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2010.08.30

8/30 NHKニュース9、円高は悪くないという総括

NHKニュース9の円高報道で、「円高も悪いことばかりではない、原材料価格が下がる、技術革新で円高に左右されない企業が必要なんです」などというバカげた報道がされていた。

どう考えても、輸出-輸入の差額が減るんだから、全体としてはマイナスで、円高に耐えた企業の真似をすれば大丈夫という問題ではない。技術を売るような仕事は、そもそも円高に左右される仕事ではないか。何か全体構造の問題を、個々の努力不足の問題にすり替える論調がいまだに続いている。

輸出で食べている国として、どう考えても円高は弊害である。円高を歓迎できるのは、外需に依存しないで海外旅行したり輸入品を買ったりできるような、公務員、土地持ち、NHK職員ぐらいだ。

●焦る気持ちはわからないではないが、緊急経済対策がどうも質が悪い。
エコポイントみたいなもので景気を釣り上げるのは需要の先食いなんだって。雇用を作るという根本的な景気に対する対策をしないで、お金だけ使わせるように仕向けるから、需要の先食い、特定の高額所得者向けの商品ばかりが売れ、全体構造としては景気が良くならないということが繰り返される。

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8/29 書類と現実の差があっていけない社会の息苦しさ

戸籍や住民票に残っている行方不明の高齢者の問題について。

この問題を評論したがる人の言い分は、「高齢者を見捨ててひどい、役所は何をやっているんだ」ということが多数意見だ。どうもこの非難の仕方が、私にとって違和感を感じ続けている。所詮と言ってはいけないが、書類の上でのことだろうと思うところもないわけではない。

そういうことを言いきって役所を非難できるのは、書類が現実と必ず合っていることが当たり前という、きわめて特異な環境の中に生きていることが当たり前だと思う。情報管理というのは、現実におきていることにそのまま必ず直結しないことは、トラブルシューティングをやってきた人ではないとわからないのかもしれない。

野垂れ死んだ人を誰が発見し、誰が葬儀にかけ、誰が死亡としていくのか、そういうリアリティーが実感できない人が、書類があっていないと、200歳のじいさんがいるではないか、と非難できるのだろう。すべてがその結果ということではないが、不明の死人「行旅死亡人」は2010年7月官報掲載分で51人もいる(行旅死亡人データベース)
。外国人もいるから、ただちに戸籍や住民票の不備に全県結びつくわけではないが、これだけの人が行方不明者として確定しているということである。

また、今回浮かび上がっているのは、死亡した事実を隠し続ける家族の存在である。これは役所の問題なのだろうか。役所の業務が徹底していない、という課題が浮かび上がるが、死亡届を出さない家族に「死んでいるかもしれないから確認させてください」と踏み込む制度を作れるかどうかは国民合意にかかっている。またそれを察知するほど公務員を増やさなくてはならないだろう。

今回の一連の事件はマスコミ的には面白おかしく書きたてるネタなんだろうが、やはり最初に戻るが、死亡というプライベートなできごとを、役所がすべてにわたって確実に把握し書類に記録するということが、大変な仕事ではないにしても、完全性を要求することはできないということである。

●ただし、これを機に介護保険制度を充実する方向に見直しされることを期待したい。

●余談たが、朝霞市の外部評価委員会の第5回の委員会の議事概略が掲載されているが、保育は「改善」、介護と「改善」としか書いていない。何が改善すべきなのか議論したのであろうから、端的にでも書かないと、無意味な情報公開である。

●朝霞市のこうした委員会・審議会の議事録の公開が全体的に停滞し、遅くなっている。物事の意思決定にあたって、何がどう議論されたのか後日の検証に耐えうる意思決定となるためには、こうした情報の公開は不可欠である。政策決定に関与した人たちの作為、不作為の責任を明らかにすることなしに、公的な価値など創りえない。また、ベッドタウンという昼間を共有できない市民が多いのだから、その点からインターネットに会議の情報というのは公開されるべきでもある。

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2010.08.29

8/28 白熱する議論と一問一答方式

新宿の行きつけのバーの店主が交代するというので、お礼をかねて深夜から徘徊し徹夜。民主党党首選を近くで見ている友人と意見交換したが、そのピリピリした雰囲気に押される。
後半は、途中から大学生の愛と性について、大学生を中心に芸術家やマスターと論議。ネタ化して申し訳ないが、いまはやりの政治哲学ではないが、思考の刺激になる。つぶれて寝てしまう。

●NPO設立の総会に出席。定款づくりの作業の中で、まさに先日の大会議長補佐業務の体験が生きる。

●市議会で一問一答方式の導入が提案されたが、市議会の議事運営委員会で民主党市議などが反対し、1票差で否決。しかし、それでも過半数に迫るところまできたことは感慨深い。
今の朝霞市議会、3回までの再質問しか認めていない。これでもまだ自治体議会では多い方だというが、3回質問をやりすごせば行政は議会での説明責任を回避できるわけで、問題が多い。議会傍聴をしていると、わざと質問の趣旨を勝手に変えて答弁し、3回の切符のうち1回を無駄に使わせている行政側答弁も目立つ。
議員も行政も質が劇的に上がる一問一答方式の導入をぜひ期待したい。

●ここでも朝霞地区の民主党の独特な体質が出ている。
この地区の民主党は、マスコミで報じられているイメージを利用しながら、全然違うことやって、票と利権を同時に手に入れている。国民をだますような政治団体は解散してほしいと思う。

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2010.08.27

8/27 徳島で開かれた定期大会の用務

勤務先の労働組合の定期大会が徳島であり、その用務で出張。
最低でも2000人が参加する大会の運営のダイヤグラムを管理し、大会のチェアマンに助言する係。席を離れられないので、大会参加者とのロビー等での交流は物理的に制限されてしまうことが難点だが、ほどよい緊張感のある仕事であった。

●自らの仕事に関係することを書くのは慎んでいるが。
大会冒頭の委員長あいさつで、公務員の非正規労働者の問題に多くの時間を割いて言及。内容も具体的なところに踏み込む。公務員非正規労働運動を担当していたときには、みんな話題にしたがっていたのに、具体的な運動論や組織論になると孤軍奮闘させられた経験を持つので、今回の委員長のあいさつの内容はとてもよかったのではないかと思う。一緒に公務員非正規労働運動を担当したときの上司が隣の席にいて、このあいさつの後に担当したかったね、なんて感想を言う。
毎日新聞等で報道されていた、人事院勧告による賃金カット分については非正規労働者の底上げに、というあいさつのくだりについては、うちが正規職員中心の労働組合であった経験が長いため、大会の参加者にとまどいも多く、のちの討論でそのくだりを後退戦だと批判する意見も少なくなかった。しかし、同じ仕事をしていながら低賃金労働者がいることをいつまでも具体論なく放置すればどういうことになるのか、という問題意識と、制度として公務員制度改革によって公務員に労働協約権が認められ、それぞれの自治体での労使合意で賃金が決まるようなことになっていけば、おのずと今回の委員長の言ったことが、労働運動での敵や伏兵を減らし、必ずしも正規職員にとっての不利益な話ではない、とよくわかってもらえるのではないかと思う。

●脱原発の方針についてきちんと再確認できたこともよかった。何よりもの環境破壊であり、次世代にもっとも負担の大きいつけとなっていく原発をどうするのか、直視することを逃げて、みてくれの空気の清浄さを環境改善と見まがうようなことをしていることが、どう評価されるのか、試されている。

●公務員の人件費にばかり目くじらを立てる人たちからは、非正規とはいえ公務員になんてとんでもないというかもしれない。しかし年収200万円にもならない公務員非正規労働者の賃金が多少上がっても、デフレの要因となる貯蓄には回らず、ほとんど市場に還流し、デフレ対策としても一定有効である。

