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2009.05.31

5/31 署名簿の署名者に圧力かける自治体

滋賀県安土町が、市町村合併を推進する町長の解職を求める署名が提出された。それに対し、町が署名者に対して、署名を誰が集めに来たか確認する往復の文書を送りつけているらしい。

こういうことはどう考えても署名に対する圧力そのものだろう。署名への意志が確認できれば十分で、もっと言えば、いんちきな署名をもし集めていたとしたところで、多数派が住民投票で解職を否定すればいいことだ。

まったくもってブラックな自治体だ・・・。
市民的権利など無視した、むきだしの権力を行使する政治家が増えている。政治家の中国化と言うべきか。

ご当地の名城の主、近代(?近世?)化の推進者・織田信長が泣いている。

●新自由主義の反動で、コミュニティーを重視する考え方が見直されている。そのこと自体は結構だが、まだまだ日本社会の末端部はこうした権力的なことが行われている。そのままでコミュニティー重視をやれば、差別、偏見、権力的行為にあふれた地域社会に、個人の自由が抑圧されるだけだ。人権や、自由、民主主義が尊重される地域社会となって初めてコミュニティー重視が機能する。
悪い地域社会、地域政治を無くしていくために、ブラック企業リストがあるように、ブラック自治体のランクを作った方がいいと思う。

●事実署名簿が反対派住民のあぶり出しに使われる可能性は高く、どんな情報管理をしているのか、きちんと確認する必要があるだろう。
昨年、朝霞市の住民投票請求の署名では、署名簿縦覧期間、署名を集めた側が市役所に貼り付いて、万一、変な目的で署名簿を見る人がいないか監視した。しかしそこまでやっても市役所の手に渡った後どうなったか、きちんと管理状況を監視できるシステムはない。

●安土町の合併は、やはり「必要な投資」=公共事業の財源捻出のため、合併交付金を当て込んだもののようだ。よくわからない財政情報をもとに市民に不正確な危機感をふりまき、その陰で総務省がばらまく合併交付金で公共事業を増やして、合併後の混乱で無責任体制になって気づいた頃には結局もっと財政が悪化することになる。
後ろぐらいやり方で公共事業を推進しようとする自治体は必ず住民投票を否定したがるものだと思う。
合併して、安土町は市役所を取られるばかりでなく、多い近江八幡市の借金まで連帯して負担することになるらしい。安土町の町民の納得性が低いのも当たり前だと思う。

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2009.05.30

5/30 弁護士・研究者になるのも資力次第

日本の知的職業の質の維持が危機に瀕している。

第一は、医師である。医師について書くとやかましいから、1つだけ。お金をかけなければ医師になれない状況が続いている中、世襲の傾向が強まっている。これは昔からの傾向で、医療の質が高くなっていることから、教育コストは非常に高くなっている。医師養成を公費でやるようにしない限り、新しい人材候補が流入してくることはないだろう。今のままの養成では極端な言い方をすると医者の子しか医者にならない。医師の質がどうなるのか、不安である。

第二は、弁護士・検察官・裁判官である。悪名高い司法制度改革のおかげで、3年で600万も払い、合格率が3分の1の法科大学院に行かないと、弁護士にもなれなくなった。しかも手をかけて教育したのに、どういうわけか司法試験の予備校で最初の頃に習うような二重売買についての権利関係も説明できない弁護士がいると報じられていた。
以前の司法試験は、資質以前に試験だけで判断することが問題だと言うことだったが、今は資質よりも試験の能力よりも、財力で弁護士になるようになった。弁護士が増えたが、大半が企業舎弟に成り下がっている。人権を守るようなことは二の次になった。養成にお金がかかりすぎるので、やがては医師のような問題が起きてくるだろう。
田中森一のようなすごみのある司法試験合格者は出てこないかも知れない。

第三は学者である。博士課程を修了しても、食べていける研究者になかなかなれない。平均6年の浪人期間を過ごさなくてはならない。その間、コマ取りの非常勤講師で食いつなぐ。資産家や金持ちの子でなければ、その期間を耐えて過ごすことは難しい。研究者になるのが、能力ではなく、資力による耐久レースになっている。金持ちの子には、時間が過ぎれば過ぎるほど、どんなに優秀でも資力のないライバルが脱落してくいわけで、そのことが学者の資質を下げているのは言うまでもないだろう。
最近、常勤講師を縮小する傾向があり、ひどい状況になってしまったらしい。その上、文部科学省は、高等教育機関に行く人が増えることが教育の質を高めていると誤解にもとづき、大学院新設の利権があるのか、需給バランスも考えずに大学院を増やし続けてしまった。90年代の大学新設と大学全入、バカ大学化と状況が同じである。
折しも就職難の時代が続いており、無理して就職するなら、と大学院に行くような人も増えて、大学院生の供給過多の中で、もっともっとひどい状況になるのだろう。

こうして、医師、弁護士、学者が新しい人材や、貧しくても耐えて勉強するような人が入れなくなり、競争圧力が特定の恵まれた階層の人だけ無くなることで、世襲化や階級社会の上の人たちのものだけになる。そのことの弊害は大きいだろう。

どんな制度でも一定の上層階級の人たちが恵まれた職を取っていく。しかし、経済的に恵まれない階層からはいあがる道がきちんと保障されていないと、本当にこの国はダメになると思う。

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2009.05.29

5/29 20代女性は専業主婦願望が高い

内閣府の男女共同参画白書で、20代の女性が30~40代の女性より「家庭を守るべき」との考えに賛成という興味深い統計が出ている。

若者が保守化しているという単純な問題ではなく、やはり若いひとの雇用情勢があまりにもひどい中で、家庭に入るという選択肢がある女性が、家庭を守るべき、という価値観に賛同しているのだろう。男なら働いて自分を家にいさせてくれるようにしてほしい、というところに逃げ込んでいるのかも知れない。さらには、今の20代の多くは親と仲良く、家庭をネガティブに捉える機会がないこともあるのではないか。

男性は逆の傾向を示しているみたいで、若い人ほど「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」との考えに反対の人が多い。
今の時代、専業主婦などというものを置いておける見込みのある若い男性はほとんどいない。さらには男には家庭に入るなどという選択肢はあっても、ほとんど認められない。親族の圧力、近隣住民の不信の眼差し、女社会そのものである昼間の地域社会、そういうところで孤立無援に家庭に入るほどの根性のある男なら、働く方がずっと楽だろう。だから男は働くという前提の中でしか、あるべき家庭を描けない。

●経済情勢が好転する見込みは当分ないし、好転したところで女を専業主婦として置いておけるような状況が若い人にもたらされるとは思えない。男も女も働かざるを得ない時代は続くだろう。
そういう時代の中で、家庭に入ることを夢見たところで、ほとんどの女の人にとってはそれは非現実的な理想で、夢見た将来を変えない限り、養ってくれる男もみつからないまま、がむしゃらに働かされ続けて、そのまま40代になっていく。
結婚やパートナー探しを人生設計に密着させて考えることが難しい時代になっているということでもある。

そうなると逆説的だが、人生設計なんか考えないでパートナーさがしをし、成り行きに任せて結婚し、成り行きにまかせて事実婚をし、ということの方がいいように思える。人生設計ばっかり考えてパートナーさがしをすると、自分に合う人生や、自分のしなやかさをつかまえそこなう可能性の方が高い時代ではないか。

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2009.05.28

5/27 駅で幸福の科学新党が活動

Sdscn0841職場からの帰宅、あの幸福実現党が街頭演説した痕跡に遭遇。埼玉くんだりまで活動するとは、まぁ。

しかしまぁ、どうして新興宗教は政治をやりたがるのかね。
東南アジアあたりの利権屋が、運動員に容赦なくお金を配るような党名、何とかならないかな。

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2009.05.27

5/27 世襲禁止程度は憲法違反ではない。言論による選挙を規制する公選法こそ憲法違反ではないか。

政治家の世襲禁止の議論がされている。これについて憲法違反などということの愚を指摘した。左翼人士の中にもそういうとらえ方をする人がいて、どうなのかと思う。

憲法の一切の差別禁止を教条主義的に解釈しているだけだ。政治家の家系のある人を階級固定化していることの方が日本国憲法の精神に反するぐらいの感覚はないのだろうか。不公正な競争を規制することは、憲法違反でも何でもない。政治判断の範囲である。

