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2010.03.29

3/29 とんがって書き続ける小林美希さんの日経ビジネスの連載

とっても尊敬している友人の小林美希さんが、日経ビジネスの「守るべき弱者はどこにいる?」という連載で、看護士、介護士、保育士の労働の現場についていいルポを書き続けている。

介護業界で“男の寿退社”が相次ぐワケ 介護福祉士の33歳男性のケース

「お産難民」――医者も妊婦も救われない少子化対策

もうこれ以上、医療を支えられない

職員も保護者も子供も、幸せをつかめない

これまで、こうした公共サービスで働く人たちの労働条件について冷ややかであった日経ビジネスがこうした連載をしていることは画期的。

小泉構造改革の暴風雨のさなか、若者といえばパチンコ屋の前で無気力にしているというイメージばかりが先行している中で、労働の現場でひどい目にあっていると最初に告発したのは、小林さんであった。
私と違いイデオロギー抜きで、どこまでも働く人によりそい、寝る間も削って、人の話を聞き、書き続ける小林さんにエールを送りたい。

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3/29 国家公務員の政治活動は合法の幅が認められる

国家公務員(当時)が私的な時間に、政治的自由としてビラ配布をしたところ捕まり、国家公務員法違反で逮捕される事件があった。

それに対する一審の判決は有罪。ところが今日あった東京高裁の判決では無罪となった。
私的な時間に公務員という立場を利用せずビラ配布を行ったことは、政治的自由としての一つとして、刑事罰を科すのは違憲という内容。国家公務員の政治活動の一切を否定した猿払事件の判決を見直す判決となった。

公務員が著しく民間労働者と異なり、政治活動が一切してはならないなどという、前時代的な法解釈がまだまかり通っている。私的な時間すらいかんというので、公私の峻別すら認められていない。
公私の時間を問わない身分であるという公務員観は、公務員を特権階級化していることの裏返しで、今の公務員の実態にはそぐわない。今の多くの公務員は、官僚よりも、一般的な事務員や現業員であり、民間の労働者と著しく働き方が違うとは言い難い。

そういう中で、「政治行為の禁止の範囲が広すぎる」と指摘した判決は、先進国には不十分であっても、時代の流れの方向に合う判決だと思う。

公務員のとらえ方と、政治活動一般に保守的な裁判所にしては画期的である。

●公務員の政治活動の禁止は、役所というマシンを使わない、市民の立場の弱いことに付け込んだ地位利用しない、事業の見返りなどをしない、などの範囲にとどめるべきだろう。あんまり他の民間労働者との違いを強調してストイックにすると、ますます不透明なところに追い込むように思う。

●この事件の頃、共産党のビラ投函が次々にやり玉にあがり、共産党以外も政治活動としてマンションや公務員宿舎へのビラ投函ができなくなったり、風通しのよい政治ができなくなるようなネジが巻かれた頃である。

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3/29 上越市の子育て支援

20:00~のNHK福祉ネットワークで、上越市の子育て支援政策が紹介されていた。
①24時間365日の公設保育所、②子育て支援団体とのパートナーシップによる子どもセンターの運営、③企業へのお父さんへの子育て啓発がその内容。

①については前々から聞いていたし、開設してすぐにうちの労組の機関紙でも紹介されていたので、こうした番組で紹介されてよかったと思う。
これまで24時間保育というと、夜間操業のある企業城下町か、日本を代表する繁華街しかなく、それも公立ではなくて、民間の情熱的な福祉事業者が孤軍奮闘しながらやっているというのがケースだった。
典型的な保育サービス以外の保育サービスには、行政もサービス事業者も及び腰のようなところがあるが、24時間365日絶対安心できる、というメッセージを出すことは大きな意味があるように思う。
世の中、権利を主張できない絶対的な弱者がいる。そういう人のためには率先してこういうサービスをきちんと確立させたということは公的責任をきちんと果たしたと言えると思う。

②子育て支援グループ市役所の職員の対応が映像に出ていたが、非常に対応が良かったように思う。支援グループが深い話をできていたように思う。

③父親に、企業経由で行政が働きかけることは良いことだと思う。地方都市ならではの取り組みだと思う。大都市圏だと、企業に行政が立ち入ることそのものが嫌がられる。子育ては働くこととの両立が不可欠で、職場発で啓発をすることは意味が大きい。

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2010.03.28

3/28 自治体がピンハネOKの子ども手当などやめるべきだ

子ども手当が最悪の展開をたどりはじめている。

財源が足りないからと、学校給食費と相殺したり、自治体の保育予算への流用を認める方向と、国家戦略相がぶちあげた。
市町村が社会的弱者のために予算も労力も使おうとしない中で、子ども手当が保育財源や給食財源として狙われることは想像に難くないだろう。天引きだからわからないだろうと、給食費や保育料値上げしたり、貯金したり、選挙対策の公共事業や土地の買い上げにまわすような自治体も増えるだろう。子ども手当をピンハネした分、そっくりそのまま自治体の子ども関連経費の増額に充てるなどというおめでたい自治体があれば見てみたい。
保育所整備や保育費の負担は後回しにするのも、まずは、あんたたちだけを恵むと問題だからすべての子育て中の親のために子ども手当制度を作るから、と妥協を飲まされてきた側からすると全く腹立たしい。

民主党が政権を取ってからというもの、子育てして働いている家庭にとって、見通しが明るくなることなどほとんどないままに、守られるべき確実な価値すらなくっなたと思う。リップサービスだけは一流だけども、彼らのどこかには、勝間や蓮舫のような立派なお母さんがいるんだから、と思って、小馬鹿にして政策判断している節がある。
現経済情勢のもとでますます仕事で追いつめられ、保育所は地方主権だ何だと甘い言葉の裏腹にその何倍もの財政支出を地域ボスがやりたい放題やっているのを横目で見ながら、言いたいこと言う場も時間も合わせてもらえずに、ダメな自治体は主権者であるあんたが悪いんです、みたいなことを政治家&行政学者&地域のヒマな行革じいさんたちに言われて我慢している日々。

現金配布で福祉をやろうなどという前時代のオヤジ的発想が限界だし発展性がない。今までどおりの価値観のところにさらにお金が流れるだけだから。
その上、現金配布してもろくなことはないからと、自治体にピンハネさせるぐらいなら、最初から制度設計をやり直すべき。国民に謝罪し、子ども手当など撤回し、税控除から給付の範囲での再配分の修正にとどめるべきだろう。

高度な先進国を自負するなら、福祉サービスの必要な人のために現物サービスをきちんと確保することが政府のやるべき課題で、そのための財源をきちんと確保することをやるべきだ。

●雇用の拡大なき経済政策のもとでの不況の長期化、リストラへの恐怖から、国民はより働いて節約しては貯蓄を増やし、物が売れずに不況が拡大している。
そうした中での保育所の利用者の爆発的増大と待機児童の倍増。保育所運営主体が、民間がどうの、保育ママがどうの、希有な事例ばかり引っ張り出して自己目的化した行政改革をやっている間に、保育所の整備が遅延してこのざま。どうしたらスピーディーに保育所が整備され、国民が安心できるか政府は示すべきではないか。20代後半~40歳までの人が安心できる社会を。

●子ども手当より裾野の広いベーシックインカムなんかは、なおもできるわけがないという事例。平均的サラリーマンが月2万円程度しか所得税を払っていないのに、月7万もどうやって支給できるのですか、ということになる。月7万支給するために、普通のサラリーマンが月の所得税を8~9万にしなければ今の財政でも維持できないということ。

●旧社会党以上にひどい民主党の意気込み、ハッタリだけの政策の羅列が、そろそろ曲がり角に来ている。でもできなるなると、政治生命を賭けて、とか、決断するんです、とか、有権者にとっては何の意味もない意気込みばかり示して、軽口を叩いてよけいに首が回らなくなる首相。普天間、年金、郵貯、どれも政権の危機になりそう。
「抜本的改革」と官僚支配批判ばかりを言い募って、実現可能性について証明不可能な政策を打ち出す民主党の態度に慶応大学の権丈先生が酷評。名古屋市の政争で市長が受けてしまうのを見ていると、日本の政治風土からそうなってしまうのもやむを得ない面もあるが、間違いは早めに正直に説明して謝って修正した方がいいだろう。
政府の事業仕分け以前に、民主党の政策の仕分けが必要なのではないか。

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2010.03.27

3/26 生活を壊すために笑顔で近づく環境運動家

視野の狭い環境運動は本当に嫌だなぁ、と思う話。

「ザ・コーヴ」出演女優、現地で漁中止訴える

イルカ漁をやめ、「憎しみをぶつけるのではなく、問題を解決しにきた。イルカ漁をやめて、美しい町が一大観光地になるよう協力したい」などとのたまわったらしいが、こういう気持ち悪い善意と笑顔で鈍感に近づいて来るのが本当に嫌だ。

また、ここに来るのにどれだけの自然破壊をしているのか。手漕ぎボートで船上は菜食でやってきたというならあっぱれだが、どうせ燃料使いまくる飛行機に乗ってきているのだろう。また、イルカや鯨の生命が守られるだけの環境でいいのか。ごみは棄て放題、ガソリンは垂れ流し、無駄食いの肥満体質の母国アメリカの環境に悪い生活態度、社会システムを改めさせる方が先決だろう。

●クソみたいなプロパガンダ映画が、有名な賞を受賞するというのは変な感じがしている。環境運動の皮かぶって、実は、普天間基地問題をはじめアメリカの言うことを聞かない日本への圧力の一環としてやってきている工作員か何かではないかと思うこともある。

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2010.03.26

3/26 JR東日本のホームページから謝罪が消える

一昨日の、埼京線の乗客閉じこめ事件で、JR東日本のホームページからすでに謝罪文が消えている。

大災害、大事故でもないのに、人を3時間も無為に拘束するということが問題だという認識はないらしい。一方で、死亡者が多数出た羽越線事故はともかく、信濃川の違法取水については、いつまでも謝罪文をホームページ上のトップに近いところに掲載している。

被害者がゴネて政治問題化したり、跳ね返りでJR東日本に被害があれば大きくいつまでも謝罪し、一期一会みたいな被害者には何の手当もしないというのは問題ではないだろうか。

