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2011.08.30

8/30 都会の人の払う電車賃だけで複々線化は進んだか

八代尚宏「新自由主義の復権」を読んでいる。この本を紹介していただいた濱口桂一郎さんのブログではそこそこ高い評価をしているが、私はやはりイデオロギーにがんじからめになっているものの見方が随所に見られるところを感じるし、公共投資に関しての考え方は全く間違っているように思う。

p79で、都市部の鉄道の利益は都市部の投資に回されるべきだった、と書いていてそうすれば都会の通勤混雑はいまほどひどくなかったかのようなことを書いている。
しかし現実を見ればそれは違うことがわかる。東京にしても関西にしても複々線化は国鉄の方が先行し、一番遅い総武線でも国鉄時代の1979年に終了している。それが都会の運賃でまかなえたかということには、wikipediaなどでは疑義を呈する書き込みもされている。分割民営化時に処理に苦しんだ累積債務額はこのときの複々線化の投資五方面作戦によって膨らんだという説がかかれている。

一方の都市内で運賃を循環させてきた関東や関西の私鉄が、複々線化を先行させていれば八代氏の論は当たっているが、最も早い東武伊勢崎線で1974年(北千住・竹の塚間6.3㎞)、続いて13年も間をおいて1987年に東武東上線がわずか5キロ足らず(和光市・志木間)、次は東急東横線(田園都市・武蔵小杉間)、西武池袋線(練馬・高野台間)にとどまり、小田急線に至っては30年近くかけて大部分の工事が終わったもののいまだに十分に増便できる複々線にはなっていない。京王線と西武新宿線は、混雑がひどいにもかかわらず、経営状態がさほど悪くないにもかかわらず、財務的に耐えられないからと複々線化を断念し、事前に運賃に加算して作った積立金を運賃値下げで乗客に返してしまっている。

新自由主義の限界がこういうところにある。規制緩和や参入規制の緩和、公的事業の収益使途の制限緩和をしても、そもそも増収額を大きく圧迫するような設備投資は、私的事業では限界があるのだ。社会主義と言われようがある程度、公的な力を使っていかないと社会基盤は整備されない。

このことは最近では保育所問題がそうである。保育所不足がいっこうに抜本的に解消されないのは、参入規制の問題ではなくて、参入してくれる事業者がいないからだ。公立保育園を民間委託したくてしたくてしょうがない自治体の企画部門の職員たちが頭を抱えるのは、委託を受けてくれる保育所経営者がいないからだ。私のような労働組合の側からすると、自治体が描いた公立保育園の民営化計画も、このことで何度も先延ばしになって救われた事例もある(代わりに猛烈な非正規職員化が進んだが)。
参入する事業者がいなければ国や自治体がやるしか選択肢はないのに、それを頭から社会主義などとレッテルを貼って避けているから、いっこうに社会基盤、セーフティーネットが整備されないで、みんながたくさんの貯金を抱えながら、公的資源のもとではひいひい限界のような生活をしている。通勤電車現象といってよい。

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2011.08.29

8/29 三党合意は守られ国難は回避した

野田佳彦氏が民主党の次の代表に。したがって次の首相に決まる。

何より、ようやくまとまり国難を救った三党合意を破棄しても構わないんだ、という人が選ばれなくてよかったと思う。満身創痍の国政が、新たな冒険をする余裕はないと思う。現実的に動くところから少しずつ前に進ませることをしていくしかないと思う。

私にとってはベストでもベターでもないが、最悪は回避したと思う。野田氏の持ち前の落ち着きをうまく活かしてくれたらと思う。

●これと並んで聞き捨てならないのが、前原氏が、円高対策として、日銀から借金をして政府が国際投資を行う、という提案。働かない、労働によって物やサービスを作らないで、金融だけで円高対策をすることに無理がある。また日本の政治が司る政府が金融業なんかに手を出したら、国ごとカモられて、不良債権の山になるだけである。
政府が投資を行うなんていうのは、政府の機能と企業の機能が一体化した国、中国やサウジアラビアのような国が国民を文字通り食べさせている国のやることである。
政府は政府にしかできないことをもっとやるべきで、民間銀行のまねごとをする必要はない。またそうした実体経済を作らない国際的な金融投資は、さらにデフレを悪化させる。

●まぁ、よく考えれば、赤字国債を乱発してODAをやるのと大して変わらない発想で、それを開発途上国の土建事業にやるのか、先進国の金融機関にやるのかの違いだ。

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2011.08.22

8/21 国家公務員宿舎建設の説明会を無駄と承知で聞きに行く

今日開かれた、朝霞市の米軍基地跡地への国家公務員宿舎建設の説明会の一部を傍聴する。どうしても都合がつかず、前半の大林組ならびに「(株)PFI朝霞住宅」の説明の大半と、市と財務省の説明の最後の部分が聴けなかったのが残念。

Dscn1937大林組の説明はおしていたみたいで、私が到着した16時をまわっていた段階で質疑応答が続いており、大林組またはPFI会社が事業仕分けで十億円単位の損害賠償を要求したことをただす質問に、大林組の担当者が「一文ももらっていない」と市民に怒鳴り返すシーンを目撃したところから始まった。まぁ、公共事業がらみで事業中止すると法外な損害賠償が話題になるからには、市民は疑うもの。少なくとも、これだけ損しているというのは非公式か公式かわからないが、財務省か国家戦略会議には反証したからこんな話があるのでしょうよ。
あんまり国や市の事業を受けて立場の弱い業者をあれこれしたくありませんが。

16時から始まるはずの市と財務省の説明会は30分遅れでスタートし、多くの市民が、財政難や東日本大震災の復興資金需要があるなかでどうしてわざわざ新たに公務員宿舎を建設するのかわからないと質問した。それに対して財務省は、すでにある国家公務員宿舎を取り壊し、その土地を売却する方がお金になるので、その差額が財政に寄与する、などと詭弁とも言える回答をした。これに対して、少なからぬ市民からは、そもそも新たな建設が問題で、潰して売っても、そのまま残しても、新たな建設さえしなければよいのではないかと批判が相次ぐが、これについては、詭弁の一辺倒。
推進派の商工会に属している発言者でさえも、国家公務員宿舎の低廉な家賃は市民感情と葛藤することを指摘せざるを得なかった。

