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2009.09.06

9/6 ヤメ検河上氏の三権分立の詭弁

バンキシャで民主党の新人議員を集めて、ありきたりの質問をなげつけていた。

官僚にどう立ち向かっていくか、という問いに答えた民主党議員に対して、ヤメ検事の河上が、「三権分立ですからね」と言い放ってもっと勉強しろと。

この理屈が、日本の民主主義の誤解を蔓延させ、官僚が好き勝手にできる仕組みを放置してきた。この理屈のおかしさは松下圭一「市民自治の憲法理論」がわかりやすい。

河上は「議院内閣制がありますけどもね」と言い添えていたが、それが本質で、議員内閣制は議員が国民の代表として政府を担うべきで、三権分立です、などと涼しく言って、官僚、政治家、裁判官がそれぞれ勝手にやっていればいいんだ、というものではない。

検察庁という独特の役所にいた人間らしい、官僚と政治家の関係に対するものの見方である。テレビに出たがる検事というのも本当に怪しい。

河上が勉強しろというのも、勉強しない政治家が散見される中で同感だが、しかし、河上の求めるような官僚に対抗できる水準まで要求すべきなのかは留保されるべきである。
というのも、官僚は年がら年中、担当分野の個別政策のことを考え、公選法のような縛りもないから必要な決裁を通れば仕事をいろいろな人に委託して頼める。そうした予算もたくさん持っている。それに対して政治家は、政治資金規正法と公職選挙法でお金と宣伝に関して手足を縛られた上に、次回の選挙の対策をしながら、有権者の合理無理の難題を聞き、説得する作業をしなければならない。その政治家が官僚に勉強で太刀打ちできるわけがない。官僚と政治家が同じ土俵で競い合うのではなく、それぞれの持った役割を認識して、官僚が政治家にむき出しで対抗することは変えなければ、この国の民主主義は成熟しないと思う。

もちろん一部の民主党議員のように、スキャンダルや怒号で官僚を萎縮させて、官僚をあたまごなしに支配しようというような態度は改められるべきだろう。

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