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2010.01.30

1/30 子ども省構想に思うこと

新しい政治勢力となる側の子ども政策は、しばしば思いつきに動かされる。その1つが子ども省の創設である。

本当に機能すればそれはそれでよい省庁になるが、それを作るメリットとデメリットを考えると、本当にそうかと思うことが多い。子ども政策の縦割りの弊害が大きいという意味は私にはよく分からず、保育所や学童保育の整備が遅々として進まないことと、幼稚園と保育所の壁ぐらいの問題ではないかと思う。それは縦割り行政の弊害より、予算不足の問題でしかないように思う。

現在、子ども政策を実務で担当しているのが文部科学省と厚生労働省だが、やっぱり役割が違うし、実際に子どもにたいする当たり方もずいぶん違うと感じる。

文部科学省は、国家として子どもに求めるべき教育を担当している。したがって、供給する側の論理、現実無視の行政が行われがちである。困難な家庭によりそい支援するという発想はない。自己責任の論理である。現場でもそれは貫かれ、文部科学省の政策について議論のされ方も、左右ともに極めてイデオロギー的で、その立場は双方とも、文部科学省の政策を通じて子どもに何かを押しつける発想しかない。人権侵害などが平気で行われ、それに対してなんの疑問もない。異論を言えば「モンスターなにがし」と言われる。教育機関が子どもやその家庭を支配的に扱っても当たり前とされる。

厚生労働省は、社会政策としての子ども家庭支援を行っている。結果がともなっているかはともかく、その視点は、困難な家庭や、そこにある子どもの支援となる。したがってさまざまな社会問題と向き合い、現実的な解決策を模索してきた。

当然、子どもの人権というものに対するとらえ方が全然違う。

この2省が子ども政策の部分について統合されたときに、果たしてどちらのやり方が優勢に立つのだろうかか。うまい調和なんかありえるのだろうか。それを誘導するのは政治だが、政治の側に子どもに対する想像力が著しく欠落しているというのは、自民党政権、民主党を中心とした政権、どちらも迷走気味であったことからよくわかる。

子ども政策で文部科学省がメジャーで、厚生労働省がマイノリティーであったがために、厚生労働省に子どもの側に立って考えるバランスが働いているように思うが、子どもを管轄する省庁が一元化するということは、子どもに対する接し方は一元化され、多様な価値観でバランスを取っていくということが行われるのではないか。
少なくとも、子どもなんかに人権はいらない、子どもに人権を与えれば窓ガラスが割られたり大麻パーティーが開かれるだけだ、という感覚の強いこの国で、子ども省ができたときに、今の文部科学省のようなスタンスになるのか、今の厚生労働省のようなスタンスになるとは思いにくい。
ゆとり教育の推進のときの議論と撤退のときの議論の荒っぽさ、教育基本法改正のときの荒っぽい論立てを見てきたところから考えると、子ども省の創設は、子どもと権力の関係についてあまり楽観的に思っていない。

●保育関係者に話題になった週刊ダイヤモンドの記事に、それをヨイショする学習院大学の鈴木亘教授のブログと、批判している私のブログを比較して、私が社民党支持だからと鈴木亘氏に軍配を上げている人のブログを見つけた。
私は社民主義者だが、社民党支持ではない、ということを明言したい。社会政策に関心のある社民主義者にとって今の社民党は極めて不満足な存在である。ブースカ不満たらたら民主党を応援するというのが私のもっとも近い政治スタンスではないか。

そういう私の立場の弁明はもとより「社民党支持だから」というレッテルの貼り方がまたいただけない。保育については、どこの党の支持であっても、政策の具体的な実現性が何より大事である。

週刊ダイヤモンドや鈴木亘氏は、さしたる財源の裏付けもなく、保育所の整備に具体的な方策もないまま、保育切符制を導入すれば市場メカニズムが働いて保育のニーズは満たされると言っている。その論理の演出に、都内の保育士(7年前調査)の賃金は高すぎる、抵抗勢力がいると面白おかしく書いているに過ぎない。

私は、どんな保育の金の流れ方にしても、待機児童問題を解決する思い切った施設整備を公的にしていかない限り、問題は解決しない。供給不足のところに全面的な市場メカニズムを入れれば、当然市場原理から供給(保育事業者)側の都合による入所者の選別はひどくなる。施設整備と、保育労働者の確保、つまり予算が必要ということになる。そこを避けて通って鈴木教授の論を採用しても、待機児童がいないことにするような制度にしない限り数は変わらない。待機児童問題は今とは違う人にしわ寄せされるだけである。

そういうことを考えられずに軍配を上げるというのは利用者として乱暴な思考回路であるが、慶大の権丈先生が先日わが社でお話いただいたときの話のように、それが世論の限界ということかも知れない。

●政権与党が、25万人の保育所定員増を打ち上げ、歓迎したい。次は質の確保が課題。大都市部に限って、ある程度質について当面は目をつぶっても、徐々に今の質にまで引き上げていく仕組みが必要。あと予算確保。広く薄く集めるためには、増税が必要なのではないか。

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2010.01.29

1/27 失業は意欲の問題ではなく雇用量の問題

大阪府知事が失業率の高さに「働く側がえり好みしすぎ」と発言。問題だろう。
早速Twitterで赤木智弘さんが「企業が社員をえり好みしすぎ」とコメントしている。

大阪府知事が発言したから話題になったが、新自由主義文化が25年も続いて、その時代に出てきた今の政治家の大半は本心でこんなことを思っている節がある。失業に対してこうした暴論は多く、政策として出てくるのも、雇用のパイを増やす話ではなくて、「ミスマッチの解消」となる。
雇用がなく、有効求人倍率も低いのに、失業率は解消されるはずもない。ミスマッチがあったとしても、製造業の製造部門がどんどん変化している中で、それは紹介事業の強化だけで解消されるものではない。転職できるよう人材育成をしなければどうにもならない業種が多い。昔は企業がそれをやってくれたが、今はそんな余力がない。

政治家は、他の仕事より努力量とほぼ比例して得票が上がり、努力と仕事の成果の相関関係がわかりやすい。正攻法の努力による就職をしない人の求職斡旋も多いから、よけいに失業者に偏見も生まれやすいのかもわからない。雇用問題で事務所に来る有権者の要求も、「仕事のある社会にしろ」ではなくて「オレに仕事を紹介しろ」という人の方が多い。
その上、橋下知事はタレントで、またこれも努力と注意力の自己責任の世界で生きている。さらに前職の弁護士もそう。こういう思考になりやすいのだろう。

●やはり、政治がやるべきは雇用の開発。当座すぐできる分野は、介護、保育、医療。これらは労働条件が悪いという理由だけで人不足。低賃金や劣悪な労働条件で他の産業に人材が流出している。そこを呼び戻す公的な努力をすれば、介護、保育、医療の仕事をする能力がありながら他の産業の仕事に従事している人が席を空ける。これは水物の産業政策などしなくても雇用開発がすぐでき、かつ政治家の責任でできる分野である。

●仮に大阪に仕事があるのに働きたがらない人がいるとすれば、モラルの問題より、大阪の仕事のさせ方、背景にある商習慣に問題があると考えるべきではないか。
大阪の働く人のモラルを問題にするなら、関西系の企業の働かせ方のモラルなんかも検証してみる必要があるかも知れない。

●年金のこと心配する若手政治家が多いが、ほんとうに心配すべきは雇用。雇用とそこそこの国民純生産があれば年金原資は問題ない。雇用をよこせという若手政治家があまりいないし、言わせてもタコが足を喰うような雇用政策しか出てこない。雇用を、言えば共産党や守旧派扱いされる政治業界文化、変えなくてはならない。

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1/26 権丈善一節を聴き、話し方をならう

昨日はハイテンションに仕事をし、記事を書く余力がなくて、1日遅れ。

25日から私の勤務する労働組合の地方幹部の養成するセミナーを開く。

25日は、自分たちが誕生させた一翼を担う鳩山政権のもとで苦労しているうちのボスの話を聴く。組織としてのタテマエ論だけでもなく、ボスとしての手柄話でもなく、自分に率直なところと組織の要請をうまく統合しながら話をしたボスの話は非常に高得点。

26日は、午前中はフリーアナウンサーの倉嶋さんを呼んで話し方講座。労働組合の幹部は、わざと気むずかしそうに振る舞い、気むずかしそうに話をする傾向があって、個人主義になってきている今時代、損しているところが多い。少なくとも話し方だけ、敵に対峙しているときはともかく、組合員や地域共闘して運動するパートナーにはやさしく、と思って、表情づくりから発声練習、聴く態度まで、みっちり実習をしていただいた。参加者にはとても好評だった。
話し方講座の講師にありがちな人に緊張させるところがなくて参加者に良い影響を与え続ける。

午後は、慶応大学商学部教授の権丈善一さんをお呼びして、うちの労働組合の組合員の職場である、医療、介護、保育+教育をどうやって充実させるために、マクロ経済学や、財政などをどう捉えたらよいのかお話をしていただいた。
日本財政は破綻の危機にあること、医療、介護、保育、教育を充実させなくてはならないのに公費がないこと、国の税金の無駄づかい撲滅は限界にきておりなおかつ医療、介護、保育、教育の財源不足を補うには桁が4つぐらい違うこと、国民負担率の高さと経済成長にはまったく相関関係がないこと、などの事実を示し、高福祉高負担社会を実現するしかない、と力説していただいた。

長年いがみあってきた総評と同盟が統一して連合が発足した、その統一のための大義名分の1つが減税要求の共闘にあったり、連合が発足したときにおたかさん反消費税ブームがあって、長く労働組合は増税反対という大義を守ろう、守ろうとしてきた。権丈さんには、思い切って増税をやっても、それが医療、介護、保育、教育で返ってくるなら、何の問題もない。むしろこれらの産業は、地域を離れて仕事をすることができず、それがために中央から地方への富の再分配システムとして最も有効に機能する、という話をしていただいた。