●書いていただいてあれこれいうのは失礼かも知れないが、毎日の記事、「単組」なんてギョーカイ用語使って、校閲通ったなぁと思う。ギョーカイより外の人には「加盟組合」というのが妥当ではないか。

〈追記〉
●今、言い始めた話ではなく、遠くは1992年、うちの労働組合の位置づけを「地方公務員産別」から「地域公共サービス産別」に変えたときからのテーマであるが、今回、民間委託や指定管理、新しい公共の是非についての議論の中で、NPOで従事している職員の賃金・労働条件の公正さの確保が重要という意見と答弁があった。民間委託というと受託する営利企業ばかりが想定されているが、労働基準法の適用についていまだ是非論がある、NPOや労働者協同組合などの参入も考えられる。新しい公共という崇高な理念を掲げる人たちの中には、半分ぐらい、人件費抑制しか考えない人たちもいるので、そうしたことも、今後はうちの組合にとっての労働問題になりうるんだ、ということを示すよい議論だったのではないかとおもう。
※ 大会前日、委託と公正労働について考えてきた大先輩と、NPOの事務局長をしている友人と、この問題について意見交換したので、タイムリーなことだと思い、加筆した。

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2010.08.21

8/21 自転車による交通事故加害者に高額賠償命令が相次ぐ

自転車で交通事故を起こして高額賠償判決が相次いでいるという毎日新聞の記事。

自転車:歩行者との事故に高額賠償判決…過失相殺認めず

議論を呼びそうだ、とリード文で書いているが、自動車による交通事故の被害者、鉄道事故の被害者についてはあれほど肩入れしている新聞社が、こんな中途半端なスタンスで書くものかと思ったりもするが、こうやって警鐘を鳴らすことはいいことだ。

交通事故の被害者は被害者なのに、どうして、自動車と自転車ではこうも差があるのか。同じような事情で死んだり怪我しているのに、片や警察が介入し、保険や裁判で被害が補償される一方、片やほとんどがひき逃げで証拠すら残せず保険もないからと賠償判決が出ても払われず被害者は泣き寝入りとなって、理不尽である。

自転車がエコだなんだともてはやされているが、歩道を自動車並みに暴走して危ない思いをしたことは何度もある。携帯メールしながら自転車に乗っているバカも後をたたない。それなのに自動車の運転並みに罰金や懲役刑がないことは不可解である。そんなことで自転車のおかげで歩道が全然安全ではない。被害者側が賠償請求の裁判で歯止めをかけるしかない。

一方、自転車を使わざるをえない事情も広がっている。
一つは都市の無秩序な拡散。昔は開発できなかったような駅から遠いところがどんどん開発されて、クルマに乗れない人は自転車に乗らざるを得なくなっている。
その上、近年の公共交通、とりわけバスの衰退と、諸外国と異なり、公共交通の整備について公的責任がまるでないため、バスなどの軽易な公共交通がなくなっている。残っていても用事をいくつもこなさなくてはならないような生活にはフィットしないような運転本数しかなくなってしまった地域が多く、結果としてマイカーか自転車に依存しなければならない生活になっている。自動車に関しては道路整備が公金で際限なく行われ、通行料まで公金で補助されてタダ同然になってきているので、公共交通については見捨てられる一方である。

自転車が加害者となる事故について社会問題化する中、自転車に対する自動車同様の登録制度、警察の捜査、義務制の保険、駐車場登録など整備して、ひき逃げできないようながんじがらめの制度を作るべきだと思う。

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8/21 全家庭全居室に監視カメラでも配置しない限り、100歳以上行方不明者をなくすなど無理

うちには100歳以上の行方不明者がいないと胸を張っている自治体や、自治体の政治家がいると聞く。ちょっと違うんじゃないかと思ったりもする。もちろん数千人程度の町村なら、行方不明になった高齢者をきちんと把握しきれるのだろうが、都市部ではそんなものではないだろうと思う。

というのも、今回問題になっているのは、家族のある高齢者がほとんど。自治体職員が訪問しても元気に寝ているみたいなことで追い返されたりして、生きているか死んでいるか客観的に判断しようがなかったというもの。
同じように児童虐待とか、DVとか、家庭内で行われている不法行為についても、実態についてすべて把握できるかというと、家庭内に監視カメラでもつけて、世帯数と同じだけの監視員を配置しなければできない。
そうやって考えると、高齢者全員の生存が確認できたということは偶発的な話であって、かつてわが県にはHIV感染者がいないんだ、と胸を張った政治家がいたが、それと同じような間違いをおこすだろう。

昔は座敷牢があったり、家長の権限が強かったりして、もっと家庭内は闇であった。今もその闇が取り払われているかというと、高齢者にしても何にしても、身近に救済機関がない以上、今回死んだおじいさんおばあさんの年金で息子・娘が生活していたようなことはいつ起きても不思議ではない。

●個人情報が完全に把握されていたように思う戦中戦後でも戸籍のない子どもがクラスに1人ぐらいの割合でいたという話もある。

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2010.08.20

8/20 朝霞市外部評価委員会が税金を浪費

朝霞市の外部評価委員会がめちゃくちゃなことやっているとは何度も書いたが、結果、5回の委員会開催では保育や介護の知識を委員が勉強し切れなかったらしくて、6回目を開くことになったらしい。

第4回朝霞市外部評価委員会議事概要

行政や税金の無駄遣いを評価する委員会なのだから、有識者で1回3時間2万円(時給6667円)、有識者以外で1回8000円(時給2667円)の委員報酬を追加して支払うことに問題意識はないのだろうか。委員たちには自分たちの能力不足を反省してもらい、返上して開催してもらいたいものだ。他にもっと大事な議論をしなければならないこうした審議会・委員会も、予算制約で回数制限を受けている。ここだけ税金の無駄遣いが許されるなどというのは甘えにほかならない。

政策理解に時間がかかるという言い訳らしいが、保育や学童の制度を学べる初心者向けの書籍はいくつもあるし、朝霞市がいくら朝霞市らしさと言っても、標準的な介護や保育の制度と大きく違うことはないのだから、市職員に講釈してもらって彼ら市職員の人件費や時間を浪費するのではなく、自分たちで勉強してもらいたいものだ。

厳しいことを言うが、それくらいのことができないのに、他人の生活や生命、人生を左右するかもしれない、福祉や教育に関する評価なんかやめるべきではないか。

●いまだもって議事録が1回目6月24日までのものしか公開されていない。中身もひどい雑な議論がされている。

●1回目の議事録から、専業主婦の委員が、子どもの幼稚園の関係で16時以降に委員会を開くな、などと言っている。働いている人のための福祉を税金の無駄遣いとして評価の槍玉に挙げておいて、自分たちの都合ばかり言うな、と思う。保育所や学童保育の利用者は、もの言いたくても言う場を与えられていない。

●費用対効果こそ怪しい地域ブランドは「一部改善(拡充)」。市長公約だからだろう。権力には弱い委員会である。

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8/20 エンドユーザーサービスというのはミスマッチが起きるものです

外部評価委員会のこともあって、うちのまちの保育園運営審議会がどういう議論をしているのか議事録で点検してみた。

障害児保育(朝霞市らしい言い方では「育成保育」という)については割ときちんとした議論がされている一方、待機児童問題については、非常に荒っぽい議論がされている。

待機児童108人のいる一方、19人の定員の空きがある、などとS田委員(市議兼任)が問題視していたが、受給がぴっちりなるなんて、共産主義国のおとぎ話。福祉サービスの選ぶ権利を認め、そのために民間参入を認めている以上、2000人近い保育所の定員のなかで、19人分の定員がムダになる程度の受給のミスマッチでおさまっていることは上出来だと思ってよい。
民間の流通やら消費財の製造に関わったことのある人間なら、商品やサービスのロスがどの程度というものがわかるが、この委員はそういう経験がないからわからないのだろう。
そういうロスを否定すれば、1980年頃のソ連のように、行列を作らなくては商品やサービスが手に入らない社会になるが、残念なことに保育サービスは、いつまでも行列を作って待っているわけにはいかず、どこかで見切って他の手段を考えなくてはならない。だからまたロスが発生する原因がある。
ここで選択の自由を奪ってがちがちの運用をしたら、それは1997年の児童福祉法の改正の理念の否定であり、施設間の競争によるサービス改善など、S田市議たちのグループが言う民間活力による行政サービスの改善など、まずは進まなくなることも言い添えたい。

