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2011.03.31

3/31 県議選に北朝鮮体制擁護派の田辺朝霞市議が立候補

埼玉県議選、朝霞市選挙区に革新系から田辺淳氏が立候補することが正式に公表されたようだ。

●県議会に問題があると挑戦するという。確か4年前にもそういうことを言って立候補したが、落選したとたん、市議会議員選挙に舞い戻ってきた。一体何がやりたいのだろうか。そしてまた今回県会議員に出た。この3年間は県議選のために市議会議員として報酬を払ってきたということだろうか。
よその土地の市民派議員は、議席の私物化を徹底的に批判し、拒否していて、おそらくこのような行動は取らない。朝霞だけが、こうしためちゃくちゃなことを繰り返して赦されるのだろうか。落選したらまさかまた11月の市議選に出るなんてことはないだろう。私物化と思われないには、市議選に出ないと退路を断つべきである。
〈過去の田辺氏の得票の推移〉 1999年市議選 1309票 → 2003年市議選 985票 → 2007年4月県議選 4040票 → 2007年12月市議選 1661票 ※落選すれすれの2003年市議選と上位当選できた2007年市議選を比べると、県議選出馬の宣伝効果はあったことがわかる。

●田辺氏についての私の過去記事
2008/10/12 ネタでしかない朝霞の市民派議員の保育所問題
一律に市の支出を受けている企業・団体を上から並べて、保育所は補助金を多額にもらっている、と。介護や教育などと違い、いったん国や県の負担金を市の財政収入に繰り入れて財政支出をしなければならない保育事業は、金額が多くでる仕組みになっていることを無視し、民間保育所は利権だと言わんばかりの悪宣伝を行った。
2009/2/22 現職批判派が自滅した朝霞市長選挙
基地跡地の開発をめぐって山場であった2009年の市長選を台無しにしたことの責任は大きい。

●田辺氏は、埼玉県の日朝友好関係の団体の幹部を長年つとめていた(近年退任)。単なる全方位外交の立場で北朝鮮の人々との友好を訴えているのではないし、独裁体制下にある北朝鮮の人々に同情する立場ではない。北朝鮮の体制思想である主体思想を担ぐ伝播者としての立場で、独裁体制を擁護する立場にいる。筆頭推薦人の鎌倉孝夫埼玉大学名誉教授は、現在、日本における主体思想の輸入代理店のような立場にある。ソ連や中国を擁護した左翼でさえ、北朝鮮の独裁体制にはしかめっ面をしている。もちろん独裁体制や全体主義を拒否すべき社会民主主義の私はこのような思想もそうした思想を広めようとする人を選挙で擁護することはできない。
私も18時に面会して、23時過ぎまでそうした議論をふっかけられ続けたことがある。はっきりいって辟易した。

●そういう不適格な人を担がなければならない、と思いこんでしまう、進歩の少ないこの街の政治文化が変わることを願いたい。

●基地跡地の自然保護にきちんとした考え方をもった、他の候補から選ぶこととしたい。田辺氏の出馬で、基地跡地の国家公務員宿舎建設に反対しすでに立候補表明している候補が2位当選になったり、落選したいりすることは、マイナスでしかない。

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3/31 政党に団結できない候補が「一致団結」

Dscn1651用事で朝霞市役所に行ったら、埼玉県議選で朝霞市選挙区(正確には南21区というらしい)候補予定者の事務所の前に、こんなポスターが出ていた。

一致団結って、民主党に団結できなくて政党隠しして、無所属で出ようとしている人が良く言うよと思った。

さらに私は、公務員宿舎誘致を推進して朝霞をめちゃくちゃにしたこの人間たちとは団結したくないよ、と思っている。

災害に便乗して政治家たちが世の中一色に染めようとする本性を見せていることがほんとうに気分が悪い。災害救助をやり、復興支援をやり、政治家はそのための法律や財源を作ることに傾注すべきだ。災害罹災者を踏み台にした精神論を選挙に利用しないでもらいたい。

●まさか福島の人たちが住宅も故郷も失い、望みもしない流浪の生活を送っている今、この候補はそれでも朝霞に国家公務員宿舎建設を推進する側に与するのだろうか。政権与党の一員としての見識を確かめたい。

●「がんばろう日本」この言葉が居心地が悪い。というのも「がんばろう日本国民協議会」という、マルクス主義青年同盟という岡山大学で人が死ぬような襲撃をやった軍服趣味の極左から転向した新自由主義者の政治団体を思い出すからだ。

●埼玉県議選の選挙区名何とかならないだろうか。朝霞市が南21区なんて、選挙関係者しかわからない。誰がどこから出ているのかわからない新聞記事から選びようがない。昔は小規模自治体が多くていくつかの市で選挙区を組んでいたからこういう呼び名も仕方ないが、今なら市の名前で呼んだ方が合理的だ。また、埼玉県議会は市町村合併を無視した市境を越える選挙区編成によるゲリマンダリング(恣意的に特定の候補が当選するような選挙区編成)が8年にもわたり行われているがそうしたことに軌道修正がかからない。

