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2012.07.31

7/31 来年3月副都心線が東横線に直通

7月下旬、地下鉄副都心線が東急東横線に直通することが、東武、西武、東京メトロ、東急の私鉄各社から発表がありました。
横浜へ行くには便利になりますが、一方で乗り入れの拡大とともにダイヤの混乱が日常化しており、そうしたことは毎日の通勤で利用している方々には危惧されることだと思います。また乗り入れのたびにダイヤの見直しがされますが、その度に、調整不足なダイヤを何年も利用しなくてはならない思いをしており、経営努力をしていただきたいと思います。

さて、鉄道各社から発表された内容では、東急と東京メトロは具体的な本数まで言及しており、東急が1時間に18本、うち4本を渋谷折り返し、渋谷・小竹向原間を日中1時間に14本運行することが明らかになっています。現在が12本(15分に急行1・各停2を4回)で、日中2本増発となりますが、中途半端な運行本数なのでパターンダイヤではなくわかりにくいダイヤになる可能性が高いと思います。1時間に4本は東急との直通の急行と発表されており、ここは現在の運転本数と変わらないとみられます。

一方、東武側、西武側の運転本数もどのようになるのかも発表されていません。東急も副都心線も15分ごとの急行を軸にダイヤを組む一方、東武は急行が5本を軸にしたダイヤ、西武は急行3本を軸にしたダイヤを組み合わせるわけですから、東武が2008年以前のように急行を減便、西武が急行を増便してダイヤのパターンの間隔を合わせないかぎり、かみあわないダイヤとなることは間違いありません。しかし東武についてはいったん増便した急行を減便するというのは考えにいくいと思います。
東急主導で運行本数が決められ、それに東武や西武のダイヤを合わせていくということで、2008年以来続いている、朝霞、富士見、ふじみ野市民には使いにいくダイヤが相変わらず続くのではないかと危惧しています。

またダイヤ混乱の最大の原因となっている小竹向原の平面交差ですが、上りについては、この直通と同時期に解決する目標で工事が進められていますが、下りはさらに2年後のようです。
※東京メトロ平成24年度事業計画より

●東京メトロが近年、遅れてもない電車をわざと遅らせる時間調整を頻繁に入れます。こうした手法は、山手線や銀座線、丸ノ内線のように1路線だけで完結している路線での混雑の均等化には効果がありますが、行き先や急行・各停がバラバラに乗り入れてくる有楽町線や副都心線では、来た電車に順次乗る乗客ばかりではなく何本も待って目的の電車に乗っている乗客が少なくないので、こういう調整は全く無意味です。
相互乗り入れしてお互いの路線のダイヤに影響し、ダイヤの混乱が思わぬところに拡大しているので、とにかく1本1本の電車の定時運行に努めてほしいと思います。

●6月市議会で2008年にあったようなダイヤの混乱が再発しないように、朝霞市が、沿線自治体で構成する東上線改善対策協議会を通じて鉄道会社に対策を求めるように、要請いたしました。

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2012.07.30

7/29 議会報告会を行いました

昨日午後は私個人の議会報告会を朝霞市民会館ゆめぱれすで開きました。

6月議会は議案が少なかったのですが​、一般会計補正予算で、保育所の増設や介護予防のための社会実験など私には関心の高い​政策が多く、思ったよりてんこもりの説明会になりました(その内容の概略については、過去のブログ記事の本会議の討論や一般質問の内容にも記載しています)。

また法政大学五​十嵐ゼミから参加された仲間が景観政策と法律の関係について説明​、また選挙を応援してくれた志木市民の方がこれまで志木市民病院のこ​とについて志木市内でおきている状況について調べていただき説明​してくれました。

最後に政治情勢を意見交換しましたが、

①来年3月の朝霞市長選は、国家公務員宿舎問題がなくなり、現職​が圧倒的優位で展開するだろう、しかし、市長は警戒心が強く、で​きるだけ多くの人の意見や政策要求を取り込もうとしてることを確​認にしました。結果として私のような市長を批判してきた系統の政​治勢力からの政策要求なども通りやすい一方、政治決断による放漫​財政になりがちな傾向が否めないことも予測しました。また新座市​長選の分析からも、若い、変えるというキーワードが効果を失って​いるとも分析しました。