保育所に空きが出るということは、絶対的に拒否する何かがあるということだろう。おそらくその理由の一つは、土地持ちたちが公共施設のために土地を出さず、営利目的にしか土地を使わないため、公共交通機関があまりにも貧弱な地域にばかり保育園が作られていて、特定の保育園ばかりにニーズが集中しているからだろう。実際、私もいくつかの保育園を見てきたが、単純に自宅から半径で書けば3キロ以内くらいにいくつも認可保育所があるが、実際には、バスすら走っていない、バス路線があっても、送迎の片道しか乗れない、そんなところばかりである。
時間も置場も気にせず、自由に市内をマイカーで移動しながら市役所に「通勤」しているような市議会議員には、通勤電車という制約があって公共交通機関を使わざるを得ない市民のことはわからないだろう。

市議会議員の兼任委員のことをくさすだけで終わっては、きちんとしたことを言った同様の委員にも申し訳ないので言い添えるが、もう1人の市議兼任のS原議員については、議事録で書かれている語調が強いものの、おおむね適正な議論をし、言うべきことを言っている。ベッドタウンの市民がどんなことで壁にぶつかり、困っているのか、きちんと理解しているものだと読み取った。

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2010.08.19

8/19 どうしようもない政局頼みの政治家たちの罪状

民主党の鳩山派が軽井沢で集会を打って、そこに小沢派が合流して、「気合いだ!」なんて雰囲気に合わない気勢をあげて、小沢氏が党首選に出るの出ないの政局みたいなことになっている。

「気合いだ!」で小沢氏が立候補すれば、民主党の党内政治力学からは小沢氏が首相になる。あの6月政変から3
ヵ月も経たないうちに、そんなことになったら、国民は民主党政権にどんな判断を下すのだろうか。羽田政権の二の舞、国民は自民党復権をまた許すことになろう。ほんとうに愚かしい民主党だと思う。

また、鳩山氏は首相を降りる際に、議員は今期までと言明したはずなのに、いつの間にか撤回して、政局の主人公になっていることも変な話である。

鳩山政権をぼろぼろにした側近たちが、自分たちの罪状を棚上げして好き勝手言っていることも理解しがたい。政権を崩壊させた張本人たちなのだから、本来は謹慎すべきだと思う。

一方首相側近たちも、根拠のない自信でいきがって、政治をどう運んでいくかという戦術論が全くないことにあきれ返る。

いろいろあるにしても、もうちょっとまともな政局の運びができないものだろうかと思う。

選挙で応援させられて本当に情けない。安倍晋三みたいはバカや新自由主義者のような狂信者のいない、民主党に代わるもまともな政党がでてこないかとよく思っている。

●首相が、防衛相の制服組と意見交換した席で、防衛大臣は自衛官ではないんですね、などと発言してニュースになっている。自衛官だったら大変な話だろう。
こんなこと、先の大戦のガバナンスの混乱を反省した、日本国憲法の第九条の基本のきであり、九条改憲論者にも共有されている日本国憲法の価値である。日本国憲法の解釈から国民主権・政治主導を声高に発言してきた首相が当然知っているべきことではないかといささか驚くとともに、しかし一方で、被爆者を前にした核抑止論の開陳、前原・長島などのCIA系閣僚たちの武器輸出への勇み足発言など放置していることなど、その文脈にあるのではないかと疑われても仕方がない。
こういう不用意な発言をしているから、小沢鳩山にいいようにひっかきまわされている。側近は何やっているのだろうか。バカばっかりなのだろうか。

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2010.08.18

8/19 エコカー購入の補助金不足は話題になり、社会保障の財源不足はネタにもされない

エコカー購入補助の予算が不足しそうだ、なんてマスコミは取り上げているが、冗談じゃないと思う。

もっと切実な保育所や措置制度下の高齢者介護、生活保護なんか、昔から予算不足で支給されるべき人が受けられないでいる。先日、障碍者介護を予算不足でサービス供給制限した大田区が裁判で訴えられて敗訴しているが、東京23区だから利用者にそういう意識や常識があって裁判に訴えることができただけで、予算とにらめっこしないで供給される福祉サービスは他の地域ではないといってよい。

あたかもエコカー購入費の補助を予算超えても受けられるようにせよといわんばかりの報道は、まったく納得のいかないものだと思う。

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2010.08.15

8/15 終戦の日、美しい言葉しか出てこない集団に注意

終戦の日。毎年書いているかも知れないが、子どもの頃は、ちょうどこの時期、九州の父の郷に帰り、祖父から戦争の経験を聞かされた。
戦前の商人で、リベラリストだった祖父にとって、戦前・戦中のあの時代はほんとうに嫌な時代だったみたいで、よくよく戦争の失敗と、そんななかどうやって生きてきたかについて聞かされた。ただただ戦後の引き揚げのところだけが聞かせてもらえず、空白の歴史になっている。

●NHKスペシャルドラマ「15歳の志願兵」を見る。時代が戦前、エリート高校での少年志願兵集めがテーマ。いくつか考えていることにひっかかる。

1つは、大正から昭和初期のリベラリズムが急転回して全体主義の社会に移行していったが、やはり志願兵になるべきか否かという葛藤はエリート校だからこそのテーマだったんだなぁと。戦前にエリートでない人は弾丸にさせられていたんだと。そういう観点で、やはり戦前のリベラリストと、今の日本のリベサヨの弱点は、赤木氏「希望は戦争」について理解できないことだと思う。

もう1つは、舞台のエリート校の生徒が全員志願兵に志願したという栄誉を讃える新聞記事が出てきて、美しい言葉しか言わない集団というのは危険だと。この社会では、汚らしいもの、ネガティブなことについてマスメディアに出ることを嘆くようなところがある。しかし、戦争中に変なことばかりやっていたときの新聞は、味方の栄誉を讃える記事しか新聞には載らない。東南海地震すら伏せられた。
他人に嫌なことをおしつける策動は、美しい言葉をたくさん並べて、端的には反論しにくい雰囲気を作ること。学校を愛しているだの、会社を愛しているだの。北朝鮮がそうではないか。批判が適度に口をつき、そのことで改良される社会や組織が安全である。
組織の中で組織自体を愛することは、めったに口にすべきではない。それより一つ一つの行為を評価しほめれば十分なことだと思う。機能していれば十分な組織を、自己陶酔の対象にしている人が幅を利かせている組織は本当に危険だ。こんなことばかり言っているから私にはどこの社会でも政治力がつかないのかも知れない。しかし危険な組織、危険な社会にいるよりずっといいと思う。

●今の勤務先、社会にろくな言われ方をしていない。実態を相当超えるかたちで、社会の悪役にさせられている。一歩誤ればウヨクからもリベサヨからも非国民扱いである。そういう意味で、変なこと書くが、組織としては健全でいられると思う。

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2010.08.11

8/11 保坂展人氏が民主・自民の協調を批判するならお膝元の区議はどうする

保坂展人さんが「自民と民主が融けあうなら社会の疲弊は止まらない」という記事を週刊金曜日に書いたという。
書いている現実の事象の指摘はごもっともだが、それが何もかも結局は消費税への忌避感を語ると最もらしく聞こえる永田町の論理をふりかざして、自民党と民主党がなれ合い政治をやろうとしている、と批判しているオチに物足りなさを感じた。