Dscn1938入居するのは独身者と若手職員ということ。対象はさいたま副都心に勤務する国家公務員だという説明もあった。これについても変な話で、非常時に荒川をまたぐ交通機関がすべて停止するような公務員宿舎が変である。またさいたま副都心に勤務する公務員が、国会対策みたいな仕事があるのだろうか。疑問である。

私も発言し、財務省に対しては、①仮に建設され入居したときに、転勤族だからと地域社会から全く遊離した国家公務員とならないでいただきたい、地域社会にとけ込むようにしてほしい、②住民票を移さない国家公務員がいるということだが、そういう場合は住民基本台帳法に違反するということでよいか、③朝霞の宿舎を建設することで従来の公務員宿舎の土地が売却できて儲かる、という話は現金ベースだけの話で企業会計の論理では、ストックを現金化したことと、経費をただ使うこととを同列に現金収支だけで話のはおかしい、④財務省の理念は、我が国の財政再建ということだと聞いているし、そのためにいくつかの増税が検討されているということを承知しているが、その財務省が自らこんなことに浪費する話を推進していたのでは、他省庁に示しはつかないし、財政支出の締め付けへのモラルが崩壊するのではないか、と質問した。市に対しては、付帯施設として新たにPFI会社が提供する保育所が追加されているが、私の住む朝霞台・志木の南側にかけての地域は、いくら保育所を要望してもなかなか新設されず、いつも財政事情を楯に前に進まないでいるのに、国家公務員宿舎の見返りとなるとこうもあっさり建設がされて、市が補助金を出す話になるのは、腑に落ちない、と質問した。
財務省の関東財務局の熊井課長は、①②については約束されたが、③④については無視された。市は、朝霞台・志木の南部地区の認可保育所の建設も検討していかなくてはならないと答弁したが、福祉と朝霞台地区に関していつも後回しの政策が採られるからなぁ。

あと、どこで決まったんだという話はどんどん迷宮に入るばかり。
市は、受け入れを容認しただけで、誘致したわけではない、事業仕分け以後は早く結論を出せ、と財務省に要請しただけ、と言い張り、一方国は地元の意向を受けて朝霞に建設する、と言いながら、具体的に誰が地元の意向として誘致したのか、というとPRE検討会の結論をふまえて、とまた砂が水に消えるような話になっていっている。民主党代議士の関与、政務三役の判断、そのあたりも全く不透明なまま、誰が何をして事業仕分けが反古にされたのか明らかにならないまま、止まらない公共事業さながらの説明であった。
公式には文書や訪問のやりとりなんでしょうが、非公式には意向を伝える手段はいくらでもありますからね。

実力行使による抵抗闘争でも繰り広げない限り9月には着工されて、2年後には完工することになるのだろうが、今後は付帯施設がどこまで広がっていくのか、醜悪なシンボルロードだの、市役所の建て替えだのという話が同展開するのか、注目していかなくてはならない。こちらこそ、朝霞市の財政を完全に悪化させて、立ち直れないところに追い込む可能性が高い。

●事業仕分けで職を失った人を知っている。そこまで政権はやっておきながら、最も首相の理念の基本に関わる国民主権をないがしろにし、最もどうでもいい公共事業のような朝霞市の国家公務員宿舎建設事業を止められなかった事業仕分けって何だろうと思う。強きに弱く、弱きに強く、そんな事業仕分けでよいのだろうか。

●市民への無力感を形成するようなことを朝霞市は続けていて、この街の建設的な将来があるのかどうか、私は非常に不安を持っている。

●ILO条約に反し、労働組合が要求しているかも怪しいこうした福利厚生事業を推進することが、憲法にかなうことなのだろうか検証する必要があるだろう。

●約1人、全くマナーのなっていない反対派の不規則発言者があった。いつも人の発言の尻馬に乗って強引に発言するのは本当に良くない。一つ一つの発言には個性があるのであって、「それに関連して」と強引に割り込むことは品がない。味方を批判するのは良くないが、やはりたしなみがよろしくない。

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2011.08.21

8/21 全国介護保険推進サミットが臼杵市で

私の父の郷里である大分県臼杵市で全国介護保険推進サミットが開かれる、ということを慶大の権丈先生のホームページで知る。

私の叔母は、介護保険も医療による介護もない時代の祖母、医療が介護化したところでの祖父、介護保険が入ってからの叔母の義母を介護して看取って、ここ30年の高齢者介護の進化をそのまま歩いた人。介護保険には助けられた、と言っては、介護保険創設の原動力になっている滋君の会社に感謝しているんよ、だいたい大分出身の初の首相が滋君の先輩やろ、なんて言われて臼杵市の商店街をつれて歩かれた10年前を思い出す。

●権丈先生、人口比では日本で有数の飲屋街のある街なので、楽しんできてください。

●私のいとこがこの街で、「あかねこクエスト」といって、実写版ドラクエみたいなイベントをしたことがある。都市とはこうあるものかと思わせるところの多い街。高速が通ってから、観光地化が甚だしいのが少し気になるところ。

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8/21 金融の量的緩和、日銀国債買いオペで円高は是正できない

読売新聞は「官邸ひっそり」という部分を書きたいのではないかと思うが、

超円高、与野党から対策求める声…官邸ひっそり

官邸ひっそり、とかそういう観点でばかり記事を書いてきたセンスが、今日的な政局を読んだんだろうと思う。思想も基本となる視点もなく、政治家の箸の上げ下ろしの作法が気に入る気に入らないというレベルでプロが政治を語ってきたことが弊害になっている。

表題への文句はこれまでしにて、円高が問題だという政治家の姿勢は大切だと思う。
しかしそのご披露されているアイディアが、金融緩和、量的緩和、日銀国債買いオペなど、なんだか毎度毎度の金融政策で、これらを打ち上げられているが、これら政策で円高が是正されるとは思えない。市中に円をだぶつかさせても、それがドル買い円売りになっていく道筋がない。単に円が余るだろうという希望的観測を言っているにすぎない。

