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2009.10.31

10/31 保育所は分権・規制緩和せよと言いながら、道路建設は国に陳情体質の知事たち

セーフティーネットという側面のある保育所の最低基準の規制緩和&地方分権がどんどん推進する知事たちが、道路については知事たちが全く逆行した動き。

36道府県の知事が、新規道路凍結に反対という意思表示をしているし、道路特定財源の廃止は改革派とみなされる知事の半分ぐらいも廃止するなの大合唱だった。ほんとうにどうしようもない。

保育所や介護施設は、ナショナルミニマムとしてサービスが提供されているもので、財政はともかく、国としての一定の基準は必要なものだ。しかもその基準が必要なことは、児童福祉法はじめ法定されている。その基準を完全に外せと大合唱するなら、当然、ナショナルミニマムでもなく、自治体が陳情者に対応して地図に書き込んでいるような類の道路の建設や改修についても、地方分権を進めるべきだろう。

しかし道路建設は利権につながっているのか知らないが、分権の話になると反対・反対の大合唱で、およそ地方分権を推進しようとする国民感情からずれたことをやっている。

道路建設について、少なくとも財政ぐらいは地方に財源を移譲し、自治体がそれぞれの必要性に応じて住民と話し合いながら道路建設をすべきだろう。
国や県は、自治体を超える国道、県道など戦略的な道路を限定して、そこに国費や県費で建設・整備するのがあるべき姿ではないか。ところが国道は国道で国のお金で作られているのかと思えば、地方負担金として、県や市町村から建設費の一部を巻き上げているという考え方が整理されていない財政負担の構造になっている。今の国道、県道、市道の意味は財政や規制の関係で何が何だか不透明すぎる。

民主党が新規道路建設を凍結したが、反対するなら、その財源を地方によこせ、効率的に使う、と言えばいい。そういうことをせずに、国に作ってくれ、作ってくれという姿勢が最も地方分権に反することをやっているというのがわからないのだろうか。

セーフティーネットよりも、道路建設が大事なんだという地方政治家の感覚を感じる。

●朝霞市も、保育園を作るのに5億もかかるから嫌だなんて言いながら、彩夏祭の担当係長出身の市長の功名心で作られるシンボルロード、完成すれば暴走族のたまり場になるような場所を建設するために20億使うという。

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10/30 財政出動のないアイディアで2万5000人もの待機児童問題は解決しない

27日の長妻厚生労働大臣の記者会見が公表されている。保育所の規制緩和含みの分権については、逡巡する動きがあるようで、規制緩和含みの分権には慎重なコメントをされていた。とくに人員配置と、面積については、慎重にするようだ。
この会見で少しだけよかったと思うが、民主党政権では地方分権を推進する、そのやり玉として保育所の規制として挙げられているので、厚生労働省だけで何かするのは厳しいかもわからない。

●「空き教室の利用」「保育ママ」などの活用が待機児童問題に全然役に立っていないという会見の内容と、28日19時30分からの特報首都圏の待機児童問題の報道には、もっと耳を傾けるべきだろう。
特報首都圏では、「空き教室」が必要なところには無く保育所が増えていない、「保育ママ」も思うように確保できないどころか辞めていく人の対応すらできていない、という問題を取り上げていた。
中央区がマンションを建設する業者に保育所併設を求める条例を作ったことが紹介されていたが、本筋はこういうことでしか解決できない。

「空き教室の利用」は、東京の都心部のように都心回帰現象で小学生は少ないが保育所入所児童が増えているところではうまくいくのだろうが、江東区や朝霞市、和光市、さいたま市のような元から新住民が流入してさらに加速しているようなところでは、小学校も不足気味、幼稚園や保育園、学童保育に関しては完全に不足していて、空き教室の利用など夢のまた夢。

保育ママも担い手の不足が報道されていた。
保育ママに何もかも解決できる幻想を持つのは、自宅内での子育ての大変さをわからない人だろう。もちろん家庭的保育をやりたいという人を排除する必要はないが、それで2万5000人(認可外保育所に入っている人はカウントされていない)にも及ぶ待機児童問題を解決できることではない。
腹立つのは行政が保育士より低賃金でやらせようという魂胆が見え見えで、その発想が、やがてはアメリカのように外国人ベビーシッターにまで行くことは、介護労働者の確保の議論などにも見られる傾向だ。
保育ママは保育所とは全然別のニーズがそこにはあると捉えるべき。

いずれも目新しいツールに目を奪われて、起きている事態のそのものの姿を直視できていない。
待機児童問題の解決のためには、①退職して保育士をしていない有資格者を職場に呼び戻すこと、②そのための場所を用意すること、③そこに運営資金をきちんと流すことである。

具体的には認可外保育所すら入れない待機児童数2万5000人を、5人に1人の保育士で保育し、標準的な90人規模の保育所で整備していくとすれば、5000人の保育士の人件費を確保し、278施設を作ることになる。
この10年で増えた保育所の数が260施設というから、それ以上のものをわずか数年で確保しなければならない。
大都市部で1施設2億~3億の開設費用×278施設で550億~800億円、保育士の人件費400万円×5000人で毎年200億円を確保できるかどうかである。

●いろいろな面で東京23区の保育事情が特殊すぎるのに、しかし世の評論家みたいな人は東京23区に住んでそこの保育事情を一般的なものだと思って全国の制度をいじりたがるので、困った現象が起きてくる。
空き教室なんかもそうで、千代田区や港区、渋谷区にはいっぱいあるのだろうが、東京の周辺部の自治体のように、大量の待機児童問題に悩んでいる自治体にはそもそもない。

●空き教室の利用というのは素晴らしいことだが、それが全ての改革を推し進めるように思うのは、前川リポート・細川政権的行政改革の発想から一歩も出ていないように感じる。

●保育所のための財政出動が、経済の発展のために必要だ、ということをもっと認識してもらいたいところだ。
しかし財政悪化が人口流出となってしまう自治体と違って、思い切った財政出動は、国でしかできない。
保護者の人生の僅か数年を保育所がきちんとカバーすることで、夫婦の一方の離職、再就職による賃金低下と消費の抑制が回避できる。またひとり親家庭の生活保護からの自立も保育所のサービスがきちんと提供されることから始まる。

●家族の自立的責任を強調する自民党政権下で、厚生労働省もしんどかったのだろうが、やはり保育所の予算をきちんと確保する取り組みをせず、「自助・共助・公助」などと観念的な言葉で、福祉を必要とするのは自己責任であるかのような議論をふっかけて煙に巻いてきたことの弊害は大きい。

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2009.10.30

10/30 ころころ行き先を変えるな

朝の有楽町線和光市駅で。電車が遅れていたのか、電光掲示板の電車の出発順がいつもと逆になっていた。
いつもは今度の電車のところで並ぶが、次の電車のところで並んでいたら、発車順が元に戻り、今度の電車になってしまった。

普通の駅なら問題ないが、有楽町線は小竹向原駅まで副都心線と線路を共用しているため、和光市駅は、違う列に並んでしまうと行き先の違う電車に乗ってしまうことになり、結局並んだ意味がなくなってしまう。で混乱になる。しかし、今朝は変更しても何のアナウンスもない。

経費をけちるために、東京メトロは駅のサービスを東武鉄道に委託しているため、東武鉄道に細かな運行情報が入らないからだろう。駅員自身が混乱しているかも知れない。
駅の業務の委託について、もっと慎重にやるべきだろう。人を減らすことは合理化だという公務員的価値観が出ている。東京メトロの社長はじめ幹部が役所の天下りポストというのが影響している。

それと、JR九州みたいに、乗車口の上に、その列は副都心線行なのか有楽町線行なのか表示される表示システムを付けるべきなのだろう。

駅の発車案内の表示板については、将来乗り入れする東急に媚びて8両編成を入れたものだから、両数表示が必要になったので、和光市の行列の整理に必要な、「直通」か「始発」があまりよく表示されない。これもよろしくない。

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10/30 公務員労働運動の転換を支えたOBたちの話を聴く

仕事の都合で、私の職場である労働組合のOBたちと会議を行った。

その席で、80年代の第二臨調による行政改革が苛烈だったことが、公務員労働組合の路線転換や新しい課題設定につながったという議論が面白かった。

70年代のスト権奪還というのが、国鉄、電電公社など主導で進められ、事務職公務員はどちらかというとおつきあいの範囲で運動に取り組んだ。スト権ストが敗北して以降、事務職公務員が、労働三権を取り戻す運動に現実味持ち始めたのは、第二臨調で人事院勧告を凍結することが契機だったと。当時の議論が、今日の公務員制度改革による団体交渉権の回復を乗り越えていく議論に通じることが見えた。

また、公務員労組が委託先の民間労働者を組合員化していく路線転換を図っていくのも、第二臨調で行政の外郭団体化が推進されてきたことによる。自治労で言えば、1982年の「自治労200万建設」が提案され、地方公務員法の職員団体の連合体という位置づけを脱却したことが契機となっている。

時代が違うのは、やはり人材。行動がないと、運動がないと、OBたちに指摘された。いろいろ理由はあるが、世代の問題と、90年代の政策闘争の謳歌の影響があるのではないかとも思う。

おそらく80年代に奮闘された彼らOBたちが頭を捻って作り上げた路線は、当面有効であり続けると思う。
それが変化するとすれば、社会が公共サービスに対して、新自由主義的な価値観で評価することを払拭すること、公共サービスが有効に機能しているかどうかを判断できるようになることだと思うが、まだまだ道は遠いのだろう。

●自治労と原口総務大臣との交渉で、消防職員に労働組合を結成する権利を認める方向で検討着手する、と大臣が表明。一筋縄ではいかないと思うが、ようやく行われた政治決断。消防職員に労働組合の結成を否定していることは珍しく、ILOは日本政府に対して人権侵害であると2度にわたって勧告を行っている。

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10/30 財務省管轄の国家公務員宿舎の新築は事業仕分けに入るのか

国の事業仕分けがスタートするが、新人議員を排除し、議員も少なくしたら、かえって入ってきたのが小泉構造改革の尻馬に乗っかったような「民間人」ばかりがずらり。

で、その題材が、財務省がマスコミ煽って無駄だとイメージづくりをしてきたものばかり。
しかし一方で、府中市、小金井市、朝霞市などに新たに作ろうとしている国家公務員宿舎については、財務省が推進しているせいか、音沙汰がない。

JICAや国立女性教育会館より新築の国家公務員宿舎が無駄でないという理由がわからない。金額も朝霞だけで200億使い、不透明なPFI事業として推進するというのに。

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2009.10.28

10/28 障害者雇用と労働者保護

EU労働法政策雑記帳というブログに興味深い記事が掲載されていた。

障害者の小規模作業所が企業の下請け作業をバリバリ受注して障害者をローコストで働かせてうまくやっている作業所リーダーの告白に、あるブログが問題意識を感じていて、それを引用した「EU労働法政策雑記帳」の主が、形式的に違法な状態で働いている派遣や請負労働者を規制する話ばかりで、労働者保護の観点での法整備を誰も言わないことの愚かしさを指摘している。

この事例に引用された障害者の就労・社会参加というのが本当にややこしい。

下半身だけ動かない身体障害者の場合、職場環境を整備してデスクワークすれば人並みに働ける、ということがあるのだろう。そういうレベルでのバリアフリー、ノーマライゼーション、障害者就労の推進というのは全く正しい。そして厚生労働省が推進している障害者就労支援センターを各市に作らせていることも、その流れの中で正しい。そしてそうした就労については、少なくとも労働基準法が適用されることになる(という簡単な現実ではなくて、実際にはパワーハラスメントや、自殺などさまざまな問題が起きている)。

そういうパラダイス的バリアフリーで語られる障害者就労も、一皮めくると、地域社会で、知的障害者や、重度の身体障害者やその家族と関わると、簡単には障害者就労ということに直結できない現実の壁にぶつかり、困惑している現実に出会い、重苦しくのしかかる。

パン屋さんの「スワン」や、別府市の「太陽の家」のように、大企業が効率性の追求にある程度目をつぶり、根気よく雇用の機会を創出する努力も見られるが、やはり現実はそんなに簡単にことは運ばない。昔住んでいた北海道なんて、建設業と炭鉱以外製造業がほとんどないから、激しいノーマライゼーションの運動があり社会資本などは進歩的なのに、ほんとうに障害者の就労は厳しい。

しかし、だからと言って、それを与えられる福祉漬けにして何も能動的な力を引き出さないのも、人権問題である上、本人の能力の退化など、本人や家族をめぐる状況をさらに悪化させてしまう問題もあったりして、社会参加として位置づけリハビリ的観点で利用者やその家族などの共同運営で小規模作業所が作られ、就労とは別世界を形成してきている。最低賃金にはならない、そんなことをみんな百も諒解して、維持し見守っている。

しかしそれも、紹介されて元ネタのような話になってくると、月6万で障害者をこき使って、となれば、また労働を労働としないで労働基準法などを適用させずに労働力をうまく利用しようとする、一部のNPO労働や協同労働を推進する有名人たちの顔がちらちらしてくる。

