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2009.03.30

3/30 学級会並みの法律文化に郷原信郎氏のいい批判

小沢一郎を政治資金規正法でやるのは難しい、とあちこちで言っている郷原信郎「思考停止社会 ~「遵守」に蝕まれる日本」(講談社現代新書)を読む。

小沢一郎の疑惑に対する法的な検証がきちんとしているので、読んでみた。

私の守備範囲で言うと、社会保険庁の「改ざん」が社会保険庁の職員の悪意によるものなのか、という疑問に、初めてこたえてくれる文章であったと思う。調査委員会の委員をつとめたことから、そのことの意味は大きい。

「改ざん」と呼ばれることをしなければ、労働者は年金権を失い、経営者は未納保険料のために資産差し押さえを受け、事業も雇用も年金もなくなっていた危険性かあったと著者は指摘する。そうした中で、年金管理を担う職員として、何とかやりくりする手段として、すでに納められていた保険料の中で滞納金を整理する必要があったのではないか、と言う。少なくともマスコミが言うように社会保険庁が、必要もないのに改ざんを経営者に勧めていたなどという事実はなかったと郷原氏は指摘する。

社会保険庁とその職員を必要以上に貶めて、普通なら失職しないような軽微なペナルティーまで含めて新組織移行の際に失職をさせるところまで報道は煽った。その結果、公的年金を管理する新会社に、社会保険庁職員は移りたがらず定員割れでスタートする様相。今後もバッシングもおさまる雰囲気もなく、新組織発足とともに、社会保険庁職員がいくらふんばっても努力しても、事務が維持できず、公的年金が崩壊するところまでいく可能性もある。

社会保険庁や職員への必要以上のバッシング、そしてそこから広がる担い手の不足、そして次には公的年金の管理の崩壊、それは、長妻氏の背後にいるアメリカ資本の思うツボなんだろう、と私は何度か指摘してきたが、ここにきて、現実味をおびている。

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3/30 知事選って必要なのだろうか

千葉県知事選挙で森田健作が勝つ。首都圏マッチョ4知事ダメ比べという感じになるのだろうか。

政府の論理が通じる順に、松沢、石原、森田、上田という感じ。
野蛮っぽい順には、森田、石原、上田、松沢という感じ。
抵抗勢力には松沢以外は、甘い。松沢以外は偽装新自由主義の改革派気取り。

どう比べてみてもため息しか出ませんが。

市町村なら、目の前の行政サービスであり、自治体の財政は自分たちのお財布の延長のように感じることができないでもないが、都道府県は、警察、学校、パスポートぐらいで、学校も市町村教育委員会を通じて運営されるから、ほとんど普通の人の前に姿を顕さない。その人が知事になったからと、政策効果が見えにくい。
したがって、有権者もこの人に任せてまずいとか何が良くなるかとか考える前に、イメージで投票してしまう。そして知事になろうとする人は、イデオロギー色の強いメッセージばっかり発信したがる。昔は革新知事がそうした役割をしていたが、今は、右翼タレントか、異色政治家ばっかり。

結果として、有名人の名誉双六の上がりだったり、国会議員の休憩場所だったり、国会議員志望者の踏み台としてのポストに成り下がっているように思う。

知事選挙というのは本当に必要なのだろうか。議会の互選か、官選知事を信任投票するので十分ではないか。首都圏も大阪もパーソナリティーが似たような人ばっかり選ばれている結果を見ると、今の制度がいいと言い切ることは控えたい。

県職員が公務員の中でも優秀な人がなることからも、知事がオッペケペーでも行政が回るということもある。

●脱藩官僚で、私がかつて国賊として呼んだ高橋洋一が、時計をこそ泥しようとして書類送検。
埋蔵金にしても風呂場の時計にしても、人の物も自分の物も区別のつかない体質。近代人ではない。

今日、電車で目の前の人が必死に呼んでいた住宅雑誌に、マンションを買うのに借金を増やしても、貯金を使い果たしてはいけない、という教えが書いてあったなぁ。

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2009.03.29

3/29 首長への損害賠償の放棄を内容検討もせず批判する悪質な記事

ブル新・朝日の面目如何という感じの記事だが、違法支出の賠償責任を議会が帳消しという記事。

違法な公共事業支出とかならともかく、自治体の非常勤職員(民間企業でのパート労働者)に一時金を出したことが違法だという大東市市議が提訴して市が敗訴したバカな訴訟に、市議会が損害賠償しなくてよろしい、としたことが題材になっている。取り上げた事例が不適切すぎる。市長の横領とか、政策判断のミスなどのような問題ではない。

最近、こうした裁判が大阪の行政オンブズマン(その多くは市議、市議挑戦者)から相次いで提訴されている。
富裕層の高等遊民のような市民運動家出身の市議が、市長や市役所との立場を優位にしようとして、法律的に立場が弱い人の問題をネタに、訴訟の技術も簡単ということで、狙い撃ちにされている。関西以外では東京都東村山市以外、こうした裁判はあまり見られない。あまりにも訴えることが下品だからだろう。

自治体の非常勤職員(パート労働者)に対する一時金・退職金の支払いについては、法律解釈がグレーであるる。
地方自治法では常勤職員は払ってよい、常勤でない職員は払ってはいけない、となっている。しかし裁判の判例では、それが常勤職員=正規職員ではなくて、常勤職員は、正規職員のほか、本来正規職員と同等の業務をする非常勤職員、あるいは、正規職員に比べて相当な時間数働いている非常勤職員も含まれると解釈されている。もう1つ、自治体の職員の給与は条例で定めなければならない(給与条例主義)という法律の縛りがあるが、その条例がどこまで詳細に書き込むかについては、型どおりの厳格解釈と、労使交渉をふまえるとする労働基本権などとの均衡で自治体の雇用者に一定の授権がされているという解釈が分かれて論争されている状況である。もちろん労働基本権がなくてリアリティーがないのか、裁判官は厳格解釈を支持し、ここで負けている。法学者のやや多数派は一定の授権を認める立場が多い。

ところで、この原告は何の利益があって、社会的弱者を踏みつけるような訴訟をやっているのだろうか。同類の原告の中には、「ヤミ手当」などと言い放っている人もいる。市民の多くは、彼らに学童保育や、保育所の延長保育、公民館業務などで労務を提供されており、その仕事がどうして「ヤミ手当」を受け取っているなどと罵られなくてはならないのだろうか。

この事例の大東市のかかる裁判の原告は大東市議である。給与条例主義で言えば、条例整備をすべき責任が市の当局の次にあるのではないか。それに頬被りして訴訟することはあまりにも無責任である。

市議会議員が立法に司法に解決を持ち込むべきでないとは言わないが、立法で問題解決ができることができるなら回避すべきだ。訴えるべきときは、遡及不可能な大損害が想定されるときや人権侵害に当たることを、他に容易な手段で止める方法がない場合に限られるのではないかと思う。
大東市のような非常勤職員の一時金・退職金について、遡及不可能な損害ではあるかも知れないが、市は労務の提供を受け、その労務は今日的に市町村の基本的なサービスである。むしろ一時金・退職金を払ったとしても、正規職員を雇わず人件費を節約したり、人事政策の矛盾を解消することに協力してくれた人という面での功労者でもあると言える。市議が訴えるなどというのはおかど違いとも言える。

そして、原告の市議会議員は、関西だから、おそらく、大東市から年1000万円を超える報酬を受け取っていると見られる。
自治体のパート労働者と話をしていると、同じような位置づけで隣の条文で報酬が払われるのに、議員の方や生活給以上のものが与えられ、実際に毎日のように労務を提供している方がワーキングプアであることの怨嗟はよく語られる。

誰でもが政治参加できるために、議員の報酬が低くあるべきとは私は思わないが、しかし自分ところの自治体で働く職員がワーキングプア状態におして頬被りして、あまつさえ、法律的にグレーであることをいいことに、そして一方的な雇い止めがあって強く反抗できない立場である足下を見て、その一時金や退職金を裁判に訴えるなど、狂気の沙汰としか思えない。

民間パートで同じようなことを考えればわかりやすい。パートでたまたま働いたところで、それなりに役に立ったと思って働いていたところ、パートを雇うことがそこの会社内の規則に反したからとして二世の専務あたりに上司がその賃金を会社に弁償させられたとしたら、働くということの意味を見失うだろう。