市中に円をだぶつかせても、こんなに景気に不安定感のある今、流動性プレミアムがあり、現金保有願望が強い状態があれば、流通させた通貨は使用されずに現金保有で退蔵されるか投機の世界で消費や投資にまわらず現金でぐるぐる回るだけ。その結果、再びデフレ圧力となって景気を悪化させる。景気が悪化すれば輸出産業は余計に外需頼みとなるから、円がドルに交換されなくなる。したがって、円高対策にはならない。
デフレにしても、円高にしても、従来型のマネタリストの政策は行き詰まっている。何度も何度も似たようなことを繰り返して、全然世の中良くなった感じがしていない。彼らは34年前のスタグフレーションばかり問題にして、政策選択をいつも限定するが、彼らの処方箋で繰り返し引き起こされる円高とデフレの合併症の方が傷跡が深い。

円高の是正は、確実にドルを円に交換させることのはず。そのためには内需拡大が必要。何より雇用を作り、その雇用を安定させ、消費性向が100%を超えるワーキングプアを解消して、国内消費を高めていくべきだろう。その結果、日本国内の生産力が国内消費にまわり、海外製品の購入に回り、ドルから円への交換が減らしていくことが必要ではないか。

ただ財政支出を増やせということではない。流動性プレミアムに着目する以上、社会が必要とする変化のための費用で、確実に雇用を創出し、現金保有し崇み続けている人が現金を退蔵させないものであるべきだろうと思う。

震災復興、税と社会保障の一体改革、自然エネルギーの国家プロジェクト規模での開発を続けていくことをまず行うべきだろう。その財源は一、二年は国債でつないだとしても、最終的には何らかの基幹税の増税でまかなわなくてはならないだろうし、その方が所得の再配分にも効果が高いだろう。

長期的には、ドル凋落は続くのだろう。アメリカは、軍事力があって世界統治する能力があるから、日本以上に官民上げての借金大国、浪費大国、エネルギー消費大国として存続し続けているのだろう。国際決済でドルを使うと安定しているから、世界の多くの人がドルを信用し、アメリカが発行する多額の国債、アメリカ社会が生み出すたくさんの借金に、さまざまな回路を経て投資をしている。国中真っ赤っかの赤字だらけなのに、世界中から現金がまわってきているから、経済力も維持できているし、破綻もしないできた。
しかしティーパーティーの台頭によって借金がまかりならんとなると、借金ができないし、軍事力も維持できない結果、ドルは信用不安におちいって、今みたいにいつまでも通貨が安定しなくなり、交換価値を失っていく。
そうなってくると貧乏人と金融業者と軍人しかいないアメリカ経済が日本の生産力を吸収できるとも思えない。
将来的には通貨取引が多角化していかざるを得ないのだろう。

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2011.08.17

8/17 老後の資金

安愚楽牧場が経営破綻としていろいろ報道されている。

私はその中で「老後の資金にしようとしていた」という「被害者」の声が取り上げられていることに、どうもしっくりいかない。
というのも、世の高齢者の大半は公的年金だけで老後を生活している。少数派の私的年金を組み合わせている人たちにしても、年金保険など投資というには安定的すぎるものに依存している人が大半で、投機的な投資をして老後の資金にしている人というのは、ごく一部の資産家でしかない。
そういう人がリスクの高い投資をすることは結構なのだが、世間全体に同情を呼んで、他の債権者より一文でも多く取り戻そうとする姿勢はどうかな、と思わざるを得ない。

●安愚楽牧場という会社がどういう会社かよく知らないが、確かに原発の事故による経営破綻ということについては、同情するところはある。

●しかし、テレビCMを出している会社というのは、何か問題を抱えているところが多いと思う。日榮、オレンジ共済、安愚楽牧場などなど、金融や消費者問題を起こしているところが少なくない。また東京電力なども、結果的には民放が原発の安全性を客観的に報道することに横やりを入れる機能を果たしていたことになる。またその広告代理店の過半数のシェアを電通が独占していることも、なんだかいろいろな仕掛けがあるようにしか思えない。他の商品へのコストを犠牲にして高額なテレビCM料を払うことのメリットが何か、そんなことを考えながら消費生活を送る必要があるのだと思う。原発が爆発してから安全な食べ物を探し回ることの徒労や後ろめたさを考えると、ほんとうにそうだと思う。

●老後にさんざん貯金しないと不安な社会を何とかした方がいい。年金ではなくて、特に公的な医療や介護などの現物サービスをきちんとして、不測の事態にお金を持っていないと何ともならないような老後でなくすることが大切だと思う。

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8/17 村山談話は村山元首相の言葉ではない!?

「世に倦む日々」という小泉構造改革のときに注目されたブログがあるが、今日、村山談話は村山氏ではなく竹村氏の考え方だ、などとまたまた珍奇なことを書いている。

村山談話の認識は、旧社会党のものだけではなく、ある程度広く政界で共有された認識といってよく、その限りにおいて、村山元首相だけが考えたものなどと言うつもりはないが、やはり、政権を担当して国としての公式見解までもっていったことの功績を、こうして自称リベラルみたいな人からコケにされるのは、腹立たしい。

このブログはおもしろい視点を与えてくれるが、どうも珍奇な方に衒学的な方へ理屈をもっていって、最後は実につまらない、何の政治的意義もないような、戦後の文学部的なサヨク言説にこじつけているところが全く残念である。

●関係者に申し訳ないが、菅首相と村山首相は同じような日本人的先入観によってバッシングをされているとしか思えない。サヨク系だから、エグい事態に決断できない、という決めつけが第一、そして決断をすると根回しできないで決断したというのが第二。

村山さんはその後仕事でタッグを組んだ自民党竹下派関係者や官邸にいた官僚たちに再評価され名誉挽回している。とくに阪神大震災での自衛隊の投入については、ある程度、官僚的常識からニュートラルなところにいた村山さんだからできたという話もあるし、オウム真理教の破防法適用も、破防法に懸念を示してきた社会党出身だったから反対もなく決断できた、ということのようだ。
また、不十分という声もあるものの、ラストチャンスとして従軍慰安婦問題への解決の道を開いたり、水俣病の解決、そして村山談話などの歴史的価値のある仕事を行ってきたと思う。社会党にとっての敵である自民党に評価されていることが、ネットウヨみたいな不勉強な輩以外の、村山さんの評価を貶められないところにおいているのだと思う。

