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2011.09.26

9/26 公務員宿舎に関する追記

公務員宿舎の立て替えの必要性の話で、今ある宿舎が老朽化しているという。しかし聞けばそういう宿舎も築35年から40年といい、コンクリート建築の寿命、所得税の減価償却で47年、固定資産税で60年を遙かに下回るところで建て替えている。

まともなコンクリート建築であればやるべき大規模修繕工事など必要なメンテナンスをやっていないのではないかと思わせる。やっていれば60年は維持できる。手入れをして、必要な機能改善をし続けていれば、建て替えしなくても維持できているはずである。

●公団住宅にもそんな話がつきまとう。管理や修繕を手抜きして、老朽化にまかせて、住民が音を上げるようにし向け、税制の償却期間よりはるかに早い段階で全面建て替えを行う。そのつけ回しは入居者や購入者の住宅費の大幅な値上げで処理されている。

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9/26 今頃だけども国家公務員宿舎建設問題がマスコミで炎上中

朝霞の国家公務員宿舎建設問題が、急速にマスコミに注目されて、連日報道されている。職場でも、朝霞ってこんなことあるんだね、といろいろな人に言われている。

今日こんな事態になったのは、国家公務員宿舎建設に反対するのは左翼っぽい一部市民のたわごとと位置づけて耳を貸さなかった、朝霞市、財務省、民主党の鈍感さに起因するものだと思う。他省庁に支出の抑制を呼びかけ、国民に増税を求める財務省が、自ら役割の終えた公共事業に手を出していることが、財務省批判の材料に使われると気づかない鈍感さの問題がある。選挙区の代議士が、党の理念やイメージと違うことを平気でやっていながら許すばかりか、有権者の批判からみんなでかばう民主党の鈍感なシステムがある。文句を言う市民を市の体制に組み込んでいる市民に批判させれば抑圧できると考えている市役所の鈍感な発想がある。そうした鈍感さの矛盾が、今回マスコミの格好の批判の材料にされている。

しかしもう半年早くこの問題を報道してくれればと思う。いまさら報道されているのは、増税問題の政局ネタなんだろうなぁと諦観しつつ、推進した人たちが多少なりとも社会的批判を受けていることは全く意味がないと思いながら報道を見ている。

●自民党の早川忠孝前代議士が公務員宿舎建設反対運動を公務員バッシングとレッテルを貼り、なんだかよくわからないマスコミ批判をしている。まったく論理になっていない。自衛隊、刑務官を引き合いに出して、朝霞の公務員宿舎の建設の批判を再批判しているが、刑務官は刑務所の近隣に住まなくてはならない前提になっているし、自衛隊にしても刑務官ほどではないが職場から離れたところには住めない。朝霞の宿舎にはこれらのやむを得ざる事情で住む人たちではない。この論理なら、さいたま新都心や永田町や霞ヶ関に近いところに宿舎があるべきだろう。
また「公務員は公共の利益に奉仕し、公の為に仕事をする存在である」といいながら、残念なことにこの公務員宿舎の存在は、多くの市民からはその反対にしか見えていない。それに納得のいく説明がほしいところだ。また公務員という身分だから公共の利益に奉仕しているはず、という前提づけも、国が推進する事業が国民の理解や必要性を遊離し、暴走する論理である。

私は公務員を厚遇することもときには必要なときがあると思っている。しかし、それは社宅ではなくて、もっときちんとした処遇であるべきだ。普通に家をさがし、不動産屋と契約し、他の職業の人と交わりながら暮らす、そういうことが公務員には必要なのではないかと思っている。
また地方公務員と国家公務員の二元論とか、公務員バッシングと同じくらい下品な論理である。また、郵政民営化によって国家公務員から外され、小泉政権が選んだ経営者の経営判断ミスによるゆうぱっくの失敗で経営悪化しボーナスカットを喰らった郵政職員など、どうとらえたらいいのか。公務員=自衛官や刑務官など体を張った権力的な仕事しかないわけではない。くそもみそも一緒にした議論は何とも理解不能である。

●朝霞の公務員宿舎建設を容認することは、早川氏にとっての埼玉4区の政敵の勢力を加勢するだけである。地元の自民党県議会議員がどのように発言しているのか聞いているとは思うのだが。
また、早川氏が唯一小選挙区で当選したときの総選挙は、小泉純一郎首相の公務員バッシングが追い風だったのではないか。