そういう種類の裁判の損害賠償を議会が債権放棄して、チャラにすることに何の問題があるのかわからない。だったら法律の本来の趣旨にのっとって、正規職員でその非常勤職員を雇ってやったらどうかと思うが、そういうオンブズマン体質の市民派議員が、正規職員を絞れ絞れの大合唱をしてきたのではないだろうか。その結果として住民サービスに見合わない職員数の穴埋めに、非常勤職員が雇われてきたのではないか。

そして、この債権放棄決議は、単に損害賠償請求を放棄するという目的だけではなくて、本来払われるべき常勤的勤務につく非常勤職員の一時金・退職金が給与条例主義によって適法でない支出とされたことから、給与条例主義にもとづく手続きに代わるものとして行われたものである。同様の訴訟があった茨木市でも同様の手続きが行われている。

単に、とんでもない契約や違法手続きで行われた事業の失敗による悪質な首長に対する損害賠償と意味が違う問題を、一緒のごとく扱っている記事は問題ではないだろうか。

●非常勤職員の一時金・退職金をめぐる裁判では、興味深い現象が見られる。
大東市と茨木市の裁判の原告の背景には、共産党色の強い自由法曹団所属の弁護士が担当している。オンブズマン団体の幹部も務めた弁護士なので、単に依頼主の最大の利益(この裁判でそんなことがあるのかわからない)のために働くというより、オンブズマンとしての主張に共鳴するか、一体の立場として担当しているのだろう。
一方、共産党系の自治体の職員組合が、非常勤職員の一時金・退職金の支給を問う裁判で、それを違法とする判決を不当と批判している。
もうちょっと党で意思統一されたらどうかと思う。これは共産党系運動の多様性の問題ではない。労働者の階級的立場に依拠しながら、政治を何とかしたい団体として、その職員を処遇することについてのポリシーが問われる。とりわけ公共サービスはできるだけ公務員であることが望ましいとしている政党の言うことなんだから。
オンブズマンの立場に近く、憲法より法律を優先して、自治体の奉仕者なんだから違法支出なんか受け取る権利がないんだ、と言い切るのか、まったく合理的理由もないのに一時金や退職金の支給をできないことはおかしいとする自治体労組の立場を代弁するのか、明確にすべきだろう。

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2009.03.28

3/28 相続税・贈与税の緩和は景気対策にならない

自民党の本質を語るニュース「麻生首相:贈与税減税を検討 消費拡大のため」

消費拡大のために若い人にお金を渡したいということだが、相続税を払っている故人が、全ての死者の4%しかいないのに、生前贈与を優遇したって、資産持ち一族だけを優遇するだけ。資産格差が世代を越えて継承されることを促す。

資産格差が相続や教育などで世代を越えて繰り越されることの問題が指摘されているが、そのことの検証が全くされておらず、自民党をとりまく資産家連中の生活感覚しか耳に届かず、願望が政策化されている。

質が悪いのは、減税すれば何か恩恵があると思わされてる相続税課税されるような財産もない一般市民が、諸手を挙げて賛成して絶賛することである。身近な人でも、資産家高齢者からの分配を促すと賛成する人がいたから、それは元々資産家のその息子たちに相続されて勤労意欲をますます下げるだけだ、と注意した。

逆に考えたらわかりやすい。年収200万で生活している人が、贈与税が下がったからと、どこからか寄付が降ってくるということがリアリティーあるだろうか。そうでないから、最低賃金すれすれのところで彼らはがんばらざるを得ないのではないか。

文化財の管理でもしているのではなければ、相続税・贈与税の課税強化して、その財源で、不労所得をなくして、低所得者施策や、まともな賃金を払えないでいる福祉労働者、医療労働者への分配に使い、消費性向を上げることや、教育予算に投じて、貧乏人の子でも意欲があれば高い教育水準が獲得できる社会にすることが本当の景気対策ではないだろうか。

●一方、厚生労働省が介護労働者に1兆円の賃上げ原資を作る検討中というリークを朝日新聞に流している。介護保険財政の総額からすると、1兆円は結構な率になる。前に進んだらほんとうにいいと思う。

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3/27 いろいろニュースが(北朝鮮ミサイルと地下鉄)

北朝鮮の自称ロケット打ち上げにともなって、朝霞にパトリオットミサイルが配備された。

北朝鮮にはいろいろ言いたいところがあるが、それは他の人が言ってくれることだろう。住んでいるところという狭い範囲だけの問題として、実際に、ミサイルがいつ発射されてもおかしくない状態にある、ということだろう。

本来ここで声を挙げるであろう地元の地方議員がこと北朝鮮には甘々にならざるを得ない立場にあるようで、手先だ何だと言われないためには声挙げられないんじゃないか、などと邪推する。

今回のこの事件、専守防衛で、共産党や一部の左翼を除いて社会合意を図ってきたことのギロリとした側面を見せられることになるかも知れない。

●続いて、東京メトロが平成21年度の事業計画をまとめて公表している。不動産や広告業に力点をおいていることと、過剰な安全への投資が目につく。運行管理がぐちゃぐちゃ、設備が未整備のままで、安全装置ばっかり増やしたら電車が動かなくなるに決まっている。安全という割には、人のリストラばっかりやっている。
注目すべきは、輸送改善実施というところで

イ.有楽町線・副都心線における中長期的な遅延対策の調査・設計・施工を順次実施する。

というもので、その内容がどのようなものか注目される。
中長期的ということは、根本的なネックを解消してくれるものだと理解すれば、間違いなく小竹向原駅の地下での平面交差の解消ということになるが、そこまで気前がいいものだろうか。その工事に着手して小竹向原での電車の渋滞や接続が改善してくれれば、このブログのカテゴリー「明日にも廃止を!副都心線」を変えたい。
予算で副都心線関連で137億円が計上されている。地下鉄の建設費が1キロ300億円と言われているから、300メートル分である。小竹向原の改良すべき距離には足りないかも知れない。渋谷での東横線直通のための工事だけかな。

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2009.03.26

3/26 理想の上司がしっくりこない

「理想の男性上司はイチロー、女性は真矢みきさん」
理想の上司・・・という記事を見て、その選ばれた人の名前を見るたびに、日本に政策中心で選挙が行われることはほんとうに難しいなぁ、と思う。

もちろんそこで出てくる人々は万人が認める立派な業績を作った人たちである。しかし過去には上司として素晴らしい人とは思えない人も少なくない。プレイヤーとして素晴らしくても、自分を管理し、自分に指示を下し、自分を評価する人物がどうあるべきか、そういう観点があまりにもなさすぎる。トップセールスはトップセールスでいた方が輝いていることも多い。

それは政治家の評価でも、職場などでの人事話なんかにも忌憚無く反映される。ダンディーで格好いい営業マンが前評判でエリートコースの部署の上司になってみたらとんでもないただの浪費家だったり、首相としてふさわしいなんて付和雷同して首相に選んだら、とんでもないあほで政局が迷走したり。

政治の世界では、安倍コール、鳩山コール、前原コール、麻生コールみんなそうである。どういうわけかマスコミがテレビの露出を異様に増やし、首相にしたい人というアンケートを作り、首相や党首になるが、能力が追いついていなくて、惨憺たる支持率になって、痛々しく退陣していく。

そう考えると、今の首相がダメなんじゃなくて、今の首相をつくってしまった世論や国民の感性や判断力の問題ではないかと思ったりもする。

●そういう中で、汚職があっても何があっても、一定の支持率を維持している小沢一郎は大したものではないかと思ったりする。あまり、近づきたくない偉い人だと思うが。

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2009.03.25

3/25 マッチョ・偽装新自由主義の4都県知事そろいぶみになるか

金賛汀「将軍様の錬金術」(新潮新書)を読む。

北に国籍を持つ在日朝鮮人が本国にどのようにお金を寄付させられ、やがてはそれが在日朝鮮人の銀行であった全国各地の朝銀信用組合の経営破綻になったか、ということをきちんと追いかけている。朝銀を守ろうとしてがんばって、朝鮮総連の活動家組織に左遷されたりする人もいたというような話も出てくる。独裁体制の中で、日本という土地という特別な条件があってもがんばって正しいことを通そうとした人がいたことに勇気をもらう。

●千葉県知事選挙で森田健作氏が優勢だという。もし森田氏が通れば、首都圏4都県の知事はどれも似たような困った人たちだなぁ、と思ったりする。没個性というか。4人とも、マッチョで、新自由主義で、でも自分たちの縄張りは土着(南欧型)ケインズ主義で。改革派のように見えて、とても古い体質を持っていたり。パフォーマンスばっかり、選挙参謀が三浦博史というのも共通した現象。
議員じゃなくて首長を選ぶんだから、と、千葉県民の良識に期待したい。
とまともな首長選挙もたたかえなかった朝霞市民に言う資格ないか。

