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2009.09.02

9/1 菅直人氏の「民主主義革命」考

菅直人氏をはじめ、民主党幹部が「民主主義革命」という言葉を使っている。日本の社会党の論争史をかじった私からすると非常に興味深い。

日本の社会党の思想は、自由選挙を前提として資本主義のもとで公的なものを重んじる社会民主主義の右派、マルクス主義を信奉し、その上で日本は高度に進展した資本主義であるため次は社会主義革命だ、とする左派(労農派)に大別される(70年代後半からもう少し意味合いが違ってくるが)。
その外側に共産党がいて、マルクス・レーニン主義を信奉しているが日本はまだ封建主義の影響が強いので、まずはブルジョワによる民主主義革命が必要だ、と考える(講座派。二段階革命論)。

社会党右派は、西欧諸国をモデルにしているので、資本主義体制下の社会党のあるべき姿を語るに困らなかったが、一方で大きな思想を語れないという弱点があり、そのため現実政治に呑み込まれ、妥協屋みたいになってしまった面も否めない。
社会党左派は、理論的にはすっきりしているが、社会主義革命というものを具体的に明確にしないと何も説得力を生まないという限界があった。さらには、現実に取り組んでいる選挙の意味を説明できない弱点もあった。

そこに50年代後半以降の共産党が、現実政治を変革することが社会主義の道なんだと説明づけて、団地族や、保育園保護者、労働組合員の細かい要求実現運動を取り込んで正当化した。70年代の共産党の爆発的な議会進出はそうした理論的背景があったと言える。また、共産党系団体に「民主●●」と付くものが多いことや、政策に「●●の民主化」というスローガンが多いのも、二段階革命論にもとづく現実変革の思想があるからだ。

その共産党の現実政治変革路線の急先鋒が、すでに議会主義政党となっていたイタリア共産党に学べとする一派で、その思想をおおざっぱに言うと、たゆみない斬進的な現実の改革が社会主義革命である、という理屈づけをし、共産党の構造改革派と言われるグループになる。一時はここに不破哲三氏や上田耕一郎氏なども属していたが、彼らはそこから手を切り、佐藤氏や安藤氏は後に彼らは共産党を離れることになる。

一方、日本社会党の左派に属し、それまでのような社会主義革命ちちんぷい路線に限界を感じていた江田三郎や成田知巳などの政治家たちが、社会党本部の職員や、佐藤昇氏、安藤仁兵衛氏などと勉強会を通じて、イタリア共産党的な構造改革を社会党内に移植し、それを理論的柱にして江田派が誕生する。しかし党内抗争で敗れ、江田氏が原理原則の社会主義革命路線をめざす党員たちに袋だたきにあい社会党を離党し、社会党の中で潰える。しかしその後、菅直人氏などと合流し、社民連の基本的な考え方となる。それはまた旧民主党にも流用されている。

このような経緯を見ると、今回、菅直人氏が「民主主義革命」と呼んだのは、ネットウヨたちが騒ぎ立てるようないたずらな革命路線でないことはもちろんのこと、一方で言葉遊びでは、社民連以来の考え方や思想に裏打ちされて使われている言葉である可能性が高いと思っている。

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コメント

はじめまして

菅氏や民主党の政策の源流をイタリア共産党の『構造改革』路線に求める主張の載っているブログはたくさんありますね。驚きました。日本ではイタリアといえばアモーレマンジャーレ、スーパーカー、ワインにオペラ、で共産党のことはあまり知られていないと思っていたのですが・・・

しかしネットで調べてみたら特に労働法や家族法研究の分野でイタリアの例を学ぶべきものとして紹介する論文がかなり出てきます。戦後イタリアはファシズムを自力で打倒した『誇り高きパルチザンの国』として左翼勢力のひとつのモデルとなっていきましたが、そのイタリア共産党が解散した後でそれを信奉する勢力が日本で政権を握ったということを理解するのはかなりのイタリア通ですね。スーパーカー消しゴムをペンの頭で弾き飛ばして遊んだ世代ですね・・・

投稿: あもーれ | 2013.03.08 14:46

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