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2010.01.25

1/25 NHK、コールセンターの職員を解雇

苦情電話に問題のある対応をした職員をいきなり解雇するか、と思う事件。
小沢疑惑報道に対して、コールセンターに意見を言った視聴者に対して「検察のリークはありうる」と答えただけで。

容易にクレームがやってくるであろう業をしながら、契約社員に苦情処理を押しつけるのもどうかと思うし、検察のマスコミに対するリークも、そういう疑惑があって完全に否定されているものではないのに、解雇して全面的にコールセンターに責任をなすりつける体質でいいのかと思う。非正規労働者の足下を完全に見ている。正社員が誤報したって、解雇にはならないだろう。立場の強弱を使うなら、差別問題である。

コールセンターの職員がNHKにとってミステイクするということは、それはそれなりに放送の客観性や、一歩踏みとどまった冷めた視線を外したやり方をしたときではないか。以前も選挙目当てに自民党が麻生太郎に首相を突然バトンタッチし、ニュースの冒頭45分にわたって麻生前首相の記者会見を報道し続けたときも、同様の問題が起きたのではないか。今回の手話ニュースがどうかはわからないが、韓流ドラマを打ちきった石川議員逮捕の報道から始まって、収賄でもない政治資金規正法違反容疑にしては、時間を取りすぎ、過熱報道と言わざるを得ない。NHK自身による過剰報道の問題点についての報道は、鈴木宗男議員のコメントを紹介するにとどまっている。

●私は、検察のリークはどうかと思うが、マスコミがリークする情報に群がるのはやむを得ないと思う。刑事事件の報道はすべてそうなるからだ。それより公務員の守秘義務のあり方について、もう少し検討されるべきように思う。個人情報はともかく、行政が何をやっているかも容易に話さない怠慢を守秘義務は許容してしまっている。でも、知っている人は行政情報について個人情報まで秘密であるべきこと知っていたりもする。守秘義務の範囲の指定と再定義が必要だ。
リークに端を発する問題は、リークする情報が完全に検察の意図するように報道されていることではないか。行政が記者クラブでマスコミを囲い込んで、検察がリークされた情報を検証したり疑義を呈したりする自由はない。記者クラブから追放されるからだ。

●総務大臣がリークした情報を関係者として報道することを問題だとして情報源を明かせと発言して波紋を呼んでいる。後段の情報源を明かせというのは良くない。裁判でも情報源を秘匿する権利は認められている。これがなくして企業の不正行為などマスコミが報道できなくなるからだ。
マスコミ規制をする問題ではなくて、そうした人身御供的な汚職報道に狂喜乱舞する国民の問題が大きい。捜査情報が被疑者の弁護士か、操作機関からしか出てこないことを踏まえて、「関係者からの取材による」と言えば検察や警察が流したい情報だ、と理解できるようになる必要がある。
小沢氏への世論調査での風当たり強さは、どう見ても客観的にマスコミ情報を見ているとは思えない。

●記者クラブ、広告代理店の電通独占、メディア漬けの国民生活、この三点セットが、日本のマスコミと国民の関係を特色づけているように思う。刑事事件の国民のとらえ方が人民裁判みたいになってしまい、法的な思考力を国民から奪っているように思う。

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1/25 シーシェパードのこと笑えない

近所の板橋区が、犬に住民票を出し始めた。犬の登録制度があるが、それをポジティブに捉えようというものなのだろう。しかし何か割り切れない。

最近の自治体は、犬やらアニメキャラクターや、迷いあざらしに住民票をポンポン出すのに、民法上想定されていないかたちで届け出られた子どもは、実の父親と違う父親を実の父親と登録させられたり、受理すらされないこともある。たかが紙切れだが、住民票などという言葉を使う意味は、ペットを人間並みに大切にしようということだろうが、離婚後300日以内に生まれた子どもの父親が勝手に決められたり、結婚せずに父親の子として出生届を出すとごねられたり受理されなかったりすることは、どう考えたらいいのだろうか。どう考えてもペット以下の扱いをしているとしか思えない。
それでも受理されなくて不都合がなければいいが、憲法で「何人も」と書いていること、「国民」と書いていることで保護されるべき権利が行使できないこともある。

どう考えたらいいのだろうか。
最近では10万以上もする犬を買ったり飼えたりする階層には、犬でも住民票をやろうという論理なのだろうか。
考えれば考えるほど、ろくな世の中ではないとしか思えなくなる。

かわいいくじらのためなら、捕鯨船員の安全や生存なんかどうでもいいと考えているシーシェパードのこと笑えない。

かわいいものなら犬でもあざらしでもアニメキャラクターでも行政の庇護を受けられて、実際に存在する人間は社会常識からかわいくなければ自己責任だの何だの言われる社会におかしいという声が挙がらないのが不思議である。

●かわいい動物やキャラクターへの住民票交付といい、小沢疑惑で法律を無視したやめろやめろの世論誘導といい、筋道立った論理が通用せず、イメージだけで多数派の横暴が続いている。民主主義そのものの限界かも知れない。

●鉄腕アトムを住民登録している隣市は、昔、市立学校の教師たちが中学生を自殺に追いやるような事件を起こしている。自殺した事実だけが明らかになっているだけで、そこにたどりついた真相は解明されていないようだ。

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1/25 朝日新聞be「非正規を救う」

1月23日の朝日新聞付録「be」の青い方「フロントランナー」で、広島電鉄労働組合委員長の佐古さんが紹介されている。

正規職員と同等に働いている契約社員を、正規職員の賃金カーブの鈍化と、会社の3億円の原資の持ち出しによって正規職員にしたという取り組みを紹介している。タイトルは「痛み受け入れ、非正社員を救う」。

賃金のシェアリングについて是非論もあるが(連合は「賃金カーブの維持」としているし、)、広島電鉄全体の賃金のパイは膨らみ、減少した正社員の賃金も定年延長などによって生涯賃金で確保したので、一つの英断として評価されていいだろう。

大事なことは「非正規社員救う」の意味。昨年まで自治体の臨時・非常勤等職員の労働運動に関わっていたが、非正規労働運動には、時として実質的な待遇改善や雇用の安定に取り組むこともなく、正社員並みに働いている非正規労働者の定義や呼称を変えることが議論の焦点が当たることがある。しかしやはり待遇の改善や雇用の安定が伴ってはじめて「非正規が救う」ということになり、非正規という言葉がなくなるように思う。それまでネガティブなイメージのある「非正規労働」という言葉は消し去るべきではないと思う。

ジェンダーの議論でもそうだが、臨時職員といえば期間労働者であり、パートと言えば短時間勤務労働者であり、そういうそれぞれの特有の雇われ方の差しかない社会になっていくことが理想である。

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2010.01.24

1/23 ジョンレノンミュージアムって本当に必要なの?

さいたま新都心にあるジョンレノンミュージアムの閉館が取りざたされている中、署名活動が行われている。

私は、ジョンレノンもビートルズも好きだが、あのジョンレノンミュージアムはいらないと思う。この選挙区の衆議院議員が事業仕分けに奮迅し拍手喝采を送ったのではないか。鼻血が出るほど無駄づかいをなくすという政権を支持した有権者が、保育や介護で公共サービスを待ちに待っている有権者を尻目に、趣味としか思えない記念館に公金を使うことに署名活動までしているとは、何か矛盾したものを感じざるを得ない。

本当に必要なら署名ではなく、募金でもしたらどうかと思う。まちのにぎわいを支えていたというような書き方をしているが、にぎわいがあるなら、存続問題が起きていないだろう。そもそもさいたま新都心のような殺風景な人造空間ににぎわいなど起こりうるものかと思う。

ここには一度行ったが、展示物はおのようこの提供したものが中心で、2フロアのうち1フロアは、おのようこがいかにジョンレノンに愛されたか、ベッドシーンまである、おのろけ展示だと感じた。ジョンレノンの功績を展示しているというより、おのようこミュージアムといった様相を示していた。

世界中でここしかない、などと市民は言っているらしいが、どうして世界のスーパースターであったにもかかわらず、本国であるイギリスにジョンレノンの記念館ができないのか、という疑問もわきおこる。

東京新聞は、県や市がお金を出すのが当たり前、みたいな論調で記事を書いているが、間違っていると思う。
こうした施設を維持する税金はビートルズが好きも嫌いもいる市民の共有財産である。ビートルズが生まれも育ちも訪問もしていないさいたま市がこうした施設を維持するには、相当な合理性が必要だと思う。

●都内に比べると格落ちの公共サービスしかないこの県で、芸能人の記念碑、記念館に公金を使いたがるこの風土は何とかならないものだろうか。朝霞市も、現市長のもと、ファンクラブの篤志で建設されるはずの芸能人の記念碑に公金を使って、マスコミで批判されたこともある。

●管理能力のない自治体に高価な盆栽を買わせて、枯らせてしまった自治体もあった。税金は盆栽を買うためのものなのだろうか。

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1/23 講演ざんまい・戸田芳樹先生と神野直彦先生

午前中は、基地跡地利用に関する学習会に出て、基地跡地のうち、市の公園部分の整備計画の委員をされて、まともな議論のリードのされ方をした戸田芳樹さんのお話を聴きながら、記録係としてブラインドタッチに追われる。戸田さんは、公園を中心に設計士をしながら、東京工業大学で学生を客員教授として指導されている。学生の主体的な提案を鍛えるようなことをされているようだ。

戸田さんは、公園整備の仕方が、少しずつ変化し、今では、植生の変化を尊重したものになりつつあることと、公園を管理ではなく運営として捉えて、建設後の運営に力点を置くようになっていること、地域社会のあり方から独立した公園の存在ではなく、地域社会の生活の中に位置づけられ人と人とが関係を持てる公園にしていく、最近の潮流を聴く。

元々の計画の防災公園という、殺伐としたイメージから大きく変わるよう。とにかく楽しみなのは、基地跡地の一部に既存の植生をそのままフェンスで囲い残す計画を造ったことだ。この近辺では珍しい公園になりそう。