また、地域福祉の委員会の席などで健常者の障害者運動家に「障害者就労には最低賃金を適用しないとか、労働基準法を適用しない仕組み」などと軽く言われたりすると、今の制度がまさにそうなっているのに障害者にあてこすって「労基法は労働者を保護し過ぎなんだ」と言いたい行間を読みとってしまって不愉快になる。また、障害者を働くということを何だと思っているんだ、と毒づきたくなる。

社会的に肩身の狭い思いをさせられている人たちは、ひどい労働でも我慢して続けてしまうし、声も挙げられなくさせられてしまうことが多い。そういうときにはポジティブな新しい概念をいろいろ持ち出されてやられる。期間工が「多様な就労が可能」な派遣に置き換えられて、ひどい扱いを受けているように。
そんなことをいろいろ思い返すところ。

●障害者就労というのはめざすべき方向なのだけども、しかし、労働者の人権という観点が全くないで推進されている障害者就労支援という施策に、少し危うさを感じている。生産性や効率性の壁から、障害者を雇ってやっている、という経営者たちの感覚はどうしてもぬぐえない。その中で、どこまで障害者の側に立って、就労した後の職場の問題をどうフォローし、どう解決していくのか、そういう理念を持って設立された自治体の就労支援センターは少ない。ノーマライゼーションや障害者の人権というものを地域で具現化していくような福祉施策を採ってきた自治体しかできないと思う。
就労した障害者の数や、嫌々我慢して働いている障害者が今の境遇の恵みに感謝し仕事さえしてくれればいい、という観点だけで運営されたら、下手すると奴隷売買に近い最悪のタイプの就労支援センターになりかねない。
障害者自立支援法のもとでの障害者就労支援という考え方は、既存の福祉を犠牲にして推進された政策だけに、いろいろ考えてしまうところが多い。

●「EU労働法政策雑記帳」で時々引用していただいて光栄でありがたいと思っているのですが、社名付の紹介はちょっとなぁと。
社の理念に共鳴して働いているものの、すべてが社の方針に照合してこのブログを書いているわけではなく私的な考え方のレベルなので。

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2009.10.27

10/26 ファザーリングジャパンが新政権に意見

父親の子育てを推進する団体、「ファザーリングジャパン」も保育所の最低基準の緩和に反対の意見を、厚生労働大臣と少子化担当大臣に出しています。

子育て支援の充実という全体像の中で意見をしているところがなおよいのではないかと思います。

内容は、
①ワークライフバランスの推進について
②保育所待機児童の解消について→ここで最低基準の緩和に反対を述べています
③父子家庭の児童扶養手当の支給について→母子家庭を対象にしているものから父子家庭も加えひとり親家庭に対する所得政策にするよう求めています。
④子ども手当の支給について→所得制限を設けよということ


②はこれまで何度も縷々書いてきたので技術的な論評を避けますが、比較的、社会的趨勢に反発することのなかったこの団体までが危惧を感じていることの重みを受け止めてほしいと思います。

③については、最近問題になってきていることです。
ひとり親で貧困な場合、母子家庭には国の出す手当が支給されて、父子家庭には出ないという問題です。
かつては、男性ひとり親の所得は低くないから不要である、とフェミニストにまで含めて一蹴されてきたものですが、正社員の勤務環境が厳しくなる中で、仕事を制限せざるを得ないひとり親の父親が低賃金労働に従事せざるを得なくなっている世相を表しているのではないかと思います。

余談ですが、朝霞市では、児童扶養手当と同水準の父子家庭に対する手当制度を、議会の決議を受けて制度化しています。
与党2会派(自民系の進政会と民主系の明政会)の反対はありながらも決議、その後の条例化された案ともに可決され、自治体独自の施策として4月にスタートしています。政治的には朝霞市にとって野党系会派が提案した施策が実現した初の事例でした。財源的には、人口12万人程度の市で、400万円もあれば実現できる政策です。

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2009.10.26

10/26 痴漢電車にカメラ付けるより、満員電車を当たり前にしている鉄道会社を摘発せよ

警視庁が痴漢防止のために、鉄道会社に車内に監視カメラを付けるように要請しているという。

痴漢冤罪が話題になっている折、こんな対策でいいのかと思わざるを得ない。
車内に監視カメラを置いて、痴漢犯罪の証拠になるのだろうか。痴漢が起きる電車は混雑率が高く、駅間距離が長い電車ということだが、そういう混雑で身動きの取れない電車の上着より下の犯罪をどうやってカメラが捕捉できるのか。

公共空間があればカメラをつけさせようというやり方に、プライバシーとかいろいろあるけれども、単純に不快感しか出てこない。

そのような対処療法より、通勤電車の混雑を解消することを考えるべきだ。
混雑が解消しない路線は、抜本的な設備投資をすべきだ。しかし政府は整備新幹線ばかり作って、既存の通勤電車の輸送力増強は自力更正でおざなりだ。小田急のように40年かかってまだ完成していない路線もある。
満員電車の苦痛が、混雑率×乗車時間だとすれば、遠距離通勤を促すような鉄道会社系不動産会社によるむやみな郊外開発は規制すべきだろう。
東上線や西武池袋線のように、すでに一時は混雑率が150%を割り込むところまできた鉄道会社もあったが、下がった途端、通勤混雑は東京名物といわんばかりに運転本数を減便して、また混雑率を高くしてしまったようなところもある。明らかなサボタージュである。こうした会社に対しては、鉄道営業法の定員を超える乗車を促した乗務員を取り締まる条文で、乗務員や駅員を摘発すべきではないか。

痴漢ばかりではなく、伝染病対策、労働安全衛生、喧嘩の防止などの観点からも、満員電車に人を乗せるということは問題が多い。何か規制をかけるべきだろう。

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2009.10.25

10/26 保育所の規制権限を市町村に移管して成立するのか

昨日の日経新聞で、再び保育所の規制権限の市町村移管を、民主党を中心とする連立政権が推進するということが書かれていた。月内にも合意するそうで、別の新聞では、総務大臣が厚生労働省の抵抗を許さないということが書かれていた。

抵抗というのは官僚だけではないようで、政権内でも、単純な権限の移管に関して危惧や慎重論もあるようだ。「地方分権はもうちょっと別な分野で優先してやるべき」「もうちょっと当事者たちの意見を聴いたらどうだ」という副大臣か政務官がいるのだろう。それだけ、もっと考えてやられる分野だと思う。

保育所の設置基準(保育指針、児童福祉施設最低基準)の市町村移管については、いくつかの矛盾がともなう。今回は保育内容を規定する保育指針について言及されていないことから、主に施設の内容を規定する最低基準について書きたい。

① 市町村が設置・運営する保育所が半数を占めるなかで、その設置者自ら基準を設けることは、矛盾にならないか。おそらく、市町村でルールの規制をするセクションと、保育所の運営を担当するセクションが一緒で、自治体独自基準と言いながら、基準が基準とならないことも起こってくるのではないか。
② 多様な福祉事業者の参入促進や社会福祉の改革を唱って改正された社会福祉法(現在の連立与党の議員も賛成)が、保育所を含む社会福祉事業を運営する組織に第三者評価制度を求めていながら、義務化されていないことや財政問題を口実に、公立保育所を含む保育所の大半が第三者評価を実施していない現状をどうとらえるのか。所属する自治体議員は質問して制度導入を促進した痕跡もない。そうした現状がある上に、連立与党は分権化された保育所の運営に関して質を維持するための方策を全く持っていない。どうやって質を下げるモラルハザードを防止するのか、まったく絵が描かれていない。
③ 日経の報道であれば条例により市町村が独自に最低基準が設けられることになっているが、自治体が特に条例を定めない場合、従来の最低基準が適用されるのか。よくわからない。国が市町村に条例準則を押しつけるようなことをするのか。そうであるなら分権の考え方に矛盾しないか。
④ 最低基準を前提に保育士数などを積算して公立保育園には交付税の補正や、民間保育園には補助金が支出されているが、基準、とくに職員数の基準を緩めた自治体は、いったいどんな補助金単価になるのか。学童保育のようにつかみ金のような交付税・補助金になるのか。そうであるなら、すし詰め保育、低賃金労働者による保育が行われている学童保育のように、自治体によるモラルハザードは起きないのか。
⑤ 分権による規制の緩和と待機児童問題の解消との因果関係が見られない。とくに大都市部は、現在の最低基準に上乗せして基準を重くしている。規制緩和派は規制が緩くないから保育所がつくりにくいと言いながら、地域社会は自治体独自基準で規制を強化してきた。ということは実行に移しても、自治体が質の悪い保育所を作る抜け道は用意できても、本当に待機児童問題を解決しなければならない大都市部の問題解決には直結しないと言える。
⑥ 幼保一元化を推進しているが、幼稚園の職員数規制とのバランスはどう考えるのか。
⑦ 最低基準の緩和による質の担保をどのように行うのか。
⑧ 共働き家庭やひとり親家庭の意見を、自治体にどう反映させるのか。今のように9時~17時の自治体の審議会等の開催状況や、専業主婦ばかりを相手にした地方議員の地域活動を前提としては、保育所利用者の自治体への意見反映は不可能。
⑨ 職場環境が悪化するにともない、現に就労する保育士の質の低下は起きないのか。職員規制を強化している介護などの施策と矛盾しているのではないか。
⑩ 新規参入を促したいなら、公設で保育所をどんどん作っていく、か、保育所を儲かる事業にするしかない。後者については、今の補助金を経営者がピンハネする仕組みを拡大するか、今の補助金に利益分を上乗せするしかない。分権原理派や規制緩和派が予期しない結果になるだろう。

などの具体的問題があるように思う。

●まぁ、政治主導が何よりな政権なんでしょうから、当事者がどう考えようと、実態がどうであろうと、政策効果の因果関係がどうであろうと、内実も検証しない分権推進派に評価されるために、優先順位もなく政治的象徴となりやすいところから全面的な規制緩和を推進するんでしょう。政治主導はわかったのですが、その理論的背景にあった国民主権とはどういうことなのでしょう。

●保育所政策について、官僚は想像以上に幅広い利用者団体やシングルマザーの団体などを含めて意見交換をしながら政策変更を行ってきて、政治家の得点のためだけに、利用者も何も無視してうち上げられた今回のようなことはしていない。国民主権ということではどちらがどうかという問題にもなりかねない。

●保育所を使っている保護者、ましては直接の利用者である乳幼児についてはどんな国民主権があるのでしょうか。保護者については働いて税金を納める人が余計バカを見るような社会なんですかね。昼間文句言いたければ、女房を家においておけ、ということなんでしょうか。子どもについては、先日、神野直彦さんがNHKスペシャル「子どもの貧困」で「声なき声にどれだけ耳を傾けられるか、子どもは有権者でもないし、乳幼児は声もあげられない」という発言をしておられたのを思い出す。

●待機児童問題の原因が、国の規制にあると断定するなら、規制が分権され、緩和された来年の4月には劇的に待機児童が解消していなければならない。それが政策効果なのでしょう。もし待機児童が減少していなくて、保育の質だけが下がって、働く子育て世代の家庭の子育てを現政権が痛めつける結果になったとするなら、政策としては失敗。全国の200万世帯の保育園利用者家庭は、7月の参議院議員選挙では連立与党3党、民主、社民、国民新党への投票はボイコットしていかなければならない。

●こういうときに出番であるはずの社民党。しかし意外でしょうが、社民党のご党首は、民主党の保育関係議員よりもずっと保育所の規制緩和には推進的な思想を持っています。そのご党首は、母は家でという持論をお持ちになっていた社会党出身市長による市政のもとで保育所を整備してこなかったため保育所事情が劣悪な横浜市に在住し、保育園で苦労したことらしいのですが、規制緩和と待機児童問題が無関係な問題であると理解できないようです。
社民党の政策に漠然と質について述べられていますが、規制をどう制御していくかという議論は全くありません。
今の連立与党の中で、保育所の質を事前に担保する仕組みを考えている議員に、今は力がないということでしょう。事後の質の担保、児童福祉施設第三者評価などの方法についても、全く考慮されていないということでは、先日書きましたが、規制改革会議や小泉構造改革以下の問題だと思っています。
こういうときに力を発揮し抵抗勢力であった橋本派も瓦解しています。残るは公明党と共産党だけという情けない状況です。

●地域では認可外保育所ですら新規は一時保育でしか受け入れられない事態になっている。少子化ばかりに目を奪われて、もっと多くの女性が働く社会になっていくという見込みを甘く見過ぎていたことによる事態だろう。「保育所を作れば作るほど需要を誘発する」などと審議会でバカなことを言って無責任な対応を取った過去の行政担当者もいた。

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2009.10.22

10/21 結局政治家の考える雇用対策なんて

民主党を中心とした新政権が、緊急雇用対策をまとめた。
いずれも前政権の経済財政諮問会議や、自民党政調あたりが苦し紛れに考えそうなことばかり。

①介護分野で、施設で研修勤務しながら介護福祉士などの資格試験を受ける場合、特例として実習を免除
②農林、環境、観光の「グリーン」分野で、建設業などからの転職支援や人材育成
③「地域社会」分野で、若者やフリーターの雇用支援を行うNPOなどを活用