しかも、今の議論は、政治家の親族が立候補してはいけないという議論をしているのではない。政治家が家族に政治資金団体をそのまま相続させることがいけないということと、同一選挙区で立候補してはならない、というのが議論されている規制の上限の話である。政治家のご子息に意欲があって資質があってどうしてもやりたいなら、他の政治家の親を持たない候補者と同じように、親と違う選挙区で、自分の力で資金集めして挑戦すればいいだけの話である。江田五月さんをはじめ、たしなみのある二世はそうしている。二世の、有名であることのメリットや親から帝王学を受けたことのメリットまで否定するつもりはない。それを言いだしたら、タレントの立候補まで規制しなければならなくなるから。だから、あまりしがらみのない違う選挙区で立候補するなら何の問題もない。

政治資金団体が実質相続できるとするなら、政治家の子どもでない人が政治家になる能力があっても、その選挙区に政治家の子息が立候補していれば、そもそもの資金力があまりにも違いすぎる。政治資金団体は一代限りとすべきだろう。
また、同一選挙区で立候補できないということがそんなに厳しい規制であるとは思えない。1994年の政治改革とその後の政界再編成で、政治家がお国替えをすることは別に珍しいことではなくなったし、だからといって当選がおぼつかないなどということも少なくなった。

政治家の質を高めるために選挙で大事なことは、問題のある現職を落選させることが容易にできる制度かどうか、それと、新たなチャレンジャーができるだけ対等な力で政治に参加できるような制度化どうか、ということだろう。

それよりも、自由権、そのなかでとりわけ重要な政治活動の自由が、近年、マンションのビラ配布でも住居不法侵入に問われるようになり、選挙制度は、ファシズム時代のまんまの選挙規制で普通の人が参加できない、選挙マニアしか選挙に関われない、そんな制度が放置されていることの方が、選挙制度と憲法のことを議論するなら、憲法違反だと声を挙げてほしい。

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5/27 選挙カーは連呼しなければならない公選法規定を保坂代議士が発見

社民党の保坂展人代議士がブログで、公職選挙法が、走行中の選挙カーで名前の連呼をしなければならないことにしていることを初めて発見したみたいで、驚いておられる。今さら、と思うが、もっと驚いてほしい。

保坂氏のブログで紹介している選挙カーの連呼に関するブログ記事

私は15年以上も前にそのことを知って、選挙をバカにしている法律だと思った。政治家になる人にバカみたいな作法を強い、自尊心の高い人には挑戦させないようにして優秀な人が政治家になりにくくしている日本の公職選挙法の本質を見たように記憶している。
後日、杣正夫の「日本選挙制度史」で、普通選挙の導入時に戦前の官僚が政治家の力が強くなることを警戒して、世論を誘導して厳しい選挙運動規制を始めたのがルーツだとわかった。そしてファシズムの進展とともに、選挙粛正同盟という団体が選挙規制をどんどん強化する。やがては選挙粛正同盟が大政翼賛会に化ける。

選挙規制が強ければ強いほど、選挙運動が綺麗になると誤解している人も多い。戦前の内務官僚はそこに目をつけた。表で自由な選挙ができないから、官僚が管理し政治家に割り当てる業界団体をベースにしないと選挙が当選できないことになった。そのための舞台装置が中選挙区制である。同じ政党どうしで競争させ、支持団体ごとに棲み分けをさせる。そのことで、政治家は業界団体に顔がきく官僚に頭が上がらないようにしつけられてきた。

選挙の規制で必要なことは公正な選挙が行われる最低限のものでよい。買収とか脅迫とか選挙妨害と、選挙資金の上限だけ定めればいいと思う。あとは、その中で最も有効で、できるだけ嫌われない方法を候補者は自然に選ぶようになる。
選挙になると、候補者名の連呼と電話ばっかりかかってくる、というのは、選挙規制でそれしかやってはならないからだ。アメリカのようにテレビCMにジャンジャンお金をかける社会もどうかとは思うが、選挙期間中に候補者の主張が入ったガリ版刷りのチラシすらまともに配布できない選挙制度というのはどうしたものかと思う。言論で選挙をできないようにしている。
この規制だらけの公職選挙法のひどくマニアックな運動に対する規制がよっぽど憲法の根幹にかかわる問題で、世襲禁止が憲法違反などと言葉遊びしている状況ではないのだ。

●政治家が自分たちの権利の主張をすることについてはばかられるような風潮があるが、良い仕事をする人のための権利は、お手盛りでもどんどん主張してもらいたい。政治家の質を高めるためには、選挙運動の不合理な規制を緩和することは重要なことだと思う。保坂代議士にはこうした気づきの後に、選挙規制の緩和に尽力していただいて、優秀な人がどんどん政治家になるような社会にしてくれることを期待する。人気取りが大切な二大政党の政治家ではなかなか言い出せないことだと思うから。

〈追記〉現在の公職選挙法は1950年制定になっているが、その原型は193325年に作られた普通選挙法。当初は買収防止という観点から戸別訪問などの禁止が盛り込まれる。やがて二大政党の対立をよく咀嚼できない国民相手に政党間の泥仕合がよろしくないという論点で選挙粛正運動が展開され1939年に改正され規制には、文書図画規制が大幅に入り今の内容とほぼ同じになる。1945年にGHQの戦後改革の一環として選挙運動規制は大幅緩和されるが、1950年に自治体の選挙も含めての選挙ルールとして公職選挙法が制定され、再び戦前の規制が復活した経緯をたどっている。

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5/26 高速道一律1000円はソ連東欧の経済の失敗と同じだ

高速道路一律1000円のせいで、瀬戸内海のフェリー会社が破綻したり、バス会社が悲鳴をあげたりしている。福岡に本拠を置く九州のバス業界団体が、この政策を批判している。

この政策によって起きている問題を聞くと、はるか20年前に、国家による計画経済の失敗として聞かされてきた政府による価格介入の弊害を見るようである。
旧ソ連や東独でも、共産政権の人気取り政策のために、生活必需品を中心に無理な価格抑制をやった。その結果、物が市場に出回らず、ヤクザ経済=ヤミ市場が繁栄したり、買い占めと品不足による行列の悪循環が起きたりした。

今回の高速道路1000円は、こうした旧共産国の価格政策に類似する、悪しき市場介入の見本である。

●平凡社新書で不破哲三「マルクスは生きている」を読んだ。不破氏の知性や能力に触れた方がいいかと思ったからだ。反主流的な立場から、やがては党のトップになるということは、政治家として学ばなくてはならないし、その人がもう余生がそんなにないこの時期に書かれた本だから、何か新しい発見でもあるかと思った。
しかし結果としてはムダだった。これは駄本だと思ったし、80年代の共産党の、政治的ないやらしさ、社会民主主義に対する執拗な攻撃的体質を余すところ無く伝えている本だと思った。今の党首の志位君や、全労連系の貧困系労組のリーダーのような新鮮さもない。冒頭の唯物論の押し売りからして本当に辟易した。

質問の第一。「あなたは、人間が生まれる前に、地球があったことを認めますか」。
質問の第二。「あなたは、人間がものを考えるとき、脳の助けを借りていると思いますか」。
質問の第三。「あなたは、他人の存在を認めますか」。
どうでしょう。たいていの方が、三問とも、「イエス」と答えられるのではないでしょうか。もしそうなら、あなたはりっぱな唯物論者で、世界の見方では、マルクスと同じ側にいるのです。

こんな簡単な質問で唯物論者やらマルクス主義者と決めつけられたら、みんな特高にしょっぴかれてしまうって。
マルクス主義者って、マルクスの孫引きから、政治的動きや経済学にとどまらず、地球発生や、民族の風習、DNAの構造まで説明つかないと気が済まない人たちなんだ、と。その驕りがソ連の失敗だったんじゃないかと思う。
私は社民主義者でありケインジアン。自然科学に興味がないことはないが、それが社民主義やケインズ経済学に結びつかなくては気が済まないなどという神経は持ち合わせていない。

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2009.05.24

5/24 病児保育にどうしてこういう見出しが書けるのか

インフルエンザ騒動のおり、病児保育というせっかくいい題材を取材し、いい話が盛り込まれているのに、「預けっぱなしに注意」という見出しをわざわざ使うことにイヤなものを感じる。ほとんどの親は子育てはちゃんとしないといかんと思っている。

病児保育:利用法調べて 「預けっぱなし」トラブルも…医師ら「親の看病が基本」

子育てや保育に関して、こういうものの言い方が、親を未熟なものとして捉え、いつも制度整備を怠る為政者に口実を与えている。当事者から言うと、何様だよ、と思うような書き方である。
一部の「預けっぱなし」にするような親の問題は別問題だろう。そのこととごっちゃにした議論をどこでもされるために、仕事と子どもの板挟みにあっている多くの労働者が解放されない、しょうもない生活環境がいつまで続くのだろうか。

家庭での保育が基本って言っても、新聞記者の働き方から言ったら、そういうこと簡単に言っていいの?自分で19時には帰宅して子どもの面倒見ているの?と思う。家庭で見ていたとしても妻に預けっぱなしじゃないの?妻を家庭にはりつけているだけじゃないの?