●NHKの予算を審議する委員会の番組を見ていたら、土井亨とかいう議員の質問、俗論ばっかり。その前の秋葉賢也議員の質問もいかがかと思うところもあったが、それより質が低い。独立採算のNHKがどうしてこんな質の低い議論によって運営されなくてはならないのだろうか。NHKが民間企業的経営をしようとする中での不祥事(プロジェクトXの疑惑など)はどう捉えるのだろうか。

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3/23 共働きに役に立つ保育園を

田舎の男は封建的だから、女性の社会進出は遅れている、みたいな先入観が強いことは、いろいろな場で確認できる。共働き率が全国で高い地域と低い地域はどこか、ということに多くの人は全く逆のことを答える。

共働き率が高いのは福井県。続いて富山、石川と並ぶ。低いのは、神奈川県、東京都、奈良県、大阪府、兵庫県、埼玉県・・・。

面白い研究成果が出ているみたいで、朝日新聞で「働く女の壁、都会は育児・地方は介護」という記事になっている。

首都圏や近畿圏について言うと、本当に保育所のやっていることの水準が低い。左翼は子どもの権利をふりかざし、右翼は親子の愛情を強調して、延長保育を否定的に捉えているところも多い。そうして保育所から切り落とされたこどもたちは、もっと劣悪な保育施設に預けざるを得ないことに、自治体も保育関係者も「託児は保育ではない」とか、わけのわからない論理で頬被りしている。基本的な保育サービスもきちんとやっていないのに、すぐ質と称して、保育技術の話にすり替えるのも良くない。

家庭と育児が両立できなければ保育所の役割なんて意味がないんだってば。保育所ができが悪くて、保護者の仕事の仕方に無理がきて、そのことで保護者の家庭が維持できなくなって家庭崩壊したら、保育所があった意味なんて本当にないと思う。

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2009.03.22

3/22 伊賀市議選で稲森さんがトップ当選

03年都知事選挙の頃は成人になったばかりで協力してくれて、当時は川越の社民党に出入りしていた稲森としなおさんが、故郷の三重県の伊賀市議選でトップ当選。お祝いしたい。

稲森さんは、20歳前後を過ごした埼玉県西部にも関わりが深く、一昨年行われた朝霞市議選や、昨年行われた新座市長選の応援に来ていただいていたようです。

●ブログで市議の不人気投票させたり、市のホームページで全職員の年収を公開した竹原阿久根市長に不信任をつきつけて、返す刀の市議選が行われた結果、反市長派が全議席の3分の2の11議席を獲得。不信任案の再議決が可能になった。再議決されれば失職し、市長選挙となる。
新幹線のルートから外れ、農業だけで生き残らなくてはならない阿久根市のようなところで、政治ゲームに年がら年中あけくれるような市長では、大変なのではないかと思っている。
竹原市長に対して「ブログ市長」というあだ名が付いていることに少し面白くない。ブログを書いている市長はゴマンといる。マスコミでは、ブログを書いていることが問題のように言われているが、ブログで書いている中身、ブログ上でやっていること、そもそもの本人の主張や行動が政治的に問題なのではないか。

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3/22 メディア汚染なんて言うつもりはないが

子どもにつきあって、仮面ライダーとプリキュアを見たが、話が何だかちんぷんかんぷん。子どもにこれがわかるのだろうか。子どもも戦闘シーン以外は注意力散漫。

単に話が難しいならがんばってついていくべきと思うが、話が複雑に入りくんでいて、相当に深く関心と注意力を払って見続けないとわからない。それが子ども番組というのはどうかと思う。あんまり凝りすぎない方が。

それと、しょっちゅう入るコマーシャルは、携帯汚染や携帯サイトの誘惑どころではない、コマーシャルによる欲求の刺激の連続。教育改革だの何だの言っている人たち、どうよこれ。携帯がどう、携帯サイトがどう、プロフがどう、そんなもぐら叩きをやるよりも、今の社会がメディアによる刺激によって成り立っている現実を直視しないと、何にもはじまらないんじゃないか(特捜検察のマスコミへのリークなんかもその1つだと思う)。
昔は、キャラクター入りのふりかけだのお菓子だのが広告の主だったように思うが、高価な電子機器のおもちゃの広告のオンパレード。いちいち欲求に反応されたら財布がもたない。

先日、「歌のおにいさん」をたまたま見ていたら、ディレクター役の木村佳乃が主人公のお兄さんに、何でこの時間に子ども番組があると思う?お父さんお母さんが家事や出かけの支度に忙しくて、子どもにかかわっていられない時間に、私たちが安心させてあげるのよ、というようなことを説教していて、なるほどと思ったが、本当にそうなんだ。

●昨年7月の議会改革のシンポジウムで知り合った由布市の市議の小林華弥子さんが、先日の野焼きの事故死をめぐるマスコミの取材と報道に怒っておられる。
野焼き事故のマスコミ報道に怒り

まったくその通りだと思う。
常民の代表であるマスコミには、マイノリティーである牧畜というものがどういうものなのかイメージが少なすぎる。この小林さんの文章からは、昨年読んだ「神なるオオカミ」のモチーフと共通のものを感じる。そしてこのマスコミ的関心の持ち方は、マジョリティーの日本人的なものだとも思う。

由布院のまちの価値は、観光しか見えにくいが、そのまわりに、牧畜があったり、農耕があったり、自衛隊の実弾演習があったり、生活と関わるさまざまな奇特な課題とともにある。そういうことはマスコミ的にはなりにくい。

●牧畜とか、林業とか、世代間を引き継ぎ、息の長い仕事は、強く保守的な価値があって維持されるものだと思うが、右派・保守派・ナショナリストはそうしたものの価値に本当に無頓着で、男女がどう、日教組がどう、中国がどう、郷土愛がどう、比較的どうでもいいことばかりにこだわっているのではないかと感じる。

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2009.03.21

3/21 保育政策の事実認識の違いで麻生首相を笑えるか

朝日新聞が、待機児童問題、首相の認識不足あらわ「急に増えたよね」と突っ込む。待機児童問題を正確に把握していないことを揶揄している。

しかし、これは首相だけの問題かと思う。保育所についての政策的な正確な認識は、厚生労働省、保育園を考える親の会などの保護者団体や保護者、共産党系の諸々の保育運動団体、民間保育所経営者団体、自治労、自治労連、保育福祉労組などの関係労組、一部の専門家ぐらいしかない。

地域社会でも、保育所の政策を担当している市役所の職員は3年で入れ替わるから本当のことはよくわからないし(中には福祉畑を左遷コースにしている呆れた自治体もある)、保育所の職員は保育所の中身の問題しかわからないし、昼間市内にいる人は保育所のことなんかどうでもいいし、直接の利害関係者である子どもは政策を語れないし、保護者は仕事と家庭の両立で手一杯で市役所に頻繁に通って何かしてもらうことはできないし、誰もわからないで、こうやるといいだろうという先例と伝聞が政策になっている。そんなものである。
※だから、もっと簡単な役所の業務より先に、給食調理などとともに民間委託の対象として行政効率化のターゲットにされてきた。朝霞市でも、ほとんど無審査に近い委託が行われている。

おまけに、これから政権を担うであろうしがらみのないことを美徳としたがる大野党は、保護者団体、関係労組の保育政策担当者、保育所経営者団体との、この問題での正面からのパイプを持たないために、保育所のことなんか規制緩和のネタにしか語れない議員ばかりである。そういう粗雑な議論の仕方がこの問題を複雑骨折させている。

マスコミも同様で、ようやくここに来て規制緩和を問題だと言うようになったが、以前は、規制緩和勧善懲悪チチンプイ神話にのりかかって、待機児童問題の議論をしてきた。保育所のサービスがいまいちなのも、規制緩和の不足というような論調。そうではなくて人が手当できる十分な財源がつかないことと、自治体や地域社会の中で保育政策なんか二の次にされてきたから、延長保育も土日保育も病児保育も普及しないのだ。

●今回、首相が各界の専門的に努力されている人たちに一通り話を聞いたのはいいことだと率直に評価したい。政権党としては、そういうパイプがあり、話を聞く懐の広さを見せることが効果的だと思う。好き嫌いのあまりない麻生氏らしい行動だと思う。問題は首相自身の咀嚼力だと思う。どうも先入観でものを捉える傾向があるようなので、そこがネックか。