●みんなの党をかばうつもりはないが、みんなの党の国会議員の宿舎に批判をあてるのも間違いだろう。国会議員は主に選挙区に自宅があって、国会のために東京に出てくる必要がある。それは厚遇でも何でもない。業務上の必要性だ。私は大阪に本拠のある本間正明氏が政府の審議会の委員のために公務員宿舎をあてがわれたことも、厚遇などと批判するつもりはない。本間氏についてはあくまでもそのイデオロギーと政治的影響力しか批判したことはない。しかし一方で、東京を起点に全国を転勤している国家公務員にとっての東京近辺の公務員宿舎の必要性は全く別次元の問題である。純粋にそこまで待遇をする必要があるかどうかの問題である。

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2011.09.19

9/19 とめよう原発1000万人集会に出る

とめよう原発1000万人集会に明治公園に行く。この種の集会では珍しくパンクするほど人が集まっていて、会場に入るのに難儀した。確実に原発をやめていこうということが定着しているように思う。

しかし運動に夢中になってくると、必ず原発をやめていく、という道筋を忘れて、より徹底した原発批判をした者が偉いということになりがちなところもある。脱原発が空回りすると、今日来た会場溢れるばかりの人たちはいつか脱原発の運動から離れていってしまうことにになるだろう。
やはり、確実な原発をやめていくロードマップを作らせていくことが本当はいちばん大事なのだと思う。「危険なものは使うな」という論理で物理的な面だけ考えれば急進的な廃止論もありなのだろうが、社会的にはそれでは通じない。また使う側の論理もなしに、供給だけ止めるというのも運動の矜持がなさすぎる。

会場でのプラカード、配られるビラなど、東電バッシングみたいなものが目立ったがこれには違和感があった。事故後の対応、補償金の支払い体制、未だに根強い原子力神話、不透明かつ下請け依存の事故処理など非難されるべきものはたくさんあるしそこは手厳しい批判は必要だと思うが、膨大な事故補償を東電従業員の賃金カットだけでやれといった暴論には私は与しない。東電の財務諸表を見れば、東電だけでそうしたことをするのは限界であり、東電を監督していた政府にも責任があれば、原子力行政を監督できなかった国民にも一定の責任があるように思う。

事故が起こるまで真剣に原発が危ないと行動しなくとも批判した市民がどれだけいたのだろうか。原発を海外に売り込もうという政権を熱狂的に支持したのも国民である。ここで考えるべきは、やはり原発による被害を受けた人がいちはやく被害が復元されるか、あるいは被害をカバーできるだけの違う生活を確立できるか、ということが最優先で議論されなくてはならないことではないかと思う。

これだけ国内で原発に対する疑問が充溢している今というチャンスをきちんと運動が受け止め、現実政策化する志向を持つかどうかが問われていると思う。

脱原発を志向してかれこれ25年、何度も運動が挫折してきたのを見てきた。そうした中で原発立地の反対運動の過酷な日常をよく聞いた。今度こそ挫折を繰り返さずに、世界で1~2を争う原子力事故を起こした日本がその過ちを活かして確実な方向に世の中を変えていけるかどうか期待している。

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2011.09.15

9/15 ギリシャに移動制限を課したところで…

寝ようと思っていたらこんなニュースが。

ギリシャ「移動の自由」危機…EUが資格停止案

まだ全貌がわからないので断定してはいけないと思うが、こうした人権を規制する制裁なんかいくら加えたところでギリシャの危機は修正されないし、改善もしないと思う。支援金を出すEU加盟国の国内事情が背景にあると思うが、ギリシャ政府や国民に過酷な姿勢を示したところでない袖は振れない、というだけである。ギリシャ政府と国民の関係をさらに悪化させて、事態は思わぬ方向に行き、収集のつかない事態におちいる危険性もある。第一次世界大戦も第二次世界大戦もギリシャが一つの大きな問題になっていたことを思い出すべきだ。