そういうどうにもならない事態にどうしたらいいの?ということに、子育てのことを語りたがるマスコミ人士はちゃんと応えてないと思う。

●こういう書き方になるのは、この記者が記者として育った時期が、何でもかんでも個人責任とする新自由主義が猛威を振るっていた時代なのかなとも思う。かわいそうに。モラルの悪い人のために社会保障制度を抑制することが、どれだけの多くの人を不幸にしているかということを認識すべきで、社会保障制度のこと書きたがるなら、湯浅誠氏の著書でもまず読むべきだろう。

●西日本では充実してきた病後児保育、ぼちぼち始まった病児保育。為政者や経営者団体とつるんでいる学舎などの圧力で、働き方が残酷になってきている今、とても深刻なニーズを抱えているのに、親のモラルの議論にすりかえられ整備が進んでいない。とりわけ首都圏は、働き方が過酷な割に一部の地域以外は惨憺たる現実である。

●病児保育の裏側に考えなくてはならないのが子どもへの往診。
インフルエンザ騒動で、軽症者の自宅保養が検討されているが、そうなってくると考えなくてはならないのが在宅医療である。特に感染症にかかって発熱しているような子どもは通院させるより、往診を待つ方がいいのではないかと思うこともある。
医師の質も求められるものも違うが、戦前より前の時代のドラマなどで「医者を呼んでこい!」と叫ぶシーンがある。首都圏では、病院から医師がいなくなり、診療所の開業医があふれている。この状況を逆手に取る方法はないものかと思う。

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5/24 なんだこの駐日大使は!

アメリカが駐日大使に、ルースなどと、日本のことを知っているんだか知らないんだかすらわからない、わけのわからない人物を送り込んでくるらしい。格落ちは明らか。ルース氏は、オバマ氏と「おともだち」で、多額献金者らしい。金権政治のネタとして日本を使う気なのだろう。

新聞などに出ている写真が、消息不明の北朝鮮の高官みたいな不明瞭な写真しかない。そんな人物が日米関係を取り持つのだ。

オバマ政権を礼賛している人たちは目を覚ますべきだろう。アメリカ経済の沈没の巻き添えを食らうし、アメリカの利権屋どものエサにされる可能性がある。

ルース氏のやり方によっては、対米従属関係の克服が課題になってくるかも知れない。安全保障政策の見直しについては、対米従属派から提唱されてきたが、これからは日本外交を対米従属と批判する側からの安全保障政策の見直しの提起が必要になるのではないか。やり方を間違えると、戦前と同じことになる。

このことは小室直樹氏が20年以上も前に指摘している。

とりあえず、当面は、新駐日大使の正体を明らかにしていくために、厳しい着任交渉が必要だと思う。

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2009.05.23

5/23 高速1000円でバス会社打撃

というニュース。

社会民主主義者の私が批判するのも何だが、市場に過度に介入する計画経済の失敗を見ているよう。政府が市場に介入するということはインセンティブが調整されることになる。一ヵ所を甘くすれば、そこに利用者が集中することは目に見えている。
仕事があるのに品物がない、旧ソ連や東欧での非効率な経済も、そんなところにあったんじゃなかったっけ。
体制の勝利をうたいあげた自民党政府が、そういうことをやってしまうのが笑える。

何度も指摘しているが、これからの社会は弱い人たちで助け合っていく必要があるため公共空間をどれだけ復活させるかが大事になってくると思うが、公共空間であるバスを痛めつけて、私的欲求そのものであるマイカーでの旅行だけを優遇することは、この国で、大切な価値の発見をさらに遅らせることになるのではないか。

●民主党の高速道路ゼロ円は、道路会社自体の解体が前提となっているので、中身が違うが、結果としては同じような結果になるだろう。二大政党がこのような愚策を繰り出すことに、高速道路が高速で走れるための仕組みはどういうことなのか、そのメリットは何なのか、きちんとした考えのツメがないように思われる。

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2009.05.18

5/17 和光市長に松本たけひろさん

Sdscn0784和光市長選挙の投票・開票が今日行われ、和光市長に松本たけひろさんが当選した。40歳の若い市長の誕生。

和光市ホームページ・開票速報

松本たけひろ 10901
柳下長治 7837 (新人・神杉民主党県議系・6期やった元市長の子)
野木実 6509 (現職・連合推薦)

民主党県議に推されパワーアップ計画を公約にした柳下氏、14年前保守王国の壁を破った県議出身で現職市長としての実績を訴えた野木氏に対する圧勝である。

松本さんは、このブログで何回か紹介している。また、昨年行った今後の朝霞市を考える会の財政の学習会では、講師として、朝霞の市民運動のメンバーたちに地方財政の決算の見方について講義をしてくださった。共働きでの子育ての当事者として、子どもをだっこしながら打合せの席にお見えになったこともある。4市の中で最も信頼できる政治家である。

そんなご縁で、私も政治活動の広報や、選挙運動の支援をさせていただいた。体力的にはずいぶん苦労した選挙だったが、精神的には気持ちのよい選挙だったと思う。支援する和光市民、後援会、和光市議のみなさんの気持ちのよさが印象的だった。

朝霞地区で、初めて自民党的世界でもなく、上田党直系でもない、市民の手作りの市長が誕生したことは大きい。地域社会に諦めムードが漂うこの地域に、壁を壊せる見本を作っていただいたと確信している。

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2009.05.17

5/17 和光市長選挙開票

和光市長選挙の開票速報からです。

野木 実 1800
松本 たけひろ 1800
柳下 長治 1800

開票率 21.18%

ちなみに、投票結果は
投票総数 25492票
投票率 43.29%
です。

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5/16 新型インフルエンザで保育所閉鎖

新型インフルエンザで保育所閉鎖が行われている。

予防策としては有効だが、病気のために社会機能が止まったり人生が台無しになりかねない話。
それと、保育園問題の場合には、常に保育所の外側にある保育も考えなくてはならない。結局どうしても働かなくてはならなくて、頼りになる人がいない場合、行政の統制の外にある保育業者が引き受けることになる。いくら統制をとってもかならずその外側、外側に保育事業が発生するのがこの業界である。

朝霞市は、市内に友人知人のいる数が1人以下の市民が半分近くいる結果が出るような、地域の人間関係が希薄な自治体だ(市役所はそれを彩夏祭のヤンキーダンスで何とか人間関係を濃密にしようとしているらしいが、そういう発想が陳腐だし古いと思う。そんなことばかりに力入れるのは富岡市長の市職員時代の功績だから仕方ないが、あっ余談)。そういう地域も、地縁もない人が半分以上いる自治体で何をしたらいいのか、単に、外敵がやってきたと戦争ごっこみたいな対策をするばかりではないように思うし、実際、それでは農業でも自営業でもない市民が半数以上いる市民生活が止まってしまう。

健康を犠牲にしてまで働くものではない、そのための労働者への権利教育が必要だろう。しかし人権週間と言えば、本来行政と土建屋にしか関係のないはずのエセ同和に対する注意喚起を全市民に行う(これがまた部落差別を助長しているようなものだが)しかしないような市役所だから労働者への人権教育なんて期待するのも無理だろう。もっと言うと、本気で市民を守る市役所になりたいなら、感染症で休んだ市民をクビにした職場について市がその不当性を指摘して復職させるような権利擁護をすべきだろう。地主が支配しているこの市役所にその発想もない。富岡市長に思いつきのアイディアはあっても、体系立てて考える思考回路はない。そのことは先の市長選挙のマニフェストをみればわかる。基地跡地の顛末をみれば、つまらない小細工はできても、大きな流れで世の中を見る力はない。

