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2011.03.03

3/2 朝霞市の地域福祉計画の仕事が実質終了

ちょうどこのブログの年数と同じだが、計画策定の2年、計画推進の5年、朝霞市の市民委員として務めてきた朝霞市の地域福祉計画の委員、実質今日をもって終了となった。

この3月までの現計画は、前市長が推進した、情報公開と市民参加の流れのもとで策定した計画で、当時朝霞市が挑戦した、フラットな市民参加のもとで作られ推進されようとした地域福祉計画だった。
私もコンサルタント主導の市民参加に反発し、市民の手作りの計画とするよう、生まれたばかりの赤ん坊を抱えながら市役所に毎週通い、計画文を書いた記憶がある。そのときに柔軟に対応してもらった部長以下の市の職員やコンサルタントの担当者には非常に感謝している。
私は、①のちに2007年頃から流行しだした反貧困・生活支援的な考え方を先取りした考え方、②福祉の市場化から利用者を守る視点、③地域というと自治会・町内会と発想を直結する思考法を変えたこと、④福祉を必要とする人を福祉事業者との関係ではなくて一連の生活という視点で捉えたこと、などに注意して計画文を作っていった。ヒアリング先も、スーパーやタクシー業者など入れてもらった。

策定から5年の計画期間は正直、うまくまわらなかった。成果は、障害者の就労支援センターの立ち上げに当事者のご家族が相当な力を入れて関わって、通り一遍のセンターにならずに済んだことと、在宅医療や、家で死ぬという価値観を立ち上げられたことではないかと思う。福祉オンブズマンがずっこけてしまったことは、返す返すも残念なことだと思っているし、買い物や生活環境の改善のようなこともやりたかったと思う。

うまくまわらなかったことはいくつか理由がある。計画文作成の最終段階で、朝霞市の態度が硬直的になり、計画文の若干の揺り戻しがあったのと同時に、推進方法について大幅な修正がかけられたことである。推進方法について、市民と市役所の協働の関係が重なる部分が小さくしかないものという位置づけにされて、役割分担論が強調され、市役所のことに口だしするな、市民が責任をもって計画推進せよ、という推進体制になったことだ。折しも市長が富岡氏に替わった頃だ。市と市民の関係がパートナーシップから協働という言葉に変わった。

その結果、市役所は従来どおりのこなしとして仕事をし続け、先取的な福祉の取り組みは市民の責任と位置づけられて、その後の推進委員会の市民委員は過大な責任にさいなまされることになった。市民委員の行動や活動に対する市役所の予算がゼロであったことはそのことを如実に物語っている。自然保護などを行っている市民運動に恒常的に予算が投下されていることと対照的である。

またこの計画が策定された頃は、「新しい公共」を過大に持ち上げる今と状況が良く似ていて、福祉の必要性は高まっているのに、公的な福祉は後退していくという状況の中で、無邪気に市民の自発的活動を持ち上げられた時期で、福祉の公的責任があまり顧みられなかった時期であった。

また国が音頭を取った地域福祉計画を作れというコンセプトにも問題があったのではないかと思う。
人によっては公的福祉の行政改革プランみたいにとらえるし、人によっては町内会・自治会の復活みたいにとらえるし、人によっては総合福祉計画としてとらえるし、そのまちまちな価値観のところに、地域の市民活動を活発にして福祉力を高めようとか、市民社会にあった人権に留意した福祉にする仕組みを作ろうとか、福祉にまつわる様々な改革指向が取り込まれた。その上、策定手法については市民参加が望ましいとされ、一方でこうしたことに対応できるコンサルタントが少なく、迷惑施設を作ってきた公共事業コンサルタントが乗り込んで市民参加をやるから話が混乱し続けた。市民も十分に人権意識が醸成されているわけではないし、当時は根強い自己責任論をとうとうと語る地域の有力者もいたりして、いったい何のための誰のための計画を作るのか、というコンセプトがわかりにくかったのではないかと思う。計画策定、推進の立ち上げのときに、いつもこの議論に戻ってしまって、中身の話になかなかいかないことにもどかしさを感じ続けた。

最後に市職員で、推進段階になったら、担当課の管理職がほとんど市民委員会に出席しなくなった。課長が聞くまでもない話だと位置づけられたのだろう。そんな中で、障害者の就労支援センターの取り組みなどは、担当した市民委員はほんとうに苦労した。書かれた計画を実践すればお金をそんなにかけずに先取的な福祉行政を展開できたと思うし、それは市職員の自己改革につながっただろうと思うと残念である。隣市と比べると福祉行政の質は高まらないままだ。

新たしくこの4月から始まる新計画は、パブリックコメントと数人の公募委員によるチェックだけが「市民参加」という行政・コンサルタント主導で作られ、生活支援みたいな発想は後退するし、地域と言えば町内会・自治会の話に戻ってしまうし、福祉利用者の人権の課題はほとんど顧みられてないし、福祉事業者以外にとっての福祉について視点はあまりないので、私の入れ込んできたものはすべてご破算になった。残念だが、しかしこれが朝霞市の市民や市役所の現時点の実力なのだろうと思う。

今回の市民委員会の終了をもって、朝霞市から志願したフラットな市民参加で意思決定や行動を行う行政の委員会はすべて終了しなくなった。パブリックコメントと一部の少数公募委員による政策策定がすべてになり、朝霞市の行政での市民参加は後退したままとなるのだろう。
自治体は誰のもの、改めて考えざるを得ないところにきている。

●障がい者の就労支援ということをみんなで考えたときに、私が繰り返し使った言葉が「就労・社会参加」という言い方だった。就労して十分な生産性を上げられない障がい者が、自己責任論をふりかざされて、肩身の狭い思いをする社会はイヤだからだ。あわせて、一方で、労働基準法なんかがじゃまで低い生産性にあわせた低い報酬でいいんだという議論もあったが、そういうことが障がい者雇用を食い物にする悪徳経営者があとをたたない問題も抱えている。障がい者や支える人にとって、就労自体が障がい者の目的ではなくて、金にならないことも含めて社会に何らかの公認される場所があることが大切なんだ、という意味で「就労・社会参加」とワンセットで使ってきた。これは地域にいる専業主婦・夫や退職者にも言える。就労や起業ばかり求めるのではなくて、家庭や自分でないところに公認される居場所があるということが大切ということだ。

そんなことを振り返っているときに濱口桂一郎さんのブログに「貧困の社会モデルまたは労働市場のユニバーサルデザイン化」という記事が出ていて、こんなことにいつもぶちあたっていたなぁと思っていた。

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