①については、自公政権の最も勘違いしていたことを上塗りしている。介護の人材不足だからと、資格要件を緩めたって、人なんか集まってこないってば。あまりにも要求される水準が高い仕事なのに、低賃金どころか身銭を切らないと働き続けられないような仕事だから辞めていくんでしょう。資格要件を緩めて介護士の価値を低めてどうするんだと思うし、資格取得してもばかばかしくて、スーパーのレジうちとか、普通のアルバイトに転職していくんじゃないか。
そんなこともわからないで偉そうに経済をしたり顔で語ったりするからバカにされているんじゃないか。結局、95兆円の国家予算にびびって、お金かからないで人集めしようとする思いつきはこんなバカな政策しか出てこないのだろう。
全ての介護労働者がせめて年収300万円もらえる日はいつやってくるのか。

②グリーン分野って何でしょうかね。地方の建設業の従業員が今でも兼業農家たちによって担われていることをどう評価していくんでしょうか。農業に人を呼び戻すために、農業に対する戸別所得補償制度をきちんと機能させることが先決のように思う。

③社会起業だとか、NPOだとか、そういうツール的言語に目を奪われて、雇用という、生きるために働いて稼ぐという基本のことが全然理解できていない表層的な言葉が並ぶ。竹中平蔵みたいな感じ。
社会的起業と称して、若者ネタに社会起業して、若者育て直しみたいな公金にたかって人材派遣まがいのことやって、トライアルとかいって最低賃金以下の低賃金でニートを働かせて、社会的意義があるんだとか言って一族で年収3000万ぐらい得ているNPO幹部もいるらしいけども。
そんなのが、談合で公共事業を請け負ってやっとこさ生きている地方の零細建設業者とか、今度民主党が狙い撃ちしようとしている保育所の規制によって守られている年収400万円程度の保育士よりいいのかね、と思わざるを得ない。
社会的起業って、結局どこからお金が出てくるんでしょうか。結局のところ、市場原理を超える儲けなんて、公金に期待するか、市場原理での勝ち組がもたらす通常に供給される物やサービスに飽き足らないような嗜好性の高い消費にたかるしかない。そういう限界があるのに、失業者にそんなことに対応したり、そういうところで働けと求めるのも、どうも酷なような気がしている。

とにかく内容が、念力主義というか、観念的というか、自公政権のまま陳腐で、ため息しか出てこない。緊急雇用対策なら、ちゃんとお金使わないと。介護なら介護報酬を自活できる水準に上げること。グリーンなら、林業、農業従事者の所得問題を解決すること。社会的起業の前に、自治体などが地域で目詰まりしている社会サービスを提供し、そこに臨時・非常勤職員からでいいから雇い入れ、そこに補助金や交付金を払うこと。
公共事業でないかたちで雇用を創るってそういうことではないのか。コンクリートから人へと言うことってそういうことではないのか。

雇用ってなんだろうか、生活にとって働くって何だろうか、雇用がなくなるってどういうことだろうか、もうちょっと考えてもらいたいものだ。一億総豊臣秀吉みたいな社会を求めるのはよろしくない。

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2009.10.21

10/21 賢明な判断で和光市のホームのパンクを回避

東上線で人身事故があった。どうしたら人身事故はなくなるものかねぇ。

●事故がおきればいつもは直通電車を和光市で打ちきる有楽町線・東上線だが、今回は有楽町線直通だけを動かした。車内は混雑がひどかったが、いつもの打ち切りのように和光市で人が溢れて車庫に回送したくても危なくてできなく状態にならず、事故のない地下鉄が順次渋滞のように詰まって動かなくなるようなことにはならなかった。賢明な判断だと思う。高く評価したい。

使える道具は使うべきである。

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10/21 夜騒ぐ男じゃのう

日本郵政の社長の西川氏を退陣させることに成功したと思ったら、斎藤次郎が出てきた。

不遇な退任の仕方をしたとはいえ、世の多くの人から見れば恵まれ、典型的な天下り役人でぬくぬくとしてきた人間を、よりによって日本郵政の社長の後任につけるとは、センスが悪すぎ。自民党に格好の攻撃材料を与えている。

天下り全廃と言う民主党の方針と矛盾する。十何年民間でやってきたと首相は言っているが、60過ぎた人物を十年以上も囲いこんできた会社とは、監督官庁が旧大蔵省にほかならない。
天下りの弊害そのものである。

もっとましな人事はないのだろうか。

●民主党の天下り禁止の考えは、株式会社以外はダメで、株式会社なら国営企業でも何でも構わないという基準なのか。東京メトロの社長のクビに鈴をつけられないところでもわかる。

●首相の判断で、子ども手当の地方負担金がなくなりそう。まともな判断である。

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2009.10.19

10/19 子ども手当の地方負担金は問題ないのか

民主党を中心とする政権が実現させてようとしている子ども手当は、民主党のマニフェストでは全額国費となっていたが、これについて、平野官房長官が一部地方負担分を入れる考えを示している。

概算要求が95兆円を超えそうということで、その数字を何とかするための帳尻あわせだろう。しかし国が表の予算で負担すべき経費を、地方負担分として支払わせ、地方交付税特別会計から裏口支出するのは、特別会計を問題視したり、国策経費に地方動員させるやり方を批判してきた民主党の改革の考え方みたいなものからすると問題ではないか。

開通した地域しか便益のない新幹線や道路の建設費の地方負担分を解消しておきながら、国中の子どもにあまねく支給され国策として実施される子ども手当に地方負担分がある、というのではおかしな話になる。

たまらないのは、和光市や朝霞市など、税収が一定基準以上あるため地方交付税をもらえない、「不交付団体」といわれる自治体。多くの自治体は地方交付税をもらっているので、交付税が上乗せされ実損はない。しかし、不交付団体は持ち出しが増えるだけ。そのしわ寄せは、他の子ども政策にかかる予算の切り下げで対応するしかない。

そうすると、不交付団体で、かつ子どもの多い、和光市や朝霞市などの自治体では、かなりしんどい財政事情になるだろう。
これまで子ども手当をめぐって、とにかくお金が欲しくて子ども手当を全面歓迎している子育て世代の人と、共働き家庭で保育所に苦労していて子ども手当の創設より保育園整備を、ということで意見が分かれてきたが、保育所が整備されないなどというレベルではなく、子ども手当のために保育所の運営が犠牲になる、ということになりかねない。配偶者控除の廃止見送りとともに、専業主婦家庭優遇政策を民主党に感じる。

こういうあまり思慮のない判断がされるのは、民主党の政策が財務省に取り込まれているという感じがしてならない。

●夜のNHKニュースで、官僚のレクチャーを受け続ける、政務官になった民主党議員を紹介していた。
担当する省の、政策の利害にからむ人や団体にあって話を聞く時間もなく、有権者ともあう時間もないまま、官僚のレクチャーばかり受け続け孤軍奮闘している姿は、政治家から官僚の一員になってしまったように感じた。
今は選挙の思い出が新鮮でマニフェストを実現しなければという意気込みが続いているからいいが、一段落ついて官僚と仲良くなり始めた頃、今のままのやり方で、本当に大丈夫か心配になってくるように感じた。

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10/19 和光市の行政事業仕分けを見てきた

和光市で、17日~18日にかけて事業仕分けをやるというので見てきた。時間がなくて最後の1時間だけだったことが残念。

市が事業説明、事業の効果、事業の経費などについて10分程度で一通り説明。
それに対して、質問・討論などを行い、最後に市でやるべき、委託事業でやるべき、民間でやるべき、一部事務組合や国・県でやるべき、やるべきでない事業と委員が判断し、採決で評価する。
評価がそのまま事業撤退となったり民営化になるわけではなく、その情報を参考に、事業の見直しや、再編、時には中止と進んでいく。
深いやりとりをしているが、1人ひとりの発言のセンテンスは短く、てきぱきと作業が進んでいる。

委員は、外部評価者5人に市民2人。
外部評価者が多いことに対しては、市民でもない人間が何を言うのか、という感覚を持つ人が多かったようだが、地域活動を散発的にやって思うが、市民だからって知っているとは限らないように思う。
市の事業に対して他と比べたり、その事業が市民にとって何の効果があったのかそれが必要であったのか洞察する能力がなくて、過去の経緯を知っているだけというのでは、外部評価者に勝る視点があるとは言い切れない。朝霞でも政策がうまくまわらないのは、各種委員会、審議会に土着の人が多くて過去の経緯だけで感覚的に政策を評価しているのに対して、ユーザーの市民の多くは他市からの流入者で、いつも都内や故郷と政策を比べているからだろう。
ムラ社会的なウチ・ソトによる先入観ではなく、もっと謙虚に自分たちのまちを振り返る契機になると思う。

評価について、やや新自由主義的価値観が入っているなぁと感じる面もあったが、市民への直接的な福祉サービスを切れということや民営化せよということはあまりなく、カットすべきは補助金バラマキ型施策、やり方がまずい政策は内容を変える、運営主体に責任が見られないものは民営化、と、比較的適切な仕分けがされたと思う。
行政改革ネタでは、自治体が行政コストをすべて借金で賄うことができないが、住民をリストラできないところまでの責任はある、という幅までは新自由主義も、そうでないリベラルや社民主義も共有するところだと思う。その範囲で、イデオロギーではなくきちんと実態を見て詰めていけば、自治体政策に関しては落ち着くところに落ち着くのだろう。

和光市の事業仕分けでは、中学校海外派遣、青少年団体活動支援が全員の委員が中止すべき事業と判断した。出席していた傍聴者から聞いたら、政策効果が明確でなく、漫然とさしたる理由もないのに、広がりもないのに、いいことしている、という事業が中止すべきと判断されたようだ。青少年政策が不要というのではなく、非行対策にしか価値がなく、青少年に希望を持たせられていないし参加者も少ないことがやめた方がいいという理由のようだ。

また他に不要が高かったのは、既存住宅耐震診断・改修助成、葬祭費用助成、スポーツ振興、契約保養所借り上げなど。いずれも税金でこんなことやるの、というものだろう。葬祭費用助成も、本当に貧困なひとに徹底的にやればいいが、数万円の葬祭費用助成に留まっている。
過半数の委員が不要と判断したのが、文化団体活動支援、緑化助成金、ふれあい施設整備、公民館共通運営、交通安全立哨指導員。補助金バラマキ型の住民活動支援というのが、評判が悪い。

私が傍聴したのは、路上喫煙とたばこのポイ捨てに関する市の事業。ボス棄てに罰則がないこと、路上喫煙に過料を徴収した過去がないことなどが問題にされた。特に過料を取らないできたことに対して、外部からも市民からも批判が強かった。
市役所は市民に対してはモラル啓発ができてきた、市外から和光市にやってくる人の啓発が重要と答えていた。それはそれでやったらいいが、過料を取ることに比べてあまりにも非効率なやり方だと私は思う。和光市役所の職員はたじたじだったが、それでも本音の突っ込みに、誠意ある対応をしたと思う。日頃、あまりうまくない市役所に慣れきってるせいか、良く見える。

●過去ここに書いたが、路上喫煙への指導なんて限界がある。20時をまわればそこらじゅうで路上喫煙が行われている。指導して聞かなかった人に過料というタテマエのようだが、路上喫煙をしている人1人ひとりを過去に注意した人間かそうでないかなど判断がつかない。やるなら千代田区のように徹底して過料を取っていくべきではないかと思う。

●和光市で不要と評価された政策の多くが、朝霞市で力を入れられている事業ばかりであることが気になる。朝霞市の決算書を見ると、人件費が少なく、物件費や補助費が他市に突出して多い。市の仕事を外部に丸投げしている分野が多く、市民や市民活動団体に対してカネで歓心を買っていると評価されることになろう。

●朝霞市は、市民の疑問や意見に対して、「貴重な意見ありがとうございます(そんなこと言うのお前だけなんだよ)」と切り出し、問題がないことにする、議論の対象でないことにする、AはAだと一段論法で正当性を強弁する、そんなことばかりやってきて、慣れきっている。外部評価や事業仕分け、外部監査が入ったら、そういう仕事の仕方ではひとたまりもなく粉砕されるだろう。

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10/19 行政オンブズマンって公職者の下半身さがしをするところなの

千年一日、市民オンブズマンは公務員の交際費だの報酬だの、そんな下世話なことの追及ばかりやっているのか、というニュース。

埼玉県のオンブズマン団体が、県内の全市町村の情報公開度を調査したが、その調査内容が市長交際費の公開範囲、閲覧手数料の生む、情報公開請求者の対象範囲、交際費の開示基準の文書化だけで測っている。

情報公開の重要性は、住民が主権者として、自治体の運営に参加できるかどうか、そのための第一歩として情報ができるだけ多く、容易に入手できるかどうかが問われるべきだろう。意図的に開示情報の範囲を狭めたり、公文書の保管をきちんとやっていなかったり、住民合意のための説明責任を果たしていなかったり、議会や住民参加の会議などで政策決定にできる限り合意形成を図ろうとしなかったり、委託業務について無責任体制になっているような自治体などが問題にならなければならない。