そんな状況で、個々の市職員が市民を守るためには、本当にどうしたらいいのだうろか。そしてそんな市役所のもと市民はどのように自衛したらいいのか。

社会的に地位もあり、仕事をするしないをある程度裁量に任され、転職が可能な医療業界だけで新型インフルエンザの問題を考えると、すっぽり生活が抜け落ちる。
生活の面から、何ができて何ができないか、きちんと考えて対策を打たないと、満員電車に乗るな、保育所は閉鎖といっても、かかるかかからないかわからない、ましてそれで死ぬか死なないかわからないインフルエンザのために仕事をクビになって残りの人生を台無しにするリスクは背負えない。

●今のところこの新型インフルエンザが弱毒性だということで、安心だし、どうも過剰反応のように思う。普通のインフルエンザで死んだり、重度障害にになる人の数の方がまだあなどれない状況だ。

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5/16 鳩山党首が誕生

民主党の鳩山氏が党首に。

手続きをがたがた言う風潮があるが、任期途中の党首交代は、両院議員総会で交代するルールになっている。党首交代のルールをちょくちょく変える政党もあるが、トップを選ぶルールはある程度、安定した仕組みが必要だろう。

心配なのは総選挙の顔を意識して選んだのだろうか。鳩山氏が行う自民党批判はいつも中途半端な内容だ。取るに足らない揚げ足取りのレベルを超えない。菅氏ほどの突破力はないし、岡田氏ほどのキレもない。小沢氏のようなドスというのか安定感もない。横路氏のような思想に根ざしたものいいもない。善し悪しは別にして明確な意志を持っている小泉純一郎の前に、中途半端なやり方を繰り出し続け、支持率を1桁に突き落として、補選で大惨敗した過去もある。

しかし民主党の党内力学は、鳩山氏のような穏和な人を選びがちだ。
激しい競争社会でかつ職業柄自己愛の強い人の集団で、突破力のある攻撃的な性格や底知れぬ恐ろしさのある人間、特定の思想に根ざす人間は、とにかく避けられる。民主党関係者が党首について議論するときには、党外の人間には理解できないような空気のもとで、あの人はダメだろう、という言葉がたくさん出てくる。消去法的である。そうなると、穏和で人を包み込んで党内融和を行い、かつ外には攻撃的で、仕事は論理的で、というのがいいのだろうが、そんな政治家はめったにいない。

●新党首には、日本の交代すべきリーダーとして、自民党に向かって攻撃力を発揮し、野党全体のリーダーとして振る舞ってほしい。
小沢一郎党首時代は、前原党首時代の失敗をふまえ、国民新党との選挙協力の関係もあって、理念的には西欧社会民主主義に近づいていたが、それが継続されるのかが注目である。

●岡田氏の推薦に、小沢氏を支えた鉢呂吉雄氏のほか、鳩山陣営についている派閥に属している川端達夫氏、細川律夫氏、岡崎トミ子氏が並んでいたのが意外だった。岡田氏を擁立する過程で、前原、蓮ホウ、小宮山洋子など、前原派を前面に立てたのが失敗だろう。支持率を突き落とした人が前面に立つのは良くない。

Sdscn0722●埼玉4区の民主党は不思議なところで、他の選挙区では「民主党掲示板」となっている党営掲示板が、個人後援会名になっている。党営掲示板は党から支給されるものではないか。党費の後援会流用ではないかと思う。衆議院議員選挙での党営掲示板に関する選挙運動の部分解禁は政治改革による成果であり、到達点である。それをこんなふうにされたのでは、やっぱり選挙運動の解禁なんかしない方がいいんだという議論になりかねない。
そして、昨日、和光市では、その掲示板に一斉に特定候補の確認団体ポスターが掲出されていた。党の推薦候補でもないのにだ。

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2009.05.14

5/15 自爆テロのエコポイント制度

エコポイントなんてとんでもないものが導入される。

メーカーが自己申告でエコ製品とされている冷蔵庫など家電製品を買うと、税金から何かが買えるポイントがつくというもの。

問題点① エコポイントで買えるものがまだ定まっていないこと。
問題点② エコポイントを集計するシステムがまだできあがっていないこと。これは社会保険庁の年金管理の電算システムを彷彿とさせる。
問題点③ 高速道路1000円と同じように、浪費に税金で補填するというのが問題。阪神大震災の復旧に対して、個人財産に公金支出しない、として貧困層の生活再建が遅れに遅れたことを思い出すし、今においては失業や失業しそうな人、倒産しそうな企業がある中、セーフティーネットをはりめぐらせる対策が必要なのに、こうした税金の使い道がどんどん先行してバラマキされることがどうか。
問題点④ 今どき家電製品のように10万単位の支出をポンとできる人に、税金を使うようなものだ。
問題点⑤ 環境といっているのに、そもそもモノを大切に使おうというインセンティブがない。排気ガスもうもうと出していた時代の方が全体でCO2排出量が少なかった事実もある。エネルギー効率の高い製品を作ったり買ったりするためにエネルギーや資源を浪費するというのは環境対策なのか。もっとも、景気対策というのはそういうものだが。
問題点⑥ 自動車、家電、マイホーム購入という、高度成長的価値にしか経済再生の方法が思いつかない愚。

とりわけ問題点②である。システムができあがるのが9月ぐらいということで、手作業のポイント蓄積が続く。これが年金のシステム化のときの年金記録問題と同じような問題を引き起こしかねない。
エコポイントの換金(エコポイントによる買い物)の混乱の始末は、次期政権に委ねられる。民主党政権になれば、その集計の混乱で自民党は政府を責めあげるつもりだろう。
社会保険庁の年金管理の混乱のときに、当時の首相・安倍晋三周辺を中心に自民党は労組の責任だけに押しつけ、自爆テロなどと流言飛語を流したが、今回は自民党こそ自爆テロをやろうとしている。

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5/14 お盆休みまで高速道路にはりつけ

金子国土交通大臣が、休日以外に夏休みも高速道路1000円にしたい意向を示す。選挙対策だろうなぁ。

しかし、もういい加減にしてくれよ、と思う。失業で泣いている人、失業を恐れ財布のひもを締めている人がたくさんいる中で、どうしてマイカー族ばかり甘やかすのか。税金使って高速料金を補填する意味があるのか。どうやったらそれが失業の解消になるのか、ロードマップを示してもらいたい。

高速道路を濫用して景気回復するなんて、どうして絵になるのか、私は馬鹿だからかさっぱりわからない。
渋滞でなく高速バスやトラック業者。客が取られて商売成り立たなくなる地方のフェリー会社や地方バス会社。高齢化社会を控えて、そういうところが倒産したり事業縮小して、幸せのための景気回復なのだろうか。

これは政府による特定業種の支援で、他の業種であれば、構造改革のターゲットになるはず。新自由主義者は不当な価格調整への介入だと怒るべきではないか。

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5/13 上田清司は言うほど強くない

朝日新聞が「民主党新代表誰がいい?」という記事を出している。何人かの有名人に民主党の党首にふさわしい人を挙げてもらっている。

ここに元民主党事務局長(党職員のトップ)だった伊藤惇夫氏が上田清司氏を推薦している。「選挙に強い」と。それは誤解ではないか。自分の思想的趣味に合わせて、何やら上田神話みたいなものを作り出そうとしている。上田氏は知事選以外で10万票以上の大量得票をしたことはない。

強いといわれても、自分の選挙だけではないか。それも相手は選挙が必ずしも得意ではない早川忠孝氏においてである。4区の上田氏の子分の選挙は、強いと言いきれない。

上田氏はスターとしてのパフォーマンスは素晴らしいが、党首となったときに求められる組織戦が苦手なところも、党首としては難しいのでなはいか。

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2009.05.13

5/13 ゴウ?