ただしこれも財源論との勝負となる。

午後は、団塊の世代の職場の先輩に誘われ、その世代が主催の雇用の危機を考える学習会に参加する。
雇用の危機だけならいくらでもいろいろなところで話を聴くが、今日のは関西大学教授で政府税調の専門家委員会の委員である神野直彦さんの講演を少人数で聴く機会が持てた。
神野さんは、資本主義が、初期の軽工業基軸の自由主義経済(パックスブリタニカ)から1929年の恐慌と世界大戦を経て、重工業基軸の福祉国家(パックスアメリカーナ)、そして1973年のオイルショックを皮切りに今の世界同時不況を転換として、ソフト産業基軸の知識社会に転換する流れにあると言う。その今の過程の中に、ゴルバチョフとオバマがおり、オバマはアメリカ版のゴルバチョフの役割を負うと予測された。

その中で、仕事のあり方、社会としての人の育て方が大きく転換し、今までの工業社会の仕事の仕方、お父さんが家庭を養うシステムでアクセルをふかす発想をし続けていると、世界から取り残されると警鐘を鳴らし、介護、教育、保育などに力を入れ、人が人におしみなく知識や技術を与える文化に変えなくてはならないと力説されていた。
また働き方、同一価値労働同一賃金が実現できないのは、労働組合の組織化が悪いからだと叱咤もいただく。
その他いろいろなレトリックが面白く、さすが神野先生と思いながら聴いていた。

そうなのだろうと思うところだが、今の日本で、介護、教育、保育、医療、その他人が人を大切するためのサービス業で働く人たちのあまりにも過酷な労働環境であり、知識集約型労働が増えたというけれども、若い人たちが知識や資格の修得に力を上げながらも、低賃金労働や長時間労働しかないという現状もある。
ハイパーメリトクラシー社会などと言われ、今の時点での知識社会の片鱗があまり明るい未来を感じられなくて、勉強したくないけどもまじめさや義理堅さにたけた人にとってどういう明るさがあるのか、と質問をしたが、神野先生は「人はみな学びたがっている」と定義をされ、「教育のあり方が変わる」と能力開発の意義を説き、質の転換を説くに留まったことは残念であった。
まぁ、初期の工業社会、初期の重工業社会でも、そこに従事する労働者はそれより前の産業の労働者より過酷な労働条件にあったことを考えれば、あんまり悲観的に考える必要はないのだろうが、次の時代の価値観をより明るいものとしない限り、今の若い人たちの社会に対する諦めみたいなムードは解消できないのではないかと思う。

みんなが学びたがっているというのは、そういうことを語り合う母校を持つ人間としては、どこか神話のような感じが残った。一足先に知識社会に入っているスウェーデンなどで、無産者で失業者で、まじめなだけで勉強が苦手な人が、どのような境遇で生活しているのか、検証が必要だと思った。これまでのスウェーデン社会の問題の語られ方は、経営者かやる気を失う、人口が違う、などとイデオロギー的言説しかなかったから。知識社会は多くの人にはうまくいくのだろうが、教育が苦手な人というのは必ずいるもので、そういう人がどう社会で居場所を見つけているかは、日本のような社会では大切

しかしやはり現時点ではハイパーメリトクラシー社会に付いていけない義理堅い、まじめということだけの労働力商品の特性を持つ人にとって「希望は戦争」という問題は残るように思う。

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2010.01.21

1/21 ようやく保育を整備する新政権からのメッセージ

社民党の福島党首が、少子化対策担当相という立場で保育所の毎年5万人増員を打ち上げて、評価したい。ここで何度も書いたが、バウチャー制を入れるにしても、幼保一元化をするにしても、保育所の財源移譲をするにしても、保育所を増やさないことには、こんなはずではなかったという結果になると何度も書いたが、新政権の大臣で保育所がもっと、ということを初めてぶち上げた。

共働き化、離婚家庭の増加、地域の子育ての孤立化という社会を背景に、保育所の整備をせずに、日本社会が再生することはない。

現金給付だけでなく現物サービスを充実させることが、本質的な子育て環境の改善に重要という衆議院予算委員会での阿部知子衆議院議員の質問もGOOD。鳩山首相が同意したものの、本質的にわかっているかどうかは頼りなかった。

社民党は平和で突っ張るのもいいが、社会民主主義政党を自任して、欧州社民のような勢力を築きたいなら、こうした国民生活に密着した政策について、民主党がとりこぼしている視点でどんどんやっていくのがいい。

●一方、菅直人財務相は「鼻血が出ないほど無駄を無くした後」しか増税しないと宣言。有権者受けするんだろうけども、何が鼻血が出ない状態なのか、主観的な基準である。鼻血が出ないほど、というのは、らっきょうの皮むきみたいなもの。らっきょうの皮むきという言葉で思い出したが、今の衆議院議長が若い頃、教条主義的な左派を批判するときに、純粋でない社会主義者を党内闘争で排除していけばいつか社会党は本物の社会主義になるという理屈は、らっきょうの皮むきみたいなものだと批判したことを思い出す。
また、鼻血が出ないというロジックは、小泉元首相が、国民が音を上げるまで支出を削れば消費税を上げるという声が国民から挙がる、という論立てと同じであり、そこまで支出を増やす必要性のある施策は行われないという宣言でもあるわけで、あまり日本社会の未来を考えると希望が持てないメッセージである。
屈強なワークホリック気味の国民に対する政治家のこうしたリップサービスが、児童相談所、生活保護行政、教育現場、保育所、介護施設、介護職員の待遇、病院医をはじめとする病院職員の勤務実態などの犠牲で成り立っており、時として、国民の能力や可能性を削いだり、ときには国民を殺す結果になっている。

●とくに介護については、条件を付けず単なる待遇改善のために財政出動をするのが待ったなしだろう。介護労働者が現場にいなくなるのが先か、65歳を超えようとする菅直人氏の同世代が介護地獄に陥るのが先か、耐久レースみたいな状況。

●阿部衆議院議員とある席でご一緒したことがあるが、「大手・民主党」「社会・民主党」という言い方をしていたのが印象に残っている。新政権で民主党と一緒だが、付加価値があるんだ、というものを感じて、非常に好感を持てる言い方だった。
小泉首相のバカ息子が「自由があるのが自由民主党、自由がないのが民主党」などとバカなことを言っていたが、その理屈を使って「ソーシャルという視点のある民主党」って売り出したらどうか。

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1/20 どいつもこいつもよく言うよ

上田知事が、検察の小沢氏への捜査について、説明不十分だとか、まぁ、言いたい放題言っている。

朝霞の基地跡地の開発に、上田氏が10年前から異様なほど執念を燃やし、結局上田氏の縛りで、このあたりの民主党の県議、朝霞市の富岡市長が身動き取れない状態になっていることの方が、疑惑を感じている。
そんなことを思いながら、よく小沢氏の批判などできるな、と思う。

検察の捜査が人権侵害ではないか、違法性の割合に勇み足を踏んでいるのではないか、疑惑となっていることがどれだけ国益に損害を加えたのか、そのような精査もなく、悪いヤツだ悪いヤツだと騒いでいることに、悪のりしたり、身内では動揺したりすることは、議会制民主主義や、罪刑法定主義や、疑わしきは罰せず、違法性阻却などの、近代民主主義の基本的な法律的な作法が、この国で根付いていないで、戦前、戦中さながら空気、マスコミの煽動に動かされやすいこの社会のもろさを感じて、また小泉政権時代の危険な雰囲気を感じる。

検察が政治家のささいなミスを次から次に逮捕し弾圧すれば、戦前と同じ道を歩むことになると思う。
政治家を逮捕できるのは、汚職で政策がねじ曲げられたと判断できるときに限るべきだ。
また検察が捜査権を行使すること自体の是非も問われなくてはならないと思う。捜査権は基本的には警察であるべきで、民意にもとづかず選ばれた司法官僚が、政治家を断罪し、しかもその情報をマスコミに意図的に漏洩しながら、冤罪に近いことをするのは、民主主義の否定と言わざるを得ない。

汚職政治家は選挙で断罪すべきであって、司法官僚がやるべきことではない。

そんな近代民主主義の基本的な考え方もわからず、マスコミに付和雷同するような民主党内での動揺、マスコミの偉そうなバッシング、裏金だらけの検察が政治資金規正法で血道をあげていること、ほんとうにどいつもこいつも偉そうによう言うと思う。

そういう中で、被害者である鈴木宗男氏と被害者予備軍とされたことのある亀井静香氏がシャンとしていると思う。

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2010.01.15

1/15 検察発のメディアスクラムと情報漏洩

小沢氏の政治資金に関する捜査そのものの善し悪しはまだわからないが、しかし、捜査当局のやり方はどうかと思うところがある。

ムネオ疑惑で逮捕された佐藤優氏などの問題提起で、ここのところ捜査当局の捜査手法がおとなしくなっていたと思っていた。以前のように、捜査中の情報をマスコミに垂れ流し、メディアスクラムみたいなことになる状況は、一時より沈静化したと思っていたら、今回の検察特捜のやり方は、どう見ても、捜査で集めた証拠にしか書かれないような情報がマスコミに流れていた。捜査中の守秘義務にかかるような情報を断続的に垂れ流し、メディアスクラムを煽っている。
やられてみないとわからないが、取るに足らない細かいスキャンダルを毎日毎日面白おかしく垂れ流されるのは、有罪判決以上に生活上のダメージが大きい。

一連の資金疑惑も、小沢一郎の党首辞任と大久保秘書の有罪でけりをつけたはずのことを、捜査を再開したのも不思議である。こうした政治的な捜査は、その人の政治的立場が整理されれば一定の犯罪の形式だけ整えて、事件の捜査を終息させるというのが過去の事例から読みとれる。今回はある種「蒸し返し」で政治的捜査としては異例である。

