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2010.02.27

2/27 市の総合計画は議会で審査すべきもの(名古屋市)

名古屋の河村市長が市議会議員の数を半減させる条例を提案するらしい。また、有権者を煽動して押し通すつもりだろう。そういう政治が危険だとわからないものなのだろうか。
ここまでは政治ゲームの話だから、当事者どうしやってください、という話だが、問題はそれを紹介した毎日新聞記事の後半の部分。

河村市長は「総合計画を新たに議決対象に加える条例(議員提出)は認められないとし、再議権を行使する」というもの。市の立てる様々な計画は、多少の市民参加はあってもほとんど行政によって考えられ作られる。政令指定市ぐらいの規模になると一般的な市民参加は技術的に難しく、ほとんど行政とそれにまとわりつくコンサルタント、公共工事関連の研究者によってまとめられる。市民の一般的な議論と合意を経る過程がないまま、市の財政や人員配置を拘束することになる。市民によっては、行政の計画によって、行政のサービスの享受が計画によって左右される。

議会改革の議論では、市議会がもっと議決案件を増やし、政策論争せよという方向で議論がされている。市のさまざまな計画も議会で決定したり、ときには議会が市民参加でとりまとめることもすべきだということも言われている。
そういう観点から見ると、自称改革派の河村市長の判断は、まったく逆行していて、議会との政治ゲームに目を奪われるあまり、市民の政治的合意なし・行政内部だけで作った計画策定をよしとする判断をしている。

私は行政の立てる計画は、議会の討論と議決を求めるのは当たり前だと思うし、そうすべきだと思う。議会が市長や議員どうしの不祥事を突っつきあうことばかりに時間を浪費し、政策論争をしないのは、無駄だと思うし、民主主義を劣化させると思う。

議決案件に加えた名古屋市議会の判断が市長の足を引っ張るための政治ゲームだったとしても、まさに政策そのものなのだから、議会で議論していったら、市民の良識的な判断がされていくことだろう。その過程でもし足を引っ張るためのことなら、議員の質が議会の討論で浮き彫りになっていくだろう。
河村市長は、議会との政治ゲームではなく、市の総合計画での提案力で評価された方がまともではないか。

●市民に役に立つ市役所を作るために議会はどう改革されるべきかという議論をせずに、名古屋みたいに、議員を減らせ、議員報酬を減らせ、そんなことばかりしか関心のなくて市長を一方的に支持している市民運動が、市政改革派として台頭しているのを見ると、不幸だなと思わざるを得ない。市民が街を良くするために批判しているというより、プロ政治家の政治ゲームに取り込まれているだけだ。

●数十億円、ときには数百億円の財政を左右するはずの行政計画が、議会の議論も市民参加もなく決定されていっているのに対して、法律や計画で必要な施策を進めるために自治体に雇われている自治体の臨時・非常勤職員のボーナスや退職金、諸手当、金額では多くても数億円を支給をするのに、「住民合意が必要」と一円一銭に至る厳格な条例制定を求めている。
「一円一銭」の厳格な条例がないのに臨時非常勤職員にボーナスや退職金を支給したことが違法と言いがかりをつけて、浪人人生20年もやってこれた金持ちのドラ息子が行政訴訟を起こして、判決で臨時・非常勤職員に賃金の返還せよと下され裁判もある。
市民の税金の使い道やサービス形成についてもっと徹底した住民合意を求められるべきは、政策的な行政の諸計画であろう。それこそが議会の議決も何もチェックできないシステムになっていて、八ッ場ダム建設や、朝霞市においては公務員宿舎誘致計画のように、行政施策が暴走して止まらないということが起きている。
一方、臨時・非常勤職員の賃金は、条例や計画で決められた施策実行のために雇われるだけのもので、しっかりした労使合意としっかりした雇用方針があれば、行政の裁量で賃金や労働条件を動かしても、自治体の存廃を揺るがすような問題は起きない。変動的な賃金相場や行政需要に対応させるためということを考えても、厳格な議会承認が必要という今の考え方は弊害が大きい。
何が行政の裁量で、何が住民合意が必要なのか、地方主権などとイデオロギー的な言葉遣いをする前に、再定義が必要だと思う。

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2/27 ベーシックインカムは見たくないものを見ない人のための福祉政策

ベーシックインカムへの批判に対して、ネット論客は厳しいんだと思うような、はてなブックマークの反応。

困った人は救ってあげたいけども、あれは既得権益、あれには抵抗勢力、官僚いらない、公務員がサービスを提供するな、そんな論理を積み重ねていくと、貧乏人にカネ渡しておけ、あとは知らん、というベーシックインカムみたいなものが受けるのだろう。生活保護みたいにドロドロしたイメージもまだない。見たくないものを見ないようにしているという感じがしてならない。

どんな新しい仕組みでも、貧困や困った人を救おうとすると、誰かから返済の不要な資金を集めざるを得ない。制度でやれば税金や社会保険料をどう使うかという話になる。
そもそも、正規職員のサラリーマンで年15万円前後(月1万円程度)しか所得税を払っていないこの国で、まともにベーシックインカムをやるのは、本当に貧困な人にとって大した給付を受けられないのではないか、結局は生活保護で補ってやらないとならない、今のシステムと同じところに戻ってくるのではないかと思う。
ベーシックインカムを実現しようとすれば増税は避けられず、子ども手当の議論ではないが、あいつはトクして私はソンするみたいな、あほな議論にふりまわされることは間違いない。

所得の査定を全国民的にやって徴税と所得給付を一元化するというシステム上の利点はあっても、現在の所得税の査定なんかも不公平だという不満はつきまとっている。それで給付まで決めていいのかと、いささか疑問に感じるところもある。生活保護受けて外車に乗っている、という批判はよくされるのに、自由業者が所得税の申告ちょろまかして、経費で買った外車に乗りながら、ベーシックインカムの給付を受けている、と批判は起きないのだろうか。

現物給付がないままにお金を流し込むことの愚かさは、保育所の問題なんか典型的。
児童手当の増額や子ども手当で、保育所を整備して解決できる予算の何倍もが浪費され、保育所がなくて困っている人はお金だけもらっても誰も保育をする人がいなくて困っている現状は何も解決されない。
介護も同じ。
介護保険制度が不足して、補おうと思っても、多少の現金給付ではどうにもならない。圧倒的にサービスが不足する。
ベーシックインカムを何より有効な切り札の政策だと思っている人は、困っている人とはカネに困っていることしか想像ができないのだろうか。社会サービスのコスト比較をしたことがないのだろうか。

社会的な支援を必要とする人にとって、わずかばかりの現金を税務署からもらうよりも、必要な社会サービスを整備される方がピンポイントで政策効果が発揮され人間としての自立につながる。どうしてもベーシックインカムを実現したいなら、それ以前に社会サービスが整備されるべきだし、あわせて給付されるお金の使途は制限しないのだから、そうした公的支出をやろうとするのに財政の均衡も少しは考えてほしいところだ。まさか鼻血が出るほど無駄をなくせ、などと言って、ベーシックインカムのために医療を崩壊させたり、保育所や介護事業所で働く人の賃金を生活保護以下にするなどということは、あってはなりませんね。

推進論者は、そうしたいろいろなことを考えてソンかトクかよく考えた方がいいと思う。子どもや老親の介護で、仕事をしたくてもできないような経験をしてみないとわからないだろう。

●私と似たような感覚を持って折られる方の評論を見つけました「空虚なベーシックインカムの議論」。

自動的にお金を配れば、何もしないで給料もらう公務員が減らせるよねって話だったわけですが、国民全員に7万円づつ配るのって、国民全員を何もしない公務員として雇うのと一緒だと思います。

小野善康先生の小泉構造改革批判を思い出します。何もしていない公務員を雇うなら、多少非効率でも仕事をする公務員を雇って社会サービスを充実させた方が社会全体にとって幸せになっていくものだと思います。

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2010.02.26

2/26 飲食店も禁煙が進むか

禁煙に対する最も抵抗勢力であった飲食店も禁煙へ。

厚生労働省というお上が、法律もなく通知一本で禁煙を徹底させるやり方はどうかと思うところもあるが、罰則もないのでほどよいところの禁煙推進となるだろう。

世の中、喫煙者人口は半分以下になっているのに、飲食店の分煙・禁煙が全く進んでいないことに、どうしてだと思うところがある。全ての飲食店が禁煙になれとは思わないが、市場原理にしたがえば、本来は禁煙の飲食店というのは人口比に応じてもっとあるべきはずだが、現実にはほとんどの飲食店で禁煙がされていない。市場原理が機能しない見本のような話で、何らかの社会政策が必要だと思っていた。