②上田党を経由して民主党を支持してきた地域の保守層の少なくない数が​自民党に回帰していると確認しました。その証拠として、黒目川沿​いの溝沼や膝折において、商店や地元の人の姓の家に軒並み自民党​衆議院議員候補のポスターが掲出されていることを報告しました。​しかし一方で、民主党の神風氏を擁護するだけの魅力も実績も、と​くに国家公務員宿舎問題の処理の過程ではその信頼もできていないということも議​論しました。

③朝霞市では55年体制に戻るのかな、と思うところですが、昨日​発足した緑の党についても議論が行われ、その結党に関しては歴史​の前進だし、持続可能という価値観は共有できると思う一方で、私​が最も重視している、労働問題や社会保障、貧困政策で緑の党がど​ういう行動を取るのか、それを見定めていくことを説明しました。​ヨーロッパでも「赤緑連合」というように労働や社会保障重視の社​民と、緑の党は別の党で住み分けて協力するというのがかたちにな​っていると思います。

●来週は朝霞市最大のお祭りである「彩夏祭」となります。

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2012.07.29

7/28 6月市議会の報告会を開催いたします

お知らせが遅くなりました。
あす、6月市議会の報告会を開催いたします。どなたでも参加できますので、関心のある方はぜひご参加ください。
※議会主催の議会報告会の開催が各地で流行する中ですが、これは私個人の政治活動としての報告会です。

1.日次 2012年7月29日(日) 14:00~16:00​頃
2.会場 朝霞市民会館「ゆめぱれす」の「梅」の間
3.報告内容
○今議会のの賛否について
○補正予算の内容から①保育所はどのくらい整備する必要があるか
○補正予算の内容から②高齢社会に向けての社会実験
○志木市民病院の状況
○学童保育の返還金の問題
○議会改革の進捗
○意見交換
※資料の事前準備等の都合だけですが、事前に出欠のご連絡をいた​だけると助かります。

※交通手段
会場は朝霞駅南口から徒歩10分です。
会場地図のリンクです。
http://​www.city.asaka.saitama.jp/​guide/bunka/commu/01.html

朝霞駅から徒歩10分以上かかるところです。市内循環バスがあり​ます。
http://​www.city.asaka.saitama.jp/bus2/​02-2.html
市内循環バスわくわく号 膝折・溝沼線 「市民会館」下車
北朝霞駅(ロッテリア前)13:33
溝沼老人福祉センター13:36
朝霞警察前 13:47
第4中学校入口 13:50
朝霞駅南口 13:54
※余裕の多めに見ているダイヤなので5分程度遅れることが多いです。

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2012.07.26

7/26 民主・自治体の非常勤職員にボーナス・退職金を支給できるよう自治法改正へ

非常勤職員に手当支給へ=自治法改正案を了承―民主

昨年の公務員に対する7.8%の賃下げと引き換えに交渉妥結してやるはずの公務員の労働基本権は棚上げ中だが、非常勤職員のボーナスや退職金支給への道が開けそう。

今、自治体は全国で推定60万人の臨時職員・非常勤職員がいるが、地方自治法の解釈で、正規職員と同等の勤務時間にならない限り、臨時職員や非常勤職員にボーナスや退職金を支給できないことになっている。

その運用が難しく、昨年秋には多くの自治体で臨時職員や非常勤職員のボーナスが一律で廃止された。

現在、正規の公務員数の絞り込みと、キャリア官僚的な人材育成を前提として運用している今の正規職員公務員の人事の矛盾から、自治体では、保育士、看護師、図書館司書、各種相談員、学童保育指導員など、専門職を中心に臨時職員や非常勤職員が増え続けている(一方で、正規職員にせっせとお茶くみをしたりコピー取りを代わりにやるような過去のイメージの臨時職員はほぼ絶滅しつつある)。また行政改革で民営化をしようとしても担い手の事業者、民営化先での職員確保の困難さ、民営化による直接サービス以外コストの増加などから民営化を断念すると、後にやってくるのは臨時職員や非常勤職員で、彼らの処遇改善が避けられない課題になっている。

しかし、ここ10年、そうした住民と直接タッチする仕事に携わっているはずの臨時職員や非常勤職員に対して、関西の心ない市民派議員やその親族、候補者たちが、相次いで、ボーナス支給が違法だとして、訴訟を起こし、日本独特の公務員制度に関する法解釈から、支給そのものに対して違法性を認める判決が下ってしまっていた。

結果として、臨時職員や非常勤職員の待遇改善が遅れ、労働力の定着や正規職員との確執などさまざまな問題を現場にひきおこし続けていることや、民間パート労働者の待遇が徐々に改善している中で、公務員パートだけが取り残される結果となっている。
支給するかどうかは自治体の判断だと思うが、支給することができるように法整備をすることは必要だろう。

