席のうち自公が予約席となっている中で、みんなの党+維新に、みどりの風という政党、あるいは民主系リベラルという雰囲気では勝てないと判断されているのだろうと思いますが、もう少し長期的視点で選挙を考えてもらえたらと思います。

●「リベラル」と、みんなの党的な新自由主義に、いったいどんな境界線があるのか、と思わざるを得ないことがあります。「リベラル」と自称しているグループは、TPPでは民主党は分裂しなかったけども、消費税をめぐっては分裂できる、つまりやはり優先課題は、本人たちが意図しているにしてもしていないにしても、小さな政府論での「リベラル」じゃないかと疑わざるを得ないんです。

そこで検証しなくてはならないのは「リベラル」という旗印。私はこれは90年代、社会主義が穏健なのも含めて全否定された社会環境、消費税反対運動をバネに自民党以外の選択肢が発見された経緯、そんなところから民主党製造のために多様な政治勢力を統合するための便宜的政治用語だと感じています。

「リベラル」とは、アメリカ的には中道左派的雰囲気を指すのでしょうが、アメリカ以外では「ネオリベ」という言葉があるように、新自由主義者や古典的自由主義者のことを指し、労働や社会保障に冷酷な視線をさす政治勢力をさす言葉です。「リベラル」を標榜していた民主党も、小泉純一郎と竹中平蔵のコンビがあそこまで社会システムをガタガタに破壊するまで、ああいう改革の手法を大きな声で批判できる政治家はごくわずかったように、「リベラル」という言葉は人権や多様性に寛容であっても、貧困や過酷な労働の問題、家族や生活を支えるシステムには冷淡にならざるを得ない言葉じゃないかと思っています。

「リベラル」で、自公政権に対抗し、民主党と違う選択肢を模索している人に、最近、話し続けている話です。とくに「社会」という言葉の入った政治勢力を源流に持つ人たちには、今の社会問題にしっかり向き合う結集理念を打ち立てなくてはダメだ、とハッパもかけています。

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2/14 議会改革推進会議の3委員会が開かれる

2月14日朝霞市議会の議会改革推進会議が開かれ、10時から議会運営、13時から広報広聴、15時から議会活性化の3委員会が開かれました。

私は担当の広報広聴推進委員会に出席し、議会運営推進委員会を傍聴いたしました。

●先に開かれた議会運営推進委員会では、一問一答方式の導入と一般質問の時間制限の扱いについて議論が続いています。

一問一答式の導入については合意しているものの、進政会、明政会、絆、公明党が求めている一般質問時間の短縮化が条件として出され、その一般質問時間の制限の時間をめぐって各会派物別れで終わっていました。
これまでは進政会、明政会が質問・答弁あわせて60分、公明党が質問・答弁あわせて90分、絆が質問時間だけで40分、共産党が委員長なので不明、無所属の田辺議員が現状(25分×3回分=75分の維持)を主張していました。

私も議員は議論してこその議員であり、行政に対する監視機能、政策形成機能どちらにとっても質問時間を確保することは重要で、他に弊害があれば短縮すべきだが、特に理由がなければ現状維持の方が重要、質問時間が多めに確保されていることは議会改革の評価でも高得点になっている。
ただしわかりやすい議会にしていくための一問一答方式の導入に、どうしても質問時間を短縮させる他会派からの条件があるなら、現在、質問時間が長い議員の質問を多少工夫しておさまる範囲であれば多少は応じる、と考えていました。
また時間のカウントも、質問・答弁時間をあわせてカウントされるとすれば、長い答弁をされた場合に混乱の要因になるし質問権を行政が答弁によって自由に操ることもできる、として質問時間のカウントしか認めないという立場は崩さない、と議長などにお伝えしておりました。

今回の会議で公明党から質問時間のみカウントで60分という案が出てきて、各会派持ち帰りとなりました。全会一致が原則なので、主要会派が全議員を説得できるか、無所属の各議員が納得できるかどうかがカギになります。

●午後から私が所属する広報広聴推進委員会が開かれ、いくつかの点で前進しそうです。

9月議会で提起され広報広聴推進委員会が引き取った市議会の委員会の議事録の公開については、お金をかけずに公開できる手段として議事録作成業者からPDFファイルを提供してもらい公開する、という方向で各会派持ち帰り検討することになりました。