非喫煙者は煙を気にしないで行ける店というのは非常に少なく、近所では、全面禁煙のスターバックスコーヒーの店だけが混雑している。丸井のレストラン街ではとんかつ和幸だけが全面禁煙を始めていて、以前より混雑している。他は昼の3時間だけ禁煙が実施されているぐらい。ファミリーレストランは禁煙席も煙い。家族連れが減る一方、喫茶店が減ってビジネス需要が出てきて、禁煙が実施できなくなっている面もあるのだろう。
禁煙のバーは全国にわずかしかないらしく、そのためのホームページもあるぐらい。実は近所にあったのだが、昨年再開を予告しながら廃業してしまい、再開を待っているところだ。

先日、池袋のデパートの、子連れが入りそうな飲食店で食事をする機会があったが、喫煙席を見たところ大半が非喫煙者で、10席以上ある喫煙席で喫煙しているのはわずかに1人しかいなかった。他は、店員に勧められるままに、副次的な選択肢として喫煙席に座っていた客であった。
子連れ客が来そうな店など、非喫煙者が選びそうな店であれば、副次的な選択肢として喫煙席に座らせられて、わずかばかりの喫煙者のために不愉快な思いをさせるなら、全て禁煙席にして、喫煙者は他の店に行ってもらった方が、もっと効率的で回転率が上がるはずである。

●また朝霞市の批判になるが、罰金を取らない運用をしている路上禁煙条例の効果がだんだん薄まっている。アルバイトの女性頼みのパトロールは限界がある。公権力のある正規職員がやらないのか疑問である。朝霞台駅周辺は取締りゾーンでも喫煙者が増えてきた。和光市が実施した事業仕分けでは、禁煙条例があるのに罰金を取らないことが行政の不作為だと批判されている。厚生労働省の通知を機会に、きちんと運用や条例の書き方を見直してほしい。

●亀山訳「カラマーゾフの兄弟」を読了。フョードルカラマーゾフという放蕩な実父と、ゾシマ長老という精神的な父親の死を扱い、父殺しのテーマという。私にとって父のトラウマはいらいらしながら私の進路などを責め立てモウモウと吸うたばこの煙と「片づけろ」の怒鳴り声だったような。逆は酒。酒を飲むと非常に機嫌のよい父親であった。

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2/26 病児保育の補助が増額・・・病児保育が未来5年計画化されない朝霞市

厚生労働省が病児保育の補助を増額する方向。歓迎したい。

以前は施設あたりの補助金だったが、2008年度から利用者数に応じた補助に変え、利用者数を確保しないと運営できない、つまり保育を必要とする病児を増やさないと経営が成り立たないように変更した。それを是正し、施設あたりの補助額を増額するという内容。

この10年で病児保育に対する考え方は大きく変更し、前向きに捉えられるようになった。

しかし朝霞市は、今作られている次世代育成支援行動計画でも、病児保育は全く想定されていない。病後児保育も、開業医の善意に任せて手を挙げるのを待っているだけの状態にある。前期計画の達成度について書かれているが「できません」の一言書いてあるだけで、なぜできなかったのか、全く評価がされていない状況。

病気のときぐらいお母さんが、という甘えがどこかにあるのだろう。

病気のときに面倒みてもらう人のない子はどうなっているのか、考えてみたこともないのだろう。①失業を覚悟で休むか、②病気を隠して通常の保育に子どもを託すか、③家で孤独に寝かせておくか、どれかだろう。

朝霞市や朝霞市の保育関係者が推奨しているのは①である。しかしこれは病気のときに子どもを面倒見る限りにおいて責任は果たしても、家庭を維持し子どもを育てていくというトータルな観点からは、失業、貧困、ときには住まいの喪失や家庭の崩壊まで引き起こし、子どもにとってとてもしんどい家庭になっていくことがありえることとなる。公的なところとしては全く無責任な議論と言わざるを得ない。「子どもが病気のときぐらい」と軽く口をつく人には、乳幼児がどのくらいの頻度で病気になるのかまったく理解していないか忘れてしまった人である。また、行政について言えば、そうした権利をすべての労働者に認められるよう労働組合の結成や育成に取り組んだ市町村でない限り、そういうことは軽々しく口にすべきではないだろう。

③に至っては、たびたび発生する「育児放棄」による事故などの事件を誘発する。

最もまともな選択肢は②だが、このことで他の子どもに病気をうつしてしまったり、子ども自身の病気の回復が遅れることになる。

いずれにしても病児保育の整備について、特に核家族の多い都市部でさぼっていることは、重大な人権侵害になっていくということになる。

これだけマンション開発を認めて核家族を増やして、不動産関連の税(固定資産税、都市計画税など)収入を市税収入の半分近くまで取っておきながら、無責任ではないかと思うところだ。

●子ども政策というのが、地域社会で、子育てのプロ、立派な親と言われる人たちだけで作られることの弊害なんだろうと思う。もっともっと困っている事情を抱えた人に接近した調査、ヒアリングなどをやって作らないと、何をすべきなのかが見えてこないように思う。

●私自身も、親が70歳近くになっており、非常時に、持病のある親に、いつまで頼って子育てできるか、不安になることが多い。

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2010.02.25

2/25 ナショナリズムに火がつくなぁ

トヨタ攻撃をしているアメリカの国会議員を見ていると、日本の国会で、テレビしか楽しみのない高齢者に派手な広告を打って保険加入を勧めて保険金を払わない米系保険会社の不埒を、証人喚問して追及してもらいたいと思う。

●監督官庁として野放しにはできないのだろうけども、トヨタの責任追及をしていた前原大臣のことは深く記憶しておきたい。防衛問題でも、金融問題でも、この問題でも、一貫して某国の代弁をしている。

●こんなこと書くのはナショナリストみたいで嫌な気持ちになる。

●中国やロシアが多少騙しみたいなことをしても、「ああまたか」と思うぐらいだが、世界中に契約概念と公正さを売り物にしているアメリカが騙しみたいなことをするから感情を逆撫でするのだろう。
もちろん安全は最優先だが、飲酒運転が厳罰化されるまで毎年1万人も交通事故死(24時間以内死亡のみ)していて、自動車に絶対の安全がない。後から新しいルールを適用するというのは、法律の考え方に反するようなところもある。

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2010.02.24

2/24 私たちだけは特別だ

マイクロファイナンスの普及活動をしているNPOの活動家のtwitterより。

「MF金利のcapはMFIが小額ローンの融資を避けることにつながり、その意図に反してより貧困な人から金融へのアクセスを奪うというのはよく言われるが私も廃止に賛成。金利は、MF機関同士の健全な競争によって下げられるべき。コストをカバーできないような金利は本末転倒なわけだし。 」

twitterって、本音が出てしまうものですね。

この論理、サラ金業界と同じじゃないかと思うのです。サラ金に対する上限金利規制をしようとしたときに、金融業関係者や一部の新自由主義者は口を揃えて、貧困者に貸す金融機関がなくなる、と合唱していました。そんなことを思い出すとともに、サラ金や街金が「マイクロファイナンス」を名乗って上限金利超えの融資を始めたらどうなるのか、と考えてしまいます。

健全な競争で消費者に最適なサービスが適用される、という幻想も、今やほんとうにそうなんですか、と反問すべき時代に入っています。

「マイクロファイナンス」と言えば悪はありえないとするギョーカイ思考をしているように思います。
NPOなんかへの語り方にも通じるものがあります。暴力団が隠れ蓑のNPOを設立したことを思い出すべきで、こうしたものは道具に過ぎず、大切なことは何を大切な価値とするのか、ということではないかと思うのです。