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3/31 朝霞市議選の保守系候補者についての私の見方

田辺氏のことばかり書くと不公平なので他の候補について私の考えをまとめておきたい。

醍醐清(民主党推薦・現職) 富岡市長とべったりで、明らかに商工会関係者や不動産関係者中心の運動になっていることが気になっている。最も国家公務員宿舎誘致に熱心であり、私の対象にはならない。政党活動でなければできない広報活動をしているのに、民主党隠しも気になるところ。「気を付けようその無所属は民主党」という標語が流行しているらしいがまさにこの候補ではないかと思う。

星野文男(みんなの党・新人) 最近、基地跡地の国家公務員宿舎建設反対を表明したようだ。気になるところは公務員賃金引き下げ以外は、公設病院誘致など、大きな財政支出をもたらす政策が並んでいること。政策のブラッシングが必要だし、新しい党であるなら半年後の市議選のラインナップなども示しながら選挙したらいいんじゃいなかと思う。

神谷裕之(自民党・現職) 基地跡地の国家公務員宿舎建設に反対を表明している。政策のバランスや安定感がある。保守の代表という立場だから仕方がないが、市長との距離や醍醐氏との政策の違いが不明確なのが気になる。

野本一幸(無所属・新人) 立候補の動機が不透明。市議選対策かと勘ぐってしまう。朝霞市議だったが、基地跡地をめぐる市議会への請願に冷淡であった議員の一人。当選したら自民党に入る約束がされていると報じられている。

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2011.03.29

3/29 夜勤の看護師に同行

東電の原発事故以来、自衛隊や消防の活躍が報じられて、それらに敬意を払ってきたが、放水以外にも、原発の修復のために大量の東電や下請けの労働者が動員されていると聞いて、またそれが高い放射線のもとで働いているということらしくて、頭が下がるし、目の前にある危機感に立ち向かっていく人がいることに救われているのだと思う。

●日曜日から、政策研究や公務員志望の学生向けの教材作成のために長野県の山間地の病院に行って、看護師の日勤→家事→深夜勤の連続のしんどさをカメラで追った。人材不足に加え、記録のコンピューター化にともなう入力業務の増大など、深夜労働明けの残業などの実態も追った。あわせて人間は仕事だけで生きているのではないので、その間にある家事や子育ての姿も追った。丸2日間にわたり短時間の間に寝たり起きたりしんどい作業だったが、私たちクルーどころではない状態で働いている取材相手の看護師さんはじめ、全国の医療関係者に頭が下がる。

●病院労組の役員さんと意見交換したが、看護師と合コンさせてくれと他の業界からお願いされることが多いという。しかし、それでうまくいって結婚したときに、配偶者から「看護師やめてくれ」「夜勤やめてくれ」と言われて退職されて、残った人たちが苦しくなったら無意味だ、と言われた。仕事柄夜勤は避けられないが、もう少しゆとりのある働き方となるような制度にできないものかと思った。

●病院労組の役員さんと一緒に歩いたときに、廊下ですれちがった看護師さんが岩手県の罹災地に派遣されて帰任された方だった。専門職は大切なときに役に立つと思った。自分の非力を嘆く。

●帰った東京、ものすごく暗い。駅のエスカレーターもエレベーターも止まっていたが、スーパーもデパートもエスカレーターが動いている。なんだか公共性が逆転しているような気がする。

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2011.03.26

3/25 朝霞地区、国際興業バス若干の減便

地震の混乱でわからなかったが、国際興業バスの朝霞地区の路線がダイヤ改正を実施している。

朝霞市内の路線は軒並み減便という結果になっている。
とくに、朝霞駅南口から志木駅東口までのバスは、前回の改正で20分間隔から30分間隔に減便した(一方で膝折地区は増便)。その結果、泉水地区や三原地区の住民の貴重な足であったこのバス路線は膝折地区から志木駅方向への乗客が激減し、今回また減便ということになった。これは公共交通の減便による廃止までの悪循環をたどっているのではないかと思う。

和光市や志木市ではバスの本数は増加し、志木市に至っては路線の新設も相次いでいて便利になってきている。近隣の他市との差は何だろうか。

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2011.03.23

3/23 東京のことより中央政局が政策の東国原氏

東京都知事選挙に東国原氏が立候補。政治家になるために大学に行ったぐらいだから、何か気のきいたこと言うのかと思ったら、日本の地方分権を進めるために東京都知事になる、のだと。

首都だから仕方のない面もあるのだが、この数回の東京都知事選挙が、東京都の自治について訴える候補が少なく、中央政治の政局作りための出汁で立候補する候補が多いのがどうも気に入らない。東京のことより国政政局のことにしか関心のない候補者にブーイングをしない東京都民も相当いい加減だ。

あと芸能人的な政治家しか立候補できないし、しない雰囲気も。自民も民主が候補者難に陥っているのは、これが壁になっている。東京こそほどよい大きさへの自治体を分割することが必要なのではないかとさえ思う。

●そんなかたちでしか人しか知事に選べないし、選ばない東京都民である政治学や行政学の研究者が、したり顔でほんとうの田舎の自治体を説教したりしているのを見ると、正直、片腹痛いと思うことがある。

