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2010.05.03

5/3 憲法記念日23年

憲法記念日。

23年前のこの日、日本社会党の党首になった土井たか子さんの憲法講義を高校のときの闘う仲間と聴きに行く。無防備にも最前列で聴いていたので、当時の写真週刊誌「フォーカス」に、土井党首が市民の間に打って出ていく一記事として私と同級生が聴いている写真が掲載された。これが私の初めての具体的な政治参加の日だった。

●そのおたかさんが、週刊誌等で体調が悪いと伝えられていて心配である。

●憲法改正に対する世論が沈静化して、少しほっとしている。
憲法を変えるんだ変えるんだと、変えることを自己目的化してきた政治家たちの、勇ましい売り込みと対照的な無様なありさま、無責任な政権の結末を見て、多くの人が冷静になったのだと思う。
しかも、その政治家たちが作り上げたこの社会の不幸を皮肉にも憲法が支えになった。誰も見向きもしなかった憲法25条は、この数年の間、非正規労働者や失業者に対する生存の正統性の支えになった。そして皮肉にも憲法25条は、GHQの原案にはもっともっと弱い書かれ方をしていた条項である。第9条だけをもって是非を語ることのナンセンスが理解されつつある。

●護憲を自己目的化するつもりはないが、日本国憲法は若干の検討の余地があるにしても、大筋で時代に合わないとか、押しつけで日本の文化がどうのということは感じない。むしろ、今日的状況を穏健に乗り越えていくための形式をきちんとふまえているように思う。

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コメント

はじめまして。

管理人さんがコメントされた

>今日的状況を穏健に乗り越えていくための形式をきちんとふまえているように思う。

の部分について、どうしてそう思われるのか具体的に教えていただけないでしょうか?

よろしくお願いします。

投稿: 責任 | 2010.05.09 04:17

「統治機構」という面から説明すると、一つは議会主義の徹底にあると思います。戦前のように権力が多元化していると、それぞれが勝手に民意や正義を代表して、あちこちの権力の暴走が抑えられず、最終的に暴れたものがちみたいな状況ではないところです。
理念面で言うと、憲法25条の生存権と最低生活保障、憲法28条の労働基本権、その後の適正な刑事手続きなどが、国家を壊したり、他国を侵略するのではなく問題の本質に向き合ってものごとを解決すべきとする理念を立てているところです。

投稿: 管理人 | 2010.05.09 22:46

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