消費税増税が弱い者いじめだ何だという愚は繰り返しになるからここでは指摘しないが、民主党と自民党が話し合わざるを得ない状況というのも指摘しておきたい。

さきの参議院議員選挙で、法律を通すには、民主+公明、民主+自民の組み合わせが最も民主党にとって借りをつくらないで政策決定ができる組み合わせとなってしまった以上、自民と民主が話し合いを積み重ねることを根底から批判するのはかなり難しい。ことごとくいがみあえば、予算から、年金から、健康保険制度から、地方交付税からすべて政局の材料になり、与野党合意で進めていくべき政策がまったく前に進まなくなる。そのことが、貧困をさらに悪化させ、格差を広げ、失業を深刻にし、失業した人をどん底に突き落としておく状況を続けることになる。

民主党がどこと話し合って政策を決めていくべきか。私はみんなの党を外す組み合わせにすべきということ以外、まだ確たる主張は見いだせないが、少なくとも格差や貧困や失業や福祉の不足を放置して、消費税を上げなければいいんだ、というような類の政党とは組むべきではないと思っている。

●かような主張をするなら、創新党・自民党・民主党・社民党の統一会派に所属した社民党籍のある杉並区議こそ、社民党元国会議員として統制処分にかけるべきではないか。
それを放置して民主党の自民党との協調路線を批判するなんて、片腹痛いと思う。

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8/10 コンクリートから人へ、自動車から馬へ

競馬好きのきっこさんが「乗用車廃止法案」!

エコカー減税への怒りにかけて、本当のエコなら、馬を使えというアジテーション。最後は自動車から馬への転換にともなう需要喚起がある、と。物心つきはじめたときにオイルショックを経験してガソリンなんていつかなくなるし無駄づかいさせる発想そのものがおかしいと思っている私も、時々似たようなことを考えている。

きっこさんがお怒りになっている、5000ccもの排気量のあるレクサスがエコカー減税100%適用されているのに、スズキの軽自動車は50%しか適用されていないという今のエコカー減税の制度はやっぱりおかしいのでしょう。

マイカーをやめればいいのに、やめられない事情を百も並べ、思考力も洞察力ないのに「環境にやさしい」に群がっている都会人は、電気自動車に乗れば環境にやさしくなれる、などとバカな勘違いをしている。

今の自動車がすべて電気自動車になると、原子力発電所が新たに200基以上必要になるということらしい。原子力発電所だから200基で済むのであって、火力発電所ならその何倍も必要になる。それが今のガソリンカーやハイブリットカーよりエコと宣伝しているのはウソ情報だ、ということだ。

●エコカー減税や高速道路無料化やって、地方のバス会社やフェリー会社がつぶれかけて、補助金を出すハメに陥っている。次から次に泥縄式に補助金をつけていくというのは、明らかに政策判断能力がないことに起因するトンチンカンな事態である。そういう中、高速道路3社で1兆円以上の利益を出したという報道があった。高速道路無料化が高速道路会社を肥やしたということである。税金によって補填されることで高速道路会社が羽振りがよくなるために、タダや格安料金で高速道路を使わされているというわけ。
民主党で、衆院選マニフェストを一字一句たりとも変えずに実現に務めろ、というのはこういうどうしようもない交通政策に何の疑問も持っていない議員である。

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8/10 有給休暇取得率という言葉

有給使い切る国の1位はフランス、日本は最下位という記事。

そもそも有給休暇の制度はバカンスのためにあり、有給取得=使い切る、というもの。取得率は日本では個々の取得日数の累積数が取得率の計算根拠となるが、外国では、取得者数の割合≒取得率となる。

元の労働基準法では有給休暇を一括して取得することが前提になっていて、分割取得を認めていなかった(労働基準法第39条「使用者は、その雇入れの日から起算して六箇月間継続勤務し全労働日の八割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した十労働日の有給休暇を与えなければならない」と。「又は分割した」というのが取って付けたような文書になっている)。日本は批准していないが、ILO132号条約でも分割取得を禁止している。
今年度からの改正で時間取得も労使合意で認められることになったが、上限5日と制限しているのも、上記のような考え方があるからだろう。

では有給休暇の分割取得がなぜ横行しているのかということになるが、サラリーマンの勤怠管理と労働行政による有給休暇取得率向上の働きかけが強まり、病気休暇や、私事のための欠勤に対して有給休暇を取得させるようなことになり、分割して取得することができるようになった。一方で、本来は有給休暇で取得すべきバカンスとなるはずが、夏休み休暇のような別の休暇制度が慣習化する。その背景に、実際の労働者の休息権としての取得ができるようになる前に、労働者の権利という言葉のマイナス面ばかりが強調されて空洞化し、それを埋めるかのように社会慣習にあわせてさまざまな細かい休暇制度が整備されるようになっている。

そうなると有給休暇の取得が業務に大きな影響がなくなり、その副産物が経営者に与えられた時季変更権がクローズアップされ、本来の姿に戻す年次有給休暇の計画的付与が制度化されることになる。

外国の通信社が持ち込んだ記事なのに、何か変なのだ。

●法律の正確な変更の経緯を押さえているわけではないので、詳しい方がいたらコメントをお願いしたいと思っています。

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2010.08.10

8/10 最後の1体までの遺骨収集などできない

民主党は、硫黄島で死んだ兵士の遺骨収集に熱心である。左寄りの思想の議員でも、硫黄島に行き、遺骨収集をしたり立ち会っているという話も聞く。そのことは高く評価したい。しかし今日の菅首相の「最後の1体まで」という言葉は、そういう党の雰囲気を受けて言ってしまったのだろうが、よろしくない。

何というか、組織のないところから上がってきた民主党の人というのは、どうしてこう「一億総玉砕」みたいな言葉遣いが好きなんだろうかと思う。うかつである。こういう言葉遣いを安易にして、無学なヒラ議員を暴走させて、結局現実的でないことがわかったときに、約束や言ったことを守れないで済ますからよろしくない。

最後の1体までなんて政府が言明したら、300年経っても遺骨収集など終わらないだろう。戦争による遺骨は、完全な綺麗な状態のものばかりではない。硫黄島の土を全部ふるいにかけるようなことをして、やっと所期の目的のうち収集という目的は達せられるが、収集して誰の遺骨か明らかにすることは、さらに時間がかかり、身寄りのない兵士などは、遺族による確認もままならない。全力を挙げることはできても、最後の1体まで収拾などできるわけがない。もし可能であっても150年もかけたら、何か意味があるのだろうか。その頃には、よっぽど家系図がしっかりしている遺族以外は、遺族という定義すらほとんどできなくなっていることもありえる。

最後の1体まで収集、という言葉遣いは、戦争という極限状態や、事務的作業を理解できないと思われてしまうのではないかと思う。

遺骨収集に今以上に全力を挙げながらも、遺骨が出ても出なくても国の犠牲者として慰霊をきちんとする、ということではダメなのだろうか。

●同じような言葉が、長妻昭や安倍晋三がやった、年金照合を最後の一件まで完全にやる、というもの。国会論戦や街頭演説の勢いで言ってしまった言葉が独り歩きし、行方不明の年金データの解消が最大の目的となってしまって年金制度を政治的に拘束し、改良程度の年金改革すら国会にかけられない事態にたちいたっている。

くれぐれも指導者、政治家は一億総玉砕みたいな行為が自己目的化するような言葉は慎むべきだ。

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8/10 働く女性に関する指標を低いままにして男女平等だと言い張る埼玉県職員・地域団体幹部