朝のNHKニュースで沖縄戦で避難に使われていた壕(ガマ)について紹介するニュースが流れた。

そのときしきりにゴウ、ゴウと言うので、何かと思ってみたら壕(ガマ)をゴウと読んでいた。何か違和感がある。
沖縄の歴史的文化と石灰質の強い自然の中に壕があって、沖縄戦の本格化で逃げ場がなくなったときに避難したのだから、現地の人が言い伝えるように、琉球語読みのガマという方が適切ではないか。これまで語り部の人も何も現地ではガマと読んで言い伝えてきたし、その方がなじんでいる。

ガマという読み方は日本語ではない、と言うプロデューサーの方針か何かあるのだろうか。集団自決が自然に行われたような伝え方であるし。

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5/13 ネオコンシフトへの不安

小沢一郎民主党代表が辞任することにともなう党首選で、小泉構造改革を一時は受け入れて支持率を低下させて辞任した過去を持つ鳩山氏と、前原派に応援された岡田氏が立候補することに。

岡田氏が前原派との関係が整理できればベターだが、そうでないから、どっちも新保守主義、新自由主義の小泉チックなものとけじめをつけきれないところが不安。ネオコンシフトにならなければいいなぁ。

●先日の補正予算への審議でも、使途がムダだという議論ではなく、そもそも借金することがムダだという議論を展開していたような。そういう議論の仕方が、小泉純一郎を必要とする話に展開していく。その結果社会はどうなったのだろうか(自治体は借金を増やしても住民が逃避できるため借金の抑制は必要。しかし国は借金の残額より国民所得の低下の方が深刻な事態にたち至る)。
平時は借金を減らそうとするのはいいが、不況期には仕事を作らないとならない。従来型の雇用創出型公共投資は無効になってきている。そのためには目詰まりの目立つ、福祉や農業での重点化した財政支出が必要だというコンセンサスがほしい。

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2009.05.11

5/11 NHK日本の.これから・未婚時代の伊田先生のお怒り

三宅民夫が出てくるたびに気持ち悪くなるので見ないことにしたが、先回の「日本の。これから」「未婚時代」はひどかったらしい。伊田広行さんが怒っている。彼の言うとおりなら私もひどいなぁ、と思う。

婚姻率が上がらないことが、男の野性性が足りなくなった、みたいな話で、野性性というのが、デートでおごることで議論が終始したようだ。女子アナというから武内陶子のことだろう、デートでおごらないと宣言する男を嘲笑するよう誘導したらしい。

質が低い。

自分で喰ったものぐらい自分で始末できなくて大人か、と聞きたくなる。もちろん収入差に応じて負担を変えたりする配慮は必要かも知れないが、20代30代の男女なんて、男が必ずおごるほどの差ではないだろう。

常識に阿って、教養もない常識で煽りをすることがどんなに下品だか武内はわかっていないのだろう(信条に反して三宅に合わせているだけだったらごめん)。また、キー局の女子アナというのが、高給を取った上に金持ち階級の男におごられて遊んで生きているみたいなイメージを作られているんじゃないか。ああいう人種があまり好きになれない私は、心配する必要もないけども。

●この番組、朝まで生テレビみたいな露骨な話もなく、常識論・俗論ばかり競わせて、しょーもない古典的価値を押しつけようとするから嫌いで見ないことにしている。視聴者集めて俗論しゃべらせて垂れ流すのではなく、ちゃんとドキュメント番組を作れ、取材しろって。視聴者参加の名のもとにレベルが低いことしすぎる。

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5/11 「何が資本からの自由だ」

赤木智弘さんの「深夜のシマネコ」、労働運動をしている人間には耳に痛い話が多いが、オーマイニュースの破綻に対するコメントでは大笑いしてしまった。1本300円で記事を書かせていたみたい。

こうした「スキルを持っている人が、どこか外からやってきて、安く働いてくれる」という思想は、まさに非正規労働者に対する期待と同じですね。  人を大切にしなければ、当然、記事全体のレベルは落ちていって、ユーザーから飽きられるし、期待を持っていた人からも愛想を尽かされるに決まっていると。

 ところで、ここに日本版オーマイニュース創刊時の記事があるんだが、何が「資本からの自由」だ。
 人間、金がなきゃ生きていけないんだよ。労働者を資本から自由にさせたかったら、十分な金を与えろ。
 金に困ったことのない俊太郎だから、何も考えず自由とか偉そうなことを口にできるんだろうなぁ。
 俺には、なんで鳥越が大物ジャーナリストみたいなツラをしているのかが、さっぱりわからん。

●もう1つ。保育所の供給不足を計測した論文。これを紹介しているsocioarcというサイトのコメントがいい。

保育所を増やすから需要が伸びる訳じゃなくて、働きたいから保育所が必要、ということで、労働力率を上げいわゆるM字カーブを解消しようとすればまだ全然足りない。

朝霞市役所や埼玉県庁が「保育所を増やすから需要が伸びる」などというコメントを時折出しているが、M字カーブの谷間が埋まるべき社会になっているという認識をしていないか、わざと世論をミスリードしている。首都圏の自治体は専業主婦のいる生活スタイルに依存して、勤労者に対して安易な行政運営してきたから、こんなバカなコメントを平気で出せる。
しかし、市議選や市長選挙なると、保育園に入れてあげます、保育園作ります、保育料補助します、とみんなが口を揃えていう。わけがわからない。朝霞市長の選挙もそうだった。「保育所を増やすから」と言っている市役所の現職市長だろう。
それから、ふだんは、後援会の集まりなんかで、保育園に子どもを預けるのは育児放棄だ、なんて陰口をたたいている政治家が多いのに。

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2009.05.07

5/7 和光市長選挙・松本たけひろ立候補予定者に聞く

以前、私のブログにコメントを寄せていただいたり、朝霞市政についての市民運動「今後の朝霞市を考える会」の財政の学習会で講師で来ていただいた松本武洋さんが和光市長選挙に立候補する準備を進めている。
朝霞市長選挙が事実上の不発に終わり対抗軸のある選挙ができなかったことの悔しさが残る今、隣の和光市で市長選挙に挑戦することを決意した、松本さんにインタビューを申し入れたところ、選挙前の忙しい中、受けてくださることになった。
政策(マニフェスト)については、松本さん自身のホームページや政治活動ビラで広報されている。ここでは、政治家松本さんの政治家としての生き様や考え方について聞いてみることにした。

--今回、なぜ市長をめざそうと思ったのですか

松本 和光市の市議会議員になってから、市長として、このまちの経営をしっかりやりたいという目標はありました。このタイミングとなった理由は、市議会議員になってから和光市の状況を見ていて、お金を使っているのに市民の中に満足度が低いという問題を感じたからです。つまり、市のお金の使い方がハコモノに偏っていて、維持費や建て替え費用などまったく考えられていないのです。このまままた4年間同じことを続けさせてはまずいと考えたからです。


--普通の人の感覚を和光市役所に持ち込むことの大切さが問われていると思います。松本さんは市議になるまでの生活はどのような生活だったか・どんな人生を送ってきたのでしょうか?

松本 家族の事情で和光市に住み始めました。住んでみると仕事に便利で、住み続けています。市議会議員になるまでは、東洋経済という出版社の編集部に勤める会社員で、朝の地下鉄で出かけ、22時から終電の間に帰る、という日々でした。毎年経済や会計の本を30冊前後作っていました。常に仕事に追われていました。多くの和光のサラリーマンの生活とそんなに変わらないのではないかと思います。


--どうして政治家になっることにしたのですか?

松本 2003年の朝霞地区4市の合併の時に市政に興味を持ちました。合併の議論を見ていると、700億円といわれる合併特例債を使ったハコモノ計画など、ずいぶん社会の常識と離れた議論をしていて、普通の社会の常識のある人間が行政に関与しないと危険だと思いました。
いろいろ考えるうちに「自分でやってみよう」と思いました。


--市議になって発見してきたこと・自分が変化したと思うことはどのようなことですか?