各議員の議案に対する賛否の公開については、紙面の関係から「広報あさか」上で行っている議会だよりでは当面行わず、インターネット上で行うことで、各会派持ち帰り合意形成に努めることになりました。

請願本文のインターネット公開については、元々請願の要約を議会だよりに掲載したいという話から出てきたものですが、市民の多様かつ自由な要望を要約して問題になるより本文をそのまま公開しようということで、これもインターネット上でまず実現してみようということになりましたが、これも各会派持ち帰り合意形成に努めることになりました。

「広報あさか」上の議会だよりに、一般質問が各議員1テーマのみ取り上げられていますが、他の質問もしていることを知ってもらいたいとして、その他の質問項目を掲載する、ということについては、紙面の制限の範囲で実施する方向で各会派持ち帰って合意形成に努めてもらうようになりました。

最初から課題になっていたインターネットでの議事の中継・録画公開については、前向きに議論が続いていますが、前回は経費の調査、今回はユーストリーム、ユーチューブを活用した議会中継の経費の調査とプロジェクターを持ち込んでの中継・録画公開の状況を、

①専門業者に委託した例 和光市、所沢市、西東京市
②ユーストリーム、ユーチューブを活用した事例 流山市、小金井市
③市販の機材を用いて議会中継・録画公開を実現した事例 田川市
の各議会の録画配信を委員で少しずつ拝見いたしました。

価格では②>①と勝敗が分かれますが、作成する手間やトラブルのあった場合の対処、配信の安定性などでは①が優るという判断で、今後調査を継続していくこととなりました。

議会だよりそのものの改革については、議会だよりを掲載している「広報あさか」が4月から月1回発行に切り替わり、その編集の変更を見て、修正、追加できるかどうか様子を見てから対応を図っていこうということになりました。

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2013.02.10

2/9 基地跡地の国家公務員宿舎建設の報道をふりかえる

Dscn20059日午後、基地跡地の自然を守る会主催の「地元に戻った基地跡地の軌跡」に参加、2時間以上にわたり、2008年から2012年にかけての、国家公務員宿舎建設問題についてのニュース、ワイドショーの録画を見て振り返る会合がありました。

テレビ朝日の玉川徹さんの自然林の形成に対する信念をもった報道というのが改めて確認できました。政治家という同業者の目から、公務員宿舎削減のための公務員宿舎新築を打ち出した当時の政権の詭弁みたいなものはどうして出てきたのか、ということなども考えさせられました。歴史的検証にたえられる言動、政策を打たないと、政治家の責任という自覚だけで政治をやっていると、立ち止まって考えたらおかしなことをついつい勢いでやってしまう、言ってしまうということだったと思います。蓮舫参議院議員の公務員宿舎削減のための公務員宿舎新築の詭弁が本当に失笑を買っていました。一発屋みたいな人をかき集めて政治集団を作ると、こういうことが起きてくるのかと思いました。

国家公務員宿舎建設の中止に至る道というのは、①止まらない公共事業を止めた、②公務員宿舎を賛成した側も反対した側もしたたかに最終的には最も不満のない結果にもっていった、③公共による新しい市民の遊び場づくりが始まっていること、において全国的にも貴重な事例ではないかと思いました。

5年にわたる報道を見ていると、市長をはじめ当時の賛成側市民も、市民連絡会など当時の反対側市民も、時宜を得たたたかいをすることによって、何度もタイミングよく事態か展開していることが感じられます。
私もこりゃもうダメだなと思いつつ運動に関わり続けていると、ある日突然事態が展開して話が大きくなって、問題は解決していく、という場面に何度か出くわしました。
もちろん運動のリーダーと市長の決断のタイミングなどそれぞれがうまい具合にかみあっていたということも大きいですし、長い時間軸で正邪を考えていくセンスを大事にしたことは大きいと思いました。