一方、菅首相は微妙ではないかと思う。自民党とともに仕事をしてきていないので、野党からの客観的な評価を受けるとは思えない。評価するのは民主党の仲間か官邸にいる官僚しかいない。
私は原発の対応、特に現地に飛んで福島第一原発の吉田所長との関係を構築したことと、東電に乗り込んだこと、浜岡原発を停止させたことについては、一定評価をさぜるを得ないと思うし、これに難癖つけることは、他の手段を考えられるのかという観点からは難しいと思う。しかし、それをきちんと評価してくれる人はなかなかいないのではないかと思う。そういう中で今週の週刊朝日の菅首相のインタビュー記事は、一定の自己評価であり、それはそれでの客観化された自分の仕事を話していると読んだ。時間が経つにつれて菅首相が原発問題を悪化させたという評価はなくなると思う。
問題は他の政策である。菅政権の功績である社会保障と税の一体改革は、今後の政権がどのように処理するかにかかっていると思う。与野党の共通認識として、前進させることができれば、歴史的評価が形成されることになると思うが、おそらく民主党の非菅派が、力づくでこの改革を潰してくるのではないかと思う。全く残念なことである。

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8/17 泊原発と北海道議会

北海道議会で、運転停止中の北海道の泊原発3号機の運転再開の知事の方針が承認された。一部自民党の中にも異論があって動くかと思われたが、結局知事の方針どおりとなった。電力需給が最も逼迫していない北海道でなぜ運転再開第一号とならなければならないのか、全く納得がいかない。高橋知事の穏やかそうな顔の裏側にある、町村氏を背景とした経済産業省の強い政治的スタンスを感じる。

しかしこの知事、数日前は経済産業省からの運転再開要請に、文句言っていなかったか。

●たたきやすい菅首相をスケープゴートにして、県知事が言いたい放題している一つの事例だと思う。

●私が北海道に渡る前の年、泊原発1号機の運転に関して住民投票請求が行われ、90万人もの直接請求署名が提出されたものの、道議会で2票差で否決されるということがあった。その総括みたいな番組を日テレ系の札幌テレビが作っており、行ったばかりの年に何度か放映された。

首都圏では、何かに反対する市民運動というのは、政治的には圧倒的に少数派で、議会外の闘争に力を入れて、議会は言上げのセレモニーとして位置づけてきていた。選挙なんか馬鹿にしていたし、議会なんか誰も重視していなかった時代だ。しかし北海道でわずか2票差にまで迫る議会のたたかいが行われていたことに、衝撃を受けて、以後、市民運動といえども数は力という面をあなどってはならないと思った。

2票差の否決だったので、当時社会党と連立与党を組んでいた中道会派をもっと絞めれば住民投票を可決できていた可能性が高かった。その点についての絶望的な感想や、当時の横路知事の煮え切らない態度などへの不満の方が話題になっていたが、本州のダメな社共と、最初から議会制民主主義内での意志決定を放棄していた市民運動と比べるとはるかに政治的にましな動きだったと思う。

●当時北海道議会は、107議席のうち、自民が49、社会が41、公明が7、民政クラブ(民社、保守系で社会党推薦など)5、共産4、保守系無所属1という構成で、自・社が拮抗していたことが可能性を作ったし、一方で過半数を制していなかったことが、不透明な投票行動によって否決という結果になった背景にある。

●この議会での敗北のあと、90万署名に積極的に取り組んだ北海道の生活クラブ生協から議員を送り出す動きが出てきて、私が自治体選挙を学ぶ機会を作っていただいた山口たかさんが始めて送り出される。

●議会制民主主義の意思決定のなかで生きている私たちにとって、朝霞基地跡地の運動でも、私が有権者の意志をかたちにすることが大切、と何度も言っている。1人か2人の「良心的」議員だけの活躍ではダメ。12月にある次の市議選で基地跡地の問題で市政をきちんと批判できる勢力をどこまでのばせるかが、運動体に問われているのだと思う。しかし署名の集まり具合などを見ていると、4年前より状況は厳しい。やるときにやっておかないと政治的な好機は逃げていっているのかも知れない。

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2011.08.16

8/15 終戦の日、政治の混乱がもたらすもの

終戦の日。戦争による多くの犠牲者に冥福を祈り、二度とあのようなことを起こすまい、と思う。

政治の混乱が、どうも似たようなところに時代が持って行かれそうな気がして、将来が不安でならない。子が戦争に連れて行かれるとかそういう個人的な不安もあるが、世の中全体が自由から逃避して、排外的な安全意識と、精神主義的な統一感を求める時代が来るのではないかとおそれている。水木しげるが妖怪より恐いといっているものが、イヤであり、恐い。

そうした予兆現象みたいなものが、政治の混乱と、有権者の冷ややかさに現れはじめている。

非政治家の世界では、国がまとまるべきと言ったり、政党嫌いを露骨に表現してよいことになって、多様な意見で構成される社会のためのシステムが簡単に壊されているような感じがしている。大阪の橋下みたいな人物をテレビにでているからというだけで陶酔する有権者が少なくないことがそれに現れている。

政治の世界は、政局レベルの関心事しかない。政党政治を全面否定しようとしている勢力が台頭している横で、政党どうし、政党内でチキンレースを繰り広げ、ときにはその政党政治を否定しかねない連中にまで触手を伸ばしてまた勢いづかせる、なんて展開も1930年代終盤とそっくり。
近代社会の独裁は、選挙を通じてやってくることを忘れてはならないと思う。

統一感と統制感があふれるそうした全体主義的な社会は、長期的にはとても破局しやすい社会である。破局の後の混乱などを考えると、終戦までの日本の近代史のあやまちをきちんと確認しておく必要があるのだろう。特に大正デモクラシーから昭和初期にかけて民主主義的な政治慣習が確立したところからあっという間に全体主義になっていったあたりは重要だと思う。

●野田財務相が、A級戦犯は犯罪者じゃない、などと発言した。東京裁判のまがまがしさを含め、是非論さまざま展開すればきりがない話だが、アメリカを「同盟国」などと呼んで頼っている国のリーダーとして、そういうことを言ってよいのか、私は疑問に思う。
今の日本は、アメリカ主導の東京裁判を認め、その処罰には文句を言わず、反省の上に「自由主義圏」の民主主義国としての安定を保障してやる、という国際合意におかれてやってきた。
A級戦犯は犯罪者でないとすると、東京裁判は間違っていたという立場に立つことになる。それは戦後、左翼が必要以上に役割を負わされ担ってきた「反米」の立場であり、右翼で言うヤルタ・ポツダム体制の打破、ということになる。
それでいいのか心配である。