EUがギリシャに対して、最も過激ではあるがすべき制裁は、共通通貨からの追放だと思う。共通通貨から離脱すれば、ギリシャの過剰な政府債務問題は為替レートの暴落によって調整され、ギリシャ国内の資金の流出入は調整される。そのことで、ギリシャから急速に資金が引き揚げられ、不況になってさらに財政危機が悪化する、という悪循環は緩和される。
※円ドル換算が75円で固定相場制のもとで、経済が破綻しているのに外国の投資かがお金をどんどん引き上げている状況が今のギリシャだと思う。これが日米・日欧なら通貨が調整されて円売りが行われ、円安になることで資金流出が止まり、副次的に貿易も改善する。

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2011.09.11

9/10 鉢呂さんははめられたようにしか感じられない

鉢呂経済産業相が「失言」問題で辞任した。失言のきっかけとなった発言がどうもあやしいので、マスコミが集中してねらっていたとしか思えない。

とくに文脈抜きで「放射能がつく」と発言した部分だけ切り取って、記者クラブマスコミが一斉に報じたことは怪しい。オフレコが約束されているところで、マスコミが服を着替えたのかどうなのか、くだらない挑発をしたようにしか思えない。前後のやりとりについて1日も早く情報公開を求めたい。

●鉢呂さんと直接面識はないが、経歴やその落ち着いた姿勢に尊敬してきた。それがやくみつるみたいな人間に軽いだの何だのさんざんなコメントを書かれたりして退任することは非常に残念だ。

●鉢呂さんの経歴を見ていると、偶然とは言え、今日的状況に関わり興味深いことが多い。第一に出身が北海道の新十津川町だが、ここは120年以上昔の奈良県十津川村で起きた大洪水の難民が開拓したところ。第二に、旧社会党では異色の、農協の営農指導をする職員から転身した政治家であったこと、第三に、泊原発の再開をいち早く決めた高橋はるみ北海道知事が誕生した知事選挙の対抗馬として立候補し惜敗していること、第四に昨年の菅首相誕生のときには旧社会党系の菅支持をまとめる役回りで、同じ横路派の輿石さんとは違う立場に立っていたこと、第五に今の選挙区に泊原発があること。

●経済産業相のなり手に苦労することだろう。原発廃止に向けた歩みを始めた大臣であれば、また今回のようなことになるだろうし、原発推進の大臣になれば世論の袋たたきにあう。今回のことはこの先の政局全体に大きな制約を課すことになろう。

●日本のマスコミは、市場の半分を独占している電通を経由した広告料で成り立っていて、その広告の少なくない割合を電力会社が支えていたということから見ていかなくてはならない。

●政治の世界で不可解に実態以上の発言力を持っている人は、だいたい失脚する。少し前は検察特捜がそう。その前はライブドアなどのニュービジネス、その前は小泉構造改革派の学者、その前は連合、その前は土建業界。長い間は東京電力。
これから失脚するのはマスコミ政治部になるのではないか。いくらなんでもこんな取材と報道のやり方を繰り返していたら国がつぶれてしまうし、そのことはいつか責任を問われることになると思う。

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2011.09.10

9/9 朝霞基地跡地の国家公務員宿舎建設をめぐって報道が相次ぐ

朝霞基地跡地に国家公務員宿舎の建設が始まって、ようやくマスコミの報道が相次ぐ。
※31日のTBSを皮切りに、1日のテレビ朝日、7日のJ-CATSニュース、8日の夕刊フジ、9日の朝日新聞の天声人語。

建設着工したらもう事業は止まらないのがこの国の情けないところだ。もう3年早く報道してくれたら、と思っている。

●公務員宿舎について私の考え方をまとめておきたい。
公務員宿舎は基本的にいらないと私は考えている。ILO115号勧告(1961年)でも社宅は問題があると指摘している。戦前のタコ部屋労働や、女工哀史、1954年の近江絹糸争議などを見ると、まさに社宅が従業員を抑圧する装置として機能していて、その通りであると思う。ただし日本の戦後はそういう次元の話ではなく、まさに職場による人権保障として機能している面もある。住宅不足が高度成長期の末期まで続いたので、職場が住宅提供する意味は大きかったと思う。しかしそれも今は、バブル崩壊をもってその必要性はないと思う。

