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2009.11.08

11/8 国の事業仕分けは事業仕分けでないかも知れない

新政権がやろうとしている事業仕分けについて、地方自治体で進められているものとは違うなぁ、と違和感を感じている。

先日、和光市で実施されたものについて見学したが、それには違和感がなかった。しかし民主党を中心とする政権が進めようとしている事業仕分けについて、違和感を感じるし、事業仕分けそのものに対するアレルギーやネガティブな印象まで起きるのではないかと心配している。

地方自治体の場合、事業の多くが、さしたる思想、さしたる分析にもとづかず、実施している事業が多い。住民や地域団体との利害関係が近すぎて、役人が官僚的に仕事をできない環境があるからだろう。
国がやれというから、県がやれというから、アイディア市長がやれというから、何となく市民感情で、効果よりも政治的合意を優先してスタートした事業があり、その効果が検証される前に感情論で継続し続けてきた事業が多い。そこに市民や外部の目で仕事を叩く、市民の傍聴している前でやることに意味が見える。
またそもそも地方自治体の運営については、イデオロギーの違いがあっても、やらなければいけないことの目標や価値の大半を共有できる(その個々に反対や賛成はあっても)ことが多い。個人的な経験からだが、まじめに自治体の現状や将来をみつめて意見交換する相手は、新自由主義者であっても共産主義者であっても、そんなに感覚が違うということはなかった。結論は政策選択で何を優先していくか、という違いだけだったように思う。

民主党を中心とする政権がやろうとしている国の事業仕分けは、仕分け人と呼ばれる人たちの選定で、政治家を絞り「民間有識者」を大量に起用することになってしまったために客観性が見えないこと(民間有識者のリストは全然公表もされていない。党利党略、あるいは一部の議員の趣味と言われかねない)、直接的な市民ではなくマスコミが観客であること、官僚が官僚的に判断して作り上げてきた政策を叩くため、「官僚的」「分権」「税金の無駄づかい」など、頭ごなしに語る言葉で結論を抑え込んでいくことが容易に想定され政治ショーになる可能性が排除されていないこと、などが、私には大きな違和感につながっている。
実際に、最初にやり玉に挙がった事業には、いくつか今までどおりやった方がいい事業もある。ところがそうであっても、無駄でない、今までどおりでよい、と判断できるのだろうか。おそらく、今の政治状況では何とか無駄とか、民営化とか、「改革」っぽく判断しないと、事業仕分けチームの存在意義が問われてしまう状況にあって、こじつけでもやらなくてはならない。

そうして判断された結論が、実行段階になって不勉強な人たちの勝手な判断だった、なんてことになったら、地方自治体で事業仕分けを推進していくべきだと思う私にとって、憂慮する状況ではないかと思っている。

●民間有識者の名前に川本裕子の名前が出てきたときに、感覚が小泉構造改革のまんまだと思ったし、それ以下の有識者の名前がどこ探しても出てこないので、どうしても人選の不透明感がぬぐえない。やっぱり、観念的な経済学にふりまわされていない若手議員の方が仕分け人としてはよかったように思う。選挙でいろいろな国民に直接接しているだろうし。
もはや来週に始まろうとするのに、こんなひどい手続きで事業仕分けが始まっていいのだろうか。地方自治体で実施する場合は、このあたりの手続きは、相当丁寧にやっているように思う。

●最終的に、新政権の事業仕分けが単なる政治ショーになってしまうかどうかは、保育所運営費の扱いや、教育費国庫補助金の扱いの結論と、国家公務員宿舎の新規建設の扱いを対比して判断したいと思う。

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