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2010.10.24

10/24 必然性がいまいちわからない一人一票実現国民運動

趣旨はその通りなのだが、どうもすんなり賛成できない「一人一票実現国民運動
今においても選挙権に不公平があると、1票あたりの「人口」の不均等さを問題に挙げているが、今更、そんなに深刻な問題なのだろうかと思う。

まずつっこみから。
一票の平等は「有権者数」で数えるべき。人口ではない。
人口といっても国勢調査だったり、住民基本台帳だったり、さまざまな数字があり、国勢調査の回収率の低下という問題をあわせても正確なものではない。したがって、票というからには登録有権者数をベースにやらないと票の平等なんて言っても正確な話ではない。これは、この問題では数少ない書籍で、今から35年も前にこの問題に取り組んだ宮川弁護士の論文を読めばわかること。

私は高校のときにこの問題について論文を書いて、実際にシミュレーションしたが、今程度の定数と有権者数の均衡よりもう少し前に進ませることができても、ほぼ1対1にしていくのには比例代表制の全面導以外にないと結論づけた。
しかしそのことは、選挙における候補者決定権を政党にゆだねることになり、日本人の政治感覚からは違和感あるだろう。第一西欧のように、政党が社会の財産として認識されていないし、党員数も少ない中で、政党が全権的に政治を支配してしまう制度にはいまいち躊躇がある。

そうすると選挙区制度が残らざるを得ないが、開発途上国で採用されているような職域代表制を採らない限り、地域代表制とならざるを得ないし、そうであれば機械的に区割りすることなどまずもって不可能で、公選法に規定する郡市を単位に選挙区を構成するという考え方や、住民感覚が近い地域で選挙区を組み合わせていけば、自動的に定数不均衡は発生する。また都道府県境というやっかいな問題もはらむ。市の形が長い千葉県柏市など、選挙区組みの作業においていつも混乱要因になって、松戸市や市川市の選挙区分割まで影響が及んでいる。市を割れというのも、松戸市や市川市などで見られるように、今の衆議院議員選挙区で市が分割されているところは混乱気味だ。
完全な公平性を実現することで捨てるものを考えれば、許容限度というものを設けていくべきだと思う。

またこういう形式的に不公平を主張して、他の様々な価値を無視して簡素さやわかりやすい運用の一切、バイアスをを否定しようとすることが、新自由主義イデオロギーと類似していることを言い添えたい。

かつては農村(自民3社会1)と県庁所在地(自民2社会2)と大都市圏(自民2・公明・共産)で政党支持の構造が全然違っていたので、定数不均衡の是正をすると政党間の勢力比が大きく変化する問題もあったが、今日的には、ほとんど変わりはなくなり、メディア選挙が支配するようになって、定数不均衡による民意のバイアスはなくなったし、むしろメディア選挙と小選挙区制のバイアスの方が問題になっている。民主党やみんなの党のように候補者選定の党内手続きが簡素な政党の場合、候補者自身も、選挙区を選ぶ基準があまりなくなり、平気で簡単に引っ越しをしていく。

そういう時代になっている今、政治をきれいにする手段は定数不均衡は重大事ではない類の話になっているのではないかと思う。

●この国民運動の作った選挙区割りは丁目まで徹底していてすさまじい。郵便番号帳みたいなものなしに、有権者の紹介など受けられないことになる。

●何か今になって出てきている話がうさんくさい。本気で思っているなら1980年代にこういう運動をやっておくべきだったのではないか。しかも賛同人は宮内義彦とか、奥谷礼子とか、堀田力とか、多くが小泉構造改革系の文化人というのもうさんくさい。彼らはその頃、研究者か何かの時代で、政治や選挙なんてばかばかしいと突き放して自分のことしかやってこなかったんでしょうに。

●これは革新系の人の小選挙区制批判に対しても言ってきていることだが、選挙にもとづく民主主義というのは、投票集計の公正さは大事だけどももっとも価値を置くべきことではなくて、参加や意見表明権、政治を動かしているという実感、そしてそのためのわかりやすさということだと思う。そう考えると、集計マシーンとしての民主主義の機能は大事だけども矛盾してくる問題が出てくるときには、民主主義にとって何が大事かという観点で問い直すべきで、集計が公正でないとか、1人0.6票とか言うべきではないと思う。

●小選挙区制を採用する以上、理論的には最大3倍(平均有権者数の1.5倍~0.5倍)の格差はどうしても出やすい。つまり0.3333票までは格差がつきやすい。今は議員の選挙区の既得権益がなくなり、かなり柔軟に選挙区の線引きを直せるようになったから、プラスマイナス33%で何とか2倍以内に抑えられる(実際には各県基礎数1があるので2倍を超える)。0.6票なんて、かなり努力している方だと思う。さらに比例代表で選ばれる議員も4割近くいて、定数不均衡は投票率と惜敗率の論理でそれなりに緩和できている。

●ではもっと柔軟に定数是正のできそうな中選挙区制時代には、選挙区の線引き変更が同じ政党の議員どうしの殺し合いにつながることから全然見直されず、平気で5倍近い格差があった。私の住む朝霞市なんか、もともとが荒川の向こうで地域的連帯感のない浦和や大宮と同じ選挙区でスタートし、1976年の定数是正で分割され、当時の現職自民党議員たちのエゴで、和光、新座、志木とともにどういうわけか、飛び地の大宮や上尾、鴻巣などと同じ選挙区とさせられた。飛び地であったため衆院選もどこか大宮や上尾の人たちが決める話でしょ、というようなさめたところがあって、地域の政治文化が未だに成熟できない原因だと思う。

●一人一票ということをしつこく言われると、大学時代の民青同盟系の自治会を思い出す。何でそんな基本的なことをしつこくいうのか、政治的意図をいぶかしがったものだ。私は自治会の役員選挙こそ民青同盟の批判する小選挙区制にほかならず、比例代表制にして党派を明らかにして民意に正しく代議員が選ばれるようにやれ、と批判したこともある。

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コメント

これは、おそらく選挙結果の絶対的な権威付けみたいなことを期待しているのではないでしょうか?

誰でも自由に参加できる(という建前とされている)市場で勝ち残った者がすなわち絶対に正統である、とするのと同様に、一人が全く平等の一票を与えられている(建前とされる)選挙で勝った政党は絶対でありこれに反対すべきでない、これが民意そのものなんだから、とする意図で、市場で勝てば即ち正しいとする新自由主義的発想と確かに似通ったものがあります。

投稿: こんにちは | 2010.11.08 13:44

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