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2011.01.03

1/2 通販おせちのトラブルから

新年おめでとうございます。よろしくお願いいたします。
しかし新年なのにまた社会のネガティブな問題からですみません。

●通販のおせちをめぐるトラブルが起きているという。納期が間に合っていないとか、中身がしょぼいとか、批判されていることは、どうもいたくごもっともなのだが、そもそものところで少し考えてしまう。

いろいろな事情がある人がいるので、おせちを通販で買うな売るなと言うつもりはないが、こうした問題は業者に問題はあるにしても、通販というものがどういう仕組みで成り立っているのか考えれば、消費者も、おせちという商品は相当にリスクの高い買い物だと認識して、それなりの覚悟をして買うべきではないかと思う。

通販おせちにあまりにもリスクが多い原因として考えられるのは、
①品物となって届けられるのは、大晦日から正月という、最も連絡がしにくく、返品、再送ということでも運送業者からしてスローペースになりがちな時期。また一斉に届けられるので、業者の苦情対応窓口がパンクしやすい。
②おちせという商品がトラブルを起こしやすい特性を持つこと。保存が効かない上、たくさんの材料、たくさんの食べ物の組み合わせで成り立っており、工程管理や商品管理でつまづきやすいこと。肉や魚など、流通量に限りがある材料で構成されること。
③通販という手段を取ることで発注量をコントロールできないリスクも大きい。過剰受注をしてしまっても、断りが完全にできない可能性が高い。
④消費者側と生産者側の間で、納品された商品と注文した商品とが同一なものか確認する手段がなく、発注イメージと納品イメージが水掛け論になりやすい。また、②に関連するが多品種を構成する商品であることから一部は完全にできない可能性も高く、その場合の消費者側の損害について許容限度なのか、瑕疵なのか、不明なままであり、事後処理しかできないこと。これは購入する側も、売る側も、相手に対してのリスクを抱えるということ。ずさんな納品と、この程度と思えるミスとの境目が不明確である。
⑤年に1度のイベントごとで必要なもので、買う側に過剰な思い入れがあること。
⑥ジャストインタイムみたいな仕事が当たり前になってきて、ジャストインタイムができない商品特性を持つものへの許容力がこの社会に失われていること。

ではないかと思う。一度でもおせちづくりに挑戦し、それを見ず知らずのインターネット経由の客から注文が来ただけ売るとシミュレーションして考えれば、他の通販商品との違いを想像できるのではないか。信頼する店でもおせちを購入するなどという危険を冒せない私は、とてもとても通販では、と思ってしまう。

札幌に海鱗丸という鮮魚の居酒屋があって気に入っていたがなくなったので、なぜ閉店をしたか追っかけているうちに通販おせちの失敗が原因だったことを知った。
海鱗丸を経営していた冷凍鮮魚の会社が、インターネット通販でおせちを始めた。しかし何かで紹介され有名になってしまい、インターネット経由の過剰受注を止められなかったために仕入れも製造も何もかも追いつかず、徹夜作業をしても納期が守れなかったし完全な品物を届けられなかった。結果、インターネットで叩かれ、補償と謝罪に追われるうちに、本業の冷凍鮮魚の仕事も傾いて経営に行き詰まってしまった、という事件があった。小泉政権下で努力する地方企業として表彰されたほどの技術を持っていたのだが。

納期を守れなかったこの会社に非があるものの、しかしそんなことで事業を傾けるほどの問題かと思ったものだ。通販でおせちを発注した人が、納期までに届かないことで何をもって窮地に追い込まれるのかがかわらない。会社に苦情を言い、事後処理を確認し、家族と苦笑すれば済む話ではないかと思う。
正月におせちが無いことについて、発注した人が家族の中で肩身の狭い思いをするような封建的な家なら、そもそも自分で作らないことの非が問われているはずだろう。

●また先日読んだブログ「コデラノブログ4」の「クリスマスの夜に」も似たような話があった。こちらは通販ではないが、人が落ち着きを失うよなうアニバーサリー関連の商品を売ることは怖い、と思う。
話はずれるが、もっとささやかで、手作りのアニバーサリーのあり方に戻すべきではないかと思う。アニバーサリーに過剰な思い入れを持つ感性は合わない。

●季節感も伝統もないと言われかねないが、私の家はおせちをやめている。いろいろな事情があっても立派にやり遂げているご家庭がいくらもあることは知っているが、苦行のようにやるのはやめた。年末年始をできるだけ静穏に過ごすために、最初に断念した部分である。

●何人かの友人と価値観を共有させているが、人々の幸福感を高めるためにも、年間行事的なアニバーサリーに負荷をかけすぎる生き方はやめよう。ケーキは近所の店のものをふだんから食べよう、日本の伝統色はふだんから少しずつ食べよう、そう思う。

●今回、問題起こした企業、外食産業の企画プロデュースで食べている会社らしいが、飲食店にこういう手合いが噛みすぎなのではないかと思う。全くいらないとは言わないが、小資本で起業できる見本の飲食店が、こうした何もかもシステム化していくような商売のやり方に変わることで、消費者は没個性的で無機質な関係しかない飲食店ばかりに取り囲まれていくし、新規参入の飲食業者が出にくくなる問題がある。

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