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2011.03.20

3/20 議論無き統一自治体選挙は無効ではないか

近隣市の選挙の打ち合わせに出かける。災害で有権者に政策を訴えさせてもらえない状況嘆き合う。それと若い新人が出てこなくなってしまった。

●統一自治体選挙は、全国で2ヶ月程度延期できたらと思っている。
「選挙どころではない」という言い方があるが、その程度にしか選挙が位置づけられていないことが問題で、そんな状況で選挙をやって、政治家が勝手にものを決めたときに4年間の「住民の意思」の信託を受けたなんて言われることがどうも腑に落ちない。とくにこの災害によって、日本の社会や政治のパラダイムが変わるような予感がしている。そのときに、なんだかわけのわからない選ばれ方した政治家たちが、有権者より発言力のある政治システムの末端で物事を決めていくことがよいのかどうなのか、私には疑問に思っている。

●1995年の統一自治体選挙は、地震から3ヶ月経たタイミングだったので、自治や公共、政治の役割について改めて考えさせられ、議論を行う絶好の機会となった選挙であった。その後の活発な地方自治に関する議論のベースができあがった。
今回、地震から選挙まで1ヶ月しかなく、道府県議選が始まれば、政治活動規制や他の選挙運動規制がかかるので、政策論争がほとんどできない。
被災地はもちろんのこと、全国的に改めて災害を見つめ、自治や公共について議論して自治体を運営してもらいたいと思っているのだが、自治体首長・議員の候補者が全く政策論争がきないムードの中で選挙戦に突入し、自粛ムードの中でも頼み事できる人脈だけをたぐって「友達だろぉ、票入れよよぉ」ということしかできない選挙が4年間の有権者と自治体との契約となってしまう。これはよくないと思う。既成政党と組織を持っている人しか出てこない。
したがって全国の統一自治体選挙が2ヶ月程度延期できたらと思っている。そのことで権力バランスが変更になるということはないだろう。

●西岡参院議長も、全国の統一自治体選挙の延期を主張しているが、これが政界的には逆効果になっていたという話を聞く。一方、片山総務相が地方自治の権威みたいに扱われているので、このコントラストの中で、統一自治体選挙の延期は被災地だけになってしまったということなのだろうか。政治家はそんなに有権者と議論したくないものなのだろうか。

●北海道の自民、民主、公明、共産が協議し、共産党以外の3党は選挙運動を一部自粛する申し合わせをしたようだ。共産党も一部留保するかたちで、一定の自粛はするという。
選挙というのは、政策を訴えて、政治家を信任していく作業なのだが、議論が論戦がないまま選挙だけを実施するというのは、1939年、1942年の総選挙以来である。そういうことの持つ意味がなんなのか考えるべきである。

●もちろん選挙カーと名簿の○×点検しかしない選挙運動をまたやるというだけでは、「選挙どころではない」と言われても仕方がない。

●もちろん、災害復旧支援に人を割かなくてはならない自治体が、選挙事務をやっていられるのか、という問題意識もある。

●この選挙の会合に出て、熱心な読者に遭遇。ありがたい。またかつて一緒に選挙をたたかった仲間から「あんたが来たら勝利は見えた」なんて言葉をいただく。たまたまのジンクスかも知れないが、ありがたい。後方支援に努めたい。

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2011.03.19

3/18 原発事故雑感

原発事故が終息しない。埼玉県に多くの避難者がやってきている。市民のレベルでも支援の活動が始まるらしい。

●今回の地震を受けて、地方交付税制度の存在そのものを何かと批判する東京の文化人や評論家に対して、少し冷静な議論を求められるのではないかと思う。
今まで東京が東北を養っているんだという論調で地方交付税や地域主権が語られてきたが、原発の事故、入ってこない米や野菜、組み立てられたな自動車などを見て、東京は東北や新潟、長野などと相互依存関係にあったんだということを改めて認識させられた。

●テレビに出てくる物理学者や原子力専門家たちのコメントがひどすぎる。自分たちの食い扶持をつぶされたくないのか、いつも楽観論や事実の断片を過小評価して、詭弁を弄している。

●福島県の日本共産党が、2007年に福島原発の津波被害について予見し批判していることが話題になっていて、紹介した人たち同様、私はこれを高く評価したいと思う。
しかしだからとってこのことを「さすが共産党」「共産党ならでは」などと過大評価する人も多いが、20年前の共産党の主張を検証すれば、そう単純な話ではない。
日本共産党は、21世紀に入ってこそ原発に批判的なスタンスを取っているが、チェルノブイリ原発事故を発端とする1980年代後半の反原発運動に対しては非科学的と批判した。その立場は科学崇拝である。原子力の平和利用を理由に推進派だったことを忘れてはならないと思う。反原発を訴えていた日本社会党と差異化を図り、距離をおいていた。
ではいつ共産党はエネルギー政策を自然エネルギーにシフトして原発に消極的な姿勢を示すようになったのか、
それが疑問だ。
左翼政党は、基本的政策を転換するときには激しい議論が行われ、時として組織内の対立まで起きるような種類のものだが、日本共産党の原子力政策についての路線変更が全く不明確であり、痕跡もなくなっている。
共産党だから、社会党だから、なんでも反対、反日勢力みたいな先入観が、今日のこの対応について共産党を過大評価している傾向がみられるのは、反原発運動を共産党にくさされた立場からすると、いささかおもしろくない。