●保育所のことでいうと、鳩山総務相が規制改革会議の要求に反論して歯止めをかけている。

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3/21 定額給付金を村民税滞納者から取り上げても景気効果はある

福島県川内村が村民税滞納者に給付されるべき定額給付金を納税に回すことが問題になっている。村長が謝罪するらしい。

生活保護ではないのだから、定額給付金の本人分について納税させても問題ないのではないか。村長は謝罪する必要はないと思う。
そういうことを問題だというなら、年金から健康保険料や介護保険料が天引きされていることはどうなのか。何が何でも個人に現金を持たそうということは、政治にゆかりの深い某宗教団体への寄付金となる財源を与えようとしているのではないか、とうがってしまう。

定額給付金による滞納村民税の精算が景気対策にならないという先入観も変。少なくとも川内村のような財政力の弱い自治体は、滞納した税金が精算されれば、それはただちに税金を使った住民サービスになって地域社会に還流することになる。景気対策に効果はある。

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3/21 一週間後、丸の内線がワンマン化

東京の地下鉄の丸の内線が28日からワンマン化される。また東京メトロ名物の常態化した遅延が起きるのだろう。
東京メトロがぼろ儲けしていることは以前記事に書いたが、それなのに東京メトロは人減らし合理化を突っ走っている。

丸の内線のワンマン化に先立ち、ホームドアを設置して、これで安全だとメトロは言い張っている。ホームドアは、本来乗客の安全のために設置したものだし、その観点からは賛成している。
しかし、どうして副都心線も丸の内線も中途半端な設備なのかと思う。というのも、ホームドアの高さが低く、よりかかると頭や手が線路側に出てしまうのだ。南北線に設置されているような絶対安全なものではない。
低いホームドア、危険な感じがしてならないし、事実、副都心線の開業当初は、鉄道マニアが写真撮影するために手や顔を出して、遅れの原因の1つになっていた。

そういう安全に対する完全性のないホームドアが導入されたのはなぜか、と思えば、人減らし合理化のため、ワンマン化するための形式的事実のためにホームドアが必要だったということだったのだ。

それで160人ほどの人員合理化ができるらしいのだが、それで浮いて出てくるお金はどう見積もっても年間15億円程度。今、東京メトロは毎年3000億円売り上げて、400億円前後の最終利益を出している。儲けを大きく出して支払う法人税なども考えれば、人件費の実際の節約分の半分しかメリットはない。この程度の人件費を節約したところで、意味があるのかと思う。

有楽町線の夕方夜間の間引きダイヤによる混雑と遅延の悪循環が放置されているのも、儲け中心の人員合理化至上主義の弊害だろう。人減らしの一環か、和光市駅の駅業務の全部がやや人件費の低い東武鉄道に委託されている。そのため、和光市駅で正確な運行情報がアナウンスされなかったり、遅延発生に的確に対応できていないことなど、問題を感じている。

一方、地下鉄有楽町線の池袋駅は、駅なかショップ「エチカ」の準備に追われ、工事の囲みで混乱している。東京メトロは乗客を虐待して本業をきちんとやらないまま、不動産賃貸稼業にせっせせっせと血道をあげている。JRでも日本郵政でも、同じような話があった。公益事業をする政府系の会社が不動産業に血道をあげていることは何か変だ。JRにしても、日本郵政にしても、東京メトロにしても、東武鉄道にしても、税金や規制による独占事業によって資産を蓄積してきた会社である。本業を手抜きして、不動産業をやるのはどうかと思う。

また、こうなってしまうのは、事業を直接やらずに、建物貸して働かずして儲かる日本の不動産価格の相場に問題があるのではないかと思う。日本は不動産業者の多い国であるし、不動産を持っている人間と持っていない人間との生活水準の落差が大きい。国民のまじめな努力を引き出したいなら、不動産業と他の産業との利益分配のあり方を見直した方がいいと思う。

そして東京メトロが短期的な儲けにばかり走るのも、現在、国と都が保有している東京メトロの株を市場で売却しようということがあり、外資が狙っているという噂があるから、「企業価値」を大きくしなければならないからだと思う。株価が低迷したのだから、政府には東京メトロの株を当面売らないという決断をしてもらいたい。そして乗客不在の商売のあり方を変えてもらいたい。

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3/20 介護報酬の上げ方

職場の会議で、介護報酬改善の制度について勉強する。来年度予算で、介護労働者の確保を目的に、3%の介護報酬の改善が行われる、とアナウンスしているがその中身についての概略の学習であった。

基本の報酬を上げることに理由が見つからないのか、奨励したい事業にとびついた事業者に加算が行われる。その話はそれでふむふむと聴きながら、はたと、厚生労働省がそういうかたちで報酬加算をすることについて、いいのかという疑問がもたげてきた。一見、税金を効果的に使っているように見えるが、そうではないんじゃないか、と。

というのも、報酬の加算による政策誘導をすると、政策誘導をする必要がなくなったときに、加算をやめることになる。そうなると介護事業者はやっていけなくなったりするから、新たな加算事業に飛びついたり、労働者を整理したり、入所者から報酬加算につながらない人を出ていってもらったりすることになる。

また、介護報酬の体系が複雑になるため、請求・支払の業務が複雑になる。特に少しでも間接コストである事務コストを削減したい介護事業者にとって負担きわまりない。
また、介護労働者にとっても、本体の基本的な介護報酬が改善されないものだから、今回の改善分が賃金に反映されたかどうかが検証しにくい。介護労働者があまりにも忙しく、経営情報を収集できない、情報の非対称性も考慮に入れると、3%改善がそのまま労働者の賃金改善になって、人材不足が少しでも解消される、という絵姿にはなかなかならないように思う。

わかりやすく基本報酬の改善が本当は必要だと思った。その方が、事業者にとっても事業の転換がしやすい。加算のにんじんにぶらさがって仕事を始めると、加算がなくなったときの転換が難しい。
※それにしても、3%の報酬改善の水準がどうか、という問題もある。200万円程度の介護労働者の年収が3%改善しても、206万円である。3割アップぐらいにしなければ、他の仕事とのバランスが悪すぎる。

今の不況で、一所懸命失業者を介護労働者にしようと官民挙げて大キャンペーンやっているが、私はずれていると思う。介護の人材不足は離職によって起きている。2000年に制度がスタートして思ったよりスムーズに人材が確保できたのに、その後その人たちがいなくなったのはなぜか、という問題を直視しない限り、人をいくら育てても、ざるに水を流し続けることになる。福祉や医療や教育というのは、人的資源に依存している仕事だから、そういう問題をきちんと考えないと、製造業モデルで人材確保を考えてもうまくいかない。

そして、雇用のミスマッチ論による、介護労働者育成をやっても、人材育成の労力に比べ再び育成して定着できなかったロスを考えると、壮大なムダをやろうとしているのではないかと思う。

すでに介護関連資格を持ちながら介護以外の仕事をしたり、家庭で家事に専念している人がたくさんいる。この人たちがまた介護職場に戻ってくれれば、その分、他の仕事のポストが空く。そのことの方が失業問題の解決には効果的である。余っているところから足りないところに一気に移すことではなく、より適性のある人が向いた職場にシフトしていって、最終的に失業が解決している、という絵姿の方がいい。
そのためには、介護労働者の賃金を思い切って多くする必要がある。大臣などにはそういう問題意識があるみたいだが、どうも財政の議論のされ方に硬直的な思想がこびりついて、なかなかうまくいかない。

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2009.03.18

3/18 【ご案内】岩波新書「公共事業」著者五十嵐敬喜さんを呼ぶことに

4月5日午後、朝霞市中央公民館で、法政大学教授の五十嵐敬喜さんを呼んで講演が行われます。

五十嵐さんは公共事業がなぜ止まらないのか、まちづくりの分野での市民参加がどうして遅れているのか、土木建設の公共事業の民主化がどうして進まないのか、そのあたりを問題意識にして、著書や各地での講演をしています。また、公共事業を見直す民主党の政策のベースにも五十嵐さんの考え方が取り入れられています。

私自身も、10年以上前に、札幌の地域政党「市民ネットワーク北海道」が主催した講演会で五十嵐さんのお話を聴き、公共事業への考え方、まちづくりの考え方に視点をいただきました。