また、今日出頭を求められた石川知裕議員に対して、この真夜中から取り調べをするという。適法な捜査とは思えない。

●今回の事件、立件して、有罪まで持ち込めるのかねぇ。石川議員の微罪どまりではないかね。

●やはり取り調べの可視化は不可欠であろう。検察ではないが、警察は日本中に監視カメラを付けるために、空き巣だ通り魔だ痴漢だと言って監視カメラの取り付けを推進している。国民の行動を性悪説で記録するなら、自らの取調室でやっていることも性悪説にしたがって記録してしかるべきだろう。

●町村信孝が落選した選挙区の民主党議員の陣営が選挙事務所のアルバイトを買収したという事件になり、故中川昭一が落選した選挙区の石川議員が今回、逮捕に近い状態になり、捜査当局と自民党のタカ派大物議員とのコネを予感させてしまう。

●悪いことは悪いんだ、という二段論法ばかりが流れ、違法性とは何ぞや、その行為による害悪は何か、という議論をしないこの国の犯罪の議論のされ方に危機感を持つ。

【追記】
テレビは制作費の割に視聴率を稼げるはずの韓流ドラマを中断してまで石川議員の逮捕を報道する。ニュース速報のテロップで十分な内容をわざわざ中断してニュース番組を流すとは、意図的だ。流れてくる情報も、これまでニュースで流した情報の焼き直しを繰り返し繰り返しやっているだけ。電波の無駄づかいである。

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2010.01.14

1/14 市議会議長選をめぐるとんでもない混乱

市議会市民ネットから市議会レポートが届く。

いろいろ思うところがあるが、喧嘩しながらもこうしてレポートをきちんと届けようとするところはいいことだと思う。難点を言えば、戸別配布をすればいいんじゃないかと思うのだが。

貴重だと思うのは、HPの市議会議事録にも、市の広報にも載らない、市議会の会派ごとの議案に対する賛美をきちんと公開し続けていることである。他では入らない情報をきちんと届ける努力が、朝霞市議会議員のみなさんには必要だと思う。

その中で興味深い記事があった。
昨年末、朝霞市議会は議長、副議長、監査委員の選挙をめぐってハプニングがあったようだ。
議長は2年任期という慣例を破り、陶山議長が続投した。一旦、慣例にしたがい陶山議長は辞表を提出したにもかかわらず、陶山議長出身会派を含む自民系民主系2会派が辞表を否決し、公明が白票を投じてすることで議長を続投するかたちになった。過半数を握る2会派が、他の人材を見つけられないのだろうか。情けない話である。4年任期にしたいなら、表から野党会派にそう説明すればいいものを、と思う。
副議長は、公明党の副議長となったが、公明党会派の他の4人は当の公明党の副議長候補者ではない人に賛成を投じた模様。市議会公明党が、自民・民主のなれあい派と、是々非々派とで分かれているみたいだ。
監査委員には、市の補助事業を運営する議員が賛否同数で議長裁定で就任。

びっくりしたのは半年前の市議会の質問で何度も「YES WE CAN」を絶叫したり、「教育とは狂畏苦」などと発言したと言われる議員が、建設常任委員会の委員長になったということ。大丈夫かい、朝霞市議会。

大混乱だったのだが、地元紙も新聞地方欄も他の地域では大ニュースになるような話がまったく掲載されず、こんな市民を愚弄したような人事が行われたことが、呆れかえる。
こういうことをやっているから、名古屋市みたいに、市議会が市民の敵のように扱われることになるのではないか。モラルなき議会運営は、民主主義の首を絞めることを自覚すべきだ。

●面白かったのは、このご時世なので、引き下げとなる内容の朝霞市の職員の給与条例改定議案の賛否の表。
市民ネットと共産党が反対したのに対し、革新系に近い小山議員は賛成した。
私は、組合も結成しないで権利も主張しない朝霞市職員の賃金は、少なくとも人事院勧告レベルは一方的に(といっても労働組合もないのだから市の幹部からすれば合意を求める相手もいない)引き下げられても仕方がないと思う。それをしないで、同情心から議員が勝手に彼らの待遇を守れば、ますます市職員は権利の上にあぐらをかくことになる。それは、市職員の人権感覚をマヒさせ、意思表示と合意を前提とするこの社会の成り立ちを市職員から忘れさせることになり、口を開けてお上の恩恵を待っていることを美徳とする感覚を身につけさせ、市政のなかで、市民ネットや共産党が実現しようとしている社会づくりにはマイナスに働くことになるのではないか。市民にとって良質な市職員を育てることにはならない。
そういう意味で、弁護士である小山議員は、権利がどのような種類のものであるかをよく分かって、法律で認められた団結権すら行使しない市職員の賃金に対してあえて引き下げに賛成と判断したのだと思う。もし市職員に労働組合があり、その組合が市の幹部と話し合って、合意に至らず引き下げとなれば、小山議員も同じ引き下げ内容の条例であっても反対したのではないかと思う。
ワーキングプアでもないのに、労働組合もない市職員の賃金を守ろうなんて、近代社会においてありえない話である。

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1/13 中国ではネット閲覧規制ソフトが思想統制に活用される

グーグルの撤退に関するニュースで、気になる一節が。

> 中国では国内の人権・民族問題などに関して検索した場合、「法律と政策に基づいて検索結果は部分的に表
>示されない」との断り書きが出るほか、人権や政治に関係する単語が突然、検索できなくなる。ネットに限らず、
>情報関連産業に対する中国政府の規制は厳しくなる一方だ。
>
> 昨年には「青少年を有害情報から守る」という名目でネット閲覧規制ソフトをパソコンに搭載するよう義務づける
>方針を発表。今年5月からはIT製品の機密情報を強制的に開示させる制度が導入される見通しだ。
(読売新聞サイトより)

ネット閲覧規制ソフトは、利用者を守るのではく、当局の情報統制のツールとして使えるものなのだ。
中国ほど権力は横暴ではないにしても、かつて「西側」と言われる国の中では警察・検察の裁量と情報操作力が強い日本で、安易にネット閲覧規制ソフトに有害情報の遮断を委ねていくことは危険だろう。エロ画像より、左翼サイト、右翼サイトの規制の方が文字コード化されていて、規制しやすい。

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2010.01.13

1/12 政権代わっても規制緩和のネタはワンパターン

自民党政権であろうと、民主党政権であろうと、規制緩和・行政改革のスケープゴートのメニューはワンパターン。

またぞろ、医療、介護、保育、雇用。
この分野の規制緩和や行政改革不足が日本の経済を停滞させている原因なんですかね。私は、守られるべきものも何もまったく無いなかで、これらの業界はギリギリの仕事をしているように思う。だから今以上サービスが考えられない。きちんとお金を使わないことに停滞の原因があると見るのが、正常な神経だと思うんですが。

●一昨日の毎日新聞トップの、病児保育の補助金制度が変更されて、運営が維持てきなくなっているというのは良記事。
病児保育をする保育施設に対して、かつては施設単位で補助金を払っていたものを、出来高払いで払う変更をしたようだ。病気の子が少なければ施設か維持できないという制度になるわけで、非常事態のためのセーフティーネットを維持する仕組みとして明らかにおかしい補助制度のあり方と言わざるを得ない。

この記事の中で、そもそも保育が、工業のように生産性を上げられるようなシロモノではないことに言及していたことも良い。
生産性を上げられない仕組みの保育事業が、社会にとって最適のサービスを提供できるにはどうしたらよいかということを考えないと保育制度改革などうまくいかないのに、イデオロギー先行で、規制緩和や、幼保一元化などが安易に語られていることにまぁ、うんざります。

●幼保一元化が待機児童対策のチチンプイみたいに語られるが、首都圏や大阪圏の保育事情が逼迫した自治体では幼稚園も不足していて、それだけでは解決しない。幼保一元化の前提は、皆保育、そのための施設の整備が不可欠である。
幼保一元化は長い目で見れば追求すべき理想であるし、少子化が進んで保育所不足が存在しないような地域では取り組むべき課題だと思う。
しかし、今、待機児童問題が発生しているような地域で幼保一元化をやれば、間違いなく就労によって保育ニーズを求めている保護者に対する保育ニーズを直撃する可能性は少なくない。
幼保一元化で入所手続きが幼稚園側のやり方、個々の幼稚園が好きなように入る子どもを選ぶやり方にあわせられることは避けられない。その中で逆選択が起きることは避けられず、そうなれば、施設は旧幼稚園児に対応する保育ニーズばかりが優先して選ぶだろう。なぜなら、就労していて昼間呼び出すことができない保護者より、何かあればすぐ呼び出せて、病気などのトラブルがあってもすぐ保護者に突っ返せる家庭環境の子の方が、保育事業所にとって楽だからだ。同様の理屈で、より困難性の高い障害児保育、家庭支援の必要な保育などの対応はますます門が狭くなるものと予測する。

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2010.01.11

1/11 政権交代と分権改革と同時並行で自治体議会の改革が不可決

知人に紹介されて、市民運動家で、最近は市民運動を育成し、その政策活動を支援してきた須田春海さんが闘病生活を続け、ブログを書いておられる。

旧民主党を、市民運動の政策活動と連携させようとし、市民発の立法活動に取り組まれてきた須田さんが、民主党の現状を心配してブログにつづられている。

テーマは「月刊自治研」、鳩山政権100日の評価として、山口二郎北大教授が書かれていることを引用して、

>民主党に、政策の一貫性が欠ける。特に事業仕分けでの基本前提が出来ていない、と厳しい。
>①公共サービスは、費用対効果の尺度では、測りきれないものがある。当然だ。
>②人権・福祉・教育、などは、社会効果が一番大切になる。市場と比較できるサービスはむしろ少ない。
>③かつて、同じ月刊自治研は「社会化テスト」のすすめ、を特集している。わたしも書かせていただいた。
>そのサービスを決定するのが,官僚ではなく、政治であることが重要である。その政治が、とくに地域で
>機能していない。自治体議会はシバシバ、地域利益の代表者の集まりになってしまう。
>市民が直接参加して、意見を交換する場も少ない。
>であるからこそ、いま進められている議会改革が重要になる。