一方、国家公務員にも僻地勤務というのがある。代表的なものは自衛隊職員や、海上保安庁の職員、山間部の国土保全のための仕事をしているような職員、過疎地のハローワーク職員など。そういう職場で働く人には、当然宿舎はあった方がよいと思う。ILO勧告もそうした職員について社宅を提供することは否定していない。

公務員宿舎が存在する意味は、4つぐらいあると思う。①極端な僻地勤務や公務員賃金ではとても住めないような高価な土地に住まわせる必要があるなど、住宅確保が困難または住宅さがしが安定した勤務に支障をきたすような場合、②緊急時出動が必要など業務上、居住地を指定する必要がある場合、③現在住んでいる家を残しながら一時的な勤務地のために転居せざるを得ない、そして④厚遇するほど必要な公務員、である。

④については異論があるかと思うが、一流企業のトップに就職するような人材が、公務員賃金という統計上の世間の平均賃金で雇わなくてはならなくて、トップエリートにモチベーションをもってもらうために一定はこうした機能は必要だと思う。しかしその人たちの居住地は激務に耐えられる通勤距離の範囲で、勤務の効率性とのかねあいが求められるわけで、朝霞であるわけがない。

そういう観点で言うと、さいたま副都心に勤務する国家公務員が職場に住宅を提供してもらうためには①~③のどれかに該当することが必要じゃないかと思うが、の多くがこれに該当するかどうか疑わしいと思っている。

そもそも29万人しか国家公務員がいないのに22万戸も公務員住宅がある、ということは絶対に公務員宿舎じゃなければ生きられない職員がそんなにいるとは思えないし、実際に中堅ぐらいになると自分で住宅を確保するわけだから、必要数よりずっと多い公務員宿舎があるということなのだろう。

●どうしても国のカネでハコモノを作りたいという人たちが困っているなら、原発事故避難民の被災者住宅にしてはどうだろうか。あと10年になるか20年になるかわからないが、国策の犠牲者が長期的に安定できる環境を提供するのは意味がないわけではない。

●テレビ番組では他の公舎に入っている国家公務員のご家族にもインタビューしていて、「いやよ、石持ってなげられそうじゃない」と言っていた。そこまで行かないが、住民の中に根深いわだかまりが残ることは間違いないだろう。

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2011.09.07

9/7 高梨昌さん亡くなる

信州大学の名誉教授の高梨昌さんが亡くなる。
2年ぐらい前、職場の先輩に誘われて、某出版社で引き合わされて、以後定期的に勉強会をしようという話になったのだが、先生の体調が悪くなったり、先輩や私が忙しくなったりして、そのままお流れになってしまったのが残念だ。

最後に会ったときに、公務職場の極端な民営化や、1985年に制定したときの派遣労働法の枠組みを大きく超えてずるずるべったりの口利き屋みたいになっている現状を嘆いておられた。派遣労働法に関しては、インディーズ労組から目の敵にされて評論されてきたが、彼は彼なりに超えてはいけない一線を持とうとしていたことを弁護したい。

そのときに、先生が、公務員労働とはどういうものか、公共サービス労働者というのはどういうものか、3類型に分けて意義やあるべき姿を説明していただいたのが、その後の私の公務員労働を考える上での大きな補助線になっている。ちょうど自治体の臨時・非常勤職員を担当していて、どうして公務員制度の中でこんな矛盾があるのか、どう解決に向けて考えていったら良いのか、迷っていたときだったからだ。

公務員または公共サービス労働者には、①企画立案等官僚的業務につく職員、②医療や福祉など社会的なサービスに従事する職員、③電力・ガス・水道・鉄道などインフラの運営に関わる職員と分け、①については身分丸ごと拘束する代わりに厚遇を約束するべき、②については利用者の対価だけでは採算に合わない事業という前提の中での職務の対価としての待遇を考えるべき、③については公益性の高い採算事業に従事する人の待遇として考えるべき、と説明づけていて、このあたりの整理ができず、公務員全員が①に向かっていこうとすることから無理がきて、結局そのしわ寄せが②③の分野での自治体の臨時・非常勤職員の増大につながっていると示唆された。

日本の公務員法体系の中では、③については地方公営企業等労働関係法として別建てになっていて民間並みの労働法に位置づけられているので、地方公務員法の制度と実態に合わない部分については、まさに医療や福祉業務で、臨時・非常勤職員の増大となっていて、均等待遇がされない現実の前に、専門職でありながら生存に満たない低賃金労働が強要されている現実があるのだろう。

