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2012.01.29

1/29 小野善康「成熟社会の経済学――長期不況をどう克服するか」出版へ

まだ読んでもない本をあれこれ書くのはどうかと思いますが、岩波新書から小野善康先生の「成熟社会の経済学――長期不況をどう克服するか」が発売されることになったようです。
昨年2月に先生に呼び出されて、構想をうち明けられていましたが、ようやく出版です。
なお、昨年2月の会話はEU労働法雑記帳「小野善康・黒川滋対談」で取り上げられています。

●通貨供給量の調整だけで経済を何とかできると思っている、新自由主義者とりふれ派の間で日本の経済政策がふりまわされ、ろくでもない方にどんどん落ち込んでいると思われる方に読んでいただきたいと思っています。
私も保育政策をめぐって、1980年来の改革談義の作法の上でいくら世の中を良くしようとあがいてもダメなんじゃないかと思っていたところに、小野先生の著作と出会って、目からうろこのように発見することが多かったものです。21世紀初頭、小泉構造改革を頂点とする時代の流れが見ないようにしてきた前提、「国民をリストラできない」「流動性の罠」「合成の誤謬」などの言葉は小野先生も復権せさた言葉です。

●最近、国債は内国債ばかりだから国債で日本は破綻しない、と消費税増税反対論者は言いますが、そのようなことは「間違いだらけの構造改革」にこれでもかと示されています。同時に、増税も貯金に使われなければ景気を冷やさない、と書いています。この本を読んでいたら、国債発行がタブーでないことを理解すると同時に、増税も景気にはタブーではないことも理解できるはずです。となると消費税反対は、政局めいた話か、政府の規模をめぐるイデオロギーの問題であるということがわかってきます。

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コメント

『増税しても景気が悪くなるわけではない』『増税しても貯金させなければ景気が良くなる』という言葉に非人間性を感じるのですが。

私は消費税増税に賛成ですが、それは『一銭も負担をせずに権利だけを主張するのは良くない・稼いだ人からのみ課税する悪平等は良くない』という理由からです。

そもそも、行政サービスを求めるからには、無から有は生じないので、必ず税を負担しなければならない。だから本来、税の量は国民の受益の量で決められるべきであって、不景気ガーとかいう問題ではないのです。

政府の規模、受益と負担の関係から増税を論じるのは結構ですが、政府主導で経済を操作したりとか、景気に影響がないことを理由に「好きなだけ取って代わりに使ってやる」というのは、国民を奴隷としか思っていないのだ。

税を好き好んで払いたい奴はいない、過労死するくらい働いた尊い財産を奪われて怒らない人間はいない。

小野さんの理論は、全体の経済の数値が良くなれば個人の努力や財産権や欲望を認めないという、極めて全体主義的・共産主義的な考えだと思う。

合成の誤謬だろうが、貯金をして財産を蓄えたいというのは人間の本質的な欲求。原始人でさえ財産を蓄える。これが悪いことなのか。

他人より努力をして働き、多く稼ぐ。これを取られたくないというのは当然の心情だ。

新自由主義が支持されるのは、経済のためではなく、道徳のため。天下りや利権に国民は怒っている。悪平等に怒っている。

こういった自然な感情を、経済の名の元に切り捨てることに、恐怖を感じます。

再分配論者は、統計とか政府により統制を机上で論じてばかりいますが、人情というものを忘れているのでしょうか。

投稿: 革命烈士 | 2012.01.29 19:58

明治以来、政治の場で、理念、理論を抜きに「庶民感情」を中心に政策を語り続けてきたことが社会福祉の貧困につながっているのではないかと思います。

財源無ければ何もできません、ということになろうかと思います。そこには最も弱い人に情のない対応をせざるを得ません。増税回避して財政再建に邁進した小泉政権時代に、障がい者福祉とひとり親家庭への福祉に大鉈が振るわれたことは私の中でとってもつらい感情を思い起こさせます。増税してやらないことによって、欧州各国に住んでいる人たちと比べて、教育費、社会保障の自己負担などあまりにも多くの負担を強いられて、それが最も困った人にとても冷たい社会になっています。そしてそれは消費税増税の負担が冷たいと考える人たちの想像の外におかれ、精神的な社会的疎外にもなっています。

人情倫理というのはいいのですが、それが得てして自分の想像できる範囲のことでしかなくて、そのことで最も配慮しなければならない人たちの生活がどうなっているのか、研究者や官僚、政治家は考えることが必要だと思います。

ご自分の想像できる範囲の人情だけで冷たい、暖かいという主観的評価だけで政治や政策を動かしていった先には文化大革命のような悲劇になることもがあるんだということをさんざん学ばせていただいたので、私は冷たいとか人情がないということは政治家稼業としては大事なことだと思っていますが、小野先生や官僚のようなインテリにとって評価として意味がないように思っています。

小野先生のことで言えば、増税も国債発行も価値観としては中立の方です。骨からの増税論者ではないことを申し添えておきます。必要な財源がありさえすれば雇用が創出されるという条件なら増税をしても景気は悪くならない、と言っているに過ぎません。増税が景気回復なのではなくて、大事なことは不況期においては雇用の創出、その雇用によって社会の効率化に資する仕事が形成されること、ということです。

