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2010.10.14

10/14 今日的公務員問題を凝縮した権丈善一教授「総定員法の弊」

東洋経済コラム「経済を見る眼」に慶大の権丈善一先生が「不磨の大典「総定員法」の弊」という文書を書いている。

総定員法に基づいて各省から定員要求の査定を行う総務省行政管理局に期待されていることは、「社会経済状況の変化に対応して、スクラップ&ビルドの原則の下、行政需要の減退しつつある部門を廃止、縮小して、新しい行政課題に対応した組織を新設する」ことであろう。しかし、府省間の仕事の軽重を計る作業は「言うは易く行うは難し」であることは容易に想像がつく。いきおい府省間の人員配置は「現状」が強い基準となり、スクラップ&ビルドは各府省内に任せる傾向が生まれる。
 結果、行政需要が増えゆく府省の人員は余裕を失っていく一方、行政需要が減少する府省では人員が余り、仕事を求めて活発に動き始める。そうした力学を強く働いていることを感じるのは、この6月に医療ツーリズムをはじめとする医療の営利事業を提案した経済産業省『医療産業研究会報告書』を眺めたり、かえって同省、その前身の省が年金の民営化や基礎年金の租税方式化を唱えていたことを思い出すときである。
 さらに、総定員法による国家公務員の定員制限は、国の業務を地方に押し付けるという形で、地方にシワ寄せが及ぶ。そうして、国は総定員法の縛りを受け、地方は財政の縛りを受け、ともに人件費が「物件費」に計上される非正規雇用を増やし続けた。今やハローワークの職員の6割が非正規労働者となっている。しかも非正規の公務員は、私企業を対象としたパート労働法の適用除外である。ゆえに、民間の非正規労働者よりもひどい待遇になりがちであるため、官製ワーキングプアが生まれ、現代の貧困の温床ともなっている。
 総定員法は不磨の大典と化しているようで、行政需要に応じた人員配置という視点など永遠にありえないのがこの国らしさなのであろう。

「官僚たちの夏」のような働き方のなくなった官僚が余計な仕事をし、厚生労働省のような官庁がめちゃくちゃなサービス残業をして袋叩きにあった上に、世論を利用した検察特捜によって犯罪集団に仕立て上げられるのでは、世の中良くなりようがない。
機械化、システム化、海外移転でコスト抑制できる製造業のビジネスモデルだけが喧伝される中で、コストや人員の数値目標による削減ばかりが可能かのような夢物語が公務員やサービス業全般に適用されて、仕事の内容や質や変化を全くもって無視してサービスを供給し続けている。政治家や、サービスを受け続ける国民によって、そのしわ寄せがとんでもないところに行っている。

まったく。

●先日、医療ツーリズムという言葉を聞いて、ぎょっとした。
長期入院が必要なのに追い出されたり、リハビリがあればもう少し自立できるのに中断されている人は、日々、医療ツーリズムである。
転地療養ならともかく、ほうぼう訪ねまわって医療を受け散らかすものなのだろうか。たとえ受けられない医療があるからと移動するにしても、ツーリズムなんてものではないように思う。

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