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2009.10.11

10/11 やはりCO2の25%カットは問題だ

NHKスペシャル「原発解体」を見る。NHKらしいいい番組だったと思う。

運転が終わった原発の解体には、原発解体の技術が未確立、解体した原発の処分先がない、原発の中心・原子炉の放射化(中性子を浴び続けてしまったために原子炉自体が放射線を発し続ける状態)してしまい解体できない現実など、越えられていない問題が多く、結局は解体できるところはしながら、そのごみは行き先が見つからない、解体できないところは何年もかけて技術確立を待つ、ということのようだ。

民主党を中心とする政権が、CO2を25%カットするとぶちあげて高い評価をされたと意気高揚しているが、どうも鎧の下にチラチラする原発増設推進のための口実とするなら、ゴメン蒙りたい政策だと改めて確認した。

財政にしても、年金にしても、公共事業にしても、不安を抱える多くの国民が、民主党の政策に一定共感するのは、この社会の持続にどこか危機感をみんなが感じ、持続可能な社会に転換してくれるところが民主党に多いということなのではないかと思う。
にもかかわらず、ごみもリサイクルも解決しない原発を推進するなど、民主党が求める環境問題の質が、ただいい空気を吸いたいだけのエゴレベルの質と言われても仕方がないように思う。ガソリン税減税や高速道路無料化などとあわせて、環境問題では民主党が何が優先すべき価値と思っているのか、全くちぐはぐな政策選択である。

もっとも即時原発廃止という非現実的なことを言うつもりはないが、原発増設と引き替えに得られるきれいな空気なら、我慢した方がよい。CO2なら、植物を通じて吸収できるが、放射性廃棄物は究極のところ処理不能と感じている。

生活クラブ生協の粉石けんの容器の側面にはこのようなことが書いてあって、物を洗ったり棄てたりすることの本質を語っているようで、いつも心の中に気にして行動している。もちろん私はエコロジストではないので、完全にはできない問題をもちながら。

洗濯、掃除、入浴は、汚れて不必要になったものを他所へ追いやる行為です。でも健康に暮らすためには必要な行為です。
水環境に負荷をかけない心がけが、私達のみならず、子々孫々の健康な未来を約束するはずです。

この中で、やっぱり一番気にしなければならないのは「他所へ追いやる行為」という本質。廃棄物の処理というのは、放射線の発生源を断ち切ることができないかぎりは、所詮、立場の弱い人に押しつけ、引き取らせるという八ッ場ダム建設推進のやり方と同じ問題を孕むということになる。

勇気を持って鳩山首相が自らの住む田園調布の地下に、菅副総理が吉祥寺や三鷹の住宅地の地下に、解体した原子炉の廃棄物処理場を建設すると決断すれば、国民みんなでわかちあおうという機運が生まれるだろうが、まずもってありえないから、六ヶ所村とか、高知県の過疎に、こうした処分場を作ろうという話を持ち込まれていくのではないか。原発増設を進めるということは、そういうことを民主党は決断できるのか、という問題にもなっていくのだ。

●環境問題ではこうしたマクロの問題がほとんど語られず、身近な空気や水の綺麗さと緑ばかり問題にされ、そして1人ひとりの努力だけの問題にすりかえられている。
その結果、環境問題に取り組むといのうは、子どものお弁当の見事さを競い合うがごとくの、努力と見栄合戦になっていてしまっている。箸がどうした、エコカーがどうした、その背後にある環境全体の問題はどこか消し飛んで、個人の倫理合戦みたいな様相を呈してしまっている。
NHKが番組の間に間に流している「あしたのエコでは始まらない」とか、毎日新聞の「もったいない」などは、まさにそういう環境問題への関わり方の問題に無頓着なキャンペーンである。

身近な空気の問題なら、どこかの遠くで原発が放射性廃棄物を作り続けることで得られるCO2削減は歓迎されることだろう。排気ガスを出さない電気自動車に乗ることがエコだなどという幻想が振りまかれるのだろう。
個人の努力も大切だと思うが、背後の政策選択という観点での環境問題の取り上げ方が重要だと思う。

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