そうした中で、長くてあと1年の民主党政権として最後の努力をすることになったようだ。自民党も公明党も、民主党の支援団体のためなどという政局的な判断をせず、ぜひ前向きに判断してほしいと思う。労組の組織率も悪く、変な言い方すれば、大半は連合とも全労連とも民主党にも票として組織化されてはいない存在だから、自民党も公明党もこの改正案に抵抗して自治体の臨時職員や非常勤職員を、彼らにとっての敵に追いやらない判断をしてほしいと思う。

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2012.07.22

7/22 政治生命を賭けても反対する人がいるものです

参院で過半数を割っているというのに、「政治生命を賭けて」と言えば何とかなると思っているような政治信念がこういう誤った理解につながるものです。

「足引っ張る人がいる」首相、軒並み戦線縮小へ(読売)

自分たちで選んだ党首がやったことに、あまりにもまとまりのない民主党の陣笠議員たちもいかがなものかとは思いますが、冷静に考えれば、社会保障と税の一体改革だけでも実現できれば、少数与党の一政権としては十分な成果ではないかと思います。

●最近、岩波書店から出版された「村山富市回顧録」を読みました。政治は先入観やイメージだけで議論することが多い世界なので、村山氏が社会党出身の高齢者というイメージだけで何もできないだけの年寄りという評価が強いのですが、戦争責任問題の処理に限らず、消費税の増税、規制緩和、コメ輸入規制の撤廃と関税化、介護保険制度、NPO法人制度など、それぞれについて善し悪しの評価は分かれるにしても、21世紀のための様々な政策形成を行っていることは再評価すべきです。その上で、政治がいろいろやろうとしたら村山政権みたいなアクロバット的な枠組みの政権しかあり得ないんだろうな、と感じることが多くありました。
今みたいに前川レポートAの信奉者と、前川レポートBの信奉者が政権を取り合い足を引っ張り合うというのでは、何も新しい発想は生まれません。

●政権交代にあたって、目新しい政策を掲げるリスクが明白になってしまった今、結局、自民党が国土強靱化と称して、高度成長期にしか実行できないような公共事業偏重の政策に回帰しつつあることは嘆かわしいことです。未来を考える思考と、できるできないを判断する判断力を政党がつける必要があって、政党助成金のうち、やはり一定部分は知的能力の向上のために使ってほしいし、政党シンクタンクの設立などきちんとした知的スタッフの確保と活用に力を注いでほしいものです。
南欧の政治風土みたいに、高速道路無料化やガソリン値下げ隊みたいな脳幹と筋肉を直結させたような運動をするようなあやまちをどの政党もしていただきたくないと思います。

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2012.07.15

7/15 多様な政党支持のある労働組合であっても政党支持していけないものか

ある自治体議員さんのフェイスブックに、三宅雪子衆議院議員が連合にラブコールを送っているという新聞記事を題材にこういう文章がありました。

自民党・公明党・共産党支持者から大多数の無党派の組合員から構​成され「労働者の権利の擁護」のために活動する主旨のはずの労働​組合である「連合」が、民主党一党支持を掲げていることは、憲法​の思想信条の自由に抵触すると思う

こういう言説は皮肉以上の価値を持つとすれば、それは非常に危険な思想です。

社会団体はそもそも政党を支持して運動するということは好ましくないという前提が、戦前の大政翼賛会結成や労働組合の産業報国会への改編の論理であったわけです。政府が中立的な労働組合もどきを用意して、職場を指導していた社会主義者を「改心」させる、または排除する、ということだったわけです。
それは1980年代日本共産党が、政党支持の希薄化を志向していた連合結成を、産業報国会の再来とみて盛んに批判していたわけです。その後結成間もない連合は、1989年のおたかさんブームに巻き込まれる形で政治的とりわけ選挙に深く関わらざるを得なくなり、野党(当時)の応援団なっていきます(篠田徹「ニワトリからアヒルの再来?」)

話を戻すと、団体が構成員の政党支持の分布にしたがって政党支持を放棄するということは実にナンセンスな話で、団体が政党との間の政策や理念との取引の過程で、特定の政治家や政党を推薦したり支持したりすることを意思決定することは民主主義社会のなかでは当然の行為であろうと思います。むしろ団体に政党を支持してはならないという前提をつくることが、複数政党制を否定するか、政党との協議より役所に陳情することが常態化した官僚支配の国か、アメリカのにようにすべてが経済的な自由競争の論理で説明づけるような社会運営をしている国でもなければありえない現実です。