会社員としての自分には社会の一部しか見えていなかったと思います。会社では見ることのできないいろいろなことを知ることができたと思っています。
世の中には本当にその日の生活に困っている人、障がい者をはじめとする行政の支援を必要とする人々については頭で分かっていても、実感したのは議員になってからです。
また、和光という狭い町にも自営業者や地主など、会社で仕事をしているだけでは接点の少ない人々がいて、そういう人たちのおかれた立場とか考え方も触れることができました。
もちろん、サラリーマン出身ですから、市役所に意見を出しにくいサラリーマン、埼玉都民の声を自治体に反映させていくという課題がありますが、それ以上に、埼玉都民の関心を政治に惹きつけるか、ということを強く思うようにもなりました。
この6年間で、より広く世の中を見られるようになったと実感しています。


--最近、どんな時代の変化が起きていると見ていると感じますか。そのことが和光市にどんな影響を与えていると考えていますか。それに対して松本さんがどのような考えで臨もうとしていますか。

松本 公共の担い手が変わってきていると感じています。とくにずっと経済成長する時代ではなくなったことが大きいと思います。成長し続ける社会であれば、成長の余白が多く、税金でいろいろできたと思います。経済成長できないということは、そうした余白がなくなっていくことで、みんなで持てる力を出し合う社会になっていくと思います。
そういう観点で、マニフェストをまとめました。


--もし市長になられたらどのような市政運営をしたいですか?

松本 ふつうの人、政治の近くにいる人でない人もという意味ですが、ふつうの人が納得いく行政でありたいと思います。ふつうの人の疑問が解かれていくことが大事です。いっぱいの人がこれはこうした方がいいと思っていて、やり方を変えるだけでできること、コストがかからないでできることは、何とかできる市役所にしたいと思っています。〈インタビュー終了〉

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2009.05.06

5/6 しつこいけども高速道1000円問題・トラックドライバーは泣いている

高速道路大渋滞。1000円問題についてNHK19時と21時のニュースの取り上げ方が対称的。

19時には、マイカーを乗り回し、善政に喜ぶ庶民を取り上げるスタイル。政府のやったことは善政だったという評価だろう。

21時には、逆に渋滞に泣くトラックドライバーが取り上げられていた。岡山→東京が3日かかったという。700キロぐらいの距離を48時間で走ったわけで、時速20キロにもならない。ママチャリを飛ばしたぐらいのスピードである。しかもトラックドライバーがぼやくのは「われわれは1000円はなりませんから」と吐いて棄てるような言葉。ゴールデンウィーク返上で働いているのに、道楽でマイカーを使っている人に取り囲まれて、渋滞で仕事がままならない、そんなことの静かな怒りを感じた。

調べてみると確かに大型車は割引対象外で、高速バスなんかも渋滞で遅延させられて、かつ割引対象外ということである。

なんだか割り切れない。
この国の政策決定の価値観をあらわすようなものである。モラルや民族主義的な高説を垂れるのに、個人の欲望を刺激することに何のためらいもない。必死にゴールデンウィークで働いている人がどんなになっても気にもかけない一方、道楽でマイカーを乗り回すことを奨励する。労働とか、生産とか、ダサくて、忌避すべきものなのだろう。もっと金融業者みたいに効率的に稼いで、ゴールデンウィークはマイカーにでも籠もっていろ、とでも言いたいのだろう。
環境重視とか、グリーンニューディールなんて言っているけども、結局、そんなものである。

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5/6 埼玉4区の怪奇現象

和光市長選挙に関して、知人で何度か自治体財政の学習会でお世話になった松本候補にインタビューしてみたくなり、和光市を訪れる。

Yagishita上田清司知事は、すでに柳下長治氏を支援し、市内のあちこちにこの写真のような知事と柳下氏の二連ポスターがはりだされている。また、上田氏の後援会連絡所になっている方の家、上田知事を支援する地方議員、上田氏と関係が深いと言われているJC、商工会関係者の家や事務所にこのポスターがはりだされている。


Nogiところがびっくり。今日、、和光市内に配られた現職市長の野木氏の後援団体のチラシに「応援してますよ!」とある。柳下氏を応援しているんではなかったのだろうか。

市長選挙に当選するのは1人しかいない。それなのに2人に応援しています、とはどういうことだろうか。柳下氏に勝算がなくて上田氏は切り捨てたのだろうか。それとも上田氏が八方美人で二股かけているのだろうか。

パソコンのゲーム「信長の野望」でも、同盟の破棄と敵味方の入れ替えはモラルの崩壊がおきて叛乱が起きるよう設定されているように、政治にとって二股や理解できない敵味方の入れ替えは、権力基盤の崩壊につながる行為であり、納得性の高い説明を果たさない限りやるべきではないことである。それを平気でやらせているということは、この地区の政治関係者の上田氏との関わりに問題があると言わざるを得ない。

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2009.05.05

5/5 自治体の非常勤職員の任期を考える

総務省の「地方公務員の短時間勤務の在り方に関する研究会報告」というのが出ていて、それにもとづく自治体通知が4月下旬に出されている。

この中で、自治体の非常勤職員の任期は、予算によるものだから1年以内であるべき、としている。
※公務員は、法解釈によって雇用契約が認められないため、当事者合意の任期ではだめということになるため、ルールが必要になり、そのルールの根拠となる考え方が必要、ということである。
※また、臨時職員については、明文で6ヵ月以内、1回更新のみと位置づけられていて、今回の話の本題からずれるのでその是非についてはひとまずおいておく。

確かに、際限のないお手盛り雇用にならないためには、議会や市民に対する同意をする仕組みをかみこませることが必要だということは、私もそう思う。

問題は、それがすなわち予算な案の承認手続きでいいのか、ということである。予算を非常勤職員の雇用期間の根拠とする問題点として2点挙げたい。

①予算は予算のためにあり、雇用そのものを決定するものではないこと。予算が最上位の根拠となる行政施策は裁量行政という位置づけであり、職員政策がそれでよいのか、という疑問がある。
というのも、正規職員以外の職員の雇用手続きを定めた条例を自治体が作った場合には、どちらが優先されるべきなのだろうか。職員政策は自治事務であり、自治体の判断が優先される。となれば縛りはそれぞれの自治体で定める条例や要綱などの重さにより、いちがいに予算であると言い切ることはできないだろう。

②予算承認に民意の源泉を求めるとする場合、予算の提案権がどこにあるのかという問題がある。
今の地方自治法では予算の提案権は首長にしかない。市民の提案権はないどころか、議員でさえ解釈によって減額修正案を提案するのが権限として限界となっている。
自治体は大統領制のように首長を直接選ぶことになっており、そうであれば予算編成権は議会にあってもよいぐらいだ。議員内閣制の我が国の国会ですら、国会議員に組み替え修正案を提案する権利がある。予算提案権を制限するのは不思議なことであるし、自治体議員の権限を縛るものとなっている。

つまり自治体財政というのは、極めて官治主義的なもとにおかれている。

ところが、日本国憲法では、自治の本旨にしたがい、自治体は民意で運営され、その上で職員政策がある、という前提が必要だが、臨時・非常勤職員の雇用根拠が市長にしか提案できないとすると、市民にとって必要な仕事を議会が上積みしても、市長がそれを理解しなければ予算案で職員が手当されない、ということが起こりうる。マンパワーの必要な新規事業の決定権を、市議会から奪うようなものである。それに問題はないのだろうか。
現実の市議会に、事業提案能力がないため問題にならないが、今後、議会改革が進み、議会がさまざまな施策を提案し、条例化していけば、いつかこの問題にぶちあたる。

したがって、自治体予算を根拠に非常勤職員の任期を決めるやり方は問題が多いと言わざるを得ない。予算がどうであれ、本来は正規職員以外の雇用を行う必要がある自治体は、その雇用根拠となる条例を作るというのがあるべき姿ではないかと思う。予算で雇用するのは、条例の代替的根拠でしかないだろう。

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2009.05.03

5/3 1000円の高速道路を使い倒す前に渋滞で浪費する自分の人件費を計算しよう

いくら高速道路が1000円だからと、77キロもの渋滞に突進していくことが賢いのだろうか。自分たちの人件費がもったいないと考えたことがないのかと思う。ガソリンを浪費するようなことにしか楽しみを見出せないのだろうか。

そういうことは私的な感情はともかく、本当に腹立たしいのは、今回通行料を1000円におまけしてくれたのは高速道路会社ではないということ。差額は政府が税金や埋蔵金、赤字国債から高速道路会社に払う。このことがあまりにも知られていない。政府の景気対策として行われる、ということはそういうこと。政治が民営会社に我慢を強いて政策実現をするようなことは、日本ではあまりない。

そうして、高速道路会社は77キロの渋滞を尻目にぼろもうけをしたということ。いまや民間企業だから、増収分が役員がどんな報酬になろうと、利権的な子会社に発注として流れようとも、メスが入ることはない。