おそらく、自然保護一本槍できた市民発の朝霞のまちづくりの議論が一皮むける機会になると思います。基地跡地だけではなく、まちづくりの民主化や、ハードウエア中心のまちづくりへの問題提起や、市民からまちづくりをどう変えていくのか、戦略などを聴くことができるのではないかと期待しています。

このまちこれでいいんかいな、と思っている方にはぜひ聴いていただきたいと思っています。

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3/18 和光市議会議員の松本武洋さんが市長選に立候補表明

和光市の市議会議員で、このブログにも過去コメントをいただいた松本武洋さんが市長選挙に立候補する。

経済政策のイデオロギーは相当隔たりがあったが、お互い議論やさまざまな仕事の協力を重ねる中で、この朝霞・志木・新座・和光の地域に関する問題点や課題、取り組むべきことについて、共通の点が多いことが確認できているし、この地域では最も信頼している政治家である。財政についても、「オオカミが来るぞ」型の非科学的な緊縮財政論ではなく、持続可能な地域社会の維持のためという観点での財政規律を求めている立場である。市長としての見識や行動力、人脈の力は折り紙を付けたいと思っている。

これまで朝霞のいくつかの立場の市民運動をされている人に紹介したこともあるが、紹介した方々には情報力や物事に対する観点が非常にすぐれているという評価をしている(そのことが本人に伝えられているかわからないが)。

残念なことは議会人でなくなること。今、和光市議会は議会改革に取り組んでいる。今年に入り、松本さんは議会運営委員会の委員長という議会改革をジャッジできるポストが手に入った。そういう意味では惜しいが、松本さんは議会改革だけが専門分野ではない。和光市議会がこの地域のパイロットケースになるので、少し惜しい気がするが、松本さんでない人に託されることになろう。

●力の裏付けのある権力を持っていて、国籍や文化、言語などによって国民を一定囲い込める中央政府が積極的財政政策をする余地はあるというところで私と松本さんの経済政策の違いはある。しかし、自治体の場合、住民の転出入が自由で、市民を囲い込めないことから、財政規律は一定求められる。その観点から、松本さんと私との政策に対する感覚の違いが生じないのだと思う。おかれた生活環境や、世代的なものも、おそらく同じ課題を感じやすいところにいるのだろう。

●かえすがえすも、適齢と時代感覚を備えた松本さんのような人材を育てて来ずに、古い左翼市議のジャッジによりかかって市長批判をしてきた朝霞市の限界を感じる。

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2009.03.16

3/16 NHK平日朝7時ニュースのイデオロギー

先日、朝のNHKニュースがおかしいと書いたが、やっぱりおかしい。

今日は、2番目のニュースが、雇用のミスマッチの報道。
事務職、製造業の有効求人倍率が0.2とか0.3なのに、介護職場は2.3で人不足が深刻だ、というデータを切り口に、「がんばっちゃっている」介護施設が一所懸命に従業員に資格取得をさせたり、昇給を保障することで人材不足を回避している、という話。

絶対的に雇用が不足している時に、ミスマッチという報道の仕方をすることに、失業はお前が悪い、というNHKディレクターの嫌なイデオロギーを感じる。

まぁ、努力して人を育てている施設もあるんでしょうけど、全体構造がそうなっていないんだから、例外しかありえません。そしてそれでも年収500万は絶対超えないんです。NHKの7時のニュースのディレクターも、朝も夜もなく体力仕事して、年収500万円で働いてみなよって。そんな美談だけではニュースを報じることが恥ずかしくなるはずだからって。

少なくとも介護より楽な仕事はゴマンとある。その中で、介護労働者だけが、正社員っていったっていつまでも月20万もいかない給料しかもらえず、朝も夜もなく、労働基準法違反の長時間労働がまかり通り、利用者のことや自分の良心を考えると労基署にも告発できず、労働組合を作る時間的余裕も精神的余裕もなく同僚と勤務時間ですれちがってばかりで、ちょっとでも経営者に反抗すれば守秘義務違反だの何だの嫌疑をかけられて退職に追い込まれるのであれば、人手不足になるのは当然である。
高齢者を支えて、自分が結婚も次の世代を作ることもできない。皮肉にも、当事者たちはそんなこと考えなかったとしても、高齢者に吸い尽くされる若者という構造になってしまう。
経営者だって、今の介護報酬だったら、労働者に犠牲を強いてようやく収支とんとんの厳しい状況である。許してはならないが、労働者を無権利にしなければ職場が維持できない。

そうした介護職員の悲劇は、何でも安ければいい、努力すればコスト削減はどこまでもできるという新自由主義イデオロギーによる政府運営したツケである。
そもそも介護は人員削減ができない仕事。機械化もできないし、養護される人たちのおかれた社会環境を考えると機械化しない方がいい。したがって製造業のようにがんばったって工夫したって、底堅い人件費原価があって、それに見合う介護報酬が事業者に払われなければ、どんなに努力したって、他の産業より魅力的な就業先にならない。それを新自由主義イデオロギーで、民営化やら宣伝の工夫をすれば何とかなるチチンプイと誤魔化してきたのが、がんばれば介護職場も、という論調である。
介護職場、今は魅力どころか、ワーキングプアとしか言えないような報酬しか払われていない。これが高い理想を抱いて、福祉系大学や、福祉系専門学校など早くから人生を決めて勉強をし続けた人たちへの処遇か、と呆れるような内容にならざるを得ない。
資格を取った人は社会にあふれ返っている。しかし家族に高所得者でもいない限り、いつまでも続けられる仕事ではないから、専門的な勉強をさせても、ざるのように労働力が消えていく。何というムダだろうか。そして介護から去っていった労働者が、ぼろぼろになって、事務職や製造業、販売や各種サービス業に転職していく。

その政策決定の誤りを指摘せず、個々の経営者や介護労働者の努力や奉仕に責任をすり替えるのは、大きな間違いだと言える。

そもそも「がんばったらむくわれちゃう」単純な思考回路は、チャーリーチャップリンのモダンタイムスに象徴されるフォーディズムの思考回路である。介護や福祉や教育というのは、内容については努力の余地があるが、生産性についてはほとんど努力の余地がない。フォーディズム的努力したって、政府や公共的な財団などから払われるお金より大きな金額が払われることはない。

がんばればなんだって報われる、その心を支えるのがナショナリズムだ、というのが、最近の7時のニュースの編集方針だと思う。ほんとうに時代にずれている報道が続いていると思う。
しかし、そんな編集していても、そのディレクターが元気じゃなくなったり、退職したりして、自分を支える社会がどんなになっているか現実にぶつかったときに、びっくりするほど悲しくなるからって。

天下り先見つけて、威張っていそうな気もするけども。

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2009.03.14

3/14 教養のあるおじいさんの古書店

仕事の合間に神保町に立ち寄る機会があったので、月刊社会党の編集長だった元職員が開いた古書店に立ち寄った。政治関係の本はほんのごくわずかで大半は、演劇や文芸など。

店主は、おたかさんブームが一息つきはじめた頃、社会党担当の政治部記者を集めて座談会を記事にし、そのタイトルを「酷評、妄評、社会党」として月刊社会党に掲載した経歴を持つ方。私はこの記事になかなかの本質を突いたことが指摘されていると感じたし、記者のしゃべっていることに誠実に対応すれば、社会党はずっとずっと良くなる、と当時思った。社会党員で不愉快に思う人もいたのだろうが、それは社会党に関わった人の一意見として聞き流せばよかった。運動体には意思統一も大切だが、そういう懐の広さも組織の生存力だと思う。

しかし当時の社会党内はこれを過大に問題視し、この編集長は更迭されてしまった。もったいないと思ったものである。

その書店で江田三郎さんの「日本の社会主義」という1967年の本を見つけ、迷わず買う。
もともと社会党左派出身の江田さんが、1960年に市場経済と議会主義を認めその中での改良を永続的な社会主義革命と位置づけたイタリア共産党(現イタリア民主党)の構造改革(小泉さんのではない!)をひっさげて党内で議論を提起するが、旧来の左派のボスたちが自らの主導権を切り崩されるものと警戒して、社会党内のソ連東独派を育てて江田氏の挑戦をことごとく妨害していく。ちょうどそのさなかの時期に書かれたものである。
70年代半ばからは、江田派というのは社会党で右派で、最も現実的な派閥である、と理解されてきたが、江田三郎氏は一貫して社会主義者であることに誇りを持っていたこともわかる。