マイクロファイナンスの健全な育成や、トラブルの発生による余計な官僚統制をもたらさないためには、上限金利規制ぐらいは守っておいた方がいいんじゃないかと思います。

こうしたモラルハザードになるような思考回路はやめるべきでしょう。

●しつこいですが、同様の問題は、NPOで働いている人に労働基本権はなくせ、とか、労働者協働組合に労働基準法は適用されないべきだ、などと言う市民活動を育成する人たち(元東京地検特捜部検事など)も同じです。崇高な理念を掲げて奮闘しているNPOが多いことは認めますし、その自発性や非営利性は株式会社資本主義の猛威から保護されるべきですが、理念のもとで生活と引き替えに現実にサービスを提供しているNPO従事者は、労働者として保護されるべきです。労働基準法を適用しないなどとすれば、悪徳経営者は株式会社を廃業して、何らかの公益性を主張してNPOを設立し、そこで金儲けを始めるでしょう。

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2/24 秩父セメントがセメント工場を縮小へ

秩父セメントが、普通セメントの生産を中止するというニュース。

地元経済に大きな影響を与えるだろうし、埼玉県内で純粋な地方都市の姿を保っている秩父市はますます衰退するのではないか。

首都圏に住んでいると、地方の工業都市というものがよく理解できない。秩父市に行くと、武甲山がセメント採掘で加工され、街中に貨物の引き込み線があり、東京からの市の入口には大きなセメント工場がある。工場の周囲には、今ではあまり見られなくなった大きな貨車の操車場がある。自然の中を走ってきた電車やクルマが、秩父盆地が広がったところで工業都市としての姿に圧倒される。

●秩父鉄道は存続の危機に立たされることになる。少なくとも蒸気機関車の維持や、多数の古い車両の保存など、余興とも思えることは全くできなくなる。

●トヨタの問題、アメリカも不自然だし、トヨタも不自然。アメリカ議会やアメリカのマスコミの報道の仕方に、政治的な何かを感じる。落ち目の大国とつき合うというのは政治リスクとも言えるトラブルに巻き込まれる可能性が高いように思う。北米市場からの撤退という選択肢はないのだろうか。

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2010.02.22

2/23 民主の選挙なめ

民主党が自治体選挙で敗北。町田市では、あわせて行われた市議選でも多数の落選者を出す。

小沢一郎のせいにする必要はあるのかも知れないが、とっても安直に思う。
民主党が何もかも権力を握ったと錯覚して、自治体選挙での候補者の人選が雑だったことに起因するように思う。実は、民主党が国政で勝つ勝つ言っても、選挙をとりまく情勢にきちんと合わせた候補者を用意できなければ惨敗することは、昨年5月の和光市長選挙で感じたことだ。
民主党の候補者になりたがる人が多いのに、どうしてこんなダメなことが多いのかと思う。政策は民主集中制なのに、選挙は地域地域のお山の大将の好き勝手に任せているからだろう。

候補者に選挙アニマルみたいな筋肉養成を要求する割に、実は選挙そのものをとてもなめているのかも知れない。

●小林千代美の不正献金にしてもそう。選挙が延びたのに、民主党は全国でたかだか30億円~50億円程度の候補者の息継ぎ資金を用意しないで自力更生に任せたから、こんなことになったのではないか。

●石井一議員の鳥取・島根への差別発言は良くない。

●一方、主要幹部の中で菅直人氏の現実的な良さが出てきたように思う。増税含みの税制改正をきちんと言い始めた。

●それにしても自民党が脅威でない。参院選で民主が圧勝できなくても、自民党は太刀打ちできないだろう。公明とみんなの党と手を結んで、何とかという状態だろう。
その原因の1つは与党時代からそうだが、民主党の不祥事をあげつらっていれば何とかなるという検察・警察頼みの政局への挑み方をしているからだ。先の衆議院選挙はそれに愛想を尽かされたのに、相変わらず日教組がどうだ、小沢一郎の土地取得がどうだ、そんなことで政権が戻ってくると思っている。もう1つは、日本の野に下った勢力にありがちなパターンにはまってしまっていることだ。わかりやすく言うと、社会党と似たような与党への反発の仕方をしている。町内会や非営利団体なんかの派閥争いでの非主流派みたいに、本質的な路線論争をせずに、あいつは金に汚い、権力的、そんな批判しかできない。今の与党よりいい社会を創るという自信を持った説得なしに、政権を奪還することはないだろう。

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2010.02.21

2/21 社民党と新社会党の統合は自縄自縛の自殺行為

社民党と新社会党が統合へうごめいているらしい。

新社会党としては正しい判断だと思うが、政権参加している社民党にとっては自縄自縛になるだけではないか。もはや両党は、55年体制的発想で運動員や組織人員を合算すれば何とかなる、というレベルではない。

社民党は、運動や伝統の純粋性を維持することよりも、否が応でも巨大与党民主党との距離をうまくはかりながらバルカン政治家のようにやっていかなければ、生き残ることは難しい。にもかかわらず、最も伝統の純粋性を売り物にしている人たちとくっついたら、バルカン政治家のようにしたたかに政党を残すことは最も難しくなるだろう。

旧社会党系が生き残るためには、昔の人脈だけでどうこうしようとする内向きの発想をやめることではないか。統合しても、結局あいつはどの系統、こいつはどの系統と、人脈話ばかりで党が運営され、民主党と社民党との関係が微妙になれば、旧社会党の悪弊でその路線論争をめぐって内紛を起こす結果になりかねない。またこの話が前に進めば、現職社民党国会議員の間でも分裂、対立が起きることは、選挙協力などの関係から容易に想像がつく。

当座、社会民主主義でも、社会主義でも、その思想から現実政策をどう行うのか、理念の再構築をそれぞれの場できちんとやりながら、もう少し民主党の行く末を見定めてから行動を決めた方がいいのではないだろうか。民主党だって、やがては新自由主義的な考え方の人たちと、西欧社会民主主義の考え方の人たちと、根本的なところでどうしていくのか議論が起きてくるだろう。
それまでは、旧社会党の最も伝統的なところを地域的に残す新社会党、旧社会党で民主党に納得できなかった人の社民党、地域地域の地方選挙などで拠点を維持し、選挙協力などを通じて国会には影響力をおよぼす、それでいいんじゃないかと思う。

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2010.02.18

2/17 貧困問題とか鼻で笑いそう

赤木智弘さんのtwitter、時々コメントが秀逸で笑う。シーシェパードの事件を受けて、

どうも環境保護団体って、金持ちが道楽でやってて、貧困問題とか鼻で笑いそうなイメージがあるんだよな。

環境運動だけならまだいいんだが、これに行政オンブズマン市民運動がくっつくと、貧困問題に対して、ほんとうに暴力的になってくるから怖い。自治体の非常勤職員に、彼らは、「試験も通っていない人がボーナスもらっている」などと優勝劣敗の自然淘汰の価値観を丸出しにし、憲法違反とも言いたくなるような法体系を持ち出して行政訴訟を起こす。そのために貧困にあえいでいると言ってよい。

ところが昨年来の貧困問題への関心の高まりとともに、彼らは「非正規労働の問題を適正化したい」などとふざけた言い訳をしているの。適正化のために失業したり、もらった給料を返さなくてはならなくなったりすることがどれだけ大変なことかわからないらしい。

彼らは富裕層で社会の寄生虫みたいな存在だったりするんだが。

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2010.02.17

2/17 朝霞市の次世代育成支援後期計画に意見を提出

ああ本当に忙しい・・・。心労も多い。

●ようやく、朝霞市の次世代育成支援行動計画「あさか子どもプラン」後期計画の案に対するパブリックコメントを書いて提出した。
「AsakaKodomoPlan.pdf」をダウンロード
意見を言えるときには言っておかないと、とは、憲法第12条をひきながら、権利の上に眠るものに権利なし、と教えてくれた職場の先輩によるところが大きい。

前半の考え方については、前回より言葉が洗練され、綺麗な言葉が並んでいる。
しかし、具体的な施策は、保育施策の数値目標が変更されたこと以外は、行政が次々に作った既存の施策を羅列しているにとどまる。また5年、市役所の政権交代でもなければ、この調子が続くのでしょう。

子どもの意見表明権なんて言葉を使っているから、内容を見たら、子ども議会の実施(これは子どもに議会の真似をさせるのだから、政治参加の学習機会であって子どもの権利ではないだろう)や、子どもの内面調査とも言える「心のノート」の普及などが挙げられている。「心のノート」はここで掲げるべき政策ではないでしょう。

子どもの意見表明権なんて言うのなら、あさか子どもプランの策定過程に子どもをきちんと参加し、意見表明をさせ、理にかなった主張をされたらそれを計画案に反映させるという作業が行われてなければならないが、子ども参加どころか、子育て世代の親の直接参加の計画策定も行われず、子育て支援団体3団体以外のヒアリングすらなかった。