●そんなことを教えていただいた高梨先生のご冥福をお祈り申し上げます。

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9/6 亀井亜紀子はこんなに残念な政治家になったのか

朝霞基地跡地に国家公務員宿舎を建設することがナンセンスというニュースのなかで、事業仕分けで無駄な事業と罵倒した亀井亜紀子議員が、こんなこと言っている。

事業の再開について、「(工事再開について)わたしは納得をしました。やはり保育施設と休日夜間診療所っていうのは、これに対する期待がすごくあるものですから。結局、反対していた人たちも、多くの人が賛成に回ったんですよ」などと話した。

いったい朝霞にきて誰に話を聞いたのか、そういうことを明らかにしないで、神風英男あたりの話に丸め込まれている亀井亜紀子にがっかりしている。
保育施設については、基地跡地よりも朝霞台駅周辺の方が深刻な不足問題を抱えていて、そういう問題に朝霞市はこれまで無視、ほおかむり、ときには保育所に入りたい市民に税金の無駄食いみたいなことを言ってきた。朝霞台地区の深刻な保育所不足や、家庭保育室に入れていることによる超過負担に目を向けずに、とにかく保育所が作られればいいんだ、という話ではないと思う。

亀井亜紀子氏は、かつてサラリーマン出身議員として徳の高い久興氏の後継者として、しかも国民新党を社会民主主義であるべきと言い切り、非常に期待したが、まったく残念なことになっている。

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2011.09.06

9/5 基本をきちんと議論せよ

孫崎享氏のツイッターから。

増税:(違う、東電から取らないでどこから取るのだ)御指摘の点理解しました。増税の前に東電関連、歳出削減を真剣に考えるべきでした。従来指摘された消費税が言及されず、法人税、所得税の方にシフトした点に目を取られすぎました。

あーあため息。
原発事故の被害者に補償をすべきなのか先送りしてよいのか、時期はどうすべきなのか、そうした前提の議論を置き去りにして、政府が払うべきか東電が払うべきかどこから沸いてくるお金に期待するのか、増税なら消費税なのか所得税なのかという趣味の議論に溺れている状況にめまいが。

●政局が混乱しているのもこんな話ばかりだからだと思う。復興をすべきなのか、どのようにするのか、原発をどうしていくのか、そういう基本的な議論抜きに、増税まかりならん、とか、東電解体、とか、発送電分離とか、テクニカルな議論の趣味に全体的な問題解決を期待し、そうした手段に溺れて制御できなくなった話をめぐって政治家同士がつぶし合いの政局ゲームを展開する。そこに出世欲や名誉欲に目のくらんだ学者や評論家が群がる。

●増税の話もそう。結局政府は何をするのか、きちんと積み上げて、その割返しで税金は決まっていくものにすぎないのに、政府の機能がどうあるべきかという議論を無視して、増税の是非論から入るから話がいつも混乱する。

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2011.09.03

9/3 国家公務員宿舎建設で資金捻出という財務省の論理のおかしさ

いまさらだが、8月21日の米軍基地跡地に国家公務員宿舎の建設を推進している財務省の論理がおかしい。
財務省の論理はこうだ。

①国家公務員宿舎を22万戸から18万戸に減らしていきたい。
②そのためには都内の一等地にある宿舎を廃止・売却しなければならない。(!?)
③減らした分の一部をどこかに建設しなければならない。
④だから朝霞に宿舎を新たに建てるんだ。
⑤②ー⑤で浮いた費用が東北の復興に使われる。

会計を知らない人を騙すテクニックと言ってよい。

資金捻出したいなら、何も新しい宿舎など建設せず、4万戸潰してその土地や価値があれば建物を売却するだけでよい。それなら建物の売却コストしかかからないで、4万戸分を現金に換金できる。