ヨーロッパの民主主義は社会を構成するさまざまな階層や要求を前提にした団体が政治参加して、その団体ごとの要求や政策を政党間での協議で調整しながら社会を運営していて、これは日本国憲法が否定するような社会体制ではありません。
また団体が特定の政治家や政党を支持することを運動とすることは、団体による運動の思想を啓発する役割もあり、こうした働きかけがなければ、社会を変えていくなどということはありえなくなります。

労働組合を出て政治家になった私として、こうして連合が民主党を応援しようが、全労連が結果的に共産党を応援しようが構わないしむしろ、民主主義の原理からして好ましいとぐらいに思っています。しかし、ではそうした労働組合の判断が本当に労働者階層や労働組合の利害に適うのか、それが問われているんだと思います。
利害に適っているのかという批判なら大いにやるべき段階に入っていると思います。それは労働組合にとって民主党でも社民党でも共産党でも100点でもなければ0点でもない結果になるだろうと思います。
ただしそれが単に民主党より社民党の方が労働者の政党だろうなどというような、過去の経緯や固定観念によりかかった議論ではなくて、労働問題に対する正確な問題意識や、労働組合員の利害だけではなくこの社会の賃金労働者の階層をたばねて代弁していく覚悟があるのか、そういう視点で政治家や政党を吟味して推薦すべき時代に移りつつあるのではないか、政権交代の夢が崩れた今の課題だと思っています。

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7/15 朝霞市内での児童虐待による死亡事件について

朝霞市内で児童虐待で市民である5歳の子どもが亡くなるという痛ましい事件が発生しました。

第一義的には加虐した保護者の問題ということでしょうが、こうした虐待事件は、どの社会でも必ず発生することから、社会の問題としては、それを予防したり寛解させていく機能、子どもを保護できる機能がちゃんとしているのか、ということが問われなくてはならないと思います。

今回の事件の発生について、自治体の問題としては、権限のある県の児童相談所の踏み込みが悪かったということがあります。
一方で、マスコミ等でも指摘されていますが朝霞市としても、6月8日に子どもが保育園に登園しなくなって10日近くも報告がなく、本庁の児童虐待担当に登園できていない事態を報告できなかったことも、発見が遅れ深刻化してしまった原因になっていると思います。

一方、保育所との情報のリレーに問題はあったにしても、朝霞市の子育て支援課は今回の親子にこれまで重大な関心を払ってきていました。
従来から児童虐待の対応について基礎自治体に対応の権限が必要ではないかということが言われてきましたが、県の児童相談所の機能を市町村に移管するとかしないとかの話ではなくて、市町村にも機動的に子どもの保護の対応ができるように、簡素な権限と、人、カネがつけられ、直営の子育て支援センターなどをベースに一時保護まで含めた対応ができるようにならないか考えていく必要を感じています。

一方でそれが具現化したときには、一時保護などの受け入れを行うために1~2ヵ所の保育所を24時間体制の高機能化を図る必要がありそうですし、児童福祉について複雑な問題に対応できる専門的な職員の育成が不可欠だと思います。

また虐待対応でどうしても実の親の愛情を重視しがちですが、ケースによってはそうしたことは逆効果になる可能性も高いということも前提として、子どもの保護を考える必要があると思います。

まだ事態が未解明な部分も多いので、現時点ではこうした書き方にとどめておきます。

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7/11 北海道・栗山町職員が持っている「ポケット統計」

11日、法政大学の廣瀬教授が栗山町議会議員のみなさまが視察で来訪されるので、よかったら同席してはいかがか、とお誘いを受け、自治体議会に関心のある人たちと同席いたしました。

廣瀬教授は、栗山のような議会改革の先進自治体では、議会として意思をまとめて市民にフィードバックする、という段階から、市民から要望や意見を受けたことを議会が政策化する段階に入っているのではないか、行政ではできない議会としての政策形成のための仕組みを考えなくてはならないのではないか、など、お話をされていました。

栗山町議会のみなさんが次の日程で午後から訪問するのが埼玉・嵐山町だというので、方角が一緒である私が池袋駅までご一緒しました。

Dscn0539栗山町のことについて私が聞いたところ、町議会事務局の森さんが手帳から引っ張り出したのが、この写真の「ポケット統計」というB5三つ折りのパンフレットです。

