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2009.07.07

7/7 民青あんパン屋現象

七夕だというのにちっともロマンチックなこと書けない自分がいて。

濱口桂一郎センセのブログから、面白い話題。
POSSE第4号つづき

私が高校生の頃から、ずっと違和感を感じてきた議論の仕方を、ここで出てくる杉田俊介と増山麗奈に感じしている。

後藤和智氏が、若者論が政治や経済などの社会問題であるのにアイデンティティの問題として議論されてきたことに異議を言えば、増山麗奈氏が、正社員幻想を棄てろ、と言い放つ。いかにもゲージュツ肌の若者が言いがち。ゲージュツができなくても善良に生きることができる人間にとって、安定して働けるということが否定されることほど悲惨なことはない。そこがわからないで、社会に反抗しているふりをしているから成長しないように思う。
杉田氏は、後藤氏の議論に対して、何か具体的なことをしろ、というようなわかったようなお説教。

後藤和智氏ほど緻密な議論もできないし、論理的でもない私だが、こうした言葉を安易に投げかける人間たちの言葉の通じないことへの気分の悪さについては、よくわかる。
後藤氏がしたように、議論を撤収して、彼らの行く末を案じるしかないんだけども、増山氏のように安易に正社員幻想を否定する人が、やがては親の遺産か配偶者の正社員的な稼得能力の高さによって何不自由ないゲージュツ活動をしていくのをたくさん見てきたし、杉田氏のような人は新しい社会問題が発生する都度、それをポジティブに捉えつづけて、うまく光を浴び続けていくのも見てきた。吉本隆明がサヨク集会をやっているよりも集会であんパンを売る方が本質的と言ったことに対して、呉智英がそのあんパン屋が民青のあんパン屋だったらどうなんだ、という話と同じ。

日々、低賃金で未来のない働き方をさせられている若者や、幹部候補生だからと際限のない残業とともに自分より年齢の上の人間たちの労務管理にあけくれている若者に、どうしたら世の中変えて、平凡でも安寧な生活を送り、小さな努力を続ける中で不幸にならないで済む社会を作るのか、個人的な問題解決ならともかく、本質的な解決を増山氏や杉田氏には期待しないと考えるべきだろう。

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