12/26 サービス業はがんばっても原資がなければ報われないことが多い
日本社会の構造問題を抱える3業種(金融・建設・流通)として流通業が挙げられ、改革せよ改革せよ、と絶叫される中で、すっかり小売業はじめとする流通業が味気のない魅力ない仕事場になってしまったなぁ、と感じることが多い。いったい何が改革されたのか、いったい小売りの現場は日々の改革ではない、構造改革的なもので何が幸せをもたらしたのか疑問に感じることが多い。
リストラでの低賃金職場化、コンピューターシステムによる統制での現場での裁量権限の縮小、過剰なサービス競争、そうしたもので現場が疲弊し、高齢化社会に対応する改革など本質的な改革が全然追いつかない。すっかり流通業は魅力のない就職先になっていて、先日お聴きする機会のあったあるスーパーの労働組合の委員長の講演の中でも、人材難が深刻になっているという話が出てきた。
サービス業の改革というのは、従来型の生産性向上の固定観念で語ると大間違いを起こすのではないかと感じてきたところ、
という記事に言い得ている。
生産性を上げるには、もっと少ないサービス労務投入量に対して、もっと高額の料金を頂くようにするしかありません。ところが、そういう議論はとても少ないのですね。
という考え方がないとならないのでしょう。
●八代尚宏氏や鈴木亘氏の保育所改革談義というのが、完全に1980年代の固定観念に完全に依存している。間違いだらけの保育制度改革の議論を進めた結果、誰も保育事業をやりたがらず、どれだけ規制緩和してみても思うように事業者が参入しないという事態にたちいたっている。
彼らの保育制度改革のベースにある考え方の問題は、製造業的な従来型の生産性向上の固定観念と、国鉄改革モデルの議論しかない民善懲公の固定観念が社会の生産性を上げるという固定観念に依存しているところだ。
だから議論がどこか幸せの青い鳥で、どこかにいるがんばった保育経営者がいれば、劇的に保育所の経営状況が変わり、結果的に利用者は安い保育料で、経営者はそこそこの収益を得て、労働者は給料が高くなるはず、と原資を考えないお花畑のような改革談義を平気でしてしまうのだろうと思う。
●小泉構造改革期のキャリア系女性に「がんばる人は報われる」「収入の低い男は努力不足」というような言葉が流通したが、なんかお気楽なこと言うなぁと思ったものだ。こうした感覚というのは、製造業全盛の時代の旧時代の感覚だったのだろう。自分のことを棚にあげて誰かが稼ぐという発想も。
●まぁ、スマイル0円ぐらいなら何の生産性も犠牲にはならないのですが、正月営業とか、定休日なしの営業は、明らかに負担になっているのだろう。昔の札幌市議会がやったように、正月営業の規制決議にあったように、便利さを立ち止まって考えるような、社会合意形成が必要だと思う。またかつて職住接近の地方都市で見られたように、昼休みや勤務時間中の外出の間に必要な買い物ができるような雰囲気も必要だ。
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