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2012.07.06

7/6 ラジオパーソナリティーの反原発デモに労働組合でもなく10万人集まっているという表現から考えさせられたこと

たまたまFMのJ-WAVEが、毎週金曜日に行われてきた反原発のデモが大きくなっていることを伝え、「労働組合でもなく学生運動でもなく、こんなに集まった」という、いかにもな表現をされていました。

こういう表現は今に始まった話ではありませんが、いろいろ考えさせられるものがあります。

一つには、労働組合が職場における労働力商品の取引の売り手側の当事者であるということがほとんど語られないこの社会のなかで、単に社会的正義を追求するための政治的ステークホルダーとしてしか見られておらず、その結果としてネガティブな評価しか与えられていないということです。

一つには、ラジオのパーソナリティーという職業上の限界だと思いますが、日本社会で半分以上である賃金労働者が職場を超えた社会正義を追求するにあたっての情報の媒介、参加の媒介が、労働組合以外にあっただろうかということを考えさせられました。
専業主婦の妻がせっせと子連れでデモに参加する一方で、その夫は無関心どころかそれを冷ややかに見ている、というのはよく聞く話です。男と女の原発問題に対する切迫感が違うんだという、ジェンダーも何もないテキトーな論理で片付けられがちですが、PTAや保護者会、生協班などの地域の人間関係の中で子どもたちへの危機として情報が伝えられ、行動が促されているものに対して、自発的かそうでないかは問わずに職場にかんじがらめになっている夫にとって、所属する労働組合がそうした媒介を持たなければ、政治的行動を促されるための何の情報も提供されず参加を促す仕組みがありません(妻が説得して夫を引っ張り出すという美談はありますが、仕事を後回しにしてそれができるものって何から生まれているんでしょうか)。

しかし日本では労働組合というと政治闘争にあけくれている印象があり、それが運動業界にいる人には「最近の労働組合は社会正義のために立ち上がらない」という評価になり、ラジオのパーソナリティーのようにクリエイトな仕事をされている方々には「労働組合がいない」ということが評価になるように、労働組合が位置づけられてしまった経過は何だろうかと考えざるを得ません。

どうして労働組合と社会運動、政治運動に対して、こんなねじこれた議論の仕方になってしまったのでしょうか。そもそも労働組合の本業からは政治的闘争に参加するということは、当たり前のことではなく、労働組合としての本業があって、その過程で組合員の突き上げや、労働組合運動の必然性として、そうでなければ組合員への覚醒を求めるための「組織強化」の取り組みとして行われるというものです。ですから反原発運動に労働組合が参加していないことを問題視したり、あるいはラジオのパーソナリティーのように参加していないことを美化したりするような筋合いのものではないと思っています。

日本で戦後、労働組合が政治参加に積極的であった理由はいくつかあり、戦争への反省や、労働組合の社会化、政治化に欠かせない社会主義思想との関連など、契機や主体性についてはさまざまな指摘をされてきましたが、構造的問題が結構大きく、私はそうした経緯が大きいととらえています。
日本では、企業内労組が賃金・労働条件を決定することができ、上部団体である産業別労働組合やナショナルセンターはその交渉を指導し参考資料を提供するにとどまります。諸外国では、職種や職務による横断的賃金・職務給をめぐって労使交渉が行われるため、産業別労働組合が賃金・労働条件の決定権を持ち、企業内の労組はその分会機能であったり、露骨な国では企業内にはそうした機能はなく、主に使用者側が設置する労使協議会で現場段階での諸問題を調整していたりします。
こうした差の中で、日本の労働組合の上部団体が運営できるようにするためには、企業内組合から何とか役員を送り出してもらい、不平不満を言ってもらいながら上納金を納めてもらっています。組合員や加盟組合にとって上部団体は、何か非常事態の保険やシンクタンクのように賃金・労働条件に加え業界情報を蓄積し必要に応じて取り寄せる対象に留まっています。
そうした中で、産業別労働組合やナショナルセンターが企業内労働組合を超える連帯を形成するためには、主に政治的運動によりかかった部分は少なくないと思います。左派系労組では平和運動や反原発運動、右派系労組では北方領土返還や北朝鮮拉致被害者救出運動などの取り組みは、企業内労組を超えた絶対的正義のために運動に参加する必要性を提示する機能もありましたし、選挙闘争こそ、トヨタやかつての新日鉄や国労など特定の地域での圧倒的な組織力を持つ企業内組合以外は、企業内労組の壁を乗り越えないと勝てない運動として、産業別労働組合や、ナショナルセンターの地方組織の出番だったりしてきたわけです。

●かつての労働組合のように本業そっちのけで政治運動に明け暮れるのもどうかと思いますし、一方で政治運動や選挙闘争に全く関与しないというのも、単なる組合員に対する物取り顧客サービス業に堕してしまう面もあると思っており、ほどほどに社会的正義を追い求めるべき、と考えています。企業内労組を前提としている以上、産業別労働組合より上部の団体の担い手確保などは、社会的正義を追求する運動をほどほど取り組んでいないと、なかなか自発的なものにはならないように感じています。

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