このあと、社会党はソ連東独派が大勢力になって、10年後に江田氏に対して除名寸前までいって、結果、離党することになる。

書かれていることは、このときに社会党が江田氏の言い分を認めて改革をやっていれば、今日的な状況にとてもよく対応できたということ。セーフティーネットについて、的確に問題を把握しているし、貧困問題にも正確な理解をしている。やっぱり私は江田派なのかと改めて確認する。
それはともかく、江田氏の主張を資本主義に対する敗北主義のように扱って、社会党から追い出してしまったことに、今日の左派あるいは社会民主主義者の敗退があるのだと思う。

●以前、政治関係者との飲み会で「この中で社会主義者だ、と思う人」と聞かれて、私と友人の2人が挙手して、びっくりされた。私自身、日本の一般的な平和主義者、(9条のみ)護憲主義者に比べて、旧社会党関係者の中では、「右派」と見られる考え方をしていると思う。そういう私より「左派」の人がおしなべて社会主義者であることをかなぐり棄てていることに、何だか面白くなく思っている。
市場経済や議会主義を大いに肯定しながら、社会的に起こりうるリスクを共有したり、社会的規制でコントロールすべきと考える私は、社会民主主義者である。その社会民主主義はどう申し開きしようとも社会主義の大きな枠内にある。社会民主主義者が社会主義者かと聞かれて、違うなどと言うのは、イエスの弟子ペトロがイエスを知らないと言うような感じを持たざるを得ない。
一方、日本共産党のように、自分たちは社会主義者だと認めながらも、失敗したソ連や東欧の共産主義に「あれは本物の社会主義ではない」などと罵倒しているのもどうかとは思うが(現実政治の中で社会主義の価値が認められなくなったせいなのか、宮本顕治がいなくなったせいなのか、最近はそういうことを言う話を聞くことが少なくなったが)。社会主義の中でのやり方の違いがあり、その失敗例と言うべきことである。

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3/14 テレビ局がストライキ

TBSの労組がストライキに入り、アナウンサーが画面から消えたというニュース(デイリースポーツ)。

小泉改革全盛期なら、高給取りのテレビ局の職員が云々と批判されたと思うが、今は是非が半々ぐらいではないか。

私はテレビ局の職員は確かに高給取りだと批判してきたが、それは経営問題。
テレビ局の労働組合がストライキやることについては好意的に受け止めたい。世界同時不況でテレビのスポンサーは総崩れとなっている中、地デジ化が引き金を引いて、テレビは急速に斜陽産業になっていくのではないかと思う中で、今たたかっておかないと、後退戦で労組の発言力はほとんどなくなると思う。

2005年の小泉劇場で指摘されたが、小泉構造改革以降、貧乏で忙しい人にとっての唯一の手軽な娯楽になってきているテレビで、かつそういう視聴者のニーズに合わせた番組を作ってきたテレビが、高額な有線放送を引くか、地デジ対応の高いテレビに買い換えなくては見られないものになれば、テレビ全体の視聴率が低下することが大きく下がらざるを得ない。

今でさえ、番組制作費の削減で、ニュースも娯楽も制作費のかからない芸能人ばかり並べた即席番組ばかり→視聴率の低下→スポンサー離れ→制作費のかからない番組へのシフト、の悪循環を辿っている。民放の危機は目の前にある。

●ストライキの妥当性に、テレビ局の公益性云々する意見もあるかと思うが、今の民放テレビにきわだった公益性があるとは思いにくい。
ニュース番組がショー化して、バラエティー番組になっている(昔の金曜ステーションのようにバラエティーに特化してくれればまた違う面白みがあるが)。
冷静に価値判断を入れずに伝えるニュース番組やドキュメント番組は少ない。みのもんたに特徴的に現れているが、ニュースの素材に感情的な価値観をまぜこぜにして、スケープゴートにしたり、ヨイショしたりしているだけである。視聴者の自由な判断を尊重していない。
何だかんだ言ってみてもテレビは娯楽である。娯楽産業の労働者がストライキやっていけないなどという論理はありえない。

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3/14 高級住宅地を走る通勤電車が家畜運搬車並み

東急田園都市線で6ドア椅子なし電車の割合が増えるという。

今は10両中2両だが、今度は3両になる。女性専用車なんかあったりするから、男性にとっては、3分の1の割合になる。

高級住宅地を走る電車だと言われているが、その電車が詰め込むだけ詰め込む思想でいいのだろうか。混雑する→詰め込むの悪循環をいつまで繰り返すのだろうか。高級住宅地の住民なら多少の高い運賃も払えるはず。それなら、もっと設備投資をすべきだろう。

といってもキャッシュフロー会計からいうと、鉄道業には非常に厳しい首締めになっている。今、大手私鉄は空前の最終利益を上げている。しかし、設備投資は小出しにしか行われてない。
会計制度によって、長期にわたって、借金して設備投資するということは、過大な債務と過小資本によって構成され、マイナスに評価されるためではないか。
したがって、混雑する路線ほど、本数が増えず、すし詰めを強めるような経営になっていっている。

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2009.03.12

3/12 「相続税をチャラにしてやるから国にお金貸せ」自民党

無利子非課税国債などというバカな構想が具体化しそうだ。

非課税とは相続税の非課税ということ。景気回復のためには、相続税を高めて生まれた親によって差別される社会をなくすことだ。現に新自由主義者で最も良質な野口悠紀夫氏は、相続税100%を言っている。

朝霞市でも、土地持ちの子孫が、好き勝手に不動産開発のやりやすい街にしている。で、マンションを買ってしまった住民を元からいる土地持ちの連中が、子どもを保育所に預けていい気なもんだ、とか言っている。誰の腹がふくれるためにひいひい共働きで働いているんだ、と言いたくなる。

私憤はさておき、自民党政権である限り、不況になると、資産家の子がますます金持ちになるような政策ばっかり打ち出される。経済力に格差をつけて競争のメリハリをつけ、経済を成長させるという理屈が、多くの貧乏人を生み出し、そのことで国内需要が縮小して破綻したのが、ここ15年の経済。さらにそれを繰り返そうとしている。

この社会の閉塞感は、学業も福祉もお金がかかりすぎて、親が資産家の奴にはいくらでもチャンスが転がっているのに、資産のない家の子がそもそもスタートラインで差別されていることを補うための十分な教育や福祉の政策は皆無に等しい。親が住宅費を払うので手一杯で、チャレンジしたり伸びたりするチャンスを放棄するよう誘導されていることだ。

また、この国債、景気の足を引っ張りそう。無利子とはいえ、いつかは返さなくてはならない国債。これを景気対策に使ってよいものなのだうろか。もちろん抽選で一部徳政令みたいなことがあればやる価値有りとは思う。

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2009.03.11

3/11 朝のNHKニュースが危険

ここ数日のNHKの朝のニュースがここのところイデオロギー的だ。

北朝鮮関連報道がトップで異様に長い。アメリカの議会の無名の人の証言まで取り上げている。
経済ニュースは、不況の下でもがんばっている経営者がいるという、「一億火の玉」、「自力更生」の思想の普及か、日本の底力がいかに強いかの自己宣伝のみ。そもそもの総需要の不足について何も言及なし。
結構、大きなニュースであるはずの雇用保険の国会審議での与野党対立の報道は30秒で終わり。
漆間官房副長官や麻生首相の、西松建設献金の捜査に関わる発言に関する報道は抹殺されている。

一昨日は、定額給付金に市議会として反対決議をした宇治市を取り上げ、民主党と共産党がいかに早期支給を妨害したか、10分近くにわたって宣伝していた。一自治体の給付の遅れなど、どうでもいいことではないか。地方自治による議会の判断に難癖つけてどうするんだ、という気がしている。

事実を並べているが、事実の重要度をねじ曲げることで、イデオロギーに染まった報道がされている。

この雰囲気、安倍政権のときの19時のニュースとのりが似ている。多分、ニュース報道の内容を決定する人が異動してきたのだろう。他の時間帯のNHKニュースと比べても、民放のニュースの報道順位と比べても違和感がある。ニュース番組は、編集長の名前を公開すべきではないかと思う。

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2009.03.07

3/7 政治資金規正法で立件できるのか

起訴された案件の99.99%に有罪判決が下るこの国で、検察に狙われたということは、よっぽどのことがない限り絶体絶命ということだと思う。刑事事件での検察側控訴を招いた判決を下した裁判官は、昇進査定で悪く響くという内部告発もあるみたいだから、裁判所も検察の意向を最大に斟酌するだろう。