番組録画を見終わった後、ワイドショーのインタビューに登場した方々によるパネルディスカッションが軽く行われ、ふりかえりを行いました。

●2時間もワイドショーの録画を見続けていると、報道というものの質について、いろいろ気づくことはあります。

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2013.02.07

2/7 みんなが労働者でみんなが経営者

NHKクローズアップ現代で、協同労働が取り上げられ「働くみんなが経営者、注目される協働労働」というタイトルで放映がありました。

私は時代背景から協同労働は必要だし前向きな評価が必要だと思う一方、本来、社会主義的選択肢の1つである協同労働を、新自由主義の文脈から「みんなが経営者」と前向きに評価することに危惧を感じています。

というのも、世の中には、経営者的な創造性や企画力がなくても、まじめに職務を誠実にこなすことができる人がいて、その方が多いわけです。
「みんなが経営者」という人がそういう環境に放り込まれて、経営者としての才覚を発揮できず、みんなが決めたことを誠実にこなすだけの役割となったときに、その人は「みんなが経営者」という理念の職場で大切にされるのでしょうか。それは属人的なものにならざるを得ないのではないかと思います。

また複数人間が同じ仕事をしている中では、どうしても職場の世論をリードする人と、まじめにやりますから決めて下さい、という人に分かれがちでそうしたときに、「みんなが経営者」という理念がどのように動き出すのか、心配しています。

すでにブラック企業では、薄給の賃金労働者に対して経営者のように働けということを要求していますし、世の中も不況の中でそれぐらいのことは我慢しろ、という雰囲気になっているなかで、創造性も企画力も要求されないまま経営者並みの勤務時間で馬車馬のように働かされ、困ったことだけ現場で経営者のように解決するように求められる、そういう環境が知られています。そこでは労働者が守られているとはとてもじゃないけど思えないからです。

またかつて労働者階級が作った国と標榜していたソ連などでは、すべての人が国家の主人公というタテマエでしたが、実際にはみんなが主人公の国なんだから不幸なはずはない、と国や社会制度に対する批判を暴力的に封殺してきたことも思い出されます。そしてこういう自己完結した論理は、社会の多数派が圧殺する側を追認するということもあります。

そんなことを考えながら、協同労働は必要、という立場にいながらも、協同労働に従事している人は経営者でありながら「労働者でもある」ということを忘れないような、既存労働法の網がかかる保護が必要だと思っています。

すでにシルバー人材センターでも、実態は自治体の委託業務なのに個人請負という体裁を取ることによって、労働法の適用が外れ、業務中の事故が労災保険も健康保険も適用できない(実態は本人と医療機関の配慮で健康保険を脱法的に適用させているようですが)問題などが浮上しています。
経営上の都合でしかないのに理想社会のような大義名分で、実態が労働となっている人を労働者とみなさないやり方というのが、様々な副作用を呼ぶということをふまえていかなくてはならないと思います。
日本では、労働者という言葉に対する差別的ニュアンスが強く、どうしてもあなたは労働者だ、と言われることを忌避する傾向があります。福祉労働者や教育労働者、NPO団体の従業員、未組織公務員など、単なる労働問題として処理するのが最も効率的な問題解決なのに、本人たち自身がそうした呪縛にとらわれていて呪縛を解くのに手一杯ということはよく見聞きしてきました。

●報道する側には、ブラック企業や暴力団、カルト宗教団体、狂信的な左翼団体が、協同労働の団体を乗っ取ったときにどういうことが起きるのか、そういうシミュレートを充分に行ってから、「全員が経営者」という言葉を使ってほしいと思いました。

●高校生のときに私の通学していた高校では、何だかんだと毎週のように学内集会があって、校長から「本当の自由と自立」みたいな話を聞かされ、そして学校行事は「ほんとうの自由と自立」に感動したくて来校する観客のために振り回され、校内で非合理なことがあっても「ほんとうの自由と自立」のために我慢するよう求められ、そういうことを横目にみながら「ほんとうに自由になっているのかい?」と場の空気を壊すようなことをやっていたので、実態が不明確な理想の言葉は簡単に信用できない悪い癖があります。そうしたときに労働法の解説書に出会い、労使間の自治の論理と、集団的労使関係という合意形成に向けた交渉システム、団結権保障のための様々な考え方などを知り、空虚な理念語を振り回すより、問題解決の手段なんだと認識して今に至っております。