●朝霞市議会の一般質問について、読者の方から事実関係を教えていただく。
一般質問については現時点で中止して、4月中旬に改めて議会を開き一般質問だけ行うということで確認したという。議案についての審議は質問も含めて行うということで、私の情報確認ミスでした。反省いたします。4月の議論を期待します。
どうもこの情報を流したのは、議運を欠席した会派ではないか、とも教えていただいた。
事実の取り違いについては反省だが、一方で自治体議会が行政の問題点を指弾し市職員を問いつめるスタイルだけではなく、議員どうしの議論を通じて自治体における立法機能を果たしてもらいたい、と思っている。その機能が発揮されていれば、地震が来ても議会を開き続けなくてはならないという議論になっていくのではないかと思う。

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2011.03.16

3/16 計画停電のやり方について考えること

日頃の準備不足を安全圏にいる我々が買い占めをすることによって、物不足に拍車をかけて被災地への物の流れがさらに滞らせることはやめてほしい。

●こんなときに「合成の誤謬」なんて言葉を使ってよいものかと思うが、ややそんなことを感じる。

計画停電の必要性は理解できるが、もっとも公共性の高い電車への通電をやめることで、結果としてガソリンの浪費が行われている。これは被災地のガソリン不足に拍車をかけている。停電を実施して、その一方でもっと大きなエネルギー浪費が行われているなら、やり方が完全に間違っている。
同じようなことが、乾電池、使い捨てカイロ、ペットボトルの水についておきている。

マイカーが増えれば当然渋滞がひどくなり、そのことで物流が滞る。物がなくなるの悪循環が起きる。そのことは声のでかい首都圏の人が最も被害が少なくなり、被災地への物流が犠牲になる。

●計画停電をするならするで、きちんと方針を貫徹しないと、停電はどうせ起こらないという見込みで行動する人が増える。事故のもとである。管理組合役員をしていてエレベーターへの閉じこめが起きないか、不安でいる。余った電気は、医療機関や公共施設、信号設備、電車など、生命や公共性で優先度の高いところに配電するべきではないか。特定の施設や設備だけ通電させるのは技術的にできなかったり、労力がかかるのかも知れないが。

●計画停電や原発をめぐる情報の取り扱いで、お役所仕事の度合いでは、東電に勝るものはない、と実感した。むしろそうした批判をこれまで浴びてきた自治体の方が、東電の流す実態不明の情報をもとに計画停電の実施などについて相当頭をひねって工夫して情報を流している。しかし、そうした努力を各自治体職員がそれぞれで頭をひねってやっていることは無駄ではないか。東電が自治体職員と同等の努力をすれば何百もの自治体職員が無駄な労力を使わずに済む。

●通勤電車を動かすことは重要だと思う。一つは、首都圏に住んでいる労働者を生産活動に戻して、経済活動を復活させないと、被災地を復興させるだけの体力を失う危険性がある。一つは、多数派ではないが少なくない数、ふだん日中働いている人が通勤できずに家にいることが、買い占め等の行動に走らせているような気がしている。少し遅れて出勤したら、夫婦連れで大きなビニル袋を抱えて歩いている人が多い。通勤している人も無理な通勤でほんとうに疲弊している。戦争末期、電車の中での日本人がみんな疲れて下向いていたというルポルタージュを読んだことがあるが(出典失念)、そんな雰囲気である。

●こうした混乱状況に際して、証券取引所を開設しているのがいいことなのかわからない。株価を下げて、さらに社会に破局をイメージさせるようなムードづくりをしてしまう。それと統一自治体選挙は全国で延期すべきである。地震被災地や原発災害への心配とそれに伴う情報でめいっぱい、市民生活は計画停電の情報確認に追われ、政策論争が「不謹慎」な事態になっている。その状態でどのように公職を選ぶのだろうか。インディアンポーカーみたいな選挙は民主主義の主旨に反し、やるべきではない。

●朝霞市議会が震災で一般質問を中止と。市職員の足手まといになるからということらしいが、非常時に役に立たない行動しかできない存在と自覚しているなら、自治体議会なんか解散してしまえ、と思う。職員に足手まといになるような議会習慣ばっかり作って、利益と交換ばかりしてきたからこんな判断になっているのだろう。議員どうしで何ができるか、問題はないか議論すればいいことではないか。何もかも市職員に答弁を求めるから行政の足手まといにしかならない。開くのが不適切というなら、延期すればよい。戦時中がそうだったが、議論もしないで議案を採決するための議会なんて、自らの存在意義を否定するものだ。
少なくとも、議会としての本分を発揮できないなら、一般質問中止に賛成した議員は、市役所の震災対策が終わるまで、議員報酬を全額返上して被災地に寄附でもしてくれ、と思う。
どうせこんなことは与党会派からの判断だろうから、そうなれば富岡市長も、議会対策がいならなくなった職務の分は報酬を返上すべきだろう。

●我が家が計画停電でどのグループに属しているのか未だにわからない。自宅で使っている電気にたいしたものはないのでよいのだが。

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2011.03.14

3/14 計画停電続報

東京電力(株)から、市内の計画停電地区の情報を入手しましたので、お知らせします。なお、計画停電の予定については、ブロックごとに実施されますが、本市は第1、第3、第4グループに分けられています。

3月14日(月)の実施予定
第1グループ 6時20分~10時、16時50分~20時30分
第2グループ (朝霞市は含まれていません)
第3グループ 12時20分~16時
第4グループ 13時50分~17時30分
第5グループ (朝霞市は含まれていません)