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2011.08.13

8/13 市議会の議員報酬のあり方

朝霞市の市議会会派、市民ネットの機関紙「市議会レポート」が届く。

最後のところで田辺元市議が「気になる議会の萎縮・自主規制」という記事を書いている。市議への報酬等が税金のムダ使いとして、効果も少ないのに刈り込まれることは、行政権への議会の力を萎縮させるのではないか、という論である。また市役所職員の給与より、朝霞市の議員の給与は37.5万と低く、さらに一時金は職員より相当低く、年収も月収も市の係長以下の水準だという指摘も重要だと思う。東京23区の区議や、さいたま市、川越市などの市議、同規模の自治体の市議に比べても相当見劣りする水準である。

私もこの点は同感である。

さらに付け加えるなら、こうした報酬の抑制は、議員の給与が議会の萎縮になるかどうかはわからないが、少なくとも朝霞市議会に優秀な人材がやって来にくい理由になっているだろう。市民の大半はベッドタウン住民で、正規雇用であれば、市議会議員になるのはリスクでしかない。土地をもっていたり、議会中に他人に仕事をさせることができる経営者層、宗教団体の団結力を母体にした政党、イデオロギーによる使命感だけの政党しか議員を送り出してこない。
サラリーマンは議会による意見反映から疎外されている。

一方考えなくてはならないこともある。

議会開会日数が年間90日しかなく、そこそこの稼働日数なのに市職員と同列の報酬を払うべきか、という疑問が市民からわきおこる。私のように多少議員活動を知っている者からしても、これに定例議会外の臨時議会や全員協議会の出席、議会運営委員会などの期間外の会議、市民相談の対応、質問調整などさまざまな業務があるにしてもやはり勤務日数220日の市職員よりは拘束時間が少ない。
そうした単純な比較を打ち返すだけの議会の役割や仕事の質が問われると思う。三重県議会のように議会開会を通年として、拘束日数を県職員と同一にした議会もあるし、議会の休会中に、議会として議会の審議状況の説明会を開いている議会もある。地域社会で民主主義をさらに機能させる改革が必要だろう。

また記事では、費用弁償は低い報酬のもとでもらったって過大な支給ではない、と田辺氏は言っているが、この部分については、私には違和感がある。もらいすぎとかそういう話ではなくて、不透明な報酬というものはどうなのかという疑問があるし、地方公務員法で同じ条で雇用されている3条3項3号雇用の非常勤職員には、つい最近まで交通費すら支給してはならない、などというとんでもない法解釈が横行していて、高くもない本給しかもらわずに市役所の専門的な業務を行っている。そういうところのバランスからもどうかと思う。

私は費用弁償については本給に乗せて透明性の高い報酬にすべきではないかと思う。
もし、議会の開会日数に比例させたいのであれば、本給・費用弁償をすべてがらがらぽんして、すべて日当扱いにした方がいい。

まぁ好き嫌いではいろいろある田辺氏だが、今回の記事については、良質な人材の朝霞市議へのリクルートに苦しんでいる私の経験からしても、大切なこと言ってくれたと思う。

なお、議員の報酬と行政権との力関係を書いた論文なのに、萎縮とか自主規制とか、抽象言語でタイトルが付けられていることが、訴求力のない記事にしてしまって、残念だと思う。

●国の地方自治制度調査会で、議員の報酬について、「公選職」という概念を持ちだして定義しなおしている。「一般職」としての職員の給与、市民の労働力をパーツ的に利用する「特別職」としての報酬と一線を画する本質がある、というのがその理由である。
 日本のように官民上げて政治活動がうさんくさく扱われ、十分な寄附が行われない社会のなかで、議員には報酬を出さないと、地主と専業主婦しか議員にならなくなってしまうだろう。

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2011.08.11

8/11 江田・横路を超えないポスト菅候補たち

民主党が念願の首相が退陣する方向が固まったみたいで、さぞや胸のつっかえが取れたことだろうとお祝い申し上げながら、しかし、後から出てくる面々の貧相なことときたら、ヤメロヤメロ大合唱しておいて、その後の展開はやっぱりこの程度か、と思わざるを得ない。

野田氏が選ばれる以外、1年と政権は持たないと断言してよい。なぜなら、他はみな増税阻止とマニフェスト堅持が公約になるからだ。この2つがある限り、野党との政策合意がデッドロックに乗り上げる場面は山ほどやってくる。ムダゼロと歳出カットと、民主党らしさと、自民党からの譲歩要求の間でなんだか菅首相以上にとんちんかんな展開が待っているように思う。この上、前原に至っては、中国や韓国に対する失言で、外交が大混乱に陥る可能性もある。媚米政策のTPPなんかもかなり強烈に推進されることだろう。

また野田氏も含めて、菅首相のように、政界の常識と違うことをやることにためらいのあるような小人物ばかりなので、原発問題なんかでも世論の袋だたきにあう可能性が高い。原発問題では、あー滅茶苦茶だったが菅にやらせておけばよかった、なんて世論になるかも知れない。

いずれにしても、あの党が、首相候補は終わった人と位置づけている、江田五月氏や、横路孝弘氏、党は違うが河野洋平氏などに比べても、まだまだな人物ばかり、という感じがしてならない。

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8/10 特例公債法案成立に妥協をした野党の英断

茶会運動の影響を受けて日本同様に国債発行を渋った共和党によって、アメリカ政府は債務不履行寸前にまで追い込まれた。その結果、大量のアメリカ国債によって信用を維持してきたアメリカ経済は破局への道を歩き始めたのではないかと思う。
そうした流れを受けて、日本でも特例公債法案を人質に取って与党を追い込んできた、自民党・公明党が軌道修正をはかったことについて、その交換条件に問題はあるものの、収束した事実だけはとにかく歓迎したい。日本経済がアメリカと心中する危険性がより高まっていたからだ。

