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2011.05.02

5/2 健康の安全も大切だが生活も大事

知人がツイッターにこのような書き込みをしていた。

「 この子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)の趣旨に沿えば、どう考えても、原発事故に関する子どもへの対応策は何かにつけて「現在とりうる最も安全な道」を適用してしかるべきはず。文科省・厚労省・原子力安全委は何を考えているのか。」

まったくその通りなのだが、私にはあまりそういうことだけは言えないように感じている。
私の父も、学生時代にアルバイトした先の使用者も、幼少期に引き揚げを経験し、地方都市で訛りや文化の違い、ゼロに近い財産で再出発している。その辛苦を人づてに聞いてから、やはり生活を失うことも、健康リスクと同じくらい、子どもにとってはしんどいことなのではないか、と。余談だが、父の葬式の家族のあいさつでは、父の特異な性格が形成されたその体験について語ることを避けられなかった。

国も飯舘村も、健康リスクと同じくらいの生活を失うリスクがひっかかっているから、なかなか避難が進まないし、村民に強制をできないのではないか。

医療と教育と科学は、生活が置き去りになってしまうところがある。しかしそれらの効果を高め、満足度を上げていくのは生活の場なのだと思う。

●オサマ・ビンラディンの死に熱狂しているアメリカ人。その四十倍もの人を殺した原爆を作り、落とした人の死を日本人はここまでよろこんだだろうか。
また菅首相の、「テロ対策の顕著な前進を歓迎し、米国やパキスタンをはじめ関係者の努力に敬意を表する」という言葉はいただけない。もちろんテロ対策は重要だし、解決がめざされるべきだが、殺害による死について、顕著な前進という言葉は不用意な発言ではないかと思う。
赤木智宏さんがツイッターで「アメリカ人がビンラディンが殺されて喜ぶのは、俺の立場であれば、正社員家族が殺されて喜ぶようなものか。全く理解できんな。」と。同感。

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