JR東日本よりはるかに小さい、工事ミスした業者には多大な損害賠償が請求され社会的非難を浴びるが、今回の事故でJR東日本は振り替え輸送の経費と夜間の職員の緊急動員ぐらいしか痛い思いをしていない。
工事ミスは改善されるだろうが、また似たようなトラブルが起きたときに、乗客を何時間も閉じこめておくという対応は治らないのではないかと感じるところだ。

●トラブルの原因追及も大事だが、現に被害が進行している顧客が受けている被害が拡大しないように対応するのがサービス業として本当は重要。新自由主義社会に移行して、トラブルに対する損害を金銭に換算したり、細かいトラブルまで責任追及を厳格にやるようになって、被害の手当より、責任追及ばかりに血眼になる社会になっているように思う。独占企業だから許されているように思う。

●日本の鉄道システムを輸出する電機業界の動きをマスコミに報じることが多くなったが、詰め込み思想で何から何まで作られて、快適性のないあの乗り物を、海外の人が買おうと思うものだろうか。事故の少なさや信号保安設備などは評価が高いのだろうが、走行性能は時代遅れだし、車内設備は快適度外視で大量に運ぶ思想しかない。地方都市でも日本の標準的な電車はミスマッチを起こしているように思う。日本の大都市の独特な社会環境にあわせて育っているし、それに合わせたシステムになっている。海外のことは良く知らないで言っているのかも知れないが、もっと何かしないと外国で売れるとは思えない。

●週刊朝日「民主党の小さすぎるケツの穴」という記事を読んで、民主党が、トラブル発生時に、責任追及ばかりあけくれる行動パターンは同じだと感じる。合理的な説明を求めるというスタイルをとって、実は相手を追いつめるための政略に過ぎず、人や社会を幸せにするビジョンが全くないという態度。民主党の不祥事のあげつらいばかりやっている自民党、ニューパブリックの推進のために公務員・官僚叩きに躍起になっているみんなの党も同じ。

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2010.03.25

3/25 ごりごりの保守派首長がなぜカジノをやりたがる

ごりごりの保守派と言われる知事に限って、なぜカジノ誘致ばかりやるのだろうか。今度は、森田千葉県知事がカジノを実現させたいという発言。

県民にモラルを強調し、学校教育を利用して県民の統制を行い、その一方で堕落そのものであるあぶく銭経済の極致のようなことをやりたがる精神構造はまったく理解できない。

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2010.03.24

3/23 原因追及より乗客を監禁した犯罪性を問いたい

昨日の埼京線の閉じこめ事故について、マスコミは原因報道に明け暮れている。

原因もさることながら、こうした事故は必ず起きるのだから、乗客に長時間にわたって不愉快な思いをさせたり、健康被害を与えていないかを考えた対応を鉄道会社がとっているかが問われるべきで、マスコミはそこを報道すべきだろう。

おそらくJR東日本が原因情報を垂れ流しているから、それに飛びついているのだろう。本当は、あんな状態で乗客を3時間も閉じこめたJRは、記者会見をし謝罪すべきだと思う。マスコミは乗客を監禁同然にしたJRの人権侵害を追及し、次の事故にはもっとましな対応をさせるように報道すべきではないか。

また原因追及報道は、結果として、JR東日本が子会社または出入りの業者に賠償請求させたり、間違った工事をした担当職員から仕事を奪ったりすることを正当化するだけに終わるのだろう。事故で乗客に迷惑をかけて、謝った事後処理をやって、それでさらにますます鉄道会社の立場を強くする結果になる。

何だか皮肉な話である。

JRの謝罪文。3時間も暗闇で閉じこめられた人は納得するかね。

●鉄道会社は子会社から迷惑被害の賠償をさせたり、保険金を受け取ったりしておきながら、利用者には一銭も損害賠償をしていない。だからこんなとんちんかんな対応をして平気なのだ。閉じこめられて奪われた時間を賠償させるルールを確立したら、鉄道会社は乗客を人質に取るような事故対応をしないだろう。

●鉄道会社は日常的に乗客虐待を繰り返しているから、狭いところに人を閉じこめて人権侵害という意識がないのだろう。

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3/23 私大経営こそ事業仕分けの対象ではないか

朝のNHKニュースで、有名私大が株や債券に投資して損失を出していることが報道されていた。

私大だから民間企業と同じように思われているが、私大を経営する学校法人は株主は存在せず、法人の所有権はなく非営利団体である。まさに公的団体である。私塾と違って公教育をやるという意味でも、プライベートセクターなどというものではない。
そこが多額な私学助成金をもらって、株や債券に投資していたということは変ではないか。また、最近は、私大がこぞって学費を値上げし、私が学生であったバブル全盛期よりも1.5倍ぐらいになっている。つまり、経営が苦しい苦しいといいながら、膨大な内部留保を溜め込んでいる。誰もが所有しているわけではない非営利団体が、巨額な積立金を溜め込んだり、その利息や値上がり益で経営を成り立たせるのは問題ではないか。

そんなに内部留保を溜め込んでいる有名私大に私学助成をつぎ込むのは変だと感じる。
公的な団体や政府の外郭団体が、補助金もらって国債買っていたと問題になっているが、補助金もらって投機をしている有名私大は追及の対象にならないのだろうか。
あるいは投機をやって損失をした会社が、公的支援を受けたら、世の中では袋だたきに合うのだろう。

政府系団体だったら事業仕分けなのだが、学校法人というのは不思議な世界で、経費以上の補助金をもらって内部留保をやっても何のおとがめもないし、補助金の配分計算の根拠もあまり明確ではない。
こういうところも本来なら事業仕分けにかけられるべきなのではないか。立場が強い、世論への影響力が強いということで、何の整理もできないのだろうか。

●私大の教授たちが、日本は改革が遅れていると絶叫して、新自由主義経済を煽ってきたが、最も構造改革が遅れているのが私大の経営ではないかと感じた。
大学経営自身がユーザー不在で、投機や巨大施設の建設に走り、保護者の所得が低下している中で、学費の値上げを繰り返してきた。政府よりも10年遅れのやり方をやっている。政府は少なくとも税金はほとんど上げていない。準教授未満の教員、事務職員に対する処遇、職場内民主主義も立ち遅れ、問題の多い職場ではないかと思うところもある。

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2010.03.23

3/22 満員電車の車中に人を閉じこめておけるJR東日本の神経がわからない

埼京線の架線事故で、目白の駅構内で乗客が2時間も車中に閉じこめられたという。駅が目の前にあるのだから、降りる乗客の安全が確保されるなら、さっさとおろして乗客を解放すべきだろう。
ひどい目にあった乗客が、粛々と降りていって、誰もJR職員に怒りを爆発させないのが不思議でならない。

JR東日本は、しばしばこういう事故で何時間も乗客を車中に閉じこめる悪癖がある。埼京線といえば、減量経営のJRによる差別待遇を受けて本数も少なく、非常に混雑する電車で、何時間も閉じこめられれば、誰でも体や精神がまいるだろう。あるいは乗客どうしの喧嘩、暴力沙汰が始まったら、客のせいだと言い切っていいのだろうか。
安全だ二次被害だと、鉄道関係者はすぐ言い訳したり、鉄道マニアはかばいだてするが、2時間も乗客を放置できる神経はやっぱりおかしい。暴力沙汰を嫌う日本人だから我慢しているだけで、そういう気風も無くなれば、いつどうなったっておかしくない。そうした被害は二次災害と言わないでいいのだろうか。

数年前の京浜東北線でも、3時間以上の閉じこめがあったし、他にもうろ覚えでは何件もある。JR東日本のサービス業としての対応の悪さにあんぐり。JR乗るときには注意しよう。

●最近の鉄道車両の製造のやり方の一種に1かたまりのアルミニウムをプラスチック成形のようにして作る電車の車両があると聞いた。最近、東上線で入れられている電車がそれで、強度が不足するらしく、窓が開かないはめ殺しになっている。

鉄道の安全装置が過剰になって、トラブルがあればその対応は全て停止という対応が増えている。その上、運行の安全管理が集中管理になって、現場不在で集中管理しているところに判断が集中しすぎて次のアクションが始まるまでひどく遅くなってきている。事故になれば駅もないところで1時間は待たされる話がごろごろしている中で、そういう窓の開かない電車に酸素不足に陥る危険を感じている。乗らなくていいてきには、はめ殺しの窓の電車には乗らないようにしている。

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2010.03.22

3/21 高コスト体質を叩いたマスコミへのブーメラン

マスメディアにろくな体験をしたことがないので見るつもりもなかったが、だらだら見てしまった結果で見た「放送記念日特集・激動のマスメディア」の話の中身が興味深かった。マスメディアがインターネット情報との競争にさらされているというテーマの議論。改めて考えさせられる。

これまで、マスメディアの多数派はしたり顔の経済解釈で、新自由主義的言説に乗っかって、公務員の賃金は高い、日本の流通コストは高い、日本の人件費は高いと叩いてきた。そのマスコミが、視聴者からの投稿で、もっとコストのかからない報道で、双方向で行われればなどと言われてしまっていた。

番組のテーマが、視聴されないテレビ、購読されない新聞というところに問題意識が設定されているので、これまでさしたる悪意をもって高コスト体質となったわけでもない業界と同じように、自らに跳ね返って批判されてきているように思う。深刻なのは、マスコミに対する市民には批判する場所を持たないので、マスコミが直接批判されることはないままに、徐々に社会から居場所を失っているということだ。虚業だけに居場所を失うと食べる術を失うことになる。

●テレビは深刻だと思う。CMの費用に見合う営業効果がほとんど見られなくなってきたので、CMへの出稿する意味は、企業からマスコミへの経済的圧力という面が相対的に浮かび上がっている。何見ても金もらって報道しているんだろ、という感覚ができてしまっていて、全然情報に対する信頼感がない。テレビのサンデープロジェクトがひどかったが、ブラック企業の広告ばかりだった時代もある。さらには、最近の経費削減で、ダメ自治体の記念講演会並みの安直な企画で、有名人ばかり集めて雑談させるだけの番組ばかりになっている。誰がジャーナリスト精神だの、報道の中立だの、美しい言葉を信じるか、という気持ちになっているだろう。