日ごろ税金の無駄遣いをなくさなければ増税を認めないなんて言っている国民が、今回、渋滞に参加することで無駄遣いに加担したということになる。道楽で旅行したことにどうして税金の補填がされなくてはならないのだろうか。

●こんなことして、本当に経済効果があったのだろうか。
高速道路会社と石油会社が儲かったのは間違いないが、JR、地方バス会社などは減収。どっちを富ませて、どっちを貧しくする方が経済効果があるのかと考えるべきだろう。高額報酬の道路会社の役職員や、石油会社の社員を喜ばせて、平均的賃金かそれ以下の公共交通従事者を苦しませたら、消費はどのような動きになるのだろうか。

●民主党は自民党のこの政策を批判していたが、民主党も高速道路無料化を選挙公約にしている。
そうした高速道路利用料を軽減・免除するような施策の結果としてある今回のこの沙汰をどう見るのだろうか。党内には環境問題をライフワークに捉えている議員も多い。そういう人たちがこのようなガソリン浪費促進政策をどのように捉えているのか聞いてみたい。

●右派の変な教育評論家みたいになるのであんまりこういうことを言いたくはないが、バブルくらいからだろうか。
週末に、家族単位でマイカーで旅行する雰囲気が出てきたが、あれが人間の社会性を著しく落としているように思う。計画立てて行動しない、時間を気にしない、車の中でのひきこもり家族としかいない、看板の大きな店や、旅行ガイドに掲載されるような店しか行かない、など、何か問題のように思う。中学校のときの担任がこのことで嘆いていた。

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5/3 何にもわかっていない待機児童対策

隣の市のことをあれこれ言うのもよろしくないが、このあたりの政治家の保育所観が見えるようなことがあったので。

和光市の市長選挙に出ようとしている柳下氏陣営の「保育園・学童保育の待機時0へ・その1、保育園」が手に入った。こんなんでいいのか、と思う。このあたりの政治家は・・・とまたため息が出る。

 柳下氏が待機児を深刻な課題として受け止めようとすることはいいと思う。
 しかし「待機児を0にする対策とは、待機児をあずかる以外に方法はありません」と同義反復にすぎない、何もわかっていない言葉が出ていて、以下、問題の本質をきちんと把握していない対策が書かれている。

 柳下陣営は、保育園を新設することが容易でない、という前提から、今すぐ実行することとして、無認可保育所に入っている人への補助が打ち出されている。そこで引用されている
「朝霞市は、無認可保育園にも、そこへ通う個人にも補助金を出し、認可保育園の利用料と変わらない負担になるようにしています」
というのが本当だろうか。朝霞市が無認可保育園へ補助しているなど初耳である。施設への助成は問題があるからと、保育料負担を軽減するための個人への助成になっている(実際には、保護者の頭を通り過ぎて直接保育所運営会社に振り込まれている)。

 その水準も、確かに、生活保護受給世帯や低所得層には認可保育所に預けるのと同じぐらいの手厚い補助になっているが、夫婦で住民税が20万円を超えると、最低水準の補助で月1人7000円程度である。親の片方が年収400万円でもこの水準に到達する。年収1人300万円の夫婦ならこの水準に到達する。無認可保育所の保育料が月1人60000円~80000円であることを考えると、明らかに認可保育所に預けるより不利になる。パラダイスみたいな補助ではない。
 何万円も補助してもらえる層の世帯については、認可保育所での入所審査で得点が高く配分されており、勤務時間が変則的だとか長時間でない限り、通常は認可保育所に預ける。したがって、無認可保育所を利用している大半の家庭には、7000円程度配っているに過ぎない。これは地方交付税の積算根拠で、本来認可保育所や各種の子ども福祉事業に使われるとなっている児童福祉費を吐き出している程度である。
 朝霞市は無認可保育所利用者を支援しているが、認可保育所と同じなど、そんな立派なものではないことを和光市民に誤解させている。

 また無認可保育所を定着させることの副作用も考えるべきだろう。朝霞市内に定着した20以上の無認可保育所で働く人たちの賃金が、時給800円前後であることも認識てしおくべきだろう。それは圧倒的に少ない公費の中で、保護者負担に何とか耐えられる保育料で運営しようとすると、大きく占める原価=保育士の賃金にしわよせせざるを得ないからだ。また、長時間保育や変則勤務の保護者に対する保育、休日保育、外国人児童など、無認可保育所がやるものだ、と地域の空気ができてしまって、認可保育所は長時間開所など「子どもにとってよろしくない」と責任放棄をしても頬被りできてしまっている。そのことで一部を除き、認可保育所での実施が全然前に進まない。
 無認可保育所利用者を支援することは応急的措置としてはいいが、それが恒常的な制度になってくると、低賃金保育士を酷使する保育が定着していくことになる。それでいいのだろうか。国費や県費を突っ込んで、無認可保育所を認可保育所に転換させていくロードマップが必要だと思う。それがない。

 保育園の新設で民設民営にすればできる、と言っているが、何の根拠があるのだろうか。民設民営とは、手を挙げる事業者がいなければできない。その手段として、絵に描いてあるのは「地主さん」「土地を持っている方」の好意という、何とも頼りない話である。彼らは保育園に困ったことなどないもの、そう簡単に土地を出すのだろうか。朝霞市でも塩味市政時代に、保育園用地の確保のために地主に地価をつり上げられ断念した話を聞いたことがある。
 政府は、保育園が公立であることは非効率だとして民設民営にこだわってきたが、そのことで土地の確保、事業者の確保に困難をきたしてきた。それでも朝霞市では急速に民設民営の保育所が増えたが、これは10年以上にわたる無認可保育所育成策の結果、事業者の方が無認可でだらだら続けていても発展性がないとして、認可保育所の増設に取り組んでいた当時の県政と連携して、意欲的に取り組んだ結果である。それでも20園以上あるうちの5園がやっとだ。資金も潤沢ではないので、地理的に不利なところが多い。
 意欲的な事業者を長期間育成しない限り、民設民営のチチンプイで待機児解消など無理である。すぐになどできないのだ。

 さらには、民設であれ公設であれ、保育所を増設すれば市負担分だけで1園1億円以上の負担を覚悟しなければならない。しかし、柳下氏は、学校は新設する、高齢者に入院セットを配る、医療費助成は拡大するで、財政支出の拡大政策ばかり並ぶ中で小さな政府にすると主張しており、、どのようにして待機児解消などできるのか、まったく理解できない。

 民営で増設しても質を確保するために「行政の監督方法も適性な形に」となっているが、そんな政治公約として裁量行政のようにやる時代ではない。2000年に改正された社会福祉法で、福祉事業者は第三者評価制度の導入をすることが努力義務とされていることを知らないようだ。和光市の保育行政で1回だが過去にこれをきちんとやっている。私はこれを非常に高く評価している(朝霞市は法律にも書かれていて、市の地域福祉計画などに書かれているのに、1回数十万円の支出をけちって一向にやらない)。

 未来に向かっての待機児解消の最大の手段は、開発抑制である。無軌道な開発を市が追認すると、ちょうど子どもを抱えたり結婚したばかりの家庭が流入してきて待機児問題が深刻な事態になる。90年代後半~01年ぐらいにかけての朝霞市がそういう状態だった。流入してくる住民に罪はなく家の購入のために多額の借金を背負って住んでいるのに、さらには福祉サービスで開発して儲けた連中の犠牲となるのだ。アメリカウエスタンのような話である。開発利益に対する尻ぬぐいを行政が行う仕組みそのものを見直す必要があるのではないか。

●子育ての当事者でもない人が、当事者でもない人から聞いて書いていると形ばっかりの話になる、という見本ではないだろうか。福祉は、結果がどうであれ当事者からきちんと話を聞き、誠実に前に進めるということの積み重ねでしかない。

●柳下氏を支援しているは上田清司知事らしいが、知事が推進している教育政策は、母親が保育園に子どもを入れて愛情を注ぐことを放棄することは問題児を作ることになる、という価値観ではないか。何とも矛盾した話である。

