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2010.05.05

5/5 和田中のよのなか科の若者バッシング授業

今見ていたNHKニュースで紹介されていた和田中のよのなか科では、今やいったいどういう授業をしているんだと思う。

就職できない人がいるということに、大学生が欲が強いから、とか、コミュニケーション力がないから、とか、若者バッシング言説を引き出して、働いたこともない中学生に脅迫観念を植え付けている。仕事が余っているならそういうことを教えても正しいが、それでいいのだろうか。就職できないことを、個人的なものだけに押し込んでいいのだろうか。何だね「コミュニケーション力」がなっていないって。中坊(ちゅうぼう)が「なっていない大学生」などと言っている。働いてもないのにふざけたこと言うなって。これが教育かね。

まぁ、彼らの親世代は、バブルの真っ盛りに就職しているし、その後も上手に生き残っている世代、そして杉並区に居を構えた人たちだから、平身低頭仕事を探してもないということに実感がないのだろう。

今の大学生がどれだけ就職活動に苦労しているのか。先日、某東京6大学の先生と話す機会があったが、100社受けに言って、90社断られてということをしている。私が就職活動していた頃の6大学の数ランクも下の学生がやっていた10倍の数字。聞けば聞くほど気の毒な状況で、就職するまでにメンタルを病む学生も少なくないという。
社会の成功者であるテレビキャスターが今の若者はみたいなこと言っていたが、このキャスターの就職の苦労なんかより今の大学生の方が苦労している。就職できないのは、本人の資質より、雇用がないことと、時代に合わない求人活動・就職活動をさせられているから。

結果として、自己主張せよ、夢を持てと教えているが、そういうことがはじめに戻って「就職に欲が強いから」ということにならないのか。悪循環なことをやっていると思う。芸術家やスポーツ選手を呼んで職業意識を教えても、ますます欲が高くなって就職活動で苦労する話になるだけではないか。

その民間人校長の出身は「就活のばかやろう」で、滑稽な就活のあり方を演出して批判されている就職紹介誌の会社から迎えた校長らしい。前任の校長に比べて、少し質が下がっているように思う。

●こういうご時世なら、とにかくどんなところでもいいから就職しろ、と教えるのが正しいのではないか。あわせてそうした職場でどうやって人権蹂躙させられないようにするか教えるのが正しいのではないか。労働者としてエンパワメントされる教育が全くされていないことに憤りを感じる。

●就職にうまくいった若者や先輩の事例や、新しい公共など、少数者だから成功している事例を、この過酷な社会で一般化しているところにほんとうに不毛だなと感じるところ。
コミュニケーション能力がどうのこうのなんて15年前まで誰も言われなかった。似たようなものに社風に合うか合わないかという言葉があった。社風は採用する側、される側の個別事情。しかしコミュニケーション力と言うと、社会一般に何かある能力のようなもので、しかし計測不可能なものをもって人をランク分けするような居心地の悪さを感じる。それがこと知的障害者や発達障害を持っている人になってくれば、差別にほかならない意味を持つのだろう。

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コメント

>少数者だから成功している事例を、この過酷な社会で一般化しているところにほんとうに不毛だなと感じる

「不況でもがんばる企業」とかマスコミが好きな特集。
あれなんとかなりませんかね?
魚が少ない海で、たまたまポイントを見つけたからといって、それがすべての釣り客の参考になんかなりゃしないのに。
必要なのは、誰でもそこそこ努力すれば魚が釣れる海を探す(作る)ことでしょ。

投稿: 飛び入りの凡人 | 2010.05.07 09:53

何か門脇厚司氏辺りがいう「社会力」ってのが変な方向に向かっているって気がしちゃいますね。これは・・・・・

投稿: 杉山真大 | 2010.05.07 18:32

中学も大学もないです。
「親バカ教のゆとり脳のクソガキ共」は全部いらん。ガキはいらん。これだけです。

投稿: リンゴ | 2010.06.08 21:13

初めまして。

今こちらのブログを拝読させていだだき、ここまで読んできた途中です。
いろいろ示唆に富む話題が多いので、非常に刺激されております。

この記事についてですが、
少数の成功者や、スポーツ選手や芸術家、科学者などの特殊能力で活躍している人を理想の姿とするのは、ある種の欺瞞だと思います。

小学校低学年生ならともかく、中学生にもなればすでに自己の資質はかなりの程度は把握できます。それを、夢を持て才能を伸ばせとか言って、やたらと目標を高く設定されれば、勝算の見込のない不毛な競争に突入しなければならなくなってしまいます。
それよりも、自己の素質と限界をしっかりと見きわめた上で、社会に出ても食い物にされずにしたたかに生きていく術をまず身に付けさせるのが本当でしょう。

こう思いました。

投稿: iMac2.4 | 2010.09.08 10:30

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