●ニュース速報を撮して焦った声色で中継録画を流したテレビニュースを見て、こりゃ終わったと思ったりした。昔のニュースのように単調な画面であっても朗々と論理を読み上げてもらいたい。変な演出はやめてもらいたい。頭がバカになる。

●毎日以外の、営業もしない大手新聞の記者が、潰れた民間企業の記事で、そこの従業員に向かって「営業努力が足りなかったのではないか」と書いているのを呼んで、噴飯したことがある。地域で嫌がられながら押し売りみたいに数字を作っている販売店のことなんか、営業努力なんて軽々と書く記者は何も考えていないのだろう。

●一方で、タダ情報だらけになった社会というのはどういう状態になるのか、知る権利という面では不安も感じる。

●封建時代に戻せば、マスメディアなんてものはいらなくなる。グローバリズムもなくなるので、海外からの感染症の流入は抑えられる。中国人やベトナム人やインド人の低賃金との競争にさらされなくなる。高コストの航空会社などというものを維持する必要もなくなる。なんて妄想をすることもある。少なくとも環境にはとてもやさしくなることは間違いない。問題は田舎のボスたちに倫理と行動規範を求めることができるかだが。

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3/21 大型連休の分散化に対する違和感

大型連休の分散化などと愚にもつかないことを政府は構想しているらしい。

そんなにまでして旅行・観光でお金を使わせようとすることが何か腑に落ちない。まずは休めるのは正社員ばかりである。正社員でも厳しい競争におかれた産業は休みを取ることができない。
また道楽に大枚をはたける正社員にしか恩恵が得られない。収入の低いひとには、長い休みに道楽に明け暮れる人を横目に情けない思いをすることだろう。
遊ぶことにお金がかかりすぎる社会というのにどうも馴染めない。

作為的に休みを設定して遊ばせるお金があるなら、増税して、現物サービスの社会保障を張り巡らせた方が、雇用を創出し景気が良くなるのではないかと思う。

●労働者の休息権というのは大事だが、家族動員型の大型休暇のあり方が正しいという論理がどうも違うように思っている。バブルの頃から、まとまった休みとあれば浪費型レジャーに明け暮れたり、大型ワゴンで郊外に環境破壊に歩きまわるような文化にどうも馴染めない。
生活の中で、身近なところで楽しみがあり、毎日が過剰な労働ではない方が、生活のクオリティーが高いように思う。そのためには地域社会にコミュニティーがしっかりしており、かつ今風に多様性をきちんと認めるローカルがあることが大切だ。

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3/21 在宅療養は地域に根付くか

私が所属する朝霞市の地域福祉計画推進委員会が開いた「在宅療養」のシンポジウムに参加した。

小山市の開業医の太田さんが講師。
委員会で満足死というテーマで議論を始めた結果のシンポジウムで、150人の会場を埋める参加者があった。朝霞市で福祉などという地味なネタで人が集まるのはおどろき。嬉しい。

なぜこのテーマになったかと言うと、満足な死に方をするためには、生活の中で死ぬことができなくてはならない、という問題意識があったからだ。そのために朝霞市はあまりにも課題が大きい。ベッドタウンなので二世代、三世代同居は少ない。往診をしていくれる医師はほとんどない。介護と医療をきちんとしなければ、マイホームで孤独死か、病院での孤立死しかない。孤立死、孤独死が格好良いというゲージュツ家的価値観が蔓延することでもなければ、満足できる死があるという安心感を作らないと、あんまりよい地域という評価は確立できないだろう。

病院以外で死ぬためには、在宅療養が可能な地域社会にしなければならない。しかし、介護保険の議論でも、高齢者福祉の議論でも、医療の分野の話は保健行政にとどまり、医療についてはアンタッチャブルになっていたきらいがある。在宅の医療をどうつくり充実させていくのか、そんなテーマで、小山市で20年前から実践されてきた太田さんの講演をお願いすることになった。

太田さんは、一分一秒生きながらえるためにがんばっちゃうことによって、死までの人生がぼろぼろになってよいのか、幸せな死に方をしたいという人に寄り添う医療だったのか、という問題提起をしていた。患者の幸せのために医療が何ができるのか、という組み立てをして医療をやって、在宅医療という方法に至ったという。

話の中で、診療所の医師や看護師が、「久しく●●さん来なけど、病気でもしていないかな」というシーンを紹介して笑いを誘っていたが、元気な人にしか使いにくい医療になっていやしないか、というのは、私も常日頃感じている。

先生は、医療が必要なところに医療があればいいことで、患者を客として呼び集める方法しかないことに問題意識を持っているようだ。そのもっともラジカルなものとして、難病の子との旅行の話が何度か出てきた。
車いすを載せられない航空機、酸素吸入器を積めない航空機であった時代に、難病の子が高知県のアンパンマンミュージアムに出かけるのに付き添った話もよかった。日本ではこうした話は過剰な福祉、我慢しろで片づけられる話だが、先生は、自民党訪中団が医師を連れて行った話を引き合いに出し、金と権力のある人は昔からやってきたことだと指摘したことは良かった。

生と死が生活の中からなくなり、生活の中で生命を感じることがなくなった、という最後の問題提起も良かった。死の最期の風景は、生活の中でありたいと私も思う。

講演の後の会場から市内の開業医の発言があった。
在宅療養の勉強会は重ねられているようだが、大都市圏は開業医の後継者の若い医師はみな都内に転居してしまっており、24時間対応は難しく、なかなか在宅療養を実現するのは難しいという。
当面、病院や施設で高齢者が死ぬことが当たり前という状況は変わらないと思うが、何か地域社会に別の選択肢もあるんだという気づきが与えられて、いつかこうした社会になってほしいという希望が出てくることを期待したい。希望より高い現実はやってこないから、希望が高くあることは大切だ。

●太田さんが話しておられたが、1971年以降の医師養成数の倍増によって、専門医でなければ医師は食べていけなくなるという脅迫観念が根付いてしまったということは知らなかった。

●一分一秒の人生より、死んだ方がいいんだと取られる危険性があって、十分に注意しなくてはならない。大事なことは満足な死に方ということである。当然、本人の意思が優先されるべきだし、運命論的にそんなことまでして生きる必要はないなどとイデオロギー化すべきものではない。
この考え方は、医療費抑制という副次的作用があるにしても、医療費抑制のためにそうした方がいい、という議論をするのには反対である。

●先々月、職場でお呼びした権丈善一先生の「必要な人に必要な医療が提供できる体制」という言葉をかみくだく。

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3/22 アメリカの医療保険制度改革をめぐって見える「社会主義」とレッテルを貼ることの愚かさ

アメリカで医療保険制度の改革が行われ、僅差の議会の可決で前向きな方向に向かったが、それでも「社会主義になる」などと愚にもつかない批判をしている人たちがいるというのでびっくり。日頃、政府の効能を言えばすぐに「社会主義者」とレッテルを貼る日本の新自由主義者でも、公的医療保険制度を否定する人はごくわずかで、このアメリカの自由主義の原理主義者の存在には毎度驚かされる。でも白人ばっかり。

●この場合の「社会主義者」とは魔物としての社会主義者という意味で、共産主義に対する脅威を課題に宣伝されてきたアメリカならではのレッテルである。アメリカという新自由主義の母国と、中国という一足飛びに新自由主義化した共産主義国に挟まれた日本では、社会主義のイメージが中国・ソ連・北朝鮮しか浮かばず、公共事業ケインズ主義をもって社会主義などと言い放って無知をさらけ出しているバカもたくさんいる。

●こんなになってしまったのも、旧社会党が、社会民主主義の政党としてきちんとした道を歩まず、平和運動だけで団結して、右派は偽悪趣味的に自民党的な人間関係優先・コネ社会的行動をすることを政治だと思い、左派は左派内の統一と団結のために指導者自身も現実政治には使い物ならないと分かり切っているのに、わけのわからないイデオロギー論争に終始したことにある。日本ではついに社会民主主義を唱える政治勢力は無くなり、ポスト新自由主義の時代に、社会民主主義的な色彩のあるまともな処方箋があっても、何一つ通らない事態に立ち至っている。
日本では、きちんとした欧州標準の社会主義のイメージが根付かず、マルクスレーニン主義に毒された社会主義者と、社会主義=共産主義と宣伝してアレルギーを煽る保守勢力が、お互いに中国やソ連の受け売りの全体主義の変形としての社会主義を宣伝しまくったことに原因がある。
それでも80年代前半までは、そうじゃないと言い切る人も少なくなく、それなりに支持をする層も少なくなかったが、90年代からそうした基盤も崩壊していった。

●先週のAERAも社会主義化する日本などとタイトルを打っている。曰く子ども手当がそうなんだそう。現物サービスを充実せず、無差別現金給付を行うのであれば、それは新自由主義の変形である。

●私は社会民主主義者だが、それでも役に立って不幸な人が少なくなれば社会主義であっても新自由主義であってもいいと思っている。政策論争で負けそうになると、何かと社会主義とレッテル貼る方が、イデオロギーに振り回されすぎなんです。

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2010.03.21

3/21 組合のない自治体職員の賃金引き下げに、議員が押し掛けて反対してやる必要があるかないか

小山香朝霞市議が、少し難解な文章だが、朝霞市職員の給与改定(引き下げ)条例案に賛成した理由を書いている。引き下げに賛成したことについて、いろいろくさされているのだろう。

小山市議は、職員自身が団結権を行使して、人事院勧告が求め、埼玉県人事委員会勧告が示した給与引き下げに反対し、据え置きを要求しないから賛成したと書いている。公務員の労使関係となると世間の眼はバイアスがかかってしまうが、賃金・労働条件のなかでも賃金については、労使の話し合いの結果で決定するというのが、国際的なルールである。もちろん、諸外国が公務員賃金について日本国内で語られるイメージのように、労使で勝手にお手盛りの要求を認めているというわけではなく、当然に労使ともに民間賃金相場と比較して要求、交渉、妥結して決定されている。