そうした自民党や公明党の方向転換が行われた影に、特例公債法案で自民党が妥協できた影に、河野洋平元衆院議長の存在があるとの、読売の報道。

自民内「ベタ折れ」批判…市場緊迫で一転合意

この間、特例公債法案を人質に取って与党を追い込む自民党を国賊と呼んだが、そうした勢力は自民党の中でも、アメリカの茶会運動同様、小泉旋風の麻薬にいかれた一部議員に限られた態度によるものなのだろうと思う。良識ある議員が落としどころについて悩み続けていたのではないかと思う。

しかし、こうしたチキンレースを政党が始めてしまったときに、冷静に判断して助言できるのが、自民党も民主党も、70歳ぐらいの世代にしかいないということに、ここ20年ぐらいの政治のものの考え方の欠陥が見えてくるように思う。

●しかし70歳ぐらいでも、民主党系無所属の西岡武夫氏のような困った人もいるが。

●とにかく増税反対、社会保障粉砕、どこかにムダがあるはず、緊縮財政を強硬に主張するアメリカ茶会運動が引き金をひいたアメリカドルに対する信用収縮は、日本のバブル崩壊と同じような不況を世界全体で進行すせる可能性が高い。イギリスの暴動も何かよからぬ予感を感じさせる。マルキストではないので資本主義が破局したなどと面白がって言うつもりはないが、恐らく世界の経済の支配構造は大きく変化するのではないかと思う。アメリカが軍事力を維持できる経済がなくなったら、ドルの信用を維持できる根拠を失い、ただの巨大な債務国となる。次期首相に対米従属のスタンスが強い人がなって、アメリカ政府やアメリカ商工会議所あたりの要求を呑んで国内改革が行われ、アメリカ経済との一体化を進めた場合、恐らく日本経済は長期的に相当なダメージを受ける可能性が高いように思う。

●外交政策の変更を行うときに、日本の歴史はほとんどの場合、血を流している。心して生きるべき時代に入ったように思う。

●傷は大きいが、アメリカやイギリスの混乱を見ていると、もう小さな政府を崇高な理念とする経済政策の間違いが証明されたのではないかと思う。国の会計というダイナミズムのあるものを、家計のやりくりに擬して、誰でも議論に参加できるような経済談義をするべきではないのだろう。

●蛇足だが、自治体の財政はいくらでも赤字を重ねてよいものではない。国よりずっと容易に、住民は所属する自治体政府を変更し選択できるからだ。ここは国と自治体の財政の可能性の大きな違いであるし、逃げられない国民と心中できる国民国家というものの恐ろしさの本質につながる話である。

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2011.08.09

8/9 管理会社から「ビラ投函禁止」の札を勝手に貼られる

管理会社と良好な関係を続けたいので本当は書きたくないが、やはり業者は免じても罪は免じたくないので、ここに書きます。

Dscn1926先日、私の住むマンションに、集合ポストに「ビラ投函お断り」の札が、管理組合名で掲出されていた。私は管理組合の理事長なのだが、まったく預かり知らない話で、驚いて管理員に確かめたところ、管理会社の会議で貼ったらいいと渡されたらしい。

この札が貼ってあると、ビラ投函した人は、マンション住人の誰かか管理員に迷惑だと判断された段階で、住居不法侵入で容疑者に仕立て上げることが、2009年11月30日の最高裁小法廷の棄却で可能になった(この裁判の告発者は警視庁公安課の職員である住人で、被疑者が共産党の活動家だったというところが、おとり捜査のようにしか見えないが)。単に、意識啓発の掲示物とは全然意味が違うのだ。

私は今まで、マンションの集合ポストに「ビラ投函禁止」の札を管理組合名で掲出しているのは、本当に管理組合で合意形成取ったのが疑義を呈してきたが、まさにそのことが行われたわけで、管理会社には、厳重に抗議して、顛末について文書にして提示するように求めた。管理会社は平謝りだったが、業界としてごく当たり前のこととして、こうした半ば違法行為を管理員に指導していることが、今回明らかになった。

国土交通省のマンション政策課にも電話で問い合わせたが、やはり集合ポストへのビラ投函まで禁止するのには、情報を遮断されるリスクを全住民に理解されるべきなので、管理規約になければ全住民が参加する機会が与えられている総会で諮られるべきことだ、と言われた。理事長や理事会の判断だけでやることも、実はグレーゾーンのことなのだ。

●迷惑なことなのだから規制して当たり前、という意見が出てきそうだが、集合ポストとなるとそう言い切ってよいものなのだろうか。迷惑なビラというものの判断に客観性を求めることはできず、ピザ屋のビラなど迷惑だと思う私のような人もいれば、逆に宅配ピザをよく利用する人には大切なものかも知れない。私と関わりの深い政治ビラなんかは全く両極に分かれるのだろう。そうしたものを取捨選択し判断するのは、あくまでも受取人でなければならないだろう。ましてビラなんてものは、読まずに棄てればよいだけのことで、迷惑といっても、その労苦はたかが知れている。また、ビラ投函おことわりを集合ポストの各戸の投函口に掲出することもできる。全員を巻き込む必要は全くない。
ビラ投函の禁止と容認の判断を、間に管理会社や管理組合が入ることは、自由への侵害である。これはあんたにはいらないと思う手紙だから棄てておくよ、なんて第三者がやったら普通は怒るべきことだ。しかし誰も怒らないどころか、そうしたことが裁判で有罪判決にまでなっているのが、この国の異常な現実だ。
まったく近代的自由にはナンセンスな「ビラ投函禁止」の掲示と判例である。

●このブログを読まれている方で、マンションにお住まいの方は、ご自分のマンションの「ビラ投函禁止」の札が貼られているかどうか確認してみてください。もし、貼りだされている場合は、誰がいつどのように判断して貼りだしたのか確認してみてください。悪質な事例があれば私に教えてください。

●しかし、たかがビラ投函のためにここまで怒って、自由を確保しようなんて人は、あまりいない。そういうことが、規制をしたい側にやりたい放題させている面があるのだろう。

●基地跡地にできる国家公務員宿舎にもビラ投函禁止の札が掲出されるのだろう。政治的問題の焦点となる建物なのだから、余計に神経質になるのだろう。

●政治や運動について言えば、ビラ投函の自由が保障されて、それでようやく言論の質が高まる。今みたいに配ること自体にタブーな意識がある社会では、スキャンダリズムしか言論にならない。政治家が馬鹿ばかりに見えるのもそういう社会の背景があるからだと思う。