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2009.05.02

5/1 祝メーデー80回

本当は今日がメーデーの日。先人たちが血を流し、弾圧を受けた歴史の中から、今日があることをかみしめるべき日。

バブル期に貧困がなくなったかのように言われ、そして90年代の市民主義の謳歌と、団塊の世代が富裕層化した結果(そしてその子どもたちが留学だの自己実現だのやれるひとときの余裕があったため)、労働と生活がどっかいっちゃった社会変革の議論ばかりが続いた。その結果が醜悪な小泉構造改革と、その反動としての今日の景気対策の理念なき大盤振る舞い。

毎日新聞の夕刊に「労働運動は今」という記事が出ていて、昭和女子大の木下武夫さんが良いことをコメントしている。

労働組合とは、労働力という商品の安売りを団結によって防止する団体です。たったそれだけのことです。社会の体制を変革するための団体では決してありません

後段のコメントはそのままウンと言えるわけではないが、少なくとも前半はまったくその通りで、このことが理解できないと、労働組合は単なるインナーサークルの互助組織としか理解できない。結果、正社員の特権を維持し拡大するためだけの機能しかなくなる。賃金や雇用の安定ばかりではなく、福利厚生や社内行事、出張みやげのお菓子配りまで、「組合費の対価」という言葉のなのもとに差別して当たり前という感覚が染みついてしまう。
非正規労働者や派遣労働者、請負会社の労働者に労働組合を作って入れていくことの意義が理解して、労働力を安売りせざるを得ない状況におかれた彼らと手をつなぎ、安売りしなくてよくすることが、みんなを守ることになる。

しかし、現場では、あいつら、こいつら、という労働者どうしの足の引っ張り合いがどうしても起こる。それを何とかするのが専従者の仕事だと思う。

もう1つ、日本の労働法というのが非常にラジカルなもので、団結権においては世界水準から相当ラジカルであるし、協約締結権(団体交渉権)においては、日本の法体系の中では異色の、法の支配が貫徹している世界である。団結権をベースにした交渉にもとづく労働協約が尊重される仕組みになっている。

しかし、組合組織率の低下で、労働組合のある職場が、経営者に容認されている職場ばかりになってきて、労働協約権の重みがだんだんなくなっている面も否定できない。

あと最近の動きでは、NPOやワーカーズコレクティブのように、能動的な働き方がポジティブに捉えられ、数は少ないものの広がる可能性が出てきている。それ自体はすばらしいことだ。しかしそこで大事なことは、そこにも所詮使う・使われるという労働がどうしてもあって、そこで得られる報酬が、自己を再生産させることができるかどうかという問題もある。そのことを直視すべき段階に来ていることだろう。そしてNPOやワーカーズの労働者にも労働基本権を認め、彼らは彼らなりの労使のあり方を確立すべきときにきている。

そうしたことを噛みしめる、記念日である。

第一回メーデーのスローガン、「八時間労働制の実施」「失業の防止」「最低賃金法の制定」が、今日、再び重い課題になっている。

晴れた五月 【作詞】江森盛弥 【作曲】関 忠亮
1.晴れた五月の青空に/うたごえ高くひびかせて/進むわれらの先頭に/なびくは赤い組合旗
2.歴史も永いメーデーの/血でそめられたこの旗は/ああ万国の労働者/団結せよと叫んでる
3.人民解放戦線の/前衛われら労働者/たたかいぬこう勝ち抜こう/かかげよ高く赤旗を

ついでにインターナショナルもと思ったが、またの機会に紹介したい。

●はてなキーワードにインチキが書いてあって、インターナショナルの解説が「1917年~1944年の間旧ソビエト連邦の国歌でもあった、最も有名な共産主義の歌の題名でもある。」となっている。どいつだこんな知ったかぶりを書いたのは。
インターナショナルは、最も有名な労働歌である。発祥はフランスである。共産主義と一線を引いている西欧社民主義やその傘下にある労働組合もよく歌うし、意外にも、旧民社党系労組もよく歌うから、共産主義の歌ではない。本当に失礼してしまう。日本では、社会党右派系労組が歌いたがらないので誤解されている。さらにソ連は、この国際労働歌を国歌にしてしまった。ただし、これを国歌としていた時代は、ソ連はロシア民族のものではない、と自己規定していたから矛盾はない。
ソ連がロシア民族を中心とした国として残らなくてはならない、とスターリンが自己規定し直して、国歌が変わった。共産主義色の強かった歌詞は変更され、今、ロシア正教とロシア民族の栄光を讃える内容になっている。

●団結権を行使しない朝霞市の職員はどうするつもりなんだろうか。3年後に人事院が廃止されて公務員に労働協約締結権が降りてくる可能性が高い。そのときに組合もないなんて、人事当局にいいようにされても文句が言えない。組合もない職員の賃金・労働条件について経営者は好きにやってよいというのが法の支配のもとにある日本の労働法制である。

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2009.05.01

5/1 家の南側に13階建てマンション

Proud001家の南側の、細い路地の中に建設中のマンションがある。周囲は2階建ての住宅が並んでいるいい裏路地の雰囲気を残しているところにだ。
これまで、細い路地に面しているからせいぜい5~8階建てだろうとたかをくくっていたら、今日入っていた新聞折り込み広告で13階建てであることが判明。道路計画があれば、面している路地に似つかわしくない高層マンションが建てられるらしい。

リゾンの規格型のマンションも、基地跡地の公務員宿舎も、何もかも朝霞は13階建て。ちょっとした通りがあればみんな規制が緩くなっていて、通りに面して屏風のように13階建てのマンションが並ぶ。
うちの近くも新座市から朝霞市に入った途端、マンションが5階建てから13階建てになる。和光市から入っても2階建ての住宅街から13階建てのペンシルマンションが林立する。
Proud002あまり美しくない街である。

そういう規制しかしないこのまちの都市計画に、うるおいだのにぎわいだの、空虚な言葉が並んでいるねぇ、と法政大学の五十嵐敬喜教授は揶揄していただいたが、家の間近でこんなことを実感するとは思わなかった。

マンションで一儲けする連中たちがやりたい放題だからこの街は。そして商売人たちは商工会を通じて市政を牛耳っていて、商工会やJCを通じて我慢が美徳のような教育理念を定着させようとしている。何だかあほらしくて笑うしかない。どっちが我慢してもらいたいものか。

しかし、こうしてマンションが建て続けられて、次々に子どもを抱えた人が入ってくる。保育園はないわ、小学校は偏在しているわで、どうするつもりなんだろうか。悪いけどこのマンション買って、共働きで子育てしたら、ほんとう泣きを見るから。近所に保育所1つないですから。文句言っても市役所は日本語を理解する能力ないし、公共事業系の部署がエリートコースで、福祉や保育なんか、バカにしているから。

●最近、和光市を歩く。一戸建て中心の都市計画にしてあり、ほどよくぽつんぽつんと8階程度のマンションがある。あのくらいのマンションの比率がいい。

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4/30 朝霞市循環バスの見直しに関する意見を提出

朝霞市が市内循環バスの見直しの案をまとめたので意見を提出した。

見直し案
提出した意見

問題点は、見直しが小手先であること、高齢者や障害者の利便性を想定しているのに当事者との対話がなされずに事業が進められていること、交通不便地域の認識が甘いこと、委託方法に不明朗なやり方が多いこと。最大の商品価値をつくるダイヤに対する理念や考え方がないことも問題。

評価すべきところは、小手先の改革しかできないという前提では、バス路線の見直しやバス停の変更などすべきことは最低限している、という感じ。

それでも我が家のように民営バス路線が中途半端に通っているようなところは、実質的な不便地域の解消にはならず、最寄りの東上線の駅から東京の方ばかり見ることになる。

●最近、和光市や志木市にお伺いするが、バスの便が良くなったと痛感する。和光市の北口など、昔は1時間に1本、路線によっては1日数本のバスしかなかったが、今はだいたいきれいに15分間隔。志木駅の北口は路線が多様化して、多様化した路線が志木市役所まで同じところを走るので、志木市のメインストリートは駅から遠くてもバスが多くて不便に感じない。
朝霞だけがどんどんバス路線が貧弱になる。かつて一番多かった西武バスの朝霞駅・大泉学園駅間の路線も、以前は10分間隔だったが、今は、1時間に4本しか来ない。
本数はあと一歩だが、ダイヤのわかりやすさでは国際興業バスが努力しているなぁ、と思う。

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