「計画停電一覧(朝霞市分抜粋)」
計画停電は、変更となる場合がありますので、目安としてください。

停電対象となる地域(住所)は、目安であり実際とは異なる場合があります。

○第1グループ
 岡3丁目 宮戸3丁目 幸町2丁目 溝沼7丁目 根岸台3丁目 根岸台7丁目
 三原1丁目 西弁財1丁目 泉水1丁目 大字下内間木 大字上内間木
 仲町1丁目 朝志ヶ丘3丁目 東弁財2~3丁目 本町1丁目

○第3グループ
 栄町1~5丁目 岡1~3丁目 宮戸2~3丁目 幸町1~3丁目
 溝沼1~7丁目 根岸台1~8丁目 三原1~5丁目 西原1丁目
 西弁財1~2丁目 青葉台1丁目 泉水1~3丁目 
 大字岡 大字下内間木 大字溝沼 大字根岸 大字台 大字膝折 大字浜崎 
 仲町1~2丁目 朝志ヶ丘1丁目 朝志ヶ丘4丁目 田島1丁目 東弁財1~3丁目
 膝折町1~5丁目 浜崎2~3丁目 北原1丁目 本町1~3丁目

○第4グループ
 岡2丁目 宮戸2丁目 溝沼7丁目 三原3丁目 朝志ヶ丘4丁目

●東上線が運休を予告。西武鉄道がかなり大規模に運休するので、同規模なら、朝霞に電車は来ないかも知れない。

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2011.03.13

3/14 朝霞市の部分(輪番)停電

東北関東大震災の罹災にお見舞い申し上げます。

●ようやく見えてきた計画停電。送電線別ということで、素人にはなかなかわからないようだ。2ないし3グループのそれぞれ幅広い時間帯のどれかになるというのはほとんど動けない。

東電の公表した資料
朝霞市の大半は第1グループか第3グループ、これに岡の一部、溝沼の一部、朝志ヶ丘の一部、三原の一部が第四グループとなるようだ。確定しているのは、大字台、西原、大字根岸、大字浜崎、田島、青葉台が第3グループだが西原以外は、人口の少ない地域で、やはり大半の朝霞市民はどの時間帯になるのかがよくわからない。

これにグループ別停電時間
第1グループ 6:20~10:00 16:50~20:30
第2グループ 9:20~13:00 18:20~22:00
第3グループ 12:20~16:00
第4グループ 13:50~17:30
を重ねると、朝霞市では第1グループの終了から第2グループの開始、10:00~12:20だけが安心して電気を使える時間帯だということのようだ。22:00~6:20も大丈夫なのかも知れない。

●今夜は徹夜かなぁ。

●まだまだわけのわからない情報の出し方なので、正確には改めて東電のホームページで確認してください。

●もう、IHや電気自動車が環境にやさいしいなんて妄言はこの世から無くなるのだろうなぁ。

●マンションの管理組合として、罹災地への支援募金を始めることを決めました。遠くの私たちが何ができるかわかりませんが、とりあえず、最初の一歩です。

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2011.03.10

3/10 県議選に田辺淳が立候補へ

県議選に朝霞市議の田辺淳が立候補するという情報。

基地跡地の国家公務員宿舎建設を争点となるべき朝霞市長選挙を、身内の小政治を行ったために候補予定者が辞退するようなことになってぶちこわし、その政治責任をごまかすことを続けて、よく立候補すると思う。
1/22 現職批判派が自滅した朝霞市長選挙

また4年前も県議選でもそうだったが、半年後の市議選のための売名行為としての意図を感じ、非常に不愉快な思いをしている。

●彼については北朝鮮体制の擁護派という情報もある。

●都知事選で、民主がみんなの党候補に相乗りを検討。小泉構造改革を批判して取った政権の正当性を問われる事態だ。

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2011.03.08

3/7 板橋区で日本社会党について話す

昨日、板橋茶論という、板橋区を舞台にゼミのようなお茶の間懇談会のような場で、日本社会党についてお話をさせていただいた。思い入れだけで文献を漁ってきただけの私にそんな機会が与えられるのは、大変恐縮しながら、何度もレジュメを書き直して臨んだ(最近全般的に書き物に自信がなくてそんなことが繰り返されている)。また東京で一番まともな社民党の人間関係が残っている場所でもあり、ややおそるおそる出かけた。

私の先に、千種さんというニュースステーションのプロデューサをされていた方が持ち込まれた「日本社会党五十年史編纂委員会」という15分の特集の映像資料を紹介していただいた。長年社会党の資料漁りをしてきた私にとって、心の琴線に触れるような、言葉や登場人物が続いた、とてもよい史料であった。

続いて私の話になって、社会党をふりかえる視点として、①対抗政党のあるべき姿をさぐり政治システムを再生させる観点、②民主党の組織文化を理解するため、③社民主義の正確な再興という観点、④社会党への誤解を解く、という4つの理由を挙げ、自分史から西欧社民主義の確信、選挙での修行、民主党という展開に対する接近と失望を話した。
また、社会党が衰退した原因を、政権を取るという主体的意思の欠如、社民主義に不可欠な福祉、雇用労働、経済政策に関する関心のなさなど知的能力の低下、③組織のイノベーションができなかった問題、④国民が社会党に期待した政権交代とあまりにも清らかな理想主義という相矛盾するもののジレンマ、などを示した。
そして新自由主義の矛盾が噴出する中で社民主義的な施策が期待されているが、社民主義に対するきちんとした認識、社民主義という立場に立脚した施策展開が行われないと、政党内だけでも損得論だけの政策論議による混乱が繰り返されるのだろう、特に税と社会保障の一体的な見直しをしようとするときにきちんとした考え方がないと、揚げ足取りの攻撃に耐えられないだろう、と話し、最後に江田三郎「日本の社会主義」を紹介し、この本に書いている日本社会の改革の提言は、今の新自由主義の混乱の果てに必要とされていることばかりだ、と結んだ。

