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2011.06.24

6/23 土日保育の実施について思うこと

製造業が、電力不足対策で、土日に操業することから全国各地で土日の保育を実施する認可保育園が続出している。

私はこのことに歓迎したいが、少し腑に落ちないことがある。今まで小売業や病院や福祉に従事するサービス業の人にとって切実な保育であったにもかかわらず、「多様なニーズ」という言葉で贅沢保育のように位置づけられて退けられてきたことが、製造業が動くからといって、動き出すところに、何となく職業の差別みたいなものを感じざるを得ない。

まぁそんな後ろ向きなことをぐちゃぐちゃ言って、くさして土日保育が進まないこともどうかと思うので、とにかくこれを皮切りに始めてほしいのだが、もう一つ腑に落ちないのが、土日開くコストが問題、むという話になっているが、これまた電力不足に対応する土日開所という考え方からはおかしな話だ。工場が土日操業するのは平日の休業のためなのだから、本来、それに対応する平日の保育が減るはずである。休日勤務手当の割り増しがあるのかも知れないが、製造業の労働者も、保育士も週、月、年の労働時間が守られていれば、その枠内での勤務日の再配分でしかないわけで、びっくりするほどコストがかかるというものでもないはずだと思う。

●とにかく、今まで土日に保育所に子どもを預けて働くということを後ろ向きにとらえ、育児放棄のように言ってきたことの弊害がようやく克服されるようとしている過渡期なのだろう。

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2011.06.14

6/14 月1000円で原発が止められるなら歓迎

経済産業省の外郭団体が、全ての原発を運休すれば、電気料金が1000円あがると公表した。

原発を推進してきたところが発表しただけに、反原発運動に水をさすことを意図したものだろうが、月1000円のコストで、将来不安が解消できるなら、ぜひそうしていただきたいと私は思う。

●原発事故対策のコスト負担で、増税や電気料金の値上げについて罵詈雑言並べて反対する輩がいるが、全くの感情論。民間企業の事故において原資がない対策はどこかで破綻するだろうし、そうした面倒なことはどこかの誰かに片づけさせればいいという考え方は、誰か任せの電力政策と発想の根っこは一緒である。また、事故対策コストをきちんと電気料金に反映した方が、原発がトータルではコスト高だと言ってきた反原発派の言ってきたことが証明されることになる。そこをごまかすと、原発が動いてくれた方が電気代が安くていい、ということになる。

●前にも書いたが、そうした事故対策のコスト負担について、いろいろなお金をミックスするしかないと思うが、基本は、東電ユーザーが電気料金として負担すべきだと思う。政府の責任となれば、被災地にコスト負担を持っていく話しになるだろう。

●今日、明治大学の寄附講座で、自治体病院の事務委託企業の労働組合の役員に話をしていただいた。物やサービスには原価があって、努力の限界があるということを見ないで、自明のものとしてコスト削減努力がどこまでも可能と思っている人たちによって、彼らが低賃金で、毎年毎年入札時に企業自体の存続を危ぶみながら働かなくてはならないという現実を学生に話していただいた。
先日、最大手労組の元教育センター長に講演をお願いし、その前後にいろいろ意見交換していただいた。見なければならないものを見ないで他人に努力を求める態度が、世の中おかしくしてきたし、今回の震災で改めて考えなくてはならないものとして突きつけているんではないか、という話しになった。

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2011.06.06

6/5 笹森清前連合会長の功績

笹森清前連合会長が亡くなった。とても残念な気持ちであり、ご冥福をお祈りします。

●それまでは左翼をはじめ労働問題に関心のある人たちに、大企業労働者のことしかしないと評価されがちだった連合が、笹森会長誕生以来、労働相談や労働組合のない職場にいる人の組合づくり、非正規労働者の労働組合員化など本格化させ、イデオロギーを超えた全国の労働者の代表組織としての存在感を示すことができるようになった司令塔であったと思う。
大企業労組に抵抗感のあった年越し派遣村へのスタッフの派遣を行えたのも、笹森さんがそれまで連合でやってきたことがあって乗り越えられたことだったと思う。
もちろん笹森前会長以前の連合も、非正規労働や組合のない職場の問題についてどう向き合うか、どのように対応すべきかずっと悩んできたり行動してきた人たちもいるので、笹森さんだけの功績とは言わないが、トップとして形にして行動にしたことは大きく評価される、と私は信じている。

晩年は、首相の顧問として活躍されておられたし、あわせて中央労福協の会長として、各地の労組、全労済、労金などの協力を得ながら全国100ヵ所の労働と生活に関するよろず相談所づくりを推進しており、亡くなるようなことがなければまだまだ活躍されたと思う。

ほんとうに残念な方の死です。

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2011.06.04

6/3 不信任決議案を契機の日本政治の破局への道

昨日の、内閣不信任案の国会のドタバタ

内閣不信任案の提出理由に、震災対策の不手際というものがあった。しかし政治業界の内部ではそう見えるのかも知れないし、世論調査でも聞かれればそう答えるのかも知れないが、内閣を引きずりおろして交替させて、より震災対策が効率的に進むというものではない、と多くの人が感じている。私も、指摘されている事実はそれぞれそうなのだろうと思うが、全体として、他の人がやればそうした不手際が回避されたのかと思うと、そうではないように思っている。わけのわからない事態に向かっていくときに、不手際なく進められるはずという前提を立てるのは、受験秀才的な期待値であり、現実に耳を貸さないバカの壁だと思う。
そこには「何となくダメそう」という、先入観や決めつけみたいな感覚が横行していたことも、イヤな感じがしていた。ガソリン何とか隊の行動に見られるように、菅首相の野党時代の不徳みたいなものがすべて跳ね返っているわけだが。