投稿: 管理人 | 2012.01.30 00:21

私は消費税の増税は問題外と思っています。

現状の無茶苦茶な財政赤字の原因は国家による個別資本の救済、資本による国家の徹底的な利用(←まさに新自由主義)が原因であることは明らかです。それで足りなくなった分、大衆増税で何とかしようという方が余程イデオロギー的です。

小野教授の議論はいくら聞いても、どういう論理で景気が拡大するのか、全く明らかになりません。金は天下のまわりもの程度の認識で、結果としてただの財政出動論です。しかも福祉分野のように波及効果などほとんど無いところでもそれを行えというに至って、もはや土建屋の財政拡大論議と選ぶところがありません。

土台、資本一つ定義できない「経済学」である以上、価値増殖の根拠がどこにあるのか全然説明できないことになり、従って工場が建つことと、社会福祉施設が立ち並ぶことの効果の差が判別できなくなることは明らかです。

ついでに言えば、増税は雇用拡大や設備投資の増加を呼ばない「単純再生産」の条件も割り込むことになり、景気を冷やすことなど常識以前の問題です。
 

投稿: バウアー | 2012.01.30 22:01

バウアーさんの前提は、雇用と賃金が均衡しているという前提の話ではないかと思います。

現下のような雇用がない人に「社会保障」つまりは生活保護や、大量の失業給付を出しているぐらいなら、政府事業として雇用を創出してそうした人に生産活動に携わらせるべき、というものです。単純再生産以前の現状についてどうしたらよいのかということになると思います。失業が多いこの状態を脱したときに、小野先生は公共部門が多数の労働力を擁することは非効率とも言っています。
政府事業のうち、福祉などの公共サービスが波及効果があるかないかについては、見解の分かれるところですが、製造業のようなダイレクトな生産には結びつかないものの、生活上の課題で生産活動の妨げになっている人を支え改善する効果は少なくないと私は考えています。世の中に純粋に価値を増殖させる生産がどれだけあるか、という哲学的な問題はあるかと思いますが、残念なことに私はマルクスは存じませんので、資本が何かという哲学的定義は、資本主義そのもののカタストロフィーを勉強する以外はおいておきたいと思います。

しかしまぁ、「金は天下の回りもの」という表現についてはケインズ経済学を貶める常套句ですね。
今、必要なことは有効需要をどのように形成するかということでは、その手段の一つとして、増税による再配分を適切にやっていくことがあると思います。再配分の手段は民間雇用の支援、公共サービスによる雇用、社会保障の順ではないかと思います。その中での社会保障と税の一体改革だと思います。

増税については明らかに見解を異にします。
新自由主義のいきつく先の財源不足というのは認識違いだと思います。先進国において、日本ほど税率の低い国はないと思います。それに相応するのが社会保障支出の低さで、したがって税収のうち少なくない比率が役所自体を維持する経費になっていたり、公共事業費の割合が突出する、という数値がでてくるわけです。それらは国民に役に立つ政府である実感はなく、ただ税金を取られるムダと見えるのでしょう。

慶大の権丈先生がよく公表しているデータですが、日本は最も景気のよいときでも税収の赤が3兆円もあった国で、そもそも税収不足で政府が運営されていると考えるべきで、新自由主義を突っ走ったから財政赤字は拡大したものの、税収不足は新自由主義によるものだという断定は誤っていると思います。

今回の社会保障ど税の一体改革による増税は、財政赤字を埋めるものではなく、増税の使途のうちストックの形成等に使われるものは年金水準の維持分で、それはごくわずかな割合です。他は医療、介護、保育と雇用や技術開発に直結するもので、国民に返されていくものです。

また消費税創設時はともかく、不景気後の村山内閣による増税や、小渕内閣による介護保険制度の創設が直接の原因で景気が悪くなったデータといのうはあるのでしょうか。増税の使途を借金返済に使わない限り、景気と増税をリンクさせる議論というのは誤りだと思います。余談ですが、借金返しでも景気のよいときに限れば銀行を通じて民間資金に活用されます。小泉構造改革は増税こそしなかったものの、政府支出を猛烈に圧縮して銀行にお金を返したものの、銀行が投資する民間資金がなかったためますます景気を悪化させたと考えています。

投稿: 管理人 | 2012.01.31 11:39

改めて最初のコメントを読み返してみて思いましたが、全体主義だとか共産主義だとかレッテル貼りしているのは、ネットウヨと同程度の行為ですね。
小野教授の書いたものを読めば、権力が個人の努力や欲望を否定するような考え方から最も遠いところにあり、共産主義と同じなどということは全く根拠がないとわかるようなものですがね。私の書いたものをそうやって批判するのはともかく、小野教授を批判するなら読んだ上でのことなのかな。マナーが試されますね。
経済への政府介入を主張する人を、ネットウヨや新自由主義を否定するような人まで、社会主義(この言葉をレッテル貼りの文脈で使うときには社会民主主義ということを全く理解しないで共産主義の水割りみたいな使われ方をしますが)、共産主義、全体主義などと言うのは議論の質を本当に下げていますね。

投稿: 管理人 | 2012.01.31 11:45

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