行動が伴わない自治体が、美辞麗句を並べても、血肉にならず、五十嵐敬義先生のような人に駅に降り立った瞬間に「空虚ですね」と言われる街になる。朝霞市のさまざまな計画のスローガンについて「空虚な言葉が踊っている」と酷評されたことも思い出す。

●似たような相談事業が10以上もある。困っている人に支援の手が必要なのに微々たる給付金をさまざまな項目で出している。本当に必要なことの精査がされていない。事業仕分けをしてみたい。

●保育園について定員を増やすと書いているが、民設民営園という制約が付いている。一体誰が保育所を開くの?と疑問で仕方がない。

●学童保育については、過剰定員を解消する方向性が打ち出される。しかし、数年前、保健福祉部長が同じことを庁内で提案したら、当時の市長側近の幹部がその提案書を読みもせず突っ返したというんだね。あの時代にやっていれば・・・・。

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2010.02.16

2/16 幼保一元化の意義と待機児童問題の解決を混同すべきでない

私の「2/2 改善された内容・週刊ダイヤモンドの保育所記事: きょうも歩く」にはてなブックマークで

「子ども手当のために、保育所増設の資金を失ったという議論はナンセンス。幼稚園の廃園が相次ぎ保育園が不足するというミスマッチを解消させればいい話。保育園建設は建築業者が儲かるだけ。」

というコメントが寄せられている。「だけ。」では解決しない。

保育所待機児童がいて幼稚園の廃園が相次いでいるというのは、東京都心部や地方の県庁所在地ぐらいの地域だけの話。もっと事態が深刻で保育所も幼稚園も余って閉園している、というのは地方の市町村。
待機児童問題が最も深刻な大都市周縁部、東京23区でいえば、江東区、江戸川区、葛飾区、練馬区、板橋区などは、幼稚園も不足している状況。今この時代に入園願書を届けに早朝から並ぶなんて、知らないだろう。埼玉県南部、千葉県西部なども。
そもそもの原因は社会インフラと無関係にマンション乱造を許してしまった自治体と法体系にある。こうしたところでは上記のような観念論をふりかざされても問題は解決しない。

保育所単独でも、東京大阪周辺(+沖縄県)と、それ以外の地域のアンバランスをどう解消していくかということも大問題になっていて、国というグロスで考えれば、今でも、保育所の定員は充足しているという数字になっている。熊本県の保育所を埼玉県に移転させればいいという話にならないのと同じで、幼稚園を保育所化して子どもをシフトさせれば待機児童問題が解決する、と言い切ってしまうのは、同様の見間違いをしていると言ってよい。
待機児童問題が発生している地域は、幼稚園から保育所にシフトしているということよりも、圧倒的に子育てを始めたばかりの世帯がよそから流入している、あるいは発生している、ということである。

また、市の審議会委員会に参加してよくわかったが、幼稚園経営者は長く業界団体によって保守的な価値観に培養されてきているため、通常の17時までの保育でさえも抵抗感が強く、さらに通常の延長保育などには極めて否定的な意見の持ち主が多い。障害児保育や外国人児童の保育などには、積極的に取り組む園に対して取り組まない園が批判するなどアレルギーまで起こしている。
専業主婦の協力による園運営なども定着しているので、幼稚園の保育所化というのは、事業者の主体性を尊重すればほんとうに限られたところでしか行われないだろう。関東は公立幼稚園が少ないので、幼稚園を保育所にしていくのは事業者に対する相当な苦労と説得が必要だ。指摘されるような建設業者を肥やすことより労力がかかりすぎ、今いる待機児童を解消できずに時間ばかりが経過していくだろう。

建設業者にお金がまわるだけ、というが、仕事のある人を救済しつつ、仕事を創ることになるのだから、不要なものを作るのでもなく、社会の効率化に寄与しないことでもなく、国レベルでは推進する価値はあると考えるべきだろう。本当に社会に必要なものを作るなら建設業者が少しは肥えたらいいと思う。

●幼保一元化というのは、就学前保育をどう公的なものにするか、という理念にもとづくものであって、理念としては皆保育のような思想である。就学前に集団保育が必要だと考える人には否定できない魅力があるし、私も究極はそうあるべきと考えるが、その魅力が幼保一元化という言葉に全能感を持たせ、さまざまな就学前児童をめぐる問題解決のための具体策を遠ざけているように感じてならない。
待機児童問題の解決の方便に矮小化すべきことではない。そういう議論の仕方をすると、幼保一元化の場合、保育の必要度が高い困難な家庭ほど施設に逆選択されるという問題にぶちあたる。きちんとした理念がある政策を方便として使い出すと見直し後の介護保険のように「うまくいくはずだったのに」という結果になる。

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2010.02.15

2/15 特高の息子を落選させると官憲がやってくる

特高警察の息子の町村信孝、無産者で本人も無産者の小林千代美。先の総選挙では小林が勝った。北海道7区を民主党がとりこぼさなければ、町村信孝はただの人になったからだ。
特高警察の息子を落選させると、官憲がやってくる、そんな感じがしている。

国会での町村の民主党議員に対するスキャンダル質問の多さも、本人のあの性格や言い方まで含めていやらしさを感じている。

小林千代美議員側、教職員組合から違法資金? 地検捜査

小林に特定された捜査が、北海道の保守勢力のすさまじい執念で行われている気がしてならない。捜査の対象が北海道教職員組合というのも初代委員長が横路節雄さんであることとは偶然ではあるまい。

容疑がはっきりしないとあまり断定的なことは言えないが、政治資金規正法で絶対安全なところにいるのは家産から政治資金をつぎ込める二世三世の政治家だけになってきている。
政治資金団体の譲渡が可能であることから、政治資金団体が無税で相続するダミーともなることが最近明らかになってきている。
先代、先々代が、二世三世まで政治家ができるほど蓄財できたのは疑問だが、もはやその事情を知っている人はほとんどいないのだから安心だ。

●こんなことで容疑もはっきりしないのに、テレビに煽られ国民は民主党の支持率を落とし、民主主義より官憲の統治を優先させる社会を喜び迎え入れる土壌を作る。いつかきた道のような感じがしてならない。

●バブル期に左翼に迎合してきたような感じのする津川雅彦が最近、右翼ぶって有名らしい。
戦前が良かったみたいなことばかり言っているが、本当にそうだろうか。戦前、筋金入りの右翼政治家が、ドイツに騙されてソ連を仮想敵にして日独伊三国同盟を結んだら、独ソ不可侵条約の締結にうろたえたことはどう考えたらいいのか。強硬派が、何のメリットもないソ連に開戦前と終戦時に日米の仲立ちを期待して、状況をどんどん悪化させていったことなどどう説明したらいいのか。関東軍が阿片売買に手を貸していたことはどう捉えたらいいのか。日本人が几帳面に時間を守るようになったのは戦後。故障しない車を作れるようになったのは戦後。売れなくなった芸能人が生活保護を受けられるようになったのは戦後。職場に忠誠を誓うようになったのは戦後。そんなに戦前の日本人が立派だったのか。

●増税を検討すると発言した菅財務相に、社民党の幹事長が、議論するのはまかりならん、まずは徹底した無駄をなくせと批判している。
その言い分が新自由主義そのものだと知らないのか、それとも単なる世論への迎合なのか。
小さな政府であるため社会民主主義が成立する基盤が成り立たないと、社民党にもがんばれといってくださる研究者たちはあちこちで指摘しているのに、耳に入っていないのだろうか。ここは本当に社会民主主義政党なのか。増税すりゃ社会民主主義とは思わないが、日本は西欧諸国に比べたら並はずれて小さな政府だろう。小さすぎるから、政府支出うち統治業務に従事する公務員賃金と公共事業費の割合が多くて、裁量行政が幅を利かせているのだろう。
社民党に差別意識のある民主党の若手議員たちに対抗していくためには、増税反対ではどうしようもないだろう。

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2/14 増税も検討着手することを評価

菅財務相が増税の検討を着手と報じられている。

増税を論じることそのものがタブーになっていたことが異常で、減税を議論されるなら、増税も当然議論されるべきである。私は、今の日本の財政事情、他の先進国の国民負担率と比べた日本の現状、企業内福祉や家庭内福祉が成立しなくなっている現状への対応などの観点から、増税は避けられないと考えているし、むしろ積極的に増税を受け入れ、社会の目詰まりになっているような政策を打開することが必要だと思っている。