東北大学の吉田教授が、男女平等度が最も低い県を埼玉県とするランキングを公表して波紋を呼んでいるらしい。

埼玉県人、「男女平等最下位県」認定にかみつく読売新聞

この記事が面白い。

担当の県民生活部長は、この指標は実体を表したものではない、と県議会で答弁して強がっているらしい。どういうつもりだろうか。女性が働くということの数値があまりにも悪くて最下位県という地位を入れたわけで、その評価基準が悪いというなら、何が言いたいのか。私はもっと謙虚になって施策の推進にあたってくれと思う。
埼玉県地域婦人会連合会の片貝弥生会長は、遅れてないと強弁している。しかしそれは地域社会に発言力のある高齢専業主婦女性の話だと思う。
夫に連れられたり、住宅事情で最近転入してきた女性や、働く女性にとって、居心地も発言力も社会に出ようとするときのサポートも、こんなにない県は他にそんなにないと思う(奈良県も同じような問題を抱えているというルポルタージュが「世界」で紹介されていた)。

一方、連合埼玉の上杉裕子女性委員会副委員長の指摘は極めて冷静である。やはり最下位県となるには、男女平等にふさわしい指標となる統計数字がなっていないのだ。働く女性にもう少し光が当たる施策をやらないと、評価数値はなかなか上がらないし、あれこれ行政的な工夫や統計へのいちゃもんつけで最下位は返上できても、男女平等の下位県という地位は抜け出せないだろう。

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2010.08.09

菅首相批判含みの記事を2回書いて、すこしよかったねと言ってあげられる材料。今月の世論調査が興味深い。

①まだ確たるものではないが、首相支持率がわずかに回復(読売、朝日、NHK調査)。
②支持はしていなくても続投すべきと考える人が2~3割おり、続投支持が6割近く(読売、朝日調査)。
③参院選の敗因は消費税発言よりも政策の中身や公約の実行に批判が強い(朝日調査)。
④菅氏以外の首相候補は、ぬきんでて原口氏で、次いで海江田氏(読売調査)。

朝日新聞は、「今回の結果をみると、発言の内容よりも、唐突な発言のし方やその後の対応の不手際が「約束しながら実行できない」という民主中心政権の欠点を思い起こさせたことが主な要因のようだ」と分析していて適切ではないかと思う。

菅氏以外の首相候補として、やはり原口氏が抜け出していて、小沢氏が本気で勝負をかけるなら原口擁立になるのだろうし、勢力誇示に留めるならクリーンなイメージの海江田擁立になるのだろう。

読売の調査では、自民党の復権については8割が否定していることも興味深い。みんなの党の支持率は調査によって増減が見られ、傾向はつかめない。

この世論調査の結果から、9月の民主党代表選を競争選挙にしながら菅氏が勝利する結果となって菅首相続投を望み、解散と自民党の復権も望まず、みんなの党に対しては様子見、ということだろう。民主党には公約を整理することと確としたものとして出した公約は守れということなのだろう。消費税については、是非が半々、議論を積み重ねて論点を整理すべきなのだろう。

博報堂の調査では、日本が重税国家だというのがウソだということが理解されつつあることを明らかにしているし、増税含みであっても他の先進国並みの社会保障を整備してくれというのが国民のニーズだということを示している。

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8/9 出費を惜しみたくないランクから見える少子化問題

あるサイトで、女性が出費を惜しみたくない支出のランキングというのが出ていた。

●第1位/旅を思いっきり楽しみたいから! 「旅行代」……16.6%
○第2位/大好きなことにはお金をかける! 「趣味代」……15.6%
●第3位/人との付き合いは大切です! 「交際費」……14.1%
○第4位/おいしいものはやめられない! 「食費」……13.1%
●第5位/美しくなるためには仕方がない! 「美容代」……12.8%
○第5位/おしゃれはとことん楽しむ派! 「服飾代」……12.8%
●第7位/教養になるものにはケチりたくない! 「本・CD」……7.5%
○第8位/健康でなくっちゃ幸せになれない! 「医療費」……5.0%
●第9位/毎日暮らす場所はこだわりたい! 「家賃」……1.9%
○第10位/暮らしはいつも快適にしたいから! 「光熱費」……0.3%

出費したい、つまり身銭を切っても楽しみたいという項目上位3位と5位は、今の日本の子育て環境からは子どもがいたらほとんどできないこと。

少子化問題について、一つの絵が見えてくるように思う。保育所不足とかそういう原因も大きい。究極はこういうことも保育所がどうあるべきかという問題につながっていくのだと思う。
子どもがいたら思うように期待に添うように働けない=ハイパーメリトクラシー社会では認められないということと、ここでの上位項目とを並べると、今の日本社会は、子どもを育てている人にとって、疎外されて楽しくしない社会であるか、という問題が横たわっているのではないかと思う。

現首相を筆頭に、少子化が大変だと騒いで、今の若者に気概がないからだ、というようなことを言いたがる中高年が多いが(気概があれば妊娠するものか!)、それより、新自由主義的価値観の圧力の下で、いろいろなことにチャレンジしたい気概がある若者にとって、社会保障も完備していなければ、日々の趣味や楽しみを奪われる子育てはやっていられないということなのだ。

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8/9 まことに場をふまえなくてよろしくない首相の核抑止力発言

菅首相の原爆忌の対応がいただけない。

首相の核抑止力が必要、という発言がよろしくない。仮にリアルポリティックからはそういう議論になるのかも知れないが、原爆忌で言う必要は何もない。実際の核廃絶のプロセスロードを議論するときに必要な議論だと思うが、そのときにやればいいことで、原爆の被害を追悼する場で言うべきことか。先の大戦で、外務省を中心に天皇の意を忖度して終戦工作が始まった段階で、アメリカが原爆を投下したのは、まさに核抑止力を前提に、アメリカが国際社会で優位な力関係を形成するために、半ば実験として行われたからだ。その犠牲者やその家族を前にする発言としては、あまりにも不適切である。
原爆の被爆者が怒って謝罪を求めても、一方ではリアルポリティックという面で否定しがたい議論もあって謝罪しようもなく、実に菅直人のイメージを低下させるだけの始末の悪い発言だと思う。

先日、樋口恵子さんもこの発言についてひどく怒っておられた。

それから、些細なことだが、原爆の被爆者団体との意見交換でのマイクの持ち方がなっていない。マイクの頭を包み込むように持って話していた。あれはカラオケか、選挙終盤戦のみやるべきことで、非常にゲーム的場面を思い起こさせるため、厳粛な場では、ややなめている印象を与える。首相になったのだから、あのマイクの持ち方はやめるべきだ。

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2010.08.07

8/7 樋口恵子さんの講演と昼食

組合の女性幹部候補生の養成講座を仕事でやる。最終日に、評論家の樋口恵子さんを招いてお話を聴く。

本来は、高齢社会に向けて働く女は何を考えていけばいいのか、という話だったが、やっぱりこの8月、先の大戦やその終わり方を切り口に話が進む。

明治維新、第二次世界大戦に続く、高齢社会という黒船襲来がある中で、子どもなし、孫なしの人が多数派になるこの社会の行方、どうするのかということを考えさせられる話。
さらには、地方分権を進めていった立場として、推進しつつも、しかし明治維新以来、国として守り確立してきた教育や福祉などという政策もあるでしょう、という指摘は、首肯することが多かった。

講演終了後、上司たちにくっついて昼食をしながら意見交換。
保育や介護を税金のムダとして俎上にあげた朝霞市の外部評価の問題や、昼間の地域社会で幅をきかす行革じいさんの問題なんかも話す。
また、1980年、諸外国に批判され指摘ながらも、老若男女でほどほど仕事をわかちあって豊かさを実現するのではなく、お父さんにだけもっともっと働いて稼いでもらうことで豊かさを追求してしまった政策判断(政権だけではなく、企業や労働組合、各種団体の政策判断も含めて。たとえば深夜に及ぶ長時間労働を追認し、専業主婦優遇税制の拡大や保育園の整備を怠った時期)の誤りが大きいなんてところは樋口さんと同意見。
樋口さんは、低賃金の非正規労働が増大して、正社員どうしのカップルと、カップルもつくれない非正規労働者の群れとの二極分化は、とんでもない禍根を残すのではないかと憂慮されていた。