最近、市議会の同僚議員と話しても、市の行政側職員と打ち合わせをしても、自分も含めて感覚的な前提で話をしていると感じることが多くあります。たとえば財政が持たない、とか、少子化が進む、とか、よくよく考えると常識だろで済ませてはいけない前提があるように感じていました。

6月市議会で田辺市議が指摘しておりましたが、統計数字を前提に政策を議論するクセをつけた方がいいなと思っていた矢先のこのパンフレットとの出会いで、この数字をもとに栗山市議会議員、市職員は自分のまちの現状を町民や外の人に説明できているわけです。

内容は人口や面積のほか、産業別就業人口、住宅数、道路延長、火災件数、交通事故発生件数、上水道排水管延長、水洗化率、主要死因別死亡数、厚生年金給付額、財政データまで載っています。

今まで朝霞市は他市に比べて市に要求してくる市民は少なく、財政的には恵まれてきたので、政策の優先順位が多少おかしくてもさして問題になりませんでしたが、これからは財政が厳しくなる中、公共サービスに求められる役割が増大してくるので、統計的な数字を必ずふまえて政策を議論するクセをつけていかないと、とんちんかんな政策に多額の税金を使ってしまうということになりかねないと思います。

こうした簡単な統計データのパンフレットを作って持たせるというのは、そのコスト以上の効果がありそうです。

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2012.07.06

7/6 ラジオパーソナリティーの反原発デモに労働組合でもなく10万人集まっているという表現から考えさせられたこと

たまたまFMのJ-WAVEが、毎週金曜日に行われてきた反原発のデモが大きくなっていることを伝え、「労働組合でもなく学生運動でもなく、こんなに集まった」という、いかにもな表現をされていました。

こういう表現は今に始まった話ではありませんが、いろいろ考えさせられるものがあります。

一つには、労働組合が職場における労働力商品の取引の売り手側の当事者であるということがほとんど語られないこの社会のなかで、単に社会的正義を追求するための政治的ステークホルダーとしてしか見られておらず、その結果としてネガティブな評価しか与えられていないということです。

一つには、ラジオのパーソナリティーという職業上の限界だと思いますが、日本社会で半分以上である賃金労働者が職場を超えた社会正義を追求するにあたっての情報の媒介、参加の媒介が、労働組合以外にあっただろうかということを考えさせられました。
専業主婦の妻がせっせと子連れでデモに参加する一方で、その夫は無関心どころかそれを冷ややかに見ている、というのはよく聞く話です。男と女の原発問題に対する切迫感が違うんだという、ジェンダーも何もないテキトーな論理で片付けられがちですが、PTAや保護者会、生協班などの地域の人間関係の中で子どもたちへの危機として情報が伝えられ、行動が促されているものに対して、自発的かそうでないかは問わずに職場にかんじがらめになっている夫にとって、所属する労働組合がそうした媒介を持たなければ、政治的行動を促されるための何の情報も提供されず参加を促す仕組みがありません(妻が説得して夫を引っ張り出すという美談はありますが、仕事を後回しにしてそれができるものって何から生まれているんでしょうか)。

しかし日本では労働組合というと政治闘争にあけくれている印象があり、それが運動業界にいる人には「最近の労働組合は社会正義のために立ち上がらない」という評価になり、ラジオのパーソナリティーのようにクリエイトな仕事をされている方々には「労働組合がいない」ということが評価になるように、労働組合が位置づけられてしまった経過は何だろうかと考えざるを得ません。

どうして労働組合と社会運動、政治運動に対して、こんなねじこれた議論の仕方になってしまったのでしょうか。そもそも労働組合の本業からは政治的闘争に参加するということは、当たり前のことではなく、労働組合としての本業があって、その過程で組合員の突き上げや、労働組合運動の必然性として、そうでなければ組合員への覚醒を求めるための「組織強化」の取り組みとして行われるというものです。ですから反原発運動に労働組合が参加していないことを問題視したり、あるいはラジオのパーソナリティーのように参加していないことを美化したりするような筋合いのものではないと思っています。

