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2010.09.05

9/4 「薔薇の名前」をもう一度見て

私を啓発した映画「薔薇の名前」のDVDが安かったので買う。

旅の中で、禁欲を至上価値とする僧院を訪ねた修行僧と師匠が、相次ぐ僧院内の死亡事故の真相究明を通して、聖俗のまじわりや、禁欲のドクマで塗り固められた僧院に禁書の笑いの本が所蔵されて院長が愛読していたり、というような、矛盾と出くわし、修行僧は成長していくという話。
物事考えるときにふまえなくてはならないことを教えてもらった映画だった。

●民主党の党首選、何が何だかよくわからない。小沢氏が党首になったら、国民の政治不信がピークに達して一巻の終わり、ということしかわからない。選挙のない3年を菅氏が元気に耐えられる見込みがないし、小沢氏が安定政権になったとしても鳩山政権時代のよくわけのわからない意思決定や脈絡のない東南アジアのような直情的な利益誘導みたいな政策決定が続くのだろうと思う。

●問題は、そんな党幹部たちに群れている若手議員たちである。意識して行動を単純化しているように思う。官僚支配打破なんて簡単に言うけども、厚生労働省の官僚が、インディーズ系の障碍者団体のところまで行って話を聞いているとか、そんなことわからないで、戦前のような高級官僚サロンで意思決定しているとでも思っているのではないかと思う。醜悪にあらわれた政治主導というのも、そういう想像力がないのだろうし、阪大の小野善康教授の言い分も「官僚に取り込まれた」などとレッテル貼っているのも、それだ。
争い終わってみて、自分はこんなはずではなかった、というのがいつもこの党の結末で、菅氏が勝っても応援していた議員は、安定期に身を持て余す首相の姿にがっかりするだろうし、小沢氏が勝っても応援していた議員は山岡や松木が権威を持つために利用されたことに気づいてがっかりするだろう。
原口氏も海江田氏も最近まで小沢一郎氏に距離のあった人物だったし、寺田首相補佐官は元々小沢派のホープ。転向が悪いといわないが、理念も思想もない状態での転向って何を意味するのだろうか。

考え方や理念をもって親分を見つけ、担いでもらいたいと思うし、敵を愛せではないが、敵も実はさまざまな情報があってそれを踏まえて決断しているということを、子分たちは理解できないとまずい。

●少し古い話だか、「げげげの女房」で優秀な弟子倉田が、アシスタントしながら徹夜して漫画を描いていることに水木が、すりきれてデビューしたら使い物にならなくなる、とたしなめるシーンがあった。政治家もそうだと思う。秘書や政治家になってしまうと、超忙しく、かつ本や映画などゆっくり見ていられなくなるので、思考力や判断力が業界内の体験しかなくなっていく。選挙で当選するってすごいことだと思うが、その対価としてあまりにも捨てているものが多すぎるのだと思う。あと、有権者が思想・政策・主張ではなく、着ている服、とった態度、はては目線まで、つまらないことですぐ腹を立てる文化なので、うるさい人に過剰コミュニケーションになりがちな日本の政治風土だとおもう。中国地方の某地方都市で選挙を手伝っていたとき、ポスターの貼る位置が10センチ違っていただけで、事務所に怒鳴りこんで事務局長に貼りなおさせた有権者がいたことにはびっくりした。

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コメント

そう言えば、菅周辺のスタッフが選挙現場を引っ掻き回したってTwitterで流れてたんですよね。
http://togetter.com/li/51575

まぁ、大学所属ってのを誇らしげに名刺にして人に差し出すって余りに夜郎自大だなって気もするのですけど、でも「有権者が思想・政策・主張ではなく、着ている服、とった態度、はては目線まで、つまらないことですぐ腹を立てる」という指摘も当てはまる様な・・・・・

投稿: 杉山真大 | 2010.09.18 21:49

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