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8/7 朝霞市の推進する地域ブランドのずれ

外部評価の俎上に、地域ブランドがのっているので、この際だから、日頃考えていることをまとめておきたい。

朝霞市のやっている地域ブランド推進という政策が、どうもコンセプトからしておかしいのではないかと思っている。

もちろん、地域で作られている製品・商品が、それぞれの商工業者で最善の努力が払われ、それなりの商品になっていることは否定しないし、なかには全国的に一流の技術で作られているものがあることも知っている。

しかし単なるブランドでなく、地域ブランドというからには、何らかの地域性に根ざしていなければならないし、地域社会での人のくらしや人間関係あるいは街によっては歴史に根ざした製品であることが不可欠であるように思う。
ところがどの製品を見ても、ベッドタウンとしての朝霞市民の暮らしから生まれたであろうものはなく、たまたまそれぞれの業者が朝霞で商売をやって作られたものがほとんどである。市民の多くは尊敬を払いながらも、しかし生活の中で、愛着を持って使っている品物は限られている。

役所がやるからには、こうした事業は、商品広告であってはならないように思う。もちろん市長トップにセールスをせよということについては否定しないが、所詮、ビジネスマンでも何でもないただの権力者がセールスマンになってもやれることとやれないことはある。
役所や市長がすべきことは、商品そのものの売り込みではなくて、商品をとりまく環境づくり、すなわち本来はブランド力のある地域にしていくことではないか。武蔵野市や鎌倉市、小布施町など立派な街を引き合いに出すにはおこがましいが、近隣では、地下鉄が来たという外的要因があるにしても、以前は朝霞より未開なイメージのあったにもかかわらず今では地域への愛着心や地域を変えていこうという市民の動きが盛んな和光市などいい例だと思う。
たとえ商品広告を主軸にやっていくにしても、市民の暮らしや人間関係が良くなって、ブランド力のある地域になっていく副産物やメルクマールとして、地域ブランド産品が出てくるという絵にすべきではないかと感じている。

意識調査では朝霞市に住んでいる人に不満足な人は少なくない。そのことで市役所は開き直っている。しかしその意識の多くは、たまたま東京に近いのに、家賃が(相対的に)安いとかそんな、地域と切り離された、下車駅としての評価でしかない。
市民の無意識のところではそんなに朝霞市に愛着や満足があるのだろうかと思うことがいくつかある。
少し所得が増えれば少しメジャーなところに引っ越していくし、有名大学に行った息子・娘は、親の介護の必要でもなければ少し不便な朝霞市に戻って来ない。障害者やときには子どもの保育事情で、板橋区や練馬区に転居していく。いろいろな調査で、市内に友人が2人以上いる朝霞市民は半分以下で深夜、東上線に乗ってからは孤独に帰宅する朝霞市民像が浮かんでくる。
そういう切り口で見ると、とてもじゃないが、ブランド力のある地域になっているとは思えない。まだまだだと思う。

ブランド力のある地域とはどういうことだろうか。
第一には、人間関係が盛んで、さまざまな局面で、市民どうしのかかわりによっていろいろな問題が解決されている状態が必要だろう。そういう意味で、今のように市役所がいつも真剣な情報公開をせず、市民による意思決定をさせない限り、ブランド力など生まれることはない。
第二には、優秀な人が住んでよかったと言って歩いてもらえるような街になること。具体的には多様性への対応であろう。役所に出入りする有力市民発で、少し目立つ市民に対して後ろ指を指したり、陰口をたたくような地域性は、一流の技術者、研究者、芸術家、企業経営者など能力ある市民にとって暮らしづらいし、自らの能力の発揮を抑制せざるを得ない街である。残念ながら、朝霞市はこの点で問題が多いと思うところがある。
第三には、やはり教育や福祉など行政が責任を持たざるを得ない、人を支える行政サービスの水準が問われるだろう。電車で塾に通わせなくてはならないような教育水準では人材流失は進むであろうし、保育でいきづまれば働き者は出て行かざるを得ないし、たまたま障害児を抱えている家族にとって障害者福祉が立ち遅れていれば、さまざまな抑圧に耐えるだけの地域にならざるを得ない。持病を抱えてしまった人にとって満足度の高い医療水準がなければ命のために転居せざるを得ない。この街に助けられたから、この街で何かしたい、と思えるような行政サービスにしていかなければ、他の市の市民の前で引っ越しておいで、と言えるような街にはなかなかならない。

ベッドタウンなのに、東上線の沿線なのに、住宅費が低い割には、そういう前置きのもとに、朝霞市は住んでよかったと実感できる施策が展開されているかどうかが問われている。
残念なことに、行政サービスという点でいうと、コンサルタント丸投げの政策企画力のもとで、凡百で、自己満足みたいな施策しか行われていない。そういうことを直さないと、ブランド力ある地域はできっこないと思っている。

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2010.08.06

8/6 行革じいさんにとって知りもしない福祉国家がムダなのではなくて、福祉を必要としている人が周囲からいなくなってほしいだけ

きょうの先の記事で、朝霞市の外部評価委員会で行革じいさんたちが保育園制度も知らないで保育園に税金のムダがあるのではないかとやり玉に挙げた件に関連して、そういえば、EU労働法雑記帳で、こんな記事が紹介されていて、まさに保育や介護を、先入観でムダがある、行政リストラの対象として選んだ朝霞市の外部評価委員の体質そのものなんだろうと思って読んだ。

EU労働法雑記帳 進化論生かじりの反福祉国家論

まぁこんなローカルな世界で福祉が税金のムダ遣いと思っている人は、ここで紹介されている藤沢数希氏のように福祉政策がムダという経済学説の論争をしているのではなくて、そういう論争があるということの尻馬に乗っかって、福祉を必要としている人なんか朝霞市にとってムダと言いたいように思う。それを競争原理による社会の進歩のためみたいな発想に結びつけて、正当化している。巷の行革じいさんなんかそんなものだ。

ところが自分が困った途端に、泣き言を言って、誰よりも自治体に福祉を表口からも裏口からも要求したりするもの。それが自己責任らしい。そういう人を何人か見てきた。公立保育園を口汚く罵ってきて人が、認可外保育園を使わずちゃっかり公立保育園を利用していたり。

●例えば、保育園が育児放棄なんて言うような類の人の中に、女房を働かせているような軟弱な男なんか気持ち悪い、というような言い方をする人がいる。これも、福祉がムダと思っているのではなくて、福祉が必要な人が気持ち悪いと思っているのだろう。

●人々が自動的に助け合う仕組みがあって、それでお互いが楽になって、やりたいことやって、社会が成長していくというプラスイメージを考えることが、日本人には会社という場以外は苦手なようだ。実害もない相手に対して、どうしてもひがんだり妬んだりする癖が抜けない。人の欠点や弱点の形式的なところだけ問題にすればいいのに、内面まで問題にしたがる癖も良くない。

●まぁしかしこうした行革じいさんというのは、半分以上が、退職後も企業年金をはじめ企業内福祉の恩恵を受け続けていたりするんだなぁ。企業内福祉というのが、もはや福祉国家以上にムダで限界だらけなんだけどもなぁ。後輩がリストラされたり、非正規労働者だらけになっても、日航みたいにならない限り、誰も外部評価しないわなぁ。