小山市議が言いたいのは、当事者の一方の職員集団が権利があるのに行使もせず反対もせず、世間的ルールをねじ曲げてまで、革新系だからと労働者の利益を代弁することはおかしいということだろう。これは、革新系(といわず世界標準の民主主義)が本来実現させるべき労使自治の原則に議会が介入することと言える。労使で合意した賃金・労働条件を議会が変更してよいのか、という問題にも跳ね返る。
労使自治をきちんと前提として話をしないと、公務員には革新系市議が職員の待遇を守ってやれば、労働組合なんかなくてもいいんだ、という議論になりかねない。それは団結権の侵害ではないかと思うところもある。

臨時・非常勤職員のように喰うや喰わずの賃金で常時人権侵害が行われている状態なら、団結権の行使云々以前に決定権のある司司がきちんと労働条件を確保するように努めるべきという議論ができるが、正規職員の場合、改定前も改訂後も世間相場の賃金の範囲であり、第三者が保護してやるほど著しい人権侵害が発生している水準でもない。むしろ議員が一方的に守ってやるという態度は、団結権・団体交渉権に対する介入という人権侵害をひきおこす論理と表裏にあるということである。結果として、職員は組合なんか作らなくていいという態度になるし、そのことは職場内民主主義の確立を遅らせることになる。
どうしても朝霞市職員の賃金カットが非道だと思うのであれば、職員の労働組合結成ないしは、せめて労働組合に代わる役割を担う類似の職員組織の結成を促すのが本筋であろう。

●2012年に公務員に争議権以外の労働基本権が回復することで公務員制度改革の議論が進み、人事院勧告が廃止され、労使の話し合いの結果で賃金が決まることになる。
朝霞市のように労働組合が全く無く、それに代わる機能もない場合、使用者が賃金改定の意志を示せば、それで決まり、ということになる。
当面は、財政的にピンチでもないことと、周辺市より若干低い水準なので直ちに賃金が下がったり、上げるときに乗り遅れたりということはないだろうが、何かあれば、これまでの人事院勧告ただ乗りのツケが回ってくることとなろう。

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2010.03.20

3/20 会社をメチャクチャにした社長がよく言うよ!

知的な感じもしない社長が、会社が従業員にしている所業の悪評を十分に知りながら受験してくれた人に、「知的な感じがしない」と言うものかと思う。またまた竹原・阿久根市長の問題発言。

公務員専門校生「知的な感じしない」阿久根市長

知的な感じがしない=「バカ」と言いたいのだろう。しかし、議会をトンズラしたり、障害者に問題発言をしたり、従業員を権力闘争の相手として選んだり、社長がこれまでやってきたことは全国的に知られている。まして一生の仕事とまで思っているか分からないが、終身雇用というシステムにチャレンジしようとしている職員採用試験の受験者であれば、阿久根市がどんな自治体で、どんなことで話題を作っているかぐらい十分知っている。それを考えれば、大学で予備校まで通ってよく受験してくださった、という方々であろう。失礼にも程があるように思う。

ありえないが、仮に知的な感じがしない人ばかりというのが採用試験に応募しているのであれば、市長は今年からそういう人しか受験しなくなっていることを反省すべきだろう。

●この問題は竹原氏という個人の問題にすれば上記のような話で終わるが、公務員、特に市町村職員がどう選ばれるべきかということでペーパー試験の扱いをどうしたらいいのかという問題が底流に流れている。
単にペーパー試験だけでは人の能力はおしはかれない、などとゆとり教育みたいな話ではなくて、地方公務員法では、優秀な人から採用すべきという考え方で制度は組み立てられて公正な選抜をしなくてはならないところに、個々の職務にあわせて職員を採用するのは非常に難しいという現実がある。

●その裏返しが、「公務員試験を合格」している必要のない専門職として、それぞれの業務に対応した能力だけで採用される臨時・非常勤職員が増大していることになる。自治体の臨時非常勤職員が、県庁で減りながら市役所で増えている、資格職に多いなどの現象を追うと、財政面も大きな理由だが、公務員制度が専門職採用になじまないという現実も見過ごすことができない。資格職などの専門職の職員を総合職的に採用して、人事異動をどうやっていくのか、非常に難しい問題にぶちあたる。

●これまで自治体の臨時・非常勤職員の増大について、財政面や定員管理だけでは説明つかないなと思っていたところで、岩波新書「新しい労働社会」はこうしたことの理解の補助線になった。

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2010.03.19

3/18 困った高齢労働者を叩く前に、自分が困った高齢者にならないように

城繁幸が「「残業」がなくて「有給」使えて「終身雇用」な会社は」というコラムを書いている。
結論は、地方公務員だという。

「民主党にも公務員リストラを主張する新自由主義者はいるが、組合入って選挙支援して恩を売りつけておけばリストラ対策もばっちりだ。
これこそ日本型雇用における究極の理想像、労働者のユートピアである。自分自身でいうと、高校出て地元の周南市役所に勤めて、労働組合のイベントには欠かさず参加しつつ、選挙では民主党のビラ貼りという人生だ。」と蛇足まで。

今の地方公務員って、仕事のやり方をもっとどうにかしたらと思うことはあっても、勤務時間とか休暇でいうとそんなに甘くないと思う。20年以上の前のモデルを想定しているように思う。
住民やオンブズマンの監視がきつくて仕事の手間は増えたし、利害調整は複雑になっている。職員数が絞られている関係で、臨時職員などが入っていても、仕事の担当領域が広がっていて、てんてこ舞しながら働いている。
残業手当の支給も予算主義なので、申告した分すら綺麗に払われることもない。サービス残業は増えているというのが実態だ。

また、困ったら民主党に頼めば守ってくれるみたいな安直な書かれ方をしているが、民主党は公務員にも労働組合にも甘い政党ではない。官民競争入札や始めに結論ありきの事業仕分けなど熱心だし、少なくとも残業がどうたこうだということまで守ってくれる政党ではない。
労組から見れば、片務的協力関係ではないかと思うこともある。自民党よりましで、かつ他に適当な良い代弁者がいないということで連合系労組は積極的に支援しているが、小選挙区制のもとで民主党から見れば連合は一支援団体に過ぎず、大半の議員にとってそう簡単に意見を聞く対象ではない。
あわせて政調廃止によって、個別政策を陳情してこなしてくれる窓口がなくなり、陳情の仕組みがあまりにも大きくなりすぎて、どこの労組も細かいところでの意見反映の道をさぐって苦労している。経団連と自民党のような関係にはなっていない。

また、例に挙がった周南市について言えば、労働組合というのが、連合系ではなくて全労連系(本人たちは必死で否定しているが共産党系)なのだから、民主党のビラ貼りなんかやる機会は組合経由で与えられることはないし、自主的にそういうことをしてばれれば組合経由で役所にちくられる可能性もないわけではない。
そもそも文中の「選挙でビラ貼り」なんて公選法で厳しく禁止されているからあり得ない。あるのはポスター貼り。ビラは配り。政治で世の中変えて欲しいと思っているインテリにしては初歩的な間違いと思うが、どうでもいいことですね。

「日の丸株式会社は確かに日本で一番安全な会社なのだけど、彼らに経済をけん引するような力はない。「若者の希望の星は公務員」というような国に、明るい未来が感じられないのは気のせいだろうか?」

いらんことを言うなぁと思うところ。暑苦しいヤンエグみたいな人間にはそんなふうにしか見えないだろうが、仕事って経済を牽引することだけに意味があるのだろうか。消防士や保育士、給食調理員など、たちは経済を牽引しているかどうかわからないが、確実に人や社会に役に立つ仕事をしている。彼らが民間になったとしても、結局は税金で運営せざるを得ず、公務員か疑似公務員にならざるを得ない。

公務員になりたがる人を減らしたければ、民間企業や民間企業が創り出す富が魅力的になる必要があって、そうならないからと、口惜しいからと、公務員をリストラさせたところで、この社会に失業の風を強めてしまう結果になる。そうなればさらに公務員が魅力ある職業になってしまうという悪循環が起きるだけである。

労働組合、民主党、地方公務員、残業ない、そういう言葉をテキトーにつなげて煽りを書くところに、どうしようもない先入観がこびりついているんだと思う。城氏のこのかたくなさは、自身が批判している高齢者たちより困った高齢者になりそうだな、と思っている。

●地方公務員の残業も、自治体によりけりと言うのが実態。仕事の目標、仕事の管理、仕事の配分、市民が期待する仕事の正確さの受忍限度で残業の度合いが決まるのではないか。
業績に応じてどうこうするというメカニズムがどうやっても働かせにくいから、残業のコントロールが難しい職種と言ってよい。

●民間でも、朝霞市内に研究所を持つ自動車メーカーはほとんど残業がなく、事前申請と承認にもとづかない残業をしている人がいると、労働組合が職制を厳しく注意するようになっている。例は少ないが、このテーマに合う民間企業があるにはある。

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2010.03.16

3/16 あさか子どもプランのパブリックコメントの回答のレベルの低さ

あさか子どもプランのパブリックコメントの結果が市のホームページにアップされている。

前回より誠実のある回答もいくつかあったが、大半の具体的な質問については、ほとんど無視同然の扱い。
質問として何項目か全く別なこと書いたにもかかわらず、一括して「貴重なご意見を参考にさせていただき今後の市政に反映させていただきたい」というサボタージュを行っている。

また、「AはAです」といった同義反復みたいなバカな回答もいくつかある。論理で返事しろ、と中学生に説教するようなことを言いたくなる。

例えば、障害児を対象とした「育み支援バーチャルセンター」のバーチャルって何だと説明を求めたら、「具体的に施設を設置せず、組織体制で支援を行うため、バーチャル(仮想)としています。」と回答。それはバーチャルでも仮想でもないでしょうに。

子育ては保護者に第一義的責任があるなどと簡単に言ってのけて、自治体の保育責任について全く言及していないことに問題と思って問いただしたら、第一義的責任は保護者にあると策定委員会で議論があった、と書くにとどまり、児童福祉法でさえ書かれている自治体の責任には一切言及しない。

推進体制が市役所の施策を監視・点検するものではないと指摘したのに対して、「市民との協働で」などと回答。保育所の設置や保育所への補助金支給などが、市民との協働で推進できるようなものなのか。言葉のごまかしである。事業の遅滞に対する利用者サイドの市役所への監視・点検が一切できない体制に、この街の子育て政策が他市に比べて二周三周も遅れてきたものではないかと思う。

