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2011.04.05

4/5 道路一本で救われた人々がいた

来週から私の勤務先である労働組合が組み立てる災害復旧支援活動の予備調査で東北の某県に来ている。

先週、マシナリさんのブログのコメントで、道一つで救われた地域と、津波に飲み込まれた地域の話が出てきたが、今日、まさにそれと同じ状況の土地を訪問した。できたばかりの国道6号線パイパスを挟んで、海側は津波の災害に巻き込まれたところ、そしてその西側は震災前の状態がそのまま残っている地域。引率してくれた地元自治体の労組の役員さんが非常に陽気に案内してくれたが、実に親御さんがその津波に飲み込まれたということで、その重みを受け止めてきた。

今回の津波で、会社は消失致し、役職員全員の安否確認、自宅並びに家族の安否確認をしつつ、地元の片づけを行い、仮設事務所の立ち上げと役職員への給料の支払い等を無事行いましたので、ネットも見れるようになりました。
 ラジオで堀江氏はネットやツイッターは凄いと言っていましたが、被災地にしてみれば外側で好きなことを並べて楽しいのだね。と感じました。
 現在1名の確認が取れない状態、社員の住居及び津波により家族並びに親族が不明な方達がおりますが、復旧作業に携わることで、何とか保っているように見受けられます。
 今回、無駄の象徴として叩かれた地方整備の高規格道路の供用開始が5日前にありましたが、この道路で多くの幼稚園児、小学生、中学生が助かりました。
 指定津波避難場所では危険でさらに高台に逃げ、供用開始された道路に法面を登り、道路を歩いて脱出しました。途中で見つけた方達が協力して避難場所に車でピストン輸送したそうです。
 また、直前に通った林道が活躍いたしました。部分供用した道路や林道等を無駄のように叩いた方達によって、整備が遅れたことにより、もっと多くの人達が救え、避難等ができたのではと悔やまれてなりません。
 「小さな政府」 「新しい公共」など何の助けにもならないことは身に染みました。

実際にはこのような人名救助とは全く無関係な公共事業もいろいろあるなという現実もふまえちょっと言い過ぎな感じもするが、しかし「小さな政府」「新しい公共」を万能の呪文のように唱えてきた人に対してふみとどまって考えろというメッセージであることは明らかに伝わります。

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