11/7 わけのわからない状況に翻弄される状況
先日、山口二郎氏の新著「ポピュリズムへの反撃」を読む。
これまでは政治の消極的選択で民主党を応援するのがベターと宣伝することが入っていた彼の著書から初めてこれが消えて、政治のメカニズムについて、その恐ろしさについて含めて書いている。
映画「実録・連合赤軍」の感想にふれつつ「総括せよ」などの、一般人にとって意味不明の言葉が持つ政治的魔力について述べられている下りが印象深い。
このくだりに関して、政治も、教育も、福祉も、非営利団体も、ひとたびガバナンスの危機がやってくると、意味不明の抽象的な言葉をお互いが言い合い、主導権争いが始まることが多い。一時NPOで起業が流行したが、新卒で政治や非営利団体に就職しない方が幸せだと思う。
●あるブログのコメント欄に「私は無能な人間に首相になってもらいたくありません。政治家としての資質としてはあくまでも「すること(すべきこと)」を遂行する能力を求めたいと思います。」というコメントを読んで、確かにここ数年、無能とは言わないまでも、無力な政治家がリーダーになり続けているた。焦れば焦るほどまたその無力さの傷口を広げていく。
状況対応が全然できなくて振り回されている。混乱に拍車がかかりがちな状況が悪いのか、本人の資質や能力育成が悪いのか、相互作用なのかは、実際のところよくわからないが、政治家は何もできない人の集まりというムードが覆い始めていることは、危ない。戦前の保守二大政党制の崩壊を再現しているかのようだ。
またアメリカのオバマ大統領の失速と非常に似た現象が起きている。あのティーバーティーのような因果関係がわからないような人たちが政治を支配するようになれば、社会の破局が近づいていることを感じてしまう。
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