計画作りでは全権的な立場にいるコンサルタント業者について匿名だったので問題ではないかと指摘した。業者名は公開してもスタッフ名は公開を拒否している。委員や市職員はみんな名前を公開されているのに不思議なことだと思う。
「ぎょうせい」が担当したからか、文章が前回よりこなれているなぁと思った。しかし、市役所がきちんと求める価値が不明確なまま事業発注されたら、言葉の言い回しだけで何とかなる部分は限られるのだろう。市職員に児童福祉政策に関して一定程度の水準とやる気がないと、美辞麗句が並んでいるだけで、全然変わらない内容であるのは、5年前の計画策定からの引き続きである。

私がうるさいだけかと思って見たら、他の人の意見や質問もほとんど木で鼻をくくったような回答。市職員の誠実さと良識が問われると思う。
多分、今後5年、市長が変わるとかドラスティックな環境変化がない限り、朝霞の子育て、保育環境は変わらない。
この回答がなっていないとして文句言っても、個々の回答もしないし、再質問も受け付けない、というルールらしいので、市民とのやりとりはこれで終わり。あとは市役所が市役所に声の通りやすい人たちだけの声を調整しながらやっていくことなのでしょう。

●朝霞市の市民との協働指針で、市民参加というとパブリックコメントが大きな柱として位置づけられているにもかかわらず、こんな空虚な回答を並べていたのでは、いったい市民の意見はどこで確認しかたちにしていくのだろうか。朝霞市のルールではこれで市民参加の手続きは終わり。
協働指針が市民参加を装った現市政のでたらめだと何度か書いたが、まさしくこういうところで現れる。子育て世代の市民なんて発言力ではマイノリティーで、さらには立場によって分断されているから、こういうことしても平気だという感覚で対応されているんでしょうけども。

●基地跡地の公園計画でのパブリックコメントは詳細で丁寧で誠意ある回答をしたようだ。ハコモノ行政には熱意のある市政である。
保育園や学童保育に子どもを通わせている親たちが、騒ぎ立てないとこの街は変わらないのでしょう。しかしそんな時間がないんだってば。そんな時間があれば夜遅くまで子どもを預けなくていいんだから・・・。土地持ちや市役所に出入りする商工関係者ばかり重視して、働く給与所得者を後回しにしている市政というのがよく分かる。
いつにも増して、この市が早く東京都に併合されるべきと感じた。市役所に日本語が通じない。つまらない地域ナショナリズムを煽るようなシンボル的にほんとうに反発ばかり覚える。

●阿久根市の問題を取り上げているけれども、市役所がこういうことばかり続けていると、積み重なって、ああいう市長を歓迎するムードができてしまうのではないかと心配してしまう。あるいは阿久根と違い大都市がすぐ隣だから市政や市長を何とかしようという前に、良質な住民は逃げ出す。先日、仲間である同世代の力ある市民が朝霞市民でなくなったと聞いて、やっぱり、と思った。

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3/15 師匠の引退

私の政治の師匠とも言える、山口たかさんが政治家を引退されることを表明された。とても残念で、悲しく思っている。

1995年の統一自治体選挙で出会い、人と人とを結びつけて元気にしていく能力に引き込まれ、以後3年間、札幌を離れるまで、いろいろな行動をともにした。当時は生活クラブの組合員を中心に支持を広げていた市民ネットワーク北海道という地域政党に属しておられて、生活クラブ系の人脈だけでは運動が広がらないと、外の人とも連携を作っていた。NPO法ができたばかりの頃で、市民運動系の政治運動をする若者もそうそういなくて、労組でもない(当時)のに左派系の私をとても大事にしてくれた。
たかさんのもとで選挙の勉強もしたし、頼まれてサラリーマンという立場をさしおいて市議会で市民参考人として話したこともある。市民ネットワーク北海道の路線論争があったときも、夜遅くまで私を引き連れてその渡り合いの場面に立ち会わせていただいたこともある。機会が人をつくっていくというのを最も自分自身に感じた頃である。
何よりご恩に感じているのは、ネガティブで引きこもり的行動パターンに陥っていた私を励まし、前向きにしていただいたこと。そうなったのも1995年前後の人間関係全体のおかげだが、その中でとりわけ政治という面では山口たかさんの影響は大きい。迷う今の職場への転職を勧めてくれたのも山口たかさんであった。
選挙での行動力と、思想やイデオロギーの違う人と話をしていくタフさをつけていただいた。

当時は私は社会党の熱心な支援者で、組合関係者以外に選挙運動の中心的な担い手の門戸を開いていなかった社会党の選挙では学べないことを限界に感じて、市民ネットワーク北海道の自治体議員選挙で身を粉にして働くことで勉強させてもらおうと飛び込んだところだった。
たかさんはよくそういう私をまだ「社会」という言葉にこだわっているの~なんてからかいながら上手に使ってくれた。

その後、札幌の政治に近いところにいる市民運動家たちのいきちがいで、山口たかさんは2003年の札幌市長選に担がれ、その担がれた人たちに引きずりおろされかけ、いろいろなボタンの掛け違いがかさなって、市民ネットワークを離れ、社民党の北海道の地方組織を背負う立場になっていた。私と看板のポジションが入れ替わってしまったところがある。社民党というしんどい看板を担ぎながら、しかし以前よりすっきりマイノリティーの人権によりそう政治姿勢になったと感じていた。
理想を失わず、現実を楽しむ、山口さんの政治姿勢には、いつも励まされてきた。

その後、衆院選をたたかい、3年前の参院選比例代表では行動力で凌駕して、知名度のある上原公子前国立市長より票を取り、議席まであと一歩のところに迫ったが、社民党そのものの党勢の衰えで残念なことに惜敗した。参院比例ならまたがんばれるのではないかと思っていたが、急転直下引退宣言で、びっくりしている。
選挙に出る出ないにかかわらず、政治の現場で、奮闘していただけたらと願っている。

●雨で塩吹いた靴は洗うといいと聞いて、靴を水洗いして乾かしている。洗ってみたらしっとりした肌合いになるし、シューズキーパーで支えると、靴の形もきれいになった。乾いてクリームを塗るタイミングを待つ。

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2010.03.15

3/15 つまらない神話を過信しているのは自分だけ

鳩山邦夫が自民党を離党したというニュース。論理も筋道もないこの政治家についていく人がいるのだろうか。いれば金目当てではないかと思う。

自分が同じようなお金を受け取っておきながら、「差し違える」とでも自己陶酔したのだろうか。兄の資金疑惑を暴露し、尾ひれまでつけて与謝野氏に恥をかかせた。

三流政治評論家が書き立てる三世、四世のつまらない神話でヨイショして政治家が群がる時代は終わりにしたい。

●邦夫氏に兄との連携なんてバカなことを聞く人がいるものだ。弟とはいえ、自らの政治生命を絶とうとした敵と何の合理性もなく野合するのは政治のモラル崩壊である。いくら人のいい由紀夫氏とはいえ、そこまで理より親族を大切にするようなことはなかろう。

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3/15 阿久根市長にみる公務員の雇用制度の課題

公務員制度の金科玉条に、「雇用ではなく任用」という殺し文句がある。
公務員は、公が必要としているから雇い入れる行政処分であり、個々の労働者のニーズ云々する契約関係ではない、というもの。任用制度の極端なものが徴兵や徴用。

正規職員にはこれに「分限」という考え方で、使用者側の解雇権を整理し、その裏返しで「身分保障」がされているという仕組みになっている。
公務員が身分保障があり安定している、と言われるのは、こうした制度のバランスがあるだ。

ところが使用者側にバカが座り、公の都合を口実に分限や懲戒を乱発し、任用制度の考え方を全面展開するとどういうことになるか、というのが阿久根市のような事例。

竹原氏は、昨日の市民懇談会という人民裁判のような場で、「自衛隊では、上司の思いを忠実に感じ取り成果を上げるよう教わった」と職員叩きを正当化しているが、指示命令系統がどの程度強くあるべきかは全然違う事例ではないか。ピストルは暴発してはならないのだから。

●EU労働法雑記帳「労働の消費者は使用者です、もちろん」の中で、モンスター何々という中に、使用者が入ってこない不思議さを書いておられて、その中で、マシナリさんの「会計検査院とオンブズマンが作る世界」とブログ記事が紹介されていて、興味深い。
オンブズマンや市民運動がなくなれとは思わない。そのことで不公正な行政手続きで弾圧されたり抑圧されている市民が救済されることもあるだろうから。しかし彼らが行政に何をただしてほしいのか、なお、整理が必要なのではないかと改めて思う。政治ゲームをやりたいなら、(プレイヤーになるかシンボルになるかは別として)選挙に参加してやったらいい。

●阿久根市の市民懇談会を記録したteitterを読む。ほんとうひどい政治やっているなと思う。
気になったやりとりがあった。夫婦2人で公務員は許せないという竹原派市民の発言に、竹原氏は、夫婦で食べていくのがやっとなら誰も文句は言わないと返す。しかし介護施設で働くカップルとか、無認可保育所で働くカップルとか見ていると、低賃金になればなるほど同情はされても、誰も助けてもらえない仕組みになっていることを感じる。私も月7万で生活していたときには、履歴書の写真1つ作るのに、なけなしのお金を使った博打を打つみたいな感覚だったもの。上を叩く前に、底上げのための連帯が必要なんじゃないかと思う。実際に年収200万円以下で働いている阿久根市の臨時職員や非常勤職員はどんな扱い受けているんだろう。自称改革派で正規職員公務員を痛めつけても非常勤職員に定期昇給を実現した市長もいる。

●公務員憎し、その公務員の利害代表である自治労はなお憎し、そんな竹原信一とアエラ。アエラは地方公務員の給与は高すぎるという中吊り広告、42歳700万と。その隣には、下がる給料と言って民間企業の給料が41歳1080万円、42歳800万円と。高いんだか安いんだかわからない。

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2010.03.12

3/12 文京区長の育休宣言(続)

