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2011.05.04

5/4 迅速な事故補償を考えれば東電の電力料金の値上げはやむを得ない

東京電力が賠償金を支払うための原資がないので、電力料金を引き上げるという話が出ている。

ツイッターでは感情論のような反対論が盛り上がっているが、違和感がある。

この値上げは、東電社員が焼け太る話ではなく、原発事故で生活がたちゆかなくなった人に使われる。それがなぜ「東電ふざけるな」という話になるのか、感情論以外に全く理解できない。

増税の議論もそうだが、絞れるまで絞ってから、というのは簡単な議論が行われるが、そうすることになれば、3000万人もの顧客がいる東電の顧客のほとんどが納得するほど絞るまで、被害補償が進まないという結果になる。民営企業だから、補償という再生産できない出費に対して、原資もなく実行することは不可能だからだ。結果として、それは発電のリスクを福島県沿岸地域に押しつけてきた首都圏の人たちのエゴになりかねない。
絞る努力はしてもらいたいものの、その副作用も考えるべきだ。現在、原発事故の処理にあたっている関連業者への支払いが保留されていると聞く。今、軽々にそうした議論を展開することは、最も困難な業務にあたっている、社会的な立場の弱い人への副作用もともなう。

次の解決策は政府の責任を追及して税金の投入ということになる。これはこれで、少しはやったらいいと思うが、全面展開すると、原発の事故とは全く関係のない地域の人たちにも多額の負担をつけまわしすることになる。それが東電ユーザーとしてとるべき態度なのか疑問である。

そう考えると東電の電力料金の引き上げは、やむを得ないと思う。首都圏で自覚なく電気を使ってきた人たちのツケと反省を行うべきときではないかと思う。簡単に考えても原発依存社会にならざるを得ない、電気自動車やIHが推進されたときに、疑問を呈した人がどれだけいただろうか。

原発にはそうした事故負担が裏側にあるんだ、と多くのユーザーが自覚して、次のエネルギー政策への転換につながれば、とも思う。

言うまでもないが、値上げは節電に向けた経済的なインセンティブにもなる。

●公益事業を独占的に民間企業が運営することによるその料金負担については、税金と同じような性格を持つということなのだろう。この間、公共サービスの民営化がすべての改革に勝るような議論のされ方をしているが、ケースバイケースで考えないとならないという教訓になる話だ。

●引き続きツイッターには、東電責任論全面展開で書き込まれている。中にやや良心的な立場だと思うが、説明責任を求める人がいて、全くその通りなのだが、果たされた説明責任とはどの水準なのかが共通の認識が形成された上で説明責任を求めないと、単に値上げはイヤだと言っている人たちに利用され、首都圏の人が納得するまで事故の補償ができません、という結果になる。

●増税の議論でもそうだが、鼻血が出るまで絞れ、という議論というのは、物やサービスがどこからどういう風に作られ、自分たちの手に入っているということの想像力が欠如した議論なんだと思う。物やサービスがどれだけの人の手間と努力によって作られているか考えたら、絞る努力は必要かも知れないが、限度があることぐらいわかるものだ。福島県沿岸部の人たちに兆円単位の補償を払うのに、東電内部の努力だけでは絶対に無理。そんなことも想像できないで、無責任なうっぷんはらしの議論ばかり横行する、この社会は危機だと思う。
あるいは、俺は客だ、おまえは努力しろ、と言ったり言われたりすることだけが当たり前の光景になってその世界に溺れてしまっているのだろう。また、無理とも思える低価格を実現した英雄をテレビはよく取り上げていて、それに感化されている人が多いからだろう。そういうことが回り回って、多くの人の生活の首を絞め、生産性のない苦労自慢ばかりの社会になってしまっていることを、考えるべきじゃないかと思う。

●原発問題に関しての23区内の原発批判派の当事者性のない議論の仕方にいささか不愉快さを感じる。計画停電も聖域、電力料金値上げ反対、被害者の補償は誰の話だ、それで原発の危険性や、電力不足は政府の陰謀とか言い募って、いったい何なんだと思わざるを得ない。もちろん福島の原発事故罹災地からすると私のような者でもお気楽な立場ということなのだと思う。

〈追記〉
東京電力の財務諸表を読むべきだろう。5兆円超の売上高に対して、人件費は4500億円程度、仮に50%のリストラをしても年間2000億円程度の資金しか作れない。積立金を崩せという議論があるので貸借対照表を確認したら、それは貸借対照表上の話で、資産は7割が固定資産で、鉄塔や電線、電柱を換金しないと補償金にならない。電線泥棒が一時期流行したが、そんな話だ。
電力や鉄道など設備投資が膨大な公共サービスの事業体に共通しているが、流動資産/流動負債の比率はあまり良くない。しかも、これらの数字は原発事故前のもの。