と書かれていて、私の考えとほとんど同じである。
民主党は官僚から国民を代表する政治に政策の決定権を奪還しようとしているが、肝心の公共サービスを実施する自治体やそれ以下の地域レベルで、議論がきちんとできる保障をしていく改革をしていかない限り、ただの政治ゲームで終わってしまうだろうし、だからこそ、自治体議会の改革が重要なのだ。

あと民主党の所属自治体議員の資質向上も。
朝霞に限らず、保育所を共産党の巣窟みたいな意識で叩いたり、大型公共事業を推進したり、地域の労働問題について足をひっぱる役回りをしたり、民主党のやろうとしていることと全然違うことをやっている議員が多すぎる。

●朝霞市では、圧倒的に不足している保育所の増設や介護施設の増設について市議会で議論してもらいたくても、一般論以上には全く話になってない。議会で予算をつけるという話もない。むしろ不足している現状を悪用して入所の口利き斡旋をしているという噂のある議員もいる。担当の市職員もこうした問題に対して市の中枢部がまったく取り合わないらしく、諦めムードである。
一方、昨年一年の基地跡地の開発の議論などでは、その何十倍もの予算を浪費するにもかかわらず、ほとんど議会は市長や市役所をチェックしなかった。
開かれた議会ならこうした逆立ちした意思決定はしなかっただろう。
議会改革は重要である。
市議会で何が議論されているか、全ての会議を検証できる仕組みが必要。そして、市民が意見を述べて市議会議員どうしの議論に関与でる場が必要。そして、4年に1度しか審判できないのだから、選挙のときに誰に投票したら自分の考えに近い政治が実現できるか決められる情報提供が必要だ。
そして、今、懲罰的な議会改革の議論が流行しているが、単に税金の無駄づかいがどうの、不祥事を起こす議員を一掃、居眠り議員の整理とかそういう意味でいいのだろうかという疑問がある。そんなことを続けても、第二の不祥事議員、第二の居眠り議員、第二の無駄づかい議員が出続けるだろう。そしてただの足のひっぱりあいの政治ゲームになるだろう。議員報酬を減らせとか、議員をやった人の老後がどうあるべきかを考えないまま年金をなくせとか議論するのも、やがては議会をおかしくするように思う。
議会には、それぞれの自分たちが自分たちの理想に近い方向にまちを動かして、その利害が対立しているときに十分議論し調整して最善の結論が出せるようになるための改革でなくてはならない。

●国会議員の宿舎がムダだとさんざんキャンペーンはられたが、ペーペーの金無し民主党議員が増えたら、いつの間にか国会議員宿舎はムダだという声は小さくなった。むしろ宿舎不足をどうしようかという議論に移っていった。要は政治が機能していればある程度の政治のコストは許容されるし、機能していなければ何から何までムダに思えるものなのだ。

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2010.01.10

1/10 国土交通大臣の後援者が日航の社長か?

日航の社長を京セラの稲盛氏にやってもらおうという話が進んでいるらしい。

国土交通大臣が京都出身で、稲盛氏が後援者であることを考えると、利権くさい話である。
新政権は政権獲得前、安倍晋三氏のお友だち政治を批判していたのではなかったか。またそうしたコネ社会的な政治の進め方を不透明として批判したり、人事同意案件を否決してきたのではないか。

また、製造業の経営者が、サービス業の経営をうまくやれるかは疑問。郵便局がトヨタのカイゼンを入れてあまりうまくいかなかったと評価されている。以前にも日航はカネボウから社長を迎え入れたことがあるが、はかばかしい結果にならなかった過去がある。

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2010.01.09

1/9 メセナによる公共より、税金の使途の民主化が効率的

香水やお香は好きだけれども、どうもアメ公のような洗剤くさいというか、人工的な脂っぽいニオイは嫌。池袋で有楽町線から東上線に乗り換えるときに通る池袋のLUSHの前を通ると、まさにそのニオイがして、ぐっと我慢して通っている。

そのLUSHが、環境テロリスト、シーシェパードに寄附しているとかで、問題になっている。LUSHの日本でののれんであるLUSHジャパンは寄附していません、と釈明しているようだが、他の国のLUSHが寄附して、看板が応援しているというのは、金銭的な関係以上の信用をシーシェパードに与えている。

一方、LUSHを擁護するつもりはないが、シーシェパードがどうも環境ゴロみたいなところがあるみたいで、寄附の強要などをしてくるという。体面を保ちたい企業は、ギリギリのところで寄附をしてしまうのだろう。

税金まで免除して、企業の寄附による市民活動を礼賛する意見が強い。一方で、企業が業績と無縁の問題で寄附を行うときには、たかられやすいという問題があることも指摘しておきたい。

●気持ちはわからないでもないが、法人税は払いたくないのに、寄附はしたいという企業の態度は改めるべきだと思う。
「新しい公共」のため、企業からお金を引き出すために、市民活動が必要以上にお金をもらいやすいための努力に時間や労力を割かれたり、あるいは企業からお金を引っ張ってこれるということでの内部のヒエラルキーが形成されるようになったら、それこそ弊害だと思う。
必要な公共サービスは、きちんと税金で取って、官僚の裁量ではなく、福祉であれば利用者や支える人や地域住民、環境であれば対象の課題に関心を持っている市民が十分に議論して使途を決められるような仕組みを徹底した方が効果的なように思う。

●アメリカ人は、洗濯物を屋外で干さないという。
乾燥機の電力消費が良くないと環境活動家が洗濯物を屋外で干すことを実行したら、近所からクレームもらったり、自治会(自治体に近い機能があるらしい)から罰金を科せられたりしているとニュースは伝えた。
においのきつい合成洗剤の力にものを言わせて洗い、乾燥機でちょっと乾かしてタンスに入れたのではくさくなるに決まっている。紫外線できちんと消毒しないと。

●ついでに言うと、日本でも最近のマンションは、ベランダで布団を干すな、洗濯物は低い位置で干せ、と管理規約に入って売り出されている。マンションの販売文化というのはどうしてこういう、アングロサクソンの生活文化を借り物にしたようなものが多くて、役に立たないことが多いのか。
こうしたことは、日本の生活文化を悪い方に変えているし、乾燥機を常時使わなくてはならないような生活は、たかが服を乾かすのに石油や原子力を焚いているわけで、環境にやさしくないね。

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1/9 だから万国の労働者団結せよなのだ

twitterからの引用ばかり。給食費を払わない親をくさすブログへの感想を赤木智弘さん。

「だって、(まともな給料を払わなくても)働くんだよ? (まともな給料を)払う方がおかしいでしょ。」という人なら、かなりいる。つかマジョリティー。:給食費を払わない親 http://bit.ly/87Onr1
約5時間前 YoruFukurouで

くさされたブログを開くと、「だって給食費を払わなくても食べられるんでしょ」という言葉が紹介されている。

赤木さんとここからが意見が違うが、だからこそ、同じ仕事をしている人であれば、正社員であれ、臨時雇いであれ、パートであれ、派遣労働者であれ、請負での労働者であれ、労働組合の組合員となって、賃金や労働条件が安い方に比較されないカルテルを結ぶ必要がある。
※赤木さんが不幸だと思うのは、経営者の論理を、当の労働者や、ときにはインテリ反戦左翼みたいな人まで言うから「マジョリティー」という言葉を使うのだろう。経営者だけなら社会ではマイノリティーのはす。労働組合は抵抗勢力となりうる。

労働組合が結社の自由で結成されているという面だけを振り回すと、正社員にとっては、主な出資者である正社員のためのクラブであらんとし続けるし、その他の労働者は正社員のためのクラブに、怖がって入ろうともしない。結社の自由は、労働組合にとって生存権。労働組合が社会的機能を果たそうとすれば生存権のレベルの議論で役割の定義を固定するのではなく、戦術論、戦略論が必要。労働組合に入っていない労働者をいかに労働組合に入れたり、近くにいてもらって、賃金ダンピングの競争相手にしないことを考えるかが重要だろう。

●twitterを始めるかと言えば、新幹線に乗っている時でもなければ携帯メールの即レスが苦手で、反射神経も悪いので、絶対に不向き。やらないと思う。

●嫌々食べた経験はないが、強制的に食べさせられるし、食べ残したら怒られるし、教育の一環などと言っておきながら給食費を取るシステムってどうなのだろうか。保育所は給食料込みの保育料となっていて、貧困家庭は保育料はゼロになる仕組みになっている。存在するのは、例外はあるにしても、大半が払えるのに保育料を払わない人だけである。
文部省の仕事は、つまらないモラルのトラップをたくさん仕掛けて、国民に自分はダメ人間なんだと思わせるようなことをする。

昨日の記事の補足。菅氏が初の社会主義者の財務相という記事に意見を書いたが、どうもそのいいがかりそのものが事実ではないと思う。社会主義者が国家財政を預かるのがまかりならんという趣旨でくさしたわけだから、財務省の前身の大蔵大臣まで検証しなければならない。
過去に社会主義者の蔵相はいて、1996年1月からの第一次橋本内閣(ここまで自社さ政権)の久保亘大蔵大臣は社会党議員の閣僚である。社会党右派にいた久保氏が社会主義者かということについて議論はあるが、社会民主主義者が社会主義ではないというのは詭弁だと思うので、久保亘氏が社会主義者として最初の蔵相ということになる。ま、どうでもいいことですが。
【追記と反省】
安易にネット上の閣僚名簿に頼ったためのミスですが、最初の社会主義者の蔵相は、1947年5月24日に就任した片山哲氏。片山氏が首班指名を受けた後、連立政権の組み合わせで、閣僚名簿を作る混乱があったため、一度全閣僚を兼任する。その後、連立の調整がつき、6月1日に民主党(当時)の矢野氏が蔵相に就任するが病気辞任、6月25日に緑風会の栗栖赳夫氏が蔵相になる。
昔、社会党右派の歴史を研究したにもかかわらず、最も最初の社会党試練で出てくる話なのにすっかり忘れて、反省が必要。