増税をいつ実施し、そのことで政策の目詰まりをいつ解消するのか、ということはこれからになるだろうが、とにかくタブーとしてきたことを転換した菅財務相の対応を歓迎したい。

●列挙されたのが、所得税、法人税、消費税、環境税となっているが、相続税も検討せよ。不労所得に対する課税をきちんとやらないと、大義名分が立たない。

●菅氏が若手議員だったころに検討された、台湾の土地税制の移植についても検討を求めたい。

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2010.02.14

2/13 職業教育に関するいろいろな思い出

きょうの「EU労働法政策雑記帳」に、労働教育と、労働者個人の幸福についての意見の分かれについて書かれていて、とても興味深い。

ブログ主の濱口さんは、金子良次事さんの労働教育に対する批判的意見に対して「何にでもなれるはずだという幼児的全能感を膨らませておいて、いざそこを出たら、「お前は何にも出来ない無能者だ」という世間の現実に直面させるという残酷さについては、いささか再検討の余地があるだろうとは思っています」と、今の職業教育不在の状況を批判している。

その意見の違いを見て、いろいろ葛藤した14~5歳のときのことの人生選択を思い出してしまった。

私は、中学生後半ぐらいから、祖父に商業簿記の修得を求められ、商業高校に行きたかったが、保守的な両親も、両親以外に頼っていた周囲のリベラルな大人たちも、なぜかこのときは共闘して阻止され、説得された記憶がある。

自分の中では、能力なんて大したものではないのではないかとずっと怯え続けていたこともあって、早く社会に役立つ能力を身につけたいと思っていたし、自宅の近所に県の肝いりで作った職業科総合高校もあったため、職業科に進学したかったのだが、やめなさい、普通科行きなさい、大学行きなさい、と言われ続けて断念し、結局、自棄気味に選んだ普通科高校に進学した。当時、埼玉県の大学進学率は28%程度。首都圏で高卒で働くのが最も当たり前の地域だった。

その時の周囲のおとなたちの言い分は金子良事さんの論旨とほとんど同じ。労働者天国をめざすマルクス経済学の影響を受けた若者時代を送った親ほど、強く言われた。将来を固定するものではない、と普通科進学を強く言われた。

大学4年の7月、北海道の文房具販売の会社に就職できたときには、ほんとうに安心した。そこで、文具屋の丁稚として働くつもりでいたところ、高校・大学と活動事をしていた雰囲気を察した経営が、過去全共闘世代の大卒をそうしたように、社内の運動ごと(社内業務の改革プロジェクトなどのこと)に接する機会の多い職場にと思ったのだろうか、本社部門に配属になってしまった。
顧客もなく、商品もお金もほとんど現場感覚で触れることのないセクションに配属になって、いつまでも自信が持てなくて退職してしまった。採用していただいたり、期待していただいた当時の同僚のみなさんにはすまない思いがいつまでも残っている。

「自由からの逃走」という名著があるが、自分にはこの仕事をやっていくんだ、という確信というのは、無産者にとって非常に重要なもので、そういうものは、できるだけ早く見つけられたら幸せだと思うし、その逆の状態になれば社会不安が起きてくる。
極端な例は白州次郎だが、無限の可能性を見させて、なんとかうまく世渡りしていくことのできる人間に、社会の全員がなり得ない。それを全員に夢見させようとすると自己実現教のあり地獄にはまってしまい、滅私奉公的な過剰労働、それとは裏腹のどす黒い出世競争の現実にもみくちゃにされる。そういうところに、高学歴でない人たちがついていけなくて、ひどい思いをしているのがこの社会だ。
そんな不幸せを対極に考えると、高校職業科のようなものはもっと大切にされ、高い位置づけをされるべきではないかと思う。もちろん同時に、社会に奉仕する人間形成のためだけの職業教育であってはならず、本人の人生設計に資するものでなければならないから、出世競争のための教育を求める人たちより一層きちんとした労働者としての権利教育と一体でなければならないと思う。

●日本がもっともうまくいっているはずの80年代、企業城下町の管理教育があまりにもひどかったので、職業教育というと、教育を産業に隷属させる先入観があまりにも強いのだと思う。しかしそれは当時も今も教育に人格教育を求めすぎた結果、企業に役立つ人材が管理教育に耐えられる人材、という位置づけになってしまうことであって、本質的な職業教育はそういうことではないだろう。

●出張先の金沢市で疲れていたせいか、「出世地蔵」という看板を、「出世地獄」と読み違えてしまった。先輩他同僚と一緒に歩いていた中で、みんなそのことに乾いた笑いをしていた。職務給が根付かないと嘆く人は多いが、その裏腹にある職人的働き方が非正規労働でしか提供しなくなってきたこの社会のしんどさの問題は大きい。

●子どもには、私のようにストレスいっぱいの実体経済と離れたところで生きるようなことになってほしくなくて、工場労働者になって、出勤時間になったら仕事を始めて一所懸命働き、定時になったら仕事をやめ、退職する頃までには職場長になって仕事の実際的なことをとりまとめるところで職業人生を終えるぐらいが最も幸せな人生だ、と言いたいところだが、そういう仕事がみんな不安定な派遣労働になってしまい、若い人にはしんどい社会になったと思う。自治体職員なんかも同じ。専門的職種はみんな非正規労働。正規職員はみんな出世競争の人事システムに組み込まれ、3年以内の短期的な異動を繰り返し、愛着のある仕事を長期にわたって続けることはできない。経営事情による激しいリストラがないということだけが魅力になってしまっている。

●職業科教育に対する後ろ向きな意見が強いのは、本音のところで学歴差別や職業間の差別が根強いからだろう。

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2010.02.13

2/13 とうとう宇高航路が廃止

高松と岡山県宇野市を結ぶ、宇高航路がとうとう全て廃止となる。高速道路一律1000円などの通行料優遇政策が影響した。

道路通行料を下げれば物流コストが大幅に下がって経済効果があるなど、俗論に煽られて、自民も民主も道路通行料のバーゲンセールをやってしまったが、結果として道路利用を優遇するために税金を投入した政策によって、エコで公共性の高い輸送機関が廃止され、産業と雇用先がなくなったことになる。道路通行料を下げたり、無料化することは、最悪の経済政策だったと言える。

高速道路通行料無料化は、高速道路を経済原理にあわないほど作り続けるのと、同じ意味で愚策である。

フェリー事業のもとで働いている人を失業させた方がいいほど景気が良くて雇用が逼迫しているならまだ説明がつくが、不況のどん底で、みんなが雇用を分け合わなくてはならないときに、こんなことになるとは、悲劇である。

一度廃止された公共交通はなかなか復活しない。いよいよ石油がなくなってきたり、CO2削減ののりしろがなくなったときに、復活させようとするときのとんでもない労力を考えてみた方がよいだろう。

●道路使いたい放題の政策をやって、CO2削減25%をぶち上げれば、行き着くところは原発だらけの国土にせざるを得ない。

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2/13 検察審査会に小沢氏不起訴不当を訴える市民団体

やっぱりというか、検察審査会に小沢氏不起訴不当を訴えた「市民」が出た。

マスコミは、検察審査会に訴えた団体を単に「市民団体」としか報じない。検察情報をあれこれ垂れ流す一方、正体のよくわからない市民団体の背景事情やその目的を全く報じないのは不思議である。
普通なら、こうした市民団体は、代表者が誰で、小沢氏の問題についての主張が公開されていて、何をただすべきなのかが明らかにされ、マスコミもその背景事情などを調べて報道するものではないか。公的な影響力に与える影響が大きいからだ。