育休宣言した文京区長の反応の中に、そんなことしているヒマがあれば待機児童問題に取り組むべき、というものがあるという。

いやいや、待機児童5年目のわが家庭において、困っているのは、育児体験のない児童福祉課の男性職員たちや、保育所や学童保育の問題を後回しにする幹部職員たちの、無神経な保育政策の進め方、窓口対応の仕方。言葉が通じません。

保育に課題を背負っている人に対して、市職員は同情ないしは当事者の立場としての敬意を表してくれるが、いまいち子育てについて、教育以外にはあまりピンときていない。何で妻が無理して働くんだといわんばかりの職員さえいる。家族とはいえ、誰かがやっている育児という意識がある以上、育児の当事者の代弁者になんか絶対になれないし、当事者参加ができない保育政策の策定をやっている中で、期待するのは市職員の当事者感覚しかない。

(自分の子に限定せず)子育ては、社会を次の時代に引き継いでいく営みで、そのやり方は時代時代によって変わっていく、大切なことはどんな時代になっても子どもが誰かには愛され大切にされる社会にしておくこと、そんなふうに分かって貰えれば、今日明日の待機児童問題も大事だが、窓口の応対や代替案の提案の仕方もずいぶん変わってくるのではないかと思う。

●そんなことを先日のNHKスペシャルで取り上げていた湯浅誠さんの言葉にもあったように思う。解決できなくても、その人が自立できるための足がかりになったり、自信や誇りをつける声かけがどんなふうにできるのかが大切だと。

●そういえばパブリックコメントに書き忘れたが、市職員に子どもが生まれたら性別問わずに強制的に育児休業を取得させるということが必要だろう。生活の場が仕事場なんだから、できるだけ生活に近いトラブルを経験すればするほど市職員として成長するように思う。
強制的な育児休業は広島県三次市役所が実施している。組合対決型の市長から、職員組合の頭越しに制度化されたので、当の組合は評価を控えているという面もあるが。

●と、仕事柄、自発的かつ半ば強制的に育児休業を取得したことがあるので、仕事によるが、生活に近いサービス関係の業界は、男も女も関係なく育児休業を取得する文化があった方が、いい社会になると思う。生活に遠い産業では、仕事場に返せるものはあまりないかも知れないが。

●渥美由喜さんのように、育児休業やワークライフバランスの推進が企業の収益性向上につながる、とは思っていない。やっぱり不利、企業戦士じゃない人をたくさん抱えて商売をするのは。でも、付加価値を作るために、人命や人を育てることが後回しになる、そんな社会でいいんですか、という問題が第一なのではないかと思う。

●明治大学の労働関係の講座のガイダンスをやるハメになり、学生自治会も経験していない今の学生に労働組合を紹介しなくてはならず、どうしたものかと困って資料を漁っている日々。
「団結権」の行使がなぜ必要なのか、専門的な言葉や、感覚的には伝えられても、実感としてどういうものなのか、うまく伝える言葉が見つからずに困っている。それができないと、労働組合の必要性、労使交渉での団体交渉の必要性がわからず、労働問題の理解が個別労使紛争の域を出ない。
何とかならんかと思って、私が高校生のときに労働問題に関心を振り向けてくれた「ザ・ワーカーズ」(労働教育センター・絶版)という労働運動の入門書を古書で入手。そのわかりやすさ、焚きつけ方に、改めて感激。まだ総評、同盟、中立労連、新産別、統一労組懇があった時代で、労働分野に新自由主義がなかった頃で、かつ佐高信言うところの「社畜」全盛期のもので、いろいろ時代も感じる。

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3/12 何だNHKの覇権主義への煽りは

昨日、録画したNHKスペシャルの「ランドラッシュ」を見た。

将来的には食糧危機がやってくるので、各国とも農地を外国で買いあさっているのに日本は無策で何やっているんだ、という論調。こういうときには三宅民夫の声。うーん。三宅が日本は植民地を作れと煽っているみたいで嫌な感じ。

韓国みたいにウクライナでいくら土地買いあさっても、地球的食糧危機になっているときには、輸送手段にも事欠くことにならないか。食糧に血眼になっている世界で、ウクライナから食糧を輸入するには、シーレーンではないが略奪にあわず安全に輸送できる安全保障が不可欠になる。さらには食糧より先にエネルギーが不足し、輸送手段に事欠くことだって考えられる。
そんな危機的な国際環境になってくれば、世界のムードは鎖国だろう。
ウクライナ政府は、外国人の土地所有について制限をかけたり、規制をかけたり、重税をかけて権利を取り上げる可能性だってないわけではない。旧共産圏で仕事をしている人の多くが、それらの国の伝統的な強い国家主義のもと、急な法解釈の変更で財産を取り上げられたり、仕事の縮小を迫られたりしているのは、比較的安定している今でさえも起きている。

食糧に対する危機感を煽ってランドラッシュに乗り遅れるな、と報じるにはあまりにも単純ではないか。

食糧を確保するために、長野や広島の農民を満州に送り出して開拓をさせた話を思い出さざるを得なかった。帰国者の子孫として、どよーんとしてくる。

●そして、今はNHKの、インドネシア看護士の日本離れというニュース。
何で無理して、サービス下げてまでインドネシア人看護士を、インドネシアの医療現場からひっぱがして日本に連れてきて介護施設で働かせなくてはならないのか。日本離れ、結構じゃないか。日本人の介護士にお金を満足に払いたくないから、インドネシア人を連れてきているのは見え見えなんだから。インドネシアの医療水準が上がらないことに加担してどうするんだと思う。
日本で仕事を離れていった看護士や介護士を、看護や介護の現場に戻すことが先決ではないか。

何でもかんでも日本が横取りしようという覇権主義は危険だし、下手すればまた戦争の道に足を踏み込むことになる。
それより日本の耕作放棄地や失業者などを何とかすることが優先課題だし、効果的だ。

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2010.03.11

3/11 文京区長の育児休暇を歓迎

文京区長が、育児休暇に入るというニュース。

男性の育児休業取得が課題になっているというニュースが先日流れたばかり。区長の決断を高く評価したい。わずか2週間といえども、トップが率先して取得することで、男性職員の取得がタブーでなくなると思う。

一般の民間企業以上に、自治体の職員の育児休業取得は重要だと思う。強制してもいいぐらいだと思っている。自治体の多くの予算、人力は子育てや教育に注がれていて、その施策は極めて当事者参加が薄い状態のまま作られ、推進されている。自治体職員が自ら子育ての当事者としていろいろな体験をすることが、自治体の施策のふくらみにつながり、すみよいまちづくりにつながる。

●区長は制度にない自主的な休暇となると報じられている。社長が休むというのはそういうことだろう。制度にない休みとなる。
気になるのは、「特別職」には休暇という概念がない、と文京区役所が答えていることだ。
自治体の多くの非常勤職員の種類の1つに、「特別職」に位置づけられるものがあり、聞きかじりの知識がある自治体ほど首長や議員と同じ「特別職」だからと、一時金や退職金から始まって、休暇制度に至るまで剥奪していて平気でいる。区が区長に投げかけた言葉は、官製ワーキングプアと言われている非常勤職員にも投げかけられる。このような理解の仕方をしていると、いつか人権問題として大きな社会問題化するだろう。
問題は「特別職」ということではなかろう。区長は使用者であり、公選職である、という厳密な理解が必要なのではないか。
どんな定義であれ、実態が労働者であれば、他の労働者と同じ扱いをすべきだろう。労働基本権でいうと、自治体の特別職の非常勤職員は、地方公務員法で地方公務員に加えられた労働基本権の制限は除外されていて、特別職とくくられると、団結権はもちろん、非現業の公務員では一部制限されている労働協約締結権があり、他の公務員では禁止されている争議権もある。
にもかかわらず「特別職だから労働者ではない」と団結権を否認し交渉拒否をする不届きな自治体がある。雇い止めの報復が怖くて賃金カットが負担でストライキをしないだけである。

●解説は公務員の育児休業制度についての説明だが、これは正規職員だけの話になる。
育児休業は、育児を理由にして休業したことで、賃金は払われず、雇用保険(正規職員の公務員の場合は共済)から育児休業給付金が払われるという仕組みなので、賃金カットによる休暇制度と、雇用保険の給付ができれば、同等の制度が作れる。
そのためには、雇用保険に加入し、育児を理由に休業した場合に賃金を払わないことを明確にした条例、規則などの整備をすれば、一般職であれ特別職であれ、自治体の非常勤職員にも実質的な育児休業が可能になる。問題は雇用期間終了をまたぐ育児休業の場合、どのように継続雇用を前提とさせるかが課題である。

●育児でも労働争議でもないのに仕事をサボタージュをし、部下にもサボタージュを指示する不届き竹原信一という首長もいる。どう落とし前をつけるのだろうか。

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2010.03.10

3/10 人事に関する朗報

①ずっとシンパシーを感じてきた小野善康阪大経済学研究所所長が、内閣府参与となった。小野先生は小泉・竹中全盛期に、格差是正論ではなく、経済の効率にとってあのような改革は良くないと真っ正面から批判した先生。雇用が逼迫しているときに、小泉・竹中改革はまだ機能するが、雇用がないときには小泉・竹中改革はさらに物に対する貨幣の価値を高め、みんなが福祉にぶら下がらなくてはならない社会になる、と喝破した。
限界はあるだろうが、不況、雇用喪失のこの時代の経済政策をきちんとさせる役割は大きく、期待したい。

②日弁連会長にサラ金問題で取り組んできた宇都宮氏が当選。司法試験合格者数を絞って質を高めるという訴えが広がったらしい。
弁護士業界の危機感だけで定員抑制に取り組んでもらうのは構わないが、弁護士業界の事情だけではなくて、もっと踏み込んで、法科大学院制度などというバカみたいにお金がかかる学校によって、司法界から貧乏人の子を排除するような階層固定化のための制度を潰すか、法科大学院を旧帝大ぐらいに数を絞ってそもそも法科大学院に入る人を厳選するところから始めて、全て国営化するような改革に取り組むべきだろう。

