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2010.03.22

3/21 高コスト体質を叩いたマスコミへのブーメラン

マスメディアにろくな体験をしたことがないので見るつもりもなかったが、だらだら見てしまった結果で見た「放送記念日特集・激動のマスメディア」の話の中身が興味深かった。マスメディアがインターネット情報との競争にさらされているというテーマの議論。改めて考えさせられる。

これまで、マスメディアの多数派はしたり顔の経済解釈で、新自由主義的言説に乗っかって、公務員の賃金は高い、日本の流通コストは高い、日本の人件費は高いと叩いてきた。そのマスコミが、視聴者からの投稿で、もっとコストのかからない報道で、双方向で行われればなどと言われてしまっていた。

番組のテーマが、視聴されないテレビ、購読されない新聞というところに問題意識が設定されているので、これまでさしたる悪意をもって高コスト体質となったわけでもない業界と同じように、自らに跳ね返って批判されてきているように思う。深刻なのは、マスコミに対する市民には批判する場所を持たないので、マスコミが直接批判されることはないままに、徐々に社会から居場所を失っているということだ。虚業だけに居場所を失うと食べる術を失うことになる。

●テレビは深刻だと思う。CMの費用に見合う営業効果がほとんど見られなくなってきたので、CMへの出稿する意味は、企業からマスコミへの経済的圧力という面が相対的に浮かび上がっている。何見ても金もらって報道しているんだろ、という感覚ができてしまっていて、全然情報に対する信頼感がない。テレビのサンデープロジェクトがひどかったが、ブラック企業の広告ばかりだった時代もある。さらには、最近の経費削減で、ダメ自治体の記念講演会並みの安直な企画で、有名人ばかり集めて雑談させるだけの番組ばかりになっている。誰がジャーナリスト精神だの、報道の中立だの、美しい言葉を信じるか、という気持ちになっているだろう。

●ニュース速報を撮して焦った声色で中継録画を流したテレビニュースを見て、こりゃ終わったと思ったりした。昔のニュースのように単調な画面であっても朗々と論理を読み上げてもらいたい。変な演出はやめてもらいたい。頭がバカになる。

●毎日以外の、営業もしない大手新聞の記者が、潰れた民間企業の記事で、そこの従業員に向かって「営業努力が足りなかったのではないか」と書いているのを呼んで、噴飯したことがある。地域で嫌がられながら押し売りみたいに数字を作っている販売店のことなんか、営業努力なんて軽々と書く記者は何も考えていないのだろう。

●一方で、タダ情報だらけになった社会というのはどういう状態になるのか、知る権利という面では不安も感じる。

●封建時代に戻せば、マスメディアなんてものはいらなくなる。グローバリズムもなくなるので、海外からの感染症の流入は抑えられる。中国人やベトナム人やインド人の低賃金との競争にさらされなくなる。高コストの航空会社などというものを維持する必要もなくなる。なんて妄想をすることもある。少なくとも環境にはとてもやさしくなることは間違いない。問題は田舎のボスたちに倫理と行動規範を求めることができるかだが。

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