●朝霞市の自治体議員の選挙の投票率の分析をしているが、見事にマンションの多い地域の投票率が大きく低下している。ビラ投函禁止による地域情報からの隔絶も、一つの原因だろう。マンションに住んでいると、地域情報は官製情報しか入ってこない。

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8/9 貧乏人は中卒でいろ、という自民公明の特例公債法案の対応

ようやく、特例公債法案が可決される見通しが立った。

自民党と公明党はいつまでこの問題でゴネまくっているのか、と思っていたが、やはりアメリカで共和党が同様のゴネ方をして、雇用や生産情勢は良いのに、経済全体では止まらないドル安など破滅状態になっていることが大きく影響したのだろう。

それにしても、高校無償化まで人質に取ったとは、公明党と自民党は人でなし政党と言われても仕方がないだろう。ほとんどの16歳~18歳の人間が高校に行き、高卒でなければ、食ってく最低限の就職口もまともに見つからない今の世の中で、高校授業料を払えというのは、生活保護を受けられないで自分でなんとか食べる程度の貧困家庭の子にとって、高校には行かずに働ける人間になるなという要求にほかならない。

2007年頃にこうした自己責任という言葉が揶揄されて相対化されたにもかかわらず、再びこうして蒸し返されていることに、世論も政局談義レベルの批判しかしていないことに腹立たしい。

私は社会や国がドケチなことで、親を恨み生きるような子どもを増やしたくないと思っている。

●最近のネット上のサヨク言論にいささか絶望している。
すべては脱原発に賛成か反対かでしか判断されていない。だから、脱藩官僚の古賀など、最も財政の未来に無責任で、かつ新自由主義者がヨイショされている。彼が評価されているのは脱原発と消費税増税反対だけである。しかし彼の基本とする経済政策は、競争社会なのだから、コストを安くみせかけることに成功している原発が推進される。そういうことも見抜けない。また発送電分離もそうである。原発に汚染されていない電力が買えるなどとサヨク言論は歓迎している。しかし最近はどうだろうか。競争原理が働いて安い電力が普及する、と原発の増減そっちのけの議論が横行するようになっている。
新自由主義者の河野太郎が脱原発を言っていることに賛意を示すのはいいが、彼に全てを期待したらどうなるのだろうか。また小泉構造改革の再来である。
そうしてこうして増えた世論は、やがてみんなの党みたいなところに回収されて、最後は民主党のように、まとまりや優先順位がつけられず腐乱する。
北大の中島先生とか、むしろきちんとした保守思想について検討している人の方が、しっかりした長期的視点で言葉を使っている。
もう少しじっくりした視点で好き嫌い判断した方がいいだろう。

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2011.08.07

8/6 朝霞市が地方交付税の交付団体に

総務省が今年の地方交付税の交付について発表し、朝霞市、和光市が地方交付税の交付団体に「転落」した。

このことについて和光市の公式ホームページでは以下のように説明している。

平成23年普通交付税の交付状況

 和光市は、昭和61年度から平成22年度までの25年間、基準財政収入額が基準財政需要額を上回っていたことから、普通交付税が交付されませんでしたが、平成23年度は、昭和60年度以来、26年ぶりに普通交付税の交付を受けることになりました。

普通交付税制度は、地方公共団体の税源の不均衡を調整し、一定の行政サービスが提供できるよう財源を保障するものでありますが、今後、普通交付税等に依存することなく自立的な財政運営が行えるよう、歳入の確保、事業内容の見直し及び受益と負担の適正化などの行財政改革をさらに推進し、将来にわたり健全で安定的な財政運営に努めてまいります。

平成23年度普通交付税の決定に伴う和光市の交付状況について(153KB; PDFファイル)


簡潔でスタンスが明確なコメントとなっている。また添付ファイルでは、十分な説明資料までついている。

一方、日頃、財政が悪化すると言うばかりの朝霞市役所が何かコメントを出しているかというと何もない。数字の議論が出てこないで、行革談義に展開する朝霞市の財政談義の体質なのか、それとも彩夏祭と、公務員宿舎付きの基地跡地開発に忙しいのか、いずれにしても、市民と協調して難局を乗り切ろうという感覚の欠けた対応だと思う。
たいへんだ、たいへんだ、と騒いでいるだけでは、協力したい人も協力できないというものだ。

●地方交付税の交付団体となったことを「転落」と見るのか、よかったと見るのか、議論が分かれる。基準財政需要額と基準財政収入額の差だけで見れば、国からの援助がなければ運営できない不幸な自治体(日本でほとんどの自治体が該当する)となるわけだが、不交付団体にはくれない補助があったり、保育所の整備なんかは不交付団体は一所懸命やっても、補助の裏側にある交付税の方は全然増えないわけで、交付団体になってよかった面もあるのだろう。

●埼玉県内は、戸田市と三芳町しか不交付団体はなくなっている。国全体で不交付団体が少なくなっているので断定はできないが、マンションブームで固定資産税収入が増えているはずなのにこうなっている結果からみると、埼玉県民の所得はじわじわと低下し、危機が始まっている可能性が否定できない。

●ちなみに朝霞市は、塩味市政末期2年から、実質単年度収支がマイナスとなり、富岡市政になって慢性化している。額は大きくないが、借金の残高の増加と、積立金の取り崩しが続いている。

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2011.08.05

8/5 後出しじゃんけんが続く自民・公明の子ども手当批判

子ども手当の見直しを妥協したと思ったら、また自民党はハードルを上げてきているらしい。国対の逢沢一郎がいきがって記者会見していたが、まぁ民主主義も、議員という職も貶める行為をしてきたものだと思う。

同志のブログだが、もうこうなったら特例国債法案を採決に回したらいいんじゃないかと思う。そうして国の財政が詰んだら、与党も痛手だが、ここまで強行に抵抗した自民党や公明党への批判も強まるであろうし、執行されている予算、補正予算の中には、自民党や公明党にとっての政策もあるはずだが、国が破産して事業ができなくなりました、ということを自民党や公明党を通じて政策要求した人や団体が黙っていられるのだろうか。