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コメント

なにも全てが反対といっているのではなく
今のままの東電体質や賠償責任をはっきり方向性を示さずに安易に国民負担にいく方策が気に食わないのです。

まず、経営陣、株主、貸し手の金融機関がそれぞれの責任を果たすべき。経営陣は総退陣すべきだし、株主価値を残したまま国民が負担を求められることがあってはならないと思います。
スッカラカンになった東電を国有化し、原発部門を切り離し、送電と発電に分割して売却すべし。その上での
国民負担だ。淡々と報道している報道機関も信用できない。このような安易な救済策を国民は全体に許してはならないと思う

投稿: yamayama | 2011.05.04 18:44

ずっと反原発の活動をしてきた人々にとっては、警鐘を鳴らしてきた通りの深刻な原発事故が起きて、まさに「勝利者」という立場で現状に発言しているから、なぜ「勝利者」の自分たちが放射能被害にしろ電力値上げにしろ迷惑を被らなければならないのか、その償いは東電と原発推進してきた側が全面的に行うべきである、との認識があるのだと思いますよ。その勝利者意識は露には出せないから何となく民意に紛れ込ませた形で語っています。

投稿: iMac2.4 | 2011.05.08 09:59

原発が炉心溶融に至ると、専門家が制御とか言うようなことを超えてきたなぁ、ということも考慮に置かなくてはならないのですが。

原発事故の責任を取るということは、この惨禍をの処理を進めることが第一にやるべきことだと思います。今責任を問うとか言って経営陣を退陣させるのは、責任者の最も思い責任を解放することになるだけだと思います。素人でもできる技術の話やとって代わる事業者がいるならそれもありかと思いますが、そういう状況ではないでしょう。責任を形にして退陣するのは二番目以降の話です。

このあたりどうも保守勢力に対抗する側も新自由主義的思考回路に毒されているという感じがしています。

また公共サービスというのはイヤがおうでもみんなのものであり、みんなが責任を負わされる代物なのです。そのことの認識がなくて、誰かがやるものだ、誰かが責任取ればいいんだ、あいつらリストラして後は知らないよ、という接し方をしている限り、どこかの誰かである原子力推進派の思うつぼです。

「東電救済策」という言葉が気に入らないらしくおよそ乱暴な議論が進められていますが、救済せずに破綻すればそれはそれで補償も給電もゼロベースの話になり、混乱が拡大するだけです。
バラバラにして売却せよというのは国鉄分割民営化以上の解体話となります。飯田哲也里さんの話を、きちんと理解せずに、俗流に解釈してマスコミ政治部的言辞に走る人が多いのですが、そうした考えが東電が構築してきた発電、送電の手段を、誰の権利を手に落とすのか考えた上で発言されているのか、私には疑問です。マニラ市の水道がそういうかたちで民営化されていますが、金融資本に水道管が押さえられて大混乱しているという話もあります。

投稿: 管理人 | 2011.05.15 02:57

なぜ値上げ分が全て「原発事故で生活がたちゆかなくなった人に使われる」と言い切れるのでしょう?
私が思うに「東電ふざけるな」と言う理論は、値上げが東電の一般的に見て非常に高額な給与や企業年金の維持に使われる事に対する国民の憤りだと思っています。
別に感情論のみの発言・意見ではないでしょう。

私が最も「ふざけるな」と考えるのは、「賠償が進まないのは値上げを国民(東電管内利用者)が承認しないから」などという責任転嫁も良い考え方のほうです。
例えば、値上げしなければ東電は社員の給与も払えないほど資金が無いのでしょうか?電力事業に直接は必要ない資産などはゼロなのでしょうか?
答えは「お金もあるし、資産もある。けどそれはそれ。賠償は値上げ分と増税で払ってもらって自分たちの高額な給与や利権は守ります」って言っているように聞こえてしまうのは仕方ないのではないでしょうか?

このブログを見て私は次のような過去の話を思い出しました。(実話です)
数年前、私はある個人経営のブラック企業に勤めていた。ある時先輩社員が酷く体調が悪そうだったので事情を聞いたところ、3ヶ月給与を貰えておらず2・3日は水だけしか摂っていない。と。
しかし、そんな状況の先輩を尻目に社長は自分の給与等だけは全額先取りしてしまっており、残金では先輩の給与は支払えない。そこで「もう少し待ってくれ」と頼んでいた事実であった。
私は当時のその会社の社長と今の東電がダブって見えて仕方が無いのですが、黒川さんはどう思われますか?

投稿: kumakuma | 2011.05.16 02:58

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