しかしこの数値では市長交際費しかわからないし、情報公開制度にのっとる事後的な情報チェックしかできない。

オンブズマンとは権利擁護が業務のはず。公務員や公職者に対する僻みや妬みみたいな感情を利用した運動をするのではなく、政策決定に疎外されている当事者や住民が異議を唱えられるための支援活動をすべきではないか。

●そうして市長との政治ゲームで叩きやすいところを叩いていくから、最後には、枚方市や大東市や茨木市や和泉市のように、正規職員にしてもらえないだけの非常勤職員がわずかばかりのボーナスをもらっていたことに対して、法の精神をくまず、形式的な法理解をもとに、違法支出だ何だと騒いで、ボーナスを取り上げる側に加担している。最近分が悪いのか、正規と非正規の格差を問題にしたかった、みたいなこと言っているが、そういう正当化がもっとも嫌らしいかたちでの政治的な行為である。

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10/19 小沢氏が選挙運動の規制緩和を検討

NHKニュースが報じているが、民主党の小沢幹事長が、公職選挙法の選挙運動規制の緩和について検討をしているという。これについては大きく評価したい。

ニュースでは戸別訪問の解禁とインターネット選挙について報じているが、国民の政治活動の自由の原則に則り、原則自由とすべきだろう。表現活動は多種多様であり、それについて、抽象的な法律を用意して、捜査当局がやりすぎと判断したら複雑な解釈をして摘発するような法律には運用上無理があるし、不透明さや冤罪がつきまとう。
選挙運動の暴走に対しては選挙資金の上限規制をかければいいことではないかと思う。政治資金規正法の強化にともない入口の資金規制が強化されれば、思うように政治資金が集まらず、選挙運動が原則自由化されても、無駄な選挙はできなくなることだろう。
また不評な電話作戦や、過剰な選挙カーのアピールも、もっと効率的な選挙表現方法が現れることで、そちらに取ってかわられるだろう。

小沢氏は、94年の政治改革法案で、政党の名のもとに行われる衆議院議員選挙の運動規制を大胆にやった。小沢氏について問題は多いと思うが、大政翼賛会時代のままの選挙規制にリベラルを自称する議員でさえ何も言わない中で、小沢氏は、選挙制度に関する見識と改革の考え方については、きちんとした態度を持っているといつも思っている。

政治家は縛っておけばおくほどいいという考え方が蔓延している。最近は、つまらない選挙違反を共産党員でもない人が平気で警察にチクッたりするご時世。しかし、政治家がダメなのは、その労力の多くを選挙違反にならない有権者との接触手段の模索にあけくれているからで、もっとフランクに選挙民など住民と接することができれば、無駄な労力を、政策研究や、休養の時間に充てられ、もっと質の高い政治家を作ることができるだろう。
こうした規制緩和を、批判的に捉えることはよくないことだと思う。

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2009.10.17

10/17 民主党の保育所最低基準撤廃策に親の会がアピール文

民主党の保育所最低基準撤廃という乱暴な政策に対していくつか。

保育園を考える親の会が、「保育所にかかわる国基準の堅持・向上を求める緊急アピール」を発表している。改めて、保育所最低基準の役割と、最低基準が最低水準のものであることを強調して、保育所最低基準の維持を求める声明を出している。

保育所関係の団体は政治色が強い団体が多い中で、保育園を考える親の会はそういう色はない団体。保護者の会員に対する徹底したアンケートや、自治体調査を通じて、保育園を利用する保護者と、その先にある子どもたちの利害を代表してきた。この団体の意見を聴くに値しないと判断するような改革であれば、政治的、観念的な保育所利用者を人質に取った政策と批判されても仕方がないだろう。

待機児童問題の解決にちちんぷいはないのである。結論を言えば、不足している地域に作っていくしかない。そしてその次には職員を確保しなければならない。
補助金の多い少ないで利益が左右される業界だから、ハナから利益追求のメカニズムが働かない。規制を左右すれば供給量がコントロールできるなんて考えるのは甘い。自分が保育所の経営者になることを考えればわかりそうなものだ。規制の緩和による参入促進など、面倒くさくなくなったというレベルの効果しかない。

待機児童問題を抱えるそれぞれの自治体で、共働き率がどこまで高まるかを想定しながら、保育の必要量を甘く見ることなく計算し、実情を掴むところから始めるしかないのである。その先、認可保育所を整備し、それで追いつかない場合には、緊急避難的に認可外保育所を自治体独自規格で認証して補助をしたり、マンション新築やニュータウン開発を規制したりするしかない。
「保育所を作れば作るほど需要を掘り起こす」などと寝ぼけたことを言っているようでは、今の時代も、今の家庭のおかれた状況にも全く鈍感、と言われても仕方がない。

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10/17 朗報、東京メトロが上場延期

上場をめざしていた東京メトロが、株価低迷などの事情で上場を延期する。

正直朗報だと思う。東京メトロは上場するために、利益率や配当率を上げ、キャッシュを確保したりするために、従業員減らしや、経営資源を不動産開発にばかり注入している。

そのため、丸の内線では、運行妨害が完全に防げない中途半端なホームドア(正式には可動柵というらしい)を設置して、強引にワンマン化を進めて毎日遅延とダイヤの混乱が発生しているし、JRが止まれば危険すぎて一緒に運休せざるを得ないという状況になっている。
有楽町線では、増発できるのに増発せず、混雑の遅延→間隔調整による遅延の悪循環を繰り返している。また小竹向原駅では必要な投資がされてこなかったために、ダイヤが混乱し始めると、どの電車がどこに行くのかまったくわからないような状況(「小竹ルーレット」という言葉があるらしい)になる。
東西線も遅延や混乱がひどい。

上場すれば、利益は最大化をめざさざるを得ない。鉄道事業なんて儲からないことに投資しなくなる。経営資源はエキナカビジネスなどほとんど不動産開発に注入されるだろう。少ない乗務員、駅員、運行管理要員でまわせるダイヤや安全体制しか組まなくなる。そうした儲かった利益は、やはり儲からない鉄道事業に注入されることはなく、内部留保、乗っ取りや訴訟対策のための株主配当の政治的なかさ上げ、見えやすい利益が得られる金融・不動産業にばかり経営資源が注入されることになる。まして、経営者は国土交通省の天下り役人で、乗客や鉄道事業の発展より、本省の政策目標・上場による株売却が優先しているのではないか。

本当に危険なことだと思う。

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2009.10.16

10/16 国家戦略室は市民参加で運営したらどうか

湯浅誠氏を迎えいれた国家戦略室が、ようやくヒットを飛ばした。
菅直人、湯浅誠、細川律夫(厚生労働省副大臣)、山ノ井和則(厚生労働政務官)の協議で、ハローワークで生活保護の受付をするということが決まった。そのほか、失業者への貸付や、入居の初期費用の貸付なども申請できることになる。湯浅氏がもう一がんばりすれば、住宅確保もできるようになるようだ。

6000万人が賃金労働者である日本で、失業と貧困はワンセットのもの。失業の実態を知らない生活保護窓口と、職業斡旋しか知らないハローワーク窓口との間でたらい回しにされている間に、消費者金融にはまったりしてきた。そして、人命を担保に高利をむさぼってきた消費者金融を規制しようとすれば、経済学を中途半端にかじった人や金融業関係者から「生活に困っている人がなおのこと困る」などとひどい言葉が使われてきたが、そもそもは社会政策がまずかったということなのだ。

この一点について、菅直人氏の突破力を評価したい。また湯浅誠の起用についていろいろ悩むがまずはよかったと思う。財務省の出先機関と化している行政刷新会議に対して、国家戦略室は、そもそも政治主導の根幹にある国民主権論を徹底させていくために、在野のエキスパートをもっと引き込んで、市民参加による新しい社会の価値観を作っていくことをやってみたらどうかと思ったりもする。

●手前みそだが、朝霞市地域福祉計画では、同様のことを書き込んだ。生活保護の窓口とハローワークがもっと連携すべきだ、低所得者の民間住宅入居に経済的支援を、と書き込んだ。
他にもポスト小泉構造改革を見越して、全然違う価値観で、いろいろ書き込んだ。
しかし残念なことに、計画のとりまとめの最終段階で市長が変わり、市の実権ある職員が入れ替わり、市民と市役所のコミュニケーションによる協働作業が、市民は市民、市役所は市役所という立場論を前提にしたちんけな協働に変えられ、計画の実施について市民の参加と市役所の責任による相互努力ということから、市役所の裁量と、市民の自助努力に変えられてしまった。
残念なことである。

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10/16 国家戦略室なき予算編成が迷走の原因ではないか

新政権の新年度予算の概算要求がまとめられ、95兆円になったとマスコミは心配する。
私は、これまでの自民党政権の政策の怠慢を解消しようとすればその程度の大きな政府にはなると予告し、多少の増税は不可避だと言い続けてきた。やはりそうなる。当面の減税を封印しても構わないが、やはり、子ども手当をもらい、高速道路をタダにしてもらい、安全な国産農産物を食べるために農家の所得補償をやってもらい、私学まで含めた学費無料化をやってもらい、財源であるはずのガソリン税を半分にしてもらい、廃止するはずの配偶者控除を残して、それで増税しないでやろうというのが無理ではないかと思う。

そして概算要求や補正予算の調整が続く中、鳩山首相が口を開けば、「よりいっそうの削減の努力を」、藤井財務相が「査定大臣」と言うのをテレビで見るたびに、そして思いつきのように政策が飛び出してくるのを見ていると、小泉政権下との違いがよくわからなくなってくる。

何がダメなのかと思うと、民主党でうまくいっているのは既存の事業をやめさせたときだけである。羽田空港やJAL、待機児童の解消、プラスの方向には迷走していることばかりのように思う。

確か、新政権の政策決定の核になるのが国家戦略室とマニフェストにぶち上げたのに、ふたを開けてみれば官房長官と財務省と行政刷新会議ばかりが政策の主導権を握ってしまっている。シブチン体質にならざるを得ない。

本来、新政権の改革のグランドデザインがあって、そこに価値判断が生まれ、刈り込む予算、増額する予算が決まってくるだろうに、改革のグランドデザインを描くはずの国家戦略室がうまく動き出せず、見ようによっては菅直人を棚上げしてしまう場所になってしまっている。

その結果、国民の知らないような小役人体質の議員が「政治主導」を合い言葉に官僚だけではなく国民も無視して跳梁跋扈して、予算ばっかり刈り込んでいる。新しい政策を出そうとすれば、小泉純一郎のときに跳梁跋扈していたようなエコノミストや不況下で儲かっている企業の経営者ばかりにご意見を仰ぐから、何かピントはずれなことになっている。

ようやく国家戦略室に湯浅誠氏が入り、厚生労働省の細川副大臣と菅直人氏が協議して、ハローワークでの生活保護手続きができる政策が動きだした。まともな政策はこれだけという感じ。しかしこれとて、生活保護という自治事務を、国の機関であるハローワークでやるのだから、生活など顧みない分権教の人たちに、いつ批判されて潰されてもおかしくない政策である。

●ガソリン税半分×高速道路無料化で、公共交通産業は壊滅的な状況になる。その結果、地方での優良な雇用が失われ、また生活保護が増えることになろう。
ガソリン税半分×高速道路無料化で物流コストが下がるなどとバカなこと言っているが、道路渋滞で納期が守られなければ、その程度のコストは吹っ飛んでしまう。トラックドライバーの人件費、渋滞による燃費の悪化、渋滞による1大あたりの輸送効率の低下という直接的な被害がある。そのほか、大型スーパーは「機会損失」をコンピューターで計算して、納期遅れによって儲かるはずだった利益を、仕入れ先や物流業者に請求してくる時代であり、そうした損害賠償を納入業者や物流業者が背負わされれば、ガソリン税だの高速道路無料化のメリットなど簡単に吹っ飛んでしまう。
流通業の古い体質云々言いたがる改革派はいっぱいいるが、物流現場がどんな改革でどんな状態になっているのか知っている政治家が少ないのだろう。
納期にいじめられたこともない新自由主義エコノミストの意見ばっかり聞いていればこんなことになる。

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10/16 社会ファシズム・ユダヤの陰謀論の週刊金曜日

週刊金曜日が、「民主党・経団連・連合の癒着」などという特集を組んでいるので読んで(立ち読み)してみたら、こじつけというか、何というか、産経だってもっとまともな批判をするぞ、と言いたい内容。

1つは、連合候補が民主党を席巻しているかのような記事。しかし今の民主党は公明党を除く歴史上の野党野中で最も労組の陰が薄い政党である。選挙の集票活動ばかりやらされて、意見を代弁する窓口すらきちんとできていないような状態で、実態を歪曲してサヨク連中に誤解させる記事である(最近のサヨクは個人主義で労組体験とかないからなぁ→下手に社会性をつけると小泉純一郎や猪瀬直樹の崇拝者になる)。読後感は小泉純一郎や自民党町村派が労組を抵抗勢力とレッテルを貼ったことを思い出す。