●労働者が尊重され最もフェアで安心できる社会というのは、資本主義体制のなかで、①労働者集団の形成、②労働法などの労働者の人権保護法制の確立と、③さらにドイツや北欧で行われているような労働者集団による経営参加なのかと思っています。

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2013.02.06

2/2 「看とり」をお聴きする

2日、私が所属していた朝霞市地域福祉計画推進委員会の委員中間が言い出しっぺに、市内の福祉職の方々と続けてきた「地域福祉を考える市民の会」が開いた「あなたならどうする家族が要介護になったら」を聴きに行ってまいりました。

今回は、在宅介護を介護する側で体験された方のお話を聴くことができました。とくに1人目の方の家族を看とった体験には励まされるものがあったと思いますが、やはり、医師の協力が欠かせないということを痛感しました。

そのほかにも、在宅介護を始められたばかりの方など2人から体験をお聴きできましたが、終末期までの在宅介護というのがまだ試行錯誤している段階で、先入観で「できる」「できない」と考えがちなので、こうして経験者のお話をうかがって、具体的なイメージづくりをすることが大切だと思います。

●5日、福岡県への出張の帰りに、田川市に立ち寄り、親友の佐々木允市議を訪ねました。佐々木さんが勤務されている社会福祉法人が建設中の介護施設を見せていただきましたが、入所施設のほかに、在宅医療の拠点を作り、医師や看護師を配置して、田川市での在宅介護の可能性を高める挑戦をお聴きしました。朝霞市は土地不足から介護施設を充足できるほどの増設はできないと思います。地域で生き、地域で亡くなることのできる地域づくりが求められています。
ヘルパーの24時間巡回や、在宅医療の拠点を増やすことなどを通じて、小さな面積の朝霞市全体が、生活拠点であり、まちぐるみの介護施設としての機能も兼ねる、そんなことは可能じゃないの、と教えていただきました。

●今まで夕張など北海道の炭鉱町しか見たことがないので、田川市が思ったより明るく、人がいることに驚きました。

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2/3 福岡・久留米で自治体の臨時・非常勤職員の課題を話しました

3日午前、福岡県の久留米市職員の労働組合「久留米市労連」に招かれて、自治体の臨時職員、非常勤職員の組合づくりの重要さをお話してきました。対象は、久留米市労連の全役員で、支部・分会レベルまで合計60人に聞いていただきました。青年部、支部・分会クラスの役員も含むということなので、臨時・非常勤職員の組合員化は初耳だということを前提に、と要請されていました。

130203以前、労働組合の職員として担当していたということと、今は自治体議員という半ば経営者としての立場としての両方の視点から、自治体の仕事をスムースにやってく上で、臨時・非常勤職員に組合がどう向き合ったらいいのかということを話すよう求められていると理解してお話しました。

今の自治体の仕事内容は、サービス産業化していることは避けられず、そのために労働力を弾力的に確保したり、あるいは通常の公務員の人事異動ルールにはまりにくい専門職を大量に雇用しなければならない状態にある、したがって、良い自治体になろうとしたら、いまのがちんごちんの総合職採用しかない正規職員の慣習制度からすると、臨時・非常勤職員の活用はコスト以外の理由からも避けがたい。その中で、「一時的・臨時的」職員として組合が直視しなくて済むのか、別物として無視し続けたら組合はエリート公務員だけのものになって、行き着く果ては第2人事部・御用組合という実態にならざるを得ないのではないか、と申し述べました。

労働組合の本来機能は「(休暇等労働条件も含めた)賃金カルテル」であり、臨時・非常勤職員や外部委託で働く人の労働条件を放置すれば、正規職員はどんどん仕事が大変になり、臨時・非常勤職員に仕事を奪われ、また仕事の現場の状況を正規職員が理解できなくなる危険姓がある、ということをお話しいたしました。

そして、臨時・非常勤職員の組合員化には、職場にいる正規職員の協力があるに越したことはない、臨時・非常勤職員の人権侵害事件が起きてから組合員化しても混乱しがちだ、ということで、平時に組合本部が臨時・非常勤職員の組合員化を提案した場合に、正規職員の役員のみなさんにはできるだけ前向きに理解してあげてほしい、ということを申し述べました。

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