しかし、今回の民主党の小沢一郎に対する西松建設の献金問題は、やや検察の摘発に無理があると思う。容疑は政治資金規正法だが、迂回献金として問題を取り上げている。
今回の事件は、会社が従業員の給与を経由して個人献金として政治資金規正法をクリアする偽装をしたのではないか、ということになろう。

政治資金規正法では、会社→個人→政治資金団体→政党または政治家の後援会というお金の流れを摘発することは不可能ではないか。そのお金の連続した流れを指示した文書でも出てこない限り、そして、そのお金の流れを業務命令として西松建設が出していることが証明しない限り、迂回献金としての立件は不可能ではないか。また、西松建設の関係者の政治資金団体が小沢一郎氏に寄付をするだけの仕組みなら、西松建設の従業員に払った給与の一部が小沢氏の政治資金だったと証明できるが、その政治資金団体は小沢一郎氏だけではなく、その他大勢の政治家への献金やパーティー券にも支出されたわけだから、迂回献金と言っても、社員を経由してかき集めた資金をどこに配分するかは、社員の賃金を払った段階、社員が政治資金団体に寄付した段階では未定である。どこへ、という主体的な意志は政治資金団体から出発することになる。そうなると、政治資金規正法上はクリアせざるを得ないのではないか。

この件を摘発すれば、個人が政治資金団体を経由して献金をしていく仕組みそのものが否定されるのであろう。個人が、特定の政治資金団体に寄付をするということが、どういう意図なのか、いちいち証明されなければ献金を受けられないからだ。個々人から1万、5万の寄付に対して、そんなことをいちいちきれいに調べ上げていたら、そのための人件費の方がかかるからだ。

たまたま暴力沙汰で入院して、そこの病院の医師がヤブ医者で死亡したところで、医師が治療の技術の問題で過失責任を問われる可能性があったとしても、もともとの暴力沙汰の責任を負わされないのと同じではないか。

政党助成金や議員報酬などに厳しい視線が注がれ、その使途がガチガチになってきている中で、個人献金まで受け取りにくくして、どうするつもりだろうか。再び政治資金が裏金化していくのではないだろうか。

ダイヤモンド・オンラインで上杉隆氏が、小沢氏を批判しながら、

とはいえ、確かに、小沢氏の言い分にも頷ける部分はある。総選挙の迫ったこの時期、同じ西松建設からの不正献金で、嫌疑を掛けられている国会議員は彼ひとりだけではないからだ。
 金額の多寡にかかわらず、政治資金収支報告書に基づいて列記すれば、尾身幸次元財務大臣、加藤紘一元自民党幹事長、森喜朗元首相などの名前が挙げられる。
 ただ、その多くが、派閥(党)経由の献金であったり、政治団体をいくつも迂回させているということで、即、違法性を問えるものかどうかという確認が難しい上に、会計処理の方法も複雑であり、その実態が掴みにくいのだ。
 むしろ、もっとも政治資金を透明にしている小沢事務所の方が、カネの流れが歴然としている。皮肉なことにそれが、今回の秘書逮捕に繋がったという見方もできなくもない。
 小沢氏からしてみれば、もっともオープンにしている俺ばかりがなぜ? ということなのだろう。

と、明朗な処理にこだわった小沢氏がやり玉に挙がっている事実も指摘している。

●政治家の違法行為が野放しでいいとは思わないが、世の中政治的に解決すべきことと、行政的に解決すべきことがある。とくに政治家がどうあるべきかということは、少なくとも行政が介入すべきではない。そういう意味では、収賄のように、政策そのものをねじ曲げたような、政治家の自治を超えたような案件以外は、警察・検察が政治家に踏み込むことは慎むべきではないかと思う。そのことの恐ろしさは、戦前のような体験をしておきながらも、日本人はあまりよくわかってなくて、検察に拍手喝采を送るような政治風土がある。では、拍手喝采を送る国民は、膨大なたれこみ情報の中から、特捜検察官がどの政治家に踏み込むかという判断は誰が決めているのか、ということを考えてみたことがあるのだろうか。

●朝日や読売のこの記事は、検察リークではないのかという疑問がある。それこそ、公務員としての守秘義務の問題がありそうである。

●メディアスクラムは相変わらずだが、少し緩和されたように思う。冷静に立ち止まって、政略捜査の余地も検討した報道をしているし、同じお金を受け取っている自民党議員に捜査の矛先が向いていないことをきちんと批判している。

●また民主党の中堅はざわついている。こいつらは、世代交代の軸でしかものを考えられないのだろうか。
この事件があって民主党への批判が高まったとしたところで、こんなにだらしない政治をしている自民党政権を続けてくれ、という話にはならないだろう。それぐらい今回の世界同時不況は、今までのやり方を許さない時代環境になってきている。この事件で民主党に心底嫌気をさした人は、共産党に入れるか、比例区で社民か国民新党に入れることになろう。ごくたまにわけのわからない泡沫政党に入れるひともいるが。
むしろ、党内の足の引っ張り合いが始まって、こんな大事なときに自民党と同じようなことになることが、民主党にとっての危機だろう。新たな刑事罰になるような法律違反が発覚して、党首が辞任することになったとしても、現執行部をひっくり返す必要性は全くないだろう。
実際、検察の捜査は、自民党議員にも向き始めた。このことで、どちらの党がという話ではなく、そもそもゼネコンと公共事業の関係をどう制度改革するか、という制度論に展開すべきなのではないか。

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2009.03.03

3/2 埼玉新聞の体質がわかる記事

低投票率で盛り上がらなかったのに、なぜ「支持を確実に広げた」になるのか、わけのわからない埼玉新聞の記事。恥ずかしくなるぐらい富岡氏の提灯記事ではないか。

推薦政党には、自民、公明、民主まで並べるのはわかるが、どうして連合埼玉が入るのか。連合埼玉は政党ではない。連合埼玉は労働団体であり、同列なら、商工会やら不動産業界、JCやら、並べるべきではないか。

選挙を前に、記者クラブの幹事社を埼玉新聞がやっていて、なかなか記者会見など開かせないから記事にならない、と問題を言う人もいた。大切な問題を一切記事にせず、官製情報を並べている新聞だらか売り上げが上がらないのだろう。

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2009.03.02

3/2 オバマがファシスト

佐藤優「テロリズムの罠」を読む。
オバマがファシストの論理を持っているという佐藤の洞察は鋭い。ブッシュが終わることにほっとしながらも、どうもオバマブームに馴染めない私がいたからだ。社会民主主義者として、思想性も経済イデオロギーもないかたちで国民の統合をひたすら追求する姿勢に違和感を感じているからだ。

オバマ氏は、「アメリカ合衆国という国家においてわれわれは1つである」ということを強調し、人事においてもブッシュ共和党政権のゲーツ国防長官を留任させるなど、民主・共和両党の壁を突破しようとする。さらに選挙期間中、インターネットを用いて国民の能動性を引き出し、100万人を超える草の根の人々を動員することに成功した。宗教右派以外にこのような動員ができる政治勢力は存在しない。
 筆者はこのような傾向に危機を感じている。経済危機で米国が保護主義的傾向を強める中で、社会の対立を国会主義的イデオロギーの力で超克するという発想がファシズムにつながる要素を持っているからだ。(佐藤優「テロリズムの罠」p211)

私は昔から帰属意識に訴えて、むやみに統合を振りかざす小権力者が苦手で、金日成そっくりの高校のときの校長を批判し続けたし、毎月のようにある演説中に野次ったこともある。高校生なんか適度な友人愛ぐらいがあればよくて、学校なんか服従するほど愛さなくてもいいと思ったから。
社会は違う人間で構成し、そこから政府や国家ができていくんだ、という基本的な考え方がきちんとふまえられていることが人間の自由を保障していく上で大事なことだと思う。そして、違う人間どうしが思想や立場や利害打算でやりあうことが重要だ。
そういう観点から、議会制民主制のもとでは、政党どうしがドロドロと闘う政治が健全だと思う。私はその中で左派だから社会民主主義を信奉しているが、社民連が消えて以降、残念なことにパチッとはまるような政党がない。

●そんなことを考えると、滅茶苦茶な国だが、欲得ずくで動いているブラジルやロシアがとても健全に見えてくる。

●もちろん公明党と共産党以外、政党がまともに機能していない朝霞の政治構造に、嫌気がさしてくる。

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3/2 護憲派早川先生

わが選挙区の早川忠孝先生、映画「日本の青空ー日本国憲法誕生の真相を描くー」を見て、日本国憲法がGHQの押しつけなどと単純なものだと言ってはいけないと、自身のブログで書かれている。