それが明らかにならないというのは何か不自然さを感じている。
検察が明らかにしたくないと、マスコミ各社にガードしているのだろうか。

●そもそも政治家を逮捕するということは、民主主義を機能させるためには慎重であるべき。
誰かに政治家を逮捕させるというのは民主主義を超える権力的なことであり、それ相応の違法性、証拠、政治的意思決定に与えた悪影響などの度合いなどから判断して慎重に行うべきことではないか。政治家の逮捕は、私利私欲のために政治を歪曲したことに対する犯罪性を問うなら、政治家の逮捕そのものによって政治が変わってしまうような結果になることは最小限であるべきだ。政治を変えるのは検察特捜であってはならず、あくまでも選挙であるべきだからだ。
したがって、収賄や政府入りした政治家であれば行政手続きの問題を問うことにとどめるべきであろう。
心証や、不適切といったレベルのことは、選挙の審判に委ねるべきで、心証や不適切な会計処理といったレベルのことは、選挙で問うべきだろう。国民の7割が怪しいと思っているから不起訴はおかしい、というのは乱暴な議論で、多数決原理は選挙で貫徹されるべきことで、行政権は多数決であっても、法にのっとって運営されるべきだ。
選挙で疑惑の政治家を排除するには、小選挙区制はそういった点で効果的な選挙制度である。小沢氏が国民にとって有益だという思いより、疑惑がひどいと思う人が多くなれば、過半数は獲得できず、落選する。中・大選挙区制だと、特定の熱烈な支持者がいれば落選しない。モラルのない自治体議会は、いつまでも自浄作用が働かない理由でもある。

●民主党の前原派が勢いづいた発言を繰り返しているが、先輩議員の下半身的な話題で党内権力闘争に挑もうとすることがどうもよろしくない。前回もそうしたやり方で前原氏が党首になって、そうしたやり方で自民党にしかけられて失脚したのではないか。小沢氏をやめろやめろと言っても、不起訴になって検察が敗北したのであって、道理を重んじるならその結果を尊重すべきであろう。小沢氏に対抗していくなら、小沢氏のもとで論議を封印された政策的矛盾を解決する方向でやるべきだろう。

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2010.02.11

2/9 死亡と誤診したのは冬眠状態だったのではないか

冷たくなっているホームレスを、救急隊員が死亡と判断して扱ったところ、霊安室でまばたきして生きていたことがわかり、問題になっている。救急隊員への処分も検討されているという。

しかし、人間にも冬眠する機能があるらしいという最近の研究では、冬眠状態であれば誤認する可能性もあるのではないか。
安易に処分すべき問題ではないように思う。とにかく助かったことはよかったと評価すべきではないか。

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2/9 「仕分け人、妻に比べりゃまだ甘い」考

「仕分け人、妻に比べりゃまだ甘い」今年のサラリーマン川柳で賞を取った作品。

言葉自体は面白いが、政府の事業仕分けが妻の小遣い査定と同じ論理でやられてはいかんものだということもあると思う。

また、ここでいう「妻」というのも、夫の収入をすべて召し上げ、そこからお小遣いを支給する、男女の役割分担そのもの(ここに関しては性的役割分業に批判しないフェミニストが多くてうんざりする)。そういう性的役割分担モデルを、人権や平等や自由を尊重すべき公的支出になぞらえることは不適切ではないか。

もちろん支出の査定はきちんとやらなくてはならないが、稼いでいるはずの人間の賃金を他人がすべて召し上げ、昼食の外食を食うや食わずの水準のお小遣いしか出さないような査定が、まともだと思えない。

政府支出はよく家計に例えられて、支出を切りつめる話ばかり美徳とされるが、それで泣くのは社会的弱者。社会的弱者を虐待してまで、今の収入に甘んじてはいけない。家族の能力開発や生活水準まで落として切りつめるなら、妻も稼ぎに出るべきではないか。支出を切りつめるのも大事だが、収入を増やすことも考えるべきだろう。

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2010.02.09

2/8 民主のインターネット選挙解禁は、発想が小さい

民主党の党内研究会がネット選挙解禁の法案をまとめたようだ。
HPは解禁、メールは受取人の同意で送ることが可能というもの。

その趣旨は賛成するが、忘れてならないのは、選挙運動の個々のツールを解禁する思想ではダメだということで、文書図画の全面解禁による、表現の自由、政治活動の自由の回復でなければならないと思う。民主党が得意げに批判する「官僚支配」の最たるツールは、選挙運動規制にあると考えるべきだろう。
官僚が自由に政策発表できたのに、政治家は選挙で政策を訴える手段を縛られて、民主主義は成立しない。

どうも、小沢一郎の選挙運動全面解禁論に比べると、この研究会のまとめた内容は些末で、考えた人間の発想が小さい。もっと近代民主主義の原則に照らして、規制をやることそのものがどうなのか、ラジカルな問題提起をすべきではないか。選挙規制があって当たり前という考え方が、国際的には異常なことだという知識がないのだろうか。

問題点もある。メールを送るときに相手の同意が必要としている。
それは政治家にとってトラップになるだろう。今でも、後援会の通信を送るのをめぐって、秘書や運動員たちは、有権者から「誰の許可得て送ったんだ」などと謝罪に明け暮れるのが日本の選挙。
本来、政策宣伝に許可も無許可もないと思う。駅頭では聞きたくない人にもスピーカーでわあわあやっておいて、文書やメールだけ許可がなければ配れないなど、異常である。

日本で政治家が有権者に文書を送ろうとした場合には、後援会に加入しているなどの前提がなければ売名行為ということで公選法違反になる。しかし、そうであれば、名簿をどっさり持っている人だけが選挙に参加する権利を持つことになり、役所が管理する団体の支援や、W大などのマンモス校出身者が幅を利かせることになって、民意がうまく反映されなくなる。

また、小さな話では、この手の話は、許可を得たか得なかったかというのは、非常に微妙な例が多い。許可を得たつもりが、そうでなくて激しいクレームを受けることは、選挙運動に関わると日常茶飯事だ(国会議員の候補者ぐらいになるとそういうクレームは運動員が勝手に処理して無縁かも知れないが)。

また、第三者がなりすまして大量に無許可メールを送ったときに、政治家の事務所が謝ったり、釈明したりするメールを返信し続けなくてはならなくなるだろう。

あんまり自分の首を絞めることをすべきでないし、選挙の規制は、できるだけ選挙結果を歪曲しない範囲にとどめるべきで、簡単に警察や検察に政治家を取り締まらせる法律の作り方は良くない。有権者の審判に委ねるべきではないか。あんまり品位に欠けるやり方でメール送信をする候補者は、私は当選しないと思う。

●選挙運動期間中にHPを更新して問題になった阿久根の竹原市長、神社にさざれ石を奉納。政教分離の問題とともに、天皇はどこの馬の骨という発言をしていて、神道に協力するとは矛盾していないか。

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2010.02.07

2/7 鳩山政権・民間医療保険の育成にポーンと300億

鳩山政権「生命保険料控除、上限12万円に拡充へ 医療分野を優遇」(朝日)

鳩山政権の関係者は映画「シッコ」を見たのだろうか。民間医療保険や民間介護保険が広がることに、問題意識を感じないのだろうか。そもそも民間医療保険や民間介護保険に加入せざるを得なくなったのはなぜかと考えるべきだ。小泉・竹中の推進した政策で、医療の自己負担がどんどん拡大したり、医療サービスが地域社会で崩壊してしまったせいではないか。それを追認することが、わざわざ政権交代までさせて誕生した政権のやるべきことだろうか。

保険の原理は、保険サービスを受けない人が一定いて、受けざるを得ない人が保険料を上回るサービスを受けられる。したがって、掛金を払う意味がある。それがなければ貯金をすればいいからである。それを民間でやるということは、サービスを受ける人は保険料以上の給付を受けたとしても、加入者全体の払う保険料より相当下回らなくては破綻してしまう。
民間医療保険や民間介護保険は、強制加入をさせることができないため、どうしても限界がある。また、給付を予定されると予測できる人を入れることはできないため、加入審査は厳しく、加入審査を緩めれば加入前の問題を厳しく問うて給付を絞らざるを得ない。
民間医療保険や民間介護保険に頼る社会というのは、選ばれた人しか医療や介護を受けられない社会であると言ってよい。
映画「シッコ」では、入っていた保険が給付審査が手間取り、家族が障害を負ってしまったり、死亡してしまうケースが紹介されている。
民間医療保険というのは、そういう本質を抱えざるを得ない。したがって、公的医療保険の補完的なものであるべきで、普通の庶民が必死に民間医療保険を払うぐらいなら、税金や公的医療保険の保険料として広く薄く負担してもらって医療に給付した方が、質が高く、安定的で、必要に応じたサービスを給付できる。