もう1つは、原発推進に舵を切ろうとしている民主党を批判するために、新政権の官房長官と連合会長がパナソニック労組出身、連合事務局長が電力総連出身ということにこじつけて、原発推進をする原動力のように書いている。何の根拠も書いていない。広瀬隆が、ユダヤ人の縁戚、同窓関係を必死につなぎあわせて、原発推進はユダヤ人の陰謀みたいに書いていたのと同じ手口。
電機連合やその他一部産業別労組に原発推進論があるのは事実だが、連合が原発推進を積極的に求めるようなことは組織運営上不可能である。連合の内実、労組間のせめぎあい、そうしたところの取材を怠って、連合が会長・事務局長以下、号令1つで方針転換して推進派一色になるかのような前提で、肩書き経歴だけで簡単に判断して決めつけるような記事は愚劣である。こういうやり方をする人間は、差別主義者である。

民主党政権をヨイショしろとは思わないが、もっとまともな批判をすべきであるし、もっと実態に迫って、真犯人を押さえるような記事を書いてもらいたいところだ。わざわざ大きな本屋でしか買えないマニアックな雑誌なんだから。

あとこういうかたちでの連合批判というのは、80年代の頭の固い宮本顕治に統治されていた共産党がソフトにふりまいた社会ファシズム論に似ている。今どき、共産党だってそんなバカなことしなくなったのに、と、とほほな思いである。

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10/16 介護労働者の待遇改善の交付金の申請が低調

介護職員処遇改善交付金の申請が低調という毎日新聞の記事。

http://mainichi.jp/life/health/news/20091015ddm041040086000c.html

この交付金は介護労働者に月1万5000円の処遇改善をするための交付金。介護労働が重労働であるにもかかわらずひどい低賃金で、人材流出が激しく、大学、専門学校、高校の介護労働者育成の科目に応募が集まらないという、人材枯渇によって制度破綻が見込まれる中での、対応策として前政権が実現した補助金。しかし申請が少ないという。

経営学的には、労務管理の専門家のブログ、「吐息の日々」で書かれている。ここでは、賃金改善は収入が安定しないとできない、一時的な交付金で賃金改善はできない、と論じている。経営問題としては妥当な論評だと思う。
記事でも、申請が低調である理由として厚生労働大臣が理由として、
①政権交代による継続性
②交付後の継続性
を挙げ、事業者が不安があるとし、継続し、増額することをめざすとコメントしている。

しかし、賃金改善を当事者である労働者の側からプッシュする労働組合の側から言うと、それだけではないように思う。
この交付金は「良質な事業者にしか出さない」として、細かい事業水準のチェックを求めている。その申請手続きが難しく、小規模事業所などではケアマネージャーや介護福祉士が1人でも中途退職をされると交付金を返還しなければならなくなってしまうなど、事務手続きや運用が煩瑣で、忙しすぎて事務仕事の処理に追われて困っている介護事業者にはとても申請するに躊躇せざるを得ない交付金である。常勤雇用ではなく時間給労働者ばかりの介護事業者にとって、人の出入りは他の業界より激しく、継続的に計量的なレベルでの人材の質の担保は難しい。

労働組合で学習会をやっても、当の労働者にはちんぷんかんぷんで、職場でどのように経営者に賃金改善を要求したらよいかわからにくく、対応に苦慮している。

本来、この政策目的は、良い事業者を伸ばすために行うのではなく、介護労働者の待遇改善による呼び戻し、定着促進が第一の目的なのだから、介護事業者に仕事を増やすようなかたちではなく、表玄関からきちんとお金を出すべきだろう。良い事業者の育成は、賃金改善と抱き合わせでやるべきではないように思う。

したがって介護報酬を大胆に改善して、各都道府県で介護労働者の最低賃金のあり方についてガイドラインを示すべきではないか。また、介護予防に本来的な効果があった、軽度介護者に対する介護保険の適用を元通りに広げるべきではないだろうか。

介護報酬の改善をやると、今の制度のままでは、介護保険料の上昇が自動的に行われることから、高齢者、とりわけ声の大きな高齢者の反発は避けられない。しかしやっぱり(正社員で退職した高齢者であれば)年金収入より低い賃金の若者が結婚もましてや出産もままならない賃金で介護労働をしている現状を放置しておいて、介護保険が成り立つのかと疑問に思う。特に非正規労働者が3分の1を占める今の20~30代の人たちが介護保険に対する信頼は継続できないだろう。そうなれば昔の介護保険のない時代に戻り、老後はカネ次第か社会的入院→院内感染で死亡ということになる。

介護保険料のの負担割合のあり方や、基礎年金やそれ以下の収入しかないような低所得者の保険料のあり方についてあわせて答えを出す必要にも迫られる。しかしそれを出し惜しんで、交付金というかたちで、煩瑣な手続きを現場に押しつけて、介護労働者の流出を放置するよりは、正面突破した方が全体としての負担は少なくて済むのではないかと思う。

●この交付金、どうもうまく申請できないなぁ、なんて話が出ていた中で、それを検証する記事が出てきたことはありがたい。労働組合の組織化があまり進まず、事業者団体も零細事業者の現状まで掴みきっていないこの分野で、政策効果の全貌を伝える記事はありがたい。

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2009.10.15

10/15 億、万で数字を表現するときはカンマは打たない

いちいちブログでかっかすることではないが、政府予算の報道で、NHKが「88兆5,400億」というように、億万の補助と、カンマの補助を併用して字幕に出している。

間違いなのかどうなのかわからないが、過剰なやり方だ。

日本語では0~9999に、万、億、兆を重ねて位取りしていくのに対して、英語をはじめとするヨーロッパ言語は、0~999に、3桁ごとにサウザント、ミリオンを重ねて位取りしていく。カンマを3桁ごとに打つのは、ヨーロッパ言語のつくりにあわせているからだ。

だから億、万と位取りを打つなら、カンマは不要なはず。あとは、数字に億万だけで表現するか、読みをそのまま3億5千万と書くかという違いになるだけだろう。

どうも、こういう慇懃無礼さを感じる過剰サービスによってとんちんかんなことが増えているように感じるこの頃だ。

●で、その後に古川元久が出てきていて、あったこともないのにこんなこと思ってはいけないが、なんか生理的に嫌な感じ。何だろうかね。
民主党が大きく政策変更してがんばっているのはわかるが、小泉構造改革のどこに問題があったのかわかっているの?と感じるこの頃。前川リポート的改革を克服しない限り、同じ穴のむじななんです。

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10/15 協働指針の唯一の市民参加・パブコメに対応しない朝霞市役所

朝霞市のコミュニティーバス(なぜか朝霞市は循環バスという)の検討委員会がまとめた案に対するパブリックコメントの回答が発表された。

日頃、地域の公共交通に不便を感じているので、懇切丁寧に書いてお送りしたが、答えの半分は「検討委員会の検討対象ではありません」というものだ。さらに残りの答えは「AだからA」という非科学的な二段論法で埋め尽くされている。あとは少し前向きだが結論を変えるものではない。今後再検討の機会があったら考えますというもの。
回答にもならない回答を書いているにもかかわらず、欄外にちゃっかり「個々の回答に対する質問は受け付けません」というようなことを書いている。

バカにしているんか!と思う。
全ての提出者は、仕事でもないのに意見を書いて提出しているのに、言葉遣いだけ敬語で、何一つ提出された意見に敬意を払った対応などしていない。
提出した意見で何も見直さないというのなら、議論のやり直しをしないというのなら、無意味ではないか。さきにまとめた「協働指針」で、パブリックコメントが政策への市民参加だと言い切り、その他の手法を切り捨てた富岡市政の市民参加の程度の低さを感じざるを得ない。唯一の市民参加ならもっと丁寧に対応すべきではないか。

これまでのパブリックコメントより市民の提出数が多かったこと、利用者がお客様であるということから、それでもまだこれまでのパブリックコメントよりましな対応に感じるところがダメだ。

人の話を聞いたら、取り込めるものは取り込み、取り込めないものはなぜ取り込めないのか、きちんと論理的に説明すべきことだろう。
ここには、市民とコミュニケーションを取っていいものをつくろうという発想がほとんどない。市の多くの政策は、何百万円、ときには8桁に乗る対価を払ってコンサルタント会社に丸投げしている。その選定は極めて不透明である。コンサルタント会社パッケージ商品のやり方の通り政策がまとめられ、使われるもの、市民に愛されるものという判断を全く無視された状態で答申や計画案を売りつけられる。その原案をそのまま市民に提示し、市民に本質的な問題提起をされても何一つまともな回答もせず押し通し、結局は使われない公共サービスの提供ばかりやり続けて、何が楽しいんだろうかと思ってしまう。

朝霞市は他市に比べて、人件費総額も公務員数も少なく、単純な評価では優秀な自治体と評価されがち。しかし、委託費やコンサルタント料など物件費は他市より相当高い数字が出ている。
決算書のこうした姿と、日頃の政策決定にあたっての市民や当事者への対応を見ていると、公務員がコンサルタントに政策決定を丸投げし、政策学習ができておらず、市民に対する説明では、詭弁や言い逃れの作文ばかり書いていることが浮き彫りになる。

職員にとっても、市民に有効な市役所になっている、市民にある程度理解されている、そう実感できる職場にしないと、能力の発揮がされないのではないかと心配にもなる。

※コミュニティーバスのパブリックコメントの内容については、追ってアップします。

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10/14 ハブ化の前に羽田空港の遅延を何とかしてくれ

前原国交相と、その従者のようにくっついて歩いている辻元副大臣が、突然、羽田空港の国際空港化、ハブ空港化をぶちあげた。

日頃、羽田空港の渋滞にさらされている。離陸にはゲートから離れて20分近くかかるし、到着も本来は予定どおり着陸するところ、混雑でスピード調整などで時間調整して遅れる。着陸後のバスに乗り遅れたり、長時間狭い機内にとじこめられて迷惑している身からすると、これ以上、羽田が混雑するのはご免蒙りたい。

羽田空港は2分間隔で発着していると言われているから、管制は朝の通勤電車に近い混雑でオペレーションしていることになる。そこに、寝台特急だとか、日本海縦断特急みたいなものが、1時間遅れましたと割り込んでくるようなことになる。

羽田国際化の語られ方も疑問だらけだ。

羽田が近いというが、それはマイカー族にとってだろう。羽田に行く公共交通が乗り入れる都心の駅が、地下鉄やJR、私鉄との接続が悪い駅ばかりである。結果、空港バスが流行しているが、空港バスは首都高速の渋滞に巻き込まれるリスクがつきまとう。値段も1500円前後かかり、成田空港に行く電車賃とさほど変わらない。

国内線と国際線と、利用者数が大きく違い、圧倒的に国内線の方が多い。その国内線利用者を犠牲にして、国際線を入れる意味はあるのだろうか。私のように海外にほとんど行ったことのない人間からすると、勝ち組のビジネスと遊び人のために何で犠牲にならなくてはならないのだ、と思う。

政権はハブ空港がないと地盤沈下するなどと脅迫観念を持っているが、いったい乗り継げる空港があるということに何の意味があるのだろうか。ハブ空港が必要だと大合唱で関西空港を作ったが、その後どうなったのか。何だか、90年代初頭の価値観で判断しているような感じがしている。
ハブ空港があるとどのような産業が育つのか。仁川空港があるからと、韓国が日本を超えるような経済大国になるのだろうか。違うように思う。

現在、航空業界は、中型機や小型機を増やして乗り継ぎのない路線を増やしている中、乗り継ぎを前提とするハブ空港という政策目標が、航空業界の動きに合致するのか。

国際化をめぐる日本人の感覚とのすりあわせも課題になるだろう。国際空港が東京23区内に必要なのだろうか。外国人犯罪がどうのこうの言う国民性なら、空港は遠ざけておく方がいいのではないか。

ハブ空港が、首都に必要なのだろうか。乗り継ぎは関空かセントレアにでもやらせておけばいいのではないか。その観点では、ハブ空港としての機能を分散させる伊丹空港や名古屋空港の廃港が前提となるだろう。

●茨城空港だの静岡空港だの、必要性が疑わしい空港を見直し、大空港に集中させる政策についてはあまり異論はない。しかしそがハブ空港というやり方なのかは疑問である。
九州であれば福岡空港経由の高速バスやJR特急で空港のある県まで移動することが多いし、北海道も同様に千歳空港経由で高速バスやJR特急で道内各都市へ行く人も少なくなくなった。ハブ空港よりも、既存の多様な交通機関が使いやすい空港にしていくことが重要なのではないかと思う。

●国交省の新大臣は京都、副大臣は奈良と大阪、政務官も大阪と静岡ということで、空港を頻繁に使う議員たちがオンパレード。JALの対応にしても、今回の羽田ハブ化についても、何だかわからないで誰かに吹き込まれてぶち上げているのではないか。

●ワンマン化や駅員など人減らし合理化によって無意味な遅延を繰り返す東京メトロ。その社長は国交省の天下り官僚。個人崇拝も現場の意欲を失うほどの統制もひどいらしい。顧客無視の鉄道会社に将来はあるのか。新政権は東京メトロの人事に手を突っ込まないのだろうか。儲かっていれば何してもいいのだろうか。

●藤井財務相が「査定大臣」などと大臣を位置づけ、なし崩し的に民主党政権内に小さな政府志向を形作っていることは不愉快に感じる。不要な予算を削るだけ削るのはいいが、この不景気の中で、社会に有効な新規支出をきちんと作っていかないと、不景気を煽るようなことになりかねないように感じている。