●マンション乱売して、身寄りのない新住民を大量に受け入れてしまった朝霞市は、そのツケを、いつか福祉で払うしかない。その準備をしなければと考えている人がどれだけいるのか。市役所は税金のやりくりができなくなる、という自分たちの食い扶持の話しかしていない。地域社会がどう維持できるのか、身寄りがなくて他にいくところのないこれからの高齢者をどうしていくのか、そうした高齢者のために税金を払い地域を支える若い世帯にどういう満足度を提供するのか、真剣な議論がされていないで、うるおいだの水だの緑だの、浮ついた言葉だけ、貸会館ばっかり作り、地図に塗り絵してばっかりの、屁の役にも立たない都市計画しかない。

●先の記事の続きで、朝霞市は東上線沿線の自治体や近隣市の良い事例を勉強しにいくことをとにかく嫌がる。電車賃で数百円で勉強できるのに、市職員も市の行政委員も行かせてもらえない。
議員には視察と称して、新幹線や飛行機でしか行けないようなところに視察に行かせているのに。そのバランスの悪さがよくわからない。
市職員が少なくて、手抜き行政をせざるを得ないから、何でも「朝霞市らしい」我流の施策しかできない。似たような近くの自治体で実現できているような良い政策を見に行くことは、朝霞市でなぜできないのか、という本当の問題をつきつけられるから、行かないのではないか、といぶかしんでいる。

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8/6 やっぱり無知な朝霞市外部評価委員会

先日の記事で、外部評価委員会の問題を取り上げたが、昨日の委員会の報告はこちらで取り上げられている。

朝霞市外部評価委員会 事業実態を把握せず、利用者の声も聞かず、評価するのは拙速過ぎだ

税金の無駄づかいと標的にさらしておきながら、ほとんどその内容について無知蒙昧だったことをさらしているらしい。2時間の大半を、保育政策の1パーツに過ぎない認可保育所への補助金と、待機児童対策として代替的に推進されている市の認定した認可外保育所への補助金について、制度の質問に終始していたらしい。
保育所制度について理解もせずに、ムダがあるのだろうと標的にしていたということだ。補助金が税金の無駄づかいかそうでないかも短時間で判断できないらしい。それこそ、長妻昭のまねごとをしたがっているだけの行革じいさん・ばあさんの勉強会のために、ムダに委員会開くことこそが税金の無駄づかいである。外部評価委員たちこそ、市民集会でも開いて外部評価をやってみたい。
すべての有権者による検証が可能なように、一日も早く議事録が公開されることを望みたい。
18日にこの委員会は結審して、①保育、②介護、③地域ブランドについて、継続、改善、拡充、縮小の評価を下すらしいが、評価なんかできるのかね。無難な改善とか選びそうだが、委員たち自身が中身の何を改善したらいいのかわからないまま判定するんじゃないのかね。

さて、朝霞市の外部評価委員会については、EU労働法の研究者の濱口桂一郎先生も酷評していただいている。阿久根市ではなくて東京都に隣接する朝霞市です、という紹介。
EU労働法雑記帳 2010京都自治研集会の後半

ところで、朝霞流の外部評価委員会の不十分さについては、保守系無所属の朝霞市議の神谷大輔さんが、すでに昨年末の市議会で指摘している。

神谷大輔 平成21年12月議会一般質問

外部評価について、事業仕分けの標準モデルを基本にやったらどうか、という趣旨の神谷市議の質問に対して、市幹部は木を鼻でくくったような制度説明の答弁をした。それに対して神谷市議は、①県内で事業仕分けをしている自治体に見学に行くとかしたらどうか、②庁内のやり方だけでは不十分ではないか、と再質問したところ、①については「委員に伝える」、②については、「事務事業評価につきましても、私どものほうとしては、内部であれ、一定の評価があって、翌年度以降の予算の箇所で、箇所づけのときに実施事業のヒアリングという形でそれなりの目的を達成していると思っております」との答弁で終わり。論理のやりとりではなく、まともな答弁ではない。この市職員は議会をバカにしているのだろうか。

さらに神谷議員は、和光市や富士見市の事業仕分けを紹介して、市民と一緒にふりかえりをしていくことの重要性を説いているのだが、市幹部は「ただ、他市の例を出して恐縮でございますけれども、和光市の場合は、既に45事業というのが選択をされて、その中の評価人というのは5人で評価をされたということもございます。果たしてそれが、本当に市民の代表した形で望まれる事業が市民のためになるか、あるいは自立を拒まないかとか、受益者負担の観点から適正かとか、いろいろな観点から評価がされたんだと思いますが、まだまだその辺につきましては、確かに自治体にとっては必要なことだとは思いますが、そのやり方については、まだまだ検討の余地があると思っておりますので、他市の例などを参考にさせていただきながら、しっかり私のほうとしても事業仕分けをする場合には考えてまいりたいというふうに思っております」などと答弁している。

5人の市民仕分け人が問題だと言い放っているが、ほとんど多くの市民が知らないところで集められた朝霞市の外部評価委員会の市民委員3人がやったことは、結果的には広く公開されないところで議論した結果、もっと問題なことだったのではないかと思う。また、答弁の最後に
「私のほうで」といろいろな人の提言をシャットアウトするような物の言い方は何ごとかと思うところだ。こういう役人がいるから、政治主導なんてことがある日突然わき起こって、収拾のつかないことになる。言葉に気をつけろと言いたい。

市役所は、神谷市議が杞憂して質問したことをちゃんとやっておけば、労働法学者までがバカにするような結果にならないで済んだのでなはいか。
しかし、そうした質問をシャットアウトして、我流にこだわり、社会的弱者の市民が利用しているサービスを標的にすることを許したことで、このやり方が全然公正で、一定の客観性が担保されたものではないということが明らかになった。

●市議会の論戦だけ検証すれば、こうしたまともで真剣な質問ができる市議が出てきたことは、2007年11月の市議選の結果はまんざらではないと思う。

●市役所の非民主的な職場風土が、違う意見を採り入れられない、進取のない後進的な市役所になっていると思う。その背景は、世間で言われているように公務員労組があるせいではなくて、朝霞市には職員の労働組合がなく、縦系統の庁内合意のシステムしか持っていないため、市の幹部の判断間違いを是正する仕組みがないことに原因があるのだと思う。

●このときになされた神谷議員の他の質問も興味深い。
なぜ朝霞市の人件費が全国最低水準の一方、物件費が全国最高水準なのかという質問をしていて、市幹部は「外部委託が多いためです」とあっさり答えるに留まっている。背景事情も説明しなければ答弁じゃないだろこれ。市議会をバカにしている。
市職員の数が少なすぎるために、物件費から賃金が払われる臨時職員や非常勤職員が多い、物件費で計上される市の業務委託などが多すぎるのだろう。さらには、市職員が少なすぎて能力の蓄積ができていないために(このことは市の職員に政策の質問をすると今の政策宣伝の外にまともに答えられないことが多いことからもわかる)、コンサルタントへの依存が高すぎるからである。コンサルタント会社に払われる費用は物件費である。
ルーチンワーク以外の市の推進する施策で、1000万円前後のコンサルタント料が払われていないものは皆無に等しい。企画に関わる業務はほとんどコンサルタント丸投げで、市民が「どうなるの?」と質問してもコンサルタントの判断なしには答えられないことが多い。

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8/6 民主党内で反首相の自由はあるだろうが、結局何をしたいんだろうかね

財政出動路線に戻れ…「反菅」会合に延べ250人

山岡氏が息巻いたらしいが、山岡氏の稚拙な国会対策が、民主党への不信感の底流にあることを棚上げしてよくやった集会だと思う。

また、テレビニュースでは、平野博文前官房長官もさかんに現首相批判をしたらしいが、誰のおかげで今日こんな展開になってんだよ、と思う。平野氏がきちんと仕事していれば、そもそも反菅どうの以前の状態で済んだはずだ。

