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2010.09.26

9/26 特報首都圏の取材力と構成力の落差

先週金曜日の特報首都圏、30歳代の問題を取り上げていたが、残念なことに見損なってしまった。少しだけちら見できたが、コメンテーターに城繁幸が出ていて、がっくり。

若者の貧困を生み出すシステムについて無自覚に追認する立場に立ちつつ、その帳尻あわせを世代間抗争を煽る評論家人しかこの世代の状況を物語る代弁者がいないのかと思うと、ポストバブル世代はかわいそうであるし、また闇はまだ続くと感じてしまった。

●しかしこの番組、断片的な取材は朝のニュースでも紹介されていてそれなりに深いところまで入っていってよかったと思ったのに、全体の構成力がなっていないのか、不況やひどい雇用でもいいこと見つかった、みたいな30代視聴者の声を紹介してまとめていて、えっと思ってしまったよ。
文学や宗教みたいな話では、そういう理屈はありうるのかも知れないが、ごくわずかの幸せをありがたがったところで、社会が変わってもらわなければ、今後の人生、生計費、公的医療保険、子育て、企業内福祉、退職金、年金、介護、死亡、葬送と一生、他の世代の同程度の努力をした人に比べて圧倒的な不遇の人生が待っているんだ。
この論理が、小泉構造改革の偽善性であり、それを克服しない限り、みんながまずいと思ったみんなのためのシステムは、みんなの話し合いで直していく社会にしていかなければ、また小泉構造改革を6年間繰り返すことになる。
社会が変わらなくては解決しない。社会が簡単に変わらないからって、自分の中の幸せに安住する考え方をまとめにしてしまってはいけない。貧困が個人的な問題というのは、景気のよいときの話だ。

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