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2009.10.14

10/14 民主党の党内力学の変化

議員立法を禁止した民主党の決定に横路衆議院議長が厳しく苦言を呈したことに、小沢氏が反論したという新聞報道が出ている。

言う方も反論する方も筋論だけでやっているとは思うが、菅直人氏のワキの甘さと、フライング気味の若手(現在は中堅)議員のエラー体質を救出したのが、横路・小沢間での政策合意と、それ以降の小沢氏主導の党運営だったと思う。

ところが、この一件は筋論を超えると、横路・小沢の両氏の民主主義観の違いに話は展開し、議長が単なるお飾り職ではないものであろうとする横路氏と、何十年も政界を彷徨ってやっと実力者の立場を掴んだ小沢氏のミゾとなりかねない。横路氏の影響力が強く小沢氏との橋渡しをしてきたと言われる鉢呂氏が、無任所となってしまっていることも、いぶかしいところだ。

しかし一方で旧社会党グループでは輿石参議院会長が小沢氏とともに党の実権を持っている。旧社会党系グループと小沢氏との関係が悪化しているという実感も情報もないので、旧社会党グループの実権が、横路氏=鉢呂氏から輿石氏に移行しつつあるということではないだろうか。
内閣が強くなって、党が強くなって、国会が弱くなっている、そんな感じがしないでもない中で、議長としてのふんばりどころではないか。

同様の危機は、菅直人氏にも感じるところがある。鳩山、前原、仙谷、小沢、輿石、藤井などが有力者として活躍する裏側で、スタッフから予算編成権から何からどうも丸裸にされている感じがしないでもない。
野におかれたときに、したたかに長期戦を考えられるかが大物となるためには必要な能力だと思う。

しかし民主党から、-横路-江田-菅-議員立法となってくると、何か違うものに見えてきてしまうのは私だけだろうか。

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10/14 NHKが何で劇団四季の宣伝しているの

繰り返すが、NHKの朝のニュースが不愉快でたまらない。民放のワイドショーを見るのも苦なので消去法的に見ているが、NHKがこんなのでいいの?と思うことが多い。

商品の紹介、特定企業のヨイショ、消費者問題を起こしかねないベンチャー企業の紹介と、商品名、企業名を臆面もなく出している。民放なら広告料もらって流しているタイアップ記事さながらの内容と、不景気なのにがんばっているやつは成功している、という小泉構造改革言説の報道で半分ぐらい埋め尽くされている。

儲けの外の社会的意義のある活動をしている企業やNPOを匿名で紹介していることとの差に何か基準でもあるのだろうか。

今朝は、劇団四季の「アイーダ」のヨイショ。何というか。朝のニュースで取り上げるほどの社会現象なんでしょうかね。ヨイショする言葉も気に入らない。「女性の気持ちをぐっと掴むんですね」などとは性差別発言ではないかな。また紹介するきっかけも地方公演を続けてきたものを、これから初めて東京公演をするからということらしい。東京一極集中的発想だ。

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2009.10.13

10/13 浅沼稲次郎氏の語られ方

9日は浅沼稲次郎の命日。
刺殺されたリーダーというのは、相当に英雄となって祀られることになる。それ自体はいい。

浅沼氏を持ち上げる人たちが、本当に浅沼氏のことを理解しているのか、疑問に感じることがある。中国訪問での米帝は日中共同の敵という発言と、その後の右翼少年による刺殺された歴史だけを持ち上げて平和のシンボルのように語られているきらいがある。

浅沼氏が所属した河上派というのは、戦前から1950年代にかけては、西欧社民と、マルキストの中間に位置した社会主義運動の中間派。モデルとする社会主義像がなかったために、その独特な立ち位置から、民族主義と労働者や農民の救済を結びつけるようになった。1930年代末になると近衛文麿や軍部と結びつき、新体制運動を推進し、大政翼賛会に最も最初になだれこんだグループである。
彼ら河上派のグループは、理想と思想で新体制運動に合流したが、現実は官憲の選挙干渉を恐れる俗物保守政治家がなだれをうって入党し、聖戦だの神国だの民族主義をがなり立てているだけの大政翼賛会の現実の姿や、労働者農民の解放を信じて推進した第二次世界大戦が思うように展開しない現実に苦悩し、戦後を反省で過ごしたが、しかし新体制運動などに溶け込んだところに、社会党左派的な、原理原則的な平和もクソもあるか、と思うところもある。

一方、最右派だった西尾派は、理想は日本型社会主義とかわけのわからないものではなくて西欧社民。大政翼賛会に参加せず、官憲の選挙干渉を乗り越えて議員として生き残り、戦後の民主化に照準をあわせて力を蓄えたり、非翼賛議員との交流を進めて東郷内閣打倒への運動を密かに進めていた歴史はもっと知られていない。
80年代、日本共産党が全国各地で配布されるビラ(中学生のみぎりたまたま大分県の某市に帰省していたときの市議選で配られたビラにまで)で、社会党は戦前の戦争協力者が作った政党だと、半分の事実を隠して口汚く罵っていたことなんかもあって、ちょっとかじった人にはもっと誤解されている現実もある。

社会党右派や中間派に関する歴史が口伝で継承されていった結果朽ち果てつつあり、きちんと検証されておらず(Wikipediaなんかはこのあたり本当に思いこみや誤解、先入観が多く入っておりお粗末)、礼賛されるべきでない人が礼賛されていたり、もっと評価されるべき過去がまったく無視されていたりすることに悲しくなる。

●もちろん、調べれば調べるほど、浅沼稲次郎氏の人格は高潔であり、世のため人のために尽くした人であることは間違いないということを言い添えておきたい。米帝がどうだ、平和主義がどうだ、そういうことではなくて、私はそうした面で浅沼氏をとてもとても尊敬している。

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2009.10.12

10/12 小泉構造改革より悪い民主党の保育所政策

毎日新聞が、保育所の設置規制撤廃を画策し年内にも実施されると報じている。これが実施されれば、八代尚宏氏が宮内義彦氏と認可保育所を攻撃し続けた小泉構造改革より質の悪い改革がされることになる。

現在、国・県・市町村でフルの補助金を受けられる認可保育所の要件を満たすためには、県知事の認可が必要であり、そのための条件は、①保育内容については「保育所保育指針」を守った保育をすること、②施設については「児童福祉施設最低基準」を守った施設、人員配置をしていること、となっている。その基準を満たせば、②に見合った人件費や運営経費が積算された補助金が保育所を運営する法人(かつては自治体にも補助されたが、今は使途制限のない交付税化された)に支給される仕組みになっている。

保育所保育指針も、児童福祉施設最低基準も、ともに法律ではなく旧厚生省の通知として出されており、地方分権にあたって妥当性があるのか、と問題にされ続けてきた。また規制緩和の議論からも、規制撤廃の叫び声でこれら規制の廃止が提案され続けてきた。しかし、日本の保育所がサービスはともかく、一定の質を底座さえし、アメリカのように金次第の保育にならなかったのも、この基準があったからだ。

そももそ通知で自治体を縛るのはナンセンスという正論とも言える価値観はともかく、なぜそれで保育所だけが狙われたのかが腑に落ちない。待機児童問題が深刻化して解決することが政策のヒットになるからだろう。
保育所の参入ハードルを下げるということで②の基準を下げ、新規参入業者を増やして待機児童問題を解決する、というのが今回の民主党の皮算用。それで本当に政策効果が上がり、保育所が増え、待機児童問題が解決されるのだろうか。私は疑問に思っている。地方分権は何のためにやるのか、という視点なしに、やりやすいところから、声なき国民のセーフティーネットから突っついていくというこういう下品な議論にほとほとうんざりしてくる。小泉構造改革がどうのこうの批判していても、結局はこういうことかと思う。

これまで保育所に関して規制緩和を繰り返して、めざましいほど保育所が増えたのだろうか。そうではない。待機児童問題が解決が前進したのは、都道府県や市町村で待機児童問題に積極的に対応した自治体だけ。保育所を作るということを具体的にしない限り、基準をいじっても何しても、保育所は増えない。
相手が子ども、儲からない産業、安全性やセーフティーネットの機能が求められるなどの理由から、規制緩和チチンプイでは解決しないのだ。

保育所政策に関して民主党は知識不足で、夜郎自大な国家論の道具にするから、保育所にからむ政治運動では、民主党は、共産党や公明党の後塵を拝しているのだろう。保育所利用者が、質の高い保育を維持してほしいと望みながら、地域社会や保護者会で共産党や公明党の勢力争いに利用されていてうんざりしている現状を、民主党はどう考えているのだろうか。

今回の案がこれまでの規制改革会議系の提起よりさらに良くないのは、第三者評価が提案されていないことや、改革にあたっての利用者や事業者との合意形成の手続きもふんでいないで、密室で一部の新自由主義のエコノミストの意見を聴いて判断しただけのところが小泉構造改革での保育所の規制緩和よりひどいものを感じている。
八ッ場ダムの建設中止で、長野原の住民には対話をしたり補償金をたっぷり払う約束をしているのに、セーフティーネットそのものである保育所利用者についての対応がこれかと思うと、民主党の有権者観が見えてくるし、結局はマスコミがぎゃあぎゃあ騒いだものしか対応しない政党なのだろう。
政策調査会の廃止によって、声を吸い上げる機能を消去してしまったことも、こうした体質をさらにパワーアップしてしまっている。

●保育所の規制を本来は自治体が作るというのは美しい絵だろう。
しかし、大多数の自治体は数百人程度の職員で、2~3年ごとにありとあらゆる職場を転々としなければならない働き方をしている。児童福祉分野、福祉分野だけを歩いて、保育所の基準設定がどうあるべきか専門的に判断できる職員を育て配置できないのが現状だ。
そうである以上、いくら分権してもいままでの基準を使うか、学童保育のように無基準になっていくか、しかない。まったく政策効果がわからないことになりそうだ。

補助金制度も、今は基準があってそれを積算しているが、どういう保育園にどのくらい出すのか、問われるのではないか。今の補助金額のままで規制緩和をやれば、基準をとめどもなく下げた自治体の自治体または保育所事業者が、補助金をピンハネできる構造になる。規制緩和にあわせて下げれば、保育の質が低下する。どちらかの選択肢しかない。
いきなり補助金を廃止して交付税にするという考えもあるだろう。それは筋が通っているが、待機児童問題に苦しむ大都市部の自治体は不交付団体が少なくないため、交付税であれば一銭もお金が入って来なくなり、やっぱり待機児童問題は解決しないということにもなる。

そんなことも民主党政権は考えて打ち上げているのだろうか。

●保育所に関して、これまで一部の民主党議員が政策を囲い込んでしまい、民主党全体の政策にしてこなかった。その議員が今回、入閣できなかったため、今回の民主党政権の思いつきのような政策に歯止めがかからないのだろう。

●私は仕事の事情やら、通園環境の事情から(自治体独自制度の)認可外保育所にずっと子どもを預けてきている。規制緩和論者が言うように確かに保育士たちの誠意や努力は認可保育所と遜色ないように感じるが、やはり低賃金で、保育士たちの入れ替わりが激しいなどの問題があると思っている。
また、認可保育所があり、そこと比べられるから認可外保育所でも遜色のない保育を維持しようとする力学が働いているわけで、認可保育所に預けている人ばかりがいい思いをして、という議論に一部の新自由主義的価値観をもった民主党議員は火を焚きつけたいのかも知れないが、残念なことに認可保育所の質がどうなったっていいんだ、とは思ったことはない。

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2009.10.11

10/11 社会民主主義と環境問題の不親和

環境問題に続いて。

●日本では環境・人権・フェミニズム・多文化共生=社民党の土井・福島・辻元みたいなイメージが作られているので何の疑問も生じないが、本来の社会民主主義にとって、環境問題は不得手な分野である。
(福祉なのか土木建築なのかはお国柄だが)ケインズ主義などの経済政策を採用し、安定した中間層を厚くして有効需要を創出し、その税収確保によって、手厚い福祉を施策化し、社会主義のめざす価値を実現していくというもの。
自民党田中派は保守勢力に依拠していたために、同様の施策を採っても土建業を通じて有効需要を発生させ、土建業をはじめとした企業への優遇措置を通じて福祉を実現するという歪んだ形をとったが、無産者(労働者)、労働組合を基盤とすれば、これが貧困対策や資産家ではない者にとっての福祉政策となる(もちろん汚職体質などは政策の受益者の支払能力の関係から田中派と社民主義では雲泥の違いがある)。

したがって、社会民主主義は今日日本社会で問題になっている貧困や福祉は得意分野になるが、環境問題については、むしろその社民主義システムの阻害要因になりかねないところもある。その本質に気づいて、左派なり社民党支持をやっている人は少ない。