参加者からは、消費税増税にどう考えているのか、や、村山政権での安全保障政策の転換についてどのように評価するのか、民主党の混乱はどんなふうに収拾できるのか、などおもしろい質問や意見が飛び交い、それなりの視点を提供できてよかったと思っている。

●あまりにも愉快なひとときで、打ち上げで飲み過ぎて、終電で帰宅、居間で寝てしまい、寝所に入らずに寒い夜を過ごす。

●日本社会党の限界というのは、日本の組織の多くの反主流派にありがちな弱さのあらわれではないかと感じている。最近下野した自民党を見ても、地域社会の諍いでも、結局日本社会党的な体制批判をしている。

●参加者に、7年前に勉強会で同席して非常にまともな考え方の人だと思った小山ひろゆきさんが参加されていて、意見交換できたことがよかった。今度、板橋区議選に挑戦する。

●主催者がレジュメを渋谷修さんに持っていくという。社会党の支持組織で長年中小企業の経営者とともに奮闘されてきた方に大した活動もしていない私が偉そうに書いたことがどのように評価されるのか、緊張している。

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2011.03.07

3/7 つまらない揚げ足取りに明け暮れる自民党のダメさ

好きでない前原外相だが、今回の外国人献金問題で辞任する必要があったとは思えない。自民党は、違法、違法とねちこく迫っていたが、成り行きを聞けば通常に政治家が払うべき注意を越えていたのではないかと思う。過失や違法性阻却という考え方になっていく要素を持っている。

さらには、外国人献金を禁止している理由というのは、国の買収を防ぐ意味があるのだと思うが、今回の献金主は、主権を侵害するような政治的意図は明らかになく、違法による実害はほとんどなかった。むしろ今回辞任によって追い込んだ国益の侵害の方が大きい。

最近、政治家どうしがつまらないネタで首を絞め合う光景が続いている。民主党が野党時代にやったことだが、それ以上に野党になった自民党のやり方の質が低い。そういうことをするのが国益にかなうのか。あのさんざん抵抗政党として馬鹿にされている日本社会党でさえ、こんなことで自民党をひっかけたりしなかった。本筋のところで与野党の論戦や国会闘争に取り組んでもらいたいものだ。

自民党は解散に追い込もうとしているのだろうが、解散したところで参議院の構成は自民党も過半数を取れない状況。自民党と民主党が入れ替わるだけである。

●追及の発端となった西田昌司参院議員(自民党)は、選挙区内の焼肉屋に前原氏のサインがおいてあって調査したら今回の問題が出てきたといっている。選挙区内の店にはいって、「この店は×××だ」なんて内心思ってメシ食べているわけで、非常に下品で差別的な人物だということがわかる。またきちんとした政策活動をせず、国籍が日本であれば選挙区の有権者かもわからない人の足回りを嗅ぎ回っているというわけで、こんな政治家が民族主義者ぶって国益を騙っているところが、焼きが回っているとしか思えないのだ。

●こういうくだらない政治の行き着く先はファシズムである。そうなるよりは、そろそろ民主主義なんかやめて、議会は解散、議員はクビ、徳川様でも奉って、封建制に戻した方がいいんじゃないかと思うこともある。日本の政治なんて土地持ちの親族の不動産利権をめぐった道楽だもの。朝霞の県議選の某候補の三連ポスターなんか見ているとそう思う。

●在日韓国人の少なくない人が日本名を名乗っている(これは戦前のお国が与え賜うたものでもある)。そういう人が、献金を持ってきて、きちんとした手続きで公開された政治献金として届け出たら、どうやってチェックするのか。献金を持ってきた人に「まさかあなた×××じゃありませんよね、戸籍抄本見せてください」なんてやるのか。馬鹿馬鹿しい話である。
外国からの違法献金といったときには、かつてコミンテルンが日本共産党の再建の度に今でいう億単位の金を供与したようなことや、CIAが某党の莫大な結党資金を供与したとか、そういうことじゃないのかね。焼肉屋のおばちゃんによる内政干渉の意図もなければ組織性もない献金など、取り締まる意味はほとんどない。

●こんちくしょう、新自由主義の民主党なんかに投票してやるかと思っても、自民党って結局こういう民族主義的な揚げ足取りで勝負しているところが信用ならない。

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2011.03.03

3/3 議会に厳しい視線が注がれる中、議会改革を否定しつづけた県議候補はどうする

NHKの朝のニュースでも夜のニュースでも議会改革が毎日報じられている。地方分権真理教をまきちらしながら、そのための肝心なインフラについて議論を無視して報じてこなかったマスコミが自治体政治を劣化させてきたと言ってよい。国政選挙と自治体選挙の投票率の差はそれを物語っている。
でも、今からでも、こうして報じてくれるのはありがたい。