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2010.01.08

1/8 脳研究の暴走に日本神経学学会が警鐘

朝日新聞、良記事「脳研究の神話独り歩きに警鐘 日本神経科学学会」。

保守的イデオロギーが脳科学の装いをして、科学的なおしつけとして地域社会で流行している。

やっぱり粗雑な調査の結果を、科学として論文公表しているんだと思うし、その程度のものだから伝聞で話している人は信仰として言っているので、反論してもしょうもないものだとわかる。まさに神話である。
しかし、神話・信仰でしかないものが、都会のローカルな世界では、変な影響力を持っている。神話とほとんど無縁で仕事をしている人にはそんなバカなと思うが、地域社会では、インチキな科学を装っている脳研究の結果についてさしたる反証もしないまま、教育行政を動かし、児童福祉に影響を与え、コミュニティー活動や、地域福祉活動にまで言い募られている。
子育て世代が標的とされ、脳科学で裏付けられていることになっていることが神話として流布されている。そして、保守的イデオロギーが科学の装いで反証も受け付けず押しつけがましく垂れ流され、共働きは良くない、長時間保育は情緒不安定にする、自然の多いところに子どもを連れていかないとグレるなどと言われたりするものだから、嫌になってくる。「早寝、早起き、朝ご飯」などのかけ声なんかそれそのものである(勤労者としての道徳訓としてはそんなに間違ってはないが、脳研究の結果みたいに言うと話がとんでもなくおかしくなるし、押しつけがましくなる)。弁当に愛情かけて時間かけて手作りしないと子どもがグレるみたいなのも流行したっけ。
こうした脳研究はまた、障がい者の人がいる家庭をさらに追い込んでいく。

脳と向き合う学会が、いんちきな論文もあるんだ、と警鐘を鳴らしてくれたことは感謝したい。

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1/8 菅大臣の外国為替レートへの発言を擁護する

菅大臣がドルレートについて望ましいという発言をしたことについて、鳩山首相、仙谷氏が批判し、話題になっている。

変動相場制に慣れきって、為替が人為的な要素がない、まったく自然な姿のように信じている人には、菅大臣の発言はイデオロギー・理念に対する冒涜に感じるのだろう。
変動相場制の移行と、さらに重ねての外国為替の自由化で、為替相場は恣意性はなくなってきた。しかし、人為性が全くないかというとそういうこともない。固定相場制の時代は、レート変更は政治的に決定されてきた。また外国為替の自由化以降、為替相場はFX取引のような実需に見合わない取引が実需の何十倍も取引されて、それらはムードで動き、為替相場が実際の貿易の不均衡を是正する役割を負っているかどうか疑わしい。

藤井前財務相の円高容認発言で、今回以上に急激に進んだ円高について、首相は何の注意も反省もしていない。内需を拡大するような財政政策を採っているわけでもない今の政権で、円高を放置しておけば、日本の産業も労働者の生活もガタガタになる。
円安誘導することはできないだろうが、円安を期待することぐらい悪いことではないだろう。

●菅大臣も鳩山大臣も経済界の意向を代弁しただけと必死に抗弁しているが、これはよろしくない。輸出産業に支えられているこの国では、労働者もそれを望んでいる。

●為替に対する感覚は、輸入品に囲まれて育った首相と、製造業労働者の子として育った財務相との差だろうか。私も、プラザ合意の直後の急激な円高で父が月給もボーナスも10%カットを受けたことがあるのを見てきたので、円高にあまりいい印象はない。海外旅行もしなければ、子どもを海外留学させるでもなく、輸入品を買うわけでもないワーキングプアのような人にとって、円高なんて仕事を奪われる恐怖しかないだろう。

●正月、外国旅行した同僚が、円安進行でクレジットカードの支払を心配していた。同情しようと思ったが、しかし、円高が放置されて企業業績が悪化すれば、ボーナスの支給水準が低下し、為替で損得以上の損をしてしまうと思った。

●「三原則氏」が菅直人を社会主義者と断定。イデオロギーや希望的観測のために、レッテル貼りや事実を見ないなどの悪癖そのもの。こう見たいという願望があると、それに向けて事実を仕立て上げていく新自由主義者の行動パターンは共産主義者そっくり。原理原則に徹底しないことが、社会の発展を阻害していると考え、一切の原理原則に沿わない都合のわるい事実は、ありとあらゆるレッテルを貼ったり、陰謀をでっち上げたり、偏向者扱いをしていく。

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2010.01.07

1/7 菅財務相の円安を期待する発言を評価する

菅財務相の就任、お祝いしたい。前の大臣は財政だけを大事にした。財政も大事だが、必ずしも小さな政府という価値観ばかりではない菅大臣にはより景気担当大臣としての役割を期待したい。

今日の記者会見で、円安を期待する言葉を表明した。藤井財務相の最初の失敗を裏返すような行動を評価したい。
一方では、立場もあろうが、増税については極限までムダをなくしてからでないと議論できない、と、ありえない前提をもとに議論を封印してしまったことはミステイクではないかと思っている。
何をもってムダかということが定義もされていないし、国民の価値観が大きく分かれている今、極限までムダをなくすということは、最終的には財政支出ゼロにするというに等しい発言である。ムダを無くすので出てくる金額と財政不足の金額は桁が2桁違う。

また埋蔵金の発掘に努力されるよう。そういうのも結構だが、埋蔵金は恒久財源ではないことは心にとめておかなくてはならない。また埋蔵金の定義もいろいろ。
例えば、年金特別会計の積立金なんかも埋蔵金と言えば埋蔵金になる。しかし人によっては貴重な年金支払原資という人もいる。年金積立金の運用先が足りなくて、公共の宿や病院にして運用していたことに国民は大反発した。だからといって年金だけ埋蔵金の聖域だとすると、高齢者の福祉の金銭給付の部分だけ守って、あとは何してもいいんだという政権の価値観を表明することになる。

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1/7 じゃあ誰がやるのといった瞬間に言葉が途絶え

見過ごしていた記事だが、わが故郷の議員で社民党の重野安正幹事長曰く

「壮大なことを語る我が党だが、じゃあ誰がやるのといった瞬間に言葉が途絶えてしまう。我が党はそういう意味では、がけっぷちに立っている」「護憲の党として、その魂を個々の政策のなかに生かす」

かたじけないが、
壮大なことを語る我が党
じゃあ誰がやるのといった瞬間に言葉が途絶え
というところに笑ってしまった。
日頃実直で、言葉巧みというには距離のある重野氏らしからぬ面白い表現である。
重野氏は参院選の立候補者が思うように集まらない状況について言ったのだが、ほんとうに実務が少ない。

また、社会民主主義の価値観にもとづく政策を反映させるのではなくて、護憲の党としての魂を政策に生かす、というところも、西欧社会民主主義の政党になりきれないまま、ひたすら少数派になっていく社民党の悩ましい現状を物語るように思う。
社会民主主義にとって社労族のエキスパートであるべきで、本当は厚生労働省の政務三役ぐらい取りにいかないとと思うのだが。

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1/7 また保育所を事業仕分け

また民主党政権が保育制度を事業仕分けの対象としてぶち上げるつもりだ。保育所をそういうふうに捉えているのは相変わらずだ。

事業仕分けというシステムの制約からは、現状維持以外はみんなリストラを目的とするものだ。何度も事業仕分けなど、行革論議で保育所をネタに試みがされたが、待機児童問題の解決はそんなものではないだろう、ということが明らかになっている。国が保育財政にほとんどお金を使っていないことも赤裸々にあらわされた。夫婦ともに正社員ぐらいの所得で子ども1人月8万円も保育料を払え、という基準で国は認可保育所をオペレーションしていることが明らかになった。月19万円の保育士の人件費が低いと評価された。しかしそれでもまた同じことをする。これこそムダではないか。こんなこと書き続ける私もムダだと思う。
もう一度、民主党政権の行革担当者は、保育所運営費補助金の議論をした事業仕分けの議事録を読み返すべきだ。HPで公表仕分け結果はあれは財務省の提案意向を薄めて書いてあって、議論の実態を表していない(議論の過程を無視した仕分け結果など、だましが事業仕分けにある。早急に議事録を公表すべきだろう)。

保育所には改革しなければならないことは多いし、今の勤労者家庭の生活を支えるという観点では、まだまだやらなければならないことも多いが、この間の「改革」談義、新政権の事業仕分けでの取り上げ方は、そういうことではなく、単に行政改革ゲームの戦術ネタとしての問題提起しかされず、それに対して、担当官庁や利用者がやむにやまれず抵抗するという構図が続いている。
そこに新自由主義者の経済学者が、自らの政治思想に矛盾する制度として保育所を槍玉に挙げ、理論の矛盾もわきまえずに政治家周辺で非難し続けているようだ。

現在、保育制度の見直しについては、厚生労働省で議論が積み重ねられており、それを無視して政治的に槍玉に挙げ続けるこの政権の態度は本当に許しがたい。
まして、当事者の意見などほとんど聴かず、都内の保育所を数ヶ所見ただけで、あとは新自由主義経済学者の残骸みたいな人たちの話を聴いているだけ。

問題は事業仕分けを使って「広く国民に聴く」といいながら、いったいどの国民なんだということである。
聴いているのは当事者や子育て中の人がほとんどいなくて、仕事を犠牲にして子育てをやったことがあるのかわからないようなエコノミック・アニマルみたいな連中ばかりではないか。

保育所が何のためにあり、誰のためにあり、当事者は誰なのか、という議論が無くて、まるで抵抗勢力がいるかのような妄想に取り付かれて、道路や橋や港湾、同じ子ども業界では幼稚園などと違って声が小さく無視しても選挙に影響がないからと、政争のネタにし続けるのは本当に納得がいかない。