ところがこの財務省のやり方は、現有の国家公務員宿舎を多めに潰して、その多めの分を新しく建てるわけだから、①4万戸に+αの売却費用がかかる、②その上新たに建設する+αの宿舎建設費用を払い、その上で4万戸分を換金することになる。
当然、+αの費用が余計にかかっているわけで、当然、反対運動側が言うように、やはり税金の浪費になっている。その+αの費用は105億円である。そしてこれは建設費なので、土地購入などと違い、資産として残るわけではない(厳密に言うと固定資産だが、中古の集合住宅丸ごとなど容易に換金できない)。
しかも、+α分は職場に近い宿舎を全部潰されて、職員には遠距離通勤を強いられることになる。宿舎としての意味は、職員の厚遇にしか価値のないことになる。

●先日ちら見したミステリードラマでの、釣り銭詐欺みたいな話だと思う。

●財務省は、霞ヶ関に勤務する国家公務員への用途から、さいたま新都心に勤務する国家公務員への用途と説明しているが、地域主権や地方分権などの議論で、国の出先機関の仕事と職員を、そのまま都道府県・政令指定市へ移管することが検討されている中での話でますますもっておかしい。

●朝霞の米軍基地跡地という貴重な土地をもって、何か建設物を建てる、そのことが自己目的化して暴走している。何かあるのかも知れない。

●8/31と9/1にこの問題を朝の民放報道番組で紹介していただいた。テレビ局が作成した建設イメージが出ていたが、850戸を2棟13階建ての正方形の建物になることから、相当圧迫感のある建物になるようだ。青葉台公園の真向かいに、巨大な豆腐のようなものが2棟もできるイメージだ。こうしたイメージ図を、朝霞市も財務省も大林組も紹介していない。

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2011.09.02

9/1 米軍朝霞基地跡地に国家公務員宿舎の建設が始まる

民主党政権の事業仕分けで中止する方向で凍結すると整理されたはずの朝霞の米軍基地跡地に、国家公務員宿舎の建設が始まる。

工事再開に抗議行動 公務員宿舎建設 2011年9月2日東京新聞

抗議行動に対して出てきたのは、建設業者の大林組の職員のみ。そもそもの事業をセットしてきた財務省や朝霞市の職員は対応せず、クレーム処理を「民営化」。なにかあやしいものがあるのだろうか。富岡朝霞市長にとって政治的メンツのある事業が始まろうというのに、抗議への対応に朝霞市が立ち会わなかったというのは驚きだ。現場に行かずことにあたれというのを、富岡市長になってから何度も感じている。

●現在、国家公務員は29万人。これに対して、現在国家公務員宿舎は22万戸もある。どうみても供給過剰だろう。国家公務員の4人に1人しか自前で家を用意できない状況にあるとは考えにくい。

●一方地方公務員は、国の指導による地方行革として、職員への厚生費の縮減で、3年に1回は広域異動があるような道県でさえ、宿舎の縮小・廃止をさせられている。最近はさらに住宅手当の縮減まで求められていて、この対比は何だろうかと思う。

●たった数年、設計図書と土壌調査をやっただけの事業を中止した場合に建設業者に支払う損害賠償として、建設費の半分も見積もる財務省。どう考えても国民を脅かすための数字の盛り方。止まらない公共工事の論理。

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9/1 税金使って「バカはなおせる」

多分、子どもが学校でもらってきたビラだと思うが、市の教育委員会の企画で、全市の学校を通じて動員がかけられる講演会の内容をみて、口あんぐり。

「脳科学!子どもも大人も、育脳!!
本当はもっと凄い!あなたの潜在能力を引き出す、脳の訓練法
(中略・講師紹介で)
主な著書に「バカはなおせる 脳を鍛える習慣、悪くする習慣」「脳力で手を伸ばす」…」

自己啓発セミナーか、いんちきなエステティックサロンの広告みたいな言葉が次から次へと並んでいる。
もうその言葉遣いから、長田百合子や、高橋某のようなノリが感じられる。
親どうしの子育てのあら探しをあおるようなものなのだろう。

●こういう疑似科学みたいな講演会に限って、手話通訳や要約筆記や、保育がついて、弱者対策が行われるんだな。うちのまちは。
もうちょっと市民が本当に自信をもってレベルアップできるような、市民どうしが役立てられる関係が作れるような講演をやってもらいたいものだ。

●バカは治せるという発想が、共産主義の啓蒙思想を感じる。昔、ソ連の社会主義の輸入元の権威がバカや変態性癖は資本主義特有のもの。科学が発達した社会主義になったらなおせる、とのたまわった発想と似たものを感じる。

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