●ただそれでも、ペーパー試験中心の旧司法試験制度の合格者を一定確保しない限り、中産階級以下の子の努力の余地はないままだろう。

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2010.03.08

3/8 連合を切れという朝日新聞の購読を切る

朝日新聞の1面、2面の記事、連合が民主党に政治献金ならびにパーティー券を購入していることを取り上げ、民主党は連合を切れという論調で記事を書いている。先日も、北教組の政治資金の事件に関連して「切れ」と見出し。

ここのところの朝日のスタンスは、団体から人間が自由になれば、よりよい改革ができるという、1980年以来の新自由主義イデオロギーそのもの。労組(新聞労連の上部団体である全労連除く)バッシングの一里塚なんだろう。

当事者参加、政労使合意、そうしたことを考えてきた私には、カネのことはともかく「労組を切れ」という論調は全く合わないし、朝日新聞の記事なんてネットでも歯医者や銀行の待合室でもどこでも転がっているから、金払ってまで読む必要はない。

インターネット記事などが整備されてきている今、新聞にお金を払うというのは、ここの新聞社を育てたい、支えたいという主体的な思いしかない。

公契約条例の推進運動などから、労働組合のない会社の商品は買うのをやめよう、といわれるような状況になっているのに、労働界に身を置くものとして、政治とカネ、しがらみの文脈でしか労働問題を捉えられない朝日新聞はお金を払う価値はないと思って、今日、今月末をもって購読契約を切った。

ほおかむりしているが、戦前戦中は新体制運動や日本軍の勝手な戦線拡大の片棒担いだ新聞社でもある。

●購読者数のさば読みによる広告料詐欺みたいな話とか、検察べったりの事件報道とか、朝日新聞には、戦前の反省って何だったの、みたいな記事が最近目立つ。記事もステレオタイプな書き方ばっかりだし、取材は結論にはめるような高圧的な取材が多い。サバ読みがばれて、企業や自民党に頭が上がらないんだろう。

●記事も3年で11億円が多すぎるという話をしている。1年で3.67億。650万組合員で除したら、組合員年57円程度の政治資金への流入。民主党の収入年125~142億から言えば、2~3%程度。あったら助かるが、無くても何とかなるような金額を「民主資金 支える連合」という見出し。誇張だと思う。

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2010.03.07

3/6 朝霞市の次世代育成支援行動後期計画と愛子さまの不登校

愛子さまが不登校になっているというニュース。

その理由にはいろいろなことがあるのだろうが、いよいよもって不登校を非行の一種として整理する日本の教育界の議論の仕方を改めるべきときが来たのではないかと思う。子どもには一定割合で不登校が発生し、そのことが問題だと言い募って社会から突き放すよりも、その現実を受け止め、不登校になった子どもがどこかに連帯や居場所を感じ、安心し、反社会的な存在にならないような社会や周囲のサポートがされるようにしていかなければならない。

先頃、パブリックコメントを締め切った、朝霞市の次世代育成行動支援後期計画では、不登校について、非行、いじめとしっしょくたにした計画案を示してきた。私はそれに対してそれぞれが違う問題なのだから、丁寧に対応策を示すべきだとコメントしている。

愛子さまが非行問題と一緒の類型に扱われるのか、朝霞市は試されている。場合によっては不敬罪みたいな話になるだろう。

●漢詩が得意だった大正天皇も、体調からあまり学校に行けなかったようなので、気にすることはないと思う。

●反天皇でないとサヨクではないとレッテルを貼る御仁も多いが、社民主義政党が政権担当している模範的な国の少なからずが王制のもとで民主主義を行っている。大事なことは王制をどうコントロールするかだと思う。
立憲主義が貫徹されていれば、王制は弊害ではない。むしろ王制でない国の方が、独裁政治を時々やったり、マッカーシズムみたいなことが起きている。日本でも、先の大戦で、中国への戦線拡大やアメリカへの宣戦布告をやり、原爆投下まで戦争を引き延ばしたのは、天皇機関説を否定し、天皇を利用し、天皇が嫌がっていることを見くびって利用した連中だと思った方がいい。

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2010.03.06

3/5 民主党の原発推進は、支持者のアノミーをもたらす危険な行為だ

民主党は国民の原子力に対する不安に対して、あまりにも鈍感と思えるニュース。

福島党首「脱原子力」強調、政府・与党は冷や汗

このやりとりで民主党のCO2を25%削減するという方針は、原子力発電の推進の口実なんだということが浮き彫りになってきた。

一方、今日政権交代が起きたことのそもそもの源流は、1986年のチェルノブイリ原発の事故に起因する、情報公開や権力の相対化ということがある。その後、国内での反原発運動は、従来の反戦運動の枠組みを超えて、広く支持を得て、おたかさんブームを経て、その流れはその後四分五裂しながらも、しかし権力を作り替えないと世の中変わらないという感覚をつくっていった。それがなくて、おそらく民主党が今日あり、そして政権を握ることはなかったと思う。

原発が危ないという危機感なしに、自民党政権を終わらせようというムーブメントが起こるのはもっともっと後になっていたと思う。

そういう歴史の中で、民主党がCO2削減というどうも怪しい話にかこつけて原発推進なんてやったら、おそらく支持者のアノミーを引き起こすことになろう。

●環境系市民運動が、CO2削減にこだわると、もっと大きな環境破壊に手を貸すという話だろう。

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3/5 自民党は労働組合を追いつめて得策なんだろうか

教職員組合の資金運用、全国調査へ・・・自民方針

バカだなぁと思うところ。今の労働界はとりあえず民主党を支えていこうとなっている。しかし将来的にはどうなるかわからない。前原派が次の時代に台頭すれば、労働界は民主党を支え続けるかわかったものではない。そういうことを民主党の地方組織の職員から言われたことがある。

労働界とて民主党はツールであって、心中する対象ではない。

そんなことを考えると、今、民主党が農協や医師会や農業共済など熱心な自民党支持の組織に手を突っ込んでいるように、逆になったら自民党だって労働界に手を突っ込まなくてはならない時代が来るはずだ。

時代なんてどう転んでいくかわかりやしない。そのときに、こんな追いつめるようなことをするのは、自民党にとって得策だろうかね。

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3/5 従業員に全体の奉仕者を求めるなら、市長が一番求められる立場にあるはずだ

市長が気が向かないからと出勤拒否するのは、好ましからざる事態だけども、諸外国の権力者がいかに雲隠れしたり、長期休暇を取っているかということを知ると、驚くに値しない。

しかし、諸外国並みに従業員に権利も認めず、民主的労使関係も否定し、戦前の官吏に求めたことと同じように、全体の奉仕者論(日本共産党が大好きだけどもね)を前面に出して、部下をクビにしたり、賃金をカットしたり、余っている庁舎から貸している組合事務所に出ていけなどと、およそ常識を越えたことをしておきながら、自分はテレビカメラが好きの嫌いののレベルで議会を空転させている阿久根の竹原市長を罰する法律はないものだろうか。

全体の奉仕者というのは、まずもって市長や幹部職員にあてはまることではないか。一般職員は、所詮自治体というところにいる労働者に過ぎず、特定の市議やその支持者に便宜を図ったり、賄賂で仕事をしたりしなければ、十分のはずだ。

こういうことがあると、議員内閣制みたいな地方自治の制度が必要だと改めて思う。竹原みたいなことをすれば、失脚し、他の議員が市長になるからだ。

●このバカ市長、常々社長に楯突く職員はクビが民間の常識、などとのたまわっているが、普通の会社ならこんなバカ社長は解任されているはず。

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3/5 リストラ予備軍の社員に根性教育をする地下鉄会社

子どもの都合で午後から出勤した。

通勤電車が運良く最後尾の車両に座れて、よかったと思っていたら、和光市から東京メトロに変わって乗ってきた車掌が、いちいち安全確認のために絶叫している。
大声出すために、安全確認そのものがどこかいっているような気がするし、第一、発車するのに時間かけすぎなんだって。

ヘッドフォンの音漏れどうのこうの以上にうるさいんだってば。

苦情を言おうかと思ったが、しかし来年には丸の内線でやったように可動柵を設置して、車掌をリストラすることになっているわけで、こんなに根性教育受けさせられて、悲しい運命が待っているかと思うと、ご愁傷様で、文句を言うのをやめようと思って、しかしあの会社のひどいありさまは何とかした方がいいと思って、ここに書いた次第。

●可動柵なりホームドアは、安全対策のためにやることのはず。ところが東京メトロは、車掌のリストラのためにやる。そのリストラでどんな効果があるのか。相互乗り入れもなければ急行運転もしていない、車掌がいれば絶対にダイヤが混乱しないはずの路線で、車掌がいなくなったために、ダイヤがメチャクチャに混乱している路線もあったりして、何考えているんだと思うところ。

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2010.03.04

3/4 市長が登社拒否すると議会が開けない

今日、竹原信一阿久根市長が議会に出席しないと話題になったが、議会に出てこないと、流会になる。流会になれば予算を決定できず、阿久根市は4月には市長が「専決処分」を乱発しなければ、保育所も開けず、国民健康保険の給付もできず、もちろん職員の給料から市役所の電気代から払うこともできず、経営破綻、黒字倒産する可能性もある。とんでもない事態である。
改革が自己目的化して市役所が破綻する。びっくりするような自己矛盾である。

乱暴な改革筋の首長は増えたが、裁判を無視する、天皇を馬の骨と呼ぶ、ここまでひどい事例は見たことがない。竹原氏の良識も問題だし、こんな人間を市長に選んだ一部の有権者も問題だと思う。太田竜なんか信奉している人間を政治家にしてはいけない。

やはり自治体の議会の審議のあり方の改革を進めながらも、行政からの独立性を高めていくことを進めないと、今回みたいなことはまた起きると思う。市長が招集したり出席しないと議会が開けない仕組みがおかしいのではないか。今や議会は諮問機関ではないんだもの。議員立法だってやれという時代でしょう。あるいは議員内閣制みたいなこともの必要だと思う。

