11/17 一人一票運動の今日の広告がおかしい‥
今日の毎日新聞朝刊30面の広告、一人一票運動の広告がなんだかおかしい。
一人一票運動に賛同しているみんなの党がなぜか議席が取れなかったという内容で、同じように一票の格差で議席が排除されている可能性もある公明党や共産党が取れたはずの議席について全く言及されていない。
明らかにみんなの党をヨイショする内容だと思う。
●書いていることも若干混乱が見られる。
また、「ニュージャージー州での米国連邦下院選挙で、1票対0.993票の住所差別でも、意見無効の連邦最高裁判決(1983年)が出ていると聞くと、尚更(ママ)です。」というのを引用しながら、参院選の一票の格差をさらに指摘しているのは矛盾である。米国の参院にあたる上院は、全ての州に上院議員を2人割り当て、しかも3回に分けて改選するから、一度の選挙で選挙権すらない州もある。これは一人一票どころではない格差だ。米国において上院と下院とは一票の価値の考え方が異なっていることを無視するべきではない。参院選の一票の格差についてあまり単純な議論をすべきでないと思う。
一票の平等については、いろいろ考え方が異なると思う。民主主義でどの民意を政治的意思表示をするのは、そんなに単純な話ではない。また選挙制度は完全な公平になる保障がないので、許容度をどこまでにするのか、という議論がつきもので、端数処理や四捨五入の入れどころで考え方が分かれる。これまでの判例では、どんなに急進的な判決でも、整数の格差にならない、つまり2倍以内、この運動の言い方で言えば1人0.5票までが許容範囲となっている。
選挙区をどのように切るのかということについては、やはり議論が分かれ、現行公選法は郡・市と町村部の人口が多い時代のものなっている。一方、一人一票運動のような市区町村境を全く無視した選挙区割までいくと、いったい選挙区って何のために必要なのかという議論にならざるを得ない。市区町村境を超える選挙区制は、フラットな選挙運動を事実上不可能にする。丁目レベルまで選挙区を把握していない人には選挙運動に参加する機会を奪う能力差別になりかねない。そうした難解な選挙区割りは、選挙区や立候補者の名前を政治マニアか地理に詳しい人しかわからなくしてしまい、選挙運動のプロ化をさらにおしすすめ、選挙区を超えて組織を持てるメディアに登場するような大政党にしかチャンスはなくなる。
また全然違う視点から、この運動は不十分なものとしか思えない。世論の違いを政党になぞらえる人(社民党の一部や共産党)は、結果として世論調査と同じように政党別議席数が分布しないと、民意を反映していないと考える。この考え方でいけば、一人一票運動が作った選挙区割は小選挙区制を前提にするもので、民意を反映しない選挙制度という議論になる。
選挙は最終的に民意を反映できる政治にすることが大切で、政党間競争に期待をしわずかの変化を敏感に捉える小選挙区制と、政党間協議に信頼をおき緩慢な変化で十分とする比例代表制と異なるし、小選挙区制も地域代表という考え方からスタートするものと、政党間競争の道具とするという考え方からスタートするものと、全然違う。そうした根本のすべき議論を抜きにして、一票が一票じゃないといい募る運動にどうも疑問を感じざるを得ない。
●こういうことを言うと問題かも知れないが、投票率の高い地域と、投票率が低いどころかそもそも選挙に行かないことを誇りとしているような人がたくさんいる地域の一票の格差が同じでよいものなのか、という疑問はつきまとう。
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