●広く社会主義と捉えると、環境問題もやりようがあるようだ。
右翼(社会主義者の一派)の故・赤尾敏みたいに不動産業者を否定して公地公民制に戻せ、という主張まですれば、社会主義でも環境問題にアグレッシブに関われるという面もある。農本主義的社会主義思想の強さはそこにある。
朝霞基地跡地の利用計画の問題にしても、そもそもすべての土地に販売する価値があり、不動産業者が多すぎて儲かる仕組みがあるために、空いている土地は利用しなければならないという脅迫観念に取り憑かれていることにも問題がある。
南方熊楠ではないが、大昔のように、神聖な土地である、侵すべきではない土地である、などという価値を持つことが有益なこともあるのかも知れない。東京都内で環境がきちんと守られ、開発される心配が最もない場所が江戸城・皇居であるように。
しかし皇居の論理を、一般の市民社会にまで広げると、これはこれで相当窮屈な社会になるということも考えておかなければならない。

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10/11 やはりCO2の25%カットは問題だ

NHKスペシャル「原発解体」を見る。NHKらしいいい番組だったと思う。

運転が終わった原発の解体には、原発解体の技術が未確立、解体した原発の処分先がない、原発の中心・原子炉の放射化(中性子を浴び続けてしまったために原子炉自体が放射線を発し続ける状態)してしまい解体できない現実など、越えられていない問題が多く、結局は解体できるところはしながら、そのごみは行き先が見つからない、解体できないところは何年もかけて技術確立を待つ、ということのようだ。

民主党を中心とする政権が、CO2を25%カットするとぶちあげて高い評価をされたと意気高揚しているが、どうも鎧の下にチラチラする原発増設推進のための口実とするなら、ゴメン蒙りたい政策だと改めて確認した。

財政にしても、年金にしても、公共事業にしても、不安を抱える多くの国民が、民主党の政策に一定共感するのは、この社会の持続にどこか危機感をみんなが感じ、持続可能な社会に転換してくれるところが民主党に多いということなのではないかと思う。
にもかかわらず、ごみもリサイクルも解決しない原発を推進するなど、民主党が求める環境問題の質が、ただいい空気を吸いたいだけのエゴレベルの質と言われても仕方がないように思う。ガソリン税減税や高速道路無料化などとあわせて、環境問題では民主党が何が優先すべき価値と思っているのか、全くちぐはぐな政策選択である。

もっとも即時原発廃止という非現実的なことを言うつもりはないが、原発増設と引き替えに得られるきれいな空気なら、我慢した方がよい。CO2なら、植物を通じて吸収できるが、放射性廃棄物は究極のところ処理不能と感じている。

生活クラブ生協の粉石けんの容器の側面にはこのようなことが書いてあって、物を洗ったり棄てたりすることの本質を語っているようで、いつも心の中に気にして行動している。もちろん私はエコロジストではないので、完全にはできない問題をもちながら。

洗濯、掃除、入浴は、汚れて不必要になったものを他所へ追いやる行為です。でも健康に暮らすためには必要な行為です。
水環境に負荷をかけない心がけが、私達のみならず、子々孫々の健康な未来を約束するはずです。

この中で、やっぱり一番気にしなければならないのは「他所へ追いやる行為」という本質。廃棄物の処理というのは、放射線の発生源を断ち切ることができないかぎりは、所詮、立場の弱い人に押しつけ、引き取らせるという八ッ場ダム建設推進のやり方と同じ問題を孕むということになる。

勇気を持って鳩山首相が自らの住む田園調布の地下に、菅副総理が吉祥寺や三鷹の住宅地の地下に、解体した原子炉の廃棄物処理場を建設すると決断すれば、国民みんなでわかちあおうという機運が生まれるだろうが、まずもってありえないから、六ヶ所村とか、高知県の過疎に、こうした処分場を作ろうという話を持ち込まれていくのではないか。原発増設を進めるということは、そういうことを民主党は決断できるのか、という問題にもなっていくのだ。

●環境問題ではこうしたマクロの問題がほとんど語られず、身近な空気や水の綺麗さと緑ばかり問題にされ、そして1人ひとりの努力だけの問題にすりかえられている。
その結果、環境問題に取り組むといのうは、子どものお弁当の見事さを競い合うがごとくの、努力と見栄合戦になっていてしまっている。箸がどうした、エコカーがどうした、その背後にある環境全体の問題はどこか消し飛んで、個人の倫理合戦みたいな様相を呈してしまっている。
NHKが番組の間に間に流している「あしたのエコでは始まらない」とか、毎日新聞の「もったいない」などは、まさにそういう環境問題への関わり方の問題に無頓着なキャンペーンである。

身近な空気の問題なら、どこかの遠くで原発が放射性廃棄物を作り続けることで得られるCO2削減は歓迎されることだろう。排気ガスを出さない電気自動車に乗ることがエコだなどという幻想が振りまかれるのだろう。
個人の努力も大切だと思うが、背後の政策選択という観点での環境問題の取り上げ方が重要だと思う。

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10/10 さいたま市議会が市民参加で議会基本条例を討議

さいたま市議会が議会基本条例づくりをめぐり、市民の参加で審議するオープン議会が開かれた。

政令市の市議会で市民参加の討議を行ったのは初めて。埼玉県全体に自治体議会に古い体質がこびりついているが、そうしたなかでさいたま市議会が最も最先端の取り組みをしたことはいいことだ。

●行政府の市民参加は曲がりなりにも進められており、市民に密接に関わる政策分野では、市民参加、とりわけ当事者参加なしに決定された政策についてその政治的正統性が認められないような時代になってきている。

しかし最も有権者を代表しているはずの議会、とりわけ自治体議会が、ほとんど市民参加を進めず、選挙で選ばれた自分たちとそうでない市民との間に大きな線引きをして、政治家だけで政策討議をしていることは問題であるし、議会の権威を低下させ続けている原因ではないか。

少なくとも国会程度には、参考人を呼んで、専門的分野や新しい課題に関することについて専門家や市民の意見を聴くようにすべきではないかと思う。
市民に開かれていない(たんに傍聴フリーということでなく、意見表明ができるということ)市議会では、閉鎖的であり、閉鎖空間で勉強しない政治家どうしで語らいあっても、政治的ジャッジはできても、俗論に流され政策がねじ曲げるデマゴーグ政治家の意見を排することが難しい。行政が政治家に話をねじ曲げられないよう、目にひたすら低空飛行で政策を通そうとする副作用も産んでいる。

●かつては自治体議会の議席の大半を占めていた自民党が、過半数を辛うじて維持する勢力に転落し、さいたま市のように下野してしまうケースも出てきて、自民党の側が自治体議会の改革の話に乗りやすくなったことが大きいのではないか。またさいたま市議会の場合、自民党に議会改革に熱心な議員がいることも大きい。
野党としての自民党が何をなすべきか、示すいい事例ではないか。

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10/10 毎日新聞に公職選挙法の問題点を指摘する良記事

公職選挙法が現場にどのように適用されているかに関するマスコミ報道は、ほとんど警察・検察情報の垂れ流しで、公職選挙法の妥当性ではなく、違反した事実に対してモラルがなっていない、と報じるものばかりだった。

宮城県知事選挙に関して、毎日新聞の伊藤記者の執筆した記事がよい。マニフェストの配布場所、配布枚数、配布方法の厳しい制限が、有権者と候補者陣営とのコミュニケーションを断っているというものだ。代議制民主主義は、選挙がきちんとなっているかどうかで機能する。その内実は、有権者がさしたる労苦をせずとも候補者や政党の情報が入手できることである。マスコミの政治報道、政治評論のほか、候補者陣営が発するビラ、インターネット情報などが容易に入手できることが不可欠だ。

ところが、現実には、公職選挙法で、公示日前は売名行為の禁止、事前運動の禁止で、ひねくれた解釈をした宣伝活動しかできず、公示日後は、厳格な統制で情報流通を制限されている。その取締りの要件は恣意的に運用され、見逃しが行われたり、過去の慣例から大幅に踏み込んだ取締りが行われたり、警察・検察のさじ加減でいかようにもなる。

摘発されれば、その刑罰は懲役刑かと思いきや、警察・検察が描いた起訴状に逆らわずに取り調べに応じていけば、略式起訴、起訴猶予、過料などと公民権停止をセットで処理され、実質的に刑罰が相当に軽くされることから、その起訴状に書かれる情状酌量の余地をめぐって、摘発された側も公職選挙法の違憲性に争うようなことはまずありえない。そして日本の裁判所は公法をめぐる裁判において、役所側を敗訴させることはほとんどないため、争う方が損する。争いそうな被告の場合、選挙運動に参加した民間人も一緒に摘発して、とにかく一日でも早く下獄させるために何でも妥協しよう、という取締りもされているようだ。
そんなことで、公職選挙法に掲げられる形式犯といわれる犯罪は、憲法が保障する政治活動の自由に抵触するのではないかという裁判はほとんど行われていない。
そんなことで、候補者陣営はびびしってしまって、結局フリーな選挙運動が認められている選挙カーと電話ばかりに集中することになる。

こんな選挙環境では、有権者が候補者陣営がどのようなことを言っているのかまともな情報が入らない。さらには、他の陣営が批判したことに反論する文章を手に入れるのは、インターネットホームページの更新すら禁止されているからには、全く不可能な事態で、候補者や選挙事務所に出入りしている人たちのうわさ話でしかわからない。こんなことをやっていれば政治は特殊な人たちの道具にしかならないのは当たり前だろう。

●岩波新書「選挙」を入手。1960年のもの。
時代的背景もあって、なぜ保守政党が選挙で負けないのかという問題意識が中心だが、そま正夫先生が執筆者に入っているので、公職選挙法のおかしさを指摘することと、公明選挙運動、現在の「明るい選挙推進運動」の問題点を指摘している。※公明党の政界進出にともない、公明選挙運動は名称を変更した。
「明るい選挙推進運動」が何のために行われているのか、どうして有権者が政治家を選ぶのに、役所による官製運動が必要なのか、ずっと疑問だった。
そま先生の「日本選挙制度史」では、戦前、普通選挙実施によって政治家が力をつけないために、後藤新平が旗振り役で「選挙粛正同盟」(のちにその組織が大政翼賛会に転化する)が作られ、今日の「明るい選挙推進運動」と同様の体制で、候補者の選挙運動を市民に監視させて役所に告発させ、選挙に対するネガティブなイメージづけをしていったことが書かれているが、この本でそま先生はさらに戦前、戦中の選挙粛正運動の流れをひいて1952年に作られたと書いている。そして運動の効果はとぼしく、選挙の腐敗行為をなくすという点で効果を上げていないと断じている。また公明選挙とは何か説明できる人もいない、という中立的に考えても問題があることを指摘しているほか、官製運動が政治教育をしてやろうという愚民観にもとづく考え方がベースにあることが問題だと指摘している。私も、投票率を上げるということに関して、明るい選挙推進運動というお上的なところが、中立的な政治教育や投票率向上運動をやるよりも、有力な候補者が出てきて、きちんと対決して、市民の関心を高めることが投票率向上に何より資すると思っている。そのためには、公職選挙法を緩和して、政治業界に選挙法の脱法行為のための手練手管を知らなくても新規参入ができるようにすることが必要だ。

●日頃、分権だ規制緩和だと言っている政治家たちが、ことほど自分たちの公職選挙法の規制緩和には積極的でないことは矛盾だ。規制緩和でものごとが活性化するという価値基準を持っているなら、まず自らの職場を開放し、公職選挙法の規制を緩和すべきだろう。保育や医療や労働分野の粗雑な規制緩和の議論を、現職優位の公職選挙法で選ばれた人たちが言うのは片腹いたい。自由主義の価値観にもとづく国にふさわしい選挙法に改正すべきだろう。

●政権交代にからんでか、選挙法のあり方についてさまざまな人が検討を始めている。旧民主党のブレーン団体であった市民政調は公職選挙法の改正を提言している。その他いろいろな動きがあるようで、期待したい。

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2009.10.10

10/10 扶養(子育て)控除は廃止しても配偶者(専業主婦・夫)控除は廃止しないという政策の問題点

民主党を中心とする、配偶者控除の廃止は先送りする、という方針をとるようだ。

子ども手当の見返りとしての扶養控除の廃止は受け入れられても、配偶者控除の廃止は損得論に持ち込まれると難しいということらしい。全く無定見な政策変更である。

まず、家族構成による税金の控除は、累進課税のもとでは富裕層ほどトクする制度である。
そのことから、家族構成にもとづく税控除は基本的に全廃すべきだ。高齢者を扶養しているとか、子どもを養っているということは、社会サービスとして支援するか、仮に経済的支援をするにしても、税控除ではなくて手当として行うべきだろう。

そういう点でいえば配偶者控除は廃止すべきである。また扶養控除との見合いで言っても、収入のない配偶者というだけで税金を優遇するというのは全く理解できない。現在との比較で損得を議論したがるが、配偶者控除は、低い定収入で配偶者も収入がない人にはほとんどメリットがなく、高所得者が趣味で配偶者を働かせないでいるという人は十万円単位で税金が下がる仕組みである。つまり配偶者控除とは、高所得者に対する専業主婦手当とも言うべきことが本質である。

今日、あまり所得が高くなくても妻を働かせずやってきたような家庭が行き詰まり、どんどん共働きになっている。そのためこれまでは保育所待機児童の問題は認可保育所をめぐって語られてきたが、最近は、無認可保育所でさえ入れなくなっているという話も聞く。それぐらい、今や専業主婦でいられるのは恵まれた条件になってきているのに、ことさら税金でサービスし、あまつさえ主たる所得のある人間が勝ち組高所得者ほどトクするなどということは国民感情的に理解されなくなってきているのではないか。