こうした自己目的化した政治の混乱に対して、インタビュー等で「与党も野党も関係なく一致団結して」みたいなコメントが異様に多いことも、一方で気になる。議会制民主主義は意見の違う人たちが対立しつつ合意形成を目指しながら、最終的には意見の違いをふまえて多数決原理で社会合意を形成していくもので、与党も野党もなく、なんて事態を民主制のもとでやれば、それは全体主義への道だ。
インタビューに答えた人が悪いということではなくて、そうした国民世論に向かわせてしまうほど信頼を失わせた今回の政治家たちの動きに問題があるし、過去には昭和初期に日本政治は同じようなことをしてしまい、最終的には超然だの新体制だの、きれいな言葉でファシズム、そして戦争の破滅への道を歩んでしまった。国難に際して必要な、震災対策も、補正予算も、必要な赤字国債も、いずれも議会を通れば実行ができる課題であり、与野党が対立しつつ、優先すべきことについては法案を人質に取るようなことをしないたしなみが求められる。自民党の大島副総裁が民主党の4k政策が問題と言い放っていたが、政争のための政策を震災対策のための議案やそもそも国の存続に関わるような議案の人質に取っていることが問題である。旧社会党でさえこんな悪質な反対の仕方をしなかった。良質な野党になってもらいたい。

無意味な不信任案をはねつけるために民主党がかたちだけでもまとまったことは不幸中の幸いということだが、しかしその猿芝居(日本社会、組織が混乱するといたるところで見られる、身内にだけ通用する浪花節的芝居だ)にも反吐が出そうだった。また鳩山氏のわけのわからなさは相変わらずで、引退宣言、普天間問題、今回も不信任案賛成など、数々の前言撤回をしていることについて自己認識もなければ反省もできないこの人物が、退任時期を名言していないという菅首相サイドを「ウソつき」だの「ペテン師」となじっている姿は見苦しいにもほどがあると思った。天につばするものである。鳩山氏には民主党のダメ体質を全て体現しているようなところがある。彼こそ、早く政界から去ってほしい。

自民党もたいがいいい加減なもので、民主党のバラマキ4k政策を撤回しろと絶叫していたが、バラマキ4k政策を堅持しろと迫っていたのは、今回の不信任案で手を結んだ小沢氏寄りの民主党議員たちである。ここでもし不信任案が成立して、自公+小沢氏の政権が誕生していたら、今度の矛盾は自公+小沢氏の側に投げ返されるだけである。何のことはない、永遠に不信任案の提案理由が残る話になる。しかも自民党は子ども手当を廃止して、子どもへの所得税の扶養控除を復活させようというのだから、これは金持ち子育て家庭に対するバラマキを復活させようということだ。まったく政局がらみの話でしかなく、これは民主党が通った間違いの道と同じである。

今回のドタバタ劇は、日本の民主制の崩壊の序曲になる可能性が高いと感じている。議会制民主主義に有権者は期待しなくなっており、考え方や信念より、全知全能なマスコミをコントロールできるようなリーダーにしか、期待をしなくなっている。良心的な政治家と思われ期待値の高かった菅首相が、なんだか誰のためだか何のためだかわけのわからない意思決定ばかりをしているかと思えば、対する小沢氏は政党政治を何とも思っていない破壊工作を行い、仲をとりもった鳩山氏はわけのわからない行動ばかりをとり、自民党はまんまと小沢氏に一杯食わされ、震災復興対策の妨害工作をしているような存在でしかなく、社民党は自民党の味方なのか民主党の味方なのかで党内は混乱して何の政治的影響力もないことが明らかになってしまったし、かといって選挙で解散したところでどうせ今と同じような結論しか出てこない、となってしまえば、80年代のような政治への無気力しか生まれないだろう。

そうした中で、強さだけが自慢のいかさま師みたいな政治家が出てきて、社会の多様性を否定するようなことを印象操作だけでやることはたやすい社会になってしまっている。そのことを自民党も公明党も民主党も政治家たちは認識しておくべきだと思う。結局そんな社会になって真っ先に社会に居場所を失うのは議員である。

●鳩山氏との約束を破ったということで、おせっかいにも自民党は参院で問責決議案を提出するそうである。ヒマな政党である。同情すべき人は違うところにいるだろう。

●民主党の議員のやっていることを見ていると、脈絡もなく、何もない。「今よりよさげ」という曖昧な価値観のもとに、そうでない側の人たちを攻撃するだけ。だからいつも小沢、鳩山、菅と、松下生計塾の人脈にひっかきまわされるだけ。彼らを超えたければ、理念を持ち、長期的な脈絡を持って政治行動をすべきだが、その悠長さは、理念亡き二大政党制における小選挙区制では生き残りにくい。

●こういう政治家たちが、愛国心を養成せよ、とか言うんだ。

●筆無精をおわび(好きなこと書いているだけなので、お詫びというほどの価値あるものかどうかわからんのですが)しつつ、この一ヶ月忙しかった。うちの組合の震災対策支援活動の事務局として何度か出払って、そのすき間に、本業の労働組合の地方組織の新任役員の合宿研修。さらにはいくつかの出張を埋め込まれ、帰宅もままならず、家族に迷惑かけまくった。
混乱状態で、前例はもちろんマニュアルもルールも確立していないところで自らが仕事の流れやマニュアルを育てて現場を運び、震災対策に奮迅した組合員のみなさんには、本当に頭が下がった。

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