そうした本質的な理解もなく、国民が金を使っているところに税金を負けてやれば善政だ、という単細胞的な政策展開をするなら、ほんとうにがっかりである。

民間医療保険に入れる人はある程度の所得があり、健康リスクも少ない人である。そういう人の保険料のために税金を300億も使うなら、最近クローズアップされた「無保険」の人たち、割高な市町村国保にしか入れない立場にある人たち、重とくな疾患を抱え高度医療を必要とする人たちのために使ったらどうかと思う。

コンクリートから人へ、と自己陶酔しているが、現場でサービスを提供しているものがどういう仕組みやインセンティブやモラルで動いているか、洞察がまったくされておらず、現金の再配分と減税でしか政策メッセージを出せないこの政権の発想の貧困さには毎度、恐れ入る。コンクリートから金融へ、が正しい理解ではないか。

●地元の県議の広報が入っていて、八ッ場ダム推進を「徹底検証」と書き、大型公共事業を推進している記事ばかりで、げんなりである。2人区で民主党公認だから、絶対落選しないとタカをくくっているのだろう。
知事、市長、民主党代議士とこの県議の4人のそろい踏みの写真があったが、もうゲップである。10年ほど前からこの地域の政治の停滞をもたらしている4人組である。

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2010.02.04

2/4 有楽町線準急廃止へ

有楽町線の準急が廃止となる。

池袋・和光市間が時間がかかりすぎる問題があり、準急廃止は残念だが、実際には、追い越しもなく、時間調整が入って実際のかかる時間は各停とそんなに変わらず、廃止はやむを得ないようなところも。

何のダイヤの工夫もなく、ただ廃止をしていくことに残念な思いもある。

東京メトロの広報HPを見ると、この1年8ヵ月、池袋・和光市間の有楽町線利用者がいかに冷遇されていたかがわかる。これまで、地下鉄なのに1時間に4本しかなかった。稚内市を走る宗谷バスより本数が少ない。副都心線もあるではないかと言うが、副都心線開通以後、小竹向原での接続をしないタテマエになったから、4本は4本。これが東京の地下鉄かと思う。

ところで、08年11月のダイヤの修正で、西武線からの有楽町線直通電車の準急がすでに廃止され、今の準急もかつては川越市乗り入れだったのに乗り入れを打ちきった。西武線からの準急廃止を単純にやってしまったため、昼間、長時間電車が来ないところが発生している。また川越市止まりの準急を和光市止まりにしてしまったため、東上線急行から接続するはずだった電車がなくなり、急行通過駅は不便を蒙っている。

廃止は受け入れてもいいが、そういうところも調整はきちんとしてもらいたい。

●あと明治神宮前に急行を停車させると。利用者が多いからと次から次に急行停車駅を増やす最近の鉄道会社の姿勢は疑問。急行通過駅は急行からの接続電車をきちんと用意すればいいこと。
副都心線の追い越しができる駅が、急行停車駅の新宿三丁目駅の1つ手前の東新宿しかないために、急行の出た後2分後に必ず各停が来るようになっていて、明治神宮前駅利用者にとって接続は悪いとは言えないはず。

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2/4 ニュース速報を中継する中継車を報じるバカ映像

NHKニュースを見ていたら、中継車に備え付けのテレビ画面に映るニュース速報を見ながら、「ただいま東京地検は小沢幹事長は不起訴となりました!」と録画した映像を流している。

テレビがテレビを撮して報道している。バカじゃなかろうか。テレビが身内の論理ばかりで制作していることに何ら疑問を持っていないことを表す象徴的な映像だった。
ラジオで同じことやればハウリングを起こす。

取材でも何でもなく、しょうもない画像づくりや、コメンテーターの煽りだけで「わーるいんだわるいんだ」と大声張り上げるだけのメディアスクラムのバカさ加減と、こんな報道に流される国民世論にげんなり。

子どもの頃の学級会でちくり屋みたいな人間のなれのはてがメディアスクラムを煽っていると気づいた方がいい。

●朝青龍引退。過去、彼以上に暴力などトラブル起こす相撲取りなんかゴマンといたのに。なんとなく、その追い込み方に、日本社会の陰湿さを感じる。

●追記、NHKのニュース解説で証拠不十分で不起訴になった小沢一郎に対して「説明責任」ばかり言い募っている。マスコミのいう「説明責任」とは、最初に結論ありきでそれと同じことを言うことのようだ。この場合、小沢一郎がやりましたというまで「説明責任が果たされていない」と言い続けるつもりだろう。NHKの報道は、足利事件の検察官と同じ態度である。
むしろ、求められる説明責任は、不透明な情報で検察と一体化した報道をしたNHKではないか。

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2010.02.03

2/3 毎日の有楽町線の現実と、NHKプロフェッショナルの紹介するスジ屋の活躍の落差

昨日、NHKのプロフェッショナルで、東京メトロのダイヤ描きの職人ぶりを紹介していた。
15秒、30秒の日常的な遅れを気にし、ダイヤに手を入れていく。
こういう立派な職員がいるのか、と思う一方、毎日乗っている有楽町線は何だ。一昨年の6月から混乱状態にある有楽町線こそ、こういう立派な職員をあててもらいたい。本当、現実とテレビに落差がありすぎる。
この混乱状態になってから、もう1年半。冬柴前国交省に注意までされているのに、何も手を打っていない。

有楽町線はテレビで紹介されているような15秒どころか、2~3分の遅延は当たり前、月に2~3度はある機械や信号、車両の故障があり、乗り入れ打ち切りや、問題のない区間の運休も日常茶飯事である。
毎日、遅れては遅れた分の乗客が溢れ混雑が累加し、乗り換えられるはずの電車は乗り換えられず、目的地に行く電車もなかなか来ない。
遅れているのにドア閉めは機敏でなく、無意味な時間調整の停車ばかり入れる。

そうしている間の駅員の品のない怒鳴り声も嫌になってくる。今どき、旧国鉄でも東武でもこんなに客に下品な声色を投げかけない。あの声で、突発的に時間調整を宣言されると、カリカリしてくるものだ。

今日、帰宅時は、線路がどうかしたとかで20分遅れ。だったら遅れを取り戻すよう、ふだんは5分間隔で運転しているものを3分とか、4分間隔にしてやればいいものを、5分間隔のままで運転し、いつまでも遅れは治らず、遅れたときの溜まった遅れた客でひどい混雑だった。

●有楽町線の夕方の日常的な遅延は、東京メトロの減量経営による間引きダイヤ、それにともなう混雑が原因。
あと、安全のために人や物を付けずに、内規で確認作業の手間ばかり増やして、懲罰と精神力だけで安全を維持しているから発車時間がどんどん遅れる。

●日航より、月給取りに実害のある東京メトロを何とかすべきじゃないか。サラリーマンの健康を害している。テレビコマーシャルや新聞広告をさんざん打って、マスコミに批判封じをしているのも許し難い。NHKもそれか。
この国営企業に対する前原、辻元、馬淵の無策を許していいのか。サラリーマンは国交省の天下り社長の会社にうんざりしている。鉄道オタク政治家は鉄道会社に甘いのか。

●今の有楽町線・副都心線のダイヤの問題は、まだ乗り入れてもない東急東横線のダイヤに合わせていることにあるらしい。副都心線の渋谷駅の発着時刻と、東横線の渋谷駅の発着ダイヤを重ねると、特急以外はぴたりと合うらしい。ところが東武も西武も東横線のダイヤとつくりが違い過ぎるから、合わない。副都心線と有楽町線のダイヤのパターンも合わないから、これも混乱要因。その分、小竹向原で長時間停車があったり、小竹向原駅や和光市駅の周辺で電車の渋滞が発生する。
現実に直通している相手より、まだ乗り入れてもいない東急のニーズに応えようとすることも腹立たしい。副都心線の混乱要因であり、ダイヤが乱れたときの修正を難しくしている8両編成の電車の存在も、駅の延伸工事費を節約したい東急の都合によるものだ。

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2/2 前原国交相、廉売禁止に国産機購入、余計なお世話ではないか

前原国交相のウィークポイントは、航空行政だと感じるところがある。

羽田ハブ化も、日航再建でも、羽田空港新幹線乗り入れ発言でも、少しズレでいるんではないかと思ったら、日航が割安航空運賃を実施しようとしたところに横やりを入れたり、国産航空機を買わせようとしたり、やっぱりずれていると思うようなことをしている。