専業主婦が美風だ、アンペイドワークのどうのこうのという、話をこんがらがらせる情緒論もあるが、そこまで専業主婦を優遇したいのであれば、子ども手当の議論と同様に、配偶者手当に切り替えるべきであろう。あるいは結婚した家族を奨励したいのであれば、結婚手当として、専業主婦か否かにかかわらず、結婚していれば支給する手当にすべきだろう。

先送りというのが新政権の方針だが、扶養手当と一体で見直さず、いったいいつ見直すのかと聞きたいところだ。後日、配偶者控除単独で見直せば、ますます話がややこしくなるのではないか。財政破綻でもしない限り、見直しが永遠にできない。

安易な妥協はすべきではなく、家族政策と社会負担と社会保障の関係をきちんと論理立てて整理すべきことではないかと思う。

●藤井財務相の判断する政策の筋がどうも良くない。前川リポートの崇拝者であるところが問題ではないか。前川リポートの時代は、働き方も社会構造も旧時代のまま。95~98年ぐらいを境に、企業と家族の関係、旧来の家族のあり方などの価値観が大転換したため、社会保障や家族政策に結びつくものは、90年代初頭の政策イメージで判断されても、トンチンカンなことになるのではないか。

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2009.10.09

10/9 東上線の混乱のときの和光市駅の問題

昨日の東上線の混乱に関して。

東上線の志木以遠でトラブルがあって運休となる場合に、地下鉄が直通を全て打ち切りにして和光市止まりにする。そのことで、和光市駅のホームに人が溢れ、和光市止まりの地下鉄電車が車庫に回送できなくなるわ、回送が終わっても次の電車がなかなか容易にホームに入れなくなるわ、混乱が有楽町線や副都心線にまで広がっていく。

和光市~志木の間でトラブルが発生し、複々線の片方だけ使うこともできない場合はどうしようもないが、志木以遠でのトラブルであれば、志木駅までは複々線があるのだから、内側の線だけでも直通電車用にし、和光市で乗客が溢れかえらない程度の本数を志木まで直通させるといいのではないか。

感覚的なものだが、地下鉄から東上線に乗り換える乗客の半分ぐらいは志木までの駅で下車していく。それだけでも流していくだけで、有楽町線や副都心線の混乱はある程度抑えられるのではないか。

いつも東上線、西武線、有楽町線、副都心線のダイヤの混乱のときの処理で思うが、直通の中止、運転間隔の調整、運行管理の基本的セオリーを忠実に守ることを至上命題にして処理しているために、どこか数カ所に無理がきて、できる解決策を見失っているように思う。

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10/9 お金出さなきゃ増えないのです保育所は

景気対策やら、新政権の目玉政策やら、雇用対策やら、そんなことで脚光を浴びている保育所の増設。

ところが国家戦略室などに招かれて、政権の耳元でアドバイスするエコノミストたちは、自ら保育所など利用しているのか怪しいのにわかったふりして、規制緩和すれば増えるだとか、テキトーなこと言っているようだ。

保育所が増えない→規制緩和する→政策効果として数値目標として財源まで削られ労働の質が低下し人材や業者が逃げ出す→保育所がやっぱり増えない→エコノミストがさらに規制緩和すべきと叫ぶ→、という悪循環を繰り返している。

民主党は保育所に関する情報が決定的に不足しているし、利用者や事業者団体との意見交換をしていなさすぎる。そこに知っているんだか知っていないんだか、エコノミストの意見ばっかり聞いていると、本当の問題解決にはならないと思う。

そもそも保育所の運営費は、ほとんどが保育士の人件費である。人件費を削るしか安上がりで保育所を増やす方法はないが、今でさえ20代正社員の人件費分しか保障していない制度のもとでコストを削れば、学生時代を資格取得に捧げた人材がもっと楽な仕事に向けて流出してしまう。経営者も儲からないわ、人材確保に苦心するわで、なかなか良質な経営者も集まらない。
そうして増えた保育所も、税金も社会保険料も払えない労働者が担い、保育士が日々かつかつの暮らしをしていたとすれば、何の意味もない。金持ち保護者と、役所のコネを使うのが上手な貧乏人の子育てを、ワーキングプアを食い物にして成り立たせるという、シュールな構造になりつつある。

結局、保育所を増やすのは、座してただ待つ規制緩和ではなくて、アグレッシブにお金を出さなくてはならない。将来負担だとかクソみたいなこと言う人が民主党の支持者には多いが、しかしそれは良質な雇用を作ることになり、納税者を増やし、有効需要を増やし、保育によって支えられる良質な家庭や地域社会を作り、多様な人の社会参加を促し、子どもにとっての社会的統合も図れることになる。ことこの問題についてはケチな思考はしない方がいい。

保育にお金を使って破綻した国はない。

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10/8 台風では運休しないが投石だの踏切事故だの

自然災害に強い東上線。沿線は稲作のできないような水はけのよい土地が多いこと、プレート型地震の震源地から遠いこと、発展が遅れたことから線路脇の用地に余裕があること、高架や長い橋がなくて風に強い、なんかが理由じゃないかと思う。

今回の台風による運休も、ごくわずかに留まっていたが、情けないのはそんな日に沿線住民による運行妨害や踏切事故で一日遅れまくったこと。朝は投石による窓ガラス割れで遅延、夕方は自動車進入による踏切事故で、夕方は5時間運休したようだ。

投石に関しては、司直に犯人をきちんと挙げてもらい処分してもらうしかないが、自動車による踏切事故に関しては、踏切をなくすか、うっかり進入しないようなハードな踏切を開発することに取り組むべきだろう。

また運転再開も何とか訓練して工夫してもらいたいと思う。運休ができるだけ事故該当区間にとどまるように改良することが必要。そのためには、森林公園と小川町以外は池袋方向にしか折り返しできる設備がない東上線の施設を改良していくしかない。踏切があり、都市化している志木・川越市間で踏み切り事故の発生が目立つ。川越線経由で迂回できるよう、川越駅より池袋方向のどこかの駅で事故があっても、川越駅から川越以北に行けるような逆向きの折り返し設備をどこかに作っておくといいのだろう。

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2009.10.04

10/4 NHKスペシャル「子どもに貧困がしのびよる」

NHKスペシャル、セーフティーネットクライシス子どもに貧困がしのびよる、を見る。

NHKならびに町田キャスターの取り上げ方は良かったと思うが、どうも良くないのがローソンの新浪。

新浪は、子どもの貧困をどうするかという問題を話し合っているのに、ひたすら国際競争力と雇用の問題にすりかえ続けている。雇用どうなるんだ、とつきつけられたら、貧困の人たちはぐうのねも出ないことを良く知っている言説なのだろう。雇用はどうなるんだ、新産業を考えてからセーフティーネットを考えろ、こういう態度が日本社会を劣化させてきたのではないか。

中途半端に新自由主義を信奉している人は困る、という見本である。

新自由主義なら、そうした世代を継続して持続していくコストを払えない産業を維持する必要はない。一時的な雇用不安があってもどんどん人件費の安い国に押しつけていけばいい。無理に国内にしがみつけておくことは弊害でしかないはずだろう。
新自由主義を否定する経済思想、ケインズ派であれば、そうした雇用や支出など需要を創出するとする。とくに子ども関連の事業は、人件費比率が高く、直接雇用となって経済効果に反映される。したがって子ども支援の政策を推進することは経済成長に寄与すると考える。
どちらにしても今の現状を、雇用や国際競争力を理由に政治が後回しにしていい理由はない。

まぁ、後段、経済成長と経済構造の転換ができなかった90年代の初頭に、フィンランドが不況期に教育や子育ての政府支出を増加させたことを紹介して、後に成長のバネにしたことで、経済界の俗論をひっくり返したが。

次にダメなのが民主党議員で厚生労働政務官の山ノ井氏。社会保障のエキスパートとしての発言としては、全くなっていない。

子ども手当が政策化されたから救われるはず、という政策宣伝で終始。まだ、自公政権の大村(秀)前厚生労働政務官の方が自らの政策の限界を認めて、何かしなければという姿勢が見えた。
厚生労働省として、アグレッシブに課題提起していく立場じゃないのかと思ったりする。

●公立高校のPTA会費が年4万8000円という調査結果が紹介されていた。月4000円。専従者がいるわけでもないのにずいぶん高いんだと思う。

●フィンランドは、高校授業料無料化などと陳腐な話ではない。高校生にも生活があるんだ、という前提で授業料無料に加えて、生活保障や家賃補助まで行っている。番組は教育、教育の連呼だったが、教育の裏側には生活があり、子どもの生活をどうとらえるのか、ということを考えなくてはならない。

●フィンランドの大臣が、子どもの自立のために子どもを支援していく、そのことが生活保護に頼らないですむ人間を増やすことになるんだ、と言い切っていたことが良い。目的意識の不明確なまま、「たいへんだ、たいへんだ」と江戸っ子の喧嘩みたいな語り口で子育て支援を語る日本の政策談義と違うと思う。

●最後に神野直彦氏が、「声なき声にどう耳をかたむけるか」といういい課題を与えていただいたことが良かった。選挙権もなければ、選挙を手伝わせれば罰則を喰らう、政治的発言権ゼロの子どもたちの問題をどう捉えるのか、政治や社会の質を問われることだと思う。

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2009.10.01

9/30 札幌西武閉店

札幌に暮らしていた頃、お世話になった札幌西武が閉店。
五番舘デパート時代から勘定すると103年の歴史に幕を閉じる。
私が転居した1989年に、増築と大改装をして、しばらくは躍進していたが、拓銀の倒産をはじめとした北海道経済の冷え込みから、全く太刀打ちできなくなっていたようだ。

大都市もそうだが、地方都市のデパートが本当に苦境に立っている。消費の落ち込みだけではなく、クルマ社会になって、地方の人が郊外の大型店でしか買い物しなくなった構造的問題もあるのだろう。

パルコ、無印良品、ロフトといった西武セゾン系にルーツを持つ小売店(西友を除く)は、マイカーを使う消費文化と一線をひいてきた。札幌でまっさきに閉鎖されたデパートが、ロフトや無印良品を併設する札幌西武だったというのは何か象徴的なものを感じる。

生活のすべてがペットボトルの水より安いガソリンの消費によって支えられている地方の生活。大丈夫だろうか。

また、デフレ基調の経済の中で、北海道のように高付加価値の製造業や金融業が発達しない地域というのは、デパートのような中産階級の文化を維持できないのか、とくやしい気持ちにもなる。

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9/30 選挙区の定数不均衡問題がクローズアップされなくなった

1票の格差をめぐる裁判闘争、原告は敗訴したものの、最高裁で少なくない弁護士が格差に問題ありとの判断を下している。

私のこの問題に対するスタンスは明確ではない。
今回のテーマになった07年の参議院議員選挙に関しては、格差の縮小には苦心しながらも、衆議院より以前から、人口の多い選挙区の方が定数が少ない逆転現象の解消を実現している。
参議院議員選挙の場合、人口の少ない鳥取県、島根県、福井県をどうするかという問題抜きに、定数の格差の問題は解消しないことから、その限界のなかでどこまで努力できたかという話になろう。
さらに、投票率や比例代表の分を勘案すると、どこまで格差と言えるのかという問題も生じている。
そのような中で、かつてのように中選挙区制時代のように、定数是正は必要であっても、政治結果を変更するほどの問題になるのかという疑問から、以前ほど、私の関心を呼ばなくなっている。

かつてこの裁判が起こされた1960年代、70年代は、当時は政治を歪めるほんとうにひどい問題だった。
三多摩全域が東京7区で定数5。それが1971年の定数見直しで、中央線、西武線沿線が7区で定数3、京王線、小田急線沿線と八王子市、日野市が11区で定数3と分割された。それでも鳥取全県区が4人だったのに対して、100万人以上いる両区が3人だった。
また、当時は地方の人にはしがらみが強く、今のように野党に簡単に投票する時代ではなく、中選挙区制というとてつもない広い選挙区であったこともあって、業界団体や労組などの支援組織なしに立候補はまずできなかった。そのことから、大都市部と地方では政党支持のつくりが全く異なっていた。
地方に手厚くすれば自民党が勝ち、大都市部に厚くすれば公明、民社、共産が躍進し、社会党が微増するという構図だった。
そういう中で、定数是正をしないということは、選挙結果を歪曲するものであった。

それが1989年以降の政治の流動化、とどめをさすような政治改革と新進党という新たな野党の誕生によって、徐々に地方でも大都市部と政治意識が近くなってきて、定数是正をしても、政党の消長にあまり影響を与えなくなった。そのことが定数是正をせよとする側もするなという側も、党利党略などで反対しなくなり、このことが話題にならなくなったのではないか。つまり、大都市部で議席を増やしても、地方で議席を減らさなくても、選挙結果の大勢に影響が少なくなっているということだろう。

そんなことを考えながら、この裁判結果については、高校生のときに選挙区割りのあり方について研究したことも思い出しながら、いろいろなことに思いをめぐらせている。

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