現在の日本国憲法は、間違いなくアメリカのGHQが書いた憲法です。
だから、日本にとっては、現在の憲法は何年経っても借り物の憲法だと言ってきました。
しかし、この映画を観て、一概にそう極めつけることも出来ないな、と思うようになっております。
GHQが日本の国民の心を忖度し、鈴木安蔵らの日本の憲法研究者の提案を参考にしてGHQ憲法草案を書き上げた、と言われれば確かにそうだったろうな、と思います。

鈴木安蔵を評価し、決して押しつけばかりではない憲法の価値を認めたことは高く高く評価したいと思う。さすがきちんと勉強してきた法曹人、テキトーな価値観の入った妄想を信じて疑わない今どきの右派とは違う。

一気に護憲派とは言わないが、憲法が持つ基本的な価値を認めたことはほんとうに嬉しく思う。9条ばっかりクローズアップされるが、13条、25条、28条など、高度資本主義国がこんな状態になることをよく見越してくださった、と思うような条文である。私は9条にしか護憲を感じない人よりずっとずっと護憲派であることを、早川先生に高らかに宣言したいと思う。

我が選挙区のもう1人は出自が怪しいし、選挙区内のいかがわしい人脈を断ち切れていないみたいだし、先の大戦の反省なんてよくわかっていないみたいだし、早川先生がもうちょっと街頭活動でピシッとしていれば、優位に立てるかなと思う。

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2009.03.01

3/1 朝霞市長選挙、田村候補供託金没収をのがれる

朝霞市長選挙の開票が終わる。
投票者数25,753人で投票率は25.88%。派手な投票への呼びかけを行う、市の選管、白票投票キャンペーンのおかげで、前回より投票率は上昇した。

富岡市長は、20165票を超え、前回より得票をすることができた。一方、田村氏も前回の小田桐氏より1800票近くも多い3,958票も獲得している。4年前の小田桐清作さんのように、供託金は没収されない。
基地跡地の問題を運動にしてきた市民の一部が取り組んだ白票投票だが、白票・無効票は1,593票。前回は918票なので、白票投票運動の成果は685票。市議1人分の数もない。運動の総括が必要だろう。

富岡陣営は、投票率が上回った中での信任を目標にしていただけに、選挙管理委員会と投票率向上委員会なる市民団体の運動の成果が上がっていると言える。投票率向上委員会は、白票投票を呼びかけていたが、結果からみると、白票も多かったのだろうが、それ以上に、市長と田村氏の得票を増やしたと言える。

富岡氏は自民・公明・民主が推薦。このうち公明党の基礎票の6500~7000票を差し引くと、13000票。公明党以外の与党市議が進政会9人、明政会3人の12人のため、市議1人あたり1,083票持ち寄ったことになる。市議選の与党全体の得票より下回っており、与党市議全体の人気より、富岡氏は人気がないと言える。

●富岡氏は2回にわたって低投票率のもとで市長になった。人に会わない、人の意見を聞かないというのが持ち前だが、それでほとんうにいいのか、振り返りが必要だろう。1期目は理屈にならない強引さが目立ったが、2期目は慎重な市政運営と、強引な市政の運営によって、分裂した市民の統合をどう進めるか考える必要があると思う。

●投票率は、投票率向上とか、選挙管理委員会のよびかけで上がるものではなく、きちんとした争点を設定し、意味のある競争選挙になってこそ、上がるものだ。したがって今回、最大の問題は、最大の争点となるべきであった基地跡地利用をめぐる市民運動を中心に、市長に対抗する候補を擁立できなかったことである。私を含めて、市役所に問題提起してきた側の人間たちの、深刻な反省が必要だ。

●「ロシア人には、自らの代表を議会に送りだしていくという意識が希薄である」「どうせ死票になると決まっている投票に、投票所に行くよりは、友だちを呼んでウオトカを飲みながら、面白い話をした方が時間の有効活用である」(佐藤優「テロリズムの罠 右巻」より)。朝霞市も事情は変わらない。

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3/1 朝霞市長選挙は投票率20%台

朝霞市長選挙の投票が終わった。

1時間前の19時の投票率が21.06%なので、1時間分の投票率のかさ上げ、不在者投票の投票など加えると、前回並みの20%台となる見込みか。

有効投票の中の割合で再選挙になるケースはあるが、低投票率の選挙が再選挙にならない公職選挙法の制度設計に問題がありそうだ。

●税金を払っているんだからと必ず選挙に行ってきたが、生まれて初めて選挙で投票しなかった。このまちで起きていることがあまりにもばかばかしく感じたので。
それにしても、選挙権を行使できないということが、こんなに屈辱的なものかと改めて思う。

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3/1 7年で廃車しながら「環境に優しい電気自動車」

本末転倒な環境対策だと思った記事。

省エネ達成・でも経費が…東京・稲城市「EV車やめます」

稲城市の公用車に電気自動車を使ったら、経費がかかりすぎたということ。7年しか乗っていない電気自動車について、担当の市職員が「乗り心地が悪くなってきた。環境に優しい自動車がもっと安く買えるようになれば」という。

10年はもつ自動車を7年で廃車にして、環境にやさしいも何もないだろうと私は思う。

さらに電気自動車はクリーンだというイメージがあるが、ウソだと思う。
取り入れたエネルギーを効率的に力に変えるのは電気に勝るものはないが、その電気を作るのは発電所である。したがって、街でまきちらされる排気ガスが、火力発電所の排気ガスや、僻地の原子力発電所の放射能廃棄物に置き換えられただけ。本気で電気自動車を普及させたいなら、誰かではないが、東京や自動車保有率の高い群馬や愛知に原発を建設すべきだと思う。
さらには、送電ロス、充電ロスなどを考えると、エネルギーのムダは大きいのではないか。電車などに比べて自動車はエネルギーを使うことも不利だと思う。

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2/28 社民党は民主党を中心とした連立政権に参加して主体性を発揮すべき

社民党の党大会に準ずる位置づけの全国代表者会議で、福島党首が提案した民主党との連立を否定する意見が相次いだという。

既視感があることだが、毎度、政局に対するセンスのなさに呆れかえる。

今回、連立に最も後ろ向きと見られていた福島党首が決断し提案したことの歴史的意味は大きい。

しかし、それを批判している方は、うすうす連立や選挙協力をしなくてはならないとわかっていながら、原理論によりかかって安易な発言をしているのだろう。しかし答弁する方はちゃらんぽらんな答弁はできないわけで、結果として、社民党の政治選択の幅を自ら狭めていることになる。私もこういう社会党以来の感覚についていけなくて、民主党結党を機に社民党支持をやめた。

社民党が狙うべき戦略は、国民新党と意志疎通を十分にはかり、次の衆議院選挙でキャスティングボードを握り、民主党を中心とする政権ができそうな段階で少ない議席を高く売りつけること以外にない。そしてそのために選挙協力をばっちりやり、比例区の積み上げを図ることだろう。

民主党を中心とする政権にかまずに、社民党の主張の一部も実現することはないだろう。

さらに先読みすれば、民主党も政権が手に入った後にどうなるかわかったものではない。民主党の地獄の選択に巻き込まれることを恐れているのだろうが、その場合、社民党がそれでガタガタになる前に、民主党の方がガタガタになるだろう。

今は政権を担当するという一点において、民主党は党内の異論や感覚の違いを、小沢体制のもとで封印している。実際に政権を取った後は、経済政策や、労働政策などで、政策判断で党が割れることは避けられないし、ときには党が分裂するような危機に陥る可能性もある。大連立みたいなことがあれば、民主党は確実に大きく割れる。
そのときに社民党や国民新党、新党大地の判断は大きな動きの重要な鍵になってくる。これら小政党は、それまで命脈を保ち、来るべきそうした事態に十分に党を動かせるような体制づくり、とりわけ戦略家の確保が重要ではないかと思う。ほんとうに社民党が真価を問われるのはそのときである。

余計なお世話かも知れないが。

●どうしても連立にあたって社民党が前原を気に入らないのなら、前原誠司の発言力が封印されたり、前原誠司が出て行きやすい環境整備をするような調略をすべきだろう。民主党の横路派が小沢と安全保障に関する基本合意をしたことが、前原などの対米従属派の行動を封じた。社民党の主体性がきちんとあれば、民主党と連立したことでいいようにやられることはない。

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