割引運賃については利益の出ない不当廉売なら問題であって、利益を出せるならやるべきだろう。再建によるイメージダウンのもと、廉売も禁止されたら、全日空との競争は何でできるのだろうか。かつてやっていた廉売メニューでもある。

また国際旅客機を購入させるというのも論外である。そういうことは政治的に判断すべきでないし、そういう実験的要素が高い機材は経営体力のある企業が買わせるべきで、政府の力で再建している企業の足下を見て政府が買わせるようなことをすべきではない。

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2010.02.02

2/2 改善された内容・週刊ダイヤモンドの保育所記事

週刊ダイヤモンドが、電車の中吊り広告で、黒地に白抜きで「保育園の闇」と打っていて、そのダーティーな感じに、またか、という思いでおそるおそる手を出す。残念ながら「闇」という内容ではなくて、むしろ比較的冷静な記事で、前回記事と比べて、よく努力して学ばれたと思っている。前回が0点だとすると、今回は65点。

ダイヤモンドはその経営主体について、株式会社性善説で、社会福祉法人だって悪いことしているところあるだろ、という主張。それはそれでいいが、私は利益を上げなければ株主に突き上げられる株式会社が運営することは副次的であるべきだと考えている。そこが違う。一部の社会福祉法人の悪徳を、全体であるかのように書くのも、よろしくない。ここが減点。

あと厚生労働省が自治体独自の保育所制度を省益に反するから、規制緩和に踏み切っている、などという書き方もよろしくない。保育所制度が歪み続けているのは、保育財源不足で、厚生労働省の問題よりも、財務省、さらには国民世論の問題が大きい。

社会福祉法人の保育所ばかりを保護してきた保育所制度の問題を、仙谷行政刷新大臣の言葉をひいて自民党のせいだという決めつけもおかしい。自民党は保育所を守ってきた一方、その地方議員の後援会婦人部などの支持者はそれより圧倒的な大きな声で地域社会で働く親を非難し続け、西欧先進国が社会福祉に力を入れている時期に、その責任を伝統がどうした、女がどうあるべきと後ろ向きに対応してきた責任もある。自民党という存在が保育所を守ってきたのか否定してきたのか、単純に言い切れない。ただしプラスもマイナスも慎重に対応してきたというのが正しいと思う。
保育制度にとっての主要敵は、わずかばかりの税金を余計に払うのを惜しみ、無駄を無くせ、福祉の利用者は(経済的に)自立しろと絶叫してきたような類の、俗論である。

週刊ダイヤモンドを買わない人にまで誤解を招く「保育所の闇」という中吊り広告も問題。

イデオロギーにふりまわされてはいけません。で、マイナス35点。
以上のこと以外はおおむね、事実関係、因果関係をふまえており、今回の記事は評価したいと思う。

前回より考え方を変えて評価したい点は、最低基準が国際的な児童福祉施設のものより下回っているという事実認識をした上で、保育所への補助金について「この数字が最低基準を満たす部分のみの金額」で現行の最低基準が「国際的に見ても危険な水準」と、最低基準が最低限守られるべきものと軌道修正したことである。前回は、最低基準があるから待機児童が発生し、これを守ろうとする保育関係団体や労働組合、利用者団体が、自分たちの利権のために陰謀をはりめぐらしていると書いていた。認識が大きく改善された。

税控除より手当という考え方以外、政策効果が不明確ない子ども手当のために、セーフティーネットである保育所増設の資金を失ったことに対する痛烈な批判は同感。

また、社会福祉基礎構造改革にもとづき、社会福祉法人の第三者評価があるのに全国的には実施されていないと書いているのも、正確でかつ効果的な指摘である。

今回の記事については、ちゃんと取材したかはわからないが、筋道立ったものを調べて書いたと思う。

●副題「増えぬ新規参入減らぬ待機児童」
減らぬ待機児童はともかく、増えぬ新規参入は、規制緩和にあるのではなく、きちんとした保育所建設の補助金と、持続的に運営できる保育所運営費があって、かつやりたくもない人に保育事業をやらせるわけにもいかないことから、手を挙げる事業者が少なければ、直接、自治体営の保育所を作るしかない。

●保育所事業に対する株式会社参入に対する私の考え方は、規制付きで賛成。公益を最優先にし、保育園の補助金をきちんとスタッフに支払うのであれば、株式会社の参入そのものは否定しないし歓迎したい。鉄道会社など、地域から事業撤退・逃避できない産業が、関連事業として運営するなら歓迎されるべきだ。また、不動産会社などが、住宅を売りまくった罪滅ぼし的、あるいは購入者サービスとして、開放的な保育所を作り運営するなら、意味も大きいだろう。
かつて、NPO法人制度ができるまで、簡素な手続きで法人を作ろうとすれば株式会社・有限会社を設立するのが容易で、公益事業を株式会社でやっているところもないわけではないからだ。

しかし株式会社は、株主のものであり、今は企業転売が容易にできる。私のブログにかつて「株式会社でも一所懸命がんばっているんです」とコメントした都内の株式会社の認可外保育所の経営者が、今何しているのかと調べたら、保育事業をどこかに売り払ったみたいで、その後転売され続けているということを最近知った。まじめに働く人の仲間は誰か、考えてしまうのである。

事業撤退に対する規制やルールもなく、さいたま市認可の家庭保育室、ハッピースマイルが破産し、突然閉鎖された事件を思い出すと、本質的には、保育事業には親和しないところもあるのではないかと思う。
また人件費や保育士の労働条件をダンピングすることに対する規制はこの日本にはなく、そのことのモラルも問われる必要がある。

株式会社が参入するのに、参入促進で規制緩和ばかりすることが適切なのか。以上のようなマイナスをどうクリアされるのか、必要な規制はまだまだあるだろ、と思うところである。

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1/31 「シッコ」を見る

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公的医療保険制度が社会主義だ、などとプロパガンダに流されて、民間保険屋の許可なく医療も受けられず、国民皆保険制度が確立できないアメリカ人はバカだなぁ、なんて思いながら、医療が多少ましなだけで、福祉なんかこうしたアメリカと対して変わらないなぁと。
日本では、アメリカほどひどくはないものの国民の目は同様に鱗付きで、失業給付、保育所、介護サービス、障害者福祉、教育などが低水準におかれ、その口実に、社会主義だ何だとレッテル貼りが横行している。他人の国を笑えないと思って見た。

監督が、公的な医療制度が充実しているフランスを訪れ、それを維持するためにフランスの税金が高くて生活に不自由しないか、と質問すると、お金がかかっているのは野菜と肉だけと答えるシーンは示唆に富む。公的な医療、福祉、教育が完備されれば、税金をけちる以上のコストが浮くのだ。それは等しく国民に可能性を提供する。

私たち日本人は、税金を払いたくないために、河村たかしや山田宏の税金ダンピングに拍手喝采を送り、その代わりに、教育出費、老後の医療や介護費用、保育費用に恐れおののき、その費用負担に莫大なコストを払ったり、費用負担に備えるために必死に貯金や無駄な保険をたくさんかけているなぁ。そうして努力しても、いざとなれば貯金は足りないし、いざがなければドラ息子娘たちに中途半端な遺産を残してはトラブルの原因になり、無駄なことしているなぁ、と。

シッコで、監督は9.11で崩れ行くビルに飛び込んで救助活動をし、呼吸器疾患をわずらう消防団活動家などが、何ら公的な庇護を受けられずに、引きこもって闘病生活を送っているのを取材する。一方、加害者のテロリストたちは、グアンタナモ基地内の収容所で、無償の医療を受けられていることも知る。監督はその矛盾に怒り、船を用意して消防団活動家たちをキューバのグアンタナモ基地に連れて行き、テロリスト並みの無償の医療を受けられるよう訴えるが拒否される。その後、皮肉にも、敵国キューバに上陸し、その公的医療に救済されるところを描く。

GDPや経済イデオロギー、可処分所得額だけではなく、個々の生活の現象面から、何が豊かで、何が豊かでないのか、価値判断ができなければ、不幸な人生を送るし、不幸な生活をおしつける政府を変える力を持たないと教えられる。
アメリカとの関係が注目されている。対米関係を悪化させる必要はないが、今までみたいにアメリカに付き従っても、ソ連と心中した国のようにならないかと検証すべきところにきているのではないか。

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