鳩山氏もどす黒い。

菅氏やその周辺の政治姿勢を批判するにしても、党内からけじめなどと称してやめろやめろのコールをするのはどうかなぁと思う。国民の多くは菅氏に批判的であっても、菅氏がやめたってねぇ、という評価だろう。私はそれなりに評価しているが、政治に距離のある国民にとって、小沢院政の復権ということについては拒否感が高いと思う。

1979年総選挙以来、消費税増税を言ってはダメだろ、という「こんなもんだ」というもんだの政治の論理は、政治家も国民も相変わらず。しかしそれでも、第一次、第二次の事業仕分けで、新しい思い切った政策をやれる財源なんてもうほとんどないんだ、ということも国民が理解してしまって、昔よりは、社会保障を壊さないためには消費税増税はいつかしょうがねぇよなぁ、と思い始めている世論になってきているのも現実。菅首相の消費税増税発言は、長い目で見れば、歴史に通らざるを得ない仕事をしたのだと思う。
反消費税増税で、雇用を生まない大規模な財政支出を続けて、結果景気が回復できなければ、やがては政府にに頼らずがんばれという、第二の小泉純一郎を創り出すことになる。そんな不幸はもうゴメンだ。

菅首相を批判して引きずり降ろそうというのをやりたければ、思想も考え方も深い検討もされていない、昔のマニフェストがいいんだで済ませて、政局づくりばかりやっていてそれでいいのかと思う。まぁ、衆院選のマニフェストだって民主的に作られたわけじゃないからね。保育政策なんか関係者に意見聴いたんかい、と反問してみたいものだよ。
もし、昔のマニフェストに戻れという運動が成功して、菅氏が退陣したり、党首選で敗れて首相の座を降りたときに、国民は民主党という存在そのものにどういう評価を下すことになるだろうか。次の総選挙を待つことはなく、第二の羽田政権や、新進党のようになっていくのが関の山だと思う。

●まぁ、しかし引きこもって特定の若手代議士と昼食ばかり食べている首相もどうかと思う。ふだん大事に面倒をみていない子分といくら会って決意表明しても何にもならない。
政治家と経済評論家以外の人を含めて、もっと積極的に開かれたかたちでいろいろな人と話をしていかないと、反菅派が言いたい放題やっていることに対する流れや議論が生まれないし、消費税増税発言を挽回したり補強したりするような動きも生まれてこない。

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8/5 杉並区議会で自民党と民主党が合併。社民党も。

杉並区議会で、大政翼賛会会派が誕生したらしい。

民主党会派の7人のうち6人が離脱し、自民党と17人の統一会派を作ったという。二元代表制の地方議会でこんなバカなことをする必要性は何もない。

しかも驚くことに、その自民党に合流した民主党の議員の中には、社民党だったんじゃねこの人、という名前も。調べたら、今年に社民党から民主党に鞍替えしたばかりの議員。

●革新系人士には、中央線沿線に住むことをありがたがるような人が少なからずいるが、その憧れともなる杉並区の政治風土たるや、どうかしているんじゃないかと思っている。かつては岩崎ちひろの夫や、公明党のスポークスマンみたいな議員がいて、華やかな政治風土であった。が、中選挙区制時代の1990年総選挙で、自民と社会で5議席を3-2で分け合って、かつしかも当選してきたのがどれもこれも没個性的な以来、国地方とも地域運動に根ざした議員が圧倒的に少数派になったように感じるし、与党も野党も保守体質の人間たちばかりになったことなど強く感じる。今や石原伸晃が絶対落選しない選挙区になっている。

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8/5 まともに止まれない電車を走らす東京メトロの天下り社長を証人喚問せよ

今朝、乗った地下鉄にびっくり。

地下鉄成増でも、地下鉄赤塚でも、平和台でも、電車が停止位置にまともに止まれないらしく、何度も停止位置を直していた。またそれが、停止位置を10センチか20センチ直すのに、1分近く考え込んで動かない。

いったいどんな運転士を養成しているのか、いったいどんな電車の整備を行っているのか、と思う。

そんなこんなで結局35分程度電車に乗るところが45分もかかる。平均時速だと、20km/hを下回る。徒歩より速いが、自転車とどっこい。バイクより遅い。

もう副都心線が直通して以来2年になる。まともに定時に走ったことをみたことがないが、とうとう、毎駅毎駅止まれない電車というのは初めての体験。いつか大事故を起こすのではないかと思う。まったく安心して乗っていられない。

こんな危ない地下鉄を動かしている東京メトロの社長を国会に証人喚問して糾すべきである。

●帰りは帰りで、地下鉄どうしの乗り換え駅で2分差で接続する電車がないことがわかり、それでは帰宅が20分以上も遅くなるため、結局、240円余計に払って迂回。こんな不便な地下鉄があるかと思う。

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2010.08.05

8/4 再来年の大河ドラマは平家物語

2012年の大河ドラマは、久しぶりに明治維新でも仙谷時代でもなく、平清盛だそうで、期待したい。

もうしばらく、戦国時代と明治維新に食傷気味。ドラマと司馬遼太郎で、バカな政治家ほど坂本龍馬はじめ明治維新の志士ばかりに自分を模して、そんなことも含めてイヤになっていたところだ。

しかし明治維新か戦国時代でないと、視聴率が下がるというのも過去の法則。視聴率など気にせず、やってもらえたらと思う。

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2010.08.04

8/4 行方不明の人の年金照合はできるわけがない

生活感のない政治家たちが、短期間のうちに年金未照合データをゼロ件にする、などと息巻いていたが、どうしたんだと思うが、そもそも不可能だと論証するような事件が相次いで起きている。

長寿のお祝いをすべき高齢者が行方不明という事件が相次いでいる。

この国では、住民票の届け、死亡届、出生届など、識字力のある人によってめでたく届けられることが前提となっている。家族関係が壊れていたり、届けるという考えも及ばないような人、字の読み書きができないことなどにより届けるための能力がない人が、実際に存在するのかどうなのか、役所は知ることができないし、よく考えればまれでこそあれ、ありうることだ。

そうしたことを想像もできないで、めでたい標準的な中産階級の家庭像しか想像できず、年金未照合ゼロなんて法螺話をしてきたことで、年金制度の議論や、公務員への信頼、はては税財政への必要な議論をさせないように混乱に陥れてきた、一部の政治家たちの鈍感さには改めて呆れかえる限りだ。

その鈍感さで担当大臣になっているのもいるぐらいだから困ったものだ。

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8/3 見苦しい前原派

前原国土交通大臣が、沖縄市の泡瀬干潟の埋め立てを容認したという。

八ッ場ダムがどっかいってしまっている状況といい、まったく公共事業見直しで格好つけていただけで、結果としてはネジが逆戻りしている。

見直しした内容が経済合理性があるなどと言っているが、泡瀬干潟にスポーツ施設を作ったり何したりして、いったいどれだけの集客力があるのか理解できない。

●前原派の面々が、最も民主党でラジカルなことを言っていたと思ったら、小沢系や鳩山系より、ちっとも面白くない現実追従の政治家たちになっている。

無意味な、みんなの党との連立を模索したり、バカじゃないだろうかと思うことが多い。

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2010.08.01

8/1 阿久根市長・気に入らない奴だから補助金を出さない!

自称改革派の強みとは、公正なルールにのっとって物事を決めるということのはず。

阿久根市の竹原市長は、市内の保育園に出すべき補助金を、反市長派が経営しているという理由だけで差し止めたという。

こんなことは極めて改革以前の前近代的な意思決定であり、とんでもない話である。自分の気に入らないところには金を出さないということは、癒着だのなれ合いだのより許してはならない話であろう。

阿久根市長を擁護する議論があるが、少なくとも他の自称改革派市長はここまでひどい話はないと思う。

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