日本で戦後、労働組合が政治参加に積極的であった理由はいくつかあり、戦争への反省や、労働組合の社会化、政治化に欠かせない社会主義思想との関連など、契機や主体性についてはさまざまな指摘をされてきましたが、構造的問題が結構大きく、私はそうした経緯が大きいととらえています。
日本では、企業内労組が賃金・労働条件を決定することができ、上部団体である産業別労働組合やナショナルセンターはその交渉を指導し参考資料を提供するにとどまります。諸外国では、職種や職務による横断的賃金・職務給をめぐって労使交渉が行われるため、産業別労働組合が賃金・労働条件の決定権を持ち、企業内の労組はその分会機能であったり、露骨な国では企業内にはそうした機能はなく、主に使用者側が設置する労使協議会で現場段階での諸問題を調整していたりします。
こうした差の中で、日本の労働組合の上部団体が運営できるようにするためには、企業内組合から何とか役員を送り出してもらい、不平不満を言ってもらいながら上納金を納めてもらっています。組合員や加盟組合にとって上部団体は、何か非常事態の保険やシンクタンクのように賃金・労働条件に加え業界情報を蓄積し必要に応じて取り寄せる対象に留まっています。
そうした中で、産業別労働組合やナショナルセンターが企業内労働組合を超える連帯を形成するためには、主に政治的運動によりかかった部分は少なくないと思います。左派系労組では平和運動や反原発運動、右派系労組では北方領土返還や北朝鮮拉致被害者救出運動などの取り組みは、企業内労組を超えた絶対的正義のために運動に参加する必要性を提示する機能もありましたし、選挙闘争こそ、トヨタやかつての新日鉄や国労など特定の地域での圧倒的な組織力を持つ企業内組合以外は、企業内労組の壁を乗り越えないと勝てない運動として、産業別労働組合や、ナショナルセンターの地方組織の出番だったりしてきたわけです。

●かつての労働組合のように本業そっちのけで政治運動に明け暮れるのもどうかと思いますし、一方で政治運動や選挙闘争に全く関与しないというのも、単なる組合員に対する物取り顧客サービス業に堕してしまう面もあると思っており、ほどほどに社会的正義を追い求めるべき、と考えています。企業内労組を前提としている以上、産業別労働組合より上部の団体の担い手確保などは、社会的正義を追求する運動をほどほど取り組んでいないと、なかなか自発的なものにはならないように感じています。

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2012.07.05

7/3 陸前高田市議会の資料保存の取り組みに学ぶ自治体議会の記録と情報公開のあり方

今日、法政大学の廣瀬先生の講義を聴きました。法政大学では東日本大震災による津波で水に浸かった陸前高田市議会の資料の復元作業をしているということを紹介され、市議会の資料を残す意味について考えさせられました。

自治体の行政側の資料というのは、政策を実行するための資料です。もちろん政策の立案過程も行政は行いますから情報はあるはずですが、やはり実行するための様々な資料に比べてそうしたものは、残す義務があるとは限らないものです。

一方議会は、様々な情報、諸条件の中で、ある目的のためにどうしてその政策が選択されたのか、議案質疑、一般質問、討論、表決というプロセスの各段階で議論するタイミングがあり、その政策が選択された理由について記録し後世に残す機能があるということです。

廣瀬先生はその話から、議会が市民に情報を公開し共有していくことの重要性を話していただきましたが、私も同様に思っています。

議会に入って一つ疑問に感じていることは、議会では質問・質疑は盛んに行われていますが、どうしてその議案に賛成したのか、反対したのか、という理由付けを行う討論、それから、討論は討論でも賛成を反対にしたり、反対を賛成にしたりする議論の過程についてはあまり時間が割かれていません。全員賛成の議案の場合には、討論を省略するようになっています。
後世、どうしてその政策が議案として選択されたのか、本当は賛成も含めてきっちり残していくことが重要なんだろうということを改めて確認したお話でした。

●日本の意思決定の会議は、もやはり質問大会になりがちで、これは労組でも、学生自治会でも、マンション管理組合でも同様。発言者としての有能さは、質問を通じての問題発見能力であり、提案者にどうしても反対していかなくてはならないときには、自ら対案を出して対抗するよりも、提案者を質問攻めにして立ち往生させた方が有効ということになってしまう。したがって今回の消費税騒動にしてもしかり、自民党の対抗戦術にしてもしかり、過去には日本社会党のやり方もしかり、政権取るまでの民主党しかり、日本での対抗勢力は建設的な能力は一切問われないどころか、むしろあえて捨て去ることが求められる。そのことが日本の議論の文化が嫉妬深い文化に覆われ、提案する側は妥協を一切認めない完成度の高い提案しかできない、そんなこところに日本社会の閉塞があるのではないかとも感じた。

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