東京でも、議会改革に反する爆弾人物だということが見抜けず職員叩きと議員叩きをしている姿を議会改革の旗手みたいに思って呼んだ市民派政治家たちもいた。今日、市長がマスコミに撮されるのが嫌で市長室に籠もって議会への出席を拒み、結果としてそれだけの理由で議会が開かれないで、議員が議会で議論する権利を奪われてしまったのだもの。議会改革の味方だったのか敵だったのか、今日明白になったと思う。確か、議会にテレビカメラによる中継を入れさせることも、議会改革の項目の1つだったはず。

議会改革の講演会に期待のヒーローとして呼んだ地方議員たちは自己批判した方がいいと思う。当日のブログ等で竹原氏をヨイショしながら、今ではみんなほおかむりしている。そういう勢いだけで改革を語り、まずい事態になったときに謝りも釈明もしない責任のない政治が、政治をダメにしているように思う。石橋湛山を見習うべきだ。

●市長不信任可決直後、竹原氏の思いつきで市役所に掲示させていた市職員の賃金をはがした職員を、竹原氏は「普通の企業なら社長の言うこと聞かない人間は解雇されて当たり前」とブラック企業さながらの論理を持ち出して懲戒免職にしてしまった。裁判では、懲戒免職は無効、解雇期間を遡及して賃金を払えと判決が下ったが、竹原市長は判決を無視して、今や裁判所事務官が市役所に差し押さえにやってくるのは時間の問題となっている。

●竹原氏をヨイショした市民派議員には、樺美智子の死亡を悼む文章を書いたり、日頃は人権活動を熱心にやっている人も少なくない。「従わない従業員はクビ」という乱暴な社長をどうして支持できるのか、まったく理解できない。

●一方、「自治体議会改革フォーラム」は議員バッシングをやっている運動に安易に与するのではなく、議会の評価のあり方、改革のあり方を制度論として進めている。こちらは信頼してよい。

●濱口桂一郎さんが、裁判所まで否定した竹原氏には内乱罪容疑が適用できるんじゃないかとブログで記している。死刑か無期禁固だそうです。

●職場で竹原信一「独裁者・ブログ市長の革命」を回し読み。そこで働いている自分たちが驚くほど自治労の力がすごい。こんなに強くて労働者の権利を実現してくれる労組があるなら、竹原氏と一緒に貧乏になって沈没するのではなく、みんな入ればいいのに。

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3/4 ああこりゃダメだ自民党

ああこりゃダメだと思う自民党。

言っていることはどんどん偏狭になって、日教組叩きに徴兵制と、良識のある保守なら一歩踏みとどまるところを踏み越えて、ネット右翼政党になりつつある一方、大島幹事長の顔が良くないだとか真顔で議論している。
これが政権を担っていた政党なのかと思うところだ。

うちの選挙区の前代議士の早川忠孝先生もブログで、北海道教職員組合の不祥事でフィーバーして、北教組は解体せよなどと、およそ弁護士とは思えないような、自由主義国で最低限守られるべき集会・結社の自由もご存じないようなことをおっしゃる。今のままなら渡辺善美あたりに解体されちゃうのは自民党が先だろ。直接的にかどうかわからないが、各地の検察の援護射撃でかろうじてもっているようなもの。
先の衆院選も日教組批判などにうつつを抜かして、選挙に負けたんじゃなかったっけ。日教組も平均的な人のように、組合活動に全力を挙げる情熱的な先生も少なくなって、今の国民生活に日教組の脅威なんてリアリティーないもの。日教組という「悪役」は記号化されているけども、国民の多くは空想の悪役。叩いても子どもがウルトラマンごっこをしている程度のフィクションでしかない。宮崎の中山某が日教組の組織率と学力をからめて批判してかえって逆のことがわかってしまったけども、日教組の組織率が100%近い地域は、おりこうさん組合ばかりである(労組も一般人が入ってなんぼなので、組織率が高まればあまり先鋭的なことはできないもの。自民党の妄想とは逆なんです)。叩かれても何が叩かれてるのかよくわからないんじゃないか。
教員に一切の政治活動を禁止することが、人権問題や違憲だという問題に触れることだということは弁護士なら百も承知のはずだ。民法に関して絶妙なバランス感覚で与野党合意を積み上げてきた人の言う言葉とは思えない。がっかりである。

川崎二郎代議士が、労組の資金がどうこういうのもいいが、保守にあるまじき国土破壊を繰り返してきた政党は何によって政権を守ってきたのか。上杉某ではないが、自分たちは親から政治資金というかたちで遺産をタダで相続して、何をいうのかと思うようなところもある。

旧社会党を思い出していただければ、そして民主党がホリエモンメールがどうのこうの自民党の不祥事をあげつらっていた時代を思い出していただければ、それで政権が取り返せたためしはない。実際、自民党の支持率は全然回復しない。民主党の政策批判と、新しいビジョンの対置によってしか政権は取り返せないで、第三勢力の台頭を許し自滅することになると自覚すべきだ自民党は。

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2010.03.03

3/3 JR東日本が続々と認可保育園を開設

たまたま見ていたJR東日本のホームページで、JR東日本が続々と認可保育園を開設していることを知る。

私が認可保育所事業に、株式会社の参入を否定できなかった理由に、こうした地域社会から逃げない公益産業の事業者が保育所を開設すること自体は何のマイナスでもなく、営利最優先で事業展開されたり、逃亡される心配もないからだ。また通常は保育所開設のネックとなる土地を持っていて、開設に経済的な無理があまりないことも理由だ。

鉄道会社が保育所を開いて、沿線の保育環境を改善していくことは、沿線価値が上昇し、鉄道会社のメリットにもなる。電鉄系デパート、スーパー、不動産、レジャー、バス、みんな沿線住民の不都合をなくすところで育っていった事業である。儲からないかも知れないが、保育所もその1つに加えられてきた。

さらに言うと、あまり不動産事業に積極的ではないJRが率先してこうした事業に参入していることは、なお評価されてよいと思う。

●すでに他にも小田急、京急、京王、JRが保育事業に参加している。
東武や東京メトロはまだか。子どもにやさしくない文化を促すようなスイーツ(笑)系のエキナカビジネスばかりやっている場合ではないように思う。

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3/3 池袋キンカ堂倒産

最近知ったニュース。池袋のキンカ堂が突然、破産手続きに入って閉店してしまった。

中学・高校時代に学園祭の準備といえば、お裁縫の授業の準備といえば、キンカ堂に頼っていたので、なくなってしまったことは悲しい。親切で、アナログで、裁縫が苦手な私でも面白いお店だったし、ボタンが取れてなくなった服を見ると、いつもキンカ堂を思い浮かべるぐらいの存在感だった。
急激な売上げの落ち込み、債務超過の上の破産なので、再開の見通しはないだろう。

お隣の宮田家具店ともども、池袋から専門店がなくなっていく。

閉店したシャッターに、ファンが復活を願う手紙を貼り付けているようで、ネット上でも「本業で愛されていた」などと評価されている。うらやましい。自分がもし今の仕事を廃業せざるを得ないときに、こんなに惜しまれることはないと思う。

●人間関係の理解が苦手な私がする仕事ではないなと思うことがある。

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3/3 教員の政治活動を考える

北海道教職員組合の政治資金規正法違反事件について、ヤンキー先生こと自民党の義家議員が、教員の政治活動を禁止するだけではなく罰則を設けよと質問している。鳩山首相も、支援は受けたいが罰則を設ける方向で検討したいなどと矛盾した答弁をしている。

教員といえども私人としての政治的自由はあるわけで、私人としての政治活動まで禁止することは世界的な感覚からは人権上の問題を起こすだろう。
今回の問題を教員の政治活動という枠組みに押し込めようとしているが、本質的には、第一には政治資金と企業団体献金との関係、第二には労組の会計問題である。労組から宗教団体、マンション管理組合、NPO法人、財団法人などなど、性善説と自治の論理で成り立っている非営利団体の会計上のコンプライアンスやガバナンスの確立は、痛い目にあわないとわからないというぐらい難しい(しかし痛い目にあうと内部管理に多大な負荷が発生して、それ以前ほど良い運動ができなくなったりもする)。

昨今の政治による教育の語り方を見る限り、政治家が教育談義をしたがる以上、一方の当事者である教員に、政治活動するな、政治家と接触するなといくら禁じてみても、右であれ左であれ政治的影響力を保持しなければということになるのは避けられない。もう少し、ニーズと成果に寄り添う仕組みを作らない限り、教育はいつまでも政争の具なのだろうと思う。

●教員を聖俗二元論で扱うことはどうも好きになれない。また維新の志士を育てた優秀な教育者は皆政治的でもあった。
思い切って教員の政治活動を追認して、教員の政治色を登録して公開させ、子どもたちに拒否権を与えたり、政治リテラシーを持たせる方がいいのではないかと思うところもある。身近に政治教育(右とか左とかではなくて、政治システムをちゃんと教えようということ)を大切にしようと言っている人たちの薫陶を受けると、政治を教育から遠ざけるのは、民主主義のためにも良くないとも思う。

●高校のときのサヨク教員が安保反対を講義して、それに反発したところから安倍晋三の英雄伝説が始まっているわけで、禁止して抹殺するというのは、右側の人間たちにとってもあんまりプラスではないように思う。

●義家氏が立ち直った北星余市高校というのは、私から見ても北海道に名だたるサヨク教員たちの集まった学校で、今の義家氏の立場からは偏向教育とレッテルを貼られても仕方ないところ。そこで人生を建て直したことについて、義家氏はどのような総括をしているのだろうか。自民党議員になってしまったという立場があるのだろうが、母校の教育成果の代表選手ような立場で出世できたのに、自らその神話に泥をかけるようなことをするのは理解できない。

●この問題における朝日新聞の社説が「手を切れ」とよろしくない。そういうことなのだろうか。感情論に寄り添っているだけで、あまり論理的ではない。右派メディアの方が批判は厳しいが、冷静である。
今回の問題は契機に過ぎないが、労働組合と政治の関係について図式的、皮相的にしか理解できない朝日新聞の態度にうんざりしてきたようなところもある(少数のいい記者がいることは認めるが)。
人権だ平和だと叫びながらも、バラバラの個人の自発的な民主主義という新自由主義的生活者モデルに依拠した朝日新聞のスタンスにはうんざり。今月いっぱいで購読をやめようと思う。親切にしていただいた販売店の方々には申しわけないが。

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