●こういう機運になって、選挙は11月だが、議会改革の請願を否決し、議会改革について議論してこなくて、お茶を濁すような改善しかしてこなかった朝霞市議会。
現職議員たちは覚悟しておいた方がいい。とくに提出の都度議会改革に後ろ向きの答えをしてきた進政会9人、明政会3人の合計12人は次の市議選できちんと責任をとってもらえたらと思っている(市議会議員名簿・公明党は提出の都度対応が変化しているので一概に批判はできない)。
今回、4月の県議選に朝霞市議会の進政会の重鎮議員が立候補を表明している。議会改革が言われ、自治体議会が働いていない、と批判されている今回の選挙の中で、さんざん市議会の改革を否定してきた人がよく立候補表明したものだと思っている。

●もう一人、議会改革に否定的な明政会の市議3人に応援を受ける「無所属」民主推薦の現職の県議候補予定者がいる。

●都内の区議や、新座市や和光市の市議と違って、駅頭活動はしない、議会報告は配布しない、議会報告会はやらない、議会広報に議案に対する賛否を公表しない、基地跡地の公務員宿舎建設の問題のように市長の重点施策は議決事項でないなどとわけのわからない論理を持ち出して審議しない、そんな市議会に存在価値は見いだせないだろう。もっとまちのこと考えてもらいたいし議論してもらいたい。市民と一緒に考え議論する場を作ってほしい、そんな思いがいつになったら届くのだろうか。

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3/2 朝霞市の地域福祉計画の仕事が実質終了

ちょうどこのブログの年数と同じだが、計画策定の2年、計画推進の5年、朝霞市の市民委員として務めてきた朝霞市の地域福祉計画の委員、実質今日をもって終了となった。

この3月までの現計画は、前市長が推進した、情報公開と市民参加の流れのもとで策定した計画で、当時朝霞市が挑戦した、フラットな市民参加のもとで作られ推進されようとした地域福祉計画だった。
私もコンサルタント主導の市民参加に反発し、市民の手作りの計画とするよう、生まれたばかりの赤ん坊を抱えながら市役所に毎週通い、計画文を書いた記憶がある。そのときに柔軟に対応してもらった部長以下の市の職員やコンサルタントの担当者には非常に感謝している。
私は、①のちに2007年頃から流行しだした反貧困・生活支援的な考え方を先取りした考え方、②福祉の市場化から利用者を守る視点、③地域というと自治会・町内会と発想を直結する思考法を変えたこと、④福祉を必要とする人を福祉事業者との関係ではなくて一連の生活という視点で捉えたこと、などに注意して計画文を作っていった。ヒアリング先も、スーパーやタクシー業者など入れてもらった。

策定から5年の計画期間は正直、うまくまわらなかった。成果は、障害者の就労支援センターの立ち上げに当事者のご家族が相当な力を入れて関わって、通り一遍のセンターにならずに済んだことと、在宅医療や、家で死ぬという価値観を立ち上げられたことではないかと思う。福祉オンブズマンがずっこけてしまったことは、返す返すも残念なことだと思っているし、買い物や生活環境の改善のようなこともやりたかったと思う。

うまくまわらなかったことはいくつか理由がある。計画文作成の最終段階で、朝霞市の態度が硬直的になり、計画文の若干の揺り戻しがあったのと同時に、推進方法について大幅な修正がかけられたことである。推進方法について、市民と市役所の協働の関係が重なる部分が小さくしかないものという位置づけにされて、役割分担論が強調され、市役所のことに口だしするな、市民が責任をもって計画推進せよ、という推進体制になったことだ。折しも市長が富岡氏に替わった頃だ。市と市民の関係がパートナーシップから協働という言葉に変わった。

その結果、市役所は従来どおりのこなしとして仕事をし続け、先取的な福祉の取り組みは市民の責任と位置づけられて、その後の推進委員会の市民委員は過大な責任にさいなまされることになった。市民委員の行動や活動に対する市役所の予算がゼロであったことはそのことを如実に物語っている。自然保護などを行っている市民運動に恒常的に予算が投下されていることと対照的である。

またこの計画が策定された頃は、「新しい公共」を過大に持ち上げる今と状況が良く似ていて、福祉の必要性は高まっているのに、公的な福祉は後退していくという状況の中で、無邪気に市民の自発的活動を持ち上げられた時期で、福祉の公的責任があまり顧みられなかった時期であった。

また国が音頭を取った地域福祉計画を作れというコンセプトにも問題があったのではないかと思う。
人によっては公的福祉の行政改革プランみたいにとらえるし、人によっては町内会・自治会の復活みたいにとらえるし、人によっては総合福祉計画としてとらえるし、そのまちまちな価値観のところに、地域の市民活動を活発にして福祉力を高めようとか、市民社会にあった人権に留意した福祉にする仕組みを作ろうとか、福祉にまつわる様々な改革指向が取り込まれた。その上、策定手法については市民参加が望ましいとされ、一方でこうしたことに対応できるコンサルタントが少なく、迷惑施設を作ってきた公共事業コンサルタントが乗り込んで市民参加をやるから話が混乱し続けた。市民も十分に人権意識が醸成されているわけではないし、当時は根強い自己責任論をとうとうと語る地域の有力者もいたりして、いったい何のための誰のための計画を作るのか、というコンセプトがわかりにくかったのではないかと思う。計画策定、推進の立ち上げのときに、いつもこの議論に戻ってしまって、中身の話になかなかいかないことにもどかしさを感じ続けた。