この政権にこのようなことを何度も繰り返されると、この社会で働き続けることが馬鹿馬鹿しくなってくる。市役所や議員会館におしかけて政治家に気に入られるように説明できるヒマと立場のある人たちだけの声が届くのだろうか。働く人間を痛めつけるのもほどほどにしてもらいたい。

●ロシア革命の理想が崩壊していく過程を苦虫潰して味わった人たちの話を読むと意義深い。

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2010.01.04

1/3 交通事故死者5000人を切る-道交法規制強化前の半分に

最近はすっかりご無沙汰しているが、以前、脱クルマの運動に関わっていて、自動車による事故死者を何とか少なくしたい、安心して歩いたり遊べる道路を取り戻したい、と話し合ってきた。

安心して歩いたり遊べる道路というのはまだまだだが、交通事故死者が5000人を切ったということは嬉しいニュースである。やはり道路交通法の規制強化が効果を上げている。交通事故の遺族が何度も求めたのに、規制強化では交通事故はなくならないという水をかける議論が続いてきた。

しかし、悪質なドライバーが引き起こす事故や、交通規則を故意に破ったことによる死亡事故というのは思ったより多いもので、ゼロにできなくても、法改正前が1万人前後であったので、やってみれば半減するということが結果となった。あとは、規制規則の強化以外の事故を減らしていく努力と、クルマを使う総量(台数よりも乗る時間や距離)を減らすことが求められると思う。

●一方、自転車については、前より交通規則の取締りは強化されたものの、依然野放しと言ってよい。自転車による交通事故は記録にも残らず、闇に葬られていると言ってよい。とくに高齢者や子どもが巻き込まれた事故など、ほとんど泣き寝入りで、のちのち後遺症に悩まされるケースも少なくない。
そういう中、エコロジストたちは自転車を思想的優位にある交通機関のように言い、埼玉県庁のように、満足に公共交通機関を整備させることもせずに、3人乗り自転車に補助金をばらまくようなことをぶち上げられて、またため息が出てくる。
最近、自転車が歩道を走行することが公然と認められた。一時意識が高まって歩道の自転車は減ったが、再び増加し、危険な運転にもさらされている。子どもが小さいので危険で仕方がない。
また、埼玉県は、公共交通が脆弱で使う風土がないので、自転車やマイカーを使いすぎるところがある。公共駐輪場を整備しても放置自転車の量が多い。それも非常識な止め方をする自転車がほんとうに多い。
安易に自転車を奨励する前に、①公共交通機関、とりわけ補助的な役割を負うバス路線の整備と増発、②自転車の登録ナンバー義務化、③自転車事故の徹底した追跡と取締り(特に人身事故)、④都市のスプロール化を防ぐ都市開発をやってもらいたい。

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2010.01.02

1/2 新政権の成長戦略

新政権の成長戦略が発表される。

この間の財務相主導、実働部隊行政刷新会議の予算編成に見られたようなケチケチ路線から、どういう社会にしたいというところに問題意識をおいた衆院選マニフェストに近いところに戻った内容になったと思う。そのことについては評価したい。

ただ一方でやはりという不明な点や問題点が指摘できる。また評価点もある。

【1.経済成長・環境・財政の三題噺】
自民党が言うように経済成長2%にそもそも裏付けがないという、最初から水をかける議論もあるし、そうした問いかけは大事だが、質の高い経済成長をするんだ、ということを優先度の高い目標として位置づけたことは評価したい。
経済成長、環境社会の実現、財政規律の矛盾する三題噺について、裏付けのある乗り越えが見えないところが課題となるだろう。
経済成長を追おうとすれば、目先の環境と財政に一定の犠牲が求められる。目先の環境改善にとらわれれば経済活動の規制と財政悪化が避けられない。財政規律を求めると経済の二番底と環境政策の推進に制約がかからざるを得ない。
経済成長と環境について、長期的な環境のための投資をするんだ、公共交通産業分野の成長を促すんだ、と整理しているのでまだ親和性がある。また環境規制が日本の自動車産業を育てた実績もあるので、何とか折り合いがつくかもわからないが、問題はさきの予算編成で見られたように、財政規律と経済成長のどちらをまずは優先するのか、ということと、経済が伸びたときに財政規律をどう取り戻すのか、ということを整理しなくてはならないのではないか。

【2.基礎的福祉サービスの整備の責任】
公共サービスについて新しい公共の育成なんだというネタが5~10年ぐらい古い。出番や居場所を作ろうというのは正解だが、それは福祉の基礎サービスではなく、基礎サービスの上に立つ質の高い社会のために必要なことである。現段階の福祉の問題は基礎的サービスすら満足にないということである。
基礎的な介護や保育に意欲的なNPOや株式会社が参入するのはおおいに結構だし、そういうことは利用者保護の観点を除き邪魔すべきではないと思うが、保育分野や施設系介護ではもはやそんな主体性論だけでは整備が追いつかないということを率直に認め、官が供給整備を行う責任を明確にすべきではないか。
小泉構造改革の少し前から使われ続けた「NPOや株式会社の福祉分野への積極的な参入」という言葉が、サービスを利用できない市民による、自治体に対しての異議申し立てに、自治体が言い逃れできる無責任体質を作っている。もう専業主婦たちや元気な退職者による福祉分野のサービス提供の起業は出尽くしているのではないか。永続的でも過渡的でも、官と呼ばれる分野が供給体制を整備せざるを得ない段階に来ているのではないか。
介護については、介護労働者の待遇改善を明確に打ち出していないところが不満だが、書いてある介護、医療の連携による整備を推進していけば、当然、医療と介護の従事者間の著しい賃金格差が問題にならざるを得ない。このなかで介護従事者の待遇の底上げを検討されるべきこととなろう。

【3.ハコモノではない大都市問題】
大都市の問題がインフラの問題しか語られていない。大都市が破局的なのは、福祉を中心とする社会サービスがあまりにもひどい状況だからだ。
地方に行くと、小額の投資である程度の福祉ニーズがカバーできるし、地代も賃金も安いから、介護をはじめとする今どきの福祉サービスの提供体制を作るのは、行政のやる気があればできてくる。住民互助型の先進福祉自治体が大都市部に少ないのも偶然ではない。
大都市は、対象人口の数も多く、地代も賃金も高く、人間関係が希薄なため、民間任せの福祉サービスがなかなか満たされない。国とは言わないが、政府による福祉サービス、貧困や失業問題への対応、階層的な教育サービスの格差など取り上げないといけないのではないかと思う。

【4.評価できる雇用政策】
雇用が内需拡大と成長を支えるという目標は評価する。意図した結果かどうか評価は分かれるにしても、労働者を痛めつけても企業が元気になりさえすれば経済は再生するというのが小泉構造改革の結果だったと思うが、企業が内部留保を大量に蓄えながら、政府も国民も瀕死の状態におかれている。
働けない人はどうするんだという例外問題はさておき、良質な生活は、良質な雇用が基本である。そのためには良質な雇用をどれだけ拡大できるかが内需拡大と成長のカギと問題意識を設定していることは正解である。
ただし、竹中平蔵の開き直りみたいに、生活できもしない賃金の雇用が増えたことを自慢されるようになっては困るなと読み進めたら、その後のところで「ディーセントワーク(人間らしい働きがいのある仕事)の実現」が言及されていて、、「「同一価値労働同一賃金」に向けた均等・均衡待遇の推進、給付付き税額控除の検討、最低賃金の引上げ、ワーク・ライフ・バランスの実現(年次有給休暇の取得促進、労働時間短縮、育児休業等の取得促進)に取り組む。」というメニューが並んでいることは(給付付き税額控除以外は)評価したい。

【5.その他政策分野の評価点・課題】
教育についてはシンプルで良い。本人がどれだけ力をつけられるか、その観点に絞られている。安倍政権のときのような変な思想、思想改造みたいな話が入っていないことは評価したい。供給者の思いが自己目的化し肥大化する道徳教育や生徒指導の強化はそろそろやめ。
地域定住圏、森林林業の再生、食の将来ビジョン、中古住宅の流通市場の整備なども良いだろう。
住宅投資の活性化は環境問題に逆行するんじゃないかと思ったりする。人口増に対して住宅を作りすぎなんじゃないか。観光立国という発想はどうか。旅行業界が儲かるのは結構だが、観光ばっかりしている国というのもどうかと思うし、由布院の成功を見ると、豊かな生活があって観光がついてくる、という考え方を徹底しているように思う(観光が儲かるとなると、その順番を逆に考える業者が進出してきて困っているという問題もあるようだが)。
アジアとの経済の一体化ということは慎重に考えるべきではないか。賃金格差をどうするのかという戦略(労働運動の輸出)や、日本と中国の経済の主導権争いが起きたときにどうするのか、ということを考えておかないと民族主義が台頭する危険を感じている。

【6.必要な増税・財政規律】
最後に財政規律の問題だろう。単に財政規律を守ればいいということではなく、不況のどん底の今はどういう運営をし、回復したらどういう運営をし、どういう財源に充当する分について(目的税ではなく)どのタイミングで増税をし、ということを明確にすべきではないか。
21世紀に入ってから、財政規律の御旗のもとに、取りうる政策がリストラできた政策の見合いぐらいしかできなかった。増税忌避論があるが、増税で得た収入を、社会サービスで国民に返せば、国民と政府の関係ではゼロであり、再配分の問題でしかない。リストラばっかりではないより積極的なことができる社会を作ろうとすれば、ある程度の増税は不可避だ。
増税を国民に返す政策を採れば、当然厚生労働省と文部科学省の予算が膨らまざるを得ないが、そのことに対するコンセンサスが必要だ。今回の民主党の予算も「肥大化する厚生労働省予算」などと批判している自称「社会保障分野に強い」経済学者もいて、情けなくなる。逆に考えたらわかりやすい。国土交通省、経済産業省、環境省はじめ他の官庁にバランスよくお金を配分したら、ハコモノ行政を増やせ、企業に補助金をバラまけと言っているに等しい。
また好況時の財政規律をどう守るか、というビジョンが必要。不況のときに財政規律ばかり言われて自殺者や失業者が激増するようなことをやって、好況になるとそこで作った借金を返す話をせずに、解き放たれた我慢が爆発するように予算が膨らみさらに景気を過熱させるようなことを繰り返すべきではない。好況期に官発の思いつき、「あったらいいな」アイディアのバラマキをやっているから、財政がどんどん悪化していく。