また子ども手当をバラマキと批判しているが、児童手当も自民党と公明党が与党だったときにほとんどバラマキ政策として構想されていて、批判を受けて所得制限などのたがをはめている。私はこの時代から批判(カテゴリー「児童手当を考える」)しているが、当時は、公明党などは数ある選挙で成果だ成果だと宣伝してきたものだ。そして民主党がバラマキと批判していた。私は児童手当から現金給付に批判的に見てきたものだから、自民党と公明党の今になっての難癖が、まったくわけがわからない。そういう天つばのような批判が、自らの過去を貶めることだということがわからないことと、有権者が全く振り返らない状況が恐ろしい。

●自民党は4kと言っているが、高校授業料無料化を否定することだけはやめた方がいい。国際的にもそんなことが実現できていない方が不思議だし、国際機関からも批判されている。またほとんどの人が高校に入学するようになり、実質的に義務教育になっている現状で、公立高校程度の授業料が無償でないというのは、貧困者が努力する余地を狭めることになる。

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2011.08.03

8/2 上田党の終わりのはじまり

低投票率に終わった埼玉県知事選挙をめぐって、読売新聞が飛ばしている。

埼玉知事選の投票率、全国史上最低24・89%2011年8月1日09時29分 読売新聞
衝撃24% 3期目 低投票率が影  知事と県会 主導権争い2011年8月2日 読売新聞

おもしろがってけしかける読売新聞を知事が真顔になって責任を選管や首長や教育に責任をなすりつけているようなことになっている。勇ましいことを言っている右派政治家の中にも、こういう弱さがあるのかと思って見ている。

低投票率の原因は、ベッドタウンとなってしまった埼玉県が、それに応えた政治をやっていないからではないかと思う。
政治の体質が全体的にいなかくさい。朝霞市議会で言えば、有権者に議案に対する議員や会派ごとのの賛否が公開されていない、傍聴者に議案が配られない、もちろんネットにアップされない、市の意思決定に関わっている人たちと違う意見を言うと、すぐつまらないレッテル貼りの噂を立てられる、などなど。地域社会や自治体に税金払わされているという感覚しか持てない。新しいことをやっている、もっと地方の政治より遅れている感じがしている。
投票率で言えば、国政選挙の投票率は決して低いとは言えず、東京と連続性のある話題については十分選挙に行かせる動機になっている。

朝霞地区で言えば、そのいなかくさい政治風土に上田党は迎合し強さを確保している。そのめくらましが「小泉純一郎は上田清司と同じ選挙区になりたくない」など上田党が自ら流す、選挙不倒伝説である。
※こうした伝説は本当にそうなのか検証が必要。上田・上田党は選挙に強いが、2005年総選挙で上田党は小選挙区で負けたから、小選挙区で小泉旋風に勝てた横路、小沢、菅、枝野などに比べて強いわけではない。

新住民には民主党のような、古くない顔をしながら、地域社会では最も古い体質の人にどっぷり漬かって政治を行う、上田党の存在が朝霞地区の政治の閉塞感である。

この読売の一連の記事を見る限り、もう改革派としての上田党の顔はなくなったと思ってよい。上田氏のカリスマみたいなものに無条件で恭順の意を表していたこのあたりの自治体議員にとって、ここから4年間は、実力をためされるのではないかと思っている。

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2011.08.01

7/31 埼玉県知事選、投票率最低を更新

埼玉県知事選挙の開票が終わり、上田知事の再選が決まった。しかし驚くは24.98%という投票率。朝霞市長選挙でも問題提起したが、こういう選挙を成立したとしてよいのか疑問だ。

最初から政党の談合候補が当落することは予想はついていたし、相手は共産党と、自己実現のための候補だから、投票所に行ってムダな時間を過ごす必要はない、と県民は判断したのだろう。

今回の結果を見て考えたこととして、

①あちこちの党派に中途半端に手を出して、どこの政党も動けなくするような上田党の選挙戦術は、上田党がやりたい放題するにはいいが、やがてはどっちらけの政治風土を作るだろう。朝霞市長選挙も同じようなことになっている。家の前を毎日、上田派の若手自治体議員とおぼしき人たちが上田きよしと連呼して通り抜ける政連車(これ、公選法で認められてたっけ)の派手さと、その周囲のしらけた感じが、すごくコントラストを作っていた。

②それにしても、18万票しか集められなかった共産党は危機といってよいだろう。かつては参院3議席の一角を取り、昨年の参院選で21万票、2年前の衆院選で31万票、4年前の衆院選で26万票獲得した共産党が、党員のみならず、反上田票の受け皿となって上積みがあるべき選挙において、基礎票を大きく割り込むような実績は、かなり危ない事態だと思う。

③朝霞市の上田の得票が2万1313票で、富岡市長の2期目の数字と近い。どっちらけの選挙の中で上田党のために投票に行く人たちの数がこれ。一方共産党の原富氏は2740票。共産党の市議選の得票が3500票、国政選挙が4000票程度だから、相当目減りしている。また泡沫の武田氏は775票。朝霞市の泡沫候補の得票が市議選でだいたい200票だから、500票は今回の選挙に関しての不満票なのだろう。

毎日新聞の「埼玉知事選:低投票率24.89% 高まる政治不信を反映」という記事では政治不信とあるが、まぁ、それで積極的に投票に行く気分にはならない面もあったと思うが、さして中央政界のような混乱のない埼玉県政を問う選挙では、それだけが低投票率の説明の決め手にはならないだろう。
この投票率の水準は、埼玉県、千葉県での結果のわかりきった選挙の投票率に近い。小泉構造改革や政権交代への期待が高かった、2005年、2009年の朝霞市長選挙でも同じ構図でやはり投票率は18%と22%であった。

●朝霞市の投票率は24.96%で全県平均の数字。しかし上田事務所のお膝元と考えるとかなり寒い数字。そして、上田事務所の周囲の投票区は総じてそれより低い。

●開票結果についてまだ朝霞市は発表できていない。相変わらず開票作業の遅い役所だと思う。

●また朝霞市選挙管理委員会のホームページの掲載データはあまりにも貧弱すぎる。これは埼玉県選挙管理委員会もそうで、県内選挙の市町村別得票のデータをつい最近まで公開していなかった。

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