最後に市職員で、推進段階になったら、担当課の管理職がほとんど市民委員会に出席しなくなった。課長が聞くまでもない話だと位置づけられたのだろう。そんな中で、障害者の就労支援センターの取り組みなどは、担当した市民委員はほんとうに苦労した。書かれた計画を実践すればお金をそんなにかけずに先取的な福祉行政を展開できたと思うし、それは市職員の自己改革につながっただろうと思うと残念である。隣市と比べると福祉行政の質は高まらないままだ。

新たしくこの4月から始まる新計画は、パブリックコメントと数人の公募委員によるチェックだけが「市民参加」という行政・コンサルタント主導で作られ、生活支援みたいな発想は後退するし、地域と言えば町内会・自治会の話に戻ってしまうし、福祉利用者の人権の課題はほとんど顧みられてないし、福祉事業者以外にとっての福祉について視点はあまりないので、私の入れ込んできたものはすべてご破算になった。残念だが、しかしこれが朝霞市の市民や市役所の現時点の実力なのだろうと思う。

今回の市民委員会の終了をもって、朝霞市から志願したフラットな市民参加で意思決定や行動を行う行政の委員会はすべて終了しなくなった。パブリックコメントと一部の少数公募委員による政策策定がすべてになり、朝霞市の行政での市民参加は後退したままとなるのだろう。
自治体は誰のもの、改めて考えざるを得ないところにきている。

●障がい者の就労支援ということをみんなで考えたときに、私が繰り返し使った言葉が「就労・社会参加」という言い方だった。就労して十分な生産性を上げられない障がい者が、自己責任論をふりかざされて、肩身の狭い思いをする社会はイヤだからだ。あわせて、一方で、労働基準法なんかがじゃまで低い生産性にあわせた低い報酬でいいんだという議論もあったが、そういうことが障がい者雇用を食い物にする悪徳経営者があとをたたない問題も抱えている。障がい者や支える人にとって、就労自体が障がい者の目的ではなくて、金にならないことも含めて社会に何らかの公認される場所があることが大切なんだ、という意味で「就労・社会参加」とワンセットで使ってきた。これは地域にいる専業主婦・夫や退職者にも言える。就労や起業ばかり求めるのではなくて、家庭や自分でないところに公認される居場所があるということが大切ということだ。

そんなことを振り返っているときに濱口桂一郎さんのブログに「貧困の社会モデルまたは労働市場のユニバーサルデザイン化」という記事が出ていて、こんなことにいつもぶちあたっていたなぁと思っていた。

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2011.03.01

2/28 素人によるつまんねぇ技術論の横行の問題

日本の政策談義の特徴について、dongfang99というブログの「わかりやすい説明」という記事で解説しているのが興味深い。

 自分の印象では、日本の有権者は「わかりやすさ」に安住しているようには見えない。テレビやネットなどを見ていても、国債とか消費税とか年金とか、専門家にとっても難しい専門的な話を、非常に真面目に考えようとする意欲的な姿勢が強いように思われる。だから、むしろ逆に、この生真面目さこそが、現在の日本の政治的混乱の大きな背景にあると考えたほうが自然ではないだろうか。

 例えば、財政政策で言えば、まず「緊縮財政」か「需要創出」かという、「わかりやすい」話からはじめるべきところを、消費税の逆進性がどうのこうのとか、そういう難しい話にいきなり入ってしまう傾向がある。そんな専門家ですら容易に決着のつかない問題で国民に頭を使わせるよりも、再分配において「大きな政府」か「小さな政府」か、政治哲学において「リベラル」か「保守」かといったぐらいの、中学生にでも了解可能な、単純で「わかりやすい」対立軸のほうが、政治的にははるかに健全で生産的である。


まったくその通りで、生産的でざっくりした話ができないで、素人が細論や技術論に入り込んで、政治家を巻き込んで揚げ足取りみたいなことを始めるので、長妻昭のような無能な人間が「首相になってもらいたい人」として政治業界ではびこってしまうし、小沢一郎が相矛盾する連合と減税日本を手玉に取って、社民主義にルーツを持ちながらアメリカ帝国主義の手先になっている菅直人を叩いているようなわけのわからない状況が生まれる。

また、そうした細論での揚げ足取りを始めるから、結局は何か既得権益を守ろうとしている魔物がいる、という話になって、公務員バッシングをしたり、有権者でもない在日韓国・朝鮮人を敵視してみたり、日教組や自治労をことさら悪者のように描いてみたりして、一時の溜飲を下している。しかしその下した溜飲というものは全く意味も効果もないので、大きなざっくりとした国民がすべき判断のところでは、ぐるぐる同じところを回っているだけで一向に進歩しないでいる。
一方で、善なると決めつけたものには一方的な思い入れを抱き、考え方が違うのに坂本龍馬気分になって、しきりにくっつけようとしたがることも政治や社会の停滞の原因でもある。むかしテレビに出ている政治家がみんな改革派のように思えて、イデオロギーも立場も考えもせずに、テレビに出ている政治家が糾合して社会改革をしてほしいみたいな議論があったように。

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