そんなことを読んで考えた。

●産業政策や、環境問題について専門的に勉強する機会も継続的にウォッチしてこなかったので、他の部分についての評価ができないことあしからずご容赦ください。

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1/1 年初にあたって

朝、お茶の水のニコライ堂にお参りし、そのまま祖母を訪ねる。

●ニコライ堂の斜め向かいにあった日立本社のあった高層ビルが跡形もなくなっていた。空が高い。あったはずのビルは新しいとは言えなかったが、新宿の高層ビル群よりずっと新しく、高層ビルを取り壊せるものだと知って驚いた。
〈追記〉1983年に建設されてたったの25年、そしてあの小泉さんの支援者である森ビルが再開発するということである。減価償却の終わらないビルを買い取って建て直して売るということだから、また家賃が上がるのだろう。実力以上の家賃を払わせるためにマスコミを使って、「スイーツ(笑)」をあてこんだような、不自然な紹介ニュースを繰り広げることになるのだろう。やがては麻薬中毒の文化人が出入りするようになったりして。
起業しても、福祉やっても、ただ暮らしても、場所代ばかりかかって不動産屋ばかりが儲かるこの社会にうんざり。政府より威張っている。

【2009年のふりかえり】○はよかったこと ●はダメだったこと
●1月 大きな争点があった3月投票の朝霞市長選挙での不戦敗が決まったこと。
○5月 和光市長選挙で友人の松本武洋さんを当選させたこと。
●6~11月 都議選・衆院選の対応で、仕事と家庭にしわ寄せが大きかったこと。
○11月 マンションの居住者どうしで初めて飲み会を持ったこと。60年居住のための管理体制を作ることにチャレンジ中。
○9月 政権交代か実現したこと。
●10月 認可外保育所にも待機児童が出ているという報せを受けたこと。保育所にちゃんと公費を突っ込まないと何も解決しなくなっている。
●11月 新政権の政策が小泉構造改革的になってきたこと。特に保育所に関してとんでもない対応が目立ったこと。
●11月 長く市政を混乱に陥れてきた、米軍朝霞基地跡地に国家公務員宿舎を建てることが、国の事業仕分けで止まったこと。自治で止められなかったことは情けないが、とにかくよかったと思う。枝野衆議院議員が「それでみどりは守られるんですね」と念押ししたことは、単に宿舎を止めただけではなく、基地跡地のあり方に対する1つの方向性を示唆している。付随する諸計画も大きな見直しと、基地跡地の自然の保全がどのように行われるかが焦点。基地跡地の開発が政権目的であった富岡市長の存在意義が問われる。彼の路線転換も不可避だろう。
●11月 不信の払拭に尽力していた社保庁労組の仲間が、組織改編を前に若くして亡くなったこと。
○12月 40歳を前に、友人が結婚したり出産したりしたことが相次いだこと。
○12月 その友人の結婚パーティーでロシア文学者の亀山郁夫先生と知り合えたこと。

【2010年方針】
○仕事である教育センターのスピリッツを先輩から獲得する。
○市議会の改革を進める市民活動を充実させる。
○地域福祉計画の推進への関与。
○マンションの超長期修繕計画と、主体的な管理体制の確立。
○(基本的なことだが)計画的な仕事の推進体制の確立。
○疎遠にならない交友関係の確立。
○携帯電話の更新。
○文学への取り組み。
○睡眠時間の確保。
○ジェンダーフリーのファッションのいっそうの推進
大上段なこと以外は、小学生レベルのことばかりです。

【2010年に願うこと】
○東上線、有楽町線のダイヤ改正で使いやすい電車にならないかなぁと。
○食べていける雇用が拡大しないかなぁと。
○実効性のある保育所待機児童、特別養護老人ホーム待機者の解消が進まないかなぁと。
○労働者の権利拡大ができないかなぁと。
○そして景気が回復しないかなぁと。
○民主党と社民党がもう少しまともになってくれないかなぁと。
○愛にみちあふれた生活と仕事にならないかなぁと。
○原発が増えないでいてくれ。
○家賃や地代が下がって貧者にチャンスの多い便利な社会になってくれ。不在地主、不労所得者が経済的優位に立たない社会になってくれ。
○話せる左派という自分のイメージづくりができないかなぁと。社会党を知らない世代の若者にはきつい左派のように見られているようなので。

今年もよろしくお願いいたします。

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2010.01.01

1/1 新年早々、選挙のビラ配布とネット選挙の解禁問題について


ブログネタ: ネット選挙、賛成?反対?参加数

niftyがyahooのネット選挙解禁を求める署名を募集している。

基本的に賛成したが、ネットだけ解禁だけではなく、すべての文書図画の解禁を国連は日本政府に求めていることを忘れないで。

このブログで、そもそも政治活動の自由とは、文書図画の全面解禁が必要なのではないか、と何度も書いた。
ビラは旧態依然の政治家的イメージで汚いから禁止しても構わないけどネットは進歩的でよい、みたいな感覚は強い。そういうツールの議論は、進歩的に見えて、実は日本人的旧態依然とした感覚だ。正社員は保護されて当たり前だけども非正規労働者は何されても仕方がない、とか、派遣労働者はそんな賃金では働かないけどパートなら仕方がない、みたいな感覚と同じ。

有権者が本当に必要な情報を気軽に入手でき、政治家を人格やイメージだけで判断せず、仕事の出来・不出来で選択するためには、ビラや看板が目障りだという人に我慢しても、文書図画の配布、回覧の自由を保障しなければ、民主主義なんて進歩しないし、自分の立身出世のためなら人柄良さそうに見せておけば公約やマニフェストを説明責任も果たさず破って構わないと考える政党や政治家ばかりになっても仕方がない。
消費者保護では、モノを買うときに、価格が上がる原因だからパンフレットや契約書を渡してはならん、などということにはなっていないだろう。むしろ、説明責任を果たせ、と消費者行政は指導しているのではないか。

また、選挙運動が結局は文書やメールの送信、電話での交信による有権者との情報交換なしに成り立たないことから、文書図画を規制するということは常に選挙違反で逮捕される危険性と背中合わせで政治参加しなければならない。曲学阿世の徒と言われるような難解な法解釈を理解しなければならない。それとて、解釈の余地が大きく、ある日突然、警察や検察の方針転換で原理原則論をふりかざされ、逮捕される危険性もないとは言い切れない法律である。たかが選挙での文書配布ぐらいで立法権に参加しようとする者が、行政権に属する警察や検察に拘束され断罪される危険があるというのでは民主主義は進歩しない。
ポストにビラを投函されて迷惑する人の法益を守るんだ、というような言い方もされるが、ごみ箱にビラを棄てる手間を惜しむ人間のために、志あるチャレンジャーが逮捕されても構わないんだ、という考え方はとても危険である。

文書図画を解禁するとお金がかかるというのは確かだが、それは選挙運動にかける資金について制約すべきこと。一定の金額の枠内でどんな文書図画の手段を使おうが規制すべきでないと考えるべきだし、また表現ツールが多様化している中で、ツールごとに規制をすることは難しく、禁止を残せば、論理的に全面禁止に近いことをせざるを得ない。

●小沢一郎氏は選挙制度に精通しているため、こうした解禁には積極的だと聞く。民主党政権になって何が大切かというと、今まで政治システムは野党の存在まで含めてすべて自民党の政権維持のためにあったことをやめること。陳情システムや意思決定システムなどについて、いろいろ疑問はあるにしても手を加えているところ、肝心要の政治の活性化は遅れ、市民が参加しやすい選挙制度にする話はなかなされていない。
官憲優位で、国連から重ねて批判されている選挙制度や政治活動の自由に関する諸規制を原則廃止・解禁にする改革が必要であり、期待したい。

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1/1 NHK日本のこれからを見るのをやめる

NHK日本のこれから、消そうと思ったが思いとどまって、メンバーを一通りみてから判断しようと、見てみたが、所詮正月娯楽番組。コメンテーターのラインナップ、話題の持っていき方、テレビの政治報道の問題は相変わらずだと思った。

記憶に残るあほなコメンテーターの発言から。

安藤忠雄は、「社民党のゴネ得を許しているから指導力が問われる」みたいなことを言っていた。石原慎太郎さんと仲良しだからというコメントだろうか。
普天間基地の問題は、社民党のゴネ得ではなくて、民主党の公約違反がこじれの問題。CIAの息のかかった大臣、副大臣が米国要人をつかまえ、公約と関係のない、彼らに阿る勝手な発言を繰り返して話をおかしくしている部分も少なくない。

事業仕分け人にもなっていた川本裕子は「企業にやさしくない政権」。これまでが企業にやさしすぎたんでしょう。労働規制の緩和、法人税の相次ぐ減税、さまざまな租税特別措置、社会的規制を空洞化させる規制緩和などで、政府、企業、社会サービス、国民の4者の中では、企業が最も自由な社会になっていて、そのことの副作用が、今日の雇用や社会保障の問題になっている。企業に元気がないのは、新しい産業政策の不足とそもそもの需要不足にあるのではないか。企業だけを甘やかせという発言は、ミリオネーゼ系コメンテーターの価値観がかいま見える。

冒頭しか見ていないが、菅直人がいきいきと話をしていたのがよかったように思う。
司会はあの三宅民青で、やっぱりとうんざりして、撮りダメした時代劇を見る。

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